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スニオン岬ってどんなところ?

スニオンは、アテネの南約70km。60mもの断崖の上に海神ポセイドンの神殿が建っている。また、スニオン岬はエーゲ海に沈む壮大な夕陽の景観でも有名。

スニオン岬のブログ旅行記

2009年2月 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2009年2月10日 ... アテネ、デルフィ、メテオラ、ヴェルギナ、ペラ、テッサロニキ、スニオン岬… と ギリシャ本土の観光も充実しています (田中 貴子) いつもご覧いただきまして ありがとうございます。 お忙しい中、毎日のお願いで、恐縮ではございますが、 ...

イタリア・マルタ・ギリシャ - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

アテネ、デルフィ、メテオラ、ヴェルギナ、ペラ、テッサロニキ、スニオン岬… と ギリシャ本土の観光も充実しています (田中 貴子) いつもご覧いただきまして ありがとうございます。 お忙しい中、毎日のお願いで、恐縮ではございますが、 ...

スニオン岬の写真・旅行記

憧れの国ギリシャで、二組のギリシャの友人と懐かしい再会の旅です。 友人とそれぞれのご家族の方々が連日至れり尽くせりの観光案内をして下さって、とても温かい思い出の旅行となり心から感謝しています。 この内、一人の友人の家にお招きを受けてお邪魔したところ、友人の飼い猫の名前が我が家の娘の名前と同じで驚いたのですが、その名はギリシャでは男の子の名前なのだそうです。 ヨーロッパ各国語の基礎となり学術用語としてラテン語と並び使用されるギリシャ語は、現代では「It's all Greek to me.」という慣用句もあるほど最も難しい言語の一つと言われていますが、何だか嬉しい偶然でした。 ともあれ、本当にいろいろ有難うございました。

ホテルに着くとギリシャの友人からのウェルカムフラワーがカードと共にお部屋に。 外国の方ってしばしばこういう心遣いをして下さいますが、逆に私も遠方からのお客様が来日した時にはこんな素敵な心配りを見習いたいものだと思います。 更にまた友人の家にお呼ばれすると、以前来日された時に日本で一緒に写した写真や、昔プレゼントで差し上げた和服がリビングの壁の中央に飾ってあって、その優しいお心遣いもとても嬉しいひとときでした。

紀元前5世紀の建設以来2500年もの歴史を刻み、ヨーロッパの美の原点とも言えるバルテノン神殿。 世界で最も訪れたかった場所でした。

ブーレエの門の上部にある前門(プロピライア)

アクロポリスの丘に登る石段はつるつるになって滑りやすい部分があり、上の丘を見ていると足元を取られそうに。 ルーブル美術館でサモトラケのニケ像に見とれて後ずさりしていた時、階段を踏み外し、転んで何段か滑り落ちたことを思い出しました。 恥ずかしい…… 尖ってはいないのでそれ程痛くはありませんでしたが、ああいった時って、痛さより恥ずかしさの方が先に立ってしまうのですね。 その時周囲にそれ程人がいなかったのが不幸中の幸いでした。

裏側(東側)から見たパルテノン神殿。 戦火によって何度も破壊されて来たパルテノン神殿は、20世紀になって漸く修復工事が始まり、現在も尚修復工事が続いていて、いつもどこか修復作業中のようです。 組まれた工事の足場が無くなった神殿を早く見たいと思いますが、きっと気の遠くなるような難しい修復工事なのでしょうね。

青空を背景に眼前に現われる丘の上のパルテノン神殿の荘厳さと優美さは、現代に生きる私たちにも勿論ですが、当時の人々にどんなに畏敬の念を抱かせたことでしょうか。

アクロポリスの丘から望むアテネ市街とリカベトスの丘

アクロポリスの丘から見下ろすヘロド・アティクス音楽堂

アクロポリス博物館は、パルテノン神殿の景観を壊さない為か少し低い位置にあり、アクロポリスとその周辺から発掘された出土品や神殿を装飾していたレリーフ・彫像等の展示が。

パルテノン神殿の破風の一部

ギリシャで有名な革製品。 友人がこの写真にも写っている青緑の可愛いリュックを買って娘にプレゼントしてくれました。 一緒に案内して下さった友人の友人はギリシャ彫刻のような美形、おじさまはこれまた哲学者のような風貌でいらして、私たちは「動くギリシャ彫刻」と心で呼んでいました。(実際は友人とおじさまはギリシャ人ですが、友人の友人は英国人です。)

アテネに戻って。 19世紀初頭の独立戦争の殉死者に捧げた無名戦士の墓。国会議事堂の足下にあるその墓碑の前に立つ衛兵。

この衛兵になるには厳しい訓練が必要なのだそうですが、アテネの夏の猛暑の中、身動きせずに立っているだけでもどんなに大変なことでしょう。

交替式に向かう儀仗兵の行進

儀仗兵の人数が多いのに驚きました。何十人といるのでしょうか。

ギリシャの伝統的な民族衣装フスタネーラを身につけた儀仗兵。 細かいプリーツの白いスカートやボンボンの付いた靴など凝った衣装がとても素敵。

こちらはまた別のギリシャ人の友人一家が連れて行ってくださった海辺のレストラン。ここも場所がはっきりとは解らないのですが、アテネの海辺の屋外のレストランはとても雰囲気の良い所が多く、ギターを奏でる方が廻って来て日本の歌を奏でてくれたりもしました。多分友人が私たちの為にとリクエストしてくれていたのかも知れません。 ギリシャ料理は魚介類のフライなど天ぷらにも似ていて美味しく、日本人の味覚に合う気がします。 ギリシャ人が集まると政治と哲学の話になるというジョーク(?)をよく聞きますが、実際、友人やそのご家族たちとお食事をしていると政治や芸術の話になるので、これはジョークではなかったのかと興味深く感じたことでした。

翌日、ギリシャ人の友人がギリシャで一番好きな場所だと言うスニオン岬のポセイドン神殿に、アテネからドライブで連れて行ってくれました。 スーニオン岬はエーゲ海に沈む夕陽で有名ですが、青空のスーニオン岬が素晴らしいとのこと。 そしてスニオン岬は確かに本当に清らかに美しく素晴らしい岬でした。 半島の南端の断崖の上に建つ美しいポセイドン神殿から見るエーゲ海はギリシャで見たエーゲ海の中で最も美しい色をし、その海と空の青が神殿の白い列柱を一層清々しく際立たせ、感動の美しさでした。 すっかりポセイドン神殿に魅せられた私たちは、この場所を忘れないようにと思い出に海の神ポセイドンの小さな胸像を買ったのでした。

エーゲ海の蒼と大小の島々が織り成す風景が本当に美しい岬でした。また最高のお天気の日だったことも幸運でした。ポセイドン神殿は個人的に世界の絶景ベスト3の一つです。 詩人バイロンがポセイドン神殿の柱に書いたという署名の落書きの部分を探したのですが見つかりませんでした。 それにしてもバイロンでもそんなことをするのですね。良い子は真似をしないようにしましょう。

アテネからポセイドン神殿まで行く途中の海岸線はアテネ市民のリゾート地となっていて、幾つか海水浴場があり、湘南海岸をドライブしているような感じもします。 ポセイドン神殿を訪れた後、娘が手前の海で海水浴をしたり、海辺のレストランで皆で食事をしたりしてのんびり。 写真上の方に小さく見えるのがスーニオン岬のポセイドン神殿です。

エーゲ海クルーズは1日だけのものから10日間以上のものまで様々あって、本来なら何日かかけてクルーズする方が良いのでしょうが、日程的にエギナ・ポロス・イドラの3島を巡る一日だけのミニクルーズになりました。 友人の更にその友人が別荘があるという島に招待して下さったのですが、あまりの連日の歓待にに恐縮して、こちらのミニクルーズツアーに参加する方を取りました。 でも今となっては友人の好意を断ってしまって申し訳なかったと反省しています。 もう一日あったならと悔やまれます。 写真はクルーズ船のエルメス号です。

ミニクルーズはお食事などの内容はあまり期待出来るものではなく、また少々慌しくもありますが、効率良く気軽に3島を巡るには便利でした。 船のデッキで暫く寛ぎましたが、あまりの暑さに船内に移動。

船内ではギリシアの民族舞踊のショーが。

途中観客もステージに何人か呼ばれて踊らされるのですが、恥ずかしいので呼ばれないようにと視線をそらして下を向いていたところ、子供は少なくて目立つからでしょうか、案の定我が家の娘が引っ張り出されて踊らされるはめに。 でもフォークダンスのような可愛く楽しい踊りでした。

娘がロバに乗って島内を散策。

どの路地も美しい。

多くの芸術家たちが憧れたイドラ島。 今もアーティストの卵たちが住む島として有名なイドラ島は車が禁止されていて代わりにロバが活躍。 美しい路地と石段の多い島には車よりロバがよく似合いますね。

イドラ島。 聖母マリア修道院の鐘堂。

同じく聖母マリア修道院の壁のイコン。

ポロス島。 丘一面に白い壁とオレンジ色の屋根が広がる美しいポロス島。 港からすぐ近くの階段を上って。

ポロス島の時計台から見渡す対岸のガラタスの町。

馬も。

砂浜はありませんが、岩場にハシゴが付いていて、ここで矢張り娘だけが海水浴をしました。

19世紀の独立戦争中には一時的にギリシアの首都ともなったエギナ島。 エギナ島は小さい島ながら二百とも三百とも言われる数の大小幾つものギリシャ正教の教会があるそうですが、写真は港近くの可愛い教会です。

パルテノン神殿北側にあるエレクティオン神殿。 アクロポリスの丘にある神殿の中で最も神聖な場所とされ、複数の神が祭られ伝説の王の墓でもあるこの神殿にある6体のカリアテッド(女神柱)は今あるのはレプリカで、酸性雨の危険から避ける為外された本物は1体は大英博物館に、4体は隣接するアクロポリス博物館に展示されています。 太陽の光を浴びて青空を背景に立つ優雅なエレクティオン神殿。 カリアテッドが屋根を支えるその優美な造形には本当に感動しました。 しかもそれが2500年も前に造られたということに。

旧市街のプラカ地区には素敵なレストランや写真にあるようなお土産に良さそうな民芸品のお店等が沢山並んでいます。 その近くのレストランでお食事をしていると、中で一つ注文していないお料理が。 近くのテーブルに座っている人からのプレゼントとのこと。 すると友人もその人のテーブルにとお店の人に何やらお料理を注文。 友人も知らない人なのだそうですが、こういうことがさり気なく出来るのって素敵ですね。

お土産に買ってきたポセイドンの胸像と、 アッティカ式陶器を模したキュリクス。 アテネの知恵の象徴であるフクロウが描かれています。 お土産としてありふれた小さなものですが、大切な思い出です

お店の名が解らないのですが、アクロポリスの丘を望めるカフェに連れて行ってくださり、一休み。

旧市街のプラカ地区

宿泊したアテネインターコンチネンタルホテルのプール。 夫と娘が半日泳ぎましたがカナヅチの私はいつもプールサイドで見ているだけです。

馬車の上から。

エギナ島ではこの馬車に乗って

衛兵の交替式

オモニア広場からパティシオン通りを通ってバス乗り場に向かう途中、国立考古学博物館前を通りました。時間があれば行く予定でしたが、今回はこの後ここへ来ることがなくなってしまいました。

アレオス公園の入り口の像

オモニア広場からアレオス公園に着く手前の小さな公園 この噴水の左前方に、スニオン岬行きのバス停があります。

小さな公園の南東角にあるバス乗り場です。 オレンジ(黄)色のポールがあるだけでした。 この前の通りを渡った所に、窓ガラスに時刻表を張った待合室があり、その左隣が、バス会社の事務所のようでした。

このバスで出発です。 毎時、30分発です。 チケットは、発車してから切符売りの男性が売りに来ます。片道4.90€でした。

途中の海岸沿いの町まで、このトラムが並行して走っています。

この後は、しばらくアポロコーストの風景です。

入り組んだ海岸線に沿って、バスは走ります。

海の色が、澄んだ青い色だったりエメラルドグリーンだったりして、とっても綺麗な水です。 なかなかピントが合わないのですが、こんな感じです。

時々、海岸線から離れて、内陸部へ入りますが、 すぐ海岸線に戻ってきます。

1時間半ほどして、遠くに岬らしいものが見えてきました。 あのてっぺんに見えるのが、どうやらポセイドン神殿

スニオン岬のバス停付近です。 時刻表が立っているだけです。

バス停からポセイドン神殿が見えています。

坂道を上って、チケット売り場へ。 4€でした。 乗ってきたバスは、1時間毎に折り返しているようです。

チケット売り場からさらに坂道を上ります。

周辺の眺めも、なかなかのものです。

見晴らしがだんだん良くなって

ポセイドン神殿が見えました

朝早いからか、他に2人の人がいただけで、とっても静かです。

エーゲ海までも見渡せます。 今日くらいのお天気が、サントリーニ島ででも出会えたらよかったのに・・・

神殿だけでなく、また夕日だけでもなく、 周りの眺めもとってもいい!!

あの岩にぶつかる波の音が心地よかったです。

夕日が沈んでいくところを想像してしまいました。

ポセイドン神殿からレストランまで下りて、反対側の丘のようになった所から、ポセイドン神殿を眺めることも出きます。

左端に見えるのが、唯一のレストラン。その右端の先のほうまで行くことができます。

しばらく、波の音を聞きながら、 サンドイッチのお昼ご飯をここでいただきました。 他には何にも無いけれど、 1日中でもここで過ごせそうでした。

ね、とっても綺麗な水でしょ。

神殿の下のほうも、崖になっています。 水が澄んでいますよね~

バスを待つ間、レストラン横のお土産店にも寄ってみました。 日本語でお勘定を言ってくれたり、カレンダーをプレゼントしてくれたり、おしゃべりしてくれ、お店の人がとっても親しみやすかったです。

これが帰りの時刻表。 神殿から発着するバスが見える間、全て時刻表どおりに発着していたので、安心していたのですが、私が乗るつもりだったバスが20分待っても来なくって、少々不安・・・

やっと来たバスに乗って走り出し、しばらくして切符売りのおじさんが来たので、「アテネ・シンタグマ広場」と伝えると、急に「このバスは違う、違うルートで違うところに行く。ここで降りて、すぐ後から来るバスに乗りなさい。」とのこと。 なんで???どっちのルートもアテネに行くんじゃないの?と言うにもすぐには口にできず・・・訳わかんないままで、降ろされたのは、バス停でもなんでもない辺鄙な何にも無い所。私の他にも、もう一組の若いカップルが降ろされ、3人で待つことに。彼らもシンタグマ広場へ行くつもりとのコト。でも、そのカップル、もう一度ポセイドン神殿まで戻ると言って、坂の上にあるさっきのバス停まで戻っていきました。 私は一人で、車が時折通るだけの道端でぽつんとバスを待つはめになったのですが、30分以上待ってもバスなんてどっち方面へ行くのも来ません。ますます不安になって、神殿方面に行く乗用車に手を上げてみたら、快く神殿前のバス停まで乗せてくれました。これがヒッチハイクと言うものでしょうか。 もとの、時刻表の前まで振り出しに戻って再びバスを待つことになってしまいました。

しばらくしてやっと来たバスも、これはそのルートとは違うと言われた時には、いったいいつになったら、アテネに帰れるのか心配になってきたのですが、そのバスのすぐ後ろから来たバスが、シンタグマ行きだと教えてくれ、やっと無事に乗ることができたのでした。 先ほどのカップルも一緒のバスに乗り、お互いに、良かったね~(^_^;)と、顔を見合わせてしまいました。 バスから降りるときも、お互いに「GOOD LUCK!」なんて言えたのも、いい思い出になりそうです。

バスの乗車・下車はここで。 時刻表の看板があります。

ポセイドン神殿は見えていますが、少し道なりに歩きます。

歩く道中も四方に絶景が広がります。

草むらに鳥が。

緩やかな傾斜です。 足元が良くないのかなと思っていましたが、 綺麗な石貼りと石砂利です。

もう少し上がります。 人が沢山集まっているのは案内板を見ている為です。

ポセイドン神殿が見えます。

ポセイドン神殿の案内板。

歩いてきた道を振り返ります。

空と海の「青」に、ポセイドン神殿の「白」。 所々に草木の「緑」、石砂利の「茶と橙」。

グルリと一周したことになります。

すぐ側は海です。 アテネから下ること70km、 スニオン岬は最南端に位置します。 写真は、岬から更に南の方角をみたところ。

岬から東の方角を向いたところ。

波は穏やか。

しばし観覧のあと、来た道を下りました。

スニオン岬にはカフェレストランがあります。 水平線と爽快な風。 アテネ市内のオープンカフェに比べると、 勿論時間の経過が穏やかです。

ちょっと休憩し、 近くにあるバス停へ戻りました。

帰りも海沿いルート(アポロコースト沿い)のバスに乗車。17:00発。アテネ到着は19:00頃。 バス時刻表は、時間を消したり加えたりの後があります。あまり当てにならないだろうなーと思い、 行きのバスの中で帰りの出発時刻を確認しました。 このバス時刻表とは30分ズレていました。

この日はアクロポリスにスニオン岬と頑張りました。 乗車後、数十分もするとzzzzzzzz。 途中、しばしば目を開けながらも、 目が覚めるとアテネに到着。

ホテル近くのミトロポレオス大聖堂に到着。 日没まであと少し。 夕焼け色に染まっていました。

プラカでDinner☆ 20時をまわっています。 Greek-Salad。

Grill-Shrimp。

Bread、Olive。

すっかり陽も落ちて。

ホテルに到着。21:40分。 ☆★明日はサントリーニ島に出発★☆

ポセイドンはゼウスの父クロノスと母レアの子、ゼウスの兄。 クロノスは「お前の子に殺される」という予言を受けていた為、生まれてくる子を全て飲み込んでしまったいた。ポセイドンも飲み込まれていた1人。 ゼウスはレアの機転でクレタ島でこっそり生まれ、助かった。(28.クノッソス宮殿/西南部(神殿側) in クレタ島の章参照) ゼウスはクロノスに薬を飲ませ、クロノスが飲み込んでいたポセイドン等子供たちを吐き出させ、助ける。 後にゼウスはポセイドン等クロノスの子供たちと合同でクロノスを斃すことになるが、それを期に、ゼウスは天空を、そしてポセイドンは海を司るという役割分担が決まる。 ポセイドンはアテネとの領土争いに敗北するが(50.フィロパポス周辺からのアクロポリス in アテネの章参照)、オリンポスの神の中ではもっとも怖い神として畏敬されており、アテネ神とともに戦には大事な神とされ、その結果、紀元前444年、海に近い要衝であるスニオン岬に、ポセイドンを守り神とする神殿が、アテネの神殿と一緒に建てられた。 ポセイドンの武器は三叉の矛(トライデント)と馬またはヒッポカンポスの牽く戦車。 人間臭い神々とエーゲ海に浮かぶ島々in ギリシャ(51章)へ戻る http://4travel.jp/traveler/shintch/album/10158037

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