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フィリピン(フイリピン)ってどんな国?

フィリピン共和国(フィリピンきょうわこく)は、東南アジアの島国。首都はマニラ。フィリピンの東にはフィリピン海が、西には南シナ海が南にはセレベス海が広がる。日本とは、フィリピン海上で国境を接する。公用語はタガログ語(国語)、英語。

フィリピン(フイリピン)の地図

フィリピン(フイリピン)のブログ旅行記

還暦からの青春旅行記(2) - フィリピン紀行 - トラベーる

セブ島、ボホール島、パラワン島、に行ってきました。観光資源としては、目だったものが 無いところでしたが、7日間のたびは、まさにグルメツアー。いっぱい珍しい果物があるの に、糖尿病なので、お味見だけしか出来なかったのは、残念でした。

南の島からクエスチョン!|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

南洋のカトリック国といえば、フィリピンしか思い浮かびませんが。 セブ島ではなさそうな 気がするので、ボホール島に一票を。 なほ子さんの ... う~ん、フィリッピンのマクタン島 ~・・・? え?幕担当じゃないです(笑)。 namitaka 2006-05-24 16:31:08 [コメントを ...

フィリピン(フイリピン)の写真・旅行記

 セントレアからマニラ セブパシフィックで往復15,000円(燃油込)で行けるっ てんで行くことにしたマニラ。特に行きたい観光地も無いが。。確かCNNか?BBCか?フィリピンでは、経済政策がうまくいかずに地方からマニラに仕事を求めて来る低所得者層が大量になだれこみ、スラム街が形成されているが、それでも住居が足りず、お墓に住んでいる人たちもいるというニュースを1,2年前に見た。 戦後の闇市的な場所を好むオッペケペンネとしては、行って確認してみたい。 怖いモノみたさや、面白半分で見に行けるようなところではないが行ってみたい。 オッペケペンネは、根っからの貧乏症で、幼少の頃も決して裕福ではなく、衛生状況も悪い居住環境で貧祖な生活を送って生きてきた。(だから バックパッカー的旅行を好む) まー お墓に住んでいるほどではなかったし レベルは全く異なるものなのだろう。   しかし その生活には、現代生活にはない充実したモノもあった。  30歳くらい(家庭を持って、そこそこ稼げるようになった頃)頃から、昔のあの生活で得ていたモノを確認することを旅の目的とするようになった。 海外でも、言葉は通じないものの 貧乏でも満たされる何かを感じることができることに気づき、ここ マニラでも確認してみたいと思い 決行した。 普通の人は、行かないほうが無難。しかし 見てみたい人や貧困問題について真剣に取り組みたければ  ソルトパヤタスという団体が実施している ゴミ山の周辺で生活している人たちの寄付代金込みのツアーに参加することをお勧めする。 こちらの方が安全で、現地ツアーコンダクターから実情を確認できる。 オッペケペンネも問い合わせをして、参加しようと思ったが 参加人数により価格が変動し最低でも8000円以上となるため 私のような貧乏にはムリ!! だって片道7500円で行けるからって 決めた旅行地だもんっ!! 犯罪にあったりして、高い代償を払うより確実にイイとは思うけど。。貧乏人(貧乏症)は、そこを削らねば生きてけない。そんな リスクのテイク&テイクを続けてゆかなければいけないのだ。(馬鹿は死ぬまで直らない) とういことで モニュメント駅周辺 と ナボタス墓地の状況を ご報告する旅行記です。

LRT1:モニュメントという一番北の駅からスタート! グーグルアースで目的地を航空写真で確認して、それっぽい ところがあることまでわかったが、 そこまでの交通手段は 不明のまま とりあえず マニラに着いた。 マニラは、バス、ジプニー(乗会いバス)が発展していて かなりの頻度で行き来していることから これを使わない手はない。 土地勘のある地元民にはわかるが 2泊4日(1泊空港)で来ている 人間には、難しいところがある。 だが、一応サラリーマンバックパッカーとして旅してきいている オッペケペンネ。 とりあえず 目的地に 直線で大きな国道でつながっている所 まで 行って 目的地方面に向かう側の道路で乗り物に乗る作戦。 その場所に一番行きやすいかったのが”モニュメント”というところだ。 モニュメント駅周辺は かなり人ごみが激しく とりあえず 北側の国道まで出ると 十字路にモニュメントが見えてくる。

国道を西に歩いて いけるところまで行こう ジプニーを見ていると なんと ナボタス行きと書いてあるのが あるではないか!! やっぱ 勘は当たった こいつに乗ろう! (ちゃんと 調べりゃいい事なんですがね) 初ジプニーだから 緊張すんなぁ。 現地人の乗り方を見て 2,3回見送りした後  渋滞で動けなくなったジプにーに飛び乗る。 ガイドブックには、1人で乗るな!とか スリに注意しろ! とか いっぱい書いてあるが。。 そんな危ないとは感じない。

ジプ二ー内では、地図と風景を見比べて ちゃんと目的地へ 向かっているか集中しながら風景を見ながら行く。  窓が無く 窓全開状態で とっても排気ガス臭い。 現代日本では、排気ガス規制等あって こんなに臭わないが 小学生時代(30年前)は、確かこんなだったような気がする。 途中、かなりのバラック街があり オッペケペンネ的には 興奮したのだが、写真を撮る余裕なし。 橋を2,3個越えてナボタス地区、その辺からは歩いたほうが 良いと判断して 飛び降りる。

墓地までは、2キロくらいある所で降りたようだ。 てくてく歩く。歩くのは嫌いではない。 おぉ。 電話工事屋さんだ。 オッペケペンネは 電話工事の バイトをしていたことがあるので すぐ電話とわかる。 日本ならヘルメットしないと怒られるし、労働安全衛生法とか いろいろ面倒ですが。。 そんなの本当に関係ね~。 墓地で生活をしている人々も、警察にワイロを渡すと 電話線や電気を引くことができるという記事も見たことがあり この作業員さんも依頼を受ければ やっているのだろう。

ナボタス墓地到着!! ここまで歩いてきたが、スラム街、バラック街という感じは無く。 そこそこ質の良い家(一応ブロック塀があったりする)があるし 子供が活き活きと道で遊んでいたので 治安的には問題なし。 本当に 墓地で生活している人なんているのか?? 当時のTV番組では、墓石の廻りにひしめき合っていたが。。 電柱の上にある バケツのようなのは変圧器で その脇に見えるのが 電力メーター群のようです。 その電線は 墓地の奥地へと続きます。

恐る恐る ゲートを潜る。 管理人さん風の人が居たけど 声をかけられないように、メモ書きを見ながら視線が合わない ように。 墓探しに来た風にして突破した。 明らかに日本人が来る場所ではないが。。。 確かにお墓がいっぱいあるが、墓参り風の人はいない。 車も通行しているし、 下水臭が漂い生活感がある。

フィリピンのお墓は こんな感じのが多くあった。 石造りの棺おけっぽい。 マークがいろいろあって 不謹慎かもしれないが 見ていて飽きない。 この彫り物をして生計を立てる人も 墓に住んでいるという記事を見たが 入口ゲートに居た人たち なのかもしれない。 全般的に 人の気配は少なく 私が当時みたTV番組の状況とは 異なる場所のよう。 

ちょっと中央道路から脇道に入ると 豪華な墓というか 建物、霊廟っぽいものもある。 こいうゆうスタイルの墓に住んでいる人の記事があったが 今ここには居ない様子。。。 しかしながら、この周辺には、人が生活してたような 生活ゴミがたくさん放置されており、ものすごい数のハエ、蚊 の群れが沸いて出てきている。。。(自分史上最多) 臭いもキツイ。 確かに立派で 住んでもよさそう作りではある。

配置が 不規則で 無秩序のように見えるが。。 もしかしたら 親族が上に乗っているのかもしれない。 区画という概念が無いかのように一見乱雑に配置されているように も見える。このサイズ、形からして 火葬して骨壷が入っている わけではなさそう。。。 あ"ッ! マリアさんか。。 ちょっと びっくりする。

こちらは、お墓の配置は整列されていますが 乱雑な状況ですね。一番最下層は土に埋まっている感もある。。 日本と異なりますね~。墓参りというのはあるそうなのですが 無縁仏なのかなぁ。

そして さらに奥へ奥へ だぁー 子供があそんでるぅ~。 バスケかよぉ しっかり ゴールリングが据付られてるし。 それ アカンやろ! それって お墓ですよね?? 上に座ってる子 そこもお墓でしょ? と思いつつ オッペケペンネも写真撮ったりしているのは あまり ヨロシイ事ではない。 わざわざ異国から来て。。 しかし パ写ったら 偶然スゴイ ショットが撮れちゃいました。 お墓で こんなに躍動感ある写真が撮れると思いませんでした。。。 非日常体験ですね。 電線は 更に奥へ続いている。

その先には、居住エリアのような建物が見えてきた。 トラックもあり 港湾労働者風の若者(10代後半)がたむろ しているではないか。。。 こっから先は、ちょっと 写真を撮るのはマズイ雰囲気 プライバシーもあるだろうし オッペケペンネの身の危険も 少し気になってくる雰囲気です。 ちょっと影から写真を撮っているのがわかりますでしょうか? おそらく本丸だろう。 そうこうしていると  物乞いのおっさんが寄ってきて なんかクレクレ っと アピールして来る。。 ここへは、最小限の小銭とIPHONEしか持ってきていない のであげるものも無い。   いい写真も撮れたことからもう帰ることにする。 

当時見た TVのような生活をしている人々を ガッツり確認することはできなかったが その形跡を見ることが できたので良しとする。 帰り道も混沌とした風景が続く。 下をフッとみると敷き石が 欠けて穴が開いているところ在り 危ないなぁ~っと覗くと 下水道の側溝蓋のようになっていて 中には、スイカ半切の食い残しがプカプカ浮いていた。。

バス停まで 来た道を テクテク歩いている途中。 脇道から長~い車体の車が出てきたので なんか珍しいモンだから 撮影しようと 盗られないようにしまったiphoneをカバンから 急いで取り出して パ写った。 長い車体を横から撮影したかったのに、タイミング遅れて 背面撮影になってしまって 驚き!! 霊柩車じゃん! この後も 遺族関係の車がワゴン4台くらい 立て続けに出てきて あの墓地方面へ消えていった。 雨も降った後で、カバンに入れていたから なんかレンズに変なものが付いていたのか?バックミラーの反射 か? 奇妙なモノが写り込んじゃった。

帰りも ジプ二ーを捕まえることができ 快調に帰路へ。 くる途中に、気になったバラック街も撮影。 墓周辺よりも、もっとトタン屋根が ひしめくエリアがあった 地名もわからない ガイドブックにも載らない  こういったエリアを旅するのが 好き。

ジプ二ーで モニュメントまで一直線の道 途中渋滞で かなり速度が遅くなり、見知らぬ、名も知らない土地をじっくり 見ることがきる。 すると オッペケペンネが そそられる路地が目に飛び込んで 来きたので 途中下車!! こんな路地が沢山あって たまらない! オッペケペンネが小学校低学年時代、昭和の路地を彷彿させる。 当時、東京でも町内会の学年の違う、通っている学校もちがう 子供同士でも良く遊んでいた。 芋の煮っ転がしの臭いまでは 漂ってこないが きっと フィリピンの母さん料理の臭いなどがあるのだろう。

こんな路地があると 吸い込まれるように 引き寄せられてしまうが 写真データ満載のiphoneを無事ホテルまで帰還させる任務 があるので ここはあきらめる。 モニュメント駅まで トボトボと徒歩る。

モニュメント駅近くには、ちょっとしたバスターミナルがあり 郊外からやってきた人が、バスを降りてすぐの場所で路上販売 している風景をみることができる。 とても しょーもないモノも多くあり  不要になった家財道具などフリーマーケット的な品揃えの店もある。 ほとんどが 主婦で子連れ お乳を与えながら客を待つ姿もあり 戦後の闇市的要素が含まれるため、オッペケペンネ的には とても惹かれてしまう。

そんな路上販売風景を 歩行渋滞 がてら見ていると   ピーポーピーポーだったか? パトカーのサイレンが 遠くでなったと同時に 今まで のんびり まったり 営業をしていた おばちゃん群が一斉にわさわさ。

あっという間に、店をタタミんで歩行者に早変わり!! オレンジの荷物は、四つ角を持たれているのがわかりますか? もともとは、商品をおっぴろげていた風呂敷き状のモノで 警察の取締りがあると一瞬で片付けて 押収されないように 何事もなかったかのように歩いていくんですよ。 これは 変なストリートパフォーマンスを見るより 価値在りです!! ブラボー

キアポ教会から南にあるキンタマーケット裏からスタートです。 (ここまでは、マニラ ジャンキースポット巡り①を見てね) マーケットの裏側から橋の上に上れる階段エリアですが 生活臭満点で とってもジャンキー。  オッペケペンネ的に求めているところです。 こっから北側へ向かって 電気街を目指しまっせ~。

高架下にも店がいっぱいです。 日本の高架下もゴチャゴチャしていて大好きな場所(御徒町、アメ横等) ですがマニラの高架下もいい感じですね。 あの闇の奥には、何があるのか そそられますが 時間も無いので ガマンして先を急ぎます。

キアポ教会の東にある裏通りまで来たところ。 一見、ボロボロの建物ですが、2階エリアをみると 西洋風の凝った細工があり、骨董・歴史的価値もありそう。 新築時は、きっと 庶民が住めるような所ではなかった はずですが。。 1階は、トタン波板が張られていたり 生活臭がプンプン 漂う庶民的な佇まい。 このギャップがたまらない。 屋根に穴が開いて 空が見えるのも ある意味 風流だ。 上海イギリス租界でも こんなん あったなぁ。

下を見れば なんと コッコさん(鶏)が1匹歩いている!! まだ、チっこい 小振りなコッコさんですので歩いていられる のでしょうね。 もう少し太ったら 現地人の貴重なたんぱく質となるのでしょう。 今では トタン(亜鉛めっき鋼板)やビニールなど チープで小汚い感じの佇まいに見えますが この建物作られた 植民地時代(おそらく16世~19世紀でしょう←アバウト過ぎやろ) には そんなモノは無く貴重なモノだったと考えると不思議な感じ 現代で融合されて カオスな感じ。。 カオス・混沌大好きです。  

混沌とした状況が目に焼き付いた状態で キアポ教会を見ると やっぱり 清らかで 助けられたような気分に なるのが スゴイなぁ。って思う。 こんな感覚は、日本では なかなか味わえないだろう。 来てよかったとおもふ。 マニラのショッピング街を別行動で旅したオッペケ嫁に その時の情景を熱く伝えたら  ”馬鹿じゃないの” の一言で 片付けられる。。。 結婚8年目くらいですから そんなもんです。

さらに北上すると 屋台街が現れる。 店主が居ないので がっつり写真を撮らせていただいた。 (交渉するのが面倒だし) こんな簡易式販売所が道の両側を埋め尽くすのだが この販売所は、道のセンターに位置する。。。 なんでもありだなぁ。

さっきの店の裏は 工事中で 穴っぽこが開いてる!! 日本ならバリケードなどがあり 転落防止措置がなされるが そんなに、労働者や歩行者に甘くない国の様子。 日本だって昔、東京オリンピックの建設ラッシュ時には こんなだったろうと想像するが 現代はなかなか見られない。 だから こんなん見れてうれしい。 そして あの店は ここを間違えて 通らないように 道の真ん中に陣取っていた可能性も否定できない。 (道が通れないなら 商売するスペースになるじゃんと 勝手に 湧き出てきたのだろうが。。。)

なんとか脇道通って 北上する。 やっとこさ 電気街的な様相を呈してきた。 スピーカーのケース(コーンなし)がいっぱい並んでる。 音響マニアは、ケース選び、スピーカーのコーン張りなどを 自らやって楽しんだりするのだが。。 雨の日に、ホワイトシートをかけただけで販売している この店は、安く製作するためのジャンクパーツ屋といった所 だろう。 イイ感じです。

さらに進むと 工場の電気制御盤等で使用される ジャンクパーツ屋が出てくる。 タイマーやリレー、スイッチング電源、シールテープ等など。 素人には、わからない世界でしょうが わかる人にはわかるんです。 しかしまー 古い型式の中古品で 誰が買うのだろうか?

次は、電子基板や電解コンデンサ、パソコンキーボード などのジャンクパーツ と イ イヌ?? おまえさんは、売られているのか 番犬なのか? いやいや 客引きのマスコット的な 看板犬でしょうな。 カオスっす。。。

お隣の店は。。。 パソコンの中身ぶちまけ系ショップですね。 ハードディスクやATX電源、カバーが外されてマザーボード も丸見えです。 しかも 雨が降っていた 屋外販売。。。 いいですね~。 昔の秋葉原もこんな感じでパーツ売りをして いましたが 屋外ではなかったし パソコンが出始めた頃には 既に、闇市的要素が薄れていた時代となっていたため  ここまでオープンソース(ちょっと意味が違いますが)では なかったですね。 経済成長していなければ 日本でもこんな風景がみれたのかも しれないです。 とっても きちょーな感じっす。

そんで ちょっと行った 十字路では。。。 子供が泡ぶくで洗浄されている風景が目に飛び込んできます。 路上洗浄ですよ。 特に周りの人も気にしてませんし 日常茶飯風呂時ってことですかね。 戦後の闇市的というか なんでもあり感がたまりません。 来てよかったフィリピンまで。 上海では 路上うんちっち をさせる親子を見たし 洗浄は インドでも普通だし。。

そして、まだまだ マニアックに細かく店紹介。 今度は、原動機屋さんでしょうな。車のエンジンがズラリ 日本では、エンジンの乗せ換えなんか 整備場に依頼しても 中古車のイイのを買ったほうがマシですよ と言われる ほど工賃が高くつくのですが フィリピンではやっちゃいます! やっぱり、どこか間違っているような気もするのですよ。 資本主義経済を維持するために、次から次へとモノを捨てて 新しい物を買う世の中は。。 でも 発展途上国ではバスが炎上しているシーンを良く見かけ たりもするので… 一概にイイとはいえませんがね

機械油、エンジンオイルの滴る店の脇道・路地から 初老のおばぁちゃんが 両手にバケツもって出てきました。 行商で お魚訪問販売です。  このバケツもまたオープンな感じ~ 何も 下水側溝付近で販売しなくてもいいでしょうが。。

どんどん北上して レクト駅付近に近づいて来ました。 ジャンキーショップは減り、駅前商業施設や屋台が増えてきます。 小学高学年か中学生くらいの子も ここでは店を切り盛り している。(インドでは、もっと小さい子がやってたりする) ちょっと観察していると、成人男性にタバコを売っていました。 しかも、1本売りです!! 日本の戦後の闇市的な営みを垣間見れて とても 大満足!! 昔、父親と秋葉原駅前の公園で休んでいたところに、 父がタバコを吸っていると、拾ったタバコをもってきた 無宿人風の人が 火くれ と言ってきて 親父は自分の 吸っているタバコを思いっきり吸って火を立てて相手の タバコに火を移していた光景を思い出しました。 そんな時代感ですな。

駅前にある 巨大デパートが登場! ISETANN と Nが一個なければ 日本の伊勢丹とカブル ところですね。 地元女子高生などが たむろする場所って感じで 大き目のイオンと似ているような場所でした。

しかーし イオンと異なるのは 入口ゲート前 エントランス(公道間近)で街頭テレビが設置されて ボクシングが放映されている。 その最前席に陣取る子供らです。周りは大人が20人くらい 取り巻いている状態で そこを邪魔くさそうに通行人が 交して行く。 混沌すぎるやろ。。  そして昭和初期にタイムスリップか??  家にみんなテレビあるだろうに。。 (カンボジアの奥地でもテレビだけはあったぞ)

店頭、実演販売なんかもある。。日本でも昔良くあったけど テレホンショッピングが主流なった現代では 見かける数は減った。 シンガポールでも10年くらい前に見た記憶があり いろんな国で 一般庶民にウケるモノなんですな。 

そして やっぱり あったバラック街!!  トタンがイイ感じに張られて 錆びている。 雨の日は、音がうるさいが 雨風しのげれば それでよろし こんなエリアが、商業施設のすぐそばにある。 なんば、でんでんタウン、通天閣の近くに、ドヤ街があるように。

レクト駅から バス停を撮影。 公共交通期間は、電車・バス共にひどく混み 長蛇の列が よくできていた。 大量の人々が明日の幸福を求めて 生活をしており活気のある沸騰都市マニラって感じでした。

ハイアットシティオブドリームスマニラ 晴れ男の私は、どこに行っても天気を連れてくる (って、今乾季じゃろーがー)

ハイアットシティオブドリームスマニラ プールサイド これからまた寒いヨーロッパなので、最後にまたここで真っ黒くろすけになるの巻

ハイアットシティオブドリームスマニラ プールサイド ついこないだロンドンにいた私はガーキンを思い出す

ハイアットシティオブドリームスマニラ ハイアットのプールサイド 私の部屋からの眺め

シティオブドリームスマニラ 私の部屋からの眺め 共通の美しい中庭 ノブのプールが見える 正にこれは洗練された新しいマニラの場所である

シティオブドリームスマニラ

ハイアットシティオブドリームスマニラ VIPラウンジ

ハイアットシティオブドリームスマニラ 広々とした部屋

ハイアットシティオブドリームスマニラ バス

ハイアットシティオブドリームスマニラ バス ダブルベイジン

ハイアットシティオブドリームスマニラ アメニティ

ハイアットシティオブドリームスマニラ VIPラウンジ

ハイアットシティオブドリームスマニラ アメニティ

ハイアットシティオブドリームスマニラ 美しいターンダウン 毎晩ベッドサイドに、黄粉?ココナツ?風味の甘いおかし。 なかなか美味しかった

ハイアットシティオブドリームスマニラ

ハイアットシティオブドリームスマニラ

ハイアットシティオブドリームスマニラ VIPラウンジ ビールはサンミゲルの他にベルジアンのステラ アルゼンチンのレッドワインがとても美味しかった

ハイアットシティオブドリームスマニラ 1Fレストラン

ハイアットシティオブドリームスマニラ 1Fレストラン まず野菜、サーモンやハムステーキと食べた。 で隣が自分で作った3色盛り パッタイ、ガーリックライス、ナシゴレンで、真ん中にビーフステーキ あとソフトシェルクラブの巻物も結構おいしかった ジュースは全てその場で絞ってくれる。人参やオレンジ、スイカなど

ハイアットシティオブドリームスマニラ 1Fレストラン いつものエッグベネディクト エッグベネディクトなんて他の客はまず頼まないだろうから、今日もエッグベネディクトか?なんて聞かれて、ちょっと恥ずかしい。。。 でも作ってくれるだろうと試したらちゃんと作ってくれた。

ハイアットシティオブドリームスマニラ 1Fレストラン

ハイアットシティオブドリームスマニラ 1Fレストラン これこれ、これですよ~ なんというのか、いまだに知らないけど、、 リージェンシーのと違ってこっちはこっちで洗練された美味しさだった フィリピンの良い思い出

シティオブドリームスマニラ センタープレイでのショー

シティオブドリームスマニラ ノブ

シティオブドリームスマニラ ノブ 次回にトライしよう!今回は出来なかった

シティオブドリームスマニラ カジノからハイアット入口を望む

シティオブドリームスマニラ 私の部屋からの眺め 遠くにマニラベイ

シティオブドリームスマニラ カジノ

ハイアットシティオブドリームスマニラ VIPラウンジ 小さめだがライブキッチン ラーメンをよく作ってもらった グランドエラワンバンコクのグランドクラブを彷彿させました

ハイアットシティオブドリームスマニラ プールサイド 美しい美女についついみとれちゃった、、、の巻

ハイアットシティオブドリームスマニラ

シティオブドリームス シャトルバン

シティオブドリームス シャトルバス 車内 ターミナル2まで送ってもらった KLMはターミナル3なので、ぼろっちいマニラのシャトルに乗り換えた 20php 如何にシティオブドリームスのサービスがマニラにこれまで無かったものかがわかる

シティオブドリームス シャトルバス

KLMビジネスクラス マニラ?台北?アムステルダムの長旅の途中 スイーツを大好きなマルセルワンダースの食器でお楽しみ中!

KLMビジネスクラス マニラ?台北?アムステルダムの長旅の途中 CAさんとマルセルワンダースの話をしていると、私がえらく詳しいので私の事を同業の日本の芸術家と思ったらしい。笑 まあでも誰でも芸術家みたいなものですよね~ デルフトミニチュアを連番でくれた。KLMありがとー。 私はこだわり屋さんなので、KLMのこういう拘りやオランダの良い意味でのプライドは大好きです。私もそうだから、こういう我が道を行く人が大好きなのです。 「もうこれが精いっぱいなのです。だけどこれが我々の最大限のやり方なので、貴方に少しでもその我々の気持ちが届いたら、、、、」みたいな。 私はもちろんそれに、こちらも精一杯立ち向かい、それを精一杯汲み取ります。 そしてその各人の個性的な素晴らしさを、いつも理解し吸収したいのです。 そして自分自身も何歳になっても常に成長させてもらいたいのです。

ANdAZ Amsterdam/Prinsengracht から これからしばし大好きなマルセルワンダースの世界に浸ります

ANdAZ Amsterdam/Prinsengracht から これからしばし大好きなマルセルワンダースの世界に浸ります

ANdAZ Amsterdam/Prinsengracht アンダーズラージスイート 寝室から アムステルダム 運河と夕日

成田空港のフィリピン航空のチェックインカウンター

乗り込みます。しかし荷物の積み込みが終わらないとかで、この後1時間ほど出発できずにいた。

セブ空港に到着

セブは暑かったけど、空港で迎えの車を待つ場所に、クリスマスツリーが!12月に暑い国でもクリスマス!聞けば12月になるとすぐにお祭り気分だとか。

ホテルではサンタさんが。

ホテルのツリー

ホテルのレストランでほっと一息

二日目、ダイビングに出発。青い海、青い空

サーモンのグリル。だいぶ焦げている。ほかの1品は注文を間違えて持ってきた。もちろんこれは違う、と言って変えてもらったけど。

初めて水中カメラを自分で使った日。大物狙いではなくこんな感じで魚たちが遊んでいる様子を見ているとほっこりする。

名前はわからないけどこんな生き物も。

たこくらげ だったかな。

透明度はイマイチ

I?cebuのバルーン

バナナボートとパラセーリング

ビーチのクリスマス飾り

鯵の群れ

ヘコアユの群れ

ホワイトサンズのビーチ、1日目の夕日

同じくホワイトサンズのビーチ

二日目のダイビング。沈めた(漁礁になるように意図的に)セスナを観に。

ハナミノカサゴ

鮮やか色に目を奪われて何とか撮れた。

二日目のビーチの夕日。思った以上にきれいだった。

大勢の子供たちが来てくれた。  このリストは記念品になりそう。

停電の多い国だから 出生率があがる?  

次から次と よくこんなに多くの子供たちがいるものだ。

一度に来てくれると 助かるのだけどな。

お年玉? の クリスマスバージョン マヌポ。 20ぺそ(50円程度?) 彼らにとっては 金額ではなく 自らの足で平和的手段により稼いだ 収穫物。 親より支給されるお金よりは 多少は 価値があるのかも。

その収穫物を 家に帰り 誇らしげに友達に伝える。 

あたかも津波のごとく、

一波、二波、

次第に 波高が高まり、ドドドッと 押し寄せる。 戦い済んで 日が暮れかかって、

フィリピン航空で成田から4時間です。航空料金はシンガポールやタイに行くより高かった。

機内食も普通。しかも機内にテレビもなく短い飛行時間にもかかわらず退屈でした。

セブ、マクタン空港につくとホテルのシャトルバスに乗って到着、リビングルームにソファになるエキストラベッド 私はここで寝るが寝心地が悪かった。

マスターベッドは寝心地良し。

スウィートルームのアメニティはロクシタン

ウォルカムフルーツ

リビングの隣にメイドルームのベッドとシャワールーム、トイレがあります。 この部屋を利用すれば5人位泊まれそうです。

コーヒーマシンも有り

朝食は朝早かったのでクラブルームが開いてなかったので1階のアクアで

何故朝早いかというと スパの施設でヨガレッスンを受けるため、 シャングリラでは無料のプログラムがあってヨガやシュノーケル、ミニゴルフなど外へ遊びに行かなくてもホテル内で過ごせます。

ヨガの会場 予約不要

20人くらいの参加者がいましたが、全員日本人でした。

ホテルからセブのショッピングモール行きのバスも出ているが、一人150ペソ 合計450ペソになり、タクシーで行けば300ペソで済むのでタクシーでSMショッピングモールまで、チップ込みで250ペソ 行きはホテルからなので良心的でしたが、帰りのタクシー乗り場で配車係と思われる人にチップを強要されて20ペソ タクシー代はチップ込みで250ペソでしたが 途中で停車して立小便したりと柄が悪かった。 そういえば道路で立小便する姿をよく見たのでセブでは普通なのでしょう。

ホテルへ戻ってクラブルームでティタイム ワッフルと

スーパーに並んでいたバナナケチャップ 買ったけどまだ味見していないです。

プチケーキ

ホテルの庭園にはいろいろな彫刻が、

雨もあがったので、ホテル近くにあるマクタンシュラインへ行こうかと 従業員はここで持ち物検査を受けていました。宿泊客は必要ないかと思ったが一応バッグを見せました。

車でホテルに入る時 麻薬犬や係員のチェックを受けます。それ程この地は危ないのでしょうか、

セブの子供達

マクタンシュラインの銅像

セブへ行った人のブログにも紹介されていましたが、ホテルを出るとこの人が待ち構えていて話しかけてきました。特に案内を頼んだ訳でもないけど何となく付いて来てガイドをしてくれました。 あなたのこと知っているというと不思議な顔をしていました。

シュライン像近くにみやげ物店がならんでいます。

貝殻でできた飾り物

路地奥に進むとレストランがあって魚を選べます。

路地奥のみやげ物店は表通りより安いような、 かの男性が友達の店だと案内、サンダルを2足買うからと何とかおまけしてもらいました。

もう少しあるくと教会があるというので、ついていく。

地元民が行く協会

教会内

彼のおかげでジプニーに乗れたし我々だけでは行けなかった所を案内してもらったので、気持ちで良いという日本語を知っているのがおもしろかったが、150ペソあげました。中には気前の良い日本人客が1000ペソとかあげたりして、良い収入源となっているかも、

夜はクラブルームでアルコール飲み放題 おつまみ食べ放題で食事を済ます。

庭園でショーをやっていました。フィリピンなのにハワイアンショーでした。

大分歩いてホテルが遠くなったのでジプニーに乗る。

たこ焼きが好きだと言うホテルスタッフのアンちゃん フレンドリーです。

クラブルームには喫煙者にうれしいスモーキングルームもあります。

角部屋だったので、ベランダも広くデイベッドやソファもありますが外気は暑すぎて利用せず。

ホテルのプライベートビーチ

自然保護区になっているので、ここでシュノーケルを楽しめます。 韓国からの直行便があるので韓国人客が多い。

ビーチサイドでハロハロと

ステーキサンドイッチを食べる ホテル料金なので、お高いです。

シュノーケルツアーの後スパを予約してあり海を切り上げてスパへ向かう途中、ホテルのプールに入ってなかったのでとりあえずつかってみる。

子供用

ジャグジーにもはいってみる。

スパ内にも小さなプールがありここにも入ってみる。

時間があればここでゆっくりしたかった。

スパの待合室

着替えてスタッフの案内でスパルームへ たくさんのコテージがあります

3人いっしょに施術が受けられる部屋です。

セブ空港 国際空港なのに免税店はお粗末な感じ、又トイレも半数壊れていてびっくりでした。

到着翌日はあいにくの雨、ヨガの後、ホテル内を散策 ホテルの従業員に天気を聞くと今日は一日雨だよというので、シュノーケルやゴルフのアクティビティをしたかったが断念。せっかくシャングリラに泊まっているから外に行かないよと、セブ島のスーパーに行きたいという友の要求を却下していたが、結局セブ島へ行くことになった。

成田ターミナル1 山形-新宿夜行バス¥4.400-  新宿-東京 中央線¥200- 東京-成田シャトルバス¥900-

外は冷たい雨 あったかいくにへGO 朝食兼昼食で けんちんそば&ビール¥1.500-

初めてのアンヘレス直行、いつもはマニラ経由フライザバスですが安かったので アシアナ航空でクラーク国際空港(旧名) 仁川空港で乗り継ぎです!

仁川空港で乗り継ぎ

韓国の古典文化

仁川空港の中央付近で古典文化紹介所で一日3回演奏を行っているそうです。 タイミングGood!!

深夜00:30にRumi Hotelにチェックインです

仁川空港までは寒かったので、ユニクロ極暖タートルとアクリル100%チェックシャツと冬服です。

さすがにクラーク国際空港着陸前に着替えました。

Rumi Hotelのスタンダードルームです。

いつ来ても清潔感あり!! この部屋に8泊です。

GGBで!! 雪駄を日本に帰る時で良いのでくれくれと人気でした

BF1人目   顔はNGだそうです 「なんで?」  「FBやネットで拡散するから」 19歳スレンダー

BF二人目 この娘も顔NG      22歳 積極的

スービックバレットの商店街通り

日本の昭和の個人商店みたい!

八百屋

魚を焼いて売っています

果物屋で焼き魚を販売

間口一間の服屋

なんか古着っぽい

「OKANIMOTI」 の家

「OKANI NAI」人の家

海外からの移住者の「CAR」

中は結構広い 日本語少し話せる娘3~4人いた

地元の教会

比較的新しいビーチ隣接のホテル スタンダードルームで一泊 P1.700~

ちょっと横道にそれた所にあり、入りずらかった

昼間ちょっと喉をうるおしビール一本!!

LD攻撃もなくゆっくりできる

通りを見ながらゆっくり飲める 中には3~5人程女の子もいます

ちょっとキビシイGGB 座らずに退散しました

アンヘレスのココモスの隣にあるVOO DOOとは名前は一緒ですがオーナーは 違って全く別の店とのことでした

ここは去年のハロウィーンで遊んだ店です

ローカル食のレストラン 地元の人結構食べてました「リーズナブル」

高い店!! マガンダは20人くらい踊っていた

BARホッピングのみ

いい感じ!! 珍しく2時間程遊んでしまいました

ここもアンヘレスの店とは全く関係ないそうです 中も広く粒ぞろいで一番のオキニです!!

店名「サムライ」 でもオーナーはアメリカ人だそうです

バレット入り口

バレット入り口にあるアリゾナホテル 定宿です!!

アリゾナホテルのビーチから見たサンセット!!

地元の海水浴場、海の家などある所の桟橋 子供たちはダイブしてます!

アリゾナホテルのビーチ

ビーチ側からのアリゾナホテル

アンヘレスに帰ってきました またもRumi Hotelでっす!!

アリゾナホテルのフローティングBARにこれに乗って行きます

フローティングBARの女の子達

フローティングBARには20人くらいいます

これでクルージングBBQなども出来ます!! もちろんフィッシングも!!

夜になると、道路脇にもイルミネーションがきれいに飾り付けられ、しばしこのような飾りを見ながら歩くのも楽しい。

小生が住んでいるところは、マニラから北へ260km位のところにあるサン・フェルナドという中都市である。 街の中央に Town Plaza ( 地元の人々は略して、単に Plaza と言っている) という公園があり、一日中人々で賑わっている。正面にイエスキリストの誕生を表す飾りが置かれている。

公園の周囲はすべてこのような飾りで、光輝いている。

これが夜になると、きれいにイルミネーションが施され、大変美しい。

公園内には大きなツリーがいくつもある。

きれいなデコレーションをみようと、多くの人々が遅くまで繰り出している。

舞台が作られ、そこでは様々なイベントが行われている。この時は若い女性によるポップス調のダンスを踊っていた。

ヨーロッパのドイツやオーストリアで見られるようなクリスマス・マーケットが公園の一角に設けられている。これはアジアの国々で見られる屋台とは違い、クリスマスらしいものが売られている。

いろいろな屋台が出ていて、見ているだけでたのしくなってくる。

夜遅くまでかなりの人が出歩いていて、これはやはりラテン的な影響があるのだろうか。

南国のクリスマスには雪はないが、あふれんばかりの星空のもとで、陽気なクリスマスを楽しむことが出来そうだ。 この写真のようなクリスマスの飾りはフイリピン独特のもので、他の国にはない。タガログ語で、「パロル」という。 最後に、この旅行記を見ていただいている皆様に、Merry Christmas and Happy New Year と申し上げたいと存じます。

メリーゴーラウンドでは小さな子供たちが馬に跨り楽しんでいる。

ある教会の入り口には「バロル」が飾られている。

多くの地元の方々がステージでのパフォーマンスを楽しんでいる。

バトルがあちこちに飾られ、このような物を見るのは初めてであったが、フイリピンらしさを感じ、しばしの南国のクリスマス風景を楽しむことが出来た。

タウン・プラザには大きなクリスマス・ツリーが飾られている。いつも前を通る旅に眺めているが、いつから飾られたのか覚えていない。確か、11月少し過ぎてから飾られたような気がする。 フイリピンでは10月末からもう飾り付けが始まり、街にはクリスマス音楽が流れている。12月25日になってやっと頂点に達する。本当に長いクリスマス・シ―ズンである。

礼拝が終わると、教会の外では青年たちが陽気にダンスを披露し、終わるとクラッカー打ち鳴らされた。フイリピンらしく、大変陽気だ。

教会では12月に入ると、クリスマスまでの4週間はアドベントという名前で呼ばれ、1週ごとにキャンドルがともされ、週が変わると2本、3本、4本と灯されていく。

12月21日はクリスマス・サンデーで、どの教会でも盛大に祝われる。この教会では聖歌隊(クワィア―)が特別にいくつも讃美歌を紹介された。

大きなショッピングモールなどでは10月後半になると、クリスマスの飾りつけが始まる。クリスマス・ソングが流れ、否が応でもクリスマスへのムードが高まって行く。

LRT1 Carriedo駅:プラットフォームの階段を降りていく途中で撮影。 戦後の闇市ぽっくてよろしい。 期待度満点!!

ふっと脇を見ると すぐ隣の建物がある(駅構内に近すぎ) 造りがスペイン統治時代の代物って感じで 凝っているのに テラスのゴミがスゴイ!! みんな この位置から投げすぎです! そんな環境でも緑は育っているところが感動。美しい。。

Carriedo駅の改札出て西側(チャイナタウン側)へ行くと  商業ビル直結パターンなのだが 朝10:00頃でこんな感じ。 床は剥がれて、天井に穴が開き配線だらり、 エスカレーターは床板が外れて 長期メンテ中? この暗さも また たまりへんなぁ~。

やっと観光地っぽい絵です。ビノンド教会ですね。 しかし オッペケペンネ的に写真のメインは この電線です。 こんなに綺麗な教会があるのに。。 東京でも10年、20年前は こんな感じでしたよね。 この辺が生活優先力が働く場と いった感じで 現代日本の失われた感覚です。 華僑では普通か。

ビノンド教会の対面:雑多な写真って感じですが。。 1番左が高層ビル、隣が古代西洋風建築、そして中華!! 中央には やっぱり 電柱&電線 もじゃもじゃがすごいって! 日本じゃこんなに乱雑に配線しましぇん。

ビノンド教会入ってみました。 結婚式やってる。。前から イエス様、牧師?、新郎新婦、親族、 参拝者、オッペケペンネ(観光客) なんか アバウト&オープン な感じです。

あんまし 結婚式&教会に興味はないので駅に戻る。 路地で 豆腐みたいの売ってる オレンジ服のおっさん。 このアルミ製のバケツ缶がイイ感じ。2つあって肩にかけて歩き売り。 買ってる婆さん。 孫のクリリン? いきなし 跳ねるから。。もう

駅前の雑多な風景 高架下 パラソル群がすごい  あっ!さっきの豆腐のおっさんだ! 雨もちょっと強く降ってくる。 西に向かってみる。

混沌出店ストリート 人いっぱいだし 道路工事中だし 残土、廃材 おっちらかしです。

そこを抜けてくと キアポ教会が見えてくる。とても荘厳に感じ。 光が差し込んで導いているようにすら思えてしまう。 道の真ん中に土管放置、その上にマネキンが割られているから 余計に。。 そりゃ 行くしかね~べ。

うわぁ やっぱ キリスト教(たぶんカトリック系) なんか 助かった感がある。。 よくよく周辺を観察すると 無宿人っぽい人、体が不自由そうな人、貧困層の人、軍人さんとか  金持ちそうな人、多種多様で幅広く受け入れられている。

そんな教会の対面は。。 ショッピング街、地下街なんかもある。 でたな! ジョリービー(ファストフード店のキャラ) お前家のバーガーとか から揚げとか  マズイんだよ!!  (ブルネイダルサラーム王国で超腹減った状態で食ったのにうまく 感じられなかった。。国が違えば舌も違うから しゃーないけどね)

よっしゃ 次は 禁断!?のキンタマーケットへ向かうぞ。 どわぁ 雨で 水溜り酷い! あの人突っ込むのかよ~ うわ 少林寺の修行か?? つーか 隣の人 パイナポ~販売台車 ごと突っ込んでるし。。 今日はサンダルでないから無理っす。 サンダルだったら 行ってますけどね。ガンジス川も入った事 あるから 大丈夫、ダイジョブ。

裏道通って行こ~っと。 とってもジャンキーでよろしい。

って ばぁさん寝てるし。

こんな通りが続くんですよ。ゴミ袋に穴開けて首、腕を通して 雨合羽にしている人 結構いる。生活優先力が高くてイイ! チャリンコあんなところに置いといたらアブねって。

雨酷くなってきたら屋根のあるとこへ行く。 なんかすごいところ来た。生肉ぶったぎって そのまま売ってる。 つーか 裸にエプロンはセクシーすぎるやろ!(片方出てるし)

いろんなもん 売ってる 傷モノ果実やタマゴ さっきの生肉に 魚も。。うわ 水溜りに溜まった魚汁 跳ねるやんけ!! 雑多な感じがイイっすよ。オッペケペンネが求めていたものですな。暗くてわかりづらいけど 相当汚れてるよココ。

奥まで行くと 居住区域になってるような。。 まー 亜細亜によくある。よくある。 

さらに突っ込んで行くと外へ出られた。雨もやんでるし。 ぬぬ 橋があるし。。位置的に 今のが キンタマーケットだった ようだなぁ。 勝手に足が引っ張られて辿り着いたりするんですよ これがまた。 海外では野生の感が現地地図より、よっぽど役立つ事があったりしますよね~。  そんなの試すのが海外旅行の1つの楽しみだったり します。オッペケペンネは。

休憩していると、土地の人が話しかけてきたが、言葉が分からず、意志疎通が不可能であった。

ゲストハウスの前でここで働いている人たちがたむろしていて、少々おしゃべりをした。

デンマークから来られたご夫妻(奥さんがフイリピン人)とお話をする機会があったが、奥さんが大変日本語上手なのには驚いた。

カフェの窓越しに見る遠くの風景が素晴らしい。まるで一幅の絵を見ているようだ。

バギオからバナウェイまで6時間ほどかかった。途中このようなところで2回休憩し、やっと到着した。

ここがバナウェの観光案内所で、バスはすべてここが終点である。とにかく延々と続く山道を喘ぐようにして上って来た。ここで地図をもらい、翌日の棚田見学ツアーの予約をした。 ここまで来ると、ずいぶん涼しいと言うよりはもう寒いくらいだ。長そでのシャツがもう1枚欲しいくらいだった。

ジプニーはある地点までしか行くことが出来ず、あとは徒歩で行かなければならなかった。歩いていると、一軒の家があり、観光客向けに飲み物と食べ物を売る店であった。そこでは若い母親が店番をしている。

途中休憩したところで、このような変わった人間の顔をしたベンチがあった。

突然雨が降り出し、慌ててしまったが、道路脇に置かれているコンクリート缶には雨宿りしている地元の人たちがいた。

<Batad Rice Terrace (バダッド・ライステラス)> あいにくこの日は天気が良くなく、しかも霧が出てきて、きれいな棚田を見ることが出来なかった。霧が消えた時、かろうじてこのような風景を見ることが出来た。

時間が経つにつれて霧が濃くなり、景観を楽しむことが出来なくなった。

翌日このようなジプニーでライステラスの見学に出かけた。欧米人たちは車の上に乗り、楽しんでいるようだ。

その小屋の壁に水牛のスケルトンが置かれている。

棚田見学から戻ってしばらく街を歩いてみた。小さな街なので、小一時間も歩けば全部回ることが出来そうなくらいである。 街の真ん中にこのような小屋のようなものがあった。どんな使途に使われているのか分からない。

バナウェで宿泊した PEOPLE'S LODGE & GUESTHOUSE。ここは外国人の宿泊が多いようで、いろいろな国籍の方々とお会いした。日本人女性の方もいた。

土産物屋に並べられた布が素晴らしい。

屋根の上には農作業をしている人間を模したものがある。

展望台の隣の家で1人の老人が火を起こして何か始めたので見ていたら、食事の準備らしく、しばらくして食べ始めた。

展望台では人間同様犬も美しい景色に魅せられているようだ(!?)。

昼食に食べたものであるが、「イスラエル式の○○」とメニューにあったので、珍しく思えて注文した。しかし、注文してから出てくるまでに1時間もかかった。

田んぼには水が張ってあって、これから田植えが始まるのだろうか。

街を歩いていて、心地よさそうなカフェがあったのでひと休みした。

軒先にぶら下げられているものは何なんだろうか。鳥の羽で出来ているようだ。

バスでバギオを出て1時間もすると、このような風景が見え始め、かなり高いところを走っているのが分かる。バギオそのものが標高1500メートル程なので、更にかなりの高さまで来ているものと思われる。

川に長い吊り橋が架かつているのが見える。高度恐怖症の人にはとても渡ることが出来ないような高さと長さである。

時折、霧の中に浮かび上がるバダットの村は幻想的で、美しい。

ヒルサイド・イン&レストランで休憩した。ここからの眺望は大変素晴らしい。

すり鉢状の底のところに集落がある。ここに住んでいる人たちは町やよそへ行くのに一体どの位の時間をかけて出かけるのだろうか。

地元の人は毎日この道を通って仕事や買出しに出掛けるのだろうが、何キロも時には何十キロも歩かなければならない。

帰りに同じところを通ったので、上記の女性の写真をもう一度撮らせていただいた。

土産物屋の店先でどんと構えている女性がいた。多分この店のオーナーなのだろう。

ゲストハウスのテラスから見た風景。

教会の中はひっそりとしていて、数人の人がいるだけであった。

棚田の手前に教会があるのが見えたので、訪ねてみた。

<イゴロット族の女性たち> ある展望台へ行くと、その近くに年配のイゴロット族の女性たちがいた。観光客と一緒に写真を撮ることによっていくばくかのお金を得ることが出来るのだろうか。

店先にはこのようなものまで並べられている。

頭に被るもののようだが、ずいぶんたくさん売られている。

フィリピン(フイリピン)の文化・風俗・注意点

 風俗、習慣
 風俗、習慣に関する特段の注意事項はありません。
 ただし、フィリピンにおいては、誰に対してであろうと、公衆の面前で罵倒し、恥をかかせるといった行為は絶対に取らないよう心がけてください。たとえ、家族に対しても、暴力的な言動は嫌悪されます。自分の配偶者や子を叱るあまり、手をあげてしまい、他人に見とがめられ、警察等に通報される例もあります。

 健康

(1)休息
 フィリピンは熱帯性モンスーン気候であり、年間を通して気温が高く、身体的にも精神的にも疲れがたまりがちです。日頃から無理をすることなく、十分な休養と睡眠を取ることが大切です。

(2)飲食
 水道水は、水道管や貯水タンクの汚れ、汚物の混入等により、大腸菌等に汚染されている可能性が想定されます。飲用には、製氷も含め、市販のミネラル・ウォーターを使用することをお勧めします。
 また、市中の高級レストランでの飲食は概ね問題はありませんが、大衆食堂や屋台等では食材や食器類等に係る衛生状態が不十分なため、食中毒にかかる可能性が高く注意が必要です。

(3)注意を要する病気
 フィリピンはその熱帯性気候を反映して、全土でいわゆる経口伝染病が特に季節に関係なく発生しています。特に、腸チフス、細菌性およびアメーバー赤痢、A型ウィルス肝炎等が広範に発生していますので、飲料水、食品(特に生野菜・果物類、魚介類等)の摂取には、十分な注意が必要です。
(イ)デング熱
 デング熱は、病原菌ウィルスを持ったネッタイシマカまたはヒトスジシマカに刺されることによって感染しますが、予防薬はありませんので、蚊に刺されないようにすることが肝心です。感染すると突然の発熱、激しい頭痛、眼球深部の痛み、関節痛や筋肉痛、発疹が現れ、回復期に疲労感とうつ状態が続きます。死亡率は高くありませんが、主として小児が感染するデング出血熱については、治療しないとショックを起こし死亡率も高くなります。いずれにしろ、軽視しないで適切な治療を受けることが大切です。
(ロ)マラリア
 マラリアへの感染の可能性は、パラワン島、カガヤン峡谷、ミンドロ島、スルー諸島およびミンダナオ島の一部の地域に認められ、これらの地域へ旅行する場合は、汚染状況に即した予防薬の内服が必要となります。特にパラワン島は、薬剤耐性熱帯熱マラリアの濃厚感染地帯です。その他、蚊が媒介する感染症としては、デング熱(上記のとおり)、フィラリア症等があり、これらの感染予防のため、たえず蚊に刺されない注意と工夫が必要です。
(ハ)住血吸虫症
 住血吸虫症は、国土の10分の1が流行地域となっています。小川、水田、道路の側溝等の淡水域に入る場合は、皮膚が水に接触しないよう十分注意することが必要です。
(ニ)鳥インフルエンザ
 フィリピンにおいては、鳥インフルエンザの発生はまだ認められていませんが、鶏舎、鳥を放し飼いにしている場所、生きた鳥を扱う市場等には不用意に近づかないよう注意してください。(鳥インフルエンザに関する情報については、海外安全ホームページや在フィリピン日本国大使館ホームページ等も参照ください。)
(ホ)その他
 定期的に麻疹(はしか)の大流行があり、また、結核患者が多いので、特に乳幼児は、事前に日本で予防接種を受けておくことが賢明です。
 また、都市部では、大気汚染や室内の強い冷房等により、呼吸器感染症(風邪、咽頭炎、副鼻腔炎、気管支炎等)を繰り返す方も多いようです。
 その他、ウイルス性胃腸炎、アメーバ赤痢、腸チフス、細菌性胃腸炎などにかかる人も多いので、水、氷、生野菜などの飲食には十分な注意が必要です。

 自然災害
 2006年2月17日、南レイテ州において、大規模な土砂崩れが発生し、千人以上が行方不明となりました。また、過去に大地震や火山の噴火が発生し、多くの死傷者を出した例があります。フィリピン滞在中は、自然災害に対する注意も必要です。