ヤンゴンってどんなところ?

ミャンマーの旧首都。ラングーン川に沿って東西に長く、区画された町は政治経済の中心。旧称ラングーン。

ヤンゴンの地図

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ヤンゴンの写真・旅行記

ヤンゴンに行く機会に、市内を少し見てきました。 聞くと見るのは大違い。静かできれいで、すごく安全な街です。 見るものは、何十年かタイムスリップした気になってしまいます。 ビルマの竪琴は行ってから読む(DVDを見る)もよし、行く前に予習で見るもよし、結構はまれるかもしれません。

ヤンゴンの街から見たシュエダゴンパゴダ。ヤンゴンの小高い丘の上に立つ象徴として、街中のあちこちから見えます。2500年前の創建とのことで、日本よりもずっと長い歴史を持っていることになります。

シュエダゴンパゴダ中心の塔です。高さは約100Mあります。メインの塔の周りにはいくつもの小さな塔があります。

パゴダの敷地の周りにはこんな風に、幾つものお祈りの為の建物などなど。とにかくでっかい。

もう一枚、全体の雰囲気をつかんで見てください。

仏教の教えを絵に描いている建物もあったりします。

塔のてっぺには大ダイヤを始めとする宝石がいっぱいあるらしい。

金色に輝くというか金そのもの。ふんだんに金箔を貼っていて、ここが最貧国だとは全く思えません。金閣寺なんて目じゃない。

お祈りをする人。ここのダイヤモンドマークのところでお祈りをすると願いがかなうそうです。

なんか、大事な儀式を、一族ひきつれてやっているみたいでした。

筆者の後姿。生まれた日付で曜日(8曜)があり、それぞれの曜日の動物の前でお祈りします。

筆者の足。忘れちゃいけないのは、聖なる場所ですから靴はもちろん、靴下も厳禁。でも、日中、日が燦燦とさしている時にいくと床は熱い熱い。やけど寸前。

シュエダゴンパゴタから見たヤンゴン市内。高い建物はほとんど無く、建物よりも木々の緑が目立つ、きれいな街です。都会という雰囲気はあまりありません。

ボーチョーアウンサンマーケット。市場というよりは、観光客向けお店の集まりという感じでしょうか。

マーケットで見つけたきれいな傘。パゴタの儀式一行もこんな傘をさしていたので、伝統的な柄なんだと思います。

これがなんだか分かるひとはミャンマー通。「タナカ」と言っても分からないですよね。この木からおしろいみたいのを作って、女性や子供は顔や腕に塗ってます。日焼け止め効果があるそうです。

マーケット裏の通り。石畳でイギリス統治時代の名残のようです。

こちらも市街地の様子。このあたりが繁華街といったところでしょうか。

タクシー。すごく懐かしい車ですよね。まだ走るのがなんとも驚き。

どっかで見たことがあるバス。よく見ると「運賃後払い」???って書いてあります。(この角度だと読めませんね)

朝、目が覚めてしまったので散歩にでかけた時に見かけたおそうじのお姉さん(?)。仕事なんでしょうが、こうして毎日そうじしているから街中はきれいなんですね。

ミャンマー料理のレストラン。GREEN ELEPHANT

レストランの建物はこんな感じ。外国人向けですが、ミャンマーの雰囲気なんですかね。

ミャンマー料理。メインは色々なカレーです。外国人好みにしているんだと思いますが、結構、いけました。結構、食べちゃってる真ん中のお皿はTENPURAってメニューに書いてありました。

最後に飛行機の中から空港です。ターミナルはこじんまりしていますが、新しくて、きれいです。ミャンマー風デザインにしているこの一角もいいセンスと評価してあげましょう。

左遷されてから1週間、 業務もままならないまま、 ゴネ倒して長期休暇へ突入。 関空までも遠くなり、 出発当日の0:20駅前発の OCAT行きのバスに乗ります。 OCATで乗り換え待ちが1時間以上。 バスの中では仮眠しか出来ず、 OCATで鬼のような睡魔と闘います。 OCATから関空行きのバスは5時台の始発から 30分おきに出ています。

関空に到着。 ハラヘリすぎだったので、 朝からカレーをいただきました。

羽田行きの連絡便も 各社共同運航で出しており、 京浜急行やモノレールのチケットも 関空内の自販機で購入できます。

TG便で向かう大空の旅。 格安で購入したので、 クラスV。 マイレージ対象外です…

離陸後のドリンクサービス。 ナッツです。

タイ米からスタート。 豚肉もココナツミルク風味で、 ちょっと気分も上がります。

TG必殺の強制お昼寝タイムの後は、 スーパーカップでお目覚めです。

そんなこんなで6時間は一気に過ぎて、 スワンナプーム空港に到着です。

トランジットの時間が長かったので、 しなくていいのに、入出国。 また無駄なスタンプを増やしてしまった。 タイ滞在時間10分。

それでも時間が余ったので、 見た目だけやたら豪華、 値段も豪華なパッタイもどきをいただきます。 残念。

ヤンゴンのミンガラドン空港を目指します。

国際線なので、 また軽食が出ました。

鶏肉と、なんかブヨブヨの物体X。 ちょっとピリ辛で美味しかったです。

これは荷物待ち。 その前の入管では、 ひとりひとりのVISA内容、 パスポート内容に相違がないか 全部チェックするので、 やたらと時間がかかりました。

予約していたホテルに着く頃には、 もう空は暗くなっていて、 メシ時です。 ん?今日は何回喰った!?

そこそこ大きい通り、 「スーレーパゴダ通り」の タイ料理屋!?で パッタイを注文。 ちょっとオイリーな気もするけど なかなか美味しかった。

食後は歩いてホテルまで。 水やさんで飲料水を購入。 価格はすべて交渉制。 値段なんかあってないような感じです。

ホテルの部屋はこんな感じ。 荒れていてスミマセン。 部屋の角からコウモリ?の 鳴くような声が聞こえるけどオヤスミナサイ。 移動で終わった長い一日。

いつものように プリペイドSIMカードを購入。 これでミャンマーでも快適携帯ライフ! とは、いかず。 回線はなかなか不安定。。。 たの携帯情報はコミュ参照。 http://4travel.jp/community/main/10000566/

ヤンゴン市内のケイタイショップ。 その名も「Do Co Mo」

朝5時のスワンナプーム空港。 こんな早朝でもエアアジアのカウンターは人でいっぱいだった。

僧侶の袈裟の色もタイとミャンマーでは違う。

1時間半ほどでヤンゴン空港に着いた。 空港で、同じ飛行機に乗り合わせていた日本人青年のK君と知り合った。 宿は特に決めていない、ということだったので、一緒に、僕が目当てにしていた、ダウンタウンのビューティー・ランド・ホテルに向かう。

K君はミャンマーには2年前に一度訪れていて、今回2度目ということだった。 チェックインを終えた後、早速宿の前の路上カフェで甘ーいミルクティーを・・・。

宿のフロントの女性。 僕が日本人だということで、「日本語の新聞があるわよ」と持ってきてくれたが、見たら中国語の新聞だった。

宿の周りを散歩する。 路上には歩き辛いほど多くの店がひしめいていた。 これは路上の本屋。 紙質は非常に悪い。しかしどこの町にも本屋は結構あった。

道端で話をしている女性。 何だか逞しそう。 初めは衣装や化粧の違いから、 何を見ても面白くてしょうがなかった。

古いコロニアル風の建物がいくつもあった。 来るまでは、ミャンマーはラオスのように穏やかでのんびりしているのかと思っていたが、全く違っていた。

町には熱気と言ってもいいほどの活気があり、 人々は真剣に必死に生きている、という感じがした。

比較的大きな文具店の女の子。 メモ帳がなくなりそうになり、探し求めたが、 とにかく紙質が悪く、まともなノートは無かった。

街角ではこのようにゲームをしている場面をよく見た。 お金を賭けている時もあった

宿の前の路上カフェでは、毎日夕方になるとこの二人はミルクティーを飲みながらだべっていた。 ミャンマーの人は、気のいい人が多く、どんなに恐そうな顔をしている男性でも、ミンガラバー!(こんにちは!)と声をかけると、にこやかな笑顔を見せてくれた(別にこの二人が恐そう、と言っているわけではないので・・、念のため)。

ミャンマーの町には何処にでも軒下にこのように、雀のための稲穂を吊るしてある。 雀がチュンチュン集まっているので写真を撮ろうとカメラを向けると、雀はすぐに飛び去ってしまい、あとに鳩がやって来る。 雀のために稲穂を用意するなんて、なんて優しい国民なんだ・・・。

ヤンゴン駅の近くにある、ボージョー・アウンサン・マーケット。 ここでドルをチャットに両替した。

通りを歩いていると、赤ん坊が竹のカゴに入っていた。 お兄ちゃんとお祖父ちゃんか・・・。

縦書きのカレンダー

夕方K君と、食事を取りに中華街に向かう。 途中インド人街でヒンドゥー教の寺院を見かけたので 中に入ってみる。 ミャンマーは敬虔な仏教国だが、イスラム教のモスクもカソリックの教会もあった。

中華街で一番賑わっていそうなレストランに入った。といっても路上だが・・・。 隣のテーブルで食事をしている人達と挨拶を交わし、徐々に打ち解けてきた、と思ったら、何と彼らは軍人だった。制服を着てないのでわからなかった。 一番右の男性はバリバリの軍人だったが、僕の隣にいる(一番左の)男性は、「自分は軍人だが、ミャンマー人だ。今のミャンマーは眠っている」と複雑な胸の内を吐露してくれた。

こんな、飲んで騒いでいるところでも、本を売り歩いている女性がいた。

朝、街角でいろんな種類のご飯を売っていた。 ミャンマーのホテルはだいたい朝食が付いているので、外でたべることは少なかった。

これも、通りで大量の油を使って朝食用の何かを揚げている。

このような格好で客が来るのを待っていた。 煙突の煤でも掃除するのだろうか??

街角には、このように電話を3,4台置いた、電話屋がいた。 電話屋は何故か美人が多かったように思う。

通学のためにバスを待つ子供たち。 賢そうな顔をしている

そのすぐ横には、学校にも行けないような貧しそうな子供たちが・・・。

まるで舞台のように、扉の無い床屋。 電気事情が悪いので、外光を目一杯生かしている(?)。

インド人街で見かけた父娘。

食堂で働く少年たち

ナコーンラチャシーマでミシンの女性に出会って以来、街角でミシンを操作して仕立直しの商売をしている人たちが気になっていた。 そうこうしているうちに、 「なんだ、自分のこのパンツもあの人たちに頼めば簡単じゃないか!!」と、自分も胴回りとか裾とかを直してほしいパンツがあることとが結びつくようになってきた。 自分は案外器用な方(?)なので、ちょっとしたホツレくらいなら旅行用のソーイングセットで直していたが、あの女性のプロの技を見て以来、何処かで直してもらおうと考えていた。 そしてこのヤンゴンのインド人街を歩いている時に、 そのような洋服の仕立や直しをやっている店が並んでいる通りに出くわした。 そこで働く若者たち。みんな陽気な人たちだった。 ポロシャツの背中に、 EVISU(恵比寿?) GENES 大阪東京 と書かれている。

次々に持ち込み、この青年に計3着のパンツの直しをしてもらった。 1箇所1000チャット(100円)から2000チャットほどでとても安いが、こちらの希望をすぐに理解し、仕事は丁寧で、どれも、希望していた以上の仕上がりだった。 これからは旅行の度に、傷んではいるが捨てがたい、という洋服を着てきて、こちらで直してもらえばいいんだ、なんていうことも考えるくらいの満足度だった。

街角で子供の僧が托鉢していた。

テレビではヨーロッパチームのサッカーの試合をよく流していて、人気があるようだったが、 ミャンマーのこんなチームもあったんだぁ・・・。

日本人が経営していて、ミャンマーを旅する上での情報が充実している、とガイドブックに書いてあったので行ってみたが、結局中には入らなかった。

このような大型のものから家庭用のものまで、町には電気用のジェネレーターがあふれていた。 停電になると、すぐにジェネレーターに切り替わるシステムが出来上がっていた。 それ位頻繁に(国策か?と思うくらい)停電があるということだ。 ジェネレーターが動き出すと、町中すごい騒音になる。 夜中でも突然ジェネレーターが騒ぎ出すので、ミャンマーの旅には耳栓が重宝した。

町の中心にあるスーレー・パヤー。 昼間でも、夕方の仕事帰りでも、、町の騒音や悩み事から逃れるようにちょっと立ち寄って、ほっと心を穏やかにして家に帰る。そんな場所だった。 日本でも、お寺や神社はそんな場所であるはずなのだが・・・、ミャンマーではそれが国民的に日常的に行われ、利用されている。

散歩していたら、額縁屋でこんなものが目に入った。 左の僧侶は、何となく誰かが買い求める、ということも考えられるが、右のこのオブジェはアートなのか? それとも、ミャンマー人にはよく知られた物語設定(例えば、「清水の次郎長」のような)なのか・・・?

ミャンマー最大の聖地といわれるシュエダゴン・パヤー(パヤーとはパゴダという意味だろう)に行った。 ここにも、観光客と共に、大勢の地元の人が心の平静を求めてやって来ていた。 確かにここは、聖地といわれるだけの何かがあるような気がした。

このような仏様が、多くのブースにそれぞれ祀られている。 中に入り込んで、座ってゆっくり仏様に囲まれているだけでも心が落着いてくる。 不思議な空間だ。  

ミャンマーでは生年月日ではなく、何曜日に生まれたかで、その人の運勢というか、性格や人生が決まると考えられている。 僕はガイドブックで調べたら土曜日に生まれた、ということだったので、土曜日(下に龍が祀られている)のコーナーを御参りした。

こちらの仏様はどこか穏やかで人間味を感じる(偉い方というよりも人間に近い、という感じ)。

陽が陰り始めたころ、地元の人たちが横一線に並び、一斉に床を掃き始めた。 こちらでは寺院やパゴダに入る時は必ず裸足にならなければいけない。 だから、という訳でもないだろうが、国民ほとんど、靴を履いている人はいない。 飛行機に乗る人も皆ゾウリだ。 バガンで飛行機に乗った時、紙のおしぼりが出たのだが、隣のミャンマー人男性が、手や顔を拭いた後、汚れた足の裏を拭いていたのには笑ってしまった。

金色だけでなく、このような渋い、いぶし銀のような仏様もいた。

夕方5時ころだったか、この人たちがお経のようなものを唱えだした。 徐々に徐々に興が乗ってきたように、それがまるでソウルミュージックのような、ブルースのような、ゴスペルのような、ジャズのような音楽(?)に変わっていった。 驚きながら、感動しながら聴いていた。 後で、何で動画で音を録っておかなかったんだろう、と後悔した。

陽も落ち、徐々にライトアップの明かりが効いてくる。

ミャンマー人にとってもここに来ることは特別なことなので、それぞれ記念写真を撮っていた。

夜のとばりが下りて・・・

いつまででもこうしていたい、 そんなことを感じさせる場所だった。

早朝、ヤンゴン駅周辺を散歩した。 遠くに日の出が見える。 駅の外観はとてもりっぱだが、ミャンマーの鉄道事情は50年前から進んでいないようで、電車好きな僕もここでは電車移動することはなかった。

駅の裏手に操車場があった。 遠くに駅舎が見える。

ホテルの前の通り 早朝このような物売りの女性が大声で物を売っていた。よく通る、きれいな声だった。 今回音楽と一緒に大量の落語のテープを持ってきていたが、その中で、柳家小さんの「物売り」を聴いたばかりだったので、そんな昔の日本の風景を思いながら、物売りの声を聴いていた。

街角で揚げパンを作っている。 甘ーいミルクティーとこの揚げパンが朝食だ。 これはアジアの多くの国で共通しているなぁ (僕はミルクティーより豆乳のほうが好きだが)。

一緒に働いていた女の子

尼僧たちの托鉢

チェスだと思ったが、どうもチェスとは違うらしい

サイコロを振ってやるゲームだが動きが早すぎて、何が何だかわからなかった

ヤンゴンの町には、古いが、8階立て位の高い建物が多くある。 しかし、エレベーターは無い(こんな電気事情でエレベーターを使ったら却って危険だろう)。 高層階に住んでいる人たちは、ベランダや窓から紐を垂らしていて、用事のある人はその部屋の紐を引っ張る。 すると、ベランダのところに取り付けている鈴が鳴り、誰かが来たとわかって、ベランダから下を見る。 無駄に階段を使わなくても、この新聞配達のような多少の用事なら済ませられるように工夫している。

宿の近くのサクラ・タワー内にあったSUN FARという旅行会社。 大きな旅行会社らしく、各都市にあった。

SUN FARの企画するパック旅行。 どんなミャンマー人がこんな旅行をするのだろう?

彼女に、ヤンゴンからマンダレーまでのエア・バガンの航空券(81ドル)を手配してもらった。 エア・チケットもオンラインでは無いので、航空会社に電話して、席が取れたら、その場でチケットに手書きで、名前やフライトナンバーを書き入れる。 テーブルにはコンピューターが置いてあるのだが・・・。

ヤンゴン川の川沿いを散歩してみた。 イギリス植民地時代の古い建物が並んでいた。

竹で足場を組み、古い建物の外観を補修していた。

対岸に渡るフェリー乗り場。 地元の人が利用していた。

通りがかりに見つけた散髪屋。 この青年、何だかセンスが良さそうに見えたので ここで髪を切ってもらう。 (別に、自分は半分禿げた坊主のような頭だから、誰がやっても同じなんだろうが、気持ちの問題・・・)

焼きソバと串揚げの屋台。 一見美味そうだが、どうも手が出せなかった。

アウンサン市場の中で唯一気に入った品物を置いている店だった。 ミャンマーの旅を終えてヤンゴンに戻ってきたらここでお土産を買おうと思った。

アウンサン市場の路上カフェ。 お茶を飲みながら、ヒスイなどの宝石の商談をしている。

エア・バガンで、ヤンゴンから約1時間、 一路マンダレーに向かう。

ピィからヤンゴンへ大使館のワゴン車で到着。 田舎町からくると、やっぱりヤンゴンは大都会だなぁ~。 写真はヤンゴン市内北にある湖です。 近くにある領事のSさんの自宅へ少しお邪魔する。

もう夕方なので、すぐに宿へ。 泊まったのはホテルニッコーヤンゴン。 日航系列で1部屋70ドル程度。 日系だから日本語が通じるかと思ったら、全然そんなことはなくて、英語もやっとこさな状態でした。 レセプションに英語を話す可愛い女性がいたので相談に乗ってもらい、ホテル内のショップで闇両替をする。 チャット通貨ゲット。 ちょっと町をぶらぶらしようかな。

スーレーパゴダ。 シュエダゴンパゴダとは違い、ただで入れました。 靴はちゃんと持って、ビニールに入れて歩きます。 地元の人ばっかりで、若い高校生風のカップルなんかもおまいりに来ているようだった。 地元のデートスポットか?

翌日、在ミャンマー日本大使館へ。 領事のS氏と通訳の女性にお礼をいい、骨壷の入った箱に封印をしてもらうことに。 飛行機に乗るときの証明書(「これは骨です」的な)と、開封・再梱包できないようなシールを貼る。 でも、実際の出国のときは恐ろしいほどなにも聞かれませんでした。完全にただの手荷物扱いでした。

大使館の前で記念撮影。 こうやって持つと、いかにもお骨っぽいぞ。 それにしても、日本の大使館にははじめて入りました。

今日の宿はこちらにすることにした。 「トーキョーゲストハウス」 名前のとおり、日本人の人が経営しているらしいです。 日本人も多く泊まっていて、スタッフも少し日本語を話せるようでした。 ツインの部屋(バストイレ共同)ですがかなり狭く、ベッドの幅もめちゃめちゃ狭かったです。

ゲストハウスの食堂兼憩いの場。 タバコは奥のベランダで吸えます。 情報交換ノートあり。 通常は朝食つきで、おかゆ(白かゆ)とラーメン(インスタント)が選べます。

ベランダからの景色。

ホテルから見たヤンゴンの風景。

町で飲んだ、アイスクリームとゼリー状のものとパッションフルーツの果肉なんかが入った、よく分からないあま~い飲み物。

ホテルからのヤンゴンの町並み。

同上。

ヤンゴンの町で見かけたフレンチ風ビル。

同上。

ヤンゴンの町内。メインの通りから入ると、何処もこんな感じ。

ヤダナ・ストア?

ヤンゴンの町でモスクを発見。イスラムの人もいます。

メインの通り。

パゴダ。

何だっけ?

ある日の昼食。見た目は濃い感じだけれど、意外とあっさり系。

ある日の昼食。

これからみんなで走りに行きま~す。ってのりのりだったけど、出発地点まで1時間以上かかった。。。

走った後のビールは格別。

そして、陽はくれて行く。。。

ミャンマー・ヤンゴンへ到着。 前日は、バンコクで1日トランジットが必要だったので、バンコクに住む義兄(嫁の兄さん)の家に一晩お世話になる。 とにかく不安いっぱいの夜をすごしました。 特に弟はアジア圏への訪問が初めてとのことで、父急死のショックとカルチャーショックのダブルパンチでかなりまいっていた。 私のほうはアジア旅行経験も何回かあったので(しかもドンムアン空港は勝手知ったるという感じだった)、なんとかミャンマーまではたどり着けました。

イミグレを通過すると(といってもしょぼい空港で、誰でも出入りできそうな木製の入国ゲート)、大使館の領事S氏と現地通訳の女性が待っていてくれた。 すぐに大使館の用意してくれていたワゴン車に乗り込み、ヤンゴン市街を見ずに、空港から一路、ピィを目指すことに。 アジアっぽい景色が楽しめそうでしたが、気分的にはそれどころじゃない感じでした。(今おもえばもったいない)

車を飛ばすこと約6時間。 途中で茶屋に2、3回休憩をとりつつ、ピィという町に到着。 すでに時刻は夕方の3時か4時くらいでした。 父の遺体があるという町の病院(軍の管理している軍病院らしい)に到着。

途中、茶屋で休憩。 道路にはところどころに関所のようなゲートがあり、軍服を着たお役人が通過チェックをしていました。 こちらの車は大使館ナンバーの車なので、問題なくスルー。 やっぱり国の力はすごいなと思った。 ずっと一本道で、周りは水牛が田植えをしていたりしてかなりのんびりしている。 それにしても、いい天気。

さっそく、身元確認でもするかと思いきや、別室に案内される。 なんか、不安いっぱい。

かばんの荷物などを確認。 どうも、間違いなく父のものです。 パスポートなどを確認。 (この時点でまだ遺体見てない) 間違いはないか、なくなっているものはないか、など聞かれたけど、そんなのわかるわけねー。と思いましたが、大使館の人は「ここは軍事政権なので、なにか問題があると地元の警察なども処罰を受けることになる、だから厳密にチェックをしようとしているのだ」とのこと。 なるほど。特に問題もなさそう(お金やトラベラーズチェックもちゃんとある)ので、OKと返事する。 いちおう、遺体解剖もされて、写真もみせてもらったが、死因は「ブラッド・ブリージング」と説明された。あとで調べると、脳内出血という意味だそうだ。

別室に、軍服きた人がいっぱい。 警察と軍関係者から、いろいろ聞かれ、父の荷物に間違いないか、と確認される。

続いて、ようやく遺体の確認へ。 写真は省略させていただきますが、すでに棺に納められていました。 すでに葬儀の準備がされていた。 実は、日本で、大使館の人に「ささやかでよいので葬式のようなものをしたい」と申し伝えてあったので、地元の人が、準備をしていてくれたらしい。

すでに、人だかりが。 なんだかよくわからないが、町の人々らしい。 なんか、テレビカメラまであるけど、なに!? という感じですが、どうもアジア特有の、野次馬根性的なものかなと思いつつ。

すでに、町のお坊さんもスタンバイしてて、身元確認がおわると、すぐに葬儀に突入の予感。 いやー、手際がいい! 真ん中に座っている偉い(と思われる)お坊さんにごあいさつ。

あとから思うと、まさに「ビルマの竪琴」の世界でしたな~。 赤い袈裟を着たお坊さんはタイなどでもよく見かけるが、まさかお世話になるとは夢にも思わなかった(笑) 写真は、葬儀の前に、お坊さんにお菓子のセットのようなものを捧げて「よろしくお願いします」的な儀式をやっているところ。 現地の人がいろいろ教えてくれ、通訳経由で説明を受け、やってます。

さっそく、お経が読み上げられます。 ビルマは小乗仏教で、日本の大乗仏教とはやはり勝手が違います。

周りの人々が、そろってお経をあげ始める。 みんなお経を暗誦できるとは、さすが仏教の国!

真ん中の偉いお坊さんだけ老人で、あとは若い僧侶が4人くらい。

ちなみに、ここは病院内の霊安室前のようなところです。 うしろにずらりと現地の人が。

右が父の棺です。 手作りの立派なやつ。 (町で一番いい棺を用意してくれたようだ) ちなみにこの写真は葬儀中、大使館の人がぼくのデジカメでいろいろ撮ってくれていたやつです。

お経の途中に、水差しで、水をずっと注ぐ儀式をやっているところ。 何のためかよくわかりませんが。 写真左の、ぼくの隣にいる人はここの軍病院の院長先生。

お経が終わり、棺を霊柩車に乗せて、火葬場に向かいます。 霊柩車にも、日本語で父の名前を書いてくれていました。 ちなみに、このお名前に覚えのあるかたは、ぜひ息子のわたしまでご一報を(笑)。 この辺で、父との対面も果たし、父急死が現実的なものになり、ようやく落ち着いてきました。

火葬場へ移動するところ。 われわれは大使館のワゴン車であとをついていく。 が!地元民がわらわらとみんなついていくではないか! なんかすごい人だぞ!

みんな自分のバイクとかでついていって、町の中はすごい渋滞に! 霊柩車についているスピーカーで、街中になにかアナウンスしているので、どんどん人が集まってくる! 「葬式やってますよー」「日本からきたガイジンさんの葬式ですよー」的なアナウンスだろうか。

途中で、町にあるお寺にはすべて寄り、霊柩車を前につけて、車を前後させる儀式を行っていた。 その間も、スピーカーで何かしゃべっていた。 どうやらお寺のご本尊への報告とお経のような感じ。 なるほどー、パゴタはこのような役割もあるのだな、ただの観光用じゃないんだー(当たり前ですが)。

火葬場のある地域へ到着。 棺をみんなで担いで移動します。 やべー!すごい人だ~。 ほとんど町中の人が集合しているような感じになってます。

ぞろぞろ歩いていく。 火葬場のある地域は、やはりあまり裕福ではない地域にあるらしく、貧民街のような感じで、生活観あふるる人々が大勢いました。

火葬場に到着。 さすがに、人が多すぎて、葬式をしきっている現地の人が「こらー見せもんじゃねーぞ!散れ、散れぇ~~!」みたいなことを言って、みんな追い返されていました(笑) 静かな町で、珍しいことが起きたから、みんな興味津々だったんだろうな~。 しぶしぶ、みんな引き上げていきます。

で、火葬。 っていうか、ビルマは火葬なんですね。 聞くと、土葬もあるらしいが、衛生上あまりよくないらしい。ちなみに、お墓という概念はあまりないらしく、焼いたら骨はそのへんに撒いて大地に返すのが普通らしい。 (聞いた話なので違うかも) 火葬場の内部写真は割愛いたします。

で、焼けるまで近くの待合所で待機。 ところで、ここまでの葬儀ですが、実は、地元のボランティアの人が仕切ってくれていました。 ここで、初めて紹介をされました。 NPO法人のような団体で、現地の貧しい人など、今でもいわゆる「野垂れ死に」する人がいるので、その人のためにお葬式をあげてあげるボランティア団体とのこと。 まさにうちの父のためにあるような組織で、そのような組織があること自体に驚きでしたが、本当に助かりました。 さすがに、異国の地で自前で葬式あげるとなると、大変ですからね~。すべて段取りしていただきました。 しかも、ボランティア団体なので、費用は無料です!

ボランティアの人と記念撮影。 みなさん、本当に親切にしてくださいました。 やっぱり、同じ仏教徒なので、アジアのお葬式は落ち着きますね。 名もなき旅行者のために、無償でお葬式をしてくださいました。 日本でやったら、余裕で百万円単位。 ただ、棺だけでも7万チャットくらいしたとのことで、その話を聞いて、父の持っていたチャットをすべて寄付することにした。日本円で5千円程度でしたが、謹んで受け取っていただきました。 みなさんも、お葬式はぜひミャンマーで。

さーて、そろそろ焼けたかな? なんか薪とかで焼いているようだったので、どきどきしましたが、日本の火葬とほぼ同じ状態できれいに焼きあがりました。 (見慣れていない方、不適切な写真で申し訳ありません) ミャンマーでは焼いた跡に、ココナツの汁をかけると、骨が白くなってきれいになるとのことで、さっそくやっていただきました。 左のおっちゃんが焼き場の人。ココナツ汁をかけているのがボランティア団体の代表の人です。

焼き場の写真。

焼き場の写真。 すっかり、野次馬もいなくなって、静かになりました。 遺骨を箸でひろって、骨壷に入れる(写真は割愛します)。 先述通り、遺骨を拾う習慣がないので、大使館の人がヤンゴンの中華街で茶壷を購入し、用意してくれていましたので、その中に骨を収めました。 骨を拾うのは自分のじーちゃんばーちゃんの葬式以来ですが、まさかミャンマーの地で骨を拾うことになるとは。。 一生に一度の体験ですね。 (二度もあったら困る!)

遺骨を入れた茶壷は、これまた大使館の人が作ってくれたお手製の木箱に入れられて、先ほどの焼き場待機室に保管されることに。 これからホテルに向かうのですが、敬虔な仏教徒の多いこの国では、やはり遺骨などを家の中に持ち込むのはタブーだそうです。 (ちなみに、帰りにバンコクに寄ったときも、義兄の家に遺骨を持ってはいるのはだめだとタイ人の姑に断られた) 骨は一晩ここに置いて、ホテルに向かうことに。 誰かが番をしてくれるとのことでしたが、さすがに、寂しいです。

これは焼き場のスケジュール表です。

霊柩車についているスピーカー。 このスピーカーのせいで、野次馬がいっぱい集まってきたのだー。 でも、あとで聞くと、お葬式は大勢の人が集まれば集まるほど、その人の生前の徳が高かったことを表すらしいです。 また、うちの父の葬式代として、町の一番のお金持ちが功徳のために多額の寄付をしていたとのこと。 こういう喜捨の精神がやはりあるのだなぁ~。 エセ仏教国の日本との違いを感じました。

すっかり、夜も更けてきました。 それでは、ホテルに向かいます。 長い一日だった・・・。

ホテルは大使館の人がとってくれていましたが、この町で一番豪華なホテル、「ミンガラー・ガーデン・リゾート」でした。 ホテルで大使館の人と一緒に夕食を食べて(ホテル内に人工池があり、そのほとりに屋外レストランがある)、コテージタイプの部屋で就寝。 さすがにホテルは自腹。 ツインルーム・トイレ・ホットシャワーつきで、たしか40~50米ドルでした。

ミャンマー2日目。 泊まっているミンガラーガーデンリゾートで朝を迎える。 人工池があって、朝もやが気持ちいい! 池のほとりで朝食をいただきます(普通のコンチネンタルブレックファスト)。 通訳の女性のミャンマー人が、楽しそうに池の魚にえさをあげていたのが印象的です。

朝食をとってチェックアウト。 今日の予定は、父の泊まっていたゲストハウスによってから、首都ヤンゴンに戻ります。 エーヤワディ川沿いにある、父の泊まっていたゲストハウス「ストランドホテル」へ車で向かいます。

ホテルの入り口。 左手がエーヤワディ川。 ちなみに、ヤンゴンにもストランドホテルという名前の高級ホテルがありますが、こちらは低~中級の経済的な宿といった感じ。 まわりも交通量も少なく、のんびりしています。

ホテルのエントランス。 ホテルの人と記念写真。 1月の終わりだったから、旧正月前ですね。 HappyNewYearの飾りがあるところを見ると、中華系の宿なのかな? それとも、ミャンマーでも普通に旧正月をお祝いするのだろうか?

ピィ・ストランド・ホテル。 庭も広くて、こぎれいな感じです。

ホテル概観。 窓側の部屋は、リバービューで眺めがよさそう。

ホテルのフロントで宿帳を確認。 たしかに父が泊まっていました。 部屋も見せてもらいましたが、警察が現場保全のため、そのままになっていました。 父はまだ宿代を払っていなかったので、今日までの分の宿代(10日分ほど)をまとめてドルで払いました。 保全していた分はいらないと言っていましたが、そういうわけにも行かないので、きっちりご迷惑にならないように清算。 1泊10ドル。

ホテルをあとにし、ボランティアの人が、町のお寺を案内してくれるとのことで、つれていってもらうことに。

町の中心地にある、シュエサンドーパゴダへ。 やや高台にある、黄金のパゴダ。 エレベーターがあって、それで上ってお寺の中へ。

さっそくお参り。 誕生日(正確に言うと、誕生した日の曜日)によって、自分の守り神が違うらしい。 八曜日の祭壇があるので、自分の神様をみつけて、それぞれお参りをします。

自分の曜日はなにか忘れてしまったが・・・現地の人は、ちゃんと自分の生まれた曜日を知っているそうです。

見よう見まねでおまいり。 でも、慣れてないので、結局日本風にやりました。 この後、ボランティアの医療施設を見学し(少し寄付してきた)、昼前にはピィを発ちます。 一路、ヤンゴンへ。

行きと同じく、大使館のワゴン車でヤンゴンまで約6時間ほどの旅。 ピィ滞在は20時間ほどでしたが、本当にあわただしかった。 途中の休憩所で、大根がいっぱい売っていた。 通訳の女性がここぞとばかりに大根をたくさんかって、大使館の車に積み込んでいたww

ランチタイム。 またも、何もない田舎のど真ん中の、1件のレストランで。

チャーハンと焼きそば。 中華系のレストランでした。 味は、まあまあ。値段は激安。

無事に葬儀もおわり、だんだんくつろいだ雰囲気で、テンションがあがってくる兄弟2人。 ミャンマーは予想以上に、いいところだなぁ~。

3時ごろにはヤンゴン市内へ到着。 途中で大使館の領事のSさんの家に寄り、夜にパーティーがあるとのことで、身支度をされてました。 ちなみに、領事の家は超高級住宅街にあって、お手伝いさんも3人くらいいた。住宅地共有ですが、プールやテニスコートもあった。 辺境のミャンマーという国とはいえ、やはりエリート外交官なのだな~。 税金の無駄遣いじゃないか~!と思ったが、Sさんは本当にいい人だったのでまあ、許す(笑)。 写真はインヤー湖。 ちょっとディズニーランドのアトラクションみたいな雰囲気だ。

大使館の人が用意してくれていた宿(ホテル・ニッコー・ロイヤル・レイク・ホテル、日航ホテル)にチェックインし、大使館の人と別れる。 ミャンマーには1週間いないといけないと思ったので、チケットを買っていたのだが、もう用事が済んでしまったので(なんと1日で!)、予定を早めて早めにバンコクまでは戻ることにする。 FIXのチケットだったので、片道分を捨てて、新たに買いなおしました。大使館の人が日本人がやっている旅行代理店を紹介してくれました。 あさっての便でバンコクに向かいます。 そんなこんなで、夜になり、スーレーパゴダにやってきました。

スーレーパゴダ近くの安宿の相場をいろいろ調べて、近くのレストランで晩飯。 「オキナワ」という名前の中華レストラン。 チャーハンとスープ。けっこうおいしかった上に、ボリュームも満点。 沖縄とはあまり関係なさそうです。 帰りに、「東京ゲストハウス」という名前の宿を見つけ(父も泊まっていたようだ)、明日はここに泊まろうかと物色。 タクシーで日航ホテルまで戻ります。 途中、タクシーの運ちゃんに、ビールを売ってるところに寄ってほしいといったら、なぜかディスコに連れて行かれたw で、そこでミャンマービールを購入し(ウェイターが瓶ごと売ってくれた)、ホテルに持ち帰る。

今日はこちらのホテルで宿泊。 日系だけあって、やはり豪華です。 ツインでたしか55ドル前後でした。 一人3000円くらい。やっぱり安いのか?! うーん、まだ金銭感覚がよくわからない。 ひとまず、今日は親父の遺骨はこっそり持ち込んで(言うといろいろうるさそうなので)、さっき買ったビールでとりあえず乾杯。 明日はヤンゴン観光をして、あさってにはバンコクに戻ります。

ラウンジ出入口。 8MとTGのアテンダントの立て看板が微笑んでくれます。 写真取るものいたるところに警察官と軍人が立っているので 気を使います。 この国は、監視カメラのコストより人件費の方が安いらしいです・・・

受付にはオバちゃんスタッフがひとり。 ミャンマーの人って愛想良いんです。 大阪のオバちゃんに近い雰囲気かなぁ。

長方形のスペース。 中国東方航空より狭いです。 それでも磨りガラスで囲まれて採光性はバツグン。 窮屈さは感じません。

備品も結構きれいなものを使ってました。 (空港が新しいのに失礼ですね)

無料で使えるPCが2台。 ここだけの話。 サーバーチェックがあってメールが送れないはずなのに ここのPCからメールを送信することが出来ました。 いいのか?お役所w

食事は、割と充実。 ホットミールは、カップ麺か・な・・?

菓子パンにチョコレート菓子。

惣菜パンがホットケースに入ってます。

クラッカーにチーズサンド。

バナナとオレンジもございます。

ドリンクは種類が少ないです。 ビール2種とコーラ・スプライト。 水に果汁ジュース。

朝飯抜きだったのでパンとスプライトでカロリー補給ですw

考えてみたら「ミャンマービール」とも、もうお目にかかる機会は 余りない訳で朝からプシュりと一本。 美味しいですよ、ミャンマービール。

搭乗時間を確認しつつTVを眺めていたら

トイレに行きたくなりました。

完全個室のトイレです。 何とタイ式のホースのウォシュレットが配備されてます。 未だに怖くて(自分は)出来ないシロモノです。 ミャンマーに来て初めて見るのはココとは・・・

洗面スペースもキレイキレイ。

紙ナプキンで手を拭き乾燥機で乾かして 搭乗準備です。

バンコクからはミャンマー国際航空でヤンゴンへ

しかし止まっている機体はジェットスターアジア コードシェアになっているみたい。乗務員はミャンマー側でコントロールされている様です。 で、機材はジェットスターアジア提供。

ということで、お申し訳程度に座席シートに紙カバーが そこみMAIの文字が…

機内食 しょぼいです   ここにもMAIが・・

乗務員もミャンマー側の提供です。

午後についたのでまだ明るく、かる~く市内観光 相変わらずの街並み

道端には沢山の露店が・・

果物屋さん

チェーン風の店。ダンキンドーナッツみたいに見えるが、店名は「TOKYOドーナッツ」 う~ん知らん。 そもそも外資のチェーンはミャンマーにはほとんどないのよねん マックもケンタもないんだな。

ミャンマーには日本の古い車が沢山走っています。 ハンドルはそのままで扉を反対側が開く様にして使っています。 表示は日本のままなので、日本の様々な地域のバスが走っています。東急の横に富士急行がはしって西武バスが横に止まっている・・そんな感じです。

実はバスだけでなくタクシーもそんな感じ 日本のタクシーそのままで走っています。 カラーが4社のカラーなんてのもあります。 ※4社とはKM・大和・日交・帝都という東京で有名なタクシー会社 同じカラー同じチケットが使えます 思わずチケットが使えそうです・・

ホテルの窓からみたヤンゴン市内  相変わらず高い建物はありません。

シェダゴンパゴダ 現在、主塔が改修中なので竹で作った工事用の足場が主塔を覆っています

工事は金箔の張り替えなどを行います このため寄進を募っています。

寄進の窓口。 左に見える籠がロープで主塔の上部の工事現場とつながっています

籠ってのがこれ 中に寄進する金箔を入れられる様になっています。 ある程度たまるとケーブルカーの様に上にあげるのです

籠の中に金箔を納めるBOXがあります・・

スイッチオン!

このせり出した台みたいなとこまでこの籠が登っていき、その金箔が塔にはられるのです

おじさんが引っ張っているひもは仏像の上のカーテンの様な幕につながっています 引っ張ると幕が動いて扇風機の様に仏様をあおぐ仕組みになっています。 神社の鐘とは違いますが、引っ張ってからお祈りします。涼しくなる様に=(だから?)願を聞いてね というわけです・・

これは寝仏 仏さんより壁の文字に注目・・

寄進すると名前が載せられたりします まあこういうのはまだいいんですが。 文面や言語は自由にできるみたいで「○○ちゃん愛してるよ」とかそんなわけわからんメッセージが日本語でそのまま載ってたりして・・ ちょっとどうかと思いますな。

う~ん・・ 仏像の納められている建物の壁ですぞ

ビリヤニの店 なかなかうまい

飲み物も沢山種類があります。  この店は結構流行ってました。 店主も気が利くし。なかなかです。

電車(環状線)に乗ってみることに  一周回るとえらい時間がかかるので、車を数駅先に先回りさせ電車にのることに 路盤が大変悪く、20キロ程度のスピードしか出せない(出ない?) 遅いのにえらい揺れる。

ドアは当然ですが自動ドアではありません。 電化されておらず架線もありません。

これが環状線と駅名を書いたものです。全くわからん・・

チケットはここで買う様です。(着いた駅なのでここで購入はしていません)

ヤンゴン市内はこの車で移動しました とっても快適でした。

夜は海鮮料理の店へ・・ ミャンマーはエビの養殖も盛んだそうで、立派なブラックタイガーが量り売りされていました。

水槽の中の生きた魚も選べます 真中は非常に大きなシャコです。

こんな風に料理されます・・・(半分くらい食べちゃったあとだが)

魚をまるごと一匹、中華スタイルにして食べました 値段は安いですよ。ミャンマーですし かの地では高級なお店なのですが、かなりがっつり色々たべて酒飲んでも全部で1万円しませんでした。(ガイド入れて5名)

ヤンゴンに2泊(実質1日半) 明日は朝早くでてパガンへ向かいます。