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ガーナってどんな国?

ガーナ共和国(ガーナきょうわこく)、通称ガーナは、西アフリカの国。首都はアクラ。コートジボワール、トーゴ、ブルキナファソに隣接し、大西洋に面する。
サハラ以南の国で、初めて現地人が中心となってイギリスから独立を達成した。初代大統領クワメ・エンクルマ エンクルマは、アフリカの統一運動を推進したことで有名。かつてゴールドコーストと呼ばれた海岸を持っており、ダイヤモンドや金を産出する。
日本との関係では、野口英世がガーナで黄熱病の研究中に死去している。英世の故郷である福島県の福島県立医科大学が医師を派遣するなど関係も深い。

ガーナの地図

ガーナのブログ旅行記

「あなたが嫌いな街 トップ9」 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2010年1月28日 ... 1位:デトロイト・・・・・・・・・・・・・・・・・・犯罪、公害、荒廃した建物2位:アクラ(ガーナ)・・・・ ・・・・・・・・混沌、水辺の汚染3位:ソウル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・汚く人間性の欠けた 建築群、酔っ払い4位:ロサンゼルス・・・・・・・・・・・・・・・・公害、渋滞、 ...

西アフリカ・ガーナ、ジンバブエと南アフリカの旅 - トラベログ

2011年8月16日 ... アントニオの世界旅行記 > 海外旅行レポート一覧 > レポート.

shukran@world: 日記・コラム・つぶやき

2013年5月15日 ... 2006.06.23; 日本対クロアチア 2006.06.19; やったぜガーナ!! 2006.06.18; オランダ対 コートジボワール 2006.06.17; ドイツ対ポーランド 2006.06.15; ブラジル対クロアチア 2006.06.14; 日本対オーストラリア 2006.06.13; アフリカ頑張れ!

ガーナ、トラベログ、トラベローグ、TRAVELOGはみんなの旅行情報の ...

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台風の前に|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』 - Ameba

2007年9月6日 ... ガーナ=野口英世=猪苗代なら、いいけどなぁ… でも会津磐梯山から眺める猪苗代湖 の美しさは変わらないけど(ぜひ昭和の森または猪苗代スキー場から眺めて下さい)、 野口記念館側から見る会津磐梯山の姿は… これで外れならwww

雨は降っても撮影は続く|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2007年9月12日 ... テーマはもうフランスから「(ガーナ)?」の海外ロケを経て、そして尊敬してるひとの由来 の国内「(福島)?」へと。 あわただしいともいえるし、知的好奇心はキリがないともいえる 。 そうこうしてるうちに季節はもう秋。 ジャーメインくんがいうように ...

順調、順調。|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』 - Ameba

2009年9月2日 ... いったい、どこでんガーナ。 いったい、どこでオマーン。 いったい、どこ・・、どこ・・、・・・、・ ・・。 んー、苦悶してますー。 ーってこの苦悶とちがったー? あはっ。 なんだか久しぶりの 更新のない日やね。 なくても平気って自分に言い聞かせてますー。

いくよー!久々の、|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』 - Ameba

2012年3月18日 ... 29 □ガーナ「カバだキス」 ..... あく 2012-04-06 22:25:11 [コメントをする]. 71 □ガーナ. まだ間に合いますか? なんだか写真にアフリカの人っぽい人がいるような気が ... アフリカいろいろありますが、せっかくなら私がいま住んでいるガーナに!

やったぜガーナ!!: shukran@world

2006年6月18日 ... やったぜガーナ!! ガーナお見事!!。強豪チェコを2−0で撃破。勝利が決まった瞬間、うちの ご近所さんたちから (アジスアベバ・ボレ地区) 大きな歓声があがりました。ニャホニャホ タマクロー氏も大喜びでしょう。ガーナの知人には祝電を打ちました。

日本対ブラジル: shukran@world

2006年6月23日 ... ブラジルはロナウジーニョが交代してから急に攻撃がまったりしてしまいました。やっぱり スーパースターなんだなぁ。ため息…。 投稿者 shukran 時刻 06時12分 日記・コラム・ つぶやき | 固定リンク · Tweet · « おめでとう、ガーナ!! | トップページ ...

ガーナ対ブラジル: shukran@world

2006年6月28日 ... はぁ…。ため息が出ました。ガーナはよく攻めました。本当に。でも勝てない。ブラジルの 鉄壁の守りを崩せない。そしてブラジルボールがスルスルッと前に出ると、あっという間 に形勢逆転。とにかくブラジルは効率が良いというか緩急自在という ...

ガーナの写真・旅行記

新世紀は、アフリカ大陸のガーナで迎えました。「なんでガーナに行くの?」と同僚から不思議がられましたが、世界遺産を見に行きたかったのです。あれから10年経ちました。記憶を思い出しながら綴っていきたいと思います。

ガーナの首都アクラに飛ぶ前、ローマで1泊しました。ローマで一番来たかった場所が写真のコロッセオ。当時はユーロではなく、リラの時代でした。

ローマを代表する観光地であるコロッセオ。しかし、ここは剣闘士奴隷がショーとして戦わされていた血なまぐさい場所です。テルミニ駅前で、量り売りのピッツァ屋を見つけ食べました。鮭がのって厚い生地でした。おやつのつもりでしたが、それだけで腹いっぱいになりました。イタリアは、ご飯がうまいんだなあと思ったのです。

ローマからガーナの首都アクラへはガーナ航空で飛びました。バスでアクラから西へ2時間半。エルミナという街に来ました。はるばるガーナにきたのは、この建物を見たかったからです。現地では城と呼んでいますが、奴隷が収容され、運ばれていった場所です。世界遺産になっています。ちなみに、バスの中からアリ塚やバオバブの木などがみられ、面白かったです。

1月のガーナは空気は多少ジメジメした感じでした。サハラ砂漠からハルマッタンという熱風のためだとか。道産子は暑さは耐えられますが、ジメジメには弱いのです。

黄金海岸を望んでいます。木造の漁船が漁をしています。何をとっているのか?風が強かった覚えがあります。

港に戻ってきた漁船。

港は結構活気がありました。ガーナの土は赤かったです。結構親日的な国で、日本語でフォローされる場面が何回かありました。

現地の子供と少々交流。日本人というと、目を丸っこくして話しかけてきました。

ケープコーストからのミニバスでKaneshie Motor Parkに着きました。写真はKaneshie Motor Park付近。 Winneba Roadをひたすら北西に進み、Hansonic Hotelを目指します。徒歩30分ほどかかったかと思います。ミニバスもたくさん走っているのでミニバスでもHansonic Hotel近くまで行けると思いますが、どのミニバスに乗っていいのかよくわからなかったので、自分は一度も使いませんでした。

こちらの建物が見えたところで左折。

左折して50~100mほどのところでHansonic Hotelを見つけました。 場所はだいたいこの辺り http://www.hostelworld.com/hosteldetails.php/Hotel-Hansonic/Accra/2140/directions

ファンのみの部屋をとりました。25セディー(約1250円)。 トリップアドバイザーのレビューを見てたら"roaches ev-er-y-where!"なんて書かれていましたが、確かにゴキブリ3匹遭遇。小さい蟻もけっこういた気がします。部屋は3階でしたが無料wifiのつながりが悪く、1階のロビーでwifiつなぎましたが、そこは夜だとけっこう蚊が寄ってきました。。 その辺りが気にならなければ、わりと清潔ではあるし、悪くない宿だと思います。

宿に荷物を置き、Temaに向かうことにします。 Winneba Roadを南東に少し進み見つけた安食堂。メニューはおそらくジョロフライスのみくらいだったと思います。

ジョロフライス5セディー(約250円)。 大きな炊飯器だか鍋にジョロフライスが入っていました。冷めていてあまりおいしいものではなかったですが。。

この安食堂を一人で切り盛りしていた青年。19歳らしい。

ここからミニバスでKaneshie Motor Parkまで行き、そこからさらにミニバスを乗りついでTema Stationまで行きました。そこからミニバスに乗り、Temaに行きました。 Temaでの旅行記は別に書いており、こちら http://4travel.jp/traveler/andres/album/10653596/

Temaから戻ってきて、Tema Stationからミニバスに乗り、またKaneshie Motor Parkに戻りました。

Kaneshie Motor Park付近にある市場。食料などを売っていました。

Kaneshie Motor Park付近。左手の建物が市場。

Hansonic Hotelまで戻り、付近の食堂でガーナ名物のFufuを食べます。 レストランにいた一人の男が注文してくれたり何かと親切にしてくれましたが、金を請求されることもなかったです。

Fufuは手で食べます。写真左手の洗面器で石鹸ではなく青い洗剤のような液体と水でまず手を洗いました。そんなもので洗った手でFufuを食べるのはちょっと抵抗がありましたが。 そして、ガーナのStarという銘柄のビールを飲みます。

ビールを飲みながら待っているとFufuが出てきました。 おそらくトマトベースと思われる辛くて若干酸っぱいスープに餅っぽいFufuと牛の内蔵肉がよく合い美味しかったです。

翌朝、ガーナ大学構内にあるNoguchi Memorialに行くことにしました。 まずは、Hansonic Hotelからミニバスを乗り継ぎTema Stationに行きます。そこで、写真の場所からLEGON行きのミニバスに乗ります。1セディー(約50円)でガーナ大学近くまで。

乗客の一人がこの辺りで降りろというので降りました。しかし、降りたとこからではガーナ大学がどこかはわからなかったです。 この辺りを歩いていたおじさんに道を聞くと、その人はガーナ大学の学生でこれから大学に行くと言うのでついて行くことにしました。

大学構内。 大学の門のところで守衛の人と話すと、その日は日曜日で、Noguchi Memorialは閉まっているとのこと。それから、構内はひったくりとかいるから気をつけろと言っていましたが、大学まで案内してくれたおじさんと一緒に構内に入りました。 そのおじさんは自分の用を済ませるわけではなくずっとこちらについてくるので怪しいと思い、早歩きして振り切ろうとすると、「待て」と言われましたが、無視したら追ってこなくなりました。 ちなみに、大学構内に入ったのはJ.B. Dnaquah Roadというところからだったと思います。

大学構内に銀行が入っています。 構内は日曜ということもあり人通りがかなり少なかったです。キャンパスの建物が密集しているところもありましたが、Noguchi Memorialに向かう途中はだだっ広い原っぱになっているところもありました。

2,3kmくらい歩いてNoguchi Memorialのあるキャンパスの門まで。 守衛と話すと閉まっているとのことでしたが、守衛の好意で中を少し案内してくれました。

構内建物内にあった野口英世像。 残念ながら中までは入れてくれませんでした。

Legon East Roadまで出たら、近くにミニバスのバス停がありましたが、歩いて近くのAccra Mall(http://www.accramall.com/)というショッピングセンターまで行くことにしました。

Accra Mall外観。

朝10:00-11:00頃だったので開いている店は少なかったです。南ア資本のスーパーマーケットのShopriteなどが入っていました。服飾、雑貨、Sonyなどの家電品店もありました。 客層は現地の富裕層と白人。アラブ系、中国人も見かけました。

Accra Mallからミニバスに乗り、市の中心部に向かいます。 途中で見かけたKOSMOS ENERGYのオフィス。ジュビリー油田を発見した石油探索生産会社。

高級住宅地っぽいところ。

ガーナの大統領府。

とあるバスターミナルに停まりました。 Old Tema Stationというところです。 周辺が官庁街になっているので散歩してみることにしました。

Ministry of Energy。わりとボロい建物です。

日曜日ということもあり、官庁街のあたりは人通りがかなり少なかったです。

国立博物館に向かって歩くと携帯大手のTigoのオフィスがありました。

国立博物館入口。入場料をいくらか払って中に入ります。人は少なかったです。

これでケンテというガーナの織物を織ります。

アシャンティ王の椅子。クマシの博物館でも同じようなのを見ました(クマシでは写真が撮れなかったですが)。

角笛。

ガーナ版親指ピアノ。

こちらも親指ピアノ。

コラに似た楽器か?

国立博物館建物内。

謎の木彫り群。

その中に携帯を眺める木彫り。 ではないか。。

とある祭りでの写真らしいが、これは恐ろしい。

こちらの老人が口に入れているのは蛇か。 伝統風習なのかもしれないが、昔のガーナ人は恐ろしい。

それに比べて現代のガーナ人は恐くない。 ちゃんと仕事しろ。

次は、Independence Squareに向かって歩きます。 その際に見つけた国立劇場。

周辺は建設中の建物がけっこうありました。

サッカースタジアムがありました。 人がけっこういたので、そこら辺にいた人に「今日サッカーの試合あるの?」と聞いてみると、「15:30から試合がある」とのこと。この時13:30くらいでしたが周辺を散歩してから戻ることにしました。 ちなみに、このサッカースタジアムの手前あたりでちょっといかれた感じの男に"Chinese come on"と言われたが無視すると、"Korean come on"と言われたが再度無視。無視して歩くとしばらくついてきたし、周辺は人通りが少ないところだったのでちょっと恐かったですが、途中から追ってこなくなりました。

Independence Arch

Independence Square

Independence Square近くの通りで、太鼓叩きという男に、ガーナの太鼓を叩いてみるかと声をかけられました。特にサッカーの試合までにすることもなかったので、ついて行くことにしました。写真はその周辺の場所。 ひと通り太鼓を叩かせてもらった後、土産に太鼓を買えと。太鼓をたたかせてもらった授業料は払うが太鼓はこの後の旅行の荷物になるので買わないと言っても授業料は無料で太鼓を買ってほしいとのこと。 しばらく話しても向こうは全く引かないので仕方なく、40セディー⇒25セディー(約1250円)まで値切って小さな太鼓を買いました。

この右側の人が太鼓叩きの人。昔はサッカーしていたらしく体格も良い。 左の人はなぜか写ってきた赤の他人。写真を撮った後、この右の太鼓叩きが「こいつはここの住人じゃない」と不快そうに言っていた。知らない人とでも気軽に写真に写ったりするものなのか?

日曜で普段よりは活気がないらしいが、Makola Marketの辺りを歩いてからスタジアムへ戻ります。

チケット売り場でゴール裏2セディー、メインスタンド5セディー(約250円)のチケットが売っており、メインスタンドの席をとりました。メインスタンドでも自由席です。 チケット売り場からゲートに向かうと、「俺の2セディーのチケットと交換しろ」という人がいましたが無視。荷物チェックを軽く受けてゲートをくぐったのがこの辺り。

スタジアムに入ります。

スタジアムの中。

その時、15:00頃でしたが既に前半5分。13:30頃にスタジアム周辺で試合開始時間を聞いた時は、「15:30から」と言われたが15:00キックオフだったようです。時間適当に答えられたか。。 試合は、Accra Hearts of Oak vs Obuasi Ashanti Gold。首都の人気チームと地方クラブとの試合。Obuasiは金鉱ツアーのために自分も訪れたところだけに思い入れがあります。 Obuasiの旅行記はこちら http://4travel.jp/traveler/andres/album/10650219/

スタジアムの様子。

パノラマで撮ってみました。

メインスタンド前列でも空きがあったので座りました。 右前方のペットボトルで水売ってる少年も商売そっちのけで試合を見ています。ノルマとかないんだろうな。。それとも自営業なのだろうか? それから、右前方に見えるAccra Hearts of Oakの監督は白人でした。Nebojša Vučićevićというセルビア人みたいです。

前半途中から入ってきたこのAshanti Goldの10番がわりとテクニシャンでした。コートジボワールのDidier Florent Guibihi Koréという選手らしい。 http://www.footballzz.com/jogador.php?id=232692&epoca_id=0

Accra Hearts of Oakの54番がストライカー。Mahatma Otooという若手選手でガーナ代表歴もあるらしい。53分に強烈なミドルシュートを決めていました。 http://en.wikipedia.org/wiki/Mahatma_Otoo

Accra Hearts of Oakの3番も中盤でよくボールをつないでいたいい選手でした。 Uriah Asanteという試合時点で19歳の選手らしいですが、これまでユース世代でも代表歴はないらしいです。 http://westafricanfootball.com/2010/11/02/uriah-asante/ 試合後のインタビュー動画がありました http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=ok1JS6iZgXs

Ashanti Goldのサポーター席。

Accra Hearts of Oakのサポーター席2階。

PHOBIA LADIESというおばちゃん方がゴールが決まった後に踊りだしたりして、周りと比べたら派手に騒いでました。 サポーターはみんなで歌ったりするというより、それぞれが思い思いに野次を飛ばしたりしていて、個々人または小グループで応援していた様子。

ブブゼラも売っていました。

3-2でAccra Hearts of Oakの勝利。 きちんとつないだり集団でプレスをかける場面が少ないなど、チームプレーが弱い。ワンタッチ・ツータッチでのボールまわしが少なく一人一人がボールを持つ時間が長い。それから、パスミスやトラップミスなど足元のスキルが甘い。個人レベルでは高い選手が何人かいましたが、チームとして戦ったら平均的にはJリーグのチームの方が強い印象を受けました。 試合結果はこちら http://www.mtnfootball.com/africa/ghana/premier-league/matches/play-by-play/jan/08-hearts-of-oak-v-ashantigold.html http://www.ghanafa.org/pages/reports/3206.php

試合後、スタジアムを出ると臨時便だと思いますが、Kaneshie Motor Park行きのバスが停まっていたので乗りました。 バス内は地元Accra Hearts of Oakのサポーターだらけでしたが、バスが動き出すと、Obuasi Ashanti Goldのサポーター集団が歩くところをノロノロと進みました。サポーター同士で少し言い合いが始まったので、投石でも始まったらどうしようかとビビりましたが、言い合いは激しくなく投石もなく特段トラブルはなくバスは進みました。 Kaneshie Motor ParkからHansonic Hotelまで夕日を見ながら歩きます。

Hansonic Hotelから12セディー(約600円)でタクシーで空港まで行き、Air NamibiaでNamibiaのWindhoekまで飛びました。 これにて、11日間の西アフリカ旅行が終了。次は南部アフリカ。

1/8(日)の観光ルート。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/25/58/15/src_25581530.jpg

AccraのKaneshie Motor ParkからミニバスでTema Stationに行き、そこからTemaまで行きました。 写真はAccraのTema Station。 Kaneshie Motor ParkからTema Stationまでのミニバスは0.5セディー(約25円)

道中見かけた荷物をたくさん積んで走る車

料金所

Tema近くで見かけたトヨタの看板

Tema終点のマーケットのあたりで渋滞

こちらがTemaのミニバス乗り場

港へと続く道は片側2車線で渋滞もない。ラゴスのアパパ港とは大違い。 なお、ラゴスのアパパ港の様子については、こちらの旅行記で書いています http://4travel.jp/traveler/andres/album/10644304/

横浜ゴムの看板。港に向かって歩いた右側は車の修理場があったり、住居などがありました。

スーツケースも頭で運ぶんですね。。

海運大手のMaersk Lineの看板。

建設中の建物がけっこうありました

港に荷揚げされた荷物を運ぶためのトラックと思われます

港の様子①

港の様子②

銀行などの入ったオフィス

オイルタンク

Temaの鉄道駅。 この辺りに数人の人がいて、そのうちの一人に呼び止められました。その人曰く、駅長だとのこと。 列車に乗ってAccraに戻ってみたいと思っていましたが、聞いてみると、Accra行きの列車は本日(土曜日)はもうないとのこと。朝発ならあったらしい。 仕方ないので周辺の写真だけ撮って引き返そうかと思い、その駅長だと言う人に写真を撮っていいか聞くと、 「写真を撮りたいなら金を払え」 と。 「じゃあ、撮らないよ」 と言うと、タダで撮って良いと言われる。意外とあっさり引き下がってくれました。

線路。 これまで見たアフリカの線路と違ってしっかり整備されている様子

プラットフォーム

歩いてTemaのマーケットまで戻り、ミニバスでAccraまで戻ります。

AccraからTemaまではおよそ1時間で行けました。料金は1.5セディー(約75円) 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/84/25/src_24842546.jpg

TemaとAccraの間は道路がしっかり整備されているものの、交通量が多かったせいか、さほどはスピードは出ていません。 1時間ほどでAccraのTema Stationに着きました。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/84/25/src_24842547.jpg

散策したルートは左の画像の通り。 港近くの鉄道駅まで行って引き返しました。 A:Community 1 Lorry Station B:Tema Railway Station 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/84/80/src_24848063.jpg

Cape Coast-Sekondi Road沿いのタクシーがたくさん停まっていたあたりでTakoradiからのバスを降り、タクシーでエルミナ城まで。 距離や相場がわからなかったので、タクシーの運転手の言い値の5セディー(約250円)を払いました。 ElminaのSt Geroge's Castleは、サハラ以南で最古のヨーロッパ建築物。交易の拠点としてポルトガルによって建てられたが、後に奴隷貿易の拠点となり、ここからたくさんの黒人が死に、生き残った者はアメリカ大陸へと運ばれていきました。ポルトガルの後はオランダが使用しました。 入場料9セディーとカメラ代2セディーで計11セディー(約550円)払いました。 バックパック背負って入ろうとしたら呼び止められ、バックパックを入口で預かってくれました。

St Geroge's Castleの中。

城の上からビーチでサッカーしている人達が見えました

独房。 奴隷として捕らえられたが、刃向かったりした人達はここに死ぬまで閉じ込められたらしい。

奴隷として捕らえられた人達は男女別に分けられた。

こちらは男用の部屋。 ここに身動きがあまりとれないほどにたくさんの人が押し込められたらしい。

こちらは女性用の部屋の入口。

ここから地下の部屋に食事が投げ込まれたらしい

刃向かった人はこの鉄球につながれたか、体の上にこの鉄球を落とされたか、という説明をガイドの人から受けた気がします

こちらが地上から食事が落ちてくる穴

Slave Exit To Waiting Boats。 奴隷達はここからアメリカ大陸に向けて出航しました。

Fort St Jago。こちらはオランダが建てたもの。

空き地でサッカー

たくさんの漁船

ボートを作っています

St Geroge's Castleから5分くらい歩いたでしょうか。Fort St Jagoへ。入場料3セディー(約150円)。 こちらも世界遺産ですが、その時、観光客はいませんでした。

Fort St Jagoの中

St Geroge's Castleが見えます。

Fort St Jagoを見た後、少しElminaを歩いてからタクシーを捕まえてCape Coastに向かいます。 Cape Coast Castleまで5セディー(約250円)で行ってくれました。 椰子の木が生い茂る海岸沿いの光景がとても綺麗でした。

Cape Coast Castle着。入場料はElminaのSt Geroge's Castleと同じく入場料9セディーとカメラ代2セディーで計11セディー(約550円)。バックパックも受付で預かってくれました。 ガイドツアーが少し前に始まっていたらしく、早速参加します。 ElminaのSt Geroge's Castleと同じく奴隷の部屋は男性用と女性用に分けられている。こちらは男性奴隷用の部屋の入口。 Youtubeにツアーの様子がアップされていました。 http://www.youtube.com/watch?v=mtI3kb1cTjY

Cape Coast Castle。大砲が海に向けられています。

こちらもElminaのSt Geroge's Castleと同じく、地下の部屋に食事が投げ込まれる投入口があります。

広場で大音量で音楽を流す奴らがいて、ガイドの人が説明の声が観光客に聞こえないと怒っていました。 しかし、しばらくするとまた大音量になり、またガイドの人が怒って音量が小さくなりました。

DOOR OF NO RETURN。 ここからアメリカ大陸に向けて奴隷として捕らえられた人達が運ばれていきます。もうアフリカ大陸には帰ることができないからDOOR OF NO RETURN。

DOOR OF NO RETURNの標識。

城の上の方からはCape Coastの海岸を見ることができます

ツアーが終わった後、城内を少し散策しました。

砲弾

Cape Coast Castle入口。 観光が終わったので、歩いてMighty Victory Hotelに向かいます。

Mighty Victory Hotel外観。

こちらのエアコン付きの部屋で45セディー(約2250円)。広いし綺麗でした。 wifi使うには追加で5セディー(約250円)を払わなければいけないとのこと。

歩いてFort Williamまで。こちらはCape Coastの街の灯台として使われていたらしい。 観光地というわけでもなく、中には入れない。

散乱するごみに草を食むヤギ。

豚まで。

歩いてCastle Restaurantまで。 海に沈む夕日を見ながらシーフードなどを食べられるレストランでした。

夜でしたが、歩いてホテルまで戻りました。

翌朝、Accra Bus Stationまで。 ミニバスに乗って6セディー(約300円)でAccraまで行きました。

道路状況は悪くなく、概ね60km/h超出ています。 Accra手前とAccra市内では渋滞に巻き込まれました。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/84/12/src_24841231.jpg

Accra手前での渋滞

工事中の様子

道路を整備

高架。高速道路でも建設しているのでしょうか? この後、AccraのKaneshie Motor Parkに着き、そこから歩いてHansonic Hotelに行って荷物を置いてから、ガーナ1の港湾を持つTemaに行きました。

DOOR OF RETURNの外観

DOOR OF NO RETURNの扉をくぐり、外から見るとDOOR OF RETURNという標識が掲げられていました。 この扉を出てアメリカ大陸に向かった者は2度と戻れないからDOOR OF NO RETURNということでしたが、今ではその子孫達が旅行などでアフリカ大陸に戻ってくることができる。ということで、DOOR OF RETURNという標識が掲げられたらしいです。

うーんここには舗装路は無い。 急な滞在に宿泊先確保のため空港で予約をして移動。 英語圏でよかった。

道端に洗濯物が干してあった。 まさかの急な滞在になった為、情報なにも準備ない上に情報もないので空港から離れてしまうといつ出発するかわからないので空港周辺のみの移動で2日間をすごした。 相変わらず、電気事情が悪くカメラ、携帯も充電できる場所が無いので車で充電してもらった。

Cape CoastからミニバスでTakoradiに向かいます。2.5セディー(約125円)。

Takoradi近くのSekondiの街

Takoradi付近で渋滞に巻き込まれました

Takoradiの中心地近くでミニバスから降ろされました。 そこから歩き、You 84 Hotel & Restaurantに向かいます。

部屋はわりと清潔。エアコン付きの部屋で45セディー(約2250円)でした。

トイレとシャワー。 荷物を置いて夕食を食べに行きます。

Vienna Cityというカジノやバーなどの入った商業施設

Captain Hook'sの看板。 lonely planet West Africa(7th Edition(2009年10月))には駐在者向けのレストランと書かれています。

雰囲気良い。1月5日でしたが、クリスマスな雰囲気の内装でした

ロブスター5匹で付け合わせのパンも含めて30セディー(約1500円)。安いし美味しかった。

レストラン前にタクシーがいなかったし、大丈夫そうな気がしたので歩いてホテルまで戻ってみました。 治安のほどはわからないので、大丈夫とは言い切れませんが。

中心地はわりと人通りがありました。

ホテル前のMarketにひどいゴミ。

Takoradiの港の入口

倉庫

古そうな建物

放置された列車

駅。掃除している人はいました。

プラットフォーム。 アフリカは植民地時代に作られた鉄道がメンテナンスされずに荒廃するというケースがいくつかあるみたいです。

倉庫

Antrak Logisticsという会社のものらしい。 Dominion Oilfield Servicesという会社の看板も

Gateway Logisticsという会社の倉庫らしい

倉庫。 Takoradiの倉庫がある地域はまだ使われてなさそうな土地があります

APMTERMINALSという会社のものらしい

コンテナがかなり積まれている

こちらがYou 84 Hotel & Restaurantの外観。1階がスーパー、2階がレストランになっていて、建物右手の狭い通路から入って2階に上がったところがホテルになっています。

ホテルに戻り荷物をピックアップしてからAccra Motor Parkに行きます。 まず、Cape Coastに行ってから次の目的地のElminaに戻ることを考えていましたが、バスの中の係員に話してみたら、道中のElminaでも降ろしてくれるとのことなので降りることにしました。

バスの中

Takoradiを出発したすぐ後。また渋滞に巻き込まれる

物売りの人達

KumasiとTakoradiを結ぶ線路

片側1車線。追い抜こうにも対向車が来ているため追い抜けない

料金所。 この後、Elminaのタクシーがたくさん停まっていたあたりで降ろしてもらいました。

Captain Hook'sというシーフード中心のレストランに行ってから別のルートでホテルに戻りました。 A:You 84 Hotel & Restaurant B:Captain Hook's 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/76/47/src_24764770.jpg

次の日、港湾地区を見に行ってからホテルに戻りました。 A:You 84 Hotel & Restaurant B:Takoradi港の入口 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/76/47/src_24764771.jpg

TakoradiからElminaまで。 TakoradiからしばらくはGPSロガーで記録をつけるのを忘れていましたが、渋滞で速度は遅かったと思います。以降はだいたい60km/h超とスピードは出ています。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/76/47/src_24764772.jpg

KumasiからのミニバスでObuasi付近まで来ました。 出迎えてくれたのはKomatsuの看板。

ミニバスはマーケットの中心に着きました。こちらの写真はマーケットから少し離れたところではありますが。 まず、次の日の金鉱ツアーの集合場所であるAngloGold Ashanti社のオフィスの場所を確認してから、その近くにホテルをとろうと思いました。 日本を発った時は自力でObuasiまで行くことを想定していなかったし、lonely planet West Africa(7th Edition(2009年10月))にはObuasiの情報は全くなかったので、Kumasiに滞在していた時にインターネットカフェに入りGoogle MapのObuasiの地図を印刷しておきました。 但し、AngloGold Ashanti社のオフィスは人づてに聞くしかありません。ガソリンスタンドで道を聞いた際に、店員が近くの3人の子供に案内してやれと言ったのでついて行くことにしました。

部屋もわりと清潔。 トイレシャワー共同で扇風機のみの部屋を選びましたが13セディー(約650円)。コストパフォーマンスのいいホテルでした。

そして、案内されたのがこのホテル。Obuasi Silent Hotelというらしいです。 子供に現金を渡すのはあまりよくないと思ったので、ひとまずその場ではお礼に飴玉を渡しました。 その時、特に金をよこせなどとは言われませんでしたが、飴玉だけじゃ悪いと思い、後でスーパーに行ってから子供が遊んでいた場所まで戻りペットボトル飲料を1人ずつ渡すと喜んでくれました。

ホテルに荷物を置き、街中を散策することにしました。 まずは街の中心の交差点へ。金の抗夫像。

通りの名前もGOLDFINGER

KumasiとTakoradiを結ぶ線路はこの通り。

またGOLDFINGER

GOLDFINGER RESTAURNT。 さすがは金鉱の街。

中はこんな感じ

なんとアルゼンチンのお菓子のボノボンをガーナの田舎町で発見。コルドバ製でした。

A-LIFE SUPERMARKET。 AngloGold Ashanti社のオフィスの向かいにあります。

そして街中を歩いているとKumasiでもよく見かけた小錦を発見。

街中にはいくつか銀行があるので、おそらくATMで現金を引き出すことは可能。自分は試していないですが。

声をかけられ少し雑談した陽気なトロトロ(ミニバス)の運転手。

マーケットのあたり

ホテルはObuasi High StreetからAPPIANIM KWAFRAMOA Ⅱ Roadに少し入ったところにあります。

そして着いたのがこのAngloGold Ashanti社のオフィス。これで場所は確認できました。 次は宿を決めようかと思い、オフィス前にいた人にいい宿がないか聞いてみたら、案内してくれた子供に何かを言い、ついて行けと言います。 おそらく、子供につれて行くホテルを伝えたのでしょう。

鉱山のあたり

鉱山の事務所など

安全情報

このシャフトから地下に行きます シャフトはObuasiに4つあり、他のシャフトには白人従業員もいるらしいです。

シャフト付近で下に降りる順番を待つ従業員達

シャフト

多くの従業員と一緒に降ります

地下約600m。地下26階あたりで降りる

金が含まれている石

トロッコの線路を補修している

岩盤を支える網

救急室

ロッカー

砕いた石を運ぶらしい

これで操縦する

ホイールローダー

ホイールローダー この手の車は日本製と中国製が多いとガイドが言っていた

充電中だったか給油中だったか

燃料タンク

足で蹴って運ぶ

地上に戻る 機械が充実しているし、休憩室などの従業員向けの設備も整っている。さすがはAngloGold Ashanti社という国際的な企業が持つ鉱山だった。 以前行ったボリビアのポトシ鉱山とは大違い。 あそこはダイナマイトで岩盤を破壊し、つるはしで石を砕き、手押しのトロッコでそれを運ぶ。従業員向けの休憩室もなく気休めにコカの葉っぱを噛みながら従業員が長時間働いていた。 ここの従業員も午前6時から午後6時まで働くと言っていたが。

キャタピラー製。 ガイドは日本製や中国製の車が多いと言っていたが、偶然なのか自分はKomatsuなどの日本のメーカーの車は見なかった。

こちらは砕いた石を精製する工場らしい。バクテリアを使ったりして精製すると言っていた。中は見学していない

ツアーが終わった後、ホテルに戻って荷物をピックアップし、Takoradiに向かいます。しかし、Takoradi直行はなかったので、まずはCape Coastに向かうことにしました。6セディーと荷物代と称して2セディーで計8セディー(約400円)。1時間くらい待ってミニバスは出発しました。写真はミニバスで出発を待つ人達。 ちなみに、ツアーは7:30集合、11:30前には終わりました。

だいたい左のようなルートを歩いたと思います。 A:Kumasiからのミニバスが停まったあたり B:AngloGold Ashanti社のオフィス C:Obuasi Silent Hotel AとCは若干場所が異なるかもしれません。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/75/82/src_24758297.jpg

翌日朝、AngloGold Ashanti社のオフィスまで行きます。事務所の人から「予約がないから地上だけで地下までは見られるかわからない」と言われました。確かにKumasiのツーリストインフォから予約したはずでしたが、不思議です。 料金は計50セディー(約2500円) ・地上のみのツアー代 :20セディー(約1000円)   (地下付きなら25セディー(約1250円)らしい) ・事務所から鉱山までの車代 :20セディー(約1000円) ・カメラ代 :10セディー(約500円) Kumasiのツーリストインフォでは20セディーと言われたはずなのに高い。しかし、ここまで来てツアーに参加しないわけにもいかないし払って参加します。その時、参加者は自分1人だけだったので車代とかはもう少し安くなる可能性もあるかと思います。 事務所とは別室で作業服を着て、車に乗って鉱山に行きます。ガイドは自分1人に対して2人。片方のガイドがKumasiのツーリストインフォからの予約を受け付けていたらしく、地下ツアーも手配してくれていました。しかし、そのことが事務所の人に伝わっていなかったので、「予約がない」と言われてしまったのだと思います。 左はAngloGold Ashanti社のオフィスから鉱山までのルート。 A:AngloGold Ashanti社のオフィス B:AngloGold Ashanti社の鉱山のあたり 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/75/82/src_24758298.jpg

トロッコ

休憩室

事務室

備品

砕いた石を下の階に落とすらしい

Obuasiの街

比較的整備状況の良い道路

検問

こちらはあまり良くない

アフリカでは定番だが、街と街を結ぶ道路はほとんど片側1車線。遅い車がいると後ろがつっかえる。反対車線に車がいなくなったところで追い抜く。

整備状況の良い道路。

Cape Coastに入ったか付近あたり。道路の整備状況は良く2車線になった。 Accra Bus Stationに着き、Takoradi行きのバスが発着するKotokuraba Stationに向かう途中でTakoradi行きのミニバスが通り、それに乗りました。

ミニバスの中。寝てる人が多い

ObuasiからTakoradiに向かいます。 GPSロガーの電池が切れたのに気付かず、記録は途中までになってしまいました。 道路の整備状況は、穴が空いているところも所々あるがさほど悪くなかったと思います。スピードも所々落ちているが概ね60km/hを超えているか。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/76/13/src_24761318.jpg

朝、Fosua Hotelを出ます。写真はホテルのある複合施設の外観

ガーナっぽい色使い

昨日、Accraからのバスが着いた場所に来ました

National Cultural Center内のPrempeh Ⅱ Jubilee Museumにて。 アシャンティ王国で使われていた王室の椅子や着物、台所用具などが展示されていました。アングロ=アシャンティ戦争で使われた武器なども展示も。ガイドが案内してくれます。 中は写真撮影不可だったのが残念。

National Cultural Center敷地内は土産物屋がけっこうあります。

次は、Okomfo Anokye Sword(http://www.lonelyplanet.com/ghana/the-centre/kumasi/sights/museum/okomfo-anokye-sword)という地中に埋まったアシャンティ王国の伝説の剣というものを見に行きます。 Okomfo Anokye Swordの博物館は、Okomfo Anokye Teaching Hospitalという病院の敷地内にあります。写真はその病院。博物館がどこにあるかはわかりませんでしたが、警備員っぽい人に聞いてわかりました。

Otumfuo Osei Tutu IIという現アシャンティ王国第16代の王の絵。

これがそのOkomfo Anokye Sword。 ガイドが、この剣が引っこ抜かれたらアシャンティ王国が滅びるが、これまで誰も引っこ抜けなかったと言っていました。 モハメド・アリも挑戦したが引っこ抜けなかったらしい。

次は、Manhyia Palace Museumという1925年に建てられたアシャンティ王国の宮殿に行きます。 道に迷いながら行きましたが、道中で空き地でのサッカーなどが見られました。

こちらがその宮殿。中は撮影不可。 王様が実際に住んでいた宮殿の様子が見られ、アシャンティ王国初のテレビなどもありました。 見終わった後、外でドレッド頭の人が自分が描いたという絵を売ろうとしつこかったですが、なんとか断って逃げました。

ガーナではプレミアリーグが人気らしい。

Kejetia Market付近。人と車のカオス。

Roppongi!?

Vic Baboo'sというところで遅めの昼食でジョロフライス。スパイシーで美味。

西アフリカ最大のマーケットらしいKejetia Marketへ。 西アフリカのマーケットはカラフルでいいなーと思っていたが、

小錦

別の地区は闇市のような雰囲気。

写真のような小売店がたくさんありました。

道端で魚などの食料品も売っていました

「日本人?結婚して日本に連れてって~」と言ってきたおばちゃん。 せっかくの申し出ではありましたが丁重にお断りしました。 この後、適当に散策してからホテルに戻りました。 その道中にて見かけたものは、、

道端で朝食を売っています。

また小錦。 Kumasiでは人気なのでしょうか?

街のいたるところでやかましく早口で演説している人をよく見かけました。 演説なのか単なる何かの宣伝なのかはわかりませんでしたが。

Kumasiの駅まで来ました。

線路周りはこのようなスラムになっていて、ここを通って線路に出ます。

そして線路に出たところで撮影。雰囲気悪い。

プラットフォームに近づいて撮影。 そしてもう1枚撮影しようとしたところで、「ヘイ!!」といったような声がいろんなところから飛んできた。 周りにはガラの悪そうな男達が20人くらいはたむろっていただろうか。皆こっちを見ている。 これはまずい、、と思っていたが、近くにいた男が立ち去れと合図してくる。ひとまず立ち去ってみたが、追いかけられることはなかったので一安心。 1ヶ月のアフリカ旅行で一番身の危険を感じた時。

Armed Forces Museum。 ガーナ軍の武器等が展示されていたり、独房などもあった。旧英領ビルマで日本軍から奪った戦利品なども。ガイドの人が案内してくれます。入場料は10セディー(約500円) またしても中は撮影不可。

泊まっていたFosua HotelやSTC Bus Stationから近いA-Life Supermarket。 ここで少し買い物してホテルに戻って荷物をピックアップしてから、Obuasi行きのミニバスに乗るためにKejetia Motor Parkに行きます。

そしてまた小錦を発見。 確かにこの写真は迫力あるな。。

Kejetia Motor Park。 Obuasi行きのミニバスはD地区にあると聞いていました。F地区の標識は見つけましたがD地区の標識は見当たらず。 ただ、歩いているとObuasiの標識を見つけたので、近くにいた人にObuasi行きのミニバスを聞いて乗りました。2.5セディー(約125円)。 すぐに人が集まって出発しました。

National Cultural Centerに着きました。 まずは、Obuasi Gold Mine tourの予約のため、ツーリストインフォメーションに行きます。 ツーリストインフォのスタッフが言うに、ツアー自体は30セディー(約1500円)だが、KumasiからObuasiの金鉱との往復の車代が120セディーかかるとのこと。車は6:00にKumasi発らしい。 車代が高いし、ObuasiへのミニバスがKumasiのKejetia Motor Parkから出ているので、翌日Obuasiにミニバスで移動して、ツアーには現地から参加することにしました。持っていたガイドブックのlonely planet West Africa(7th Edition(2009年10月))にはObuasiの情報は全く載っておらず不安ではありましたが、なんとかなるだろうと。 7:30にAngloGold Ashanti社のオフィス集合らしい。場所はわからないが、現地着いてから聞けば良いだろう。

1/3は、だいたい以下のルートで観光しました。 A:Fosua Hotel B:National Cultural Center C:Okomfo Anokye Sword D:Manhiya Palace Museum E:Kejetia Market F:Fosua Hotel 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/71/53/src_24715368.jpg

1/4は、だいたい以下のルートで観光しました。 A:Fosua Hotel B:Kejetia Market付近 C:Kumasi駅 D:Armed Forces Museum E:A-Life Supermarket F:Kejetia Motor Park 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/71/53/src_24715369.jpg

Obuasiまでの道のり。 Kumasi付近の道路状況は良かったが、道路に大穴の開いているところもありました。 1時間半ほどでObuasiに着きました。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/71/53/src_24715370.jpg

国境を越えてすぐ左手のところにATMがあり、VISAのクレジットカードで金を引き出しました。

銀聯カードも使えるらしい。

ATMでお金をおろした後、ガーナ側に歩いて行くとアクラ行きのバスが停まっていました。 10セディ(約500円)でアクラまで。9:00頃出発し、3時間ほどでアクラに着きました。

国境入ってすぐの道路は舗装されていたが

すぐに未舗装の道に。

赤土の大地を走る。木々も赤く染まっている しばらく走った後、舗装された道の上を走り始める

人の多い道路

見晴らしの良い道路でスピードを上げる

料金所。

ヴォルタ川

道路沿いは携帯電話会社のロゴをペイントした建物をよく見た。 MTN

vodafone

glo

アクラ近くで道が2車線になりました。

左手にTema。ガーナ最大の港がある街。工業も盛ん

料金所

アクラ市内に入って3車線

どこかのバスターミナルのようなところで降ろされました。 バスターミナルにいた人にKumasi行きのバスある?と聞くと、ないと言われます。 lonely planet West Africa(7th Edition(2009年10月))には、AflaoへのバスはSTC Tudu Stationから出発することが書かれていたので、おそらくそこにいるのだろうと推測します。そして、Kumasi行きのバスはSTC Tudu Stationからは発着しないようなので、Kumasi行きのバスが発着するメインバスターミナルに移動することにしました。 バスターミナルにいた人がタクシーを捕まえてくれて、5セディー(約250円)でメインバスターミナルまで連れて行ってくれるそうです。相場より少し高い気がしましたが、急ぎたかったのでその額で乗ることにしました。 写真はSTC Tudu Station前のKibu Road

Kumasiへのバスが発着するメインバスターミナルに着きました。 人とバスが多い。 そのあたりにいた人にKumasi行きのバスを聞くと教えてくれましたが、チケットをどこで買うのかと聞くとバスの中で買うと言います。そして中に入って係員の人聞くとチケットは売り切れた、とのこと。 仕方ないので、別のバスがないかとまたそのあたりにいた人に聞くと教えてくれました。 そのバスは扉が閉まっていて外に人が並んでいましたが、列のようなものはなく扉付近に人だかりができているだけ。 すると、強面の若い男がやってきて「お前のために席をとってやる。これは無料だ。」と言います。どうやらチケットを買うのは早い者勝ちのよう。ただ、どうせ後で法外な値段を請求されるだろうと思ったので、男に対しては、自分で席をとると言っておきました。 しばらくするとバスの扉が開きました。 皆、我先にとバスの中に入っていく。 バスの前で少し雑談していた人の良さそうな男が「財布に気をつけろ」と忠告してくれ、気をつけながらバスに乗り込むと、中ではあちらこちらで怒声が飛び交っていました。そんな中、バスの前から順に席を探していったが既に空いている席はない。 後ろの方まで行くと、さっき「無料で席をとってやる」と言ってきた男が一つ席を確保していてここに座れとアピールしてきます。さっき「財布に気をつけろ」と忠告してくれた男も「座れ」と言うのでとりあえず座りました。 すると、横にいた別の男が、席を確保してくれた男に喧嘩を売り、ここでも怒鳴り合いが始まります。 怒鳴り合いの合間、席を確保してくれた男が「10セディー(約500円)払え」と言ってきます。 Kumasi行きのバスチケットは25セディー(約1250円)とバスターミナルで聞いていたので高いと思い、「5セディーでどうだ」と聞いてみます。 しかし、その男はまた喧嘩を売られ怒鳴り合いを始める。その間に、横の席に座っていた男に「どのくらい払うのが妥当?」と聞いてみると「5セディー」と言います。 喧嘩がいったん収まったところで5セディーを払うと、それを受け取りまた怒鳴り合いを始める。。。早く終わらせてくれ。。 それから、後ろの席の人も強面の男に席を確保してもらっていたらしく、額は見えなかったが金を払っていました。 殴り合いの喧嘩をしていた人はいませんでしたが、そこらじゅうで体格のいい黒人達が怒鳴り合いをしていて、なかなか凄まじい光景でした。ビデオとか撮ってみたいところでしたが、皆いきり立っていてトラブルの元になる可能性もあるのでやめておきました。

喧嘩が終わり引き上げるところをこっそり撮ってみました。

お昼ごはんを食べていなかったので、バスの外にいた物売りから窓越しに弁当を買います。 これでたったの2セディー(約100円)。冷めてはいたが、スパイシーで美味しかった。 ちなみに、この後払ったバスのチケット代は17セディー(約850円)でした。

おそらく、その50km付近での道路の状態。 舗装されている道路が所々で陥没しており、未舗装の道路を走った方がスピードが出るため、バスは未舗装の道を走っていた。

こちらも同じ状況

サービスエリアみたいなところで途中休憩

5時間15分ほどかけてKumasi着。既に夜。 着いた場所がわからないのでタクシーに乗ることにします。Fosua Hotelまで。5セディー(約250円)の言い値を払ってしまいましたがホテルは近かった。5セディーは払いすぎだったようです。 後からわかりましたが、Kejetia Circle付近に到着したようでした。

Fosua Hotel。40ドルまたは50セディー(約2500円)で払えとのことだったので、レートのいい50セディーで払います。 小さいゴキブリを2,3匹見ましたがその他は清潔な中級ホテルで、古そうな複合施設の4階にあります。 wifiはなし。ネットできるコンピューターは壊れてて使えませんでした。

トイレとシャワー。

こちらがその複合施設の様子。

ホテル下のレストランで遅めの夕食。 GUINNESSとラベルに書かれていたがノンアルコールでした。 ラベルに小さい文字でノンアルコールと書かれていたが、よく読んでおけばよかった。。 ギネス風味だが甘い飲み物

ペリペリチキン。 南アで食べたものより、味付けがずっと辛かった。 値段は800円くらいだったような気がします。高い。 翌日からKumasi観光を始めます。

朝、泊まっていたHotel Belle-vue近くから200CFA(約30円)でバイクタクシーに乗って国境に行きます。Lomeはガーナとの国境に接している街。 こちらの国境も賄賂請求など特になく通れました。 なお、ガーナビザは事前に日本で取得していました。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/66/34/src_24663400.jpg

Aflaoを出てすぐは未舗装の道が続きあまりスピードが出ていませんでしたが、TemaからAccraまでは100km/hを超えています。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/66/34/src_24663401.jpg

AccraからKumasiまでの道のり。小刻みにスピードが変わっている。 特に、50km付近の道路の整備状況があまりよくなく、スピードが出ていない。 拡大画像はこちら http://img.4travel.jp/img/tcs/t/pict/src/24/66/34/src_24663402.jpg

今回宿泊したHoliday Inn Accra Airport。欧米の安めのビジネスホテルという感じ。

今回宿泊した部屋。

部屋からみた朝日

ホテルの最上階からの眺め。残念ながら、自分の部屋は2F。

街角

街角

大統領府

仕事を終えて、ホテルへの帰路、野口英世記念館に立ち寄ってもらった。ここは、病院内の一角。

野口英世は、この部屋(わずか2畳程度の広さ)で黄熱病の研究を続けた。

これは、現地の日本人会が建てた胸像

日本人会が再構築した野口英世記念館前の日本庭園。

道路脇

大西洋に面した海岸。一見、きれいに見えるが、車の窓をあけると強烈な下水のにおいで、気持ちが悪くなった。こんな海は初めて。

リバティ広場

国民に人気あるサッカーの競技場

路上で家具を売っている

翌日の朝日

露天商の人たちが、木陰で休んでいる

舗装路を離れるとこんな悪路

こんなお店が道ばたに並ぶ

スラム街

渋滞の中、頭に何かをのせた上で、車の間を縫いながら歩く

最後の夜に出されたガーナ料理

ガーナの文化・風俗・注意点

 ガーナでは国民の約50%がキリスト教を、約15%がイスラム教を、そして残り約35%が伝統宗教を信仰していると言われています。挨拶の返礼をしないのは無礼と思われたり、挨拶や物の受け渡しには左手を使わない等の習慣がありますので注意が必要です。

 ガーナでの医療上の注意点は以下のとおりです。

  1. ワクチン接種について

     黄熱病は必須、A型肝炎、破傷風については行った方が望ましいと思います。腸チフス、B型肝炎、狂犬病、髄膜炎菌についても長期滞在者は考慮して下さい。日本脳炎、コレラのワクチン接種は必要ありません。髄膜炎菌については乾季に北部でみられます。髄膜炎菌四価ワクチンの接種をおすすめします(六本木にあるInternational Clinicで接種可能です)。また、入国後、現地医療機関でも接種可能です。黄熱、破傷風、A型肝炎の接種を優先して行い、可能であれば腸チフス、B型肝炎、狂犬病、髄膜炎菌に対するワクチンを行うと良いでしょう。

  2. 食事について

     生ものを食べることは避け、できるだけ火の通った食事をとって下さい。レストランでの生水や氷にも注意し、ミネラルウォーターは目の前で封を切ってもらうなどの注意が必要です。

  3. マラリアについて

     最も注意を要する疾患です。当地は熱帯熱マラリアの割合が95%と高く、日本人など初感染者は放置すると1週間程度で死亡することがあります。短期旅行者は予防投薬を考慮して下さい。介動物は「ハマダラ蚊」という蚊です。潜伏期は7〜12日間で、主な症状は発熱ですが子供は典型的な症状をとらないことがあり、進行も早く、重篤になりやすいので注意が必要です。蚊に刺されないように虫除けスプレー、蚊取り線香、蚊取りマット、蚊帳、長袖・長ズボン、夜間外出(ハマダラ蚊は午後4時以降に出現しやすい)を控える、などの防御策が必要です。また、発熱が起こった場合はマラリアを想定して繰り返し検査を行い、陽性であれば速やかに投薬を行う必要があります。マラリアの治療薬は現地で購入可能です。

  4. その他

     頻度の高い他の疾患については 腸チフスをはじめとする各種下痢症、皮膚感染症、呼吸器感染症などがあります。また、高温多湿なため知らず知らずのうちに脱水を起こしている場合がありますので、水分摂取に心掛けましょう。日本から持参した方が良い医薬品としては、風邪薬、胃腸薬、下痢止め、目薬 (抗生剤入り)、虫よけスプレー、消毒薬、ガーゼ、包帯などです。ガーナの医療情勢は日本と比べるとかなり悪いので、万一に備えて緊急移送をカバーした海外旅行傷害保険に加入しておくことをおすすめします。