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ゴロカってどんなところ?

ゴロカの地図

ゴロカの写真・旅行記

2010・9・29~10・6 パプアニューギニアの旅8日間 10・3~5までゴロカ周辺を旅しました。 宿泊は、日本人の三宅さんが経営している 「ジャカランダハウス」に宿泊 アサロのマッドマンの踊りを見物 *ゴロカ市街を歩くときは、スリや強盗に注意を

宿泊した「ジャカランダハウス」 *日本人の三宅さんが経営していますので食事  は日本人に合っています。 *三宅さんは長い間、パプアニューギニアに住んでいますので  いろいろな情報が得られます。

「ジャカランダハウス」への道路 *秋にはジャカランダの花が咲いています。 *周辺の散策、のんびりと楽しめます。

「ジャカランダハウス」の隣の家にいた豚 *3~4頭いました。

「ジャカランダハウス」周辺を散策 していましたら、咲いていました *夜になりますと「ほたる」がたくさん出ます。  (この周辺では「ほたる」は珍しくないようです)

ゴロカの「ランランシアター」 *広い敷地の中にあります

ランランシアターの建物内部 *内部は汚かったです

ランランシアターの建物内部

ランランシアター内のトイレ

ゴロカ、マッカシー博物館 *ニューギニア人の生活風景や古い写真  伝統工芸品が展示されている。 *日本軍が使った銃などがあります

ゴロカコーヒーの工場内 *コーヒーはパプアニューギニアの特産品  一番のお土産 *同じコーヒーが国内のスーパーや空港で販売  されていますが、ここで買うのが一番安いです。

ゴロカコーヒーの工場内 *この場所で販売しています

昼食に利用した 「バードオブパラダイスホテル」の ロビー *ゴロカで一番のホテル *昼食時はバイキングのディナーが楽しめます、  ケーキの販売もしています。 *TBS系列のテレビの撮影が行われていました   (10月27日放送されました)

ゴロカ郊外の山並み

ゴロカ郊外の山並み

ゴロカ郊外の高台から

ゴロカ郊外アサロの マッドマンの踊り *泥で造ったお面を被っている

マッドマン

マッドマン

マッドマン

マッドマンの姿で記念撮影 *お面を被る *重いです

マッドマンの姿で記念撮影 *お面を被る *重いです

火を起こす

火を起こす

火を起こす

アサロの集落

アサロの集落

アサロの集落にいた子供達

アサロの集落

「ジャカランダハウス」の入口 *入口に警備のおじさんがいます(安心です)。

「バードオブパラダイスホテル」のプール

 朝です。  昨晩はまた、一人部屋になったので、ゆっくり休むことができました。  関東から参加されている町田さんは、造園関係の会社にお勤めですが、何と何と、それはすごい博学で、特に植物に関しては、相当の専門的な知識を持っておられました。  日本に無いような熱帯の花でさえ、名前はすべて知っていて、誰が何を聞いても、詳しく丁寧に説明してくれました。  どんな学者でもかなわないと思われるほど、次から次から面白い話をしてもらえます。  ホテルの庭には 写真のような大きな樹が生えていて、そこにはたくさんの植物が着床していました。  他にもたくさんの観葉植物が植えられていて、まるで熱帯植物園のようでした。  朝食後、早速(さっそく)皆で、町田さんの説明を聞くことになりました。  時刻は7時20分頃です。

 参加者の人は皆、植物に強い関心を持たれていたので、驚きました。  私も、まだ、それほど詳しくはないけれども、関心はあったので、参加しました。  写真のように、たくさんの植物が着生して、共生しています。

 林冠(樹の上部)です。  本当に、たくさんの種類の植物が着生しています。  もう、皆、以前からの知り合いのように、本当に親しくなっています。  でも、明日は帰国しなければなりません。  とても、残念です。  さあ、今日は、ここゴロカでの最後の一日となります。  思い残すことがないように、この国の風景をしっかりと見納めておこうと思いました。  さあ、いつものようにバスに乗り込みました。  バスは、ゴロカの街並みの中を進んで行きました。

 バスの中では、日本人の現地スタッフの方が、日本語で案内してくれています。  こちらの人と結婚をして、いろいろ苦労しているということも話してくれました。  今日はハイキング登山が予定されているようです。  ここは、マダンのようなリゾート地と違って、この国の、山地で暮らす人たちのありのままの日常生活を見ることができました。  どうやら、目的の村に着いたようです。

 いい天気です。  空気は澄(す)み渡っているようです。

 畑です。  土はよく肥(こ)えているようです。

 きれいな畑の風景です。

 空も近くに感じます。  ゴロカの標高は1600mです。  ここはそれよりも高いところです。  標高はどのくらいなのでしょうか。

 変わった雲です。

 家です。

 なぬ?  何でこんな人たちがいるのでしょう?  おそらく、観光客向けのパフォーマンスなのでしょう。

 ここでも観光客向けに土産物を売っていました。

 とりあえずいっしょに写真を撮りました。

 さあ、いよいよハイキング登山に出発です。

 畑の風景が続きます。  本当にきれいな畑です。

 気持ちのいい風景です。  ここでは、のんびりした気持ちになりそうです。  でも、この辺りの土地もすべて所有者がいるということなので、何か、お邪魔(じゃま)させてもらっているという気持ちにもなります。  昔は、こんなところで、部族同士が土地をめぐって争ったりしていたのでしょうか?

 あの山の頂上まで歩くようです。  後で調べると、グルポカ山というようです。

 一列で進んで行きます。  時刻は9時前です。

 このポーズは決まっています。  カッコいい!

 後ろはグルポカ山です。

 何とこの人たちもいっしょに上って行きます。  写真を撮ろうとすると、ポーズをとってくれました。

 それとも、割り切ってしまって、ただのシューティングゲームのように、坦々(たんたん)とした気持ちで狙っていたのでしょうか?  そして、実際にはここからの砲撃で、何機の飛行機が撃墜されて、何人の兵士が戦死したのでしょうか?  この岩陰から狙っていたようです。

 ここは、第二次大戦中は、オーストラリア軍のマシンガンが据(す)え付けられていたそうです。  ここから、ここに飛来する旧日本軍の戦闘機を狙っていたそうです。  狙う方は、自分たちの国や命を守ろうとして、必死だったのでしょうか?  それとも、当たれば相手が墜落死してしまうので、嫌な気分だったのでしょうか?  それとも自分たちの仲間をたくさん殺した憎き敵として、狙っていたのでしょうか?

 深い山です。

 ここでもポーズをとってくれました。

 大きな蜂(はち)の巣がありました。

 神聖な場所へやってきました。  ここは、昔からの風習で、人が亡くなると、ここまで運んできて、ここでその肉を食していたそうです。  (村で食した後、ここへその亡骸(なきがら)を運んできたのかも知れませんが、どちらかはよく聞き取れませんでした。)  日本では、いわゆる火葬場のようなところです。  神聖なところなので、相応の弔(とむらい)いの気持ちで訪ねなければなりません。

 ここから、岩の上に登れるようになっています。

 ここは、生贄(いけにえ)の豚(ぶた)などを入れる穴です。

 この岩の上に登れます。

 こうして登れます。

 ???

 本当にいい景色でした。

 岩の上から見た景色です。

 私も登りました。

 ここが、祖先の遺骨を安置する洞窟(どうくつ)の入り口です。  このような格好をして登ってきたのは、どうやらここで、祖先の霊を沈めるためだったようです。  この葉で、呪(まじな)いをしてから、この洞窟の中に入っていきます。  もう、既に、何人かの人は中に、入っています。  さあ、私も入ることにしましょう。  厳(おごそ)かな気持ちになって、葉っぱでお払い(?)をしてもらいました。

 4~5mぐらいはあるでしょうか?  私も登ってみましょう。

 狭い入り口ですが、身を屈(かが)めると、何とか入ることができました。  中は広い空間がありました。  人骨のようなものは見られませんでした。  もっと、奥の方にあったのかも知れませんが、わかりません。  今でも、ここは墓として使われているのでしょうか?  それもわかりません。  洞窟には写真のような梯子(はしご)が掛かっていて、ここからも外に出られるようです。

 上から、洞窟の中を覗(のぞ)いたところです。  この中で、死者の肉を食べていたのでしょうか?  親族の肉を食べることによって、その魂(たましい)を取り込んで、これからも、その魂といっしょに生きるというような意味合いがあったようです。  とても厳(おごそ)かな気持ちになります。

 洞窟の中です。

 山頂に向かって登って行きます。

 子供もいっしょに来ていました。

 山頂には、このような十字架も建っていました。  この国は、今はキリスト教徒が大半を占(し)めます。

 頂上に着きました。  360度、ずっと向こうまで見渡せます。  これがニューギニアの国土です。  ここへ来て、大満足です。  時刻は9時40分です。

 さあ、下山です。  帰りは楽です。

 村に向かって、どんどん降りていきます。

 畑のところまで降りてきました。

 村はもうすぐです。  時刻は10時過ぎです。  村の広場では、また、踊りが始まるようです。  昨日、マッドマンダンスを見たので、ああ、また踊りか・・・というような気持ちもあります。  よほどインパクトの強い躍りでないと、満足できないような気もします。  さてさて、どんな踊りなのでしょうか?

  不思議そうな顔で何かを見ています。

 辺りの様子をうかがっています。  まるで、知らない星にでもやってきたような仕草です。

 お尻を火であぶりました。  これにも何か伝統的な意味があるのでしょうか?  それとも、ただ単に、笑いを誘うためだけのコミカルな仕草なのでしょうか?

 あれ?  腰の前に妙なものをつけています。

 あれあれ、私たちの目の前にやってきて、木の葉を回しています。

 また、火のところに戻りました。

 小屋の方へ向かって、呼びかけるような仕草をすると、小屋の陰から二人の精霊が現れました。  そして、同じように腰を回しながら、腰の先の木の葉を回し始めました。  もう一度、呼ぶような仕草をすると、もう二人の精霊が出てきました。  5人の精霊は、器用に腰を回しながら、木の葉を回し続けています。

 最初の精霊が呼びに行くと、さらに二人の精霊が出てきました。

 最初の精霊は、時々、  「モコ!」  「モコ!」 といいながら号令をかけています。  こうして、次々と二人ずつ、たくさんの精霊が出てきました。  精霊たちは、きれいに並んで、腰を振りながら踊っています。

 前進するときは、全員で  「モコモコモコモコ・・・・」 と言いながら、前進します。

 最初の精霊が両手に持った長い杖(つえ)のようなものを掲(かか)げて  「モコ!」 と号令すると、皆、一斉(いっせい)にその方向を向きます。

 背中も丁寧にペイントしています。

 このリーダーが号令をかけます。

 「モコ!」

と、号令すれば、皆、一斉にその方向を向きます。

 「モコ!」

 移動するときは、一斉に 「モコモコモコモコ・・・」 と言いながら移動します。  周りでは、たくさんの村人が見ています。

 私たちの前にやってきました。

 木の葉を回し続けています。

 「モコモコモコモコ・・・」

 「モコモコモコモコ・・・」

 記念撮影です。  カシャ!

 松本さんに、それぞれのカメラを渡して撮ってもらいます。  カシャ!  カシャ!  カシャ!  カシャ!  カシャ!  ・・・・  ・・・・

 皆さん、ご苦労様でした。  ありがとうございました。  この風習は、山の悪霊を追い払うために行うのか、精霊(または祖先の霊)と対話するために行うのかよくわかりませんでしたが、とにかくそのような儀式的な目的で、行っていたものだそうです。  だから、山の洞窟に入ったときも、このような姿をした人が同行していたようです。

 さあ、帰る準備をしましょう。  周りでは、このように、たくさんの村人が私たちを取り囲んでいました。  友好的に対応しておかないと、トラブルになってしまいます。  彼らにとっては、精霊の踊りよりも、私たちの方が珍しいようです。

 このように、向こう側でも、たくさんの村人が見ていました。  私たちが、帰るときも、帰り道にたくさんの品物を並べて、店開きしていました。  一生懸命つくったような、手芸品もたくさんあったので、丁寧に見てあげると、喜んでいました。

 帰るときも、このように、大勢で見送ってくれました。

 この山里の人たちにとっては、私たちはお客さんであり、友人であり、警戒すべき未知の人間であったり、とにかく、いろいろな興味の対象になるようです。  いつまでもいい関係が保たれて、このような素晴らしいパフォーマンスも、いつまでも続いていくといいと思いました。  このような、私たちにとっては珍しいニューギニアの文化に触れることができて、とても満足できました。

 とても、楽しめましたよ。  皆さん、さようなら!

 子供たちも、さようなら!  時刻はちょうど11時です。

 皆でマーケットの中を歩くことになりました。  何と、そこはマダンのマーケットと比べると、はるかにクセのありそうな人たちがたくさんいるように感じました。  でも、参加者は皆、旅慣れた人たちばかりなので、こんなところはもう、何度も経験しているだろうとも思いました。  それなりに楽しもうという様子が感じられました。  それでも、ここでは私たちは、外国人なので、目立ってしまいます。  個別に周れば、危険極まりないというふうにも感じられました。

 そこで、私たちは一列に隊列を組んで、その前後に現地人のスタッフが固めるという、完全防備の体制で進んで行くことになりました。  ここでは、決して財布を見せてはいけないということでした。  地元の人で、財布を持っている人は誰もいないそうです。  そして、もし財布を見せたら、ここに金があるということを教えているようなもので、皆、目の色を変えて、それを狙うということでした。

 カラフルな野菜が並んでいます。

 オレンジです。

 人参(にんじん)です。

 色とりどりの野菜が並んでいます。

 1日にどのくらい売れるのでしょうか?  売り上げが少ないときは、店主どうしが、馴染み(なじみ)になって、お互いの品を買ったりして、ある程度の売れ行きは保障されているのかも知れません。

 こちらは根菜(こんさい)です。

 鍋物(なべもの)に入れたいような野菜もたくさん並んでいます。  これが日本なら、ここの値段なら、すぐに売り切れてしまうかも知れません。

 畑で作ったものをここに運んできて、こうしてここで広げて売るという生活のようです。

 バナナやキャベツもたくさんあります。

 かなり、広いマーケットです。

 大きなマーケットです。

 これでどんな料理を作るのでしょうか?

 パイナップルも売っています。

 林檎(りんご)も売っています。

 ウリ?  ウリ売り?  ウリウリウリ、この~~・・・???

 マーケットを出ました。  時刻は11時40分です。

 食事の後、コーヒー工場にやってきました。  ここで造られるゴロカコーヒーは、ひとつのブランドになっていて、とても美味しいとのことです。

 箱詰(づ)めをしています。

 ここでは、真面目な人も多いのですが、ばりばりと働くということには、慣れていないようです。  かなり苦痛という様子も感じられました。  やはり、活き活きと働くためには、相応の動機付けが必要なようです。

 いろいろな機械が備え付けられています。

 出荷用の品数も少ないようです。  でも、香りはよく、品質は相応なグレードが保たれているように、思えました。  価格も納得のいくものなのか、ツアーの参加者の人たちも、お土産に買い込んでいました。

 でも、このように工場の中は閑散(かんさん)としていました。  この広さだと、かつては、大勢が働いていて、活気のある工場だったように思われます。  ここは今は韓国人の経営者が買い取っていました。  今は、このくらいの規模で、のんびりとやっていけばいいということでしょうか。  経営者の家族が外でくつろいでいたので、挨拶(あいさつ)しました。  若い、普通の庶民風の人たちでした。

 帰り際に、たくさんの在庫を抱えている工場の前を通りました。  価格競争か何かで、こちらに負けてしまったのかも知れません。  街の中では、このような乗り合いバス(トラックの荷台に乗り込む)がたくさん走っています。  この後、マッカーシー博物館というところに行きました。  マッカーシーというイギリス人が所有していた写真や伝統的な装飾品を寄贈したものを展示している博物館です。

 残念ながら撮影禁止だったので、写真はありません。  写真は街の中の広場です。  この後、町が一望できるマウントキス展望台に登ろうとしましたが、何と、バスの行く手に、酔っ払いたちがたむろしていました。  この国の人たちは、遺伝的にお酒に弱くて、酔っ払うと、手がつけられないほど凶暴になるということです。  そして、何と何と、バスは、進むのを断念して引き返してしまいました。  展望台には、明日行くことになりました。

 次にゴロカ大学にやって来ました。  時刻は3時です。  この国でも、有名な名門大学の1つだそうです。  日本からも、設備を寄贈したり、研究者が滞在したりしているそうです。  構内をひと通りバスで回って、帰りました。

 小屋の後ろから、妙(みょう)な格好をした人(精霊?)が出てきました。

 おお、火を飛び越えました!

 煙の中に隠れてしまいました。

 どうやら木の葉のようです。  腰をぐるぐると回しながら、この木の葉を回しています。

 「モコモコモコモコ・・・」

 私たちの後ろにも、たくさんの村人がいます。  不自然に近づいてくる者もいるので、貴重品には気をつけておかなければなりません。

 リーダーです。

 「モコモコモコモコ・・・」

 「モコモコモコモコ・・・」

 ようやく、パフォーマンスが終わりました。  記念撮影です。

 それぞれ、入れ替わりながら写真を撮ります。  私は、松本さんにビデオカメラを回してもらいました。  長い杖のようなものを借りて、この写真の左側に立ちました。

 「モコモコモコモコ・・・・」 と、言いながら登場しました。

 「モコモコモコモコ・・・・」

 「モコモコモコモコ・・・・」

 「モコモコモコモコ・・・・」

 20分ほどで、町に戻って来ました。  町のマーケットです。

 ホテル帰ってきました。  今日は何と、何と、ニューギニア最後の夜になります。  せっかく皆、親しくなって、楽しく周ってきたのに、いよいよ明日でお別れです。  本当に名残惜しい気持ちです。  夕食の時間になりました。  ツアー最後の夜は、皆、それぞれに着飾って、パーティーのような夕食をするというのを、以前どこかで聞いたような気がします。

 果たして、今日がそのときです。  あ、やはり皆、現地で買い込んだ衣装で、超ド派手な服装をしています。  流石(さすが)に、旅慣れした人たちばかりだという気がしました。  こんなことなら私も何か、着飾るものを買っておけばよかったと思いました。  最後の食事も話が盛り上がって、とても楽しい時間を過ごしました。

 参加者も、東北2人、関東3人、北陸1人、関西2人、中国4人、九州2人と、とてもいいバランスで、ほとんど全国に渡っていたので、そういった面でも、とても楽しい旅になりました。  添乗員の松本さんも、いろいろな場面で、とてもよいお世話をしていただきました。  本当に名残惜しく、明日、この人たちともお別れだと思うと、とても残念な気がしました。  部屋に戻ると、ほろ酔い気分のまま、荷物をそろえてシャワーを浴びました。  ここで見たいろいろな光景が、頭の中で回っていました。

 ゴロカで最初の朝です。  バスで出発しました。  時間は8時です。  マーケットを通りました。  たくさんの人がいます。

 マーケットです。  この後、バスはどんどん山道を登っていきました。  日本人の女性現地スタッフが、日本語でガイドしてくれます。  こちらの男性と結婚しているそうです。  でも、ここは地縁や血縁関係が複雑で、大変だということでした。  バスは、どんどん山道を登っていきます。

 イノシシもいました。

 こちらは子供です。

 このような小屋がありました。  ケニヤで見た、伝統的な家に似ています。

 ぐるぐるぐるぐると山道を登って行きます。  現地人のガイドが数人乗り込んでいます。  日本語は苦手なようです。  彼らは、私たちに対して、どのような感情を持っているのでしょうか。  それほど誠実な様子でもないようですが、質問をすれば、表面的には愛想よく答えてくれます。  英語なので、添乗員の松本さんが、その都度、通訳してくれます。  私はバスの中で、他の参加者の人と、買い物についての話とか、戦争中のこととかを話していました。  買い物については、ここで千円の買い物で迷うことは、日本に来た観光客が10万円の買い物で迷っているようなものだから、相手としては必死に違いない・・・ と、いったような話をしていました。  また、この国は皆、日本より幸せそうに暮らしている。でも、問題は医療で、平均寿命も日本とは大きく違う・・・ と、いったような話もしていました。

 戦争中の話は、現地人ガイドたちに気をつかって、日本軍はここで、現地の人たちに大変迷惑をかけた・・・ などというようなことを話していました。  峠の頂上にやってきました。  時刻は9時なので、ちょうど1時間ほど、登ってきたことになります。  私たちは皆、バスを降りました。

 さあ、そろそろバスに戻ろうとすると、またしても少年は私の後ろに回り込もうとしました。  私は急にマジキレしたような振りをして、少年に詰め寄りました。  彼は、特に悪びれた様子もなく”僕たちは別に医学の発達なんかは望んでいないし、今のままの生活で十分満足だ。それに、戦争中の日本軍のことも別に恨んだりしていない”というようなことを言いました。  どうやら私たちのバスの中での話を聞いていたようです。  こんなことを言うような奴らなら、困らせてやろうとでも思ったのでしょうか。

 10代と思われる若いガイドが、私たちにしきりに近づいてきては、英語でこの辺りについての説明をしています。  少ししつこいので、皆、適当にあしらっているようでした。  私のところにもやってきました。  せっかくなので、いくつか質問してみたりしながら、少し相手をしていました。  どうやらこの道は、ハイランドハイウェイ(高原を通る幹線道路)で、ずっと遠くから続いているということでした。  何と、あの山のずっとずっと向こうの、ラエというこの国第二の街から続いているということでした。

 かなりの高さまで登ってきています。  気持ちの良い眺めです。

 ガイドの少年の様子がどうも不自然です。  振り返ると、私の後ろで、私が背負ったデイパックのポケットのファスナーを開けようとしています。  おいおい、何をしてるんだ?  私が、向きを変えると、彼もまた、それを追いかけるようにして、後ろに回りこんできます。  むむむ、しつこい奴だ。  当然、そんなところには、無くしたら困るようなものは入れていませんが、何とか懲(こ)らしめる方法はないかと、思いましたが、いい考えが浮びません。

 そのまま、立ち去れば済むことですが、そうすると他の人が何らかの被害を受けるかも知れません。  そんなことになれば、せっかくの旅の楽しい気分が損なわれてしまいます。  ここは、私がいろいろと質問しながら、彼を引き付けておくことにしました。  そ知らぬ顔をしながら、この辺りのことをいろいろと訪ねてみました。  ここがハイランドハイウェイで、あの山の向こうのラエという街から続いているということなどは、このときに聞いたことです。

 ライオンベラーです。  この後、バスに乗って、山中の村に向かいました。  峠を出た時刻は9時40分でした。

 10時過ぎに目的の村に着きました。  ここも、まるで絵の中の楽園のようなところでした。  昔から、この国は村社会で、多くの部族が独自の風習を守りながら生活していました。  今は、この国の土地は、必ずどこかの部族か国が所有していて、所有者のいない未開の地はどこにも残っていないとのことでした。

 家の中です。  お父さんとお母さんです。

 お父さんです。  この人には、たくさんの子供や孫がいます。

 ここが家です。  ここにいるたくさんの人たちがこの家で育ちました。  現地ガイドの中にも、この家で育った人がいました。

 子供たちは私たちに興味津々(きょうみしんしん)です。

 ここは、作物などの貯蔵庫です。

 踊りを見る前に、食事の支度(したく)をするところを見学しました。  地面に穴を掘って、そこに大きなバナナの皮を何重にも敷きます。  そこに、芋(いも)やら肉やらを入れていきます。  そしてその上にまた、バナナの葉を被せて蒸し焼きにします。  これをムームーランチというそうです。  さあ、食事ができる間に、マッドマンダンスの見学です。  まず、ペインティングのプレゼンテーション(披露(ひろう))がありました。  ツアー参加者の女性も、体験していました。  さあ、いよいよダンスが始まります。  私たちは、広場の周囲の横木に腰掛けました。  時刻は11時になろうとしていました。

 こんなところで生活すると、健康にはいいだろうと思いました。  でも、村社会は、いろいろなしきたりやら、家の中での格付けの順位のようなものがあって、それはそれで大変だろうなとも思いました。  広場に案内されました。  広場の周りには、横木を渡しただけの簡単なベンチのようなものがありました。  どうやらここで、マッドマン(泥人間)の踊りを見るようです。  マッドマンはよく、この国のガイドブックなどに出てきます。  でも、それをやっているのはここだけだということです。  とても楽しみです。

 さあ、ショーが始まりました。

 私たちの側(そば)では、ツアースタッフが、日本語で説明してくれています。

 まったく声を発しない無言劇です。

 子供たちも参加しています。

 彼らは、最初に相手の村に忍び込む偵察(ていさつ)隊です。

 そっと、忍び込んで、相手の村に火を点けます。

 その後、煙にまぎれて、本隊が攻め込みます。

 相手に見つかるまで、そっと近づきます。

 大勢のマッドマンが現れました。

 マッドマンたちは私たちの方に迫ってきます。

 マッドマンです。

 ところで、この人たちは本当に信頼していてもよいのでしょうか?  気まぐれで、本気で襲ってくるようなことはないのでしょうか?

 ああ、子供の目が本気です!

 異様な雰囲気です。

 こんな格好も、伝統的な意味があるのでしょうか?  それとも、その場の思い付きでしょうか?

 終始無言なので、本当に異様です。

 あ、槍(やり)を構えられました。

 本気なのでしょうか?  仮面の中が見えないので、彼らの心理状態はまったくわかりません。  気が短くて、本気になるような人たちもいるのでしょうか?

 私たちの反応に腹を立てて、本気になったりしていないでしょうか?  とても心配です。

 他の人たちのいるところにも迫っています。

 本当に面の下ではどんな表情なのかまったくわかりません。

 あ、また私の方に向かってきました。

 ああ!

 槍(やり)の向きを変えました。  ふう、た、助かった・・・・。

 言い伝えによると、このマッドマンの風習は、偶然に生まれたということです。

 昔、ニューギニアに戦いを好まない部族が暮らしていました。  どこかの部族に攻め込まれると、一目散に逃げて、侵入者がいなくなるまで、茂みの中に隠れていました。  あるとき、その部族の村に別の部族が攻め込んで来ました。  そのとき、あわてた村人たちは泥の中に飛び込んで隠れました。  しかし、ついに彼らは侵略者たちに見つかってしまいました。

 もうだめだ・・・と思ったそのとき、何と侵略者たちは顔色を変えて逃げていきました。  泥にまみれた村人たちを、森の悪霊(あくりょう)と思ったためでした。 と、いうことで、彼らはその後、こうして体に泥を塗って、相手を驚かせて、村を守ることを始めたということです。

 小さな子供たちも参加してます。

 あれあれ?  この子供はどこかで見たことがあります。

 あ、そうです。  ガイドブックに出ていました。  今、このマッドマンの踊りをやっているのはこの村だけなので、どうやら、この子はいろいろな写真に登場しているようです。

 私たちもだいぶ慣れてきて、楽しみながら見れるようになってきました。

 彼らも、少しリラックスしてきたようです。

 楽しみながら演じているようです。

 本当によくできた面です。

 そのときです!  突然、  ドサッ! と、音がして、誰かが倒れました。

 どうやら倒れたのは下村さんのようです。

 地面に寝かされた下村さんは、まったく動きません。

 これは大変だ!  他の人たちは、下村さんを取り囲んでいましたが、まったく慌(あわ)てている様子はありません。  同じ旅仲間だというのに、何と冷たい態度なのでしょう。  私は、驚きましたが、やはり他の人たちは、医者を呼ぼうという様子はありません。

 もし、脳卒中なら、一刻を争います。  私は、心肺蘇生(しんぱいそせい)術の要領を思い出しました。  先ず、意識だ・・・  意識を調べると、意識はありません。  これは大変だ!  呼吸はどうだろう?  よくわかりません。

 脈は?  足首の脈はあるようです。  でも脳卒中なら、すぐに医者を呼ばなければなりません。  他の人は平然としているので、こんなところに医者はいないと思って、もう、あきらめているのでしょうか?

 でも、大使館に連絡すれば、ヘリコプターでも手配してくれるのではないでしょうか?  旅行社なので、このような緊急な場合は、国を通して要請してくれるのではないでしょうか。  ここは添乗員の松本さんの出番でしょう。  と、思って松本さんを見ましたが、彼も平然としていました。

 何ということだ。  添乗員の松本さんまで、参加者を見捨ててしまうのか・・・・  私は、何とも信じられない気持ちでした。

 彼らも、その間は、ぐるぐると回りながら踊り続けていました。

 そのうちに、下村さんは息を吹き返して、起き上がりました。  やれやれです。  皆、何ごとも無かったかのように、マッドマンの踊りを見続けました。

 マッドマンが近づいてきました。

 もう、全然、怖くはありません。

 記念撮影です。

 私も入りました。  パチリ!

 もう一枚、ハイ、  パチリ!

 ポーズをとって・・・  ええい、  パチリ!

 時刻は12時です。  さあ、食事の時間です。  ムームーランチは程よく蒸しあがっていました。  美味い! ああ、美味い!  極楽、極楽・・・です。

 私たちが、食事をしている間に、村の女性たちは手芸品を並べていました。  この袋はこの国の伝統的な民芸品のようです。  至(いた)るところで見かけました。  昔は、薄茶色の植物の繊維(せんい)で編んでいたようですが、今では毛糸でカラフルなものを編んでいます。  村を出ると、バスでまた、山道をぐるぐると走って、ホテルに帰ってきました。

 また、食事です。  いつものように、皆で談笑しながら、楽しい時を過ごしました。  そこでわかったことですが、何と、中国地方から参加している鈴木さん夫婦は、街で開業されている、お医者さんとその奥さんだということでした。  どうりで、下村さんが倒れたときも、皆、平気な顔をしていたはずです。  本当に、いろいろな人が参加されている楽しいツアーです。  (ゴロカ編2に続く)ことでした。

 クイズの答:ニューギニア島ーオーストラリア大陸間 (九州本島ー朝鮮半島間は170kmぐらいで、ニューギニア島ーオーストラリア大陸間は150kmぐらい。)

 クイズの答:ポートモレスビー

シンガポールでエアニューギニのポートモレスビー便にトランジット。予想に反して当時としてはきれいなエアバスでした(写真はPOM到着時)。

機内のセーフティガイド。小さくて見づらいと思いますが、イラストの髪形がちゃんと現地風になっているのがカワイイ。

ポートモレスビーで入国したあと、すぐに国内線でゴロカへ。ちなみに、どの飛行機もパイロットは白人でした。また国内線では、現地の方は裸足が基本です。気持ちよさそーでした。

ゴロカの空港。町のど真ん中にありますが、なかなか渋い空港でした。

指名手配ではありません。なんとその時、パプアは国会議員選挙の真っただ中。街中のいたるところにこのような選挙ポスターが・・・。

ポスターだけではありません。日本と同じく応援カーも走り回ります。ちなみに当時は、荷台に人が座っているのはOK、立つのはNG。荷台に乗った時は、警察署の前を通る際に「座れ、座れ」と言われました。

PNGは部族への帰属意識が強く、選挙ともなれば同じ部族の人々が応援に現れます。広場で各部族の応援団が踊りを踊っているというので見に行きました。正式なシンシンではなかったけど、大変な盛り上がりでちょっと怖いくらいでした。

美女NO.1。

カメラをもっていると「撮って、撮って」とたいへんな盛り上がりです。

豚さんの丸焼きです。お祝いや祭りでしか食べられません。

こちらは、選挙とは関係なく別の場所で踊っていただいた、マッドマンダンスです。曇りで暗く、逆に味のあるおどりになってました。

マスクを取れば、みなやさしいお兄さんたちでした。メラネシアの男性は彫りが深く独特で、一見怖いですが、気のいい人が多いです。

村の風景。お金で換算すれば豊かではないけれど、子供は元気で、大人は体格は立派です(超マッチョ)。JICAの方によると、気候・土地がよく、人口は少ないので、食べること自体にはこまってないそうです。

「峠の茶屋」とよばれていた、道端の売店のような場所で子供に囲まれました。お花を渡されたけど、お金は払ったかなぁ?

農作業帰りのお兄ちゃんです。「おれの畑を見るか?」と言われたので「見たい」と答えると、荷物を持ったまま裸足で5m位の崖をひょいひょいと登ってしまいました。ぼうぜんしていると「来い」というので何度も助走してあがろうとしましたが、当然上がれるわけもなく、「無理」と答えると悲しそうな顔をされてしまいました。崖登りという競技があったら、パプアの人は間違いなく世界一です。

JICAの方が住んでいたお家です。ゴロカの中心部の住宅街にありました。写真にはありませんが、敷地は鉄条網で囲われてました。ゴロカは治安は良かったようですが、ポートモレスビーでは隊員の方が襲われたこともあるそうです。強盗などをするのはラスカルといわれる一部の人のようですが、村の人たちのシャイな笑顔をみてると、とても想像できません。

ゴロカの中心部です。みんな愛想いいです。道を歩いたり立ちどまったりしていると、後頭部がくすぐったいことがあります。振り向くと、たいてい数人の村人に髪の毛をさわられてます。直毛が珍しいようで、思わずさわってしまうようです。そんな時はニコっと笑うと、あちらもニコっと笑い返してきます。

同じく、ゴロカの中心部です。空港が村のど真ん中にあるので、とても身近な存在です。

中心部にある教会です。敬虔なクリスチャンが多いと聞きましたが、この日はしまってました。

ゴロカのマーケットです。服・農産物などいずれも豊かでした。でも、やりとりを見てるとお金をはらっているひとは殆どいなくて、物々交換がほとんでした。 変わったネックレスをしてるなあと尋ねると、「赤ちゃんの手」と答えられました。昔は赤ちゃんが亡くなると、その手をネックレスとしたそうです。

ハイランドの各地を結ぶハイウェイです。このままずっと進めばマウントハーゲンがあるはず・・・。

なにより大事な豚さんです。もし傷つけたりしたら戦争です。車やバイクに乗るJICAの皆さんは、もし豚さんを轢いてしまったら、とにかく振り返らずに逃げろ言われていたそうです。

植物を利用して壁をつくってます。下の写真を見るとどんな壁かイメージができると思います。

子供はかわいいですが、先にも書きましたように直毛になれてません。特に髪の長い女性が近付くと火がついたように泣かれてしまうことがおおいです。何度泣かれたことか・・・。

コーヒーを干してます。大事な収入源です。おいしくなりますようにっ。

集落からはずれれば、あとはずっとこんな風景です。きれいです。戦争があったなんて・・・。複雑な気持ちになります。

かわいいマークのサウスパシフィックビールの看板です。ちなみに、パプアの会社は週給制で、給料日は法律で酒屋の営業が禁止されてました。酒屋さんの窓は格子つきです。

そろそろゴロカともお別れです。渋いゴロカ空港です。

国内線のフォッカーにのってポートモレスビーへ。ゴロカは滑走路が短いのでしょうか、誘導路からエンジン全開で走り出し、加速しながら滑走路を直角に左折しそのまま離陸しました。機内は絶叫マシンとなりましたが、その後は何事もなくポートモレスビーに到着しました。 このたびにてお世話になった皆様に感謝いたします。(15年もたってしまいましたが)

機内の水滴に耐えながら、 なんとかゴロカに到着。

荷物が運び出される。

ホテルのロビー ゴクラクチョウの絵がきれい。

今さらだけど、ニューギニアのコイン 1キナ約45円 500円玉が小さく見える。 ほんとにデカ過ぎ! 分厚いし、お財布重いって。

ホテルの中庭には、 とっても美しい木が!

ここ、ゴロカは標高が高いハイランド地方。 だからか分からないけど、あまり見ないような花。

宮崎駿の映画に出てきそうな感じ。

こっちにも見たことない木が。

このピンク色がすごくキレイ。 あまりにもこの中庭がきれいだったので、 聞いてみると、 ここにある木はアフリカでよく見られる木だ と言っていた。 ???アフリカ?ふーん。 気候が似ている?とは思えないけど、 そうなんだぁ 道理で見たことない木ばかりな訳だ。

これも変わってる。

ピンクと紫がまたキレイだな。

部屋のベランダの前にケータイショップ。 すごい行列。 チェックインして、ホテルの部屋に入って すぐテレビをつけた。 テレビをつけた瞬間、私の目に飛び込んできたのは、 Peru quake の文字だった。 一瞬、夢を見ているのでは??と思った。 しかもリマの映像が流れていて、 すごいことになっている。 私の両親はそのとき、ペルーにいた。 しかもリマにも滞在している。 でもそれがもう過ぎたことなのか 今リマにいるのかどうかもよく分からない。 しかも英語のニュースでは、 詳しい状況が私には理解できない。 最悪の事態が頭をよぎる・・・ 死者100人 死者100人 死者100人・・・・・・・・まさか こんなニュース知らなければよかった。 とさえ思ってしまった。 それからすぐ国際電話でとりあえず日本にいる妹に電話してみた。 つながらない。 そりゃそうだ、仕事している時間だ。 留守電にペルーが大地震で両親の安否を確認してほしいと入れた。 夜まで待つしかない。 それまでの時間、気が気でなかった。 やっと夜になり、妹と連絡がついた。 そしたら、すでに旅行会社から無事だという連絡が入っていたということだった。 はー、本当によかった。 でも、後から聞いた話、2日前に行ったレストラン や博物館など全て倒壊してしまったらしい。 もし、この地震が2日前だったら、 死んでいたかもしれない。

ホテルのレストランで食事。 さっきの中庭とつながっていて半分外なんだけど 寒い~ 長袖なのに、寒い。 やっぱりハイランドなんだと実感。 ココナッツチキンカツ。 衣がココナッツだった。 うーん、まずおいしい・・・ どっちだよっ!

こっちはすごくおいしかった。 ブタのしょうが焼きの味。 ていうか、ジンジャーなんとかって そのまましょうが焼きって言う意味かw しょうが焼きって日本のものだと思ってたから…

翌朝。 この旅の一大イベント。 マッドマンに会いに行く!の巻き。 まずは、看板の名前がちょうど葉っぱで隠れて 私も忘れてしまったけど、 ずっと山道をくねくね登って峠へやってきた。 本当に冬みたいに寒い。

最近できたばかりという、ケータイの電波塔。 へぇ~こんな所にもねぇ。

野菜即売所みたいなところだけど、 今日は寒いから誰もいないらしい。 やっぱり今日の寒さは特別みたい。

これ、山のお家。 本当だ。 海のお家は四角かったけど、 山のお家は屋根が丸い。

この真っ白なのはちょうど雲の中だから ということ。 せっかくこんなに上ってきたのに、 なんにも見えないよー。

この人も寒いから家の中で焚き火をしていた。

峠を降りてマッドマンのいる村へ行くところ。 ここの道は本当にすごいカーブが続いて、 しかも崖っぷち。 何やら下り坂を走って降りていく人がたくさん 出てきた。 何事??と思い、車を止めて聞いてみると、 バスが落ちた。と言っている。 最初は信じられなかった。 でも、ちょっと進んだところに人が集まっていた。 この写真のような25人乗りのバスだったという。 きっと25人乗りってことはもっとたくさんの人が ぎゅうぎゅうに乗っていたはずだ。 なんと、私たちが乗っている車の後ろの荷台に 血だらけの人たちがたくさん乗り込んできた。 今起こっていることが理解できなかった。 とにかく、警察まで行くことにした。 いくら電話してもつながらない。 あんなでっかい電波塔があったのに。 途中で、崖の下30メートルくらいに バスはひっくりかえっていた。 まるでおもちゃのミニカーのように。 これは現実か??

ケータイはあいにく圏外だった。 これで今日のこの旅で一番メインとも言える マッドマンには会えないと思った。 ショックだったけど、後ろの人たちを なんとか助けてあげないと。と思った。 中でも一人はすごく苦しそうで、 見ていられなかった。 荷台はあっという間に血だらけに。 やっと一番近いポリスステーションに着いた。 急いで、事故のことを伝えたのに、 何なの??全然動こうという気配がない。 何と、車がないらしいのだ。 結局、私と旦那とガイドさんは車を降り、 運転手さんが、病院まで行くこととなった。 あの後、事故のことはどうなったのか分からない。 あんなに下に落ちたバス。 あれが自分だったかもしれないと思うと 恐ろしかった。

結局、私たちは歩いて村まで行くことになった。 マッドマンには会いにいける! 複雑だけど、よかった。 私たちが乗っていた車があの人たちを 助けてあげることができていたら良いけれど。 さっきはあんなに寒かったのに、 すごく暑くなってきた。

逆に歩いて行けてよかったかも。 途中いろんな人たちが話しかけてくれる。 ここではテレビがなくても、事故の話は あっと言う間に人づてで広まっていく。

もし日本であんな事故が起きたら、 一日中ニュースで報道されるだろう。 すぐに救助も駆けつけるだろう。 ここでは、きっと今も救助を待っている人が たくさんいるのかなと思うと、、、、 あー、辛い。

重い気分になっているけど、 子供たちの笑顔が何よりも救いになる。

まだまだ急な上り坂が続くと思っていたところに、 このお兄ちゃんが、急に止まって、 トラックの後ろに乗せてくれると言ってきた。 まさか、私たちが荷台に乗ることになるとはw ガイドさんもお客さんをこんなとこに乗せるなんて と申し訳なさそうだったけど、 私には逆にうれしかった。

トラックのお兄ちゃんに感謝しつつ、村に到着。 最初に迎えてくれたのは、村長さん。 肩にかけたビルム(バック)がおしゃれ。

村長さんはお家に招待してくれた。 寝室が2つと物置みたいな部屋と 真ん中に焚き火のあとがあった。 今、畑仕事を終えたところで、 これからご飯を食べるところだったみたい。 サツマイモがたくさん置いてあった。

kau kauマウンテン カウカウとはさつまいものこと。 このサツマイモは自分たちが食べる分と、 たくさん採れたときはマーケットで売るらしい。

ずっと我慢していたけど、もう限界。 トイレに行きたくなった。 私はトイレなんてないだろうと思っていて 外でする覚悟はしていたんだけど、 勇気を出して聞いてみると、こっちこっちと 案内されて、、、 逆にトイレっていうと、すっごく汚くて ハエがいっぱいいて、余計にイヤかも・・・ と思っていたら、、、 この写真の小屋がそうなんだけど、 すっごく清潔でびっくりした!! 土に深ーい穴が掘ってあるだけだと思うんだけど (真っ暗でよく見えなかった) 匂いが全然しなくて、ハエも全くいない。 これには本当にびっくりした。

この赤いかわいい実、何の実でしょう??

正解はこれ。 コーヒー豆。 赤い皮をむくと回りがちょっと トロっとしていて、 甘くておいしい。 この実をかじらないように、回りだけ なめる。 きっと齧ったら、あのカカオの実みたいに めちゃめちゃ苦いんだろうな。

バナナがすごいたくさん。 これは料理用。 こっちでは料理用のバナナの方が 値段が高い。

このイモなーんだ?? これが分かる人はいないと思う。 正解は、 タピオカ タピオカはこのイモを乾燥させて 粉にして作るらしい。

こっちではよく見かけた不思議なお花。

すごく静かで、のどかな風景。

カウカウマウンテンを作っている お母さん。

ここの家は山だけど四角い。 そして、ここには8つくらいの家が 並んでいるけど、そのうち3つは 男の家なんだそう。 それは、昔部族闘争が盛んだった頃、 男だけが集まって作戦会議みたいのを するというところからきているらしい。 ちなみに今でもたまに部族闘争が起こる ことはあるらしい。

これは穴を掘って、ここにバナナの葉っぱ を敷き詰め、いもや鶏肉を蒸し焼きにする こちらの伝統のムームー料理料理の跡。 あとでいただきます。

広場で待っていると・・・ ついに始まったマッドマンショー。 あれ?? 姿が違うような・・

しかも何~!!あの子!! かわいい(≧∀≦)/

ガイドさんに聞いてみると、 これは敵の村から偵察に来た人だそう。 そうか、だから何かこそこそしてるのね~ あの子の演技もすごい!

この村は男がどれくらい、女がどれくらい とかを偵察するらしい。

これは親子なのかなぁ 後ろからちゃんと一定の距離を保って ついて来るぅ

早くマッドマン出てきて~ この敵、やっつけなくていいの??

カワイすぎだよぉ この子 いくつかな

敵は偵察をすると、村に火をつけてしまうらしい。 さすがに本当につけるとまずいので、 ちっちゃく焚き火みたいにする。 しかも、昔はマッチとかライターが ないので、火おこしをする。 そんなことしてたらマッドマンに 気づかれちゃうよ~

と思ったら、 なんとあっと言う間に煙が出てきた。

敵は火をつけて去っていた。

火をつけられてやっと気づいて出てきた~!! マッドマン!

あれ~ またあの子がいる!! 敵じゃなかったの??w

マッドマンの由来。 そもそもこの村の人たちは争うことが苦手で、 敵が来るといつも逃げていた。 また、いつものように敵が来て逃げていたら たまたまあった泥の沼地にはまってしまった。 おかげで、体中泥だらけでいたところ 敵はその姿を見て、亡霊と思ったそうだ。 そして、恐くなって逃げ帰った。 それで、マッドマンとなった。 だから、マッドマンは恐ろしい民族じゃなくて 戦いが苦手で、驚かすだけの優しい人たちなのだ!

あの手が怖い~

でも、私は終始爆笑しっぱなしでした。 (ノ∀≦。)ノぷぷ-ッ笑 だって、動きがおかしくておかしくて

うわぁ 嫌だ!近づいて来ないで~ 狙われてるんだけどーー 近づかれると 結構本気で怖いっ@(>_<)

でも、この動きはもともと決まってるのかなぁ 音楽とかも何もないし、 すごくスローな動きで歩きまわってる。

あー、手は竹でできてるんだ。

いや~ この手の人も近づいてくるぅ

そう、私がずっと爆笑してたのは この人のせい!! だって、この人だけ持ち物が 葉っぱで、動きがかなり怪しい!! この人は近づいてきても恐くないし。

葉っぱの人はなんと、ハエを払っている らしい。 それを聞いてさらに爆笑!!! しかもこの動きはマッドマンの特徴だそうで。

でも、本当にこれで 戦いに来た敵を追っ払っていたと思うと すごい。 こちらの人はみんな亡霊を信じているから 余計にかな。

でも、マッドマンのよさは写真では ほとんど伝えられないのがとても残念。 私はこの時ビデカメも回していて、 実は帰ってきてからも たびたびこのマッドマンの動画を見ている。 何回見ても笑える!!

もう、私は左の葉っぱの人に釘付け! ひたすら顔の前のハエを払って、 お尻の後ろのハエを払って・・・

あっ、なんか真ん中に集まってきた。 なんか進展が??

と思ったら、また離れていく。

なんとな~く始まって、 なんとな~く終了

マッドマンの顔をかぶらせてもらった。 重い!!! 正直首折れそう・・・ 前見えないし。 あー、こんな重いのをかぶって 踊るのは大変だ!!! みんな、どうもありがとう!! この皆さんは上は28歳下はこの子3歳。 その上が15歳とみんな若い男の子でした。

このショーを見ていた観光客は私たち夫婦だけ だけど、他にも村の人が集まっていた。 みんな笑ったり恐がったり。 なかでも、子供が恐くてママァ!!ママぁ!! って叫んでたのが、またかわいかった。 次はムームー料理をいただきます。 ~つづく~

楽しみなムームー料理 マッドマンショーが終わる頃、 ちょうどできていた。

わぁ~おいしそう。 鶏肉といろんな種類のイモと いろんな葉っぱ。

ムームー料理は村の人たちにとっては 特別なごちそう。 鳥とかはお祝いのときとかしか食べられないそうです。なんか悪いな~。 これは何も味付けがないので、 ガイドさんが持ってきた塩を掛けて食べる。 まじめな話、本当においしいと思った。 やっぱり自然のシンプルな味が一番! サツマイモはすっごく甘くて、 見たことない葉っぱも普通においしかった。 日本では食べたことのない味だった。 でも、タピオカのイモはパサパサしていて これはタピオカにした方がいいと思った。

これ、よく見かけたけど 見た目がグロくて食べていなかった。 でもガイドさん大好物といっていたので 恐る恐る食べてみた。 えええええええ Σ(´θ`)めちゃめちゃおいしいんですけど。 なんで今まで食べなかったのかしら 食わず嫌いはダメね! 外はぷるんぷるんで すごく甘い。 中の種がすごくおいしい!! 種がシャリシャリしていて、 結局一人で3つくらい食べた。 名前はシュガーフルーツ。 ああ、恋しい。 日本では売ってないよなぁ

村の子供たち

青い空に、緑が広がる、この村好き!

アサロの村を出て、ゴロカのマーケットへ やってきました。 マーケットの入り口では袋が売っています。 しかもこの袋、もとはお米だとかが入っていた 袋をリサイクルしたもの。

こっちの人は、雨では傘を差さないけど 日傘は結構使うそうです。

マダンのマーケットでは ビターナッツばっか売っていたけど、 ゴロカのマーケットでは野菜がたくさん。

見渡す限りイモ・イモ・イモ

なんだこのオレンジのは?? プラタナスといって、 サツマイモのソースとかに使うそうです。 料理するとミートソースみたいな色になる そうです。味は分からないけど。

この大きいのは調理用バナナ。 生では食べられないそうです。

うわぁ、この子美人さんだなぁ。 絶対キレイになる!

そういえば、ゴロカでは口を赤くしている人を あまり見ないかも。 ここでは採れないからかな。

ガイドさんがとうもろこしを買ってくれた。 日本とは違って、 なんかパサパサしている。

今度は眺めのいいところへ。 これは日本が建てたラジオの塔。 こっちにはテレビがないので、 ラジオが重要みたい。

ゴロカの町。 たったこれしかない小さな町。

次は、日本とニューギニア両方で建てられた ゴロカ大学。 このときに、ニューギニアからは上野動物園に ゴクラクチョウが贈られ、 日本からは桜の木が贈られた。 でも、桜の木、 言われるまでどれか分からないほど小さかった。 枯れちゃってるんじゃ・・・

大学の入り口もニューギニア風。

いす、机、本棚、などなど 全てに日本からというシールが。

次に来たのは、 JKマッカーシー博物館。 ここは撮影禁止。 私にとってはとてもとても内容の濃い すごい博物館だった。 まず、入ったところに 人間の指でできたネックレスがあった。 骨、じゃなくて指そのものだ。 これは、亡くなった人の形見みたいな意味が あるらしい。 もっともっとすごいものが いろいろ展示されていた。 このような、もっともディープで、 あまり人に聞けないような、現地の情報を より深く学ぶことができた博物館。 写真もないし、あまりここに書いていいような 内容でもないので、残念だけど省略。

博物館自体もすごかったけど、 ガイドさんの話がより私の知りたいことを 満たしてくれた。 そのひとつ ガイドさん(日本人女性)はこちらの人と 結婚していて、あることで大喧嘩したそう。 それは、呪術について。 向こうの人は本当に信じていて、 ニュースでも月に1度くらいは取り上げられるそうだ。 誰々が、誰々に呪い殺されたとか。 そういうのが、ニュースでやるって 日本では考えられないけど、向こうでは本当らしい。

ゴロカの中心部に戻ってきた。 ここはあまり治安がよろしくないので、 ガイドさんと別れて、別の現地のお兄さんに 付いてきてもらった。

こっちの人がだいたいみんな持っている ビルム(バック)を作っているところ。 私も途中でシンプルな色のを2つ買った。 帰ってきた今もちゃんと使っている。 お気に入り! すごく丈夫だし。

ケータイショップはまだ行列。 なんと、今までは大体ひとつで 300キナ(13000円くらい)したのが、 この新しいデジセルという会社は 2台で99キナ(4500円くらい)らしい。 それでずっと行列しているのだ。

短かったけど、とっても内容の濃かったゴロカと もうお別れの時間。

空港はこんなにちっちゃい。

なんか、機械の故障らしい。 だからってこれ!!! ありえない!!! eチケットの封筒に、 汚い手書きで、席の番号書かれた。 これ、搭乗券!? ニューギニアならではかな。

キレイな夕日が見えたけど、羽が邪魔だった。 あー、明日はもう最終日だ。 ~つづく~

このチンブーの村ではいろんな風習の実演をしてくれます。 まずはフェイスペインティング、民族儀式のためのメイキャップですね。希望すれば見てる人もやってもらえます。

これは木の葉の繊維をとって編みこみのバッグ:ビルムをつくるデモです。一番左の人は葉っぱから繊維を取り出し、真ん中の人はそれを編んで糸を作り、一番右の人はその糸でバッグを編んでます。お土産品としても人気の一品です。

弓矢の実演です。ここの弓は小ぶりで弓幹が硬い木、弦は竹でできていて、体の正面で小さくひいて照準を合わせます。矢はギザギザを彫った矢じりを細くて節のある竹の様な胴体に差し込んで装飾したものでした。結構な勢いがあり驚きました。彼らは今でもこの弓矢で鳥や小動物を射止めています。

弓矢の後はバンブーフルート(竹笛)3人の合奏があったのですが、画像がないので省略します。最後はみんなで踊ります。この目を閉じてるおじさんがこの村の長、なかなか風格のある人です。

チンブーの村からそう遠くない道端での1ショットです。ここはハイランドハイウェイと呼ばれる山から海へ物資を運ぶ幹線道路沿いでも標高が高い(2000m以上!)場所で見晴らし抜群!子供たちが小さな花輪を売ってます。なんでもここを通る長距離トラックやバスの運ちゃんに車の飾りとして売ってるんだそうです。頭に載せても似合います?

バードオブパラダイスホテルのフロント。なんかパプアニューギニアじゃないみたいに近代的な雰囲気

こう迫られるとけっこうドキマギします

今回のマッドマン・ダンサーズ。村長も入っている。ご機嫌がいいとでてくるそうだ。

今まさに炒りあがったゴロカコーヒー・・・いい香り、コーヒー好きにはたまらない。