タブリーズってどんなところ?

パルティアの時代にアルメニアの王によって建設された。タブリーズの名は、紀元前297年にティリダテス3世によってアルメニア王国の首都とされた際、王の名に因んでタウリス(Tauris)と呼ばれたことに由来する。地震で破壊されたが、8世紀のアッバース朝のカリフであったハールーン・アッ=ラシードの妻の一人によって再建された。

タブリーズの地図

タブリーズのブログ旅行記

西イランのカッパドキア・キャンドバン村 - 地球浪漫紀行世界紀行 ...

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タブリーズの写真・旅行記

2週間滞在したイランでの旅行記です。 トルコ国境近くの町タブリーズ。 今回イランで訪れる最後の町です。 ここまで来るとトルコ系住民がぐっと増え、歩いていてもトルコ語をよく耳にしました。 駅で出会ったトルコ系青年は、イランという国の中でいかに自分達が抑圧されているか話してくれました。 母語であるトルコ語を使う事も禁じられていたこと。政府はイラン国内にトルコ系民族がいる事実すら否定しようとしたこと。 けれどそれに逆らえば刑務所に送られ二度と帰ってこられないだろうとも言っていました。 聞いていて感じた、黒く重たい何かモヤモヤとした気持ち。 去年シリアでクルド人の人たちからシリア・トルコにおける「クルド人問題」について聞いたときにも同じものを感じていました。 国家って何だろう? 人は何に怯えて争うんだろう? このモヤモヤは今でも私の胸の中から消えません。

ブルーモスクとも呼ばれているマスジャデ・キャブード。 その名の由来である青いタイルは一部を残してほとんどが 地震ではがれて落ちてしまったそうです。

落ちたタイルもモスク内に展示されていました。 モスクの周りは公園になっていて市民の憩いの場でした。

インフォメーションセンターの名物おじさんご推奨の朝食。 ヨーグルトにたっぷりの蜂蜜を混ぜて、焼きたてナンに からめてムシャムシャ。 結構な量ですがペロッといけちゃいます。 12000リアル。

店内の様子。 蜂蜜屋さんの奥で食べられるようになっているのです。 町には似たような店が他にも何軒かありました。

これはお昼に食べたホルモン炒め。 匂いもなく、タマネギの甘みがしっかり出ていて いいお味でした。hoshmaze! 美味しく安かったのでおかわりしてしまいました。 10000リアル(1皿)。 あんまりよく食べるので店のお兄ちゃん笑っていました。 ちなみに彼は、最終日に私が駅までのバス停を尋ねると 送ってくれるどころかバス代まで払って行ってくれました。 heyly heyly mamnunn!!

バザールへ。 聞きしにまさる大きさ。 迷子になりつつさまよってみました。 ここは絨毯バザール。

絨毯の縁をかがる専門の職人さん。 見事な手さばきです。

その絨毯の縁かがり用の糸専門店。 おじいさんはゆっくりとチャイをすすっていました。

大きなそろばん!! 驚いていたらはじいて見せてくれました。 おじさんちょっと得意げでかわいい。

羊の脂肪の専門店。 食用としてだけでなく クリームのように体に直に塗ったりもするんだそうです。

宿の近くの小路は安食堂街になっていました。 アブーグーシュトで遅めのsobkhane(朝ごはん)。 コーラ付きで25000リアル。 イラン風の肉ジャガといった感じの料理ですが サンギャクと混ぜて付属の棒で潰して食べます。 他のお客さんたちも一心不乱に潰しています。

ここのサンギャクは大変美味しく、厨房をのぞいて納得。 いつでも焼きたてです。 サンギャクはこのように、釜に小石を敷き詰めてその上で焼きます。 焼きたてには石がくっついているので要注意です。 美味しいねって言ったら一枚お土産に持たせて くれました。 長いので、4ツ折にしてバッグにしまいました。

水パイプ屋さん。 こうして見ると部品のひとつひとつもカラフルです。

修復作業も少しずつ。

大好きなボコボコ。 仕事が一段落するたびボコボコ。

ヒマになるとこうして店先に出て 行き交う人を眺めたり 向かいの店員としゃべったり。 ジーっと見ていたらナッツの試食をたくさんくれました。