ケルマーンってどんなところ?

ケルマーンシャー州(ペルシア語: استان کرمانشاه Ostān-e Kermānshāh)はイランのイランの州 州(オスターン)。国土西部、イラクとの国境に位置する。1979年以降1990年代までバーフタラーンという名称であった。

ケルマーンの地図

ケルマーンの写真・旅行記

ハマダーンからミニバスで3時間、ケルマンシャーに行きました。 ケルマンシャーはクルド色がとても強く、 そしてイラク国境に近いからか軍人の格好をした人が多く 今まで回ったイランの町の中でも別の雰囲気をした町でした。 中心地はこぢんまりしていて 中心地にいれば観光地をまわるのに足の手配は便利だと思います。 ターゲボスターンとビーソトゥーンを見るためだけに来たため 1泊しかせず、時間がなかったため 町の中はあまり散策しませんでした^^;

このバスでテヘランまで帰りました。 出発予定時間より40分くらい出発遅れましたが^^; テヘランまでだいたい8時間くらいだったでしょうか。 就寝時間になるまでは映画がバスの中で流れていました。 何故かインド映画^^;;; 言葉が分からないながらも、 映像だけでストーリーを推測して見ていました。 が、 途中でプツプツ映像が切れたり 再び同じシーンに戻ったり^^; 時間が掛かりつつも一応終わりまで見ることは出来ましたが。 テヘランには朝日がのぼらないうちに付きました。 (朝5時過ぎ?) 行きにハマダーン行きのバスに乗ったのと同じバスターミナルでした。 外は真っ暗でしたが、たくさんのバスが往来するので、 人もたくさんいるし車も、そしてタクシーもたくさんありました。

山側に向かって、ビーソトゥーン遺跡の左側にある差ファビー朝期のキャラバンサライ跡。 今、改装工事中でホテルになるそうです。 世界遺産の力ってすごいなぁ(爆) しかしこのキャラバンサライ跡、ホテルにすると決まる前は 麻薬中毒者の独房として使われていたそうです^^;;; 説明員さん曰く 「この国の文化財に対する扱いとは  こういう感じですよ。」 と(苦笑) たくさん遺跡がありすぎるからでしょうか^^;

ターゲボスターンの一番右端のレリーフ。 アフラマズダ(善の神)と時の王・アルデシール2世の図(戴冠式)。 両者の足の下に横たわっているのは 戦の敗者であるローマ皇帝です。 大昔前のものがこんなにキレイに残っているとは! シーラーズに行ったときに見た ナグシェ・ラジャブのレリーフにも感動しましたが こちらもキレイです! しかも同じササン朝期の遺跡が、距離にしてかなーーーり離れている場所で見られるとは。。。 高校時代世界史で学んだので頭の中では、ササン朝ペルシアが巨大帝国だとは分かっていたのですが、実際にこうして離れた場所のレリーフを見ると、実感がわいてきます。

ターゲボスターン3つ目の一番大きなレリーフ。 2つ目のレリーフの写真をとりのがしましたorz 実はこのとき、フィルムカメラも持っていたのですが その調子が悪くなり、ベンチに座ってカメラをいじくり回していたので、てっきりフィルムカメラに納めていたと思っていたのですが・・・デジカメにもフィルムカメラにもなく(T_T) 右上の天使のレリーフは 吉祥天のモデルと言われています。 シルクロードを感じます。

ちょっと影になって見えにくいですが 左上に色づけされたレリーフがあります。 これ、ガージャール朝(近年の王朝)の権力者が 自分の権威を示すために わざわざ古い(ササン朝)レリーフの上から 彫った物です。 モッタイネー!!! ササン朝はイスラム国家ではなかったので イスラム国家の権威づけでもあったのでしょうか。 ちなみにこのターゲボスターンのレリーフには全て 柵がしてあったのですが よく見ると全部落書きだらけorz 特にこの一番大きいのはひどかった>< ペルセポリスと同じくらいいろんな国の言葉で 落書きが彫られています^^; 私達は文化庁の人に説明を受けている流れで?! 柵の中に入れてもらえましたが (今思えば中に入れてもらっている間写真を撮れば良かった><  なんか遠慮をしてカメラを出せなかった^^;) その様子を見て、後からこっそり入っていた人は 怒られてました^^; でもあの柵、とっても軽く、簡易で設置されているので、簡単に持ち上げて移動させることが出来る物だった・・・。

ターゲボスターンの入場券売場。 イランの観光遺跡の入り口には だいたいこうして(光って見えにくくてすみません><) お土産物のミニチュア像が売っています。 だいたい売っているのは同じ物なのですが 人気のない物?は淘汰されるようで 偶に1点物があります。 欲しかったら見つけたときに買うのがベストかも。 ちなみにミニチュア、 テヘラン市内などで買うよりは このような遺跡入口で買った方が 安いと思います。 (ただし私が値段を聞いたのは  ハマダーンとここケルマンシャーだけなので  エスファハーンなどの大きな観光地の値段は  分かりません^^;) 補足ですが (前にも書いたかな?) イランの遺跡には必ず文化庁の人がおられ その方の手が空いていれば、頼めば 気軽に無料で遺跡案内をしてくださいます。 世界遺産くらいになると 遺跡案内のための観光学を勉強された方が おられる場所もあります。 ただし英語が出来るかどうかは分かりません。。。

入り口からレリーフのある場所までの間に広がる広場。 出土品が飾られています。 ターゲボスターンには泉があり、 緑が多かったです。 なので昔から動物が多かったので 王達の狩りをするための別荘地だったそうです。 そのためこのようなレリーフがあるのだとか。

この柱の頭は、ルーブル美術館が1億出して買うとまで言ったシロモノらしいです。 それでも売らなかったと、誇り高く説明してくださいましたが 外国の美術館が1億出して買うと言った物を ポンと外に置いてあるというのが 何だか日本から来た私には???でした(笑) その話は別としても とてもレリーフがキレイです。 (この裏側にも絵があり) これ以外に他にもこのような柱の頭が陳列されていました。

ビーソトゥーンの中で一番有名なダレイオス1世のレリーフを見るために山の中腹まで登って見た景色。 夕方なので暗いですが・・・ 下方に見えるのは ”王の道 ”です! 王の道を実際に歩いているんだと 感動しながら歩いていましたw (と言っても普通の小道なんですが^^;) ちなみにダレイオス1世のレリーフは とっても高い位置にあるので 中腹まで登っても私のヘボデジカメでは 小さくしか写すことが出きず デジカメでの撮影はあきらめました><;;; その代わり望遠フィルムカメラには納めましたがw ダレイオス1世のレリーフは崖に刻まれているので 誰がどうやって???と不思議に思います。 シーラーズに行ったときに見たナグシェロスタムにある ダレイオス1世や他の王のお墓も、どでかくて かつ高い位置にあるので 同じ思いをしましたが。 昔の人の技術には圧倒されます。 レリーフ修復などのためにレリーフ近くまで 階段がもうけられてますが 一般人がその階段をあがることは出来ません。

アケメネス朝以前の先史時代の居住地跡だそうです。 ここビーソトゥーンは、目に見える形での遺跡・遺物は 正直、世界遺産として考えると 「え?これだけ???」 と思ってしまうのですが どうやらこの周辺一帯が アケメネス朝以前・先史時代からの遺跡を下に持っていると聞き なるほどと納得しました。 この居住跡の周りは荒れ地が広がっているようにしか見えないのですが ”この下には大きな古代都市があります ” (一般に見えるようには掘り下げてない・・・) とか ”あそこは神殿跡とされてます ” (普通に見ると景色の一角として  山の斜面の突起物に見える。) という説明を聞くと、 大きな古代のロマンを感じずにはいられませんでした。 でも見た目は・・・何もない荒れ地と岩山ですが^^; 場所は先ほどの碑文を上から彫られたレリーフがある場所の右側一帯です。 そう考えると、ミニバスで降りた場所からすぐ近くにある車の入り口から、ずーーーっともしかして遺跡なのかな??? ちなみに、上記を見ても分かるとおり、ここでも文化庁の人に案内をしてもらいました^^; (入場券発行場所も  入り口にあたるものもないので  (なのでもちろん入場無料)  文化局がどこにあるか分からず  フラフラしていたのですが  友達が探してきてくれました。) ここの文化庁の方は、 考古学や歴史学を学んだ方ではなく 観光学を大学で学んだ人でした。 そのため私がフラフラしている間 ドイツ人団体観光客とすれ違ったのですが そのドイツ人団体観光客に説明員として ついてまわっていたと言われました。 (なのでその方に  立て続けに説明をさせることになってしまった^^;)

ビーソトゥーンの石切場の向かいほどに 今発掘中?のイルハン朝期の遺跡があります。 その近くに、いろんな土器や陶磁器の破片が。。。 説明員さん曰く、 各地で見つかって、でも細かすぎて識別出来ない破片を 学者が集めてここに持ってきたまま うち捨てられているそうです^^; 判別できないガラクタとは言え、昔の物だと思えば違った印象を持つので写真を撮ると、 「欲しかったら持って行っても良いよ。」 と言われました! まぁ、もうすでに研究対象になっていない ゴミなんでしょうけど^^;

昼から世界遺産ビーソトゥーンに行きました。 この写真はビーソトゥーンの遺跡で一番最初に目に付くレリーフ。 と言っても本来のレリーフの上に サファヴィー朝の権力者(商いをする人だったかな)が近くのキャラバンサライ建設ウンヌンのために 権力誇示で上から碑文を彫っちゃってます>< モッタイネー。 これもまたターゲボスターンのと同じで 古い物の上に記すことで権力を誇示しているのか ゾロアスター教国家に対するイスラム国家の考え方なのか。。。 昨日ハマダーンからケルマンシャーに来るとき乗ったミニバスを逆ルートで乗り、遺跡のところで降ろしてもらいました。 (ってかちょっと通り過ぎたけど^^;) ビーソトゥーンは村の名前だそうで ”遺跡の前 ”と言わないと 村の入り口で降ろされ ちょっと歩かなければいけません><;;; 私達は、他の乗客の方々はがそのことに気づいてくれて運転手さんに叫んでくれたため、遺跡の入り口から少し過ぎているけど、村まで行っていない所で降りられました。 でも帰りのミニバスを探すときも 私達が降りた場所まで案内されたので ちゃんとした停留場所なのかも??? もしそこがちゃんとした停留場所なら 降りた場所から少し山手の方に歩き、 車の入り口のようなところを入って 山沿いをケルマンシャー方面にしばらく歩かないと 遺跡まで行けません^^; (なので降ろされたとき、方向がわからず  かなり迷って逆方向に歩いたりしてました)

さきほどのキャラバンサライ横にある建物。 こちらは今も麻薬中毒者の独房(爆) ホント、同じ敷地にあると言っても良いくらい隣り合ってます^^; 一応周りには有刺鉄線がはられていて キャラバンサライも有刺鉄線の柵内にあるのですが ホテル工事のため、ビーソトゥーン側の有刺鉄線は 崩れて、柵がところどころしか見えない状態になってます。 しかし・・・この環境下で 高級ホテルにすることが出来るのかしら???

たまたま2種類のお葬式連絡が貼られていたので ここで紹介^^; 左側は顔写真が載っているので男性が亡くなったということ。 右側は顔もなく、文字だけなので、女性が亡くなったということ。 人が亡くなったとき、それを知らせるのにこのような紙を町中に貼るようで 今まで見てきた町でいくつも見てきました。 (ってかホントにたくさん貼ってある!) 男の人は顔が載せられるけど 女の人は載せられないって イスラム社会的なモノなのでしょうけど なんか寂しいなぁ~・・・ もしくは女性は美しいときの顔でなければ 載せたら本人も傷つくから載せないとか?!(爆)

説明員さんがいなくても、 遺跡の内容が分かるように ターゲボスターンには説明書きが1つ1つありました。 今まで見てきた中で 説明書きがきちんとキレイについている遺跡と そうでない遺跡があったのですが 管理する自治体の問題なのかな???^^;

ホテルはガイドブック『地球の歩き方』にも載っていた「メエラージ」に宿泊。 はじめ建物の中に入ったとき 中の人から 「外国人の泊まるような(良い)ホテルじゃないよ!ホテルを間違えているんじゃないかい?!」 とビックリされました^^; たぶん外国人でしかも女の旅行者だったからでしょう^^; でもとても感じの良い方々でした。 (入り口の広間?には地元のおじいちゃん達が  3~4人くらい常時座っていて  世間話?をしているホテルでした) ちなみにこのホテルの斜め向かいに 同じく長屋の建物の中にありながら 新しそうなホテルがありました。 (ホテルア-ザーディ?) メエラージホテルのホテルカードを 帰ってくるときに迷子にならないようにともらったのですが なぜか写真がドバイの7つ星ホテルの外観。。。

入り口横に置かれていたバビロニア(イラク)のレリーフの型。 ここの研究員さん(説明してくださった方)も イラク戦争から今のイラク国内混乱で イラク内の遺跡は壊滅的だと残念そうでした。

ケルマンシャーからテヘランまで夜行バスで帰ることに。 この写真はバスターミナルの建物の一部屋、 私達が乗るバス会社の待合室です。 イラン国内の大きくて有名なバス会社のバスに乗る予定が 違う会社でした^^; 名前がすごく似ていて 客引きのお兄さんに名前を確認しても うなずくので てっきり・・・^^; 乗り場がちょっと人の群がっている場所とは 違って、少し閑散としたバス会社の並びにあったため ???とは思ったのですが 名前で信頼し、 かつチケットにも”VOLVO”とあったので (ハマダーンの時にも書きましたが  ボルボ社製という意味ではなく  VIPバスという意味で書いてます) 思っていたバス会社だと信じてました。 が、人が群がっているバス会社の並びで 友達が、当初探していたバス会社のロゴを見つけ 悔しがっていました(笑) なんか文字の発音を聞いていると 最後の音を伸ばすか伸ばさないかだけの違い の会社名だったようで・・・^^; でも受付の人は珍しく?若い女の人で キッチリとしていたし、 心配していたバスの機体も きちんと”VOLVO ”と書かれて キレイでしたw ちなみに、 バスターミナルの建物はコの字型になっていて 南側に有名バス会社が連なっているようです。 南側の乗り場には人がたくさん集まっています。 その横側もバス会社の待合室で (私達はそっち) 北側はレストランとお土産物屋さんになっていました。 ハマダーンやビーソトゥーンへ行くためのミニバスは この長距離大型バスターミナルと同じ敷地の中にある ミニバスターミナルから乗れます。 (長距離バスターミナルの南側)

お昼を、遺跡前にあるたくさんのレストランの中から 客引きを唯一していなかったレストラン(笑)で 食べました^^;;; 他のレストランは木々の中で広々と食べられるように なっていましたが ここはどうやら普通の地元の人が食べに来るところの様子。 警察官や地元の人がテイクアウトで シシカバブを買って帰っていました。 外国人が来たので、お店の人が少し慌てていましたが 隣のレストランの人や近所の人?お客さん?まで寄ってきて 具体的に食材を取り出して 一つ一つ丁寧に注文を聞いてくれました^^;;; 友達がペルシア語を話せるので とても驚いていましたが そのせいか、周りの方がずっとペルシア語で話していました。 友達がクルド語で(普段通りに)話してみて欲しいと言うと クルド語を話してくれて 友達は全く分からないと言ってました(笑) (私はもちろんどちらも分かりませんが^^;) クルド同士で話すとき、ペルシア人と話すとき、両方が混じるとき、で言葉を使い分けているそうです。 大変だ><;;;;

ケルマンシャー名物のお菓子。 このクッキー?を売るお店が多かったです。 黄色いのはサフラン入り。 白いのはサフランが入ってない物。 サフラン入りのが高級品?なので少し高いです。 (イランでのお菓子はなんでも  サフラン入りのが高級品らしく  黄色に色づけされている物のが  白い物より少し高かった。) 箱にはターゲボスターンの写真がプリントされていました。