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ルミってどんなところ?

ルミの地図

ルミの写真・旅行記

ミニバスでアンマンに向かう。安い・・ 韓国のご夫婦とアンマンからシリアに向かう為に国境超え! 結婚10年のアニバーサリーの旅行だそうだ。 ダマスカスに着いて、車を降りるときに5JDを請求された セルビスに乗る時に、5JDの説明がなかったから、払う必要なし!と、断固として支払わない。 ご主人が払わなくて大丈夫!と、拒否! 結局支払わなくて良かったのです。 私一人だったら支払ってしまったかも? 車を降りて、ご夫婦とはお別れ。 私は、ダマスカスのカダム駅までタクシーで向かう。 ギリギリ間に合って乗車。 急いで飛び乗ったのに・・・なかなか発車しない。 その電車の中で、とても楽しい3時間を過ごしたのです。

急いでチケットを買って飛び乗った電車。 ところが、なかなか発車しない。 飴やお茶・新聞のサービスまでありました。 お隣は、若い男性。とても親切でした。

こちらの子供たちとの出会いでとても楽しい時間を過ごした。 子供たちが私のことを気にしてくれて、名前を名乗ったりノートに筆談での会話をしたり、そのうちにママ達が私の席を設けてくれて、そちらへ移動してお菓子やら飲み物を頂き、楽しい3時間を過ごす。 ママ達は12名、友人の結婚式に参列してダンスを披露するのだそうだ。 ハマのマラキアに遊びにおいでと言われて・・ダマスカスの自宅の住所もメモしてくれて・・・親切心がとても嬉しかった。

ハマの駅 ここからタクシーでホテルへ バスタブ付きのホテルをガイドブックより探して向かう。

結果的に、今回の旅行で一番高いホテル 日本のビジネスホテルくらいの金額かな 交渉で少し安くしてもらった。

ホテルのレストラン 隣の席に、水タバコを吸っている男性。 興味深げに見ていると、吸ってみる?・・って 凄く興味はあったけど、タバコが大嫌いな私には無理・・・写真だけ撮らしてもらう。 レストランの席はほぼ満席。 女性が多い。水タバコを吸っている女性も沢山いた。

レストラン

ホテルの外観

散策しながらバス停へ 途中、老夫婦からチャイを誘われる

チケット

パルミラへ向かうバス。 ドアがまともに閉まらない

遺跡群

家族で遊びに来ていた子供たち。 ママが写真を撮って・・・って言うので・・ 画像を見て喜んでひまわりの種をくれた。 別な家族からも写真を撮って~って言われた

マラキアに行ってきました。 パーティ会場にテーブルが沢山あり 着飾った女性が集まり始めた頃でした。 花嫁さんは、ひな壇のソファーでポーズを撮りながら写真を撮っています。 披露宴だったのだと思う。 目鼻立ちが良いので皆さん綺麗です。 写真は撮れませんでした。 30分くらいお邪魔して始まる前に失礼しました。 料理らしいものはテーブルに並んでなく、裏に飲み物やつまみがあったようです。 その会場の裏には、遊具や、室内で沢山の子供たちが遊んでいた。

親切な男性がタクシーを拾ってくれてホテルへと向かう。 タクシー代が100円くらいの距離

パルミラ遺跡 四面門

クラック・デ・シュバリエ要塞

ボスラ 円形劇場

パルミラの都市の外にはネクロポリスがある。 ネクロポリスとは死者の町。 すなわち墓地です。 まずはそのうちの一つ、エラベール家の塔墓に行く。

裕福な家族は一家の塔墓を建てている。

中はきれいに装飾されている。

普通の人は共同墓地に埋葬される。 レンタルスペースだそうで、数年したら遺骨を家族が引き取るのだそう。

エラベール家の塔墓は時間が限られているものの、入場することができる。 周辺には他にも塔墓がいくつもあるが、崩れていて中に入ることはできない。

パルミラはダマスカスから車で約3時間。 途中バグダッドとの分岐点があり そのT字路の近くには複数の「バグダッド・カフェ」がある(笑)

そのうちの一つ。 もう、もろ観光用です。 でも絵になるもんだからアマノジャクな私でも結構浮かれ気味^^;

ちなみにここで売っていたベドウィンのスカーフがすっごく良かった。 ダマスカスで買った方が安いんじゃないかと思っていたけど ダマスカスにはそもそも売っていなかった。。。 次回旅行でベドウィンの居住エリアに行くことがあれば是非ともゲットしたい。。

ネクロポリスを後にして、パルミラの遺跡に入る。 まずは円形劇場へ。

ギリシャやローマが築いた町には規模の大小はあれ たいてい円形劇場がある。

今でもここで毎年春にイベントが行われているらしい。 大きくはないけれども、よく保存されているきれいな劇場です♪

円形劇場の横のアゴラに向かうとラクダに乗ったベドウィン人が。 遠くからカメラを構えると笑顔でポーズしてくれたっ('▽'*)

パルミラの都市遺跡の外れにある丘の上にアラブ城という要塞がある。 後世にアラブ人により建てられたものなので、パルミラの遺跡とは時代が異なる。 でも遺跡を見下ろす位置にあり、すっごくカッコいい♪

パルミラの都市の中央を列柱通りが走る。 アパメアほどの規模ではないものの、それでも十分圧巻。 各柱には石像が飾られていたのだそう。 見てみたかったなぁ。

遠くに見えるのは記念門 パルミラ遺跡の入り口にある。

記念門を出ると正面にベル神殿という巨大な神殿がある。 もともとベル神のために築かれた神殿だが その後キリスト教の教会、イスラム教のモスクに改宗されている。

ベル神殿内を歩いていたら、シリア人のキレイな女の子に一緒に写真を撮ってとお願いされたっ(*゚▽゚*) ガイドによると、アジア人は頑張ってアラビア語を覚えようとしたりするところが好感をもたれてるのだそう♪ まぁ、英語ができないから現地の言葉を覚えようとするだけなのかもしれないけど(苦笑)。

ベル神殿の全体像はこんな感じです★ やたら広い・・・

次に夕暮れのパルミラを見にアラブ城に登る。

パルミラは一つの都市国家の遺跡なだけありとても広い。 列柱道路といくつかの神殿以外は崩れて砂に埋もれたまま。 でもそのままでいいのかもしれない。

宿にいったん戻った後、タクシーを呼んで遺跡に戻る。 マジックタイム@パルミラの開始♪

パルミラの遺跡は立ち入り自由なので好きな時間に遺跡の中を彷徨うことができる。

都市国家パルミラはメソポタミアへと続く重要な中継都市として栄えた。

通商国家であるパルミラの繁栄には交易の安全の確保が絶対的に必要だった。 だからこそ、パルミラの歴史は長いが、栄華を極めたのはパルミラがローマのプロヴィンチア(属州)になってからの200年ほどの期間。 パクス・ロマーナ(ローマによる平和)の恩恵による繁栄だった。

遺跡大好きなので写真撮りまくっている私の歩みが遅いので暇そうな夫^^;

紀元前3世紀。 ローマ皇帝がペルシャに捕囚されるなどの ローマによる東方属州統治の混迷につけこみ パルミラの女王ゼノビアがローマに反旗を翻す。

アラブ城には夕暮れを見にたくさんの人が集まっているようでフラッシュが光っている。 でも私は遺跡の中で見る夕暮れの方が好きだなぁ。

「女王」というのは実は正確ではない。 公式な主権者はゼノビアの息子だったから。 ゼノビアはその後見人として権力を行使する。

ローマ帝国に正面から歯向かったパルミラにローマは軍を送る。 砂漠の真ん中では兵站の確保が困難だから長期戦に持ち込めば有利なはずだと踏んで、ゼノビアは城壁に囲まれたパルミラでの籠城戦を試みる。 しかし、周辺都市からの協力を得て、完璧に兵站の確保をするローマを前にしてパルミラは降伏せざるを得なかった。

パルミラのシンボル、列柱道路の真ん中に建つ四面門(Tetrapylon) 再建されたものではあるものの、すっごくカッコイイ! というわけで表紙に採用♪

ローマ帝国にとって重要都市だったパルミラにローマはいったんは寛大な処分を下す。 しかし、懲りないパルミラはローマ軍が去った途端に再び反旗を翻す。 二度目の恩赦はない。 すぐに引き返したローマ軍はパルミラを今度は確実に破壊する。

沈む夕陽を眺めるベドウィンの物売り。 いつも眺めている景色だろうけど 何度見ても見入ってしまうのかもしれない。 彼女らベドウィンの民は、支配者が変われど ずっとこの地に住み続けている。

倒れた柱は少し切ない。

パルミラはその後もオアシス都市として存続はしたものの 以前の勢力を取り戻すことはもう二度となかったのだそう。

パルミラは、ビザンチン帝国、イスラム勢とその後も支配者を変えて存続したが、11世紀に襲った地震により都市は壊滅し、放棄される。

歴史から消えかけていた遺跡が再び着目されるのは18世紀に入ってから。 イギリスの探検隊がパルミラ遺跡について報告をしたことがきっかけとなる。

もしローマに歯向かわなければパルミラの繁栄はもっと続いたのか。 歴史に「もし」はないけれども、いずれにしてもローマ帝国の衰退により、交易量が減って中継都市としてのパルミラの重要性の低下は免れなかったのだと思う。

手持ちで撮っていたのでぶれてしまったけど、それもまた良いかも。

遺跡から町にあるホテルまでは歩いて帰る。 パルミラの遺跡は好みが分かれるようだけど、 私はすごく好きだったなぁ。

なんて、時間を超えた妄想タイムを満喫したところで遺跡を後にする。

トレドホテルのレストランからみた風景。国旗がアラブですね。 さて、今日は、アンマンからダマスカスまで向かいます。 ホテルでお願いした車は1日100DJ。(ジェラシュとボスラによってダマスカスへ)ちょっと高いですが、予算内だったのでそれでいくことに。

アンマンから1時間でジェラシュに着きました。8JD。フランス人団体客がいました。

またまた古代ローマ時代のカッコをした人々がここで戦車競技のショーをやるらしいのですが…

残念ながら時間が合わず、見ることはできず。

ジェラシュはまだ半分は現在の街に埋まっているのだそう。修復されたところを歩きます。 といっても、かなり石が落ちてきそうなところも。 そしてかなり広い。 運転手さんには2時間の時間でいってくると行って出てきたのですが、後半かなり急ぎ足に…。

こんな感じ。地震がきたら…。

遺跡の全体は写らないなあ。(そもそも無理です)。とかやっているうちに雲が増えてきました。

遺跡の中には円形劇場も2つあります。

こんな人たちが民族楽器を演奏してチップをもらっていたり…。

大急ぎで戻って…

車まで来ました。忘れないように写真を撮っておきました。 シリアからの車だったんだ! その後国境越えに1時間。 なぜか、国境越えるときに、古い車に替わって?? その後またこの車に戻りました。うーん。これがなぜかわからない。 ビザは取っておいたのでスムーズに通過。(出国税8JP) 後半の日程で使う予定の費用を両替。(DL,USD→SP)

午後ボスラに到着。円形劇場は150SP、外の遺跡はタダ。 後でわかったのだが、シリアでの入場料は、0(タダ),75,150spのどれかでした。安くていいですね。シリアに入ったら全体的に古い感じ。物価も下がった感があります。 経済制裁の影響かな。 ここは、劇場の入り口から座席へ行くところ。玄武岩の遺跡は、黒っぽくて重厚感がありますね。

客席の一番上は怖いですが、ジェラシュの劇場とはまたちがってかっこいい。

劇場の外側です。

外側の遺跡を見ようといってみると、さらに雲行きが悪化。

フレッシュオレンジジュースとざくろジュース。1USDっていっていたような気がする。寒い感じで飲む気になれず。ざくろJには興味があったが…。

昼食を食べていなかったので100SPでシュワルマを購入。 (サンドウィッチって言ったらこれが来ました) あとで、値段が高いことがわかる。でもこれは観光地値段なのかなあ。

もちろん、レストランでご飯を食べたい方は、こんなガーデンレストランもボスラの前にありましたよ。 この後、2時間くらいでダマスカスのホテル着。 曇ったダマスカスの町は、古くて、スークの前の道路の渋滞がすごい! 明日は、ダマスカスの博物館を見たら、パルミラに向かいます。

朝のホテルの外の様子。 雨が…。

ベネチアホテルの朝ごはんはこんな感じ。 ホテルはビジネスホテルといったところ。

ヒジャーズ駅前。

駅の中。

駅の中は本屋さん。

駅の前にはかつて現役だった機関車。

国立博物館150SP。 なかは改装工事中ですべて見ることはできず。ただし、1つあるだけで日本では大きな展覧会が開けそう。 メソポタミア文明からオスマン帝国まで。幅広い。

帰りは、マルジェ広場を通ってホテルへ。ここは、お菓子がいっぱい。

おなかも減ってきたので昼食を買ってバスターミナルへ。 トリのお店を探していたんだけど、見つからず。みんなが食べながら歩いていたので、パン屋さんでパン購入。2個で50SP。

しかし、外があまりに寒かったので、持ち帰らず狭い店内で食べることに。そしたら、パンをあっためてくれました。

タクシーでバスターミナルへ(150SP) バスターミナルへ行くと、シリア人はみんな親切。 みんな声をかけてくれます。 パルミラというと、バス会社のチケット販売窓口ところまで連れて行ってくれ、その後、警察のはんこがいるということで、ターミナル内の警察?を教えてくれ、さらにバスが出発するバス停まで。 バスに乗れば、アラビア数字が読めない私たちを、おじさんが座席番号をみて座る位置を教えてくれる。みんな外国人に親切なのだ。 (シリア人はインシャアッラーといいつつも、けっこう座席番号、時間にきっちりしていた。私たちが会った人だけかもしれないけど。)

なかでは、外国人に興味を持ったおばあちゃんがパンを配ってくれる。ありがとう。

バスの中。ダマスカス→パルミラ(一人200SP、3時間) パルミラについたところで、突然、サイトウさん登場。英語のしゃべれるタクシードライバーだ。 アル・ナーヒル・ホテルまで行ってもらう途中、翌日翌々日のサイトウさんのツアーの勧誘が始まる。 寒さと疲れで、私としてはかなり高い金額なのにOKしてしまう。(その夜ちょっと後悔)

地球の歩き方のにも載っていたアルナーヒルホテル。104号室。 お湯が出ないので、さらに寒く感じる。 エアコンで部屋があったまるまで本当に寒い。

ホテルの廊下。ネットで予約できるせいか日本の方にも会いました。でも、お湯はでたほうがいいなあ。これだけ寒いと。 チョイス失敗。(もちろん人によります)

ということで、あったまるために夕ご飯。 ベドウィン料理。ナッツが入ったご飯。おいしい。 薄いアラブパンも気に入っていってだけど、この旅一番のおいしさ。(ただナッツが好きなだけかも) あったまるレンテルスープ(豆スープ)もついて300SP。

こちらは、パルミラ料理の一つ。300SP。ジャガイモがいっぱい入っていて寒い夜にはばっちりです。肉料理にはヨーグルトもついてきます。

ホテルの朝ごはん。ミントティーはセルフです。そういえば、昨日ついたときにも、いただいたっけ。

朝、ホテルの1階。砂漠は寒い。 昨日のサイトウサンの値段がどうも高すぎる。 内容 昨日のタクシー(といってもそんなに遠くなかった)    1日目     エラベール家の塔墓     3兄弟の地下室     アラブ城のサンセット     ベドウィンのお宅訪問(別にいかんでもいい)    2日目     早朝に出発しクラックデシュバリエへ→最後はホムスのバ        スターミナルまで送ってくれる。 2日目は、都合がいい。でも1日目は他のタクシーでもいいし、別に英語が話せなくても英語もわからんし。まあ車はきれいか。でも失敗したなあ。これで150USDはないなあ。なんてきりだそう。などと考えつつ出発。ほんとうに体力がないことが失敗の原因だと思う。

エラベール家の塔墓。 サイトウさんと、この遺跡の鍵を開ける人と一緒に行くともうこんなに人が待っている。 そこで、昨日レストランで出会った2人の日本人と遭遇。彼らは、ここでは有名なスズキタカシ氏とまわっている。本日クラックへ行ってハマま行くそう。昨日のアラブ城と今日のツアーを含めて90USD。今それは高い、と交渉しているらしい。結局80SDで他のドライバーにおくってもらうことになったようだ。(英語がしゃべれないドライバーなら安いわけだ。) 彼等にも再交渉を進められて、少し頑張ってみる。 昨日の出発点が悪かったので仕方ないが130USDに。 英語もできないんだからその利点??も生かされず大失敗。

さて、ここは上まで登れるのかと思いきや、のぼることはできませんでした。(階段はありましたが)

天井。青がきれいに残っているのは珍しい。

細い窓から外を見ると…すごい団体さんだ!

三兄弟の地下室の入り口です。

その後ベル神殿に行く前に、サイトウさんの友達のオアシスへ。 スズキタカシ氏とも友達のサイトウさんは左側。スズキ氏と同じくらい英語は上手。一方お友達は、200頭のラクダを飼っているらしい。ラクダと鶏、オアシスを見せていただき、ミントティーをいただいた。

シリアに来てからどれだけ飲んだかなあ。

オアシス。

ベル神殿(150SP)前で、サイトウさんと夕方会うことを約束してここからは徒歩でパルミラを回ることに。

またしても雲行きが怪しくなってきました。

四面門より先は、まだまだ、おおきな遺跡がごろごろ少し歩きにくくなってきます。

でも頑張ってディオクレティアヌスの城砦ちかくまで歩きました。

城砦からみた遺跡。広すぎてすべては見られず。

さて、のんびり歩いて帰ってきて、昨日のレストランでカバブの昼食。ごはんは本当に大満足。

ホテルで休憩して、今度は博物館へ向かおう!

街の博物館は150SP。パルミラから発掘されたものばかり。 中は、パルミラで発掘された顔や服、装飾の細部などのはっきりした彫像がかなり多く展示されています。見る価値ありです。

その後サイトウさんにアラブ城へつれていってもらう。

アラブ城の中も結構楽しめました。

アラブ城の上から見た、2010年最後の夕日です。 明日は、クラックからダマスカスへ。

おはようございます。2011年1月1日。8:00に出発。砂漠の中の羊を見ながら、2時間半後、クラックデシュバリエに到着。

もっと晴れていればカッコよかったのに。 1時間で回ってくる約束をしたのですが、1時間ではかなり苦しかった。やっぱりゆっくり写真を撮りたい私たちには難しかったです。

一番高いところから中を見たところ

なかには、教会も。 その後、ホムスからバス(125SP)に乗り、ダマスカスへ。

最終日は旧市街に宿泊。 ベイト・ローズホテルから。もう夕方。

歩いてウマイヤドモスクへ。今日は、18:00までしか開いていない日だったのですが何とか間に合いました。

モスクの中は、お祈りしている人やまったりしている人でいっぱい。お祈りエリアは、男女別でした。右側が男性側。左側が女性側。

ちゃんと、靴を置いておくところもありますよ。

まっすぐな道の途中。ローマ門。

ローマ門近くのレストランで。ちょっと贅沢な感じ。

ひさびさに、きれいなシャワールーム。

このホテルは、18世紀のお屋敷を改装したものだったように思う。天井が高いことを、写真では伝えられないのが残念。

ナッツ、ドライフルーツ、いろいろ買ってしまいました。日本で買うよりは安いです。 帰ったらパンを焼こう!

このホテルは7室しかないようです。

朝食。クロワッサンがおいしい!

入口はこんなかんじ。たまにはいいなあ。こんなホテルも。

さあ、もう半日しかないので、アゼム宮殿へ。後はお土産を買って帰ろう!

宮殿の中庭。それぞれの建物の中は、人形をつかってわかりやすくで昔の生活が展示されている。小さな博物館といったところ。建物内の写真撮影は禁止。 建物の模様はほんとうにかわいい! 時間があればもっともっといたかった。

ここは、ウマイヤドモスクの前です。スークにも行ってみました。ここもローマの遺跡を利用していたんだ。

スークで、有名なアイスクリームをゲットすることに。

ありました。

ミニでこの大きさ50SP。

なかはこんな感じ。みなさんは、あったかいミルクぜんざい(ではないですが)のようなものを食べているようでした。

アイスも食べて気も済んだので、ホテルからタクシーで空港へ(35USD)。ダマスカスの国際空港は、ちょっと古く、本屋はなかったのでポストカードや本は買えません。残念。外国製品はUSDしか使えません。 こうして、アブダビ経由で帰国。(飛行機のなかで、なぜかおなかが痛くなり、疲れているのに無理して食べたアイスを後悔したのでした。)

Temple of Bel ベル神殿入口

ベル神殿は1C~2C中に建設された。本殿は主神ベル(豊穣の神)、太陽神(ヤヒボール)、月神(アグリボール)の3神に捧げられている。

ダマスから来た家族

ベル神殿は夜間扉が閉まっていて写真が撮れない。開いている僅かな間からフォトした。

エラベール家の塔墓。ナボ神殿建設で多額の寄付をした。

内装は豪華

3兄弟の地下墳墓はまだ鍵が閉まったまま

美しい壁画がある

3兄弟の棺

お墓の切り売り

奈良大学、考古学発掘の斎藤教授グループが発掘したボルハとボルパ地下墳墓

ロッカー型墓地。限られた建物の中でお墓を小さく区切って売るなんて、現代感覚と同じで面白いなあ。

地下墳墓

ベドウィンの素朴な弦楽器“ラバーバ”弾く。悲しげな音色だ。

太鼓“タムタム”・縦笛“ネイ”は場が盛り上がる

羊の脳味噌が美味しい

ディナー

ベドウィンテントは大きい

パン焼きのおばさん

パンをこねる

Monumental Arch 記念門は列柱通りの入口

右後にArab Castle アラブ城

夜景の記念門

Nabo Temple ナボ神殿はメソポタミアの神を祀った

Theater 円形劇場 

完全形で残っている

水道管

Tetrapylon 四面門

Temple of Bal-Shamin バールシャミン神殿。ゼウスに奉げられたバールシャミン神殿は土地に雨をもたらす豊穣の神。

5Cに教会に造り替えられた。鍵がかかっていて入れない。

夜景

Funerary Temple 葬祭殿

Temple of the Standard スタンダード神殿は一番奥の神殿

Camp of Diocletion ディオクレティアヌス城壁

笑顔がカワイイ

ちょつと気取っている

『朝陽編』アラブ城に満月が落ち、朝陽が上がる

朝陽が上る

『夕陽編』アラブ城へ夕陽を見に行く

パルミュラは陽にあたり美しい

陽が落ちると急激に暗くなる

ダマスカスのパルミラ行きバスターミナル。 荷物検査などがあり、思ったよりも厳重体制。

荷物検査をすぎると、構内にはチケット会社がずらーっと並んでいました。 その中の1社に入り、チケットを買う。

バス車内。快適です。 デリゾール行きのバスを途中下車して、 パルミラで降ろしてもらう。

バスの車窓より。 時々現れる看板に『IRAQまで○○km』と書かれていて、テンションがあがりました。 いつかは行ってみたいなあ。 パルミラで降ろされたところは、バスターミナルというか小さなカフェで、最初はだまされているのかと疑ったくらい、なんにもないところでした。

ベトウィンのタクシー運ちゃんに頼み市内へ。(150SP) サンホテルへチェックイン。 夕食つきで500sp。

パルミラ・デリゾール方面行きのバス。

サンホテル:とてもキレイな室内。 4人部屋を2人で使わせてもらった。 他にはスイス人やフランス人、オランダ人にスロベニア人が宿泊してて、国際色豊かだった。

水周り。 まずますキレイでお湯もでたよ。

さっそく遺跡へむかいます。 おおおおおーー! スケールがおおきい!

街の大きさよりも、遺跡のある一帯のほうが、 明らかにおおきい。 こんなのが街中にあることになにより驚き。

夕日をあびる石柱群。 パルミラは入り口らしい入り口はなく、 一帯すべてが遺跡のため、 入場は一部を除きタダです。 太っ腹すぎる・・・。

そしてこんな感じで、野ざらしになった遺跡の石がゴロゴロと・・・。 かつて3世紀にゼノビア女王が統治していたころは、栄華を極めた都市だったのに・・・。 栄枯必衰の理、かな。

円形劇場あと。 この日はここでフェスティバルが行われるそうで、 立ち入り禁止。 すぐに追い出されてしまった・・・。

フェス準備中。 夏の夜はこんな催しものも行われるそうです。

『沈む夕日に映える遺跡』 という写真を撮りたかったのだけど、生憎の曇り空。 んー。

建物らしきものもある。

翌日。 朝日にてリベンジ!

少し離れた『エラベール3兄弟の塔墓』に行きます。 まずはツーリストインフォ前のチケット売り場で、入場チケットを買います。150sp 大きな額の紙幣だとおつりがないので、 細かいのを用意しましょう。

エラベール3兄弟の塔墓。 この時代に多額の寄付をした豪族のお墓らしい。 内部は美しい壁画があるも、写真禁止でした。

近くにあったバイク。 車やバイクでないと、この辺りにくるのは難しいかも。

続いてベル神殿へ。 パルミラに残る、最大最古の神殿。 入場料必須。150sp。

神殿の全景。 めちゃめちゃおおきいです!

石に残されていたレリーフ。 そこには昔の生活がくっきりと。

その大きさ・・・ 人と比較してみました。 すごい・・・。圧倒されます。

神殿を取り囲む壁。 かつては一周、ぐるりとあったのだろうな・・・。 しかしこれだけのものを立てる技術と労力、 現在のテクノロジーをしてもできるかどうか。 本当に信じられない。

水路かな? 人工的に作られていることは確かです。

夕暮れのアラブ城へと登りました。 ここから遺跡と町が一望できます。

アラブ城内部。 建物の外は、ビュースポットです。

遺跡全景。 改めてみてもその広さに驚き。

現在のパルミラの街。

この日の夕日は、こんな感じで雲が多くイマイチ。 惜しいなあ。 いつかまたここで、キレイな夕日を見たいです。

ベル神殿の柱。

こういう細部にまで細工が施されていて、 芸の細かさを感じさせられる。

ここにも遺跡パーツの石がごろごろ。 でかい。

夜は宿にてマトンカレー。

屋上のドミトリー。 私達は地下の部屋でした

パルミラの町の中心部。

パルミラのツーリストインフォメーション。 わりとこじんまりしている。

夕日。 ちょっと雰囲気でたかな。

ザ・砂漠な一こま。 8月初旬、朝の5時半過ぎです。

関空発のエミレーツ航空(EK317便)です。途中の写真が無いのですが、ドバイ乗り継ぎでダマスカスに向かいました。(ドバイまでで食事が2回、ドバイからアンマンで1回食事が出ました。)ダマスカスに入国の際はパスポートのチェックが厳しいです。(おそらくイスラエル入国の形跡があるかだと思いますが)

空港のバス乗り場からバスで市内まで来ました。市内までは75SPYです。パルミラに行くためにはガラージュハラスターのバス停に行く必要があるのでタクシーで移動する必要があります。タクシーの客引きがいますが、かなり高値で言ってきますので気をつけてください。タクシーは沢山走っていましたので途中で捕まえる事も出来ると思います。

ここがガラージュハラスターのバス停です。ただ、バス乗り場は写真の左側に道があるので、そこを歩いて行くと右側に検査場があるのでその中です。バスステーションの中には色々なバス会社の人が客引きをしているのですぐにバスは見つかると思います。僕は急いでいたので今から出発するってバスに乗りました。バスは200SPYです

バス車内からの風景。ダマスカスの街を過ぎると砂漠だけでした。途中に水のサービスがあり、車内には映画らしき放送が流れていましたが、アラビア語なので全く分かりませんでした(笑)

パルミラに到着です。ただパルミラの街から少し離れた場所に停まります。僕の乗ったバスはガソリンスタンドに停まりました。(バス会社によって違うかもしれません)ここからタクシーで街中まで行きました。100SPYでした。

ホテルにチェックインした後、早速パルミラ遺跡へ。ここの遺跡ですが、基本的に無料ですが、ベル神殿と円形劇場は有料でした。ベル神殿は150SPYでした。どうやらガイドも雇えるらしいです(幾らするかは分かりませんが・・・)

ベル神殿跡

ベル神殿跡

ベル神殿跡。柱の列と光で茶色になった柱がとても綺麗です

ベル神殿跡

ベル神殿跡(別角度)

綺麗なレリーフ。他にも色々なレリーフが残っていました

ベル神殿跡。良い色に染まりましたね。

柱の色の変化って本当に綺麗です

ベル神殿の観光終了後、続いてパルミラ遺跡を観光に行きました。

記念門。ここからでも柱の列が見えます。

記念門を後ろから撮ってみました。すごく綺麗です。

記念門からの通り以外は壊れた遺跡です。

柱の列が本当に綺麗ですね。良い感じです☆

円形劇場(入場料は75SPY) ここは綺麗に残っていました

円形劇場

円形劇場の外部。外部からは中の状況は分かりません。

四面門。良い感じな色に染まってます☆

遺跡は夕日に限りますね

壊れてる中に残っている柱が良い感じを醸しだしてますね。昔は凄い大きな遺跡だったんでしょうね。

記念門まで戻って来ました。もう暗くなってきました。パルミラ遺跡でスズキ氏(地球の歩き方に載ってる日本語ガイド)に会ったのでアラブ城まで連れて行ってもらいました。スズキ氏については次回の旅行記で書こうと思います

アラブ城からのパルミラの風景。アラブ城近くのアラブ人にかなり絡まれました☆

パルミラの街以外はほとんど砂漠です。

アラブ城からのパルミラ遺跡。望遠のレンズがあれば良かったんですがね・・・。

せっかくアラブ城まで行ったので入ってみました

アラブ城の内部です。

アラブ城。多くの人が夕日を見に来てました

アラブ城からの風景。パルミラと逆の風景。道路しかありませんね。

今日も終わりですね

夕食。チャーハンにヨーグルト(?)(左の皿)をかけて食べるんですが、美味しかったですよ。チャーハンに入っていたピーナッツが良かった

レストランの人に確認したら観光客は飲んでも良いよと言われたのでビールを飲みました。ただあまり美味しく無かったです。やっぱり飲む習慣の無い国なので仕方無いのかもしれませんが。

今日の夕食のレストランです

今日のホテルです。AlNakheel Hotel。従業員の方はすごく親切で良かったんですが、オーナーの方は今一つでした。1500SPYだったと思います。パルミラ遺跡に比較的近いので便利は良いです

夜のパルミラ遺跡です。

夕方とは違う雰囲気があり良い感じです☆

ベドゥインのキャンプ内部。テレビは映るしストーブはあるしで驚きました(*_*) 行ったらまずは紅茶でした。どこに行ってもまずは紅茶☆

夕食です。ここのチャーハンにもピーナッツが入ってました。

朝早くにテントの周りの写真を撮りました。まぁ何も無いです。石があるのでさらさらしたイメージの砂漠では無いです。さらさらした砂漠はやっぱりサハラ砂漠です!

このテントで1泊しました。

犬と鶏です。ベドゥインでは犬を飼っている家が多かった気がします。

何でも無い岩でも絵になりますね

夜撮った写真とは別の角度から。左端にテレビがありますよ

今日の朝食です。これをパンにつけながら食べました。

ベドゥインのお父さんが子供に民族衣装を着せて写真を撮らせてくれました。すごく良い人でした^^

ちょっと羊と遊んでみました(笑)

子供達です。4人いたんですが一人は来てくれませんでした。それにしても子供達は本当に可愛い^^

ここはお墓です

エラベール塔墓

墓の内部ですが、綺麗な壁画が残っていました。でも、1階以外はほとんど何も無いです。

エラベール塔墓の最上階。特に何もありません。

途中で撮影したパルミラ遺跡。この遺跡は何度見ても良い!

続いて三兄弟の地下墓室。これはその三兄弟の墓の周りで、特に何もありません。

ここが入口。中は撮影禁止です

三兄弟の墓室にあったプレート