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イスラエルってどんな国?

イスラエルは正式名称イスラエル国(メディナット・イスラエル)で中東・西アジアの国。現代イスラエル国はヨーロッパにおけるシオニズム運動の結果、主としてユダヤ人によって、紀元前の古代イスラエル イスラエル王国に因んだ「シオンの地」(パレスチナ)に建設された国家(以下イスラエルと記述)。
首都は西エルサレム(1950年にイスラエルが東西を総称して宣言したものの、国際連合 国連では認められなかった。各国の公館はテルアビブに集中する)。北はレバノン、東はシリアやヨルダン、南はエジプト、西は地中海に接する。またパレスチナ自治区とは交錯している。
「イスラエル」の語源は、創世記32章24節~28節で、神と格闘したヤコブ (イスラエル)が神に与えられた名前に由来する(神と争った、神との契約をした共同体、神の王子、あるいは神は争われる、などの見解がある)。

イスラエルの地図

イスラエルのブログ旅行記

ノートルダム大聖堂を眺めよう!(1) salut!~パリを楽しもう~/ウェブリ ...

2005年12月17日 ... 正面中央のバラ窓前には、教会に訪れる人たちを見守るように幼子イエスを腕に抱いた 聖母マリアの像がたたずんでいます。 その両脇に控える像はアダムとイブ。 下の段に ずらりと並んでいるのは旧約聖書のユダヤとイスラエルの王たち。

イスラエルとパレスチナ|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後 ...

2007年5月5日 ... adventure2006の□世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰がんばる ブログの記事、イスラエルとパレスチナです。

イスラエルへの入国ルート 海外旅行Q&A(ヨーロッパ)

イスラエルは入国は比較的簡単だけれども、出国は大変だと聞いたこともあります。これ は出入国する経由地にも関係 ... 滞在するのはホテルでと考えておりますが、イスラエル の友人は実家に泊まればいいと言ってくれてます。でも出国する時に、空港で滞在 ...

2007.04 イスラエル: Shoの旅行記~気の向くままに歩いて行こう~

2007年4月27日 ... 2007.04 イスラエル,日帰り旅行から長期旅行、さらにテクテクと歩いて見つけた楽し そうなところも含め案内します。目指せ世界制覇!

フルーカでナイル川クルーズ | 世界一周オンナ一人旅 & その後の日々

2006年5月19日 ... イスラエルで半年間ボランティアで働いていて、エクアドルに帰る前にちょっと旅行してる んだって。 ちなみにラファエラは18歳、マリネスは19歳。 とうとう10歳以上歳の離れた 友達が出来てしまいました…。 でも、一緒にフルーカに乗って、 ...

120万円で世界一周、ビザの申請場所と所要日数は? 海外旅行Q&A ...

日本ータイーラオス(汽車)ーベトナム(汽車)-タイーシンガポールーインドーイランー イスラエルーエジプト(汽車or飛行機)-(スダーン)-(ルワンダ)-南アフリカー ブラジルーボリビアーぺルー. といった感じで大雑把に決めています。 ヨーロッパは行か ないつもり ...

世界一周旅物語(せかたび)- イスラエル(Isurael) アーカイブ

2006年4月23日 ... 一般的なヨルダン側からではなく、イスラエル側から行ってきました。 「死」なんてこわぁ ~い名前がついた海、「死海」。塩分濃度が27%で、魚など生物が住めないことから 名前がついたそうなんです。 (どうしてそんなに塩分が濃くなったの?) ...

2010年05月30日のブログ|食べて歩いて遊んでスペイン!

2010年5月30日 ... トルコ、イスラエル、モロッコなどヨーロッパ周辺の国々も含めて年々参加国は増えて いる。 今年のスペイン代表はDaniel Digesというカーリーヘアーの男性歌手だったが、 彼の歌唱中にハプニングがあった。 何者かがステージへ乱入↓右側 ...

イスラエル~ガリラヤ湖の上で - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅の ...

2011年12月12日 ... こんにちは。西川です 9月上旬にイスラエルに行ってまいりました。 死海やゴラン高原 などの自然の景観だけでも見所の多い旅ですが、 やはり、いくつもの聖書の舞台を巡り 、エルサレムの嘆きの壁を訪れ、 熱心に祈りを捧げる人々や、街に ...

イスラエル料理のイケテル店の巻 (ユキノヒノシマウマ)

2006年5月13日 ... 自分の中では最も重要な経験をした国のひとつであるイスラエル。 今でもイスラエル 時代の友人とはなんだかんだとやり取りを続けていて、日本やアメリカでも時々彼らの なかの数人と再会しては馬鹿話に花を咲かせている。 もうさすがに ...

ナクバ 1948年: shukran@world

2008年2月27日 ... 1948年のイスラエル独立戦争を、(結果的に) 被害者であるパレスチナ人は「ナクバ (Al- Nakba=大惨事)」とよんでいます。イスラエル国内では、長らくこのようなパレスチナ人 の視点は無視されてきましたが、最近になって、教科書にこのことを ...

飛入りのプロフェッショナル?|食べて歩いて遊んでスペイン!

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カンチャナブリー 一日ツアー | 世界一周オンナ一人旅 & その後の日々

2006年4月17日 ... 投稿者:yuki. 2006/4/19 22:12. 初めまして!yukiと申します。 私も一人旅をよくする ので、羨ましく思いながら拝見しています。 そのツアーメイトの方は、イスラエル人では ないでしょうか? 私も東南アジアではよくイスラエル人に会いましたよ!

アメリカの都市 - ソルトレークシティ

また、シリコンバレーのようにIT産業の発展を目指しており、ソフトウェアバレーと名乗っ て、誘致に乗り出している。 市の西側にはグレートソルトレイク(大塩湖)が広がり、ここ からソルトレークの名が由来している。グレートソルトレークはイスラエルの死海のように ...

100万円の予算でイスラエルやブラジル含む世界一周 海外旅行Q&A ...

こんにちは。以前質問させてもらった者です。 その時はイースター島を含む世界一周を...

2009年04月16日のブログ|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2009年4月16日 ... 監督・撮影・編集のすべてを手がけた土井敏邦監督がスクリーンに映し出したものは、 殺戮に怯えながら暮らすパレスチナ人の現実とイスラエル人兵士の退役後の苦悩と 活動。他にも、それらを取り巻く様々なことを取り上げて重層的に、私が ...

2年続きました! : 海外の情景 今日の一枚

2007年6月9日 ... この添乗では他にも、各国のお国柄の違いや、国際問題にもなりかねない機内の席割り (アラブからの参加者とイスラエルからの参加者)、スイス人とアラブ人での時間の観念 の違い、宗教に絡むグループ・メニューコントローなど話題につき ...

イスラエル 8日間の旅(画像あり) - トラベログ

2006年6月11日 ... マルコポーロになりたい > 海外旅行レポート一覧 > レポート.

2010年05月のブログ|食べて歩いて遊んでスペイン!

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アラブな日々・豚肉の謎|食べて歩いて遊んでスペイン!

2005年9月17日 ... イスラエルではウロコの無い魚、鶏肉、豚肉もだったような...が食べれないのでイカ とかタコとか鶏肉が ... イスラエル人の女の子で、ハムでもチョリソでも普通の豚肉でも 何でも豪快に食べちゃう子がいたんだけど。。?! ウルコ 2005-09-18 ...

青がアタシを救う|リサのLOVEハワイ

2005年6月28日 ... わぁ私が買ったイスラエルの死海の塩と同じブランドのシップだぁとか思ったら. AVEDA ではなくAHAVAでした^^; もぉリサさんのオススメが増える一方で貧乏旅行のあたしには 辛いですぅ。笑でもこれは絶対欲しい。 オシャレでリラックスなんて ...

モロッコからイスラエルへの陸路ルート 海外旅行Q&A(全般)

北アフリカを地中海沿いにバックパックしたいと考えています。 ルートはモロッコ→ア...

イスラエルの写真・旅行記

キリストが生まれたと言われる生誕教会(Church of Nativity)。イスラエル西岸地区の分離壁は自爆テロ防止が目的としているが恒久的に領土を占領しようとしているのは事実だ。2005年から建設が始まり、有刺鉄線や8mくらいの高さのコンクリート壁などで703kmうち約70%完成している。分離壁にはパレスチナの人々の占領に対する考え方、平和への願いなど落書きではない、メッセージ性の強い訴えが多い。風刺的でストリートアートを世界各地で展開しているBanksy (バンクシー)イギリスのロンドンを中心に活躍する覆面芸術家の命をかけた作品もある。

アラブバスステーションからベツレヘム行きNo.21に乗り終点まで乗る(7.3シェケル)。朝は渋滞していたので1.30hかかった

生誕教会まで歩く。タクシーがうるさい

これイランから買い付けたよ。いい物だから買いなよ

キリストが生まれた場所に建てられたと言われる教会。

入口は狭く、堅固な壁に囲まれているのは敵の侵入を防ぐため

フランシスコ派修道院聖カテリーナ教会(クリスマスイブのTV中継がある)

教会内に入ると大理石の二列の柱と天井からはランプがぶら下がっているが暗い印象。

床には穴が開いていてモザイクが見える。コンスタンティヌス帝時代のもの。

壁には宗教画

祈りは神聖で神秘的だ

祭壇

ランプも豪華だ

パン

いよいよ階段を下り“洞窟”に行こうとするとミサをやっているので1時間待ちだと言われる。待ったのですぐに入れたが、後ろは長い列ができゆっくり見学できなかった。

確かにやっているね。貸切だ~

神父さんが行ったり来たり、ちらっと見える

かぐわしい香を焚く

やっと入場OKとなる。洞窟内は狭い

ここか~イエスが生まれた場所。銀で星の形がはめられた祭壇。キスする人がいる。

本当?

神父のミサが長くて、ついさっきアクビしていたのにね。

入口と出口は別。観たら早く出てください

メイン通りを歩いて分離壁へ。何やら見慣れぬコーヒーショップが・・・

イエスが増やしたパンと魚のモザイクの皿をお買い上げ

分離壁が見たかった。東ドイツのブランデンブルクも取り払われたのに。今時壁を作り他人を排除するなんて人間は愚かだよね。

After(イスラエルにより塗りこめられた)

Before(Postcard)メッセージが強く訴えられている。オルレアンの少女・ジャンヌダルクが開放をイメージしている。

Banksy (バンクシー)制作

5大宗教と人間の手の爪(キリスト教・ユダヤ教・イスラム教・仏教・ヒンドー教)。塗られてしまった。描いている時、銃口で脅されたが中止せず描きあげた。

モスク(パレスチナ)は鳥かごに封じ込められている

ペイントはずっと続く

終焉の時コンクリートの橋は崩れ(人間の常識)、紙の橋は渡れて生き残るれるの例え

ギロ検問所のベッレヘム側分離壁。出入口のチェツクは厳しい。

コナーファはあまり甘くなく美味しい

エルサレムへ帰る途中のサンダウン

圧巻、コンクリート分離壁

有刺鉄線には切断されて侵入できないようにセンサーが付いている

午前5時にマスカット出発。エティハド航空アブダビ経由で午前10時半アンマン到着。 直接イスラエルとの国境「King Hussein Bridge」に向かいます。

国境へはエアポートタクシー。 行き先によって料金が決められていて、看板に表示されてます。 キング・フセインブリッジまでは32ヨルダンディナール。(約3650円) 空港バスで一度アンマン市内に行ってそこからバスを利用した方が安いけど、国境が閉まる時間が午後2時とあり今回は時間を優先して空港タクシーにした。

空港からキングフセインブリッジまでは約一時間くらい。 この運ちゃんスピード出しすぎるわ、携帯で話し続けるわ、タバコ吸うわでさすがアラブ。

国境近くの街。 全く何もない地を通ったので、この運ちゃんに悪い人の所に連れて行かれてるんじゃないかと心配したけど杞憂に終わった。 疑ってごめんね。

ほぼ死海方面に向かうので、標高はぐんぐん下がる。

この窓口手続きをします。簡単な順番は 1、一つ目の窓口で「No stamp」とお願いし、紙に名前とパスポート番号を記入。パスポートとともに渡す※※ 2、隣の窓口でその紙とパスポートを受け取る。 3、待機してるバスに乗る。(チェックを受けたスーツケースを荷物入れに入れる) ※※イスラエル入国スタンプがあると敵対国の一部のアラブの国には入れません。よってヨルダン出国スタンプの時点から「ノースタンプ」でいかなければなりません。私はまたアラブの国を訪れる可能性もあるので、ノースタンプにしました 。 また私はこの場でパスポートを受け取りましたが、他の人は一時預かられバスに乗ってから受け取る人もいるようでした。

緩衝地帯を通過中。 荒野が広がる。

バスのメンバーは、イギリス人、ドイツ人、シンガポール人、ポルトガル人など。見るからにみんな平和そうな旅行者。なんか遠足のような気分になってきた。わくわく。 隣にいたポルトガル人の女性も一人旅で、少しの間おしゃべり。 私はポルトガル人に会うと「サッカーのクリスティアーノ・ロナウドは好きか?」と聞く癖があって、今回もまた質問してしまった。 彼女の答えは「確かに彼は素晴らしい選手だけどいつも『俺は一番だ』とか『俺はハンサム』とか言ってるし自信過剰よ。でも彼のサッカーは本物ね」との事。 なるほど。

監視台があるけど誰もいない。

これがキングフセインブリッジ! 名前のわりには、すごく短くてかなり一瞬な橋だった。 どうやらこの橋は日本のODAで建てられたらしい。 ズームしてよく見ると確かに橋には「JAPAN」の文字が!

キングフセイン橋を渡ってちょっとすると、バスが一時停止。係の人が乗ってきて、パスポート番号と名前を記入した「別紙」を回収。

おおー!ついにイスラエルイミグレが見えて来た。 一番心配したイスラエル入国。 すんなり入れる人もいれば、長時間待たされる人もいるらしい。。 懸念した理由として、以前オマーンに住んでいる間かなり旅行をしたから私のパスポートには約60個アラブスタンプが多種ある。敵対国のシリアビザまである。 事前リサーチによれば、やはりこの敵対国スタンプがあるとひっかかりやすいとあったので、どうか気に留められませんように。。

エルサレム市内行きのバス(シェルート)。 運転手のおじちゃんが荷物を入れてくれる。

ようやく外に脱出。 緊張してて時計を見られなかったけど、ヨルダン側国境から2時間くらいかかった。

こちらの窓口でエルサレム行きのバスチケットを購入。 確か40シュケル。ヨルダンディナールが使えた。

エルサレム市内へは約一時間。周りは何もないけど道路は驚くほどきれい。 ちなみにこのバスはベンツ。何か歴史と関係するんだろうか。

エルサレムに行くまで、とても汚い建物が見えた。 国境からしばらくの間はパレスチナ自治区であるはずなので、これはパレスチナ人の家だろうか? 一瞬しか見えなかったけど、こんなに環境が悪いんだ。。。

夕方になり、日も暮れて旧市街もセピア色に。

哀愁漂う、建物の裏側。

嘆きの壁近くのモスク。

嘆きの壁近くのみやげ物店。

嘆きの壁の後ろの風景。 ホテルやお店があるようだけど、とにかく階段上り下りがたくさん、路地も入り組んで迷路みたい。まるでドラクエの世界のような。

祈る人々。

祈る女性達。

夕方の嘆きの壁。 昼間よりもたくさんの人が集まってきた。

彼女の御主人は超正統派ユダヤ人だった。 こういう人のの奥さんとなるともっと古風かと想像してたので、ちょっと意外。

米ドラマ「Sex And The City」のサラ・ジェシカ・パーカーはユダヤ人らしいけど、なるほど確かにエルサレムには彼女似の女性がたくさんいる。 ちなみにサラのように背があまり高くないのがユダヤ女性の特徴とか。 写真左下の女性は、彼女そっくりでとてもキレイだった。あまりにお美しい方だったので気づかれないように撮っちゃった。

帰り道、少々嫌な事と言うか胸が痛くなる事があった。 嘆きの壁周辺は大変入り組んでいて迷いやすく、「道を案内するよー」と言う少年がいた(推定7歳)。だいぶ暗くなってきて助かるわー、と思った単純な私は少年にお願いして出口まで案内してもらった。 別れ際私が「どうもありがとう。助かったよ」と言うと 少年は「案内したんだからお金ちょうーだいよ」とガイド料を要求してきた。 なんかすごい残念な気持ちになったけどしょうがないからテキトーに10シュケル(約220円)渡した。 少年は「お財布に50シュケル(約1000円)入ってるの見えてるよ!出口まで連れて来てあげたんだからもっとちょうだいよ!お金をちょうだい!!」と怒りを込めて私に訴え始めた。 なんてゆーか、子供がお母さんにお菓子を買ってもらえなく駄々をこねるそれとは違う、憎悪に満ちた表情。一瞬恐くなってしまった。 かれこれ色んな国を旅して来たけど、子供からお金を要求されたことがなかった。数年間オマーンに住んでた時、子供に道を尋ね同じように案内してもらった事は幾度もあるけど金銭を要求されたことなど一度もない。 きっと大人から同じようなされたのであればただ腹がたつくらいだったと思うけど、子供からこういう事をされるととてもが痛くなる。 なんとももどかしい気持ちになってこの夜は早々にホテルに帰ってビール飲んで寝た。

新市街にあるホテルに荷物を預けに行く。 ダマスカス門からヤッフォ通りに行くには、上り坂なのででスーツケース引きながらはけっこうしんどい。 エルサレムについたとたん超正統派のユダヤ人がいっぱい。 当たり前だけど中東なのにアラブじゃないことを実感。 不思議だ。。

男性側と女性側の仕切りから撮影。 男性はこの壁でお祈りするには、キッパという小さな帽子を被る。 どうやってこの小さいのを頭に乗せてんだろと疑問だったけど、どうやらピンで留めてるようだ。 (最初パッチンドメと書こうと思ったけど、もしかしてパッチンドメって死語?)

みなさん紙を石のすきまに入れてた。 何かお願い事かな?

大半の女性はスカーフを被ってお祈り。

前から撮っては失礼なので、こっそり後ろから撮影。 たくさんの超正統派のユダヤ人が壁に向かう。

おっ!ついに写真で見た事のある風景が目の前に。 嘆きの壁と岩のドーム。

イスラエルは女性も兵役の義務があって、街中に若い女性の兵士がたくさん。普通にマシンガンを抱えている。 噂通り美人の人が多い。きっとイスラエル人自体がきれいな人が多くて、全員兵役するから結果そうなるんだろう。 でもやる気がなさそうな子達もいて、コスプレみたいに見えたり。。

午後は聖墳墓教会見学。 キリストの墓とされる場所に建つ教会。 嘆きの壁にはユダヤ人がたくさんいたけど、こちらにはクリスチャンがいっぱい。 やっぱり不思議な街。

イエス・キリストが眠るとされるお墓。

みやげ物屋にはかなりおもしろいTシャツがたくさん売られてるけど、右上はちとこの場所ではやばいのでは。。 あれを着てイスラエル入国しようとしたらどうなるんだろう。

Via Dolorosa。 有罪判決を受けたキリストが重い十字架を背負わされ、処刑が行われることになるゴルゴタの丘まで歩いたとされる道。

バス(シェルート)は旧市街のダマスカス門に到着。旧市街を囲む城壁が印象的。 ついにエルサレムまでやってきた! アンマンも暑かったけど、エルサレムもかなりの日差し。

嘆きの壁は左側が男性用、右側が女性用と決められている。 男性のお祈り姿を近くで見てみたかったので、少々残念。

この超正統派は仕事をしないで神学校で勉強するかわりに、国から生活保護を受け、お金をもらっているらしい。 しかし彼らは子だくさんで、そんな国からもらうお金なんてタカが知れてるとの事。イスラエルの中でも低所得者層に入る人々がほとんどとか。 確かにエルサレムの街を歩いてたら、お金のためか空き缶をやたら拾っている人がいた。 彼らは税金も低く設定され、兵役も免れている。近年この超正統派が増え続けているので、普通の生活をしてる人の負担が大きくなり、よって彼らは嫌われ者になっている現実があるらしい。

まずはやっぱり嘆きの壁に行ってみようかと。 嘆きの壁は旧市街にあり、入り組んだ場所にあるので何回も迷った。 でもユダヤ人の後をついてきけば、たいていたどり着けた。

ヤッフォ門。

夜の嘆きの壁と岩のドーム。 やっぱり昼間よりも夜の方が雰囲気いいかも。

キリストが息を引き取った後に、香油を塗られた場所。 たくさんの人がこの床に頭をつけたり、手で撫でたり祈っていた。

「ノースタンプ」の別紙。 ちゃんとしたフォームがある用紙と思いきや、ただの紙きれに名前とパスポートを書くだけ。 私は本日にヨルダン入りしたから、こちらで出国税を払う必要はないとのこと。

ヨルダン側イミグレ。 建物に入る時に簡単な荷物チェックがあった。手荷物はなくスーツケースのみ。

バスに乗ってから、キングフセインブリッジまでのバス代を支払う。4ヨルダンディナール(約453円)。 バスは人が集まるまで待つようで、その間やたらヨルダン人の係のおっちゃんにからまれた。日本が大好きで日本人も大好きらしい。 しまいには「君かわいいから荷物代1JD(約115円)はいらないよ。係の男には荷物ないって言っちゃいなさい」と。 うれしいけど、なんとテキトーなヨルダンイミグレ。

パスポートに張られるシールとはこちら。事前情報でこのシールの粘着力がすさまじいらしく、上手に剥がせないとあった。その為パスポートカバーを予めつけておいた。 アラブの国によってはこのシールの剥がし後を見てイスラエル入国したと判断することもあるらしい。 イスラエルへの道はどこまでも険しい。。

旅前のリサーチによると、建物に入る前に係の人に大型荷物を預けるとあったけど、今回はそれがなかった。時間帯か検問がユルくなったのか不明だけど、その時によって変わるのかな。 また入国審査ではあれこれ質問されたわりには、何も記入しなかった。別紙に押された入国スタンプは建物を出る前に係の人に提示して、何故かその場で破られてゴミ箱に捨てられた。 (しかしこれが帰り出国する時に面倒になったんだけど。)

時間が止まったかのような旧市街の床屋。

イスラエルイミグレの様子です。 1、国境バスがイスラエルイミグレ入口に停車。スーツケースを取り出して建物入口に入る。 2、最初にまず2つの窓口があって、空いてる方にならぶ。前の人は何か色々質問されてたけど、私は何も聞かれなかった。パスポートにシールを張られる。 3、荷物&ボディチェック。荷物はスーツケースとハンドバック全て。ボディチェックで一度ひっかかると超面倒らしいのでネックレスからベルトまで全て外しておいて無音でスルーできた。しかしベルトをかなりじっくり調べられた。なんでだろう。。たしかこの辺りでパスポートに張られたシールにチェックされた。 4、ついに悪名高き入国審査。パレスチナ人用と外国人用ブースに分かれてる。パレスチナ人用は激コミだけど外国人の方は空いてる。 美人が多いと噂のイスラエル入国審査官。確かにものすごい美人もいるけど、どうやら全員ではないかも。 外国人用ブースは2つがあり、一つ目は杉本彩似のお姉様。もう片方はぼっちゃりしたアラレちゃん。。 どう見てもアラレちゃんの方がユルそうと思い、そちらに並んだけど皆同じ事を考えたのか明らかにそちらが混んでしまった。運悪く私はキツそうな杉本彩レーンに導かれてしまう。。。 さて噂の入国質問 女 「ハロー」 私 「ハロー。ノースタンプでお願いします。」 女 「(すかさず)Why~~~???」 私 「(きたか。どうせわかってるくせに )今後アラブ諸国に行きたいからです」 女 「何故アラブの国に行くの?」 私 「旅行が好きだから」 女 「イスラエルには友達はいるの?」 私 「いません。今回が初めてです」 女 「アナタ、結婚してるのに何で一人でイスラエル旅行するの?」 私 「旦那は忙しいし、一人旅が好きだから」 女 「イスラエルではどれくらい滞在するの?目的は?」 私 「三日間だけです。観光です」 女 「観光以外は何するの?」 私 「(うわっ。そう来るか。)おいしいベーグルが食べたいから。。」 女 (鼻で笑われた。。まあ当たり前かこんなとっさに考えたアホな答え) 女 「ホテルは?予約してるの?もう支払ったの?」 私 「はい。こちらが予約確認書です。カード決済しました」 女性、パスポートをペラペラチェックし始める。 女 「何でこんなにアラブスタンプがあるの?」 私 「以前オマーンに住んでいたからです。その間旅行しました」 女 「何故オマーンに住んでたの?」 私 「ダンナさんの仕事で。。。」 女 「な~ぜ~、シリアに行ったの?」 私 「(やっぱり見つかったか)はい。観光で行きました」 女性突然ブースを出て、私のパスポートを持ってどこかへ消える。どうやら上司に何か聞いてるぽかった。しばらく立ったまま放置される。 10分後杉本彩似戻ってくる。 女 「いいわよ。旅行楽しんでっ!(笑顔で)」と別紙にスタンプをバシッと押す。 あれこれ質問攻めしたわりには、最後はあっけなく終わってしまった。しかも笑顔で。ちょい拍子抜け。。。 たぶんこんなに何回も「Why?」と聞かれた日は初めてではないか。 しかし噂通りと言うか、かなりのドSっぷりだった。 入国審査を終えて感じたのは、イスラエルイミグレはいわゆる一種の「プレイ」なんじゃないかと思った。最後の笑顔でそう感じた。 きっとM気質の男性にはたまらない国境越えに違いない。 (下世話な表現をして、失礼致しました)

そんな聖なるヴィア・ドロローサ界隈は土産物屋でひしめく。 旧市街にはこんな土産物がたくさん。 アラブ地区、ユダヤ地区、アルメニア地区で少しだけ商品が違うようだけど、どこも同じように見える。 しかし、どこ行っても「ニイハオ~」とか言われるのが耳障り。

ダマスカス門付近の街並。ここらはアラブ人が多い。 何人かのアラブ人(パレスチナ人?)に「ニイハオ~」「チャイナチャイナ~」と幼稚なからかいを受ける。 アラブの国に行くとよくこういうからかいを受けるけど、やっぱりイスラエルでもそうなのか。。

パレスチナ関係の観光資料は少ない。この地図はパレスチナの歩き方(日本国際ボランティアセンター作成2012年7月版)

New Arab Bus Station No21でまずベツレヘムへ行き7.2シェケル。白バスに乗り換えヘブロンへ行く6シェケル。

黄色いセルビスタクシーも待っている

バスを降りて旧市街を歩く

イブラヒームモスク(マクべラの洞穴)へ行く途中

上を見たらゴミだらけ???どうして

子供とお父さんが現れて説明してくれた

色々な所にイスラエルの監視所があり不審な行動をするとすぐ銃撃される

上に住んでいるユダヤ人が嫌がらせでゴミはもちろん糞尿を撒き散らすので金網ネットを張り防いでいる

屋上の貯水槽タンクを嫌がらせで銃で穴を開けてしまう

街はどこでも監視され分離壁がある(少数のユダヤ人保護のために数千人の兵士が管理・監視体制をしている)

イブラヒームモスクへ行くと礼拝中なので1時間待てと言われる

パレスチナでイスラーム、ユダヤ教徒ともにエルサレムに次ぐ第二の聖地。過激なユダヤ人と衝突する危険が日常的にある。

イスラム教徒とユダヤ教徒の入口も礼拝堂も別々

ユダヤ教徒側入口から

熱心に祈る

秘密の通路で繋がっている

自己陶酔で体を揺らし祈るじいちゃん

後ろに銃を持って警護する兵士。やはり異常だ

警護所には兵士で溢れる

外の壁でも祈る

陶器の絵付け

ベルの音が悲しげだ

昼は時間がないのでピッツアとコーラで17シェケル

可愛い子

シュハダ通りは古くから住んでいたパレスチナ人がイスラエル人に追い出されて無人になった

常駐しているとても若い兵士。サッカーボールで戯れている。

緊張感はない?

パレスチナ側とのチェツクポイント検問所

ここを通過しないと通れない

パレスチナ側は清掃がされていなく、汚い

街は賑やかだ

帰りのバスから、パレスチナの自治を訴えるデモが見れた

パワーの差は歴然、無力の国連も頼りにはならないし、とられたものは絶対戻らない!!

ダマスカス門→セントラルバスステーシヨンまでトラムに乗る

チケットは6.60シェケル、購入してもらった

まだ新しく快適。購入したチケットを読み取り機に差し込む

セントラルステーション着

テロを警戒、駅の入口は荷物チェックが厳しい

バスはエイラット行きNo5乗り場8:00am発42シェケル。

今日は晴れているが寒い、死海へ行くには途中で降りる

9:30amマサダ着。バス降り場からロープウェイ乗り場へ

下にはguest house

国旗が気分を鼓舞している

展示コーナ

ロープウェィに乗る前、歴史を振り返る映像が流される

ローマ軍がエルサレム攻撃後、兵士一万人でマサダを包囲したが陥落まで二年間もかかった。イスラエル軍は僅か967人。

乗車口。自分の足で登る人は25シェケル。ロープウェイ登りの片道54、往復67。

険しいが数分で到着。

標高400mの山頂

見晴らし最高

下へ降りてヘロデ王が建設した北宮殿へ

壁画やモザイクが鮮やかに残っている

長時間かけて補強増築、巨大な貯水槽、食糧庫、スチームサウナ、宮殿が建設された。

集会で歌を歌っていた

広大だ

山にぶら下がるように建っている北の宮殿

Columbarium tower(Dovecot)

帰りは1:15pm発エルサレム着2:40pm、なぜか37.5シェケルと安い

IDカードとパスポートチェツクが頻繁にある。

今日はイスラム安息日の金曜。ダマスカス門前では市が開かれていた

EU内と同じく物価が高い

住居は外気を完全に遮断できるようにカプセル型になっていた。

爺ちゃんは朝、自宅からゲストハウスにやって来る。脳梗塞?発症してから持病を抱え歩行困難でも皆の顔を見て幸せを感じるという。

「ずっと平和を願って運動をしているけれど、戦争はきっとなくならないよ。キリスト教・イスラム教・ユダヤ教は仲良くやっていけるのに」。現実を厳しく見つめ長く行動している爺ちゃんだから言える言葉だと思う。

ここにお母さんはいないよ、自分のことは自分でやりなさいと教えている

食事量ははんぱない!!どんどん食べなさいと言われる

皆、一生懸命に食べる

爺ちゃんは戦士だった

地元有名人

Donation Boxに心づけを入れる(最低50シェケル以上)。資金難で運営が困難になりつつあるという。パレスチナ人故にイスラエル人から敵視され、ゲストハウスの運営に税金をかけられ苦境に陥っていた。尊い意志がこれからも続けていけるよう願うばかりです。

キリスト教福音派(プロテスタント・超保守的感覚の持ち主だつた)の人も長期滞在していた

Mount of olives  昇天教会 復活したイエスは神の国のことなどを弟子たちに伝え、40日目に彼らの目の前でオリーブ山から昇天した。これを記念して4Cに建てられた。

十字軍時代八角形の礼拝堂となり1835年修復。敷地は現在イスラーム礼拝所。

昇天する際イエスがつけたと言われる足跡。

ゲッセマネの園。イエスゆかりの庭園。一体オリーブ園。イエスが祈りのため頻繁に訪れていた。

オリーブ山の展望台から岩のドームがよく見える

ロシア正教、マグダラのマリヤ教会

下り坂

沢山作るので手際がよく早い。クッキングは楽しいと言った。

デスクは鮮やかな赤。

これは「メズサ」と言うユダヤ教の筒の容器。 聖書の一節を書いた紙を中に入れて,このように少し斜めに壁にくっつける習慣があるようです。 イスラムのホテルでは部屋にメッカの方角が記してあったり、ヨーロッパでは聖書が置いてあったりと宗教と生活はとても興味深い。

たくさんのお客さんで繁盛してたヤッフォ通りのパン屋さん。

ジャムクッキー。 こんなに積まれてるとおいしそうに見える!

チョコクッキーもたくさん。

夕焼け色のエルサレム。

エルサレムにはアイスクリーム屋がたくさん。

一人でコーヒーを飲んでたら、隣に座っていたユダヤ人のおじいちゃん軍団に話しかけられて、しばらくおしゃべり。(超正統派でなくキッパだけを被るおじいちゃん達) みんな70歳くらいだろうか。でも英語を話せるのは一人だけ。日本に興味を持ってるみたいで日本について色々聞かれた。 70歳ぐらいだとユダヤ人にとって大変なことがたくさんあった年代かと思う。 本当は色々聞きたかったけど失礼かと思いその辺りは聞けなかった。 でも少なくともこのおじいちゃん達はとても幸せそうに見えた。 これからも元気で過ごしてください、と願う。

オープンカフェもかなりたくさん。

イタリアから来たという店主。 やっぱり本場の人が作るからおいしいのかな。 旅ブログをやってると言ったら、載せてくれと言われたので載せちゃいます。

こちらのジェラート屋が一番おいしかった。シオン広場近くのお店。 ジェラートを食べたけど、果物の味そのまんまな感じで美味!

イスラエル軍の女性達。 軍とは言えど、まるで部活帰りのようなごくフツーの女の子達でした。

パンはけっこう種類ある。クロワッサンがものすごくおいしかった! コーヒーも何回も入れかえてるみたいでおいしい。

朝食はこんな感じ。 サラダが豊富。イスラエル料理なのか初めて見るサラダがたくさん。 一人旅の時は朝食で野菜をたくさん食べて栄養補給。

朝食用のレストランもなかなかセンスのいい空間。

部屋からの景色。 エルサレムの舞台裏。

ホテル前の街並。 午前中で閉まっていますが、写真右にあるspa店は死海グッズがとても安かった。 大入りバスソルトが10シュケル(約210円)と、日本で買うこと考えたら破格の値段。

歩行者天国になってる、ベン・イフェダー通り。 昼から夜までにぎやか。

ファラフェルをつまむ。 なかなかおいしい。 以前オマーンに住んでいた時はファラフェルはこのまま食べるのが一般的だったけど、イスラエルでパンにはさむのが普通のようだ。 店のおじちゃんに何回も「パンやサラダではさまなくていいのか?」と聞かれた。

朝ごはん食べたばかりだけど午前中のおやつを探しに。

かわいらしい花屋さん。 きれいなお花がいっぱいだけど、日本よりもはるかに安い。 なんで日本のお花ってあんなに高いんだろう。

カフェがたくさん。

旧市街は観光客目当てのうっとおしい客引きがたくさんだけど、こちら新市街はそんなのが全くなくて、静かに散策できる。

ここだけ見ると中東とは思えない景色。 この街並はパレスチナの頃からあったのか、それともイスラエル建国してから造られたのかわからないけどもうちょっと勉強してみよう。

店名に惹かれてこのコーヒー屋に入ってみた。

豆が数種類あって、試しに「Milano」というブラックを頼んだ。 おっちゃんが「ものすごく苦いけど大丈夫かい?」と何度も聞いてきたので心配したけど、実際は超うすいアメリカンコーヒーだった。 他のお店でもブラックを注文したところ同じような超うすいアメリカンが出された。 エルサレムのコーヒーはどこも薄いのか、それとも私が運が悪かったのかちょっと気になる。

デザインホテルとあって、お部屋はすっきりおしゃれ。 でもアクセス良しで新しいホテルと言っても、これで一泊2万円はちょっと高すぎるんじゃないかと。 欧州のホテル(ロンドン、パリは除く)でこのくらいだったら一万円前半であるんじゃないかと思う。 さすがはイスラエルだけあってホテル代も高いのか。 普段一人旅ではこんな高いホテルは泊まらないけれど、初イスラエルでなんか心配だったのでtripadviserで評判のよいこちらにしました。

最近できたらしいトラム。 何回も乗ろうと試みたけど、券売機が壊れてたり長蛇の列が出来てたりで乗れなかった。。 また考えすぎかもしれないけど、テロの危険もあるかもしれないからあまり公共の乗り物に乗らなくて正解だったかな。 ちなみにトラム行き先の文字はヘブライ語、英語、アラビア語。 あれだけパレスチナとの問題がありながら表記にアラビア語を作ってるところを見ると、意外とアラブと共存してるんだろうか。

滞在した「Harmony Hotel」 新市街中心にあってアクセス便利。 イスラエルのデザインホテルチェーンらしい。

ヤッフォ通りの入口。 ここから新市街。

サーモンクリームサンドとカフェラテ。 注文してからお兄さんが手際よく作ってくれた。どうでもいいけど今回のイスラエル旅でこのお兄さんが一番愛想がよい。(他の人達はかなり淡白気味) イスラエルがベーグルの本場かは色んな説があってよくわからないけど、かなりおいしかった。ベーグルはもちもちでクリームもガーリックが効いていておいしい。 さすが聖なるベーグル。

キッパ屋さん。

ヘブライ語がわかんなすぎて、なんのお店かわからない。

出発日。また国境を越えてヨルダンに戻ります。 ダマスカス門近くのお店で乗り合いバス(シェルート)に乗ります。

ヤッフォ門近くにあるショッピングモール「Mamilla mall」

アートなお店も。

東京の「表参道ヒルズ」のような感じでしょうか。 大人の為の洗練されたショッピングモールみたいです。入ってるお店も高級そうなお店が多かった。 最近物欲ないので素通り。

中東湾岸にあるショッピングモールとはだいぶ雰囲気も違う。 やっぱり中東なのにアラブではないんだなあと実感。

こちらでアレンビーブリッジ行きバスを待つ。 お店の人に聞いたところ、あと10分で運転手が来るからもうちょっと待ってとの事。

入口がちょっとわかりずらいけど、「ABDO」というこちらの看板が目印。 ここから10メートルくらい先にお店がある。

行きと同じようなバスかと思ってたけど、どうやら客が4人なのでこのタクシーのよう。 値段が高かったら心配なのでお店の人に確認したところ、タクシーでもバスでも料金は同じらしい。

小さな車だったので、後ろ三人でかなりぎゅうぎゅう。 私の隣にはヨルダン人(パレスチナ人)のおばちゃんでものすごく太っていてなおさらきつきつ。 パレスチナ人の中年女性ってみんな同じような太り方をしてるけど、そんなにたくさん食べてるんだろうか。。 やっぱりアジア人女が一人で乗ってる姿がかなり珍しかったようでみんなから「どこから来たんだ」とか「いいカメラだな。どこのだ」と話しかけられた。

アンマン市内のバスがあると思いきや、特に見当たらなかった。 国境まで同じバスに乗ってきた、イギリス人達と相談してタクシーをシェアする事にした。 タフそうなイギリス人が運ちゃんと交渉してくれて4人で20ディナールにしてくれた。

帰りもパレスチナ自治区を通過。

イスラエル出国のノースタンプ用別紙。 帰りは特に破られることはなかった。 イスラエルイミグレからヨルダンまでの車中、とあるチュニジア人家族と一緒だった。 小さな子供3人と乳飲み子を抱えたチュニジア人夫妻。 移住なのかわからないけど何枚も重要そうな書類を持っていた。イスラエル側でもヨルダン側でもイミグレ官に横柄な態度で対応されていた。 チュニジア人のお父さんはそんな横柄なイミグレ官に対して、腰を低くしていろいろ説明してた。 なぜチュニジア人がイスラエルからヨルダンに行くのかよくわからないけれど、きっと生活がかかっているのだろう。 それに比べて、のんきに旅行してる私はなんとめでたい奴なのかととても胸が苦しくなった。 どうかこのチュニジア人家族が幸せで暮らせてますように。

ヨルダン側イミグレ。 到着前にパスポートと荷物代を回収される。その後バスを降りて、みんなで窓口に行ってパスポートを受け取る。ヨルダン側はかなりあっさり。 やっぱりイスラエルと違ってヨルダンの方がかなりフレンドリー。 緊張の糸がほぐれた。。 過去にロシアから鉄道に乗ってフィンランドに入国した時もこんな感じに緊張の糸がほぐれたなと、ふと思い出した。

アラブ人全般に言えることだと思うけど、みんな運転が荒い。 しかしこのヨルダン人の運ちゃんはもっと特別で、見通しの悪い片側一車線を普通に5台抜きして突っ走る。 カーブもものすごいスピード。。。 そういえば今回旅行保険に入ってなかったことを思い出し、変な汗出て来た。

超マイペースな運ちゃん、急に車を止めてこの店に入る。 どうやら喉が渇いていたようで、水を飲み始めた。 ペットボトルにめっちゃ口つけて飲んでるのにみんなに「飲むか?」と聞くも、誰も飲まなかった。ちょっとおっちゃんかわいそうだった。

気を取り直して、ランチ。 ヤッフォ通りにあるHoly Bagel。

たいてい出国は簡単に通過できるらしいけど、私の場合そうでなかった。 審査官のお姉さんが恐い顔しながら私のパスポートをパラパラチェックして一言。 「入国のスタンプはどこ?」 入国時別紙にスタンプしてもらったけど、なぜか建物を出る時その紙を破られていたのだ。私だけでなく周りの人もそうだったか何も問題ないかなとも思ってたけど、やっぱり心配は当たってた。 別紙を破られたとお姉さんに伝えるも、「はあぁっ?何言ってるの?」という感じで信じてくれない。と言うか、イスラエルイミグレ内できちんと仕事連携できてない様子。 彼女の上司を呼んだりかなりひっかかってしまったけど、私の後ろに長蛇の列になってしまって、最後は面倒くさくなったみたいでなんとか通過出国できた。 入国時もそうだけどやっぱりよくわかんないイスラエルイミグレ。

イスラエル出国イミグレ。 最初にこの窓口で出国税を支払う。176シュケル(約3736円)。高すぎ! その隣にはオスロ合意のアラファト議長とラビン首相の写真が。 ホンネかタテマエかどちらなんだろうか。

念願のシュワルマ! 前回と同じくチキンシュワルマを食べた。 焼いたチキンにもちもちした薄い生地で包んで焼いただけのシンプルな食べ物だけど、それがまたおいしい! 中東を色々旅してわかったけど、どうやらシュワルマはドネルケバブのような厚いパンのようなものもあれば、このように薄い生地のタイプがあるらしい。 私は断然こちらの方が好き。 それにしてもこのシュワルマごときにたくさん人に聞きまくってわざわざ食べにくる、私の食い意地ってすごいなと自分でさえ思う。 この努力を勉強の方に生かせてたらもっと別の人生があったかも、、、なんて。

これが楽しみにしてたシュワルマ屋Al Daya'a restaurant。 フードコートにはたくさんお店があるのに、このお店が一番お客さんが集まってた。 この店を探しに色んな人に話を聞いて辿りついた。かなり大きな達成感でいっぱい。 ちょっとドラクエみたいな。

こちらがそのTAJ Mall。 アブドゥーンサークルから車で5分くらいだった。

夜中にもかかわらずドバイ空港は相変わらずカオス。 久しぶりに来たけど、まだ床に寝転がってる人達がいっぱい。 この人の多さ、なんとかならないんだろうか。

ほぼ満席のフライト。 UAE人家族が遅れて乗ってきたと思ったら、「席が希望と違うじゃな~い!」とかで、客室乗務員ともめ始める。 周りの人は早く出発したくて迷惑そうにしてるのに、そんなのおかまいなし。 しかも子供が暴れてるのに、自分たちのおしゃべりで放置。 見てて本当にイライラ。。。 私の知ってる限り、湾岸の人達はかなりKYが多い。 ドバイでのトランジット時間があまりなかったのでかなりヒヤヒヤした。

ロイヤルヨルダン航空にてドバイまで。

久しぶりのおいしいシュワルマを食べた後、夜フライトまでかなり時間があったのでモール内で時間をつぶすことにした。 中東湾岸によくある高級スーパー「Spinneys」があった。

アンマン・クイーンアリア空港に到着。

スタバもとても居心地がよくて、のんびり休憩。 以前住んでたオマーンをはじめ湾岸地域では出稼ぎ労働者がよくスタバで働いてたけど、ヨルダンでは自国民が真面目に仕事をしているのは、かなり不思議な光景に見えた。 短時間しかアンマンにいれなかったけど、変なからかいとかも全くない。 (イスラエルではユダヤ人からもパレスチナ人からもチャイナ~とかからかわれた) 同じ中東でも違いがあっておもしろい。

TAJ Mallからアンマン空港まではタクシー。 モールを出たところにタクシーが何台も止まってるけど、運賃を交渉するもみんな言う事が違う。。 がんばって10ヨルダンディナールで契約成立。 パレスチナ人の運転手。 どこ行ってたのか?と聞かれたけど、イスラエルに行って来たとは言えなかった。

野菜や果物などとても新鮮。 ちなみにこのスーパーでは大きな荷物は預ける必要があって、スーツケースを預けた。 フライトまでかなり時間があったので、ブラブラするにはちょうどいいと思い、5時間くらい預けちゃった。 受付のお兄さんにも一応確認して、「いーよ、いーよ」と言ってくれた。 この国の人は他人の物を盗んだりしないと私は思うので、荷物が邪魔な人はこのスーパーの入口で預けちゃいましょう。

約一年半前にアンマンを訪れた時、おいしくて感動したシュワルマ屋「Al Daya'a restaurant」に来たかったのだ。 ところがアンマンのアブドゥーンサークルにあったのに来てみたら、、、なんと店がない!!! あったはずの場所がすっぽり取り壊されていて何もない。。 超楽しみにしてたシュワルマだけにとても悲しくなって、タクシーの運ちゃんにそこらの通行人5人くらいに聞いてもらった。 運よくそのうちの一人が 「ああ、そのシュワルマ屋だったら最近出来たTAJモールに店出したよ」 と、情報をくれて早速運ちゃんに連れてってもらう。

オマーン、イスラエル、ヨルダンと旅を終えてようやく日本に帰国。 久しぶりの中東、やっぱり楽しかった。

本当にできたばかりのようで、ピカピカのモール。 荷物チェックもあった。やっぱりヨルダンもセキュリティ厳しい。 近くのお兄さんに聞いてみたら、どうやら食べ物屋はフードコートにあるらしい。

アンマン市内に到着。 同乗のイギリス人達はダウンタウンで友達に会うとかでここでお別れ。 残る私は引き続きタクシーに乗って、とある食べ物屋に向かう。

おーー! 見覚えのある看板が!

フードコートにあるようでやって来た。かなり広い。 お目当ての「Al Daya'a」を探す。

ドーハで8時間のトランジット。 空港にいても仕方ないので、VISA代を払って入国。 しかし早朝、しかも金曜日。 観光出来そうなところが限られ……。 元気よく上る朝日に後押しされ なんとなく、いい旅になりそうな予感がした。

夕暮れとともにアンマン市内に到着。 初日の宿に選んだのは『マンスール』 そう、日本人が集うという、あの有名な宿。 アンマンは中東旅人の中継地点。 ここにくれば、きっとイスラエル関連の 最新情報が手に入るはず。。。 思っていた通り 勃発中、エルサレムにいたという バックパッカー女子から、話を聞くことが出来て 翌日、キングフセイン・ブリッジを渡ることにした。

アンマン市内から国境までの行き方は おおまかに3つ ① 仲間を集ってタクシー・シェア ② アブダリからJETTバス ③ ムジャンマ・シャマーリからミニバス 今回はジモティたちと交じって ミニバス@3JDで向かう。 7:30過ぎに出発したミニバスは 8:30頃到着 ヨルダンのイミグレは簡潔で 別紙に名前など簡単なことを書いて そこにスタンプが押される。 私は11/30に入国し、12/1の出国だったので 出国税10JDは徴収されなかった。

ヨルダン出国の手続きが済むと JETTバスでキングフセイン・ブリッジを渡る。 こんなわずかな距離に6.5JD 殿様商売    

ヨルダンのイミグレは閑散としていたけれど イスラエル側に入った途端、スゴい人と荷物の山。 ポーターのおじさんがキビキビと 列に並んだ人々からパスポートをもぎ取り 預け荷物の個数などが記入されたシールを 貼って戻してくれる。 機内持ち込みサイズのソフトキャリーは そのまま、手荷物として建物の中に持ち込めた。

建物の中に入る前に質問所。 ここで幾つかの質問を受けるらしいけど 今回は無言のまま、シールを貼られた。 でも、列の前にいた東南アジア系女性は 鬼の形相をした係官に、矢継ぎ早にいろいろと つっこまれていた様子だった。 このシール、 粘着が強いと聞いていたので 100均のパスポートカバーをかぶせておいた。

建物の中に入ったら、手荷物・身体の セキュリティ・チェック。 で、それが済んだらいよいよ ウワサのイミグレ。 なんだろう……。 この係官、ぜんぜんつっこんでこない。 何しに行くの? 何日いるの? 宿は決まってる? エルサレムはどこに行くの? ベツレヘムなどパレスチナサイドには 行かないわよね? と、最後の一言がなかったら まったくもって普通のイミグレ。 いや、普通のイミグレではないかな。 最後、係官のお姉さんが笑みを浮かべ 手を振ってくれたから。 奥が深すぎるよイスラエル。 過去、訪れたイスラム圏にもよると思うけど、 入国がスムーズに行くか行かないかは これはもう、どんな係員に当たったか次第……。 入管ロシアン・ルーレット。 イミグレを抜けると、 預けた荷物をピックアップする場所に出る。 何もなかった人はそのまま GATE PASSを係員に渡して、ターンテーブルで 自分の荷物をビックアップ ひっかかった人は、パスポートを取り上げられ、 別の係員に呼ばれるまで待機。 荷物を開けて、色々と質問を受けることに。 セキュリティでひっかかった荷物を待つ人々で ここが一番、ワサワサしていた。

国境から市内に向かうセルビス@42NISに乗る。 ダマスカスゲートに着いたのは ヨルダン時間の11:30 イスラエル時間では10:30 今年、ヨルダンがサマータイムを続行したため 二カ国間に一時間の時差が生じた。

ダマスカスゲートにほど近い宿に荷物を下ろしたら 早速旧市街へ。 イエスの歩いた道ヴィア・ドロローサを 横目でちら見し ずんずん進み

今日も ユダヤ教徒が祈る

セキュリティ・チェックを超えて

まず目指したのは 『嘆きの壁』

想像していたよりも、こじんまり

聖墳墓教会にも行ってみた。

キリスト教徒も祈る

すべての人の祈りのなかに 少しでも『平和』の二文字が含まれたなら

有刺鉄線を引きちぎり こんな壁を取っ払い

街にはアザーンが響き渡る

ここにも多くの信者が……。 無宗教に近い自分には遠い場所。

平和ボケしたちっぽけな旅人の自分は バンクシーのように雄弁には語れないけど 分離壁を目の当たりにしたときに覚えた 左右の靴を履き違えたような違和感を これからもずっと忘れない。 身近な人に伝えていこう。 ベツレヘムで出会ったパレスチナ人たちは 旅人に優しかった。

この子が、大人になって 誰かの親となったとき パレスチナ・ウォールが 不の遺産になっているといいな。 一筋縄ではいかない問題だけど……。

ムスリム地区から ユダヤ人地区へ歩いてみる。 すると不思議なことに 一歩、足を踏み入れた途端 空気が変わった。

イヤじゃない、この雰囲気。 ムスリム地区とはまったく違う。

しばし、Hurva広場に腰を下ろし 行き交うユダヤ人たちを眺めていた。

土曜の昼下がり どこにでもいる 幸せそうなファミリー

アウシュビッツで見たナチスから受けた苦難。 ここで見たパレチスナ人に与えている苦行。 頭のなか、ぐるぐる。 宗教とは何か 人種とは何か 争いとは何か 答えが見つからぬまま この国を出た。。。

ただひとつわかることそれは、 見上げた青空はノー・ボーダー

バレスチナ人たちが

オリーブ山から見渡す3つの聖地に 夕日は別け隔てなく光を注いでいました。

夜もう一度 『嘆きの壁』に行ってみる。

そこには昼間よりもたくさんのユダヤ人の姿が……。 ひとまず、パーソナルスペースは少ない。

旧市街を歩くいていると ふと目にした ざくろの鮮やかさに心が奪われた。

ゲートなどくぐらずに 自由に行き来できる未来が待っているはず

人影少ない夕暮れ迫る旧市街の裏路地で 道に迷う。 開いていた雑貨屋に飛び込んで道を聞いた。 ムスリムのお兄さん、 言葉や身振りで説明してくれた上 さらに地図まで描いて、持たせてくれた。 溢れ出るホスピタリティ。

11時間のトランジットの間に、 アムステルダム市内を散策した後、 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10585181/ イスラエルのテルアビブへむかいます。 イスラエル行きの航空機は、 搭乗前のセキュリティチェックが 厳しいことで有名です。 「旅行目的」「宿泊場所」はもちろん、 「なぜそのホテルなのか」 「こっちの方が安いのになぜそのホテルなのか」 答えようもないことを執拗に訊かれ、 荷物も調べられ、ズボンまで脱がされ 調べられる始末。 テロ対策とはいえ、なかなか大変です。

テルアビブ到着後の入国手続きは 簡単でしたが、 パスポートにイスラエルの入国スタンプを ペタリと押されました。 これがあると、イスラエルと敵対している アラブ諸国への出入国が不可能となります。 この後、チュニジアへ行くのに、 大丈夫でしょうか!?

テルアビブで1泊した翌朝、 列車でエルサレムへむかいます。 テルアビブ~エルサレム間の列車は 当時1往復のみ走っていました。

鉄道チケットです。

1時間45分でエルサレムに到着です。 エルサレム旧市街は、ユダヤ教・イスラム教 ・キリスト教の聖地となっており、 世界遺産にも登録されています。

まずは、旧市街にある フルバシナゴーグにやってきました。

シナゴーグとは、ユダヤ教の 会堂の事をいいます。

岩のドームと嘆きの壁にやってきました。

次に、嘆きの壁に近づいてみます。

金色に光る岩のドームは、 神殿の丘と呼ばれるエルサレム神殿の跡に建ち、 その下に嘆きの壁が続いています。

多くの人々が壁に触れて 祈りを捧げるため、 背の高さの位置まで 壁の色が黒ずんでいます。

ユダヤ教の聖地となっており、 多くの人々が祈りを捧げています。

岩のドームの下に続く エルサレム神殿の外壁が 嘆きの壁です。

岩のドームは、 イスラム教第3の聖地となっています。

イスラム建築の名作です。

エルサレム旧市街の風景です。 さてこの次は、死海へむかいます。 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10586168

まずはガリラヤ湖だ。イエス・キリストの奇跡がこの湖周辺で行われた。

そしてこのガリラヤ湖を見渡せる丘、イエスが山上の垂訓を説いた場所である。今は山上の垂訓教会が建てられている。

その教会に向かう参道?にのんびりとうたたねをしているにゃんこ発見。ひとがひっきりなしに通るのに我関せずと動かない。パッと見たときまずデケーッ!と言う印象。 しっぽが特に太い。そこでごしごしっとおなかをなでてみた。

おもむろに顔を上げ`なにか~~?`といいたげ。 教会の神父さんやスタッフにかわいがられているようだ。 暑くても石の上は気持ちいいとの事。

話してる最中にも眠くなってきたようなのでBye Byeをする。

エリコ到着。ザアカイの木である。正確にはイチジク桑の木だ。 背が低かったザーカイがイエスを一目見ようとして登った木が残っている。2千年前だよ!。

木の上ではなく柵に寝転んでいたのが黒にゃん。 なんとなく薄目を開けてこちらをうかがっている。

握手しようとしたらまずは指をクンクン。 友達になってもいいヨのサインだ。

起きることなく寝たままでお話。 時々観光バスがやってきてはすぐ去って行くので静かな時間を過ごせるらしい。

そばにいたヤギもうなずく。

ネゲブ砂漠にあるベトィン村に来た。アラブ系の遊牧民である。

砂漠の移送に必要なラクダも飼われている。 ラクダライドの体験ツアーもあるのだ。

ランチはベトィン食だ。大きなさらに盛られた食事をみんなで分け合って食べる。

とことこと出て来たのは成人前のにゃんこ。 話し声とニオイに誘われたようだ。

そこで少しお裾分け。 ベトィンファミリーの一員だから好き嫌いなし。

ここは観光用の場所なので他のベトィンのように砂漠を移動しないで定着しているらしい。 もらわれてきたときからこの地で住んでいる、広いテントは風が抜けて涼しく暑さを感じないで昼寝出来るそうだ。

イスラエルからヨルダンへ国境越えをする。 世界遺産のペトラ遺跡を観光するためである。

イミグレーションの横でのんびりしていた白にゃん。 外付けのエアコンのうしろにいた。

日陰で風通しもよくついうとうとしちゃうのだ。 猫はこういうところを探すのがウマい。

耳のうしろも気持ちいいニャーなのだ。

ペトラ遺跡の入り口へ向かう。ペトラとはギリシャ語で`岩`を意味する。古代都市の建築群だ。

入り口で元気な2にゃんと出会う。 ヨルダンの代表的な観光地なので毎日 大勢の観光客と出会う。

弟分は疲れ知らず。 そこいらを走り回っている。 `暑くないの ~``エッ、何か言った~~?`

猫はもともと砂漠地方で生きていたので暑さに対しては 強いのだ。

奥に向かって歩いて行く。 両サイドは険しくそそり立っている岩盤だ。 馬車が勢いよく追い越して行く。

と、突然トコトコと出て来たトラにゃん。 さきほど入り口であったにゃんの兄弟だろうか。

周りにはお店もないし どうやってご飯を食べているのだろうか。 それにしても慣れているねえ。

この毅然とした態度。 まだ大人にはなってないけど風格さえ漂っているような。 ヨルダン猫おそるべし!。

ペトラ遺跡で最も有名なアル・ハズネ神殿。 岩を彫り貫いてつくられている。巨大である。

遺跡前でくつろいでいたにゃんがいる。 目があうと走って来てくれた。

そしてひざにジャンプ。 初めて会うのにこっちを信用してくれたんだね。 落ちない様に抱っこする。

なんと聡明そうな顔立ち。盛んにおしゃべりをしてくれる。 ペトラ遺跡の観光大使だよ。

遺跡前のお土産屋さんがすみかのようだ。

再び遺跡入り口でおみやげをあさる。 色の異なった砂を瓶に入れながら画をつくりこむおみやげが有名だ。

このお店の看板にゃん。 鼻にかさぶたができている。けんかでもしたのな。

エルサレムにやってくる。 黄金のドームが輝いている。

城壁に囲まれた旧市街は住宅地であると同時に観光地でもある。細くて狭い道を歩く。

お店の棚台に置かれたネコ画とモデル。 モデル自ら作品のアピールをしている。 みんな足を止めて見入るのだ。

愛想もいい。

台から降りて追いかけてきてくれた。 抱っこして仕事に戻ってもらう。かわいいですな。

また曲がりくねったおみやげ商店街を歩いてると、、、

なにやら急ぎ足のにゃんと遭遇。 `そんなに急いでどこいくの~~`

すると突然に急カーブしてカメラ前に突進。 `な~~に~~` フォーカス合わず。昼ご飯に向かうようで失礼しました。

住宅地に出て来た。

門のうしろにいたさびにゃん。 ちょうど日陰になっている。日中は30度を超す暑さだから じっとしていたい。

人通りもない場所だからゆっくり昼寝しててね。

再び屋根のあるおみやげ商店街に。 その横の路地に、、、

ゴミ箱そばにいた三毛にゃん。 目が合うと緊張感が。 これ以上近づくと逃げて行きそう。腰が引けてるし。 じゃましてごめん。さっさと退散します。

ベツレヘム、イエス・キリストが生まれた聖地。

レストラン入り口で朝からお客さんを待ってる看板にゃん。

じつにどうどうとしてますねえ。

イスラエルで出会ったにゃんたちはどのこも つきあいが良くて人なつこかった。 イスラエルの人たちの国民性が 一緒に暮らすにゃんたちにも影響してるのかもね。 (屋根の上にも一匹いるよ)

イスラエルの文化・風俗・注意点

 イスラエル国内では、ユダヤ教の戒律が市民生活を大きく支配しており、祝祭日、安息日(毎週金曜の日没から土曜の日没まで)には、一部例外を除き、路線バス、鉄道等の公共交通機関(タクシーを除く)は運航せず、大半の商店も閉店します。ユダヤ教の戒律を厳しく守っているユダヤ人居住区(エルサレム市メア・シェアリム地区等)において、祝祭日、安息日に自動車の乗り入れ、写真撮影、または騒いだりする行為はトラブルの原因となり、場合によっては投石等を受けることもあります。

 また、イスラム教徒にとっては、毎週金曜日が安息日となり、祝祭日についてもイスラエルとは異なるため、イスラム教徒居住地区に入る場合は注意が必要です。ユダヤ教のシナゴーグ、イスラム教のモスク、キリスト教会等の宗教施設では、ノースリーブやショートパンツ、膝上までのスカートなど肌の露出の多い服装では入場できない場合があるので注意してください。

 感染症

 蚊を媒体とする西ナイル熱の発生が報告されています。

 その他

     水道水は石灰分が多く含まれているので、飲料水にはミネラルウォーターを利用した方が無難です。

     医療水準は高く、基本的には安心して診療が受けられます。また、治療費が高額なため、海外旅行傷害保険へ加入しておくことをおすすめします。

     渡航に際して、特に必要な予防接種はありません。

     夏季(5月から9月)は、日差しが特に強いので、サングラスや帽子を用意するなどの対策が必要です。また、この期間はほとんど雨が降らず、特に内陸部では空気が乾燥するので、熱中症予防のため、水分を十分に補給するよう留意する必要があります。