スポンサードリンク

アジャンってどんなところ?

アジャンの地図

アジャンの写真・旅行記

世界遺産 アジャンターの石窟寺院です。 写真はたくさん撮ったのですがブレているものばかりなので、あまりアップ数が多くないです。 移動はタクシー。アウランガバードから往復Rs1240でした。片道2時間半でした。 ガソリン(軽油)代があがっているので変動します。目安程度に考えてください。

環境保護のため、車は中には入れません。 駐車場からバス停まで少し歩きます。 この看板を目印にバス停までテクテクと5分。。。

バス停です。

ここでお金を払います。 歩いていける距離ではないので、ケチらずバスに乗りましょう。

バスに乗って山道を数分。到着です。おくの建物で、入場料を払います。

この建物に、料金所があります。 もちろん外国人価格です。Rs250なり。

結構な山道です。階段を200mくらい上るでしょうか。

この奥に見えるのが入り口です。切符のもぎり人がいます。 この入り口の向こう側に、ガイドがいますので、必要であれば頼みましょう。Rs600でした。 ここは、ガイドブックに載っていないことも多いので、ガイドさん雇うのお勧めです。 もぎりのおじさんに言うと紹介してくれます。 日本語が達者なガイドさんもいます。

このような壁画が見られます。

このような壁画が見られます。

注意書き~ 壁画を守るため、フラッシュは厳禁です。

涅槃像の反対側

疲れた方、足の不自由な方は、かごに乗っていくこともできます。 結構半端じゃない金額を要求されるので価格は最初に交渉のこと。

涅槃像

第19窟

第19窟

第19窟

第19窟

第19窟

第19窟

第19窟

第24窟 未完成窟

第5窟 未完成窟

石窟内の床に時折あるへこみ。 塗料を混ぜたパレットだということ。

第10窟 この右手奥の柱に発見者のジョンスミスさんの落書き。

この柱にあるそうです。ちょっと写真では判別しにくいですが...。 John Smith, 28th Cavalry, 28th April 1819 とあるとのこと。

第10窟

第24窟

第26窟

蓮華手菩薩は、日本の法隆寺金堂内陣の装飾のオリジナルとして知られているんだって!!

旅日記 『病み上がり』 何千年もの間、デカン高原を焼き尽くしてきた太陽が、異常に重く頭上にのしかかる。 先程、久々に市場に食糧を買いに出かけた時は、ついに道端でへばってしまった。 よほど、ひどい顔色だったのだろうか? 乞食の子供までが心配してビスケットをくれた。 俺は、4日前エローラから帰ってきてすぐ、高熱を出してホテルでダウンしてしまった。 溜まりにたまった旅の疲れと、久々の内陸部の猛暑にやられたのかもしれない。 ベッドに倒れこんだ途端、熱は、見る見るうちに38度を越えて、脳みそのレッド・ゾーンを目指して駆け上がっていった。 インドで体調が万全な事など、奇跡に近い事なので、病院に行く前に様子を見ることにしたのだが、熱で身動きが取れなくなるまでそうそう時間はかからなかった。 マラリア?日射病?赤痢?いろんな病名が頭に浮かぶ。 できる事は、水と手持ちの抗生物質の薬を飲む事だけだった。 熱が37度にまで落ちるのに、今日までかかった。 ラッキーな事に生きている。 ただし、顔色は、このままガンガーに流されてもおかしくない気がする。

8世紀に入ってから1000年もの間歴史上から消えていた「アジャンター」は、馬蹄形にカーブを描く川の崖にひっそりとうずくまっていた。 確かに、ここだと言われなければ、現在でも忘れて通り過ぎそうな気がする。

仏教僧達の修行の場として使用されていたとの事。 南北を結ぶ交易路の近くで食料や物資調達に便利でなおかつ静かな所としてこの場所が選ばれたらしい。 ・・・と、言うと、早く言えば人里離れた修道院みたいなものだろうか?

エローラは室内にレリーフが多かったが、アジャンターは多くの壁面にレリーフが彫られていた。

玄関の作りはこちらの方が手が込んでいるような・・・

室内の柱には、今も古代インド壁画が浮かび上がっていた。

オリジナルに近いほど色彩が残っている箇所も。

当時どうやってこれだけの色を作れたのだろう?

美しい! この壁画の仏陀?は立体的な陰影まで表現されていた。

室内の造りも、非常に手の込んだ空間配置と壁面レリーフが施されている。

(2)『アジャンターのエコバス』 時速80kmで、アウランガーバードを北へ2時間走った。車内にはインドのポップスが流れ、いくつもの小さい街を通り越し、11:00にアジャンターの入口に到着した。 遺跡までさらに4kmほどあり、シャトルバスでに10分ほど乗り、ようやくアジャンターに到着した。

(3)『遺跡入口』 アジャンターはエローラよりもコンパクトにまとまっていた。紀元前1世紀と紀元後5世紀の2つの時期に開窟された仏教のみの石窟寺院であった。

(4)『第1窟』 第1窟の「蓮華手菩薩」はアジャンター壁画の最高傑作であった。法隆寺金堂の菩薩像の遠いルーツとしても有名であった。 石窟内は遺跡保護のためストロボ撮影が禁止されていた。懐中電灯を買っていったが、ほとんど効果はなかった。

(6)『第10窟』 第10窟には、1819年に発見したイギリス人騎兵隊のジョン・スミスの落書きがあった。 右の13番目の柱を探していると、「ジョン・スミスのサインはこっちだよ。」と案内の人が教えてくれた。柱に鉛筆のようなもので地味に書かれており、人に聞かないとなかなか発見できなかった。 ジョン・スミスはマドラス駐在の騎兵隊士官で、虎狩りをしていた時に、巨大な虎に襲われてワーグラー渓谷に逃げ込んだ。その際、断崖に細かな装飾が施された馬蹄形のアジャンター遺跡を発見した。7世紀の戦乱により放棄されたアジャンター遺跡は、1000年以上もの間ジャングルに飲み込まれていた。

(7)『第17窟』 第17窟には、ブッダから教団を奪おうとするテーヴァダッタが放った狂象も、ブッダの前ではおとなしくなってしまった。という壁画がきれいな状態で残されていた。

(10)『第26窟』 第26窟にはインド最大の涅槃像が横たわっていた。繊細な彫刻が刻まれた柱が並び、第25・26・27複合窟として完成していれば、アジャンター最大の寺院となるはずであった。 しかし、7世紀のヴァーカータカ帝国の崩壊にともなう戦乱のため、開窟途中のまま放棄されてしまった。

(8)『第19窟』 第19窟は5世紀にヴァーカータカ帝国の手厚い保護により、豪華なベランダや複雑な装飾に加え、内部の列柱の装飾も美しく作られていた。

(9)『第24窟』 第24窟は未完成窟であるが、何十人もの職人がどのように岩を掘り出していったかがわかる石窟であった。

(11)『ワーグラー渓谷』 3時間で第26窟まで見終わり、展望台に登ることにした。息を切らして階段を登ると、見晴らし小屋にインド人が3人昼寝をしていた。

(13)『渓谷プチツアー』 途中から別のインド人1人が一緒についてきた。アジャンターの近くの村からよく散歩に来るとのことだった。 30分ほどワーグラー渓谷の上を一周し、U字の谷を色んな角度から眺めた。第1窟の裏口まで戻った頃、インド人の1人が「アジャンターできれいな石が発掘されるが、石を1個買ってくれ。」と突然言い出した。 怪しいと思っていたが、「そんなことは頼んだ覚えはない。」とお断りし、案内をしてくれたことに対してお礼を告げて、帰りのバスに乗ることにした。

(16)『マンゴージュース屋』 土曜日だからか、家庭のためだかわからないが、学生が店を手伝っているのをよく見かけた。道中でマンゴージュース屋があったので、1杯いだだくことにした。マンゴーの缶詰と砕いた氷をミキサーで混ぜたジュースで、31Rs(=62円)であった。よく冷えていてとてもおいしかったのだが、水道水を使っているため、例にもれず後でお腹の調子は悪くなった。

(15)『アウランガーバード散策』 1/31 インド最終日はアウランガーバードの街をぶらぶらすることにした。部屋を片付け、10:30に旧市街のバザールへと続くアウランガーバード大通りへと出掛けた。 珍しい日本からの客のためか、街の見知らぬ学生から「Hello」と手を振られたり、他の学生から「私はアウランガーバード大学で建築を勉強しています。握手してください。」と言われ、「がんばってね。」と自分でも訳の分らぬ返答をしつつ堅い握手を交わした。

(17)『マサーラー・ドーサー』 12:30に現地の食堂で昼食をとることにした。本に載っていた「マサーラー・ドーサーはあるか?」というと、「OK」とのことであった。 豆と米の粉を練り鉄板で薄く焼いたもので、味はジャガイモ+ケチャップの素朴な味であった。サイズが30cmほどあり、結構なボリュームであった。 レジで40Rs(=80円)払うと、14Rs(=28円)と英語の発音を聞き間違えたらしく26Rs(=52円)おつりが戻ってきた。「さすがインドの大衆食堂。」と妙に感心してしまった。

(18)『チェックアウト』 13:00に一旦ホテルに戻った。ホテルのチェックアウトは24時間制で、その日は18:30までにチェックアウトをすればOKであった。熱いシャワーが午前中の6時から10時まで出るとのことであったが、ボイラーの余熱で昼過ぎでも熱いシャワーが出たところがインドらしかった。 部屋で時間を持て余していると、「風呂場の掃除です。」とドアをノックする音がした。「掃除ならどうぞ。」と部屋に入れ、しばらくすると、「掃除をしたから金をくれ。」と50過ぎのおっさんが金の無心をしてきた。「別に数十円の話だが、仕事で掃除をしているから金を渡す理由はない。」と思い、丁重にお断りをした。最後までインド人のたかりの性格には馴染めなかった。

(20)『帰国』 ムンバイ同時テロの2ヵ月後にインドを旅行したが、テロの影響はほとんど感じなかった。 数百円で生活のほとんどが足りてしまう一方で、大の大人がサイクルリクシャーを30分漕いで40円だったりと、アジアならではのお金のカルチャーショックを感じさせられる旅であった。

(14)『おみやげ屋にて』 バスを降りると、また別のインド人が待ち構えていた。その人は午前中に「アジャンターで採れるきれいな石をあげるよ。だから帰りにうちのおみやげ屋に寄っていって。」と言っていたインド人で、4時間も自分の戻りを待っていた。「全く暇な人だ。」と思いつつ、とりあえず48番のおみやげ屋まで行くことにした。 店には手作りの石細工がずらりと並んでいた。2000Rs(=4000円)や3000Rs(=6000円)と、明らかにインドの物価水準とかけ離れていた。 どうやって断ろうかと悩んで、アジャンターと遠く離れたタージ・マハルはないだろうと思い、「タージ・マハルの石細工はあるか?」と尋ねた。店員は隣の店に走り、「5000Rs(=10000円)だ。」との答えであった。 「明日、日本に帰るからそんなにルピーの持ち合わせがない。」と言い、ようやく店を出ることができた。

(1)『アジャンタ・ツアー』 1/30 8:30ホテルのフロントでツアーバス(=300Rs)を待っていた。30分ほどして、ツアーの担当者が来て、「ツアーが1人だったため中止になった。」と伝えにきた。 「キャンセルになったが、代わりに自家用車で1000Rs(=2000円)でアジャンターまではどうだ?」と代わりの提案があった。通常のタクシーのツアーは1200Rs(=2400円)が相場で、代わりはボロいバスしかないので、そのまま車で出発することにした。

(5)『第2窟』 保存状態がよく、天井装飾・壁画が1500年前の状態を保っていた。

(12)『見晴らし小屋より』 小屋でひと休みしていると、1人のインド人が起き、「奥の渓谷の方が景色がいいから案内するよ。」と言った。16:00の出発まで2時間ほどあったので、一緒に歩くことにした。渓谷としてのアジャンターもなかなかのもので、アジャンターの別の一面を見ることができた。

(19)『空港へ』 14:30にチェックアウトし、空港から来た時と同じタクシー運転手のカーンに送ってもらうことにした。 左側の3歳くらいの女の子が不思議そうに自分を眺めているのが印象的であった。 インドでは富裕層の家庭の子供は制服を着て熱心に勉強している一方で、親のいない貧困層の子供は道で物乞いをしたりと、経済格差が加速度的に広がっていると実感した。

大昔、社会で習ったデカン高原。 綿花栽培が有名ですが、そのほかにもコーンやブドウや色々な野菜果物が作られています。

途中の村にあったヒンドゥーの神様

トラクターを大量に運ぶトラック

アジャンタへはふもとの入場口でいったん車を降りて、園内の乗り合いバスに乗り換えて石窟を目指します。 ホテルの車を降りた瞬間からしつこい物売りやらインチキガイドやらに囲まれました。 北インドのそれに比べたらまだまだ可愛い方ですが、アウランガバード旅行では一番タチが悪かった。

バスの中。 外国人よりもインド人の観光客が多い。

ついに到着です。 好きなだけ見て来ていいよと運転手に言われたので、時間を気にせずじっくり見ます。

繊細なレリーフがきれいに残っていて感動的。 はるか大昔に厚い信仰心でこの石窟院を築いたかと思うと感慨深い。

手堀です。 紀元前1世紀頃に作られたものもあるようです。 日本だと縄文弥生時代ですかね?

繊細で緻密としか言いようが無い。

時々、石窟の上に大きな蜂の巣があるので、気をつけましょう。

中にはこんな作りかけの石窟もあります。 なかなか興味深い。

未完成の石窟があるからこそ、完成した石窟が本当に人の手で作られたんだなぁと改めて実感。

カンボジアのアンコール遺跡群、インドネシアのボロブドゥール寺院も見に行ったし、どちらも素晴らしかったのだが、二つの遺跡群と異なり、アジャンタは山を手で掘った所に感慨を覚える。

遺跡の大きさを人々と比べてください。 ちなみに青いポロシャツを着て、階段を下りている私が写っています。 この後、左前のインド人家族に写真撮ってくれ攻撃を連発されました。

29個ある石窟をほとんど全て見て回りました。 一部の小さなザコ石窟は倉庫になっていたのがインドらしい。 所要約3時間、充実感と名残惜しさで複雑な気持ち。

遺跡を後にした我々、途中のドライブインで昼食をとる。 ホテルのランチボックスはこんな感じ。 ベジタリアンバーガー(コロッケバーガー)、フライドチキン、リンゴ、オレンジジュース、プリングルス。 結構なボリュームでおなかいっぱい。 ちなみにジュースはマンゴーを頼んだのにオレンジになっていた。よくある話だが。

ビューイングポイントにも車で連れて行ってもらいました。 石窟に予期せず再会できたのが嬉しい。 しかし、石窟から歩いて登らなくて本当に良かった。

遺跡の帰り、スペンサーという大型スーパーマーケットに連れて行ってもらいました。 そこで買ってきたのが、左のお土産。 リクシャーのオモチャはかなり気に入りました。 なんと68ルピー。安い。運転手もいます。

マハーラシュトラ州の条例で、この日はドライデイ(禁酒日)でした。 メーデーだから? 部屋のミニバーからもお酒が撤去され、バーは閉店。 酒飲みで無い私はへっちゃらでしたが、ダンナは禁断症状が出そうでした。

本日のデザートはインドのお菓子盛り合わせ。 甘すぎて、甘すぎて残してしまった。

池とCave26周辺。 たらこもついてきました。

エローラは5世紀ほどの石窟。 アジャンターも合わせてとてもとても立派で 保存状態もすばらしいものです。 これはあるCave26の門番の様子。

最大のCave16。 これを最初に見てしまうと後がしょぼいので 一番最後に見ました。

象も姿がきちんと残ってますよ。

Caveの上の歩道は何度も言いますが 必ず行くべきです。 ものすごい景色が待っています。 登るのはちょっと大変です。

そう、これがその石窟の上の歩道からの撮影。 自然も人間の可能性も無限でしょ?

石窟の中から撮影。

帰りにはアウランガーバートにある ビービー・カ・マクバラ―にも立ち寄り。 タージにいったことがあると たいそう貧相にみえるけど インド人旅行客がたくさん来てました。 今回、エローラ他周辺の遺跡を含めて 昼の12時前後にアウランガーバートを出発しました。 しっかり夕方日の入りまでには帰ってこられました。 年末年始でお客さんが多い中でも それくらいで帰ってこられます。 ただ、見学はダイジェストです。 考古学者でもない限り、あんまりCaveの中の違いは わからないものです。 ハイライトと、その他有名なところを立ち寄るだけで 十分だと思います。 全部見てるとお腹いっぱいで、ハイライトの時には もういいです。ってなってしまうともったいないです。 結構歩くし、何せ暑いので、その辺の兼ね合いも考えて 運転手に相談して行ってみるのがいいと思います。

スリランカのコロンボより チェンナイ経由でムンバイまで行きます。 アウランガーバートダイレクト便はないので 少し面倒ですが、この方法を取ることに。 スリランカ楽しかったよぉー!

信頼が崩れ始めたフライキングフィッシャー。 親会社がビール会社だけあって ビールは散々振る舞ってました。 こんな短時間でそんな飲めるかっちゅうねん。

機内食。 機内食だけはどんな短いフライトでもしっかり出る。 何時の便であろうがランチ直後の時間帯であろうが いやがらせのように出る。 どんな気づかいやねん。

まずチェンナイに。 インド入国です。

そしてすぐに接続したムンバイ行きに乗り換え。 ベルト着用サインが消えるを合図に ハイでました。機内食。

夜遅くにムンバイに着いたのと、 翌朝6時の飛行機を予約したので ムンバイ市内にはいかないことに決定。 空港のセキュリティを入ったところで 椅子を並べて連れと眠りました。 ブランケットを体に巻き付け リュックを施錠して、とにかく出来るだけ寝ること。 それのみ。 そしてめでたく無事朝になり Jet Airwaysにてアウランガーバートへ。 定刻通り。後々この航空会社のサービスの良さに 感心することとなる。

フライトからの写真。 デカン高原なのです。

眠たい背中です。

時間は無駄にはできません。 この日は何が何でも エローラ遺跡に行かなければいけない。 とりあえず朝食をかきこんで 体を起こす。

ホテルは1泊1000のところを 2泊するから800にしろと言ってごねて 900で決着。 隣にまあまあおいしいレストランもあり 駅前で人通りもあり、 クーラー・温水がある優秀すぎるホテル。 後々、タクシーチャーター・洗濯等に際しても 大変フットワークが軽く とても融通が利くホテルであったことも発覚。 単に異業種の人がフロントでたむろしている という噂もあるけど・・・。 大変助かりましたよ。

エローラに出発。 ついさっきチェックインをしたホテルにて 1日エローラまで行って800でとってもらった。 他のその辺のタクシーにも聞いたけど ホテルと提携してるのが一番良心的な価格だった。 電話一本で来てくれる(というか運転手が その辺でお茶飲んでた)し、 こちらとしても、ホテルの案内なので安心が出来た。 ただ大事なことは、この価格に 燃料費と駐車場代が含まれてるかどうか 明確にすること。 乗った後に請求されたので、 そんなのおかしいじゃないか!といったら 私たちの運転手はすぐに引き下がった。 でも、熱心に行ける限りの観光地に行ってくれて、 エローラの見どころも、 まずはCave16(ハイライト)を避けて 遠くの閑散な場所から見せてくれたり 大変良心的な方だったので お待たせするたびにジュースを買ったり 燃料費ほどではないけど少し気を使った。

そう、ここはデカン高原の真中なのです。

エローラだけ行くのかと思ってたら 周りにある遺跡にも案内してくれました。

日本が遺跡までの街道の舗装などを 協力しています。 日本人としてとても誇りを感じました。 途上国への協力として 観光地の発展てとてもすばらしいことです。 自分は間接的にでも何か協力してきてたのかな?と 振り返ると何もしていないような。 今後、こういう側面からも インドと触れていきたいです。 意外な発見でした。

フォートだそうです。

とうとうエローラ遺跡に到着。 時間にして色々寄り道しても 1時間半ほどでした。 途中デカン高原の中を走ります。 爽快な風景です。 エロラー遺跡はメインがCave16 これは一番最大にして最高作品。 他がしょぼく見えるので最後に見るべきです。 私たちのドライバーは大変優秀で 人気の少なく一番遠いところから見せてくれました。 Cave32 からです。

ブルトーザーやパソコンやらプログラミングやら 何もない時代、5世紀の作品。 全部手彫りです。 木彫り熊だって彫れない私は ただただ脱帽です。 すばらしい。 人類の宝物ですね。

遺跡の中に外の光が入ってきます。

たらこもびっくりしたようです。

Cave26前後のもの。

そしてこれがハイライトのCave16 大きさも他の比じゃないのがわかるはずです。

ところどころ補正もしてあります。 やはり場所がら保存も難しいようです。

これが全景。 素晴らしいの一言。 ちょうどたらこがいる場所が 歩道というか、人が歩けるスペースがあります。 絶対ここを歩くべきです。 デカン高原の雄大さも見えるし、 このCave16の全体も見られるのです。

これがその歩道からの景色。 下から見るより石窟全体の大きさや 細かさが見えるのです。

これは正面

明日はアジャンターへ行きます。 夕べ空港で一夜をしたのと、 今日強行スケジュールでエローラにいったので とてつもなく疲れました。 たらこも若干元気がないです。

アウランガーバートにあるモスク。 ここから流れるアザーンが素敵でした。 (早朝は参ったけど)

旧バザールを見学。 その後パキスタンへ行くため ムスリムグッズを購入しました。

駅前です。 結構冷え込むので着こんで出かけました。 今日は12月31日。 街も若干年末年始ムード

ホテルの前です。 ここでは宣伝禁止のようですので あえて風景として。

カウントダウンは爆竹でした。 大部分の人が西洋暦に関係ないのか 普通に店も開いてるし こうやって朝ごはんも問題なく食べられました。

昨日とちょっと違う今日のタクシー。 今日は朝9時出発でアジャンターへ行きます。 正月から遺跡を見るなんて 本気で贅沢です。 1日1200(燃料等込)でお願いしました。 メモ帳にサインまでして、 あとから何も言われないように きちんとしておきました。

運転手の好みで茶店に寄り途ばっかりします。 何か買え等といわれるわけでもないので、 それもまた楽しかったので文句言いませんでした。

ローカルの方々にお茶に誘われました。 人懐こい人たち。 デリーにいるインド人と同じインド人とは 到底思えないのです。

そう、ここはデカン高原。 綿花畑の真中に一本ひかれた街道を まっすぐアジャンターに進む感じです。

畑だったり綿花だったりです。

デカン高原です

アジャンター遺跡入口に到着。 ここでエコバスに乗り換えします。 これにのって遺跡の本当の入り口に行くのです。 ただこのバス、満員にならないと発車しません。 たまたま乗ってすぐに発車したので無駄な時間を 使わずに済みました。

インド人観光客が多い中 日本人は目立つのかおみやげ物屋に止められます。 しかも奴らは帰りまで覚えています。 買う気がないなら無視。 インド人にあいまいな態度をするとつけあがるだけです。 はっきり態度と言葉で示したほうが良いです。 これがチケット。 250ルピーです。安くはないですが 今後の遺跡保護の援助金にもなっています。

だんだん遺跡が見えてきました。 たらこも動揺です。

Cave1です。 一番最初のCaveであり、一番最高傑作。

昨日のエローラは石の彫り物、 今日のアジャンターは石窟の中の壁に 未だにきれいに残った絵が描かれています。 日本の法隆寺にも通じる絵だとか。 保存状態が良くはっきりと見られます。 ただ写真はフラッシュが禁止。 よって、Caveの中の写真は ここでははっきりお伝えしづらいと思います。

Caveの前にある道をずっと歩いて行くのです。 昨日買ったイスラムグッズを 早速陽よけに活用。 ムスリムに失礼かと思ったのですが みんな私が日除けに使ってることは承知らしく、 日差しが強いからほんとに気をつけて・・などと 言われました。 すごい日差しが強いです。

たらこにもそろそろ日よけグッズを作ろうか。

それぞれCaveの入り口はこういう風になっています。 未完成のまま放置されたものも多いのですが どうやって掘り進められているかがわかります。 このエリア一帯に断層が走っているらしく そのせいで採掘を中断した物が多いそうです。 歩き方で予習済みだったのと、 現地で安い英語版ガイドを買いましたが 大変勉強になりました。

先人はすごいな。

人間の創造力は無限だ。

ここが最初にアジャンターが発見されたCave10. 当時虎狩りをしにきていた イギリス兵が発見しました。 彼のいたずら書きが右の13番目の柱に 今でもはっきり彫ってあります。 見つけた日、名前、彼の所属していた軍隊が 書いてありました。 チェンナイ駐屯地所属の人だったらしいですが 虎狩りにここまで来るってどんな趣味だ。

これがその柱。 写真だと見えないと思いますが。 床から2メートル半くらいのところにあります。

これが最後のメインCave26. 最高の匠の技です。 ほかのCaveに比べてとても丁寧に彫ってあります。 涅槃仏もいます。

遺跡側から展望台を見た様子。 これからこの展望台に向かいます。 日本の世界遺産のテレビなどは この展望台から全景をとったものを よく放映しています。 アジャンターはワ―ぐら―川に面していて デカン高原の雄大さのなかに ひっそりたたずんでいます。 そのコンビネーションを見るには この展望台にちょっと無理していくことをお勧めします。

遺跡の先に行くと7段の滝があるようです。 ガイドブックなどには紹介されていません。 ちょっと危険な気もしますので 私たちは近寄りませんでした。 遠目に見たものです。

展望台に到着。 アジャンター全体が見えるところは まだ先のもう一段高い展望台。

そしてこれがもう一段高い展望台。 どうでしょう。 この抉られたように見えるところは ワグナー川です。

きて本当によかったと思いました。 また、こういう美しさを 美しいと共有できる人といられるというのも 幸せなことです。

デカン高原の夕日を見ながら帰りの途。 ダイナミックだ。 帰りは行きより少し時間がかかった。

ホテルに帰り、夕飯に。 明日から行くパンジャブに向けて パンジャブ料理はどんなものか食べてみることに。 普段のカレーとあんまり変わらず。 この日はたくさんあるいた挙句、 かなり登りがあり足も疲れた。 さっさと寝てしまいました。

パンジャブに向けて出発。 アウランガーバートも今日でお別れです。

続きの旅行記「インドパンジャブ編」につながります。 お楽しみに

今日は、アジャンタ石窟に向かいます。 昨日の昼食にげんなりしたので、 ホテルでしっかり朝食をとります。

昼食を取る予定の観光客向け飲食店がお休みのため、 代わりに、ここで食事をとることにしました。

石窟の手前4キロのところが駐車場。 バスの人も、小型車の人も全員ここで下ろされて、 エアコンなしのシャトルバスでピストン輸送されます。

かなりの乗車率です。

アジャンタ石窟にやってきました。

ようやく到着です。石窟郡がびっしり。

何とも言えない、神秘的な景色です。

一番大きな石窟です。 はじめに発見した人は、谷の向こう側から、 この石窟を発見したそうです。

これらの石窟は、近年中に閉鎖されます。

もう見れないのか?そうではありません。

現在建設中の新石窟(レプリカ)が公開されると、 本物は閉鎖するとのことです。

こんな素晴らしい石窟を見られるのは、今だけです。

みなさま、おはやめにアジャンタ石窟へお越しください。

なんというか、ここでカレーを食べる気にはならなかったので、 ピラフにしてみましたが…おいしくない。

気を取り直して、夕食です。 やっぱり、ホテルで食べるインド料理はウマイ! 明日は、ムンバイを散策します。

駐車場の隣接地で工事をしていたので、 なにかとおもったら、新石窟が建設中らしい。 冗談かと思ったら本気らしく、一部の石窟は観光客への公開をやめて、 新たに建設した新石窟を見せて代替にするらしい。

入り口から見た、アジャンター石窟群の全景

アジャンター石窟を歩くと思っただけで疲れた世界旅行者みどりのくつした先生。

アジャンター石窟群を奥から見る。

エローラの後ビービーカマクラバー廟に行きました。 なんだか皆さん上機嫌ですね。

ここは、タージマハルの劣化コピーだそうです。 確かに美的にはもひとつですがなにかの テーマパーク公園のようで リラックスして楽しめました。ww

廟内部。 たくさんの観光客でにぎわってます。 葬られた人も寂しくないでしょうね。 てかやかましすぎかも。ww

後でタージマハルなどと比べるとよくわかるのですが。 デザインは似ているものの緊張感がないという偽者の よくあるパターンとなっていました。 だがそうはいっても広い庭とシンメトリー構造は面白かったです。 できたら噴水水流施設がちゃんとしてたらなお良かった。

翌日アジャンターに向かいます。

アジャンター石窟渓谷に到着。 すでに強烈な暑さですが空気は乾燥しています。 よって日陰は涼しい。

もっとも有名な第一窟。 法隆寺の壁画の元絵といわれる 蓮華手菩薩図があります。 修復工事中の図。

蓮華手菩薩図。 真ん中の仏像両脇の壁にありました。

金剛手菩薩図。

これは又別の窟入り口天井の壁画。 約1500年ほど前なのに色鮮やかですね。

壁画、日本の調査チームが来ていてライトを当ててたので速いシャッターが切れてラッキーでした。ww

石窟の本尊。 大体どの石窟も中央一番奥に仏像が彫られています。

白いわにの元ネタか。w 白い象の壁画。 仏教説話の一場面です。

壁画窟から彫刻窟に向かいます。

振り返ってみる。ww

彫刻系の石窟。入り口。

中はこんな感じです。

照明とかもしてあります。

終点。 がけ崩れでここより先にはいけませんでした。

放棄された石窟。

いろんな人たちでにぎわっています。 学生もいっぱい。

インド猿?ww

プサブァル駅に向かいます。 露天家具屋さん?w

プサブァル駅。 売り子と乗客と列車ですごいことに なっていました。ww

なんとも古めかしいデザインのディーゼル機関車。

駅に改札はなく適当に帰れます。

車両はぼろっぽいですが広軌なので 意外と乗り心地は良かったです。

翌日ヌールウッサバパレスホテル着。 今回でもっとも高級だったかも。w 真夜中についたのでこれは翌朝のもの。

お部屋。 でも場末。ww

翌朝の食事。

食事後ビンベトカ岩山に向かう。 事故ってますな。w

世界遺産ビンベトカ丘陵。 先史時代の岩絵が見れました。 その見学コース入り口。

まあ、このような岩絵がそこかしこに残っているわけです。 それだけっちゃあそれだけなんですが。ww

いったんホテルに帰って次はサンチー大ストゥーパの 見学です。

紀元前三世紀ごろのものだそうです。 アショカ王が建立。

半球の築山の周りを策で囲い 四方に鳥居状の門が取り付けてあります。

飾りが最もよく残っていた門の部分。

お寺ですので大勢の坊さんが住んでいたそうです。 これは講堂の跡地。

帰りがけに見た鉄道。 広軌なので広いです。