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イエメンってどんな国?

イエメンは、正式名称イエメン共和国で、西アジア・中東の国。首都はサヌア。サウジアラビア、オマーンと国境を接する。

イエメンの地図

イエメンのブログ旅行記

2005年10月のブログ| 世界一周御披露目帳

2005年10月4日 ... エジプト、メキシコ、カナダ、ネパール、イエメン、トルコ、モロッコ、スイス、ヨルダン、 ボリビア、・・・ もうキリがありません!! 彼の仕事の調整もありますが、何としても世界 一周旅行を成し遂げたい、 もうその思いでいっぱいいっぱいです☆ ですが、今までの私 たち ...

100万円の予算でイスラエルやブラジル含む世界一周 海外旅行Q&A ...

イスラエルの入国スタンプがあると、イスラエルと国交のないアラブ諸国(イラク、 レバノン、リビア、サウジアラビア、スーダン、シリア、イエメン、ソマリア)では入国を拒否 されることがあります。 予定通りのルート(空路)であれば問題はなさそうですが、 イスラエルの ...

旅は青空 - 幸福のアラビア イエメン

遂にザビードに着いた。古都サナーまで訳120マイルを距て、ヤマン第二の大都会で ある。バナナその他果物の産が多く、市民は愛想よく、容姿は優美、ことに婦女子は 目ざめるばかりに美しい。 市街はアル・フサイブという谷間にある。かつて、預言者( ...

ホントにおいしかった~| 世界一周御披露目帳

同じコーヒー産地のイエメンはビニール詰めでした(T T) 見習ってほしい… 以前、 コーヒー講習で卸値で結構な値段のジャマイカ産のブルーマウンテンを試飲させて もらいましたが、香りからして、飲み比べた他のとは違いました☆いいなぁ~、本場で 飲んできたん ...

世界一周ってどうよ| 世界一周御披露目帳

エジプト、メキシコ、カナダ、ネパール、イエメン、トルコ、モロッコ、スイス、ヨルダン、 ボリビア、・・・ もうキリがありません!! 彼の仕事の調整もありますが、何としても世界 一周旅行を成し遂げたい、 もうその思いでいっぱいいっぱいです☆ ですが、今までの私 たち ...

アラビアンナイトの世界|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後 ...

2007年4月18日 ... イエメンは大昔、海のシルクロードと呼ばれた. インド・アフリカ ... 潤う中イエメンだけが 石油が出ず時代の. 流れから ... 街並みも城壁に囲まれた古代都市のままで. 数百年前 の建物で未だに生活している。 yemen6. ※イエメン門の前. yemen7 ...

トラベログ、トラベローグ、TRAVELOGはみんなの旅行情報の発信出来る ...

ペンギンの赤ちゃんかわいい~♪今話題のパンダの姿も。 イエメン / フォトアルバム 2004.7お勧めの国No.1 photo by 大熊猫. 大熊猫さんのお気に入り度ダントツNo.1の イエメンの写真集。現地の方のいろいろな写真が印象的です。 北海道 / フォトアルバム ...

海外旅行Q&A(全般) バックパッカー入門!海外一人旅のススメ

行きたい国は、イラン・トルコ・アゼルバイジャン・アルメニア・グルジア・イスラエル・ ヨルダン・イエメンです。 現在治安の問題で退避勧告出てたりビザ取得できない可能性 もある国も入ってますが・・・その辺りは随時確認して、無理をせずに行けそうだったら行 こうと ...

円高のうちに米ドルを両替しておくべきか 海外旅行Q&A(全般)

実はイエメンに行こうかと考えていて、聞いた話ではUSドルからしか両替できないと聞い たことがあったもので、それが本当なら今のうちにしておいてもいいなあとか、行くときに 使えない事態になっていたら損するなあとかいろいろ考えて、時間だけが過ぎています ...

困った土産!| 世界一周御披露目帳

アフリカのサバンナにいる奴で、この辺の畑をうろついてる「エゾ鹿」とはえらい違いで・・・ (笑) ますます我が家での地位が上がりそうです☆. YONYON 2005-09-19 21:28:40 > >このコメントに返信. 20 □タイマイさま. その前に・・・ 番イケメンをゲットしてイエメン ...

前の写真へ - トラベログ

撮影時期, : 2004年07月. 撮影場所, : イエメン. 作成日, : 2008/06/15 20:26. 写真 サムネイルへ戻る · この写真でフォトカードを送る · 最初の写真へ · 前の写真へ · 次の 写真へ · 最後の写真へ. No.4 イエメン! サユーンの街並みです。

ここどこ!(もう何回目?)|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

きっとここにカギがあるに違いない、と考えて、イエメンとか考えたんだけど、バック ナンバーを見たら最近行ってましたね。 そこで過去3回のブログ更新時間からおそらく 日本より西だけどそんなに時差はない、と確信し、なおかつネットになかなかつなげない 、という ...

中国からシベリア鉄道でロシア、更に中央アジア、中東も 海外旅行Q&A ...

行きたい国は、イラン・トルコ・アゼルバイジャン・アルメニア・グルジア・イスラエル・ ヨルダン・イエメンです。 現在治安の問題で退避勧告出てたりビザ取得できない可能性 もある国も入ってますが・・・その辺りは随時確認して、無理をせずに行けそうだったら行 こうと ...

瞳が物語る: shukran@world

2010年8月15日 ... 写真家Aaron Hueyがニカーブをつけたイエメン女性のポートレートを撮影した際、彼女 たちにインタビューを行ないました。彼女たちはイスラムという伝統を前向きに受入れ つつも、現状を支配する男性に対して強い不満をもっているようです。

イエメンへ行ってきました - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2007年12月26日 ... お久しぶりです。片岡です。 札幌はすっかり真っ白になり、冬将軍の到来ですね。 週末 は会社もお休み、朝早く起きて雪かきをしました。 たくさん雪が降ると煩わしい仕事です が、これが無いと冬っていう感じがしませんね。 今冬は雪かきを頑張っ ...

イエメン - トラベログ

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イエメンの写真・旅行記

いつの頃からか、 なんだかずーーーと気になっていたイエメン・サナアへ そこはまさに「幸福のアラビア」 そして 「ツワモノ・ジャパニーズ・リーマンパッカー」が集う街だった!

9/10 サナア第3日目 しつこいようですがとにかく絵になる街並 神々しいまでの夜明け

お宿テラスを額縁に 街並みを切り取ってみる

ホンとに子供が可愛い 人懐こい 緑シャツは制服だとか

朝食は毎日同じ でも 焼きたてパンがなかなか旨い

ホンとは2人みたいに シャハラとか 他の街も見たいところだったけど 短い旅だし まず見たかったのはこのサナアの街だったから 浮気はせずに当初の予定通りサナア1都市滞在貫きます サナアの街並みを今日1日 しっかり目に焼き付けよう

噴水

兄ちゃん早くもカート始めてる

マフラージからの眺めが言いという オールドサナアパレスへ

お茶をしに

ココが最上階 マフラージ

お山方面

南方には 巨大モスク建設中

撮影禁止とは言ったって こっそり撮ってる分には大丈夫(たぶん)

あ 丘上のそれがモーベンピックホテルです

眺めは・・・・・ まあ確かに凄いけど タージタルハの屋上の方が上だな ※お茶代の払い忘れに後に気付く  ごめんなさい次回訪問時に払いますオーナーw

昼食はひとり寂しくひとり飯 出てきたはじめ人間(古っ!)みたいな肉は メニュー名「スープ」です

街角に並ぶジューススタンド

ざくろジュースは甘酸っぱい

パパイヤ

毎日通ったので 店員とはすっかり顔なじみ ※選択失敗だったと思わない限り  旅先滞在中の街ではひたすら同じ店に通い詰め  店員と仲良くなります

その夜 サナア最後の夜は 新たに知り合ったリーマンパッカー氏らとともに 魚レストラン ※当時情勢的に観光客凄く減ってる様子だったけど  道中会う旅行者の3人に1人は日本人だった

9/11 サナア最終日 朝に夕に 毎日通い詰めたお宿屋上 タンク横

お隣ダーウッドホテルと その向こうの畑

中央高層ビルもホテルだそうな

ミナレット

旅立ちの朝だからか 今朝はパンが1つ多いなw 空港移動のタクシーを前日手配した筈が 時間になっても迎え来ず 折しも時はラマダン突入直後 急ぎタハリール広場まで出て なんとかタクシー見つけて

ぎりぎりサナア空港 あー頼むよ 寿命が縮むわ

一息ついて搭乗待合室 またいつか 絶対再訪しようイエメン・サナア

沖止めエミレーツ

カラス服のご婦人の隣席で

久し振りのアルコールを流し込む うめー

帰路機内食はイマイチだった もうすぐドバイ

初日 2日目と ずっと一緒に過ごした2人がシャハラツアーへ出発 見送りは寂しいな

食後はどこぞのBar(とはいっても当然アルコールなし)で シーシャすぱすぱ ハマッタ!

「テロ●リスト!!!」とか「ビン◎ディン!!!」とか ぱっと見 風紀上あまり遭遇したくない類の人かと思いきや 実のところは笑ってしまうほどフレンドリー でもさ 日本来たら絶対空港で別室送りでしょww

そうそう イエメン土産はコレです紅茶 その名も『イエメントン』 ギャグか! 日頃職場に土産配ると顰蹙買うことが多いのですが これは相当受けましたw

9/8 サナア第1日目 とうとうやって来ましたイエメン・サナア なんというか まあ

言葉が出てこない

てか 「言葉なんて要らない」なんつって その位圧倒された凄い街並み

お宿はイエメンスタイル タージタルハに決定 出会ったばかりの日本人旅行者たちと部屋をシェア

安宿なのに 部屋にはステンドグラス

最上階にはマフラージ 一番眺めのいい最上階の部屋で午後のひと時 カートを噛む

街へ出れば 21世紀を迎えた今も

こんな人たちがぞろぞろ 道を行き交います

渋いフルーツ屋

子供たちかわいいな

TVゲーム屋繁盛中

旧市街の中には畑も 外敵に攻められ篭城戦となったときのための食料生産基地としての機能 また、旧市街内で排出された諸々の廃棄物の処理場として(肥料として利用)の機能を持ち合わせているんだそうな

時はまさに大統領選真っ只中 サレハ大統領のビラがそこココに掲げられていました

写真でよく見る角度から イエメン門

振り返って ホンとは撮影禁止の山 ※イエメン門前のホテルのフロントに言えば  屋上の鍵を貸してもらえます

雨が降ると川になるらしい 旧市街を囲むように走る道

夕暮れのアザーンは鳥肌モノです

夕食はホブズとか肉スープとか 卓上に並ぶボトルはノンアルコールビール

お宿屋上から サナア旧市街夜景 絵になるな

9/9 サナア第2日目 夜明けも絶景

標高が高いので

キリッとした冷たい空気に

目が覚める

ゆっくりと 日が昇ってきました

タージタルハホテルの質素な朝食

食後は早速旧市街散策を開始

バザールで

ござーる

サモサ屋台でつまみ食い

子供かわいいけど あんまり女の子は見かけない

路地の奥にカラス服発見!!

門をくぐったらそこはちょっとしたバザール ったくこの街は フォトジェニックなモノ・ヒトが多すぎるw

再びイエメン門にやってきました

もの凄い火力に驚き 何作ってるの?と覗き込めばそれは

猿田 否 サルタ 即座に本日の昼食決定 味は ミートソース+チーズフォンデュとでも言いましょうか

食後はダッバーブに乗って新市街へ

シュメイラハリという名のスーパーマーケットへ

店内の様子

ムスリムグッズコーナー

顔色悪いマネキンと遭遇

食品コーナーは思いのほか品揃え豊富

再び旧市街 カメラを向けるとポーズ決める子供たち

サナアは街並み眺めてるだけで満たされる

アザーン聞くと旅に出ていることを実感する しびれるわ

この街並みを見たいがために はるばるやって来ました  満足

「バザールでゴザール」が流行中

んー 重い土産はどんなに安くても買わんよ

山の上には軍事基地

丘の上にはモーベンピック(左はしにちょっとだけ)

宿の部屋に戻って昼寝 旅先で昼寝って最高の贅沢じゃないですか?

そうそうこのお宿 トイレ・シャワーは共用ですから念のため

夜は 出会ったリーマンパッカー氏らと一緒に夕食 見た目はともかく味は悪くない ※夕食は現地在住の日本人を囲む会 アラビア語ぺらぺらはカッコいいな つづく

13世紀には都だったこともあるなだらかな丘に立つジブラの旧市街へ、広場から石橋を渡り入る。 石橋を渡り、しばらく石畳の坂道がつづく。石造りの町の風情はどこか中世のヨーロッパの雰囲気もあり、モスクのミナレットがそびえていなければ、フランスかイタリアあたりの田舎町と間違えそうだ。 しかし、落ち着いたたたずまいの町をかき乱す者がいた。 私である―――。 観光地に、ジャンビアをさし、イエメンスタイルのハンディビデオカメラを持つ東洋人とくれば、誰も 放っておいてはくれない。私は「町に溶け込む」どころか「えらく浮き上がっていた」のだ。 モスク内を撮影していると、イエメン人独特のやせぎすの中年男性が、撮影中のカメラに顔を近づけて ニタニタ笑う。 「ヤバーン、タマームタマーム(日本の、いいねいいね)」 「はいはい、どうも」無視しても男はつづける。 「モスクのなかを見たいかね?案内するけど」 「いいですいいです。だって、モスクのなかはここから見えているもの」 「ノーマネーノーマネー。モスクモスク」体に触れんばかりにしつこい。 「ノーマネー(お金はいらない)」とはどういう意味かいまだにわからぬ。わからないが、「お金をとられる」ことはわかっている。わかっていながらエジプトのギザのピラミッド前で「ノーマネー」といわれるままラクダに乗ってしっかり「お金はとられた」ことはある。

遠巻きにしていきさつを見ていた老人や子どもたちまで寄ってきてほとほと困る。 退散しようとするが、体を張る子どもたちがいる。 「ザガードザガード(喜捨喜捨)」と手のひらをさしだしてくる。 喜捨とは貧しい者への布施で、信仰、巡礼、断食、礼拝と合わせてイスラム教徒がコーランの教えにより実践しなければならない最も重要な5本柱のひとつである。 しかし、ムスリムではない私にそんな義務はない。 「ノーマネーノーマネー」今度は私が叫ぶ番だ。 そのいきさつを見ていた別の男がロバを追うムチのようなもので子どもを叩いて追い払った。 すると、今度はそれを見ていた別の男がムチで叩いた男と口論はじめる始末で、なにがなんだかわからない状況になってきた。 肝心のモスクを案内するとしつこい男もどこかへ去っていっていた。 私はすっかり蚊帳の外となり、無事(?)脱出できた。 皆に追いつこうと小走りに石畳の坂道を今度は下っていくのだが、連日着ているフーカは体にフィットしたワンピースなので、思うように足を運べない。 なるほどファッションとは実に機能性がないのであった(笑)。 坂道にはスークがあり、サナアでもみかけなかった屋台のような出店もある。 店頭で、ガスコンロにかけた鍋で炒め物をしている男の手つきをしばらく眺めていた。 鍋にはひき肉、タマネギ、トマト、それらに卵をからめていた。 エジプトで食べたシャクシューカに似ている。美味そうだ。  そういえば、旅中、最大関心事のひとつである食事のことをまだ話していなかった。 まず主食はホブスと呼ばれるパンだ。パンはどの家庭でも家でかまどで焼く。 直径2,30センチの平たく丸みのあるパンだ。インドのナンと同じだと思ってほしい。 レバノンやエジプトの影響で北イエメンはホブスが主流だが、アデン湾岸やタイズ周辺ではインドの影響でギー(羊のバター)を塗って焼いたパラータというパンやチャパティもある。 ジブラのあと訪れたイッブの町角の食堂では油で揚げたプーリもあった。 その食堂にはイエメン人と違い恰幅のいい男たちが食事をとっていて、国を問えば「ラジャスターン州から来た」そうだ。食堂は完全にインド化していた。

米もそこそこ食べられている。ビリヤニというピラフの原型でアラブの主流料理のひとつだ。 具と一緒に炊き込んだものや、野菜と煮込んだ米料理、リゾット風や、カレーライス風料理もある。  野菜は旅中、ジャガイモ、トマト、豆がよくだされた。 豆を茹でて潰したムタバル、ヒヨコ豆をペーストにしたタッヒーナ、胡麻などをペーストにしたホモスなど。 イエメンの日常の家庭料理は朝昼晩ともホブスにホモスなどを塗り食べて終わり、らしい。 生野菜のサラダや肉料理は一般家庭では祭りなどに限り供される。 野菜料理で美味かったのは、フールというトマト味の豆のスープだった。 他にも、トマト、ジャガイモ、ナス、オクラなどが入ったスープは美味い。卵でとじてあったりすると、それだけでも十分なご馳走だ。  イエメンの庶民のご馳走といえば、犠牲祭の前日サナアの街角で羊をほふっていたとおり、羊だ。 ミンチにして串焼きにするケバブはアラブ全体共通料理だ。リヤーシュというのはラムの背バラの炭焼きで多少臭みが残るが慣れてくると美味く感じる。スパイスを混ぜたハンバーグのコフタは羊嫌いのひとでもいけるはずだ。小麦粉やスパイス、タマネギを混ぜて焼いたクッベも日本人でもなじめる味だ。 今、ここで店主が炒めているのもイエメンではポピュラーな料理で、おそらくダッカと呼ばれる料理だと思う。  豚肉はいうまでもなくイスラム教徒は食べない(食べてはいけない)肉だが、牛は食べる。 しかし、羊の数倍の値らしく庶民にはなかなかお眼にかかることはできないらしい。 鶏がイエメンでは最も印象的な美味さだった。 サナアのスーク内のホテルでの腿の炭焼き、ハドラマウトの屋外で食べたから揚げ、マナーハのイエメンスタイルのホテルで食べた骨付き腿揚げ、どれも塩味のみだが絶品だった。  魚も紅海、アデン湾に面しているのでよく食べられる。 ホディダのスークではボラ、マグロ、ハタハタ、エイ、サメ、エビ、イカなどをみかけた。 しかし、イエメン人は魚には大雑把なのか、「これは何という魚?」と尋ねても「サマク(魚)」と答えが返ってくる。 強風吹きつけるモカの食堂でハタ系のハムールという白身魚にスパイスをまぶして竈で焼いた魚を食べた。背開きでうろこをつけたまま黒焦げになるまで焼き上げる。 かなりグロテスクでかなり辛かったが、ホブスで包んで食べたが美味かった。 ケバブサマクと呼ぶ魚を串焼きにしたものもポピュラーである。 内陸部の砂漠地帯ハドラマウトでも魚を食べた。 淡水魚である。ナマズの唐揚はあっさりしていて美味かった。 他にも、タリムのスークではカジキマグロやエビ、小魚などが売られていた。 舗装道路のおかげでアデン湾のアル・ムカラなどからトラック輸送され朝一番に届くらしい。 タリムのスークでは魚の燻製も何種類か売られていた。 ナジプサがちぎって渡してくれたのはフカの燻製だそうだが、カツオブシと全く同じ味がした。

旅行者にとってのイエメンはまだまだ観光行政が未整備で、また街角にレストランが乏しく、ほとんどがホテル中心であった。都市部以外はなおさら食事に関しては深刻で、イエメンスタイルのホテルの食堂に頼ることになる。  夜のサナアのスークを訪れ、なんとか日常食も味わえた。 イエメンで最もポピュラーなサルタである。 サルタはモロッコのタジンと同じく土鍋に入ったシチュー状の料理だ。 食堂で男たちが右手で器用にホブスで包んで食べていた土鍋料理を指さし注文した。 ホブスは頼まなくてもでてくる。サルタは20リアルだった。24円くらい。高級ホテルで買い求めていたミネラルウォーターの10分の1の値である。 さて、ホブスを手でちぎり食べていたら、すぐにサルタがきた。なんだかやけに匂う。 少々の米と、ひき肉、細切れの野菜を煮込んであるが、ホブスに浸して食べても苦い。 これはひょっとして食べるカートではなかろうかと、訝しがったものだ。 あとからナジプサに尋ねると、「ヒルガ」という苦い香辛料が入っているのだそうだ。 イエメンでは最もポピュラーな家庭の伝統料理らしい。 ヒルガの苦さからイエメン人は食欲が進まず、みんなやせ細っているのかと思ったくらいだ。 ナジプサによると、あたらずも遠からずだった。 「はい、イエメンの男性はあまり食べずにすみます。というより、カートのせいで食欲があまりないのです」 カートのエキスの覚醒作用と興奮作用で食欲がないのが常識とは、そこまでイエメン人はカートが命の次に大事なのかと、あらためて驚かされる。 禁酒国のひとびとが概ねそうであるように、イエメン人も甘いものが好物だ。 菓子類はかなり甘く作られる傾向にある。 ハルワーというヨウカンに似たものや、ウムアリというナッツや干しブドウをふんだんに入れたプリン、 ローズビラビーンという牛乳プリンなどを食べたが、どれも大量に砂糖が投入されている。 しかし、山岳部などでは砂糖が貴重であった名残りからか、甘さ控えめの菓子もある。 マナーハで食事の最期に大皿のパイがだされた。料理名は失念したが、焼きプリンのようなほのかな甘味が左党にもいける味だった。 その料理名は失念していた。 しかし、帰国後「男の食彩」というNHKのテレビ番組で、「ハーンの娘」という名のはちみつやバターを塗り焼き上げるお菓子、マナーハで食べたそのものを紹介していて嬉しくなった。

コーヒーに話を移そう。 コーヒーの代名詞ともいうべき「モカ」の国であるのにコーヒーはほとんど飲まれない。 旅中、どういう現地事情かは知らずじまいだったが、しょっちゅうホテルが変更され、本来泊まるべきだったホディダのホテルへ探検気分でお邪魔し、その食堂でコーヒーを飲んだ。 「モカを」と注文した私に、ウェイターはにこやかに笑ってインスタントコーヒーを出してきた。 バニー・マタルでみてきたようにコーヒー園はカート畑にかわり、今では貴重な外貨獲得の産物でしかないモカ・マタリ。 ギシルというコーヒー豆の殻を煎った飲み物はサナアの民家で飲んだ。 しかし、イエメンで「お茶をする」といえば、羊のミルクたっぷり入ったチャイ(紅茶)のことだ。 家庭で飲むもので、町に喫茶店の類の店はない。男同士おしゃべりするのに、カートがあれば十分であるからだ。 まずはカート。お次はカートなのである。 結局、食文化そのものもカートに落ち着くようである。 私も旅の後半からは装いだけではなく、その「文化」を真似てみたが、煩悩の多い私にはその効果はあまりなく、かわりに毎朝の「お通じ」が「緑色」をしていることが健康の証と失笑していた―――。  ―――しばらく土鍋料理を眺めたあと、再び石畳の路地を再び歩く。 散髪屋があり、小さな子どもが神妙な顔つきで頭を刈られていた。 その他、路地の坂道には様々な店があり、なかの様子を覗い、見飽きることがない。 家の階上の窓から子どもたちが顔を出し「スーラスーラ(写真、写真)」と賑やかだ。 あっという間に、小さな町は終わり、鶏やロバがいる小さな広場にでた。 トラックのボンネットに乗っかって小学2、3年生くらいの女の子が幼い弟らしき少年と遊んでいた。 イエメンで旅したなかで最も美しい娘さんだった。ジブラの丘の段々畑を背景に彼女を撮りまくっていた。 撮影中、いつの間にか横に佇んでいる男の顔をみると、さきほどのモスクの「ノーマネー」の男だった。 そういえば、彼はジャンビアをしていない。階層の低いひとだろうか。 彼はさきほどの件を悪びれる様子もなく、広場の前にある一軒の家をさして言った。 「マイハウス。ノーマネーノーマネー」―――。

アデンの町はコロニアルな雰囲気を醸し出している。 野菜スークなどではサナアでは考えられなかった女性の姿も多い。 ほとんどの女性はベールで身を隠すこともなく、洋装でめかしこんで町を闊歩する若者も多い。 広場に面したビルの屋上には大きな英文字の看板など、この街がヨーロッパのどこかの町であったとしても疑いようがなかった。 ポール・ニザンはアデンをこう書いている。 「―――アデンはたくさんの綱の結び目なのだ。 このオリエントの絵のような風光を汲みつくし、どんな力がこれらの糸を引き、この結び目を強く締めつけているかを理解するには、何ケ月もが必要ではない。 アデンとは多数の航路が交叉する場所であり、これらの路には灯台や大砲をそびえ立たせた小島が一定の距離を置いて並んでいる。 つまり、アデンとは世界中に旧ロンドンの商人たちの利益を維持するための長い鎖で、また綱の目のひとつなのである―――『アデン アラビア―ポール・ニザン著作集1』篠田浩一訳 晶文社」 街では、街独特の匂いが届いてくるわけでもなく、美味い料理屋はないかと探し求めるわけでもなく、いい女はいないかとアンテナを張り巡らせるわけでもなく、ただ惰性にかられて歩きつづけ、街角には海からの熱風が届いていたのみだ。 19才で作詩をやめ、「ただひたすら南方に行くこと」を求め、放浪の末にアデンにて商人になる決意をしたランボーは、そのアデンに何を見出したのか? 彼は健康を害し、フランスに帰国し病床に臥してなおアデンに「帰る」ことを渇望した。 彼は、灼熱と砂漠のなかにある「ヨーロッパ」にわが身を置くことを求めていたのかもしれない。 アデンはよくヨーロッパ人のフィルターを通して語られる。 だとすれば、語り尽くせぬものがあるはずなのだが、語り尽くせぬものがアデンそのものなのかもしれない。 私がアデンでなんらかの記号を見出し、読み取ったわけではない。 いや、たったひとつだけある。 熱帯夜にこの空虚な街が陽炎のように、旅の終着駅として格好のトポスとなったのだ。 ―――コルクマサルのホテルで、「ホテルには良い銀製品がない」と、嘆く、イエメンの旅で出会ったKさんを、無理やりタクシーに詰め込んで、クレーターまで来ているのだが、あいにくめぼしい商店はすでにシャッターを閉じていた。 夜風に吹かれながら街のお散歩というには湿気を含んだあまりにも生ぬるい風で、情緒のカケラも見当たらなかった。 しかたなく、うら寂しい広場にある露天商を冷やかしていると、ふと、2歳になるばかりの娘に何の土産も買っていなかったことに気づき、私のほうこそ、買い物に奔走しなければならないはめになった。 半分やけくそで、露天に吊られていたフリルのついた白いドレスを買い求めた。 600リアルだった。 ムンバイのホテルで、Kから、「こっちのほうが、良いデザインでいいのあったのにね」と言われたが、まだ先の(笑)祭りだ。 結局、パパの「軌跡」である白いドレスが日の目をみることはなく、たった一度だけ、家の庭のツツジの前で、パパの場違いにもジャンビアを差したアラブスタイルと一緒に記念撮影のために、袖を通したのみだった―――。  私たちはコロニアルな擬似西欧の町で他にすることもなく、そのまま待たせてあるタクシーに乗り込み、ホテルへ向かった。 「新婚旅行なんだから(笑)値切ってちょうだいよぉ~」 と懇願して、ねばりにねばってようやく、400リアルのところを350にしてもらった。 Kは横で苦笑いするばかりだった。 「酔ってるんじゃなぁ~い?」と、Kはただただあきれながらも、私の肩に体を預けてきた。 そして、華奢な体を捻じ曲げて、癖である、体に似合わず骨太な指を両手でからめながら笑い転げた。 生ぬるい空気にその笑い声が混じり、―オリエントの絵のような風光を汲み取って・・・―とアデンの町を評したポール・ニザンの著書を思い出した。  そう、たしかに私は酔っていた。

これが、西洋の女性が好んだ「乳香」の木です。

天空の街です。

涸れ河に浮かぶ豪商の館です。 撮影場所は7つ星ホテルの庭からです。

ここが有名な砂漠の摩天楼です。

サナーの市場です。 入り口の門の上に上れるようになっています。

 今は運休となったKLMの名古屋・新千歳~アムステルダム線を利用しました。アムステルダムから、カイロを経て、エジプト航空でイエメンの首都サナアに入りました。サナアを行きかう男性は、半月刀をさしていました。女性は、全身黒のマントをまとい、目だけ見える状態でした。また、時折モスクからアザーンが流れ、イスラム世界にきたんだと強く感じました。高地のせいか、空気はさわやかでした。

 泊まったサム・シティ・ホテルの部屋から眺めた風景です。御覧のような上にのびていくイエメン様式の建物ばかりです。先ほど申しましたように、街行く男たちは半月刀をさしていますので、すこしびびりながら街を歩きました。その関係で、あまり写真を撮れませんでした。

とある店で食べた朝食です。名前はわかりませんが、周囲の男性たちが「うまいよ!」とすすめてくれたものです。カレーみたいなものでした。

 サナアからサナア発アデン経由のイエメン航空でカイロへ。カイロでは、ナイルヒルトンに宿泊しました。写真は、ナイル川です。擦れよりも、橋の上の交通量が気になります。

 エジプトと言えばピラミッド。あれは近くで見るよりも、遠くから見た方が迫力ありますね。カフラ王のピラミッド内部に入りましたが、狭いだけ。行き止まりに壁画でもあるかと思ったんですが、ただの部屋だけ。少しばっかりでした。

 暑くないのが幸いでしたが、歩いて足が疲れました。その後、バスでカイロ考古学博物館へ。ミイラやツタンカーメンの黄金のマスクなどを観ました。双方、えらく小さかった印象です。

 アムステルダム市街です。中近東からくると、えらく空気がひんやりした感じです。

 こんな水路がある風景がオランダらしいでしょうか。

 船から直接家に入るとは、日本じゃ考えられないですね。

 帰国の朝。街は霧で覆われました。帰りのKLMの中で、オーロラをみました。進行方向左・窓側がお勧めです。  寝て起きたら、蛇行する石狩川が見えました。

ワジ本流の底(川床)と原始大地の間の大岩壁です。

この写真以降、飛行機からの撮影です。窓ガラスの状態が悪いうえに逆光で、不鮮明な写真になりました。すいません。 手前は広いワジ本流です。かなり緑が見えます。奥に向かってワジ支流が見えます。 内陸砂漠地帯では大規模集落の多くはこのようなワジ本流の河床に立地しています。ワジは伏流水が豊かで比較的水を得やすく、そして何より耕作が可能だからです。しかしそれと引き換えに、何もかも根こそぎ持って行ってしまう大洪水の危険と背中合わせの生活になります。

もっと上から見るとこのようになります。 本流と支流の関係、テーブルマウンテンの様に平らな原始大地の様子がよくわかります。 世界遺産シバーム(最古の摩天楼都市などと言われます)等もこのような広大なワジ本流の河床に立地しています。

ワジ(涸れ川)地形は平らな原始大地を流水が何億年もかかって深く削り取ることでできます。 例えて言うと、ペースト状のものが枝分かれしながら流れ、そのまま固まり、そこに無数のひび割れができたような地形です。

これはワジの川床です。画面下に原始大地の末端が見えています。 川床の耕地が砂に飲み込まれていく様子が良く見えます。

原始大地の末端です。 ワジの支流のそのまた支流が行き止まりとなり、原始大地の中に消えています。 画面右端上の大きな影は、大岩壁の影です。

耕地が砂に埋もれていきます。

少し不鮮明ですが、ひび割れて乾いた原始大地が累々と続いているのが見えます。

リアス式海岸の半島のようにも、ギザギザの多い葉のようにも見えます。

ワジの源流地帯です。 沢山のワジ源流が原始大地に消えています。 画面上端をやや幅広のワジが横に走っています。

源流域でも崖の高さはかなりありそうです。

平面が多く斜面が少ない、まさに等高線通りの地形です。

雲海が見えてきました。 乾燥地帯が終わり海岸に向かっているこがわかります。

ため池らしいものが見えます。 よく見ると画面左上から右下方向にため池らしいものが3つ見えます。中央の青いため池近くの崖線下に沿って建物も見えます。 一番標高の高い場所のようにも見えます。ポンプアップでもしたうえで、周りに配水しているのでしょうか?

画面右半分、上から三分の一位のところにも長い列雲が発生しています(左に傾いたW字型にも見えます)。 これは原始大地とワジとの境ではなく、ワジ地帯が終わり海へと続く平原との境を示しています。

四方八方から侵食され、ほとんど尾根状になった原始大地の上を1本の未舗装道路が延々と続いています。

原始大地とワジ川床境の崖線に沿って列雲が発生しています。この雲が降雨につながるのかどうか分かりませんが、ワジ地形が少なくとも局地気象に影響していることが分かります。

U字型の崖面全体に綺麗な列雲が発生しています。

海岸線に出ました。

積乱雲の群れ、激しく暖められた大地から激しい上昇気流。

アラビア半島は西海岸に沿って山脈が走っており、その山脈は半島南西角を占めるイエメンで最も高い標高になります。 地図で見ると首都サナア近くのハズル・シュエイフ山で3760mです。

この画像だけ見て、イエメン・アラビア半島・砂漠の国と連想する人はいないでしょうね。 まさにアルペン的です。

主要道からもけっこうな眺めが楽しめます。

思わず深く息を吐き、全身の力が抜けるような風景です。

(ここからは地上での撮影です) イエメンの山は赤い岩です。だから赤い山なのですが、光の方向と撮影距離によっては、まさに「青き岩峰」です。

素朴な搭乗口です。まもなくこの搭乗口から国内線に乗ります。 扉の向こうはワジにかぶさる大岩壁です。

今回も去年と同じように エミレーツのファーストクラスを利用しました。 EK6251(JL1319)羽田→関空 EK317関空→ドバイ EK961ドバイ→サナアと乗り継ぎは多いですが 接続スケジュールはバッチリです。 http://www.emirates.com/japan/jp/index.asp 19インチのTVモニターはやっぱり見やすい!

食事中にも記念に1枚撮っておきましょう。

★サナア まずは、旧市街への入り口バーブ・アル・ヤマン(イエメン門)へ。ここからの旧市街の街並みは、何時間見ていても飽きません。 この写真がHISのパンフに使われています。

イエメン門を抜けて進んでいくとスーク(市場)が広がっています。外国人観光客も少ないのでまるで中世のイスラム都市に来てしまったよう。

干しぶどう売りのおじさんはカートを口にいっぱい含み、まるでこぶとり爺さんのようです。

ジャンビーア(短剣)の店もたくさん並んでました。この店はあくまで観光用?もっと奥に行くと本格的なジャンビーアスークがありました。

旧市街に並ぶ建物は、まるでおとぎ話に出てくるような家でかわいらしい。

スークで買ったカフィーヤ(頭布)を頭に巻いて散策続行。途中、旧市街の景色が楽しめるカフェでひと休み。コーラ1杯100YR(60円)で、こんなに素晴らしい眺めが!

たくさんの子供たちが「スーラ(写真)」と声をかけて来ます。

夕方はハンマーム(サウナ風呂)へ行ってきました。中東へ来ると思わず足が向いてしまいます。一汗かいたあとのサナアの風は気持ちいい! でも入場料と垢すりで500YRはちょっとぼられたかな?

肉や米、ジャガイモなどが入った鉄鍋料理「サルタ」はパンにつけて食べます。アツアツで美味!安いしね!

内陸部のサナアですが魚も美味しかったです。魚の下に敷かれた新聞はボクのため?に英字新聞でした。

今回もファーストフードは欠かせません。大好きなマックはまだ進出していないのでケンタッキーへ。チキンフィレサンドのセットが800YR(480円)とまるで高級レストラン並みの価格にビックリです。

サナア唯一のショッピングモール「STC」へ。ゼニアやキートンのスーツなんか置いてあるのには驚きです。ココだけは別世界?でも、ジャンビーアをつけた男たちはいます。

★サナア 再び空路サナアに戻る。やはりサナアの爽やかな風が一番。最後の夜は旧市街をお散歩。夜はさらにロマンチックです。まさにアラビアンナイトの世界。こうして感傷に耽りながらボクのイエメン旅行は終わります。また行きたいな~ ●この後行ったドバイの旅行記へもどうぞ! http://4travel.jp/traveler/harabo/album/10082463/

★ワディー・ダハール サナア郊外一番の見所「ロックパレス」へ行ってきました。岩の上に建つ建物は圧巻。さすがにココには外国人観光客も多かったです。

ベール姿の女性が快く写真撮影を許可してくれました。唯一のイエメン女性と写真です。

★シバーム&コウカバン 岩山の上にある街がコウカバンの街。遠くから見ると美しいのですが・・・・

コウカバンの街のおじさん。街の中はあまり美しくない。いい人ばかりですが・・・

コウカバンから下に見えるのがシバームの街。ここからの眺めは素晴らしい。

★スラー 岩山の麓に広がるスラーの街はとっても美しく、今回気に入った街のひとつ。街をフラフラするだけでワクワクしてきます。

ここでも写真とって!と子供たちが声をかけてきます。

岩山に上っていくとスラーの全景が楽しめます。入山料500YR(300円)を払っても納得の眺めです。ただ、息も切れるし、疲れますが・・・。 スラーの町がサナアの次にお気に入りになりました!

★ハバーバ 溜池と石の建物とが美しいハバーバ。この溜池で子供たちが泳いでいる写真を見たことがありますが、急な雷雨のため誰もいませんでした。

★バイトバウス サナア郊外の小さな村バイトバウス。大昔ユダヤ人が住んでいたそうですが、今はほとんどが廃墟のようでした。(もちろん住んでいる人もいましたが・・) ここからのサナアの遠景もお勧めです。 バウトバウスからサナアへ戻る途中、タクシーが他の車と衝突事故を起こし大破!ケガはなかったけど驚きました!

★サユーン イエメニア航空でサナアからハドラマウト地域の中心地サユーンへ。このフライトは、このあとアブダビに行くようです。時間があれば、砂漠の中を陸路で行きたかったのですが・・・ http://www.yemenia.com/

今回、イエメンで一番泊まりたかったホテル「アル・ホウタ・パレス」。古い宮殿を使ったホテルなのでスルタン気分が味わえました。日中はずーっとプールで泳いでました。いつ行っても貸切のプライベートプール状態。プールに入りながら周りの岩山を眺めると不思議な気分になります。 http://www.universalyemen.com/hotels/hawta.htm

さすがにハドラマウトは砂漠地帯なので暑い!車で走っても窓からは熱風が入って来る。道沿いにはこんな風景も広がっています。

★シバーム 砂漠の中を行くと突然現れるシバームの街。まさに砂漠の中の摩天楼です。 シバームの街の中は、暑さのせいか、家畜のせいか、非常に臭かった・・・。外から見るほうが美しい砂漠の摩天楼でした。

★ターリム この街にはたくさんの廃墟になった宮殿が並んでいる。なんとももったいない!博物館やホテルにすればいいのに。

岩山に登ってターリムの街を楽しむ。パステルカラーの尖塔が印象的。熱風と40度以上の気温のため、さすがに汗だくでした。

サユーンからシバームに行く途中で魔法使いのようなとんがり帽をかぶって農作業する黒ずくめの女性たちを見かけた。

照明が落とされ天井には星空が・・・おやすみ~★

サユーンの王宮。ひときわ目立つ建物です。館内は博物館になっています。

丘の上に登るとシバームの遠景がきれいに見渡せます。

搭乗すると最初にアラビックコーヒと デーツ(ナツメヤシ)が振る舞われます。 このデーツを食べるとアラビアを実感します。

イエメンではお酒は呑めなそうなので ドンペリもバンバンいただいちゃいます! シャンパンと柿ピーって組み合わせもいいでしょ。

軽いディナーはウエスタンスタイルをチョイス。 シーフードの前菜からスタートします。

本当はお寿司は和食をチョイスしないと出てきませんが 特別に用意してもらいました。 大阪で積んでるからまあまあ・・・

メインはビーフストラガノフですが・・・ ボクがイメージしていたものとは違った。 でも美味しい♪

デザートは好きなケーキをチョイスできます。 まるでスイパラ状態! 4種類も選んじゃいましたが・・・ ケーキは、ドバイで積んだ方が美味しいかも。

さらにチーズも食べちゃいます。 軽い夕食といいますが・・・十分重いです。

カプチーノとゴディバのチョコで〆です。

去年乗った時にはなかった お菓子バスケットも用意されていますが もう食べられません。(* ̄◇)=3 ゲプッ

到着前の朝食は和食をチョイス。 大阪で積んでるから野菜の炊き合わせも美味しい。 でも盛り付けは相変わらず× せめて食後のフルーツや和菓子は 最後に持ってきてくれればいいのに・・・

メインは鰺の照り焼き。 これも大阪積み込みだからまあまあ。 去年のドバイ発の和食は微妙でしたから・・・ もうすぐドバイ到着です。 朝食っていってもまだ早朝3時過ぎなのに…

早速エミレーツのリラックスウエアに着替えて寛ぎます。 でもこの色がちょっとダサくないですか? 今回のファーストクラスは意外と乗客が多く、 空席は2席のみ。 さらにアラブのVIP家族も乗っていました。

午前3時半にドバイへ到着。 なんと今日は沖止めです。 ファーストクラス用のバスでターミナルへ向かいますが、 同じファーストに乗っていたアラブVIP家族は 別のセダンで先に行っちゃいました。

サナア行きEK961便まで ファーストクラスラウンジで仮眠。

サナア行きEK961便には 日本人CAさんも乗っていて 機内アナウンスに日本語も流れました。 これには驚き! たしかにボク以外にも数人日本人は乗っていましたが… スクランブルエッグの朝食を食べていたら 朝9時前にサナアへ到着です。

イエメンの建物の最上階には マフラージと呼ばれる応接間があります。 ここでお客さんを接待すんですね。

今回車を出してくれた ホテルスタッフの友人ラジッド君は 勝手に寛いでます。

女性の衣装は黒だけじゃないんだ~ こんな素敵な柄もあるんですね。

やっぱり記念に1枚撮っておきましょう。 でもいいアングルが決まらないなぁ

シバームの町に入って行くとこんな感じ。 やっぱり遠景の方がいいかも。 しかも家畜のせいか臭い。

今回のお土産は、サナアの町を模った置物。 すっごくお気に入りです! ひとつ100YR也~

今回の旅では、 蔵前仁一さんの直筆サイン&イラスト入り 『旅行人2005冬号 イエメン特集』を持ってきました。

・旧市街  宿を出てしばらく行くと、遠ーくの方から女のコが猛ダッシュしてきた。 で、「スーラ!(写真)」って。 1枚撮って見せてあげると、すっげー満足顔でまた走って行った。 う~ん、かわいいぞ♪

・旧市街  今日は金曜日、イスラム圏では休日。 初日に来た時に開いてた店も、軒並み閉まってた。 お土産買うのに、金曜は避けた方がいいんかもね。

・旧市街  とりあえず、バーバルヤマンへ。 今日は、バーバルヤマンの外にも行ってみよう。

・旧市街  カートを売っていた人達。 みんな恐そうに見えるけど、実はすっげーいい人達♪

・旧市街  こっちの通りの店も、軒並み閉まってた。 休日やからか、たまーに家の前でみんなで集まってご飯を食べてる人達がいて、気軽に誘ってくれたりした。 宿で昼飯を食べる約束をしてへんかったら、ありがたく食べさせてもらうとこやったのにな~、、、ちょっと残念。

・旧市街  ちょっとアップ。 ほんと、キレイな街並よね~。

・YEMENTON  てことで気を取り直して、ダッバーブを降ろされた所の目の前にあった何気ないスーパーマーケットへ。 探していたYEMENTONをやっと発見。 LIPTONのパクリのYEMENTON。 ただ、100パック入りのものしかなくて、ちょっとお土産には・・・って感じやった。 ネタでしかないもんやのに、そんなに大量にもらっても困っちゃうよねきっと。。。

・ハッダ・ロード  宿で昼飯を摂ると、昼からはハッダ・ロードのスーパーマーケットへ。 ダッバーブの運ちゃんに、ハッダ・ロードにあるスーパーマーケットへ行きたいってゆったら、ハッダ・ロードの端っこまで連れて来られた・・・。 しかも、乗る前に20YRやって散々確認したはずやのに、40YR払わされたし。。。 イエメンではぼることは少ないって聞いててんけど、最近ではもうそうでもなくなってきてるんかもね。 いろんな店でけっこう吹っかけられもしたし。 イエメンも、もう5年もしたら他の中東の国と変わらんくなってまってるんやろな~。 もしかしたら、1年後くらいでもけっこう変わっちゃってるかもね。

・ハッダ・ロード  ハッダ・ロードにはスポーツショップがあるってことやったんで、ぶらぶらとちょっと行ってみることにした。 これはその道中、道を塞いでいたトラック。 何でこんな状態になってるんかはよくは分からんかってんけど、全く動く気配はなく、すっげー大渋滞になっていた。

・ハッダ・ロード  イエメンのスタバを発見! 最近できたってどっかで聞いた気がしたけど、こんなとこにできてたんや~。

・ハッダ・ロード  でもよく見ると、、、 STARBUNNY COFFEE・・・。 これもパクリかよ!! まーでも、スタバであることに間違いはないか。(笑)

・ハッダ・ロード  歩いてたら発見した、超巨大スーパーマーケット。 ダッバーブの運ちゃんよー、明らかに連れてくならこっちやろー! 入口で荷物を預けなあかんかったし、ほんとにすげースーパーやった。

・ハッダ・ロード  大型街頭ビジョン。 イエメンにもこんなのあるんやね~、ちょっとびっくり。

・ハッダ・ロード  歩いてたら、写真を撮ってくれってゆってきたおっちゃん達。 確か、イラン人やとかってゆってたよーな・・・。 忘れちった。。。 でもここでも、撮った写真を送ってくれ!とかってゆってこーへんところが、やっぱりイエメンはいい感じ。

・ハッダ・ロード  恐らく、イエメンのファーストフード屋。

・ハッダ・ロード  看板をアップ。 さすがに、マクドまではパクってないか。(笑)

・ハッダ・ロード  ちょっとしたショッピングモールみたいなとこ。 入ってみると、なぜか異様に東アジア系のお客さんが多かった。 中華系のテナントビルやったんやろか? 結局、ハッダ・ロードでは、欲しかったイエメンサッカーリーグのユニフォームは見つからんかった。 アラビックが書かれたユニフォームが欲しかってんけどな~、残念。。。

・パレスチナ・レストラン  夜は、パレスチナ・レストランへ。 メニューが分からず困っていると、何と厨房に入れてくれた!

・パレスチナ・レストラン  まさか厨房なんかに入れるとは思ってなかったから、ちょっとラッキー♪

・パレスチナ・レストラン  厨房をしばし物色して、ビーフカレーとホンムス、ビッグホブスを頼んだ。 ふつーに美味しかった。

・パレスチナ・レストラン  食後は、巷で噂のプリンを。 お味の方は、、、まぁまぁそこそこって感じ。 それよりも、以上とジュースも頼んだのに、3人で950YRって、、、安っ!!

・旧市街  食後、旧市街の夜景を観るために、オールド・サナア・パレス・ホテルへ。 100YR払って屋上へ上がった。

・旧市街  360°旧市街が見渡せて、とってもキレイやった。 今日で最終日、これでこの景色も見納めか~。

・旧市街  この眺めは、絶対に死ぬまでに1度は観ておくべきやで。

・旧市街 

・旧市街  結局、最後の夜ってことで2時間も夜景を目に焼き付けながら屋上で延々と3人で話をしてたら、帰る時にはホテルのオーナーがキレていた。 まぁ、0時過ぎてたし当然か。(笑)

・猫  最後にマンゴージュースを飲んで、宿に戻る。 と、宿の入口に1匹の猫がいた。 昼も見た猫やってんけど、昼はすぐに逃げてたくせに、なぜか異様にすり寄ってきた。 昼飯の時に魚をあげすぎたかな~。 また何かくれると思ってるんか、部屋にまで付いて来て、あげくの果てにはタオルにくるまってふつーに寝だした・・・。 寝る時には外に出そうと思ってたのに、これじゃあ出されへんやん。。。 なわけで、イエメン最後の夜は猫と一緒に寝ることになりましたとさ♪

・マナハ  朝の風景。

・マナハ  一緒にサッカーをした子供たち。 散歩をしてたら、声を掛けられた。 こんな朝っぱらやのに、子供はやっぱ元気やの~。

・マナハ  昨日の寝床。 今旅唯一の、床にマットを敷いただけのイエメニアスタイル。 シャワーの出がすこぶる悪かったんがちょっと難点やったけど、部屋自体はそこそこ良かった。 男3人なもんで、すっげー散らかってるから、キレイな部屋も台無しやねんけど。。。(笑)

・グラさん一家  ホテルを出発しようと外に出ると、グラさんが子供を連れて来とった。 グラさん、子供5人もおるんや。。。 てゆーか、朝でもやっぱりそのグラサンはかけてるんやね。(笑)

・世界の車窓から(マナハ~ハババ)  マナハを出発して、今日はまずはハババへ。 途中、すげー崖の近くまで建物が密集してる村を発見。 そんな崖の根元まで家を建てる必要があるんやろか??

・世界の車窓から(マナハ~ハババ)  崖崩れが起こったら、ひとたまりもないやろな~。 聞くところによると、実際、崖崩れで潰れてまった村もあるんやとか。

・ハババ  この町は、歩○方にも載ってないとこやねんけど、何があるんやろ?? ハムードは、水がある?とかってゆってるけど。

・ハババ  町に入ると、確かに水があった。 貯水池みたいなもん? よくは分からんかってんけど、俺らの他にも白人の観光客もおったりしたから、それなりに有名なとこなんかな。

・ハババ  ここも、ほんとにゴミの町。 そんなゴミの中に、1匹の猫を発見。

・ハババ  このコは、店番をしてたんかな? お客さんが来る気配は全くなかったけど。

・ハババ  そして、ここも典型的な田舎町。 マナハよりも更に寂れた感が強い町やった。

・ハババ  猫の親子。 子供たちがちょっと来いって家の中に誘うんで、家の中を見せてくれるんか!?と思ってついて行ってみると、猫の親子がいた。 子猫はほんとにごく最近生まれたところっぽくてすっげーかわいかってんけど、なしてこの子供たちは俺らにこの猫の親子を見せたんやろか。 ま、子供のやることやし、深い意味はないか~。 でも、家の中を見せてくれるわけではなかったんで、そこはちょっと残念やった。

・ハババ  猫の親子を見せてくれた子供たち。 外に出て俺がまた猫を追っかけてたら、わざわざ捕まえてきてくれた。 猫、かなり嫌がってるよ・・・。(笑) 女のコが1人いて、一緒に撮らせてってゆってみてんけど、やっぱり逃げられてまった。 でも、よく見ると、後ろの方にさりげなく写ってる♪ ムスリムやってゆっても子供やし、やっぱり好奇心の方が勝っちゃうんやろね。

・ハババ  結婚式が行われてた。 誘われたからめっちゃ参加したかってんけど、子供たちと遊びすぎて時間を食っちゃったらしく、ハムードに無理ってゆわれた。。。 残念やってんけど、昨日ちゃんと見れんかったジャンビーアダンスもちらっと見れて、ちょっと良かった。

・スーラ  続いて、スーラへ。 これは、スーラの町の入口。

・スーラ  町中へ入って行くと、ちょっと大きな建物を発見。 何か分からんから中に入ってみようとしたら、例の如く怒られた・・・。 どーやら、モスクやったみたい。。。(T_T)

・スーラ  笑顔がかわいいね♪

・スーラ  みんな正装して、今日は何かあんのかな? もしかして、ここでも結婚式??

・スーラ  Tさんがアメで釣って、女のコにポーズをとらせてた。 エロイッ!(笑)

・スーラ  もうちょっと笑ってくれたらよかってんけどな。 さっきは笑顔やった横のコも、つられてかすっげーまじな顔になっちゃってるよ。。。

・スーラ  ここも田舎町って感じ。 でも実は、かつての強大なオスマン・トルコにも抵抗した、伝統のある山岳部族の村らしーよ。

・スーラ  町の奥の高台から。 ここは格好の遊び場みたく、ガキが山ほどおった。 博物館?もあるらしかってんけど、あんま興味ないんで入らんといた。

・スーラ  カラム攻撃や、一方的にガイドをしてガイド料を要求されるなど、あんまし良い噂は聞かん町やってんけど、運が良かったんかそんなんには全く出会わず、むしろ俺的にはけっこう良い町やとゆう印象が残った。

・シバーム  次に、シバームへ。 ホテルで昼食。 ここのホテルのコなんか、女のコが料理を運んできてくれた。

・シバーム  このホテルにはハムードに連れて行かれてんけど、ホテルで食べるとやっぱりお高い。 写真のとおり、オカズはいっぱい出てくるから、その点はいいねんけど。 ちなみに、黒い鉄鍋の上の皿のヤギの肉がけっこう美味しかった。

・シバーム  ホテルの入り口には、すんごい火力で料理を作ってるおっちゃんが。 ここからホテルの建物までちょっとあってんけど、俺らが食べた料理もここで作ってたんやろか? それか、ここで作ってるのはテイクアウト専用なんかな??

・世界の車窓から(シバーム~コーカバン)  シバームからコーカバンへは歩いて登れるらしーから、てっきり歩いて登るもんやと思っててんけど、時間がないからか結局車で登ることになった。 ハババで時間取り過ぎたかな~。。。 でもこう見ると、けっこうがんばって登らんとあかん高さやったんで、これなら車で登って良かったんかも? ちょっと歩いて登ってみたい気はしたけどね。

・コーカバン  コーカバンの町が見えてきた。 大体ここで、半分くらい登ってきたところかな。

・コーカバン  到着。 車でもけっこう登ってきた。 これを歩いて登るんは、ちょっとしんどそーやな。

・コーカバン  町の中に入ると、何にもなかった・・・。

・コーカバン  コーカバンからシバームを見下ろす。

・コーカバン  ちょっとアップ。 ふ~ん・・・。 結局、ふ~んとしか思えず、コーカバンは瞬殺で後にした。。。

・ワディ・ダハール  最後に、ワディ・ダハールへ。 ロックパレスに行く前に、まずはロックパレスを見下ろせる高台に。 真ん中に小っちゃく見えてるのがロックパレス。

・ワディ・ダハール  おもむろに、これぞ怪しいアラブ人!って感じの、鷹を肩に乗せたおっさんが近付いて来た。 そして案の定、おまえの肩にも乗せて写真を撮ってやるよ!って。 まずは、おっさんを撮ってやるよ。(笑)

・ワディ・ダハール  俺の肩にも無理やり鷹を乗せてくるから、仕方なくしつこいくらいに、金は払わんぞ!フリーやぞ!って連呼して写真を撮らせてあげた。 すると、1ダラーって・・・。 まぁ、分かってたこととはいえ。。。 当然、払わず。 日本人ナメンナヨ!!(爆)

・ワディ・ダハール  よく分からんから、アップ。

・ワディ・ダハール  怪しいおっさんを軽くあしらって、ロックパレスへ。

・ワディ・ダハール  ちょっとアップ。 これが、ロックパレスか~。

・ワディ・ダハール  正面から。

・ワディ・ダハール  真下から。

・ワディ・ダハール  500YR払って、中から。

・ワディ・ダハール  ここは、イエメンの人にもお気軽に来れる観光地なんか、家族連れもちらほらと見た。 奥さんまで連れて歩いてる家族って全然見たことなかってんけど、ほんまにムスリムは複数の奥さんを持てるんやね~。 奥さん達で、喧嘩とかにならんのかな?

・ワディ・ダハール  子猫。 ロックパレスの中にいた。 めっちゃ小っちゃくてかわいかった♪

・ワディ・ダハール  ロックパレスの屋上から。

・ワディ・ダハール  ロックパレスの屋上から。 ここも、ふ~んって感じやった。。。

・ワディ・ダハール  さっきの子猫とお母さん? 3匹並んで、かわいいっすー♪

・サナア(旧市街)  やっぱり、この眺めは最高やの~。

・サナア(旧市街) 

・野良犬の家族?  ホテルの前に野良犬が大集合してた。 身体の模様が似てるし、家族なんかな? こんなに集まるんは珍しいんか、イエメン人も携帯で写真を撮っていた。 でも、こんなに野良犬が大集合したら怖いやん。。。

・土建屋さん?  朝飯を食べて、マナハへ出発。 途中でガスを補給する時に、スタンド横で土建屋さん?が集まって朝飯を食べていた。 食うか?ってゆわれてんけど、もう鍋の中に何もないし。。。(笑)

・ヌクム山  ハムード曰く、ノアの箱舟が降り立った場所。 その場所についてはトルコ説が有名みたいやけど、イエメンではここってゆわれてるみたい。 サナアの街は、ノアの息子のセムが造ったってゆわれてるしね。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  この辺りは、段々畑が広がっている。 今の時期はまだ何も育ててないんかな?

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  こっちは、ちょっと緑になってるところがあった。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  こんな感じで、段々畑は山の斜面一面に広がっている。 一面緑ってゆう光景を見てみたかったな~。

・ハムード  なぜかこの日は上機嫌で、自分から写真を撮ってくれってゆってきた。 しかも、俺の写真も撮らしてくれって。 もう、すっかり仲良し♪

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  山道を進んでいると、横転してるトラックが!

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  そりゃー、こんな山道を、こんなボロくてドでかいトラックがこんだけ大量に走ってれば、いつかはこーなるよ。。。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  横転現場の近くに落ちてたマネキン。 なして、こんなところに捨てられてるんやろ・・・。 でもよく見ると、大事なところはちゃんと隠されてたりして。。。(笑)

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  コーヒーの木。 ここから運ばれるコーヒーが、あの有名な「モカ・マタリ」になるんやとか。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  コーヒーの実。 これがあの黒い液体になるとかって、想像つかんよな~。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  ハムードが、しつこく「フォト!」ってゆうんで・・・。 何か有名なもんやったんやろか??

・崖の上にいた子供達  なぜか道端に子供達がいっぱいおった。 不思議に思って、どこから来たんか聞いてみたら、、、

・子供達の村  この崖の下の村からって・・・。 まーじで!?って思ってたら、子供達のうちの1人が、すんげースピードで崖を下りて行った。 ほんまやねんな、、、すげーなこいつら。。。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  またしばらく走ると、崖の上に建物が見えてきた。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  ちょっとアップ。 こんなとこに町があるんや、すげー。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  そんな町が、この辺りにはいっぱいあるみたいやった。

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  こっちもちょっとアップ。 こんなとこに町を造るって凄いね。

・マナハ  そして、サナアを出発して3時間ちょい、マナハの町が見えてきた!

・世界の車窓から(サナア~マナハ)  ここにきて、朝と比べてちょっと雲が出て来たかな~。 でも、まだまだトレッキングするにはもってこいの天気。

・マナハ  到着。 何や、この汚い町は!? これぞ、ゴミの町!?

・マナハ  町の感じ的には、山あいの田舎町って感じ。

・マナハ  とりあえず、町の奥の方まで登って行ってみた。 通りを歩いていた女のコ、恥ずかしがって写真を撮らせてくれんかってんけど、飴をあげたら撮らせてくれた。 やっぱり、どこの国の子供でも、お菓子は大好きよね♪

・マナハ  町の裏側。 手前を見れば、ゴミの町やってことが垣間見える。。。

・ホテルにいた猫  寄って行ったら、撫でさせてくれた。 ホテルにいるからか、けっこう人慣れしてるっぽかった。

・昼飯  ホテルで食べる。 さすがホテル、おかずが色々と出て来た。 それなりにお金はとられたけど。

・マナハ  昼飯を食べると、早速トレッキングに出発。 まずは、スタート地点のホタイブの町まで車で向かう。 これは、マナハの町の裏側。

・世界の車窓から(マナハ~ホタイブ)  ちょおっと空模様が怪しくなってきたか!?

・ホタイブ  真ん中に一際キレイなモスクが見える。 しばらくすると、お祈りの時間が終わったんか、このモスクから人がいっぱい出て来た。

・グラさん  トレッキングに付いたガイド。 速攻で、あだ名決定! その名も、「グラさん」・・・、そのままやけど。(爆) そのグラサン、はっきりゆって微妙やで。。。 ま、ともかく、トレッキングスタート!

・仲良し姉妹  トレッキングを始めてすぐ、1組の姉妹に出会った。 写真を撮らしてくれる感じじゃなかってんけど、グラさんが一声かけると、こっちの方を向いてくれた。

・トレッキング  まだ歩き始めたとこやのに、何だかひじょーに怪しい雲行き・・・。

・トレッキング  でも、俺の晴れ男力で、俺らがいる頭上だけはほらこのとおり♪

・トレッキング  ただ、明らかに遠くの方は雨雲まくり。。。

・トレッキング  そんな天候を気にしながらも、ガンガン進む。 グラさんは英語を全くしゃべれんぽくて、途中の説明とかは最初から最後まで一切なしで・・・。 それに、天候を心配してか、グラさん的にはそれがふつーなんか分からんねんけど、めちゃめちゃ歩くのが速くて、、、一人でズンズン先行ってまうし・・・。 これって、ガイドってゆうか、ただの道案内人やん。。。 せっかくやし、何かここのトレッキングの裏情報みたいなんも教えて欲しかったのにの~、とかって思ってたら、何か建物が見えてきた。

・トレッキング  小っこい村みたいなとこやった。 でも、グラさんからはその説明とかも一切なく。。。(笑)

・トレッキング  この村の先まで行くと、眼下にマナハの町が見えた。 おー、こんなとこまで登ってきたんや~。

・トレッキング  村を後にして、しばらく山を登って行くと、とうとうほんとにやばくなってきたぞ! 俺の晴れ男力も、さすがにここまでが限界か!?

・トレッキング  雨雲が、もう目の前に見えるよ。。。

・トレッキング  何とか最頂点までは耐えて、ゴールのハジャラの町が見えた! と思った瞬間、とうとう雨が落ちてきた。 、、、と思ったら、一瞬で大雨に!! しかも、何か痛いと思ったら、大雨に加えて雹(ひょう)まで降ってきてるし!! 雹なんか、日本でもほとんど見たことないのに・・・。 いてっ!!

・トレッキング  グラさんが雨宿りをできる場所を知らんかったから、ふつーなら2時間かけて下山するところを、ダッシュで1時間で下りる羽目になった。 そしたら、しばらくすると晴れてきた・・・。 結局、服を着たままシャワーを浴びた状態なんてゆうレベルではなく、服を着たままプールに飛び込んだかのような状態になり、デジカメだけは何とか死守したものの、パスポートも歩○方もお金も何もかも、いい具合にびしょびしょになっていた。 グラさんは、絶対にガイドなんかやなくて、道知ってるだけのただの地元民やったな。。。 まぁ、いいキャラしてたけどねん。(笑)

・夜飯  宿に戻り、シャワーを浴びて夜飯へ。 このホテルには情報ノートがあり、そこにはdinnerは美味しいって書いてあった。 が、食べてみると、量は多かったものの、どれももう一息って感じやった。

・ジャンビーアダンス  アブドルからは、19時半から夜飯を食べながら見れるって聞いててんけど、夜飯を食べ終わってもなかなか始まらず、20時半くらいになってやっと始まった。 が、、、 全く意味が分かりません・・・、理解不能です。。。

・ジャンビーアダンス  ジャンビーアを使ったダンスは、始めの15分もないくらいで終了。 それも、じーさんとガキが幼稚園の学芸会以下のダンスをしただけやった。 しかも、その3人のダンスはバラッバラで、振付けもめちゃめちゃてきとーで・・・。 けっこうちゃんとしたもんを想像してたのに、かなりショックやった。 てきとーにも程があるで。。。

・ジャンビーアダンス  で、それからは、みんなで円になったり、列になったりして、足を上げるだけ。(列になって向かい合えばそう、花いちもんめ!) しかも、これがまたクソ長かった。。。 延々と足を上げ続けて、休憩するまで20分くらい。 そして一瞬休憩してまた、同じこと(足上げ)を延々と繰り返す。。。 ほんまに、意味分からん・・・。 結局、その足上げは、ジャンビーアダンスが15分くらいやったのに反して、延々と2時間ほども続いた・・・。 何やってん、このクソみたいなイベントは。。。 ちなみに、2時間ぶっ通しでマンダリン?みたいなんをかき鳴らして大熱唱しまくってた写真右のにーちゃんだけは、唯一ちょっと凄げーと思った。

イエメンの文化・風俗・注意点

 一般的に国民は非常に敬虔なイスラム教徒であり、イスラムの教義に基づく戒律が厳守されています。酒類は街中では購入できません。また、イエメン女性に対して、不必要に話しかけたり、カメラを向けることは禁物です。外国人女性については、外出自体に問題があるわけではありませんが、地味な、肌を露出しない服装を心掛ける必要があります。

 イエメンは、地域によって多種多様な気候帯に分かれています。首都サヌアは年間を通じて乾燥しており、快適な気候に恵まれています。ただし、サヌアは標高2,300メートルの高地にあるため、高山病に罹る可能性があります。特に循環器、呼吸器系に問題のある方は事前に医師に相談され、高地に順応するまでゆっくりと行動する、水分を十分摂取する、タバコは控えるなどの注意が必要です。

 紅海、アラビア海沿岸などの標高200メートル以下の低地海岸部では、マラリアを媒介するハマダラカが生息しています。これらの地域へ渡航する際には、長袖・長ズボンを着用する、防虫スプレーや蚊とり線香を使用するなど、蚊に刺されないよう注意する必要があります。また、マラリア予防薬に関しては、副作用や耐性のあるマラリアも存在するため、事前に医師に相談してください。

 イエメン東部の砂漠地帯においては、非常に陽射しが強く、紫外線も強いため、過度の日焼けや軽いやけどを起こすことがあります。日焼け止めクリームやサングラスの着用をおすすめします。また、砂埃で鼻炎、喉炎を起こすケースがあるため、マスクやマフラーを携帯すると便利です。

 イエメンには、特に注意すべき風土病はありませんが、衛生状態が良好でないため、腸チフス、赤痢(細菌性、アメーバ性)、肝炎(A型、E型)、ジアルジア症(寄生生物によって起こる下痢、嘔吐など)等の感染症に注意する必要があります。

 経口感染症の予防には、食生活上の注意や手洗いが有効です。また、生水は飲まないようにしてください。

 また、結核、エイズ、肝炎(B型、C型)、寄生虫症、破傷風、狂犬病にも注意してください。皮膚を通して感染する寄生虫症もあることから、沼地などを裸足で歩くのは避けてください。また、イエメンには野犬が多く、半数は狂犬病に感染しているとの報告もあることから、むやみに犬に近づかないようにし、万一、噛まれた場合は速やかに治療を受けてください。

 入国前には、A型肝炎、破傷風の予防接種を受けることをおすすめします。また、可能であればB型肝炎の予防接種も考慮してください。

 現地の医療事情は悪く、日本人が安心して治療を受けることはできません、怪我や重病に罹った場合、第3国に緊急移送する必要があるので、渡航に際しては十分な補償額の海外旅行傷害保険に加入されることをおすすめします。