オーストリアってどんな国?

オーストリア共和国(オーストリアきょうわこく)、通称オーストリア(”ドイツ語::de:Österreich Österreich”)。ヨーロッパの連邦制 連邦共和制国家。首都はウィーン。西側はリヒテンシュタイン、スイスと、南はイタリアとスロベニア、東はハンガリーとスロバキア、北はドイツとチェコと隣接。かつて欧州自由貿易連合 EFTAの所属。永世中立国であるが、欧州連合 EU加盟によって形骸化している。かつては中央ヨーロッパ 中欧に650年間君臨したハプスブルク家の帝国であり、第一次大戦まではイギリス 英ドイツ 独フランス 仏ロシア 露とならぶ欧州五大国(列強)の一角を占めていた。現在は、多民族国家であった旧帝国のうち支配民族であったドイツ人地域に版図を絞っている。音楽を中心に文化大国としての歴史も有する。

オーストリアの地図

オーストリアのブログ旅行記

観光競争力: shukran@world

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アインシュタイン・ベーグルでお手軽ブレックファストの巻 (ユキノヒノ ...

2005年8月26日 ... もともとは1683年にトルコ軍に攻められて苦境を強いられていたオーストリアへ、騎馬兵 の援軍を送って危機を救ったポーランドに対して、オーストリア国王がお抱えのユダヤ人 パン職人に、ポーランド騎馬隊のシンボルであるあぶみ(ドイツ語 ...

2007年09月のブログ|食べて歩いて遊んでスペイン!

ブルボン家とオーストリアのハプスブルグ家の間で繰り広げられた スペイン王位継承 戦争で オーストリア側の味方に付き、 同時にスペインからの独立を目指していた カタルニア。 しかし、勝利の女神はブルボン家に微笑み、 1714年のこの日、カタルニア 独立 ...

TRAVEL DIARY sweetkit > 海外旅行レポート一覧 > レポート

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オーストリア・スイス・スロベニア - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの ...

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世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰がんばるブログ

北米■アメリカ、グアム、サイパン■ヨーロッパ■スイス②、イタリア②、バチカン、 フランス、モナコ、スペイン、イギリス、ギリシャ②、ドイツ、オランダ、オーストリア 、チェコ、ハンガリー、ポーランド、デンマーク、スウェーデン■アジア■韓国、 ...

予告編~ドイツ・オーストリアへの旅 - 奥様は海外添乗員

海外添乗員と留守を守る隊長と留守番隊の日々つれづれ日記。海外の生情報も満載!

海外の情景 今日の一枚: ・オーストリア

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23c: クリスマス旅行 ホテル一覧 - ドイツ・オーストリア・フランス ...

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チロリアン・アルプスのお花 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

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2007クリスマス旅行記 の記事一覧 - いつもこころにヨーロッパ

ザルツブルク歴史地区は、1996年世界遺産登録。2007年12月16日 最高:-1℃ 最低:-7℃ 天気:曇 ザーネの如く白き 音楽の都 RBは、気づかないうちにドイツとオーストリアの 国境を越え、ザルツブルク中央駅... 公開: 2007年12月16日 22:00 ...

世界一周旅物語(せかたび)- オーストリア(Austria) アーカイブ

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【4】 リスボン - - 旅行記・いつもこころにヨーロッパ

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#スワロフスキーの芸術 GO TO THE WORLD/ウェブリブログ

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ハシェクとプラハ - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

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藤原紀香の写真! | 世界一周オンナ一人旅 & その後の日々

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オーストリアの写真・旅行記

成田→コペンハーゲン→ウィーン→(ザグレブ→スプリト→モスタル→ドブロヴニク→ミュンヘン→クラクフ→ザコパネ→スピシュケーポドハラディエ→コシツェ→プラハ→クトナーホラ→チェスキー・クルムロフ→リンツ→ウィーン→コペンハーゲン→成田)

乗継のコペンハーゲン空港 何故このフォントを使う…。

Hostel Wombat Wien the base. 2人で56€。普段アジア圏しか行かないので驚愕の高さ。

ザグレブへ向かうため早朝 トラムに乗ってWien Südbahnhofへ。

なんだかすすけてますね。 マイナーな駅なのかな?

いざ、クロアチアのザクレブへ

ウィーン南駅近くのDeltaHotelに宿泊。 現在ウィーン南駅は閉鎖されている。 ここにはウィーン中央駅が新たに建設され、ウィーンの国際長距離ターミナル駅は、この駅に統合される。

DeltaHotelのバスルーム。

いつ行ってもシュテファン寺院は工事中。 今回はどうかな、と見ると「おお、完成しているではないか」 いや、待てよ・・・よく見ると外側の壁は偽物だ。

正面から見るとよくわかりますね。

シュテファン寺院内部。

シュテファン寺院からグラーベン通りへ。 ペスト記念柱。

グラーベン通りから見たペーター教会。

コールマルクト通りを歩く。 突き当たりに小さく見えるのが王宮。

王宮前はミヒャエル広場。

王宮前にあるカフェ「Griensteidl (グリーンシュタイドル)」で休憩。 ここは完全禁煙なのでうれしい。

軽く食事を。 長いソーセージ!

スープ(Griesnockerl Suppe)。

カフェ内部。

ケーキを。Schwarzwalder Kirschtorte (シュヴァルツヴェルダー・キルッシュトルテ) 黒い森のさくらんぼケーキという意味。 甘くなくておいしい。

友人のオーダー、ザッハトルテ(ホイップクリーム無しを注文)。

コーヒーはモカ、これはブラックコーヒーの意味。

休憩して少し身体が暖まったので、また少し歩く。 王宮裏側。

スイス門。

新王宮入り口近くの天井。

新王宮。

ネプチューン像。

今回はKLM航空を利用しました。 機内食が意外に美味しかったです。 和食はまさかのすき焼きでした。

ウィーンに夜着いて1泊し、次の朝から冒険開始! この日は日曜日だったので、ウィーン少年楽団のミサを見学するため、まず王宮まで行きました。

王宮のスイス門。 この奥に、ミサがある王室礼拝堂があります。 朝8時半に着いたのですが、すでに当日券待ちがチラホラ…。 寒い中、9時頃には行列ができていました。 私は日本から予約していったので、待たずにチケットを買えました。

ミサまで時間があったので、王宮内をブラブラ。

9:30頃にウィーン少年楽団のミサが始まりました。 ミサに参加したのは初めてだったので、なかなか興味深かったです。 少し奮発して一番高いチケットを買ったら、一番前の席に座れました!ラッキー! 少年たちの声は透き通っていて本当に素晴らしかったです。 ミサ中は背後の見えないところで歌っている彼らですが、ミサ終了後に目の前で2曲歌ってくれました。 何気に日本人らしき子もいたので、彼を応援したい!

次は王宮内部を見学しました。 オーディオガイドが無料で借りられます。 写真はハプスブルク家の豪華すぎる食卓です。

色んな食器がありました。 こいつの顔…。

王宮を出ると、いつの間にか雪が降っていました。 ウィーンでは朝雪が降りましたが、昼前に止みました。

寒いので逃げ込むように美術史博物館へ。

ブリューゲルの「バベルの塔」です。

アンチボルトの「夏」。 面白い騙し絵です。

お腹が空いたので、美術館内のカフェ「ゲルストナー」でケーキを頂きました。 チップ込みで7ユーロくらいでした。

「ゲルストナー」はクリムトの作画等も飾ってある豪華なカフェでした。

次はMQのレオポルド美術館です。 写真はクリムトの「死と生」です。 この美術館ではエゴン・シーレを中心に、クリムトやココシュカなどの絵画を鑑賞できます。

ここはセセッシオンという建物で、金色のドームが印象的でした。 中にはクリムトの壁画「ベートーベンフリーズ」があります。 入場料6ユーロも取るのに、壁画だけしかないのでちょっと不満でした…。

セセッシオンから数分歩くと、カールス教会が見えてきました。

内装が豪華! ちょっとビックリしました。

この教会では足場が組んであって、エレベーターで上って至近距離で天井画を見ることができます。 ただし高所恐怖症の方は要注意! 実際私は足がすくんで動けなくなりました(笑)

次はトラムを乗りついでべルヴェデーレ宮殿へ。 撮影禁止なので写真はありませんが、有名なクリムトの「接吻」がとても良かったです。 金色の使い方が絶妙だと思います。

市民公園のヨハン・シュトラウス像。 …雪が積もって寒そうです。

日が暮れてきたので急いでホテルに戻り、オペラに備えてスーツに着替えました。 しかし開場にはちょっと早かったので、オペラ座近くの有名なカフェ「ザッハー」で元祖ザッハトルテを食べました! 外国のチョコって甘すぎるイメージがあったのですが、これは美味しかったです。 杏のジャムが入ってるらしく、少し酸味が効いていました。

ウィーンと言えばオペラ! ということで、ここがオペラ座です。 オペラは7時開演。ドレスアップした紳士淑女が続々と集まっていました。

オペラ座の中です。 席は日本からインターネットで予約していったのですが、結構良い場所で大満足です。 演目はシュトラウスの「ばらの騎士」。 当然ドイツ語公演ですが、英訳が見れるので安心です。 あと日本でストーリーの予習をしていったのが功を奏しました(笑) 舞台の下には天下のウィーンフィルが!

公演の幕間に、観客たちはシャンパン片手に談話しています。

最後の挨拶です。 フィナーレの三重唱がとても素晴らしかったです。 何より本場でオペラを、しかもウィーンフィルの演奏で見れたというのがとても素晴らしい経験でした。 この後はホテルに帰ってバタンキュー。

早割りもない、往復割引もないオーストリアの鉄道。 ネット割引は気持ち程度、フォアタイルズファミリーカードは在住者じゃないと発行できないと言われる。 まあいいや、直接窓口で買っちゃえ、でウィーン西駅へ直接出向く。 もっと早い電車に乗るはずが、窓口の大混雑に一本遅れる。このシーズン、要注意。

駅に到着。 ホテルは駅近くのヒルトン・インスブルック。 きっと駅から徒歩10分の旧市街地より、電車に乗って遠出することが多いだろうから、と思っての選択だったのだが、何度も徒歩で旧市街地に行くことになったのだった。 ホテルからは下にマリア・テレジアが建てた凱旋門が見え、教会の鐘が澄んだ空気に響き渡る。

小さな凱旋門そばまで行ってみる。 「生と幸福」 息子レオポルトの結婚記念として

反対側に刻まれているのは 「死と悲しみ」 同時期に夫フランツ1世が死去してしまう。 この後、マリア・テレジアがインスブルックに来ることはなかったとのこと。

ウィーンと同じく、建物を抜ける道がたくさんある。

この下をくぐってきた。

たどりついた中庭。 建物は修繕中。

旧市街に入る。 どこも壁がすてき。

こちらはホテルの外観。 手前を走るトラムは新しくてきれいそう。

インスブルックでいちばん古いコンディトライ(ケーキ屋さん) チーズケーキをホテルに持ち帰る。 さっぱりしている。 ちびもたべたがるので、ガラステーブルにおいて半分こ、 と置いたところはケーキのテーブルからはみ出した包装紙の上。 スローモーションで落下するケーキ。 ショックを受けて母の顔を見るちび。 ごめんねえ、あとでアイス買ったげるよ。

どんなに旧市街が混んでいても、ここに足を踏み込んでくる人はいなかった。 何度通ってもなぞの静けさに包まれた小路。

インスブルック初日、空腹を覚えたリサガス一家は王宮入り口からカフェ・ザッハーに入った。 インスブルックでも日本人は多いのだろう、 オープンエア席で食事したいというとすぐさま聞かれる 「ザッハートルテ?」 いやいや、ご飯モノ食べたいの、と席を準備してもらう。 チロル名物のクネーデルを頼んだ。 チーズやほうれん草が練りこまれたパンだんご。ううんー、はじめはおいしいんだけれど、たくさんは食べられない。 ゆっくり食べていると、ちょうど始まった。 そうか、表の垂れ幕にあるプロナード・コンサートってここで8時から始まるんだ。

「プロムナードコンサート」という言葉の響きから、大通りでチロル風の格好をした人々がやるもんだと思っていた。 テレビカメラも入って本格的。

『双頭の鷲の旗の下に』 いきなり音楽が始まる。 タッタカターン、タッタカターン、タッタカタッタタッタカタ 音が突然とまる。 あれ? 「ご挨拶が遅れました」 指揮者が振り返りお辞儀をする。 みんな爆笑。 和やかな雰囲気でコンサートが始まる。 満腹になったちびがうとうとし始める。 前のお客さんがその様子を見て微笑む。 最後まで聴きたかったきれど、仕方ない。 運良くカフェに座ることができて一等いい席だったんだけどな。 ちびを抱っこしてカフェを出る。 出てきたのは絶妙のタイミングだった。 しばらく歩くと雷がなり始め、雨が降り始めたからだ。 雷の怖いちびはすっかり目を覚まし、耳を押さえ、半ベソでホテルへ急いだ。 コンサート、どうなったんだろう。

翌日はこの天気。 インスブルックは夏、無料のハイキングバスが出る。 街でも2本のストックを使って歩く本格派を大勢見た。 日本からこのバスのことを問い合わせたところ、ちびも大丈夫のようだ。 この日はそれにあてるつもりだったが、山で雷にでもあったら、と思うと、ちび連れには冒険できなかった。 午後からは雨なんてうそみたいに晴れ渡った。 ああ、どこかに出かければよかった。

「影の首都」をイメージしていたせいか、 薄暗いのが良く似合っているような気もする。朝のひとり散歩。

お昼前になり、ちび達をホテルに迎えに行き、旧市街を散策する。 黄金の小屋根の前に黄金のヒト。 ルーブルの前にいるツタンカーメンのオーストリア版なのか、ここでも、ウィーンでも見た。

暑くて外を歩く気にならない。 大聖堂に入ってみる。

外から見るととてもシンプルなのに、内側の装飾はほんとに手が込んでいる。

イン川にかかる橋の意味 「インスブルック」 たくさんのイタリア人観光客であふれ、ピザがとってもおいしい街。 元気いっぱいのハイカーが待ちを歩き、澄んだチロルの空気にあちこちの教会の鐘の音が乗って流れるるここに「影っぽさ」は見られなかった。

宮廷教会に入る。 マクシミリアン1世はここに眠るつもりで墓石を建て、周辺をハプスブルグ家のブロンズ像で囲んだ。 その意に反して彼はウィーンに葬られた。 誰もいない霊廟を見つめるブロンズ像。

ホテルそばのラントハウスプラッツ たまった洗濯物をもって近くのコインランドリーに行く。ドロミテ遠足の朝。 翌日はウィーンへ戻る。

王宮博物館は改修中であまり部屋を見て回ることができなかった。 その分入場者も少なくのんびりできた。 マリア・テレジアの肖像画やその子孫たち。 曲線の暖炉、部屋そのものが見所だった。

10時過ぎにウィーン西駅を出発。 メルクにお昼前に到着。 私達が泊まっているのは朝食のおいしいホテル。 それなのにおなかがすいてない、とフルーツしか食べなかったちびは早速なんか食べたい!と騒ぐ。 もう~~。メルクの修道院を散策する時間なくなっちゃうじゃないか。 ということで市街地でジェラートを買い与え、修道院に向かって歩く。 さすがヴァッハウ渓谷。あんずのジェラートなんかもありましたよ。

メルクは豊かな町のようで、駅周辺の家々はきれいに飾られていた。 ウィーンの空は真っ青だったが、ここは少し涼しく、雲もある。 そう遠くに行ってないのにこのお天気の違いに戸惑う。 雨が降り出すんじゃあないだろうか。と心配したが、一日、なんとかもってよかった。

普通のお家なのだろうか。とてもかわいらしい。

駅を出るとすぐ丘の上に修道院が見えるので、迷うことはない。 歩こう。

来るまではなんとなく、修道院しかない町なんだと思っていた。 駅があって、修道院へ続く道にはぶどう畑か小さな家がある、と想像していた。

カフェやお土産屋さんが並ぶ町の中心。 家々はパステルカラー。 ちゃんとツーリストインフォメーションもある。 もっと時間とってちゃんと見たり、写真に残したい素敵な町だった。 次に行かれるあなた、メルクは船に乗ってデュルンシュタインへ行くためだけの目的地にしたらもったいないですよ。

修道院、門をくぐると見える光景。

奥に進むとチケット売り場。 そこでコンビチケット購入時に受け取った入場券を渡してチケットと引き換える。 入ってすぐ、各部屋が緑、ブルーなどにライトアップされ、ちょっと前衛的な博物館のよう。 なんだか物足りず進んでいく。 しばらく進むと宝物殿。 金にあふれた杯、椅子、杖の数々。

テラスからはメルクの町が一望できる。

展示室を順に進むとたどり着く10万冊の書物を収めた図書館。 観光客が多く、全体をとることができなかったが、書物の背表紙の美しさ、その数に圧倒される。 ひとりで、自分の足音だけ聞きながら歩いたら、きっとお話の世界に入ってしまった錯覚を覚えそうな場所。

図書室を出て、螺旋階段を下りる。 この階段を下りたところにあるのは、、

進路はこっち? 非常口っぽいんだけど、と何気なくドアを開ける。 教会に入って呼吸が止まりそうになったの初めてだ。

この「バロック建築の至宝」は金であふれている。 驚いた。地上にこんな世界があるなんて。

どこにも空白のない空間。 色彩がすばらしい。 これから何時間、何度見上げても、きっと飽きることはないだろう。

ドナウ川クルーズ、やめようかな。 ウィーンに戻る電車のまで、ここに座っていようかな。 とも思ったけど、チケット買ったし、やっぱりそろそろ出よう。

ところで船ってどこから出るん? わからない。修道院の案内の女の子に聞いてみる。 町をぐるっとまわっていくと乗り場があるとのこと。 あと20分、間に合うか? なんだかいつもいつもこうなる感じがする、と思いながら町を抜けて走りだす。 走る、歩く、走る、走る。 船のチケット売り場に到着。 5分で出るわよ!とせかされる。 コンビチケットを渡し、どの船に乗ればいいか確認。 船に乗り込んだのは出発3分前。 ああ、よかった。間に合った。

船は出発。デッキは広く、ビールやワインなんかも売られている。 小腹のへったちびのためにポテチ購入。 船はドイツ語、英語、日本語で見所をアナウンス。 次の船着場で大勢のインラインスケートを履いた集団が乗り込んできた。 ヴァッハウをサイクリングする人はたくさん見たけれど、インラインスケートとは。。道もそんなによくないし、進めないんじゃあないんだろうか。

強盗貴族の館。 あの断崖絶壁から飛び降りるか餓死するかを選ばせていたそう。 ああ、恐ろしい。

船着場はこんな感じ。 船の上は結構冷える。長袖もって来ててよかった。

デュルンシュタイン到着。

乗ってきたクルーザーはこれ。 この子はこれからクレムスに向かいます。

教会の色がかわいらしい。

手前の木はヴァッハウ渓谷名物のあんず?

おなかがすいた。 パンをかじりながら町を散策しよう。

ここがメインストリート ほんとに小さい町。 メインだけ歩いたら10分。 そこから入っていく小道も少ない。 実は、手持ち無沙汰な日本人が何組か。。 ワインの名産地だしホイリゲがたくさんあるので、もちろん、数少ない電車の時間まで町を満喫することはできます。

坂をあがるとドナウ川がよく見えるだろうか。 坂を上ってみる。

遠くに見えるのはリチャード獅子王が12世紀に幽閉されていた城跡。

その城跡から見た町並。 メインストリートから10分くらい(地球の歩き方には30分と書かれていた)で上がってこれたとのこと。 父子で挑戦していた。 母はうっかりヒールの高いサンダルで来てしまったため、急な坂を下りられなくなる予感がし、断念。

単独行動の母が上って来たのはこの辺まで。 道沿いの民家からおばあちゃんと手を振って挨拶しながらここまで来た。

メインストリートからドナウ川方面へ向かう道。

見上げるとどの家もかわいい。

最後にドナウ川の写真を。 電車で帰る。 ところで駅ってどこにあるん? 走りながら思う。 またこれかあ。

なんだかんだでいつも間に合うリサガス一家。 車窓から見えるのは一面のぶどう畑。

インスブルックからウィーンに到着したのは午後3時ごろ。 ホテルに向かいチェックインしたのち、最初に来たのはここ、シェーンブルン宮殿。 オープンの30分前から日本人団体が並ぶとか、夏のシーズン中は3時間待ちだとかの情報を見たので夕方行ってみることにした。 3時間待ちなら確実に閉まってしまう午後4時すぎ。 日本人の姿、というより入場しようという人も少なくなっていた。 チケットに打刻された時間は購入の時間。 オーディオガイドを受け取り、各部屋をまわる。 誰もいない部屋もあり、のんびりすごせた。 出発前から「ハプスブルグ家」という本を読んでいた。 マクシミリアン、カール5世、マリア・テレジア、そしてフランツ・ヨーゼフについての記載にページが多くさかれたこの本は、インスブルックとこの街を理解するのに母子ともとても役立った。 オーディオガイドを耳にあて、まじめな顔で宮殿内を歩くちびが教えてくれる。 「フランツ・ヨーゼフは一日に100人の人と会って、みんなの顔を覚えてたんだって」 「シャンデリアのろうそくは70本もあるんだって」

インペリアルツアーは部屋番号28で終了。 その後、庭園からグロリエッテに駆け上る。 ジョガーが多い。毎日グロリエッテに駆け上がれるなんてうらやましい。 のどが渇いたちびのため、グロリエッテ内のカフェに入る。かつてシシィがお茶を飲んでいたこの場所は今、普通のカフェが営業中。 クリームソーダがメロン味でなくラズベリー。

ネプチューンの泉から宮殿を見てみる。 男の人魚は馬(馬魚?)に乗れるよう足(魚の部分)が分かれていることに驚く。 ウィーンでハプスブルグに関する知識を自分のものにしたちび。 日本に帰っていつも遊ぶシルバニアファミリーのウサギのお父さんに命名。 「ショコラウサギ1世」

宮殿の真ん中、宮殿を見下ろすハプスブルグ家の家紋、双頭の鷲。 6時になった。 迷路庭園と動物園終了の合図。 庭園をのんびり回ったあと、路面電車でリンクに戻る。

今日はその足でウィーンのザ・観光地を巡ってみよう。 まずはシュテファン寺院。 ウィーンの教会にはステンドグラスが少ない。 屋根がカラフル。 この教会、西正面はロマネスク様式まで遡るが、内部空間はゴシック末期。 ちびはここでもコイン式オーディオガイドを聞き、知識と見聞を広めていた。

晩御飯を食べる前に小路を散策しよう。 ドームガッセからブルートガッセに入り、歩く。 目的地はフランツィスカーナプラッツ。

フランツィスカーナ教会 おなかがすいたちびのため、手っ取り早く近くのフィルミュラーに入ろう。 日が傾いてきたはずだ。もう9時だもの。

この抜け道のなかにあるはず、、 と思ったら改装中。 支店に向かう。 迷うくらい広い店内、9時過ぎ。 それなのに行列。 みんなが食べたくて並んでいるのは、、

「ウインの一番有名なウィナーシュニッツェル」 これはお皿に乗っていた紙ナプキン。 この忙しいなかでも陽気な店員は母に飲み物を差し出す 「レモンソーダ」 ちびにシリアスな顔をして差し出す 「ビア」 ジョッキを置かれて恥ずかしがるちび。

おなかいっぱいになったリサガス一族。歩いてホテルに戻ることにする。 かすかに聞こえてくる賛美歌。 幾重にも重なった澄んだ声がする。 シュテファン寺院の方から聞こえてくる。 行ってみよう。 10時過ぎても多くの人がいる寺院前、 20人ほどの人が半円になり、手をつないで楽しそうに歌っていた。 輪の中心には指揮者。 その周りに歌声にひきつけられ集まった人達。 私達も立ち止まり。耳を傾けた。 歌が終わる。 拍手の中、歌った人々が皆で大きくお辞儀する。 最後に皆で声を合わせる。 ア~~~~~メン!

ホテルに向かって歩く。 今度の3泊はカールスプラッツ近くのHotel Kaiserhof。 写真のオペラ座からは徒歩10分程度の場所。

レセプションはこんな感じの女子受けしそうなホテル。 ウィーンで一番朝食がおいしいホテルとして表彰されたらしい。 明日の朝食が楽しみ。

部屋に通じる廊下。 スーペリアルームはバスルームがツーボール。ホテルには珍しく帽子やかばんがかけられるよう壁のいろんなところにフックがつけられてあり、使い勝手のよい部屋だった。 天蓋ベッドを見たちびは喜ぶ。 お姫様の部屋だ~。 ここでもチャージなしでちびのベッドを準備してくれた。 朝食時、飲み物を聞きに来てくれたお姉さんがちびに言った。 ホットチョコレート?スペシャルマグカップをプレゼントするからそれで飲んでね。 食後、カエルの王様が描かれたかわいらしいマグをお姉さんが洗ってきてくれた。 ちびはがんばった。 「だんけ・しぇーん」 お姉さんはとろけていた。 もう今回の旅行がちびだからとちやほやされる最後になるかもしれないな。 今のうち、みんなにかわいがられるんだぞ。

翌朝、 6時から8時までひとり散歩に行くことにした。 ホテルを気に入ったちびはパパとお留守番。 ひとりになると、見える景色がある。 まず近くのカールスプラッツへ。

カールスプラッツに面した工科大学。 レッセル公園を横切る途中小鳥の鳴き声がした。 どこだ、と上を見上げる。 そこにいたのは小鳥ではなく建物の窓から顔を出す人間の雄。 この声はカフェのウェイターが出しているのも聞いた。 早朝、カフェのいすに座って眠るホームレスを起こすため。 こんなところも音楽の都。

カールス教会 マリア・テレジアの父 カール6世がペスト撲滅を祈願して建てさせたもの。 バロック建築の傑作は思っていたよりずっと大きい。

車の通りをさけ、小路に入る。 ここはピアノ屋さん。 こんなきれいなピアノ、初めて見た。

「黄金のキャベツ」セセッシオン 内部にはクリムトの「ベートーベンフリーズ」があるとのことだが、この時間にあいているわけもなく、通り過ぎる。

残念ながらウィーンのパンはあまりおいしいとはいえない。 横断歩道で立ち止まり、横を見るとこのトラックが止まっていた。 荷台の写真のはウィーン初日にDerMannで買ったパンだ。 あんずのジャムが甘ったるく、パンはぱさついていた。 いやいや、と思う。 今泊まっているのは一番朝食のおいしいホテル、だ。 きっとパンもおいしいに違いない。 そろそろ約束の時間だし、戻るとしよう。 朝食のおいしいホテルのビュッフェは 数種類のパンの中でもフレンチトーストが一番だった。 ウィーンでは朝からアルコールを飲む習慣があるのだろうか。シャンパンも準備されていた。 食事を取ってのんびり準備、後あせって西駅へ向かう。ヴァッハウ渓谷へ行くために。

3日目の朝、やはり6時に部屋を出た。 誰もいないシュテファン寺院前。

昼間は人通りの多いショッピングストリート ヴォルツァイレにある人気のカフェ ディグラスもまだ眠ってる。

小路を歩く。 誰もいないウイーンでいちばん美しい小路を見るために。

イエズス会教会

「美しきランタン小路」シェーンラテルンガッセ。 この子はその先の井戸にすんだ怪物。 ヒト睨みで人間を殺す。 ある日鏡を持ったパン屋が井戸に降りた。。

みんなの上に朝が来る。 振り返る。 「全部見た」と自分を納得させたいのか。 私は歩く。 出発まで27時間。

応用美術館を通り過ぎる。

飾り時計をくぐり、飲み歩くヒトがいなくなるバミューダ・トライアングルに向かう。 朝の4時まではにぎわうこの場所、6時は眠りに落ちる時間。

誰もいない。

ルプレヒト教会。 30年近く前、この近くのシナコーグでテロがあった。 警官が今も24時間立つ。 2人立ち話しているその警官より、私を警戒しながら鍵を開けるラビを見たとき、 過去の話ではないんだな、と感じた。

ナーグラーガッセを通る。 エンゲル薬局

ミノリーテン教会

フォルクス庭園にはジョガーや体操する人。

シシィに朝のご挨拶

新王宮の芝では散水用スプリンクラーが回る。

ブルグ門を通り抜ける。

日が高くなって暑くなってきた。 ウィーン滞在中はずっと強い日差しだった。 気温も30度近くまであり、アイスがとてもおいしい。

そしてこの時期セール中。

ホンモノのクリムトはポスターと全然違うと聞いて、会いにきた。ベルヴェデーレ宮。

カプツィーナ教会。 マリア・テレジアのお墓はさすがの大きさだったが、花はフランツ・ヨーゼフ1世のほうがたくさん捧げられていた。

日が傾くとほっとする。 黄色い太陽は肌をちくちく刺してきた。 最後の夜はフィルムフェスティバルに行くことにした。 オルフェオとエウリディーチェならちびでもわかるだろう。 そう思ってこの日を選んだのだが、始まる前にあらすじを説明したところ、だんなが似た話ということでイザナミを黄泉の国へ迎えに行くイザナギの話をしてしまったため、ちび混乱。

この日は9時開始。日が暮れないと始まらないのだ。 涼しくなってきて、鑑賞するのにとてもいい空気が流れる。

バレエは美しかった。

ウィーンで最後に見た教会。 出発の朝の散歩。

ここまできて時間切れ。 急いでホテルに向かう途中、ポケットにプレーヤーを入れ、踊っているおじさんとその友人のそばを通りかかった。 道の反対側を歩いていたが、踊るおじさんは一緒に踊ろうと道路を踊りながら渡ってくる。 急いでるんだよと言っても、意に介せず手を取り一緒に踊ろうとするおじさん。 それを見た友人がおじさんを呼び寄せるようなしぐさをした。 まるで放していた犬を呼ぶように。 「戻って来い!」 踊るおじさんは忠犬だった。 11時半発の飛行機に乗るため、ホテルを9時前に出る。 電車を乗り継ぎ、バスに乗り、空港に着いたのは10時過ぎ。 ホテルからチェックインしておいてよかった。 当然お土産など買う時間もなく急いで乗り場に向かう。 やっぱりぎりぎりな一家だった。

今回のウィーン行きはチャイナエアライン。 だって保険、空港税込みこみで3人20万の安さ。 しかもマイルは100%加算。 台北での4時間のトランジットをものともせず、ウィーンに早朝6時すぎに到着。 空港の外には「海外」がある。 ヨーロッパは光が違う。 初めてのウィーンの朝、光が黄色い。 夕方のような、秋のような。 空港からすぐ、西駅行きのバスの中でちびは緑の中に鹿を見つける。 写真はバスの車窓から見た空港。

バスの運転手はとても親切だった。 西駅について運転手も降り、バスの昇降口、荷物の自動ドアの操作をちびにしてみせる。 やってみる?と誘われるも引っ込むちび。 その親切な運転手に道を聞き、スーツケースを引きずって移動。

ホテルは翌日のインスブルックへの移動も考え、西駅近くのANATOL。 一泊のみなので特に期待せず予約したのだが、レセプションの対応がウィーンのイメージをとてもよいものにしてくれた。 早朝7時だったので、荷物だけ置かせてもらうつもりで行ったのだが、チェックイン?と聞かれ、そうだと答えるとPCを見ずに 「Are you リサガス?」 本日の宿泊予定者を覚えていることにおどろく。 カウンターのフルーツは無料で持っていっていいこと、ビジネスセンターの利用はプリンター含めて無料など施設の説明を笑顔でしつつちびに風船とキャンディを差し出してくれ、ちびも喜ぶ。 追加ベッドのチャージなしに子どものベッドの用意をしてくれた。 私たちが部屋に入ってしばらくしてから、メイキングの人が入ってきた。 親はバスルームで荷物の整理。ちびはひとり、自分のために準備されるベッドをそばで見ていた。 枕を整え、その上にHabroのグミの小袋を4つ置いてくれた彼女にちびは言った、 「ダンケ、シェーン」 おお、日本で練習した甲斐があったぞ。 彼女は笑顔で「ビテシェーン」と答えながら部屋を出て行った。 チップを渡しそびれたことに、後になって気がついた。

ホテルはウィーン一の繁華街、マリアヒルファー通りを折れてすぐ。 日曜日の早朝なので人通りもまばら。

マリアヒルファー教会 この旅行で最初に入った教会。 前に立つのはハイドン。

リンク方面に向かって歩く。強い光。 MQをすぎ、美術史博物館が見える。 裏側にあたるのだろうか。マリアテレジア像の反対側。

日本にもあるオーバーラー。 リンク外だからか、お客がいない。 シャニガルテン(カフェ外のオープンエアの席)にも誰もいない。 開店前? 恐る恐る店内へ入ると、営業中の顔のおばちゃんがふたり、普通に応対してくれる。

クレームシュニッテでも食べようと思い入ったのだが、皆が好き好きにオーダーし、脈絡のない取り合わせになってしまった。 グラーシュ、ザッハートルテにアインシュペナーをだんな。 フリタッテンズッペを私。 ちびはマカロンが食べたいというので、マカロンをガラスケースでオーダーし、それにメランジェを、、と頼んだところ、おばちゃんが衝撃を受ける。 メランジェ!この子に!? オーストリアでは子どもにコーヒーを飲ませることはないと強く言う。 仕方がないのでココアを頼む。 日本ではちびにコーヒーはありだというと驚き、首を振りながら奥へ消えるおばちゃん。 写真はアインシュペナー。 クリームは缶入りタイプのあれの味、砂糖も入っていないので、ふわふわの油を食べるよう。コーヒーはとても薄く、この飲み物の存在意義がわからない。

ENKAUFSパッサージュという名の入り口があった。 通りぬけてみよう。 きれいなお店が並ぶ。さらに行くとマリアヒルファーと平行に走る道まで通じる。 パッサージュを抜け、その道を歩く。 さらに静か。 アイスを食べながら歩く人が多い。 きっとこの辺にもおいしい店があるんだな。 先ほどPaoloでアイスを食した一家は特に興味も示さず歩く。 しばらく行くとその道はマリアヒルファーに合流した。

路面電車に乗って時計回りに回ってみる。 ヴォティーフ教会が目に付く。 次の駅、ブルスで降り、歩くことにする。 この教会の高さ99メートル。 ゴシック様式だが、19世紀後半に建てられている。 ウィーンに深みではなく広さを感じるのはリンク周辺の建物が同時期に作られたもののせいなんだろう。 この教会の周辺には子どもが遊ぶ公園がある。 遊具は滑り台、ブランコ、ジャングルジム。 ちび、大喜び。 立ちこぎする姿はいつもの公園と同じだ。

観光客も、祈る人もほとんどいない。 扉を開ける音、靴の音が高い高い天井に響く静かな教会。

ウィーンの教会で唯一、ステンドグラスが記憶に残った教会。

違う角度から。 教会の周辺は緑の公園になっていてデッキチェア持参の人々が日向ぼっこしている。 日差しが強く、思った以上に暑い。 私たちは光を避けつつ、リンクに向かって歩く。

パスクァラティハウスに向かう。

ここはかつでベートーベンが「エリーゼのために」を作曲した場所。 残念ながら閉まっていた。

近くのショッテン教会に入ってみる。 12世紀にベネディクト派によって建てられた歴史ある教会。 外はシンプルな外観だが、中はこのとおりの見事な装飾。

ショッテン教会を出て、アム・ホーフ教会前についたところで、ちびがトイレに行きたくなる。 その騒ぎに紛れ、アム・ホーフに入るのを忘れハラッハ宮へ移動してしまう。 そしてせっかくフェステル宮を歩いたのにパッサージュの写真を撮るもの忘れてしまっていた。

カフェ・ツェントラルを通りすぎ、ナーグラーガッセに移動。

ナーグラーガッセを散策。

さらに歩く。

本日訪れたかった教会のひとつ、マリア・アム・ゲシュターデ教会へユダヤ人広場を横切って向かう。 昔はこのあたりをドナウ川が流れていた。 この教会が少し「く」の字に折れているのは岸辺(ゲシュターデ)にあったせいなのだそう。

かつてドナウだった場所から見上げた岸辺の教会。 初日のリンク内散策はこの辺にして、ちびがたのしみにしてたプラータに行ってみよう。 路面電車でプラーターシュテルンに向かう。

プラーターでの目的のひとつはこれ。 リアル馬のメリーゴーラウンド 日本にいたときから「乗ろうねー、リアル馬」とちびに行っていた。 「リアル」の意味を知らないちびは何か本物をさす言葉だと覚えた。 「まま、まま、あれ乗ろうね。えっと、なんだっけ」 ウィーンに着いてからちびが言い出した。 もうひとつの目的、観覧車とどっちのことを言いたいのかわからない母は次の言葉を待った。 「ええと、ナチュラルうま」 確かにこの子たちは音楽がなり始め、回るまでは反対方向を向いてみたり、いすに痒いあごをこすりつけてみたりととてもナチュラルだった。

もうひとつの目的はこのバスみたいな大観覧車。 第3の男にも出てきたあれ。 一気に10人くらいを乗り込ませる。 床が揺れる。みしみしいう。 動きが遅い。 うわあ、そこの子どもたち、飛ばんでー。外れて落ちたらどうしてくれるん。 母は足の裏にびっしょり汗をかいて降りる。 ちびと父は楽しそうにほかのアトラクションへ。 いくつか遊んだあと、リンクへ戻る。

美術史博物館まえに路面電車で戻ってくる。 写真は向かいの自然史博物館。

MQに向かって歩く。 この後の目的はシュピッテルベルグ地区

MQの中庭はこんな感じ。 写真左ではDJが音楽を流している。 シュピッテルベルグ地区に行く前にここの黄色いブツの上でちょっと休憩していこう。 ヨーロッパの7時はまだお昼のような日差し。 夕食をとる気分にもならない。 のんびり足を外で伸ばせる場所は貴重。 しばらくくつろいでいた。 その後シュピッテルベルグに行く。 かつて赤線だったこともあるこの地区は今ではおしゃれなスポット。 日が暮れ、LUXで魚料理など食べていると満腹になったちびが転寝を始める。 その姿を見た店員さんが「パパがベッドに運ぶのね」微笑んで話しかけてくる。 もっとこの地区を散策したかった。 仕方ない。ちびを交互におんぶしてホテルまで歩いて戻る。

翌朝、インスブルックに出発する日。 早朝目が覚めたので一人で散歩。 ナッシュマルクトまで歩いてみる。 朝早かったので様々な食材を売る店を冷やかすお客さんはまだほとんどいなかった。 売られているのは乾物、チーズ類が多い。 店員さんが声をかけてくる 「にーはお!」

西駅をお昼前に出発。 座席の予約をしなかったけれど、6人乗りのコンパートメントを独占することができた。 向かい合わせの座席がほぼフラットになり、3つのベッドができるので、5時間弱の電車の移動が苦にならなかった。 ザルツブルグから一人の女の子が乗り込んできた。 目的地は同じ、インスブルック。 親戚の家に行くようだ。 ちびは退屈しのぎに折り紙を折っていたが、花車を作った後、その女の子に手渡した。 「Here you are」 最近の義務教育の英会話って使える。 小学一年生、一学期でもとっさにコトバが出てくるなんて。 昭和の英語教育を受けた親は感心した。 彼女はありがとう、と受け取った後、ずっと手にもち、たまにじっと見ていた。 電車はインスブルックに到着した。 彼女はコンパートメントを出る際、私に手を振りながら、ちびと目を合わそうとした。 ちびはお姉さんのことをすっかり忘れ、リュックに荷物をまとめていた。

ほとんど人と出会うことがない園内。 時たま犬の散歩をしている人に会う。

石の橋の上の騎士像。

向こうに城が見えてきた。 もしかしたらカフェがあるかもと期待して向かう。

馬を調教する場所のゲートにあったライオン像。

城にかかる橋。 湖は凍っていた。

庭園を出てラクセンブルグの街の広場へ。 Rathaus(市庁舎)。

Rathaus向かいにある教会。

教会内部。

教会から見たBlauerHof。 このブラウアーホフというのがハプスブルク家の夏の離宮。 現在は内部を見ることができない。

ブラウアーホフの正面にかかっている説明文。 ここでフランツ・ヨーゼフとエリザベートの息子ルドルフが生まれた。

バイロイトからツアーのバスに便乗させてもらい、ザルツブルクへ! アウトバーンを快適に走行していましたが、事故渋滞です。

キームゼー(キーム湖)が見えてきました。もう少しでドイツ=オーストリア国境です。 EU内ですから、何もありません。

今日は木曜日、市役所前の教会広場に市が立ちます。

午前中のみで、午後通ったら跡形もありませんでした。

ここを抜けるとミラベル庭園です。 むこうに有名なペガサスが見えます。

「サウンドオブミュージック」にも出てきましたね。 現地の人はこのミュージカルが、あまり好きではありません。映画が上映された時も、入場者が少なく早々に切り上げられたようです。 何故かというと、いかにナチの時代とはいえ、祖国を捨てアメリカで成功した家族を、受け入れられないようです。トラップ大佐自身にも、黒い噂があります。(ファンの人申し訳ありません。) 市役所前から「サウンドオブミュージック・ツアー」バスは、毎日出ています。 ついでですが「第三の男」も、ウィーンでは不人気です。思い出したくもない、暗い時代の話ですから。

観光客がいっぱいです。

丘の上はホーエンザルツブルク城です。

左がミラベル宮殿です。 この中には室内楽ホールがあって、通年でコンサートがあります。出演者は様々ですが、ウィーン・フィルやベルリン・フィルのメンバーが出ることもあります。 チケットは比較的取りやすいですか、テェックしてみるとよいでしょう。

ザルツァハ川に出ました。 観光船の船着き場が向こう岸にあります。 去年洪水の時は大変だったようです。

カラヤンの生家にあるブロンズ像

祝祭大劇場です。奥にフェルゼンライトシューレ、さらに奥に祝祭小劇場と、3つの劇場が並んでいます。

夕刻近く、正装した人々が集まってきます。

今日の大劇場はヴェルディの「ドン・カルロ」、指揮はゲルギエフです。 開演前のオーケストラボックスをのぞくと、D・HとS・Dが練習していました。彼らはまだエキストラですが、将来立派なフィルハーモニーカになると思います。

豪華な舞台と立派な演奏、特にこの「ドン・カルロ」は台本がシラーなので見応えがあります。

満月です。 友人達との食事を終えて、ぶらぶらと千鳥足。 気持ちのよい夜です。 ミュルナー小橋(歩行者専用)を渡り、ホテル(シェラトン・ザルツブルク)へ戻ります。橋の欄干にカメラを固定して写しました。

カメラの感度を上げると。

もう深夜11時、ミラベルの照明も落ちました。

昼間、祝祭劇場裏の食堂で、友人の日本人T・Oさんの誕生祝いが開かれた。ウィーン・フィルのヴィオラH・W氏がケーキを用意してくれ、ヴィオラ主席の(元主席)C・F氏の家族(お母さん、奥さん、二人の娘)も参加して、楽しい時間をすごせた。 ここに掲載できる適当な写真が無くて残念です。

今夜はモーツァルト「ドン・ジョバンニ」、指揮はアーノンクール。クシェイの演出に話題が集まっています。

こんな舞台です。

当然オーケストラボックスはこうなります。 でもさすがウィーン・フィル、演奏には影響が無かったと思います。多分。

翌日はウィーンフィルのマチネーコンサート。開演前の友人のM・U氏、楽器の調整中です。 彼のコントラバスは通常の4弦ではなく、5弦です。

コンサートが始まります。

堤防まで水が上がり、橋は通行止めになったようです。

夜はモーツァルト「皇帝ティトの悲劇」 これもアーノンクールの指揮。 実際に火薬の爆発などあり、スペクタクルな舞台でした。 会場はフェーゼンライトシューレ、サウンドオブミュージックに出てきたオープンエアーのホールです。

最後の朝食です。 このシェラトンのテラスで取る朝食は、本当に素晴らしい。 またここへ来よう、モーツァルトは大嫌いな街だったが、私はどちらも大好きだ!

成田から12時間ようやくウィーンのホテル(インターコンチネンタル)に着きました。疲れたので少し休みます。

翌朝、冬のウィーンらしいどんよりとした寒い天候です。中央墓地へ向かいます。 まず偉大な音楽家たちのお墓参りです。 左がベートーヴェン、右がシューベルトです。シューベルトの希望通りベートーヴェンの隣りに眠っています。元々はフォルクスオーパー近くのヴェーリンク墓地(現シューベルト公園、墓石が残っています)に二人とも眠っていましたが、1888年に中央墓地に移されました。 中央はモーツァルトの記念碑(お墓ではありません)です。

ベートーヴェンです。 ここに立つと緊張します。

シューベルトです。

ヨハン・シュトラウスⅡとブラームスも並んでいます。実際仲良しでした。

ブラームスと犬猿の仲だった、フーゴー・ヴォルフ。 ベートーヴェンの裏側です。

父ヨハン・シュトラウスⅠです。

ヨハンⅡの弟、ヨーゼフ・シュトラウスです。

かってニューイヤーコンサートの指揮者、ウィーン・フィルのコンサートマスターだった、ウィリー・ボスコフスキーの墓です。

アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキーの墓です。

アーノルド・シェーンベルクの墓です。 彼らしい墓ですね。

カール・ツェルニのお墓。 教則本で苦しめられた人も多いのでは。

アントニオ・サリエリの墓。

中央墓地の入り口です。

帰り道、サンクト・マルクス墓地にも寄りました。

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの墓です。正確には埋葬されたであろう場所に作られた墓です。したがって遺骨はありません。

以前来たときは、かなり黒く汚れていましたが、きれいになっていました。

なかなか見ることのない、後ろ側から。

市内に戻り、ホテル横のベートーヴェン像です。

翌日は友人のM・U氏夫妻がウィーン郊外のクロイスターノイブルク修道院を案内してくれました。彼はリタイヤしましたが、ウィーン・フィルのソロ・コントラバス奏者で、今もウィーン・フィルや国立歌劇場で演奏しています。

ちょうど日本からウィーンへ来ていたY・Kさんも一緒です。

修道院の中庭

寒さも加わりより厳粛な雰囲気です。

実はこの修道院は私とM・U氏想い出の地なのですが、長くなるのでいずれまた。

記念写真

ハイリゲンシュタットのホイリゲで、食事に招待していただきました。 このホイリゲはウィーン・フィルの関係者がよく使うホイリゲです。

ホイリゲではワインはデカンタとジョッキです。

見づらいですが、トマトのとなりにシュパーゲル(ホワイトアスパラガス)があります。細く小さなものでしたが、ドイツの春には欠かせないものです。4、5月になると大きなシュパーゲルが食べられます。

私はフォルクスオーパーへ行くので、一足先に地下鉄でホテルへ。

フォルクスオーパーの緞帳

桟敷席

二階、三階席

二階席から舞台を見ると。

今夜の演目は「メリー・ウイドー」 フレンチカンカンの場面です。

大晦日のお昼はグリューヘンバイスル。 まずはヴァイツェンビアー。 でも何でエルディンガー(ドイツの大手メーカー)しか無いの? 地元のビールが飲みたかった。 料理の写真は撮り忘れました。

有名なサインの間

様々なサインがあります。

午後7時、いよいよジルヴェスターコンサートです。 12月30、31日、元旦の3日間同じプログラムのコンサートです。30日は公開リハーサルという形での演奏です。元旦は朝11時からです。

プレートルの登場です。

今回の目的の一つ、D・Hくん(右)のニューイヤーデビュー。

こちらは彼のパパ

テンポが遅く、私はついて行けない。 明らかな振り間違いもあり、コンサートマスターW・H氏は大変そう。彼は6月にリタイヤするので、これが最後のニューイヤー。 また一人偉大な奏者が去ってゆく。

元日の朝食

朝のバイキング

ニューイヤーコンサートが始まります。 今日の演奏はどうでしょうか? 先ほど聞いた話だとテンポが遅くて、テレビの放送時間に収まらないので、放送局が指揮者にテンポを速めるよう要請したらしい。

休憩時間に楽屋へ行き、D・Hくんに心ばかりのプレゼント。

会場内にバレーが入ります。

コンサートは終わりました。 昨日よりは少し良かったかな。

コンサートの後は、友人たちとインペリアルホテルのカフェで食事。

さすがヨーロッパ有数のホテルです。

デザートです。美味しい!

夜は国立歌劇場で「こうもり」

一幕のカーテンコール

ここが発祥のカクテル「ミモザ」

大きなシャンデリア、漠然と見ると大したこと無さそうですが、よく見ると手がこんでいます。

一人一人に対訳のディスプレーがあります。日本語はありません。

二幕が始まります。

豪華なパーティーの場面です。

カーテンコール

すぐ下は立ち見席、日によって違うが千円以下でオペラが観られる。音楽学校の学生にとっては天国でしょう。 ちなみに60年代くらいまでは、日本人は音楽後進国として、音楽学校の学費がただったそうです。

オーケストラピットのウィーン国立歌劇場管弦楽団、ウィーン・フィルはこのメンバーが自主的に集まったオーケストラです。ウィーン・フィルに入らないメンバーもいるので、完全にイーコールではありません。

終幕のカーテンコール、キルヒシュラーガーいい歌手です。

翌朝、暗いうちにホテルを出て空港へ。 ドレースデン(シェンゲン加盟国)へ向かうので、パスポートのチェックはありません。 チェックインしてカフェで休憩。

早朝から・・・・・・・・・。 旅行でもなければ、出来ませんのでお許し下さい。 ウィーンを離れるのは寂しいけれど、これから大好きな街、ドレースデンです。 再建された聖母教会、ケストナー・ミュージアム、美味しいビール、ゼンパー・オーパー・・・・・。 旅は次へ続きます。

オーストリアの文化・風俗・注意点

 オーストリア人はゲルマン系の人が主で、使用言語はドイツ語です。そのため、ドイツ人と同じ国民性であると考えられがちですが、両者の気質はかなり異なると言えます。例えば、ドイツ人は一般に物事を生真面目に、時には深刻に受け止める傾向が強いのに対し、オーストリア人は、ドイツ人に比べ楽天的であり、生活を楽しむ面があると言われています。

 水道水は飲料水として飲むことができます。

 オーストリア及び近隣国(ドイツ、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア等中・東欧地域)では、ダニを介したウイルス性脳炎(症状は日本脳炎に似ている)に感染する恐れがあります。2001年6月にオーストリアのザルツブルグ近郊の農村地帯で、日本人旅行者がダニに刺され脳炎を発症しています。この脳炎は、治療法がないため一旦罹患すると麻痺等の後遺症が残ったり、場合によっては死亡するケースも見られます。汚染地区に長期間滞在する予定がある場合や、汚染地区の特に標高1,000m以下の山道や湿地帯、また、森や公園を歩く可能性のある旅行者は予防接種を受けることをおすすめします。

 予防接種はオーストリアの保険センター(Bezirksgesundheitsamter)で受けることができます。ワクチンは通常3回の接種が必要です。1回目の接種後2〜4週間後に2回目、1年目に3回目を接種します。3回の接種を受ければ3年間有効です。旅行者の場合には緊急ワクチンとして1〜2週間をあけて2回受ければ、90%の効果があります。

 ただし、この予防接種では防ぐことができない他の感染症もあるので、まず、ダニに刺されないように、次のような対策を取ることが大切です。

 ダニは木の低いところや草むらにいるので、特に春から秋にかけて森や公園を散策する時は、決められた散歩道や遊歩道を歩く。

 長袖、長ズボンが好ましい。また、帽子、スカーフを着用する。

 ダニ除けスプレーを利用する。

 子供を同伴する場合は、外出から戻った時はダニに刺されていないか、子供の全身を確認する。

 グロスグロックナー等においては、日本人を含め登山中に死亡事故が発生しています。本格的な登山を行う場合には、事前に地元ガイド等のアドバイスを受けるとともに、所要の手続き(アルペン協会や山岳事務所への登山日程の提出等)を行うことが必要です。