スペインってどんな国?

スペイン(エスパーニャ)は、ヨーロッパ南西部、イベリア半島の大部分を占める国家 国。首都はマドリード。ポルトガル、イギリス領ジブラルタル、フランス、アンドラと接している。本土以外に、大西洋のカナリア諸島や、北アフリカにセウタとメリリャの2つの飛び地や、アルボラン海にあるアルボラン島を領有している。

スペインの地図

スペインのブログ旅行記

初めての海外一人旅でスペイン・バルセロナは危険? 旅のQ&A ...

こんにちは!先日もメールしたものです。 前回はポルトガル→フランスというルートを. ..

おまちか、ね!?|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2009年3月5日 ... お酒とご飯がおいしいといえば、スペイン、イタリア、ポルトガルあたり?でも、食べ 過ぎといえば中華系かな。 ... ということはスペインもあり得ますね! もし魚介類を 食べてたら是非、現地のCAVAを合わせて下さいね! ...

スペイン・ポルトガル - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

スペイン中央部の古都セゴビアには、ツアーのハイライトコースからは抜けてしまいがち ですが、落ち着いた佇まいで、 .... 前回はサンチャゴの巡礼の道(北スペイン)の ツアーでしたが、今回はバルセロナ、マドリード、トレドやセビーリャなど、有名な都市 ...

01b) 成田 → ローマ - 永遠の都ローマ - 夜のトレヴィの泉とスペイン ...

それから、スペイン広場へ。大声で歌う若者がたくさんいました。夏期休暇が、うれしく てたまらないのでしょう。歌っているというより、ほとんど叫んでいる人も多かったです 。地下鉄でテルミニ駅まで戻ろうとしましたが、なぜか地下鉄が運行されていなかっ ...

11/1(日) 映画自主上映イベント 応募状況|世界一周ブログ(略して ...

北米■アメリカ、グアム、サイパン■ヨーロッパ■スイス②、イタリア②、バチカン、 フランス、モナコ、スペイン、イギリス、 .... これからスペイン・中南米などスペイン 語圏を旅行する方には超お得レッスンです。 10月7日水曜日 19:30~20:30 初級 ...

海外の情景 今日の一枚: ・スペイン

2007年6月23日 ... この道の由来や詳細は次ページの「友の会」のホームページやYouTubeをご覧いただくと わかるかと思いますが、この「スペインの巡礼の道」と日本の「熊野古道」が共同 プロモーションを行っているところが又興味深いですね。 ...

ブログテーマ[フィレンツェ一人旅]|ヨーロッパ一人旅|ローマ ...

英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、中国語、韓国語の7カ国の辞書 が入っていて、しかもしゃべってくれる。 会話の為に実際に利用した場面はそんなに 多くはなかったけど、言葉がわからなくて困ったときにはこれを開けばよかったので安心 ...

スペインのタラベラ焼き: shukran@world

2008年5月9日 ... スペインのタラベラ焼き. マドリッド近郊のタラベラ・デ・ラ・レイナという、焼き物で 有名な街で買ったマグカップ。タラベラには多くの工房があり、色づかいやデザインも それぞれ特色があります。その中でもっとも気にいったものを購入 ...

2007年11月のブログ salut!~パリを楽しもう~ /ウェブリブログ

前回の旅行で会いに来ることが出来なかった「私の彼」(正式名称:スペインの捕虜)に 一番に会いに来ました! ...続きを見る · ブログ気持玉 / トラックバック / コメント. 2007/11/29 01:03. 今日は水曜日 · 今日は水曜日 ・・・というわけで、今日は ...

中年浮遊層の写真館 - ペロ(スペイン語でイヌ)

アクセス数に応じてポイントが貯まる旅行記専門の無料ブログサービスです。旅行写真の ほか、クチコミ情報や掲示板など、ユーザー個人のコメントが満載です。また、JALやANA 、ノースウスト航空のマイレージを貯める方法も紹介しています。

食べて歩いて遊んでスペイン!

ウルコのブログ、食べて歩いて遊んでスペイン!です。バルセロナ在住ウルコの目、舌、 耳、足、恥を駆使して、グルメからスペイン夫・親方との家庭生活まで、まるごと日常 スペインをご紹介します。

クレマ・カタラナ|食べて歩いて遊んでスペイン!

ウルコの食べて歩いて遊んでスペイン!の記事、クレマ・カタラナです。

お得でVIPなホテル40 - フランクフルト,リスボン - 旅行記・いつも ...

2008年9月9日 ... フランス産のシャンパンが飲み放題、その他スペイン特産のイベリコハムを始め、種類 豊富。 これだけの食事(ディナー・朝食)と飲み物が付いて、2人利用の場合1泊1人あたり 、121ユーロ(出版時・2008年2月には107ユーロでしたが、2008年9月 ...

踊れないスチュワーデス物語@HAWAII : 2006年07月

少し早めのランチを約束して、先輩の地元の友達(画家さんの奥さん)の誕生日を祝う ためにみんなでスペイン料理のレストランへ。 ... スペイン語の通訳も付いているので 問題ないだろう。 ただし彼女は今夜は僕達と一緒には戻れない。 ...

ぼあらさんに会っちゃった | 世界一周オンナ一人旅 & その後の日々

私も、スペイン語が全く分からないまま、スペイン語しか話さない南米を数ヶ月旅出来た ので、成せば成る!という印象があります。 ただ、人と交流したいと思ったら、言葉を 話せる方が、楽しめると思います。なので、旅立つ前の時間だけでも、言語の勉強を ...

MY TREASURE DAYS

の左側<<◯◯をクリックしていただくと、旅の流れに沿って見ることができます。 まとめて見る場合は、左のカテゴリーから入ってください。 スペイン セゴビア ローマ 水道橋とレンガ色の町並。人々。 トレド 城壁の町トレドの趣きある風景。路地。 ...

スペイン、トラベログ、トラベローグ、TRAVELOGはみんなの旅行情報の ...

スペイン・旅行情報の発信サイトのトラベログ、トラベローグ、TRAVELOG 。国内、海外 の旅行記、旅行日記、旅行体験記、トラベル日記、旅行写真集、旅行フォトアルバムを、 無料で作れる旅行専門のブログ、サイト.

MY TREASURE DAYS 200712

スペインのビスケットのようなお菓子。 真ん中から割ろうとしたら、 ボロボロとくだけ てしまいました。 ... この壁、実はスペイントレドの町の壁と同じなんです。 う~ん、 不思議! やっぱりスペインとメキシコ、つながっているのですね。 ...

およよな生活 - ポルトガル旅行記 -

イスラム教徒の支配に始まり、ポルトガル成立後もスペインとの戦争、そして1833年には 内戦の舞台にもなった。 ... 砦の上は360度の大パノラマ、国境に近い町なので、 スペインまで見渡せる……らしい、どこからがスペインなのかよくわからない。 ...

ブログテーマ[スペイン土産]| 世界一周御披露目帳

世界一周御披露目帳 ★のスペイン土産について書かれた記事です。

ローマのブログ GO TO THE WORLD /ウェブリブログ

花に囲まれたスペイン広場 ねぇここだよねぇ。 ローマの休日の舞台になったスペイン 広場。。。 なんだかお花に囲まれていて映画の雰囲気よりは少し狭い気がする。 おし、 上まで登ろう! 結構階段は長い。 ...続きを見る ...

【14-c】 ポルトガル・おまけ - - 旅行記・いつもこころにヨーロッパ

スペインの闘牛と違い、ポルトガルの闘牛は、その場では牛を殺さないらしいです。 (2) 焼き栗 焼き栗屋を幾度となく見かけ ... は、バルセロナ(スペイン)ではフラメンゴを見 ながら眠ってしまい、ベローナ(イタリア)では野外オペラ(『椿姫』)を見ながら ...

27-j) 壁紙 (自由の女神 & エンパイア・ステート・ビル) - - 旅行記 ...

4月に15日間スペインに行ってきました。 直前にアレルギー性の喘息に罹り大変でしたが 場所が変わると咳も治まるのでしょうか 快適 ... スペイン全土を旅してきたのですねー 。カタルーニャ、アンダルシア、マドリードなどを満喫できたようで、何よりです。 ...

盛りあがってるぞ。スペインリーグ。 - 奥様は海外添乗員

そこで今回はチャンピオンズリーグとスペインリーグの2つを観戦して本場のサッカーを 満喫しよう。 ... そのエスパニョールと去年のスペインリーグチャンピオンのFC バルセロナの試合まで観戦できるなんて魅力的な内容だと思いますよ。 ...

スペイン雪国の風景|食べて歩いて遊んでスペイン!

2010年1月11日 ... ウルコの食べて歩いて遊んでスペイン!の記事、スペイン雪国の風景です。

イベリコの巻 (ユキノヒノシマウマ)

2007年8月4日 ... 人気ブログランキング☆ シカゴのダウンタウンでスペインの本場の味を堪能できるのが このカフェ・イベリコ。 スペイン北西部にあるLa Corunaという町からシカゴへ移住 してきたオーナーのJose Lagoaが提供するスペインの薫りは、リバー ...

MY TREASURE DAYS スペインのお菓子

Day-06.jpg スペインのビスケットのようなお菓子。 真ん中から割ろうとしたら、 ボロボロとくだけてしまいました。 まわりはアイシングのような砂糖でコーティングし てあるけれど、 中はパフパフで軽いのです。 ...

スペインで見る冬季オリンピック|食べて歩いて遊んでスペイン!

2010年2月20日 ... ウルコの食べて歩いて遊んでスペイン!の記事、スペインで見る冬季オリンピックです。

世界一周旅物語(せかたび)- スペイン(Spain) アーカイブ

スペイン人の観戦スタイル。はじめは静かに見守っているなぁって思ったんですよ。それ がシュートが外れるとともに悔しがり、すぐに拍手を送ります。ファウルにはブーイング !ゴールが決まれば、立って大歓声!太鼓の音はごくわずか。 ...

スペインの写真・旅行記

ツアー2日目。グラナダのアルハンブラ宮殿を見学後バスで南に移動し、ミハスを目指しました。途中、車窓から見えたものはひたすらオリーブ畑。延々と続く同じ風景を眺めているうちに、眠ってしまいました。 オリーブ畑が広がる山がちの地形を抜けると、そこは太陽の光が燦々と降り注ぐコスタ・デル・ソル・・・、と言いたいところですが、なんと生憎の雨。1年のうち300日以上晴れると言われるコスタ・デ・ソルの空にどんよりとした雲が広がっていました。普段の行いが悪かったのか・・・、うーむ。バスはやがてフエンヒローラの町を通り過ぎ、ミハスに到着しました。 ミハスでは、まずレストランで昼食。マスの塩焼きをいただきましたが、なかなかよいお味でした。しかし、せっかく白い村に着たのに、雨では白い壁も映えない・・・。そう思いながら食事をとっているうちに、外から光がレストランに差し込んできました。なんと絶妙なタイミングでしょう! 喜び勇んでミハスの街歩きに出かけました。

村の中心「コンスティトゥシオン広場」付近です。 冬のしかも天気の悪い日でしたので、観光客がほとんどおらずひっそりとしていました。のんびり街歩きをするには、かえってこのほうがいいかも知れません。

コンスティトゥシオン広場から南に坂道を登ると、公園がありました。 公園からは、ごらんのような地中海の風景が見えました。さきほどまで雨が降っていたのが嘘のようです。コスタ・デ・ソルはやはりこうでなくちゃ!

丘の上の教会。

上の教会のそばには、このような建物が。何かなと思ったら、闘牛場でした。 この闘牛場は、世界最小とも言われています。

闘牛場のチケット売り場です。

再び「コンスティトゥシオン広場」近くまで戻ってきました。家の入り口を飾る植木鉢のサボテンが、なんともかわいらしいのです。

サン・セバスティアン通りです。夏はきっと大勢の観光客がここを訪れ大撮影大会となるのでしょうが、冬のこの日は人通りが少なく、写真撮り放題です。

クリスマスが近いので、家の扉にはこのようなオーナメントがかけられていました。

家の扉も絵になります。

家の入り口のデザインがさまざまなので、つい足を止めて写真を撮ってしまいます。

この日は、グラナダとミハス村を見学した後、さらにセビリアまで移動することになっていました。なので、ミハス村の滞在は昼食後わずか1時間。あっという間の街歩きでした。 名残惜しい気持ちを持ちつつバスに乗って、次の目的地セビリアを目指します。

12時に関西国際空港を飛び立ち、フランス/シャルルドゴ空港に向かうエールフランスの機内。 エコノミークラスのオーバーブッキングで、「ビジネスクラスへ変更します」と言われ、予想外の快適な旅と成った。 早朝、千歳空港から関西空港を経由しフランスに向うが、北海道の上空を通過して行く。 いつの日か、北海道からヨーロッパ便が乗れると良いね!

シヤルルドゴ空港近郊の街 郊外の広々とした畑は、縦横が揃った土地は無く、不規則な形をした畑が何処までも続いていた。

シヤルルドゴ空港の出発ロビー。 何気なく出発案内を見ると、ビーゴ行きの搭乗口が変てる。 それも遠く離れた別の建物だった。 慌ただしく広い構内を走り抜け、何とか搭乗口に辿り着いたが、まだ出発予定の30分前なのに、搭乗アナウスが流れ、乗客達は連絡バスに向かっていた。 搭乗口で体格の良い女性職員に、フランス語が解かるかと聞かれ「ノー」と答えると、更に英語、スペイン語、ドイツ語、中国語はと聞かれたので、すべて「ノー」と答えた。 最後に、日本語はと聞かれたが、面倒なので「ノー」と答えたら、パスポートを見て「スペインを楽しんで下さい。」と綺麗な日本語で話し笑っていた。

エールフランスのビーゴ便 座席が横三列の狭い機内、天井は低く頭が当るので、立ったままでは、座席に辿り着けない。 短い飛行なのに、ワインや御菓子のサービスが何回も有り、意外と居心地は良かった。 隣に座った中年のスペイン女性が、話し掛けてきた。 スペイン語は良く解からないと答えると、不思議な顔をした。 世界中に植民地が有った人々は、国内にしか通じない言葉を持つ国民とは違う。

ビーゴ空港の到着ロビー 黒い背広を着たスペインの友人と手前の白いYシャツの運転手が、日本人通訳の到着を待つ。 スペイン人と結婚しマドリード在住の通訳さんは、私の生まれ故郷の横浜で隣町の人だった。 友人の奥さんは韓国人で、ロンドンの大学で親しくなり結婚したと、嬉しそうに写真を見せてくれた。

宿泊したパラドール・デ・バイオナ ビーゴ空港から車で30分、大西洋に突き出た岬の丘に建つ古城に到着。 何故か夜9時過ぎなのに、この夕方の様な明るさ。 入り組んだ海岸に、沈みかけた夕陽がとても綺麗だった。

広々とした室内から、大西洋が一望に観える。 手前のプールに人影は無く、色彩を変えながら静かに沈む夕陽を、暫く眺めていた。 旅行鞄を解く前に、スペインの友人達とパラドールの坂道を歩いて、レストランに出掛けた。 港の桟橋に在ったシフードレストランは、漁師やヨットマンの溜まり場だった。 初めて食べた、蛸や海老の異国の味に、何故か親しみを覚え、帰国後も何度か挑戦してみた。

広い浴室、東京のホテルと比べると浴槽も大きい 一人で泊るには、広すぎる部屋だ。

ビーゴには、スペイン最大の水産市場がある。 早朝、タクシーに乗りビーゴの水産市場に出掛けた。 ビーゴの街は、9時頃まで薄暗く肌寒かった。

アジア圏の政府視察団と共に、複数の水産卸会社を見学。 視察団の人達は、スペイン語を話す翻訳機を得意そうに使っていたが、通訳者がいないので、正しく翻訳されたかは解っていない。

細切れにされた鱈、すり身加工して日本に輸出する。 市場には大きな魚が並んでいたが、初めて目にする珍しい魚も多かった。 スペインは、魚介類の消費量がヨーロッパで最も多い。

魚に付いた大きな釣針は、一本釣の証拠となる。 網にかかった魚より鮮度が良いので、高く取引されると聞いた。

日本の漁船に、洋上取引でヒレの部分を売渡した為、ヒレの無いサメが多く並んでいた。 現地では、魚にヒレが無くとも価値は変わらないと言っていた。

サメの歯は、何回でも抜け変わる。 虫歯で悩む人達には、羨ましい限りだね。

マグロが並んでいるが、殆どが日本向け。 今は、地中海やアフリカの沖で、牛や豚のように育てて売る畜洋が、盛んに行われている。 日本でも、沖縄で実験中だと聞いた。

マグロのせりに集まった仲買人 仕組みは解からないが、静かに売値が決まって行く。

市場や漁船から廃棄される魚を狙う海鳥達。 日本の水産市場と変わらない光景が有った。

水産市場の近くに在る公設市場。 まだ魚が届いていないのか?売場は閑散としていた。

肉屋さんの店頭には、丸鳥が多く並んでいた。 ここでは、日本のスーパーで見るトレーに入った肉はなく、御客の求めに応じて計って売る。 切り刻んで並べて売るより、肉の鮮度が保てると思う。 その昔は、日本も味噌や醤油まで計り売りだった。 今は、全国の生産地で大量に生産した食品を、エネルギーコストの高い流通が、その消費を支えている。 日本は、何時でも何処でも好きな物が食べられる豊かな国だが、失った物も多いような気がする。

イベリコハムの売場

街頭で牡蠣を売る女性、 買うとその場で焼いてくれる。

スペイン女性は「蝶が蛹になる」と通訳が教えてくれた。 街で目鼻立ちが整い手足の長い若い女性を見かける。 食文化の違いか?中年女性には肥満が多い。 日本でも食事の欧米化により、その傾向にあるが、肥満は万病の元、カロリーの取過ぎには注意!

歴史的な街並みを守るため、老朽化した建物の外壁を修復して保存し、内側を近代的な工法で建替えている。 この街で、老朽化した建物をすべて取壊していたら、東京の繁華街と大差無かったと思う。

街中で青い空が綺麗だと思ったら、電信柱と空を横切る電線が無い。 その昔、桜の名所で桜並木を写したが、電信柱と電線が邪魔で構図が決まらない。 日本も観光立国を叫ぶ前に、景観を損ねる電線を外して欲しい物だ。

澄んだ碧い空に映える彫刻、ビーゴの中心街に建っていた。 この街は、太陽が昇ると日差しがきつい、デパートで歩き易い革靴と、日差し避けのガレーシヤ帽を買い、アイスクリームを片手に街を散策した。

市内の美術館は開館前で、30分ほど待たされたが、入場は無料で多くの近代絵画と彫刻が展示されていた。 二階では、幼児の絵画教室が開かれており、未来の画家達の作品が展示されていた。

可愛い未来の画家たち

昼食は地元客で賑わうレストランで、海老の唐揚げと蛸のガレシヤ風煮込み、堅いパンにオリーブオイルを付け野菜の煮込みスープとワインで済ませた。

ビーゴの街からタクシーで、小さな海岸の町を幾つも通り抜け、宿泊先のバラドール・デ・バイオナに戻った。 午後は、海岸と広い城内を一人で探索して廻った。

海水浴を楽しむ観光客、裸足に成って波打ち際まで入ったが、さほど冷たくは無かった。

この大西洋の大海原の先に、アメリカ大陸が存在することを、今は小学生でも知っている。 海岸線が弧を描き、大地が平面では無く巨大な球状だと理解できても、実際に多くの資金を集め、危険を冒して新航路を開拓した。 その結果、アメリカ大陸を発見したとしても、コロンブスの功績は偉大だ。 そして、若いコロンブスの提案を認め、資金を提供した当時の国王も称賛に値する。 スペインの各都市には、コロンブスの業績を称えた記念碑や塔が在るが、国民的な英雄には相応しいと思う。

城壁を取り囲む海岸には、海水浴を楽しむ人達で賑わっていた。

確かではないが、「コロンブス・アメリカ大陸発見」を記念して造られた彫刻だったと思う。

会議場の脇に在るカフェテラス、休憩時間には大量の御菓子と飲み物が用意されていた。

パラドールの玄関ホール

Parador De Baiona

碧い空の下は、アメリカまで続く大西洋の海原

城壁に在った物見櫓

侵略者から街を守った砲台

城壁の上に在る遊歩道は、眺めが良くユックリ歩いても一周30分程度。 滞在中は好天気に恵まれ、毎日散歩した。

城壁の上から港とバイオナの市街を望む

港にコロンブスが航海に使った船のレプリカが係留されている。

パラドール内の国際会議が開催された会場

地下に在る昼食会場

二日間に渡る会議に参加した人々。 一見、イタリアのマフィアにも見える人達は、親切で楽しい人が多かった。

パラドールの前浜で遊ぶ現地の子供達

バイオナの街並み

バイオナは浜辺のリゾート地、カフェテラスで寛ぐ観光客も多かった。 街で、ワインと食器セットを買ったが、友人から更に高級ワインが贈られ旅行カバンはパンク寸前。 スペイン産のワインは珍しいと思ったが、札幌市内のスーパーで同じ物が売られていた。

夜11時を廻っているのに、まだ明るいレストランのテラス。 三泊四日の最後夕食は、サンドイッチとワインで済ませ早めに寝ることにした。 明日は初めてのバルセロナ、通訳なしの一人旅は少し不安だけど何とか成ると思う。

バルセロナに旅発つ朝 ロビーに飾られた優雅なシャンデリア

ディスコで朝まで踊っていたスペインの友人達と、出発間近いロビーで遭遇した。 マドリード在住の通訳さんが同行し、早めにビーゴ空港に到着したが、空港内の売店はまだ閉まっていた。 公私共々御世話になった通訳さんとも別れ、搭乗手続きを済ませて出発ゲートに向かう。

まだ薄暗いビーゴ空港を、バルセロナに向けて飛び立つ

バロセロナ近郊にあるモンテラットの上空を通過。 この後は、憧れのバルセロナの旅に続く

地下鉄に乗って・・。 どこまで行っても 1ユーロは安いが!

スリには十分注意 注意! やばかったですわー

Callao 確かカジャオ駅で下車 Sol ソル駅方面へ

ちょっとまだ早い時間だからと デパートうろうろして

churros ひらたさん おすすめの店を周ります まず ガンバス・アビージョ 教えて戴いた  小エビのおしいしいお店 そりゃぁ あげたてのエビおいしくないわけがない!!

ご注文は? ビール! えーとビールってなんだっけ? そうだ セルベッサ(ビール)と言ったら 赤ワインとビールが出てきました 赤ワイン頼んだっけ?? ヴィーノ(ワイン)と聞きとられたようで(笑)

しょうがないなぁー で飲んだ赤ワイン 日本では飲めないけど おいしい!! 赤ワイン でもこんなん1杯で 酔っぱらって・・ふらふらでした(もっと笑)

ベビーカーの赤ちゃん連れも入ってきます びっくり! アメリカから来た外人さんと 意気投合! はいぽポーズ!

バーカウンターの下はゴミだらけ

アメリカからスペインにお嫁に来た 娘さんのところに遊びに来たらしい一家と なんと娘と同じ会社勤務 意気投合! はいポーズ!

次は生ハムの店 この辺りのはずなのに無い??? 印が反対だった様子 ぐるぐる

地元のお店の店員さんに聞いたら すぐ見つかったぁ・・

シンコ・ホタ

牛さんがいます

しかし スペイン語 どれ頼めばいいのかわからず・・・ とほほ なんか魚が出てきたぁ お通し???

ハモンセーラ(生ハム) あれあれ 生ハム下さい!

おっとっとみたいなのに巻いて食べる? ちょっと脂っこすぎて 口に合わず・・。

牛さん壁にもいっぱい

次はどこ?

マッシュルームのバー 辿りついたけど・・ もう食べれないかも・・ということで 写真のみ

サン・ミゲル市場 今夜はTV中継中 貸し切りで入れず

中継車

ミシュラン??

参加者の記念品用か いっぱい

サン・ミゲル市場

歩き疲れ 地下鉄見つからず コーヒー1杯

お店の方に 地下鉄駅教えてもらって 無事乗車

深夜地下鉄乗ってはいけませんって 添乗員さんに言われてましたが・・ 誰か寄ってきたらすぐ逃げよう!ってことで乗車も ガラすき

途中下車して タクシーで・・。

ここで拾ったタクシーのおじさんで 悲惨なことに・・ ほんとにまったく タクシー安心と聞いていましたが 他のグループも何度も違うところに連れて行かれたとか・・・・乗車料金のぼったくり術かも

ようやくホテルに無事到着 日が変わってました。 言葉がしゃべれないって 不便で不安ですね~ 明日は帰りまーす! 最終日色々あったけど無事。 自由行動もchurros ひらたさんの ご案内で 満喫しました!

2009年6月 成田空港をブリティッシュエアラインに乗り込み出発!!

ロンドン・ヒースロー空港経由でマドリードに到着! 1日目はホテルに着くなり長い飛行時間だったので直ぐに眠りにつきました。 2日目はマドリード市内観光 プラド美術館 ↓ スペイン広場 ↓ 王宮 ↓ トレド *写真はプラド美術館前

出発前に日本で天気を確認した時には 曇りか雨マークで落ち込んでいましたが、 朝から気持ちの良い天気です。

スペイン広場にて花をパチリ☆

スペイン旅行のために一眼レフを購入した旦那。 これでもかと写真撮りまくってます。 一眼レフを首から下げてるせいか、結構写真を 頼まれました。 ここでは香港から来たという男性に写真を撮るのを 頼まれてました。 そんな彼も首から一眼レフを下げていました。

スペイン広場 ロシナンテに乗ったドンキ・ホーテと従者サンチョ・パンサ 近くに寄って撮ってみました。

スペイン広場の周りに鮮やかな花が咲いていました。

王宮にやってきました。 若干雲行きが怪しいような・・・

食べたかった本場のパエリア!! 美味しい~☆

マドリードからバスに乗ってトレドへ出発です。

このような風景が続きます。 バスに揺られて外の風景を楽しむ。 私にとっての至福のひと時です。 トレドに近づくにつれて心はトレドへのワクワク感で 一杯になり前方を食い入るように眺めてました。

バスに乗ってからどんどん雲行きが怪しくなり 今にも降り出しそうな空です。

憧れのトレド・・・ 早くバスから降りて飛び出したい気持ちで一杯です。 空もだんだん雲がなくなってきて 晴れ間が見えてきました。

家に飾ってあるトレドの絵そのものです。 当たり前ですが感動~☆ 母にトレドは絶対行くべきだと言われ やっと私もこの目で堪能する事ができました。 街全体を城壁に囲まれていてまるで浮いてるように 見えます。 日本に戻り母に写真を見せると 「40年前に見た景色と何も変わらず美しいままだ」 と喜んでみてました。 私も40年後そんな風に感じたいな。 変わらないであって欲しいですね。

コルドバ出発の前日、マドリッドで食べた朝食の写真です。マドリッドに到着後、予約していたアトーチャ駅近くのHotel Carltonに荷物を置き、ソフィア王妃芸術センター近くのカフェで朝食をとりました。 これで2.5ユーロですので、お徳です。

朝食後、プラド美術館に行きました。大好きなエル・グレコとフラ・アンジェリコの作品を見られて大満足です。フラ・アンジェリコの「受胎告知」は、フィレンツェのサン・マルコ美術館のものもそうですが、彼の人柄の純粋さが表れているようで、見ていて幸せな気分になります。

アトーチャ駅です。ここから4日間の日本語ツアーに参加します。

鉄の骨組みが美しいアトーチャ駅です。

AVEに乗ってコルドバに行きます。 この日はヨーロッパ全土を寒波が襲い、マドリッドも雪が降って鉄道のダイヤが乱れましたが、幸い私の乗ったAVEは1時間遅れで済みました。AVE、なかなか立派です。

コルドバに着きました。

昼食をとったレストランです。いい感じでしょう。

お店の天井は、イスラム風の幾何学模様になっていました。この街の歴史を感じさせる天井ですね。

メスキータの外壁です。イスラム建築らしいアーチが見られ、期待が高まります。

メスキータの入り口に到着しました。

門をくぐると、オレンジの中庭とミナレットが見えました。ミナレットは、イスラーム教徒が、礼拝の時間を告げてモスクに集まるよう町中に呼びかけるために使われた塔のことです。中東に見られる細長い円柱の塔とは違って角形になっており、イスラーム建築でも地域によって特色があるのが分かります。 オレンジの庭は、その名のとおりオレンジが植わってますが、これは苦くてそのまま食べられないので、マーマレードにするそうです。

メスキータの中庭に面した開口部です。

窓の格子は、星型を配した幾何学模様になってました。

メスキータの内部に入りました。これまで、写真やテレビで何度も見ている景色ですが、実際に円柱の森を見ると、その無限の広がりを感じさせる光景に「おおっ、すごい」と感嘆の声をあげてしまいます。 メスキータのうち、入り口のシュロの門から入ってすぐの部分は、アブド・アッラフマーン1世によって建設された一番古い箇所です。この時代のメスキータは、かつてここにあったサン・ヴィセンテ教会や各地のローマ遺跡など、様々な建物の円柱を転用して建設されました。ところが、転用した柱は背の低いものが多く、多くの人を収容するイスラムの礼拝堂には高さが不足しました。 この問題を解決するためのアイデアが、柱の上に二重のアーチを架けるというものでした。ローマの水道橋を参考にしたといわれますが、これによって高い空間が確保されました。あり合わせの材料で建設するという制約が、結果的に後世の人々を魅了する美しい建築を生み出したんですね。

礼拝堂の身廊です。メッカの方向を示すキブラ壁に向かって配置されています。

アーチは、白の石灰石と赤いレンガを交互に組み合わせてできています。また、写真では少し分かりづらいですが、アーチの上段が半円形になっているのに対し、下のアーチは半円よりももう少し円周の長い馬蹄形になっています。

身廊をメッカの方角を示すミフラーブの方へ進んで、アブド・アッラフマーン2世によって9世紀の中ごろに増築された部分まで来ました。ここは大部分がカテドラルに改造されてしまっており、原型が大きく失われてしまっています。

10世紀後半にハカム2世によって設けられたドームの下に来ました。 ドームの下は小さな半円を連続して配した多弁形アーチと連続交差アーチからなり、これまで見てきた列柱の森とはまた違ったとても豪華な空間です。

ハカム2世によって10世紀に設けられたドーム。

アーチの下は塞がれて、キリストの磔刑図がかけられていました。

塞がれた壁に開いた窓から、このようなものが見えました。

10世紀後半、ハカム2世治下の後ウマイヤ朝は全盛期を迎えました。ハカム2世は文化・芸術に熱心で、メスキータの拡張にも乗り出しますが、この時代の増築部分は、王朝の最盛期を反映して贅沢なものとなりました。 この時代の柱は、赤と黒の大理石のものが交互に並びます。アブド・アッラフマーン1世の時代とは違ってもちろん他の建築からの転用ではなく、メスキータ用に調達したものです。

ハカム2世時代に造られたミフラーブです。ミフラーブの周りの豪華なモザイク装飾は、当時のビザンティン皇帝ニケフォロス2世フォカスから贈られたものです。 本来メッカの方向を示すものですが、教会の跡地に建てられたため、正確な方向に壁を設けられず、ミフラーブはメッカとはずれた方向を向いています。

ミフラーブの前には、三つのドームが架けられ、その下はマスクーラと呼ばれる貴賓席とされました。 ドームもミフラーブ同様、ビザンティン帝国から招いた職人に造らせた金とガラスのモザイクで覆われ、この豪華な空間は、カリフの権威の象徴とされました。 【カリフ】 ムハンマド亡き後のイスラーム指導者のこと。後ウマイヤ朝では、ハカム2世の父アブド・アッラフマーン3世の時代から名乗り始めました。

東方のビザンティンの装飾が、遠く離れたイベリア半島に渡るというのは、なんともスケールの大きな話です。 後ウマイヤ朝は、かつてビザンティン帝国の領土だったシリアのダマスカスを出自としており、この装飾はその伝統を受け継いだものだそうです。

木造の天井に施された装飾の豪華さも見逃せません。

こちらは、10世紀後半でもハカム2世の後に建設された3回目の増築部分です。他の箇所と同じように見えますが・・・。

他の箇所では、アーチは白い石と赤いレンガを交互に配して造られていましたが、3回目の増築では石に赤い色を塗っているだけです。写真では、色があせている部分も見えますね。 当時は国力が衰退し始め財政に余裕がなかったため、この時代の増築部分は、メスキータ全体の調和に配慮しつつこのような簡略な造りになったそうです。

カテドラルの中央礼拝堂に来ました。カテドラルは1523年に着工し、完成まで約240年を要したため、建築様式もゴシック、ルネサンス、バロックという建築中の各時代の様式が取り込まれて、これまた大変豪華な造りになっています。しかし、このカテドラルはメスキータとは様式がまったく異なる上、敷地の中央に鎮座して円柱の森の連続性を損なっており、これをどう評価するかは難しいところです。 実際教会は、1523年以前にも何度かカテドラルの増築を計画しますが、そのたびに市民の反対に遭い、増築を断念してきました。最終的に、教会はカルロス5世の認可を得て、地元の反対を押し切り増築に踏み切りますが、そのカルロス5世はこの工事現場をたまたま通り、「世界のどこにでも有るような物を造るために、どこにも無い物を壊した」と嘆いたそうです。

こちらは、カテドラルの聖歌隊席です。

聖歌隊席は、マホガニーでできており、背もたれには聖書の内容が彫刻されています。

メスキータから出てきました。これから、ユダヤ人街を少し歩きます。

ユダヤ人街はシーズン中大勢の観光客でにぎわうのでしょうが、訪れたときは冬でしかも雨が降っているせいか、ひっそりとしていました。

花の小道からメスキータのミナレットが見えます。

花の小道にあるコードバン(馬革)製品のお店のパティオです。星型の池に、イスラーム文化の残り香を感じます。

ローマ橋を通ってグアダルキビル川を渡り、対岸のユダヤ人街を振り返ったところです。 ここからバスに乗り、グラナダに移動しました。

グラナダに着きました。ホテルの目の前に、エル・コルテ・イングレスの系列店があったので、夕食後に行ってみました。

おお、生ハムがむき出しで売っている! さすが、スペインです。 明日は、イスラーム文化の華、アルハンブラ宮殿を見学し、さらにマラガ近くのミハス村を散策します。

アルハンブラ宮殿のチケット売り場からナスル朝宮殿まで歩いているところです。朝8時を過ぎていますが、12月下旬のため、ご覧の通りうっすら明るくなったばかりです。 アルハンブラとは、アラビア語で「赤い城」を意味する「アル=カルア・アル=ハムラー」のうち、「アル=ハムラー」が訛ったものです。スペイン語では、Hを発音しないので、アランブラとなります。

カルロス5世の宮殿です。ルネサンス様式による均整のとれた建築です。 カルロス5世は、将来ここを帝国の中心とすべく建設を始めましたが、結局は完成せず今日に至ってます。

ナスル朝の宮殿の入り口に着きました。

ナスル朝宮殿の入り口を入ると、メスアールの間があります。ここには、行政と裁判を行う政庁が置かれていました。

メスアールの間では、柱の上のムカルナス(鍾乳石飾り)や天井のモザイクなど様々な装飾が見られます。 これらも美しいですが、まだまだ序の口です。

モザイク・タイルと漆喰によるカリグラフィ。

これまた非常に精巧なモザイク・タイルです。

メスアールの中庭です。

メスアールの中庭から見た、メスアール宮の外壁です。スコッタと呼ばれる漆喰で造られたアラベスクが壁面を飾ります。

天人花(アラヤネス)の中庭に来ました。

アラヤネスの中庭は、イスラームらしいシンメトリーの中庭です。 アラヤネスの中庭をはさんで、コマレスの塔をが見えます。コマレスの塔の中には、大使を謁見するための大使の間があり、政治の中心部として機能しました。昔ここを訪れた大使は、きっとこの庭と建物の美しさに圧倒されたことでしょう。この宮殿の美しさは、外交の重要な手段でもあったに違いありません。

アラヤネスの中庭をはさんで、コマレスの塔の対面にある建物の扉。

アラヤネスの中庭をはさんで、コマレスの塔の対面にある建物の壁面装飾。

コマレスの塔のアラベスク装飾です。

コマレスの塔の「大使の間」に入りました。空間全体が装飾で埋め尽くされています。

大使の間の天井。

大使の間をはじめ、宮殿内の部屋の壁面には、「神のみぞ勝利者なり」、「神は力なり」、「神は世界なり」などと書かれたカリグラフィが並びます。 イスラームでは、偶像崇拝が否定されており、偶像崇拝につながる可能性のある具象表現も忌避されます。そのため、幾何学模様を用いた表現とともに、書道が発達し、装飾のモチーフとしても用いられます。

大使の間の装飾。

大使の間からアラヤネスの中庭を見たところです。

ライオンの中庭まで来ました。中庭の中央にあるライオンの噴水は、このとき修復中でした。 木の囲いや鉄骨が中庭に置かれて、ライオンの中庭は無残な姿に・・・。これを楽しみにはるばるやってきたのに、ついてないですなぁ。

ライオンの中庭に面したアベンセラッヘスの間です。ここも壁と天井に一分の隙もなくびっしりと装飾が施されています。

アベンセラッヘスの間の壁面の漆喰装飾。この壁の仕上げにどれだけの時間を費やしたことでしょう。

アベンセラッヘスの間の壁面のタイル装飾。

諸王の間に隣接する園亭。壁面のレースのような細かい飾りには、息を呑むばかりです。石のように見えますが、この壁もスタッコと呼ばれる漆喰で仕上げられています。

ライオンの中庭の北側にある二姉妹の間の天井です。天井を覆う装飾は、ムカルナス(鍾乳石飾り)と呼ばれるもので、中世のイスラーム建築で広くみられる装飾です。 建物全体を隙間なく埋め尽くす微細な飾りに囲まれ、別世界にいるような感覚になりました。

二姉妹の間からライオンの中庭を見たところです。

二姉妹の間。 宮殿内は、基本的にモザイクのタイルの上にスタッコ(漆喰)の飾りがあり、その上に木組みやムカルナスの天井を設けるというのがパターンになっているのですが、漆喰ひとつとっても色々な柄があります。なので、本当は丁寧に観察したかったのですが、ナスル朝宮殿内は見学時間に制限があり、ガイドさんにせかされるように見学しました。

宮殿に設けられた浴室(サウナ)の天井です。

急に装飾がおとなしくなりました。ここは、カルロス5世が1526年に新婚旅行でアルハンブラ宮殿を訪れた際に使用した部屋です。

宮殿内からアルバイシンをを一望できるところがありました。

リンダラハの庭園です。薄暗い感じがしますが、レコンキスタ後の増築が行われる以前は、もっと明るいところだったようです。

リンダラハの中庭に敷かれていたタイル。

ナスル朝の宮殿を出て、ヘネラリフェと呼ばれる夏の別荘へ向かいます。写真は、アルハンブラ宮殿内に建つサンタ・マリア教会です。

パルタル庭園と呼ばれるところです。

ヘネラリフェへ通じる道のところにあった庭です。刈り込まれた庭から見える、幾何学の世界にうっとりです。

ヘネラリフェにある「アセキアの中庭」に着きました。

ヘネラリフェからアルハンブラ宮殿が見えました。内部の過剰なまでの装飾とは対照的に、外観には装飾らしい装飾がなく簡素な造りになっています。

イスラーム世界において庭園は、天上の楽園を地上に表現することを目指して造られたといいます。 冬でも緑と水が豊かなアセキアの中庭は、地上の楽園と呼ぶにふさわしいものでした。

ヘネラリフェの建物の壁も丁寧に漆喰で仕上げられています。

ヘネラリフェには、こんなラブリーな石畳がありました。

ヘネラリフェ全体を見たところです。 ここからは、林に囲まれた通路を通ってチケット売り場のところまで戻りました。

おまけ。 スペインを旅行したのはクリスマス前後だったのですが、家々にはこのように窓から家の中に入ろうとするサンタの人形が掛けられていました。 アルハンブラ宮殿を見学した後はお土産屋で木組みの細工とグラナダ焼きを買い、それからバスに乗ってミハス村を目指しました。次回ミハス村編に続きます。

バルセロナ・プラット空港に到着。 大きくてきれいな空港だ。 ローマ編でもふれたが、今回の旅行は、飛行機とホテルの手配、空港とホテル間の送迎を旅行代理店にお願いし、終日フリープラン。ホテルは4つ星。 ホテルへの送迎は、現地のドライバーだけと思っていたのだが、日本人のガイドがいたので、いろいろな話を聞く。 なかでも、サン・パウ病院が改修工事中で外観しか見れないというのは貴重な情報だった。 予定から外す。

ホテルに到着。 しかし、セキュリティボックスの鍵がない。 ガイドブックに使用料をとるホテルもあると書いてあったので、フロントへ。 一日2ユーロで貸し出しだった。 料金の清算はチェックアウトのとき。 4つ星ホテルでも別料金とはビックリだ。 CLのチケットは、試合当日の明日、お昼すぎまでにホテルに届く予定なのだが、現時点ではまだ届いていなかった。 ちょっと心配だ。

バスルーム。 浴槽も広く、きれいで使いやすかった。 ドライヤーの風量もまずまず。

ホテルはランブランス通りに面している。 通りを行き交う多種多様な人種の人々、大道芸人、露天、怪しい呼び込み、スリ…。 見ているだけで楽しい。 さきほどの日本人ガイドに、「ランブランス通りを見ていればすぐにスリを発見できますよ」と言われ、探してみたが、滞在中に見つけることはできなかった。

さっそくホテル周辺の散策と買い物へ。 バルセロナはスリが非常に多いと聞いていたが、ガイドさんによると、ヨーロッパでスリの被害が一番多いのがバルセロナで、次がマドリッド、次がローマとのこと。 1位と3位を制覇だ。 ローマ以上に気をつけて歩く。 写真はカタルーニャ広場。

ホテルの朝食。 内容はローマのホテルとほとんど変わらないのだが、美味しいコーヒーがない。 残念。 ローマ同様サラダはなし。

5日目。11月24日(火)。 ランブランス通り。 こちらの天気は、だいたい最高気温20℃、最低気温10℃といった感じ。 今年のヨーロッパはかなり暖かいようで、ちょっと異常だと言っていた。 寒暖の差が激しいので、同時刻にTシャツの人もいれば、ダウンを着ている人も。

カタルーニャ広場。 右側に写っている大きな建物が、スペイン最大のデパート、イル・コルテ・イングレス。 地下のスーパーはかなり大きくて、商品も充実。 利用価値大だ。 昨夜もここで夜食や水などを買う。 なお、ホテルの目の前にカルフールがあるのだが、気がついたのは昨夜の買い物のあと。 ちなみに、カタルーニャ広場にあるバルサのオフィシャルショップは、写真の左側に写っている大きな建物の道路を挟んで左側に。

カサ・バトリョ。

朝の9時30分くらい。 並んでいる人はほとんどいない。 ちなみに左の赤いMは地下鉄のマーク。 非常に目立ち、分かりやすい。

カサ・ミラ。

バルセロナの地下鉄。 ホームはローマよりかなり明るい。 それでも日本の半分くらいの明るさか。 この駅は地下鉄5号線のディアゴナル。 3号線のディアゴナルとでは、地下に入る入り口自体が違うので注意が必要だ。

目的地はサクラダ・ファミリア。 地下鉄の切符は複数人で10回使えるお得なT10を買おうと思っていたのだが、複数人で使う場合、一人が改札で使った後、次の人にどうやって渡すのかなど、使い方が分からなかったので断念。 後で現地の人に聞くと、1人が切符を入れる→出てきたら切符を取る→ゲートが開く→2人目に切符を渡す→1人目がゲートを通過する→2人目が切符を入れる→あとはこれの繰り返し、とのこと。 う~ん、知らないとなかなか使えません。

駅に到着。 もうすぐだ。

サグラダ・ファミリア。 圧巻です。

受難のファサード。 個人用のチケット売り場はこちら側。 料金はサグラダ・ファミリアのみで、1人11ユーロ。 2009年版のガイドブックと比べると値上がりしているみたいだ。 というか、ローマでもバルセロナでも、ほとんどのところが値上がりしていた。 10時ちょっと前に着いたのだが、チケット売り場(入場口)に行列は全くなく、すぐ入れた。

ステンドグラスからの光が柱に写っているのもきれい。

当たり前ですが、工事中です。 エレベーターで受難のファサードに上る。 並んでいたのは約15人。 待ち時間は10分くらいだった。 料金は2.5ユーロ。 エレベーターの中で徴収される。

サグラダ・ファミリアの内部。 ステンドグラスがきれいだ。

受難のファサード側の入り口。

ファサードの上の階段はけっこう怖いです。

絶景です。

バルセロナの街並みもきれいだ。

写真の右側の側に見える曲線的な大きなビルが、バルセロナの水道局のビル。 週末の夜になるとライトアップされるみたい。

生誕のファサード。

最後にもう1枚。 池のある隣の公園は、サグラダ・ファミリアの全景が撮れる絶好の写真撮影スポットだ。 完成したらもう一度訪れたい。 完成予定は、この時点で2025年とのこと。 漠然ともっと先だと思っていたのだが、けっこうすぐそこだ。 なお、サグラダ・ファミリアにあるお土産やさんは、かなりオシャレで、種類も豊富。 今回の旅行では、このお店が一番よかったかも。 また、こちらに住んで20年という日本人の店員さんがいたので少し話を聞く。 とても親切だった。ありがとうございます。 現地の情報は貴重だ。

きょうのランチはあまり時間がなかったで、サグラダ・ファミリア近くのケンタッキー・フライドチキン。 久しぶりに〝懐かしさ〟を感じる味だ。 ここでの会計でクレジットカードを使用したら、パスポート(コピー)の提示を求められた。 ローマでは一度もなかったのだが、バルセロナでカードを使うと、けっこうな確率でパスポート(コピー)の提示を求められる。 次は、サグラダ・ファミリアからタクシーでグエル公園へ。 料金は5.3ユーロくらいだった。 バルセロナのタクシーはローマに比べると格段に安い。 初乗り料金は2ユーロくらい。 ちなみに、写真はカタルーニャ広場付近で、本文と関係ありません。

グエル公園。

入り口にある有名なトカゲです。

公園の下にはギリシャ神殿のような柱がいっぱい。

ここは南国か?

タイルのベンチはくねくねしてます。

素敵な景色です。

地中海が見えます。

サグラダ・ファミリアも見えます。

ベンチのタイル。

インテルのサポーターも昼間は観光みたいです。

公園でのサッカーは禁止です。

改めまして、ここは南国ではありません。

飛行機雲。 ポカポカ陽気で本当に気持ちがいい。 2人でゆっくりと素晴らしい時間を過ごす。 グエル公園は最高だ。

グエル公園を出ようとすると、吹奏楽の演奏をやっていた。

バトントワリングも。 タクシーでカタルーニャ広場まで行き、ホテルへ。 9ユーロぐらい。 果たして無事にCLのチケットは届いているのか…

チケットは無事に届きました! 席は隣(座席番号は奇数か偶数しかないので、15と17で隣となる)。 チケットだけですでに軽く感動。 このとき、ランブランス通りから歌声が聞こえてくる。 インテルサポーターが歌いながら歩いていた。 またまた感動。 そして、奥さんにあきれられる。

カタルーニャ音楽堂。 明日の英語のガイドツアーのチケットを購入しようと思い来たのだが、すでにチケット売り場が閉まっていた。到着時間は16時くらい。 そもそも日本でネット予約しようか迷ったのだが、寸前までチケットがいっぱいあったので現地購入に。 この時点でも明日のチケットはけっこう残っていたので、問題ないだろう。

カンプ・ノウに向かう前にカタルーニャ広場にあるバルサのオフィシャルショップで買い物。 スタジアムに着用していくマフラーやお土産を買う。 カンプ・ノウにあるメガ・ストアで買うか迷ったのだが、荷物になるので断念。 しかしメガ・ストアでも…。 写真はカタルーニャ広場。 鳩がいっぱいだ。

いざカンプ・ノウへ。 ゲート(アクセス)番号は19だったのだが、カンプ・ノウの地図を忘れたため、どこの駅が一番近いか分からない。 しかし、スタジアムは丸い、ということで、地下鉄3号線でマリア・クリスティーナ駅を目指す。 なお、ゲート(アクセス)1~9ぐらいは3号線のマリア・クリスティーナ駅、11~19ぐらいは5号線のコイブラン駅が近いのかな。違う駅が近いところもある。 結局ほぼ1周したのだが、雰囲気が味わえてとても楽しかった。

カンプ・ノウのメガ・ストア。 とにかくめちゃくちゃでかい。 メガ・ストアとカタルーニャ広場とマレ・マグナムのショップの大きさを比較すると、50:5:3ぐらいの比率だ。 前日や翌日に来れるなら絶対にメガ・ストアがベスト。スタジアムツアーもあるしね(CL当日はやってないとのこと)。 ここでユニフォームを買い、その場で着用(試合開始2時間前くらいなら、完売も混雑も問題なさそうだ)。 ますますテンションが上がる。

試合前にメガ・ストアの横にあるボカティージョのお店で腹ごしらえ。 この店は、カタルーニャ語かスペイン語どちらかのみの表記(どちらか分からなかった)で英語はなし。 注文にちょっと苦戦。 しかし、バルセロナの人は、とにかくよくこのボカティージョを食べている。

普段は試合開始2時間前にゲートが開くらしいのだが、この日は、1時間30分前くらいに開いた。 ゲート内に入るだけで鳥肌ものです。 メインスタンドの中央の入り口付近に、CLの絵にバルサのマークをあしらった大きな壁紙みたいなのがあり、絶好の撮影ポイントになっていた。 世界中の観光客が大集結といった感じで、僕らもどこかの国の人に撮ってもらいました。

ゲートの前に到着。 2、3時間前からすでにたくさんの人。 すごい熱気だ。 チャンピオンズリーグ(CL)のチケットは、前日または当日に現地で買うことも考えたのだが、日本で代理店にお願いして購入した。 クラシコなどを除くリーグ戦なら現地で、正規の値段で購入できそうだが、CLやクラシコではかなり難しそうだ。 ちなみに、この時間帯、チケット売り場にはほとんど人がいなかった。

感動です。

チャンピオンズリーグのアンセムが流れる。 鳥肌が…。

9万人の歓声、熱気、歌声、怒号はパンパじゃない。

試合はバルサがインテルに2-0で勝利。 バルサのプレーは本当に素晴らしかったのだが、試合前の練習も印象的だった。 イニエスタとシャビとプジョルが三角形になってダイレクトでインサイドパスをしていたのだが、これが恐ろしいほど早く正確で、延々と続く。 ほとんどシュート性のボールだ。 単なるインサイドパスなのだが、本当にすごい。

9万人が一斉にスタジアムを後にするのだが、そんなに混んでいない。 国立の方がよっぽど大変かも。 地下鉄もたいして混んでいなかった。 それにしても、バルサのサッカーは素晴らしかった。 奥さんも大興奮。 またここに来たい!

カンプ・ノウを後にして、ホテル近くのバルへ。 すでに日付が変わっていたが、お客さんはけっこういた。 もちろんバルサファンも。

ベイビーオクトパスとサングリア。 このベイビーオクトパスがめちゃくちゃ美味しい。 なんとなく日本の味がする。

小エビのアヒージョ。 とにかくうまい。 パンにソースを付けて食べると、またうまい。 バル最高!

6日目。11月25日(水)。 きょうはボケリア市場からスタート。 突然だが、バルセロナの水はめちゃくちゃ安い。 カルフールで1.5リットル、0.22ユーロで売っていた。 30円くらい!? もちろんスーパーならという話ですが。 ローマもスーパーならけっこう安かったが、街中だと500ミリリットルで2ユーロとか言ってくる店もあった。

肉。

果物。

チョコやナッツ。

いちご。

魚介類。

昨夜のバルで食べたベイビーオクトパス。

唐辛子。

ボカティージョ。 しかし、市場は見ているだけで本当に楽しい。

レイアール広場にあるガウディがデザインした街灯。

カテドラルに向かう途中の道。

カテドラルの前の広場にあるピカソの壁画。

カテドラル。 改修工事中でした。

中には入れました。

広場と言えるものが写っていないが、王の広場。

この時期、バルセロナの街はクリスマスの電飾を付ける工事の真っ最中。 僕たちの滞在中は点灯されていなかったが、センスのよいバルセロナの街がやるのだから、かなりデザイン性の高い仕上がりになると思う。 いつからやるんだろう。

きょうのランチはランブランス通り近くのバル。 どれも美味しそうだ。

左からタコのマリネ、小魚のフライ、サーモンのピンチョス。 バルのタパスは本当にどれも美味しい。 特におすすめなのは、タコのマリネ。 スペイン人はけっこういい加減で、ぼったくろうとしているわけではなく(その場合もあると思うが)、おつりを間違えることがよくある、という話を日本で聞いた。 で、実際に2度も遭遇した。 昨夜のバルで、おつりが10ユーロ少ない。 指摘すると、「本当だ、間違えてる。ゴメン、ゴメン」といった感じですぐに正しいおつりをくれた。 もしかしたらワザとかもしれないが。 この店では、なんか安いなと思いレシートを見ると、1品少なくなっている。 う~ん、さすがスペイン人。

きのうチケットの取れなかったカタルーニャ音楽堂へ。 チケットは今朝、無事に取れました。 チケット売り場は、写真の正面入り口ではなく、左奥といった感じ。 朝の段階でもチケットはけっこう余裕があったのだが、開始時間になるとほぼ定員の50人ぐらいがいたと思う。 ハイシーズンのチケット当日入手は大変かも。 料金(ガイドツアー)は12ユーロ。

カタルーニャ音楽堂は、あくまで僕の感想だが、絶賛している書き込みをけっこうネットで見ていただけに、ちょっと期待外れ。 写真撮影は禁止で、監視員らしき人がずっとついてきた。 そもそも、最初に映像が10分くらい流れるのだが、ここで睡魔が…。 というわけで、コーヒーをテイクアウトしてピカソ美術館へ。

ピカソ美術館。 料金は9ユーロ。 初期の作品が見れて、なかなか面白い。 お土産もけっこう充実。

ピカソ美術館のすぐそばで、うどん屋さんを発見。 どうしても食べたいと訴える奥さん。

鶏南蛮うどん。 麺は、まずまず。 スープは、日本の味に近いのだが、かなり甘め。 具は、とりあえず鶏南蛮ではなかった。

野菜焼きそば。 麺は、カップ麺に使う麺のような感じ。 ソースは、マヨネーズが多め。 とはいえ、どちらも〝日本の味〟ではある。

ピカソ美術館付近から、タクシーでウオーターフロントにあるマレ・マグナムへ。 4ユーロぐらい。 H&MやMANGOといった感じのお店が入っていた。

わずかですが地中海が見えます。 海の風が気持ちいい。

ヨットハーバー。

コロンブスの像。

何度も歩いたり、ベンチに座ってのんびりしたランブランス通り。 観光客が多く、スリは危険かもしれないが、活気に満ちた通りだ。 ローマ編でも書いたのだが、こちらは路上喫煙がハンパじゃなく多い。 公共施設やレストランが禁煙になったせいなのか、広場やオープンカフェなどで、みんなおいしそうに吸っている。 僕はというと、前編の記述どおり…。

翌日のムンド紙(カタルーニャの地方紙)の1面は、先制点を決めたピケ。

マルカ紙(全国紙、マドリード寄り)の1面は、25日のCL、対チューリッヒ戦で、けがから久しぶりに復帰予定のレアルのCロナウド。 バルサの記事は、左上に小さく見出しのみ。 報知とデイリーか。

夕飯は、グラシア通りのレストランで。 スペインにきたらやっぱりパエリアということで。 うまい! 写真は携帯で撮影。

7日目。11月26日(木)。 バルセロナ・プラット空港。 きょうで帰国。 まだ帰りたくない、と駄々をこねたい感じだ。 なお、バルセロナからローマへのアリタリア航空は、またしても少し遅れました。

いろいろとあったアリタリア航空だが、いいところもある。 座席が日本の航空会社より広い。 それぐらいしかないかもしれないが…。 話はまったく違うが、ローマでもバルセロナでも、こちらの人は男女を問わず、香水のにおいがハンパじゃない。 エレベーターなどはもちろん、すれ違っただけでもかなり分かる。 飛行機の座席で隣にきたら…。 売れるわけですね。 まずは、ローマへ。

ローマから成田への約12時間のフライト、行きと同様に、3人席に僕たち2人のみ。搭乗率は7、8割。 本当にラッキーだ。 写真は最初のご飯。 日本食とイタリアンの選択で、僕も奥さんも日本食を選択。 メインのご飯はまずまず美味しいのだが、そばは…。

朝方に出た食事。 パンとチーズとハムという組み合わせに、早くも懐かしさを感じる。 帰国です。

昼食後マヨール広場のマドリッドから バスでトレドへ OPツアー組と フリー組と別れました。 こちらは以外と少なく1/3位 若い女性は街へお買い物 男性はサッカー見学へと散らばりました。

何しろ トレドは行きたい街。 今回は ガウディ作品を観る。     サクラダファミリア・グエル公園     メスキータ     そしてトレドと

ここに行けるツアーを探したのです。 スペイン旅行もあとわずか 最後のわくわくです。

さていよいよのようです

ハモ川の向こうが トレドの城壁内

圧倒される 目の前に広がる中世の城

どこに目を向けたらいいやら・・。

家がひしめきあってる

タイムスリップ・・・。

さてでは行きましょうかぁ

エスカレーターがあって 楽ちん

登ります あがります

丁度トレド内を走る電車が出発

昔の建物そのまま使ってる 1階銀行やお店

カテドラルが見えます

修理中?

下ります

COKEの看板

見えてきました

カテドラル入り口 中は写真撮影禁止

ステンドグラスから漏れるほのかな明かり 16世紀の空気そのまま漂っている そんな感覚 そして感じました。

内部は撮影禁止なので そこで購入した本

大聖堂 長さ120m幅59mサロン形式の堂全体 8~12本の円柱によって構成された88本の 頑丈な角柱によって支えられ 四方の壁に沿っていくつもの礼拝堂が配されてる。

大礼拝堂 聖歌隊席と向かいあって配置されてる 木彫に彩色し金をほどこした。 受胎告知→イエスの誕生→東方の山王礼拝→苔打ち→この人を見よ→ベロニカ→ビエタとイエスキリストの生涯の各場面が現わされ 下から見上げた場合を考慮し、上部になるほど大きく彫られてる

聖歌隊席 1541年から6年かかって完成 椅子は上下2段に分かれ クルミ材を使用 上段は1540年~44年 70席 下段は1489年     54席 作成が世紀をまたがるため 作風がまったく異なるのに 調和してる 不思議な空間 2台パイプオルガンは18世紀 今でも日曜日に美しい音色が楽しめるそう

エル・トランスパレンテ 大聖堂の裏手の上方 沢山の聖人や天使達の像があたかも天から降りて 堂内を覗き込むように配された 巨大なトランスパレンテ 殆どを自然光で照明するように設計されてる。 ここから入る光が大聖堂の裏側に届き 祭壇中央の天使の絵行こうの部分を通って 大聖堂正面からみると 祭壇の聖櫃(パンを入れる) キリストに後光が射すようになっている キリストから出した光が人間と繋がってるような感覚にさせる設計

沢山のステンドグラスもあり 14~18世紀のそのまま 嵐で割れたら白いものにして 当らに変えない

大聖具室 ミサをやる人の更衣室 タンス等がある ミサの道具や聖職者の儀式用の衣服が収められてると同時に美術品を展示している

大聖具室 天井のフレスコ画 ルッカ・ショルダー作 聖母マリアと聖イルデフォンソが現わされ 一条の光が降下する聖母を照らしてる。 天井中央の光の射し出てる場所のそばに 全能の神 Yahveの名がある。 神は絶対の存在であり、現わす形がないので 文字で現わしたと言われる。

大聖具室 正面 エル・グレコ作 『略奪』 1581年 怒号する群衆のんかに浮かび上がる イエスの穏やかな表情と 自分を死にやる十字架をつくる男の背を 撫でようとする左手が印象的 画面左下の三人の女性は三人のマリア 聖母マリア マグダラのマリア マリア・デ・クレオファスを現わす。

サント・トメ教会

何故ここで wii fit(ウィ フィット)??? 写真の中に テントが入ってしまう!

オルガス伯の埋葬 1586年 エル・グレコの最高傑作と言われる 14世紀にオルガスの土地を治めていた領主で 大変情け深く信仰のあつい人物であった。 その生前の善業に報いるため神は2人の聖人を埋葬に送りその汚れなく高貴な魂を天国に迎え入れた 胎児はオルガスの魂を胎児として生まれ変わらせようとしてるところで聖母マリアが優しく受け取ろうとしてるところ 上部に天国 下部に現地を表現

ここにも落書きかぁ

さてそろそろ トレドとお別れです。

橋を渡ってまた現世に戻りましょうか・・。

お土産物屋さん

鉄の上の絵柄に金糸をうめこむ象がん細工の職人さん

金糸を埋め込んで行きます。 大変細かい作業の上 儲からないので 職人さんが減ってるそうです。 5000円位からありましたが・・

アルヘシラスのホテルはレイナ・クリスチーナ。 老舗のホテルです。(たしか1901年開業。) 大々的に改装中。道路からの侵入路も工事中だったんです。 扉をあけると、、、 右側にビジネスホテルのバスルーム並みの広さの荷物置き場があって。

正面の扉はバスルーム。広いです~。 バスとトイレの境にドアがあるのが珍しいです。

左の扉をあけると、ひろ~い部屋。 天井が高く、窓が大きい! で、家具が古い! もともと私はこのタイプの老舗ホテルが好きなのですが、今回はものすごーく料金がお得(ハーフボードで27ユーロ/人・泊)だったので即決。 ホテルからI子に電話をかけました。「レッスンは終了したので、これから移動です。ホテルへの到着は19時頃かな~」とのこと。 「夕飯は食べ放題+ワイン飲み放題だよ!」

明日はモロッコ(といってもタンジェだけ)に行く予定。 ホテルにもワンデイ・モロッコツアーのチラシがおいてあります。 それを持って、フェリーターミナルへ。 あれが、ジブラルタルかしらね? お天気のせいで、くっきりは見えません。 なぜ、正規往復のフェリー料金より、ツアー(昼食付き)の方が安いのだろうか?? いくつかの旅行会社のブース前をうろうろしたあげく、適当に決定。 一人48ユーロ。明日、朝9時集合。

申し込みをしてから、ターミナル前をうろうろしていると「モロッコ??」「モロッコ?」とプライベートガイドやツアーの客引きが声を掛けてきます。 「もう遅いよ。申し込んじゃったよ。」 ここでまた、くだんの青年と再会。 「これは、本当に奇跡かも。」 彼:「僕は明日アルメリアへ行くんだ。あなたも是非おいでよ。」 彼:「友達? 友達も一緒に来ればいいじゃないか。親戚の家があるのでしばらくいるんだ。これがその家の電話番号だよ。」 私:「・・・ありがとう。でも、たぶん行けないよ。」 彼:「あすた・ぷろんと」  私:「あすた・ら・びすた」

フリーターミナル~市場。 市場の横の坂を登って、アルタ広場にやってきました。

アルタ広場の噴水とパルマ教会。 青空の下なら、さぞ映えるのでしょうが、、、。 お天気が今一つです。

タイルとオレンジって綺麗ですね。 19時頃に来ると言っていたI子が、ホテルに到着したのは22時ちょっと前。 「セビージャは大雨で、バスターミナルまでのタクシーがつかまえられなかったんだよ!!」 I子がホテルに着いたときはアルヘシラスも大雨。 明日のモロッコツアー、どうなっちゃうのかな~?

スペインの文化・風俗・注意点

 衛生事情
 マドリード市内の水道水は飲用が可能ですが、バルセロナの水道水は硬水ですので、ミネラルウォーターを利用した方が良いでしょう。カナリア諸島のラスパルマスでも、水道水は塩分を含み飲料に適しませんので、ミネラルウォーターの利用をおすすめします。また、カナリア諸島では、時としてサハラ砂漠の砂塵が熱風とともに来襲することがあり、そのため特に子供は気管支喘息や咽喉系の病気にかかる例が多いので注意が必要です。

 医療事情
(1)医療状況
 スペインの医療技術及び設備は、他の西欧諸国とほぼ同水準にあります。一般的な内科疾病、外科疾病、出産等は同国の施設で対応可能です(診察に際しては、事前予約が必要です)。
 また、医薬分業制のため、医師の処方箋がなければ薬局で購入できない薬品もありますので、常備薬は日本から持参するようおすすめします。
 万が一に備えて、「海外旅行傷害保険」に加入されるようおすすめします。

(2)救急医療体制
 政府救急センターは、警察、消防、緊急医療とリンクしているため、緊急事態の際には、112に電話するようおすすめします。

 交通事情
 車両優先の習慣において、公道を利用する歩行者は、車道を歩かず、横断歩道や歩道橋を利用する等、基本的なルールを守り、車両の流れを見極めることも重要ですが、速度超過、無理な車線変更や強引な割り込み、さらには違法駐車の他、歩行者についても信号無視をする者(信号青色点滅は横断禁止)、車両の有無に関係なく横断歩道以外の場所や交差点の中央を突っ切る者、飛び出しがあるなど、一般的に交通マナーが悪く、交通違反者が多いことから事故が多発しています。

 車両は右側通行で、シートベルト着用が義務付けられており、違反者は処罰されます。

 主な交通機関はバス、タクシー、地下鉄等ですが、通勤等における利用は、自家用車の割合が高いこともあり、特に朝夕及び昼食時間帯における渋滞が激しい状況です。

 道路標識は日本と類似(制限速度標識など)していますが、信号機は、交差点手前に設置されていることから、特に右折及び左折時の注意が必要です。

 運転中においては、携帯電話やその他全ての通信機器類の使用を禁止しています(注:ヘッドホンやイヤホンなどを装着している場合の通信方法を除く)

 万が一、事故等に遭遇した場合は、まず警察(電話:112)に通報してください。また、運転する車両には、三角停止表示板、予備電球、自動車所有関係書類や自動車保険書等、かかる必要物品を備えておくことをおすすめします。

<交通事故の主な原因>
(a)運転に起因するもの、(b)道路等の設備に起因するもの、(c)車に起因するものが挙げられますが、そのほとんどが交通法規無視や運転技術の未熟によるものです。死亡事故については、スピードの出し過ぎ、飲酒運転が2大事故原因となっています。