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ケニアってどんな国?

ケニア共和国(ケニアきょうわこく)、通称ケニアは、アフリカ東部の国。首都はナイロビ。エチオピア、ウガンダ、タンザニア、ソマリア、スーダンに隣接し、インド洋に面する。国連環境計画、国連人間居住計画の本部がある。旧イギリス植民地。

ケニアの地図

ケニアのブログ旅行記

読者一覧|食べて歩いて遊んでスペイン! - Ameba

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動物の赤ちゃん: shukran@world

2008年4月10日 ... ちなみにハダカデバネズミの生息地はエチオピア、ケニア、ソマリアだそうです。 エチオピアと聞いて、なんだか微妙にガッカリ。 1枚目と2枚目はエチオピアで生まれた 子犬。10匹も生まれて、しかも全部すくすく育って当初はかなりとまどいました ...

ナイロビ行き航空券を対面(店頭)で買うならどこが良い? 海外旅行 ...

2013年3月頃より1ヶ月ほど、東京から個人でケニアのナイロビに行きたいと考えて...

もう一度訪れたい場所~ケニア編 - 奥様は海外添乗員 - Gooブログ

2009年4月10日 ... 今週お届けしてきたわが家の「もう一度訪れたい場所」、最終編はケニア。この国の名を 聞いてもピンとこない方も多いかな?アフリカ大陸の東部に位置しインド洋に面したこの 国は「野生の王国」として知られる場所。首都ナイロビはほぼ赤道 ...

福岡のダッシュ村|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰 ...

2007年8月21日 ... 熊本を後にして相変わらずJR普通電車で福岡へ。 福岡って結構遠いイメージがあった けど、. 熊本駅から小一時間であっという間に福岡県入り。 そして今晩は博多まではい かず、途中にある. 福岡県筑紫野市に住んでいるケニアで会った.

旅は青空 - カーニバァルのゲーム・ミート - トラベーる

珍味シマウマであるが、私にはアフリカの瘤つき牛と同じく固くパサパサしていて、その 違いがわからなかった。 私はひたすらビールを飲んでいた。 ケニアは「タスカ」が有名な ビールだ。 瓶に象をあしらったなかなかお洒落なラベルである。 タスカは5種類ある。

良い年をお迎えください !: 海外の情景 今日の一枚 - ココログ

2006年12月30日... デジタルアルバム』 · ☆『世界遺産講座』 · ☆『音楽とその情景』 · ☆5年目に乾杯 · ☆ 世界遺産講座 · ・アメリカ · ・イギリス · ・イタリア · ・エジプト · ・オランダ · ・オーストラリア · ・オーストリア · ・カナダ · ・ケニア · ・サウジアラビア · ・シンガポール ...

アフリカの匂い|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰 ...

2010年7月4日 ... ケニア北部の小さな町にあるヒッチハイクポイントで運転手と交渉する. 少数民族の2人。 未舗装の道をトラックの荷台や車上で移動するのはほんと大変だったなぁ。 □世界一周 ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰がんばる ※刑務所に ...

2005年10月15日 (土) - 海外の情景 今日の一枚: ・ケニア - ココログ

2005年10月15日 ... アンボセリロッジ/ケニア. ホテルの前庭より遠く雲の上に雪を頂いたキリマンジャロ山( 5894m)が望めます。わかりますか? 大草原の向こうにうっすら見えるのが。感動もの でした。 続きを読む "ホテル物語 キリマンジェロを望むホテル".

ホテル物語 キリマンジェロを望むホテル: 海外の情景 今日の一枚 - ココログ

2005年10月15日 ... アンボセリロッジ/ケニア. ホテルの前庭より遠く雲の上に雪を頂いたキリマンジャロ山( 5894m)が望めます。わかりますか? 大草原の向こうにうっすら見えるのが。感動もの でした。 ここはケニアの首都ナイロビから車で約4時間の所にある ...

ケニヤ、トラベログ、トラベローグ、TRAVELOGはみんなの旅行情報の ...

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動物王国 ケニア - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2009年11月16日 ... みなさま、こんにちは田中です。 先日、ケニアにサファリツアーに行ってきました ツァボ 国立公園、アンボセリ国立公園、ナクル湖国立公園と ケニアを代表する3つの国立公園 をまわり、 最後に動物天国マサイマラ国立保護区で3泊してきました ...

ムフッとここどこ|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』 - Ameba

2013年5月1日 ... 寒暖の差が大きい→乾燥地帯か。 もっと違う何かなのか→推理を混乱させようとして ますね。 私も、ケニア、タンザニアでサファリかと思ったのですが、なんとなく光の感じが 高緯度地方にも見えるし、と言うことでもう少し悩ませていただきます。

世界一周旅物語(せかたび)- ケニア(Kenya) アーカイブ

2006年3月25日 ... ケニアでのサファリ。マサイ・マラ国立保護区[Masai Mara National Reserve]ともう ひとつ行きたかったのが、ナクル湖国立公園[Lake Nakuru National Park]。ここで、 フラミンゴを見たかったんです。 昔、フィルムメーカーがたくさんのフラミンゴ ...

添乗員の ”ここへ行きたい!” - 奥様は海外添乗員 - Gooブログ

2005年6月18日 ... でも間違いなく私が1番行きたい国は、そう、ケニヤよ~ かれこれ十数年前に一度行っ たきり。でもいつも思ってる。ああ、アフリカに行きたいって。アフリカと言っても大きな国 、私が恋焦がれるのは野生の王国ケニヤ。 な~んでまたそんなとこ…

ボラボラ島の緑: 海外の情景 今日の一枚 - ココログ

2006年2月26日... デジタルアルバム』 · ☆『世界遺産講座』 · ☆『音楽とその情景』 · ☆5年目に乾杯 · ☆ 世界遺産講座 · ・アメリカ · ・イギリス · ・イタリア · ・エジプト · ・オランダ · ・オーストラリア · ・オーストリア · ・カナダ · ・ケニア · ・サウジアラビア · ・シンガポール ...

ケニア入国とローリー|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会 ...

2007年2月3日 ... adventure2006の□世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰がんばる ブログの記事、ケニア入国とローリーです。

サファリとマサイ族|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会 ...

2007年2月27日 ... サファリとマサイ族-アフリカ縦断旅行の楽しみの1つだった サファリツアーに参加してき た。 サファリと言えばケニアが有名だし おれもケニアで行く予定だったけど タンザニア.

もう一度訪れたい場所~インド編 - 奥様は海外添乗員 - Gooブログ

2009年4月7日 ... さらに2年ほど前に旅したケニアへの乗り継ぎ地として降り立ったムンバイ(当時の ボンベイ)でエア・インディアのストライキにまんまとはまり、1泊の予定が結局3日間もの 滞在を余儀なくされたという涙なくして語れない「おまけ」のインド滞在を ...

ケニアの写真・旅行記

TAMBOU DIRCKEMBERS ―アフリカの水を飲んだ者は・・―  ―――現在わかっている約700万年前、ヒトとサルの祖先は、アフリカ全土を覆う密林に住んでいましたが、あるとき大規模な地殻変動の見舞われました。土地が陥没して地溝帯―いわゆるグレートリフトバレーができました。 この断層は紅海から東アフリカ全体を貫いています。全長6000キロメートル、深いところでは4000メートルにも達します。 地溝のおかげで気候が激変します。 西側は相変わらず多雨湿潤でしたが、東側はルウェンゾリ山地などの大きな壁に遮られて降雨量が少なくなっていきます。 西側の祖先たちは樹上生活のままでしたが、東側の祖先はサバンナ、ステップに直面しだすのです。二つの異なった環境で同一の祖先がしだいに世代を重ねるごとに二つの異なった進化の道をたどるのです。 遺伝子の99%はチンパンジーと人が同じなのは、ここに起因するのです。ヒトとサルの祖先は同じなのですね・・。 直立姿勢、雑食性、脳の発達、道具の発明などサルと異なる道を歩み始めたのは、すべて自然淘汰のメカニズムの枠組みのなかであったのです。 アウストラロピテクス類・・・・いわゆる先行人類の誕生です。 アウストラロピテクス類と称したのは、実は1種類ではないのです。 約700万年前から100万年前くらいまでの間にアフリカに多くの種が出現したそうです。 エチオピアのアファール低地で発見されたルーシーという名の祖先は有名人ですよね。 身長1メートルたらずで、私たちすこし前かがみで、頭部は小さく、上肢が下肢より長いようです。 しかし、彼女も直径の祖先ではなく、分化した別の系統に属するとされています。 先行人類のさまざまな種は同時に並行して進化していったと思われます。 アウストラロピテクス・アフリカヌス、アフストラロピテクス・アナメンシス・・などです。 意思疎通の伝達手段に身振り、動作、抑揚をつけた声を持ち、道具を用いて道具を作ることができました。  そして約300万年前、真の言語を一般化した種が現れます。先行人類より大型で、より直立し、木に登ることもますます減り、より発達して血液も十分行き渡った脳を持つ動物――ヒト科の誕生です。 約100万年以上はアウストラロピテクス類とヒトは共存していたとされています。 私たちの教科書では、人類をホモ・ハビリス、エレクトゥス、サピアエンスという3段階に分けていたのが一般的でしたが、現在ではルドフェンシスやエルガスターなど他の種も見つかっています。 乾燥気候への適応によって気道が変化し、咽喉が下に下がるのです。 これに加えて、声帯ヒダが定着したことなどにより、かなり複雑な言語を話すようになりました。  愛も・・・乾燥気候の産物かもしれません。 気候が乾燥していれば、おのずと個体間の距離は縮まります。 日陰の少ない影響で、妊娠期間は数段短くなって、母と子も過ごす期間は長くなり、繁殖期間は父親も生活するようになり、情動を生み出していったのではないでしょうか? ***************************************************************  これはあくまでも・・・・余談ですが、98年ケニアを訪問した際、このグレートリフトバレーを展望する丘に立ちました。このとき、一緒に旅したMちゃんと肩を組んで一緒に撮ったスナップ写真は。アタシの宝物部屋(爆)の棚に飾られています。 ときどき、見やってはニヤリと微笑みます。 ホントウに可愛いんですよぉ~Mちゃん。 フンコロガシの日記にも登場してくださってますが、残念ながら(爆)現在結婚してヨコハマに在住です。 「マルブー」と当時は5歳年下ながら(今でもか!/爆)親しく呼んでくださってました。 毎日4WDで4人ながらも『二人だけのサバンナ♪』を育んでいましたっけ・・・・♪ また、逢いたいナァ~~♪ それに、思わず今日描こうとした世界は、アタシが渇望する世界そのものではないですか! 『乾燥地帯から愛は育まれる!!!』 これをキーワードに!(笑)、マイハニーに自家談判してみようではありませぬかっ! 「ママ知ってる?こんな諺・・・・。アフリカの水を飲んだ者は・・・・?」 「・・・・・・・。赤痢になるっ!」 「・・・・・・・・。ママ、、、それって、ケニア行ったとき東京の0ちゃんが言った言葉と同じやん~♪へんなとこで職業病みたいなつっこみ、やめてくださいまし・・」 「で?で!?パパ?何が言いたいん??」 「あのね♪『アフリカの水を飲んだ者は、アウリカに帰る』というマサイの諺知りません?」 「知りませんっ!知りたくもないですっ!」 「・・・・・・・・。アノですね♪『愛すらも乾燥した地域から生まれた』そうだよ。有名な人類学の先生もおっしゃっとる!」 「クマくん、わんわんちゃん、ねずみちゃん、 。。。。。。パパはみんなのこと愛してないんだって~。ママの『お家に帰ろう』かっ?」 ・・・・・・ヘボな切り替えしの癖に、怖いこと言わないでくださいます・・・(トホホ。。

アガマ発見。 綺麗な色です。 種類によっては胴体が赤いので 「スパイダーマン」と呼ばれています。

しかもその水場にはハイドがあります。 これも有名。

若アガマ

ヒヒの大群に遭遇。

バッファーの様子がおかしくなってきました。 ライオンを睨み始めました。

それに呼応するかのようなライオン。

むくりと起き上がりました。

まさかガチンコ対決を拝めるのか?

ゆっくりと歩みを進めます。 これは何かが始まりますよ・・・

この緊張感。 チーターが狩りをしていたときと 同じ種類の緊張感です。 http://4travel.jp/travelogue/10518738

バッファローが道路に現れ、 ライオンを威嚇しはじめました! 間違いなく、何かが起こります・・・

・・・!!

突撃!

敢えてコメントなしで。

今更もう1頭駆けつけました。

さらにもう1頭続きます。

目の前を通過。

狩り、というわけではなかったようで 「追い払った」感じでしたね。

狩りたかったのか 追い払いたかったのか

真相はわかりません。

元居た場所に戻るようです。

メスが計3頭、

オスや子供は見当たりません。

おそらくまだ若いメスたちなのでしょう

何度も書きますがライオンは メスの方がかっこいいと思います。

距離感参考用。

大自然のドラマが目の前で 展開される。

バッファローの群れを発見。

ここから嫁カメラ(短いレンズ)で 撮影した写真です。 ライオンが襲いかかった瞬間。

バッファローとライオンに驚いて 鳥の群れが一斉に飛び立っています。

こうして見ると・・・

バッファローの 数がすごい。

1頭が駆け付けたところ。

左奥にいる別のバッファローを狙って?いますね。

ロックハイラックス発見。

かわいい! 子連れです。

たまりませんねぇ

近づいても逃げません

しばし、ハイラックスタイム。

授乳

ふてぶてしい顔してます

おねむです。

ライラックニシブッポウソウ。 定番です。

クロハラチュウノガンの雌、のはず。

オリックスにも逃げられ・・・

午前のサファリが充実しすぎていたこともあり 午後はぱっとしませんでした。

確かにものすごい景色です!

ムパタ・サファリ・クラブもすごかったけど こちらはさらにその上をいきますね。

リピートしてしまうほどだったので ここに宿泊してもよかったかも。

ここまでの一連は晴れた写真なのですが 実は嫁のリクエストで翌日、ツァボ・ウェストに 行く途中にもう1回寄ったときの写真です(^^;

動物好きにはたまらないサービスですね。 時間が過ぎるのを本当に忘れてしまいました。

ゾウの荒々しい動作音が 耳に残ります。

一度、アルバロッジに昼食に戻って 休憩後、午後のサファリです。

朝食後、出発。 彼方に「ヤッター高原」が見えます。

こんな環境にヒョウがいるらしいですが ヒョウはなかなか都合よく 現れてくれませんよ。

ライオンVSバッファローを堪能した後、 ガラナ川に向かいました。 彼方に見えるのはヤッター崖です。

ガラナ川到着。

遠くにワニの姿が見えましたが

美しい岩場です。

天気が良かったら もっと素敵なはず。

泳ごうと思えば・・・ 泳ぎませんけど。

ガラナ川全景

動物の姿はありません。

動物見つけてくれない、 見つけても止まってくれない、 残念ドライバーをお説教中?

ガラナ川周辺の景色。

ハイドのすぐ近くまでゾウがやってきます。

その後、有名なボイ・サファリ・ロッジへ。 (後述しますが、翌日の写真です)

アフリカ随一の眺望、と有名なロッジ。

景色を楽しみながらドリンクを 飲めます。 もちろん、宿泊客でなくても利用可能です。

頂上のバーです。

一望バーです。

ここもバルーンに近い体験をできる、 ような気がします。

真下にゾウの水飲み場が 作られていました。 これも有名ですね。

黒い粒粒はなんでしょう。

ロッジ散策といえば、 忘れてはならないのが 小動物サファリです。

バッファローの群れです。 バルーンサファリは経験がないのですが、

夕食です。

今夜も野外レストランでした。

おいしいバーベキュー

この日はなんとサプライズが。 3泊したお客にはスタッフの盛大な パフォーマンス(歌とダンス)とともに ケーキがプレゼントされます!

その反対側、嫁がライオン発見。 ・・・ドライバーはまたしても 見つけてくれなかった・・・ 自力でライオンが見つかるとなぜだか 嬉しい。

これぞサファリの醍醐味といえます。

いやいや、これがほんとのサプライズ。 驚かれされました。 スタッフ8名でテーブル取り囲まれたので 何が始まるのかと・・・ それにしてもアフリカの人々の歌・ダンスに 対するセンスの良さには脱帽です。 遺伝子に歌とダンスに対する能力が 組み込まれている、そんな感じですね。

2人では食べきれないので、 スタッフにもおすそ分けしました。

スティーブは陽気で、スワヒリ語と英語を使い分けながら いろいろ話しかけてくる。 「日本の車ベスト。××の車ダメね。」「ホワイ?」 「日本車 故障しても パーツ全部そろっている。 いつでも直してくれる。いつまーでも乗れる。」 そう言えば、空港近くにTOYOTAの大きな店舗があった。 そうこうしている間に車は「ナクル湖国立公園」に着いた。 ゲートからいよいよ入園した。

湖面から離れた所で 鳥獣の死肉を狙っていた。

スティーブは草原の彼方を指さし 「ゼブラ ゼブラ」と叫んだ。 一瞬 わたしは、ボールペン?? あっ そうか! 縞馬かぁ とガッテン。

インパラの群れ。 鹿によく似ている。

白と黒の縦じまが綺麗だった。

白サイ。 ケニアにおいては、密猟で一度 絶滅したが南アから移植し保護した 結果 増加しつつあるということだった。

まだまだ、ケニアでも珍しく この白サイは愛称がついた人気もの という事をこの後向かう 「ムパタ・サファリ・クラブ」のガイトさん から「見ることが出来てラッキーでしたね。 なにしろ、広い公園をノソノソと彷徨ながら 住んでいますから」と教えてもらった。

朝になるとダイニングルームでは スタッフが「ジャンボ」と笑顔で迎えてくれる。 その場で、希望のタマゴ料理を作ってくれたり 都会の朝食と変わらぬメニューだった。

丘の上に建つとはいえ周りは 野生動物の楽園。 陽が沈むころからはコテージの中まで 動物の遠吠えが聞こえてくる。 あぁ~ここはアフリカだぁ。 コテージの周りには有刺鉄線が張り巡らされている。  闇の中に野生動物の目があちらこちらで光っていた。 有刺鉄線に守られているとはいえ(冷や汗)。

アフリカ大陸で最初の宿は ナクル湖国立公園内にある 『サロバ ライオン ヒルロッジ (Sarova Lion Hill Lodge)』 ナクル湖を見下ろす丘に建つロッジだった。 ☆このロッジのネーミング 「ライオンヒル・ロッジ」は 映画『愛と哀しみの果て』にライオンの夫婦?が やって来るサバンナを見渡す丘が重要なシーンに 登場するのですが、恐らく(勝手な推測です。笑) そこから 付けた名前のように思われます。 このロッジも丁度草原を見渡す丘のうえに在ります。 レセプションやレストランのある棟を囲む様に コテージがある。もちろんTVや電話等文明の力は いっさいなく真っ白なシーツのベットが心地良く 原色の花々と緑のコントラストが美しい庭に囲まれている まさに映画に出て来そうな素敵なロッジだった。

ダイニングルームでランチをし その後、 日没近くまで午後のゲームドライブに出た。 (☆サバンナを車で駆け巡るドライブだ。)

アフリカには数多くの 野生動物の保護区があるが タンザニアのマウンテンゴリラの様に 動物の生態によって生息地がことなり 隣り合わせの保護区でも居たり 居なかったりする。

これが あのピンクのフラミンゴかと ただ ただ感激した。

今思い返してもみても 映画のあのシーン 当時はCGも今とは比べものにならず 実写で撮るのだから凄いの一言だった。

フラミンゴばかりかと思ったら 白い翼のペリカンも優雅に飛んでいた。 ここでも、カメラよりビデオを回し 続けていた。 やはり、動画も機会をみて始めようかなぁと アフリカ編に入ってから思うようになってきた。

ナクル湖には、数十万から100万羽を 超えるフラミンゴが集まってくるという。

ナクル湖には到着したその日の夕方と 翌日は朝からからナイロビへ戻るまで 滞在中できる限り訪れた。

映画の様に一斉に翔び立つ姿は 見られなかったが本当に数え切れない程の フラミンゴに圧倒された。

中には、ヌーの様に大きな群れを作り 食料となる草を求めて 大移動をする動物もいる。

朝食が終ったころナイロビから スティーブが迎えに来てくれ 午前のゲームドライブに出発した。

映画のパンフレットには映画評論家の 小藤田千栄子氏が女性映画を正攻法で 描いた作品である。と紹介文を載せた。 今では、ことさら女性映画という言い方は 使わなくなったが、当時 フェミズムが 盛り上がりをみせていた頃にタイミング良く公開された作品であった。

好きなシーンが沢山詰まった作品だった。 草原の上を2人乗りのセスナ機で飛ぶ 群れをなして駆けて行く野生動物。 やがてセスナ機はピンクのフラミンゴが遊ぶ 湖の上に。 あぁ こんな所があるんだ 行ってみたいなぁ~ と。 もう一ヶ所忘れられないシーンがあった。 赤々と燃えさかる暖炉の前で、男爵夫妻と レッド・フォード扮する客人がスコッチを 飲みながら話しをする。 話題としたのが ~最初に話す人が思いつきで創造した物語を数行話す。 それを受けて次の人が 思いつきで話をつないで行く。 夜が更けるまで延々と。 このシーンを観て当時、男女半々5~6人の 飲み会の時やってみた。 次の人はどんな展開に話しを持って行くのか? お互いの持つイマジネーションの豊かさ質量 がキラリと出てくる スリリングで楽しい飲み会となった。

原作者のアイザック・ディネーセンは デンマークの名家ディネーセン家に生まれ スエーデンの貴族と結婚。男爵夫人となり 1914年夫婦でアフリカに渡り ケニアで珈琲農園を経営。紆余曲折があって アフリカを去りゆく日まで18年間 農園の女主人として生きた。 アフリカを去ってから男の名で この「アフリカの日々」を発表し 自伝小説の最高傑作と謳われることとなった。 ☆ 原作本の著者について参照とした。

ここ(ナクル湖国立公園)に行ってみたい と思ったのは、ズバリ映画の影響だった。 その映画とは メルリ・ストリープ&ロバート・レッドフォード主演 名匠シドニー・ポラック製作,監督作品 『愛と哀しみの果て』という邦題がついた アイザック・ディネーセン原作の 「Out Of Africa」を映画化した作品だ。 監督のシドニー・ポラックは、この他に バーバラ・ストレイザンド主演「追憶」や トム・クルーズ主演「ザ・ファーム 法律事務所」 を監督した。 ☆画像は映画「愛と哀しみの果て」のパンフレット と原作翻訳本「アフリカの日々」(晶文社刊・横山貞子訳)

ナクル湖国立公園をアレンジを依頼したのは 日系の現地観光会社「Afro Space」。 日本からメールのやり取りで打合せの通り ナイロビ国際空港の到着ロビー口に 〈あの街からさま/アフロスペース〉と 書いた紙を持ったガイト兼ドライバーの スティーブが待っていてくれた。 空港内の駐車場でスティーブの車を見て びっくり、何とイースター島でレンタルした 日本車Suzuki の四輪駆動のサムライだった。 スティーブから早速 注意事項を言い渡された。 「ナイロビ ベアリーデンジャラス。 ノービデオ、ノーカメラ 車の扉と窓はロックして 閉めてください。 ここで、ビデオ撮したら皆んな寄ってきて マネー マネー ペイ ペイと とり囲まれてしまいます。」

スティーブは、ナクル湖を去る前に もう一度とせがんだ私の気持ちを汲んで ゲームドライブを早々に切り上げて湖畔に 連れていってくれた。 わたしを湖水のそばで降ろすと 車を遠く離れた所へ移動し わたしを一人にしてくれた。 しばし、立ち止まって動かない私に 「メニイ メニイ フラミンゴ ベアリービューティフル サヨナラね。」 と優しく促してくれた。

ナクル湖で一泊をしただけでナイロビにとんぼ返り 15:00にはヒルトンホテルにチェックインした。 せっかくナイロビまでやって来たのに ホテルの部屋だけの籠の鳥ではつまらないので 歩き廻るのはホテルの周りだけ 陽の沈む前迄には戻ってくると 自分に言い聞かせ小銭とホテルカードだけ ポケットに押し込んで街に飛び出した。 ホテルの裏側の広場はバスターミナルになっていた。 大勢の人が待っていた。やがてバスが来た。すると ドアの無い前後の入口に人が殺到した。 老人や幼子優先なんてここには存在しない。 あっと言う間のことだった。 歩き続けた。何処も 沢山の人・人・人! 殆ど99、9%がアフリカの地元の人。 その中にあって 頬に赤い紅らしきものを付けた人た インド人を一人だけ見かけた。 (後日、ムパタのKさんから聞いた話では、 ナイロビには、インドからの移住者が大勢住んでいて 今は二世三世の時代になっているらしい。 そして、これらの人々は事業で 成功した裕福な人たちということだった。) ポリスカーもあちこちに止まっているし やや緊張しつつもなをも歩き続けた。 回りの人々から痛い程の視線を感じた。 レゲエのようなリズムで大きな音が聞こえてきた。 ストリートミュージシャンが演奏していた。 回りには何重もの人垣。 背伸びをして しばし聴いていた。 路上では、くだもの、新聞、みやげ物 等 所狭しと並んでいて別段他の都市と違っている ようには見うけられなかった。 商店街に入った。立ち止まらずに歩きながら よく見て見るとなるほど、ほとんどの商店は 鉄格子を下ろしながら営業している。 高価な商品を扱う店先には セキュリティーが立っていた。 木製のキリンがショーウインドに飾られている お土産屋に入ろうとした。 入口には鎖の鍵がかかっていて 「ジャンボ」と言うとセキュリティーが 鍵を開けてくれた。店内に入って驚いた。 街中では見かけなかった欧米人の お客が大勢 品定めをしていた。 (彼等は車でやって来て地下の駐車場から店内へ入ってきたのだった。) 幼い子供連れの路上者が 子供に目配せをした。 子供が私に寄ってくる。 ホテルの周り2ブロック四方 歩いて何人の幼い子供が寄ってきただろう。 「お金を稼ぐってそんなことをすることでは ないんだよ」と心の中で叫んだ。 生きるため 幼い子供の立位置では・・ それもよくわかるので、 なんとも し難い せ・つ・な・い 思いに襲われた。 かわいそうだが無視続けた。 旅先で ストリートミュージシャン以外には お金を出さないこととしている。 音楽が好きなせいかストリートミュージシャンは 労働行為と思っているのだ。 結局ナイロビでは、ヒルトンホテルの玄関先で カメラを一枚写しただけになってしまった。

☆資料画像 「ケニア」ビザ申請書 東京の大使館で直接提出。 申請料は、ケニア 6,000円で ブラジルが4,250円でした。 旅行代理店を通すと倍以上の金額提示がありました。(汗)

☆資料画像 「予防接種関係」 検疫所で黄熱病等数種類を接種しました。 予め電話をして聞いておいた検疫所に行って 「中南米とアフリカをぐるり回ってきます。」 と言ったら 「こちらへ」と個室に案内され(汗)ました。 通された部屋に4~50代位?の白衣を着た女性が 机の前の椅子に座っていました。 挨拶を済ませ渡された名刺から副所長と分かりました。 副所長は、沢山の未開の地へ仕事で行き多種の 病気と立ち会ってきたと話し 義務化されている予防接種は最低限のこと。 テング熱のように予防薬は発見されていないものもありますが 破傷風、狂犬病等の接種がいかに必要かを懇々と説明してくれました。 また、テング熱についてやマラリアの症状と 予防薬等の対処法等も わたしにも理解できる様に丁寧に教えてくれました。

接種料金を参考の為に書いておきます。 黄熱病4,260円・破傷風4,330円 A型肝炎は1回8,000円で2回接種 この他に、狂犬病等 接種には、日にちの間隔を空けて 種別によって検疫所と国立病院へ 行って接種する等 時間とお金もかかりましたが 安心の為の保険料ですし 必須要件でした。

出発が迫ったころAA航空から直接入ったFax。 いろいろ有ってやっと航空券が出来てくる日 「発券課へ依頼したところ旅程が20箇所以上 あるため自動発券が出来ないとのことでお届けが 遅れます。」旨(汗)でした。 後日、航空券は日比谷のAA航空東京支社に 直接出向いて手渡しを受けました。 種々の注意事項や特典?活用方法等説明を受けた後 AAの方が手書きの航空券を手渡しながら 「有効期間が1年あるとはいえ、こんなに沢山の乗降をした方は初めてです。 どうぞ楽しんで来てください。」と言って渡してくれました。 厚さ1Cm以上にもなった航空券の綴りを 受取つた時には 遂にと感激しました。 ☆Eチケットが出来る前でしたので  パスポート同様貴重品として持ち運び  も大変でした。 《「この旅」連絡は、ほとんどのものは 自宅のFaxとしていました。 画像は、やり取りしたFaxのごく一部》   ☆「イグアス編」にも資料画像を添付しました。(後日、加えました。)

☆画像は映画「愛と哀しみの果て」 サウンド・トラックCD アフリカの広大な草原(サバンナ)を 渡る乾いた風や野生動物とそこで暮らす 主人公をシーンごとに♪化。 この♪メロディー ♪が、 あのジェムス・ボンドシリーズの作曲家 全編ジョン・バリーのオリジナルスコアー だというのだから 彼のイメージの世界は変幻自在 素晴らしい。 ☆ 珈琲タイムの癒しの♪にもいいですよ。

ワンワールドの航空券は、 「世界一周堂」のHPで知ったものですが メールを送ったところ実際の売買は 大手旅行会社の窓口でということでした。 そこで、わたしはHISのとある支店で買うことにしました。ところが 当時その支店では「世界一周堂」の航空券を 初めて取扱うということもあって ルートを決める際 H.I.Sとアメリカン航空と私との三者連絡で 種々の壁に出会い何度となくやり取りを持ちました。 (☆ワンワールド加盟の数社の航空会社を 使いましたがアメリカン航空が実質の 発行所となりました。)

☆資料画像 自作の全日程表をはじめとして ホテルのバウチャー、現地ツアー 各種 連絡Fax&メール綴り等 世界一周の旅での関係書類は ファイル3冊にもなりました。 当時の最新のノートパソコンを持参したのですが 万が一のダメージの予防策として各種書類は コピーを持参しましたが、各国の「地球の歩き方」 と合わせ結構な重さになってしまいました。 I padやウェイブ保存が可能となった今では 汗と笑の産物となりました。

それというのは 「世界一周堂」の航空券にはいろいろの規制があり しかもコースによってケースバイケースとなる為 コースを提出してから 規定に合っているか回答が来るという ものでした。 わたしが希望するコース計画書を 提出したところ 当初は受け入れてもらえた コースが日本出発が迫った頃 (カナダ行きの前にネット状況調査を兼ねて別途単独 格安航空券で7月7日にアメリカに向け出発) そのルートは使えないのでどうしても (ケニア、ジンバブエ等) その場所に行くのであれば別途手配とするか もしくは、コースを変えて行くというものでした。 当初、アフリカへはブリティッシュ航空で ロンドンからナイロビへ飛ぶコースが すんなり通っていたのですが、ある日 届いたFAXに 「ナイロビーロンドン間を調べてみた ところ大変重大なことが分かりました。 ヨーロッパに入る時にはガーナか ナイジェリアに必ず入るフライトしか 使えない」」旨でした。 ガーナやナイジェリア経由ではこの後 の帰国時迄決まっていたルートに 乗せることは不可能に近いことでした。 ☆地球を東回りでコースを取るルートを選択し 順次ルートを決めイグアスの滝へのコースを 別途手配でやっと乗り切った後のFaxでした。 《世界一周堂のコース規定の重要な1点として、出発地点から地球を東か西どちらか一方回りで進み逆走はできない。とういのがありました。》 ☆何度かの3者の話し合いで  ロンドンからナイロビは使えることに  ただし、ナイロビからヨハネスブルグ (ビクトリアの滝へ向かう途中の経由地)  間は別途手配とすることで折り合いがつきました。  

「ナクル湖」と「マサイ」に行く為には どうしてもナイロビを起点としなければなりませんでした。 ところが、地球の歩き方「東アフリカ」編によれば 〈本来ならいろいろ紹介して歩いてもらいたいのだが ナイロビの治安は著しく悪化している為決してふらふら歩かないでほしい。 特にダウンタウンは危険が伴い いつ どこで強盗や殺人事件が起こってもまったく 不思議ではない。〉と記載されている。 旅先を決める際どぅーしょうか?と迷った所だった。 しかし、ガイドブックが発売されている以上何とか 行く手はあるはずだ。と、思いついたのが、ガイト を付けて案内してもらう方法だった。 結果、ナイロビエリアは今回の旅で一番出費のかかる所となった。

ナイロビから車で西へ3時間程走った所が 「ナクル湖国立公園」(世界遺産)だ。 いざ、ナイロビを出発。街道沿いには 英語の看板が立ち並んでいる。 ここはかって英国の植民地英語圏なのだ と実感した。 街の中心部と思われる所でも あちらこちらにゴミがちらかっている。 これは、この旅で経験からしても治安の良くないエリアらしい。 人口密度がかなり高そうだ。 往来には人がいっぱ~い いっぱ~い いるのだ。 やがて車は舗装された街道に入った。 「もう窓を開けてもダイジョーブ」とスティーブ。 視界には、アフリカの広大な大地がひろがっている。 やがてスティーブは 見晴らしの良い丘に車を停めた。 そこがグレート・リフトバレー(大地溝帯)だった。 ☆大地溝帯とは地球の大地が右と左に裂けてゆく所。 およそ1000万年~500万年前から裂け始まった とされており、現在も裂け続けていて このまま進めばアフリカ大陸は 数十万年~数百万年後には分裂すると 考えられています。 遂にアフリカにやって来たのだとここでも実感させられた。

車はA104(街道)をナクル湖国立公園を 目指してひた走る。 いつの間にか見るからに年季の入った 大型トラックが 次々と 黒い煙をモクモクと 撒き散らしながら通り過ぎて行く。 エアコンなんて装備していないサムライは 窓をフルオープン。排気ガスの容赦ない応酬には ほとほど参った。 ところが、街道沿いには 所在なげに座り込んでいる 沢山の人が居る。 どの人を見ても大型トラックから 噴出される排気ガスを頭から浴びても苦ともしていないようだ。 「おぉーい 病気になるぜ」と叫びたかった。 途中、数ヶ所の市場を通った。 果物・衣料品・雑貨 そこには、ありとあらゆる物が並んでいた。 圧倒される程の人の群れ。市場の立つその直ぐ後ろには これまで見たこともない粗末なバラックの住宅が 折り重なる様に密集してならんでいる。 一目見て、衛生状態は日本では考えられない状況だ。 声高らかに売込みをしている人。ぼーっと座り込んでいる人。 頭に物を載せて運んでいる人。様々な人たちでにぎわっていた。 市場とは別に街道筋では白い羊?の毛皮や日本では デパ地下の高級果実売り場は置いてあるくだものが 無造作に積み重ねて売る店が何ヶ所もあった。

Nさんは話し続けた。 「ナイロビはとても住みやすい街です。 気候も一年を通して、日本の軽井沢のような 爽やかな所です。あの紫の花を付けている木は ジャカランダです。日本の桜の様な木で アフリカ中に花が咲きます。 ナイロビは10月のはじめ頃が見ごろです。 見ごろが だんだん南下してケープタウンまで 数10日程かかります。」 ジャカランダの美しい紫の花と共に あの話しが記憶の奥に残っています。 当時、大都会ナイロビの真ん中に建つヒルトンホテルでさえアナログ回線でも客室からのインターネットは通じることはありませんでした。 この「旅行記」のコメントは ロッジでノートパソコンに書きためて置いた メール(後日アフリカを移動してから送信した。)を基にしました。 こうしてわたしのアフリカの日々は始まりました。 今回は、文字ばかりが多い「旅行記」になって しまいました。記憶に留めて置きたくてついつい 端折らず書いてしまいました。 最後までお付き合いありがとうございました。 次回は、マサイ・マラ国立保護区。 「Out OF AFRICA」に出てくるような ライオンの住む丘や ラッキーにもヌーの大移動に遭遇しました。 心弾む楽しい旅を  またお会いましょう。

ファストフードの店でフライドチキンと ポテトとコカ・コーラのコンボをテイクアウトした。 200円くらいだった。 ほんの2時間程歩いただけだったが 好奇心が満たされた。 入口にセキュリティーが立つホテルのロビーに入り 何やら緊張の糸が切れた。 部屋のドアを開けると封筒が2通入っていた。 一通は、ナクル湖ツアーをアレンジしてくれた ナイロビのKawakmiさんからだった。 Telephone From Miss Kawakami . If you need anything please call her on telephone number ×××××。 もう一通は、 明日からのマサイ村のアレンジを頼んである ムパタ・サファリ・クラブのN支店長からだった。 既に契約事項が完了した客への心使いと、 契約は明日からだというのに私が無事ナイロビに 到着したかどうかの確認。 Thank youを言わなければならないのは 私の方だった。 遠い異国の治安の悪いこの街に 一人やって来た旅人には 心に沁みることだった。 早速Nさんへ電話しようしたその時 Nさんから電話が入った。 「あの街からさんですか。ようこそナイロビへ。 メールでもお伝えしましたが ホテルから出歩かないでください。 お泊まりになっているホテルは市の中心地です。 夜はとても危険です。私たちも移動は車です。 直接伝えたくてお電話しました。」 とても、とてもありがたかった。

翌朝ホテルのレセプション前にダークスーツを着こなし 打ち合わせの為のファイルを手にした Nさんは時間通り8:15分ぴったりに現れた。 ナイロビは、かっての成田と羽田の様に国際線と 国内線の空港が離れている。 AIR KENYAは積載荷物制限15Kgが厳しく超過料金が 容赦なく加算される。とのことで これから向かうムパタへは 必要最小限の物をデイパックに移し替え 残った荷物はナイロビのムパタのオフィスに 預かって行くこととなった。 移動中の車の中でNさんは、色々と話してくれた。 ナイロビの中心地は2時間程で歩いて回れる小さな街です。 ここが市民の憩いのセントラルパークです。 きれいですよ~。しかし、夜は危険地帯です。 もちろん市民も夜は歩きません。 ケニアの輸出品って何だか分かりますか。 〈その時私は珈琲くらいしか思いつきませんでした〉 そうですね。 他にも、紅茶,麻,カーネーションそれに 蚊取り線香の元になる草 湖で採れた魚等があります。 オフィスの前迄来てNさんは 「ここのビルは良いですよ~」と改めて言った。 後で気がついたがそれは 防犯設備が整っていることらしかった。 地下にガレージがあり、入口には セキュリティーが立っていた。 地下からエレベーターでオフィスのある フロアーへ上がった。エレベーターの扉が開くと 机が在り二人のセキュリティーが座っていた。 部屋に入る為、廊下の鍵を開け 更に部屋の扉には上下に二つの鍵を開けなければ部屋に入ることが出来ない。 オフィスの窓枠には頑丈な鉄格子がはめ込まれていた。 ナイロビの治安を実感した。 ☆ケニアで飲んだ珈琲のうまかったこと。  2ヶ所のロッジやとりわけ草原の中に  ポツンとたたずむケニアの国内線空港の  レストランからサバンナを見渡しながら  飲んだ珈琲の味が忘れられません。  帰国後しばらくは喫茶店に入るといつも  「キリマンジェロ」を頼んでみましたが  ついぞあの味に出会うことはありません。  乾季に入ったサバンナを渡るあの風  あの空気感が成せる技なのでしようか。

マサイの村を出て ナイロビへ向かう

ガタガタガタガタ

ナイロビ到着 約5時間 行きより早く感じた

ホワイトカップ こちらもアフリカ定番ビ-ル

白あり!!! 一匹しか食べてないけど 無味 カサカサ系

薄すっぱい どろっとした お粥のようなもの

何やら色々アフリカ料理

似たようなものが どんどんくる

仕上げ 串もの

デザート

街の様子 車が渋滞で止まっていると 物乞いがやってくる 窓は必ず閉めること

こちらもジャガランダの花が あちらこちらで満開

キリンのアップ

ひやぁ~かわいい

おやつちょうだい!

ゆうこちゃん チュー

子キリもやってきた

かわいい

首長いよねぇ~

ジラフセンター到着

テロにあったショッピングセンター 死者も発表より多くの100人以上 亡くなってるらしい 政府は嘘つきだと 言っていた  国民の警察の賄賂の習慣や政府への不満が かなり溜まっている様子…色々心配ね

ショッピングセンターで お買い物 コーヒーやお土産のチョコなど大量買い

ゴーー いい具合に焼けております

日本人がツアーで必ず訪れる カーニバル

まず前菜

スープ

お肉食べ放題 サラダと お肉ソース

砂肝 レバー ハツ ウインナー チキン どんどんやってくる

ローストビーフ

シャキーン

ワニ! いや~お腹一杯だけど ワニ別腹?

デザート アップルパイアイス添え 初めて美味しいデザートに逢えた

もてもて いぇ~い

ホテル到着 日本大使館の近く クラウンプラザナイロビ

お久しぶりです バスタブ

トイレも流れ好調

四人席 一人占領計画も果たし ビビンバ食べてゴロゴロ

何ご飯かは不明 白身魚 まぁまぁ

長旅を終えて千歳到着 ここからバスで二時間半 ひぇ~もう冬だよ。。。 ケニアの旅も これにて終了 ヾ(ゝω・`)oc<【。:+*オツカレサマ*+:。】

最後の民芸品買い

空港到着

12番ゲート付近のお土産屋さんが 一番安かった!ちょっと遠いけど 行くべし~~~

ジョセフ&ひとみ 最後のお別れ~ばいば~い~ 楽しかったよ!

夕食 サモサ あら。美味しい

メイン チキン チキンも飽きたけど 好きなので まだ食べれる

黒い森のケーキって名前の代物

ガゼル?昼間 嫌って程見たけどね! 野ウサギが 走り回る 誰に教わった日本語か 「ウサギカワイイ ウサギイッチャッタ」連呼

ナイトサファリ出発!! 30分かけて国立公園まで行くのかと 思いきや どうも運転がノロノロ まだロッジの敷地内付近だけど?!

「キリンニャー」ニャー余計でしょ…

ボケボケ写真 「アルマジロ アルマジロ ラッキー」 アルマジロって あんなのだっけ??? 後にアリクイと判明

真暗がりの真っ直ぐ伸びた赤土の上で ぬるくて薄甘いチョコレートドリンクを飲みながら 星を見ろと車を降ろされた。 ここ、ひょっとして滑走路じゃない?! 滑走路に豹とかライオンいるわけないよね! そして30分も早くツアー終了 $55も払って とんだヘッポコサファリだった

今日はポテト山盛りだわ アフリカのポテト 北海道に負けないくらい 美味しかった

だいたい お客さんが 三人で乗組員4人って おかしいよね~! その銃は飾りか!! ポンコツ四銃士

レセプションに貼ってあった写真に すっかり騙された… 皆さん 気をつけましょう。。。 ライオンなんて見れませんから

昨夜のサファリで もやもやしながら おはようございます

このレストランともお別れね

レセプション

ショップ ここでクツベラ購入$4

トイレ 雄ライオン男性用 雌ライオン女性用 なかなか洒落てる

さて、参りましょうね…

マサイ村到着

マサイ戦士

ヤギが沢山

何頭いるの?聞くと 250頭 へ~っと言っている 目の前で出産 ボトッ… 251頭だね…

マサイ戦士が 突然歌いながら 踊りだした

えっほっほーえっほっほー

近いなぁ

そして また遠くに行って 戻って来るのを繰り返す

マサイ男子と 踊ってみたり

飛んでみたり

マサイ女子登場!

握手握手~ ありがとうね~ 持って行って使わなかった 折りたたみ傘をあげた 傘 使い方分かるかなぁ?

火起こしを見せてくれた

着火 マサイの男なら簡単さ

一緒に歌に合わせて踊って 大はしゃぎ(笑) 靴が牛の糞まみれ

お宅訪問

ベットルーム

キッチン

素敵な天井

ここに牛乳を入れるそうな

間口が狭い

お宅訪問も終わり マサイ即売会

色々取り揃えておりますよ

買ってよぉ~~

靴ベラ買ったしなぁ。。。

ひとみ 交渉

交渉決裂

すべて返品して車に戻ると マサイ男子が戻ってきて値下げ交渉成立 マサイに別れを告げる 村長とその息子 なかなかブルジョア お菓子をあげて ばいばい~ 想像以上に楽しかった

おはようございま~す

敷地内散歩 使われていない廃テントが沢山あり ジャングル化している

朝食

いざ出陣

ライオンの足跡発見 ジョエルの目 すごねぇ!

足跡をたどる

近くにシマウマの死骸 残念ながらライオンの姿はなかった

イランド

え~ここ渡るの?! さすがジョエル 無事通過

チーターが餌を引っかけてある木を発見 我ら興奮!

生々しいねぇ~

チーターが見つからないので 別の場所へ移動

狙っている

いたっ!!!!

眠いのにぃ…

ぐぅ~

えっ?

ゴロンゴロン

なんだか騒がしいわね

にゃー

チーターに別れを告げて ライオンの群れ発見情報 いたっ!!

どんな格好で寝てるの?!

あ~~~眠い

若大将発見

眠い

イケメンだろ?写真うまく撮れよ

チーターとライオンに興奮して トイレタイム 立派なホテル~

エントランスからして我々のテントとは違う 次回来ることがあれば必ずや 国立公園内のホテルにすると心に決める

ぬーーー

ぬーーー

丘の下に広がる大地

ジョセフ&ジョエル

この木の下でランチ

見渡す限り 何もないねぇ

みなさん~ごはんですよ

パサパサのサンドウィッチ もさもさの鶏 フルーツ チップス

パンをねだりに鳥登場

他のグループもテーブルツリーの下でランチ

ジョセフがゾウの糞をゆうこちゃんに プレゼント そしてプロポーズ ジョセフあっさり振られる

爽やかで気持ちいい ランチも終わり マラ川へGO

マラ川到着 毎年ヌーが命がけで川を渡る

ズーム

カバの集団

きりん~

ワニ~

行っちゃった

イボイノシシの親子

ゲート到着

ラストサファリドライブも終了 あっという間だったなぁ

マサイショップで 埃まみれの温いコーラを 100シリングで買う 日本と同じ値段?!

マサイ村訪問交渉

残念ながら子供しかいないとのこと 坊主 シャツ裏返しの後ろ前だぞ! いっかぁ~そんなことどうでもね

無邪気でかわいいこと 明日また来るからねぇ~ばいばい

テントに戻りゴロゴロ

かわいいサル発見 このサル後にジョセフに話すと とんでもない泥棒サルだということが判明 実は泥棒に狙われていた(笑)

この時期ジャカランダの花が見ごろ サル多数

ホテル内のマサイショップ

朝食ビュッフェ ここのビールは350シリング500円以上 日本より高い…

果てしない数のロッジが続く 一番奥なら大変だったね

レストランの横でWIFIが飛んでたらしい

やはりキリマンジャロ見えない…

Great Rift Valley 南北に縦断する巨大な谷で、プレート境界 大地溝帯の谷は、幅35 - 100km、総延長は7,000km 写真じゃ すべてを伝えられないのが残念

ゆうこちゃんがナンパされたり ひとみが浴びたシャワーが水だったり なかなか盛り沢山だったソパロッジとも お別れ。 電力は日中停電 夕方6時から復活 PM11時消灯 朝5時から復活です。

ナイバシャ湖に向けて出発!

今日も玉ねぎ売っております

たまに崖から車が落ちるらしい 恐いって!

大地溝帯でトイレ休憩 またもやぼったくりショップ ここで布カンガを購入 一万円スタート あほか! タカイタカイ! 頑張って20ドルで三人で購入 ボールペンをねだられて あげてしまう。 しまいにはブルガリの時計もねだられる あげるわけないっつーの!

時間がないので車内で お弁当 パサパサのパンと もさもさの鶏とフルーツとゆで卵

途中 路上売りから とうもろこしを買う ジョセフに奢ってもらっちゃった お味は 味のない硬いコーン

ナイバシャ到着

いざ出陣

なんか い~ねぇ~

青い鳥発見

カバ発見

カバ集団

水鳥達

ヘラサギ

イェ~ィ

船頭さん ありがとう

ナクル湖到着

国立公園のゲート

なかなかの 穴トイレ

こちらは水洗

緊迫するわ~

さて、まいりましょう

バッファロー遭遇

もぅ~~

タカ

トピ

しまうま

ヒヒの毛づくろい 道の真ん中で

いるじゃないの~~ フラミンゴ

シロサイ発見!

むしゃむしゃ

車がどんどん集まってきた BIGアニマルか?!

間近にフラミンゴ

ナクルMIX

沢山いるじゃない~ ジョセフの嘘つき~

ウガンダキリン ナクルとジラフセンターにしか いないらしい ひざ下が白いのが目印

目おっきいね~ かわいい

やった!!ライオン発見!

三頭で寛いでいた

素敵~!

雄ライオン発見の無線傍受 ジョエル猛ダッシュ いたーーっ!

とことこ歩いては止まり ちらっと見て またとことこ 餌だと思われたか?

かっこいいねぇシンバ

クロサイ発見!

シロサイの群れ

ナクルは それほど広くない中で ぎゅっと凝縮された国立公園だった~ BIG5のうちの4つ制覇 ゾウ バッファロー ライオン サイ

日が暮れるね

今夜のロッジに向かいましょ

狭い お部屋

ユニットバス? 豊富な熱いお湯が出たので 良しとする。あったかい~ ナクルの夜は寒かった

今夜の夕食 ズッキーニのスープ

チキンとポテト 毎日チキン食べてるなぁ 美味しいけど ここでのビールは300シリング

デザート パサパサのケーキ

キーホルダーが かわいい どうやら このロッジ お客さんは 我々5人のみ寂しい… 停電になり就寝 そして寒い。毛布をも一枚もらう

LAKE ELEMENTAITA LODGEの外観

朝ご飯 行きまーす 貸切ですから~がら~ん

オムレツ 硬いベーコン 臭いソーセージ 寒い中テラス席で 震えながら食べる

味のないフルーツ

パンを狙う鳥

ロッジ早朝出発

途中の高級土産店

ママ~~平べったい顔の人から なんかもらったよ~

美人ママと記念写真

舗装道路も終わり マサイマラへはガタガタそろばん道路二時間 車壊れるかと思った お尻割れるかと思った 途中パンクの車がいたがスルー

マサイ村が点在する中 ガタガタ道爆走

マサイヤギ

マサイ牛

はぁ~やっと到着 フラフラ 本日の宿 SIANA SPRINGS

サルのお出迎え

前菜 かぼちゃ

メイン ポーク

デザート ブラウニー 今までで一番美味しいかも?

敷地内で飼われているウォーターバック

鍵もらってないんですけどー 鍵なんてありませんよー 紐で縛ってください サルが泥棒に来ます。 なんて原始的な~ 本当にテントだ!

アフリカハゲコウ

なに見てんだろう?

シャワー 排水が悪くすのこの上まで汚水が~ ビーチサンダル忘れずに! そして なんかお湯が臭い 飲んだら死ねそう

洗面所

一度流すと次なかなか流れないトイレ

マサイマラ国立公園

マサイ女子が集まってくる 冷やかしで聞いてみると 木彫り全部で$5  安っ!今まで買ってきたものは なんだったんだー! o(`ω´*)o

さて!マサイマラ国立公園行ってみましょう!

うぁ~大自然 果てしない大地が広がるわぁ

子ぞうと しまうま

ゾウ親子

ぞうファミリー

むしゃむしゃ

首長いですね

車が集まってきた!

トップ女優発見

5Sに望遠レンズつけてがんばってます

かわいい

横顔

きっと人間に慣れているんだろうなぁ

カメラ目線 顔のハエ嫌じゃないのかな?

だちょう

求愛中

セグロジャッカル発見

かわいい

トコトコトコ

動物も多いかわりに 死骸も多い

今日のサファリも終了

ロッジに戻り夕食 お腹を壊すことを避ける為に なるべく生野菜はパス

チャパティとグリンピースのカレー なんか懐かしい お味

11時に電気も消えて真っ暗 寒かったのでベットに湯たんぽが入ってて 助かった。 おやすみなさい(ー3ー).。oO

札幌→仁川→ナイロビ 長旅の始まり 黄熱病の予防接種× マラリアの薬× 蚊から自分を守るあらゆる薬大量

機内食 ビビンバ~♪ こんなに美味しいと思った 機内食は無いくらい 好きな お味 ・:*+.\(( °ω° ))/.:+

眠り続けて 到着 ビジネスクラス並みの快適

ナイロビ到着 AM6:00

空港で両替 手持ちにドルがなかったので 円から1万円→7千シリング $からなら$100→9千シリング 円からだとレート悪いのでドルがお勧め

空港の外 雨季だというのに 爽やかな朝焼け さ~~って サファリが始まるぞー!気合い十分!

予想通り ガラガラのコリアンエアー ドバイ経由アブダビ経由 色々悩んだ結果 最短フライトの 仁川経由に決定 去年就航したらしく そんなに需要があるのかな~?と思い 空いていることを期待して搭乗 四人席 独り占め椅子取りゲームの始まり 足を延ばして寝れる幸せ♪

今回お世話になる車 自衛隊のジープみたい 旅の仲間は 私、ひとみ、一人旅のゆうこちゃん ガイドのジョセフ ドライバーのジョエル 計5名 車内で右に行ったり左に行ったり 快適な人数 我々がいなかったら 三人旅となった ゆうこちゃん。 気まずかったね(笑)

景色がアフリカ!

道端で玉ねぎが沢山売られていた

爆走サファリカー 天井が開くタイプ

トイレ休憩のショップ 高い~! NOタカイ イクライクラ? どこで覚えた?!

何も買わなくてゴメンねー

アンボセリ到着 ここから国立公園

ゲートで入場料を払っている時に 群がるマサイの女達 最後に分かったことだが ゲートにいる売り子から値切って買うのが 一番安く手に入るということ 我々はマサイの布を20ドルで値切って 買ったのだが マサイは7ドルだった。

キリンだぁ~! 最初は感動していたが その後キリンには何度も遭遇する

砂埃がひどくて 帽子・サングラス・マスク 必須

ダチョウ

ヌー

しまうま

ひひ

ぞう

キリンの親子

アンボセリのMIX動物

午前のゲームドライブ終了

ロッジ到着 なかなか素敵

アフリカの定番ビール 美味しい~

ベットに寝れるー

昼食 パスタ ・・・・・・微妙

デザート エクレアという名の 変な物

写真を撮ると チップを要求される なかなかのビジネスマサイ

この人は無料

シャワー ぬるいお湯 ひとみちゃんは  朝水シャワーを浴びることとなる

トイレ水の流れ良好

ロビー

午後のサファリ ぞうの大群に遭遇

お休み中のハイエナ

フラミンゴ

カバ

ウォーターバック

丘 散歩

キリマンジャロ 雲で見えない~!

ブチハイエナ かわいい

ぞうさんも お帰りですね

ぞうさん絵になるなぁ

ロッジに戻って夕食

ビュッフェ形式で 美味しくないとか 文句をいいながらも お腹いっぱい

部屋に戻ると蚊帳がかかっていた 長い一日お疲れさま~爆睡。。。

エミレーツ航空を乗り継いで到着したナイロビ。 市内は噂どおり都会でビルが立ち並びます。 標高が高いため、暑くない。

治安が心配なナイロビ。 長旅のスタートなので、ビクビクしながら街歩きです。 勿論、夜は出歩かずに、時間を持て余す感じでした。

ナイロビから2泊3日でマサイマラ国立公園への現地ツアー。3日間で190ドル、高いのか安いのかは…? ツアーはこのような天井が開くワゴン車を使用。 ナイロビから4時間ほど離れたマサイマラ国立公園内を爆走します。

国立公園はこんな感じ。 とにかく広く、その中で動物がいる場所を探しながら、ワゴン車で旅します。

宿泊したキャンプサイト。 夜はこの周りをハイエナがうろついているとのこと。 確かに様々な鳴き声が・・・

ゾウ。 あまり頻繁には見つからず。

キリン。 よく見かけた。

カバ。 野生ではこのように生息しているんだ~。 皆、けっこう興奮。

雌ライオン。 こんな至近距離に近づきます。 ワゴン車の上に頭を出して激写。

シマウマの死骸。 やはり野生ならでは。

水をのむライオン。

名前はわからず。

死骸に群がるハイエナたち。

チーター。 滅多に見つからないとのことで、幸運だそうです。

トムソンガゼルかな?

途中、マサイ族の村を見学。 でも入場料に10ドルを要求。 誇り高きマサイ族はどこへ・・・

マサイダンスを見せてくれました。 大自然の中のマサイも、やはりお金なんだね・・・

調子悪そうな子供。 さっきの10ドルをこの子に使ってあげて、、、ほしいものです。

この子たちは純粋無垢な感じ。まだ。

マサイの家はこのように土や動物の糞でできていました。

ケニア・タンザニア国境。 マサイマラ国立公園の3日間ツアーから帰り、その翌々日にはナイロビから乗り合いタクシーで国境へ。 ナイロビ→(3h)→ナマンガ国境→(1.5h)→アルーシャ→(1.5h)→モシ いよいよタンザニア。そしてキリマンジャロ登山へ!

ケニアの文化・風俗・注意点

 緊急電話番号
(1)警察、消防、救急サービス共通番号:999(*繋がらないことが多い。)

(2)警察:020-2717777

(3)消防
  Urban Fire Services(民間会社)020-7120957、020-7120274

(4)救急サービス
 (イ)St.John's Ambulance(民間会社)
   020-210000、020-224066
 (ロ)Amref Flying Doctor Service(民間会社)
   020-315454 / 5

 在外公館の電話番号
  在ケニア日本国大使館:254-20-2898000