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ギリシャってどんな国?

ギリシャ共和国(ギリシャきょうわこく)、通称ギリシャはヨーロッパの南東、バルカン半島最南端部に位置する国である。半島南部およびペロポネソス半島に加えエーゲ海を中心に存在する島嶼によって構成される。北は西からアルバニア、マケドニア共和国 マケドニア、ブルガリアと、東はトルコと国境を接している。本土の周囲は東にはエーゲ海、西はイオニア海、南は地中海に囲まれている。
ギリシャは西洋文明の発祥地であり、複数の文明の接点に位置する国としてヨーロッパ、アフリカ、アジアの歴史に大きな影響を与えた。
現在のギリシャは国際連合 国連、欧州連合 EUおよび北大西洋条約機構 NATOの加盟国である。2004年には首都のアテネでアテネオリンピック (2004年) オリンピックが開催された。

ギリシャの地図

ギリシャの写真・旅行記

ギリシャの旅5日目、この日はアテネでの自由行動かオプショナルで「コリントス・ミケーネ・エピダウロス観光」が選択できました。オプショナルツアーに参加すると「アテネ国立考古学博物館」へは行けなくなるので迷いましたが、ギリシャに行って遺跡の宝庫のペロポネソス半島に行かなければ後々絶対後悔するだろうということでオプショナルツアーに参加しました。 まずは紀元前7世紀頃、商工都市として栄えた古代コリントス遺跡から訪問です。

アテネから西へ約85km行ったところにあるコリントス運河です。ここを越えるとペロポネソス半島ですが、ペロポネソス半島といえば今回のオプショナルツアーで訪れる古代コリントス、ミケーネ、エピダウロスの他にもオリンピック発祥の地オリンピアやスパルタなどなど遺跡好き、歴史好きにはたまらない場所です。

1893年に完成した全長6343mの運河ですが南ギリシャとイタリア方面を結ぶルートとして現役で使われています。

水面からの高さは80mでここでバンジージャンプもできるそうです。

現在のコリントスの町から8kmほど内陸に入ったところにある古代コリントス遺跡に到着しました。駐車場の横は古代劇場の跡でした。

紀元前7世紀頃、商工都市として栄えた古代コリントスですが、その後アテネの繁栄で影が薄くなりました。アレキサンダー大王の時代にはギリシャ都市国家「コリントス同盟」の長として再び繁栄をしますが、その後紀元前146年ローマによりコリントは破壊された。しかしその後シーザーやアウグスティヌスにより復活し、ローマのアカイヤ州の首都となり反映しました。

紀元前6世紀に造られたアポロン神殿。

ギリシャで最も古い神殿の1つですが、美しい神殿です。

38本のドリス式列柱をもっていましたが、現在は7本が残るのみです。

北西側の商店の列の真ん中に立つ建物。この部分だけ屋根が保存されています。 遺跡の建物は、アポロン神殿などを除きほとんどがローマ時代のものです。

ここ古代コリントス遺跡からも海(コリンティアコス湾)が望めます。

ローマ時代の建物が残る「ピレーネの泉」、こちらにも河神アソーボスの娘ピレーネと天馬ぺガサスの神話が残っています。

ギリシャ神話で有名なエディプス王はコリントスの王でした。 関係ないですが、EDPS(エディプス)のアルバム「BLUE SPHINX」「EDGES OF DREAM」は今でも愛聴盤です。

一体だけ遺跡に彫像が置かれていました。 この遺跡で発掘された彫像のいくつかは併設する考古学博物館に展示されていました。

遺跡の入口にある考古学博物館に入ります。ここにはコリントとその周辺から発掘された彫刻や碑文などが集められています。

遺跡の南西約3キロに、石灰岩の山アクロコリントスがそびえています。アクロコリントスは、古代コリントスのアクロポリスです。

中央の道はレカイオン通りといい、コリントスからレカイオンの港へと続いていました。

何故かち○こだけが、集められ展示されていました。

これは兵士の鎧のアップですが羊や象の模様が秀逸。

古い時代の像

紀元前六世紀(前560-550年)のスフィンクス。エジプトのスフィンクスとは全く姿が異なります。エディプス王と謎かけで対決したスフィンクスでしょうか。

「アッティカ幾何学様式アンフォラ」 これと全く同じデザインのアンフォラが東京国立博物館で開催されている特別展「古代ギリシャ―時空を超えた旅―」に出展(アテネ国立考古学博物館所蔵)されていました。

これらは女神像でしょうか、時代や由来は不明。

浮彫り

美しい造形の彫像

陶器(皿)ですが(写真)動物や魚などが描かれていました。

「捕虜のファサード」ローマ時代に皇帝ルキウス・ウェルスがパルティアに勝利したことをを記念するため建築されたもの。

ローマ時代のディオニソス酒神の頭部

グラウケの泉、紀元前6世紀に造られた貯水場です。魔女メディアとコリントスの姫グラウケの神話が伝わっています。

ローマ時代のヴィラから発見された床モザイク。 正方形の中央には頭に蔦と果物をつけたディオニュソス神が描かれています。

ローマ時代のオクタビアヌス神殿跡。

「ヴァフィオの金杯」 紀元前1450~1400年 スパルタ近郊のヴァフィオ ミケーネ文明の金細工の傑作、牡牛が打ち出されています。

エントランスの正面の部屋に入ると真正面に迎えてくれるのがこの黄金のマスクです。

黄金のマスクはドイツ人考古学者シュリーマンによりミケーネ遺跡の円形墳墓から発掘されたもの。ミケーネを統治した紀元前16世紀頃の王族のものですが、発見当時はトロイア戦争に勝利したアガメムノン王のマスクと信じられており、制作年代が判明した現在でも「アガメムノンのマスク」と呼ばれています。

これら莫大な黄金の副葬品の9割はシュリーマンがわずか10日間で発見したものです。

人型の金細工他、ホメロスに「黄金に富むミケーネ」と記されていたことが立証される作品群。ミケーネの近隣では黄金は産出しないので彼らがどのようにして金を得たのか議論を呼んでいます。

「黄金の冠帯」前16世紀 ミケーネ円形墳墓 アガメムノンのマスクと一緒に発掘された副葬品。その大きさから絶大な権力がうかがわれます。

これら他のマスクと比べると「アガメムノンのマスク」はあまりに精巧で威厳がある(口ひげ・あごひげなど)ことなどからシュリーマンによる贋作あるいは改ざんいう説もあります。

しかしながらホメロスの世界を夢見、古代への情熱が熱かったのは紛れもない事実でしょうし、その発見の価値は失われるものではないと思われます。 そのシュリーマン、発掘を始める前2年間にわたり世界を旅していますが、幕末の日本に1カ月あまり滞在していたことはあまり知られていません。

牛頭型リュートン 前16世紀 ミケーネ円形墳墓 牡牛の頭をかたどったリュートンはクレタ島からの輸入品と考えられています。

獅子頭型リュートン 前16世紀 ミケーネ円形墳墓 強大な力を象徴するライオンのリュートン

左側にみえる円形飾り板やボタンや右側のディアデマ(冠)または帯の一部は東博の「古代ギリシャ展」にも出展されていました。

銅剣。

シュリーマンにより発掘された黄金のマスクは「アガメムノンのマスク」を含め全部で5つでそのすべてがアテネ国立考古学博物館に展示されてます。

海洋生物や植物などがモチーフになった装飾も見られます。

ミケーネ遺跡の「大斜道」と呼ばれる坂道の南側にあった宗教施設の遺構からシュ出土したフレスコ画で「ミケーネの貴婦人」と呼ばれているもの。

動物が描かれたものもあります。 これほど発展したミケーネ文明ですが紀元前12世紀頃には海の民、そしてドリス人が侵入してくるとほとんどの宮殿や高度な文明は破壊され、その後4世紀ほどギリシャは著しく文化レベルが後退し暗黒時代に入ります。

「スフィンクスの頭部」紀元前13世紀 ミケーネでは数少ない女性像。

これはおそらく象牙彫り。「古代ギリシャ展」にミケーネ時代の象牙細工がいくつか出展されていました。

「少女の行列(部分)」紀元前14~前13世紀、ティリンスの宮殿の壁画(フレスコ画) しっくい部分がオリジナルです。高い鼻筋がギリシャ民族の特徴。

髪形や服装にミノア文明の影響がみられるそうですが、非常にモダンです。

ミケーネ遺跡から南方へ約20kmのところにあるホメロスに「強力に囲まれたるティリンス」」と添え名させた城壁に囲まれたティリンス遺跡もシュリーマンによって発掘されています。

小学生の頃、シュリーマンの伝記を読み世界を股に掛けた実業家としての半生とそれをすべて投げうっての発掘者としての後半生に感銘を受けましたが、実際にはかなり評価が分かれる人物のようです。

館内図の1F-4(丸印)がミケーネの部屋です。

こちらが展示の金製品が発掘されたミケーネの円形墳墓です。

葡萄酒やオリーブオイルを入れた壺など

中央に現物がなく写真で展示されているキュリクス(高脚杯)は東博の「古代ギリシャ展」に出展されていました。

ベオグラードから定刻通り, アテネに出発です! 最初は, 17日の夜ベオグラードから(トルコ航空で)そのままクウェートに向かうことを考えてましたが,スカイ・スキャナーで調べているとベオグラードを昼過ぎに出発すれば, ベオグラード(セルビア航空) → アテネ (エーゲ航空) → アンマン (ロイヤル・ヨルダン航空) → クウェート! と乗り継げることが判明! しかも, ベオグラードから(トルコ航空で)クウェートに行くルートと値段もさほど変わらない!! さらに,(クウェートの滞在時間は少なくなるが)ギリシアとヨルダンに寄れるとあって, すぐチケットを確保しました(^^)/ このルートすべて異なる航空会社なので若干心配でしたが,すべて定刻通りの完璧なフライトでした(^^)

定刻通り16時前にアテネ空港着! 学生の頃(2005年)以来のギリシアです!! 23時50分のフライトで,アンマンに向かうので21頃まではアテネ観光できます! 早速,荷物を預けて鉄道でアテネ市街へ!

16時を過ぎていると、まともに観光できるのはアクロポリスぐらいしかありません! まあ, アテネのハイライトなので当然アクロポリスへ!! 写真はローマン・アゴラ! もう閉まって入れません(>_<) アクロポリスの丘も見えます!

アゴラからアクロポリスへ雰囲気の良い道を進んで行きます! 11年前通ったんでしょうが,さすがに記憶にないですね(^^;)

アクロポリスにある音楽堂! ここ懐かしいです!!

20ユーロでチケットを買ってアクロポリスへ! チケット高いですが,次の日に行ったぺトラのチケット(7500円)に比べるともはや安いもんです(^^;)

11年ぶりパルテノン神殿(^^) ただ,もろ修復中(-_-;)

正面が一番の撮影ポイントだったので,ちょっと残念ですね!

ただ,側面からの撮影でもまあ十分です(^^)

パルテノン神殿の柱の上の部分!

裏からのパルテノン神殿!

エレクティオン!

この像は複製でオリジナルは博物館にあるとか! まあさすがに,オリジナルを野ざらしには出来ないですよね(^^;)

アクロポリスは11年前もいろんなところが修復中だった気がするけど,今もまだまだ修復中(^^;)

天気がすこぶる良かった(^^) 夕方なので猛暑というほどではなかったです!

アクロポリスからのリカヴィトスの丘! かなり懐かしい(^^) ちなみに古い旅行記はこちらです! http://4travel.jp/travelogue/10017103 当時は体力もあり,もっと動き回れたな~...

アクロポリスからのゼウス神殿! ここは後ほどで行ってみました!!

アクロポリス付近の道の真ん中で寝ている犬! ちょうど日陰になっているので気持ち良さそうですが,通行の邪魔だよ(^^;)

はっきり見えてきましたアクロポリスの丘! 当然世界遺産です!!

懐かしいゼウス神殿です(^^)

19時前になったので,シンタグマ付近まで移動しディナーを頂きました! イカ料理!?

国会議事堂前でとうもろこし(1.5ユーロ)を食べて, やることが無くなったので 早いですが20時ぐらいには空港に向かいました(^^;)

空港のラウンジ! (見落としが無ければ)プライオリティパスで入れるラウンジにはシャワーは無かったです(>_<)

定刻通り, エーゲ航空でアンマンに出発です! (チケットは116ユーロでした) 短い滞在でしたが, 久しぶりにパルテノン神殿見れたので十分でした(^^)

アテネのお宿「エレクトラ・パレス・ホテル」 エアコンOK、玄関ジャグジーなし、四角いベッド、完璧です! (何を言っているのか気になる方はさんざんサントリーニ島編をご参照くださいませ http://4travel.jp/travelogue/11165098) 3泊780ユーロ。

旅の最後でホテルを外してしまうのは避けたかったので、ジュニアスイートを指定しました。2泊だが、最終日の出発がアテネ空港発22:25と遅いので奮発して3泊分の予約・支払いをしておきました~贅沢すぎて目眩が・・・ しかし暑い中、夜までずっと街中を観光し続けるのは体力的につらすぎるし、シャワーなどで汚れを洗い流して帰国の途につきたかったのだ。 もったいないけれどその価値はおばちゃん達にはあったと思う。

苦笑いしてしまう狭いバルコニー。

でもそのバルコニーから少しだけどアクロポリスを見上げることができた。 夜にはライトアップされてました。

サントリーニ島からアテネへ移動して、ホテルに落ち着き、休憩や洗濯などして1日が終わってしまった。 夕食はこちら。この旅行前に買ったお気に入り本「ギリシャごはんに誘われて」の作者の方がオススメしていたアシナイコンというお店。

タラモサラダ 妙にかわいいピンク色、おばちゃんが作るよりも柔らかくてクリーミーな仕上りだった。ふむふむ、色には怯んだがおいしかったです。

イワシのマリネ 安いしすぐ出てくるし美味しいし言うことなしの一品。

マグロのグリル 見た目よりもボリュームがあった。中トロあたりをミディアムレアの焼き加減で、そしてとても美味しかった!中トロを焼くのか・・家庭で試してみるにはかなりな勇気が必要かと。

ギリシャ雀の朝食 ホテルの朝食は中庭に面したテラス席で。食べ終わった頃を見計らって果敢な雀たちが朝食にやってきた。可愛いから虐められないと自信たっぷりだにゃ。

ホテルから気持ち良い道を歩きながらアクロポリスに向かいます。 ホテルから20分少々。猫を無視すればもっと早く着くんだが・・

アクロポリスの入場券をここで購入。

アクロポリスのみなら20ユーロ、古代アゴラなど計6カ所とアクロポリスの共通券なら5日間で30ユーロ。 高いーーーっ!さすがだ、城戸沙織だ、女神アテナだ、なんと容赦のない。観光客に馬乗りになって鞭を入れる価格設定! しかし初めてアテネにやってきて、パルテノン神殿を見ずにエレクティオンを見ずに済ませる選択肢なんてあるだろうか?

ヘロデス・アッティコスの音楽堂 回廊で繋がるディオニソス劇場の方が歴史も古いし壮大なのだが、こちらの方がずっと良い状態で残っている。

プロピュライア(前門) アクロポリスに入って行くよ。想像以上の大きさと美しさと威容にドキドキ。まだ前門つまりコンサートで言えば前座だというのに。盛り上がりますねぇ、朝9時前でも大勢の人がいるのはさすがです。

夏の午前中は逆光になるようで残念な写真。 パルテノン神殿です。ひゃ~~デカイ!(身も蓋もない頭の悪そうな感想)。 工事の足場もクレーンも建材も大勢の人も何もかもが気にならなくなるのは、圧倒的な存在感と美しさがあるからだと思った。

こちらチケット。というかレシートじゃん・・・このお正月に行った人の話ではもっと普通のチケットだったとか。その時から値上がりもしているしチケットの形状を変更した様子。 別の見学場所の受付でこのレシートを見せると、裏にその施設のスタンプを押してくれる。 合理的だ!しかも何度値上げをしようと簡単便利素早く対応できる!! この先もまだ値上げするのかなぁ

補修用の建材を運ぶためのトロッコのレール。 最近動かしたとは思えないような。クレーンが動いているところを見たこのある人はいるのだろうか。このパルテノン神殿の工事は終わる日が無事に来るのでしょうか。

修復・復元のために出番を待っている状態?

エレクティオン アクロポリスで一番特別で神聖な場所とされていた。どこから見ても様になる美しい神殿だった。6人の美しい少女が柱にされてるのは不憫では?カリアティデスと呼ばれている。 6体ともレプリカで、5体は近くのアクロポリス博物館に、1体は一人寂しく大英博物館に。連れて行かれた少女が一番いい状態だったのだろうとおばちゃんは邪推してるよ。

エレクティオン ギリシャ神話では、ポセイドンとアテナどちらがアテネの街の守護神になるか争った話があり、アテネが送ったオリーブの樹はここにあったとか(もちろんこれは後に植え替えられたもの)。 かたやポセイドンが三又の鉾でついて湧き出させた海水の井戸はこの内側にあるらしいのだが、よくわからなかった。真水を湧き出させたら勝ったんだろうけど。

ディオニソス劇場跡やアスクレピオスの神域のある南側を見学しながら下って、ついでにかわいい猫にカリカリをやったりしながら、次はゼウス神殿に向かいます。

ゼウス神殿の前にあるハドリアヌスの門。 この門のこちら側に「ハドリアヌスがこの町を作った」と書かれ、反対側に「テセウスがこの町を作った」と書き表されているらしい。ギリシャ贔屓のハドリアヌス帝は随分とアテネによくしてあげたのだ。 テセウスって、クレタ島でミノタウルスを倒した彼だろうか・・?手助けしたアリアドネと駆け落ちしつつ途中で置き去りにしたことで有名な。 確かにアテネの王になったけれど、でも人間的にはいただけない奴だと神話と現実をごっちゃにしてしまうおばちゃん・・・

・・・この門、うっすい(@@) 美意識の塊だったようなハドリアヌスの名前をつけないで欲しいものだ。(本当に知ってるのかと言われると困るが) ヴィラ・アドリアーノやパンテオンやサンタンジェロ城を作らせた人だよ、これを見たら憮然とすると思う。

ゼウス神殿 今この神殿跡には15本の柱が残っていて、その柱の大きさだけでも圧倒されるが、かつては104本もの柱が立っていたそうだ。

切り分けられた伊達巻のようだ・・

新アクロポリス博物館 ここはアクロポリスの共通券の適応外。エントランスを入るとチケット売り場がある。一人5ユーロ。同じフロアにミュージアムショップがあって、そこはチケットがなくても買い物できる。また2階(日本式には3階)にもショップがありました。 入り口までのアプローチは強化ガラス張りになっていて、下には発掘された遺跡が見える。

エレクテイォンのカリアティデスの本物はこちら。皆、アクロポリスの方を向いて立っている。

3階(日本式なら4階)パルテノンギャラリー。 フロア全体を使ってパルテノン神殿をイメージさせる展示をしている。大きさは違うけれど灰色の柱はパルテノン神殿の柱、その間にある浮き彫りは神殿のメトープに見立ててレリーフを展示している。 工夫が凝らされていていいなと思った。

パルテノン神殿の破風やメトープの彫刻の半分は大英博物館にある。19世紀イギリスの外交官エルギン卿が、当時オスマントルコ支配下のギリシャから、どんどこ持ち帰ってしまったのだ。 ギリシャは独立以来ずっと返還を申し入れているが、大英博物館側は「うちに置いておけば世界中の文明を一箇所で比較できるし、無料で多くの人に見てもらえるし、それにちゃんとした管理状態で展示してる。返しても置く場所ないでしょー」と返さない。 ならば「ここに展示するんなら文句はなかろう、返しやがれ!」と作ったのがこの博物館だそうです。 まだ返してもらっていないけれど。

心和むレゴで再現したパルテノン神殿。

ナスのサラダ・・・は食べ慣れない味・・・

豚肉の煮込み。食べやすい味。 それにパンとオリーブとお水とビールで27ユーロ

一度の休憩(ビール&フラッペ)を挟んで2時頃まで偉大なものを見学して回ったので、そろそろ限界・・お昼を食べたらホテルに戻って休憩しよう。 プラカ地区にあるディオゲネスというお店。 コリントスの(愉快な)哲学者の名前だったので、入ってみました。

日没の頃また街に出かける。 日が落ちると涼しく過ごしやすいし、観光客も多い夏の夜。お土産屋さんや飲食店も活気付いている。

これはさすがに買わないお土産。触ってみるとペコペコする。

大繁盛しているお店に入ってみよう。

メゼの盛り合わせ。 え~と・・・まあまあ。

鶏のギロプレート。 う~ん・・なぜ繁盛しているのだろうか??? お水とビールとこの二品で27ユーロ。もちろんおまけのデザートなどはなし。 なんだかイラクリオンが恋しいなぁ。

敷地の中に入るとこのような感じ。 中庭があり四方を建物が囲んでいたそうだ。 ・・・おばちゃんはちょっと飽きてきたかもしれない。

ヘパイストス神殿の反対側にあるアッタロスのストア(柱廊)。 いくらなんでも状態が良すぎるだろう!?良い状態で残っていたので完全に復元することができ、現在は古代アゴラ博物館となっている。 ギリシャ遺跡の中で完全に復元されたのはこの建造物だけだそうだ。

二階建ての一階部分。外側の柱は45本あるそうな。 この古代アゴラでソクラテスの裁判が行われ、彼が毒杯を仰いだ場所とされているところもあるーーーのだが、情けなくも恥ずかしくも、撮った写真のうちどれがそれだったか確信を持って選べないのよねぇ・・・どれも同じように見える。

これは間違いなしのヘパイストス神殿。 古代アゴラの中でも少し小高い丘に建っている。パルテノン神殿と同時期(紀元前450~440年頃)に建造されたらしい。 鍛冶屋の神様ヘパイストスを祀っているので(?)少々地味だが、頼もしい感じがするよ。 ちなみにヘパイストスは美と愛の女神アフロディーテのダンナさん、うまくいかなかったようで離婚。

パルテノン神殿と違って、神殿の壁が残っている。 入ってみたかったけれどもちろん禁止。神殿の近くに小さな小屋があって、係員さんがしっかり見張っていたよ。

古代アゴラから歩いて「ハドリアヌス帝の図書館」へ。 図書館と言われても・・・

翌日。夜にはアテネを出発する。頑張っていきましょう! 古代アゴラ 広い敷地の両端に状態の良いヘパイストス神殿(写真左上)とアッタロスのストアがあり、その間にあるのは廃墟という印象。

ローマン・アゴラ 図書館から歩いて到着、見所が集中しているので助かります。 1世紀に建造されたこの風の塔をぜひ見たかった。 関係は薄いだろうが、この八角形の塔はキリスト教教会にある洗礼堂を思い出させる。さらに八角形といえば、カステル・デル・モンテ!いつ行けるかねぇ…と法隆寺の夢殿の前でも思ったんだが、まだ行く予定はないよ。

なぜ風の塔と呼ばれるかーー塔の上部8面にそれぞれの方角の風の神様の浮き彫りがあるからだそうな。

風の塔の中 実は風の塔の辺りには、猫がたくさんいるという記事を読んでいたので、小袋のカリカリをバッグに入れ待ち伏せ気分だったが、一匹もみられず残念だった。 この時点で正午近い、そりゃ暑い盛りに出てこないさ…

地下鉄モナスティラキ駅のホーム お昼前にローマン・アゴラを出る頃にはおばちゃん達二人は疲れていた。定番となったビール&フラッペをとりながら、夫婦で今後のことを話し合ったと書くと離婚みたいだが、課題は考古学博物館へ行くか否か。 博物館より遺跡が好きなダンナさんは、行かなくてもいいが行ってもいいというまことに日本人らしいことを言うのだ。おばちゃんは行きたい・・が、より疲れているのもおばちゃんの方である。ホテルで出発まで休憩できるよう一泊余分に宿泊費も払っている。休まなければ損である? しかし、いつまたアテネに来るかわからないのだ。 「アレ」だけはぜひ見ておきたい。というわけで、自分に鞭を入れて地下鉄に乗る。行くよ。

ビクトリア駅で降りて戻る形でやってきました。考古学博物館。 帰りはオモニア駅まで歩く。この二つの駅の中間くらいに博物館はある。治安が不安との話も聞くが昼間だから大丈夫だろう。 ここはクレタ島を除くギリシャ全土からお宝が集まっている。が、今回は時間もないし「ティラ・ギャラリー」一室だけしっかり見学できればいいと思っている。 アクロティリから出土した「アレ」を見るのだ!

入館するとすぐにシュリーマンによってミケーネの遺跡から発掘された有名すぎる黄金のマスクが迎えてくれる。今は否定派が主流だけど「アガメムノンのマスク」とされたマスク。 その裏にはこのような類似品が。 なんとも冴えないお顔である。「しょぼメムノン」と呼ぶことにしたよ。

何もかもすっ飛ばして2階にあるティラ・ギャラリーに到着。有名なボクシングをする子供たち。少し薄汚れて色が濃いところだけが発掘されたもの。右側の子供の体などはほぼ想像図。破片をつなぎ合わせてそこから絵を起こした人たちに感謝。 でも・・「アレ」は?

がーーーーん・・・・・・・っ!!! 壁の一角に説明と写真(しかも白黒)のパネルのみ。なんでっ!?!? 「アレ」は「船団図」と呼ばれていて、アクロティリ遺跡(旅行記3をご参照くださいませ)の西の家の壁の上部を帯状に飾っていた壁画。パネルでは一部しか写っていない。

船団図のマグネット 船が島々を行き来して外国と交易をしている様子、町の要塞(宮殿?)から海を眺める人々、海を泳ぐイルカたち、海戦の様子、ナイル川(?)と岸辺のナツメヤシやパピルス、不思議な動物など、ワクワクするような壁画だったはずなのに・・・ないっ!?

諦めきれずおばちゃんは部屋の係員に、このパネルの絵はどこにあるか尋ねた。するとまぁ 「ここにはない。サントリーニ島かクレタ島の博物館にある」と。 いい加減なことを言うんじゃないっ! イラクリオンもフィラの博物館もアクロティリにも行った。そこにはなかった。ここに展示されていると読んだ本に書いてあったと主張すると、係員は首を振りつつ別の係員の方に歩いて行った。

別の係員に聞いてくれているのかと思えば、談笑を始めてしまい、そして二度とおばちゃんと目を合わせようとしなかったのである!! おばちゃんの頭の中ではありとあらゆる罵詈雑言が渦巻いていたが、書くのはやめておきます・・・ この3点はアクロティリ遺跡近くの露店で買ったマグネット。壁画の全てがマグネットにはなってなかったけれど、、うぅ・あの時買っておいて本当に良かったです!!

もしかしたらミュージアムショップに何かあるかも・・・ つまんないモノばかりだったよ(心が大層荒んでおります)。こんなものを2,800ユーロで売ってる、「あら、うちのエントランスに合いそうね、包んで送ってくださる?」って見学者が何人いると言うんだ!? ・・・もういいよ、お昼を食べてホテルで昼寝しよう。 オモニア広場のあたり、雑然としていたが別にどうということはなかった。おばちゃんの心はもっと荒んでいたからね!

なぜかトルティーヤを食べる。 全く期待なんかしてなかったが、とても美味しかった。チリコンカンが適度にボリュームありで満足。今度家でも作ってみよう。

地下鉄に乗って(あ、地下鉄は一回1.4ユーロでした。自動券売機もあったけれど故障してないか不安で窓口で購入)シンタグマまで戻り、ホテルに近いビアバーで昼食。 もっと地元色の強いお店を調べてあったのだが、もうそこに行く元気はなかったよ。

海老のリゾット・・・という割には、見た目にも味にもハムが優勢だったが、これも美味しかった!ちゃんとアルデンテ~(^^)。 この二品とビールとオレンジジュースで25ユーロ。 おいしいものを食べておばちゃんはあっけなくご機嫌になった。 しかし、ギリシャで最後のご飯がメキシカンとイタリアンとは?

ホテルで休憩し帰りの長旅に備えてシャワーを浴びたらチェックアウト。シンタグマ駅から空港行きの電車に乗ります。30分に一本の割合で空港直通の電車があります。 シンタグマ駅にはエレベーターもあるので、大きな荷物があっても安心です。

6泊9日の旅行もこれで終わりです。 おばちゃんを激怒させ落胆させた「船団図」はアテネ考古学博物館に所蔵されているも現在は非公開らしいと、帰国後情報をいただきました。そっか・・・ ギリシャはまた行きたいなと思う国でした。今度は考古学博物館を心穏やかにゆっくりと見学したい、ギリシャ正教の教会も。北部のテッサロニキにも行きたいし、小さな鄙びた島にも行ってみたい。 旅行記をご覧くださった方には、ありがとうございました。 気高く美しいアテネ像とともにお礼を申し上げます。 (どうしてダンナさんはこのようなものを買うのであろうか・・?)

こちらはアテネの空港バスチケットです。

リヒテンシュタインを散策した後、 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10524581/ チューリヒ、ミラノ経由でローマへ。ローマからはオリンピック航空でアテネへむかいます。

アテネといえば、アクロポリス。アクロポリスといえば、パルテノン神殿です。

途中で知り合った日本人旅行者、外国人旅行者とともに記念撮影です。

白い壁がギリシャっぽいですね。

ギリシャの出入国スタンプです。

こちらはリカヴィトスの丘からの風景です。

遠くにアクロポリスを望むことができる、アテネのビューポイントです。 さてこの後は、トルコの首都・イスタンブールに移動します。 http://4travel.jp/travelogue/10525821

エギナ島に到着しました。ここの滞在時間は2時間ありますがオプショナルツアー(アフェア神殿)に参加か自由行動を選択できます。遺跡大好きな私はもちろんオプショナルツアー参加です。

ポロス島を後にし、エギナ島に向かいます。

バスで20~30分走った、標高160mの小高い丘の頂上にアフェア神殿はあります。

32本あった石柱は現在24本残っています。ギリシャの神殿ではかなり保存状態の良いものです。

また神殿を時計回りに回ってみます。あまり大きな神殿ではなく、1~2分で回る事ができます。

この神殿とアテネのアクロポリスにあるパルテノン神殿、スニオン岬にあるポセイドン神殿を繋げると三角形をなし、それは“聖なる三角形”と呼ばれているそうです。

この神殿は紀元前6世紀から紀元前5世紀にかけて建てられたもので、 アルカイック時代後期の神殿の中でも、最も優れた建築のひとつと言われています。2500年以上もこの地に立っていたことを考えると感動を覚えます。

本当に美しい神殿です。確かオプショナルツアーの費用は24Eだったと思いますが、これは参加して大正解でした。

神殿からの眺望、ギリシャの神殿からは海が見えます。

神殿以外にも遺構が残っています。

この美しい柱は、エギナ島でとれる石灰岩で造られているそうです。

アフェア神殿のすぐ側にある売店でピスタチオアイスを食べました。甘過ぎず本当に美味しい。アイスは無理ですが、エギナ島の名産のピスタチオをお土産に買いました。

港へ戻る前にアギオス・アクタリオス修道院に寄りました。19世紀半ばから20世紀にかけて生きたギリシャ最後の聖人といわれるネクタリオスに捧げられた聖堂があります。建物は比較的新しめです。

エギナ島の名産はピスタチオということで島中ピスタチオが植えられています。 丁度収穫の時期ということで生のピスタチオも売っていました。1年のうちこの1週間しか食べられないので貴重ということでしたが、正直、天日干しして塩とレモンで味付けしたピスタチオの方が美味しい!!

聖堂内の様子。

大量にピスタチオ購入してしまいました。 「買い過ぎ、転売するの?」と一緒のツアー参加の方々に笑われましたが、本当に美味しく帰国後、毎日食べ続けています。もっと買ってきても良かったぐらい(笑)

エギナ島を後にします。

エギナ島からピレウス港 までの間、1Fの食堂でギリシャダンスショーが行われましたが、私は夕景のエーゲ海が見たくてデッキにいました。

映画の1シーンのよう。

エーゲ海の美しい夕景

アテネ(ピレウス港)に近づくと船も増えてきます。

丁度日が沈む頃、ピレウス港に到着です。7時半頃だったでしょうか。

海岸沿いのレストランでディナーです。時間は9時ごろだったと思います。

ベイサイドの素晴らしいロケーション、ちなみに窓にはガラスなく気持ちいい風が入ってきます。雨の日はどうするのだろうということは考えない(笑)

ギリシャに来て初めてのシーフード。美味しかったです。 ホテルに戻ると11時。長い1日でした、速攻爆睡です・・・

イドラ島を出港します。

イドラ島からポロス島までは約30分。その間に、船内でディナー(ビュッフェ形式)です。各国の曲の演奏があり、日本の曲はkiroroでしたが、向こうの曲ではノリノリのお客さんがダンス。

デッキから見えるのはペロポネソス半島。翌日オプショナルツアーで訪れるコリントス、ミケーネ、エピダウロスを始めオリンピアやスパルタなどの遺跡がある古代文明の故郷ともいえる地です。

こんな小さな島にも遺跡があります。

ヨットが見えます。

あっという間にポロス島が見えてきました。

こちらも美しい街並みが迎えてくれます。

とてもきれいな港です。途中、遊覧船とすれ違います。

港に入るところから高台に時計台が見えます。

ポロス島の滞在時間は約40分です。

とりあえず見晴らしの良いという時計台へ行くことにしました。港に入るときに見えた時計台です。けっこう急な階段を上ります。

時計台、近くにくると意外にも小さいものでした。

対岸はペロポネソス半島、距離はわずか400mほどです。

ポロス島は、東西に10キロ弱で人口も4500人程の小さな島です。正式にはカラヴァリア島スフェリア島の2島からなります。

白い壁とオレンジの屋根で統一された美しい街並み。

時計台近くにいたネコ。

それほど見所がない島ですが、街並みはやはりオシャレです。

港前の広場から見た時計台。

港前の広場にはお店が何軒かあります。

あっという間に滞在時間終わりです。

本日はホテルを7時半に出発、ピレウス港で乗船します。 クルーズ船はhydraki社のANNA MARU号です。随分乗るのに時間がかかるなぁと思っていると乗船のたびに1人(組)づつ記念撮影がありました(笑)後ほど船内で販売されてました、

クルーズ船の隣には軍艦が泊まっていました。

8時半頃の出港です。

船は、食堂のある1階、フォリフォリなどの売店がある2階、半オープンデッキの3階と屋上がありました。船には日本人スタッフが乗っており、出港後に説明があるので日本人は2階に集められます。この2階がクーラーも効いていて一番快適に過ごせるのですが・・・

ピレウス港~(3時間くらい)~イドラ島~(ランチ)~ポロス島~エギナ島(オプションツアーで神殿見学)~ピレウス港というスケジュールのようです。

残念ながらどんより曇った天気ですが、ところどころ雲の切れ間から・・・

降り注ぐ太陽と澄み切った青空、青くどこまでも続くエーゲ海というイメージからは、離れた曇り空ですが・・・

島の横を通過します。

3階のオープンデッキ。あちら(ヨーロッパ)の方は皆さんオープンデッキで日光浴です。

最初の島までは結構時間があるので、船上で音楽の演奏やフォークダンスなどのショーが行われます。

最初の目的地、イドラ島が見えてきました。

美しい街並みの島。18~19世紀には海上貿易で巨万の富を得たイドラ商人の島です。

イドラ島の港に到着しました。

イドラ島での自由時間は1時間20分ほど。イドラタウンを散策してみることにしました。

白い壁にブルーのイスと看板。これで空がブルーだったら最高なのですが・・・

ツーリストポリスのようです。

八百屋・・・カラフルなフルーツ。

こちらは釣具屋です。時間があればエーゲ海で釣りしてみたいのですが・・・

イドラ島は、そこそこ大きい島ですが、自動車やバイクの乗り入れが禁止となっています。かわりに活躍するのがロバです。

白で統一された風景はギリシャの光景と思わせてくれます。

迷路のような細い路地、

観光用のロバでしょうか、絵になります。

もと馬術部ですが、馬(ロバ)よりネコの方に興味が・・・ ネコも私が日本から持参したカリカリ(ネコ餌)に興味しんしんです。

タイトルは『ロバとロウバ』 犬を散歩するごとくロバを連れています。

毛並みもきれいですし、よく人に慣れてます。

イドラ島が今回訪れる3島の中で一番海水の透明度高いとのことでしたが、伊豆の海を見慣れた(海の目の前に住んでいる)オジサンにはそれほど感動はありません・・・

まだ時間があったので岬の方へ歩いていきます。

岬入口の大砲のある砦。

岬から港方面。クルーズ船が見えます、山は結構高い。

1つ目の島、イドラ島を離れます。

ギリシャの文化・風俗・注意点

 地方へ行くと、今でもギリシャの古い風俗や習慣を守っているところが多くあります。特にギリシャ正教に対する信仰は敬虔であり、宗教はギリシャ人の日常生活にとって極めて重要なものとなっています。修道院見学の際、女性はスカート着用が条件で、短パン着用の男性は入場を拒否されます。

 アテネ周辺の衛生状態は概ね良好であり、医療機関も一定のレベルにありますが、大気汚染がひどく空気も乾燥していることから、呼吸器系の異常を発症しやすく、また、松、杉等の花粉症や空気中の塵埃によるアレルギー症の発症の例もあります。