イスファハンってどんなところ?

ザーヤンデ川が造りあげた肥沃な平野にあるオアシス都市。人口110万人。アゲメネス朝の主要な都市であり、サファビー朝の首都であった町で、荘麗な建築郡やアラベスク模様の織りなす色彩にイスラム的な香りが強い。

イスファハンの地図

イスファハンのブログ旅行記

サマルカンド・ブルー - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2008年10月15日 ... 初めてイスファハンを訪れたときの感動がよみがえりました。 レギスタン広場・ チッリャカリのメドレッセのドーム チッリャカリのメドレッセの輝くミヒラーブ。 ペルシャ・スタイルです。 かつてサマルカンドを訪れたある作家が、 ...

ハーフェズのように ~イラン・シラーズ - 地球浪漫紀行世界紀行 ...

イランのイスファハンやテヘランなどの大きな町の広場やバザールでは、 子供たちが 白い封筒を売りにやってきます。 4000リアルで買ってみると中にはハーフェズの詩の 一文が書いてあります。 そしてそれはまるで占いのように、私たちの日常の悩みになぜ か ...

naranaraの食べある日記 - スーペ・ジョウ

場所, イスファハンのレストラン. 時期, 2006 年 8 月. 種類, 食べ物. コメント, イランのレストランでは注文を聞いた後、おすすめのスープがあるからどうだ、と声を かけてくることが多い。別に断ってもいいのだが、何となく気になるので、一つぐらいは ...

イラン(ペルシャ)写真展 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2007年4月2日 ... ご関心のある方はぜひ足を運んでみてください(写真はイスファハン)。 弊社主催5月13 日発「古代ペルシャとチョガザンビールの旅」12日間のツアーも出発決定しております。 残席もございますのでご検討の程、お願い申し上げます。 ...

2007年5月 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

そしてこちらの写真は、イスファハン「王の広場」で遊ぶ園児たちです。 何をしている のかと見ていると、『ハンカチ落とし』をしていました 。 ルーツはどこの国なので しょう?子供の遊びは世界共通ですね シリア・ヨルダン、イランとイスラム圏の添乗が ...

イスファハンの写真・旅行記

サイードと古都イスファハーンへ。 僕も何度も来たことがある街だけど、14、5年ぶりのイスファハーンは少しキレイな街になってました。

2/27(土) さて、バスでイスファハーンへ向かうため、車でバス乗り場まで向かいます。

ゆっくり昼食を取る時間がなかったので、車の中で昨日エルミラが作ってくれたキャシュク・バーデンジャーンとポテトサラダ、これらをナーンと一緒に食べる。 おいしい。

高速バスの中。 このバス、途中で故障で30分ほどストップ。なんとか走り出し、次の街で違うバスと乗り換えることになった。

途中の休憩所で、ソウハーンという伝統菓子の工場がありちょうど作っていたところだった。

イスファハーンに着いて、サイードのいとこのメヘルダードと一緒に食事。

ハージュ橋のライトアップ。

この辺りだったか、メヘルダードがデジカメを落っことしてしまい、液晶が写らなくなってしまった。 しかしカメラ機能は残っていたので、液晶でアングル等を 確認できないまま、この後は写真を取ることになった。

ハージュ橋と月。 とてもオリエンタルな美しい絵になりました。

2/28(日) イスファハーンで泊まったサイードの別荘。

イスファハーンの街と桜。 たしかに桜の花でした。

スィオセ橋。

鳥たちも水と戯れます。

イスファハーン市のサービスで、無料で3時間自転車を貸してくれる。観光都市だけのことはあるなあ。 結局別のところでまた3時間借りて、6時間自転車でイスファハーンの街を走った。

自転車専用道路もありました。 でも、バイクもたくさん走っていて、後ろからきたバイクがプップッ!とクラクション。「おい、ここは自転車専用道路だっつーの。」

ハシュト・ベヘシュト(8つの天国)宮殿。 この宮殿(跡)には初めてきた。周りに広がる公園といい、とても清清しい場所だった。

宮殿跡の天井

シャーアッバースィ・ホテルの中庭。 キャラバンサライ(隊商宿)を改装し、伝統的な装飾を凝らしたイランでも有名なホテル。以前よりも手が行き届いていてキレイになっていました。

ここのホテルで昼食。

さて、イランで食べたかったもう一つのもの、「フェセンジャーン」がメニューにありました!! なかなかおいているレストランが少ないので、もしかしたら食べられないかも、と思っていたので嬉しかった。 「フェセンジャーン」はザクロ果汁と胡桃をすりつぶしたものを煮込んだソースで肉(主に鶏肉)をまた煮込んだシチューのようなもの。 胡桃の油分から来るこってり、ねっとり感と、ザクロ果汁のさっぱりした酸味と肉の旨みが入り組んで非常に複雑な味。砂糖もたっぷりで、スッパ甘く、またこってりという感じなので、好き嫌いはハッキリ分かれるかも。僕は大好き。でも、しつこいので時々でよいけど(笑)。 ご飯にかけて食べます。

シャーアッバースィ・ホテルのレストランの壁画

豪華ホテルで一休み。

イマーム広場へ。 王のモスク(現在イマーム・モスク)。

近くの神学校みたいなトコ。

バーザールの服屋さんのマネキンたち。 ちょっと妙にリアルで…。

なんか一人交じってますな。

君、マネキン…??じゃないよね(笑)

夕闇せまるモスクと飛行機雲

モスク内部。ここで礼拝を行います。 入り口のおっさんが、「イスラム教徒じゃないと…ムニュムニュ」と言っていたが、サイードが僕のことを「イスラム教に非常に関心があり勉強している人」と、勝手ににわかイスラム教徒にしてしまい、それで中に入ることができた(笑)

街角の銀製品屋さんのショーウィウィンドウ。

またスィオセ橋にやってきました。

橋の上から。

さて、今晩から深夜バスでテヘランへ帰る。 明日はマヌーチェフルとの再会。 ものすごく楽しみで、すこしだけ不安もある。彼はその後どのような人生を送ったのだろう。 声は元気そうだったが。最初、トルコへ仕事へ言っていると奥さんから聞いて、てっきり長期で出稼ぎに行っているのだと思ったら、そうではなく短期の出張で行っているらしい。 経済的には以前みたいに困窮はしていないみたいだ。 それなら心配は要らない。よかった。 明日が楽しみだ。

何かと秘密のベールに包まれているイランで、観光情報と言えば、ペルセポリス遺跡とイスハーンなるテヘラン以前のイランの首都。 確かにイランのイスラム教の聖地「イスハーン」としての寺院を含む街並みの美しさだけは情報が溢れていた。 誰もその理由を教えてはくれないが、「イスハーンは世界の半分だ」との言葉も残っているそうだし・・・ 砂とコーランの声が永遠に続きそうな旅の中、やっと観光客らしくワクワクしてきた。

<KHAJU BRIDGE> 1602年に建てられた石橋。 見事にアラビアンな建築様式。

たぶん歴史的な城なのだろうが城壁が沈下している気がするのだけど・・・

イランの街角には、さりげなく、しかしデカデカと、イラン革命の父「ホメイニ師」の肖像画が掲げられている。

MAIDAN-E-IMAN(メイデン・エ・イマン広場)に到着! イスハーンの観光名所は、この広場に並ぶモスクらしい。 確かに遠くからでもかなりな存在感を感じる。

広場には、地元イランの観光客やヨーロッパのツーリストの姿も多い。 それを当て込んで、広場の周りにはみやげ物屋が軒を連ねていた。 銀製の皿は、イランの最もポピュラーなみやげ物らしい。確かに、細工が見事だ!

お土産屋の前にでんと置いてあった銀製の壺。 デカイ!、シブイ!、欲しい! しかし、なんに使うんだろう?

<Masjid e Sheikh Lotfollah> 青空を突き刺すように、玉ねぎ頭がそそり立っている。 確かにこれほど、手の込んだ装飾をまとったモスクは、今まで見た事はない。 アラブ調の模様が本当にきれいだった。

水をたたえたプールの正面に正方形のモスク?があった。 壁一面には、ブルーを基調としたアラビアンパターンが、そして窓は全て独特の先端を尖らせた形で整えられている。 まるで、美術建築のようだ。

さて、広場から見えるあの周りの建物から頭一つ抜きん出ているモスクに行く事にする。 ここからでもその巨大さはよくわかるが、あれがイラン最大のモスク「マスジッド・エ・イマン モスク」らしい。 巨大な玉ねぎ頭は、ブルネイ共和国でもマレーシアでも見た事はあるが、あの頭はアラブ調のモザイク入りで更に手が込んでいそうだ。 あのスケールでモザイクを施しているモスクは見た事ない。

<Masjid-e-Iman Mosque(マスジッド・エ・イマン寺院)入口> イスハーンのモスクでは、最大規模のモスクが目の前に!

息を呑む光景には何度もお目にかかったが、息を呑む建築物は初めてだった。 壁の装飾、入り口の造形、すごいとしか言いようが無かった。

モスクの中は多角形の中庭が造られていた。 周りの内壁にも外壁と同じ様に見事な模様が施されている。 さらに奥へ行くには、あの塔がついている所に行けばいいのだろうか?

こ・れ・は! よくまぁこれだけ手の込んだモノを、このスケールで造り上げたもんだ!

遠くからでも見て取れる不思議な模様で飾られたモスク正面入り口。 近づいて上を見上げると、まるで巨大な蜂の巣のような装飾が天井にぶら下がっていた。 「鍾乳彫り」と呼ばれる装飾らしい。 繊細な模様に飾られた不思議な装飾、ここは本当に砂漠の真っ只中の街なのだろうか?

モスクの内部では、ブーツに挟まった小石が床にあたる音さえ反響した。 これほど見事な装飾と静けさは、人をおごそかな気持ちに浸らせるようだ。 何かを口にする事さえはばかれる。 モスク内部にも見事な装飾は続いていた。 周りの壁はもちろん、天井まで彩る唐草模様?は実に細かく描かれている。 驚くべき事に、この模様は、ペイントではなく、全てはめこみ画らしい! 一体どれぐらいの時間を経て、完成したんだろう?

モスク内部にも見事な装飾は続いていた。 周りの壁はもちろん、天井まで彩る唐草模様?は実に細かく描かれている。 が、しかし、驚くべき事にこの模様はペイントではなく全てはめこみ画らしい! 違う色の石をその形に彫り上げた後、壁にはめ込んでいったのか! 一体どれぐらいの時間を経て、完成したんだろう?

イスファハンではHOTEL ARIAに宿泊。

イランらしく安宿でも部屋にはペルシア絨毯が敷かれていました。

早速、イマーム広場に向かいます。マスジェデ・イマームの青いドームが見えてきました。

イマーム広場。右側のドームはマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーです。広場を囲む建物の回廊には土産物屋が並んでいます。

噴水越しに見るマスジェデ・イマーム。

マスジェデ・イマーム。広場に面する門とマスジッドは向きが45度ずれており、マスジッドがメッカの方角に向けて造られたからだそうです。

マスジェデ・イマームの入口。イワーン(天井)の飾りと青タイルの装飾が美しい建物です。

イワーン。

両脇のペルシア文字。

入口脇の青タイルの装飾。

中に入ると中央礼拝堂が見えてきました。

中央礼拝堂の正面。

中央礼拝堂と神学校。

中央礼拝堂。

中央礼拝堂側面。

中央礼拝堂の内部。青タイルの装飾で埋め尽くされていて、この美しさに圧倒されてしまいます。中央礼拝堂のドームは二重構造になっているため、ドームの屋根の真下で床石を踏み鳴らすと、建物内で大きく音が反響します。

中央礼拝堂のイワーン。

7色の彩色タイルで埋め尽くされたドームの天井。

息を飲むほどの美しさです。

マスジッド内の回廊は青タイルの装飾であふれています。

回廊の天井部分。

壁面の青タイル。

青タイルをクローズアップ。

中央礼拝堂隣のマドラサ側の中庭から見たドーム。

ドームとミナレット。

優雅な曲線を描いた美しい青いドーム。

続いて、マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーに入ります。

孔雀の羽根を思わせる美しい模様の天井です。

幾何学模様の美しいミフラーブ。

ミフラーブと小学生。

次はイマーム広場の西側のアーリー・ガープー宮殿に入ります。

音楽室の天井。楽器の形でくり抜かれており、面白い構造です。

アーリー・ガープー宮殿のバルコニーからはイマーム広場の全景を見渡すことができます。

イマーム広場の南側(マスジェデ・イマーム)

イマーム広場の東側(マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー)

イマーム広場の北側(バザール入口)

マスジェデ・イマーム。

マスジェデ・イマーム。

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーのドーム。

マスジェデ・ジャーメが遠くに見えます。

イマーム広場の北側のチャイハネからのイマーム広場全景。

マスジェデ・イマームとアーリーガープ宮殿。

マスジェデ・イマーム。

夕暮れ時のイマーム広場。

イマーム広場の回廊から見たマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー。

陽が傾くにつれて、マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーのドームの色が濃くなってゆきます。

夕暮れ時のマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーのドーム。

夕陽を受けて輝くマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー。

マスジェデ・イマームも夕陽の光で輝いています。本当に美しい瞬間です。

この日はイマーム広場周辺に広がる旧市街を歩き回りました。まずはマスジェデ・イマーム周辺の散策です。

マスジェデ・イマーム。

マスジェデ・イマームの青いドーム。

マスジェデ・イマームと路地。

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーのドームと路地。

モスクに掲げられた黒三角旗。一週間前にアーシュラーというイランで最大の宗教行事が行われたばかりで、そこではシーア派3代目イマームのフサインを哀悼する旗を掲げて行進したりするそうです。

イマーム広場の北側の入口から北方面にバザールが広がっています。

バザール入口の人々。

バザールを入ると、目に飛び込んで来るのはホメイニ師の肖像画です。このあたりはガラムカールというペルシア更紗の店が軒を連ねています。

バザールのホメイニ師の肖像画。

ガラムカール(ペルシア更紗)のお店。お土産にベッドカバーとしてこの更紗を買いましたが、今でも私のお気に入りの一つです。

バザールの風景。

バザールの曲面天井には採光のための穴が開けられており、そこから差し込む光がスポットライトのように光っていました。

絨毯売り場。

ペルシア文字の刺繍で彩られた布のお店。

バザールの小さなモスクの前の雑貨屋さん。

バザールを北に進んだところにマスジェデ・ジャーメがあります。

創建は8世紀というイスファハンで最も古いマスジッドです。

マスジェデ・ジャーメ。

マスジェデ・ジャーメの建物内部。

マスジェデ・ジャーメの周辺に広がるバザール。

鳥のバザール。

野菜のバザール。

野菜バザールで買い物袋を売る人々。

ナッツ屋。

穀物の入った袋にペルシア文字の値札が記されています。

バザールで買い物する人々。

大通りに面したバザールの入り口。

少しバザールを離れた裏道を歩きました。

中央のペルシア文字は「サラーム・フサイン」と書かれています。この旗はテヘランでも見かけました。フサインの殉教を哀悼する儀式であるアーシュラーの前後に見られるようです。その両脇の手のひらを示した旗も気になったので、その後テヘランで見つけた時に購入しました。

高く聳え立つミナレット。

このミナレットの道を隔てたところにモスクがあり、了解を得て入ってみると..

ホメイニ師とハメネイ師が大きく描かれた肖像画が目に入りました。

右側がホメイニ師、左側がハメネイ師。ホメイニ師は言わずと知れたイラン革命の指導者であり初代最高指導者で、ハメネイ師は2代目の最高指導者です。

ホメイニ師。

このモスクの内部の壁画は、イスラム教としては珍しく人物画が描かれていました。

このモスクを出てイマーム広場に戻ります。

イマーム広場の近くにあるチャイハネで一息。水タバコの器具が天井から密集してぶら下げられていて、まるで空間恐怖症であるかのようです。

水タバコで一服する人々。

次に南に向かいザーヤンデ川に架かる橋を見に行きます。まずはシオ・セ・ポル。シオセとはペルシア語で33を意味し、橋のアーチが33あることから名付けられたそうです。

ザーヤンデ川。

シオセポルの東側はチャイハネになっています。

シオセポルのチャイハネ。

シオセポルから1kmほど東のチュ-ビー橋。

チュービー橋のチャイハネの雰囲気は抜群でした。

このチャイハネの店主。いい笑顔です。

チュービー橋の東にあるハージュー橋。

水面に映り込む姿が非常に美しい橋です。

ハージュー橋の東側。

ハージュー橋でくつろぐ人々。

ホテルに歩いて戻ります。

大通り沿いのモスク。

宿泊したホテルのはす向かいにあるアッバスィーホテルの庭園。キャラバンサライをホテルに改装したものです。

宿泊先のホテルから見たマドラセ・チャハール・バーグのドーム。

➛イマーム広場 http://www.panoramio.com/photo/21917810

➛イマーム・モスク http://www.panoramio.com/photo/2221555

➛イマーム・モスクの内部 http://www.panoramio.com/photo/597739

➛東の小寺院シェイフ・ルトフォッラー・モスクは、王族のための専用礼拝堂で、規模こそ小さいが、壁面やドームを覆う彩色タイルのアラベスクが格別に美しく、サファヴィー朝建築の白眉といえます。 ➛シェイフ・ロトゥフォッラー・モスク http://en.wikipedia.org/wiki/File:Sheikh_Lotfallah_Esfahan.JPG

➛北にはバザールの門ダールワーザ・イ・カイセリーヤ、西には王宮の門、アーリー・カープー宮殿が位置します。 ➛バザールの門 http://www.panoramio.com/photo/656924

➛アーリー・カープー宮殿 http://www.panoramio.com/photo/597728

➛現在、広場は池などを設けて公園化されていますが、本来は一面砂敷きの平坦なグランドで、各種の儀式や競技が催されました。また、広場を囲む長大なアーケードは、上下2層のうち下層だけが店舗として活用され、アーチ1単位ごとに区分し、商人や手工業者に貸与されていました。 ➛イマーム広場の池 http://www.panoramio.com/photo/10379278

➛マーケット http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Esfahan_market.jpg

➛Hakim モスク http://www.panoramio.com/photo/15253598

➛Jame モスク http://www.panoramio.com/photo/1344166

➛Khajoo橋 http://www.panoramio.com/photo/7109912

日は金曜日です。 金曜日はイスラム教では休日。 お祈りの日です。 お店もほとんど開いておらず、みんなモスクへ行ってお祈りをする日なのです。 旅行者にはそんなの関係ないので、 どこか開いている見所はないかと、歩き方を舐めるように見て、発見。 チェヘル・ストーン宮殿です。

大きい宮殿で見ごたえありそう! わくわく。

宮殿はキラキラ

すべて鏡。 天井。 ぴかっと光っているのが私。 手を振っています。 わかんないわな。

中に入ると、ご立派な絵が。 ピクニックしてるのかな。 あ、そうそう、イラン人はピクニック大好きです。 毎日ピクニックしてるよ。

すごいね、戦いの図。

宴会の図 このような大作の絵が4,5枚あり、お金持ちっぷりがわかります。 こちらの宮殿当たりでした。 開いててよかった。

その後、ヒマだからまたエマーム広場へ。 金曜の午前中はお祈りの時間なので 外国人は広場へ入れないと歩き方に書いてあったのですが歩き方、ときどきうそつきなので、入れるだろうと確信を持って訪れました。 はいれるジャン。 お土産やさんもぼちぼち開いてるジャン。

すてき

13時の飛行機でテヘランに戻ります。 飛行機に乗り込んだら女性がそわそわしてる。 なんだろ?と思ったらイランの俳優さんが乗っているらしい。 どれどれと見たら、イケ面でした。 なかなかの色男でした。 でも、一緒にいたマネージャーのほうが私のタイプでした。 テヘランから帰りの飛行機の時間までかなりあったので、ガンバリさんがホメイニさんのお墓へ行ってくれました。

ホメイニさんはイラン革命の指導者です。 ものすごい国民の尊敬を集めています。 21時の飛行機でドバイへ、3時の飛行機で日本へ帰国。 8日間あっという間でした イランはすばらしい国ですよ。 すばらしい旅となり、今年もアッラーに感謝!

中は光の調整で、ほら、何に見えますか? 孔雀が羽を広げているようにみえるでしょ。 すごいね、考えて設計されているのですね。

そして、メインのマスジデ・エマーム。

中にはいりますー

中はとても広くて、びっしりとタイルが。 青と黄色。

青は空のイメージなんですって。 モスクは何で青なの?と聞いたら 「空と同じ色だから。神様は空にいるから」 なるほど~。納得。

ホラ、空の青とドームの青。 同じ色。

黄色のお花が描かれています。 イスラム教は偶像崇拝がNGなので、植物や動物の絵が多いのです。

「この黄色いお花はなあに?」 と聞いたら 「。。。。バラ」 (うそこけ。ええ加減なこと言ったな。)

私、今までたっくさん、いろんなモスク訪れましたが、このモスクが一番でした。 今までで一番すばらしいモスクでした。 どこも見ても感動ものでした。 ぜひイランに来てみたらいいよ。 価値ある世界遺産です。 一生忘れません。

エマーム広場にはアイスクリーム屋さんがでています。 イスファファーン名物その3 サフランアイス。 まっ黄色。 そしてこれにもバラ水が。 食べると体からいい香りがしそう。 ドゥズダラン サフランアイスクリーム

今日の観光はここまで。 その後またふらふらとバザール散策へ繰り出しました。 ゴールド地区

夕飯はちょこっと覗いて気になった食べ物。  Σ(・ω・ノ)ノ! なんだこれ。 これに決めた。150円。 ドロドロしている物体で、味はカレー味っぽい。 上にかかっているのはオニオン。 ナンにつけて食べるぽい。 食べてみると、おいしい。 私、カレー大好きだし、ドロドロも好きだし。 具は入ってないの。 なんていう食べ物なんだろ? ご存知の方いらっしゃいましたら教えてください。 ただ、これもまた量が多くてボールいっぱいぐらいありとても食べ切れませんでした。 明日はイランバイバイの日です。 早かったなぁ。

ラシュトからエスファハンの前の都ガズヴィンを通り夕方テヘランに戻りました。 テヘランには2つの空港があり国際線はエマーム・ホメイニ空港、国内線はメフラバード空港。 イラン・エアーのエスファハン行き最終便のフォッカー100に乗り込みました。 経済制裁を受けているイランは飛行機を簡単に買えないので30年前のこのオランダの飛行機も現役です。 内装はイラン内部で綺麗にし、整備は他の同型機のセコハンを流用しているそうです。 その割りに軽快に飛び安心しましたが、あとで聞いた話では飛行機事故がちょくちょく起こっているのです(^。^;;

テヘランからエスファハンまでは約1時間のフライト。 機内にはハイジャックに備え武装私服警官が1人乗っています。 まだベルト着用サインが消えぬうちから飴がくばられ、そのあとごらんのハンバーガーとマンゴージュースがくばられました。 離陸・着陸の時の一瞬だけべっぴんのCAは着席するだけで大変な仕事だなぁと眺めていました。

無事エスファハンに到着。 イランは金曜日が休日。この木曜の夜は日本で言うところの花金。 休前日の夜を楽しむ人人人。。。 道路も車で大渋滞! すいていたら40分で着けるホテルに約1時間かかりました。

今夜のお宿、アッバスィーホテルに到着です。 エスファハン唯一の5星。 玄関から一歩中に入るとロビーがありきらびやかな装飾に圧倒される。 宿泊以外のイラン人達もたくさん見物に来ています。

宝石のように光輝く庭園。4つのゾーンに分かれています。

ここは1345年に完成し、その後隊商宿として使われていたものを改装して現在のホテルになったそうです。

エスファハンのサファヴィー朝の独創的な建築様式を残した建物です。

光と水と植物と王の宮殿を模した建物が見事にマッチしています。

2階のスウィートルームには、高価なペルシャ絨毯がひかれバルコニーからはガーデンが一望できます。

3階のツインルームは道路側。 でもエスファハンの綺麗な景色が眺められます。

翌朝も秋晴れの良い天気。 本来、今の時期のイランは雨が降らないといけないそうですが天気が続き、水不足になっています。 この山の形、裸の女性が仰向けに横たわってるように見えますね。

朝のホテルのガーデンです。

ホテルを出発し、いよいよ世界遺産エスファハンの街に繰り出します。

今朝も珍しい日本人に声がかかりました。 仲良し家族の写真をパチリ!

まずはエスファハン最大のモスク、マスジェデ・ジャーメを見学です。 模型による全景。 左下の門から入りました。 最初10世紀に建てられたモスクでゾロアスター教の時代、アラブが入ってきた時代、ササン朝の時代と破壊されることなくそれぞれの時代の様式で建て増しが行われてきました。

奥の天井と壁が新しくなっています。 約25年前の8年間続いたイラン・イラク戦争でイラクのミサイルがここまで飛んできてこの建物を破壊しました。

階段は説教壇。 エマームがここに座り人々に説教をおこないました。 真ん中はミフラーブと言いメッカの方向を示しています。 ここは、木と漆喰で作られている。

美しいタイル装飾と大理石で造られている。 この広場で金曜の祈りが行われる。

メッカの方向にあるエイヴァーン(門)とミナーレ(尖塔)

続いてキリスト教会ヴァーンク教会へ。 イランの中には、イスラム教だけではなくキリスト教信者やユダヤ教信者もいるそうです。

ここはキリスト教のアルメニア正教会です。 内部には、キリストに関する美しい壁画が書かれていますが、カメラの撮影は禁止です。ビデオはお金を払うと撮影させてくれます。 1606年から1655年にかけて建てられました。

やってきました33のアーチで有名なザーヤンデ川に架かるスィー・オ・セ橋。 400年前の建造とは思えない、なんとも美しい橋です。 この川は、水不足で約1年間水が干上がっていたそうですが、先日の大雨で回復しました。 それも手伝って多くの人達が見物とピクニックにやって来ていました。

メナーレ・ジョンバーン。 人間の力で片方の尖塔を揺らすともう一方の尖塔も揺れるという不思議な建物。 1時間毎に実演してくれます。 右側の塔の上部の人一人入れる空間に人が入り尖塔を思いっきり揺らすと左側の尖塔に付いている鐘がカランカランと鳴り出します。 どういう構造になっているかは、建物をつぶしてみないとわからない謎の建物です。

尖塔を揺らす時間が来るまで待ってる間に隣に座ったご夫婦と仲良くなりました。 イランでは勝手に女性の写真を撮ると警察に引っ張られます。 必ずご主人か本人の了解をとりましょう。

アーラシュガー(拝火神殿)です。

街で一番人気のあるレストランで昼食。 予約のないお客さんが大勢並んでいました。

羊の首の肉とサフランライス。 半袖でもいいくらい良い天気なのでノンアルコールビールが非常に美味い。

チェヘル・ソトゥーン庭園博物館の中にあるアッバース2世が建てた迎賓館チェヘル・ソトゥーン宮殿。 40の柱と言う意味で実際は20本の木柱だが前の池に写り40に見える。

宮殿のドームの中のガラスの装飾。当時はガラスが珍重されたようだ。

宮殿の内部にある迎賓館として使われた様子を描いた壁画。

やって来ました世界の半分エマーム広場。 なんと広く素晴らしい広場でしょうか!

南面マスジェデ・エマームをバックに王の広場を走る観光馬車。

東面マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーと噴水。 向かい側にアーリー・ガープー宮殿があります。

西日と修復の足場で見えにくいアーリー・ガープー宮殿。

マスジェデ・エマームの対面方向北側はゲイサリー・イェ門。 縦510m横163mの広大なエマーム広場です。

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーの中に入る。 ドームの内部です。 見上げて口をポカ~ンと開けて見入ってしまいます。 美しすぎる!!

アラベスクを真近で。

アーリー・ガープー宮殿の中に入ってみる。

上の階に上がる階段にもタイル装飾が施されている。 上面にも全部貼られていたそうだが、めくられ盗まれたという。 どこへ行っても同じだが壁の落書きがなげかわしい。

階段を登るとバルコニーに出る。 王様が見た景色を同じところから眺める。 こんなところで石川五右衛門を出すのはどうかと思うがまさに「絶景かなぁ」である。

さらに上の階に上がると音楽ホールがあります。 天井の装飾。

壁は音が広がるように音響効果に配慮して造られています。 穴の模様は壺などの形にあけられ陶磁器の間とも呼ばれています。

エマーム広場のそばにあるチャイハーネでお茶しました。 このお店は骨董品の展示即売をしており、写真撮影してから写真撮影禁止と知りました。本来没の一枚。 中で水たばこをくゆらし、チャイハーネは酒場の無いイランでの若者の社交場となっています。

チャイハーネがオープンするまで待っていた時に写真を撮らせてくれた若者達。

ハージュー橋の夜景。 すごい人ごみです。

この女の子も日本人を見るのは初めて。 回りの大人達が「これが日本人よ~」って女の子に盛んに話しかけてました。 あんたらの方が珍しがってるんでしょ~に!

ペルシャ湾で獲れたエビ料理を食べ、最終のテヘラン行きの飛行機でエスファハンを離れました。 一生思い出に残る2日間でした。

テヘランから1時間程度でイスファハン空港に到着です。

空港も文化財のような作りをしています。 現地の気候は35℃ぐらいありましたが、湿度がかなり低いのでカラッとしていました。

観光バスでイスファハン市内へ

ホテルに到着。 ロビーにあったテーブル。

現地のペプシコーラ 反米の国なので、アメリカ資本の商品は無いと思ってましたが、飲み物ぐらいはあるようです。

30米ドルを両替したら、束で出てきました。 正直、ボロイです。

コーランと布は引き出しに入ってました。

客室にメッカの方向も示してあります。 この日は夕方に市内に着いたので、同じツアーの人とホテル近辺をうろつきました。 日本人が珍しいのか、現地人に物凄い友好的に絡まれました。 2日目終了です

3日目 試合は夜からだったので、昼は市内観光しました。 世界遺産:エマーム広場

作られた当時は噴水があるあたりは、ポロ競技場だったそうです。

イマーム・モスク 正面

タイルが貼り付けてあります。

絵になりそうな庭です。

管理人がイメージするイスラム世界の風景

タイルの下の方に鳥が並んで止まっています。

モスクの天井

長く見ていると、目がチカチカしてきます。

集会場?だったかな。

水汲み場がありました。

サポータの皆さん

ポロで使用したポストです。

イマーム・モスク全景

シェイフ・ロトゥフォッラーモスク 王家専用のモスクで教育機関も入っていたそうです。

不思議な作りです。

礼拝室内部 絨毯が敷いてありました。

モスク内部

壁画

玉座にふろん太が・・・

アーリー・カープ宮殿 王宮です。 上のベランダから、シャーは競技を観戦したそうです。

王宮の1階はバザールが連なっております。 バイクがたまに通ります。

王宮に通じる階段 ここにもタイルが貼られてます。

宮殿から見る広場

ベランダの中 柱は木製です。

当時のペルシャ女性 このような感じな女性が好まれたようです。

瓶や琵琶を入れる所 中国からシルクロード経由で輸入されたものだそうです。 この部屋は音楽堂だったそうです。

天井画

!!

昼食を食べたレストラン 窓はステンドグラスです。

トマト、豆、野菜、肉を良く煮込んで汁だけを取り出したスープ 名前は忘れました。

ナン ナンは元々ペルシャ語らしいです。

ファンタ 支払いは米ドルOKでした。

スープにナンを千切って入れて食べます。 トマトが効いており、とてもおいしいスープでした。

スープの出汁になった野菜を後に食べます。 味は・・・おいしい部分はスープに流れてしまったようです。

食後はティータイム イギリス領の名残でしょうか。 クッキーとサフラン入りべっ甲飴を熱い茶と一緒に頂きました。

イランの国産車ペイカン 現在は生産停止しております。

試合後に会場へ

日本人のバスにセパハンサポが集まってきました。

日本人のスペースに隔離されました。

スタジアム すでに黄色く染まっていました。

川崎の選手到着

チケット ぶれてしまいました。 一応、1st classだそうです。

1st class...

荒涼とした山を背景に緑の芝生が広がっている、不思議な図です

選手の練習風景

試合終了後 この試合は0:0で終了でした。 高度1100mにあるので、日本での試合より疲労感が残りました。 最終的にこの大会の優勝は浦和でした。 浦和の決勝の相手はこのセパハンでした。

夕飯 黒いのはカレーのような味がしました。 インディカ米なのが実に海外だと思います。

着いてすぐにマスジェデ・ジャーメを観光。

真剣にお祈りしています。 ずーーーーーっとお祈りをしていらっしゃいました。

コーラン

今日はこれからフリータイム。 まずは、私のホテルの向かいにある アッバースィホテルへ。 ここは5つ星ホテルでそりゃもうすばらしいのです。 勝手に入って拝見。

お庭がきれい

こーんなリッパな絵も

その裏は公園になっていました。

イランは公園がとっても多いです。 そして噴水がとっても多い。 町並みがとても美しいです。

そして、そして。 念願の、この旅のハイライト、イマーム広場です。 どきどき、わくわくしちゃって走っていってしまいました!

わぁぁぁぁぁぁぁぁ! アッラー!アッラー!アッラー!

鳥肌立ちました。 すごいんです。 想像以上。 TBS世界遺産や、世界ふしぎ発見!や雑誌の”週間世界遺産”見てきたけど実物の壮大さ、輝きはTVや写真では伝わらないですよ。 とにかく、言葉にならないです。 イスファファーンは世界の半分 まさにこの言葉を言わしめた貫禄ありです。

エマーム広場を一望できるチャイハネがあるというのでそこへ行って休憩。 夕暮れのエマーム広場。

暮れてきたよ。 このチャイハネ、隣のおっちゃん4人はイラク人でした。 「英語できる?」 「う”・・・・ほんのちょっと・・・」 「俺たちはイラクから来たんだ」と。 あ、そっかイラクはアラビア語だ。 自己紹介をしたら 「おおっつ、アラビア語じゃん!」 通じた・・・ 「一緒に写真撮ろうよ」 「サワサワね。(一緒にという意味)」 イラク人とピースでパチリ。 本当にイラクがピースになってくれることを願います。

チャイハネを出てからぶらぶら歩いていると、 おいしいもの発見! フェレニだ! イスファファーンでしか食べれないのだ。 これ食べたかったんだ!

イスファファーンには名物料理がたくさんあります。 その一つ、ベリヤーニ食べたいな。 羊のレバーのハンバーグ これをナンにくるんで食べます。 これがおいしかったなぁ ドゥズダラン(好きだよ)ベリヤーニ