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キューバってどんな国?

キューバ共和国(República de Cuba)、通称キューバ(Cuba)は、ラテンアメリカにある国。日本の本州の半分ほどの面積を持つ島国である。地理的には北アメリカに含まれるが、広義の中央アメリカにも含まれる。「アメリカの裏庭」と俗に呼ばれたりするが、裏庭どころではなく、南北アメリカ大陸、及びヨーロッパとラテンアメリカ 中南米を結ぶ要路に位置している。アメリカ州最初の社会主義共和国として独自の道を歩んでいるため、「カリブに浮かぶ赤い島」と形容されることもある。

キューバの地図

キューバのブログ旅行記

エチオピア小史: shukran@world

2008年5月17日 ... エチオピア政府は、その後ソ連やキューバなどから大規模な武器援助をうけ、反乱軍に 対して有利な立場に立ちましたが、抵抗は続きました。一方、国内では政府の貧困撲滅と 経済成長促進の計画が、くり返しおこった干ばつと飢饉によってゆき ...

「深夜特急」の新刊が!|世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後 ...

2008年11月28日 ... あ、9月にキューバひとり旅してきました! me-what 2008-11-28 15:24:42 >>この コメントに返信. 5 ■無題. アテクシも感動です! 読むのが楽しみっす。 セカイモンの 検索ワードランクがメジャーリーガーばかりだったけど、犯人はチミか? ...

キューバから帰国しました - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2009年12月3日 ... お久しぶりです。中村です 先日、キューバから帰国しました キューバは、数年ぶりの 訪問ですが、 以前に感じた心地のよい雰囲気は今回も全く変わることなく、 それが 懐かしく嬉しかったです キューバは社会主義の国だからでしょうか、 ...

ロシア風サラダ・キューバ風ごはん|食べて歩いて遊んでスペイン!

2006年10月19日 ... ウルコの食べて歩いて遊んでスペイン!の記事、ロシア風サラダ・キューバ風ごはんです 。

おまちか、ね!?|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2009年3月5日 ... 私もメキシコに1票です!! 楽しみです~~。 Sally 2009-03-06 11:32:25 [コメント 記入欄を表示]. 28 ■なんとなく. なんとなくスペインかキューバ. 遠益 2009-03-06 12 :25:47 [コメント記入欄を表示]. 29 ■無題. ハンガリーに一票。 ...

素敵な玄関飾り| 世界一周御披露目帳

世界一周のときに、ジャマイカ、キューバと夢は尽きないのですが、行きたいところ だらけなので全部行くとなると、何年もかかってしまう・・・(笑) カリブが行き先 として残るか疑問です。。。 YONYON 2005-12-21 08:35:47 >>このコメントに返信 ...

行ってきま〜す!|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2008年9月16日 ... キューバに一票!! お気をつけて! AkI 2008-09-16 19:18:43 [コメント記入欄を表示] . 19 ■いまドコ. 久しぶりの…でしょうか?もし違っても、地域限定でなく、全国放送で ありますように。最近MBSが多くて、見られないし。 ...

キューバといえば - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2009年12月14日 ... 前回ご紹介しましたキューバの旅のつづきです。 キューバ人はみんなにダンスが上手 です ガイドさんのお話によると、キューバ人は歩く前に踊る とのことでした。 生活に 音楽が溢れているんですね ...

2006年5月 - 奥様は海外添乗員

2006年5月31日 ... 私の知ってるイタリア人はみな無料でサルサを楽しめるとあって、そんなBARにあ しげく通っている。日本ではすでに死語?のディスコでも必ずサルサ・タイムはあって すごい人気だしね。 本場キューバは未だ未知の世界だけど、ぜひいつか ...

キューバに行ってきました - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2008年12月6日 ... 先日、一年ぶりにキューバを訪れました (トリニダー) 相変わらず、世界中どこの国 とも似つかない、独特な雰囲気を ... キューバ人ガイドさんも、配給の品不足や低い 給料など、国に不満がないわけではないが、医療と教育の面ではとても ...

ブータン!!|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2009年1月10日 ... なんか、昨日雑誌を見てたらモヒートが出てて、なんかキューバでモヒート飲んでる なほ子さんを想像してしまいました。ヘミングウェイ、なほ子さん好きそうだなー。 shogo 2009-01-12 22:40:49 [コメント記入欄を表示] ...

キューバ、トラベログ、トラベローグ、TRAVELOGはみんなの旅行情報の ...

キューバ・旅行情報の発信サイトのトラベログ、トラベローグ、TRAVELOG 。国内、海外 の旅行記、旅行日記、旅行体験記、トラベル日記、旅行写真集、旅行フォトアルバムを、 無料で作れる旅行専門のブログ、サイト.

井口選手がシカゴ・ホワイトソックスと正式契約への巻 (ユキノヒノ ...

2005年1月27日 ... 日本がキューバを破って優勝したWBCの興奮が忘れられないのか、今年は メジャーリーグの生中継を見ても、あまり感動がない。そんな中、ホワイトソックスの 井口資仁2塁... [詳しくはこちら]. トラックバック時刻: 2006年04月16日 20:43 ...

01a) プロローグ・出発まで - 2006年8月イタリア・フランス1ヶ月旅行の ...

2006年8月1日 ... 今年はキューバ、ヴェトナム、中国2回ですがたぶん暮れ辺りにどこかへいくと思います 。 HPに数千枚の写真をアップしていますが容量オーバーを気にしつつ、画質を落として いるのが残念です。 また超メカ音痴ですので未だにデジカメを ...

2008年01月17日のブログ|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2008年1月17日 ... 明治の時代に、サンフランシスコ、フロリダ、キューバ、イギリスと、とにかくものを 知りたくて、学問をしたくて渡り歩いています。 そんな今日の熊楠の展示の中の、印象 的なフレーズ。 私が学問の対象にしたいのは、「物」と「心」の接触 ...

アメリカン・グラフィティ in キューバ! - 地球浪漫紀行世界紀行 ...

2008年3月10日 ... 3月10日テレビ朝日系列にて「幸せの指標~世界が注目するキューバ医療~」が放映され ます。 ... 報道のスタンスはわかりませんが、キューバの医療制度そのものよりも キューバにまだ日本人移民が「いた」ということに個人的には関心が寄せ ...

旅人は去り、オリンピックは終わる。|世界一周ブログ(略してセカブロ ...

2008年8月26日 ... ミッキーさんいまの日本の環境、プロ野球界の立ち位置では「お国のために」というのを 韓国やキューバ以上に持つのは非常に難しいのも事実だと思います。 その中でもどう やったら勝てるを考えていかないといけないのかもしれません。 ...

キューバの写真・旅行記

大学最後の長期休みはメキシコ・キューバを訪問 旅程 1カンクン14:37(CU153)17:20ハバナ 2ハバナ観光 3ハバナ観光 4ハバナ→サンタクララ 5サンタクララ→ハバナ 6ハバナ 7ハバナ12:55(CU152)13:25カンクン

赤茶けた大地。 メヒカーナ航空の機上から。 (ちなみに、今はなき!?メヒカーナのCAは、ビビるくらい 美人揃いだった。)

ホワイトハウスを意識したらしい国会議事堂。 仲悪いクセに。笑

街の至る所に英雄・ゲバラが。

そして、ゲバラの盟友フィデル・カストロも。

どこまでも続く澄み切った青。

カテドラル

見所満載の革命記念館

ヘミングウェイが愛したモヒート

旅行者は滅多に入手できないゲバラコイン

女子高生!? 足長っ!

ハバナ空港

メリアハバナから歩いていけるスーパー。 オビスポ通りのお店では荷物を預けてショッピングする事は なかったけれど、ここは入り口で大きな荷物を預けてました。 なので、滞在中は手ぶらで歩けるよう、ポケットの沢山あるカーゴパンツ・カーゴスカートがとっても重宝。 スーパーは見ての通り、お土産になりそうなものは売っておらず、 日用品がだーっと同じ種類置いてある感じ。 お酒だけはどこでも大体同じ様な値段設定でした。

マレコン通り。満潮の時は時々波がまとまって頭の上から降り注ぎます。寒い日は危険・・

最終日空港にて。真ん中にあるハバナクラブのバーで飲み納め。 上の国旗の中にはアメリカの国旗もきちんとありました。

往路の乗り継ぎで我慢していたトロントのオイスターバー 「オイスターボーイ」にて。

むちゃくちゃ美味しかった・・・。 そして帰りのタクシーの中で苦しみました。 牡蠣に一度あたったら、3年は生牡蠣食べちゃいけないらしい。 今年はじめに瀬戸内海の季節はずれの牡蠣であたったばかり。 これから3年も我慢できるかなぁ。

世界一高いCNタワー。(すぐ抜かされるけど)

あちらで人気のラム酒、「ロンサンティアゴ」 左の茶色いのはそのままロックで。右の白いのはモヒートなどに。 真ん中は容器がプラスチックなので軽く、持ち帰りやすいです。 牛乳等で甘いカクテルにすると、甘党キューバ人にはたまらないと言っていた。

バラデロで買った、絶妙なデザインの木彫り人形。2つで10CUC。 マラカスのキーホルダーはとっても好評でした。 バラの花はホテルレストランで紙で作ってもらったもの。

服。

美味しかったコングリ。

気に入ったのがこのマラカス。グィロと一緒になっていて、 両方の音が同時に奏でられるもの。 形がいびつなのと、彫刻の跡がまだ青くて新鮮。 3CUC!

グィロの棒はこんな風にマラカスに刺して収納もできちゃう♪

とうとう念願のキューバ出発日。 伊丹→成田間。 何もない中、左手に浮かび上がる富士山。

カナダ トロントで一泊し、翌日トロントハバナ間。 下には道でつながった美しい島々。

4時間かけてようやくキューバへの着陸が近づきます。 緑の中に、赤茶色の地面、そして石油工場の煙がモクモク。

ホセ・マルティ国際空港。 ユーロやカナダドル等と違い、日本円はどこででも替えられる訳ではない為、ここでとりあえずの日本円をCUCへ両替。 薄暗いけど近代的な空港です。

バラデロの海!波が大きくて青が濃くて、思い込みでバハマの海に似てる。

浜辺に沢山おちていた海草のような植物。ぶどうの皮みたいなものの中に海水がまわってて、可愛い。

ハバナ~バラデロ間に訪れた、ピニャコラーダの美味しいカフェ。 バンドの曲に乗っていたら、中に招き入れられ一緒に 「グアンタナメラ」唄っちゃいました。 こういったアマチュアバンドも素晴らしい音色と声。 キューバってすごい。

滞在中何杯も飲んだモヒート。ミントが爽やか。

ホテルパラディスス。こんな二階建てコテージが沢山あって敷地広々。

部屋もロビーもとても可愛いインテリア。音楽もいっぱい。

ホテルからタクシー10分の「プラザ アメリカ」 CDショップや服・雑貨・レストランの入ったこの辺では一番 大きなショッピングセンター。

そんなに賑わってるでもなく ハバナ市内よりもずっと土産物安し。おススメ。

缶で作った置物とか。

ここでもキューバ音楽。

オールインクルージブで食べ・飲み放題。サルサレッスンやショー・ディスコもあって、欧米の旅行者が2週間以上、ゆっくり過ごしているといった感じ。 でも、旧市街地への思いも募ります・・

カサデラトローバ。(1CUC入場料) トリニダーの若者全員ものすごくサルサうまかった。

一時間毎にバンドが入れ替わり、観光客も地元民も堪能でした。 テーブルの席の上は半分屋外。

トリニダーのカサデラムシカサンティシマ広場の階段の真ん中に ステージが現れます。よって入場無料。飲み物は聞きに来てくれます。サルサはもちろん、こちらはアフリカ色の強いルンバ。 大人数での生のルンバはとてもかっこよかった!!

混血の島キューバでも、滞在中不思議なほど全くアジア人に会わなかった。 うろうろしてるとすごく見られてたような・・。

上から見たステージ。下の広場で帰りのタクシー(タクシーといってもキューバで頼んだタクシーは個人の誰かの車ばかり・・)のラファエロ君と待ち合わせ。時間ぎりぎりまで過ごしたら、心配であがってきてくれた。キューバ人は本当にみんな親切。 この下を左に曲がって突き当たりがカサデラトローバ。

クラシックカーや馬車。ゆったりとした時間が流れています。

配給を受ける人々。

小学校。にぎやかだけど、真面目です。

「ラ・カンチャンチャラ」 ここも、キューバ音楽が楽しめます。 夜は満席。

「ラ・カンチャンチャラ」 ラム・ハチミツ・レモン・ミネラルを混ぜた飲み物の名前でもあります。レモネードみたいで美味しい。

マスター笑顔。

公園でバンドの練習中。 おいでおいでって言ってます。

あちこちに犬がいます。 痩せた野良犬もいっぱいですが、人と一緒におだやかに暮らしてます。

ロマンティコ博物館。かつての栄光の日々を垣間見ることができます。

サンティシマ広場。ここが夜には音楽の中心地になります。

革命博物館。 ひときわ高い塔が目立つ建物。 バティスタ政権と、カストロの率いる革命軍に関する歴史が展示されてます。

民家。道路事情は悪くて車の揺れは半端じゃないです。

歩道を占拠してます。

ちょうど電車がやってきました。 キューバで電車で移動するにはかなりの時間の余裕が必要。

トリニダーでも、伝統的な刺繍などが中心の露店が並びます。

トリニダー中心部。メインストリート?

奴隷制度中止の19世紀中頃まで続いた作物と奴隷売買の中心地、トリニダー。サトウキビ畑での仕事を監視するこの塔も奴隷に作らせたのだとか・・

塔から見たお金持ちの家。

塔から見た奴隷の家など。50キロ先まで見渡せてしまいます。

すべてが素敵。

コワイでしょ? 人気グループのライブチケットを買ってきてくれと頼まれる。僕のような外人は、特別窓口で並ばず買えるようなのだ。あまりの迫力と必死の形相に押され、思わず承諾。買ってきて上げたよ。 (もちろんお金は先払いだ)

キューバ危機の時、問題になったミサイル。

博物館モノのクラッシックカーが普通に走っている。

キューバの旧国会議事堂。 皮肉にもアメリカのホワイトハウスを模して作られた。現在こそ犬猿の仲の両国だけど、昔は仲良かった。

チケットを購入し、球場内へ。 迫力ある試合を期待して。

エアカナダ便でトロント乗り継ぎ。 トロントに夕方到着、翌朝ハバナへ出発。 当日、トロント・ロジャースセンターにてブルージェイズ-ヤンキース戦があり、観戦することに。

松井選手が練習中。 日本人としてがんばってほしいものです。

試合開始。 ヤンキース戦なのに観客席がらがら。 開閉式ドーム球場で屋根が開いててちょっとうれしい。 A・ロッドやジーター、松井選手の活躍を見ることができて満足。

トロントから約3時間半でハバナに到着。 ハバナ・ホセマルティ空港から車でバラデロに向かった。

空港を出たあと、キューバの庶民をはじめてみた。イメージどおりのキューバらしい光景だと思った。これからどんな経験ができるのかと楽しみになってきた。

ゲバラの看板。キューバのいたるところにカストロ、ゲバラの看板がある。やはりキューバの英雄だ。

バラデロの看板が見えた。 ついにリゾートエリアに入ってきた。 初めてのカリブ海、わくわくしてきた。

憧れのカリブ海。 遠いところまできたものだ。

浜辺でのんびり。幸せな時間。

やっぱりいいな、カリブ海。

ちょっと休憩。遠くまできれいな海。

プールでのんびり。

バスでハバナへ移動。約3時間のバスの旅。 途中の車窓には、決して裕福ではないが、明るい人々の生活を垣間見ることができた。 ようやくハバナ市内に入る。

キューバの人々はのんびりしている。この旅を通じてよくわかった。旧市街ではこのような光景ばかり。よくしゃべり、よく笑い。

4日間お世話になった宿、テハディージョ。 決して豪華ではないが、居心地のよい宿だった。 スタッフはとても親切であるが、親切すぎて。。。

宿から徒歩1分くらいにあるカテドラル。 バロックスタイルの建物で、スペインの植民地だったことが想像できる。 広場は広く、地元の人や観光客で賑わっていた。

夕方はみんな通りに出てくるみたい。

かわいい子供。癒される。

有名なホテル、アンボス・ムンドス。ヘミングウェイが常宿としていた場所。ちょっとこぎれいなホテルで、ヘミングウェイの写真とかが壁にはってあった。

街を歩いていると、いろいろな人に声をかけられる。 悪い人はほとんどおらず、陽気でいい人が多い。 写真撮ってあげると言われて、撮ってもらおうかと思ったら、缶でできたおもちゃのカメラで、びっくり箱みたいに顔が飛び出してきた。 この人、これが仕事なのかな?

朝をむかえる。なんとなくキューバらしい風景。

大きな葉巻を吸っているおじさん。 さすが葉巻の本場キューバ。 この人も暇そうだったけど、何している人なんだろう?

ヘミングウェイがかよっていたというバー、フロリディータ。

大通りにはアメ車や観光用の黄色いココタクシーがとまっている。 50年以上前のアメ車が現役で走っていて、いつの時代にやって来たのかと思ってしまう。クルマはカッコイイのだが、排気ガスがものすごく吹き上がりとても臭い。走る音もうるさいし、よく故障して止まっている。なんともキューバらしい。

昔の国会議事堂カピトリオ。ホワイトハウスを真似したらしい。近くにいくとかなり大きく迫力のある建物だった。

かわいいタクシー。 (乗ってみると乗り心地悪し)

ココタクシーに乗って革命広場へ移動中。乗り心地はよくないが、風が気持ちいい。運転手とのやりとりも楽しい。(言葉通じないけど)

前から行きたかった場所のひとつ、革命広場。内務省の建物の壁にはゲバラの顔が描かれている。周りにはいろいろな省庁があり、ちょっと重苦しい場所でもあった。

革命広場はかなり広い。カストロが演説するときは、この広場が多くの人で埋まるらしい。

太陽はかんかん照り、かなりの暑さの中、マレコン通りをてくてく旧市街まで歩く。海沿いは景色がいいが、やはり暑い。

マレコン通り。

マレコン通りからみたモロ要塞。 青い空と青い海とモロ要塞。 旅をしている実感がこみ上げてきた。

若者が海で泳いでいた。 あまりの暑さで、仲間に入れてもらおうかと思ったが、我慢。

フロリディータで夕食と晩酌。 のつもりが、イタリア人の若者たちと意気投合。 ディスコに行くから着いて来いと言われ。。。 写真で後ろに座っている人がヘミングウェイ。

イタリア人15人くらいと日本人1人でタクシーに分乗しディスコへ。 タクシーの中はすごい盛り上がり。 クーラーがないため窓を全開にし、みんなで大声で歌いながら海沿いの道を走りディスコへ。

ディスコ入り口。どうなることやら。

すごかった。。。

フリーマーケットに立ち寄る。 楽器やら、置物やら、お土産やらいろいろな店があった。 日本人は目立つらしく、どの店からも声を掛けられ大変。しかしながら楽しい。

たそがれ。

レストラン、ラ・ボデギータ・デル・メディオ。 観光客でいっぱいだった。

キャバレー・トロピカーナ。 中南米で最大規模のキャバレーらしい。 何十人ものダンサーが迫力あるダンスをし、圧倒された。 キューバのパワーを感じた。

はじめはゆったりしたショーだったが。

華やかなダンス。 正面だけではなく、正面の高いところや真横(左右)で踊っている人もいる。すごい人数。

うーん、華やか。

近くに踊り子が。よく見るとすごい格好。

ガルシア・ロルカ劇場。 バレエの公演をやっているらしいが、立派な外観をみて終了。

ホテルテレグラフォ。きれいなホテル。(泊まっていないけど)

革命博物館。 革命に関する資料や武器の展示がある。また、カストロやゲバラに関するさまざまなものが置いてある。外には彼らが乗った戦車や飛行機も展示されている。

ゲバラの写真。やはりカッコイイ。

カストロやゲバラら革命軍がメキシコからキューバに渡った際に乗ったグランマ号。周りは警備をする兵士がたくさんいて、重苦しい雰囲気。

ついに帰国。 ホセ・マルティ空港からトロント経由で日本へ。 なんとも簡易的な出発ロビーの表示板。 空港自体、正直ぼろかった。まあ、キューバらしくてよいけど。

空港の出発ゲート。キューバの旗を筆頭に各国の旗が。 少し怖いイメージのあったキューバ。 未知なる社会主義の国キューバ。 しかしイメージとは異なり、貧しいながらも陽気で素朴な人々と触れ合うことができ、最高の旅となった。 今回はハバナとバラデロしか訪れることができなかったが、機会があれば地方も訪れ、本当のキューバの素顔を見てみたいと思った。

air jamaicaでいざ出発!! (FLT:61 1120am KIN-HAVANA) 往復で¥39569-

キューバでっかい

宿を決めずにキューバ入り。 取りあえず公園に向かえばどうにかなると思いタクシーに乗り込む。 タクシーはエアコン完備のプジョー(?)にイケメンドライバー。イチローを絶賛していた。 宿が決まってない話をすると宿を紹介してくれた。 おーよかった。ついてる! (タクシー代:25cuc)

紹介してくれた宿からの景色

2日目朝 お婆ちゃんが用意してくれた朝食 パンとコーヒー キューバのコーヒーめちゃくちゃうまい。 普段はブラックだけど砂糖がっつりでも旨い!!!

スプーンのうさぎ。 かわいいw

さて観光に行こー

いよいよ入国です。日本のキューバ大使館で取得していたツーリストカードを提示(¥2100) 空港は電気もほとんどついていなく、殺伐していました。 パスポートをもってかれて大丈夫かなと心配になったが手続き的には意外とスムーズ。 当時インフルエンザが流行っていた時だったからか布製のマスクを皆してました。

空港のcadecaで日本円からcucに両替

市街地からのカピトリオ

こちらはお葬式だそうです。

Capitolio カピトリオ(旧国会議事堂)

カピトリオの向かい側の建物。いい味でてる。

カピトリオの階段からの眺め

バスツアーでハバナの街を観光 (乗降り自由で3cuc)

メルコン通り

波は結構荒い

のちにこの辺りのホテルに泊まる事になろうとは...。w

モロ要塞

泊まったcasaです。 エアコン・冷蔵庫・シャワー・トイレ付 (宿代:朝食込30cuc) エアコンが無くても夜は過ごしやすかったです。 ジャマイカではものすごく蚊にさされましたが キューバでは全く見かけませんでした。 時期的にもういないよ、との話でしたので夏はいるのでしょうか。

3日目 内務省 夜のライトアップ姿もみたかったけど 一人なので断念しました。

ホセマルティ記念博物館

4日目 バスターミナルへ移動(taxi:6cuc) Viazulというツーリスト用バスでバラデロへ (朝8:00出発10cuc) 写真はバスチケットの半券

サンラクララまでは3時間ほど。隣に座ったイギリス人のパッカーとずっとお喋りしていたからあっという間だった。 バスターミナルに着くと客引きが沢山。料金とファシリティーを確認して20Cucでバス・トイレ付きのいいカンジの部屋があるCasaに決める。 Casaに到着するとすっごく愛嬌のある明るい奥さんが出迎えてくれた。客引きはダンナさんだったのだ。この夫婦たぶん私よりも若い。奥さんは英語ができるし部屋もずごくキレイで大満足。 今夜も夕飯はCasaでいただくことに。7Cuc。メニューは豚の生姜焼きとコングリ(黒豆入りのごはん)など。Congrisはこのタビ初だったけど、めっちゃおいしくてハマった。 夕食後は街の中心、ヴィダル公園まで散歩。

次の日(大晦日)の朝、荷物をまとめてチェックアウト。この街に来た目的、ゲバラ霊廟に向かう。 アルゼンチン人であり、最期はボリビアの山中でゲリラ戦を行っているさなか捕らえられ銃殺されたゲバラ。遺体は発見された後キューバに移送され、革命の際、政府軍との激戦の末に解放したこのサンタクララに眠る。 街の中心からは徒歩20分くらい。 朝早いので観光客もほとんどおらず写真撮り放題。

霊廟にはこの大きなモニュメントの裏側から入っていく。入場料は無料だがカメラを含め荷物は持ち込み不可なのでクロークですべて預ける。 まずはミュージアムへ。ゲバラの私物や色んな資料が展示されていて興味深い。 その後はついに霊廟へ。扉を開けるとそこは照明を落とした小さな部屋なんだけど、お墓だなんて思えないくらいキレイでモダンな造り。真ん中にゲバラのお墓。そしてその周りには共に戦って命を落とした革命家たちのお墓が。「ああ、今こんなにも近くにあのゲバラがいるんだ」と思ったらすごく不思議な気がした。 革命記念日は明日1月1日だけど、ゲバラ部隊がこのサンタクララを制圧したのはちょうど50年前の今日。(1958年12月31日)そんな特別な日にここに立つことができて本当によかった。

見学を終えて再びモニュメントの正面へ。前は大きな広場になっており、その周りも緑で囲まれてた公園になっている。 ここで丁度10:00に。そう、日本とキューバには14時間の時差があるので日本ではたった今、年が明けたのだ。すぐに家族に電話して「あけましておめでとう!今ゲバラのお墓の前に立ってるよー」と。友人たちからも次々にあけおめメールが届く。

(写真はゲバラがカストロに宛てた別れの手紙が刻まれた記念碑) 心ゆくまで見学したので歩いてバスターミナルへ。 分かってはいたことだけどハバナ行きのヴィアスールは22:00までない。カウントダウンは絶対ハバナでしたいのでシェアタクシーを探すことに。ハバナに向かうイタリア人カップルがいたので一人20Cucでシェア決定。バスは18Cucなので「これって高くない?」とイタリア人に言ったら「でも高級車だから20は悪くないんじゃない?」と返されてしまい、それもそうかと納得。実際Audiの新車でシートは超ゆったり、走りもスムーズだしスピードも出るから3時間くらいでハバナ到着。

タクシーから降ろされた場所は何と革命広場だった。写真は有名な内務省。

広場の中心にはホセ・マルティ像のあるタワー。毎年1月1日にはここでカストロが演説を行っていた。その演説(もちろん今は弟ラウルのスピーチ)を聞くのが旅の大きな目的のひとつだったんだけど、どうやら明日は革命50周年のためサンティアゴで演説するという情報をサンティアゴで得ていた。残念!

革命広場から旧市街まではちょっと距離があり、バックパックを担いで歩くのは大変なので一度だけ乗ってみようと思っていた観光用のココタクシーに乗車。6Cuc。写真ではわかりにくいけど、丸っこいフォームがかわいらしい。 ドライバーにいいCasaを知らないかと聞くと一緒に探してくれることに。いくら大晦日だからといってハバナには宿なんて沢山あるし飛び込みで何とかなるだろうと思っていた私が甘かった!どこも満室で断られまくる。ドライバーもCasa事情に疎いようなので別れて一人で探すことにした。

親切な地元の人たちに助けてもらいながら30分以上宿探しを続けるが一向に見つからない。みんな電話をかけたり、近所の人に聞いたりしてくれて本当に感謝。そしてついに空き部屋があるという人がいて案内してもらうが、そこは政府に届けていない違法宿。 キューバのCasaは15Cuc~40Cuc(日本円にして1500円~4000円)くらいと現地の給与水準から考えるとものすごく高いけど、その多くを政府に納めなければならず、その代わりにオフィシャルの看板を掲げることができる。違法宿であれば宿代がすべて収入になるからありえないくらい良い(別の意味ではヤクザな)商売なのだ。 そんなわけでちょっと迷ったけど、部屋はちゃんとしてるし、家の人たちも悪い人ではなさそうなので25Cuc×2泊で泊めてもらうことに。

泊まった家の家族。ラムをご馳走してくれたり、ハバナの治安について説明してくれたり私にとってはいい人たちだった。 私にとっては…というのはどいう意味かというと、この家にいた親戚の女の子と仲良くなって3日間一緒に過ごしたんだけど、彼女は病気で手術を受ける母親に付き添って田舎から一時的にハバナに来ておりこの親戚の家に滞在している。でも、好意で滞在させてくれている訳ではなく、彼女が支払っている生活費が目的らしい。「ここでの生活は辛い」と言ってた。

まだ外も明るいのでとりあえず一人で街歩きしてみる。 ハバナ・クラブ博物館 5Cucの入場料はケチって写真だけ。 西洋人の観光客がわんさか。

アルマス広場の古本市

絵画市 キューバはアートの国なので美術のことは良くわからない私でもついつい欲しくなっちゃうような魅力的な絵がいっぱい。 特にゲバラやキューバの観光名所等をモチーフにした現代アートが目立った。 もう夕方で店じまいが始まっており、明日から3日間は正月休みだと言うの一番気に入った絵をお買い上げ。

夕暮れ時のモロ要塞を対岸から鑑賞。

同じく夕暮れ時のマキシモ・ゴメス像。 2008年最後の夕日が落ちてゆく。 ここで一度Casaに戻って例の親戚の女の子ディアネリスと待ち合わせ。カウントダウンまではまだ時間があるのでカバーニャ要塞の大砲の儀式を見に行く。

すごいボケてるけどカバーニャ要塞から見たハバナ旧市街の夜景。 大砲の儀式は毎晩21時から。すごい混んでいるらしいと聞いていたけど、大晦日のせいかそうでもない。

カバーニャ要塞にはゲバラ博物館や第一ゲバラ邸宅等がある。明日来る予定だったけど、せっかくここまで来たからついでに寄って行くことに。 ディアネリスに「チェ好きなの?」と聞かれ「うん♪」と答えると「私も!やっぱカッコイイよね~」と他に誰もいないのをいいことに(従業員すらいなかった)2人で女子高生ノリでキャーキャー言いながら見学。 (写真は展示されていたポスター)

執務室だったかな? 因みに私は別にゲバラの大ファンとか信者という訳ではない。イデオロギー的にも自分の考えとは相容れないところがあるのだけど、そんなことは抜きにしてやっぱり彼はカッコイイ男なのだ。 ジョン・レノンに「世界で一番かっこいい男」と言わしめただけのことはある。

カウントダウンは海沿いのマレコン通りで。ディアネリスと私、そして通りで話しかけてきたキューバ人の男の子(名前忘れた)と3人でお喋りしながらその時を待つ。彼は約束していた友達が見つからず私たちと一緒に過ごすことに。キューバは携帯禁止だからこんな時不便。でも私は英語ができる彼のおかげで助かった。ディアネリスはスペイン語オンリーなので、私のスペイン語力では話が通じない時もある。 2009年になった瞬間、対岸のモロ要塞から花火が!! キューバで新年の風習と言えば、建物の上から通りにむかってバケツの水をぶっかけること!でもこの時期のキューバは昼間こそ日本の真夏なみに暑いものの、夜はちょっと冷えるので頭から水をかぶるのはツライい。

元旦も朝から観光。 お正月は家族と家で過ごす慣わしなのか、観光客以外はあまりおらず通りは閑散としている。

ホワイトハウスをモデルに建てられたというカピトリオ(旧国会議事堂)。

私がキューバに来る前、ハバナと聞いてまずイメージしていたのがこのカテドラル広場。 一日中観光客がいっぱい。

ロンプラに写真が載っている観光客の間で有名なおばあちゃん。トリニダーで会った西洋人パッカーに「カテドラル広場のそばにいつもいる」と教えてもらい探したらすぐ見つかった。 「写真撮ってもいいですか?」と聞いたら「1Cucね。あたしゃコレで食べてるんだからね」と言ってニカーっと笑う。超キュート!

1Cucを渡し、写真を1枚撮って立ち去ろうとしたら「ちょっと待ちな。1Cucくれたんだから、何枚撮ってもいいんだよ」とポーズを取り直し、私のためにわざわざ葉まきをふかしてくれる。調子に乗って「サインしてもらえませんか」とロンプラを差し出すと、名前の横に「85才」と年齢まで書いてくれた。

歩き疲れたのでカフェで休憩。この度で唯一入った観光客向けのお店。 ケーキ1.65Cuc、モヒートが3Cucだったと思う。 モヒートはミントたっぷりで見た目豪華なんだけど、味はイマイチ。 なぜなら 1.キューバのモヒートはミントをすり潰していないのでミントの味が全然しない 2.キューバのモヒートは細かくクラッシュした氷が入っていないだけでなく(日本ではフローズンカクテルっぽい場合が多い)、常温でサーブされるのでぬるくてラムの甘さが喉に残る まあ本場で飲んだという思い出が残ればいいんです。

ラウルのスピーチは無いにしても何かイベントがあるという噂もあったので、再び革命広場に行ってみることに。 路線バスはこの写真の中華街ゲート近くの公園から乗れる。0.05Cuc=約5円を乗車時に払う。広場が見えてきたら次の停留所で降りればOK。

ちょっと行き過ぎて歩いて戻る。正面に見ているのが夜は光るゲバラが付いている内務省。 革命広場は何もやっておらずガラ~んとしていた。 ちょっと拍子抜け。

50周年を祝う気はあるみたいなんだけど…。

ここにも!

ここにも!!

1時間くらい歩いて旧市街へ戻ってきた。 本物のグランマ号! これでカストロ兄弟やゲバラはキューバに上陸。 常に監視の目が光っているので落ち着いて写真が撮れない。

正面奥が革命博物館。 残念ながら本日は休館。 昨日行っておくべきだった(泣)。

ヘミングウェイが砂糖抜きダイキリを飲みに通ったことで有名なフロリディータ。

夜はディアネリスと一緒に彼女のお母さんに会いに行く。21歳のわりにすごく大人びているけど彼女もお母さんに甘えている姿は年下の女の子だな~ってカンジで微笑ましい。 帰りがけに夜のカピトリオをパチリ。

ついにキューバを発つ朝が。フライトは14:30なので最後の散歩をする。 空港までの交通手段は一般的に悪名高き(パッカーにとっては値段が高いという意味で)25Cucのタクシーしかないと言われているがそんなことはない。 荷物をまとめて昨日と同じ中華街近くのバス停から路線バスに乗る。値段は0.05Cucのはずだけど、この日は外人で言葉も分からないだろうと思われたのかタダで乗せてくれた。 1時間ちょっとで空港到着。このバスの問題はドメターミナルの近くにしか行かないということ。でも20分くらい歩けば国際線ターミナルまで行けるのでバックパッカーのとっては問題じゃないと思うんだけど。2500円と5円の差は大きいでしょ!

チェックインを終え、残ったお金でポストカードを買う。 写真はラウンジで飲んだビール。 薄暗いし食べ物も不味いので早々に退出。

出発ロビー。 こっちの方が明るくて気持ちいい。 定刻通りトロントには18時過ぎに到着。 カナダ入国の際、パスポートに押してあるスタンプが多いからか(しかもアラビア語率結構高し)別室にご案内~。「は?何で??」とブチ切れたら「黙って質問にだけ答えてください」と脅された。こわっ! 何とか無事解放されて行きと同じホテルにチェックイン。預けてあったダウンとブーツを受け取る。 夕飯はターミナル内でピザ1スライス。めっちゃ美味い!今までカナダ飯はイマイチと思っていたけど…。どんだけレベル低かったんだろうキューバ(笑) でもそんなところも含めてキューバが大好きになった旅でした。

キューバの文化・風俗・注意点

 風俗、習慣、国民性に関する留意事項
 キューバの人々は一般的に陽気で親切です。また、道徳心も高い国民ですが、偽物や横流しした物品(葉巻など)を売りつけるために声を掛けてきたり、親切を装って警戒心が薄れた隙に、スリや置き引きをはたらく者もいます。いくら陽気で親切だからといっても、警戒を怠らないようにすることが大切です。
 とかく忘れがちですが、キューバは現在も社会主義国であることを常に念頭に置いて行動する必要があります。

 衛生事情
 水道水は石灰の含有量が高いばかりでなく、アメーバ等が混在している危険性がありますので、飲用には適していません。一般的なキューバ人家庭でも水道水を飲用にする場合は、一旦煮沸させていますので、水道水を生のまま飲んだり口に入れたりすることは避けてください。飲用にはミネラルウォーターを利用してください。また、街頭の屋台で売られている食べ物も避けるようお勧めします。

 病気
 キューバでは2006年夏から同年秋にかけて、蚊(特に日中の蚊)が媒介するデング熱が流行しました。また、数年前にはデング熱で多くの死者が出たことがあります。デング熱に対する予防薬や予防接種はありませんので、虫除けや殺虫剤を使用したり、肌が露出しない服装をする等、蚊に刺されないよう対策を講じてください。

 医療事情
 ハバナ市内には外国人専用の病院があり医療設備はひととおり整っています。急患の診察もスムーズに行われているようですが、医療技術に関して絶対的に信用できるかは疑問が残るところです。また、治療を受けた場合、医療の種別によってはかなり高額の治療費を請求される場合もあります。
 日本人の体質に合った医薬品の入手は困難ですので、常備薬(風邪薬、胃腸薬、下痢止め、目薬、軟膏など)は日本から持参するようお勧めします。
 また、日差しが非常に強いので、海辺等での必要以上の日焼けに注意し、また日射病や熱中症などにかからないよう心掛けるとともに、外出する際は脱水症状を起こしたりすることのないよう飲料水を持ち歩くなどして健康管理には万全を期してください。

 その他(水難事故、自然災害等)
 キューバの一年は乾季(おおむね11〜4月)と雨季(おおむね5〜10月)に分かれています。9月から10月にかけてはハリケーンがしばしばキューバに上陸し、各地に大きな被害をおよぼしています。また、雨季には雷をともなったスコールが発生することが多く、過去には、遊泳中に落雷により死亡したという事例がありましたので、注意が必要です。