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ホンジュラスってどんな国?

ホンジュラス共和国(ホンジュラスきょうわこく)、通称ホンジュラスは、中央アメリカにある独立国である。政治経済をアメリカ合衆国 アメリカ資本のバナナ産業に依存してきたため、バナナ共和国とも呼ばれる。
西をグアテマラ、南西をエルサルバドル、南東をニカラグアに隣接しており、北と東はカリブ海、南はフォンセカ湾を経て太平洋に面している。

ホンジュラスの地図

ホンジュラスのブログ旅行記

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ホンジュラス - TRAVELOG

ホンジュラス/旅行情報の発信サイトのトラベローグ、トラベログ、TRAVELOG 。国内、 海外の旅行記、旅行日記、旅行体験記、トラベル日記、旅行写真集、旅行フォト アルバムを、無料で作れる旅行専門のブログ、サイト.

レンソイス・マラニェンセス(ブラジル)の写真 - 地球浪漫紀行世界紀行 ...

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ホンジュラスの写真・旅行記

コパン遺跡とガテマラシティとカミナリフユ遺跡から アンティグアまで。 表紙は、ジャガー神。 三頭身で風化のせいかカワイイ印象。

ティカルの後ホンジェラスに向かいます。 かなり治安が悪いのか警官が2人も 護衛についてくれました。 まあ、確かに山賊も出そうなジャングルですが。

ホンジェラス到着。 翌日コパン遺跡見学。

ここは、彫刻が見どころか。

いかにもな彫刻。

うさぎ王の顔か。

神殿広場。

球戯場。

奇妙な装飾の階段。

亀の彫刻。 なんとなくマンガチック。

ウサギ王の記念碑と巨大な階段。

諸代の王の記念碑の広場。

夜にガテマラシティに到着。 危ないから窓を開けるなとの注意。

翌日土のマヤ、カミナリフユ遺跡に。

てもこんな感じ。

サラッと見てアンティグアに向かいます。

不気味な装飾。

細かい建物。

チャーク神。

埋め込まれていた神殿。 付属の博物館にて。

馬の男。

古びた噴水。 巨大なのでグーグルアースで確認できます。

火山が近くにあり地震が多いそう。 これは地震で崩壊した又別の教会。

地震で崩壊した教会。

綺麗にドーム部分だけ落ちてます。w

カラフルな街並。

死にかけの犬とスペイン語学校。

マーケット。

「おっ」てな感じ。

夕暮れ。

ドンロドリコホテル内部。 古い面白い建物。

アンティグアに到着。 ドンロドリゴホテルに入り市内見学に出ます。 部屋はなんだか近世風味。

黄色い時計台。 フォトポイント。w

黄色い教会。

せっかく三脚を持ち込んだので 綺麗に飾られたホテルの夜景を撮ってみました。 ホテルの中庭の噴水。

ホテルの中庭の泉。

一面石段。

球戯場と不気味階段全景

仮面かと思ったらよく見たらオウム。 何でこんなデザインになるのか。w

王のレリーフか。

ガテマラシティに向かいます。

さすがに首都だからホテル内は別世界。w 明日は、アンティグアに移動。

ホテルの中庭の泉。

夜は少し肌寒いです。 ホテル全体クリスマス飾りが施されてました。

12月に入りましたが ブーゲンビリアが咲き乱れています。

黄色い時計台夜景。 翌朝はアンティトラン湖に向かいます。 次に続く。

ホテル入り口。 コロニアル金持ちの屋敷跡とか。w

エコ・ツーリズムに興味があったので、ラ・ティグラ国立公園に行きました。パッケージツアーとかもなかったので、ホテルのフロントにガイドさんを紹介してもらって、その人との個人交渉で料金を決め、その人がまた、公園のガイドさんを手配してくれました。 女三人で、山を歩いて、いろいろと説明してもらい、楽しかったです。

早朝3時にホンジュラスのテラという町を出発。 大半は山道で日が昇るまではただただ闇と霧のみの景色・・・ 対向車のライトもすれ違う直前まで確認できないという状況の中 「そんなの慣れてるよ」 というネイティブの心強い言葉を信じてただただ車を走らすこと3時間。

日が昇り周りが見え出した頃にはちょうど朝ごはんの時間♪ ホンジュラスの典型的な朝ごはんがコチラ。 マメを煮たもの(フリホレス)をメインにお好みでチーズや卵、アボガドや野菜を一緒にトルティーヤにくるんで食べます。 日本人には馴染みがないけどこれが意外にハマリます・・・

カウボーイハットの牛飼いと牛の群れ。 こんな風景もここならでは??? だんだん山頂に近づいてきました。

ホンジュラスと日本の関係。 日本のアニメのおかげでホンジュラスではこんなにも日本が浸透しているのかと思いきや、 いやいや実はコパン遺跡を始め台風で決壊した橋の再建設など至る所で補助しているんです。 なので日本人は割と歓迎されます。

まず出迎えてくれたのは GUACAMAYA(グァカマヤ) or PAPAGALLO(パパガヨ)という名前のカラフルな鳥。 上を見上げるとちらほら飛んでいます。 普段スズメぐらいしか見ないから相当惹きつけられました♪

コパン遺跡について・・・ 何も知らずに行ってしまったがために見落としている部分は沢山あると思います。 「ただ見れたらいいや。」 よりは予め歴史や背景を理解している方がより興味深く見れると思います。

コパン遺跡に関して私が知っていることは ウサギという名前の王様がいてその王様の時代がコパン絶頂ということくらい・・・ ※王朝13代目の王である「ワシャクラフーン・ウバーフ・カウィール」(通称18ウサギ王)

像のほとんどがレプリカで本物は敷地内の博物館に保管されています。

登ってみたはいいけどいざ降りようと思ったらけっこう急斜面なことに気がつきちょっとブルブルしました。

どちらかというと遺跡よりもこの壮大な眺めに感動したかな・・・

「神聖文字の階段」です。 マヤ文字でコパン王朝史が刻まれています。 発見当時は階段の崩壊もひどかったみたいですが今はかなり修復されています。

観光地ということもありレストランやお土産屋さんは沢山あります。 石畳が歩きにくいけど風情があっていいですね。

今回はこちらのレストランで昼食を。

これにはビックリ!! 「写真撮っていいですか?」 「ええ!!もちろんよ。そのためのパフォーマンスなの♪」 なんてサービス精神旺盛なんでしょう(^^)

なんでも乗せちゃうんだ・・・(笑)

中南米ではお決まりですね♪

ファヒータ!! 普段はあまり肉食ではないのですがこれは美味し過ぎてついパクパクと・・・

コチラ、ちょっと気になる置物でした♪

コパン遺跡に到着です。 ホンジュラス国内には、各種日本からの援助が入っておりますが、 ここ、コパンにも支援が入っています。 昔も確か、考古学のプロジェクトが入っていましたっけ。 マークにはここでの知り合いが多いらしく、様々な人々から声を掛けられ、 「今日は、マルティン(仮名)と仕事なんだ。」と答えておりました。 (なるほど、そのマルティンが、ホンジュラスのガイドさんなんだな。)

ここでいつものやりとりとなり、ここでも英語ではなくスペイン語でガイドをしてもらえることになりました。 遺跡の入口には小屋があり、ここにあるノートに名前と国籍を書き込みます。 私たちの名前の少し前に、2名の日本人の名前がありました。 「ここにはね、プリンセス サヤコが植えた木があるんだよ。」 この画像がそうだったかと。 違っていたら、すみません。

コパン遺跡を入った所には、様々な木が植えられています。 この画像は関係ありまりませんが、マヤの聖なる樹、 セイバについての説明もありました。 セイバの樹は、マヤにとっての生命の樹。 天上世界と地上世界と地下世界をつないでいます。

こちらは、マラカスの材料になる木の実。

少し歩くと、目にも鮮やかな鳥がおりました。 「えーと、これ、日本語で何と言うんだったかな?」 暫し、マルティンは考え込みます。 「オウム?」と 私が言うと、違うとのこと。

「そうだ、コンゴウインコだ!」 と マルティンが日本語で教えてくれたので、私はこの鳥のスペイン語名を知りません。

マルティンは続けます。 「コンゴウインコはね、この遺跡にとも深い繋がりがあるの。 アオ ハ キンセイ ノ イロ。キイロ ハ ツキ ノ イロ。 アカ ハ タイヨウ ノ イロ。 金星、月、太陽のカレンダーは、マヤにとってとても大切な物だから。」

なるほど、たくさんのコンゴウインコがいます。

大切に飼育されている訳なのですね。

その上の方には、クモがおりました。 「あ、クモ!」と マルティン。 「クモはさぁ、マッチョな方がメスなんだよね。見える? すぐ近くに小さいのがいるでしょ?そっちがオスでね、生殖行為が終わると、 メスはオスを食べちゃうの。 いやー、やっぱり女性は怖いね。」 これが、今から始まるマルティン節の始まりでした。

こちらには、遺跡の図がありました。

さらに木々が続きます。

「いろいろな木があるんだけど、木の名前で最後に<te>って就くでしょ、 これはね、<木>って意味。 ほら、こっち。アグアカテ(アボカド)があるでしょ。<アグアカ>って、 男性のアレのことなの。つまり、アボカドは・・・・。 そうそう、日本語では、アレって何て言うの?」 いきなり、シモ炸裂。 マルティン、背も高いし見た目はよろしいのに。

「もうさぁ、ワカモーレ(アボカドのペースト)なんてあるじゃない。 アレってソレを潰して作るからさぁ、もう、僕には怖くて怖くて とても食べれやしないよ。」 と、ガタガタと震えだすマルティン。 ダメだ。笑いをこらえられない。。。。 それでも彼の言葉を日本語に直し、fさんに伝える私。

「ちなみにあちら(上の画像)も、埋もれたピラミッドです。 ほら、こちらもごらんください。」 と 口調も変わる彼。

「ほら、ゴジラだよ。」 と すぐに冗談交じりになりますが。

「ここには、かなりの日本からの援助も入っていて、特に日本のナカムラセンセイの調査、発掘、保全作業が有名なんです。」

辺りを見ながら、マルティンは言います。 「暑いでしょう、こんな日には、ビールが美味しいね。 そういえば、gさん、ホンジュラスのビールって知ってる?」 「ナショナル、インペリアル、ポート ロイヤル、サルバ ビーダでしょ?」

暗黒の神 イーク

ここに来て、ちらほら欧米からの観光客の方々を見かけるようになりました。

「はい、こちらが祭壇Qです。」

「これもゴジラ・・・というのは冗談で、ケツァル コアトルです。 メキシコのチチェン イッツアーにもありますよね。」

遺跡の下には、図のように、さらに神殿(ロサリラ)が埋もれています。 図を見ながら、マルティンは言います。 「見て、ほら、ここにナカムラセンセイが!」 ・・・いないって!

遺跡内には、

作業をする方々の姿がありました。

墓地と貴族の住居があったのだそうです。

次は、墓地と呼ばれる場所を上から眺めます。

こちらは、神殿18。

かつては民衆の住居が広がっていたそうです。

かつての水路のシステム。

ジャガー。

地下の世界を思わせる骸骨模様。

彼等にとって大切なトウモロコシを育てるためには、 そのどちらも必要だったのです。

トカゲがいました。

さらに進むと、球戯場があります。

それでは、降りてゆきましょう。

そろそろ、アレが見えてきました。

コパンでは数学と天文学が発達し、古代マヤの科学センターとしても 知られていました。 コパンの神官は、7世紀には、1年が365.2420日であると算出していました。

こうして立っている物の多くは、レプリカで、本物は博物館にあるのだそうです。

「コパン遺跡は、紀元後400年頃から800年頃にかけて栄えたマヤ王朝の神殿 遺跡で、 グアテマラのティカルがニューヨークなら、コパンはその優雅な様式から、 パリに例えられています。」

「え、知ってんだ。何で?」 「私、昔ホンジュラスに2年いたんですよ。ボランティアで。」 「あーーー、そっか。それでスペイン語を話すんだね。」

「コパンの16人の王が刻まれています。それぞれが親子だったり、祖父と孫だったりします。」 マルティンは、コンゴウインコの羽のついた棒で指しながら説明してゆきます。 「で、これがラムセス2世!」 と そこに私たちの視線を感じ、 「嘘です。冗談です。あれはエジプト。」

緑と

今では一面の緑となっていますが、

かつては、太陽の色である赤色に塗られていたそうです。

マヤの人々は、光だけではなく、闇もまた必要な物であるということを知っていました。

人々は、集まると、この段に座ったのだそうです。

青空が目にしみる。 最初は涼しかったのに、だいぶ暑くなってきました。 日差しが強いです。

次いで、「ジャッキーチェンだよ。」と。

マルティン曰く、「ターミネーター」。

辺りを眺めながら、コパンに向かう途中のマークのマヤ文明ミニ講座の内容を思い出していました。

これこそが、コパンの王の眺め。

次に4のトウモロコシを造った。 東の赤は血の色。昇る太陽の色。 西の黒は死者の世界の色。夜の闇の色。

北は白、魂の色。男性の色。 南は黄色、命が溢れる色。女性の色。 そして、トウモロコシから人間が産まれた。

牙のようになっています。

神殿22。 天上世界と地上世界、地下世界とをつないでいます。

神は、人を作ろうとし、土で造ったけれど、水に溶けて流されてしまった。 木で造ったけれど、燃えてしまった。 石で造ったけれど、心を持たなかった。

ここで、政治を行っていたのだそうです。

上から、グランプラサが見えました。

石碑Nについての説明を聞いていると、他の観光客の人もやってきて、 一緒に説明を聞いていました。

必見の、神聖文字の階段です。

「こちらで行われていたのは、奉納球技なんだ。 例えばここで日本のホンダが勝ったとするでしょ、するとね。」 と マルティンは、首切りのジェスチャーをしました。 「あぁ、マルティン、それは良くない、ホンダとか言うのも良くない!」

当時としては、奉納球技に勝ち、生贄として捧げられることが栄誉なことであったとはいえ、 流石に例えが悪すぎです。

さらにグラン プラサを進んでゆきます。

「ほら、コレまるでハンバーガーみたいでしょ?」 ・・・もはや、何も言うまい。 本当は、生贄を捧げた祭壇なのだそうです。

実際には、コパンはとても平和的な都市で、 滅多には生贄を望まなかったのだそうです。

立ち並ぶ、ステラ。

大地を示す亀。 この辺りには、東洋でも同じような思想がうかがえます。

緑の芝生で、ほっと一息。

天気も良くて、良かったです。

いろいろと冗談交じりでしたが、楽しいガイドのマルティンに感謝です。 彼は、結構真面目なことも話していたのですが、すみません、 私のスペイン語が日常会話レベルなので、専門用語にはなかなかついてゆけず、 それでも時折日本語の単語を入れてくれたので分かりやすかったです。

マークがチケットを入手している間、fさんと私はトイレに行きました。 そして戻るなり、マークと一緒に遺跡ガイドのマルティン(仮名)がおりました。 ここでガイドさんが交代し、マークは暫しの休憩となります。 「コンニチハ~!」 マルティンは、いきなり日本語混じりで挨拶をしてきました。 「日本語、できるんですか?」 「スコシね。あなたは、スペイン語も話すんだ。」

帰り際も、これから遺跡に入る団体さんのスペイン語ガイドさんから、 「コンニチハ!」 と片言の日本語で挨拶をされました。 ホンジュラスと日本の関係は、今もなお深いようです。

fさんと二人、半分寝ぼけながらホテルのレセプションに行くと、 昨日のCツアーのIさんの手紙にあった、マーク(仮名)と思しき若い男性が既に私たちを待っていました。 「グッ モーニン!」と、マーク。 (やべ・・・英語だ。) 「ブエノス ディアス!」と返す私。 実は、このオプショナルツアーを頼むに当たり、英語と日本語の物があり、日本語ツアーは高いので英語で頼んでしまったのです。 しかし、英語はさっぱりの私。

fさんは、タマリンドのジュースを注文。 今回の目的通りに、現地物を着々と体験しています。 東南アジアでもお目にかかる、大きくて茶色い豆の鞘の中身を原料とした、、 甘酸っぱいジュースです。

昼過ぎには空いていたこのレストランも、夜になると欧米からの人々で一杯になるそうです。

昼食のお店は、某歩き方にも載っている、Llama del Bosque(ジャマ・デル・ボスケ)です。 昼食代は、ツアーには含まれておりません。

fさんの注文したバリヤーダ。 これまた郷土料理です。 小麦粉のトルティーヤに、フリーホーレス(インゲン豆のペースト)とクレマ・デ・マンテキージャ(サワークリームのような、とけたマーガリンのような物)が挟んであります。 それにしてもデカイ! 私が知っているのは、もっと小さかったような。

私は、シュラスコを注文しました。 L140→Q70 トウモロコシのトルティーヤ付き。 厚くて美味しい! ここで思いがけず、懐かしの塩辛いケソ(チーズ)との再会を喜んだことは、 いうまでもありません。

お次のビールは、サルバ ビーダ。 ポート ロイヤルよりも少し苦みがあります。

そういえば、ラベルのデザインが変わってしまったのね。

サルバ ビーダは、どちらかというとカリブ海側のビールのため、当時首都テグシガルパではなかなか見かけることがありませんでした。 ちなみに、ホンジュラスのビールで有名なものは、<インペリアル>と<ナショナル>という銘柄があります。 こちらも飲みたかったのですが、残念ながらお店には置いてはいないようでした。

そして、今朝買った、タハダィータも食べてみました。 ただ塩をふっただけの、シンプルで懐かしい味がしました。

ホテルの部屋に戻ると、手作りのクッキーが置いてありました。 お昼に結構食べたので、そんなにお腹は空いていなかったのですが、 それを食べてみたところ、とても美味しかったです。

車に戻る途中、商店で缶ビールを買いましたが、 やはり<ナショナル>と<インペリアル>は、ありませんでした。 缶ビール2缶 Q27

そんな訳で、ポート ロイヤルと

サルバ ビーダです。 缶のラベルも変わってしまったのね。

おはようございます。 と言っても、まだ夜も明けぬ午前4時。 今日は、午前5時の出発です。 でも、今夜またこのホテルに戻ってくるので気持ちはラクです。 昨夜買った、ポジョ カンペーロのフライドチキンで重すぎる朝食を摂る私。

その2時間後、フクロウの生息地で有名な町にて、二度目の休憩となりました。

さて、そろそろ車に戻りますか。

グアテマラ シティーでは、丁度逆方向への渋滞に出くわし、反対車線は、なかなか大変そうでした。 途中車は、ソナ1を通り、マークからグアテマラ シティーのソナについての説明がありました。 ソナ1は、1773年の地震の後、アンティグアから首都が移された場所です。 この話がら、先の東日本大震災の話になりました。

ジュースを飲み終わっても、まだ時間があるようなので、 辺りを少々散策してみることにしました。

fさんと言えば、ファンタ オレンジ IN グアテマラ。 ちなみに彼女は、日本では殆ど炭酸飲料を飲みませんが、 何故か海外ではコレを飲む機会に恵まれてしまい、 今回も私の押しつけにて飲むハメになってしまいました。 グアテマラ産は、fさん曰く「普通。」とのことでした。 一緒に買ったのは、これまた懐かしの、料理用バナナ(プラタノ)を揚げたものです。 昔ホンジュラスにいた時には、<タハディータ>もしくは、 <タハリータ>と呼んでいました。

こちら、購入時にお店の方が入れてくれた袋です。 やはりフクロウがトレードマークのようです。

車を走らせること2時間少々。 まずは一度目のトイレ休憩となりました。

そういえば、今回はまだ、ポジョ カンペーロで500mlの水を買ったきりです。 今日の分の水も買いたいのですが、まず、今日も明日もアンティグアに帰り着くのは遅い時間になります。 もしかしたら、また時間的にお店が閉まっているということもありえますし、 グアテマラにも後数日いるので、ここでその分の水も買うことにしました。

ここで、1Lの水を3本買うことができました。 Q8.50×3

道路の向こうには、そこに暮らす人々がおりました。

再度、出発!

このマークを、グアテマラでは良く見かけました。

さらに車を走らせてゆきます。 そういえば先ほどマークが今日のルートを見せてくれたのですが、コパンまではまだまだ遠いようでした。

木などを撮ってみる。

手前がレストラン、その奥にはお菓子等が売られているとのことでした。

ジュースを飲みながら辺りを眺めていたら、雀っぽい小鳥がおりました。 こちらの鳥は、頭の部分が黒くありませんでした。

そして、遠くから自転車を改造したリヤカーのような車に乗った男性がやってきました。

スイカにパパイヤにメロン。 フルーツを積んできたのですね。

車の中では、これからコパン遺跡に向かうにあたり、予備知識のミニ講座がマークからありました。

リゴベルタ女史は、近年グアテマラの大統領選になることを希望しているそうなのですが、 女性であるということ、またインディヘナであるということなどから、 なかなか支持率を得ることができず、苦心しているのだそうです。 マーク自身は、メスティーソの父とインディヘナの母を持つそうで、彼自身は憶えていないそうなのですが、赤ん坊の頃に内戦を経験ているのだそうです。 また、彼は言います。「学校では、スペイン人がやってきてからのことしか教えないんだ。これが一番の問題なんだと思う。」

途中車は、ミス グアテマラを多く出しているという町の近くを通りました。 そこに住むメスティーソ(グアテマラの先住の人々とスペイン系の人々との混血の人々)の女性は、美人が多く、身長も170cm越えがザラなのだそうです。

ただ今、午前9時45分少し前。 日本時間にすると、午前1時前になります。 fさんには、マークの話すスペイン語を、日本語にして伝えておりましたが、 次第にコクリ、コクリとし出すfさん。 時差ボケもありますし、昨夜遅くて今朝も早かった訳ですので。

そして一方、ミス インディヘナについての説明もありました。 彼女たちについては、美しささけではなく、その文化についても 深く精通していなければならないそうなのです。 彼女たちの装いには、欧米からは<グアテマラン レインボー>とも呼ばれる、伝統の貫頭衣<ウィピル>がありますが、これらも各部族ことに異なっているそうです。 その中でも、アンティグアに程近い、サン・アントニオ・アグアス・カリエンテスの物はグアテマラでも指折りの美しさを歌われており、他のどの町のウィピルよりも高値で取引されているとのことでした。

次に、マークは、マヤの全ての王が載っているという本を見せてくれました。

車はいよいよホンジュラスに向けて、峠道にさしかかります。 ここで、グアテマラの政治やかつての内戦の話、また「私の名前はリゴベルタ・メンチュウ」で有名な、リゴベルタ女史の話になりました。

この横の建物で、マークが手続きを(グアテマラ側?)しています。 ホンジュラス側の通貨、<レンピーラ>の札束を持った両替商の男性がしきりと声を掛けてきます。 マークの話では、コパン ルイーナスの町では、グアテマラの通貨ケツァールが使えるとのことで両替は、特に必要ないとのことでした。

マークの話を聞いているうちに、車はホンジュラスとの国境までやってきました。 コパン遺跡では、オプションで博物館やアクロポリスの地下トンネルの見学もできるとのことでしたが、 明日以降のための体力温存として、それらの見学はしないことにしました。 ちなみにアクロポリスの地下トンネルは、コパン遺跡でしかできないそうです。

向こう側はもう、オンドゥーラス(スペイン語発音で)。

山は緑。のどかです。

ワンコものんびり。

再度車に乗り、ほんの少しだけ走らせます。

車のカラーガラス越しのため、色がイマイチ。

今度は、ホンジュラス側で手続きをするマーク。 私たちは同日グアテマラに戻るので、出入国の正式な手続きは必要ないとのことでしたが、 思い出にと、マークがホンジュラスの記念スタンプを私たちのパスポートに押してきてくれました。

いやはや、まったりとしています。

そういえば、この15年で、いつのまにかトゥクトゥクが使用されるようになってきたようです。 以前には、全く見かけることがなかったのに。

コパン ルイーナスの街まで来れば、コパン遺跡まであと少し。

お昼も過ぎて、お腹が空いてきました。

ハンモックもいいのですが、家では使えないし、残念。

さて、それではお土産を買いに行きましょう!

後は延々と、アンティグアまで5時間のドライブです。 マークには申し訳ないのですが、大分昼寝をさせてもらいました。

ポジョ カンペーロ。 やはり至る所にあります。 マークの話では、グアテマラ経済を動かす7人の中に、 ポジョ カンペーロの社長(女性)も入っているのだそうです。 何故グアテマラでは、某カーネルおじさんの辺りよりも、 ポジョ カンペーロが優勢なのか? それは、トウモロコシのトルティーヤとも一緒に食べられるからなのだそうです。 日本には、カーネルおじさんの辺りにも、小麦粉のトルティーヤのツイスターがありますが、 それではダメなのでしょうか?

夕刻過ぎ、車はグアテマラ シティーまで戻ってきました。 すでにラッシュが始まっています。

また、道すがらマークの話は、いわゆる<チキンバス>についてのことになりました。 このチキンバスは、いわゆるアメリカのスクールバスの払い下げなのですが、 そのままでは使用できず、まずオートマをマニュアルに直し、 さらに2人掛けのシートを3人掛けに直すのだそうです。 また、もともとスクールバスは黄色くペイントされているため、 お金のあるバス会社は自社のカラーにバスを塗リ直し、 お金の無い会社は、黄色のまま使用しているのだそうです。

その横を、我が愛する<BIMBO>(ビンボ)のパンのトラックが通り過ぎました。

そしてなんと、グアテマラでも1年前から、日本で言えばSUICAやPASMOのようなカードを利用できるバスが走り始めたそうで、 その代わりにそれらのバスは、チキンバスよりも運賃が高めなのだそうです。

その先のお土産屋さんにて、キーホルダーを購入。 2個でL170→Q75

そう、ここはグアテマラ。 ドライバーガイドさんが、スペイン語を話せないはずがないと、たかを括っていたのです。 「あの・・・、すみません。英語を頼んでしまったんですけど、実は私、英語は全然分からなくて、スペイン語に変えてもらえないでしょうか?」 「え、スペイン語でいいの?それなら簡単だね。 そちらの彼女(fさん)もそうなの?」 「いえ、彼女は聞くのなら英語の方がいいんですけど、話すのは・・・。」 と、結局スペイン語にしてもらったのでした。

明日は、いよいよfさん念願のティカル遺跡行きです。 こちらも今回は日帰りで行きます。 朝4時出発だから、起きるのは3時です。 ***旅行記は、この後、コパン遺跡内編に続きます。***

まだ夜の明けぬ道を、まずはグアテマラ シティー方面に、車は走っていきます。 ちなみに今回、混載ツアーで頼んでいたのですが、どうやらお客は私たちのみで、結局プライベートツアーとなりました。 マークの話では、ホンジュラスのコパン遺跡までは片道6時間程かかり、朝のラッシュを避けるため、早めの出発になっているとのことでした。

食事も一段落したところで、突如マークが、マヤの占いの本を取り出しました。 「この本は、僕にとって、特別な本なんだ。」とのこと。 なんでもこの5月に女優の原沙知絵さんがやってきた際に本にサインを頂いたのだそうです。 マークに占ってもらったところ、fさんも私も<ハチドリ>とのことでした。

コパン遺跡に到着です。 ***遺跡内については、次の旅行記に続きます。*** ここから下は、遺跡観光後についてになります。

私はホンジュラスのビール、ポート ロイヤルを注文。 L40→Q20 昔飲んだっけ。 なんだろう、昔よりも美味い。 あんなに飲みたかったgalloよりも、主観的には美味い。 何故?

などなど 話を聞いているうちに、車はアンティグアへと到着しました。 マークから明日用のバウチャーを受け取ると、チップを渡してお礼を言います。 12時間もの運転です。 仕事とは言え、スゴイと思います。 しかも、彼のガイドは完璧でした。 今後、もし彼のガイドに当たった方はラッキーです。 ちなみにマークは旅行記用に私が考えた仮名ですが、 本名はそれと良くにています。

わずかなホンジュラスでの滞在となりましたが、 ささやかなる我が野望も達成できて満足です。

<サルバ ビーダ> グアテマラでは水ですが、ホンジュラスでは、ビールの銘柄だったりします。

ロス・アマテスからチキムラ行きのバスに乗り、さらに国境行きのバスに乗り換えて何時間かかったんだろう?コパンの町に着いたのは夕方の日暮れ前。カラフルに塗られた町の壁、コーヒーの香りなど意外にかわいくて居心地のいい街。時間があったらもっと滞在して、アクティビティもやりたかったな。

雲がオーロラみたいになってた。。。本物見たことないけど。

ピラミッドはあっちです。

キリグアのステラより背がちっちゃい。屋根に守られていないのはレプリカだからだそうです。

この方が18ウサギ王(あだな)だそうです。

崩れたピラミッド。この奥というか裏側がアクロポリス。向かって右側から進みましょう。

神聖文字の階段。

マヤ好きにはおなじみの球戯場。

こちらもおなじみ雨神チャック。

コパンの歴代の王が彫られた祭壇。

コパンの町の使えるヤツ、トゥクトゥク。

エルサルバドルの首都・サンサルバドルに 滞在した後、 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10559468/ TICAバスでニカラグアの首都・マナグアに むかいます。 サンサルバドルを5:00に出発、 マナグアには17:00に到着です。 途中、ホンジュラス領内を通過、 写真はホンジュラスの入国スタンプです。 寝坊したおかげで、1日遅れのバスには 日本人旅行者が1人。 この出会いも、後の「災い」に繋がることに なるとは、この時は知る由もありません。

新市街のメインストリートのマキシモ ヘレツ通り。

ホテルの部屋から見た新市街。

首都のテグシガルパはセントロ(旧市街)と新市街に分かれています。 新市街は先進国レベルの大都会です。

Hotel Honduras Maya. 新市街の高台にあるホテル。 僕の部屋は角部屋だったので2サイドに窓があり、景色が良かったです。 このホテルの中にはベリーズの領事館が入っているのでビザが取れました。 ここも空港まで無料のシャトルがありました。 75ドル。

新市街と旧市街の境にあるフォート。 この川が境です。

サンイギドロマーケット。 旧市街のコマガグエラ地区にあるホンジュラス最大の市場。 すりが沢山いるそうです。

旧市街のコマヤグエラのメインストリート5a Avenida.

スペイン植民地時代の傑作といわれている美しいカテドラルは中央公園の一角にあります。

Parque Central テグシガルパの中心の公園。 市民の憩いの場になっています。 ショッピング街の真ん中にあります。

マーケットの花屋さん。 

Los Dolores広場。 ここは毎日露天市が出て賑わっています。 ロスドロレス教会は壮麗な外観を持つ市の代表的な教会です。

コパンの遺跡が付いたホテルのルームの表示。 可愛いです。

ベリーズに行くためにテグシガルパからエルサルバドルのサンサルバドルまで乗ったTACAのB-737.たった30分のフライトです。 サンサルバドルはタカ航空のハブです。

ホンジュラスの文化・風俗・注意点

 犯罪発生状況
 中米における最貧国の一つであるホンジュラスにおいては、本年1月27日に発足したセラヤ政権の下、ロメロ治安大臣を中心に治安体制の確立を進めていますが、予算不足による脆弱な治安体制の下で警察力が低下しているため、首都テグシガルパ市、サンペドロスーラ市といった都市部を中心に、銃器使用の殺人・強盗事件が連日多発しています。また、スリ、ひったくりなどの窃盗犯罪も日常的に発生しています。
 特に、けん銃などの銃器が多くの国民に広まっていることから、これら凶悪犯罪の殆どに銃器が使用されています。
 また、青少年凶悪犯罪集団マラスは、当国に推定約3万人の構成員を持つといわれており、主たる構成員は貧困層の青少年達であるため、その勢力は増大し、活動が活発化しています。
 国内において、殺人等犯罪による死亡者数(国家警察統計)は2004年には3,639人、2005年には3,168人と年間3,000人を超えています。

 日本人の被害例
〈強盗〉

     日本企業の現場事務所が給料支給日に12人の武装グループに襲撃され、現金などを強奪された。
     邦人調査団がレンタカーで宿泊先のホテルに到着し、ホテルの前で団員が降りた直後に銃撃を受けた。
     在留邦人が市内路線バスを使用したところ、同乗していた客にけん銃を突きつけられ、現金を奪われた。
     邦人観光客が夕方、テグシガルパ市内のインターネットカフエにおいて、強盗4人組(内2人は店外で見張り)にけん銃を突きつけられ、現金、デジカメ、腕時計、眼鏡を奪われた。
     邦人女性が夕方、サンペドロスーラ市からコパン遺跡に向かうバスに乗車中、出発の段階から乗り込んでいたけん銃所持の強盗4人組によりバス内にいた乗客全員とともに金品を奪われた。犯行グループは逃走時、バスめがけてけん銃を発射したが死傷者はなかった
     邦人男性観光客が、深夜、テグシガルパ市内高級住宅地区のホテル前路上において、けん銃所持の強盗3人組に取り囲まれ、金品を奪われた。犯行グループは犯行後、同観光客の足元に向けてけん銃を発射、観光客は足を負傷した。
     在留邦人が、早朝、トンコンテイン空港近くで、男1人の強盗犯にけん銃を突きつけられ、現金、携帯電話等を奪われた。
     邦人女性観光客が夜間、ロアタン島ウエストエンド地区の路上において、男3人の強盗犯にけん銃を突きつけられ、バッグを奪われた。
     在留邦人2人が、サンペドロスーラ市セントロ地区の路上において、男2人の強盗犯にけん銃を突きつけられ現金、携帯電話等を奪われた。
     在留邦人が夕方、テグシガルパ市内ショッピングセンター付近の路上で、マウンテンバイク乗車男1人の強盗犯にけん銃を突きつけられ、肩に掛けていたポシェットを奪われた。
     在留邦人が、昼間、テグシガルパ市ロマス・デル・ギハロ地区の路上において、男2人の強盗犯にけん銃を突きつけられ、携帯電話を奪われた。
     在留邦人が、昼間、テグシガルパ市ミラ・フローレス地区の路上において、男2人の強盗犯にけん銃を突きつけられ、現金等を奪われた。
    〈空き巣など〉
       テグシガルパ市内の在留邦人宅に、外出中何者かが侵入し、テレビ等電化製品を持ち去った。
       テグシガルパ市内の在留邦人宅に、外出中何者かが侵入し、デジラルカメラ等を持ち去った。
       テグシガルパ市内の在留邦人宅に、外出中何者かが侵入、現金、パソコン、テレビビデオカメラ等を持ち去った。なお、犯人は犯行時、同宅に家電修理に来ていた従業員をけん銃で脅し、拘束の上犯行に及んだ。
      〈スリ、ひったくりなど〉
         邦人観光客が空港待合室で、バッグをイスの上に置き、目を離した隙に、パスポート、財布が入っているバックを盗まれた。
         邦人観光客が、市内バスに乗車し、乗降口付近に立っていたところ、数人の乗客に体を押され、目的地に到着して気付くとズボンの後ろポケットに入れていたパスポートが盗まれていた。
         在留邦人が、友人と二人でセントロ地区(中心街)を歩いていたところ、前から突然走ってきた少年にバックを引ったくられた。
         在留邦人が、夕方、大使館付近を歩行中、前方から走行してきたバイク乗車の男2人組にすれ違いざま、肩に掛けていたバッグをひったくられた。被害者はひったくられた際、転倒、顔面打撲、両膝擦過傷等の傷を負った。
         在留邦人が、夕方、テグシガルパ市ショッピングセンターの店内イスの上に置いていた袋(携帯電話在中)を何者かに盗まれた。
         在留邦人が、昼間、テグシガルパ市セントロ地区に向かうバス内において、何者かにズボンの前ポケットに入れていた携帯電話をすられた。
         在留邦人が、朝、トルヒージョ地区の浜辺に荷物(現金、携帯電話等在中)を置いていたところ、何者かに盗まれた。
         在留邦人が、夕方、テグシガルパ市内の体育館に荷物(現金等在中)を置いていたところ何者かに盗まれた。
         犯罪被害危険地域
         下記の地域においては、銃器使用の殺人・強盗等の凶悪犯罪、麻薬密売などが多発しています。特に、携帯電話・現金強奪を狙ったけん銃強盗事件が日常的に発生しています。

           首都テグシガルパ市
             コマヤグエラ地区
            マラスの構成員が多数居住しています。
             スヤパ、ヌエバスヤパ、インフイエルニトの各地区
            マラスの構成員が多数居住しており、警察官等治安関係者ですら、少人数で立ち入ることができない危険地域です。
             モールムルテイプラザ及びその周辺地区
             プラザミラフローレス及びその周辺地区
             ケネデイ地区
             ホンジュラスマヤ・ホテルとマリオットホテル周辺
             サン・ペドロ・スーラ市
            テグシガルパ市よりも、マラスの構成員や活動拠点が多いと推定されています。
               セントロ地区
               チャメレコン地区
              マラスが走行中の路線バスを襲撃し、乗客・乗員に向けてAK-47、M-16を乱射。女性・子供を含む28人を殺害、32人に重軽傷を負わせるという無差別大量殺人事件を引き起こしました。
               防犯対策
              〈強盗〉
                 夜間は外出しないでください。また昼間でも単独行動はできるだけ避け、特に上記危険地域においては、徒歩での移動は避け、たとえ近距離でも車両で移動してください。
                 外出時は目立たない服装をし、現金は分散して所持し、高価な時計、アクセサリーなどの貴金属類などを身につけないでください。また、ホンジュラスにおいては、携帯電話を狙った強盗が多発しているため、ズボンのポケットに入れるなど、目立たないように携行してください。
                 警察官等治安関係者の制服を着用した強盗事件が発生しています。ホテル、一戸建て及びアパート等の滞在先に見知らぬ人が訪ねてきたら、たとえ制服を着た警察官であっても、偽者の可能性があるため、絶対にドアを開けないでください。
                 強盗被害に遭った場合は、犯罪者の殆どが銃器を所持していると考えられるので、生命の安全を第一に考え、絶対に抵抗しないでください。また抵抗する素振りも見せないようにしてください。
                〈誘拐〉
                   今まで邦人が被害にあった例はありませんが、短時間誘拐が多発しています。
                   これは、被害者が
                     犯人グループからの報復を恐れている
                     身代金要求額が多額ではない
                    などの理由から、警察に届けを出すことが殆どないため、正確な発生件数が表に出ることはありません。
                     犯罪組織は、裕福な被害者を選定し、家族構成や生活状況を綿密に調査した後に犯行に及んでいます。被害に遭わないためには、普段から調査活動や尾行の有無等身の回りの変化に気を配り、自己防衛に努める必要があります。

                    〈スリ、ひったくりなど〉
                       外出するときは、腕時計、ネックレスなどを外してください。貴重品をズボンの後ろポケットに入れるのは絶対に避けてください。特にパスポート、航空券の管理には十分注意してください。
                       ホテルは値段でなく安全性を優先して選択してください。また、現地で知り合った人を安易に信用することは危険です。

                      〈交通機関利用時〉
                       公共交通機関としては、バスとタクシーがあります。
                         バスは、強盗、スリが横行しており、利用するときには十分な注意が必要です。
                         タクシーは、料金メーターがなく、乗るときに事前に料金の交渉が必要です。一人で乗車すると、他の客との乗り合いになり、時にはその客がタクシーの運転手と組んで強盗に豹変することもあるので注意が必要です。
                         最近、偽タクシーを使用しての強盗事件が多発しています。正規に登録された無線タクシーなど信用できるタクシーを利用してください。