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パキスタンってどんな国?

パキスタン・イスラム共和国(パキスタンイスラムきょうわこく)、通称パキスタンは、南アジアの国。東はインド、北東は中華人民共和国 中国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、南はインド洋に面する。国土の中心部を流れるインダス川の流域に国民の80%以上が住む。

パキスタンの地図

パキスタンのブログ旅行記

シカゴといえばのポップコーン屋の巻 (ユキノヒノシマウマ)

2006年3月8日 ... ひとつ前の投稿は「早朝の空港での巻」です。 次の投稿は「激安パキスタン料理の巻」 です。 他にも多くのエントリーがあります。メインページやアーカイブページも見て ください。 このブログのフィードを取得 [フィードとは]. Powered by ...

ブログテーマ[シンガポール土産]| 世界一周御披露目帳

色々な国のものがあり、近くではマレーシア、オーストラリア、ブルネイ、インド、 パキスタンなどがあり、 遠くはイタリア、ポルトガル、アルゼンチンまで。 またよく 分からないものでは、 SUID AFRIKA、POLSKA、PERSEKUTUAN(←これは国名じゃないの ...

アジア周遊、バックパックや靴、寝袋、ガイドブック等 旅のQ&A ...

タイ、ベトナム、台湾、カンボジア、ラオス、パキスタン、バリ、インドなどを回りたい と思っています。 >時間がかかっても低予算でできるだけ多く周れないでしょうか? 私 もそうでしたが、仕事を辞めて期限のない旅している人たちはみなさん同じように ...

ユキノヒノシマウマ: ショップ関係 アーカイブ

ちなみにこの店も、例のパキスタン系タクシードライバーが愛用する店を紹介してくれた 友人に教えてもらった。 アメリカ人でもなかなか知らないこういった穴場を嗅ぎ付ける 嗅覚は、B級マニアのシマウマでもちょっと尊敬に値する・・・。 ...

ユキノヒノシマウマ: レストラン関係 アーカイブ

2006年5月5日 ... そしてPari Gujralが経営するこのクレイ・オーブンの場合のそれは、アメリカでは最も 一般的なインド料理とされる北インド・パキスタン系のものを基調にしている。 また クレイ・オーブンという店の名前にあるとおり、土釜のタンドールで ...

パキスタン!の画像 | 世界を散歩する

2010年8月10日 ... 世界を散歩するの「パキスタン!」に投稿された画像です。

サウジ国産ハンバーガー: shukran@world

2009年3月26日 ... ようやく注文を終え頼んだスーパーハルフィーを待っていた時、パキスタン人で使用人と おぼしき男性が、何やら怒りまくってレジに突進してきました。「おい、また品物間違え てるぞ、これで4度目だ、お前らはバカか! ...

北インドからネパール、チベット、中国へ 旅のQ&A(アジア)

ただ、陸路でネパールからチベットへ直接向かう場合は4000メートル級の峠越えがあり 相当な体力も必要ですし(パキスタン経由なら別)、個人では行けないため高いツアーに 参加しなければならず、また季節的な問題(冬季は道路が閉鎖される等)や政治的な ...

旅人たびんちゅ - サム砂丘

... な街の一つ、ジャイサルメールから2日間ラクダで行ったサム砂丘です。 ジャイサル メールはうそのようなほんとのような美しい街。行くのは大変ですが。 ほんとにラクダ は辛かったけど、美しかった。水の大切さも分かった。 向こうはパキスタンです。 ...

ブログテーマ[世界一周(カフカス・イラン)]|世界一周ブログ(略して ...

2007年7月5日 ... でいくか、パキスタンの首都まで向かい、インドVISA申請の待ち時間の. 状況次第で今後 を決めるか(テヘランでは10日待ち ... このままの気持ちで行って、パキスタン、. インドでがっかりしたくない。 「世界一周旅行でインドへ行かない! ...

世界を散歩する

2010年9月2日 ... 只今、パキスタン・タルシン。 ナンガパルバット山へのアクセスの村。 山小屋風の素敵 な宿に決めました! ... 只今、パキスタン移動中。 さらに、山奥へ山奥へと進みます。 あると言われた直行便が、なぜかなくなったらしく手前の村で ...

パキスタンからの手紙 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2010年7月27日 ... パキスタンから近況報告がきましたので掲載します。 (日本語はかってに一部だけ修正 済み) ... パキスタンはあまりにもばたばたで大変でしたが、少しおちついたみたい です。 久しぶりに私は7月5日から15日までフンザ、デオサイ ...

アジアの路地から-Slow and Easy- ビーマンが成田~バンコクから撤退

2007年3月31日 ... パキスタン国際航空、エジプト航空などが成田~バンコク路線から撤退し、 ビーマン までもが撤退したら、残るはエアインディアだけか?格安航空会社エアアジアが飛んで くれたらありがたいと思うのは自分ひとりではないだろう。 ...

世界を散歩する

2010年8月9日 ... 只今、パキスタン・ラホール。 インド国境に程近い活気のある街。 パキスタンビザは インド・デリーで取得。 ... 一年半前に来たかったパキスタン。 インドでのテロが パキスタン人の仕業だったとかなんとかで、ビザ取得できず断念。 ...

トラベローグ、トラベログ、TRAVELOGはみんなの旅行情報の発信出来る ...

パキスタン/旅行情報の発信サイトのトラベローグ、トラベログ、TRAVELOG 。国内、海外 の旅行記、旅行日記、旅行体験記、トラベル日記、旅行写真集、旅行フォトアルバムを、 無料で作れる旅行専門のブログ、サイト.

インドでのパキビザ取得。|世界を散歩する

2010年8月9日 ... 只今、パキスタン・ラホール。 インド国境に程近い活気のある街。 パキスタンビザは インド・デリーで取得。 ... テロがちょこちょこ起こる政情不安定なパキスタン。 ほとんどの地区が『渡航の是非を検討してください。』 ...

シカゴの風~ユキノヒノシマウマ: 2006年02月 アーカイブ

そういうわけでこのインディアン・ガーデンの場合には、インディアンと店の名前にあっ ても、基本的にはインドの北方、もしくは現パキスタンの辺りの料理ということになる らしい。 値段の方はデボンのように、ここがアメリカとは思えないというほどの格安 ...

パキスタンの写真・旅行記

S旅行社の18日間ツアーにて、ヒンドゥークシュ、カラコルム、ヒマラヤ、3大山脈の合流する北部山岳パキスタンを巡ってきました。ここでは、フンザ編を掲載します。表紙の写真はフンザのバルチット城屋上のテラスからの眺めです

カリマバードの中心フンザに2日間滞在します。ホバール村から戻り、カリマバードにある城塞アルティット・フォートに行きます

アルティット・フォート内の台所

見張り塔からインダス(フンザ)川を隔ててナガール村が見えます。13-14世紀ナガール王国からの侵攻を防ぐためにこの要塞が崖上に建てられたととのことです

城塞の下にはカリマバードの集落が見えます

正面には山が迫っています

城下の集落を散策します

村のメインストリートから見張り塔が見えます

元気な子供たちです

村の長老が歓迎してくれます

村の貯水池で水遊びする子供たち。水は綺麗ではありません

村の職業訓練所で工作技術を学ぶ女性の皆さん。ここを卒業すると家具や家屋を作る工場で働けるとのことでした

こちらはPCを使用して学ぶ女子学生

かしこそうな子供たち

フンザの藩主の居城バルティット・フォートに行きます

バルティット・フォートの名物ひげおじさん。地球の歩き方にも出ています

背後にフンザピーク等の山がそびえています

藩主の居間からの風景。歴代の藩主は、この素晴らしい景色を堪能していたのでしょう

大砲が設置してありましたが、これで対峙するナガール王国まで届くのだろうか

城下で日本語のこんなポールも見かけました

カリマバードの集落を散策します。斜面にかなり古い家屋が並んでいます

このメインストリートがアルティット・フォートに続いています。両側に土産店やホテルが並んでいます

結構な坂道です

村を一人で散策していたところ、当地にあるHASEGAWA MEMORIAL PABURIC SCHOOL で勉強している学生さんに招かれ、お宅を訪問しました。質素な部屋で一生懸命勉強している様子と、卒業後はキルギットで働いている父親みたいに、お国の役人になりたいとの話など伺いました

ウルタルの裾野に集落が広がっています。このウルタルは、1991年未踏峰だったウルタル2峰に挑んだクライマー長谷川氏が雪崩で遭難した山です。前述したHASEGAWA MEMORIAL PABURIC SCHOOL は、長谷川氏の念願で遺族が村に作ったものです

村を見下ろす高台にある HASEGAWA MEMORIAL PABURIC SCHOOL です

ここでは毎朝国旗の掲揚がなされています。ポール横の壁面には、長谷川恒夫さん、奥様の紹介文等が記載されたプレートが設置されています

全校生徒が集まる朝礼に参加させていただきました。この場で、急遽校長先生から、全校生徒さんに何かご挨拶を・・とふられ、壇上から一言二言、激励と感謝の意を表しました

校長先生との談話の後、授業参観をさせていただきました

コンピュータ教育をしている教室です。この学校は英語教育やIT教育に力を入れておりそのレベルは高く、この地域では憧れの学校(競争率は10倍)とのことです

翌日はフンザ川上流のグルミツトに向かいます

フンザ川の水は少ないみたいです

上流に向かうに従って山の斜面から砂塵が上がっているのが見られます

砂塵は下流に向かって流されています

カラコルムハイウェイはここで通行止めです。斜面に見られる道をブルトーザが作っている最中です。何故かここに船が置かれています

デコトラもここから先は行けません

ジープに乗り換えて、更に上流に行ってみます

山が崩れたのでしょうか。凄い光景です

埃まみれになり、フレームにしっかりつかまって作りたての道を上ります

たどり着いた先に見える湖です。このエメラルドブルーの綺麗な湖は、崩落した土砂でフンザ川が堰き止められた結果できたものなのです

湖岸は船着場で、ボートにより上流側と行き来できるようです。この湖底にカラコルムハイウェイが沈んでいます

中国からボートで運ばれてきた物資を運ぶ人々が、崩れた土砂の斜面を上ってきています。ご苦労なことです

斜面で崩壊が発生したようです。土埃が迫ってきて恐怖を感じます。この付近はまだ安定していないようです。グルミットに行くことをボート主に交渉するも地元民優先ということで引き返します

湖を作っている土砂堰の上から、湖面の水がオーバフローしています。今のところ、土砂堰が決壊する恐れはないとのことでしたが、今後とも大災害にならないことを祈るばかりです

カリマバードに2泊した後、翌日キルギットに向けて移動します。途中ラカボシを違った角度から眺めます

キルギットで1泊した後、更に南下してペシャム→イスラマバードを目指します。キルギットを出た後、インダス川沿のチラス近郊にある10世紀頃描かれた岩絵を見学します

ペシャムで1泊した後、イスラマバード近郊のタキシラ遺跡を見学します。こちらは博物館で、ガンダーラ美術等見ごたえのある展示品が多くあります。博物館で予習をしたのち遺跡を巡ります。遺跡は広範囲に分布しており、バスで移動します

ジョーリヤーンに残されているストゥーパの基壇に刻まれている模様です

モーラ・モラドゥの僧院中央の沐浴のためのプール跡

紀元前2世紀ギリシャ人によって建設された都市遺跡シルカップ

仏教寺院の跡

基壇に刻まれた装飾です。ギリシャ神殿、仏教寺院、ペルシャ式支柱など見られます

ギリシャの都市計画に基づいて建設された碁盤の目のようなしっかりとした街づくりがなされているようです

遺跡のある街のメインストリート

最終日、イスラマバードの街中で夕食をとります。ここには2010年7月、「渡航の是非を検討してください」との危険情報が出ていますが、街を散策するも、特に危険を感じることはありませんでした 北部パキスタン冒険行 おわり 最後までご覧いただき有難うございました

2泊したシガール村を後に、1日かけてフンザに移動します。雄大な景色をしっかりと目に焼き付けます。奥の山に雲がかかっていて昨日とはまた違った風景が楽しめます

来た時と同じ、インダス川沿いのスカルロードを北上します

聖なるインダス川も、訪れた7月は水量がこの程度と少ないですが、その後のニュースでは大洪水となっているようで心が痛みます

谷の斜面に見られる白縞は鉱脈です。この厳しい渓谷は天然資源が豊富の様です

鉱脈の一部には採掘のための穴が掘られています。この場所にたどり着くのも、掘り出した財宝を持ち帰るのも命がけの作業のようです

カラコルムハイウェイに出ます

見覚えのあるキルギットを通過し、更にカラコルムハイウェイを北上します

やがて山の斜面にシルクロードの旧道(Z形状の線)が見えます。昔の人々はこんな厳しい道を経て山越えをしていたということに感銘します

ラカボシビューポイントに出ます。ここはカラコルムハイウェイの脇からラカボシ(7788m)が見上げられます

ズームアップすると山頂が見えまーす。感激です

フンザの中心地カリマバードで冷房付きマイクロバスからジープに乗り換え、高台のドイカル、標高3000mに到着です。早速小山に上ってみます。下の見える建物は宿泊するEAGLES NEST。裏の山はフンザピーク

以下はドゥイカルの小山から見られる山々です。こちらは夕日に輝くラカボシ7788m

アイスクリーム山のディラン7257m

ラカボシ南側に続く山系

翌日も早起きして小山に上り日の出を待ちます

ラカボシの山頂に陽があたり出しました

朝日に輝くラカボシです

スパンティーク7027m

スパンティークのズームアップ

ラカボシのズームアップ

東方向パノラマ。陽が昇るにつれて山々のピークが明るくなってきます。たいして歩くことなくこの素晴らしい山々を見られることに感動です

マルビティン7458mズームアップ

左はレディースフィンガー、右はフンザピーク

ラカボシの北側に続く名もなき山

更に北側に続く山

その日の夕方も同じ小山に上って、今度は夕日に輝く山々を眺めます

少し雲が覆っていますが夕日に染まるスパンティーク

スパンティークのズームアップ。垂直にそそり立つ絶壁が見られます

雲がかかっていますが赤く染まるラカボシです

インダス川の両側に広がるフンザです

ドゥイカルのホテル前から。フンザピークが迫ってます

ホテルの庭のさくらんぼは、ちょうど食べごろでした

標高3000mのドゥイカル周辺には野菜畑が広がっています

ドゥイカルから下り、ひとまず、後2泊するカリマバードのHUNZA EMBASSY HOTEL にチェックインします。この付近では一番の高級ホテルです

このホテルのベランダからはフンザの美しい景色が展開しています

ホテルの背後にはウルタル7388mが迫って見えます

フンザ近郊のナガール村等への1日観光に出かけます。途中デモ行進に遭遇します。この1月に起きた地滑りで亡くなった人への保障要求をしているとのことでした。通行止めに一時あいましたが無事通過します

インダス川辺からフンザの村を見上げます

山間の僅かな平地に畑が広がっています。奥にスパンティークが眺められます。ここまではカリマバードからジープで約1時間

更に奥に進んでホーパル氷河を見に行きます

ホーパル村の外れから10分ほど小山を上れば見られる風景です。奥の山は標高6000m

ホーパル村から見るウルタル

周辺の山々

のどかな農村の風景に心が癒されます 北部パキスタン冒険行--⑤シガール→フンザ編--おわり

2泊したライコットサライのロッジ前からナンガパルバットの雄姿を眺めながらフェアリーポイントまで下ります。パキスタンの医学生の皆さんもここでテント泊していたようで、一緒に下ります

緩やかな下り道を景色を見ながら2時間ほどのトレッキングです。標高が低くなるに従って暑くなり、汗だくになります

フェアリーポイントからはジープにて再びスリル満点の道を下ります。

アストールにて、ジープを乗り換えて標高3150mの避暑地ラマに向かいます。山の斜面に緑豊かな畑が広がっています

ラマの国民宿舎PTDCに泊まります。宿舎前には草原が広がっています

草原からはナンガパルバット山系が見えます

夕刻のチョングラ6830mです

草原にてキャンプしていた大学生と国際交流もできました

翌日はデオサイ高原を通る予定でしたが、今年は大雪で道路が閉鎖されているというのでアストールに戻ります

アストールからは冷房付きのマイクロバスにて、カラコルムハイウェイ→スカルロードを通ってシガールに向かいます。ここはインダス川とキルギット川の合流地点です

スカルロードの途中にあるサービスステーションで、現地のドライバーさんと共に昼食です

集まってくれたドライバーさん達です

谷間の絶壁に造られたスカルロードからの風景です。斜面の少ない平地には手入れされた畑があります

厳しい環境の中でも人々は生活しています

ラマから昼食等休憩を含み約12時間でシガール村に到着です。宿泊はかって廃墟となっていた築400年のシガール城を改装した高級ホテルシガール・フォート

部屋は建物の構造はそのまま活かされており雰囲気はよい。設備もシャワーのみですが輸入品でまとめられています。ここに2泊します

ホテル内部の一部は博物館となっおり、400年前の宝物等が見られます

翌日は1日、シガール近郊の観光に出かけます。インダス川がこの付近では大きな川幅となり迂回して流れていて雄大な景色が楽しめます

シガール村からスカルドゥまではインダス川沿いに美しい景色が続きます

スカルドゥにてジープに乗り換え、デオサイ高原に向かいます。右手にサトパラ湖を見ながら上ります

渓谷沿いに畑が広がっています

振り返ればサトパラ湖がはるか下に見えます

渓谷沿いのジープ道を更に奥に進みます。川沿いには農村地帯が広がっています

上るに従い川を覆う雪渓が見えてきました。標高3000m付近です

川の奥にデオサイ高原が見えてきました

高原に続くジープ道は、滑り落ちた雪渓が覆いかぶさって通行止です。ブルトーザで除雪中でした

雪渓の上からデオサイ高原に続くジープ道を見ます。私たちは川原で昼食を取ります

ジープ道をスカルドゥに向けて戻ります

コバルトブルーのサトパラ湖を見ながら下ります

途中、サトパラの魔崖仏に立ち寄ります。400年程前のものというが、当時この地に仏教が伝わっていたことの証です

スカルドゥの街を散策します。ここは世界で2番目に高いK2への入口となる街です

人も車も羊も行き交うメインストリートです

バザールにはコヒー店もあります

宿のあるシガール村に戻り、村内を散策します

広場でお休み中の村民らです。写真に撮られるのは大歓迎の様です

イケメン青年も多いみたい

村でご婦人の姿はほとんど見かけません。夕暮れ時でしたから家の中で食事の用意でもしているのでしょうか・・。ここでは女性の写真撮影は厳禁ですが

村の中心地にある築200年のモスク

モスクの扉に施された伝統工芸らしい装飾模様。かってチベットの一部であったというからチベットの影響を受けているような気もします

今度はスリルを味わいながら・・・

村はずれに建つシガル城。泊まっているホテルで、村で一番の豪華な建物です。地元村民の就業支援にもなっています

ホテル前から村の広場に通じる未舗装のメインストリート。ここでは燃料の薪を背負って運搬しています

ホテルの屋上から眺められる山々。歴代の王たちも同じ屋上から同じ風景を毎日楽しんでいたのでしょう 北部パキスタン冒険行--④フェアリー・メドウ→アストール渓谷→ラマ→スカルドゥ→シガール編--おわり

ナンガパルバットの雄姿をしっかり目に焼き付けます。この写真は崖を上ってガイド氏が撮ってくれました

村はずれの街並み。道路は石畳ですが人は全くおりません

パターン村の河岸段丘。この村は今回の洪水で被害に遭遇していなければいいが・・・

ギルギットのホテルにて5時30分起床。トレツキング用荷物を仕分けし、スーツケースはマイクロバスに預け、ジープに分乗して7時出発します。カラコルム・ハイウェイをライコット橋を目指して南下します。ギルギットを出た付近は一応舗装された道路です

更に南下すると前方にナンガパルバットが見えてきます。

ナンガパルバットの頂上が雲の間から見えます

左側にインダス川、前方に山を見ながら快適なドライブです

カラコルムハイウェイは、インダス川にかかるこのライコット橋を渡ります。ここで、ジープを乗り換えてトレツキングの出発点フェアリー・ポイント(2,666m)へ向かいます

この道をそろりそろりとジープで上ってゆきます。最初の上りは、まだ勾配も緩やかで山岳ドライブを楽しむぞ・・・と意気込んでいますが

上るに従い傾斜はきつく、石ころだらけのガタガタ道になります

崖を削り、石垣を積み上げてつくられた細いジープ道が斜面に続いています

崖下数百mはあるスリル満点の道です

このようなスリル満点のジープ道は約1時間ほど続きます

振り返れば後続のジープが凄い急坂を喘ぎながら上ってきています

トレッキングのスタート地点フェアリー・ポイント(2,666m)に約1時間で到着です。ジープはここでUターンして上ってきた道を戻ります。坂道の途中ですれ違うこともありますが、ドライバは経験豊かで過去転落事故は、1度しかない・・・て自慢??していましたが

フェアリー・ポイントでお迎えの人達。仕分けした荷物をポータさんに運んでもらいます

昼食後、トレッキング開始です。沢に沿った道をゆっくり進みます

崖を削って造られた道を進みます

新鮮な空気をいっぱいに吸いながら、息切れしながらゆっくり進みます

やがて雪を抱いたナンガパルバット山系が見えてきます

約3時間ほどで宿泊地のライコット・サライに到着です。目の前には世界第9位の高峰ナンガパルバットとライコット氷河の雄大な景色が広がっています

標高3300mのこの地には牧草地帯も広がっています

上ってきたギルギット方向には、ハラモシュ7397mも眺められます

夕食前のひとときを雄大な山を眺めながら至福の時間を過ごします。この日はあいにく頂上は雲に覆われていましたが

2泊するフェアリー・メドウのライコットサライのロッジ。簡易ベッド、トイレ、洗面所、LED電灯、ベランダ付きです。ただし、トイレと洗面所は離れのものを共用する小屋もあります

翌日は5時に起床して、朝焼けの山々を見るべきスタンバイします

5時45分、陽が昇りました。朝日に輝くナンガパルバットの頂きです。この素晴らしき眺めに感動です 

右のガナロピーク(6606m)にも陽があたってきました

ガナロピークのズームアップ

ナンガパルバット山頂のズームアップ

山頂左側のシルバーピナクルズ(7597m)のズームアップ

ナンガパルバット山頂のズームアップ

陽がだいぶ上がってきました

更に陽が上ります。赤みがかかった山頂は次第に白い輝きに変化してゆきます

時間が経つのをすっかり忘れてしまいます。いつまで眺めていても飽きません

ギルギット方向を見れば、ハラモシュからラカボシ7788m等もシルエットで浮かびあがってきました

陽がすっかり上った朝8時のロッジ・ベランダからの眺めです

ロッジ右側に広がる牧場です

9時、ライコット氷河展望地3700m付近までのトレッキングに出発します

途中、小さな沼にて、逆さナンガパルバットを撮影します

氷河によりつくられた崖に沿ったトレッキング道路を歩きます

振り返れば、ライコット氷河がつくった谷が広がっています

谷を覗けば綺麗な花が咲いています

平坦な道が続いています。標高3600m付近ですが、緑多い山林地帯です

枯れ側に沿った平坦な道を進みます

約2時間ほどで山が目前に広がる草原地帯にでます

鋸を引いて木材を作る職人さんに出会います

ライコット氷河が迫る目的の展望地3700mに到着です。出発から約4時間

眼下に見える氷河です

氷河の下流側を見ます。ここからは先端が下の方まで続いていて見えません

ここから見上げるナンガパルバットも迫力があります。この山は登頂が非常に困難で、「魔の山」と呼ばれており、これまで60名以上の方が命を落としているとのことです

高山植物など楽しみながらロッジに戻ります。往復約6時間ほどの楽しいトレッキングでした。

翌日も早起きして陽の出を待ちます。夜の星空も綺麗でしたが、山の上に残るお月さんと白く輝くナンガパルバットの眺めに感動します  だから旅と、山歩きは素晴らしいのです  ナンガパルバット・トレツキング編 おわり  

カラーシャ谷からアユーンの村を見下ろします。

チトラルに戻り、ここで昼食をとります。カラーシャ谷に比べれば、ここはもう大都会です

チトラルは川に沿って町が広がっています。川沿いからはティリチミール7690mが眺められます

パキスタンと言えばこのデコトラ。谷から戻ってくると珍しく、近代社会に出てきた感じになる

果物や野菜も豊富。この時期特にマンゴウが旨い。1個30円位で手に入ります

ジープに分乗してマスツージに向けて北上します。途中まではご覧のように舗装された道路で快適なドライブです

チトラル川に沿って道は続きます。途中青空トイレで気分爽快に・・

やがて舗装はなくなり、デコボコ道を揺られながら、雄大な景色を眺めながらのドライブとなります

土砂崩れが起こった直後の工事中の道路を通過します。

ブルトーザが落石を除去するのを現場で辛抱強く待つこともあります

川沿いの断崖絶壁の道を更に進みます

畑が広がる谷あいの村にでました。緑の畑を見ると何故かほっとします

再び工事現場を通過。ジープは2009年のプレートが付いていますが、これは飾で本当・ボロイ。でもドライバの腕は確か・・みたい

一見安全の様な、立派な橋を渡ります

チトラルから約7時間、夕方7時過ぎにマスツージの村に到着です。村はずれの国民宿舎PTDCに泊まります

翌日早起きして、ティリチミールを遠望します

ティリチミールのズームアップ

マスツージを7時30分に出発します

5台のジープに分乗して峠を目指します。毎日どのジープのどの席に着くかはくじ引きで決めます。いずれの席でもデコボコ道では同じようなものですが

峠に向かって次第に上り始めます。このあたりは段々畑が広がっています

渓谷を見ながら更に上ります。斜面に創られた急な坂道が上ってきた道です

渓谷を振り返ります

小さな川に沿って牧草地帯もあります

大斜面を移動する羊の群れにも出会います

上り始めてから約2時間でシャンドゥール峠3720mに到着です。ここで約1時間ほど散策します

牛やヤクが放牧されてのどかな風景で、ここが富士山山頂とほぼ同じ標高とは思えません

人知れずに咲くかれんな花にも出会います

池にはオタマジャクシがいました

峠を過ぎてしばらく下れば、美しい満開の菜の花畑に出会います

やがて清流に囲まれた美しいテルーの集落が現われます

パンダール湖で小休止します

ギズル川に沿ってギルギットに向けてくねくねした道を進みます。このあたりでは一応舗装道路となります

ギズル川はギルギットに近づくに従い水量が多くなります

川辺には農耕をしている集落がときどき見受けられます

谷合を抜けると再び前方に雪を抱いた山が見えます。川辺に集落も多く見られるようになりました

やがて展望が開け、草花が生い茂った河川敷が広がります

山の斜面にギルギットの街が見え出しました。峠から約6時間の道のりです

ギルギットのセレナホテルに夕刻埃まみれで到着。暖かいシャワーを浴びて一息つきます

ホテルのベランダから周囲の山が良く眺められます。ここはギルギットの街の中心部から離れており、警備も厳重です

7時30分過ぎに太陽が沈みます

奥に見える山がラカボシでしょうか

カラーシャ谷から6日間づっとお世話になったジープのドライバーさん。道路はデコボコでも運転は確かです チトラル→シンドゥール峠→ギルギット編 おわり

首都イスラマバードから国内線の山岳フライトにて、チトラルに向かいます。右側にカラコルム山脈の山々が見えます

チトラルはアフガンと国境を接している地域で、ジープでの移動に銃を持った警備兵が付いてくれます。チトラルでカラーシャ谷に入る為の入山許可書を取得します。  チトラルの街の標高は1500m、ここからティリチミール7690mが眺められます。手前はシャーヒ・モスク

シャーヒ・モスクの礼拝中庭。3000人が同時に礼拝できる

チトラル川越しにティリチミールが眺められます

翌日、ジープに分乗してカラーシャ谷に向かいます。チトラルの街のはずれにある日本の援助で造られた立派な橋を渡ります

チトラルからクナール川に南下します。途中チトラルの街を見下ろす峠にでます

アユーンからブンブレット谷に入ります。川沿いには農地が広がっています

ブンブレット谷に沿って造られた生活道路を埃を舞い上げて進みます

チトラルから約2時間ほどで谷の中心にある国民宿舎(PTDC)に到着です。 ここに2泊します

早速、地元のカラーシャ族の歓迎を受けます

カラーシャ谷は、一番大きなブンブレット谷、ルンブール谷、ビリール谷の3つの谷間からなり、そこに約3000人のカラーシャ族が住んでいます。  村の散策途中に出会った爺さん(学校の先生)と孫たちです。親子三世代の同居は当たり前で、家族の絆は強いようです

女性は村を流れるこの川で髪を洗うのが日課です

谷の奥にある村の墓地。棺がむき出しのまま精霊が宿るとされる大きな木の根元に多数置かれています。  現在は遺留品が盗まれるとのことで別の場所になっているとのこと

宗教行事等で利用されるジャスダック神殿の入口扉。柱に彫られた無限大マークの連続模様は、永遠を意味しているのかも・・マルタ島等でも見たがこの地の果てと欧州とが遠いい昔につながっていたのでしょうか。カラーシャ族は自分たちはアレキサンダー大王の軍隊の子孫であると信じているとか

とうもろこし畑の草取り作業をしています。農作業はもっぱら女性の仕事のようです

ブンブレット村の住居。川の流れを利用した発電機から電灯電力が供給されています。電気製品は電灯以外はありません

住宅の床からは排水が流れています。飲水は川から引かれていて豊富のようです

住宅には周囲の山々を眺められるベランダが付いています

ベランダに上げていただきました。男性はここで一日中談話するそうです。いい身分です

歓迎していただいたお家のおかみ

翌日、アニーシュ村の学校を訪問します。前日畑でお会いした先生が出迎えてくれました

授業風景です。ひとクラス10人程度で生徒は立った状態で密な授業が行われています

教室に机がありません。こちらは床に座っての授業です

中庭では幼稚園クラスの授業が行われています

カラーシャ谷のもう一つのランブール谷に行きます。渓谷にピンクの花が咲いています

ランブール谷のメインストリートです

メインストリートに沿って流れる川沿いには洗濯場や粉ひき小屋があります。ここで村のご婦人方が井戸端会議などするのでしょう

粉ひき小屋の中。水力は貴重な動力源です

お宅訪問。ご家族が快く歓迎してくれました。ここランブール村に1980年代末から住み着いている、わだ晶子さんの地道な生活改善等の活動のお陰です

わだ晶子さんの住宅と工房。当日不在でお会いすることはできませんでしたが、住人の皆さんとの活動拠点です

ランブール谷の奥地に向かう橋です。この道はアフガニスタンに通じています

ランブール村の住宅は屋根がフラットで土が被されています。

山の斜面に上り住宅を 見下ろしたところです。空き地のように見えますが土の屋上です。そこは農作業場や洗濯干し場であったり、杏が干されていたりして有効活用されています

洗濯場で村の御婦人方が井戸端会議中のようでした

山の斜面に続く畑では農作業中の御婦人方がひと休みしています。豊かな緑や澄んだ川、ここには田舎の原風景がありました

ブンブレット村の広場で、観光客を歓迎するカラーシャ族の子供や御婦人による伝統舞踊があるというので出かけました

伝統舞踊といっても皆さん肩を掛け合って前進・後退を繰り返す単純な踊りですが、皆さん楽しそうです

子供たちは手を取っりあったり、飛びまわったりで自由奔放な踊りとなりました

太鼓でリズムがつけられていますが・・・

村の男衆は屋根上から見物です

以下はカラーシャ族子供たちのスナップです

楽しい踊りのひと時です

村の重鎮の婆さん

伝統舞踊を見せていただいたお礼に、こちらから「むーすんでーひーらいて・・」の歌を披露してあげました。子供たちは目の色を変え、その歌と踊りを覚えて下さりました

素朴で新鮮な子供たちの目の輝きに出会い、感動し、本当にここに来て良かったと思いました

カラーシャ谷を後にチトラルに戻り、マスツージに向かいます  秘境カラーシャ谷編ーーおわり

パキスタン入国には、査証が必要です。 出発前に取得しておきました。

入国スタンプです。 入国も特に問題なく、スムーズでした。

今回は、バンコク経由ラホールへ。 タイ航空利用です。

懐かしの紙チケットです。

ラホールフォートです。 ラホールは、ムガール帝国時代の首都だった場所で、 その当時に作られました。

ラホールフォートの向かいに立つ、 バードシャヒーモスクです。 10万人が礼拝できるという広さです。

旧市街の街並みです。

ラホールフォートの南東に広がっています。

現在の人口は1,000万人を超えているらしく、 南アジアでも5番目に大きい都市です。

モスクとバスが特徴的です。 ちなみに、バスは男女で乗車場所が 区切られていました。

市バスのチケットです。 3ルピー(9円)。

入り組んだ路地が続いています。

ときおり、馬車が通ります。

バスの装飾は、みな派手です。

5ルピー札です。

ぶらぶらと旧市街を歩きます。

楽しい旅のひとときです。

ラホール博物館の入場券です。 ペプシの広告が目立っています。

短いパキスタンの旅でしたが、 異国情緒は十二分に味わえました。

素晴らしい景色でした。 またここに行くと思います。 カテドラル・ピークス 6106m Passu Pakistan Northern Area

パスーでトレッキング。 氷河を望み、濁流に架かる崩れ落ちそうな 吊橋を渡リ対岸へ、 地元の人はこの荷物でその吊橋を 走る様に渡っていた。

行ってみて知ったのだが、 パキスタンの北部では金髪で青い目をした人が 多く住んでいる。

トレッキングの帰り道、 ヒッチハイクをしようと車を待つ場所で撮った写真。 裸足の理由は分からない。

朝中国を出て国境の4900mの峠を越えたバス。 そして、夕暮れ時大きな音と共に この場所で息絶えました。 この後、暗闇の中パスーの集落を目指し 荷物を背負いカラコルムハイウェイを 約一時間歩く事になる。 Passu Pakistan Northern Area

駄菓子屋というか萬屋から出てきた姉妹?

「写真を撮って」と頼まれました。 住所を聞いたので送る事にしました。 一家の写真…大事にしてね。。

パスーの街(といってもとても小さい集落だが) を歩いていると にぎやかなトラクターが 走っていたので付いて行ってみた。

夕方、突然の砂嵐 季節の変わり目を感じる出来事だった。

パキスタン北部のギルギットから 北西辺境州のチトラールへ向かう、 途中、湖のあるパンダールに一泊、 その丘の上に建つ小さな宿からの眺め。 宿の手伝いの青年は早朝の魚釣りに 付き合ってくれたり良い人だった。 学校へ行く前だったのに、ありがとね。 Phandar Pakistan

クエッタからイランの国境へ向かう 夜行バスに乗った。 日没後すぐ停車、お祈りの後、食事の時間。 夕食はクエッタの街でいただいたコーラとスナック。 度々強盗が出ると聞いていたのだが 何となく不気味な一晩だった。

タフタンの町外れで国境方面へ歩いていく人発見。 国境での仕事への出勤でしょうか??

いきなりバイクを止め 「チン(中国人)か?」との質問。 この辺りにも中国人が良く来るのだろうか?

国境付近では鮮やかな作業着の男達が沢山。 国境の貿易は一つ一つ手で 運んで行われている事に驚く。

カメラを向けられ集中できない様子、 ごめんなさい…。 向こうに見える建物はパキスタン側のイミグレ。

ココの国境は夕方に国旗を下げる儀式で 盛り上がるらしいけどいけなくて残念。。

パキスタン北部の ギルギットから 凸凹道を バスに揺られて15時間以上。。。。 さらに、 乗り合いタクシーで1時間。 そこに現れる小さな谷。 独自の宗教を持つ素朴で 不思議な民族が住んでいる。

ノックとともに宿の部屋に乱入してきたり、 カメラを向けると踊りだしたり、 宿の子供達は元気だった。

世界の女子の共通は花が好きな事だね?

宿の窓の外から声がするので見てみると何やら勉強中の様子。                             

他の旅行者からデジカメを借りてきて動画撮影、 テレビ局とタレント気取りでなかなか 返してくれない様子です。 テレビさえ貴重な暮らしをしてるのだから 仕方ないでよね。 後に、このときの動画を分けてもらいましたが 悔しいくらいにイイですよ!!                           

写真を見る度このチビ達のゲラゲラと 笑う声を思い出します。 手前のチビの名は「エルシーナ」。 一番元気なチビだった。                          

アフガニスタン難民キャンプを見学。 何年くらいウチに帰ってないんだろう?

インドビザ発給までの一週間 アフガニスタン国境から約50Kmほどの ペシャワールという街にいました。 噂に聞いた通称「Mr.プリンス」という 地元の男を探し出すのに二日費やしたけどね、 その出会いのお陰でさまざまな経験が出来たよ。 ある店では銃とか偽札とかそれ以外のモノとか 売られそうになったりね。。。。 一応、記念にマシンガンを撃たせてもらいました。

パキスタンを走る派手派手トラック。 良く見るとそれぞれに個性があって美しかったよ。 そろそろ始まるイスラムの断食月(ラマダン)、 急遽予定変更し一時的にインドへ行く事に決めた。 Gilgit Pakistan Northern Area

イスラマバードのシャーファイサルモスク 直線的なデザインが特徴のモスク。 エントランスからモスクに出るまで 暗いトンネルがあり そこを抜けるとこの美しい建物、 かなり圧倒されてしまったよ 建築とかに詳しくないけど、 こういうのが設計した人の演出なんでしょうか?

中心都市ラワールピンディーに到着 イスラムの断食月ラマダンが始まった。 イスラム教徒は日が昇ってる間は 何も口にしない、水さえも…。 私は昼間、隠れてスナック菓子など食べて 耐えていました。

ラワールピンディーの駅 ラマダン期間中、 昼間は空腹で動きが鈍ってたよ。 もうすぐインドビザがもらえ、 断食のない隣国へ逃げ出すことが出来る。 いやァー、ツラいは断食は…

ラワールピンディー駅 もうすぐ日没。  今日は、 宿の階下のお店で揚げている 魚のから揚げを買うつもりなので ちょっと楽しみ。。。

宿の近くのペプシビル 個人的なことだが私はコカコーラより ペプシが好きなんだよね。 中でも一番のお気に入りはダイエットペプシ。 別にカロリーを気にしてるのではなく、 ダイエットペプシの味が好きなだけですよ。

灼熱のラホールを経て 印パ国境に到着。 おそろいの作業着、 あなた達は何者??

まだまだ真っ暗闇の国境タフタンの町にバスは到着。 そして暗闇の無人の町に降ろされる、不気味な町。 明かりの点いてた食堂に入れてもらい朝まで仮眠。 明るくなってきたので散歩したらあちこちから 声がかかる。 すこしホッとした。

あの柵から向こうがイラン。 国境が開くまでその辺りをウロウロ、 こちら側よりも向こう側の設備が立派に見える、 初めて行くイランとはどんな国か? とりあえず腕時計の時間をイラン時間に 合わせました。

ラマダン回避の為約二週間インドに寄って 再びパキスタンからイランを目指しました。 ラマダン明けはエスファハーン。。。 半月ほど前には大きな暴動が起こるなど 治安が良くないというクエッタの街には 乗り換えの3時間ほどしか滞在しなかった。 そこで昔、日本で働いていたという 現地人に声を掛けられた、 彼はスナック菓子と2Lのコーラのボトル2本を 買ってきて差し出し、 「昔、日本では日本人にお世話になったから…」 とのキメ台詞。 そして忙しそうに去っていきました。 なんて感謝していいのやら…。 そしてこの写真は古着屋さん。 集められた支援物資などは届く頃には 不要になってしまい こうして売られていくのかもしれません。 「古着の仕入れはアメリカなんかより東南アジアが良い」 と聞いたこともあります。                            

ペシャワールのデコトラ工場を見学。 まるで落ち着いて運転できそうに 無いパキスタンのトラック運転席だね。

ちょっと前のガイドブックだと 馬を借りて越えるというシャンドール峠も バスで越える事が出来たよ。 同じバスの乗客を撮らせてもらうと 手をつないで写ってくれました。 そしてこの後バスは凄い高い崖ギリギリ 走っていく。本当に凄いガケだったよ。。 SorLaspur Pakistan North West Frontier Province

難民キャンプでレンガを焼くアフガニスタン人。 Mrプリンスはとてもきつい仕事だと 教えてくれました。

ココがちょうどパキスタンとインドの国境線。 なるほどー、赤い人がパキスタン人、 青い人がインド人かぁ。。。 二週間後にまた戻って来ます。。。

パキスタンの文化・風俗・注意点

 パキスタンは政府がイスラム化を積極的に進めていますので、公共の場では次のような事項に十分留意することが必要です。
 各地にあるモスク(イスラム教寺院)内を参観する際には、靴を脱ぐとともに神聖さを汚さないよう行動に気をつけましょう。  女性の単独行動はなるべく避け、また、外出する際にはなるべく肌を露出させない服装を心掛けましょう。  飲酒は禁じられており、酒類は一般の商店では販売されていません。また、酒類の国内持ち込みも禁止されています。

 全国的に上下水道が未整備で、また補修も行き届いておらず、水道および井戸水の中にウィルス、細菌、アメーバ、その他の原虫類、寄生虫卵等が混入していることがあるため、そのまま飲用することは避け、ミネラル・ウォーターを利用するようお勧めします。ミネラル・ウォーターは、都市部のマーケットで販売されています。またホテルやレストランで出される水も十分煮沸されていない場合が多いので、ミネラル・ウォーターを注文するようお勧めします。
 経口伝染病として、コレラ、赤痢、腸チフス、その他の細菌性食中毒、ウイルス性肝炎(A型、E型)、ウイルス性胃腸炎等があります。また破傷風、狂犬病等の接触感染の病気やさらに蚊が媒介するマラリアもあります。予防手段があるものについては、可能な限り渡航前に接種等の処置を行っておくことが必要です。
 毎年5月および6月には、内陸部で日中の気温が摂氏50度を超える場合もあり、旅行者は行程に無理がないよう注意する必要があります。