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アルバニアってどんな国?

アルバニアは東ヨーロッパのバルカン半島南西部に位置する共和国。正式名称はアルバニア共和国(Republika e Shqipërise)で、首都はティラナ。
西はアドリア海に面し、北にはモンテネグロ、東にはマケドニア共和国 マケドニアとセルビアのコソボ、南にはギリシャがある。

アルバニアの地図

アルバニアのブログ旅行記

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2006年7月9日 ... いま、マケドニアにいます。9月末には帰ります』トルコからブルガリアに入ると言ってた けど、いつの間にかマケドニア(旧ユーゴスラビア)にいた。『泊まるところがなくてようやく ここに来ました。向こうにアルバニアが見えます。』どうやら町(という ...

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2010年1月25日 ... アルバニアを支援する中国とも一線を画していたが、それでもユーゴスラビアはあくまで 社会主義国であり、皇室のご身分で訪問することはおそらくあり得ない国。 民間人として の最後の我儘として、あこがれていたこの2つの場所へ行ってみたい ...

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表2:世界の人種・民族別血液型割合

世界の人種・民族別血液型割合. Aborigines. アボリジニ (オーストラリア). 61. 39. 0. 0. Abyssinians. アビシニア (エチオピア). 43. 27. 25. 5. Ainu (Japan). アイヌ (日本). 17. 32. 32. 18. Albanians. アルバニア. 38. 43. 13. 6. Grand Andamanese. アンダマン ...

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2013年4月25日 ... 通りには、アルバニアの英雄のスカンデルベグ像がここに飾られています。国民の90% 以上がアルバニア人だから、コソボとアルバニアは密接な関係があることがうかがえ ます。 2013/5/1 プリシュティナ. スカンデルベグ像の反対側には小さい ...

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2013年4月25日 ... アルバニアは、第1次バルカン戦争の後、1912年にオスマン帝国からの独立を宣言し、 列強に独立は認められ、1914年にはドイツ貴族のヴィルヘルム・ツー・ヴィートを公に 迎え、アルバニア公国となったものの、第一次世界大戦で公が国外に ...

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アルバニアの写真・旅行記

2015年、夏の旅行は旧ユーゴ圏への旅行。 成田~イスタンブール(約12時間) イスタンブール~ティラナ(約1.5時間) トルコ経由のバルカン半島は、ヨーロッパ経由より近くていいですね。 最初に入国したのは、欧州最貧国の一つアルバニア。 1990年代まで鎖国していて、開国後の急激な市場経済導入後、 国民の半数が参加する程蔓延したネズミ講破綻と共に国家破綻。 鎖国中の厳しい情報統制で、ネズミ講の仕組みや危なさを 理解している人がほとんどいなかったそう。 海を隔てた対岸イタリアの名物ピザや果物のバナナ等も、 開国して初めて知った人が多かったとか。 鎖国中には無神国家宣言をしたりと、ミステリアスな国アルバニア。 そのような国を自ら目にする機会にかなり期待が高まっていましたが、 アルバニアは、ランチと少しの散策だけですぐに出国となり、 入国してあっという間に通り過ぎただけの国となってしまいました。。

思えば初海外が、イスタンブール経由のエジプトだったので、それ以来のアタチュルク空港。 懐かしいといいたいところですが、緊張してたので何も覚えていない(笑)

恐らく内装や空港内の構造も、当時とは随分と変わったんだろうなあ。

機体の色も当時はスカイブルーだったけど、いつの間にか白に変わっていたんですね。

アルバニアの首都であるティラナにある空港に到着しました。

国際空港と言っても、日本の地方空港レベルの小さな空港です。

街には、まだ新しいモスクが建っていました。 オスマン帝国の支配地域だったと云う歴史から、国民の大半がイスラム教徒だそうです。

ティラナから、ショコダルに到着しました。 ランチまでの空き時間、少しの間街を散策します。

モスクの横には、何かの記念碑が。 労働者が銃を持っているような造りからして、社会主義時代の遺物のような気がします。

コル・イドロメノ通りです。 両サイドに土産物屋や飲食店が立ち並んでいる美しい通りです。

観光客なのか、地元の人たちなのかは分かりませんが、 結構な人出で賑わっていました。

車輪が背もたれになっているお洒落なベンチです。

繁華街を抜けましたが、きれいな石畳の通りはまだ続いています。

野菜の露店販売をしていました。 瓢箪は容器に使うんだろうか?小学校で瓢箪は毒があるから食べたら駄目と、 習った記憶がある。

かなり年季の入った建物です。

教会の塔が見えてきました。 イスラム教徒が多い国ですが、キリスト教徒とも共存しているようです。 ショコダルは、アルバニアキリスト教の中心地となっているそうです。

教会の敷地に入る入り口には、聖母子のモザイクが壁に掲げられていました。

内装はシンプルで新しい教会ですが、陽光が差し込み明るく綺麗な教会です。

日本風に言えば、格天井。

戦闘モードの天使像かな?

シンプルな柄ですが、教会に付き物のステンドグラスがきちんと並んでいます。

教会床には、モザイクで紋章が記されていました。 何の紋章なんだろう。

教会には、マザーテレサの写真が飾られていました。 マケドニア生まれのアルバニア人と云う事で、アルバニアの教会に肖像が飾られているようです。カトリック教会からは、福者に認定され列福されています。 先日、日本のキリシタン大名である高山右近も、福者に列福されたと報道されていましたね。

古い単車が捨てられているようにも見えるけど、恐らく現役で使用されていると思われます。

マグレブ地方でよく見かける「ファティマの手」と呼ばれるドアノッカーですね。 イスラム教徒が多いと云う事で、アルバニアでも普及しているのかも知れません。

ランチは、まず野菜を煮込んだスープが出てきました。

メインディッシュは、野菜と肉を煮込んだものとライス。 なかなか美味しかった。

デザートは、結構ボリュームがあった。

英雄、スカンデルベック。超ハンサムです

世界遺産のアポロニア遺跡、ブトリント遺跡も見学しました

伝統的な木と白壁の住居

11月でしたが、青空に恵まれ、花々が咲き乱れる季節でした

カーペットを手織りする

もうすぐ、サランダに到着します。

今日は、テンダーボートがおろされます。

タクシーで。世界遺産ブトリントまで行きました。 のどかな町でした。

ブトリントに到着しました。

ブトリント

ブトリント

ブトリントのみやげ物屋には、こんなモザイクみたいな置物がありました。

ブトリント

ブトリント アスクレピウスの聖城周辺。

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリント

ブトリントの入り口です。 はしけみたいなもので、向かい岸に、人や車を運んでいました。

POSTです。

港に戻ってきました。

ブトリントの入場券です。

夕日がもうすぐ沈みます。

船の現在地です。

船が鹿児島を訪れたときの記念品です。

船が大阪を訪れたときの記念品です。

夕日が沈みました。

夕日が沈みました。

夕日が沈みました。

船が長崎を訪れたときの記念品です。

今日の夕食です。 はじめて、食事を写真に取りました。 すでに、食べ始めていたり、写真を撮るのを、忘れていたり、なかなか難しいものがありました。

左手の、ソムリエが、"五郎丸"に似ている気がして・・・

今日の夕食です。

タオルアート

今日の軌跡です。

ブトリントは、こう歩きました、

ブトリントのパンフレット

ブトリントのパンフレット

ブトリントの入場券

ブトリントの入場券

予定外のパリ滞在の翌日、 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10639683/ ようやくローマ経由でアルバニアの首都・ティラナを目指すことができます。

パリから2時間でローマに到着しました。アリタリア航空の飛行機が出迎えてくれました。

フィウミチーノ空港にやってきたのは1986年以来なのですが、わずか50分の乗り継ぎ時間ではピザを食べる余裕もありません。。。

アルバニアはシェンゲン協定に加盟していないので、ここローマで“出国”ということになります。

次の乗るのはアリタリア航空便(AZ)です。今回の旅の航空券はKLMのサイトで購入しましたが、往路はKLMを利用しない行程となりました。

AZを利用するのも生まれて初めてのような気がします。

ローマ~ティラナは約1時間半のフライトです。

機内食はなく、クッキーと飲み物がでただけでした。

アルバニアはかつて“世界の最貧国”と呼ばれ長く鎖国状態でしたが、現在は無査証で簡単に入国できます。

アルバニアの通貨は“Lek(レク)”です。

ティラナ・リナ空港に到着です。

空港からはバスで市内へむかいます。

空港バスのチケットです。250Lek=約250円です。

前方に何やら銅像が見えますが、これは「マザーテレサ像」です。マザーテレサはマケドニアのスコピエ生まれのアルバニア人で、空港も別名「マザーテレサ空港」と呼ばれています。

1番前の座席に座れたので、前方がよく見えます。

市街地に近づくにつれ、道路が混んできました。

50分ほどで空港バスの終着点スカンデルベル広場に着きました。

なぜか街中に遊園地があります。

結構な人出ではありました。

ティラナのヘソにあたるスカンデルベル広場です。真中に建つのはアルバニアの英雄・スカンデルベクの銅像です。

反対側に見えるビルは国立歴史博物館です。

もう年末ですが、巨大なクリスマスツリーが設置されていました。

夜になるとイルミネーションが点灯するようです。

後ろにモスクが見えます。

いろんな角度から広場を眺めてみます。

ジャミーア・エトヘム・ベウトの隣に建つ時計台です。

入口ではムスリムがお祈りをしていました。

ジャミーア・エトヘム・ベウトというモスクで、1793年から1821年にかけて建てられたそうです。

このあたりがティラナの観光の中心です。

他に大きな見どころもないので、街をぶらぶら歩いてみます。

市場にやってきました。

モノも充分にあるようです。

昔はどうかわかりませんが、現在は一ヨーロッパの小都市といった趣きです。

アルバニア国旗をプリントしたTシャツです。

路地も歩いてみます。

クリスマスは終わっているのですが。。。

お腹も空いたので食事にします。

きょう初めてのまともな食事です。

食事の後はまた街歩きです。実は食事の前にマケドニア行きのバスチケットを購入したのですが、出発がなんと16時!情報では夜出発で朝マケドニア着とのことでしたが、現在は16時に出て今日中に着くとのことで、またもやティラナ滞在が短くなってしまいました。。。

最後の見どころ、タバカヴェ橋です。オスマン時代に架けられた古い石橋です。

冬のヨーロッパとあって、15時を過ぎると少々薄暗くなってきました。

先ほどの遊園地も明かりが灯っています。

マケドニアの首都・スコピエにむかうバスです。ティラナ~スコピエは所要7時間で運賃は20ユーロでした。

途中国境では乗務員が乗客全員のパスポートを集めてイミグレに提出し、チェック後また配布してくれるのですが、私のパスポートだけがなぜかイミグレに置き忘れられるというハプニングもありました。。。 (もちろん戻ってもらって回収できましたが) “何かとツイていない”状況はまだまだ続いているようです。。。 次は、マケドニアの首都・スコピエの模様をご紹介します。 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10642289/

ツアー工程ですが、地図の下から上に向けて走ります。 従って、旅行が進むにつれて緯度が高くなり、内陸に入るので寒くなります。

今回のツアー日程です。 この日程を見たときあまり詳しく見なかったのですが、かなりハードで時間のかかるツアーになってます。 まず、何回も国を越えますが、ここはもともと1つの国だったものが分かれたものなので国境が入り組んでいて、国境入国・出国申請がその都度必要です。 南の国ほど後れていて高速道路等が整備さておらず、曲がりくねった道を走る必要があります。

 今回は、初めて格安航空の春秋航空を利用しました。  早めに搭乗券を手に入れたので、広島成田の往復が6千円余りです。 初めての利用で心配なことが多く、チケットの入手方法とか手荷物の制限とか色々調べましたがよく判りません。  スーツケースは成田空港まで宅配し、手荷物はリュックのみとしました。  結局、チケットは予約番号を機械に打ち込むと発行されるし、荷物はチケットに預け荷物が10Kgまで付いていたり、手荷物2ヶまでOKだったりしました。

 広島空港から離陸します。  座席は狭いと聞いていましたが、前席との間隔は十分に広いし、1列に1人なので左右も十分。快適~と思っていたらよく観察すると、左右3席ずつのシートが左右で間隔が異なっていて、列が揃っていない。  私の反対側のシートは体の大きい人が座っていると前のシートに膝が付いてる~ まあ、1時間20分の飛行だからガマンガマン

博物館の玄関 大きな建物ですが、人がちらほら。中も貸し切り状態です。

夜の出発なので、成田空港駅から京成佐倉まで移動し、歩いて国立歴史民俗博物館を観光

縄文人の土器の出土状況

青森県つがる市の亀ケ岡から出土した遮光土器 教科書で習いましたが、初めて見ました。

入り口から少し登った所にある臼杵市の古園石仏大日如来像の実物大模型

 成田空港第1ターミナルからトルコ航空のプレミアムエコノミーで出発。  機体はボーイング777-300ERで、シート配置がエコノミーから3席少ない2-3-2の7席になりゆったりしています。  この関係で頭上のロッカーも自分たちの分だけとなり、ガラガラです。  足下も広くテーブルとテレビが肘に格納されています。  悪い点は、シートが少々くたびれていてリクライニングが重く、動きが悪い。

ウエルカムドリンクとヘーゼルナッツ、寿司が出てきました。

メインで魚です。

2回目の機内食

早朝、イスタンブール到着 3時間の乗り継ぎ待ち

時間に関わらず店は開いてます。

イスタンブールからアルバニアの首都にあるティラナ・リナ空港へ向かいます。 飛行機はトルコ航空の小型機になります。

ボーイング737-900で3列×3列です。

もう1回目の軽食です。

ティラナ・リナ空港へ到着 日本の地方空港なみの小さな空港です。 気温は日本とあまり変わらない感じです。

 アルバニアの町並みです。  ここアルバニア、テレビ東京で「ありえへん∞世界 ~あなたが99パーセント行かない世界の秘境の国SP~ 」で2013年6月25日(火)に放送された国です。 元独裁国家のアルバニアはヨーロッパの北朝鮮と呼ばれ、独裁政権時代に鎖国状態となった。市場主義経済移行後の1990年代に未熟な市場経済につけ込む組織的なネズミ講が流行し、ネズミ講の破綻により経済の混乱が続いているとの内容があった国です。

街には建てかけの家や廃墟が多く、道端や川にゴミが散乱していて汚いです。 人々も道路脇に立っています。車に乗せてもらうためか所在なげに立っています。 この国には信号機がありません、交差点は全てロータリーになっています。

男は家の外でテーブルを囲んで何か飲みながらたむろしています。 オスマンの支配が長かったので、トルコの風習が色濃く残っています

この線路は途中が落ちています。 経済状況が悪いのが見て取れます。

シュコダルの街に入りました

昼食の前に青空市場の散策です。

市場は結構いい感じです。

日本のモペットのような踏んでエンジンを掛けるバイクを多く見かけます。懐かしいです。

国旗に囲まれて銅像があります。

昼食のレストランです。

子供が集団で来ました 子供はどこの国でもかわいいですね

国境です モンテネグロに入ります。

ここでトイレ休憩 天気も雨模様になりました

世界遺産のコトルに到着 右に見える城壁の中が旧市街です。

この城壁はヴェネチア共和国によって築城 川が雨で水量を増やして勢いよく流れています。

コトル旧市街正門

聖トリフォン大聖堂 809年に創建され、1200年後の2009年に修復があった事を示す年号があります。

聖ニコライ教会

聖ニコライ教会の内部です イコンが多く飾られています

なんだったかな~

街の中は狭い石畳で、ミニヴェネチアティア風

時計塔 ガイドが示しているところで公開処刑されたそう

雨の中、トイレを借りるのも兼ねてここでアイス購入 値段は安く、おいしかったです

天気がよければここでコーヒータイムするところですが、テントの下もびしゃびしゃ

この港の中にクルーズ船が1艘いました このあと、国境を越えてドゥブロブニクにいきます。

ドゥブロヴニクのホテル ADRIATIC このあたりのホテルは設備は期待できませんがWi-Fiは部屋でもバッチリ

このホテルにはエレベータがありません。そのためスーツケースはホテルが部屋まで届けてくれます。 部屋はなぜか3人部屋でベッドが3つ スーツケースを広げるのに便利でした。

部屋からの夜景です。 夜のアドリア海

サランダは海辺のリゾートで、中規模ホテルと貸しアパートがびっしり! 街中はけっこうゴチャゴチャしています。

5日目:2015年8月4日 ギリシャのコルフ島から1時間、アルバニアのサランダに到着。 お母さん79ヶ国目\(^o^)/

入国審査は混んでて20分待ちましたが、問題なく完了。 係員のおばちゃんが「ホテルどこ?そこならタクシーね。あの人運転手よ」と案内までしてくれます(^^;

しかしタクシーは言い値で15ユーロ。 絶対ぼったくられてるけど、港にはもうこれ1台で交渉しても下がらず。足元見られたー(><) 後日判明したところによると、1000レクまたは7ユーロでした。悔しー!

20:00、「バハマホテル」到着。 港から車で15分ほどブトリント方面へ南下した所にあり、周囲には何もありません。他のお客さんは皆さんマイカー。 この時期は最低3泊からで、1泊朝食付きトリプル86ユーロ。後々触れますがとても良いホテルでした! http://www.hotelbahamas.al

部屋からナイスビュー♪

こんな時間だけど旅太郎サービスでプール。 上段は子供用、下段は大人用で広さ抜群。 たぶんサランダで一番大きいプールではないでしょうか?

21:00、ホテルのレストランで夕食。 メニューはほとんどイタリアン。イオニア海の向こうは南イタリアですもんね。 アルバニア通貨のレクは円とほぼ1:1だから計算がラク♪ ・シーフードパスタ650レク(650円) ・マルガリータピザ400レク(400円)

・タコのグリル800レク(800円) ・ビール200レク(200円) ・デザートのプリン200レク(200円) 美味しかったです! ホテルでこの値段だから、街はもっと安いはず(^^;

6日目:2015年8月5日 ホテルで朝食バイキング。素朴だけど十分♪ フルーツが美味しく、この日は姫リンゴの洋梨版(姫洋梨?)がヒット。

ホテルの娯楽ルーム。 卓球、ビリヤード、テレビなど、昭和の温泉旅館みたいな感じで、キッズ達に大人気。

今日はバスでブトリントへ。 バス停はないので手を挙げて止めるそうで、気温35℃オーバーの炎天下、しばしバス待ち。 全然来ず心配になった頃、地元のオバチャンが現れお母さんに向かって「ブース!ブース!」とのたまうので、恐らくこの方もバスに乗るんだろうという認識で一緒に待機。

40分待ったら、やっとバス来た\(^o^)/ ブトリントへ行く人と、その手前のクサミール村のビーチへ行く人で超満員だけど乗りますとも。

車窓はナイスビュー!

緑や湖が増えてきた頃、終点ブトリントに到着。 バハマホテルから35分かかったので、サランダの街中からだと1時間くらいかな。

遺跡入口はバス停のすぐ近く。

入場料は外人大人1人700レク、8歳未満は無料。 アルバニア人だと大人300レク。 1992年世界遺産に。国内動乱のため1997年~2005年までは危機遺産にも。

入ってしばらく行くと、唯一の売店があります。 お水(100レク)を2本買って周り始めたところ、あまりの暑さに最後はカラッポに。

地図上②、アスクレーピオスの神殿。 紀元前4世紀のものだそうで。

地図⑤、アゴラ。 英語だとフォーラム/Forumとあります。集会場とかそんな感じ。 他にローマ式浴場もありますが、②~⑤は一続きなので境界がよく分かりません(^^;

遺跡は一部、沼地に埋もれています。

地図③、円形劇場。 パンフレットの写真では中央部が浸水して池になり、沼地に沈むミステリアスな遺跡!のはずだったんですが、見事に木版で保護されてしまって超キレイ(;-_-)

地図⑥、Gymnasium(直訳すると体育館)。 最初は異教の礼拝場所、のちに教会。

沼にカメ、カエルがいっぱい。 旅太郎はそちらをエンジョイ(*^^*)

水分補給大事! ガブガブ飲んでも、汗で出ちゃうからトイレには全く行きたくならないんですよ。

地図⑦、洗礼堂。 床一面に見事なモザイクがあって、この遺跡の目玉でもあるんですが・・ 保護のため砂が敷かれて立ち入り禁止。何一つ見えません( ̄д ̄lll) 観光客一同大ブーイングでしたが、有料のガイドツアーを頼むとガイドが少し砂を払って見せてくれると聞きました。

こういう絵が描かれてるらしい。 遺跡内のお土産屋では、モザイクをモチーフにしたマグネットとか売られていました。

地図⑧、はじめローマ式タウンハウス、後に宮殿。

底なし沼的なぬかるみにハマったお父さん。 旅太郎じゃなくて良かった!

周囲は静かな湖。

地図⑩、大聖堂。

6世紀と他のより新しいせいか、まだ高さが十分残っています。 連なるアーチがかっこいい♪

地図⑪、Lake Gateからの眺め。

次から次へとスポットが現れて順調にオリエンテーリングは進みます。 ⑪から⑫までは、唯一たくさん歩いた難所。暑さもあって旅太郎顔真っ赤に(^^;

地図⑫、ライオン門。 ライオンが牛を食べてまーす。

地図⑬、アクロポリス。 あちこちに「これも遺跡だよね?」というカケラが転がっています。

ラスト地図⑭、ベネチア式宮殿。 修復済みできれい。

宮殿からの眺め。 ここにブトリントにまつわる小さな博物館もありました。

写真撮り、旅太郎のカメに付き合い、最後にアイスで涼んで所要2時間半。 子連れ観光にしては、ずいぶん長い快挙です!

帰りのバスは1時間半待ち( ̄д ̄lll) 1台いたタクシーに聞いてみると、ノルウェー人夫婦の貸切だったけど、相乗りさせてくれることになりました♪ 言い値20ユーロを15ユーロに(でも10ユーロで十分だった!)。 ついでに明日のギロカスタルへのチャーターを尋ねると、言い値120ユーロが90ユーロになったので、お願いすることに。 しかしこれがボッタクリ価格で、後で少々モメることに・・

15:00、ホテルのプールサイドでランチ。 アルバニアっぽいものを、とウエイターのお兄さんに相談したところ、一押しのモツ入りグラタンと、アルバニア風ミートボールが登場。 しかし! グラタンはチーズの臭いが強烈過ぎて一家全員NG。お兄さんは「え?ダメ?!」と悲しそうな顔をしていたけれど、「いやー、多すぎちゃって・・」と言い訳して残しました。 ミートボールはハーブが効いてて、トルコのコフタ(キョフテ)みたいで美味。

こちら旅太郎用のシーフードスパゲティ。めちゃ美味し! メニューにはリングイネとあったけど、うっかりスパゲティーと言っちゃったところ、麺はちゃんとスパゲティーに変わってました。芸が細かい。

高熱で寝込んでるはずの旅太郎(≧∇≦)

日中、遺跡観光を頑張ったので、午後はプールでのんびり。 プールは寛容にも飛び込みオッケーで、色んなポーズでダイブを満喫する旅太郎。

夕方、ビーチを散歩しているとヤギの大群が登場! 先日のコルフ同様、ヤギ使いのおじさんがお散歩させてました。

サンセット(≧∇≦)

20:00、ホテルで夕食。どれも美味しかったです! ・野菜のグリル300レク(300円) ・シーフードシチュー800レク(8000円) ・マルガリータピザ400レク(400円) ・大ナマ350レク(350円)

旅太郎のお気に入りはサッカーゲーム(^∀^)

7日目:2015年8月6日 テラスで朝食をトライするも、暑すぎて中へ(^^;

ギロカスタル日和♪ 実は昨日、世話好き&肝っ玉母ちゃんなホテル女将にタクシー90ユーロの件話したところ、「高い!60ユーロが相場!」と怒られ、キャンセルすることになりました。 しかし運ちゃんの連絡先を聞いていなかったので、この日約束の時間に現れた運ちゃんに「子供が熱出して行けません」と、まさかのドタキャン。 これですんなり帰ってくれるはずもなく、「お前のために他の予約を全部キャンセルしたんだ!」「ここまで来るのだって遠いんだぞ」と始まりました。ですよねー。 そこで予め女将に聞いていた金額、1000レク(1000円)を渡して「アイムソーリー」と伝えると、速攻ポケットにしまい込んであっりさようなら。せめてお大事にくらい言ってくれー そして女将が用意してくれた60ユーロのタクシーで観光することになったのでした。キャンセル料払ってもまだまだ安い(^^) 次からはタクシーチャーターしたら連絡先聞くのと、ホテルで相場確認するのを忘れないようにしないと!

いい感じのビーチもあります。 でも石で足が痛いのと、水が冷たいのとで、父子には不評。プールへ戻っちゃいました。 お母さん一人で海水浴を楽しみます (-_-;)

午前中はプールと海で遊びまーす。

13:00、ギロカスタルへ出発(^o^)/ こちらのワイドな女性が女将(たぶんマネージャー)。英語通じるし頼りになります♪

サランダからギロカスタルまでは、山を1つ越えるので絶景!

峠の一番高い所で止まって撮影タイム。 運ちゃんはアルバニア語オンリーですが、さっきと違っていい人でした(^^)

ヘアピンカーブ続出(゚д゚lll)

今度は山を下ります。アルバニアって山がいっぱいの国なんですね。

トーチカ! 全盛期には50万個以上あったそうですが、今は少ないそうで運ちゃんがわざわざ止めて見せてくれました。 シェルターと違って武器付きで、攻撃力高いのが特徴。

サランダから1時間15分、ギロカスタルに到着\(^o^)/ 上の方の旧市街が世界遺産になっています。

まずギロカスタル城へ。入場料200レク、子供無料。 タクシーで入口に横付けできてラクチン♪

大砲ギャラリー。いきなりムード&迫力満点!

「大砲だ!」と喜ぶ小学一年男子。

イタリアFiat社の戦車。 第一次世界大戦でイタリアに占領されてた時代のもの。

外に出ました。

城壁からナイスビュー!!

旧市街の中心、五叉路。

オスマン帝国時代の伝統的な家々。 Ottoman Tower Houseと呼ばれ、下の階は石で、上の階は木造です。

共産党時代、不時着した(捕まったのかも?)アメリカ空軍の飛行機。

アルバニア民族祭ステージ。 数年に1度のお祭りで、ちょうど今年5月にあったんですって! (その前は2009年)

時計塔。

旅太郎、景色には興味ないので・・

ここからのパノラマは見ごたえあります!

「何でここ穴空いてるんだと思う?」 とお父さんが城壁の隙間を見せてクイズ。 ここから外の敵に鉄砲を撃つんだよ、と教わると感心したようで、同じクイズを得意気にお母さんに出題してくれました( ̄▽ ̄)

お城の内部に戻り、併設の軍事博物館へ。 別料金で大人200レク。

雑記帳に自分の名前をデカデカと記す旅太郎(^^;

監獄。ソ連占領時代まで使われていて、主に政治犯を収監。

本物の銃がいっぱい! こっそり持とうとしたら、重すぎて旅太郎とお母さんには持ち上げられず。 Wikiでアルバニアを調べたら、欧州最貧国、マフィア、国民皆兵政策、ネズミ講で国民の1/3が全財産失うとか、衝撃的なことがたくさん載ってました。平和な日本に生まれて良かった(^^; 建物も、景色も、展示物も、見ごたえあるギロカスタル城でした!

続いて、ゼカテハウス/Zekate houseへ。 お城からタクシーで車1台しか通れないような道をウネウネと通ってきました。アップダウンが激しく、猛暑なので助かる!

オスマン帝国時代の伝統的家屋の代表選手。 政府高官や豪商が住んでいました。入場料1ユーロ、子供無料。

順路にワンコ。 吠えられないよね?と恐る恐る端っこ通って上へ。 石造りの下の階は倉庫、キッチン、貯水槽など。

上に行くと、トルコっぽいお部屋が。

最上階の大広間。この部屋が一番キレイ☆

当主が鎮座し、お客と接見したり、街を見渡していたバルコニー。

バルコニーからナイスビュー♪ 小さい部屋とか、屋根裏風の所とか、中二階とか、忍者屋敷を思わせる構造をしていて、旅太郎は探検してエンジョイしていました。

車は旧市街入口で待っててもらって、お散歩スタート。 ここが五叉路の真ん中。

海抜は300mだけど、全く涼しくありません。

暑くてすぐアイス(^^;

モスク。閉まってたので外からパチリ。 同じ建物の1階はカフェでアルコールもあったような。モスクとは関係ないんだろうけど、不思議。。

安い!

石造りの街並みはヨーロッパ来た感たっぷり。 小規模なホテル(というか民宿)やレストランがたくさんあるし、1泊しても良さそうでした!

大満足のギロカスタルを後にし、ブルーアイへ。 サランダとギロカスタルの間にあり、国道のココで脇道に入ります。

うっとりするような景色ですよー(≧∇≦)

ふと、運ちゃんが車を止めてペットボトルの水を捨て、代わりに道端のホースからじゃんじゃん出てる水を入れ始めました。その場でもガブガブ飲んでる。 どうやらブルーアイ関連の美味しいお水らしい。 というワケでお母さんと旅太郎もガブ飲み。ひゃっこい! 慎重派のお父さんは見てるだけ(-_-;)

向こうに人だかり発見!

ブルーアイに到着! 水がコンコンと湧き出ています(^∀^) 光の加減がイマイチな夕方よりも、もう少し早い午後が良さそうです。

美しい水の色を愛でる場所ですが、展望台から飛び込む外人続出(゚д゚lll)

水は激しく冷たい! お母さんは1分ほど足を入れただけで、ピリピリ痛くなりました。たぶん10℃もないんじゃ? でも飛び込む外人。。そして湧き出る水に押し戻され、すぐ浮かんできます。 景色とカルチャーショックを満喫しました!

秘境と聞いていたけれど、カフェとホテルもありました。人もたくさん。 ここに車を止めて、ブルーアイまであと50メートル。

19:00、最後はサランダの港すぐ近くのIonian Cruiseオフィスに寄って、明日のコルフ島行きフェリー券を調達。 予約しておいたので良かったけど、明日は満席だって。

19:30、ホテル到着。大満足の周遊でした\(^o^)/ 今日もきれいなサンセット☆

20:00、夕食。 安くて美味しくて大満足♪

8日目:2015年8月7日 チェックアウトしたら女将が巨大なジャムを旅太郎にプレゼントしてくれました。 嬉しいけど重い。。

女将に手配してもらったタクシーで港へ。7ユーロ。 来る時は15ユーロだったのに(涙)

イミグレでスタンプポン♪

来た時は船内の席だったので、今日は眺めの良い甲板2階席へ。 ちゃんと屋根あるし、風が心地良くてこっちがお勧め!

さらばサランダ(^o^)/

10:30サランダ→12:30コルフ。 所要1時間、時差1時間。

コルフの旧市街が見えてきました。

今日はこの小さいフェリーに車を4台+バイク乗せてました(゚д゚lll)

コルフ島に戻って来ました♪ アテネ行き飛行機は夕方なので、行きと同様カフェに荷物預けて旧市街観光へ。

しかし! 今日は誰でも入れるカフェの片隅にスーツケースを置かれました。その代わり無料。前回は鍵のついたこっちの倉庫ですと主張しても「ノーノー」と取り合ってくれません(T_T)  すぐそこ出入口ですごい心配だけど、そのまま観光へ・・ (無事でした)

新要塞へ。

この坂を上って・・

入口に到着。ガイドブックと違って無料でした♪

日陰は涼しい♪

今日も暑い! がんばろー

コルフ旧市街の絶景☆向こうはこの前上った旧要塞。 あいにく一番上への門は14:00までで入れませんでしたが、文句なしのパノラマ(^^)

新要塞の麓は市場。 午後なので閉まってるお店多数だけど、ここのカフェでランチにしまーす。

イカがプリプリで美味しかった!

エーゲ航空でアテネへ。 17:05コルフ→18:05アテネ。

日本のガイドブックには載ってないけれど、ギリシャにはきれいな島がたくさんあるんですね! コルフからは船で日帰りのパクソ島(Paxos)ツアーが人気でした。

20:00、アテネの宿ヒルトンに到着。 今までと打って変わって、巨大なホテルに旅太郎は大喜び(^^; ラウンジの使える部屋で1泊約34,000円。

夕食は近所のレストラン「Oroscopo」で。 テラス席が多くて小さい子連れにも良さげ。人気のようで近所のレストランはガラガラだけど、ここはほぼ満席。 前菜のスープはサービスで、イカスミパスタwith蛯子も、ポークチョップも全部美味しい。しかも飲み物入れて35ユーロとリーズナブル! http://www.oroscopo.gr/EN

デザートもサービス♪ でも旅太郎は電池切れ・・

9日目:2015年8月9日 いよいよ観光最終日。夜の便までアテネを楽しみます! ラウンジで朝食。なかなか豪華♪

午前はアクロポリス観光。 入場料大人12ユーロ。カード払いもOK。 イロド・アティコス音楽堂。

激混みです! 特に中国人団体の数がすごい。旅太郎も時々「ニーハオ」とか声かけられるし。

1週間前、新アクロポリス博物館で見たエレクティオン。

こうして柱としての姿を見ると、斬新(;゚д゚)

パルテノン神殿。 さすがアテネ観光のハイライトだけあって、見ごたえありました(≧▽≦)

帰りは古代アゴラに寄り道。こちらは空いてて快適♪ アギィ・アポストリ教会。

アタロス柱廊博物館。 ギリシャの遺跡で唯一完全に復元された建築物だそうで。

午後はホテルでプール。広くて立派\(^o^)/ 赤ちゃんプール、インドアプール(メンテ中)、メインプールは一番深い所が3.5メートルとか無駄に深いし。ラウンジ部屋じゃないと利用料を払うらしいです。 父子は夕方までここでまったり。お母さんは一人で再び観光へ。

アクロポリス入場券で他の遺跡にも入れます(^^) ゼウス神殿。 威厳ある15本の柱に圧倒されたけど、昔は104本あったとか!

アドリアノス門。 ゼウス神殿のすぐ近く。

ギリシャと言えば猫♪

ディオニソス劇場。 ディオニソス=お酒と演劇の神。自由そう♪

アドリアノスの図書館。 15:00クローズで入れず。早くないですか?!

カプニカレア教会。 ギリシャでよく見るビザンティン様式の小さな教会。 ビザンティン建築って?とWikiで調べてみたけど、奥が深すぎて挫折・・

ミトロポレオス大聖堂は修復中で、外も中も残念な姿に(´д`|||)

続いてプラカ地区をウロウロ。 スタバのタンブラーをコレクターの友達に購入(^^)

ウロウロしすぎて迷子に( ̄д ̄lll) シンタグマ広場に向かっていたはずが、ロシア教会に到着。

ようやくシンタグマ広場へ。国会議事堂。

その手前、無名戦士の墓ではちょうど衛兵交代中。 暑い中ご苦労様です!

17:30、ホテル戻ってジムでシャワー。サッパリ! 18:00、ラウンジのカクテルタイムで夕食。 チェックアウト後もプールやジムはもちろん、ラウンジが使えるなんて太っ腹! しかもカクテルタイムの食べ物は、おつまみを越えたお食事レベル。3人でガッツリ食べちゃいました(^^; その後地下鉄で空港へ。21:55アテネ→23:25イスタンブール

10日目:2015年8月9日 イスタンブールのゲートで爆睡の旅太郎。そりゃそうか。 01:15イスタンブール→18:30成田。今年も楽しい夏休みでした☆ 以上、夏休み旅行記後半でした。最後まで読んでくださった皆さん、どうもありがとうございましたm(_ _)m アルバニア、予想以上に素敵な国でした。サランダ3泊で十分と思ってたけど、クサミール近辺の美ビーチなど、もっと延泊して行ってみたかったー(*^^*) 次は自宅に4泊した後、オマーンでダイビング一人旅!!

運賃はよく分かりませんが、大人1人200レク払ったら何も言われずお釣りも来ず。後でホテルの女将さんに聞いたら適正価格でした。 車掌さん(と言っても高校生くらいの女の子)からもらった時刻表によると、このバスはサランダ発9:30のものらしい。 右側はこれから行くブトリント遺跡の入場券。

こんもりと木の茂る半島全体がブトリント遺跡。 番号通りにオリエンテーションで巡りまーす。

プラカ地区にはお店がいっぱい。旅太郎にTシャツを購入。 子連れにはハッピートレインもいいですよね♪

国境到着。 ココがギリシャの出口です。

ギリシャ側出口。

歩いて、10分。暑い。 アルバニア側の入国ゲートが見えてきました。 スムーズに入国。

看板が出ていた。 結構いろいろあるなー。

目的地は、サランダと言う町。 ミニバスと言うか、路線タクシーに乗りサランダへ。 そもそも、このゲートを通る人はほとんどいないので、僕が乗ったら出発。

景色がきれいだ!!!! マジで!!!

スゴイなこの山。 山を越えサランダまでは、2時間くらい!?

川が、プール見たい。 水が豊富だ!

サランダ到着!! ココが今回の目的地!! どーしても来てみたかった!! モナコみたい!! でも、近代的じゃない子の田舎具合と秘境感が良い!!

ホテルの部屋から。

ビーチと言うか海へ

テントで寝る。

ガラガラ

夕方

ご飯を食べに行く

サランダ不動産情報。

また看板だ。  inサランダ

船着き場 クルーザーではなく、漁船だ。

ローカルビール

夜景

翌朝、、、

静かな朝

ホテルのベランダより。 ココがおそらく、サランダで一番きれいなホテル。 名前忘れた…お勧めです。

バス停付近に遺跡が。

ココがバスチケット売り場。 首都のティラナに行く。

バスの時間まで、ふらふら。

ビールを飲む。

さよならサランダ。

さーミニバスで、ティラナへ!

======================== ======================== 夜にティラナ到着。 そして、朝。

首都の街並み。

ティラナ駅。

バスに乗り、アルバニア北部の街へ行く。 所要時間、2時間以上かな… 次の行先は、モンテネグロ。

到着。

この先、モンテネグロへの交通機関が無いので、タクシーを貸し切る事にした。 モンテネグロの首ポドゴリッツアまで確か、50ユーロ。

先に、巨大な十字架が!

アルバニアの国境です。 ボロイ。

ありがとうアルバニア! 行ってよかったです。 なかなか馴染みのないアルバニア。 観光地としては、まだまだですが、行く大いに価値はありだと思います。 一度訪れてみてください。 最後まで読んで頂きありがとうございました!

《旅行3日目:2015年7月27日(月)》 10時30分頃、マケドニアのストルーガから、マケドニア・アルバニアの国境を超えるところです。

ストルーガ・ティラナの間のバスの車窓

ストルーガ・ティラナの間のバスの車窓

ティラナでの宿、フレイディーズ・ホステル。1泊15ユーロ。

ゾグー1世の像。ゾグー1世は、アルバニア共和国の大統領(1925年 - 1928年)、後にアルバニア王国の国王(1928年 - 1939年)。

約4時間の行程で14時頃、ティラナに到着。ゾグー1世大通り

チィラナ駅…ですが、ここからの列車の運行は無く、廃墟と化していました。

ゾグー1世大通り

国立歴史博物館

ティラナの中心、スカンデルベグ広場。Vodafoneの広告がでかでかと設置されている。

国立劇場っぽい建物

ジャミーア・エトヘム・ベウト。文化的価値の高さから、宗教活動が禁じられた共産主義時代も運よく破壊を免れたそうです。

スカンデルベグ広場から、ジャミーア・エトヘム・ベウトを望む。

郵便局

オスマン町時代に架けられたタバカヴェ橋は、いまも市民が利用している

同じくタバカヴェ橋

ピザ屋でピザを食べました(1枚50レク=約50円)。

アルバニアのおみやげ

アイスクリーム屋でアイスクリームを食べました(1つ50レク=約50円)。

ティラナのおみやげ屋

アルバニアのおみやげ

アルバニアのおみやげ

ティラナのレストラン

アルバニアのおみやげ

オシャレなカフェ、MULLIRI VIETER

MULLIRI VIETER店内

MULLIRI VIETER店内

MULLIRI VIETER店内

スムージーを飲みました。

《旅行3日目:2015年7月28日(火)》 朝7時、ティラナからジロカストラに向かうバスのターミナルに来た。バスターミナルといってもただの空地程度である。

朝8時、ジロカストラ行きのバス出発。

ロバの馬車、とすれ違いました。

ティラナからジロカストラに向かうバスの車窓

ティラナからジロカストラに向かうバスの車窓

約5時間の行程で、13時、ジロカストラのバスターミナルに到着

ジロカストラの目抜き通りである18shatori通り

ジロカストラは、オスマン朝の統治時代にアルバニア南部の行政、通商の中心として栄えた町で、2005年にユネスコの世界遺産に指定されました。

ジロカストラ城を望む

ジロカストラでの宿、ジロカストラ・ホテル。1泊25ユーロ(シングル)。

町のスーパーマーケット

丘の上に建つジロカストラ城は、城壁に囲まれた堅固な要塞

思いがけず、羊飼いと羊の群れとすれ違いました。

ホテルの中庭で食事をとることもできます。

レストランが、レセプションを兼ねています。

ホテルでの、最高の景色を望みながらの朝食

《旅行3日目:2015年7月29日(水)》 朝8時、ジロカストラから、アルバニア・ギリシャ国境のカカビア国境にタクシーで向かいます。タクシー車窓から、ジロカストラと同じような町がいくつも見えます。 ※国境のカカビアまでのバスを探したが見つかりません。。。

アルバニアのジロカストラから、ギリシャのイオアニアに向かうため、両国のカカビア国境に来ました。

ジャミーア・エトヘム・ベウト。 ヤバイ。4トラベルだとスポット検索が出来なかったww そんなにマイナーなのか・・・・!

ジャミーア・エトヘム・ベウトの内部。フレスコ画が本当に細かくて素敵です。 無料で入れちゃいます。

2Fにも登れます。せっかくなので是非登ってみてほしいと思います。 ホント・・・ティラナって見どころがこのくらいしかないからね・・・。

フレスコ画と一緒に一枚。これ、結構お気に入りです。

自炊派の私は市場で野菜を買い込みます。ヨーロッパの肉肉しいご飯には飽きてるんだよ!っていうか胃が老いてるんだよ!

ジャミーア・エトヘム・ベウトがなぜかライトアップされているという・・・・。

ティラナにあるスカイタワーの一番最上階にあるカフェですっごい綺麗な夜景を楽しめるので是非。 ホントにね、もうプロポーズするお店ですよね?って感じでした。女二人、超バックパッカー感たまらん恰好で行きましたけどね。ドレスコードなしでよかったー!

私のカメラではこれが限界。 でも肉眼でみた景色は覚えてます。360°のパノラマは最高でした。

なぜか中心街に手作り感あふれる遊園地??がありました。そして子供がいっぱい遊んでた・・・・。

ホステルアルバニア! すっごい快適なホステルでした。キッチンしっかりしてるし、朝食込み! 私は朝早く出発だったので朝食食べられないなーって思ってたら、クロワッサン・バナナ・オレンジシュースを袋に詰めて、「have a nice day」って書かれて用意されてました。こういう気遣いが嬉しい。

アルバニア旅行記4。アルバニア最後の旅行記は、ギロカストラからサランダに戻ったあと、そこからSH8を北上して、途中ブローラの手前で一泊。翌日、デュラスを経てさらに北上し、モンテネグロとの国境を越えて、モンテネグロに入国しました。アルバニア4は、サランダからモンテネグロ国境手前までのドライブ記録です(写真は、SH8沿いの美しいBorshビーチ)。

上記の地図で、赤線がアルバニア4のルート。青線はそれ以前のルート。ギロカストラから内陸地帯を北上する道(SH4)もあるが、海沿いの方がいい道と予想し、サランダまで戻り、そこから海沿いの道(SH8)を北上した。峠越えのすごい道だったが、思いがけず絶景ルートだった。

6月2日、ギロカストラの町を見学したあと、サランダまで戻り、SH8を北上。今日の目的地は、ここから北に120キロほどのところにあるブローラという町の手前のホテルだ。この時の時間は午後2時40分。先はまだまだ長い。

Borshの町を通り過ぎて、海岸沿いの道を上っていくと、きれいな湾が見えるところにやってきた。今までナザレやイタリアの美しいといわれる湾を見てきたが、ここは、これまでのベスト1に入る美しさだった。ビーチの砂の白さが際立っていた。しばらく撮影タイム。夏は人であふれているのだろう。イタリアから観光客が押し寄せると思われる。

ビューポイントにはきれいな花が咲いていたが、植えられたものかもしれない。彩を添えていた。

走ってきた道と背後の山の方角。

素晴らしい景色をバックに記念撮影。

このとき空模様があやしくなっていたので、海の色がいまいちだったのが残念。サランダ方面の空は真っ暗だ。

ヘアピンカーブが続き、前方の山がだんだん大きく見えてくる。

見るからに険しい山だ。おそらく最高峰Cika山(Mount Cika)2044mであろう。

道幅は広いので走りやすいが、道がよくなったのは最近のことで、前は道も狭くガードレールもないところがあって、世界でも危険な道として知られていたようだ。dangerous roads の一つとしてネット上でも名前が挙げられている。

一番高いところがLlogara Passと呼ばれる峠で、そこに行くまでの眺めが素晴らしかった。眼下に広がるのがアルバニアン・リビエラの素晴らしい海岸線。今回は、南から北に走らざるを得なかったが、この道路は、北から南に走った方が、海を前に見ながら走れるのでいいかもしれない。

山腹にはおびただしい数の羊。

山から流れ出た川が扇状地を作り、独特の景観を作りだしていた。

写真の中央を横切っている白い線が、ここまで走ってきた道路(SH8)。SH8のDhermiとOrikum の区間は、最高所の1043mの峠を挟む険しい山岳道路になっている。ヘアピンカーブが連続し、高低差も半端でなく大きく、ハードだが、とてもダイナミックな山岳道路だった。

すぐに山腹に線のようなものが刻まれているのが見えてきたが、あれは道路か?ちょっと不安になってくる。

近づくにつれ、あの線は道路だということがわかる。すごいwinding roadだ。

そのくねくね道(winding road)に入った。

どんどん高度を上げて行く。前方に険しい山が見えてきた。

ビーチもはるか遠くになった。

あのきれいなビーチがはるか下に。

上記写真の分岐点から3分走ったところにかわいい教会が見えた。慌てて撮影。かなり古い教会のようだ。

奥にも小さな丘が。

道はアップダウンを繰り返し町らしきものはない。

右側は畑や牧草地。その向こうは低い山並み。

分岐点から50分くらい走ると険しそうな峰が見えてきた。

ここまで海が全く見えなかったが、3時30分ごろにようやく海が見えてきた。Borshという町の手前だ。あいにく逆光だ。

Borshi ビーチの拡大。ここはアルバニアン・リビエラとも呼ばれて人気のリゾート地らしい。

右手奥のかすかに見える島がコルフ島。

さらに海沿いを走ると、小島の上にはなにやら要塞のようなものが建っていた。

案内板もあった。後で知ったのだが、この要塞はPort Palermo Fortress という長い歴史のある戦略的にも重要なところだったらしい。近くの湾は、共産党時代にはソビエトの潜水艦の基地だった。

Porto Palermo Bay(ポルトパレルモ湾)。ここの海の色もきれいだった。

高台からの湾の眺め。

また素晴らしいビーチが現れた。

拡大して。時間があったらあそこで泳ぎたかったが、明日中にモンテネグロまで走らなければならないので断念。それにしても残念だ。

道路の反対側にも草を食んでいる羊。

かなり高いところを走っているが、峠(1043m)まではまだまだ。

2000mを越える山も、その高さを感じないほどまで上がってきた。

険しい山肌。この高さでも峠にはまだ遠い。

へアピンカーブで山の斜面を上っていくので、同じ山に向かって何度も近づきながら走ることになる。同じような写真に見えるが、実際はだんだん高いところから撮影した写真になっているのだ。

またまた山に向かって走る。

山にぶつかるかのように道が走っているが直前でカーブ。

曲がる直前。

山を目の前に最後の写真。このあたりになると白い部分が一カ所しか見えなくなる。

ようやく峠を越えた。時刻は5時半近く。サランダの分岐点から3時間近くかかったことになる。朝ホテルを出てからは9時間半かかった。今度は海に向かって長い坂道を下っていかなければならない。坂を下れば、ホテルまではすぐだ。なんとか明るいうちに着けそうだ。

はるか向こうに湾が見える。そこまで続く道もかすかに見える。

途中の村。ここもいいところだ。

ついにブローラの手前のビーチに着いた。遠くに見えるのがブローラの町。

ホテルの部屋。ベットが一流ホテル並みの寝心地のよさだった。

このホテルはレストランが併設されていたので夕食はここで食べた。手前のメイン料理はマグロのソテー。こんなにおいしくやわらかいマグロのソテーを食べたことがない。ご主人はまだ若い人だったが、ニューヨークで修行してきたそうだ。流暢な英語を話していた。サラダやビール、パンを含めて、2人で3000円いかないくらいの破格の安さだった。ホテル代も朝食込で二人で3000円ちょっとだった。ここはお勧めだ。

レストラン内部。壁の写真はニューヨーク。

予約していたホテル(Hotel Nika)。まだ新しいホテルだ。SH8より一本内側の道に面しているので、ホテルの位置がややわかりにくく、結局人に聞くことになった。聞いたお爺さんは自分の携帯から連絡をとろうとまでしてくれたが、通じず、幸い近くにいた人が知っていて教えてくれた。アルバニア人はみんな親切だ。ホテル前の道はあいにく工事中で、でこぼこみちだったが、なんとか6時過ぎに到着。今日(6月2日)一日の走行距離は256キロ。総走行距離2848キロ。

6月3日(水)、今日もいい天気で、ブローラの市街地がきれいに見えた。

ブローラの町を通過。街並みは近代的だが、信号がほとんどないところを、たくさんの車が行き来していて、しかも歩行者も勝手に道を横断していくので、非常に走りにくい。この町もリゾートマンションの建設ラッシュで、すごい勢いで開発されているようだった。こんなに建てて買う人がいるのだろうか?

ブローラを抜けると、SH8は片側2車線の高速道になっていたので、快適に走ることができた。SH8はフィエールの手前でギロカストラからのSH4と合流。フィエールを過ぎると道はまた高速になり、そのままデュラスまで高速を走ることができた。高速なのに昔ながらの馬車が牧草を積んで走っていた。

デュラスの町を過ぎると、また道の両側にマンションが林立するところを走るようになった。それにしても、すごい建設ラッシュだ。アルバニアはヨーロッパの最貧国といわれているが、そのイメージとはかけ離れている姿には驚いた。

途中できれいなカフェがあったので、トイレ休憩を兼ねて入る。イスラム圏なので、カフェに集まっているのは男性のみだ。

高速を平気で歩いて横断する人も多かった。

ギロカストラでも見かけた選挙ポスター。ドライブで通るどの町の中にもポスターが貼られていた。手前の写真の人がギロカストラで会った野党の党首。

高速をそのまま走ると、ティラナまで行ってしまうので、手前のVoreという町で、SH52に入り、Fushe-Krujeという町でSH1に合流。さらに北に走った。道沿いにサービスエリアがあったので、ちょうどお昼の時間で、昼食を兼ねてレストランに入った。ここはホテルも併設されていた。

Lezhe(レジャ)という町の手前。前方に要塞のようなものが見えた。後で調べたら、Lezhe castle (レジャ城)で海抜322mのところに建っている。16世紀に再建された。眺めのよさそうなところだ。

さらにSH1を北上。1時間ほど走り、ようやくアルバニア最北端の町・ショコダルが近づいてきた。130mの高さの岩山の上にRozafa城があった。時間があれば立ち寄りたかった。

ショコダルの町の中を通過。ブローラと同じような雑然とした町を想像していたが、実際には思ったより整然とした町だった。ここも選挙の旗が掲げられていた。

大きな銅像のそばを通過。

ショコダルを過ぎると、モンテネグロとの間の美しい山並みが見えてきた。牧歌的な風景だった。

遠くに海が見えてきた。実際には海ではなく湖(Scutari Lake)だった。今日の走行中、海か湖が見えたのはここが初めてだった。ブローラより北の縦断道路は、ずっと内陸の平野を走り続ける、あまり面白味のない道だった。

前方に大きな十字架が見えてきた。何のためだろうか?

まもなくモンテネグロとの国境だ。道沿いには、国境のアルバニア側の町Hani i Hotitというサインだけがあり、モンテネグロ、あるいはこの道を行った先にある首都のポドゴリッツァのいずれのサインも国境に着くまでついに現れなかった。

拡大してみると手前に遺跡のようなものも見える。後ろの小高い丘のようなものは何だろう?

上の写真の右端の部分を拡大。さっき脇を通ったPort Palermo Fortress がはっきり写っている。

たくさんのスイカが高速の脇に並べられていた。全部売れるのだろうか?

右側には素晴らしい山並みが続いて現れた。

なかでもひときわ高い山があった。

遠くにかわいい教会と家。

国境手前のガソリンスタンドで給油し、スタンド向かいにあるスーパーでアルバニア通貨を使いつくした。今日(6月3日)一日の国境までの走行距離は266キロ。最初からの総走行距離は3114キロ。(モンテネグロ1に続く)

アルバニアの文化・風俗・注意点

 宗教は、イスラム教とキリスト教(カトリックならびに東方正教会)が混在しており、宗教の規律はそれほど厳格ではありません。

 アルバニアの国民性は、素朴で人なつっこく、特に農村部では、家父長制に基づく大家族が多くみられ、家族間の連帯が強固です。

 北部においては、前述の「BLOOD FEUD」に留意する必要があります。

 飲料水については、水道水は避け、ミネラルウォーターの利用をお勧めします。

 医療水準が低いので、応急措置以上の治療は国外で受けた方がよいでしょう。そのためにも、緊急移送サービスの付いた海外旅行保険に入っておくことをお勧めします。

 電力供給が安定していないため、停電がしばしば起こります。