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オータンってどんなところ?

オータンは歴史有る都市で、ローマ帝国の初代皇帝、アウグストゥスの時代に作られた。当時の名称はアウグストドゥヌム(Augustodunum, アウグストゥスの砦、の意)であり、現在の市名はこれが転訛したものである。

オータンのブログ旅行記

フランス - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

オータンからボーヌへの移動時、 ボーヌ郊外のモンシェラ村の『ホテル・モンシェラ』 で昼食。 食前のムース(事前のメニューにはなかったのですが) ゲランドのフルール・ ド・セル(塩の花)を使ったサーモンのカルパッチョ ...

オータンの写真・旅行記

【旅行全体について】  2010年8月27日(金)から2週間の個人旅行に行ってきました。旅行の前半はフランスはブルゴーニュ地方の、中世の町並みの残る小さな町や、ロマネスク美術などを訪ねる旅行をしました。小さい町を数多く訪ねたため、ほぼ毎日移動の旅行になっていました。  このサイトでは、1日ずつ、もしくは訪問地1箇所ずつ、独立させて旅行記を作ろうと思います。  旅行全体のプランなどについては、別サイトに掲載してありますので、よろしければ参考にしてください。  http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/40381/ 後半については、また別途タイトルを付けて、この前半のブルゴーニュの旅の続きに掲載する予定です。 【これまでの訪問地】 (パリ)→フォントネー修道院 → スミュール・アン・オーソワ → ヴェズレー → アヴァロン 【オータン】Autun  オータンに来た目的は、やはり中世の彫刻を見ることでした。聖ラザール大聖堂の入口上部(タンパン)の≪最後の審判≫のレリーフが有名だからです。また、オータンは古い街で、古代ローマの遺跡もあちこちに残っているということを知ったので、観光案内所でもらった地図を頼りに遺跡めぐりもしてみました。  オータンは、大聖堂があることからわかるように、これまで訪問したところに較べるとちょっと規模が大きめの街でした。といっても、翌日行ったディジョンほどは大きくはありません。それでも15世紀のブルゴーニュ公国の時代には、ヤン・ファン・エイクの絵で有名な宰相ニコラ・ロランの出身地ということで栄えていたようです。今でも「ロラン宰相(Chancelier Rolin)」の名を街のあちこちで見かけました。  19世紀に至っても、ここの大聖堂は新古典主義の巨匠アングルに歴史画(≪聖サンフォリアンの殉教≫)を依頼するなど、かなりの有力な土地であったようです。  といってもこのアングルの作品、まるで重要でないかのように聖堂の片隅に無造作に飾ってあります。保護など何もなく、フラッシュで撮影している人もいるし、その適当さに本物ではなく複製なのかと思いました。(でも、調べた限りどうやら本物のようです…) 参考:ヤン・ファン・エイク≪宰相ロランの聖母≫(ルーヴル美術館所蔵) http://ow.ly/2NAxQ ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル≪聖サンフォリアンの殉教≫(オータン、聖ラザール大聖堂所蔵) http://ow.ly/2NAGq  ただし、現代では観光地として有名なところではない、且つそこそこ大きな街なので、あまり旅行者に親切な街ではなかったです。  まず、電車のアクセスが悪い。パリからブルゴーニュ地方への電車は2本が並行して走っているのですが、TGVが走りディジョンへつながっている路線とは違う方の路線のため、電車は少なく、翌日ディジョンに向かう時も直通はありませんでした。  街なかでも、軽く食べれるようなカフェやサンドイッチの店などが見当たらず、お昼やお茶をするときにそういう店に頼っていた私は、散策で疲れても立ち寄るところがなく、諦めざるを得ませんでした。  4のアヴァロンで書いたとおり、本来オータンには前日の夜に着く筈でしたが、電車の都合で30日の午後になりました。そのため、行こうと思っていた町1つ行けなくなりましたが、仕方がありません。  そして、この町では個人的に非常にアンラッキーなことばかりでした……。まず前日ここに来るはずだったのに、予定していた電車がなくて1泊分ホテルをキャンセルして、アヴァロンに泊ったということは書いたとおりです。  オータンのホテルは駅目の前のバックパッカー御用達風の宿でした。着くとすぐにホテルに向かったのですが、そこでトラブル発生。受付の男の人は(どうもその人が受付兼責任者なのか、全てを一人で切り盛りしてる感じでした)前日の私のキャンセルを受けたその人でしたが、なんと2日予約してあることを確かめずに、その日の宿泊予定者に私を入れていなかったのです。つまり、私の部屋がない、ということでした。ネットで予約してあったのにどうしてそういうことになるのか不思議ですが、「え、2泊?」という感じで全く書類を確認してない風でした。しかも、「自分は悪くない」と言い張る始末……。前日の電話のときに確認したかったのですが、すぐに切られてしまったため、2泊目のことを言い出す暇もなかったのです。運の悪いことに、その日は学校の新学期が始まる前日とかで、特別にホテルが混んでる日だったのです。(何故学校の始まる前日にホテルがいっぱいになるのかはわかりません)私がフロントで話している間にも、何人かが宿を探してやって来ました。  細かいことは端折りますが、結果的に午後の観光を終えた後、町外れのホテルに移動することになりました。全く穏やかな話し合いではありませんでしたが、相手が自分の非を認めない以上、その日の宿泊がかかってますのでこちらも折れず。結局他のホテルにいくつか電話をしてくれて、町外れの湖の近くのホテルの部屋が1室だけ空いていたので、そちらに移ることになりました。夜の8時過ぎに荷物を持って、歩いて30分以上かかるところに移動です。  更に、この日は観光中雨に降られ(今回のブルゴーニュ旅行中、唯一の雨)、また夕飯に頼んだサラダに大きな蠅が入っているというアクシデントが続きました。  というわけで、この町は私にとってはあまりよくない思い出の町となりました…。  

オータンの駅。駅の様子は、今までの小さな町とあまり変わらない。最初のホテルはこの駅の真向かいでした。

街の中心部には移動遊園地が来ていました。こういう光景、ヨーロッパでは時々見かけます。

観光案内所近くの教会。

大聖堂が見えてきました。こちらは北側の側面で、前は広場になっていてカジュアル・レストランが並んでいました。広場近くに外の席もたくさん設けられていました。

広場から、大聖堂の北側面を見る。

大聖堂の内部は暗くて、写真が上手く撮れませんでした。これは内陣です。 この教会は12世紀前半のロマネスク様式の建築です。もともとは大聖堂として作られたわけではなかったそうです。 http://www.sacred-destinations.com/france/autun-cathedral

建物内部にあった聖女像

アングルの≪聖サンフォリアンの殉教≫ フラッシュを使わずに撮ったので、写真の状態は悪いですが、こんな風に教会の隅の壁にありました。

裏側(南側)は庭になっていて、ベンチなども置いてありました。このときは天気も良く、気持ちよかったです。

裏庭から大聖堂を見上げる

裏庭にあった十字架

庭は結構広く、人も少なく晴れた日にはのんびりできそうでした。

裏庭から見た大聖堂

南側の入口

西正面入口 扉の上の半月形部分(タンパン)の彫刻が中世彫刻として有名です。状態がいいため、ヴェズレーと同じく後世の複製かもしれないと思ったのですが、ネットで調べた限りではそのようなことは書いてないので、もしかしたらオリジナルなのかもしれません。 1130年ごろの制作

タンパンだけの拡大写真。テーマは「最後の審判」です。

タンパン中央の、裁きを行うキリスト

タンパンの、向かって右下の方。天使と悪魔が天秤で死者の魂を量っています。

ロラン美術館入口 宰相ニコラ・ロランが建てた建物を使用しているそうです。 ここには古代ローマ(初期キリスト教)時代や中世の美術品が数多く保管されています。 http://www.sacred-destinations.com/france/autun-musee-rolin

ローマ時代の石棺

石棺のディテイル 表面にPにXを重ねたようなマークと十字架(どちらもキリスト教の印)が見えます。

美術館の中庭

中世のセクションで一番有名な彫刻≪誘惑のイヴ≫と呼ばれる作品。

同じ部屋にあった若い修道士の像。なんとなく、『薔薇の名前』のアトスくんを思い出しました。

ここが「聖ラザール大聖堂」と呼ばれるのは、聖ラザロの聖遺物が保管されていた(いる?)からだそうです。 この群像彫刻は、もともとは聖書の「ラザロの復活」を表したものでした。現在は3体しか残っていませんが、手前の木のマケットで全体の様子を再現してあります。

模型の拡大写真 正面右寄りの箱がラザロの棺。見えている3人が今保存されている彫刻の3体にあたります。 半ば陰に隠れた場所で片手を上げている人物がキリストで、今ラザロを蘇らせた瞬間のようです。

ラザロの復活の目撃者3人の彫刻

オータンの街並み 美術館を出た後、まだまだ外は明るいので散策して古代ローマ遺跡などを見ることにしました。

町外れの城壁のある辺りです。

町外れの塔。 かなり高い塔でしたが、どこかの協会か何かが所有しているらしく、中などを見ることはできませんでした。

町外れの風景。城壁近く。 この辺りは交通量がかなり激しかったです。

ここは、城壁の向こうは街が途切れていて、田舎の風景が広がっていました。 写真の中ほどに湖が見えますが、私が泊ったホテルはこの湖のほとりでした。

坂と古い建物 街なかからこの坂を下って来て、城壁沿いの道を歩きました。 そろそろ天気が悪くなってきました。

城壁といってもここは低いので、すぐ外側にはこのように低木や草花が生えていました。

街の方を見上げると、かなりの高さの違いがあります。この道は正確には「城壁の外」、または「城壁の上」なのかもしれません。

城壁外側の田園風景。真中に見えているオブジェが何かはわかりませんが、地図には「見どころ」の1つになっていました。動物の頭の形ようにも見えますが、自然にできた奇岩でしょうか。 この辺りでは雨が降り出していました。

Lycée Militaire 「軍事高校」といったところでしょうか?ここは門の外で、制服姿の生徒たちが何人か外に出てお喋りしていましたが、女の子もスカートではなくパンツ姿でした。

上に同じですが、こちらは正面側に廻ったときの写真。建物自体は中世のもののようで、この地方で見かけるキレイな幾何学模様の屋根でした。 ここも「見どころ」として観光局の地図に掲載されていました。

恐らくこちらが正面入口と思われます。「Lycée Militaire」という金の文字が見えます。

こちらはローマの劇場跡。 現代でもコンサート会場などとして利用されているそうで、中心の低くなった部分にはステージが設けてありました。

同じく劇場跡

劇場の下に降りてステージ前から撮影した写真。 正面の階段は金属製の現代の物です。 私が立っている場所の後ろはスポーツ広場になっていて、更に向こうは先ほど見た湖がありました。

劇場近くにあった家。説明によると、個人の家ですが、壁面に古代ローマの彫刻などを嵌め込んだりして飾っているそうです。

街なみ 劇場に着いたころ雨は止み、再び晴れてきました。

時計の付いた塔

この猫、私を見て「にゃー」と鳴いてすり寄って来て、そのまま通過して行きました。

こちらはローマの門(?)と、その左側はプロテスタント教会ですが古代の建物をそのまま利用したものだそうです。

上に同じ。拡大写真。

「ロラン宰相通り」の看板

街並み 遠くに見えるのは中世の教会ですが、開館時間を過ぎていたため、外から見るにとどめました。

駅の裏に向かいます。 陸橋の上から線路が見えました。これ、朝乗ってきた電車が走っている路線なんですけど、単線ですね。どう見ても…。

もう一つのローマの門 この時間には青空が出ていて、すっきり晴れて空気も気持ち良かったです。 夕方の7時過ぎです。 この辺りで駅周辺に戻って来たので、日暮れも近くなったのでホテルに戻ります。 (尚、この段階ではホテルの部屋は何とかなる予定でしたので、その後のトラブルは予想していませんでした)

最後に、翌朝泊ったホテルから駅に向かう際撮影した湖。ヴァロン湖(Plan d'Eau du Vallon)というそうです。 オータンの地図 http://www.sacred-destinations.com/france/autun-map 湖は町外れにあります。駅は地図のやや上「レピュブリック通り」に面しています。

2時間弱でフォントネーに到着。世界遺産のプレート 入場料は大人9・2ユーロ。 ここは現在リヨンの銀行家の個人の所有物で、庭園が非常に丹精に保持されている。

教会の内部 中世の建造物というより、ミニマリズムの現代建築のようだ。静謐でシンプルで、何もない。

唯一の装飾、聖母マリア像。 シトー会は、キリスト教本来の教えである偶像崇拝の禁止を守ろうとしたので、本当は何の偶像も置くべきではなかったらしいのだが、それではさすがに困るという声があがって、この像だけを置いたらしい。 教会に付属して大寝室があるが、修道士はここにわずかの寝具で雑魚寝したらしい。 修道院の中で暖房のある部屋はわずか一つ。 シトー会は、ドミニコ会やクリュニーと違い、修道院が所有する土地から地租を取ることさえ禁止したので、生活の糧はすべて自らの労働によって得なくてはならなかった。シトー会の修道士の平均寿命は30代だったらしい。

中庭の回廊。 室内が簡素で、外に庭が美しい。 まるで日本建築のようで、桂離宮に通じる美意識か。 桂離宮に行ったことはないけど。

泉からの清水。 フォントネーの語源は、泉。 周囲の山もとても美しい。

ウェズリーの聖マドレーヌ聖堂。 フォントネーからウェズレーへの道は、D957でとても単純なのだが、tomtomが近道をしようとしたのか、非常に細い道を指定して、それをぐにぐにしているうちに、曲がるべき道を通り越し、かえって迷ってしまった。 それでも2時間弱で、ウェズレーに到着。丘のふもとに観光バスも停車する大きな駐車場があって、そこに車を停める。

内部のタンパン

ウェズレーは、スペインのサンチヤゴ・コンポステーラ教会への巡礼道にあたっているのだが、この内部の装飾は、明らかにスペインの影響で、その源泉はイスラム建築にある。

聖ベルナール像 1146年の復活祭の日曜日、第二次十字軍の結成を呼びかける演説をする。 第一次十字軍は、フランス国王が参加してなくて、シャンパン地方の貴族が主体だったから、国王を参加させた第二次十字軍、そのきっかけになった聖ベルナールの演説というのが重要なんでしょう。

マグダラのマリア像

地上にあるマグダラのマリアの聖遺物 1037年Geoffroy司祭が祭りの日に公開。“奇跡”の噂はまたたくまに広がり、巡礼者が押し寄せることになる。

地下にあるマグダラのマリアの聖遺物 これが後に偽者とされたものか。 1537年にウェズレーの大聖堂はローマの支配から離れ、宗教戦争のときは新教の砦になり、カトリック側の包囲戦にも耐える。 フランス革命のとき、教会としては廃止。その後、廃墟になるが、19世紀にメリメ文化相が修復を決定。 つまり巡礼者でにぎわったのは、11世紀から13世紀までの短い間だけなんですね。復活したのは第二次大戦後。

ジョルジュ・バタイユが死ぬまで住んだ家 聖堂に続く中央の道沿いにあります。

オータンの聖ラザロ大聖堂 tomtomのいうままに、16時半ころ、たどり着きました。 ブルゴーニュの美術館・博物館は火曜日が休みなので、ローアン美術館が見られず、旦那はこの町に泊まると主張。 ツーリスト・インフォメーションでホテルを探してもらうが、市内はどこも満員で、2キロ郊外のホテルチェーンのHotel Ibisにする。 これはラザロ聖堂の横で、天文時計があります。

聖ラザロ大聖堂タンパン

このタンパン、1766年に、稚拙だから恥ずかしいので隠そう、と教区が決めたんで、しっくいで埋められ、それが幸いして、フランス革命の時の破壊を免れたそうです。

この教会にはファン・アイクの名画があったのだが、フランス政府に収用されてしまった。その絵は現在、ルーブルにある。

聖堂の上階に保存展示されているロマネスク彫刻。 聖堂の正面に向かって右側の小部屋から上にあがる階段がある。 この彫刻のお題は、「美徳と悪徳」

聖ラザロ聖堂の中の小聖堂。各地の代表の聖堂になっている。 普通、こういう脇の聖堂には、聖人を祭る。各地の司教などがオータンに来たときの支部代表みたいな聖堂は置かない。それが必要だったということから、当時、いかにオータンが宗教的に重要な土地だったかわかる。

Nuits de St-Georges からD35で山地を越えて北西に進む。二車線の道だが、ちょっと山道で、運転の好きな人には絶好のドライブ道なんでしょう。 ちょうど5月なので、黄色い菜の花畑が広がって、きれい。

オータンの商店街で可愛い花屋があったので、つい撮影。

ローマ劇場 Hotel Ibisに行こうとしたら、tomtomの指示する道が通行止めで、あれあれと迷っているうちに怪我の功名で偶然行き着いた。 オータンはローマ時代ガリアの中心だったので、劇場も造られていたんですね。後でオランジュに行って同様のローマ劇場を見たとき、オータンのこれも地形を利用して観客席が造られているかなり大規模なローマ劇場だということがわかりました。

オータンがローマ時代に栄えていたというのは、ローラン美術館に展示されているローマ時代の遺物を見てもわかります。 ストラスブールやフランクフルトは、軍隊の駐留地だったので街は作られているけれど、劇場があるような都ではない。 オータンは地図を見てもわかるように、八方に道が伸びていて、まさにこの地方の中心地。

ローラン美術館にあるこのモザイクも、とてもきれいに復元されています。

翌朝、大聖堂の近くの駐車場に車を停めて、ローラン美術館へ。 入場料大人4ユーロ。フラッシュと三脚の撮影は禁止。手持ちカメラだと撮影料1.3ユーロ。

聖ラザロ聖堂にあった聖母子像がこちらに移されて展示されています。

これは面白い! お腹のなかにキリストを入れた、入れ子構造のマリア像。

オータンからD978を通って高速A6に乗り延々南下。 途中リヨンで高速なのに渋滞に巻き込まれて都市のトンネル前で完全停止。tomtomの指示を無視して左に入り、都市を迂回する高速を使ったほうが良かったのかもしれない。 今回払った高速代は合計20ユーロから30ユーロ。日本に比べるととても安い。詳しくは下記サイトに。 http://www.theaa.com/allaboutcars/overseas/european_tolls_select.jsp CHANASで高速を降り、tomtomのいうまま走っていると、小さな村に出、ドラッグストアとガソリンスタンドが合体した店にあるカフェで「食事ができますか」と尋ねたら、男の子がそこの裏にあるLa Cerisaieというレストランに案内してくれた。 ソーセージとラザニヤが出せるというので、コーヒーとそれを頼む。「いくら?」と訊くと、「心配しないで。5ユーロだから」という。出てきた料理は絶品。お会計は、コーヒーまで含めてなんと一人5ユーロだった。 フランスの田舎の底力を思い知る。 写真の人はその店の主でたぶんシェフ兼ウェイター。 店には、堂々と赤いトラクターが飾ってあった。

15時ごろにシュヴァルの理想宮があるオートリーヴにたどりつく。山道を通ってはるばるやってきたオートリーヴは大観光地でした。St.Vallierからは広い道も通っています。 入場料 大人5.5ユーロ。 パンフレットは日本語もあり、別料金ですが日本語オーディオガイドもあるようでした。

ガウディのサグラダファミリアを初めて見たときも同じ印象を持ったのですが、写真で見るとグロテスクな建造物も、実際に見てみると、独自の統制がとれており、周囲とも調和していて、美しい。 シュヴァルの理想宮も、少し離れてみると白い貝殻が光って、装飾がとてもきれいなんです。

北側は補強工事中で、シートに覆われており、見学できませんでした。

シュヴァルも、ファーヴルも、自分の理想に向かってひたすらにこつこつと働き続ける、南仏の農夫のような一徹なたくましさがあります。そういう要素が、周囲の人の尊敬を呼び起こしたのではないかと思います。

また高速にのり、オランジュの北にあるSerignanへ。ファーヴル博物館であるL'Harmasは、十字架の立つ変形四辻の南にある。 6時前にたどりついたが、水曜日は休館日だった。 「地球の歩き方」でもホームページでも、火曜が休館になっているが、2010年は水曜が休館日のようだ。 さらに、正午から午後2時までは昼休み。 翌日の10時に来ることにして、ホテルを探す。 セリニャンの教会の前のイタリアレストランでコーヒーを飲んで、近くにいいホテルはないか、ときくと、町のホテルはガストロノミーとかで馬鹿高いし…隣村のUchauxにあるMasなんとかという宿を薦めらる。 それでUchauxに引き返し、幅3メートルくらいの田舎道をうろうろしてその宿の前に来ると、犬が吠える。 見るとプールも閉鎖されているし、明らかに営業していない。Uchauxはリゾートとして名高いらしく、キャンプ場や民宿もたくさんあるのだが、5月の平日だとどこもやってない。 作戦を変更し、tomtomの示す一番近いホテルへ向かう。

10キロ弱、走ると、あれ凱旋門が見えてきた。すると、ここはオランジュ! Hotel des Princesという二つ星のホテルがあったので、部屋はあるかと訊くと、「もちろん」という答え。一泊60ユーロで朝食が8ユーロ強、バスタブもあるし、ホテル内に駐車場もあるので、そこに決める。 部屋数が50近くある中級ホテルで、団体客にも対応できるような規模。朝食もそこそこ美味しかった。 この日学んだ教訓は、民宿も素敵だが、それはちゃんと予約していった場合のことで、いつでも営業しているホテルはやはりありがたい。複数のホテルを見つけやすいのはやはり都市だ、ということでした。 オランジュくらいの小さな都市が、予約なしで行った場合、いちばんホテルを見つけやすい。凱旋門のそばには無料の駐車場もある。ということで、翌日の宿はアルルがよさそうだと思う。

翌朝、セリニャンのファーヴル博物館を再訪。 入場料は大人5ユーロ。室内は撮影禁止、庭園は撮影可能。 母屋の入って左側に受付があり、右側の居間が公開されている。一度外に出て、建物の左翼から入ると一階が展示室になっており、資料や標本が並べられている。ファーヴル自筆の茸の植物画も見られる。 ファーヴルの現存する子孫を記した家系図を見て、ごく少数の例外を除いて50人以上いる子孫のほぼ全員がプロヴァンスかファーヴル出身地のレオンの周辺に住んでいるのがわかる。 展示室の右の階段を上がると、あの有名なファーヴルの書斎。化石や貝殻、植物も収集・分類・展示されていて、彼が博物学の人だったことがよくわかる。 写真は庭園にある、ファーヴルが使っていた昆虫の採集機器の復元。

庭園は庭師がせっせと世話をしていた。

サン・ラザール大聖堂です。 マルセイユで布教活動をして1079年に最期を迎えた聖ラザロ(マグダラのマリアの弟)の遺骨を安置するために 1120年から建て始められた教会で、聖遺骨を拝みに 中世にはたくさんの巡礼者が訪れたそうです。 ロマネスク期クリュニー派の聖堂ですが、鐘楼の火災等で15世紀に外観の殆どを改修したのでゴシック風 ゴシック建築の特徴の 空にそびえたつ尖塔も持っています。  

大聖堂の大時計

ファザード 正面中央扉口です。 クリュニー派のサン・ラザール大聖堂は  シトー派のフォントネー修道院と全く違い タンパンや柱頭などのロマネスク彫刻で 飾られています。

タンパンの主題は「最後の審判」 12世紀の彫刻家Gislebertの作品です。 中央に大きなキリスト その回りは上下3段構成 キリストの右手側(向かって左側)は天国 キリストの左手側(向かって右側)は地獄 以前見たコンクのタンパンと 基本的に同じ配列ですが、印象が全く違います。

※写真をクリックし元画像を見て下さい(^^ゞ 中段と下段の間の 帯の右隅にGislebert と彫刻家の名前が彫られているのが確認できます。 ※死者の復活で 天国へ行く善人たちの列です 右端の人(天使の横)は手を叩いて天国行きを喜んでいます 右から4人目の人のカバンにサンティアゴ巡礼のホタテ貝マーク、5人目のカバンにはエルサレム巡礼の十字架マークがついています。 『聖地巡礼をすると、罪が許され天国に行ける』と クリュニー会は組織的に巡礼を奨励していたそうなので、タンパンからも人びとに巡礼の大切さを伝えたかったのでしょう・・・ちょっとした宣伝かな~? 左のほうの人達は バンザーイと手をあげて嬉しさに踊りだし、うしろの天使も一緒になって天国行きを喜んでくれてる~良かったね~!

タンパン下段左端では 羽をつけた天使が悪人を地獄へ押し込んでいます 狭い隙間に押し込まれて 頭を曲げ膝を折り 苦悶する地獄側の人達

トグロを巻く蛇に絡まれている人たち 真ん中では、巨大な手に掴まれおびえる人 右上にはラッパを吹く天使 ~天使のラッパを合図に死者達が棺から甦り『最後の審判』を受けるのです。

大天使ミカエル(中段左)と悪魔(中段中央)が 死者の魂の計量をしているところ 魂の重さで 天国行きか地獄行きか決まります。 下段左の人は手を合わせています 「信心深くなりますから天国に行かせて」と頼んでいるのかな? ~最後の審判だから いまさら無理よねぇ~ なんてケチな意見を言ってると 私も地獄行き?? マズい! 「天国に行かせてあげて~」

アーモンド形にかたどられた後光の前のキリスト 頭の後ろにも後光の輪があり、 着衣のドレープを丁寧に彫った跡が見えます 彫られた当時はどんなお顔だったのでしょう 今は なんだかジャイアント馬場のような・・ チェホンマンのような雰囲気・・ コンクで見たタンパンのキリストは坐像で 天国側の手を上に 地獄側の手を下にしていましたが このキリストは立って 両手を大きく広げています。 「天国へいらっしゃーい」と ドレープいっぱいの着衣で皆を包んでくれそうです。

聖堂内です

ステンドグラスや柱頭をくるりと見回った後 階段を上って柱頭展示室へ

お目当ての『眠るマギへのお告げ』と『エジプトへの逃避』は 隣に展示されていました オリジナルの柱頭彫刻が低い位置に展示されていて 下から見上げなくていいので首が疲れないし、石の質感まで感じ取れて大満足の展示室です 彫刻を真正面から右から左から、低い位置から見たらどんなかな?とかがんでみたり・・・ じっくり見学できます

『眠るマギへのお告げ』 マタイ福音書第2章の天使のお告げの場面 イエスが生まれた時、東方の博士(マギ)達は 大きな星を見つけ、エルサレムのヘロデ王に 「どこで新しい王が誕生したのか」尋ねました。 彼らは星に導かれて行ったベツレヘムで 幼子イエスと マリアに会う事ができ、 贈り物を捧げて新しい王の誕生を喜びます。 ヘロデ王は博士たちに幼子を見つけたら 教えるように頼んでいましたが 『エルサレムに帰るな。ヘロデはこの子を殺そうとしている』との夢のお告げを聞き イエスの居場所を教えることをしませんでした。

『眠るマギへのお告げ』のアップ すやすや眠る東方三博士の一人の指を 天使がそっと触り もう一方の手で星を指差し 博士にお告げをしています マギ(博士)(Magi)の語源は天文学者、 博士たちを導いた星は木星だそうです 物語が解りやすくて お告げを受けたビックリ目の博士が可愛らしく楽しい彫刻

『エジプトへの逃避』 これもマタイ福音書第2章の話を彫刻にしたもの 天使が夢に現れてヨセフにいいました。 「さあ起きて!子供と母親を連れてエジプトに逃げなさい。エルサレムの王ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」 そこで、夜のうちにヨセフは幼子イエスとマリアを連れてベツレヘムを去り エジプトに向かいます。

『エジプトへの逃避』を斜め前から・・ ロバの上にはマリア、マリアの膝に幼子イエス、ヨハネはロバをひいて歩いています。 彫刻を斜め下方向から見ると、ヨハネとロバと目が合います イエスとは彫刻を正面下からみると目が合います マリアは遠いエジプトを思っているのでしょうか? 斜め上を見ているので目を合わせられない(もともと柱頭は高いところにあるので尚更ですね)

『マギの礼拝』 マタイ伝第2章 『眠るマギへのお告げ』に続く話 星に導かれ 幼子イエスとマリアのもとを訪れた マギたちが、イエスの誕生を喜び贈り物を捧げているところです。

『神とカイン』   旧約聖書創世記第4章 神がカインに『お前の弟アベルはどこにいるのだ?』と尋問している場面です カインとアベルは アダムとイヴの息子で、カインは農耕定住民、アベルは羊飼いでした。 ある時二人は神に献物しますが、自分が捧げた供物が神から退けられ 弟アベルの供物は神に喜ばれたことを知り、嫉妬したカインは弟を殺害します(人類最初の殺人事件です) アベルのことを神に問い詰められ カインは知らないふりをしますが、すべてを知る神は 今後彼がこの土地で農耕できないようにします。 そのとき謝るカインに神は慈悲を与え 「カインを殺す者は七倍の復讐を受ける」とカインが誰からも殺されることのないように『しるし』を付けます。

『カインの死』 誰にも殺されることのないよう しるしを付けられた(上を見てね↑)カインが 射られて死んでしまう場面です。 かなりの高齢で目が見えないにもかかわらず 息子のTubalcainに助けてもらいながら 狩りを つづけていたLamechが、動物と間違え誤って カインに矢を放ってしまうのです。 弓を引いたLamechは目が見えなかったので カインのしるしを見る事ができなかったのですね このテーマは聖書にはないテーマのようです。 「疑問」のテーマの上 説明を読んでもよく分からないので ↓下に載せました     

上の『カインの死』の説明です・・・ 「典拠の不確かな福音書から引用され、新約聖書のユダの話とごっちゃになったテーマで、ビザンチンの作品を通してロマン芸術家に知られた・・・」 ぶっちゃけ この彫刻のテーマは 聖書に基づいた話ではないってことですよね?   なお、説明を読んだのが今!なので 翌日行ったヴェズレーのサント・マリー・マドレーヌ大聖堂の方の『カインの死』の柱頭は見そびれました

『教会の寄進』  

二人の天使と悪魔

『三頭を持つ怪鳥』

サン・ラザール大聖堂を出ると広場があります

広場にある泉と素敵なカフェ

右側の建物がロラン美術館です 左の土産物兼文房具屋でフランス風の文具やカードを売っていて 店内を楽しんだ後、おしゃれなポストカードをいろいろ買いました

フランスではチケットをふたりで買うと異なった図柄をくれるのでうれしいv(^―^)人(^0^)v

古代ローマ時代の遺跡から発掘されたカブトは 展示ケースに入っています。 昔は剣をも矢をも通さなかったのだろうに、長い月日がたった今は 触ったらきっとボロボロ崩れてしまうのでしょう・・・ 

オータンを訪れたお目当てのひとつ 『イヴの誘惑』 たて72×よこ132cm  エデンの楽園の話をモチーフにしたレリーフです。イヴは、イチヂク(たぶん)の木が腰を隠しているだけの姿で横になり 左手で禁断の果実を握っています。 もとはサン・ラザール大聖堂の北扉口に アダムと一対で彫られていたもので、取り外され捨てられていたのだそうです。 正面(西側)扉でないとはいえ 大聖堂の扉に魅惑的な表情をした 等身大に近い裸体の女性の像を彫るなんて驚き!! 

イヴのアップです 口元に手をそえ何かささやいているような イヴを見ながら 扉をくぐる時はドキドキしただろうな~ 『視覚からくる必要以上の想像を掻き立てるものはすべて排する』というシトー派教会とは天と地ほどの違いです。

『マグダラのマリアの昇天』

聖母子像

ミュージアムショップでエンボス加工のカードを買いました。 レリーフを緻密に再現した とても素敵な『イヴの誘惑』のカードです

『眠るマギへのお告げ』のカードです 1枚5ユーロと高かったけれど・・・もっと買ってきたらよかった

2枚のレリーフカードは我が家の宝物になりました。 レシートにも『イヴの誘惑』が印刷されています

オータンの街並 その1

オータンの街並 その2

ローマ遺跡  サンタンドレ門 オータンは 紀元前15年頃にアウグストゥスによって築かれた ローマのライバルと言われた町なのだそうです

ローマ遺跡 円形劇場跡です オータンからホテルへの帰り道はブドウ畑だらけ ワイナリーに寄ってブルゴーニュワインを買いました 『ブルゴーニュで2泊』の後半部分「7月28日 夕方・・・」を見てね ↓ http://4travel.jp/traveler/4trajn/album/10356735/         ☆:.・*.ー・*.:(^ー^*)ノ~~☆

『怪鳥との戦い』

サン・ラザール大聖堂です。

正面扉とタンパンです。

タンパンには、 「最後の審判」の図柄が 彫られている。 中央にはキリストが 左は天国、右は地獄が 彫りこまれている。

「眠るマギ達」です。 3人のマギが並んで 横になっている所に 天使があらわれ 左手で星(キリスト)を指差し 右手でマギの一人の手を触り 起しているしぐさがかわいい!

「エジプト逃避」です。 ヘデロ王が ベツレヘムで生まれたイエス によって、王の座を奪われる のではないかという恐れを抱き 2歳以下の幼児を 皆殺そうとしたそうです。 その時天使が現れて マリアに、 イエスを連れてエジプトに 逃げるように言ったのです。

「ユダの自殺」です。 悪魔二人が首をつって ユダの自殺を手伝っている。

「鳥と戦う小人」です。

「カインの死」です。 アベルがカインを 殺した話しです。 子供が何か訴えているようです。 残酷な話しです。 今の世の中にも かたちは違っても 似たような事が 起こってますよね・・・

サン・ラザール大聖堂から ロラン美術館に行く時に 愛嬌のいい看板の ピザやさん見つけました! ちょっと一息で~す。

 ロラン美術館です。

美術館の入り口です。

チケット売り場に 貼ってあったポスターです。 いい感じです!

「エヴァの誘惑」です。 はっとするような 美しいレリーフです!

魅惑的です!

オータンのエヴァとは 全然イメージが違う~って、 ブーイングが 聞こえてきそうです。 でも、オリーブは 結構楽しんで描きました~ 絵は自由に 表現できるのがいいですね!

ここからは、 ロラン美術館に飾られていた 作品です。 他にも素敵な絵が沢山ありま したがピントが合ってなかった ので除きました。 美術品の写真は なかなかうまく撮れません。 難しいです~

オータンは 美術品の宝庫です。 感動の連続でした!

ディジョン最後の夜は、 ワイン倉庫を改装した 趣のあるレストランで 夕食です。 店の名前は 「DAME AQUITANE」 です。

いい雰囲気です。

料理も期待できそうです。

エスカルゴです!

エスカルゴ専用の器具は 優れものです。 でも、使い方に慣れる 前に食べ終わりました~

鶏肉の赤ワイン煮です。

ラズベリーのムースです。 ディジョンの たくさんの思い出を胸に 明日は、ナンシーに向けて 出発です!

駅前ホテルの朝食は、パン、ジャム、バター、蜂蜜、ジュース、ヨーグルト、カフェオレで5ユーロ。 ホテルの部屋のテレビを朝からつけて、フランスで現在流行りのポップスをチェック。 ブールジの「最後のキス」だったかな、それが気に入ったのですが、パリのフナックでアルバム1位。 高いので買わなかった(2007年にCDが安くなったのでゲット^^;)。人気歌手のヒット中のCDでも店によってとても安くなっているのに、ブールジの最新のCDはどこでも高かった。 テレビの画面ではブールジ他、私にはお馴染みの歌手がたくさん映っていてご機嫌。 なんと、ジョニー・アリデイや喜劇っぽいおチビさんのミミも張り切って歌っていた。 ちなみに、わがステュディオは老夫婦に借りているためテレビは無い。 久しぶりにテレビを見たので嬉しくってつい書いてしまった文明に汚染されているコクリコ(*^^*)

朝食後はまず郵便局へ。 コクリコ妹が日本に電話するためのテレカルトを買うためです。 郵便局の風景は日本もオータンも変わらず。

変わっているとすれば、この黄色とブルーのコンビの可愛さ! 切手の自動販売機。

コピー機も黄色とブルー。

郵便局を出て、グリーユ通りをロラン美術館目指して歩きます。

通りに面した民家の窓辺にはあふれんばかりの花。 この夏、フランスのどこに行っても、家々の窓辺にはセンス良く美しく花が飾られていて、町中が町を美しくしようと言う気持ちが伝わってきました。 私のセンスの問題かもしれませんが、家がちっとも素敵になりません。花はすぐ枯らしてしまうし・・・ まあ、家だけでなく町全体もですが・・・(^^;) どこの家でも気が付いたのですが、窓の下に小さな入口のような扉がありました。 何だろう、倉庫?

民家の窓はほとんどが観音開きの鎧戸。 全開した時に固定させる留め金具に時々こんな少女バージョンあり。 サンリス、シャルトル、オーヴェル・シュル・オワーズでもこの少女顔の留め金具を見っけ♪ 他におじさんバージョンもありまーす。 実用的なとめ金具が多い中、こんな可愛い金具を見つけると嬉しい。

ん?「オータン女子サッカー倶楽部」の表札だ! サッカーが盛んなお国柄。オータンにも女子サッカークラブがあるんだね。 そういえば、埼玉県川越市とオータン市は姉妹都市だそうです。 オータンのどこかに《川越通り》があるらしいんだけど、見つからなかったなぁ。 と言うか、オータンに着いたらすっかり忘れていた。 旧市街か旧市街の回りにある新しい住宅街に《川越通り》があるのかそれもわかりませんが(^^;)。

ロラン美術館への道。 道しるべはサン・ラザール大聖堂とロラン美術館があることを示しています。 右は徒歩でアクセス。 左は車でアクセス。

昨日行ったサン・ラザール大聖堂のななめ手前にロラン美術館があります。

ロラン美術館。 ボーヌのオテル・デューを建てたブルゴーニュ公国の宰相ニコラ・ロランの生家だった建物が今ではロラン美術館になっています。 ガリア=ローマ時代(紀元前)から15世紀中世までの遺物、美術品が展示されています。

お城のようなニコラ・ロラン宰相の邸宅。 毎度のことながら、「時間がなくて」大急ぎで見学。 陳列されている美術品を横目に《エヴァの誘惑》の部屋まで突進です。 ちなみに入館料は2006年8月現在、大人1人3.3ユーロ。 ワカ(学生)は1.7ユーロでした。

「突進」とは言いながら、中庭で見つけたもの。 それは、昨日出食わした大きすぎる「ブリキの牛」、あれを作ったPETER MEYERSの作品がここにもありました! 牛ほど大きくない猫。

人間顔のライオン。 ライオンすら「牛」ほど大きくはありません(^^;)。

まずはガリア=ローマ時代の遺物が展示されている部屋。 詳しく見ている暇がないので雰囲気だけ写真でパチリ。 床のタイルのモザイク模様がローマちっく。

何気なく写した展示物ですが、鎧を纏った小さな兵士に突き出た大きなモノは・・・:?#:*!" まっ、ガリア=ローマ時代の素朴な土器やら人形やら食器からが展示されております。

イタリアローマのフォロ・ロマーノやポンペイの遺跡を思い出させるモザイク。 なるほど「ローマの妹」ね。

日本の道端の道祖神や石仏を思わせる素朴な聖者たちの像。 どこに置かれていたのだろう。街道?教会堂?

《エヴァの誘惑》 (コクリコ妹撮影) これまで見てきたどのエヴァより魅力的なエヴァ。 彫られた木々がまるで海草のよう、人魚がのびやかに泳いているような姿のエヴァ。 12世紀に作られたほぼ等身大のエヴァです。 もとはサン・ラザール大聖堂の北扉口タンパン下にあったものだそうですが、18世紀の改築の時に捨てられたらしいとのこと。エヴァはロラン家に拾われたのですが、アダムは行方不明。 アダムを探して彷徨っている姿にも見えてしまいます。 エヴァは左手で禁断の果実をにぎっています。 果実をもぎ取って正にアダムを誘惑しようとしている場面。 その枝にはサタンの爪が・・・ アダムもサタンの本体も今では行方知れずになっています。 アダムとエヴァとサタンの完全な物語りを見ることができたらどんなに良かったことでしょう。 今はその場面を想像することしかできません。 エヴアはアダムではなく、現在に生きる世の男性たちを誘惑しているようです。 エヴァに誘惑されるためにのみオータンを訪れるのも良いのではないでしょうか♪

名残りは尽きないけれども美術館から出た私たちの目の前にはサン・ラザール大聖堂。 愛すべきロマネスクの妖精たちとお別れの時間になりました。

オータンの市庁舎。 後で調べてみたら、この市庁舎の入口階段を上がった所の床に『ローマの妹にして好敵手』という文字が色鮮やかなモザイクで描かれているそうです。 近くに行って見てくれば良かった。オータン市庁舎に「Au revoir!また来まーす、さようなら」と手を振っただけだったのよ。

パン屋さんの看板。 昼食をゆっくり食べている時間がないので、ディジョン行きの列車の中で食べるサンドウイッチを買います。

パン屋で買ったバゲットをかかえているおばあさん。 ひと昔前にタイムスリップしたような錯覚をしてしまいそう。

オータン駅前からTerのバスに乗りエタンへ。 往きはボーヌからTerの列車でエタンへ。エタンで列車に乗り換えオータンに来ましたが、8月5日は土曜日だからかどうかはわかりませんが、エタンへちょうど良い列車はなくバスで行きます。 ディジョン~ボーヌ~オータンにいらっしゃる方は季節や曜日により変更があるかもしれないので、駅や観光案内所で聞いてくださいね。

今回の旅ですっかりバスの快適さが気に入ったコクリコ一家。 ほとんど貸しきり状態のバスはブルゴーニュの平野をびゅんびゅん飛ばします。

ブルゴーニュの豊かな風景の中、バスをビュンビュンすっ飛ばすのは頼もしい女性運転手。

30分くらい走ったでしょうか、エタン駅に到着。 エタン駅は乗り継ぎのみに使われている駅のようです。 駅のまわりにはなーんにも無い。 それだからでしょうか、駅舎の2階に駅の関係者が住んでいる様子。 こんな観光地でもなんでもない田舎の駅ですら、住んでいる人は窓辺に花を飾っています。

エタン駅のホームでディジョン行きの列車を待つコクリコ一家の面々。 こんなホームでのーんびり列車を待つひと時もなかなか良いもの。

ディジョン行きの列車のドアにかかれた非常時のドアの開き方。

列車の扉に描かれた『小心クン』 「列車が止まる前にドアを開かないこと」と言うようなことが書かれています。 『小心クン』について詳しくは4トラ・コミュニティー「小心クンを愛する会」をご覧ください。 中国で生まれた(?)『小心地滑』の「小心クン(小心は注意)」はフランスにもしっかり棲息していました♪

オータンのパン屋さんが買ったサンドウイッチを広げ、昨夜ホテルで飲んだワインの残りをペットボトルにつめたものをテープルに出し、楽しいお弁当の時間です。 今回、何回列車の中で楽しいピクニックをしたことでしょう♪  サンドウイッチ、果物、ワイン、水にお菓子、車窓の景色を眺めながらの食事は病みつきになります♪ 1時間もするとディジョンに着きます。

ゆったりした座席。 このTerもTGVより、ずっと広い空間、綺麗な座席で乗り心地非常に良し♪

ボーヌ発15時19分の列車に乗りエタンへ。

外見はごつかったけれどエタン行きの列車は、なんとコンパートメント。 今回の旅行ではコンパートメントに乗ったのは、ボーヌ~エタン間のみ。 たった20分の乗車だけなのに、贅沢な気分♪

生まれて初めてコンパートメントに乗りご機嫌なワカ。 フランスの列車は滑るように走るので乗り心地満点! ラクチン、ラクチン♪

エタン着16時9分。 エタン駅ホーム。 ただ乗り換えだけの小さな駅。 この子たちもオータンに行くみたい。

オータン行きの列車がホームに入ってきました。 エタン発16時20分の列車でオータンへ向かいます。 オータン行きの列車はオシャレだわ~。

オータンへの列車内。 TGVより乗り心地も列車の内装もTerの方が良いナ。 御満悦のコクリコ妹とワカ。

オータン駅着16時20分。 ボーヌからオータンまでの運賃は1人12.8ユーロでした。 駅のホームの写真を撮っていたら「いい男に撮ってくれよ」と、今乗って来た列車の運転手さんと車掌さんたち。 日本じゃ考えられない愛嬌の良さ、制服もない気楽さ。 「コンニチハ」「アリガトウ」位の日本語は知っていました。 そう言いながらも照れていて「おれよりあいつの方がいい男だ」「いや、お前の方がいい男だ」とかなんだかんだ言い合っていました(^^)

オータン駅。

コクリコ夫婦がオータン駅で翌日のディジョン行きのバスを調べている間、コクリコ妹とワカはしっかり駅前まホテルをチェック。 「このホテルが一番安くて、さっき老夫婦もチェックインしていたから良さそうよ。」 駅前にはお手頃価格のホテルが数件並んでいましたが、妹とワカの仰せに従い、この「COMMERCE ET TOURING」ホテルに決定。

ちょうど2部屋空いていたので、すぐチェックイン。 コクリコ夫婦は、二人で38ユーロのバストイレ付。 写真は少しブレてしまいましたが、簡素で清潔なのでリーズナブルなホテルに泊まりたい方にはお薦めです。 コクリコ妹とワカの部屋は、バス・トイレの部屋とベッドルームと2部屋あったので40ユーロでした。 それでもお安い!朝食は1人5ユーロ。 ただし、ドライヤーはついていませんでした。 コクリコはドライヤーがなくても平気ですが、髪の毛が長くお年頃のワカはちょっと困ったかも(「ちょっと」というのは乾燥しているのでわりと速く乾いたそうです) ホテルの1階はレストランとバーがあって、朝、夜と地元の人たちが集まる気さくなホテルです。 荷物をホテルに置いて、夕方のオータンの町の探索に出発!

城壁の一部が所々に残っています。 ここから旧市街へ。

ホテルからグリーユ通りを一直線に進むとお目当てのサン・ラザ-ル大聖堂が見えてきます。 なにしろ、駅に着いてから、明日のバスの時刻調べやホテル探しなどしているうちにもう5時半近くにはなっています。 急げや、急げ。 明日は昼前のバスに乗らなければなりません。そしてバスに乗る前にロラン美術館を見学しなければならないのです。 今日中にサン・ラザール大聖堂に礼拝しなければなりません。

急ぎながらも、通りの途中で見つけた陶器屋さんに並んでいる可愛い人形たちをパチリ。

ゆるゆるとした坂を上がっていくと、遂に1130年に建てられたロマネスク様式のサン・ラザール大聖堂の堂々とした姿が現れました。 建物はこの土地で採れる砂岩を用いているため、ヴェズレーのサント・マドレーヌ聖堂に比べるとやや黒ずんで見えるそうです。 オ-タンのサン・ラザール大聖堂もヴェズレーのサント・マドレーヌ聖堂もクリュニ-派の聖堂です。シト-派と違ってクリュニ-派は装飾性があるのが特徴的なのだそうです。

大聖堂前の泉は1543年にできたもの。 何気なくある泉ですが、よく見ると繊細で美しい泉なのです。

サン・ラザール大聖堂に入ってみましょう(^^)。 これまで見てきたゴシックの大聖堂や聖堂に比べると地味で小さく見えます。

《ピエール・ジャナンとその妻》 ピエール・ジャナンは国王アンリ4世の大臣、ブルゴーニュ高等法院長という何やら難しい役職にあったお方です。 この彫刻の後ろに上階への入口階段があり、 この階段を上って教会参事会室に入ると、待ちに待った多くのロマネスク彫刻を見ることができるのです。

壁のレリーフはイエスらしき人物と、どなたでしょうか? マグダラのマリア? どなたかおわかりでしたら教えて下さいませ。

こちらのあどけないお顔の聖女さまもどなただか、ちゃんとメモしなかったもので・・・(^^;) 写真を拡大して見ると石の台座にうっすらと「サント・ナントカ・マリー」の文字が。 真ん中の「ナントカ」がよく見えませんの(--;)

ピエール・ジャナン夫妻の像の裏手の階段を上っていくと上の階にSalle capitulareという参事会室とでも訳すのでしょか、その部屋がありロマネスク様式のレリーフや彫刻を見学することができます。 ここにはお賽銭箱みたいなものが置いてあって、写真を撮る人は、お賽銭箱に寄付を入れます。 いくらでも良いのです「お志」で。これからも聖堂を守ってくださるサン・ラザール大聖堂への気持ちです。 美術館ではなく、実際聖堂に飾られているロマネスク彫刻を目の当たりにしたのは初めてのコクリコ一家。 お賽銭を入れて、撮影許可が下りても手が震えてなかなか写真を撮ることができません。 部屋をぐるっとひと回りして、一息ついて。

《ユダの首吊り》 イエスを裏切ったユダが最後首を吊っている姿。 両側にいるのは悪魔でしょうか。 悪魔の背が年寄りのように曲っているし、ユダの足は長過ぎ。 最後にまたこの室をひと回りして、名残り惜しいですが、ひとつひとつの柱頭彫刻たちお別れを告げて階段を下りました。

《エジプトへの逃避》 東方三賢王(または三博士)から「未来のユダヤの王が生まれるだろう」と聞いたヘロデ王は、自分の王の座を奪うものとして、ベツレヘムとその近辺の2才以下の男の子をすべて殺すことを命じます。 そのおふれが出る前に神のお告げを聞いた父ヨゼフと母マリアはイエスをつれてエジプトに脱出します。 そのお話を描いたレリーフです。 馬に乗るマリアとイエス。おとっつあんのヨゼフはまるで家来のよう。

これは何の物語りかわかりません。 おわかりになる方がいらしたら教えて下さいね。 これも《神とアダム》かもしれません。

さて、大変面白いロマネスク彫刻を紹介いたします。 ただし、室内が暗かったので全てを写真に撮ることはできませんでした。 なんとか写っているものだけちょこっと。 ここに展示されいているものは柱頭を装飾する彫刻で古くは無装飾や植物だけだったものがロマネスクの時代になると神話などの物語的な彫刻になってきます。 聖堂の柱の上には奇妙な姿の人間や怪物が住み着き始めました。 頭柱にはアーチなどの重みを受け止めて支える役目がありますが、それを視覚的に強調するところから、形を歪めたり不自然な姿の怪物が生まれたそうです。(「フランス・ロマネスクを巡る旅」参照)   この頭柱彫刻は《神とアダム》 だいたい聖書の順番に写真を貼ります。

《カインの死》 アダムとイヴの子供のカインの死・・・ですが、カインが弟のアベルを殺したのですよね。 この絵は何を語っているのでしょうか。 最後はカインも殺される? ご存知の方は教えてくださいませ。 私も調べてみます。

《三賢王の礼拝》 イエスの降誕を祝いに東方からベツレヘムにきた三賢王(三博士)のレリーフ。

《眠るマギへのお告げ》 マギは先の東方の三賢王。 イエスの誕生を祝ったマギが眠っているところに天使がそっと指を触れて「エルサレムのヘロデ王のもとには帰らないように(イエスのことを話してはいけない)」と告げます。 天使に触れられた1人がパッチリと目を醒ましたところがレリーフになっています。 この「おやっ?」と目を醒ました王の表情が何とも言えませんね。 王の枕の横には花のような「神秘の☆」 クレープみたいな薄い掛け布団に包まり、隣の二人はスヤスヤ眠っています。 思っていたより小さなものでしたが、この《眠るマギへのお告げ》を見るだけでも来たかいがあったというものです。 ずっと見ていても飽きることがありません。

サン・ラザール大聖堂の正面ファサード扉口に出てきました。

扉口上部の半円形のタンパン。 真ん中に巨大なキリスト。手足を広げて左右対称のキリスト像。 キリストの『最後の審判』が描かれています。 最後の審判の後、地獄へ送られるのは向かって右の人々。左は天国に召される人々。 ちゃんと整列して天国に行く人々。 地獄に落とされる人々は嘆き悲しみながら。 足はガクガク、カクカク。

正面扉口の中央柱はこの大聖堂の名を示すサン・ラザールとラザールの二人の妹。 一度死んだラザール(ラザロ)はイエスの奇跡により蘇ります。蘇ったラザ-ルは復活の生きた証人としてイエスの教えをひろめ、ついには殉教という運命をたどります。 そしてサン・ラザ-ルとなるのです。サン・ラザール大聖堂はサン・ラザールに捧げられた聖堂というわけですね。 タンパンのイエス・キリストを柱となって永遠に支えているように見えます(^^)v

タンパンに描かれているレリーフを上手に写すことはできませんでした。 その中でやっとこさ写ったものだけですが。 写真下は「最後の審判」で地獄に落とされた人々の姿。 上は雲から出て来た手が魂の重さを測る計りを持っている様子。 痩せこけたサタンの足に絡み付いているのは3つの頭を持つ蛇。 サタンと左にいる大天使ミカエル(サン・ミシェル)が対峙しています。 サタンはデーモンの助けを借りて、重さをごまかしています。計量器の中から頭をちょこんと出しているのはデーモンらしい。 そんな面白い物語りが彫刻で描かれています。 天国の描写はつまらない。地獄で悪魔たちにひどい目に合っている人々の姿やサタンの方が生き生きと描かれていて面白い。 こんなことを言っているコクリコたちも地獄行き?

タンパンの向かって右側の柱頭彫刻。 写真左の柱頭彫刻は 神殿における処女マリアのお浄めと、イエスの紹介。 真ん中の彫刻は サン・トゥースタッシュの伝説を描いています。 サン・トゥースタッシュは生きたまま家族とともにブロンズの樽に詰められ、火をつけられて窒息死した聖人です。 兵士だったサン・トゥースタッシュは奇跡を起こす鹿に出会ってキリスト教に改宗するのですが、この柱頭彫刻は鹿と出会っている場面だと思います。 一番右の彫刻は ヒエロニスム(聖ジェローム)がライオンの棘を抜いている場面です。 皆人が怖がるライオンを、ヒエロニスムだけが怖がらず棘を抜いてやりました。 ヒエロニスムを描いた絵画に必ずライオンが側に描かれているのはそのためです。 昔の人たちは紙芝居みているような感じでこれらの彫刻を見て聖書の教えを理解しただろうことがよーくわかりました。

タンパン左側の柱頭彫刻は、 「黙示禄」の中の6人の老人が弦楽器を奏でている場面だそうです。 そしてよくわからないけれど馬?に乗って勇ましく走っている人物も。 老人たちも馬?に乗っている男も何やら楽しそうではあります。 こうしてひとつひとつ見ているととても興味深くてもっと知りたくなってきます。 今となればもっとたくさん写真を撮ってくれば良かったと思います。

大聖堂扉口から眺めた聖堂前の広場。 泉も見えますね。

しっかりロマネスク彫刻群を堪能したコクリコ一家。 サン・ラザール大聖堂を出るともう7時は過ぎているのにまだ空は青く明るい。 夕食前に古代ローマの遺跡を見てこようかと歩き始めます。

遺跡に向かう途中に羊を飼っている民家を見つけた。 農家ではないみたい、ペットとして庭に羊を飼っているように見えたので面白いから写真に撮ってみました(^^) 羊だけではなく、後ろの木に登っているのは・・・

そして、目の前が広々と開け、紀元前の古代ローマ時代の遺跡が現れました。 遠くには長閑にアルー川が流れ、今まで見て来た12世紀ロマネスクのキリスト教文化の世界とは全く違う世界でした。 あけっぴろげの明るさです。

ガリア=ローマ時代の劇場も残っています。 普段は自由に中に入り見学できるそうですが、今夜はこれから催しがあるので中には入れません。 余裕があれば今夜のスペクタクルを見れば良いのでしょうが、ホテルからは遠いし、疲れているし。 残念ですが、遺跡を外かせ写しただけで旧市街に戻りました。

遺跡の近くに建っていた民家。 たぶん、普通の民家だと思いますが、家の壁の彫刻が凄い。ローマの女神のような彫刻が。 この家の反対側の壁にはキリスト教関係の彫刻も。 ローマ神話とキリスト教よ~フランスにも日本人と同じような多神教の方がいるのですね(^^) 立派な家でしたが笑える家でした。

ジャイアントパンダ!!!???

そして、さらに旧市街に入る手前の広場には物凄く巨大なブリキの牛! PETER MEYERSという人の作らしい。 オータンは凄いですよ、古代ローマに中世に、現代彫刻までが勢ぞろい。 この巨大な牛のインパクトは強く、4人は一斉にカメラを向けたのでした。

カフェの前のわんこ。

今日は朝早くパリを発ち、ボーヌを駆け巡り、オータンでロマネスクを堪能し、いっぺんに多くのものを見過ぎた1日でした。 今日一日に「乾杯!」 コクリコ妹念願のエスカルゴとブルゴーニュワインで夜は更けていきます。

レストランに行く途中で見かけたベビー服のお店のショーウインドウにはかわいい黒人の赤ちゃんのマネキンが。

前回と同じ駐車場に車を停め、

秋の風情一杯のサンラザール大聖堂 いつものように静けさの中に包まれていました

タンパンの正面にあるレストラン、 入ろうと思いつつ、未だ入った事がありません。 教会の風情を損なわない感じが気に入ってます。

この辺は皆さんに紹介されていますので、

どちらかと言うと、地獄の部分が好きです。

エヴァも角度で表情がかなり変わるので、驚きます。

今回、美術館の改修が終わっていて、前回よりかなり展示物が充実していると感じました。 写真を撮ると入り口で言うと、僅かな追加料金で自由に撮らせていただけます。

見たかったマギの柱頭彫刻 満足しました。

折角なので、人気の無い街をぶらぶら

面白い建物の肉屋さん

秋の県道をパリ方面へ向かってひた走りました。 ブレターニュの牛と違って、ブルゴーニュの牛は愛想が良く、皆で注目してくれました。

ブルゴーニュの県道を写しただけなのですが、奥に看板が写っているのに昨日気づきました。 黒い胴体、落ちた赤い首、 死亡事故の看板です。 年齢が書いてあるものも路線によってはありますし、人数分、きれいに並べてある所もあります。 フランスではこのような看板が事故抑制につながるのかも知れませんが、いつも通る近所の人はどう思うんでしょうか。 無意識の撮りましたが、何体も並べてある場所はとても写真には撮れません。 この写真はあまりはっきりしないので、貼らせてもらいます。 良く見たい人は拡大して見てください。 年齢無しバージョンですが、結構 インパクトのある看板です。

お腹が空いたので、途中 アルナ ル ドュク の街に寄ってみました。

こうした知られていない街にも歴史を感じさせる建物が一杯です。

人気もありませんが、こうした雰囲気の中、ぶらぶらするのが、大好きです。

街の中心にあるカフェに行けば、サンドイッチ位 作ってくれるだろうと思いきや、何も無し。 皆、飲みながら場外馬券購入に夢中、 気持ちは分かるが。。。

街を出たところに感じの良いレストラン発見、 でも満員でテーブルを待っている人もおり、何時になるか分からん、との事。 結局、高速インター近くのチェーンレストランで食事。

秋真っ盛りでした。 高速のパーキングエリアでの一枚。 母校の銀杏並木を思いだしました。 車は調子が良く、警告ランプも無く、きっと何かの電波を拾ってスピード警告でSTOPと付いたのだろう、なんてハイテクな車なんだ、と解釈していました。 年末の旅行でトラブルなんて想像もしていませんでした。 次回は南仏の旅です。