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ネパールってどんな国?

ネパール王国、通称ネパールは、南アジアの国(王国)。首都はカトマンズ。ヒマラヤ山脈の南側のふもとに位置し、インドと中華人民共和国に隣接する。

ネパールの地図

ネパールのブログ旅行記

ケッコウ、でした?|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2011年5月22日 ... ちなみに、ネパールの国の偉い方がヒンドゥー教なので、ヒンドゥー教の遺跡ほどには 仏教遺跡には予算がおりずに、開発にも時間がかかっているんだよーと、インタビュー させて頂いた博士が仰ってました。それでも互いの宗教を尊重しあって ...

「Himalayan Kitchen」@グルメタウン(カイムキ)お食事編 - アメーバブログ

2010年9月21日 ... 「Himalayan Kitchen」@グルメタウン(カイムキ)☆お食事編-【※画像をクリックして頂く と、大きなお写真に変身します※】 グルメタウン=カイムキにあります、ネパール料理の お店 Himalayan Kitchen(ヒマ.

ネパール - トラベログ

旅行情報の発信サイトのトラベログ、トラベローグ、TRAVELOG 。国内、海外の旅行記 、旅行日記、旅行体験記、トラベル日記、旅行写真集、旅行フォトアルバムを、無料で 作れる旅行専門のブログ、サイト.

信仰の町・バクタプール - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2009年8月14日 ... ネパールで、世界遺産に指定されているカトマンズ盆地の三つの古都の中でも バクタプールは、最も古き良きヒマラヤの文化の香りが味わえる町です。 カトマンズや パタンと比べると自動車も稀で、 中世の町そのままの静けさが残されています ...

チベット音楽: shukran@world

2008年5月1日 ... 日本の隣国が何かと騒がしい今日この頃ですが、ふと、エチオピアで知り合った ネパール人ヨガインストラクターにもらったCDのことを思い出しました。タイトルは「Yoga Tibetan Incantations」。CD 1枚に入っている曲はわずか3曲。それもその ...

ネパールの館: shukran@world

2010年1月27日 ... ネパールの館 静岡にある「ネパールの館」というレストランで、オムカリーを食べました。 本格的なのにさっぱりしていて食べやすく、味は抜群でした! http://www.himal-j.com/. 投稿者 shukran 時刻 20時20分 グルメ・クッキング | 固定リンク ...

2006年03月のブログ|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2006年3月22日 ... 更新が随分遅くなってしまいましたが、今回のネパールの旅日記を書き始めたいと思い ます! そう、実は今回、4月8日にオンエアになる『世界ふしぎ発見!』スペシャル回の 撮影をしてきました。この春のスペシャル回のテーマは、世界の頑張る ...

2011年05月19日のブログ|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

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古都散策ネパール。 - トラベログ

2013年7月30日 ... 気になるものいろいろ > 海外旅行フォトアルバム一覧 > 表紙.

観光競争力: shukran@world

2008年3月6日 ... 116位 ネパール 127位 バングラデシュ. 1年間に日本を訪れる外国人観光客は約700 万人。タイにはその2倍の観光客が訪れるというのに、日本よりだいぶ順位が下です。 たぶんタイは治安の悪さが響いていると思いますが (115位)、タイって ...

ユキノヒノシマウマ: ペルー関係 アーカイブ - wanderphoto

2008年3月24日 ... 街角で乗客を拾いつつ進んで来たバスも、街の外れにさしかかった。気のせいか空の青 さが増しているような気がする。 peru246.jpg そしてバスはそのまま人気のない アンデス高原地帯へと入った。ネパールやチベットなどでもそうだが、 ...

人参スイーツあらかると|食べて歩いて遊んでスペイン! - アメーバブログ

2012年3月26日 ... 他所様のオフ会のランチに乱入してしまいました@ネパール料理店Annapurna。 ( そういえば、以前にも飛び入りした事あったっけ・・・←図々しい?俺). 食べて歩いて遊ん でスペイン!-curry-1 · 食べて歩いて遊んでスペイン!-curry-2 食べて ...

2010年12月のブログ|世界を散歩する - アメーバブログ

只今、ネパール。 およそ12キロの荷物を背負い3週間のランタントレッキング中。 どこで 食べたって美味しいけれど。 特に山の中で食べるヤクチーズは、恐ろしいほど美味。 わーい。ヤクチーズ工場だーーい。 世界を散歩する. あぁ、もっとがぶって食べたい。

ネパール - トラベログ

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旅人たびんちゅ - ナマステ!ネパール! (with 母)

数年前、念願の母とネパールの旅を実現出来ました。母は「カトマンドゥ」という響きが 好きだから。という、すっとんきょうな理由でずいぶん前から、ネパール行きを希望してい ました。私は5年ぶりのネパール。。。 母にとっては初の海外自由旅行だったので、私も 母 ...

謎のネパール人 世界一周旅行記

謎のネパール人. 【13-14日目】 タイ・バンコク. 片道航空券を買うためだけに、本来必要 のないアメリカのビザを安くもない手数料を払って取得したというのに、結局お目当ての チケットは買うことができなかった・・・。 「・・・じゃあ、もうチケットはいいからデポジットを  ...

2007.08 韓国: Shoの旅行記~気の向くままに歩いて行こう~

2007年8月3日 ... 正直、中国を横断しネパール経由、インドへ向かうルートもあり、途中のチベット・ラサ によるのも魅力的なので、ちょっと迷う。 ターミナルではたくさんの人で溢れていたが、 チケット売り場はそれほどでもなく、すぐにチケットを買えた。 案内は韓国 ...

サウジでブタ発見: shukran@world

2008年5月10日 ... ネパールの操り人形 | トップページ | プライドと偏見+フェイルーズ ». 「コレクション」 カテゴリの記事. お宝カメラ(2008.05.15); サウジでブタ発見(2008.05.10); ネパールの 操り人形(2008.05.10); スペインのタラベラ焼き(2008.05.09); タイの ...

世界一周旅物語(せかたび)- インド西岸、ゴアビーチ アーカイブ

2006年10月25日 ... でも、宿探し中のYHAホテルで会ったネパール人グループは、仲間の一人が海で溺れ て病院に行ってる所らしく、「海の中は危ないよ」とまで言っていました。確かに、かなり波 が大きい! インド人やネパール人たちは、海に慣れていないことも ...

サプライズ32|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰 ...

2008年6月16日 ... サプライズ32-6/14(土)、1ヶ月ぶりにMY野球チームに参加した。 この季節は球場まで の1時間のミニチャリダーと ナイター野球は気持ちいいねー! 実はアテクシ、帰国後 なーん.

2005年10月のブログ| 世界一周御披露目帳 - アメーバブログ

2005年10月4日 ... エジプト、メキシコ、カナダ、ネパール、イエメン、トルコ、モロッコ、スイス、ヨルダン、 ボリビア、・・・ もうキリがありません!! 彼の仕事の調整もありますが、何としても世界 一周旅行を成し遂げたい、 もうその思いでいっぱいいっぱいです☆

ネパール|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』 - アメーバブログ

ちなみに、ネパールの国の偉い方がヒンドゥー教なので、ヒンドゥー教の遺跡ほどには 仏教遺跡には予算がおりずに、開発にも時間がかかっているんだよーと、インタビュー させて頂いた博士が仰ってました。それでも互いの宗教を尊重しあっているのだから、 素敵 ...

ネパールの写真・旅行記

 ポカラ近郊には、日本人専用ビューポイントなるものが存在します。その名はフォクシン。より正確に言えば、日本人しか行かない展望ポイント。極めてマイナーな場所ではありますが、そこからの眺めは、サランコットとも妙法寺とも違う第三の眺め。フォクシン村の人々が、毎日どんな景色を見ながら暮らしてるのか、こっそりお伝えいたしましょう。 **情報は2013年3月のもの。1ルピー=1円で計算。 ==ポカラ・ザ・トレック シリーズ一覧== ① サランコット編 http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10759203/ ② ワールド・ピース・パゴダ編 http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10759213/ ③ フォクシン編 <== http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10761488/ ④ ダンプス編 http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10838337/ ==ポカラ旅行記== ポカラ再発見 全4作 http://4travel.jp/traveler/sekai_koryaku/album/10761427/

 バスは出発後、乗り場のすぐ先にある道を左折。チベット難民キャンプ(写真)の前を通って、南側にある山の方に向かいます。

 住宅エリアを過ぎると、舗装道路を離れて河原に突入。オフロード車でもないのに、浅い水流を強引に乗り越え進みます。乾季でさえこれなんだから、雨季にはもっと凄いことになっているでしょう。

 高度を上げるにつれ、ヒマラヤの景色も、ほらこの通り。座席は左側の方が、少しだけ眺めがいいかな。

 30分ほど走り、稜線上の集落ドパーレで途中下車。ここから先は歩いてフォクシンを目指します。運賃は30rs(30円)。  一方、バスはそのまま1キロ奥にあるクリスティ・ナチャネチャウルまで走ります。行ったことはないですが、クリスティは宿泊施設やレストランもある、比較的施設の整った町のようです。

 ドパーレからの眺めはこんな感じ。手前の山がかなり邪魔ですが、逆に山腹の集落がいい味出しています。村の斜め上に見える白い点が、ワールドピース・パゴダこと日本山妙法寺。

 このすぐ後、道が2手に別れるので、左へ。右がメインのジープ道なのですが、集落があるのはこちら側。それに、南側からでは、ヒマラヤを見ることができません。

 ジープ道を10分ほど歩くと左側の山がなくなり、開けたヒマラヤの眺望が出てきます。ここからの眺めは、ポカラ盆地が前景で、その背後に大きくヒマラヤ。サランコットやピースパゴダからの景色にはなかった「町」が間に入ることで、山の雄大さがより強調されています。

 写真は、途中の民家で見かけた女の子。母親が水汲みや皿洗いで忙しくしてる間、なぜかゆりかごの中で幽閉されています。もう、自分で歩ける年なのにね。それとも、ブランコとして、自ら乗ってるの?

 少し歩くと、民家がポツポツ出始めます。手持ちの地図によると、この集落の名前はポカレルトック(Pokharelthok)。写真は、村で唯一の売店。

 村は稜線の南側に広がり、全部で50-60軒くらい。そのまま、村を横断する土の道を歩きます。

 さらに進むと、村の東端に公立の小学校が出てきます。バスを降りてからここまで約20分。壁に書かれた住所は、ニルマルポカリ6、フォクシン、ポカレルトック、カスキ。学校隣の小高い丘の上には廟があり登れます。

 教室の中をのぞいてみると、生徒はわずか3人。退屈そうに自習していました。どうも、ひとりの先生が2クラス同時に見ているようです。実質的に学費無料の公立学校なんてこんなもの。高望みしてはいけません。(ひょっとすると、テスト期間中だったかもしれません)。

 小学校を過ぎると、道の北側はすべて農地エリア。道沿いよりそちらの方が眺めが良さそうなので、あえて農地の中を歩いていきます。  写真は、小学校そばの畑の上からの眺め。季節は3月中旬。ちょうど種まきシーズンのようで、水牛を使って畑の耕作が行われていました。この村の農地は主に南側斜面にありますが、ここは稜線上の一等地。村で最も見晴らしのいい場所になります。  作業中、視界に入ってくるのは、遠方で白く輝くヒマラヤのピーク達。彼らは、この場所で野菜を育てながら、何十年も同じ景色と発展するポカラの町を見続けてきたのでしょう。

 この段々状の農地のすぐ横は草原になっており、ヤギや水牛などが放牧されていました。ん、どこかで見たことのある眺め。ひょっとして、アルプスの少女ハイジ? 観光地ではなく、ただの農村であるフォクシンは、サランコットや妙法寺とは、かなり雰囲気が異なります。  先に紹介したように、ここは日本人がたま~に来る程度の場所。村に宿泊施設や食堂などはありません。村人は農作業に忙しく、土産物売りさえ存在しません。

 ここでは、村の女性グループが堆肥の運び入れをしていました。共同作業で何だか楽しそう。この村では、ちょっと派手めの赤を中心とした原色系の民族服をよく見かけます。ポカラ市街ではあまり見かけない色使い。  ポカラとその近郊には、主にグルン、マガール、チェトリなどの民族が定住しています。ここに住んでいる人達は、一体、どの民族なんでしょうね。

 この下の川には、先ほどの吊り橋同様、対岸へと渡る橋がかかっています。ただし..ここから急な崖(写真)になっているため、そこへのアクセスは、パイプ沿いに伸びる急な階段のみ。

 ビューポイントの草原から少し下り、売店前から続く小道に戻ります。この辺りにも、民家がちらほら。先の地元民によると、こちらの小さな集落の方が、狭義のフォクシン。どおりで、地図に「フォクシン(Phoksing)」という地名が載っていない訳です。  この後、さらに300メートルほど歩いて、分岐で別れた広いジープ道に合流。この先しばらく民家はないので、ここまでが、フォクシンのすべてということになります。

 フォクシンの端から400メートルほど歩くと、バザールっぽい雰囲気の建物が出てきます。ここはシバラヤ(Shivalaya)という名前の場所で、小学校と商店が3,4軒。その中には軽食がとれる茶屋のようなお店もあります。バスを降りてからここまで売店が1つあっただけなので、大きな進歩です。  日本人が珍しいのか、フォクシンで出会ったお年寄りが、ここまで私に同行してくれました。ついでに、チャイ(10rs=10円)を飲みながら少し世間話。大阪でネパール人が若者に殺害された事件、事件発生当時はネパールでもトップニュースになったそうです。

 シバラヤから500メートルほど歩くと、丘の上へと続く分岐のようなものが出てきます。でも、そこは無視してメイン道路を直進。上の道は、どうも学校まで繋がっていないようです。ジープ道を歩き続けると、最終的には学校へと続く登りの道が出てきます。スクールバスがいい目印。

 校舎の壁に埋められたプレートによると、この小学校用の校舎は、福岡のライオンズクラブが中心になって建設されたようです。例によって、日本語のみの表示。  現地の人達は、福岡市長(Mayor)がこの学校を作ったようなことを言っているのですが、それを裏付ける情報は見つかりませんでした。  日本語ホームページを見ると、元々は中学(Secondary School)のみで、後から小学校部分を開校したようです。さらには、2009年で約束の援助期間が終了したため、もう日本からの資金援助は行われないことが書かれています。そうなると、教員の給料は、生徒が払う学費と政府からの補助だけになりますね。 URL - http://homepage3.nifty.com/nirmalpokhari/School.html

 日本人が建てた学校なら、日本人である私が中を覗いても、あれこれ言われることはないでしょう。教室のドアはどこも開けっ放しになっているので、外の通路を歩きながら、教室の中をチェックしていきます。  各クラス、生徒はたくさんいますね。授業中にも関わらず、両手を合わせて「お・も・て・な・し」ポーズで私を歓迎。日本では、たまに不審者扱いされる私も、ここではパトロン気取りです。

 この低学年クラスでは、英語の授業が行われていました。黒板に、「この空欄を埋めよ。My name is ---。I am --- years old」などの問題が書かれ、生徒は一斉に答えをノートに書き込んでいきます。そして、できた人から先生にノートを渡し、その場で採点。先生も熱心なら、生徒もやる気まんまん。さすがは、金を出して通う非政府系の学校です。この直前に訪問した公立小学校とはえらい違いですね。

 フォクシンまで戻り、トレッキング・スタート。小学校のすぐ裏に石段の道(写真)があるので、そこから下ります。

 学校横の農地からの眺めがよかったように、この道からの眺めもグッド! しばらくは開けたさわやかな眺めが続きます。

 数分後、ポカレルトックの売店横から続く別の山道と合流。その後、写真赤い点の場所から森の中を下って行きます。

 道はわかりやすく、迷うことはないでしょう。この辺りから、眺めが徐々に周辺の木々に遮られていきます。

 でも、下りなので時々木の間から見える景色を楽しみます。

 出発から20分ほどで、小さな集落とジープ道に合流。このジープ道は、シバラヤのバザールまで続いています。もしこの道を下ってきたら、前半の絶景は味わえなかったでしょう。  村のすぐ後、石段の山道が左に出てくるので、そこを下ります。そのままジープ道を下ったら、すごく遠回りですからね。 写真: 赤い点の場所からフォクシンへの山道が始まります。

 山道を10分ほど下って、フラットな農地へ。脇の道を歩いた先に、川を渡る吊り橋があります。

 これが、長さ200メートルの吊り橋。なお、乾季の場合、水は少ないので、オートバイなどは川原の道を走って対岸のジープ道まで渡れます。

 橋を越えたあと、30メートルほど高くなっている農地の上まで登ります。そこから今歩いてきた方向を振り返ると、こうなります。青い線が、麓からフォクシンへ徒歩で向かう場合のノーマル・ルート。  とはいえ、ここを歩くのは、現地人を除けばやはり日本人くらい。ごくたまに、シャングリラ・ビレッジ・ホテルあたりに泊まった登山ツアーの人たちが、朝から登って、同じ日に降りてくるだけです。それを今日私はバスで登り、歩いて下山しました。登りは決して景色がいいわけではないので、これで正解。 写真: 橋からフォクシンへのルート。赤い点は、左から福岡中学、シバラヤ、山腹の村、フォクシンのビューポイント、売店。

 それでは、行ってみます。ところで、この農地エリア、天気が良ければ、なかなか迫力のある山の写真が撮影できます。この場所は、眺めのいいダムサイドからさらに2キロほど南に下った場所。邪魔になる建物も少なく、逆に近隣の建物とヒマラヤを同じフレームに収めると、こんなダイナミックな感じになります。写真中央は、ビダヤ・ニケタン中学。

 ここから先は、田んぼの間の道を、4階建ての中学目指して歩いていきます(約20-30分)。学校の北側で道が分かれるので、そこを左折。道なりに進んで行くと、ビラウタチョークから150メートルほど西の道路に出るはずです(10-15分)。逆に学校の後まっすぐ進むと、200メートルほどで、シャングリラ・ビレッジ・ホテルに到着します。  今紹介したのが、最短コース(青色)。ただ、私は今回、少し違うルートで町に戻ることにしました。それが、写真の黄色いコース。山の上から見えていた水力発電所が気になったので、少しだけ遠回りして見に行くのです。 写真: 赤い点は左から、ビラウタチョーク(上)、発電所下り始め(下)、空港(上)、シャングリラ・ビレッジ・ホテル(中)、ビダヤ・ニケタン中学(下)、吊り橋。

 こんな道なので、オートバイは通れません。遠回りしたくなければ、この道を歩くしかありません。落差のある眺めはとてもダイナミックで、そこをえっちらおっちら登り下りしている人を見てるだけで、いい暇つぶしになっちゃいます。  階段の下に見えるのが、水力発電所の建物。その右奥に吊り橋があり、そこから対岸の集落に渡ることができます。集落の後、フォクシンのある山の稜線まで行く山道があるはずですが、詳しいことはわかりません。

 いずれにせよ、対岸の住民にとっては、これが日常的な生活道。学校帰りの子供もやはりこの階段を歩きます。他に代わりがないですからね。しばらく他人事のように上から観察してましたが、私も急に勇気とやる気が湧いてきました。やるからには難易度を上げて、手を使わず高速で一気下り。その後、下から上まで高速一気登り。コイツは一体何しに来たんだ!という好奇の視線を浴びながら、現場を後にしました。

 その後、道はまともになり、小さなカーブを経ながら山を登って行きます。写真は、バスの走行ルート。黄色い点は、左からチョレパタン(乗車)、ニルマルポカリ、フォクシン、ドパーレ(下車)。

 途中、中学生らしき男女と何度かすれ違いました。こんな場所に学校なんてあったっけ? いえっ、ありません。バッジをよく見ると、川の対岸にあるビダヤ・ニケタン中学の生徒でした。そう、彼女らは、山を下りてポカラ側の学校に通っているのです。つまり、毎日登山してるわけ。この場所なら、フクオカに通うか、ポカラの学校に通うか、ちょっと迷うところです。

 シバラヤの茶屋を後にし、ニルマルポカリに向かいます。ニルマルポカリ(Nirmal Pokhari)という名前は、いわゆるVDC(Village Development Commitee=農村開発委員会)と呼ばれる行政単位の名前。その中には、フォクシンやポカレルトックなどの村々も含まれます。地図にはこの辺りがニルマルポカリと示されているので、おそらくここが狭義のニルマルポカリ、もしくは何らかの行政施設があるのでしょう。

 ここから幹線道路へは、水路沿いの道を1キロほど進むだけ。水流がある場所では、あちこちで青空洗濯が行われていました。この道は最後に通常ルートと合流し、ビラウタチョーク西側の道路に出ます。また、幹線道路と発電所入口をつなぐ便利なバスも、定期的に走っています。  これで、今日のフォクシン・トレックは終了。お疲れ様でした。

 この山の上のエリアでいえば、クリスティにも公立中学があります。でも、それだけでは質の高い教育を提供するのに不十分。そういう環境の中で、田舎としては大変立派な福岡中学が立ち上がりました。こんな僻地でも、教育熱心な親は、迷わず子供をいい学校に通わせます。スクールバスはクリスティまで往復しているので、遠くから通学している生徒も沢山いることでしょう。

 ここからは、ポカラ南部の町並みがよくわかるのですが、一番面白かったのは、飛行機の離着陸がよく見えること。絶景の中、ハエのようなサイズの飛行機がやってきては、空港滑走路に降り立ちます。  さて、十分眺めを楽しんだところで、「日本人専用ビューポイント」フォクシンの丘を後にしたいと思います。

 ここからの景色ですが、ここまで見てきた眺めより、少しだけ見晴らしがいい程度。写真は、マチャプチャレを中心とした構図(クリックで拡大)。

 この写真は、ポカラ盆地を中心とした構図(クリックで拡大)。広々としてるでしょ。

 草原の後、すり鉢状の農地が出てきて、そこを下って登ります。ここの耕し方を見る限り、農地と牧草地は、定期的に入れ替えが行われているようです。

タオ島から戻ってバンコクで癒された後、いつものごとくカトマンズ行の便に乗ってネパールへ

相変わらずのカトマンズの国内線ターミナル 工事は進んでいない。 この青空ターンテーブルがターミナルの中になるのはいつの事か・・・

今回のポカラへの便はイエッティーエアー

セキュリティーチェックは男女別

この壊れそうな小さなボロの飛行機に乗ります。 命預けるにはちょっと不安

30分弱の飛行ですが一応飲み物とスナックが出ます

ポカラ到着~

なんだか大臣だか偉い人が利用したとかで空港内に車が入れないそうな 荷物引きずりお迎えの車まで・・・

ボランティア先の知的障害者施設セワケンドラ ロウソク作りをしている風景です

いつもカジャ(軽食)の後にみんなでお掃除 頑張ってます

ボランティアに行く目的はまずは支援物資を持っていくこと 古着やらタオルなどの日用品など 一部は現地でセールをして施設の運営資金にします あとは、子供たちと思いっきり遊ぶ!! 彼らはお客様が大好き!!とっても喜んでいろいろ私のためにしてくれます いつもいろんなことを教えてくれる彼らが大好きです

壁に貼られた一人一人の書いた絵が個性があっていいな~っていつも思います

ホームステイ先のおうちに戻ると手作りおやつと甘~いティーが待ってます

ホームステイ先に預けられている13歳のバワナ 彼女は家がとても貧しく母親と一緒に住むことができないため ここに預けられています。 家の手伝いをすることで衣食住、そして学校に通わせてもらってます。 彼女はよいところに預けられてよかったです。 ネパールでこういうことはよくあることで、預けられ先ではひどい仕打ちや暴力などがあるのが多いそうです。

昨年から、私はこの子の日本の母親になり、 彼女が学校を卒業するまで支援することにしました。 幼い姉妹たちを小さいころから世話していた彼女はお料理もとっても上手

彼女の作ったダルバートは この家の味をしっかり守っています。

施設での毎日は体を動かすことから始まります 結構ハードな運動です。 その後は、簡単な勉強ができる子、キャンドルや石鹸作りをする子 パズルなどで遊ぶ子などなどそれぞれできることをする時間があります

カジャ(軽食)の時間です。 お当番で準備をします。

この日は焼きそばのようなものでした フルーツとビスケット数枚の時もあります

恒例のお掃除はこの子たちがうちに来てほしいと思うほど とても丁寧でピカピカになります。 なので、この施設はいつもきれいです 最初からできたわけではないんですよ。先生方の根気ある指導のたまもの

ホームスティ先からホテルに移動 アチチリゾート&スパ ポカラではレイクサイドにたくさんリゾートやヒマラヤトレッキングのためのホテルがあります。

ネパールは1日のうち半分以上が停電になります。 ほとんどのホテルは自家発電を持っており、停電の時には自家発電に切り替えます。 小さなホテルでは部屋の中でも一つの照明だけつく程度ですが ここのリゾートはすべての照明、ネットなども快適に使うことができました。 ネパールのホテルとは思えないほど快適でした

なんとま~ウェルカムフルーツやクッキーまであって びっくり ポカラのホテルに何軒か泊まったけど初めてのサービスです

テラスもあります

そして~バスタブがある~~感激!! これってここでは珍しいことなんです。

一流ホテル並みに何でもあるではないですか・・・ドライヤーも珍しい

プールやスパもあります

こんなに素敵なホテルがあったのですね

小さいですがプールもあります

スパトリートメントのメニュー この国の物価からするとちょっと割高?

お部屋も殺風景な感じだし

プールの全景 なかなかいいじゃない~

正面玄関

こんなショップもありました。 高そうだけど・・

夕食はブッフェで そんなに高くなかったともいます。 ネパール人の友人と一緒にいただきました

お野菜たっぷりのスープ

ネパール料理ではないですね でも、どれも美味しくいただきました

デザート

今回の滞在の前半はボランティア先の施設の責任者のお宅にホームスティ ここんちのダルバートは天下一品!! レストランで食べるよりおいしいです

もちろんみんなと一緒に手で食べます。 最初は、忘れててなかなかうまくできなく いつも一番最後まで食べてました。

ある日の夕食 ダルバート めったに出ないお肉のカレーでした めちゃくちゃおいしい!! 豆のスープもなかなかのものです

部屋に戻るとターンダウンがしてありました。 これもこの辺りのホテルにしては珍しいこと この日、夜遅く着いた日本からの友人と合流して しばらく一緒に泊まります。

しかも生花が置いてある これ毎夜おいてありました

朝食です 玉子料理もここで作ってくれます

種類は少ないですが 豆のカレーがあったのは嬉しかった

ウェスタンスタイルですね

いただきま~す

オムレツ作ってもらいましたが少し色が薄くない?

両替のために銀行に・・・

ネパールの私の娘と 上の学校にあげるために英語の家庭教師をつけてます

ネパール人の友人宅での夕食 停電は普通 ランプの光で食べます

ある日のホテルの朝食

この日は遠足のプレゼント みんないつもと違うおしゃれをしてきてます

嬉しそう~

このバスをチャーターして 出発~ 普段バスに乗ったことないのでワクワクなんです

遠足でやってきたのはデュパン湖 きれいな湖です

体の不自由な子を助けながらみんな協力して歩きます

ゲームやダンスを楽しんで

あいにくの雨が降ってきたので帰ることに

これはディグナス湖 漁をしている人がいました

夜は近くのタカリキッチンでダルバートをいただきます。

この日は施設のスタッフの慰安旅行?ともいうべきかな みんなでお泊りしてしゃべって食べてという企画を!! 施設に出かける前に下調べでお部屋を見せてもらいました 選んだのがレイクサイドにあるホテルペニンシュラ(あの高級なペニンシュラとは違います。(笑))

フェア湖の眺めも良いし

すご~~く安いんですけど なかなかよさそうです

ホテルの外観

この日は施設のみんなはクリスマスカードの制作 支援してくれるサポーターにお礼を込めて一枚一枚手作りです。

なかなかうまくない? これはダウン症の子が描いたもの

一生懸命です

娘を連れて民族衣装のパンジャビを選びに来ています 今までパンジャビを持ったことがなかったそうで、 選ぶ姿は女性そのもの

甘いお母さんだから何でも買ってあげるよ~(笑)

施設の娘さんにも

2人とも似合ってるよ~

施設のスタッフと慰安旅行 ホテルの屋上から見たフェア湖

お部屋はシャワーのみ 一般的なホテルはこんな感じです

でも湯沸かしポットがついてるのはすごい

宴会の始まり~

みんなでワイワイできるのが楽しいのです~ スタッフといえど、普段は彼女たちもとても貧しくこのようなホテルに泊まるのもままならないんです

みんなで食べたダルバートもおいしかったです

食後はレイクサイドの街を散策

おもしろ~いバーを発見

本ものの飛行機をバーにしてるのね

建物の方はみんなダンスしてて盛り上がってます

飛行機の方はというと私たち以外誰もいなかったけど 時々記念撮影している地元の方たちもちらほら これ飛行機好きにはたまらないよね~

早朝、みんな早起きですね お散歩したりしてました お泊りすることってめったにないから嬉しいのでしょうね

ホテルの朝食です

施設の先生たちと

ここ、ベーカリーなんですが とっても美味しいのです。 日本のパンと変わらないくらい美味しい

店内 種類は少ないですが、シナモンロールは最高!!

このクッキーもかなりレベル高くってとっても美味しかった

場所はここです

ここは小さなプロテスタントの教会 定期的に子供たちに歌やゲームなどを教えてます

とっても楽しそうです

このトタン屋根の掘っ立て小屋が教会なんです。 集まれればどこでも教会になるんですね

ポカラを離れる日、空港まで見送りに来てくれた~嬉しいね~

カトマンズ到着。いつも泊まるフジホテル お湯が出て寝られれば十分という感じのホテルです 日本語しゃべるスタッフがいます

タオルはくすんでます。 これはネパールの水事情からすると仕方ないことです 普通に洗濯するとこうなっちゃうんです。 水が濁ってるからね

部屋は一人で泊まるには十分な広さです

湯沸かし器はないですが、ポットにお湯を入れてくれます

カトマンズの街はほこりっぽくってあまり好きではないですが ちょっと散策

これは日本からの援助で建てられた信号なんでしょうが・・・ 1日のほとんどが停電のこの国では無用の長物 しかも壊れてもメンテナンスする技術者がいない

もっと違った形の援助のしかたがない物かと思います

街のあちらこちらには物乞いする人や孤児がいます。

ここタメルは外国人街 お土産屋さんなどが並ぶ賑やかな場所です

ここで最後の夕食をいただきます チキンカレー 美味しいのよね~これが

で、豆腐という文字を見つけたので注文してみたら なんだかわからないような強い香辛料をまぶしたバーベキューのような豆腐 でした。 醤油でさっぱり食べたかった(笑)

知り合いのお店、ルートネパールは 登山家の三浦さんもご贔屓のお店で今年はイモトさんもいらしたとか 来年エベレスト再挑戦するらしい

カトマンズの空港からタイ航空バンコク経由で日本に戻ります 今回はタオ島も入れていたので結構長旅だったな~

旅行中、食べ過ぎていたので胃を休めるためにも ローカロリー食を頼んでみました。 さ~帰国したらまた、次の予定が・・・ 今回の8月も留守が多かったけど 9月はなんと家に四日くらいしかいなかった(-_-;)

ちなみに、すぐ近くに日本のたくさんの寄付で建ててるカトリック教会があります。箱モノだけ作っても・・・と感じてしまうのは私だけ?

3月11日。 ホテルチェリーガーデンをチェックアウト。 ルンビニ行きのバスチケットを手配でてもらったが400ルピーもボラれた疑惑がある。 まあ、バスターミナルまでの送り賃としては高いが。

バスは川沿いに谷間を走る。

まだまだバスは川沿いに谷間を走る。

昼食の休憩。朝食用に買ったサンドイッチが余っていたので食べる。

相変わらず谷間を走る。

ルンビニに到着。今日の宿。

近くのレストランで食事。 これがまた大変なところで、注文したのが出てくるまで1時間以上もかかり、、その上、蚊ばかり。何か所刺されたことか。 どうやらルンビニは蚊が多いところのようだ。

ようやく注文したものが来た。 卵麺。(エッグツクッパ)

3月12日。 近くのローカルレストランで朝食。

聖園の入り口。 ここがブッダ生誕の地。

アショーカ王の石柱。

マーヤー聖堂。 中は写真撮影禁止。 アショーカ王が置いたとされるブッダ生誕の地を意味するマークストーンがガラス越しに見ることができた。 後は紀元前3世紀~紀元後7世紀にかけて存在した聖堂の礎石がある。

聖堂の外にも礎石がある。

プスカルニ池。 ブッタが誕生後に産湯として使われた池とのことだ。

菩提樹の木。

聖園を出て北に歩いて行くと「誕生仏」がある。

平和の火。

北へと運河が続く。 本来の設計ではこの運河を船で渡り、マーヤ―聖堂に入るそうだ。

総教日本寺を目指して歩いたが、見つからなかった。 これはドイツ寺のようだ。

一番北にはパゴタがある。 これは日本山妙法寺が建てた物。

日本山妙法寺。日蓮宗に寺院だ。

この日の夕食を食べたレストラン。

今日の宿。 ここまで来て、カトマンズに戻るか、インドに入国しようか迷っていた。 インドの目的地はダージリンなので、バナラシに出て、列車の乗ればいいのだが・・。この時は17日がホーリーであることを知らなかった。知っていたらカトマンズに戻っていたかもしれない。 結局インドにここから入国する決断をした。

ダルバート。200ルピー。 味はまあまあ。

ルンビニからバイワラまで1時間近く、バスで移動。 バイワラで国境のスノウリ行きのバスを探すが、見つからなないのでリキシャに乗る。 途中でネパールルピーをインドルピーに両替する。レートがいいのか悪いのか全く気にしなかった。

その先にはインドの国境がある。

ネパール側にイミグレーション。ここで出国手続きをする。

オーナーのアカル・グルンさんの人柄がピカいち。 日本語ペラペラ、十数年の日本滞在経験、ジャイカからの派遣者もこの人にお世話になるケースも多いようだ。   仏教徒で、ワールド・ピース・パゴダ(日本山妙法寺)の日本人僧侶たちとも親交がある。 中々、アジのある人物である。

長期滞在者に適した宿は、ダムサイドにゆったりとしたゲストハウス ホテルが多くある。 ワタクシたちが選んだのはルンビニ・リゾート ホテル。

これ、ちょっと頼りのない親戚の学生クン。 でも彼がこのホテル内では一番のインテリで英語をちゃんとしゃべる。 それに学識があるので、ホテル内ではいろんな面で頼りにされている。 親のいない2人の男の子たちの勉強を見てやっている優しい心根をもったいいヤツです。

毎朝、カトマンズ行きのバスがズラリと並ぶツーリスト・バス・パーク。

ルンビニ・リゾートから真北に進めば徒歩10分以内のところにバスパークがある。 取って置きの近道があるのです。

その彼の案内で、ツーリストバス・パークに連れて行ってもらった。 パートナーの荷物も持ってもらった。

こんなバスです。

帰国便は、シンハ温泉滞在中歩いてベニに行った時、ホテル・イエティのカフェテリアでワイファイ利用でエアアジアの予約を入れた。 約1ヶ月前のことだ。 12月19日のカトマンズ⇒KL⇒関空の予約を入れた。 たしか12月22日のKL⇒関空が\18,000くらいだった。 カトマンズ⇒KLは\25,000くらいだった。 つまりカトマンズ⇒KL経由⇒関空は合計一人\43,000かかってしまった。 往路の関空⇒KL経由⇒カトマンズは一人約\28,000くらいだった。 KL⇔カトマンズ便は往路では安い便があるのだが、復路は比較的高く設定されている。 まあ、仕方の無いことです。 (シンハ温泉郷でネットさえ出来ればもっと安い便を獲得できたかも、、、) ということで、帰国便も確定しているので、お土産買い物に忙しくしました。 WSDO=女性自立支援センターに足げく通い、いろんなものを購入。 アパレル関係なのでパートナーにおまかせでした。

女性自立援助センターの出資者や指導者の名前ボード。

入り口左側のこの小さな間取りが販売所です。 ここではネパール特産のコーヒー、紅茶も販売されていました。 ネパールコーヒーとは珍しいので、少し購入しました。

7000~8000メートル級のヒマラヤの山が、手に取るように見える街、ポカラ。 ダムサイドのルンビニ・リゾート ホテルでは屋上に上れば、、、

レークサイドに行けば、観光の街を満喫できるし、

ポカラの象徴の一つであるフェワ湖がすぐそばに見える。

湖畔の散歩は至福のひと時。

ネパール人の国民食=ダルバートは専門店のマイリ・バンチャ・ガールでネパールいちのダルバートが食せる。

このバンチャ・ガールにはガイドに連れられ観光客がよく来る。

ルンビニ・リゾートでアレンジしてもらったカトマンズへのツーリストバス。 600ルピー(600円)。 カトマンズ⇒ポカラは500ルピーだが、ポカラ⇒カトマンズは600ルピーと100円高い。 なぜかは良く分からない。 でも600ルピーがどのバスも同じで一番安い。

チケットはホテルの従業員が書く。 バス会社か旅行社に電話して予約をする。 予約をしたのが少し頼りなく見える親戚の学生クンだと思い、不安になった。 「予約の電話を入れたのは誰だ!?」と追求して、電話予約したのがここのしっかり者のお嫁さんだとわかり、一安心。 このしっかり者のお嫁さん(アカルさんの息子の奥さん)はしっかりしており、「電話予約をしたのは私が確かにやりました。」とワタクシに日本式の丁寧なお辞儀をして報告してくれた。 しっかり者のお嫁さんが居るのでこのホテルは安泰だ。

お天気さえ許せば、こんな山々が掴めるくらいに見えるのです。

バスに揺られて8時間。カトマンズのどこかに止まった。 いつものコトながら、乗ったバスがどこに止まるのかが分からないのが問題だ。 カトマンズの南西側のバスパークにまず止まった。 カトマンズの地図を頭に描いて、そこで降りることにした。 それがイカンかった。 あわてて降りたので、大事なカメラを座席に置き忘れてしまったのだ。 それで、コレ以降の写真がナイのです。 カトマンズ空港での出来事、エアアジアのKL行きの出来事、KLLCCT近くのチューン・ホテルでの一泊した出来事など、KLから関空までの道中写真などなど、すべてネパールに置いてきてしまいました。 これで、毎回カメラを無くする、or 写真をなくする、というジンクスは破られることはなかったのです。 最後にチューンホテルは意外と高くつくものであることを報告して、今回の3ヶ月に渡るネパール紀行をここで終えることにします。 見ていただきました皆さんに、ありがとうございました!

 ロッジ街は崖の上のような場所にあり、そこから川のほうに下りていくと、ジープ道と温泉があります。ネパールでは、温泉が湧いている場所では、たいていタトパニ(=熱い水)という名前がついています。この村は、数あるタトパニ村の中でも最も有名なタトパニのひとつです。  ここの温泉はツーリスト用に整備されており、7-8メートル四方ほどの湯船が2つあります。入浴料金は40ルピーで、朝5時から夜9時までの営業。タトパニ村は、ACAP自然保護区から少し外れているため、入域料を払わず温泉目的で来ることもできます。

 後でわかったのですが、この時ティトレ村からガサ村まで、道路の拡張工事が行われており、その間5キロほど不通になっているのでした。安全性を高める為の工事で、管理委員会がつい最近決定したとのことです。工期は12/15から2月中旬まで。オフシーズンを狙って作業開始したのは評価できますが、個人的にはえらい迷惑です。もう3,4日早く来ていれば、何の問題もなく、ジョムソンまで一気にバスで行けたのにね。  幸い、工事区間の前後はバスが走っているので、ここだけ迂回路を歩いて、バスを乗り継ぐことになります。 写真: 崖を削って道幅を広げるショベルカー。

 さらに一時間ほど歩くとつり橋があり、そこを渡って西岸のジープ道に合流です。

 ジョムソン街道では、主に東にニルギリ、西にダウラギリやトゥクチェの山々を見ることができます。それなのに、この日私が窓から確認できたのは、ニルギリの一部だけ。また、バスは悪路を走るため揺れが激しく、そもそも景色を楽しむ余裕なんてありません。

 それでは、ジョムソンを俯瞰して見てみましょう。町の中心は川沿いに伸びる空港の滑走路。その左側にあるのが町のメインストリートで、トレッカー向けのロッジなどが並びます。山の斜面がすぐそばに迫っているため、大きな町の広がりはありません。丘の上にある建物は、5つ星ホテルのジョムソン・マウンテン・リゾート。空港の東、川を越えた先にあるのがオールド・ジョムソンの集落で、こちらは農地も豊富。ムスタン郡の行政施設も、川のこちら側に集中しています。 写真: 赤い点は、左から、マウンテン・リゾート、ロッジ街、滑走路、オールド・ジョムソン。

 ヒマラヤ + 小型飛行機。これは、ひょっとしていい写真が撮れるかも。宿のテラスに出て離着陸の様子を撮影するのですが、どうもいい絵が撮れません。問題はいくつかあり、まず、8:20AM頃まではジョムソンに日が当たらないので背景が暗くなります(写真)。日が出ると、今度は逆光になるため、条件がさらに悪くなります。それに加え、飛行機はいつも南西側から飛び立つとは限りません。風向きの関係なのか、逆方向に離陸して上空で旋回した後、ポカラに向かうこともあります。予定通り来ないこともあり、ジョムソンで、飛行機待ちするのは、運と忍耐が必要です。 写真: 離陸する飛行機。後ろの山がニルギリ・ノース。

 ジョムソン街道沿いには、魅力的な村がたくさんあります。私がバスで素通りしてしまった、それらの村を一部紹介いたしましょう。 ==ラルジュン==  ラルジュンやコバンは、ダウラギリ(8167m)の麓にある集落。ここからのダウラギリの眺めは、ジョムソントレックのハイライトのひとつでです(写真)。残念ながらこの日のダウラギリはどん曇り。さらにバスの逆側の席にいたため、どこに山があるのかさえ気づかずに村を通過してしまいました。

==トゥクチェ==  トゥクチェは、かつて塩取引で栄えたタカリ族の町。村のメインストリートには、ひと財産築いた豪商たちの屋敷が建ち並びます(写真)。それらの家は、現在ロッジになっていて宿泊することも可能です。惜しいことに、バスが通る道はメインストリートから一本外れているため、その様子を伺い知ることはできませんでした。

==マルファ==  マルファはジョムソン街道のオアシス的存在。清潔な街並、設備のいい宿においしい料理。りんごの栽培でも有名です。ロッジや集落は崖沿いの道に、カーブを描くように並んでいます。バスは畑の中を走り抜けるだけで、村の中心部にかすりもせず通過していきました(写真中央)。

 飛行機が到着すると、エンジンを切ることなく、荷物の積み替えをし、その10分後には、同じ飛行機がポカラに向かって飛んでいきます。ロッジ街は滑走路のすぐ横なので、ホテルによっては、この様子を近くから観察することができます。ジョムソンの朝は慌しく、これが、30分-1時間の間隔で繰り返されます。

 料金50ルピー(60円)と少々高めですが、展示物は充実しています。内容は、ムスタン各村の生活・文化を紹介したもの、民族衣装の展示(写真)、ヒマラヤの地層の解説など、盛りだくさん。

 タトパニを出発した後、正面にニルギリ・サウス(写真)を見ながら歩きます。この一帯は狭い谷間にあるため、朝は遅く、景色はいまひとつです。  1時間半ほど歩いた後、ダナ村手前でジープが追いついてきました。ということは、乗り合いジープは、9時過ぎ頃にタトパニを出たのかな。私も急いでジープに飛び乗り、10分ほどでティトレに到着しました。(20ルピー=24円)

 村はずれのバススタンドには、ジープとバスが数台駐車されていました。よく見ると、ベニ - ジョムソンと書かれた小型バスもあります。やはりベニ-ジョムソンを走るバス自体は存在するようです。  乗客はジープから降りると、そのままジョムソン方向にテクテク歩いていきます。私も後を追い、15分ほど歩くと大きな滝が見えてきました。この辺りから先が道が通行止めになっていて、車だけでなく人も通れないようです。仕方がないので、橋を渡り東岸のトレイルを歩いていくことにします。

 バスに乗れたのはラッキーでしたが、今日はあまりつツキがないようです。今回、バスで移動するに際し、一つ大きな企みがありました。まず往路で山の景色や街並みを確認しておいて、帰りにどの村で宿泊するかの参考にするのです。本のあらずじだけ先に読んでおくようなイメージですね。でも、この作戦はうまくいきません。  まず、窓際に座っても片側の景色しか見えません。次に、道路が町の中心部を走るとは限りません。そして最悪なことに、今日は曇りがちのため、雪山がほとんど見えないのです(写真)。

==宿==  ジョムソンには、メイン通りに沿って宿が10軒以上。景色が見所ではないので、どこも決め手に欠けます。その中で私が選んだのは、空港の少し南側にあるホテル・ティルチョ。理由は、宿のテラスから飛行機の離着陸がよく見えるからです。

 窓際なら、部屋やダイニングからでも滑走路が見えます。季節外れに訪れた私は、宿をほぼ独り占め状態でした。

 この東岸の道は、迂回路というよりは、昔からのトレッキング・ルート。道路工事がなくても、トレッカーはこちら側を歩きます。実際に歩いてみると、アップダウンが激しく、無駄に登って無駄に下りる非効率なルート。対岸に見えるジープ道が羨ましく感じます。 ただ、東側ルートこそ、人が住み人が行き来する道。「何もない」西側ジープ道よりは、ずっと趣があります。  期間限定とはいえ、道路が不通ということは、物資は飛行機、または人や動物が運ぶしかありません。途中で遭遇したラバのキャラバンは、通行止め特需なのかもしれませんね。

 これが、通行止め区間の終わり。ジープ道入口には、こんな看板が置かれていました。ネパール語は読めませんが、下に描かれたアイコンが、バス、ジープ、人の通行禁止をわかりやすく伝えてくれます。

 一時間ほど歩くと、峠のような場所で、一軒の茶屋と「ムスタンへようこそ」の看板が出てきます。ここが、ミャグディ郡からムスタン郡への境界線。この先、いつチベット服のおばあさんが現れても不思議ではありません。

==景色==  ジョムソンは、アンナプルナ地区で最も発展した町ですが、景色的にはそれほどではありません。一番大きく見えるニルギリ・ノース(7061m)は、南東側にあるため、常に日陰の眺め。南西にあるダウラギリは、かろうじて先っちょが見えるだけです。

 ただ、町の中止にを貫くガンダキ川の流れは、いかにもジョムソン街道的な美しさがあります。

 やはり、このフライトは撮るものではなく、乗るものでしょう。純粋な商用フライトですが、その飛行コースはマウンテン・フライトに引けを取りません。タトパニから先は渓谷の上、つまりジョムソン街道を縫うように飛行していきます。窓からの景色は、右側がアンナプルナ山群とニルギリ三山、左側にダウラギリ山脈。左右どちら側に座っても絶景でしょう。 写真: ニルギリ・セントラルの横を飛ぶジョムソン-ポカラ便。ラムジュンから撮影。

==主要施設==  ロッジ街を端まで歩くと、マチャプチャレ銀行とチェックポイントが出てきます。ここにあるATMは、アンナプルナで唯一のATM。何度も使ってますが、ちゃんと機能しています。そもそも、銀行があるなら、現金も輸送されてこなくてはなりません。陸路かな、空路かな。もちろん、飛行機でしょう。  チェックポストの方は、この先、カグベニやムクティナートに向かう人や、トロン峠から下りてきた人達が記帳を行います。

 チェックポイントの中には、ACAPの活動紹介やトレッカーの統計などが掲示されており、なかなか興味深い情報もあります。例えば、写真は2001-2009年までの月ごとの登山者数。このチェックポイントを通過する人は、毎年2-3万人ほどいるようです。果たして、これは多いのか少ないのか。実は、エベレスト・トレッキングの数とほぼ同じです。アンナプルナの場合、南部エリアなどよりお手軽なルートもあるため、総数だとずっと上でしょう。

==日本人NGO==  あまり知られていませんが、ジョムソンの発展には、日本人が大きく貢献しています。銀行のすぐ横にあるのが、近藤亨さん率いるネパール・ムスタン地域開発協力会の事務所。彼はムスタンの神様的な存在で、野菜や果物(リンゴ・ぶどう)の高地栽培、鯉やマスの養殖などで半端ない実績をあげています。

 学校は朝10時開門。鐘を合図に外に整列した生徒たちは、国家を斉唱した後、行進して校内へ。なぜ軍隊風なんでしょうね。ちなみに、山の向こうに少しだけダウラギリ山頂が見てています。

== 食べ物==  メイン通りでは、農家による路上マーケットのような場所があります。売り物は、ジャガイモ、キャベツ、トマト、ニンジン、大根、生姜、にんにく、インゲン、唐辛子、カリフラワーなど。

 肉類は売られてませんでしたが、宿の中庭で見つけました。剥がされた毛皮部分から判断して、これは羊でしょう。宿のメニューにも、チキンやヤク肉に加え、マトン(羊)も普通に登場します。  

 メインストリートを歩いていると、時々現地人用の食堂が出てきます。モモやトゥクパぐらいしかありませんが、値段はかなり安めです。ホテルより、ずっとまったりできるしね。そんなお店の中で、私が見つけが変わり種メニューが、肉ソーセージ。これは、マトンだったかヤクだったか..。おつまみに良さそうです。

 僻地にあるジョムソンは、コーラやスナック菓子などの商品はかなり割高。もちろん輸送費が上乗せされてるのですが、明らかに観光地価格も加わっています。私の経験では、軍地キャンプの先にある現地人用商店の方が少し安かったかな。写真は、陳列棚で日光浴をするリアル招き猫。

==エコ・ミュージアム==  村のすぐ外、ロッジ街の西側には、ムスタン・エコミュージアムと呼ばれる博物館があります。なぜか丘の中腹にあり、同じ丘の上には5つ星ホテルが建っています。  これはムスタン地方の文化を紹介したミニ博物館で、中にはなぜか展示用のゴンパなどもあります。営業時間は、季節と曜日により、10時-3/5時(昼休み時間に注意)。

 河口慧海を特集したコーナーもあり、展示ケースの中にはチベット旅行記の日本語版と英語版が置かれていました。河口慧海は、1900年から3年間、当時鎖国状態だったムスタンやチベットに潜入した日本の僧侶。この時代にムスタン地方を旅した外国人はほぼ皆無で、彼の書いた情報は、海外ガイドブックなどでも度々出てきます。

 これは、魔除けとして家の入口に飾られる羊の頭蓋骨。

 もちろん、名産品のリンゴや、その加工品のドライ・フルーツ(写真)。時にはマスのような魚が並ぶこともあります。青空市場なので、基本的には現地でとれたもの。そのうち近藤さんは何品目貢献したのでしょう。

 貧乏旅行者にグッドニュースです。21世紀に入り、ポカラからムクティマートまで完全に道路でつながりました。ポカラからベニまで4時間。そこから川沿いに整備されたジープ道が、最奥のムクティナートまで伸びています。そう、かつては徒歩か飛行機でしか行けなかったジョムソン街道が、「乗り合いバス」で移動できるのです。これが、時代の流れです。  今回、私は往路にバスを利用しようと考えています。2年ほど前からバスが走っているという話だし、シーズン終了間際にトレッキングしている私としては、少しでも早く目的地に到着しておきたいのです。

 さらにすぐ近くには、日本のNGOが建設した小学校もあります。私が泊まった宿の娘は、朝きっちりお祈りと廊下の拭き掃除を済ませてから、慌てて制服を着て登校していきました。

 このように、特に大きな見所はありませんが、ジョムソンは一日のんびりするには悪くないところです。実際、天候が悪く飛行機が飛ばない時は、1-2日待たされることもあります。  今回は道路工事という不運がありましたが、通常ならベニやタトパニからジョムソンまでは、半日から一日で移動できます。もしベニ発のバスが遅い時間にあれば、ポカラからも一日で来れるかもしれません。

 ここからジョムソンまでは、カリ・ガンダキ川を北上する道が続きます。ジープ道は川の西側に整備されており、トレッキング・ルートとこの道路は、7割ほど一致しています。残りの3割は、川の東側の集落をつなぐ道を歩いたり、川原の中を歩いたり。定期的に村やロッジ街が現れるため、宿や食事の心配をする必要はありません。 地図: 赤い線 - 迂回路。

==2013年11月== ポカラ <-> ベニ: バス4時間、200ルピー 頻発 ベニ -> ジョムソン バス6時間 750ルピー ジョムソン -> ベニ 1400-1500ルピー 朝7時から2本 (タトパニ 1200)* ベニ <-> ガサ 乗り合いジープ2.5時間 360ルピー (ガサ -> タトパニ 200) ジョムソン <-> ガサ バス3時間 800ルピー ジョムソン発7AM/8AM/12AM/2PM * ジョムソン <-> ムクティナート ジープ1.5時間 680ルピー* *印は外国人価格。基本的に、ベニ発のバスはローカル価格。ジョムソン発のバスは外国人価格が適用されるようです。また、ジープは乗車人数が少ないと高くなります。

前半に利用した『Hotel Premium』がまさかの満室だったため、すぐそばの『Heritage Home』にチェックイン。USD8 この時はあまりにも体調が悪くて部屋の写真を撮る気力もなかった。 写真はその後移動した『Hotel Premium』の部屋。USD9 前と違って南向きではなく、寒い・・・。シャワーも固定式。 翌日、南向きの部屋が空いたので移動。

南向きの部屋の窓からは表通りが見下ろせたけど、この部屋の北向きの窓から見えるのは、古びた建物に囲まれた狭いスペース。

見下ろしてみれば・・・。 誰か掃除をしようとか思わないのだろうか? でも正直、表通りよりも面白かったりする。

宿の人に教えてもらった病院『Manamohan Hospital』へ向かう道中。 体調が最悪なのに思わずカメラを取り出した。

病院へ向かうために通り抜けた、祠のある路地。 なんというか、飾り気のない夕方の光景。

体調を崩さなかったら出会えなかったであろうヒトコマ。 帰国した今、カトマンズと言えばなぜかこの路地が思い浮かぶ。

後から考えると・・・ こんなに写真を撮る余裕があるなんて、意外と元気じゃん?

この顔にちょっと驚かされてしまった。

祠の中に祀られた仏像

ここには観光客の姿はない。

夜。「ひょっとして和食なら食べられるんじゃ?」 などと考えて注文してみた『肉じゃが定食』 もちろんほとんど食べられず、その割には嫌と言うほど吐いた。 死ぬかと思った。 (食事自体は何ら悪くありません。念の為)

3月8日。 ホテルチェリーガーデン。1泊1100ルピー(11US$) こぎれいで値段よりはよかった。 マネージャ-日本語が堪能だ。 夕方まで手塚治虫の「ブッダ」を読んでいた。

夕陽と湖を見ながらビールを飲むということを思いつく。 昨日の店はあまり景色がよくなかったにで、この日は別の店で。

バンブーバー。 竹を使った店。いかにもといった感じ。

ビールとえびせん。

チョウメンで夕食。ローカルレストランなので安かった。70ルピー。

3月9日。朝食。ローカル食堂で。 チキンヌードルスープ。麺は焼きそば(チョウメン)と同じようだ。90ルピー。 この日は宿で自転車を借りてダムサイトの方まで行ってみた。

朝食が麺1杯なので小腹がすいたので日本料理店に入ってみた、

店の造りには金をかけていることがうかがえるが、料理の値段が高い割にうまくない。 どのメニューも高いので一番安い鮭のオニギリ一つで285ルピーだと。(日本円で300円近い)

湖の最下流に着く。ダムが見えてきた。 ガイドブックを見ると滝と洞窟が近くにあるようなので行ってみることにした。

水によって岩石が削られていることがよくわかる。 しかし、乾季なので水量が少ない。

一応これも滝の一部。 日本の滝を見慣れている者にとっては物足りない。

階段を下って行く。

中は思ったよりも気温が高く、湿度が高い。おそらく100%だろう。

一番奥まで着いた。割れ目から外が見える。 日本の鍾乳洞のように石筍とか鍾乳石などの自然の造形は期待できない。 単なる洞窟。

周囲は公園風になっている。ネパールの人々が大勢来ていた。

デヴィズフォールに着いた。名前の通り滝だ。(入場料30ルピー)

グプテシュワル マハデビ洞窟 (入場料100ルピー)

アニ―ルモモで食事。 ゲストハウスも兼ねている日本食レストラン。

親子丼200ルピー。値段相応の味。これなら不満はない。 古都の鮭オニギリと比べたら格段に良い。

店内。日本語の小説、漫画がたくさんある。

夜はビールにつまみを3品ほどテイクアウト。 その中でもこのピザは美味しかった。翌日も買いに行った。200ルピー。

3月10日。 朝食を食べたレストラン。何種類かあるうちからインド風を選ぶ。

辛いがなかなかの味。量が多くても食べられた。200ルピー。

この日はほとんど宿にこもっていた。 ネットの書き込み(JTB関係)をして過ごしていてた。 夜になってビールとピザを買い出しに行く。

停電のの中ピザを調理。

ピザの箱。

この日はトッピングを2品追加で310ルピー。

 ABCの宿は、下から 1. アンナプルナ・サンクチュアリー 2. スノーランド 3. アンナプルナ 4. パラダイス・ガーデン  この場所は、東(右)にマチャプチャレ、西(左)にアンナプルナ・サウス、北西にアンナプルナIが見える、まさにアンナプルナ山郡の中心地。北側(上)の砂山のような場所は土砂が積もったアンナプルナ・サウス氷河になります。

 私のお勧めなは一番奥のパラダイス・ガーデン。景色の良さが最大の理由です。ここのダイニングや中庭からは、マチャプチャレがよく見えます(写真)。逆側の窓からはアンナプルナ・サウスも望めます。  とはいえ、これらの景色は1分も歩けばどこでも見れるので、それほど大きな利点とは言えません。設備に関しては、どのロッジも大差ないと思います。基本的にトイレ共同で、ベッドと布団があるだけのシンプルな部屋。宿代は100-200ルピー(220-240円)くらい。シャワーは有料のお湯バケツ。

=7:30AM=  一旦宿に戻り朝食をとります。8:15AM、急に部屋が明るくなり、振り返るとマチャプチャレの右肩から太陽が顔を出していました。こちらが本当の日の出、遅れてきたご来光です。一旦ABCに日が当たりはじめると、気温も上がり、屋外でも過ごしやすくなります。

 さて、丘の頂上からの景色ですが、ABCからの景色とそれほど変わらないような気がします。確かに、氷河をより高い位置から見下ろせますが、土砂の被った黒氷河なので、あまり魅力を感じません。

 A.B.C.にはなぜかバレーボール場があり、ポーターやガイドのちょっとした娯楽になっています。彼らは、目的地についてしまうと、とにかく暇なので、おしゃべりか、昼寝か、携帯をいじるくらいしかすることがありません。 =4:00PM=  バレーを眺めていると、突然ごう音と共に、白い雪煙が流れ落ちてきました。アンナプルナ・サウスの奥で雪崩が起きたようです。でも、びっくりしているのは観光客だけで、ポーター達は見向きもせずにバレーを続けます。こんなこと、珍しくも何ともないようです。

=2:00PM=  ダイニングでのんびりしていると、辺りが急に暗くなりだしました。これを合図に、宿の人は庭に出て洗濯物を取り込みににかかります。えっ、どういうこと? 外に出て確認してみると、周りの山には陽が当たっているものの、ABCだけ日陰になっているではありませんか!ベースキャンプの南には高い山があるため、2時を過ぎると太陽が届かなくなってしまうのです。う~ん、これは予想外の展開。もっと明るいうちに写真を撮っておくべきでした。 =3:20PM=    急に東の谷から霧が上がりはじめ、マチャプチャレ側は何ともいえない不気味な眺めになりました(写真)。この印象的な白黒のコントラストは、ABCに日が当たっていないからこそ実現したものです。

=5:30PM=  12月中旬のこの時期、ABC周辺では野焼きが行われます。枯れた古い草を焼いて、来年の放牧シーズンまでに新しい草を育てるのです。ダイニングからABCの西側斜面を見ていると、くの字を描いた火のラインがゆっくり時間をかけて右から左に移動していきました。「くの字焼き」です。

=5:20PM=  そろそろ日没の時間です。マチャプチャレが5分ほどオレンジ色に輝き、サンセットを迎えました。

=6:15PM=  宿のキッチンで調理風景を見学していると、竹篭(写真)を背負ったポーターの若者がドカドカと中に入ってきました。真っ暗闇の中、荷物を運んできたようです。ポーターには、ポカラなどからトレッキング客に同行する観光用ポーターと、山奥のロッジに食料やガスボンベなどを運ぶマーケット・ポーターがいます。今到着したのは後者の方。  聞いてみると、チョムロンを朝4時に出て、今(6PM)やっと到着したとのこと。なぜそんな無茶をするかというと、このロッジは一日いくらで払うため、本来一日では難しい距離を無理やり歩かされるのです。ナヤプルからチョムロンまで一日。さらにABCまで一日。これが、彼らの最短スケジュールです。私も同じ道を二日で歩いた変わり者ですが、なにしろ背負う荷物の重さが違います。

 というわけで、トータルの登り所要時間は、平均4-5日。下りは最短コースなら、3日あれば十分。ひとつ迷うところは、高山病を恐れて、たった2時間下のMBCに一泊するかどうか。景色はABCの方が断然いいので、体調に応じて現地で判断すればいいでしょう。なお、ロッジは一時間おきくらいにあるため、特にモデル日程にこだわる必要はありません。ちなみに、私はナヤプルからABCまで2日で登っています(シヌワ泊)。 写真: マチャプチャレ・ベースキャンプ(MBC)と背後のマチャプチャレ

 ABC(4130m)は氷河の隣、モレーンの台地のような場所にあります。宿は全部で4つ。シヌワからABCまでは特別保護区域に指定されているため、ロッジを建てていい場所や、各ロッジの部屋数(確か最大7部屋)など厳しく制限されています。そういう理由もあり、ABC全体の宿泊キャパは小さく、10月などのピーク時には午後に到着すると部屋がないこともあります。 その時は手前のロッジ街まで戻るしかありません。

 坂道を登ってロッジ街に入ると、アンナプルナ(右)とスノーランド(左)の間に出ます。それぞれのロッジオーナーに声をかけられますが、ここは即決せずに他のロッジも見てみましょう。

 このルートを最初に見たとき、とても安全には見えませんでした。そのため、私は代替の道(緑の道)を見つけて登りました。 ==青い道==  歩きやすい道。最初は石ころの道、次に硬い土の上を歩く石段状の道が出てきます。 ==赤い道 A.B.C.ヒラリーステップ==  一直線に伸びる土の階段。少し砂利がのっていて、滑りやすいようにも見えます。 ==紫の道==  狭くて足場の悪そうな道が頂上のチョルテンまで続きます。 ==緑の道 - 臆病者の代替ルート==  ヒラリーステップの左側にケルンが何個かあります。そちらに渡り、石がごろごろした斜面を歩きます。少し登ると、右側にケルンのような石が乗った岩が見えます。そこでヒラリーステップを横切って右側へ。その先、道はありませんが、歩きやすそうな所を見つけながら少しずつ登ります。地面に岩や草がある分、より安全に歩けます。最後、正式ルートに合流し頂上に到着します。  このルートは、めちゃくちゃ危険というわけでいようで、その日の午後、楽々登る人を何人か見かけました。さすがに女性には厳しいようで、ガイドやボーイフレンドの手を借りて登り下りしていました。

 せっかくなので、私もこの裏山に登ってみることにしました。最初は道も歩きやすく順調だったのですが、7割くらい登ってから足場が急に悪くなります。まず、幅の狭い階段のようはステップが出てきます。これを「ABCのヒラリーステップ」を呼ぶことにしましょう。このステップの後も、砂利をまぶしたような滑りやすいジグザグの道が続き、それを登りきると頂上に到着します。 **写真: ヒラリーステップで諦めて帰る人。

 ABCやこの丘からの景色には、ある悩ましい問題があります。各山が大きすぎてカメラのフレームに収まらないのです。例えば、アンナプルナ・サウス(左)とアンナプルナI(右)が並ぶ眺めはすばらしいのですが、写真にすると途中で切れてしまいます。私のカメラにパノラマモードさえあれば..

 東のマチャプチャレ側の眺めです。昨日MBCから歩いてきた谷沿いの道が見えてますね。山は右からマチャプチャレ(6997m)、ガンダルバ・チュリ(6248m)、アンナプルナIII(7555m)。これらの山もすべてABCから見えるので、それほどありがたみはありません。

=6:30PM=  注文したツナピザの用意ができました。フライパンを使って調理したわりにはなかなかの出来栄えです。こんな山奥でピザが食べられるのもポーター達のおかげでしょう。  12月のこの時期、部屋に戻ると寒いので食後もダイニングに残ります。ここにはなぜかチェスボードがあり、オランダ人カップルがダラダラと勝負しています。私は今後の予定の下調べに忙しく、隣の韓国人の若者はニヤニヤしながら日記を書いている。各自思い思いに過ごした後、8時前後にみんな部屋へと戻り始めます。というのも、ポーターや宿の人達はこのダイニングで寝るので、いつまでもいたら邪魔なのです。

=8:00PM=  部屋に戻り、二枚重ねの布団に入って就寝します。今回、軽量化を計るため、寝袋は持参していません。ABCの室温は12月中旬の早朝でだいたい摂氏0度くらい。寝袋のいらないギリギリの温度です。これでABCの楽しい一日が終わり、翌朝には次の目的地に向けて出発です。

 30分ほどで、アンナプルナI南壁の大部分に太陽が届きました。展望ポイントにいると、今朝MBCから来た人が続々とやってきました。朝焼けを見るために朝早く出発したのでしょうが、私はこれは少々ギャンブルだと感じています。  というのは、暗闇の中出発しても、期待通りの景色が見れるとは限らないからです。夜が明けたら雲が多かったということもあれば、結局間に合わなかった、というケースもあります。やはり、ABCは一泊するのがベストです。

=8:30AM=  日が昇り、ヒマラヤが白く輝く時間帯になりました。すでに氷河にも日が当たっています。朝食後、再び展望ポイントに行ってみました。ロッジから徒歩3分、モレーンの淵から氷河を見下ろせる場所があり、トレッカーたちは、まずはそこで記念撮影します。同じ場所にチョルテンや記念碑があるので、すぐにわかるでしょう。

 ABCから見るアンナプルナI(8091m)は、やはり巨大です。世界第10位、ABCの周辺では最も高い山です。アンナプルナIには登山者用のベースキャンプが2つあります。今いるABCは、正確にはサウス・アンナプルナ・ベースキャンプ。山の裏側にあるノース・ベースキャンプは宿がないため、テントが必要です。

 アンナプルナIの広く平らな南壁がオレンジ色に照らされ、そのラインが少しずつ下に移動していきます。見事な光景なのですが、なぜかグッとくるものがありません。Iの南壁が平坦でのっぺりしているのが原因かな。隣のアンナプルナ・サウスやマチャプチャレのように尖ったハンサムな山なら、もっと印象的だったかもしれません。

== ABCまで ==  チョムロンは、交通の要所であり比較的大きな村。景色は「そこそこ」ですが、行きか帰りに一泊してみるのもいいでしょう。この先、ABCまでは一本道。途中に村はなく、トレッカー向けのロッジ街がシヌワ - バンブー - ドバン - ヒマラヤ - デラウリ - MBCと続きます。深い谷に沿って歩くので、あまり雪山景色は期待できません。また、春だと一部雪崩が固まった場所を歩きます。  最後、MBCからアンナプルナ・サウスの裏側に回り込んで、ABCに到着。所要時間は、チョムロンから2-3日くらいかな。 写真: チョムロン村とアンナプルナ・サウス

 ロッジ街入口では、ポーター達が日向ぼっこをしながら楽しくおしゃべり。のどかなA.B.C.の午後の光景です。さて、宿に戻って昼飯にしますか。

 この丘に上がらないと見えない唯一の山が、さらに左にあるガンガプルナ(7454m、写真矢印)。見えるといっても、茶色い岩山の上に頂上が少し顔を出す程度ですけどね。この山は、上まで登らなくても、ヒラリーステップ手前からでも確認できます。

 2. 景観ルート(2-3日)   フェディ(ポカラからバスで30分)からスタート   ダンプス - トルカ - ランドルック - ニューブリッジ - ジヌー - チョムロン。   標高の高い谷筋の村々を経由するので、景色がいい。  3. ならず者ルート(2日)   チャランコット(ナヤプル少し手前)からスタート   少々わかりにくい道を通って、トルカで景観ルートと合流。   ACAPのチェックポイントを通らないのがポイント 現地のABCツアーだと、1のルートを往復するか、1と2のルートを組み合わせる場合が多いようです。 写真: 景観ルートからの眺め

 トレッキング・ルート上では、すぐ東側にあるコバンとラルジュンの集落が、最も間近にダウラギリを見られるポイントになります。ここからの眺めは、中央に流れるアイスフォールが一番の特徴。北からやってきた人は、コバン村に入った瞬間、突然現れる巨大な雪山とアイスフォールに驚くことでしょう。 写真: コバン村(厳密にはカンティの集落)とダウラギリ。

 この村には宿が5軒ほどあります。私が泊まったのは、ラルジュン・ロッジの二階の部屋。この部屋が唯一、窓からダウラギリが見えるからです。だだ、手前にある丘が邪魔でアイスフォールが一部見えないんですよね(写真)。

 写真は、ホテル中庭からの眺め。木が少し邪魔ですが、全体的に開けていていい感じです。聞くところによると、このロッジのオーナーの奥さんは日本人。私が訪問した時も日本人グループが宿泊していました。立地は最高なのですが、宿泊料金もハイクラス。一人部屋でも一泊90ドル(当時)と、とても手が出る料金ではありません。 写真: ロッジ中庭。ヘリポートもあり。

 ついでに建物の中に入ってみると、受付ロビーは暖炉とソファーまであり、まるで高級スキーリゾートのよう。何から何まで田舎に不釣合いな高級ロッジです。景色だけ堪能して、おいとますることにします。 タサン・ビレッジ - http://www.lodgethasangvillage.com/

 幅広の河原を越え、村の上にあるゴンパまで登ると、そこからの風景はまさに私のイメージした通りでした。鳥が両翼を広げたような、ダウラギリ-トゥクチェの見事なスノーラインです。  ここは小さな集落ながら、農地があり、学校があり、ゴンパがある。村の人が毎日この景色を見て生活していると思うと、羨ましい限りです。

 山道を歩き、平地1を通過。少し下り小川を越え、平地2の地点まで到着しました。ここまで1時間強。でも順調なのはここまでで、この後、想定外の困難が続きます。実は、先のルート情報は、あくまで私が後知恵で書いたもので、ガイドブックの説明はかなり大雑把なのです。  まず平地2(水色下)の後、そのまままっすぐ進んでしまい、平地2A(赤い点)へ。ここから2つ道があり、1つは竹藪の道。竹林を強引に進むうちに、木のトゲでダウンジャケットが穴だらけになってしまいました。もうひとつは絶望的に急な斜面。地面の雑草をつかみながら登るのですが、10メートルでギブアップ。なぜ間違いに気づかなかったかと言うと、ヤクの鈴が鳴る音が聞こえていたから。次の目的地「ヤクの放牧場」はすぐ近くと思い込んでいたのです。  この時点で、すでに2時間のロス。この調子では今日中にビューポイント往復するのは無理でしょう。今日のところは撤退して、村の人に道を確認することにしました。 写真: 青色: 正しいルート。ピンク: 間違って歩いたルート。水色上: ヤク放牧場、水色下: 平地2、赤:平地2A、

 諦めてラルジュンに戻ろうとすると、偶然、ヤクの放牧場に向かう男性と遭遇しました。これは超ラッキーです。何しろ、登山口に入って以来、今日は誰とも会っていません。了解を得て、彼の後をついていくことにします。  実は平地2の手前から、左上に登り始める道があり、これがヤクの放牧場に続いていたのです。この道に気づかなかったのは私のミスですが、こういう場所にこそ、ACAPに案内看板を立ててほしいものです。私の前を歩く彼は、放牧場にある小屋の管理人。今日は水と食料を荷揚げしに来たようです。男性は、軽く2,30キロはある荷物を持ってスタスタ歩いていきます。私も遅れないよう必死でついていき、40分ほどで「ヤクの放牧場」に到着しました。 写真: 平地3を歩く男性。ここから、さらに手前の緑の丘を登る必要があります。

 着いてみると、そこには小さな平地と一軒小屋があるだけ。「放牧場」のイメージからはほど遠いちんけな場所です。そして、肝心のヤクはおらず、彼らの鳴き声は、全く別の丘の上から聞こえてくるのでした。全く自由な奴らだ!  小屋の裏の丘は急な斜面になっており、ジグザグの道が続いています。さて、ここからビューポイントまでどれくらいかかるのか。彼いわく、2時間で行けるらしい。時間はすでに12時半を回っています。下りに3時間かかるとして、3時に下り始めればなんとかなるでしょう。折角連れて来てもらった手前、ここで引き返すわけにもいきません。強制帰還タイムを3時と決めて、行ける所まで行くことにしました。

 ここまでの道を上から見下ろすとこんな感じです。黄色い点は下からシェパード小屋1、平地3、小川、平地1、登山口。写真中央には、ブトゥルチョ湖(左)とセコン湖(右)も見えています。

 丘の上の看板に到着。ここからは傾斜がなだらかになり、アイスフォールが視界に入ってきます。時刻は午後2時半過ぎ、ダウラギリの山頂付近やアイスフォールはすでに影になってますね。  さて、目的のビューポイントはどこでしょう。恐らく左の小高い丘のどこかだと思いますが、雪を被っていてよくわかりません。とりあえず、雪のない丘の右側を歩いて、上に進みます。25分ほどで丘の端に到着。そこから雪の上を30mほど歩いて丘の稜線に合流しました。 写真: 標識を過ぎた辺りからの眺め。

 というのも、これらの場所からは、アイスフォールがよく見えないのです(写真)。手前の茶色の斜面があからさまに視界の邪魔をしています。かといって、この先に続く道も見当たらず。さて、どうしたものか。

 下山し始めると、すぐに霧に囲まれ全く見通しがきかなくなりました。視界がきくのは30mくらいまで。山の天気がこうも変わりやすいとは...ちょっと不用心でした。確か雪を避けて上がってきたはずなので、雪と地面の境界(写真)を歩けば帰れるはず。しかし、いくら歩いても標識のある場所に到着しません。何か変なので、一旦ビューポイントまで戻ろうとしますが、今度は登れど登れどビューポイントに辿りつけません。  どこも同じ景色のように見えてきました。トータル40分ほど歩きまわりましたが、最後は、自分がどの辺にいるのかもわからなくなりました。霧が晴れる様子は全くなし。すでに4時になろうとしています。遭難ってのは、こんな形で天から突然降ってくるもんなんですかね。

 パニックにはなっていませんが、かなり緊急を要する状況です。プライドを捨てて、大声で助けを呼んでみます。「ヘーールプ、ヘーールプ」。十数回叫びましたが、あきらめてすぐやめました。確かに、山は音が良く通るので、麓の民家やシェパード小屋の彼に声が届く可能性はあります。でも、この状況で、誰がどう助けてくれるのか...。叫びは霧の中にむなしく響くだけでした。  これ以上動き回るのは得策ではありません。どうやったら、ここで一晩越せるか考えなくては..。ビューポイントの周りにいくつかシェパード小屋があるのを思い出しました。しかし、どれも屋根がなくほとんど意味がありません(写真)。それ以前に、そこに戻れなくて今困っているのです。

 洞窟でもあったらなーと思いながら回りを見渡すと、大きな石の下に人ひとり入れそうな穴があるのを発見しました(写真)。この辺りは洞穴があるような地形ではありません。今晩はもうこの穴に賭けるしかなさそうです。ひとつ心配なのは、夜どれくらい寒いのか。氷河の近くとはいえ、ここはまだ3900m程度。一週間前にいたラニパウワ(3700m)では、室温が2度前後だったことを考えると、断熱さえしっかりできればなんとかなるかもしれません。  日が暮れるまでの一時間半、万全の準備をして夜に備えます。まず、穴の入り口が狭いので、地面を削って穴を大きくします。次に入り口を塞ぐための石や低木を集めます。さらに、ヤクの糞をかき集め、穴の中に放り込みます。これは少しでも底冷えを避けるためです。最後に持参した服を全部着て、何度か出入りのテストを繰り返します。これが精一杯、あとは根性で乗り切るしかありません。

 そうと決めたら一秒も無駄にできません。アドレナリン全開、全速力で下り始めます。洞穴からわずか35分でヤク放牧場へ(5:40 PM)。ここまでは、道が狭いので、どうしても日没前に到着する必要がありました。ぎりぎりセーフ。試しにシェパード小屋をチェックしてみましたが、予想通り鍵がかかっており誰もいません。  すぐに気持ちを切り替え、先を急ぎます。20分後に平地2を通過。この時点で、すでに真っ暗になっておりライトをつけて森の中を進みます。道を間違えないように慎重に歩き、30分後森を抜け、ついに登山口にたどり着きました。ここから先はジープ道、もう迷うことはありません。遭難からの脱出・成功です。 写真: 5:20PMのニルギリ。不幸中の幸いで、ニルギリとアンナプルナのサンセット・ビューを見ることができました。

 この後、再びペースを上げてロッジまで歩きます。なぜなら、あまり帰りが遅いと宿の人が心配して地元警察に通報する可能性があるからです。アイスフォールに行くのは伝えてあるので、もしかして、すでに通報済みかもしれません。今日のトラブルは、自分の慢心が原因。どんな状況だろうと受け入れるつもりです。結局、洞穴からラルジュンの宿までわずか2時間で戻ることができました。

 昨日とは逆に、今日は、先に雪のない側に移動し、丘の左側を歩くことにします。この辺りは、丘と氷河の間の部分で、アイスフォールがちょうど正面に見えます。時間はまだ11時を回ったばかり。アイスフォールを含め、周りの雪山も太陽の光を浴び美しく輝いています。アイスフォールの方に向かって10分ほど歩くと、小屋がありました。

 他の小屋と違い、この小屋には半分屋根があり、泊まるのに十分な構造をしています。実際、シェパード小屋として誰かが生活していたようで、小屋の裏にはビール瓶が山積みにされていました。今度遭難したらここに泊まることにしましょう。

 さて、正式なビューポイントを探さなくては。今日は昨日と違い、時間的に余裕があります。まず、丘の上に登り、周りを見渡します。ガイドブックによると、チョルテン(写真)の先にビューポイントがあると書かれています。そうなると私が昨日居た場所付近(ビューポイント1)となってしまうので、やはり何か変です。ガイドブックが間違っている気がしてきました。  そこから丘の稜線に沿って下りていくと、屋根無しのシェパード小屋が4つあります。なんとなくこの道を歩いているうちに、意外なものを発見しました。 写真: 4つの小屋とチョルテン。チョルテンの上にビューポイント1、小屋の先にビューポイント2があります。

 道のすぐ下に、「ダウラギリ アイスフォール ビューポイント:3900m」と書かれた大きな看板が倒れて放置されてるのです(写真)。ここは屋根なし小屋より少し下、ビューポイント1と下の標識の中間くらいの場所になります。ひょっとして、ここが真のビューポイントかも? ちょっと微妙ですが、確かにこの場所からの眺めは悪くありません。上(西)にはアイスフォール、右(北西)にはトゥクチェまで伸びる尾根、左(南)には氷河と白く輝く尾根、ニルギリ側(東)からは、ガンダキ川沿いの村々が見えます。いわゆる360度ビューで、ここまでバランスのとれた場所は他に見当たりません。ここを真のビューポイント(ビューポイント2)と確信して、山を下りることにしました。ミッション完了です。

 これが、左下にあるラルジュン村の眺め。黄色い点は、下からナウリコット村のゴンパ、コバン村のゴンパ、サウル村のゴンパ。ゴンパのように見る丘の端の建物(ピンク)は、前の日に訪問したロッジ・タサン・ビレッジ。ちなみに、私が泊まっているラルジュンのロッジは丘に隠れて見えません。

 ところで、あれは本当に正式なビューポイントだったのか...。後日気になってネットで調べて見ました。それでわかったのは、どうも、真のビューポイントは私が発見した2つの場所ではなく、そこからさらに奥、手前の茶色い斜面を越えた先にあるらしいのです。  詳しい情報は見つかりませんでしたが、ビューポイントで撮ったと思われる一枚の写真がFlickrにアップされていました。それを見る限り、撮影者はアイスフォールの底に近い稜線まで登っています(写真)。このビューポイント3が正しいとすればガイドブックの説明は辻褄が合います。  実は私もあの場所が怪しいと睨んでいました。ただ、そこまで歩けそうな道は見当たらなかったため、早々と候補から外していたのです。道が雪で隠れていたのかもしれません。非常にくやしいですが、仕方がありません。このことを差し引いても、全体的には満足できるトレックでした。最後に一言、「ACAPの案内看板担当者よ、ちゃんと仕事してくれ!」

 朝7時前に宿を出発。ジープ道を歩き、河原を渡り、登山道から森に入ります。写真は、森の入口とその標識。前日下見に行ったら、枯れ草を背負った住民が山から降りてきました。男性がバングラを着ているところを見ると、グルン族の人ですね。  この先、山の中に集落はありませんが、ヤクの放牧地などがあるため、道ははっきりしています。ところで、この草の束、半端無く重いんですよね。私は背負って立ち上がることができませんでした。

==サウル村==  ナウリコットからの景色はまずまずですが、少し近すぎる気がします。距離が近いと逆に、山のスケールが実感しにくいのです。私がイメージしているのは新幹線から見た富士山のような壮大な風景。この要求を満たす場所はどこだろう。少し考えた結果、対岸にあるサウル村(黄色い点)に行ってみることにしました。

 集落の少し手前、同じ丘の上には、ロッジ・タサン・ビレッジというハイエンドな山小屋があります。わざわざこの場所を選ぶとは、いいセンスしてますね。

==ナウリコット村==  続いて、「邪魔」な丘の上にも登ってみます。ここにはナウリコットと呼ばれる素朴な村があり、ラルジュンから20分ほど坂道を登れば行けます。写真は、村の南側から見たダウラギリ。とても爽やかな眺めですが、手前に障害物やオブジェクトがないと、逆にシンプルな眺めになっちゃうんですよね。  

 時刻はもう5時。そろそろ穴に入るか、と思い始めた頃、急に霧が晴れて周囲ががクリアーになりました。全く人をバカにした話です。ダウラギリもニルギリも隣の丘も姿を現し、ようやく自分の位置を確認することができました。どうも私は、来るとき「雪の少ない」場所を歩いたのですが、「雪のない」場所を歩いたと勘違いして道に迷ったようです。まあ、そんな反省会は後回し。この千載一遇のチャンスを何とか活用しなければなりません。  このまま穴で過ごすのがいいのか、屋根のない小屋をチェックしに行くべきか、それとも日没までの30分で急いで下るべきか..。瞬時にシュミレーションしてみた結果、急いで下るのが一番生存確率が高いという結論に至りました。 写真: 右下の岩の下が、野宿を予定していた穴。中央左に見えるのが雪を被った丘。

 丘の上に立ち初めてわかりましたが、雪が積もっているのは丘の右側斜面だけ。南側に当たる左側斜面は普通に地面が露出しています。この丘の上には、稜線沿いにシェパード小屋やチョルテンなどが点在。季節によっては、賑やかな場所であることがわかります。  ガイドブックによると、ビューポイントがあるのは、最後のチョルテンのさらに先。とりあえず歩けるところまで行ってみたのですが、どうもそれらしくありません。 写真: ピンクの点 - 下から最後のチョルテン、最終到達点。

 バシバシ写真を撮っているうちに、強制戻り時刻の3時になりました。それを待っていたかのように霧が辺り全体を覆い始めます。景色が見えないのなら、ここにいる意味がありません。時間も時間だし、急いで下山することにします。ビューポイントの場所については自信がありませんが、ここまで来れれば十分でしょう。

 看板によると、「アイスフォールまで、あと1時間」。例によって、これらの看板は、本当に迷いやすいところには立ってないから困ります。私は小屋の後、そのまままっすぐ歩いてしまい、15分ほどロスしました。 看板の後は道が比較的はっきりしており、丘の上に見えている別の看板を目指して歩き続けます。

 7:30AMと遅めに宿を出発。すでに三角形の頂上部分には日が当たっています(写真1つ前)。宿から登り口まで30分、平地2まで40分、ヤク放牧場まで40分、最後の案内標識まで1時間、休憩含めて3時間10分でアイスフォールが見える場所に到着しました。昨日の疲れを考えるとまずまずのペースです。 写真: 最後の看板

 夜7時過ぎに宿に到着。今日は団体客がいるようで、ロッジの人は夕食の準備に大忙し。どうやら、私のことなど、一ミリも気にも留めてなかったようです。部屋に入ると、早速宿の女性がやってきました。「今日、遅かったね。夕飯はどうする?」。私が「今日、大変だったよ...」と話を始めても、「ふーん。で、夕食は..」。彼女は、私が夕食に何を注文するか以外、全く興味がないようです。ここ1時間、私の頭を占有していた心配は、全くの杞憂なのした。よく考えれば、自分が意識しているほど、他人は自分に関心があるわけではありません。いずれにせよ通報されなくてよかった。 写真: 宿のダイニング。

 チョルテンの先は、フラットな道が隣の丘まで続きます。10分ほどで、屋根のない小屋(写真)に到着。ここから方向転換し、丘の斜面を登っていきます。はっきりした道はありませんが、適当に上がっていくと、ACAPの案内看板が出てきます。

 男性に礼を言い、裏の斜面を登り始めます。丘のジグザグ道を30分ほど登ると、チョルテン(写真)が出てきました。この辺りからの景色は格別で、対岸にはニルギリの3つのピークとその右奥のアンナプルナI。さらには、下流のコケタンティやカロパニを含めた麓の村々も見えます。

成田空港へ到着。 いつものように期待と不安、異常なまでの気分の高揚感。 これから私の旅がはじまる。

今回は人生初のビジネスクラス、スペースがとにかく広い しかも四方八方周囲は人がいない、人的スペースでいうと ファーストクラスの気分だろうか、一気にテンションアップ。 キャリアは何かと話題のマレーシア航空です。 なんとネパールまでの航空券がエコノミーとビジネスで3万円 程度しか違わなかった、飛行距離の長さも考えビジネスに決めました。

CAの責任者が一人一人客に挨拶にくる、名前を呼び上げ握手。 ウェルカムドリンクはシャンパンかと思いきや、ジュース。 完全に水平にはならないが、シートはフラットになる。 贅沢もたまにはいいけど、もうエコノミーには乗りたくないな。

マレーシアを経由して、カトマンズ到着。 合計約11時間の飛行でビジネスといえどくたくただ。 面倒な到着Visaの取得をなんとかして、無事入国。 それにしてもこの手続きが非常にわかりづらく、どこに 並べばいいのかほんとにわからなかった。 ホテルは深夜着のため、エアポートホテルにした。 距離的には明らかに歩いて行ける距離のはずだった。 しかし、周りは真っ暗でどこをどう進んでいいのかわからない。 明日の国内線が早いこともあり、タクシーを頼んでしまった。 このわずかな距離を10$、入国するなりいきなりやられた。

しかし、このホテル空港から近い以外にいいところがない。 なんとなく地面が傾いているようだし、音は筒抜け、隣の人が お経を延々と唱えていて、うるさくて仕方がなかった。 また掛け布団がなく、この時期のカトマンズが割りと寒く 寒いのを我慢して何とか寝た。

朝、少し時間があったので散歩に出かけた。 最初に気づいたのは空気の悪さ、自分はあまり気にしないほうだが、 とにかく汚いのがわかる、1分程度で喉が痛くなる。

持ってきた変圧器で充電しようとしたが、どうやら変圧器が壊れているようだ。 なんてこった、予備で持ってきた携帯電話用充電器があってよかった。

カトマンズからバイラワへイエティ航空で向かう。 これが乗るまでが非常にわかりずらかった。 ・国内線は国際線の隣にあり、入り口は倉庫のそれのよう、まずここに入る ・すぐに荷物を検査する場所があるので、ベルトコンベアに荷物を通し、自分もセキュリティチェックをしてもらう ・搭乗する航空会社に行き、チェックインする ・搭乗ゲートでセキュリティチェックを受け、搭乗ルームに入る ・液晶掲示板があるが、出発時刻と定刻通りかしかわからないので、アナウンス(ネパール語と英語)をよく聞く、不安だったら航空会社のカウンターがあるので聞いてみる。 ・搭乗できる時間になったら(ほぼ定刻では出発しない)ゲートが開くので搭乗

バイラワに到着。 あっという間だった、ここからルンビニに行く方法はタクシーとバスがあるが、好奇心からバスを選択した。 全員ネパール人で満載のバスに乗り込むと、周囲の視線はすべて私に向けられた。 運賃は60RS、しかしドルしか持っていなかった。 困っていると、親切な人が両替してくれた。

バスはルンビニの入り口、パーサからルンビニの終端まで ホテルが密集する地帯を走ります、自分のホテルの近くで 降りるとよい。

新ルンビニ村にあるホテルに到着。 広大な敷地にレンガ造りの家、周囲は整備された芝で囲まれる。 ここずっとろくに寝ていなかったので、一気に疲れがでて 小休止。 レストランで昼食をとり、自転車を借りて観光へ。

正面のゲートへ向かう。 新ルンビニ村から正面ゲートへは、遺跡を半周程度しなければならない。 ガイドブックの地図だと全長500Mくらいと勝手に思っていたが とにかく広かった。 遺跡の外を回るしかなかったので、車、バイクのクラクションの嵐の中をぼろい自転車で疾走する。

途中で牛が散歩しているのを発見。 牛には2種類あって、黒い牛(バッファロー)は殺される牛(肉牛)。 白い牛は神の使いなので殺されない牛。

正面ゲートに到着。 具体的な気温はわからないが、ものすごく暑い。 この時期のネパールは私の中では涼しいイメージだった。

先にマヤ聖堂に向かおうと思ったが、ここが自転車乗り入れ禁止のようだ。 近くのPublic Toilet という場所で、10RSで貸してくれるそうなんで置かせてもらった。

マヤ聖堂。ここは写真撮影禁止。 中に仏陀が生まれた場所が祭られている。 建物の中央に四角い岩の穴ぼこがあり、ガラスのカバーで覆われている。 ここが仏教4大聖地のうちの一つで、多くの仏教徒、観光客がここを訪れる。 巡礼シーズンは11月くらいからだそうだ。

マヤデヴィテンプル。 入るためには100RS必要だったと思う、このときの必要最低のルピーが500RSだった。おつりは返してくれない。 聖園内は土足不可。近くに靴置き場屋があり5RSで置ける。 灼熱の大地をはだしで歩く。

プスカリニ池。 シッダルタ王子が産湯に使った池。 この辺はかなり涼しく居心地のよい場所だ。

池の周りはきちんと整備されていますが、池の中は無放置状態で 多数のすっぽんが生息してます。

ここで泳ごうとは思わないけど、中に入ったら恐らく逮捕されるでしょう。

アショーカ王(昔のインドの王様)の石柱。 聖堂の隣にこじんまりと立っている柱ですが、遺跡発見に貢献した重要な柱です。 アショーカ王は仏教の信奉者で仏跡を訪れ、訪れた場所に柱を残しました。 石柱には、ここがブッダの誕生された地であることと、租税を免除することが書かれており、この柱が近年発見され、ここが生誕地であることが特定されたようです。

平和の灯火。 全体的に見て、建築途中の建物が目立ち観光資源として本腰を入れていないように感じた。 治安はよいが、正直ここに来るまでの労力を考えると、もう少し見所があったほうがよかった。 疲労と睡眠不足と暑さが重なり、気分はダウン。

韓国寺。

中国寺。

日本寺。 と各国の寺がある。 というわけで、今日の観光は終了。

飛行機の遅延も考えて、予備で1日とっていた。 もうルンビニの主要箇所はまわったので、ティラウラコット周辺に向かうことにした。 ホテルにいきなり手配を頼むと、快く手配してくれた。 周辺全部まわって、4500RS。 ここからの説明は私のレベルの英語力を妄想で補った説明です。

クダン。 ドライバーはガイドではないらしく、ここがどういう場所なのかわからない様子だった。 しかし、親身に近くにいた子供に聞いていろいろ説明してくれた。

クダン。 悟りを得て仏陀となったシッダルタが帰郷したとき、王宮には戻らずここで説教し、多くの人を家出させた。

ニグリハワ。 ドライバーさんが現地の人に道を尋ね、やっとついた場所。 5番目の仏陀、カナカムニ(コーナーカマナ)の生誕地。

ゴーテハワ。 村の集落の中、空き地にしか見えないところにある。 村人の奇異な視線が痛い。 ここは最初の仏陀(クラクチャンダ)が生誕し入滅したとされる場所。 91劫前(劫というのは宇宙が生成され消滅するまでの時間)のこと。

ネパールは、過去7人の仏陀の内、3人を輩出している。 1番目 クラクチャンダ 5番目 カナカムニ 7番目 ゴータマ(これがお釈迦様) なんと、クラクチャンダの時代、人間は10万年の寿命を持っていたという。

サガルハワ。 釈迦族が滅ぼされたとき、ここで多くの人が虐殺された。

さて、ようやく本命のティラウラコットへ。 カピラバストゥ、釈迦族の王都があった場所です。 ここでガイドを雇った。 はじめの挨拶は「How are you?」だが、「How old are you?」 に聞こえ、自分の年齢を答えた。 それから彼の英語はとてもゆっくりとなった。 普通に考えて初対面の挨拶で年齢は聞かないだろう。

王様と王女のリビングルーム。 一国の王にしては小さいと思ったが、こういう住まいをいくつも持っていたそうだ。 夏は夏用の場所、冬は冬用の場所、雨季は雨季用の場所という具合に。 ここは日本人の中村元という仏教学者が掘り起こし見つけたという。

彼はカンタカという愛馬をつれて、城を出た。 その後カンタカに城に戻るよう命令し、カンタカは城に戻ったが さびしさのあまり、川に身を投げて死んだという。 それが写真の置くにある川。

東門。 シッダルタは、美しい妻、多くの財産、王子という地位を持っていたが、僧侶にあこがれて出家してしまう。この東門から出て行ったという。 それに至るエピソードは、御者に連れられて外出したとき 老人、病人、死人を見て、自分がその運命から逃れられない ことに気づき、最後に僧侶を見て出家したのだという。

プージャという祈りの儀式。 ここで願いごとを言うと叶うという。 叶ったらまたここへ来て、感謝の祈りを捧げる。 で、叶わなかったらどうするの。 これでティラウラコット周辺の観光は終わり。 これまで熱心に説明をしてくれたガイドには日本仕様の料金を払うと歓喜していた。

翌日。 バイラワからカトマンズへ。 時間があったので、コカコーラを40Rsで購入。 店員が「飲み終わったら、ここに持って来い」だと。 ちょっとむかついた。 また面倒な手続きを済ませて搭乗。 セキュリティチェックを待っているとき、ボケーとしていると後ろの爺さんに押された、早く進めということだろうが、かなりむかついた。

飛行機は1時間の遅れで出発。

カトマンズ到着。 最後のホテルは宿泊費が一番安いが、最上の設備だったと思う。

カトマンズの市内観光へ。 多くの人、車、クラクションの嵐、大気汚染、そして道は迷路のようだ。 とにかくイライラする。 そして、いきなり迷子になった。

最初の行き先ダルバール広場どころか、 ホテルへの帰り道もわからなくなった。 仕方がなく、リキシャーを利用。 顔からするにチベット系だろうか。

ダルバール広場へ到着。 ここはネパール人は無料だが、外国人は入場料750RSかかる。 しつこい勧誘のガイドを雇ってしまった。 胡散臭そうな感じがしたが、その通り。 最初の言い値の2倍を請求した。 またまた、ここからの説明は私の英語力と妄想補完の提供でお送りします。

シヴァの象。 あまり説明を聞く気もなかったが、死後の裁判をするらしい 悪い行いをした人間を死後地獄に、よい行いをした人間を天国に。 シヴァには2面性があり、これは黒い部分。

シヴァ寺院。 シヴァのもう一つの面はなんと子作りだ。 妻と一緒にさまざまなポーズをとっている。 途中、チベット人が商売している、曼荼羅という絵を売っているところを通された、綺麗だったが1000$と高額ですぐに店を出た。 自分の取り分が発生する店に連れていくガイドは以前経験しているので、またかと思った。

ビールの神。 写真だと、中があまりよく見えないが中には大きな口をあけた 怪物の像がいる。 この神がゲロを吐き、それがビールとなった。 その結果人々はビールを飲めるようになった。 つまり伝説によると、ネパールがビール誕生の地だ。

シヴァ・パールバティ寺院。 某ガイドブックのカトマンズ編の表紙になっている。

ガルーダの像。 半人半鳥の神。 ここに祈ると飛行機が落ちないとされている。 この前ガルーダインドネシア航空落ちたような。

ネズミの像。 シヴァはこれまでいくつもの化身に姿を変え、人々を救ってきた。 その内の一つがネズミなのだという。 それゆえ、ネズミはシヴァの化身とされ、ネパールでは殺さない。 実はネパールに来てから、犬はたくさん見てきたのだが、萌え系のトップランナー、猫様を一度も見ていない。 これは私の推測だが、神の使いであるネズミを捕食する猫は敵として一掃されてしまったのではないだろうか。 もしくは純粋な肉食動物である猫は育成コストがかかるため、この貧国では飼える人がいないのかもしれない。 そして、猫の神様はいないそうだ。

つづいて、モンキーテンプルへ。 ドライバーはそういっていたが、後で調べてみると「スワヤンブナート」という場所らしい。

なるほど、猿が多い。

急な階段をひたすら上る。

上る。

やっと頂上へ。 入るのに200RS。 頂上から見下ろす景色が綺麗かも。

この像は有名ですね。 ネパール最古の寺院らしいです。 神聖な場所らしいがその周りで土産物屋が商売していた、商売が卑しいものとは思わないが、観光客相手にぼったくりしている様子。

ホテルに戻る。リキシャーから何かと理由をつけて、最初の言い値の3倍請求された、積もり積もってこのカトマンズでネパールとチベット人の印象が一気に悪くなる。

帰りの飛行機。 ビジネスクラス、やはり快適。 今回の旅行で一番よかったのは実は機内なんじゃないだろうか。

ネパールの文化・風俗・注意点

 風俗、習慣
 ネパールの多数の国民が信仰するヒンズー教は、牛を「聖なる動物」として扱っています。例えば、路上にいる牛を自動車ではねた場合は、人間をはねたときとほぼ同じ罰則が科されます。また、「牛肉を食べる」等の牛に関わる話題は避けるとともに、左手は不浄とされているため、食事の際は右手のみを使って食べることをお勧めします。

 高山病
 登山、トレッキングをする方は、事前に高山病について知っておくことが重要です。過去10年間のネパールの邦人死亡の統計をみると、毎年平均約4名が山に関係して死亡し、その中でも一番多いのが高山病死です。高山病死を減らす目的で、ヒマラヤ救助協会は、カトマンズ市内のトレッカーが多く宿泊するタメル、人気のあるトレッキングコースのペリチェ、マナンで高山病についての啓蒙活動(英語)を行っています。その邦訳は http://www.ueda.ne.jp/~sherpa/hsa/hra.html で読めます。また日本旅行医学会の高山病の項 http://www.jstm.gr.jp/mebio08.pdf も参照されるようお勧めします。
 カトマンズで、高山病の予防と啓発を行っている機関の連絡先は、下記の通りです。  ヒマラヤ救助協会(The Himalayan Rescue Association)
電話番号:(977-1)4440292、4440293
ホームページ: http://www.himalayanrescue.org/
 ネパール・インターナショナル・クリニック(Nepal International Clinic)
電話番号:(977-1)4434642、4435357
ホームページ: http://www.nepalinternationalclinic.com/
医師:ブッダ・バスンヤット医師(Dr. Buddha Basnyat)
 病気と予防接種
(1)注意すべき病気
 ネパールは地形的にも変化に富んでいるため、気候や風土も地域によって大きく異なります。従って、健康上注意すべきことも、高山病からマラリヤなどの熱帯病にいたるまで多岐にわたります。首都圏のカトマンズ盆地で注意すべきものは、まず第一に感染性腸炎(いわゆる下痢)です。水と食べ物には十分な注意が必要です。次いで、ウイルス性肝炎と狂犬病があります。南部のタライ地域では、これらの他に蚊に媒介されるマラリヤ、デング熱、日本脳炎などが加わります。

(2)予防接種
 ネパール入国に際して、義務づけられている予防接種はありませんが、3か月以上滞在する方は、A型肝炎、B型肝炎、腸チフス、破傷風、日本脳炎、狂犬病の予防接種をお勧めします。

 海外旅行傷害保険
 旅行中に病気・怪我等で入院した場合、ネパールは医療施設が不十分なため、緊急移送等が必要となる場合も多く、これらの費用を補償できる海外旅行傷害保険に加入しておくことが重要です。