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スパルタってどんなところ?

紀元前10世紀ころに祖先がギリシャ北方からペロポネソス半島に侵入し、ミュケナイ時代の先住民アカイア人を征服しヘイロタイ(奴隷)にした。このときスパルタは自分たちの部族の統一もままならない中、西の隣国、メッセニアを征服した。このため、スパルタは、当時のポリスのなかでもその領域は例外的に広かった。奪った土地はスパルタ市民に均等配分され、約15万人とも25万人ともいわれるヘイロタイは奴隷から解放されることも移動することも許されず、土地を耕してスパルタ人に貢納した。スパルタ市民は18歳以上の成年男子で構成され(人口8千~1万人であったが家族を含めて5万人程度)、多数の被抑圧民を抱えたことから市民皆兵主義が導入され、日頃から厳しく訓練して反乱に備えた。ヘイロタイに反乱の兆しが見られると、クリュプキアと呼ばれる処刑部隊が夜陰に紛れてヘイロタイの集落を襲った。

スパルタのブログ旅行記

踊れないスチュワーデス物語@HAWAII : 2005年08月

だって私、普段から真夏のスタジオでマーク先生のスパルタバレエクラスを受けてるんだ もの。 しかもこのクラスではクラスの途中でゴクゴク水を飲む事はあまり奨励されて ないので、結局水分補給無しで90分のクラスをこなしている。 ...

スパルタの写真・旅行記

ギリシャのスパルタへは、同じペロポネソス半島の オリンピアからバスを乗り継いで行きました。 表紙の写真は、山の稜線が太陽の光で見事に照らされていて 何か胸を打つものがあったので思わずカメラに収めました。

スパルタの街並み

スパルタの治安はかなり良いです。 というか、他のペロポネソス半島の街同様 のんびりした感じで、ひたすら平和。 ひたすら何もなく日常が過ぎ去っていく感じ。

スパルタ遺跡に潜入(入場料は無料)。 というか公園みたいになっている。

遺跡の脇にある昔の何かの面影の方が それらしく見える。

スパルタ遺跡は何というか、“まんま”です。 別に修復するわけでもなく。そのまま。

たぶんスパルタ将軍の像。 あの例のスパルタ教育的な。

見りゃ分かると思いますが夜の公園です。

アテネからスパルタへは、全席指定の長距離バスを利用。 翌日の午後に帰国なので、夜にはアテネに戻って来なければならない弾丸日程。 フォートラの「教えてトラベラー」で助言を頂き(大変お世話になりました!)旅行前に日本のギリシャ政府観光局でバス時刻の情報収集。 一応旅行会社からも「何か知りたい事があれば可能な限りお調べします」と言われていたので、バスの時刻表をお願いしていたのですが、添乗員さんからは「すみません、わからなくて…」の回答。 「あ、ギリシャ政府観光局に問い合わせて教えてもらいました。」と言ったら「ああ!その手がありましたか!」と感心されました。 フォートラの素晴らしさを実感!素敵すぎますよトラベラーの皆さんの情報! 写真は早朝のアテネ【キフィスウ・ターミナル】 スパルタ行きのチケット販売窓口は一番奥、柱の奥の角から右、手前に2番目の窓口。

チケット購入後、それぞれの行き先のバスゲートへ。 早朝でしたが結構人は多かったです。 売店でサンドイッチなども売っています。 バスがたくさん停まっている所為か、空気が黒いような………。 キフィスウ・ターミナルへアテネ中心部から向かう手段は路線バスかタクシー。 今回はホテルのカウンターから呼んでもらってタクシーを利用。 よく覚えていないのですが、細かいのが無くて「チップ込みだよ!」とか言われながら赤いユーロ紙幣1枚だったような気が。

これがバスチケット。 片道16.25ユーロ。 往復を購入。 でも帰りの時間がオープンなので、スパルタに着いたらその場で帰りのバスの時間を入れてもらう事に。 窓口のお姉さんが、ゲートナンバーを入れてくれました(一番下の欄) ちなみに、日本で観光局に教えてもらったバスの始発は6:30でしたが、6:00ピッタリの便がありました。 早めに出てきてヨカッタ。 若干ズレがあるようです。 スパルタからアテネに向かう便は、17:00と教えてもらった時間と同じでした。 写真に写っている緑のバスが、これから乗るバス。 とても長距離用とは思えない………。 (横並びでシートがあるので、これが一般的な長距離用なのでしょう。)

暗くてわかりにくいですが、22番ゲート。 ペロポネソス半島の下の方、スパルタのあるラコニア県行き。

今回の旅の強い味方。 指差し会話帳よりも、電子翻訳機が大活躍! 英語よりもやはりギリシャ語の方がすぐわかってくれます。 該当語句を選択してぽちっと変換、液晶画面にギリシャ文字が出るのでそれを見せます。 便利~♪

途中、休憩で立ち寄ったコリントス運河そばのドライブインで見た朝日。 乗り物に乗ると5分で眠くなるワタシは、キフィスウ・ターミナルを出発してからあっという間に寝てしまったのですが、起きていた友人によるとアテネ市内で事故があったらしく、市内抜けるのに結構時間がかかったのだそうです。 しかも友人はトイレに行きたくなっていて、途中休憩があるのかどうなのか不安で仕方無かったとのこと………。 ソッコー寝てしまってごめん………。 そんな戦いをしていただなんて知らなかったよ! スパルタまで4時間の道程。 大丈夫です、コリントス運河辺りで1回休憩入ります。

朝日を撮っていたら、同じバスに乗っていたらしいおっちゃんが 「撮ってくれよ!」 と言ってきたので1枚撮影。 何故?

コリントス運河を窓から眺め(3回目)、バスは段々山道へ。 また上に何かあるっぽい山が目に入る。

ギリシャは本当に山の上には何かあるなぁ…と思って見ていたのですが、 もしかしてコレは2日目に見た『アクロコリントス山(コリントスのアクロポリス)』か?! むむむ、カタチが何となく似ているような……。

バスがどのルートを通っているのかがわからないので、 もしかしたらそうかもしれないし、違う遺跡かもしれない……。 結局判らず終いで、山とはサヨナラ。

途中で停まったお店の前。 どうやらバス停。 全く読めない!と思っていたのですが、よく見ると『BUSES TO LAKONIA』と書いてありました。 降りる人はいませんでしたが、乗ってくる人や何やらダンボールで大荷物を積みいれてました。

バスは更に山道へ。 遠くに白い鉄塔が並んでいるのが見えます。

拡大するとわかる巨大風車。 風力発電です。 水力発電の以外の、ギリシャの新たな電力源との事。 まだ設置箇所は少ないようですが、雨の無い夏を終える頃にはぐんぐんと水位を落とす湖の水力発電の助けになるよう、今後促進していくような事をガイドさんが言ってました。

【スパルタ】到着! 長距離バスターミナルから出た、【リクルグウ通り】 街の端っこの所為か、とても静か。

街路灯の柱ごとに、ギリシャ国旗とスパルタの旗? 早速遭遇した“スパルタの戦士”っぽい街中のムードに、旗一つで興奮(笑)

街の看板。 どっちへ向かっても【スパルタシティ】

丁度『SPARTATHLON』という、世界でも指折りの超過酷なレース開催中だった模様。。。 (帰国してから知る) だから街中何やらお祭りムードだったのか。 市庁舎の前のケントリキ広場で、舞台みたいなものを設置中だったし。 ………でも、走っている人なんて誰も見なかったけどな。 『SPARTATHLON』 ギリシャのアテネからスパルタまで246kmを36時間かけて走り続ける。 ―――ひえぇぇぇ~! 今バスで4時間強かけて来たところを、1日半走り続けるですと?! さ、さすがスパルタ! という事は、今まさにこのスパルタの地へランナー達が向かっているところ! (さすがにまだスパルタには到着していませんね(^-^;

限られた時間の中で【ミストラ遺跡】へも行く予定でしたが、バス乗り場及びチケット購入方法がよくわからず、スパルタ市内中央・市庁舎2階にあるツーリストポリスへ。 2階へ上る階段を上りきったところに、『300』のレオニダス王のポスター発見! マントと盾にかかっているサインは、主演のジェラード・バトラーのもの。 その下はちょっと不明……。 奥の何か板で隠れちゃっているのが、監督のザック・スナイダーのサイン。 結局、11:00ジャストのミストラ行きのバスを寸前で逃してしまったので、先にスパルタ市内の観光をすることに。 さあ! レオニダス王に会いに行くぞ!

偉大なるスパルタの英雄・レオニダス王! コンスタンティヌウ・パレオログ通りの突き当たり、サッカースタジアムの前にその姿があります。 紀元前480年南下を進めるペルシア遠征軍と、スパルタを中心とするギリシア連合軍との戦闘、『テルモピュライの戦い』において、 ペルシア軍(映画では)100万に対して、レオニダス王はスパルタの精鋭部隊重装兵士300名を率いて食い止めようとした。 火を見るより明らかな圧倒的戦力の差と思われたが、スパルタの精鋭部隊は地の利を生かして奮闘、ペルシア軍に甚大な被害を与える。

勇ましい! あなたに会いに日本から来ました!

「モロン ラヴェ(奪いに来い)!」 と書いてあるんです。 映画のレオニダス王も叫んでました。 「Come and get them!」 ペルシア王・クセルクセスの降伏勧告に対する答えがこの言葉。 カッコイイ!

あまりの興奮に、レオニダス王の像を360度余すとこなく撮影開始(うわぁ……) アイドルの撮影会に参加する人の気持ちが、少しだけわかったような気がする(笑)

筋肉となびく兜の飾りにトキメキます。 (ただの像なのに……)

実は『SPARTATHLON』の最終ゴール地点が、この【レオニダス王の像】とのこと。 この足下に制限時間の36時間以内にタッチしたことで完走が認められるんだそうです。 (過酷すぎて、完走することがもうそれだけで栄誉) 思えば1日ズレていたら、ランナーたちの邪魔になるのでこんな大撮影大会なんかしていられなかったのかもしれません。 参加も完走もしてませんが、知らずにこの足にべったべった触ってきましたよ(^-^;

恐れ多くも、レオニダス王に挑みかかってみたり。

レオニダス王の像のすぐ後ろは、サッカースタジアム。

フェンスにはなんと盾と槍が! おそらく映画公開後に付けたんだろうな、というカンジ。 折角なので、このくらい映画に乗っかって盛り上がってくれていると嬉しい。 絶対ワタシ達以外にも、映画を観て訪れた人もいるハズ! でも惜しい事に、その盾の模様は映画ではスパルタ兵のものでは無かったですよ……。

レオニダス王の像から、スタジアムの奥へ入るとスパルタ遺跡ですが、そこはまた後程行く事にして、 住宅街の路地を何本か抜けると【レオニダス王の墓】に出ます。

以前はフェンスなどなく、住宅街のド真ん中にあった事もあって、 子供達が上って遊んでいたそうです(^-^;

おそらく、元々は中心部の方にある石だけで、周りを囲むようにある石は後から置いたものかと思われます。 見た目でわかる程に時代が違う。

多分、かなり新しい石。

でも実は【レオニダス王の墓】とは名ばかりで、本当はヘレニズム期の小神殿とのこと(^-^; 確かにお墓があるとしたら、スパルタ市内よりテルモピュライのある【レオニダス王と300人の怒りの碑】の方ではないかと。 “お墓”とするよりも、“レオニダス公園”とかにすれば良かったのでは?とも思いますが、 やっぱり“お墓”とした方がワクワク度というか、ロマン度は上がりますね。

レオニダス王の像の方から近かったので、裏手から入ってしまいましたが正面はこんなカンジ。 フェンスも花壇も最近つけられたように見えます。

大通りにはちゃんと案内板も出ていました。 さて次は世界遺産“ミストラ”へ向かいます。

パンクしちゃったタイヤ

高速の路肩で呆然・・

意外と明るいけど、もう21時

コワモテだけどとても優しいバスの運転手さん

スパルタは、すごく穏やかでのんびりした雰囲気の町でした ここが「スパルタ教育」という言葉の発祥地とは・・ ちょっとイメージが違います

レオニダス王の銅像 これが見たくて頑張りました!!

スパルタの遺跡 肝心な部分はフェンスがあって近付けない・・

スパルタのケントリキ広場。街は小さいので迷う事もなく、人々も言葉は通じなくても親切でフレンドリー。ミストラ行きのバスのスケジュールがわからず、売店でお喋りを楽しんでいる老人達に聞いてみると、わざわざKTELのオフィスに電話をかけて聞いてくれたり、気さくに挨拶をしてくれる地元の人が多く、スパルタに来る前、アテネでバスチケットを買うのに不愉快な思いをしたので、スパルタ人の優しさは心に沁みた。

スパルタ遺跡。無料で入る事が出来、スパルタ人も散歩を楽しんだりしていて、足の悪いお父様と見受けられる方に付き添いで来ていた男性は、私が日本人だとわかると、‘僕は柔道をやっているんだ’とお父様を放ったらかして話かけてくる。‘スパルタ人の気質と日本人の気質は似ているよね!?’と言われ… 昔は両者共、厳しい教育だったでしょうけど、現代は…?? 遺跡自体は、他の遺跡に比べると‘おぉ!’という感じはなく、発掘中の部分はロープで囲われ、他の大きな石は触っても登ってもいいよと言わんばかりに放置されており‘大事にされているのだろうか?’という感はあるが、奥の高台から遺跡・木々・街並みが写真のように見えるようになっていて、景色が楽しめる。

ミストラ遺跡内のパンタナサ教会。どこもこじんまりとして暗い感じの教会が多いミストラ遺跡の中で庭の花と尼僧にホッとする。

スパルタからミストラへバスで行く時は、ミストラ新市街を通るが、ここで降りてしまうと遺跡の入口まで遠くなる。メインゲート近くの停留所にはレストラン・カフェがあり景色を楽しみながら飲食できるようになっている。

ミストラ遺跡。城塞から遺跡を見た時の写真。ギリシャに来て1週間ちょっと。初めて一人旅をしている女性をみかける。向こうも‘同士ね!’とお互い目で確認し合う。広い遺跡だが、結構同じコースを辿るのか、同じ人に良く出会う。

1月2日から11日までギリシャに行ってきました。 1月7日にスパルタ市内、ミストラに行きました。写真は朝のスパルタ市内の写真です。 (スパルタ市内)

映画「300」で有名になったレオニダス王の像です。300人でペルシア軍の大軍と戦った英雄です。 (レオニダス王)

スパルタ教育の語源となったスパルタ。男の子は生まれるとすぐに生かすか殺す長老が決め、7歳で親元から離され、服は12歳から年に1枚与えられるだけで徹底的に厳しく育てられます。成人にとなりると鞭打ちの儀式が行われます。写真はその儀式が行われた「アルテミスの神域」の写真です。(見つけるのが大変で8人の人々に聞きました)

スパルタのアクロポリスの劇場跡。 かなり大きな劇場跡です。

アクロポリスからみたスパルタの町並みとタイゲトス山脈。

スパルタの考古学博物館。 趣のある公園の中にあります。 1時間もあればじっくりと、15分位でも見れます。 スパルタの遺跡で発掘された品々が展示されています。 入場料 2ユーロ 火~土 8:30~15:00 日・祝 9:30~14:00 月は休み

ギリシャ最強といわれたスパルタの戦士。 「時を経て、建造物の礎の部分だけが残った時、人々はスパルタを訪れても、昔の名声はうそだったと思い、アテネを訪れてると当時の実力の倍にみてしまうことだろう」と予言されたが、その通りとなったようです。

今で言うピンストラップ? 小さいながらも良くできています。

踊りの時に着けていたマスク。 スパルタでは踊りも戦闘での集団行動に役立つと考えられていた。

いのししの像。 個人的にとても気に入りました。

長老が生まれてきた子供を生かすか殺すか判断した谷の場所は分かりませんでしたが、成人式に行われた「鞭打ち儀式」の場所のアルテミスの神域は、遺跡があるというのので探しました。2時間30分後ようやく見つけた看板。

どのような儀式が行われたのかはわかりません。 想像するのみです。

レオニダス王の像の近くのサッカー場を進むこと約7分でアクロポリス(スパルタの遺跡)があります。 現在の人口は約1万4000人。かつての栄光はどこにあるのでしょうか。

劇場を別の角度から

何かの遺跡の跡なのだろうが良くわからない。

ギリシャ時代の1つの時期、覇権をアテネと争ったスパルタも今や創造するのみ。 「つわものどもの夢の跡」

スパルタの英雄レオニダス王の墓。 何人かの人々に聞きようやく発見。 スパルタの人々は他の地域の人々よりも純朴で、親切のような感じがしました。

スパルタの町から世界遺産ミストラのある山々を望む。 この後、ミストラに出かけました。 バスの時刻が合わなかったために、タクシーで、料金は10ユーロ位でした。

レオニダス王3 別の角度から

レオニダス王2

レオニダス王の墓2

様々な遺跡跡

様々な遺跡跡

所蔵品

アポロン神殿の図

所蔵品

所蔵品