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中国ってどんな国?

中華人民共和国(ちゅうかじんみんきょうわこく)は、1949年に中国共産党によって建国された社会主義国家。東アジアのユーラシア大陸東岸に位置し、その国土の大陸部は、「中国大陸」とも呼ばれる。首都は北京市。

中国の地図

中国のブログ旅行記

踊れないスチュワーデス物語 : ホットコーラとはなんぞや、という方へ

2009年4月18日 ... これは中国ではとてもポピュラーな風邪の民間療法なのだそうです。 フランスでも風邪 を引いたら炭酸を抜いたコーラを飲むそうですよ。 この「炭酸を抜く」というところが ポイントみたいです。 中国でコーラを温めるのも(中国ではお鍋でコーラの ...

中国国際航空(CA)421便機内食(9月) - トラベーる

コメント, 中国国際航空(CA)の北京→東京(成田)路線、エコノミークラスの機内食です 。 魚御飯と鶏御飯があり、魚御飯を選びました。 白身魚は、今回は脂身もあり野菜とも 味がなじんでいました。 その他、秋を迎えきんぴらごぼうのサイドメニューがついていま  ...

難解な会話| 世界一周御披露目帳 - アメーバブログ

2009年6月16日 ... 彼女:「中国映画って、どうして空とか飛ぶの?」 私達:「?????」 彼女は聞いた 質問が変だと思ったのか、笑い出す。 私達は、もしや、それって映画「グリーン ディスティニー」のことか?と思う。 で、彼女が見ているパソコンの画面を見ると、

上海蟹@中国飯店 | リサのLOVEハワイ - アメーバブログ

2013年10月20日 ... 上海蟹@中国飯店☆. {00545748-8FC0-4031-9AAE-4B9F73448200:01}. 今日は、 ずいぶん頑張った. と、自画自賛の1日を終えまして・・・. 遅めのディナーです ナイフと フォーク. 大好きなお店 {http://ucs-emoji.ameba.jp/img/user ...

そんなに安いんですか??| 世界一周御披露目帳 - アメーバブログ

ぐーすか・ぶーすか中国大冒険!さんの記事 の中で、この兵馬俑人形がまんま載っ ていて、 これ、私のとおんなじじゃ~んなどと小躍りしておりましたが・・・ 読み進めていく と、この兵馬俑人形の値段が・・・ へ?は?ほへ? 5元。と書いてある。 5元って何円?

香港土産| 世界一周御披露目帳 - アメーバブログ

2009年6月29日 ... 世界一周御披露目帳 ☆-湯呑みでね. 次に香港に行ったときには、かわいい茶器を 見つけてきたい・・・ なんて思う今日この頃です。 人気ブログランキングへ ↑花粉症な あなたも、中国茶大好き~なあなたも、今日も応援お待ちしております♪♪.

中国男性に人気の喫茶店の巻 - wanderphoto

2006年3月14日 ... この店の表の顔、つまりいつも多くの客で賑わっているお菓子が並ぶガラスケースの 店内から、ちょっと隠れた感じになっている小さな通路を越えると、そこは平日の昼間っ から中国系のおじちゃんたちが、煙草をふかしながら中国語で ...

不思議がいっぱい!中国の食べ物のこれなに? - トラベログ

不思議がいっぱい!中国の食べ物のこれなに? 新着レポート. 中国・セイト(成都) / レストラン・フード ... ステータスのようになっています。中国にお越しの際は日本で食べる 日本料理とはちょっと違う、中国独自の日本の味を食べ比べてみてはいかがでしょうか ?

トロンパス。|世界を散歩する - アメーバブログ

2008年12月22日 ... 12キロの荷物を背負い、アンナプルナトレッキング13日間。 途中で出会った2人の中国 人と、なんとなく宿をシェア中。 ここを通過する為に、エベレストトレッキング後、早めに 出発した。 トロン峠。 もうあと1ヶ月もすると、雪でルートが閉鎖される。

香港で買うお茶| 世界一周御披露目帳 - アメーバブログ

日本茶も紅茶も中国茶も・・・ なので香港に行ったときはいつもこの凍頂烏龍茶を買い ます。 もともと凍頂烏龍茶は台湾のお茶で香港ではあまり見かけないしあっても結構 高いんですけれど。 私の買うこの凍頂烏龍茶は香港の庶民派デパート裕華のお茶のお  ...

中国茶CHAチャ |食べて歩いて遊んでスペイン! - アメーバブログ

2006年1月20日 ... 自分の結婚披露宴でも脱いじゃった、あの方 です。 そのアベルと愛妻アナは、 ウルコ たちが結婚した時、証人になってくれた2人。 夫実家へ行くと必ず遊びに行くのですが、 彼らは秋に中国旅行したという事で、 中国茶を振る舞ってくれました。

日本人オーラ|食べて歩いて遊んでスペイン! - アメーバブログ

2014年9月5日 ... ぇ・・・・ 叫び あまりに意外な問い掛けだったもので、 一瞬ひるみましたが、 おそらく中国 人であろう店員さんが何とか理解出来るように、 アタクシの怪しいスペイン語で心を込め て(ぇ)、説明させて頂きました。 すると、周りにいた他の店員からも、

中国・天仁号(天津から韓国へ): Shoの旅行記~気の向くままに歩いて行 ...

2007年8月19日 ... 中国・天仁号(天津から韓国へ),日帰り旅行から長期旅行、さらにテクテクと歩いて 見つけた楽しそうなところも含め案内します。目指せ世界制覇!

「中国のお菓子」の画像 GO AROUND THE WORLD - ブログのトップへ

アクセスカウンタ. 記事タイトル:中国のお菓子 · 128900884604316206505 · この画像 の記事を読む · 128900997316916207503.thumbnail やさい屋 七菜 @ 渋谷, 128844272161416218170.thumbnail #はじめましての野菜たち. 新着画像一覧 >>  ...

中国の安宿に外国人は泊まれないはず 海外旅行Q&A(アジア)

中国滞在歴数百日の自称中国通の当方としましては、今回のお話についてちょこっとご 意見させて頂きたく、一筆取りました。 まず、中国では. ・日本人含む外国人は「三ツ星 ホテル」未満の「招待所」等には宿泊できない。 はずですが(治安上の問題のため)。

2005年01月のブログ|食べて歩いて遊んでスペイン! - アメーバブログ

2005年1月31日 ... 店内に流れる中国の音楽、回転テーブルの上にあるのは、乾いたエビの握り、冷凍 まぐろ握り、サーモン握りに、太巻き、細 ... が、「すし」の国から来た人にとっては「中華 点心食べ放題と、おまけに中国人のシェフが作った、なんちゃっておすし」。

テーマ「フード」のブログ記事一覧 GO AROUND THE WORLD /ウェブリ ...

中国のお菓子 トルコのコットンキャンディにも似た中国のお菓子。 口内水分補給のため 、 一緒にお茶は必須です。 ...続きを見る · 面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 6. 2010/11/07 11:27. お好み焼きお菓子 · お好み焼きお菓子 すばらしい!

世界一周旅物語(せかたび)- 大都市「北京」の光景 アーカイブ

2005年5月30日 ... やはり中国もファミリーであふれていたが、妙におばさん、おじさんも多く、幅広い年齢層 のマクドナルド店内の雰囲気。次の日はケンタッキーに入った。KFCでおなじみの カーネルおじさんだ。なぜか、日本のカーネルおじさんとはちょっと違う ...

アルカトラズ島とチャイナ新年パレード 北米滞在77日目| 世界一周 ...

2006年2月12日 ... そのパレードの通りに面しているお店はパレードのために全部お店をクローズして、 いくつかのメインストリートも閉鎖してパレードに協力していた。 ここはアメリカ・ サンフランシスコ。 このメインストリートを閉鎖してパレードをできる中国のパワーを ...

ヨーロッパ一人旅|ローマ フィレンツェ ミラノ ニース ... - アメーバブログ

2007年10月14日 ... このホテル、Repubblicaは中国系のホテルだった。ホテルのスタッフは中国人が多い。 建物は古く、エレベーターは鉄格子のような扉を開いて、またその中にある 折りたたみ式 のような扉を開いて乗る。 日本で少し前にエレベーターの品質が ...

大紅袍 | MSAT 幻のガイドからのメッセージ

2010年12月27日 ... 知り合いの人から、おいしい中国茶をもらった。大紅袍。真っ赤なパッケージが、 いかにも中国らしい。 クリックすると元のサイズで表示します 武夷岩茶という岩の上で数 百年育ったコケかなんからしいが、よーわからん。 クリックすると元のサイズ ...

リュクサンブール公園を歩こう!(7) salut!~パリを楽しもう~/ウェブリ ...

2005年11月23日 ... 中国 日本人2人の拘束を認める · 10月スタートは大荒れ 暴風注意 · 似ている?吹石 一恵と藤谷文子 · 高3殺害のナゾと異様な交際関係 · 中国自治区で13か所連続爆発 · ニュースをもっと見る. リュクサンブール公園を歩こう!(7) salut!

ソフィア | 世界一周オンナ一人旅 & その後の日々 - Teacup

2006年8月1日 ... 今まで中国人宿と韓国人宿には行ったことがあったのですが、日本人宿には初めて足を 踏み入れました。 続々と部屋から日本人が出てきてビックリ!!! しかも居心地よくて びっくり。 でも残念ながら、今日はFULLとのこと。 夜行でアテネに向かう ...

一茶一坐 @ 渋谷 GO AROUND THE WORLD/ウェブリブログ

2008年1月20日 ... GO AROUND THE WORLDの一茶一坐 @ 渋谷に関する詳細記事。(Powered by BIGLOBEウェブリブログ)久しぶりにロフトに行った。あれ?こんなところに中国茶カフェ が?薬膳とろろ麺と中国緑茶。お茶にはさし湯用の小さな魔法瓶もつい ...

上野で中国。|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2012年2月10日 ... まるで中国。 と言う訳で、今日は上野の東京国立博物館で北京故宮博物院200選を見 てきました。 やっぱり中国は規模がすごいですよね。 芸術作品も日本よく似てるようで、 全然違う。と言うか、文化においてはずっと先生だったんだもんね。

楽園HAWAII:2006年03月22日 - livedoor Blog

2006年3月22日 ... 直訳すると、“中国人の帽子”。 こんな名前の島がオアフにはあるんです。 オアフ島の東 、カネオヘ湾北側にある、クアロア・ビーチのすぐ沖合に広がる小さな島がそうです。 なんでこんな名前なのか・・・ 中国人のかぶる帽子に似ている

MY TREASURE DAYS 天空の孤島~モンテフリオ

2007年3月14日 ... アジアといったら、やはりイコール中国人というイメージなのでしょうか。 Soy Japonesa. 日本人だよ! と言っても、彼らにはあまりピンとこないようで、 日本は中国のどこにある のか?などと言い出します。 すると、ひとりの少年が「カラテ!

およよな生活 - 台湾旅行記 -

中国にも造詣が深い著者としては、この作品の発表にはかなりの勇気が必要では なかっただろうか。なるべく客観的に描こうとはしているが、それでも台湾への親愛に 満ちている。「日本は戦争中、近隣諸国に対してひどいことをしてきた」と、教育を受け てきた自分 ...

ローマの出前一丁 - 奥様は海外添乗員 - Gooブログ

2006年8月8日 ... この国もアメリカ、ニューヨークに負けず劣らず昔からたくさんの移民が住んでる。特に 首都であるローマのテルミニ駅周辺には中国人街はもちろんインド人街まである。 初めてローマに来た人はきっとびっくり仰天するような雰囲気が漂う ...

中国の美しい村15選・塔下村 - 地球浪漫紀行 世界紀行スタッフの旅の ...

2009年4月7日 ... いよいよ終盤となってきましたが「15の中国景観村落」の13ヶ所目は、 やはりこの1月に 訪れた福建省漳州市南靖県書洋鎮の「塔下村」です。 円形、方形、エプロン形など様々 な形の47個の土楼があります。 特にエプロンの形をした徳遠楼は ...

ベランダは花盛り|食べて歩いて遊んでスペイン! - アメーバブログ

2010年4月20日 ... 親方は100円ショップみたいな中国人経営の安小物店へ。 昔は100ペセタショップと 呼ばれていた店ですが、 ユーロ導入以来、オリエンタル・バザールだの、 0.60ユーロ( =約100ペセタ)~色々ショップだの、 イマイチ、名前は統一されてい ...

海外の情景 今日の一枚: ・シンガポール - ココログ

2010年4月9日 ... ... が街を歩いていて肌で感じます。中国系、欧州系、マレー系、インド系、アラブ系の 民族が織りなすまさに他民族国家です。 ... 19世紀初頭に中国人居住区として指定され たチャイナタウンの街並をご紹介しましょう。 昔ながらの街の面影を今も ...

中国製品: shukran@world

2010年5月24日 ... 中国製品. ようやく家が決まり、週末にホテルを脱出することができました。しかし一軒家 で生活を始めるとなると、それはそれで準備が大変。こちらもようやく手にすることができ た、オンボロ中古車のハンドルをにぎり、あちらの店からこちらの店 ...

海外格安航空会社の一覧 - いつもこころにヨーロッパ

2008年8月19日 ... ... ジュウ航空・中国) · 吉祥航空 (ジュネヤオ航空・中国) · 格安航空会社の選びかた 以上のリンクは、全て格安航空会社(海外40社)です。 出展は、『格安航空会社の選びか た (枻出版社)』。 この本には、少なくとも3つ評価できる点があります。

中国の写真・旅行記

            2006年10月16日・長崎港にて 初めての、日本~ロシア~韓国~中国の極東アジア沿岸クルージングの船旅に参加する。 ・ 乗船 … SAPPHIRE PRINCESS 号 ( 116千トン 全長290m)   ・ 旅行の行程 ( 2006年10月14日から27日まで14日間 )   大阪 → 長崎 → ウラジオストック → 釜山 → 上海   → 大連 → 天津 → 北京  (飛行機 ⇒ 関西空港) ・ 乗船客数 2,666名 ( 41ヵ国 … 日本人146名・ ランキング5位 ) ・ 乗組員・スタッフ 1,118名( 41ヵ国 … 日本人 0 ) 船旅は終日クルージングの日が5日間あり、船内の催し物(毎日船室のポストに投函の日本語の船内新聞に内容が記載)、毎晩ディナーのあとにシアターでの歌と踊りのショー、公海上のみ開くカジノ、ショッピングモール、絵画のオークション(見るだけ)、ゴルフパッティング・コース、スポーツ・クラブ、パーティなどで船内生活を楽しむ。 食事は、朝からフルコースまたはバイキングで自由に食べてもよいが、ディナーは予約し記念日(誕生日・結婚記念日など)の人には、ケーキを用意しお祝いしてくれました。 船室内のテレビでは、船の舳先からの外の景色が24時間ライブ中継されていますので、日本海の荒波を見て、船室が大きくゆれるのを実感しました。また寄港地ごとに、オプショナルツァーへ参加または徒歩で街中の観光などは自由でした。私は、現地を体験したいので徒歩により上陸、自由に行動しました。毎日ディナーやプールで一緒になり、仲良しになった方々と、帰国後名古屋へ集まり(12名)写真や情報交換をしました。 毎夜、シアターではいかにもアメリカ的なブロードウェイショーのような歌と踊りの公演が2回ありました。音楽は、デッキでのロックバンドのライブ演奏から、ラウンジでのクラッシク4重奏まで「動と静の音楽」を楽しみました。またアメリカ人の老夫婦が、図書館から借りた本などを、デッキチェアーでゆったり読んでいる姿を見て、本当に旅を楽しんでいるんだと思いました。 船客は、カナダ、アメリカに移住した主に香港出身のセレブの人たちが多く、帰郷するため乗船していました。 またレストランのテーブルで隣りになった、アメリカ人に聞いたところ、「船旅は今日で23日目、これから東南アジア方面、ニュージーランドへ行く」とロングバケーションを楽しむ方もいました。 そしてクルージングの旅は、3食フルコースの料理つきで、重い荷物を船室へ置いたまま、船内の催し物(1時間単位)に参加したり、寄港地での自由観光また徒歩で現地を実体験できるので、変化のある「非日常の生活」を毎日送ることができました。 この船は、このまま東南アジア、ニュージーランド方面を航海するため、天津で下船し北京で1泊した後、飛行機で日本への帰途につきました。 この旅の感想としては、本船の乗組員・スタッフ1118人(41ヵ国籍)のなかに、日本人が一人もいないことに疑問をもちました。 …本船が日本で建造され、乗客に日本人が多くいるにもかかわらず… 日本人が、いかに国際交流が苦手で、人々をエンターテインメントで楽しませる素質がないかをあらわしています。 日本では、これだけ海外旅行に行く人(ただし主流は女性グループ、リタイア組、年配者が多い)が多いが、今は若い人の冒険旅行が少ないような気がする。 若い人が、外国へ安易な「語学留学」に行くよりも、41ヵ国もの船客のいる国際社会の縮図のようなこの船で、一定期間汗を流して働けば、身につくものは多いと思いますが…。

2006年10月14日・大阪港にて、出港準備中の SAPPHIRE PRINCESS号。 大阪港・天保山ハーバービレッジの海遊館・大観覧車のすぐ前の桟橋から、10月15日 午前0時汽笛とともに「極東アジア沿岸クルーズの旅」に出航する。 ちなみに天保山は江戸時代に、安治川の浚渫による土砂を積み上げて人工的に作られた標高 4.53mの築山で、日本一低い山と記録されています。

長崎港から出港の時、地元の高校生のチアガールが見送ってくれました。 旅慣れたアメリカ人が、事前に用意してきた大きなウチワのような手の形をしたものを、デッキから見送りの人々に振っていました。 本船は三菱重工の長崎造船所で建造されたので、市民から大歓迎されました。 当地では同型姉妹船、DIAMOND PRINCESS号も建造されました。

ウラジオストック港、金角湾での朝日の昇る時。 朝食バイキング・レストランにて、同行の姉とモーニングを楽しむ。 異国での日の出を見るため、早い時間帯に朝食をとる。

シベリア鉄道・ウラジオストック駅。 本船が着岸した目の前はシベリア鉄道のウラジオストック駅で、出港時にはデッキから大勢の人々が見送りしてくれました。 寄港地では、船客は本船から自由に乗り降りできるが、一般人は入出国ゲートより港の停泊場所までは立ち入り禁止でした。

ウラジオストック港の金角湾内で、すぐ横に停泊中の、ロシア太平洋艦隊の病院船と巡洋艦 (1万トン級の大きさ)。かっての冷戦時代のソ連ならば、艦船の写真を撮るだけで「スパイ容疑」で逮捕という事態も考えられた。 (持っていた双眼鏡で、兵器類をチェックして偵察する) トルコ・イスタンブールのボスポラス海峡にも同名の「金角湾」がありますが、日露戦争当時、敵対していた両国の関係の歴史を思うと興味深い。

ウラジオストック港の、入出国ゲートにて。 黒い犬は、税関の麻薬探知犬です。

ロシアの都市には、どこにもある「人民革命広場」にて。 街並みの風景は全体的にカラフルな色彩がなく、曇天の下暗い感じがしました。 (ウラジオストックは、軍港だからか…?) (注)私を尾行する、後ろの怪しい人物は、  … KGBかロシアン・マフィアか ? …     ⇒ そう云う、当方も十分怪しいが ? …

映画 Star? or 一般 People ? デッキ上のカウンターで、ハリウッドの映画スター気取りのようなカップル。 二人は、バケツのようなアイスペールで冷やしたシャンパンを、ガバガバ飲んでいました。 ロックバンドのライブ演奏では、曲に合わせ2人で騒ぎまくっていました。

メイン・ディナーでよく利用した、イタリア料理系のダイニング・ルームの「the SANTA FE」 の入口。 船内に7つあるレストランのうち、食事したのは3ヵ所でした。 モーニングとランチは、どのレストランで食べても自由でした。 ただし、テーブル席では外国人と同席となり、必ず話しかけてくるので英会話の必要性を 痛感した。 日本の船客は、敬遠してバイキング・ルームへ行きましたが、私たちは時どき利用し朝からフルコースの食事をとりました。

ある日の、船内の催し物のなかの「フラワーアレンジメント教室」で作った花を、自分の船室のポストに飾る。 右側の船室のポストには、本日の「船内新聞」やお知らせのパンフレットなどが、たまったままで船客はまだ起床していない様子です。 通路は直線約200mあり、自室は船室番号の奇数、偶数により位置がわかるが、もう一方の通路が同じようなため、時どき船内で迷子になった。 通路の左手にコイン・ランドリーがあり、25¢数枚で洗剤がつき、時どき利用した。 朝食に行く時は、洗濯物を入れて帰りに回収した。

釜山の街並みを背景に。 シャトルバスで街中へ行き、アメ横のような市場を徒歩で回る。 デッキ上のジョギング・コースは、階段の上り、下りなどがあり、1周するのにおよそ30分かかります。

大連の「星海公園」にて。 海に面した広大な公園で、遊歩道には青銅製の画家像が置いてあり、観光客の撮影ポイントとなっています。

「お別れのディナーパーティ」 … この旅のハプニング。 上海で港に戻るシャトルバスで知り合った、シンガポールの若い女性2人が、私が一人旅なため、天津への上陸の前夜特別にダイニングルームを予約して、3人でお別れのディナーパーティを開いてくれました。 (ボーイが2人ついて、マジックを見せたりセレブな気分) 待てば海路の日和ありとは、まさにこのことです … ♪ 単語だけのアバウトEnglishで、なんとか会話する。 ボーイがお皿にチョコレートでメッセージを書いた。  … 意味が、よくわからん ? … 同行のツアー客からは、「ガンバって」の声援で送り出される。 … ナニを頑張ればイイのか …? (2人は、キュナードライン(QE2号保有の英国船会社)に勤めていて、帰国後Eメールで写真と年賀状を交換しました)

天安門広場の北京オリンピックのキャラクターマスコット。 ちょうど北京オリンピック開催の2年前ですが、当時はほかの都市でもオリンピックムードで盛り上がっていました。 しかし、2008年・北京オリンピック開催後の急速な経済発展にともない、車社会へ移行し排気ガス、PM2.5(微小粒子状物質)、工場や家庭暖房の煤煙、黄砂などの発生により、主要都市部は昼間でもスモッグで遠くが見渡せないほど霞んでいます。 ⇒ 急速な経済成長による負の遺産。

北京・紫禁城にて、同行の姉とともに龍の彫刻の前で撮る。 写真の右端が、KYなオジャマ虫の姉です…?

映画「ラスト・エンペラー」にも登場した、紫禁城の高い城壁が印象的でした。

凱旋門のような門のある豪華マンション。 上海市は、中国に4つある拠点都市である「中央直轄特別市」で、面積は群馬県とほぼ同じ。 (特別市…北京・天津・上海・重慶) < Shanghai > 面 積     6,340.5 k㎡ 常住人口  2,302 万人 2012年、アメリカのシンクタンクが公表したビジネス・人材・文化・政治などを対象とした総合的な世界都市ランキングにおいては、第21位の都市と評価されており、特にビジネス分野では世界第7位と高評価を得ています。

「豫園商城」は観光客や地元の人でいっぱいでしたが、いろんな店でお土産を見てまわる。 一般的には豫園(ヨエン)と呼ばれています。 小籠包の美味しい店・「南翔饅頭店」の前の行列に加わり、路上で小籠包を食べる。

デッキの最上部にある、ゴルフ・パッティングコースは、何時行っても空いていました。 18ホールありますが、波の高い時はグリーンが揺れてボールが多少転がりました。 (グリーン上は、アンジュレーションがキツイ)

船内パーティの夜、中心部のラウンジにて。 フォーマルスーツとイブニングドレスの紳士、淑女が、シャンパングラスを片手に談笑する。 あたかも、映画「タイタニック号」の世界です!

お別れパーティは、船長と船客がともにシャンパン・シャワーを行い、大盛り上がりでした。 ラウンジ中央に列をなしたおよそ200人の船客が、船長とともに一人づつシャンパンのボトルを、グラスに注ぎます。 事前のシャンパン・グラスのセッティングだけで1時間以上かかりました。 ラウンジ会場ではディスコダンスを踊り、クラッカーが弾けお祭り騒ぎです。

大連の老虎灘海洋公園を、外国人向けのオプショナル・ツアーのバスに同乗し観光する。 クイズ … この中に虎は何頭いるのでしょうか? この公園で、2日前に上海のバスの中で知り合った、シンガポールの若い女性2人と偶然再会する。 私が2人から声をかけられた時、事情を知らない同行の姉は、物売りと勘違いして私を2人から引き離そうと試みました。 …折角、さらになにかが発展するかもしれないイイ場面なのに、このKYなオジャマ虫が…! …ここでは、good-byeして別々のバスに分かれただけで、新しい展開はなにもナシ…! (しか~しその2日後、ハプニングが起こった⇒次頁へつづく)

早朝、大連の市人民政府の近くの、人民広場で人々が太極拳をしている姿。 (さすが、地元の人たちの太極拳のすがた、かたちはキマっています) この芝生の広い公園では、観光客向けに大きな中国凧を売っていました。 お土産に凧を買った外国人は、それをヒモで背中に背負って歩いていたが、まるで佐々木小次郎みたいでした。

大連は、かって南満州鉄道の起点でした。 大連港の近くの中山広場のロータリー交差点内には、実物大の大きな帆船(ジャンク)が設置されてありました。 大連中山広場(直径213メートルの大連の中心的な広場)のロータリーからは10本の道路が放射状に延びていて、流入した車両は旋回しながら目的地へ走行して行きます。 大連は旧満州の一部で「南満州鉄道」の起点であり、今でも街中には日本、ロシア統治時代の古い建物が現存しています。(大連ヤマトホテルなど)

いよいよ、クルージングの旅も終りに向かい天津港に着岸する。 これから、上陸してバスで北京へ移動する。

北京市内にて、北京ダックのレストラン。 ローストしたての、北京ダックをコックが切り分けてくれた。( おかわり自由でした) できたての北京ダックは、美味しかった。

このレストランでは、サソリの揚げたものがでました。 話しのタネに、食べたみたが硬いエビのから揚げのような食感でした。 テレビでは、外国でよくゲテものの食べ物がでますが、実際に日常の食生活で食べているかは疑問です…?

旅の終わりに、北京インターナショナルホテルに泊まる。 北京駅まで歩いて10分位の街の中心地にある、外国人向けのホテルです。

ホテルの部屋は、ゆったりと広い。 部屋には、スーツケースの重量をはかるためのデジタル付きの計測器が置いてあったので、空港通関時に、荷物が重量オーバーにならないように試しに量ってみたが総重量は22kg以内でOKでした。 … また、またハプニング … 私は1人部屋で、向えの部屋に同じツアーの母娘の部屋があり、照明の付け方がわからないので、見て欲しいと言われ廊下に出たところ、自室のドアが自動ロックされた。 (ホテルでは、よくある Situation デス…) すぐフロントに連絡するも、英語があまり通じないためしばらく部屋から締め出しをくらい、その後寝る前に気分転換のため、1階のレストランにアルコールを飲みに行くも閉店で、今日はツイていない一日であった。

高速道路の料金所。 北京空港へ行く高速道路の料金所の屋根は、いかにも中国らしい色彩と文字看板でした。

いよいよ日本へ帰国する飛行便を待つ、北京空港の出発ロビーの風景。 大都市空港のロビーとしては、天井が低く居住空間も狭い印象でした。

船内の中央ラウンジに展示中の果物のアート作品。 果物からいろんなアート作品をつくる。 (ハローウィン祭りのカボチャのようです…)

初めての寄港地・長崎港。 長崎港の入口に架かる高さ170mの「女神大橋(めがみおおはし:斜張橋)」をくぐり抜けて埠頭に接岸する。

ウラジオストック駅のデッキと下はみやげ物の売店。 今回の旅では、あまり産業のない社会主義国のロシア人(海外旅行に行く機会の少ないデッキの人びと)と、船客の多数のアメリカ人(人生を楽しむ人びと)の双方を見て、人びとの「幸せ」とは何なのかを考えさせられました。 とかく、日本人は「発展途上国」へ観光旅行に行き、日本円の強さでお土産を買い、ブランド品を求め、美味しい食事をし、現地の人びとに対して「優越感」に 浸るだけでなく、訪問した国々の社会のあり方、人々の生き方を知り、日本を見つめ直すことも海外旅行の 大切な意義ではないでしょうか…?

プールサイドでは黒人のバンドが、ロックやヒップホップの曲をライブ演奏していた。 本場の音楽は、大音響で迫力満点 !

中央ラウンジでお別れパーティの夜 (大連から天津へ航行中)は、外国映画の一場面のようでした。 船客はディスコダンスを踊り、カクテルを飲み盛り上がりました。 ダンスの好きな私の姉が、踊りの輪に加わり外国人とともにダンスを楽しむ。

船内のラウンジにある、窓から海の見える書斎のようなところ。 となりには図書館があり、本とトランプの貸し出しができるのでよく利用しました。

ディナーの写真、少し食べてから写したので … 失礼します。 食事は、すべてフルコースでボリュームが多いので、食後のアイスクリームは「ハーフ」と注文し1つだけにした。 普通は大きな皿に大きめのアイスクリームが2個のっているが、フルコースの後では食べきれませんでした⇒食事は外国人向けのボリュームなのでとても多い。 カニ料理を注文した時は、より大きな皿にゆでたタラバ・ガニの足や爪が山盛りでした。

日本海を南下して航海する、午後のひと時のコーヒータイム。 公海上を航行する時だけオープンする船内設備は …みやげ物の売店、カジノなど。 寄港した時は、その国を観光し少しでも外貨を使って欲しいことと、また船客は殆ど上陸するため、船内にお客さんがいないので売店とカジノは閉店となります。

上海港・外高橋ピアに停泊。 上海港の印象 … 港内の面積が広大である、埠頭の数が多い、海面が茶色、スモッグが目立つなど。  埠頭には朝早くからオプショナルツアーの迎えのバスが集結し、各寄港地では毎回このような光景が見られました。 本船からは、別に上海の中心部へ行く無料シャトル・バスが運行しておりそれを利用した。 しかし最終便のバス・PM10時30分発に乗り遅れると、たとえタクシーで港に戻っても「入出国管理ゲート」を通過できず一巻の終わりとなり、自力で北京まで行かねばならない。 その場合、お金、移動手段、言葉などクリアーすべき難関がおおい。

船内パーティの中央ラウンジにて。 いつもパーティは、中央ラウンジで開かれボーイが、シャンパンや水割りをサービスする。 この船旅では、人生経験の豊富な船客との交流、昼間は各種イベントやアクティビティの開催=インストラクター付きダンス…ウェスタン、サルサなどを初体験、外国人船客とチームを組みデッキでのスポーツ大会(カーリングのようなもの)、また賞金$500つきの有料ビンゴ・ゲーム大会に参加したり、毎日10種類ほどのアート、スポーツ教室に参加したり、さらに夜間には、シアターでのブロードウェイやラスベガス・ショーのような歌と踊りを見物し、クラブでお酒を飲んだりして、変化に富んだ「非日常の船内生活」を十分満喫しました。

大連市の競技場にて。 今は北京オリンピックの開催2年前、各競技場の入り口にオリンッピク・マークの看板が取り付けられていました。

大連の「星海公園」にて。 この馬は金属製で、観光客が乗って記念撮影することができます。

4ヵ所ほどある丸い温水ジャグジー付きプールに入り、気分転換をはかる。

本船が大連港を出航する夕暮れ時、ビルの谷間に夕日が沈む風景。

北京市内のバスの車窓から。 街角の24時間稼動の、現金自動支払機のATM (automated teller machine) と思われる。

北京の中華料理を食べたレストランにて。 上海がにが、大きさによりかごに入れ売っている。 (蟹という字体は、日本語と同じでした)

天安門広場にて。 平日の昼間でも、観光客、地元の人たちが大勢いました。 中国の典型的な天安門広場の光景… レンガの城壁、大きな屋根、国のスローガン、毛沢東主席の肖像画、不動の公安警察、 国旗掲揚台など中国の歴史をあらわしています。

宿泊したホテルより、北京駅方面の街並みの風景を撮る。 中国の都市のビルの建物には、屋上に屋根のようなものが設置されており、日本における一種の「帝冠様式建築」でないかと思われる。 ☆ 中国の故事成語 ⇒ 「屋上屋を重ねる」とは、まさにこの事です。 「屋上屋を架す(おくじょうおくをかす)または、屋上に屋を架す」とも言います。 屋根があるのに、その上にさらに屋根を架けること。 ⇒ 機能が重複していて無駄であることのたとえ。

紫禁城にて。 この城内はすべて床面が石造りになっているが、外敵が外部から地面を掘り、侵入するのを防ぐためだという。

船内の美術館にて。 船内には、絵画と彫刻などが30点ほど展示されている美術館があります。

ある日の、ディナーの食事。 これは、オマール海老のコース料理です。 ディナーはフルコースのメニューを選べるので、毎日変化のある食事を楽しむことができます。

朝礼の整列式。 上海博物館のとなりの政府系建物での、警備の兵士の毎朝の整列の光景です。

船内の私の船室。 船室へ入ると、前面が鏡になっており部屋をより広く見せる効果があります。 対面同士が鏡のため、視覚的に部屋を広く感じる。 ひとり旅(+姉2人)なので、ツインの部屋は広すぎるぐらい。 寝る前に本を読む習慣があるため、数冊を持ち込みました。 ベッドメーキングは、朝、晩2回するので、部屋はいつも清潔です。 ツイン・ベッドですが、右側のベッドのみ利用しました。

大連港にて。 大連と対岸の威海衛間を、航行する「威海海大客送」の大型フェリー船が停泊してました。 本船から、寄港地より下船する際、喫水線の水位、岸壁の高さなどの位置が港により異なるので、下船のための桟橋を設置する階層デッキがその都度かわりました。

大連の「星海公園」にて。 遠くに、ディズニーランドのシンデレラ城のような建物が見える。 右手の緑屋根の建物は、個人居住のマンション群です。 ⇒ 「何デモアリの中国社会」の光景です!

大連の免税店(DFS)にて。 なかでは、ブランド品と北京オリンピック関連のさまざまなグッズなどが売っていました。

大連港にて。 本船は、夕刻タグ・ボートに牽引されて大連港を出航する。

大連の街並みの風景。 路面には、トロリーバスが走っていました。

天津港にて。 いよいよ天津港より大地を踏みしめて下船し、バスで北京に向かう。 これで船旅も終わりと思うと、一抹の寂しさを感じる。

近未来的高層ビルが立ち並び、発展する中国をあらわしている。 発展する上海の街 ・ 常住人口:2300万人以上 ・ 面積:6,340K㎡(群馬県とほぼ同じ)

上部甲板にて。 後ろは、船首にある本船の司令塔である操舵室ですが、コンピューター制御のため意外に小さい。 10月ですが、船内ではTシャツ、短パン、サンダル履きでOK。 昼間、船内ではパーティ以外の服装(ドレス・コード)についての制約は余りありませんでした。

夜の上海港にて。 上海の街で、たまの上陸で遊んできた船客が上海博物館・22時30分発の最終バスで、午前0時過ぎ本船に戻ってきたところです。 私も、以前上海~蘇州旅行で知り合った現地ツアーガイドの案内で、日本料理店の「初花」(有名らしい)で飲食した後、全員が外国人乗客の最終バスに一人で乗車する。 船客は、上陸してそれぞれの過ごし方。 〇 上海雑技団のショーの見物 〇 足つぼマッサージを受ける 〇 呉江路のカフェ、バーでお酒を飲む 〇 上海蟹など中華料理を食べる 〇 日本料理を食べる 〇 黄浦江のナイト・クルージング … etc

船客と貨物が、同時上陸の大連港。 本船は第2埠頭へ接岸したが、市内観光のため船客を乗せた観光バスは、埃っぽい荷役稼動中の大型クレーンの横を通り抜けて行きます。 中国では、まだクルーズ客船の寄港が余りないので、客船の専用バースが設置されていないと思われる。

上海博物館。 港から、シャトルバスで約1時間半かけて街の中心地にある上海博物館へ着くが、周辺は広いキレイな公園となっています。 博物館の外観は最上部に円盤を頂き、下部が鼎の形状をしています。 ここからは自由行動のため、タクシーに乗り「豫園商城」へみやげ物を見に行く。

毎夜、船内の中央ラウンジではクラシック四重奏の演奏。 ディナーのまえには、ラウンジでクラシック音楽の演奏が行われていましたので、 静かに聴き入る。

全長・290mのサファイア号の長~い船体。

長崎港にて出港時、チアガールが岸壁から手を振り見送る。

ウラジオストック港の日の出の風景。 長崎港から荒波の日本海をおよそ一昼夜かけて航行し、つぎの寄港地・ウラジオストック港へ 到着しました。

日本人の船客がよく利用した、温水プールで温泉気分を楽しむ。 ここには、灯篭や仏像が置いてあり、アジアンテイストの小さなプールです。 船客には、「旧大連高等女学校」を卒業した年配の女性グループがおり、思い出のセンチメンタル・ジャーニーを楽しむ方がたもおりました。

ウラジオストックの街並みとシベリア鉄道。 この駐車場のほとんどの車は、日本の会社・団体・商店名が、そのまま書いてある中古車でした。 本船より下船して、右手を歩いて市街地へ向かう道路は、埃っぽい鉄道の引き込み線のレール上を進む。都市としての社会資本の整備状況は、まだ遅れている印象でした。 街で「博物館らしきもの?」があったので、入場しようとしたところ、入り口でコワイおばさんから米ドル…NO、ルーブルのみOKといわれ、持ち合わせていないため入場を断念した。世界中で米ドルが通用しない所は、まれであると思われた。しかしデパートでは、VISAのクレジットカードでの支払いはOKでした。

天気のよい日、デッキでくつろぐ。 まわりの外国人は、プールサイドの黒人バンドの、ロック&ヒップホップのライブ演奏を楽しむ。

ある日、船内での「フラワー・アレンジメント教室」の花の創作風景。

魚のタイル画がおもしろいプールサイド。 船内では、いつもこのようなサンダル履きのラフな格好で、バイキングのモーニング、ランチを食べに行く。ただし、ディナーとパーティの時だけは、襟のついたシャツに上着と革靴着用が基本のドレス・コードです。 ある夜の船内パーティでタキシードを着た、立派な紳士から声をかけられたがようやく思い出しました。 それは、当日の昼間参加したデッキ上でのカーリング大会でチームを組んだ、Tシャツ、短パンを着用し、サンダルを履いていたアメリカ人でした。さすが、昼間とは大変身で、外国人は本格的タキシード姿がサマになっていました。 (パーティの歴史、洋服の文化、体格・体型など日本人には、まだ及びません…)

船内美術館の入り口。 この中の美術品は、船内で毎日オークションが行われ、落札した人の自宅に配送されます。

船内パーティでの夜、この旅ではじめて知り合った4トラ会員の「カメちゃんさん」は、タキシード姿がキマっています。 私は、今回クルージング初心者なので、紺ブレザーの上下服を誂えました。 船内パーティでの服装は、男性はタキシードの方は半数くらい。女性はカクテル・ドレスです。

大連市・人民広場の中の、広大な芝生の公園。 大連市は街なかに緑が多く、歩道も広く古い建物がよく保存されており、観光施設、公園、 博物館、港湾もあり見所は多いところです。

長崎港にて。 本船より下船し、坂道を歩いてグラバー園内にある「グラバー邸」へ行きみやげ物を見てから、有名な「四海楼」(チャンポン発祥の店)で美味しい「長崎チャンポン」を食べる。このレストランは、5階から港が一望できる眺望の良いところでしばし休憩しました グラバー園は長崎を代表する観光地で、当時の居留地の華やかな暮らしと明治初期における日本の産業・文化の近代化の象徴として、「世界遺産」に登録されました。 半日観光は、オプショナル・ツアーに参加するか、または私たちのように徒歩で自由に行動して過ごしました。

長崎港に停泊するサファイア号。

長崎港から出港の時、地元高校生のブラスバンドがお別れの曲・「蛍の光」を演奏しました。

自分の船室の郵便ポストに、「フラワー・アレンジメント教室」で作った花を飾る。

本船が寄港先で交換したペナントが、通路の壁面に展示されています。

今回のクルージングの旅に、乗船のサファイア・プリンセス号。 ☆ 船級区分は、プレミアム(Premium)クラス・(US$150~400/泊) 本船の付帯するサービス(全食事付き、付帯イベント類)を加味すれば、このクラスの中・下級船室に乗船すると、料金的には日本のリゾートホテルと同等ないしは割安感です。 ☆ このクラスの主な運航会社は…   プリンセス.セレブリティ.ホーランド・アメリカライン.MSC.

本船は、日本の各地の港にしばしば寄港しますが、見物人はその船体の巨大さ(全長290m)に驚きました。 < 船体比較 >        排水量     全 長     定 員  本 船             116,000トン    290m    2,670名  飛鳥Ⅱ(日本最大)    50,142     241       940

本船は、姉妹船・ダイアモンド・プリンセス号とともに、三菱重工・長崎造船所で建造されました。 サファイア・プリンセス(Sapphire Princess)号は、アメリカの船舶会社のプリンセス・クルーズが2004年から保有・運航している世界最大級の外航クルーズ客船で、乗客定員は2,670人です。 同時期に建造された同型姉妹船としては、「ダイヤモンド・プリンセス号」があります。

サファイア号を保有するプリンセス・クルーズ社は、アメリカのサンタクラリタ(カリフォルニア州南部・ロサンゼルス郡の都市)に本社を置くクルーズ会社です。

七彩湾観光終了。

出て来る頃になってから、お日様がしっかりお目覚めのご様子。

辺りを明るく照らしています。 旅館までの景色。

周りにはヒマワリが沢山。

ヒマワリ。 一寸真ん中が小さいですね。

大きいものは、もう実りの時期を迎えていました。

小さいヒマワリに群がる虫たち。

綺麗な蝶々とちいさな蜂。

朝ご飯に必死で、こんなに近寄っても全然逃げません。

顔もガン見させてもらいましょう!

真正面になっちゃいました~♪ ヘン顔しているみたいな。

ストローを使って必死で蜜を吸ってますね。

その先に、ヒマワリが沢山見えたので・・・

来て見ると、やはり枯れたのが多くて。

頭重い・・・島倉千代子です。 ん!? すずめの大群!

種が沢山付いてておいしそう~ってな感じで群がってます。

チュンチュンと、とってもかわいいスズメちゃん達。

玉蜀黍の山。 敦煌でも友人宅で撮影しましたね。 http://4travel.jp/photo?trvlgphoto=36096307

収穫された向日葵の種。

みっちみちに固まって実ってます♪

朝食を摂ってから・・・

チェックアウトして出発準備です!

地元の酒蔵。

南台村役場。

S213省道沿いの南台村風景。

村を出ると、祁連山脈の裾野の風景が広がります。

七彩湾の周辺も、同じように七色ですね。

玉蜀黍畑の向こうから、勝手に入れちゃいそう。

この辺でも充分不思議な光景ですね。

でしょ?

風景区の村々をすぎると、

暫く畑が広がっていました。

S213省道を張掖に向かって進んでいます。

空がドンドン晴れてきました・・・。 癪に障りますねぇ~!

地面にパラボラ?・・・違います。 集熱器ですね。 真ん中に「ヤカン」を据え付けて、これでお湯を沸かすんです。

アッチこっちにあります。

家の屋根にはパラボラが。 中国のテレビ事情は、田舎へ行くほど受信局数が多かったりします。 みんな「パラボラ」で受信していますから。 地域によっては、1ヶ所で受信した物を、ケーブル配信しているところもあります(敦煌がそうでした)。

張掖手前でS213間をショートカットします。

楊樹の幼木並木。

次男坊ぐっすり。

玉蜀黍を積んだ車が沢山走っています。

乾燥市場(?)が有りました。

張掖で見掛けた学校。

それに結構立派で綺麗な教会。

張掖市内を通らないでショートカットし、、、

西婦負へ向かう側のS213省道に入りました。 ここはその西玄関で、寧張公道の「党寨」ゲート。

楊樹並木の道になっていました。

次の村「民楽県民楽村」のロータリー。

村人は、道路の真ん中で作物販売中!!(汗

郊外へ向かっている時、ヤケに玉蜀黍畑が多いなぁ~と思っていたら、、、

玉蜀黍満載のトラックが入って行く先を見ると、市場らしき場所を見付けました♪

でもって、その向こうの方をこらして見てみると、、、

雪をかぶった祁連山脈が見えて来ましたね!

ほら♪

徐々に近くになって来ました。

ズームしてみました。 霞が多いので、色が少し変わっちゃいます。

地税局か何かでした(うろ覚え)。

マリーゴールドの花が満開。

絨毯化してました~♪

これらのエリアを過ぎると、郊外の幹線道の雰囲気になって行きます。

ああ、青空が・・・

蘭州への高鉄(新幹線)の工事中! ドンドンネットワークが広がって、グングン便利になって行く中国。 ただ、その裏に必要な『肝心な事』には手も金も掛けてないので怖い・・・。

前方に又ゲートが見えます。

民楽県の南東ゲート。ここを出れば隣村の南豊郷。

この辺りから、少しずつ祁連山脈の方へと入って行きます。

なので、整備やら食事やらをする場所もちらほら。

こまたちの昼食は、もう少し走ってからになります。

楊樹並木は未だ青々としていますね。

優雅で嫋やかな「祁連山脈」。 ここから南部方向には、名前を肖った「祁連山県」って場所も有ります。

雪の帽子と緑地平原のコラボ。 大自然の景色が未だ未だ続きますので、次に続けてお送りしたいと思います。 西寧到着まで、もうお楽しみ下さい。

中國版高速鉄道【高鉄】 上海から北京までの所要時間、4時間48分、一等車で925元(日本円で約2万円)

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北京 宿泊したホテル、ルネッサンス ホテル フロントはあたかも図書館のような雰囲気である

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北京 王府井 北京第一夜の食事  ホテル近くの王府井にある飲食店に、閉店30分前に駈け込み、晩い食事をとった。

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北京 王府井   夜食後、老舎の嘗ての家近くの王府井を散歩、老舎の作品’「駱駝の祥子」が牽く人力車の銅像が路上に置かれており、北京旅行記念に、旅人はそれに乗りながら記念写真を撮っている

北京 王府井   路上銅像

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館 東北大学の医学部での魯迅(周樹人)の成績表

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館

北京 魯迅記念館内にある、嘗ての魯迅の書斎、 壁に掛っている本棚の隣の小さな額の中の写真は、日本の東北大学の医学部で学んだ時の恩師「藤野先生」

北京 魯迅記念館(魯迅の旧居)

北京 魯迅記念館 嘗ての魯迅の旧居内の、裏手に増築した魯迅の書斎で、【虎尾】と呼ばれた部屋。 内部は見学出来ないので、裏手に回り、窓から部屋の中を眺めた。 彼は、この部屋で終日過ごしていたようで、当時勤めていた北京女子師範学校の学生もしばしば訪ねてきている、その中に後に彼の夫人となり、一子海嬰の母となった許広平女史も良く訪れ、彼の原稿などの清書などを手伝っていたようである。【 許広平】 (1898‐1968 魯迅夫人。広東省出身。字は漱園,筆名に景宋).北京女子師範大学在学中,学園の自由化を要求する運動に参加し,同校の講師でもあった魯迅と接触,助言を仰ぎ,この部屋で彼の原稿などの清書を手伝っていたという。

北京 魯迅記念館、東北大学の医学部で教えてもらった【藤野先生】の像

ホテルの裏手にある、昔からの庶民住宅街。夕日が沈みかける時分に、散歩に出かけた。

ホテルの裏手にある古くからの庶民住宅街に、解放後に認められた個人経営の店【個体戸】の食堂が残っているというので、散歩がてら探しに行き、夕食をこの店で食べることにした。

北京での小規模個人経営(個体戸)第一号の食堂【悦賓食堂】に入り、夕食をとることにした。

個人経営の店(個体戸)の【悦賓食堂】で注文した料理。 「面筋白菜」、「鍋塌豆腐」、「清炒蝦仁」、「冬瓜湯」等が人気のある料理

個人経営の店(個体戸)の【悦賓食堂】からの帰り道、露地の上には、三日月が輝いていた。

宿泊先の、ルネッサンスホテルの夜景と、その裏手、目の前に広がる庶民住宅の夜景のアンバランスに、今の中国の一面を見たような気がした。

北京 「郭沫若記念館」

北京 「郭沫若記念館」

北京 「郭沫若記念館」

北京 「郭沫若記念館」 若い時の郭沫若

北京 「郭沫若記念館」 日本の亡命時代の写真   千葉県市川市での郭沫若と、日本人夫人佐藤富子と子供

北京 「郭沫若記念館」

北京 「郭沫若記念館」

北京 「郭沫若記念館」

北京 后海

北京 「宋慶齢旧居」

北京 「宋慶齢旧居」

北京 「宋慶齢旧居」  館内に架けてある、孫文と宋慶齢夫人の絵画

北京 「宋慶齢旧居」  館内に架けてある、宋慶齢夫人の若き日の写真

北京 「宋慶齢旧居」  館内に架けてある、宋慶齢の絵画

北京 「宋慶齢旧居」  館内に架けてある、宋慶齢の絵画

北京 「宋慶齢旧居」  館内に架けてある、宋慶齢の絵画   1949年の天安門で毛沢東と周恩来と一緒に

北京ダックの人気店「大董〇鴨店」金宝匯店 * 〇は、火偏に考、「○鴨」は北京ダックのこと

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店    *「烤鴨」は北京ダックのこと

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店    北京ダックの釜が、店の中央のコーナーに。4カ所作ってあり、調理人が身を躍らせながら、焼きあげて行くのを、席から眺めている

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店    北京ダックの釜が、店の中央のコーナーに。4カ所作ってあり、調理人が身を躍らせながら、焼きあげて行くのを、席から眺めている

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北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 出来上がった北京ダックを、席の脇に来て、調理人がダックを切り皿に盛りつけてくれる。その手さばきをごく近くで眺めているうちに、食欲が次第にそそってくるのである

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 出来上がった北京ダックを、席の脇に来て、調理人がダックを切り皿に盛りつけてくれる。その手さばきをごく近くで眺めているうちに、食欲が次第にそそってくるのである

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北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 出来上がった北京ダックを、席の脇に来て、調理人がダックを切り皿に盛りつけてくれる。その手さばきをごく近くで眺めているうちに、食欲が次第にそそってくるのである

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 切り終えて、盛り付けされた北京ダック

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 切り終えて、盛り付けされた北京ダック

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 切り終えて、盛り付けされた北京ダック

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 此処でも蘇州名物の「松鼠桂魚」を注文

北京ダックの人気店「大董烤鴨店」金宝匯店 野菜と茸、それに豆類の炒めのも

魯迅の八道湾故居付近の絵図

魯迅の八道湾故居付近の胡同

魯迅の八道湾故居付近の胡同

魯迅の八道湾故居付近の胡同

魯迅の八道湾故居付近の胡同

魯迅の八道湾故居付近の胡同

魯迅の八道湾故居付近の胡同にある北京第35中学校

魯迅の八道湾故居付近の胡同にある北京第35中学校(高校)

魯迅の八道湾故居付近の胡同にある北京第35中学校(高校)

魯迅の八道湾故居付近の胡同にある北京第35中学校(高校)

魯迅の八道湾故居付近の胡同

魯迅の八道湾故居付近の胡同

地下鉄新街口駅

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】     北京市西城区磚塔胡同61号付近   

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】     北京市西城区磚塔胡同61号付近   

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】     北京市西城区磚塔胡同61号付近   

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】     北京市西城区磚塔胡同61号付近   

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】     北京市西城区磚塔胡同61号付近   

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】、       【万松老人塔】

、魯迅の旧居があった【磚塔胡同】        【万松老人塔】

、魯迅の旧居があった【磚塔胡同】         【万松老人塔】

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】、       【万松老人塔】

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】、       【万松老人塔】

魯迅の旧居があった【磚塔胡同】、         【万松老人塔】

北京南駅

 北京南駅

北京南駅

北京南駅

ホテル星宇国際大酒店から、九寨溝入口までは車で5分の距離。あっという間に到着し、ガイドさんに手続きをしてもらいます。 九寨溝の入口では、皆記念撮影をしています。意外にも日本人はほとんどいないようです。

山の天気は変わりやすいですが、今のところ天気は良好。 入口からまずは、グリーンバスで原始森林に向かいます。 グリーンバスの中でもガイドさんがいろいろ説明してくれます。 九寨溝には五絶というのがあり、 ・畳の滝 ・雪の峰 ・色とりどりの原始林 ・翡翠の湖 ・チベット族の情け のことを指すようです。またもや必死にメモをとりながら話を聞きます。

グリーンバスは、コバルトブルーの湖沼群の間を縫うようにして高度を上げてゆきます。早朝で風がなく、湖面はまさに鏡のようです。バスの中では「すごい」を連発していました。

約30分で原始森林へ。ガイドさんの話では、たいていの日本人は、原始森林でバスを下りると、次のポイント、箭竹海まではグリーンバスで移動してしまうとのこと。自分は折角なので、天鵞海まで歩くことにします。

トレイルは、整備された木道が敷かれ、快適な歩きです。このルートは、一般的にもあまり歩く人が少ないようで、ほとんど人に会いませんでした。大満足のトレッキングです。

天鵞海に近くなると、透き通った小川の流れの向こうに、氷河に削られた急峻な山なみが見える風景となります。

九寨溝というと、透き通った湖ばかりが注目されますが、この風景は意外性があるということもあって、写真をバチバチ撮りまくります。ガイドさんは写真を撮るのをずっと待っていてくれました。 ガイドさん同行でも自分ひとりなので、この辺はかなりフレキシブルになります。

天鵞海への散策路から。 こういった風景の中を散策してゆきます。

天鵞海が近づいてきました。

天鵞海はもうすぐです。

天鵞海(Swan Lake)。 なるほど、英語で言うと、『白鳥の湖』になるのか。 白鳥は見られませんでしたが、数羽の鴨がいました。

湖面はまさに鏡のようです。

それにしてもすごい風景です。

天鵞海から箭竹海までも歩くことにします。

結局、原始森林から箭竹海まで10kmを歩いてしまうことになりました。 この歩きにガイドさんも付き合わせてしまい、やや反省。このルートはガイドさんも初めて歩いたと話していました。

箭竹海までのルートは、原始林の中や、急流のそばを通ったりするコースです。

このルートは、原始森林→天鵞海のルート以上に人が少なかったです。

花の写真を撮ったりしながら、12:00近くに箭竹海へ。

箭竹海が近くなると、湿原が広がります。ここでまた、「すごい」を連発し写真を撮ります。 ただ、ガイドさんの話では、「この風景は九寨溝では普通ですよ」とのこと。普通の風景でも写真を撮ってしまう日本人は、不思議に思われてしまったかもしれません。

箭竹海(Arrow Bamboo Lake)。 このあたりまでくると、漸く観光客の姿が増えてきます。

箭竹海。

箭竹海でも、山なみが湖面に反射する風景を見ることができました。

次に向かうは熊猫海(Panda Lake)。10kmの歩きでだいぶ疲れたのと、時間が圧しているので、熊猫海へはグリーンバス利用です。

このあたりまで来るとかなり観光客が混んできて、土産物屋等も出てきます。

熊猫海では、鱗の無い魚、「裸鱗魚」を見たりします。

熊猫海。

次に五花海(Five Colored Lake)へ。 五花海へもグリーンバス利用です。しかし、グリーンバスが来ると、中国人たちは我先にとバスに乗り込みます(並ばない)。気の弱い人ならいつまでたってもバスに乗れなそうです。

五花海の裸鱗魚の群れ。

こちらは五花海の観光客の群れ。

それにしても、物凄い碧さです。

五花海。

次に、珍珠灘へ。

珍珠とは真珠のことで、岩に当ってはじける水飛沫が真珠のように見えることからついた名前のようです。

珍珠灘瀑布。 珍珠灘瀑布は滝幅の広い、日本ではなかなか見られない滝です。圧倒されっぱなしでした。

この滝でも九寨溝で一番大きな滝ではないようです。

次に鏡海に向かいます。

鏡海(Mirror Lake)。 朝、グリーンバスで鏡海を通ったときには、その名の通り、風もなく鏡のような湖面が見られたのですが、昼頃には風が出て湖面が波打っていました。 時間もおしているので、ここは早々にパスし、昼食をとるため、観光客でごった返す諾日朗サービスセンター内にあるレストランへ行くことにします。

レストランは予想通り、かなり混んでいました。 朝の10kmトレッキングが響いて昼食終了は13:45くらい。予定よりも45分おしです。 昼食を摂った諾日朗観光サービスセンターにはチベットのお土産屋がたくさんありました。

昼食後、長海に向かいます。 グリーンバスで長海に向かう途中、季節によって現れたり消えたりする季節海が見えました。

長海。 長海は九寨溝最大のフィヨルド湖です。Sの字をしており、展望台から見えるのは長海の1/3くらいだそうです。

標高3,150mは九寨溝観光ルートでの最高地点となります。

次に、五彩池へ。 グリーンバスを下車してから、五彩池までは階段を下りてゆきますが、湖はまでは、長蛇の列でした。

五彩池は、九寨溝の中ではたぶん日本に一番紹介されている湖でしょう。 グリーンバスではほとんど見かけていない日本人観光客が多く、ちょっと不思議でしたが、どうも日本人のツアー客はグリーンバスではなく、専用のマイクロバスで九寨溝内を移動しているようです。

ガイドさんの話では、五彩池は、九寨溝の中で一番小さい湖で、”五彩池”の五というのは数字の5ではなく、”たくさん”の意味とのこと。

五彩池観光を終え、再びグリーンバスで、諾日朗サービスセンターへ戻ります。 途中チベット民族の村のそばを通ったりします。

諾日朗瀑布へ。

諾日朗瀑布は、九寨溝最大の滝で、落差24.5m、幅320mあるそうです。幅320mというのがすごいな。。。

犀牛海。 ここにも裸鱗魚がいました。 ガイドさんがここで裸鱗魚をみるのは初めて、と言っていたので、自分は裸鱗魚が熊猫海から下ってきたか、卵が流れてきたという持論を展開したりします。

水力マニ車。 これなら、水がなくならない限りずっと回っていそうです。

老虎海。

樹正瀑布。

樹正群海。 小さな湖沼群が連なる湿地帯のようなところで、紅葉の時期はかなりきれいだろうな、というのがわかります。ちなみに、紅葉は10月下旬とのこと。

さすがに疲れてきましたが、次に樹正寨へ。九寨溝最大のチベット民族の村だそうです。

樹正寨は、観光客商売をしているので、九寨溝の中ではもっとも裕福なチベット民族村とのこと。 ここでは、アイスを食べたりして休息しました。

朝の10kmトレッキングの影響で、最後のほうはだいぶ端折っての観光となりました。火花海、盆景灘と観光し、九寨溝観光終了は、17:00近くになってしまいました。

ここから、チベット族運転手の結構乱暴な1.5時間ドライブで、川主寺という集落のホテルに向かいます。

宿泊するホテル岷江源国際大酒店に着いたのは19:00前。ホテルは改装工事中でした。

夕食は、ホテルのレストランにて。今日もお願いしてガイドさんに同席してもらいました。

かなり辛い料理が多く、成都ビール15元を頼んでしまいました。 明日は、8:00にホテルのロビー待ち合わせで、黄龍に向かいます。

浦東空港での乗り継ぎ時間は一時間ちょっとしかありません。 浦東空港のトランジットは初めてでしたが、一旦中国に入国、歩いて国内線ターミナルへ移動し、何とか桂林行きの便に間に合いました。 国内線ターミナルにはファミマが入っていました。

すぐに桂林行きMU5381便に搭乗。 自分の席には、中国人の子供が座っていましたが、どうもローカルの人たちは、飛行機の座席は乗り合いバスの感覚のような気がします(帰国便でも同じ状況がありました)。ただ、後ろのほうの席はガラガラだったので、CAに断って、3-3並びの窓側席へ移動。

上海から桂林の便は、結構長く3時間程度。

この便では、調理したものではありませんが、ちょっとした機内食も出ました。

桂林に近づくと靄のかかる中、遠くに山水風景が見えたりして早くも気分が盛り上がってきます。

桂林の空港には、予定通り17:00頃到着。 今回は、宿泊するホテル経由で、タクシーを予約してあり、自分の名前を書いた紙を持ったドライバーを発見。しかし、このドライバーは日本語はもちろん、英語も話せませんでした。

桂林空港から目的地、陽朔までは約一時間の車移動です。

陽朔へ向かう道では絶景の連続で、写真をバシバシ撮りまくりますが、中国語しか話せないドライバーと、中国語を話せない外国人観光客(自分のことです)の車内はやや微妙な雰囲気でした。

18:00頃、2泊する宿、Yangshuo Hidden Dragon Villaに到着。

ホテルにチェックインすると、部屋からは絶景が眺められます。 実は今回、この宿を予約したのは、ネットに載っていた宿からの風景が気に入ってしまい、陽朔の街中ではなく、街から離れた地に宿を取ったのでした。

ホテルからの絶景を眺めていると、ホテル前の道を水牛が歩いていました。

早くもホテルからの絶景に満足していると、まもなく、雷の鳴る音が聞こえ、 さらに、土砂降りの雨が降り出しました。はじめは、「こんな土砂降りの雨もいいもんだ」なんて思っていましたが、そのうち、部屋の窓付近から、ものすごい雨漏りが。。。かなりの勢いで漏れてきました。

レセプションでわけを話し、プラスチックのゴミ箱を持ってきてもらって、雨漏りの水を受けますが、30分とせずに一杯になってしまいます。ただ、こういう経験も面白そうだったので、敢えて部屋変更は申し出ず。

しかし、アンラッキーはこれだけではなかったのでした。 とりあえず、レセプションに行って翌日の予定を立てていると、雷の影響で、今度は停電になってしまいました。 真っ暗です。 仕方なく、レセプションでろうそくをもらい、部屋に戻ります。

既に時刻は20:00過ぎ。ホテルのレストランRoof Garden Restaurantで食事ができるのは21:00までとのことで、停電の中営業しているか期待はせずに、とりあえずレストランに行ってみます。 予想通り停電の影響で調理はできないとのこと。ろうそくの灯る雰囲気が増したレストランで地ビール、漓泉だけを飲んで部屋に戻ります。

今夜は電気は復旧しないかな、と思っていると21:15に電気復旧。部屋の外からは、歓声が上がったのでした。

レセプショニストによると、早朝、晴れればRoof Garden Restaurantからの絶景が眺められるとのこと。明日は早起き目標です。

二日目 7月19日 6:00起床。 最上階のRoof Garden Restaurantへ。

陽朔の朝靄の風景を眺めます。 昨日の雷雨の影響か、かなり靄がかかっていますが、これはこれで雰囲気のある風景です。

部屋に戻って二度寝し、8:00過ぎに朝食。 折角なのでメニューの中からLocal Breakfastをチョイスすると、餃子スープでした。

今日は9:30から竹の筏で遇龍河下りです。レセプションでタクシーを呼んでもらいます。 タクシーを待つ間、ホテルの写真を撮ったりしました。

筏下りスタート地点へ(タクシー代40元)。タクシーを降りるとプラスチックの棒を持った地元の人がしきりに何か言ってきます。これは、あとで強力水鉄砲レンタルの売り込みと理解するのですが、一人旅では水鉄砲で攻撃する相手もいないので、レンタルはせず。

意外にも筏下りスタート地点はかなりの人で賑わっていました。ほとんどが中国人のようです。

筏の漕ぎ手は、王さんという人で、これまた中国語のみしか話せず。それでも、ポイントでは、擬音とジェスチャーでいろいろと説明してくれます。水に濡れるから靴を脱げという意図も理解し、裸足で筏下りを楽しみます。

所々に堰のような流れが急になるところがあり、その先では写真を撮影&販売もしていました。通常こういったものは買わない主義なのですが、なんとなく買わないといけないような雰囲気になってしまい、1枚15元を購入。その場でプリントアウト&パウチっこしてくれます。

予想以上に透き通った川に足を浸しながら、山水風景を眺めてののんびり筏下りを楽しみます。

グループで来ている人たちは、筏下り出発点でレンタルしていた強力水鉄砲で水攻撃をしたり、

その攻撃を桶で防御したりしてはしゃいでいました。

水鉄砲攻撃はいたるところで行われていました。 大の大人が夢中になって楽しそうです。

途中、川の所々にある浮島売店のようなところの一つで鳥モモ肉と漓泉ビールの昼食。

結局、竹の筏下りは12:00頃まで楽しみました。

かなりの数の筏が下っていたので、その筏はどうするんだろうと思っていると、やはりトラックで上流へ運ぶようです。

筏下りの終点からは、一旦歩いてホテルに戻ります。 ホテルで一時間ほど休息してから再始動。

レセプションでレンタサイクルを借り、ついでに筏の漕ぎ手が「見ておくべき」と多分言っていた大榕樹への行き方を聞きます。大通りに出て左に曲がって真っすぐとのこと。

大榕樹までは自転車であっという間でした。20元払って中へ。やはり観光客は中国人がほとんどのようです。

樹齢1400年以上というガジュマルの樹は、この木なんの木にも似ていました。

大榕樹の後は、さらに自転車で南方向に向かい、月亮山をパスして高田郷へ。 日本では品薄で入手困難の扇風機がたくさん陳列されていました。

高田郷では偶然、高田市場というローカルマーケットを発見。

高田市場では、果物や

鴨や鶏、

ナマズ等が売られていました。

ちなみにスイカは一個6毛。日本円で10円くらいでしょうか。

ローカルマーケットを体験した後は、陽朔方面へ戻ります。

道路から月亮山が見えました。

折角なので、月亮山に登ることに。

ぽっかり空いた穴は結構近くに見えるので気楽に構えていましたが、結構な段数の急な階段を登ってゆきます。 最後は数歩進んでは息を整える感じで、一時間近くかけて穴のある場所へ。

ここからは急峻な山水風景も眺められました。

月亮山では赤とんぼを発見。

月亮山のあとはかなり疲れたので、客引きが龍門水岩に行こうとスクーターで併走してくるのを半ば無視してホテルに戻ります。 ホテルまでの道も絶景の連続です。

16:00過ぎにホテルに帰還。

汗がすごいので、とにかくシャワーを浴びて休息。

今夜は20:00からの印象・劉三姐を予約してあるので、19:10にタクシーを呼んであります。 このため、18:00には夕食。

時間があまりなかったので、何か早くできる食事を、とのリクエストで勧められたのはピザ。

中国でピザと言うのもどうかな、という気もしましたが、Roof Garden Restaurantで、山水風景を眺めながら食したピザは、かなり辛く、地ビールの璃泉ビールもすすんでしまったのでした。

Roof Garden Restaurantのベランダでは、ホテルで飼われている子猫のミミがトンボを捕まえていました。

19:10にタクシーで印象・劉三姐の観劇に出発。 中国語しか話せないタクシーの運転手から、旗を持った英語を話せる女性に引き渡され、後をついてくるように言われます。

後をついてゆくと、今度は正式なチケットを入手するからここで待ってて、とのこと。程なくしてチケットをゲットし、チケットに記載してある座席番号の説明を受け、会場へ。ほぼ満席のようです。

自分の席を探しだし、席に着こうとすると、隣の西洋人女性が「ニーハオ」と。「いやいや、中国人じゃないんです」と話し、ちょっとした会話。この女性は11日間かけて中国の北京・上海・西安・陽朔と廻っているとのこと。 カリフォルニアから一人旅のようです。日本人なら筆談という手がありますが、アメリカ人が中国を一人で旅するのは大変そうです。

20:00に印象・劉三姐が始まりました。

基本的に中国語のショーなので、詳しい内容は理解できませんでしたが、その演出だけでも観てよかったと思えるショーです。

隣のカリフォルニア女性も「ビューティフォー!」「ファンタスティック!」「アンビリーバボー!」という言葉を連発していました。

約70分のショーの後は再び予約してあったタクシーでホテルに戻ります。タクシー代は往復で60元でした。 明日は、7:30のフライトに乗る必要があるため、朝5:00にタクシーを予約。早朝の出発となるため、この日のうちに清算。カードで税込1,445元(400元x2泊、筏下り、食事代等込)でした。

三日目 7月20日 いつものように早朝出発のプレッシャーに負け、ほとんど眠れないまま4:00過ぎにシャワーを浴びて、5:00にホテルのロビーへ。レセプショニストはいませんでしたが、多分このホテルの管理人(?)のおじさんがいて、小物入れのプレゼントをもらいました。このHidden Dragon Villaは、従業員もフレンドリーで場所も隠れ家的なところにあり、またリピートしたくなる宿でした。 陽朔(桂林)は日本からは短期間では行きにくいロケーションですが、また訪れたくなる雰囲気がありました。

北京空港からの離陸が何故か遅れ、屯渓空港到着は約40分遅れの21:00過ぎ。ここでガイドさんとドライバーとの面会です。といっても初日は、ホテルまで送ってもらい、チェックインして終了です。

5月4日 7:00起床。朝食を摂ってきます。 朝食後、ホテルのすぐ前にある明代に建造された老大橋をちょっとだけ散策。

8:30にロビーでガイドさんと待ち合わせし、約一時間ドライブで黄山へ。 プライベートカーとバスを乗り継ぎ、約一時間で雲谷ロープウェー乗り場へ。

朝は雨が降っていたのですが、天候はだいぶ回復して青空が見え始めました。ガイドさんの話では、黄山で晴れの日は年間80日程度とのこと。かなりラッキーなようです。

心配していた混み具合のほうも、特に列もなくちょっと拍子抜けするくらいガラガラでした。

ロープウェーに乗り込むと、風景はテレビやガイドブック等でも紹介されている”これぞ黄山”という急峻な花崗岩の山並みが続く風景となります。

斜面には赤とピンクのツツジが咲いていました。

左側に尖がった蝋燭岩が見えました。

ロープウェーを降りると、ツツジの咲く遊歩道となります。

座るのがちょっと怖いベンチ

新緑の気持ちのいい遊歩道を進みます。

ツツジの咲く遊歩道を奇岩と花崗岩から生えるたくさんの松を見ながら歩いてゆきます。 これは石筍矼。

堅琴松

探海松

現景台からの眺め

龍爪松

情人橋にはたくさんの鍵がかけられていました。

連理松

黒虎松

国連のアナン事務総長にちなんで名付けられた安南-雨傘松

夢筆生花

北海に到着。

山岳ホテルの黄山獅林大酒店にチェックイン。 黄山のホテルに泊まるのは、サンセットとサンライズを見ようという目論見です。

ホテルには今日の日没時間とサンセット可見概率が表示されていました。

昼食はホテルのレストランにて。他の団体客が和気あいあいと昼食を楽しむ中、レストランの端に急造でセッティングされたことがあからさまにわかる臨時テーブルで弁当風の食事をもそもそ食します(他の団体客は何皿もある中華料理)。

ホテルで少し休んだ後13:30に再始動。

階段の多い黄山の山道を歩き回り獅子峰へ。 猿子観海。

団結松

回音壁。 ここではエコーを楽しみました。

右側に飛来石が見えます。

岩壁沿いに遊歩道が見えます。

飛来石

西海大峡谷へ向かいます。

ここではエコーが数回反射していました。

遠くに飛来石

歩仙橋が見えました。

歩仙橋

歩仙橋ではのんびり30分くらい休んでしまいました。

次に向かうは丹霞峰。 丹霞峰でサンセットを見ようと、来た道を引き返します。

この風景、ヨセミテっぽい雰囲気でした。

丹霞峰へ。 残念ながら、太陽は見えず。

それでも粘って待っていると、雲の下から太陽が出てきました。

太陽が地平線に沈んでゆきます。

サンセットを堪能し、19:30にホテルに戻ります。 明日は御来光を拝む予定なので、4:20に出発です。

5月5日 御来光を拝むため、3:30起床。シャワーを浴び、真っ暗な中、4:20にはホテルをチェックアウトし、光明頂を目指します。 5:00過ぎに光明頂へ到着。

光明頂にはたくさんの観光客がいて、御来光を拝める場所はほとんど人で埋め尽くされていました。

それでも何とか腕を伸ばして写真が撮れる場所を確保。御来光を待ちます。

5:22、太陽が顔を覗かせました。自分も思いっきり腕を上へ伸ばして写真を撮ります。

太陽が上がると、観光客は皆すぐに移動してしまうらしく、だいぶ空いてきた展望台で、モルゲンロートに染まる山並みを撮影したりしていました。

光明頂のレストランでお粥の朝食後、山を下りる事に。

当初の予定では、麓まで徒歩下山のスケジュールでしたが、右膝がだいぶ痛くなってきて急遽、ロープウェー下山に変更してもらいます。

とはいっても、ロープウェー乗り場までは、たくさんの階段を上り下りしなければなりません。

迎客松へ。 ここは有名な観光スポットになっているらしく、観光客でごった返していました。未だ9:00前という時間なのにすごい混雑です。

送客松

蒲団松

玉屏楼ロープウェー乗り場へ。 急遽こちらの都合で予定を変更したため、ロープウェー費用は実費がかかります。自分とガイドさん分で計160元。ロープウェーは恐怖感すら覚える高速運転で麓まで移動。ガイドさんの話では、人が混んでいるからスピードアップしているとのこと。

実際、麓のロープウェー乗り場では、何100mにも渡る長蛇の列ができていました。昨日の往路で全く待ち時間無くロープウェーに乗れたのはかなりラッキーだったのだと理解します。

ロープウェー乗り場脇には、数mに成長した筍がたくさん生えていました。

黄山観光はこれで終了ですが、ロープウェー下山に変更して時間もたっぷりあるので、もう一つの世界遺産・安徽古民居群に行くことにします。

ホテルの正門。 入り口だけは、ソフィテルやグラン・メルキュールと同じ(笑 昨日は深夜にようやくチェックイン、疲れが取れぬまま寝てしまった。 朝起きたら外は雨、身も心も重苦しいが、とりあえず予定通りに、観光を続行することに。

そのグラン・メルキュール全景。

では、兵馬俑と秦始皇帝陵博物院へ、いざ出発。 まず西安駅(火車站)前からの第306路(遊5路)のバスに乗るために、とりあえず西安駅まで歩く。

駅前の小さな快(怪?)餐(ファストフード店)

西安火車站

日本の赤十字と似てる(笑

中国の献血車。西安駅(火車站)前にて。

何とか乗り場を突き止め、無事306路のバスに乗り、西安郊外へ向かう。

だんだん渋滞も気にならなくなって、バスは順調に走り出した。 ところで中国の自家用車のナンバーが気になる。 名付けて「走れ!糞?ナンバー!」問題。 ナンバープレートの記号が、ぱっと見で「糞?(失礼!)」に見える件。 河北省ナンバーの記号は「冀 (Jì)」だが、ナンバープレート上の刻印の字体が、そうは見えない。 もし将来、自分が中国で自家用車を登録するようなことがあっても、河北省だけは、やめておこう・・・ Wikipedia:中華人民共和国のナンバープレート識別記号一覧 https://ja.wikipedia.org/wiki/中華人民共和国のナンバープレート識別記号一覧

まず兵馬俑のある、新始皇兵馬俑博物院に到着。

以下、編集中です。 (気長にお待ちください)

入り口正面の特等席?からの一枚。

「♪アホは見る~、馬のケツ~」 ・・・失礼しました。 (焦点距離 200mm くらいの望遠ズームレンズを持ってくれば良かった) 別にお腹の下にでも穴を設けて良かったのに、ちゃんと?お尻に穴を開けたのは、ある種のユーモアを感じさせる。

イチジクごろごろ・・・

店先のマネキンにびっくり。 衣装がチョットやりすぎな感じ、妙に気合が入りすぎて若干痛い・・・

翌朝、ホテルにて、灰皿の砂の整え方がお洒落?

たかがエレベーターホールの灰皿でも手は抜かない?

手近なところにコピー機がなくても、こうやってスマホで写メっておけば(表現が古すぎる)、ピントさえしっかり合わせてある限りは、実際問題として何も困らない。

今日は西安旧城内の街歩きに出発。

ホテル前の大通り、信号のない横断歩道を怖々渡り、向かいの中国銀行の陝西支店へ。 古いユーロ建てのトラベラーズチェックを中国元に換金してみた。

日本の銀行と同じく、整理券を発券してもらい、番号を呼ばれるまで、ひたすら待つ。 面白いのは、「待てない」と騒ぐ輩への対策なのか、フロア全般の接客担当で、受付に待機している行員が、こっそり若い番号の整理券を隠し持っていること(笑 「ね~、私の順番、まだ?(意訳)」と聞いてきたオバちゃんに、子供に飴でも渡すように、こっそり整理券を渡していた。 トラベラーズチェックのカウンターサインの場所を間違えて怒られたものの、何とか換金自体は無事に終了。

陝西省の省庁、でかい・・・

交通銀行って何じゃらほい、と思ったら、中国五大銀行に入ってるんだと。

消防署のシャッターを塗り替えていた。 いちいちマスキングとかしないで、後から番号だけ塗り直すのね・・・

大通りを歩いていると、ここでいきなり街並みが変わる。 回族区とその他の市街地の境界線?

清真大寺へと、路地へ分け入る。

ついに清真大寺の門に到着。

屋根瓦の下に、向かい合った二羽の雀が、見えますか?

顔の皮膚炎?何とかしてやりたい・・・

近所の子供達が、時折笑い声をあげながら、遊びに興じている。

噴水が岩を伝って流れ落ちる。

ついに奥の院の、礼拝大殿へ。

礼拝大殿。 ちょうどお昼の礼拝の時間で、続々と付近に住む回教徒が集まって来ていたので、内部の撮影は控えることにした。 奥の礼拝のスペースは、白っぽいタイルが壁一面に貼られ、他の国で見るモスクと変わらない。

その水を受ける鉢の中の金魚?

清真大寺の周辺の回族区では、肉屋も多い。 その肉屋の表から見える店内で、羊などの皮を剥いだ肉の塊を、上から吊るし切りにして、モツをさばいていたりする。 だからその肉屋の店先で、ゴローンと積み上げられた巨大な肝臓などに、ハエがうじゃうじゃたかっている。 その店の近くに、こういう生きた羊やらヤギやらが繋がれている、っていう・・・

鼓楼

鐘楼のテラスから、東西南北を見渡す。

黒塗りの武装警察の大型バス、そばで見ると威圧感がある。 (これを廃車にして払い下げたら、日本の右翼団体は塗装代が浮くのに ←不謹慎)

鐘楼の内部の展示コーナー。 教訓その一。燭台を使うなら、こまめに洗いましょう(笑 でないと後世になって、こうやって晒し者にされても、知りませんよ・・・

この鐘は、最初のオリジナルから数えて、3代目らしい・・・

鼓楼

鼓楼の内部の展示コーナー。、古代からの打楽器の歴史。 すぐそばのステージのある一角では、現代的なパフォーマーたちの一団が、大音響で生演奏中、難聴になりそう。

西安旧城内を散策

南門

城壁の上に登るためのスロープの門、閉鎖されている。

上海への移動のため、夜にホテルをチェックアウトして、タクシーで西安咸陽国際空港へ。 またタクシーが天然ガススタンドに直行。

帰国便である上海~名古屋の中国東方航空便は、見事に寝倒してチェックインが間に合わなかった上に、途中で敦煌から西安に行程を変更してしまったので、購入してあった制限付き割引料金のチケットは無効になっていた・・・ うわ~、運賃が円でも一桁違うなんて・・・安いチケットは、夕方か夜しかない・・・(泣 それでもビジネスクラスよりは安いから、正午頃には出発できる便を選ぶ。 運賃が定価の JAL とのコードシェア便、エコノミークラスにしてはバカ高いチケットを買うハメに(涙 そうしたら、さすが JAL とのコードシェア便だけあって、機内食も CA さんの器量も、明らかに格が違って、段違い平行棒にレベルアップしていた(笑 (何せ中国東方航空だけの国内便とは天と地ほどの格差。西安~敦煌は、お多福みたいな(失礼な!)CAさんに、機内食といっても小さなコッペパンとマフィン、炒り豆一袋だけだったから) ちなみに帰りの広告は、莫斯利安じゃなかった。

機内誌をパラパラと・・・ これは Porsche 911 Targa でしょうか。

激情人生って(笑 ・・・そんなこと言ったら、高速道路の追い越し車線を、150km/h くらいでぶっ飛ばしてる営業車は、どうなるのさ・・・

自分で買ったお土産の一つ、 文化革命の頃のスローガン風の安い財布。 おしまい。 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。 よろしければ、他の旅行記も、お読み頂けましたら幸いです。

おまけ。 参考著書の一例、日本語ガイドブック。

参考図書の一例、英語ガイドブック。

参考図書の一例。

深夜に上海浦東国際空港そばのホテル、ラマダ・イン・上海浦東エアポートにチェックイン。

重要文化財にして、木造で八角形の三重塔、省心楼は、残念ながら修復中(2015年9月末現在)。

自宅を出発した時からこんなお天気。 しかし特に土砂降りでもなく普通の雨でした。

大型バス。 この大きさのバス2台に分かれて出発。

エレベーターホール。

部屋からの景色。

空港から3,40分程バスで走ったところのホテルに到着。 ロビーで一人づつ身分証を見せて部屋の割り振りがされたのですが、ここで一悶着。 一人一部屋を利用の場合は200元支払うようにとホテル側。 しかしフライトキャンセルになった側からしたら、ここにきてなんでワシらが払わなあかんねん、と。 ビジネスマンとか一人の人はもちろん一人部屋がいいですよねェ。 ブーブー文句の嵐。 でもAIR CHINAの人が誰もいないのでどうすることもできず。 ホテルのレセプションの子はそういう決まりだから~の一点張り。 ここでおもしろいなーと思ったのが、文句を言ってるのが日本人だけだったってところ。 中国人の一人部屋利用の人は発票(領収書)が発行されるなら没問題~とばかりにさっさと200元支払ってキーをもらって部屋へと去って行きました。 日本の会社ってそういうの補填してくれないの?? それともお金の問題じゃあない? ビジネスクラスなのにこの対応はなんじゃいって感じ? あ、そういえばビジネスの人はこちらへどうぞ~とか何にも無かったなぁ。 まぁ中国の飛行機は所詮こんなもんなんだろな。 我が家は息子と二人だったのでそのままツインのお部屋に。 想像していたよりキレイで安心しました。

夜ご飯。 これには参った・・・ ブッフェ形式でしたがなんせおかずが3種類しかないんです。 しかもメインと呼べる肉類が無し。 ホテル周りにはレストラン的なものがなさそうなので仕方なくいただきましたけどー。 幸い息子は美味しい美味しいとガツガツ食べてくれたので助かりました。

ホテルの外観。 一応四つ星ホテルらしいっす。 あくまで中国的、四つ星ですが。 夜ごはんの時に何も飲み物がなかったので飲み物を調達しにちょっと外へ。

道を挟んだ向かい側に上海中心部では見ないタイプの飲み物しか販売していないスーパーへ。 レジシステムがほんとに上海では初めて遭遇するシステムで、銀行の窓口みたいにガラス張りになっていて、中におばちゃんが座っていて、所謂あの「レジスター」があるのではなく、紙にいくらか記入しマニュアルでお金を勘定するという・・・ グッと田舎に来た気分になりました。

翌日の朝焼け。 朝イチのフライトに変更になったため5時半起床。 6時半過ぎにホテルを出発でーすと昨夜フロントから連絡有り。 朝ごはんは昨日とは別の会場でおかゆ、油条、豆乳、饅頭(具なし)、野菜炒めとか昨晩のご飯より種類豊富でした。 円卓で空いてる席に座って周りの中国人のおしゃべりを聞いていると日本に永住している中国人が多いこと! しかも他人同士なのに偶然にもみんな同じ地域住んでいることが発覚。 やはり集まるのかな、同民族同士って。 あの寧波人のおばちゃんもしかり。 旦那さんは日本人でもう20年くらい日本に住んでいて、今は小学校の給食のおばちゃんをしているんだって。 中国にはめったに帰って来ないらしい。 日本の給食室事情をいろいろ聞かされ、逆に上海の日本人の生活事情を私が教えるというなんとも奇妙な朝ごはんのひとときでした。

CCTVのニュース映像。 昨晩のフライトキャンセルの元凶はこれだったみたい。 湖北省武漢市が大雨に見舞われたそうです。 このテレビに映ってる道、諸事情によりよく知っている道なのですが普段は常に車だらけで四車線くらいある大きな道なのにがっつり冠水していて車の姿がありません。 こりゃ重慶からの飛行機が上海に着かないってのも理解できますな。

一晩明けたら快晴! 空港へ向かいます。

昨日の雨はどこへやら。 青空が広がっています。 朝からご機嫌な息子。 特に飛行機好きでもないのに写真撮って~と。

こうやって飛行機に乗るのにバスで移動しないといけないことを考えると、昨日はほんとキャンセルになってくれて良かった~。

小さい飛行機だとスクリーンもなくてどの辺りを飛んでいるのかわからないのが不満です。

ブランチ。

定刻通りに成田到着~~! エヴァのかわいいキティちゃんの機体。

いつもの成田アクセスラインのホーム。 なんだかやっとここで心底ホッとしました(笑)

ホテルで貼られた部屋番号の書かれたシール。 そういえば息子はもうすぐパスポート更新時期だ。 5年て早いですよね。

実家について一休みしてから夜ご飯へ。 坂東太郎(養殖うなぎのブランド名)を食せる、カツのお店へ。 値段を全く考慮せず選ぶ小学生の息子。 一人だけ私たちのメニューの倍の値段もする大海老フライ定食を注文。 むむっ・・・。 でも人民元になおしたらそんなでもないので良しとしたろう。 元高、ありがたや~。

帰りしなに寄ったホームセンターにこんな広告が。 この猛暑の中はるばる九州からこんな田舎に・・・くまモン、辛苦了~(ごくろうさ~ん) なんて思いながら帰途につきました。 この二日間を振り返って感じたこと。 よくニュースで飛行機が遅延したため空港で大騒ぎする中国人が~とか、先日もタイの空港でフライトキャンセルに納得いかない中国人が大勢で国家斉唱した~とか聞きますが、今回ふと思い返すとそんな輩は一人もいませんでした。 旅行者が少なかったからなのかな? ビジネスと旅行はぜんぜん違うもんねー。 どちらにしても大騒ぎする中国人に遭遇しなくて良かったよ~~

出発1時間半前に空港に着くとこんな行列が。 この状態で待つこと2時間以上。 ちょうど私たちの後ろに日本に帰化しているという寧波人のおばちゃんが並んでいてその方とずっとおしゃべりしていました。 その間いろいろな情報が右往左往・・・ そのうち寧波人のおばちゃんがしびれを切らしてカウンターに走りました。 重慶からの飛行機だったらしいのですが、もう向こうを出発しているからもうすぐ着く、とか向こうは大雨で出発すらしていない、とかめちゃめちゃです。 本来なら17時半頃に出発して日本に着くのは21時半頃。 21時半ならまだ電車があるので問題ないのですがこれが3時間、4時間も遅れたら電車が無くなっちゃう! 夜中に成田まで親に迎えに来てもらうのもアレだし、なんならもういっそのことキャンセルになっちゃえ!・・・とこの時点で思い始めた私。 そして案の定結局キャンセルに・・・・ ホッしたのはつかの間。 待てよ、キャンセルということは航空会社がホテルを用意するのよね? 相手はAIR CHINA、一体どんなホテルをあてがわれるのかかなり不安に。 AIR CHINAのカウンターの姉ちゃんが大きな声で、 「成田行きはキャンセルになりました~っ。同意する人は私に付いて来て~っ。」 「同意する人」って・・・苦笑 するとすかさず寧波人のおばちゃん、 「我不同意~!!」(私は同意せんで~!) と食ってかかった。 彼女は明朝子供のお弁当を作らないといけないのでどうしても当日中に家に帰りたかったらしい。 しかしもうどうしようもない、キャンセルはキャンセル。 AIR CHINAの姉ちゃんはついてきて~しか言わないからこれからどうなるかさっぱりわからず。 でも出口に向かって歩き始めてるので私たちもゴロゴロ大きなスーツケースを転がしながらついて行くことに。 周りの日本人ビジネスマン達は一斉に会社に電話し始めています。 「キャンセルになったんだけどこれからどうなんのかわっかんねんだよ~」 的な会話がそこここで。 中国語がままならない周囲のおじさま達、私と寧波人のおばちゃんとで通訳してあげました。(英語でのアナウンスは無し) つい数時間前に入った入り口から再び外に出ることに。 するとすでに大型バスが待機していました。 「CA157の人はこれに乗って~~」と。 超超アバウトなんです。 どの人が該当者かとか、身分証チェックとか一切無し。 これ、中国語喋れなかったら相当不安なんじゃ・・・と思わずにいられませんでした。 でもまぁ中国っぽいっちゃあ、中国っぽいか。

GPSでチェックしているとどんどん空港から遠ざかって行きます。 ビルもまばらな浦東の田舎。 この時点でもまだホテルの名前すら教えてもらっていません。 その昔、中国国内線でフライトキャンセル時にあてがわれたホテルがホテルじゃなくていわゆるこっちでいう「旅館」的な施設だったことが脳裏をよぎり少々不安に。

表紙の写真。

それから武候祠入り口の手前。観光客が沢山。諸葛孔明も後世の人たちに愛されているようですね。

幽静な廊下。

次は三義園。お線香がたくさなりますね。劉備、関羽と張飛、三人の異姓兄弟が一つになり、あとの蜀国という強い国を作りました。これは「和」の力でしょうかね。

諸葛孔明が書いた有名な「出師表」。前後両書もあります。綺麗な字に感心ですわ。

孔明が発明した連弩(れんど)。

孔明が発明した輸送道具である木牛流馬(ぼくぎゅう りゅうば)。

三国史博物館。歴史が目の前に浮かぶ。

歴史に沈んで、深い思考ができる1日でした。

三国時期の文物が陳列されている。歴史の厚みを感じますね。

劉備と奥様の陵園。何千年も前の歴史がなんだか目の前に浮かぶ感じがしますね。

いよいよ主人公である諸葛孔明の像。扇子を持っている姿が格好いいですね。孔明が後世の人々に愛されている理由は知恵が多いだけではなく、いつも庶民のことを考えていたからです。そのため、民にも愛されつつある。

後世の人が三國の先祖を祀った聖地である武候祠。

最後にかわいい記念物を買って帰る。

これは誰でしょうか言うまでもないね。

劉備のお墓です。

蜀国の将軍たち。

最初は劉備の祠堂。

これは誰かも明らかですね~

チャクポ・リ(薬王山)の麓にある、サンゲ・ドゥング(摩崖石刻)へ向かう巡礼路。

仏具の販売。

タルチョ、経文の書かれた魔よけと祈りの旗。

マニ石が積み上げられたマニ塚。

マニ石の彫り師。

サンゲ・ドゥング、巨壁に彫りこまれた仏像群。

サンゲ・ドゥング前の灯明堂で、チベット高原特有の動物ヤクのバターを使ったロウソク。

サン(香草)が焚かれている。

ポタラ宮巡礼路、バター店。

神聖なものの周りを時計回りにまわるチベット人の祈りのスタイル、コルラ。

手にしているマニ車にはお経を巻いたものが入っていて、一回まわすと一回読んだことになる。

路上で、サン(香草)売り。

茶館で休憩。

マニ車修理。

巡礼路、東側。

ポタラ宮、巡礼路東側・康昴多北路。

ラサ郊外、民家訪問。

仏壇間。

別棟、台所。

パドゥ(うどん)、バター茶。

ラサ郊外から市内に戻る時は、検問チェック。

ジョカン(大昭寺)の周りを巡る道、パルコル(八廓街)の裏通り。監視カメラが設置。

故パンチェン・ラマ10世の写真が多い。

パルコル(八廓街)。様々な品物を売る店舗や露店が並ぶ市場であり、巡礼路でもある。

チベットで最も聖なる寺院、ジョカン(大昭寺)の屋上から。屋根の上にパラソルと人が。。。

法輪と鹿とポタラ。

文化大革命時、紅衛兵の兵営だったため破壊を免れた数少ない寺院。

パルコル(八廓街)。

チュバ(チベット服)。

トムセーカンの野菜市場。

小昭寺路、小学生。

夕食は、ギャコック(チベット宮廷料理)。

中国の文化・風俗・注意点

 風俗、習慣
 現在でも、中国国民の心には戦争の傷跡が残っています。一般的に中国国民は日本人の言動に敏感なところがあるので、滞在中は節度ある態度や行動が望まれます。

 少数民族
 中国には多数の少数民族が居住しています。少数民族居住地域に入る際は、それぞれ民族の習慣・風俗に十分配慮が必要です。

 健康等
 地域により衛生状態は必ずしも良くありません。伝染病、寄生虫病予防のために、生ものは口にしないなど衛生面に注意し、飲料水は必ずミネラルウォーターか湯ざましを利用します。A型・B型肝炎の感染例も比較的多く、長期滞在する場合は予防接種をお勧めします。地方で動物と接触する機会が多い場合には、狂犬病予防接種をお勧めします。
 また、小さな飲食店の中には衛生上の問題がある店もあり、病死した豚の肉や、農薬等が付着したままの野菜、工業用油を使用したりして中毒になるケースがあります。
 鳥インフルエンザの人への感染例、死亡例も報告されていますので注意が必要です。

 辺境旅行
 辺境地区への旅行者は増加傾向にありますが、雲南省や新疆ウイグル自治区において、日本人旅行者が心筋梗塞や脳溢血、肺炎を発症して死亡したり、緊急入院するケースが見られます。無理な旅行計画はたてず、体調が芳しくない時には十分休息をとり、水分補給を心掛けてください。
 また、辺境地区は自然環境が厳しく、交通(航空機の席を確保しにくい)、通信(国内外への通話が困難)が不便なため、旅行に際しては、十分な準備が不可欠です。特に、ご高齢の方は健康面の留意が必要です。