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ドイツってどんな国?

ドイツ連邦共和国(ドイツれんぽうきょうわこく)、通称ドイツ(旧西ドイツ)は、ヨーロッパ中部にある連邦制の共和国。首都ベルリン。北はデンマーク 東はポーランド、チェコ 南はオーストリア、スイス、西はフランス、ルクセンブルク、ベルギー、オランダと国境を接する。また、北部は、北海とバルト海に面する。
領域は1990年のドイツ再統一によって、ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)を構成していた15県が6州として編入されて、現在の16州となった。アメリカ合衆国、日本に次いで世界第3位(為替レート単純換算値による)のGDPを誇る経済大国であり、欧州連合(EU)の中核国である。

ドイツの地図

ドイツの写真・旅行記

GWのベルリン旅行5・6日目は美術館や博物館をひたすら巡り、夜は主目的だったウィーン・ベルリンフィルのブルックナー。 絵画館のフェルメールを見損ねたのは痛恨でしたが、多くの施設と充実のコンサートでした。 ?4/29?4/30 成田?ベルリン ?5/1 ポツダム・ベルリン ?5/2 オラニエンブルク(ザクセンハウゼン収容所)・ベルリン ?5/3 ライプツィヒ ?5/4?5/6 ベルリン

5日目のベルリンはついに雨。雨予報が続く中ここまでよくもってくれた。 まずは博物館島(Museumsinsel)へ。

大聖堂も雨でしっとり。

入場にあたってはいくつか入場券があったけれど、交通パスを持っているならば、1日で博物館島だけ回るならBereichskarte、ベルリンの他のミュージアムも回るなら3日間有効のMuseumpassが良さそう。今回は後者を選択。 ただしDDRミュージアムなど使えないところもあり。 チケットは新博物館(Neues Museum)で購入。その場で使用開始の日付を入れてもらった。

続いて旧美術館へ。 建物一つ一つが美しい。

かなりの収蔵品の点数があり、ゆったりとしていてじっくり楽しめます。 先生に連れられた子どもたちもいっぱい。

Wagner。

ペルガモン博物館を見ると入場待ちの列…ここまでかなり駆け足で見て回ったけれど、それでも疲れてきていたのでこちらは明日に回すことにして、休憩をはさみつつ移動することに。

次なる目的地はイーストサイドギャラリー。 ベルリンの壁といってイメージするのはここだった。 まずはWarschauer Straße駅へ。屋根もなく、なんとなくうらぶれた感じの雰囲気…

シュプレー川に向かって南下すると、右手に見えてきました、イーストサイドギャラリー。 落書きだらけのベルリンとはいえいきなり壁もこんな感じでスタートするとは笑 かなり寒かったので速足で…

観光日和ではないためか、ブレジネフとホーネッカーのキスの前も誰もいない… 保護のためか、柵があるのが残念。

割と新しい落書き。

足早にイーストサイドギャラリーを抜け、今度はシュタージミュージアムに行くため、Magdalenenstraßeへ。 駅を出ると周りは画一的な団地の立つ街だった。シュタージミュージアムに向かっているせいもあるが、東独に迷い込んだような気分になる。。 Googlemapでは表示されないが建物の間を抜けて近道ができる。ここをまっすぐ抜けるとミュージアムにつく。

ミュージアムの前には壁崩壊前後に関するパネル展示あり。

ミュージアムになっているのは旧国家保安省の建物。 ザ・東独といった趣。 しかし住む人たちにとっては恐ろしい建物だっただろう… 善き人のためのソナタの世界。

中は3階分展示があり、それほど広くないがパネルをじっくり読むとそれなりのボリュームがある。 展示の中ではシュタージではなくMinisterium für Staatssicherheitの頭文字であるMfSと表記されている。 シュタージの車。

スターリン、スターリン!

陸の孤島・西ベルリン。 私のような冷戦時代を知らない世代にとってはどこか現実感がない世界にも感じられる。

シュタージがため込んだデータ。 本人は閲覧できるということだが、知らなければ良かった事実に直面してしまうこともあるという。

日常が監視の網の中。

シュタージの人々も見ていた中庭の風景。寒々しい。

会議室。

シュタージの抱える非公式協力者(Inoffizieller Mitarbeiter)は20万人に迫る人数だったという。 監視・密告・裏切り…身近な人を信じて普通の生活が送れないストレスはいかばかりか。

どちらかに行けばいいのだが、ゆっくりしたかったので散歩しながらお店を探す。 ベルグマン通りにはお店がいっぱい。

カリーブルストのcurry36が目の前に

次はベルリンユダヤ博物館を目指し、西側へ。 Mehringdamm駅を出ると人気ケバブ店ムスタファと

ミートボールを頼むと常識的な量で一安心。

少し歩いたところにあるビアレストランで遅めの昼食をとった。

Hallesches Tor駅からベルリンユダヤ博物館まで徒歩5分ほど。

建物が見えてきた。 建物に傷痕があるような印象的な建物が博物館の本館。 手前にはツアーバスがずらり。

到着するまで知らなかったが、入館は隣の旧高等裁判所の建物から。 荷物検査あり。荷物を預け、iPodのオーディオガイドを手に地下へ進んでいく。

本館に通じる地下通路はユダヤ人の運命を表す亡命・ホロコースト・継続の道となっている。

ホロコーストの道の突き当りにはがらんどうのまっくらな部屋。天井にわずかに見られる光は絶望の中届かない希望のよう。

亡命の道の先にはきつい傾斜のついた庭がある。自分がどこにいるのか分からない、不安な気持ちにさせる庭。

本館を進んでいくと金属の顔?が敷き詰められた部屋に。 この上を歩くと彼らの苦しむ叫び声が響き渡る…

展示はドイツのユダヤ人の歴史総ざらいともいえる極めて充実したもの。 オーディオガイドもあるため理解もしやすく、一つ一つ見るとかなり時間がかかる。 やはりドイツ、ベルリンのユダヤ人というとNSDAP時代に心が向けられる。現代の我々はその後の中東戦争を知るだけにやるせない思いになる… この博物館は工夫に満ちているし今回見きれなかったところもあるためぜひまた訪れたい。

この日の最後にコンツェルトハウスへ。 ここもチケットはプリントアウト式が選択化。なんともゴージャスな建物! 入口は分かりづらいが階段の横の地下のようなところから。 正面からも入れたのかなあ?

自分の座席から。この日はベートーヴェンのピアノ協奏曲3番、ブルックナー交響曲第4番をブロムシュテット/ウィーンフィル、独創はブレンデルお気に入りのキット・アームストロング。 ホーネックを先頭に入場してくるウィーンフィルスタイルに期待が高まる。 ホールはかなりライブで、たっぷりとした響き。 後半のブルックナーは期待通り素晴らしい演奏で、特に金管の美しく調和の取れた演奏は神々しかった…!ブルックナーとはこういう音楽なんだと教えられた気分。 ブロムシュテットは90歳にして若々しい!11月の来日が楽しみ。

インターバルの時の外観。

インターバルで二階から撮影。 真ん中に通路がないので端の人はぎりぎりまで脇の通路に立っている人が多い。早めに席に着くとかなりの回数立ったり座ったりすることに。 なおこの日はフォーマル度が高めだった。ウィーンフィルのツアーだからか、コンツェルトハウスの客層がそうなのか不明だが…

壁には作曲家の胸像がずらりと並んでいる。 バッハやモーツァルトは舞台のそばで、ベルリオーズは割と奥の方笑

6日目、いよいよ観光できるのは最終日。 まずは昨日列を見てあきらめたペルガモン博物館。この日はまったく列がなく、待ち時間なしで入場できた。

この博物館の売りは何といっても遺跡がまるごとあるような迫力の展示が見られることだろう。正直言ってヘレニズム美術にはなじみがなく、細かいことはわからないのだけれど、大きさと雰囲気だけでも圧倒されてしまう。

ペルガモン博物館を出たらDDRミュージアムへ。 大聖堂の川向に入口がある。 中に入るとなかなかの盛況。

東ドイツの暮らしぶりや当時の家電、キッチュな雑貨など様々な展示物が置いてある。出身者にとっては「オスタルギーOstalgie」を喚起される内容なんだろう。 オスタルギーは東OstとノスタルジーNostalgieを組み合わせた言葉らしい。

当時の売店を再現。

DDRの独房。 もちろん暗いテーマの展示もあるのだけれど、全体を通じて(楽しいことや小さな幸せのある)日常生活にフォーカスされていると感じた。

続いて楽器博物館へ。フィルハーモニーの隣、ソニーセンターの向かいにある。

中には当たり前だがたくさんの楽器がある笑

オーディオガイドもあったようだけれど手抜きで一回りして今回はおしまい。

余裕があればじっくり見ると面白そう。 本当はこのあと絵画館に行こうと思っていたのだけれど夜のコンサートを良いコンディションで迎えるためにフェルメール・ブリューゲルは諦める… 今回の旅行での心残りは絵画館をパスしたこと。次こそは!

ホテルで休んだ後、ホールへ向かう前にCDショップのDussmannへ。 なかなかの品ぞろえ、価格は日本のタワレコやHMVと同じくらいだと感じたが、安かったのが楽譜!オケスコアを一冊だけ購入。

いよいよラストイベント、ベルリンフィルのブルックナー。映像では飽きるほど見ているホールだけれど、入るとやっと来られたなあ、と感慨深い。

座席から。5列目真ん中で、ベルリンフィルの強烈な音が直撃する席。 ラトル/ベルリンフィルで、ホルトのスコルス(初演)と、ブルックナーの交響曲第8番。コンマスはスタブラヴァ。 スコルスではパユがピッコロを担当。そこそこ面白いと思ったけれどお客さんの反応は冷めていて、作曲家とラトルが一回引っ込んだらそのまま拍手がやみそうになり、かわいそうに思った?人たちで何とかもう一度出てきてもらった笑 ブルックナーは、ラトルの才気とベルリンフィルのすさまじい合奏力に圧倒された…「ブルックナーらしさ」とは違ったけれど、個人的には大満足。 どのセクションも素晴らしかったけれど、ドールのホルンはうますぎて呆気にとられるレベル。 この日ブルックナーのアダージョで主席奏者グロスの弦が切れるアクシデントが。バケツリレーするのかと思ったら、隣で演奏していた清水さんがまず自分の楽器を渡し、その場で弦を張り替え始めた。最弱音の部分では作業を中断したりしながらも無事作業完了。 ラトルも4楽章前に清水さんを労っていた。 演奏後には一般参賀あり。 下の動画は次の日の演奏。 https://www.youtube.com/watch?v=sYG7s3HEnJY

終演後のカラヤンサーカス。素晴らしいコンサートでした。

結局ターミナルCに行かなければいけないことが分かり、ターミナルAを出て連絡通路を通って出国。

最終日、バスでテーゲル空港へ。 目の前の建物に入ってairberlinのカウンターを探すも、なかなか見つからない。変だなあと思ったら、ターミナルAは円になっていて、そこを一周半くらいしていた。 基本中の基本だけど発着ターミナルはきちんと確認しないといけないですね。

ベルリン、素晴らしい芸術と重い歴史に触れられる街でした。再訪を楽しみにしたいと思います。 その時はBERオープンしているんだろうか…

ベルリン中央駅から出発。 ミュンヘン行きのICEでライプツィヒへ。 乗り場は地下のホームだったけれど、最初地下のホームだと気づかず構内をうろうろしてしまった… 2等席、指定なしで乗車。座席指定しているひとはほとんどいない? 乗って10分後くらいに検札あり。 車内はWifi使用可。(使えない路線もあるとか?今回のベルリン?ライプツィヒは往復共に利用できた。)

ライプツィヒまではのんびりした郊外の風景。

菜の花畑も。

ライプツィヒ中央駅に到着。所要1時間15分程度。ヨーロッパらしい頭端式ホームとアーチ状の屋根。

乗ってきたICE。快適でした。

ライプツィヒ中央駅。着くまで知らなかったが、ヨーロッパ最大の床面積を誇る堂々たる駅舎だった。 うっかり地下鉄など乗ってしまいそうになるがここはベルリンではない…結局公共交通機関は使わず、すべて徒歩で観光した。 ライプツィヒのイメージはトーマス教会やマルクト広場の風景で、中世から抜け出てきたような街かと勝手に思っていたが、駅前は現代的な街というか、都市だった。 まずはマルクト広場方面へ。途中インフォメーションセンターがあるので地図のついたパンフレットをもらう。

まずはマルクト広場へ。人があまりいない…

広場を抜けて右手に トーマス教会が。バッハが音楽監督を務めていた教会。

南側から。バッハの像がある。

立派なバッハ像。写真撮影スポットなので観光客が多く訪れていた。

中ではオルガン演奏中。教会で聴くと音が天から降ってくるよう。

今回演奏していたのはこちらのオルガン。観光協会HPによれば 「2000年の全面的な修復の際に新設されたバロック様式のバッハ・オルガン(祭壇に向かって左上)にはバッハの生きた18世紀ドイツ中部地方におけるパイプオルガンの音色が再現されて」いるとのこと。 この日19時からLondon Concertanteによるヴィヴァルディ四季の演奏会があり、行こうか迷ったが帰りも早いICEに乗りたかったので断念。(21時台のICEだと所要時間2時間くらいになるため) コンサートの音響も気になるところ。

バッハオルガンの正面のステンドグラスにはバッハが。

祭壇

背面にはロマン派オルガン。こちらの音は聴けなかった。

教会を出た後デパートKarstadtで休憩&トイレ(0.5?)

Deutsche Bankの立派な建物。経営危機から一息つけたのだろうか…

中に入るとまず2階の住宅から見学するよう勧められる。日本語のオーディオガイドがあるが、読み取り精度がいまいちでうまくつかえなかった。 暮らしていたころのままの階段がぎしぎしと気分を盛り上げてくれる。

メンデルスゾーンは水彩画が得意だったようで、旅先で描いた風景画が展示されている。

音楽サロン。今も毎週日曜に音楽会が開かれているとのこと。

1階ではメンデルスゾーンの音楽を聴いたりメンデルスゾーンハウスの設立経緯などをタブレットで見ることができる。 ヘッドホンはB&W(英)だった。

オーケストラ曲の演奏はもちろんゲヴァントハウスオーケストラ。 オーケストラの指揮を体験できる部屋もある。

マズア。長きに亘りゲヴァントハウスの楽長を務めた彼はベルリンの壁崩壊につながった月曜デモでの流血を止めた人物でもあり、ライプツィヒにとって(というより世界的に?)特別な人物。(15年に彼が亡くなるまで指揮者としての彼しか知らなかった…)

メンデルスゾーンハウスを出てゲヴァントハウス方面へ。左がパノラマタワー、真ん中がゲヴァントハウス(正面の写真を撮り忘れてしまった)

メンデルスゾーンハウスを目指す。Goldschmidtstraßeを入ってすぐ。

ゲヴァントハウスでのコンサートはなかったが、せっかくなのでロビーに入る。入ると巨大な壁画に圧倒される(ジークハルト・ギレの「命の歌声」)

壁には歴代の楽長の写真が並んでいる。シャイー、ブロムシュテット、マズア、ノイマン… ネルソンスの写真も近く掲げられるのだろう。

フルトヴェングラーやワルター、アーベントロート、コンヴィチュニー…

ニキシュ、ライネッケ、奥にはメンデルスゾーン。 西洋音楽演奏史上のオールスターとも言えるメンバーで、壮観。

ゲヴァントハウスを出るとアウグストゥス広場を挟んでオペラハウスが見える。 どちらもいつか体験してみたい。

ゲヴァントハウスの隣には個性的なフォルムのライプツィヒ大学。ここで学んだ学生はゲーテ、ニーチェ、ソシュール、ランケ、レッシング…と泣く子も黙るラインナップ。。

今度はニコライ教会へ。月曜デモにつながった「平和の祈り」の舞台。

非常に壮麗。ここでもオルガンを聴いてみたかった。毎週土曜にオルガンコンサートがある旨告知されていた。

ぐるりと歩いてマルクト広場に戻ってきた。日差しが強くなってきたのでテラス席でビールを。

飲み物?ばかりだけれどドイツに来てからまだ食べていなかったシュパーゲルをポタージュで。

中は自筆譜や肖像画の展示、バッハの時代の楽器や彼が座っていたオルガンの椅子など小さいながらも充実した内容。 メンデルスゾーンハウスと同じく彼の音楽をゆっくり聴くことができるコーナーもある。こちらはSENNHEISERだった。

中庭から撮ったミュージアム。

トーマス教会に戻り、バッハミュージアムへ(ずいぶん効率の悪い回り方だ…)

このあとはしばらく街歩き。

夕飯はビールとまたしてもシュパーゲル。 オランデーズソースのベーシックなものを頼んだが、とてつもない量… 隣の夫婦はシュニッツェルもつけていて、さらにすごいことになっていた。 さすがドイツ人、ぺろりと平らげてしまうのか、と思っていたらその方たちもギブアップしていた笑

20時ころのICEでベルリンに戻る。駅にあるゲヴァントハウスオーケストラのサイン。 相変わらず行き当たりばったりだがいい時間を過ごすことができた。

ザクセンハウゼン収容所の最寄り駅オラニエンブルク駅まではS1でフリードリヒシュトラーセから45分くらい。途中電車遅れがあり、1時間くらいかかった。

オラニエンブルク駅に到着。収容所に向かう人も多い。

駅からはバスで向かうことができるが1時間に一本くらいしかないため、タイミングが合わないと歩くことになる。 歩く場合は線路沿いに北上し、Bernauer通りで右折しガードをくぐって

このスーパーが見える大きな交差点で左折。 ここでペットボトルの水を購入したが、0.11?だった、安い…

収容所に近づくと死の行進の碑があり、そこを右折すると到着する。 今回は周りにも歩いている人が多く、ガイドに連れられている人もいたのでバスの時間が合わなければそういった人たちにくっついていっても到着できそう。 収容所の周りは平和そのものの住宅街。

収容所の入口。奥にあるインフォメーションセンターでパンフレットを購入できる。入場は無料だけれど敷地は広いし説明書きも読めるので有用だった。

収容所の入り口まではさらに歩く。

途中収容所の歴史に関する展示が壁沿いにある。

収容所の入口に到着。

収容所の門に入る前、右手の建物は博物館で、ザクセンハウゼン収容所の前身オラニエンブルク収容所やナチスとの関わりが紹介されているほか、カフェもある。

いよいよ収容所の門をくぐる。入口には「働けば自由になる」。Wikipediaによれば「ナチス政権が強制収容所のスローガンとして用いたことで幅広く知られる語となった(ナチスの造語ではない)」とのこと。 強制収容所に掲げられたことで特別な言葉になってしまった。 かつてバラックが立ち並んでいた構内はだだっ広い広場のようになっている。

周囲は鉄条網が張り巡らされている。

独房のバラック。

拷問具。

ファシズムへの勝利を記念した碑。 奥には銃殺処刑所、ガス室などもある。

当時の施設が残っているほか、展示がかなり充実している。 一つ一つの内容が重いこともあり、しっかり見ようと思ったらかなりの覚悟が必要。 収容所の歴史は歴史上際立った悲劇の一つだけれど我々と違う世界の出来事ではない。NHKの新・映像の世紀のヒトラーの回で、戦後収容所に来たドイツ人が「知らなかった」と言うと、収容されていた人が「いや、あなたたちは知っていた」と叫んだというエピソードが紹介されていた。 我々は世界で起きている悲劇を知らなかったということはもはやできないし、声を上げる勇気を持たなければいけない…

収容所からのバス時刻表。結局帰りもいい時間にはならなかったので駅まで歩いて帰る。

駅に到着。夜はオペラの予定だったのでベルリンに戻って観光しようかと思っていたけれど、心身ともに疲れたのでホテルに帰ってぐっすり昼寝。。

ゆっくり休んだ後、Staatsoper Berlin公演へ。 この日はパブロ・エラス=カサド指揮でフィガロの結婚。 本拠地の工事はやっとこの冬にオープンするようで、仮住まいのシラー劇場で。

中に入るとまず狭さにびっくり。1階は良く分からなかったが全部で1000席くらいしかないのでは? ピットの手前に通路があり、ここでも演技を行う演出。 しかし席から舞台が近く、ある意味贅沢な体験だった。 音響は恐ろしくデッドで、日比谷公会堂のよう…ただカサドの軽やかで推進力のある演奏と相性が悪くないようで、十分に楽しめた。 公式チャンネルで同じ演出の映像が少し見られる。 https://www.youtube.com/watch?v=5gVxnX4NnAc 歌手のレベルも高く、ダルカンジェロの演技達者っぷりには感服。ピットに降りて自分でレチタティーヴォのチェンバロまで弾いていた笑 おきゃんなプロハスカも素晴らしい。

指揮台の後ろに置かれた椅子も活躍。

ベルリン市内からポツダムへ。ポツダムはCゾーンなのでABCゾーンのチケットかどうかチェックが必要。Cゾーンのチケットがあればポツダム市内でもバスやトラムが利用可能。 ベルリン中央駅HaptbahnhofからだとRE1もしくはS7で30?40分程度。 写真は中央駅の一駅隣、Bahnhof Berlin Friedrichstraßeのホーム。タイミングの合ったS7に乗車。

終点のポツダム駅に到着。 ここで失敗?に気付く。今回特に地図もガイドブックも持っていかなかったため、とにかく重宝したのがiphoneのgooglemapのオフライン機能(今回の旅行でようやくこの機能を知った汗)。 予め地図をダウンロードしておくと通信なしで地図が見られ、現在位置もなぜかわかってしまうという便利機能だけど、ポツダムの地図をダウンロードしていなかった。準備は大切ですね。 なのでポツダムでは案内板やサンスーシ宮殿でもらったパンフレットなどをみながら観光。 まずはバスに乗ってサンスーシ宮殿へ。同じ乗り場から複数の行先にバスが出ているので電光掲示板をチェック。

バスで15分くらいで宮殿そばに到着。風車が出迎えてくれる。 インフォメーションセンターでチケットと館内の撮影許可証を購入。 入場時間は空いている時間から指定して印字してもらう。幸いすぐに入れたのでまず宮殿の方へ歩いていく。

宮殿には裏側から入場する。フリードリヒ2世の別荘として建てられたそうで、ヨーロッパの宮殿としてはあまり大きくない方かも。住むならこれくらいの広さが良い笑 日本語のオーディオガイドがあるのでありがたく使わせていただいた。

中はフリードリヒ2世のこだわりが詰まった部屋が続いている。順路は一本道で、時計回りに見学して入口に戻ってくる。

壁のレリーフは自然をかたどったものが多く、外に広がる庭園と部屋の中がつながるイメージになっているとのこと。

フリードリヒ2世が音楽を楽しんだ部屋。フルートとピアノ。

独特な色の壁紙

宮殿を出て、段々のブドウ畑を降りていく。

サンスーシ公園は広く、様々な建物が点在している。 ここは中国茶館。

中国茶館を経由して新宮殿方面に向かう。道中は森の中を通っていくのでとても気持ちがいい。 サンスーシ宮殿から新宮殿までは一本道を通っても行けるけれどやや味気ないので横道に入りながら散歩を楽しむ。

新宮殿に到着。直線距離で1kmくらいはありそうなので、それなりに歩きます。 こちらも入場は時間指定のため、新宮殿の近くのインフォメーションセンターで再度時間指定してもらい、入場。 こちらは日本語のオーディオガイドはないので英語で。

外は抜けるような青空だったけれど、中は広い空間で電球も(おそらく)ついていないのでやや暗く、ひんやりしている。

色使いも旧宮殿よりシック。

大広間。サンスーシでは最も広い空間かな?装飾もうるさくなく上品。

宮殿見学後、新宮殿裏のバス停から一度ポツダム駅に戻って、駅の立ち食いピザ屋?で昼食。この大きさで2€ちょっと! この後どうしようかと考えて、ポツダム会談が開かれたツェツィーリエンホーフ宮殿に行ってみようと考えたんだけれど、ここで失敗その?、チケットを買ったときにもらったパンフレットによるとツェツィーリエンホーフ宮殿は月曜休みだった… しかし気を取り直し、外観だけでも見てみようとバスに乗車。駅のそばの表示板を見て宮殿に行きそうなバスに乗ったつもりだったけれど、なんとなく違う方向にどんどん進んでいくような…

で、終点まで乗っていたら知らないところについた笑(失敗その?) 終点までいけばそれなりにターミナルっぽいところにつくかなあと思っていたら、住宅街で、また来るバスを待つしかなさそう。。

せっかくなので周囲をうろつくと、park babelsbergの入口に。

湖を眺めながら散歩しました。

元のバス停からポツダムまで戻らず、babelsberg駅に行けたのでそこからSバーンに乗ってベルリン市内に戻る。

Bahnhof Zoologischer GartenがS7沿いにあるため、次に目指すのはカイザーヴィルヘルム記念教会。 駅を降りて高架下の出口に出ると、なんとなーく雰囲気が良くない気が…気のせいかもしれないけれど。

カイザーヴィルヘルム記念教会の外観。隣には旧教会堂がある。

中に入ると青の光に包まれた空間。圧倒されます。 静かな祈りの空間だけど、次の日にはここでコンサートが開催されていたみたい。

続いてUバーンに乗り、虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑へ。ポツダム広場駅からそばだったので初日に行っておけばよかったかも。 ベルリンの一等地を埋め尽くす棺のような石碑。

中心に近づくと深くなっていき、周囲はまったく見えなくなる。

ブランデンブルク門に来るとコンサートや出店がいっぱいで、ようやくメーデーらしい雰囲気に出会った。 この日は元気次第でプッチーニのつばめかドンジョバンニを見ようかと思っていたが、さんざん歩いて疲れたのでホテルに帰ってゆっくりすることに。 無計画さのおかげでだいぶ回り路したがきままに行動する贅沢を味わった一日だった。 

ホテルでちょこっと休憩してから、ウンダーデンリンデンを歩いてアレキサンダー広場を目指します

このお方は、多分フリードリッヒ大王だったと・・

街中でよく見かけた観光バス

フンボルト大学 肥沼信次さんもここで学ばれてたんですね

ドイツ歴史博物館

シュプレー川まできました この辺りは工事中で結構迂回させられました

テレビ塔もよく見えます

ベルリン大聖堂 中にも入ってみたかったんですが、長蛇の列であっさり諦めてしまいました

旧博物 博物館島の博物館も行って見たい気持ちはあるのですが、私の優先順位はあまり高くなく、時間があれば、ペルガモン博物館だけでもと思っていたのですが、とうとう足を運べませんでした

DDR博物館 歩いて来た道より低いところにあって、すぐには見つけられませんでした ここは、ウエルカムカードで割引になります 結構並んでいますが、ここは見たかったところなので、入ります

入るとすぐにトラバントの展示が 可愛いけどですね 車内にも入って、運転気分を楽しめるようになってますが、同じ人がずーっと乗っていて、座ってみることはできませんでした

文房具 これは、そんなに古さを感じさせないですね

レジキャッシャー

ドリンクやカップ この博物館は面白い展示の仕方です 写真のは、オープンなところに展示されていますが、棚に扉がついていてその扉を開けて見るようになっているところが多いです

玩具 これは超レトロで、もう孫がいる私でさえ遠い昔に見たことあるような・・ 一つ一つ見ると、今でもありそうですが、こうやって並んでいるとなかなの雰囲気を醸し出しています ベルリンの壁崩壊が、1989年ですから、もう30年近く経つんですね

子ども部屋

取調室 これは当時の東ドイツの体制を考えると、怖いです

独房

DDR博物館,面白かったです ただあまり広くない上にたくさんの人でごった返していて、思うように見れなかったのが、ちょっと残念かな

あっ、テレビで見たことある! テレビでみたのは、グリルウォーカーだったけど、この方はグリルランナーなんだ!

でまた歩いていると、アンペルマンのお店 迷わず入って、孫たちへのTシャツをお買い上げ ここでちょっと驚き 商品を入れる手提げ袋はなんと有料 ここ最近、日本に近いサービスのところでしか、買物してなかった マリメッコなんか品数と同じ数、袋くれたし・・ まあ、これが普通だったんだと・・

マリエン教会とテレビ塔

果物屋さん

アレクサンダー広場にやってきました

たくさんの人で賑わっています

世界時計を見つけました!

東京ちゃんとありますね

テレビ塔と世界時計 東ドイツ時代に造られたものだけど、今でもベルリンのシンボルの一つとして輝いてますよね

アレクサンダー広場を堪能した後は、すぐそばのガレリア・カウフホーフへ 娘からのラインで、お友達が女の子を出産したちょっとしたお祝いに(娘も2人目出産際、お母様からもお祝いを頂いたので)シュタイフが良いんじゃあないときたので、探しに行って見ます そして、ありました シュタイフのコーナーが 種類も多くて悩みましたが、キーリングタイプの可愛い子に決定しました

アレキサンダープラッツからSバーンに乗って一旦ホテルに戻りにます

荷物を置いて一服してからフリードリッヒシュトラーセ駅に向かうと キンダー・トランスポートの銅像が こちら側は東へ絶滅収容所へ向かううなだれた銅像 反対側は、西へ向かい助かった明るい表情 ここフリードリッヒシュとラーセ駅から多くのユダヤ人が強制収容所に送られたらしい

フリードリッヒシュトラーセ駅から一駅のハッケシャーマルクトに 駅を出ると蚤の市が開かれていました 土曜日だけ開かれるらしいです

ハッケシェヘーフェに行くために来たのですが、調べずに来たので、「無印だ?!」とか気を取られていて写真を撮っている後ろにあるのにも気づかず、全然違うところを随分歩きました おかげで、ユダヤ人墓の地前の追悼碑も見ることが出来ました(追悼碑で多くの人が説明を受けていたため撮影できず) さすがにこんなに駅から離れていないだろうと、やっと地図を見て戻ります

やっとのことで、ハッケシェヘーフェにたどり着きました なるほど、素敵な空間です

建物も素敵! 素敵な中庭でお茶にしたいが、残念ながらどこも満席

ベルリンで最も有名なホーフ ショップやカフェ・レストランさらに映画館や劇場まであるらしい 8つの中庭からなるらしいが、かなり歩きまわったせいか、お店を覘く気にならずこの雰囲気だけ楽しむことに

ここから外に出られるようです すべて回ることはしませんでしたが、外に出ることにしましょう

今度はちゃんと地図で確認しながら、今日の晩御飯のお店トゥホルスキーへ 5時を少し回ったところで早いけど、入り口で「予約ないけど、いいですか?」と尋ねたら「予約なくてもいいけど、6時からだよ」って 「えっ?ガイドブックでには5時からって書いてるよ?」って言ってしましましたが、仕方ありません、準備の真最中のようでしたから またもや、ガイドブックに翻弄されてしまいました

トゥホルスキー近くの交差点で地図を撮りだし、確認したらフリードリッヒシュトラーセ駅までそんなに遠くなさそう 1時間も時間つぶせないので、フリードリッヒシュトラーセ駅の北にもレストランがたくさんあるということは、知っていたので戻ることに

駅が見えてきました、北から見るのは初めてです 歩きながら、レストランを物色しましたが、ここだと思う店もなく、Sバーンの駅もあったし、明日行こうと思ってたリンデンブロイに行こうと・・

フリードリッヒシュトラーセ駅でPotsdamと表示を見て「これだ」と思って入ってきた電車に飛び込みました どこを走るのか把握してないので、路線図を見てみましたが、環状線のようなSバーンの中の路線は、わかりずらい、環状線みたいなのを走ってから行くのかな?と思っていたが、なかなkつかない ある駅に止まって扉が閉まった瞬間に気づいた これはポツダム広場に行くのじゃあなくて、ポツダムに向かってるんだと・・ 今までは、短い距離で止まっていったのに、次の駅まで長?く走った そして降りたのが、ここ 周りは田舎って感じ 反対車線の電車に乗れば戻れるはずだけど、いや確認しようとと年配女性に尋ねました しかしてんぱっていて、ハウプトかバーンかこんがらがってしまって、「わからないわ」と言われたけど、すぐに女性に呼ばれて、時刻表の前で、「ここに来る電車でベルリン中央駅に行けるわ」と教えてくれました こんなお馬鹿な私に、ありがとう 

フリードリッヒシュトラーセ駅に戻ってきました 疲れたのでホテルの前のレストランでいただくことにします 昨日のカフェのお隣です

やっぱりビール! えっ?グラスはパウラナー  えっ?ここでミュンヘンのビール? よくわかんないけど、美味しい?

カリーブルストです 美味しくいただきました

そしてビールをおかわり おかわりはスモールサイズで ホテルに近いと気分も緩んじゃう カリーブルスト  9.40 ビール0.5?   4.80    0.3?   2.95ユーロ  合計17.15ユーロでした

レストランを出ると、今日もストリートミュージシャンが

今日はBECK’Sで ブレーメンのビールです ガイドブックは鵜呑みにしない そして何より自分の適当な判断は間違っているということを肝に銘じた一日でした 明日は、早いので、早く寝よう

朝、7番線で電車を待つが、相変わらず電光掲示板に案内が無く、乗車する人もおらず不安であった。 あらためてチケットを見ると11番線であり勘違いだった。 ただ、帰国後ドイツではハッカーにより、交通系のコンピューター障害があった模様で、それは大丈夫だったか聞かれ、毎日電光掲示板に案内が無い理由がそれだと分かった。

11番線正規のRB15383に乗る。 毎度乗客は少なく、1両に数名しかおらず、1つ目で降りた人が多く、ハイデルベルグまでとうとう車両には一人だけになっていた。

違う車両からは、自転車組みの方が多く思われた。

ハイデルベルクHbf駅

駅前には大きな「3本足の馬」のディスプレイがあった。 しばし、バス停を探し地球の歩き方に書いてあった33番バスに乗る。 これに乗ると目的地は終点なので安心だ。

MAPを見ながら、進む道をチェックしていると、バスが中間のビスマルク広場で、停車し、全員が降ろされた。 しかしそこの街並みは、テーマパークの様に整備されていて美しかった。

次に来たバスを見ると31番バスで、地球の歩き方には行く方面とは違うバスであったが、行先はスチューデントプラザと読めたため、目的地に近いと思い、乗って見た。 案の定、終点はそこであり、見学しようと思っていた観光スポットの学生牢の建物の所であった。 このハイデルベルグ大学は、ドイツ最古の大学という。 昨日のリューデスハイムでも訪問時間が9時前と早く、観光施設が開いてない場合が多く、残念だった。

近くのマルクト広場に来る。 そこにある聖霊教会。 今の建物は1544年。プファルツ選帝侯の墓所。

ペーター教会

広場の噴水

聖霊教会の向かいには市庁舎。

観光スポットは旧市街のマルクト広場周辺に集まっている。 近くのネッカー川に掛かるカール テオドール橋に来た。

向こう岸に見える家々も、ドイツらしく思えてきた。

カールテオドール橋の橋門は、2つの塔がそびえていた。

橋から、中腹に見えるハイデルベルク城が見えた。

その橋門のふもとに、不思議な像があった。 観光客は、そのサルみたいな顔の中に、自分の頭を入れて撮影していた。 後で調べると、金貨を持つ猿というので、金貨に触ると金運アップという。

そして、ハイデルベルク城に向かうケーブルカー乗り場に向かう。 その途中マルクト広場の先来ると、マドンナの像越しにハイデルベルク城が見えた。 ここはコルンマルクトというそうだ。

その反対側が堀で、それを挟んで、城の外壁が見える。 結構痛んでいるので、古そうだ。

13?16世紀にかけてプファルツ選帝侯の居城として建てられた古城。 イギリス館

そして城門塔から入る。

正面はフリードリヒ館。 城というよりは、貴族の館だ。

これが世界最大のワイン樽。 樽の上にも登って見学ができる。

アルタンから、旧市街を見下ろす。 先に訪れたカール テオドール橋がみえる。

11:30からの城内ツアーに申し込むと、普段入れない部屋も見ることができるとあったが、時間を合わせるのは、うまくいかなかった。 「選帝侯のバルコニー」と呼ばれるアルタン(現在の見学者テラス)に向かう。 このアルタンには鐘楼があった。

ワイン樽の前には、宮廷道化師のペルケオの像。 ペルケオはワインを唯一の飲み物として子供の頃からこれを飲み続けており、1日15本のワインを飲んでいたという。 彼が年老いて病気になり医師の勧めてで、ワインの代わりに水を飲んだところ、翌日亡くなったという。今もこの大樽を見守っている。

騎士の足跡 さらにアルタンには、石にめり込んだ不思議な足跡がある。 火事の際、騎士が飛び降りたとこか、選帝侯フリードリヒ4世が泥酔して宮殿であるフリードリヒ館から飛び降りテラスに残したものであるとか、いくつかの説がある。

オットハインリヒ館は、ドイツ楽事博物館になっている。

18世紀初頭の修道院付属薬局など、古い薬局の内部を再現している。

城の見学を終え、街までの下り坂を下りる。 降りた場所はケーブルカー乗り場で、そこに33番のバス停があり、時間は余っていたが、それで駅に戻った。

ハイデルベルク駅に戻り、戻りの電車まで2時間あるので、レストランを探したが、売店ばかりであった。 フランクフルトのような、不思議なもの。

いろんなチーズを売っていて、いい匂いがした。

結局、ベンチでビール2本と好きな軽食でランチとした。 13:47発?14:40着のIC 2270で、フランクフルトに戻った。

今朝ホテルをチェックアウトした際、荷物を夕方まで預かってほしいとドイツ語で書いたメモで、預かって貰ったので、傘や雨具は荷物の中なので、濡れて進んだ。 川原の並木道。

毎日夕立があった。 雨に濡れながら駅からマイン川へ行く。 日本でフランクフルトの週間天気予報は5日連続雨であったが、実際は短い夕立以外はいい天気であった。

歩道だけの橋・ホルバイシュテークを渡る。 目指したシュテーデル美術館。 ここでは念のため、フェルメールの「地理学者」の絵を出して、展示があるかを確認すると、ノーと言われ、入るのを諦めた。貸し出し中だ。残念。

フランクフルトは最も、空港へのアクセスが良い。 Uバーンとシャトルバスを使い空港へ行った。 19:20発のJAL408で、翌13:40着成田。 実際は早く13時に到着したが、エコノミーの徹夜便はつらかった。 でもほぼ予定通りのドイツ旅ができたことに感謝。 今回はここまで。

車両には自転車がそのまま設置できる。

聖霊教会の周囲はお土産屋で、オープン準備中だっだ。

ケーブルカー料金は、城の入場とセットで購入した。 1つ目で降り、進んでいくと市内を見渡せる高台があり、絶景だ。

ローテンブルクのシュラネン広場に到着。やや遅れて13時着。 すぐに街を囲う壁が見えたので、そちらに歩いて行ったが、それは出口で、既に市壁の内側に入っていたのであった。 クリンゲン門。

街の中心に向かう。 右手の高い塔は聖ヤコブ教会。

ブルク門を外に出ると、12世紀の遺構が残るブルク公園に出る。

旧市街の西端、ブルク門に来た。

聖ヤコブ教会の正面。 13世紀の建立。

ブルク公園からは、下を流れるタウバウ川が見えた。 遠くに市内の街も見える。

ブルク門を戻ってくると、おとぎの国の様な風景。

テディランドがあった。

街の中心、マルクト広場に来た。 この建物群は、中世の街並みだ。

市庁舎塔。 真ん中から階段を登ってみると、先の50m塔の出口になっていたようだ。

マルクト広場の南面佇まい。木組みの家ばかりだ。

南北に走る坂道の南を見ると、これもまた素敵な構図だ。

市議宴会館 マルクト広場の北面の白い建物。 毎正時に仕掛け時計が動くそうだ。

南に進むと、この地の観光番組で見た名物のお菓子、シュネーバルを売っていたので、1つ買った。

直径10cmほどあり、食べがいがあった。 また、後でミネラルウォーターを売っていたことを思い出し、買いに来ると1本2.2ユーロだった。さらに喉が渇き、他の店で買うと1.5ユーロだった。

中世犯罪博物館。 お茶目な旦那が首輪と腕輪に通していた。

鉄の処女。 3月に御茶ノ水の明治大学博物館にこのレプリカがあり、見学していて、本物がここにあることを知っていた。

色々な拷問具や、道具があった。

絵や写真もあったり、段々気持ち悪くなった。

鳥かご?

気分を変えて、きれいな装飾を見る。 その店舗の商売が解る装飾だ。

プレーンラインの撮影ポイント。 コポルツェラー門とVの交差点。

コポルツェラー門のアーチから、シュピタール門を望む。

シュピタール門脇から、城壁に登る。 中2階の細い通路を歩くことができる。 世界大戦で破壊され、修復の寄付をした人の名のパネルが続く。

レーダー門手前の木組の旧鍛冶屋。

レーダー門。

レーダー門からマルクト広場に向かう。 マルクスの塔があった。 塔と門の高さが逆だろう。

ここはレストランが多く、15時を過ぎているので、ランチを頂く。

文字ばかりのメニューを見てもわからず、ガイドに写真付きで紹介されていたドイツ料理シュバイネンブラーテンとフランケンワインを頼んだ。 すると写真とまた同じ料理が出てきた。

遠くの屋根に大きな鳥の巣があり、ダミーと思っていたら、番井で2羽飛んできて1羽だけ、残った。

マルクト広場の市庁舎塔に来て、220段を登ろうか、迷っていたら毎日来る夕立?が来たので諦めた。

すると16時の鐘の音と、時計の両窓が開いて、有名なマイスタートルンクの逸話のティリー将軍(左)とジョッキワインをイッキ飲みしたヌッシュ市長(右)が現れた!

北東にあるガルゲン門を見に来た。

帰路はヨーロッパバス利用で、またレジデンス等に寄るのかと思うと、何故かそうではなく、アウトレットモールのWertheim Villageにしかも1時間の休憩。 これが観光目当てなら、怒るだろう。

丘陵地帯を走ると、さかさま?ハウスがあった。 車もさかさまで、立派な目立とうだ。 丘陵地帯を抜けると(たぶん)アウトバーンを疾走した。

フランクフルト中央駅の真ん前に戻って来た。 今日も計画通りに行けたことに感謝。

道の向こうに高い塔が見えた。 旧市庁舎の高い塔が見えた。 塔の頂上は60mで、鐘楼があり、220段の階段で登れるらしい。

Frankfurt(Main)Hbf、06:54発、直行ICE523に乗る。 Wurzburg Hbf8:02着の1時間8分の旅。席は自由席だったが、指定席として偶然そこを買った4人組が来て、席を譲ることになった。 その青年4人組には、瓶ビールを1ケースごと持ち込み、カンパイをして飲み合っていたが、日本の様に飲んで騒ぐわけではなく、静かに少しづつ飲んでいた。 ヴュルツブルク駅に到着。

駅前広場。 人も少なくのんびりしている。

市電に乗るか迷っているうちに、街並みが美しく楽しそうだったので、歩いて正解だった。 駅前から伸びるカイザー通りを進む。

この建物も素敵だ。 後で調べるとホテルみたいだ(Hotel Wurzburger Hof)

道沿いに歴史ある佇まいの建物と看板があり、入ってみた。 きれいな庭や、宮殿のような雰囲気だった。 後で調べるとフランケンワインの最大の醸造所「ユリウスシュピタール(Juliusspital)」だった。

マリエンカペル(聖母マリア礼拝堂) 白とレンガ色の配色が鮮やかに見える。

こういう広場があると毎日が楽しそう。

マリエンカペルの側面に廻ると、そこの広場はマルクト広場だ。 マリエンカペルの奥行きは105mあるそうだ。

まだ朝早い9時頃で、観光客はおらず、野菜の朝市の準備中。

アスパラがめっさ多かった。

橋の上から見る丘の上のマリエンベルク要塞。

この要塞は1253年から1719年までの、歴代の大司教の居城だ。

マイン川に掛かるアルテ・マイン橋に行く。 美しい丘陵が広がる。

橋の上は、聖者砂岩像12体が両側にあった。

橋の上から反対側を見ると。聖キリアン大聖堂が見えた。 大聖堂のロマネスクの塔と、ファサード。

大聖堂に向かう。 童話のような噴水設備

大聖堂の隣はノイミュンスター教会。 11世紀に建てられたロマネスク様式の建物。 アイルランドの貴族の家庭で生まれ育ち、その後、聖職者となり、ヴュルツブルクでキリスト教の布教を行った宣教師キリアンが、殺され、埋葬されたお墓の上に建てられた大聖堂がもととなっていて、この大聖堂が後にノイミュンスター教会となりました。

同じくリーメンシュナイダーにより1350年頃に作られた、何かを抱き上げるように腕を交差させたキリストの珍しい構図をもった作品「キリスト十字架受難像」

次は大聖堂の中に入る。 ドイツで4番目に大きな大聖堂で、この町の守護聖人キリアンに捧げられた教会。

ヴュルツブルクの彫刻家リーメンシュナイダーにより1493年に作られた、砂岩による彫刻「聖母と幼子キリスト像」

世界遺産のレジデンスに来た。 一見ベルサイユ宮殿のようだ。 特に人出入りが無く、案内も無い為、入り口が分からなかった。入場料金7.5ユーロ。

庭園はきれいに管理され、花畑が美しい。

ここは、「ヴュルツブルク司教館、その庭園群と広場」として世界遺産になっている。

隣接するホープ教会、庭園に行く。 こちらは無料で入れる。

レジデンツ広場前に戻ったが、ヨーロッパバスの停留所が分からず、道行く人数人に聞いても、ヨーロッパバスの存在を知らなかった。 ガイドに書いてあったバス停の場所も違っていた。 市内の循環観光バスみたいな車の案内所にいた人に聞いて、バス停がわかって安心できた。 案内板も赤に白字で小さくヨーロッパバスとあった。

そこに来たバスを見ると、なるほど、ヨーロッパバスとはどこにも書いておらず、認識されない理由が分かった。 ロマンチック街道とあるだけで、自分が予約したバスか、分からず、ドライバーに聞いて、そうだとわかった。 バスはここでしばし休憩となり観光タイムになる。降りた観光客は無料の庭を見ていた。但し、レジデンスが混んでいなければ、中まで入れる時間はぎりぎりある感じだ。 昨日のライン下りフェリーや、ザンクト・ゴアの駅で同じだった日本人の家族も乗っていた。

車窓の風景。

広場の向かいには、ヴァイカースハイム城があった。

ある街の広場で停車。30分停車と言う。 後で調べるとヴァイカースハイムだった。

観光できるか行って見るが、ここがどこかも不明であったが、昨日の日本人家族の娘さんが、ドイツ語堪能で、交渉してくれると、入場料は6ユーロだが、短時間で見て頂くには1ユーロでも構わないが、今までヨーロッパバスで、そんなに長く停車するのは聞いたことが無いので、確認してくれるとのことで、バスに居た日本人7?8名で、それぞれ1ユーロを払って見学ができた。 バスに聞きに行ってくれた人は、確かに12:15まで休憩と確認してくてていた。

中庭 ここはホーエンローエ地方で最も美しい宮殿と庭園だそうだ。

たぶんここは、館内の一番の見どころで、「リッターザール(騎士の間)」。 狩りの様子が描かれた天井画や騎士の彫刻など豪華絢爛な装飾が施されていた。特に獲物の首から頭の剥製が多く飾られていた。 写真撮影禁止であったが、後から来た観光客が写真をバシバシ撮っても、特に案内者は注意しなかったため、我々も遠慮しつつ、1枚撮ってしまった。

庭園はヴェルサイユ宮殿の庭園をモデルにしたものであり、確かにそう見えた。

ここの観光は、事前にバスが観光停止するのは分かっていたのに、それを調べていなかった。 偶然きれいな城を見ることができてうれしかった。

ホーエンローエ家の居館であり、ホーエンローエ家の城の中で最も優れたものである。

バスにも自転車旅行の人が乗ってきた。 自転車はどうやって積むのか疑問であったが、後ろにその仕組みが施されていた。

絵葉書にもなっていたこの奇妙な像の意味を知りたかったが、わからず。

マリエンカペルの中に入ってみる。 中央のステンドグラス。

やー、この底抜けに広大で、天に近いような雄大な景色。

身廊の柱には歴代司教の墓石(墓碑)が並んでいた。 中でも特に先の彫刻家リーメンシュナイダーが赤大理石で彫り上げた司教領主シェーレンベルクとビブラの墓碑は素晴らしいもので必見とガイドにあった。 「ルドルフ・フォン・シェーレンベルク司教の墓碑」

歩いてすぐのレジデンツに向かう。

撮影禁止なので、入場カタログの画像。 世界一フレスコ天井画の階段の間と皇帝の間。 柱の無い広大な吹き抜けに、当時としては常識外れの設計で、「設計ミス」「絶対に崩れる」などと酷評されたという。 皇帝の間は、ベネチアングラスのシャンデリアが豪奢で、現代ではモーツァルト演奏会が毎年行われている。

圧倒的な大きさと書いてあったが、現在の高層ビル程ではない。 写真には入りきらなかった。 写真左側から入場すると、地下にある宝物館に入れる。6ユーロ。 歴代法王の立派な衣服や、地下の土台の跡などが見学できた。

昨年、パリのノートルダム寺院で知ったガーゴイルかな?

これはシメール?キマイラ像? 区別がつかない。

ここから内部へ入れる。(無料) 天高い正面。

バイエルン王ルードウィヒ1世が奉納した「バイエルンの窓」

このむき出しの土台も建設当時のものだろう。

右45度の向きに来ると、2つの塔がそびえていた。 高さ157m。 ドイツ最大の大聖堂で、ゴシック様式の建築物としては世界最大。

さらに右45度に廻ろうとすると、大回りになった。

駅前広場の正反対に出た。 遠くからようやく全体がカメラに収まった。

ローマ・ゲルマン博物館

さらに右45度に廻る。

やや遠くに市庁舎の屋根かな。

ヴィルヘルム1世の像 1871年に、ドイツ帝国を誕生させた皇帝。

ライン川にかかるホーエンツォレルン橋。

ここでも愛の南京錠がびっしり。

大聖堂の根元まで近寄ると、色々な墓石が並んでいた。

駅前広場に戻ってきた。 大聖堂側から広場を見下ろす。

塔の上へは500段に以上の階段を登り、登れるらしい。(有料) パリのノートルダムでも、それの行列待ちがすごかったが、ここでは時間が遅く終わっていたのか、行列は見なかった。

カフェでにぎわう広場を通っていく。

最も人通りの多いホーエ通り。

世界大戦中に破壊されたよ様な写真が展示されていた。

コメーディエン通り

コメーディエン通りの上で絵画を売っている。

ケルン駅で、18:26発のICEを4番ホームで待っていたが、常に数分の時間遅れで来ると思いこみ、うっかり乗り過ごしてしまったらしい。 慌てて次の電車に乗ろうとホームの電光掲示板を見るが、(今朝もそうだったが)表示に電車案内は無かった。→帰国後理由が分かった。 時刻表を見ると1時間後に電車がありそれに乗った。事前にネットで購入したチケットは乗り換えが聞かないとは書いてあったが、検札に見せると問題は無かったた。 無事フランクルトについて、構内をうろつき、夕食を買って21時にホテルに戻った。

ここからも地下の部屋へ降りることができ、先ほど有料で見学した宝物館の部屋が遠くに見えた。

相変わらず自転車で乗り込む人建ちが必ずいる。 車両にも自転車マークがあった。

ケルンへ向かう車窓の風景。

ケルン駅の売店。 フランクフルトが食べたくなる。

ゴブレンツ駅で、40分の待ち合わせなので、一旦外に出て散歩する。 改札の無いドイツは、出入りが自由で便利だ。 駅舎の向こうの丘には、城郭のような建物が見えた。(なんか格好いい)

何気ないのんびりした交差点の風景。

駐車場にあったひっそりとしたオブジェ。

飛び出す寸前のスパイダーマン。

駅の目の前が大聖堂。

翌朝、ホテルの部屋からフランクフルト中央駅を見降ろす。 目の前が駅なので、毎日の活動が楽。

VIAS GmbH 会社のこの電車で出発する。 事前にチケットは購入できなかったので、ドイツ語で行き先を書いたメモを出して、受付で購入した。 Frankfurt(Main)Hbf??07:53 → 09:04  Rüdesheim(Rhein) 1時間11分の旅。 

ブレムザー城がすぐに見えた。 中はワイン博物館だ。 築城1000年の城。

リューデスハイム駅から、ライン川沿いを歩く。

ワイン酒場が連なる有名なつぐみ横丁。 入口の路上に、つぐみの絵があった。

坂を登って行くと、ゴンドラリフトの駅に着く。 オープンする9:30を調べてあり、一番で乗ってみる。 約10分ほどで頂上へ。

ニーダーヴァルトの丘から、ライン川を望む。

頂上は、ニーダーヴァルトの丘。 1871年のドイツ統一を記念して、1883年に建てられたゲルマニアの女神像があった。

下りのライン川と葡萄畑が美しい。

カトリック教会前のマルクト広場。

急斜面にそびえるのは廃墟となったエーレンフェルス城。

すぐに次の乗船地のビンゲンに着く。 そして中世に税関ととして、川の中州に建てられたねずみの塔。 高さ25m。

ラインシュタイン城

11:15発のKDライン社のライン下りのフェリーに乗る。

ライヒェシュタイン城

フェルステンベルク城。

シュターレック城。 ドイツで最も美しいユースホステル。

乗船地バッハラッハ。 絵になる街の風景。

プファルツ城。 ライン川の通行税徴収のため、1327年に建造された。

シェーンブルク城。

オーバーヴェーゼルの街に来た。 街の風景が美しい。 1331年建造のリープフラウエン教会。

オーバーヴェーゼルの雄牛塔。

名前だけ有名なローレライの岩。 よく見ると、壁にLORELEYと書いてあった。

ねこ城。 現在の所有者は日本人だという。

下船するザンクト・ゴアールに12:55到着。

フェリーはさらに川を登って行く。

ザンクト・ゴアールのメインストリートのヘーア通りからラインフェルス城が見える。

電車の乗り換えの1時間待ちを利用して、ランチを頂く。

残念ながら、ドイツ語メニューでわかったのは、パスタの文字だけだった。 何パスタか聞かれ、逆に聞き返すと、トマトだけが理解できたので、それをオーダーした。 南ドイツで有名な白ワインをオーダーすると、聞き間違えかも知れないが、レア?ミディアム?と聞いてくるので、わからなかったがレアと答えた。ステーキでもないのに、不思議だった。

ザンクト・ゴアールの無人駅。 チケットは事前にネットでは購入できず、心配したが自販機があった。 車内の検札で、購入したチケットは、何故か反対方面乗換のマインツまで買ってしまっていた。ゴブレンツの購入間違いで、次のゴブレンツからケルン行きのチケットを見せて、説得し事無きを得た。

駅へ行く道。 駅まで数分の近さだ。

昔は栄えたであろう、駅のレストラン? 今は閉店状態。 日本もドイツも若者の人口が減り、旅人も減ったのだろうか。

駅が解るか不安であったが、すぐわかった。

以外に道は狭く、朝早くて誰もいない。

ドイツの公衆トイレは、駅内でも有料(0.5ユーロ)だ。 ニューデリーでは必ず、管理人がいたが、ドイツでは無人で自動化されている。

ドイツの文化・風俗・注意点

 ドイツ人は一般的に節約と合理性を尊び、秩序を重んじ、組織力に優れているという資質をもっています。また、自己主張がはっきりし、妥協しにくい面もあります。話をする際には意思をはっきり伝え、言うべきことをきちんと言い、相手が納得するまで筋道を立てて説明するよう心がけることが必要です。

 ドイツで生活する上で最も大切なことは静かで清潔な生活を心がけることです。

 各州の祝祭日や騒音防止等に関する法令でそれぞれ規制されていますが、ベルリンでは例えば週日は午前6時から午前7時までの間、午後8時から午後10時までの間は休息時間(Ruhezeit)と考えられているほか、午後10時以降翌朝の6時までの間(Nachtruhe)はやむを得ない場合を除いては騒音を出すことが禁じられています。この時間帯に子どもを遊ばせるなどの場合には、周辺に迷惑がかからないように静かにする注意が必要です。そのほか家屋の賃貸契約書類等をよく読んで無用のトラブルを起こさないよう十分注意しましょう。

 中央ヨーロッパから極東ロシアにかけ、ダニを介したウイルス性脳炎が発生しており、ドイツではバイエルン州、バーデンヴュルテンブルグ州、ヘッセン州、テューリンゲン州等で感染するおそれがあります。ドイツでは年間150〜300人ほどの感染例があり、ダニに噛まれると発熱、頭痛、意識障害などがおこり、ひどい場合には、死亡することもあります。この病気は、回復しても麻痺などの後遺症が残ることがあるといわれています。吸血性ダニは樹木の低い部分や藪、草むらに生息し、ダニ脳炎の流行期は通常3月から10月(特に6、7月、及び9、10月)です。山歩き、ハイキングなど野外活動の可能性のある方はダニ脳炎の予防接種を受けることをお勧めします。また、万一ダニに噛まれた場合には医師の診察を受けるなどの注意が必要です。

 水道水はそのまま飲用とすることもできますが、硬度を下げるために、フィルター(簡易浄水器)を利用しているドイツ人家庭も多いようです。