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ブエノスアイレスってどんなところ?

スペイン語で「よい空気」の意味のブエノス アイレスは、南米のパリと称され、中南米で最もヨーロッパ的雰囲気、生活様式を持つ。碁盤の目のような街路の並木が美しい。アルゼンチン タンゴ発祥の地。

ブエノスアイレスの地図

ブエノスアイレスのブログ旅行記

ブログテーマ[世界一周準備(日本)]|世界一周ブログ(略してセカブロ ...

■NY→マイアミ ■マイアミ→キト ■ラパス→サンチャゴ ■サンチャゴ→ ブエノスアイレス ■ブエノスアイレス→サンパウロ. 【ヨーロッパ&アフリカ】 ■ リオデ→マドリッド ■カサブランカ→ロンドン ■ロンドン→ブタペスト ■カイロ→ ロンドン ...

ユキノヒノシマウマ: 音楽関係 アーカイブ

2005年5月4日 ... 1942年アルゼンチンのブエノスアイレスで、ユダヤ系ロシア人の両親の元で生まれる。 5 歳で始めたピアノで、7歳の時にはすでにリサイタルを開く。 1952年ザルツブルクの モーツァルテウムでピアノと指揮を、続いてパリ音楽院、ローマ・聖 ...

踊れないスチュワーデス物語@HAWAII : とうとう来てしまった ...

2006年10月11日 ... 急いで電話してみると、その日の夜10時ごろ出発予定だったブエノスアイレス行きの便が 大幅に遅れ、乗務予定だった ... ブエノスアイレス5日間の仕事。 これ1本やれば今回の スタンバイは終わりだったし、何と行っても手当が付きまくるこの ...

2008年04月05日のブログ|世界を散歩する

2008年4月5日 ... アルゼンチン・ブエノスアイレス. ↓. アメリカ・アトランタ. ↓. アメリカ・ ロサンゼルス(12時間待ち). ↓. 台湾・台北(10時間待ち). ↓. 日本・成田. そしてここは、台北。 実際に遊べる時間、わずか4時間。 ...

踊れないスチュワーデス物語@HAWAII : 年末年始ダイジェスト 1

「今夜の便でブエノスアイレスへ行って下さい。」 おー久しぶりのブエノスアイレス。 真冬のDCは雪がしんしんと降っている ... ブエノスアイレスも深夜便なので到着は翌日 の朝。 私は翌々日の帰着便まで他の仕事はないので(途中モンテビデオまでの往復 ...

ブログテーマ[世界のお土産]| 世界一周御披露目帳

ブエノスアイレスやイグアスのピンバッジは、先日お伝えしたので、 それ以外の地名 入りとしてまずご紹介するのは、バリローチェで見つけたもの。 .... 古臭いタイプで 言うと、アルゼンチンのブエノスアイレスで見つけたこのピンバッジもレトロで大好き。 ...

踊れないスチュワーデス物語@HAWAII : 2006年04月

昨日は朝早くブエノスアイレスから帰ってきた。 6時に到着したけれど、ゲートに入って 入国を済ませ、税関を通ってオフィス ... 今回のフライトはアルゼンチン・ ブエノスアイレスに行った後、翌日ブエノスアイレスから飛行機で25分程のところにある 小さな ...

2008年03月20日のブログ|世界を散歩する

2008年3月20日 ... アルゼンチン、ブエノスアイレス。 サッカー歓声で揺れる街。 焼肉食べ放題! キムチ 食べ放題! 冷麺食べ放題! そして牡蠣食べ放題!! 皿が空いたとたんに、次の皿が運 ばれてくる。 これは、ウェイターからの挑戦か!?! 最初は圧勝。 ...

2007年11月 - shoの旅行記~気の向くままに歩いて行こう~

8:35 予定通りブエノスアイレスを後にした。 途中バリローチェ(Bariloch)に寄り カラファーテに着いたのは12:30くらい。 約4時間を要したが、直行便 .... ブラジル側 イグアスからブエノスアイレス行きは3社ある。 Pluma社は月・水・木・金(12:00発)。 ...

Asante*sana > 海外旅行レポート一覧 > レポート

2008年2月29日 ... 当初、11:25発のブエノスアイレス-カラファテ直行便を予約していました。 でも トランジットが2時間しかなかったため、万が一遅れた場合予定が狂うと思い、現地旅行 会社のすすめもあって、 12:30発のブエノスアイレス-ウスアイア- ...

シャンデリア・フェチ - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2009年7月10日 ... 「南米のパリ」と呼ばれるアルゼンチンのブエノスアイレスに、 今年3月に訪れたとき、 うんうん何となくパリっぽいなと思いましたが、 やはり本物のパリは、街並みもさる ことながら、 やはりそこにパリの人々がいてこそパリ なんだなあと ...

出迎え。|世界を散歩する

2008年7月19日 ... 南米アルゼンチンのブエノスアイレスで出会ったフカパパのお出迎え。 わぁい!わぁい !!! お土産に、焼酎とマヨネーズ持ってきましたよ~! 祝!大理にぐつぐつ辛~いう ま~い鍋をご馳走になって・・. 再会祝して、もちろん乾杯! ...

Oディレクターが撮る諸岡@京都編|諸岡なほ子の『旅の途中の ...

2009年5月18日 ... 35 ■ブエノスアイレスからです. ふしぎ発見ホームページでの駿河待庵の素晴らしい アングルを見て、これはOディレクターだ!と確信しておりましたよー綺麗な京都だった そうでよかったですねーアルゼンチンもお忘れなく! ...

南米行き格安航空券 世界一周旅行記

ニューヨーク → ブエノスアイレス(乗り換え) → サンチャゴ マイアミ ← サンチャゴ. というちょっと変則的な往復チケットです。 出発地点と帰ってくる地点が ちがうので、“逆オープンジョー”とでも言うのかな。 « パトカーから眺める ニューヨークの夜 ...

踊れないスチュワーデス物語@HAWAII : ブエノスアイレス一日目

2006年7月22日 ... 到着1時間前にさっくりと朝食のサービスも終え、無事ブエノスアイレスに到着。 この 時期のブエノスアイレスは秋だった。 ドアが開くとスーッと涼しい風が吹き込んだ。 こっち(DC)が真夏なので南半球は真冬だと思いコートを持ってきたん ...

ダニエル・バレンボイムの巻 (ユキノヒノシマウマ)

2005年5月13日 ... 1942年アルゼンチンのブエノスアイレスで、ユダヤ系ロシア人の両親の元で生まれる。 5 歳で始めたピアノで、7歳の時にはすでにリサイタルを開く。 1952年ザルツブルクの モーツァルテウムでピアノと指揮を、続いてパリ音楽院、ローマ・聖 ...

ブエノスアイレスの写真・旅行記

イグアスからブエノスアイレスへ戻り、リマへ発つ日。 ブエノスアイレスのアエロパルケ空港に到着してリムジンバスで市内へでようと思ったが1時間後でかなり時間が・・・ レミース50ペソくらい(約1000円)と高いので、普通のタクシーを拾おうと乗り場に行ったら、ブラジルで一緒にヘリに乗った人とばったり! その人も市内に出るというので同乗させてもらって市内へ出た。 特に予定がなかったので、その人と一緒に有名な墓地を観光することにした。

こちら、墓地のあるレコータ地区。 高級住宅地らしかった。 荷物をホテルに置かせてもらって観光へ。

墓地。

アルゼンチンでは墓地のある場所でその人の階級がわかるらしい。 大統領13人の墓など、有名人の墓がいっぱい。

こちらはエビータの墓。 マドンナの映画で知る人も多いと思いますが、アルゼンチンで大変人気のあった大統領夫人です。

小さいのもあれば、大きいのもあるけど、墓とは思えないお洒落さです。

フランシア広場のクラフト市場で撮影した犬。 すごいデカかった! 市場はいろんなものがあったけど、好みのものが見つからなくて残念。

さてさて、遅めのランチは行きたかったお店へ。 フォートラで教えてもらってネットでもすごく評判が良かったんです! EL ESTABLO ADRESS: PARAGUAY 489 (地球の歩き方’10~’11 P73 C3)

思ってたより小奇麗なお店でした。

サラダ

このリブアイステーキは激ウマでした! 赤みなんだけど、すごーく柔らかくて、味もいい。 ほうれん草のソテーとマッシュルームのソテーを頼んで二人でシェアして一人120ペソ(2400円)くらいだったかな。 あ、ビールとワインも頼みました! ついついゆっくりしすぎて、空港へ行かなければいけない時間をとっくに過ぎてしまいました。 リムジンバスの乗り場までダッシュで行き、今度は国際空港のエセイサへ。 チェックインしたのは1時間半前切ってましたが、問題なかったです。

さてさて、そんなこんなでリマへ向います。 そういえば、アルゼンチンでは空港税の現地支払いはありませんでした。 (地球の歩き方には支払うように書いてある) 飛行機の翼の先が曲がってます。 折れないのかな・・・と思いました。

次の日の朝に撮影した写真ですが、リマのエアポートホテル。 バカ高いだけで、空港直結以外になんの魅力もないホテル。 1泊170ドル(USドルですよ!)って、ペルーの物価から考えたらありえない値段です。 23:00着、翌朝8:30発で高地のクスコに入るので、大事を取って泣く泣く泊まりました(><)

クリスマスな飾り付けを見ながら・・・

ウェルカムドリンクのシャンパンと、ペルー名物ジャイアントコーンを頂く。 あの・・・ これいらないんで10ドルでも安くして頂けませんか?

すっきりしすぎた部屋。 液晶テレビが無駄にデカイ。。。 窓を開けると飛行機が見えるのはよかったけど。

朝食も質素。 ほんとに、足元みた値段設定でした。

Manuel Tienda Leon社周辺

フロリダ通り

カテドラル・メトロポリターナ

大統領府

オベリスコ

地下鉄B線(旧営団丸ノ内線車両)

地下鉄C線(旧名古屋市営地下鉄東山線車両)

ボカ・ジュニアーズ・スタジアム

ボカ地区

カミニート

日本庭園

記念碑

地下鉄改札口

ニューイヤーズイブ

国会議事堂

ブエノスアイレス、ピスタリーニ空港に到着。 サンパウロより3時間弱というライトなフライト。

到着時、空港辺りは雨だったのですが、ブエノス市内はもう雨があがっていて快晴でした。

ギャラリーのある建物の空き部屋を改造したホテル『JACARANDA』。 ヨーロッパ風の自然一杯の可愛い部屋でした。

ホテルのあるパレルモソーホー地区。 ブティックが一杯。

緑が一杯のパレルモソーホー地区。

ホテル入り口。

お腹がすいているので、ホテル近くのレストランへ。 アンティークな内装が素敵でした。

懐かしいボトルが未だ現役です。

いわゆるホルモン焼き。

アルゼンチン独特の肉の部位、`OJO DO BOI´ 柔らかくてジューシー。

周辺地区なのに本屋が一杯。文化的な国のようです。

いかにもアルゼンチンなカラフルなお洋服

ベランダの広く長いアパートが主流です。 ベランダで、犬を飼っている人も!

とにかく緑は欠かせないようです。

地下鉄駅周辺にはこんなお菓子を売るキオスクを見かけます

地下鉄改札口

地下鉄チケット売り場

地下鉄

オベリスク

オベリスク広場前からの景色。

劇場通りコリエンテにある、老舗アイス屋CADARE。 激うま。

バス内

ハバナのアルファジョー。 サンパウロでも人気です。

庶民的なボカ地区へ来ました。 ここはボカ・ジュニオールのホーム、サッカースタジアムの前の土産屋です。

スタジアム前。

スタジアム前には土産屋が並びます

徒歩で、カミニート通りへ。

カラフルな建物が有名ですが、いわゆる観光地で、土産物屋や観光客相手のレストランばかり。ここで、写真を撮る以外することは何もないです。

結局スタジアム近くの食堂でお昼を。

店内はボカジュニオール関連グッズが所狭しと並べられてます。

ショッピング街フロリダ通り。

アイスクリームチェーン店、FREDDOにて。 ここのアイス・・・まずかった・・・

ホテル近くのカフェでの朝食。

犬の散歩を請け負う人。 こんな風景を何度も目にしました。 毎日の犬の散歩、大変ですものね。 こういうサービスがあると便利ですね。

パレルモソーホー地区にはOUTLETがたくさんあります。 ここはCONVERSE。

アバストショッピングセンター内。 このお店はお菓子モチーフの雑貨がたくさん。

アルゼンチンのボディケア&アロマショップ、VZ。 いろいろなところで見かけました。 ここの商品は香りだけではなく、アロマセラピーの効能もあるので、一度で二度嬉しい商品ばかりです。

PUERTO MADERO

PUERTO MADERO

フロリダ通りの近く。

フロリダ通りの近く。 建物が古くて、趣があります。

CASA ROSADAの外周護衛兵。

CASA ROSADAの近くの通り。

老舗カフェTORTONIに入店するのに、長い列がありました。

TORTONI前。

奥に見えるのがCASA ROSADA。

下町、サンテルモ地区。

サンテルモの市場内。

アンティークのおもちゃの店。

市場前のショップ。

アルゼンチンタンゴショーの老舗、BAR SUR.

日曜に骨董市の開かれるサンテルモの広場。

サンテルモの骨董市は日曜のみなので、この日は民芸品の市しかありませんでした。

アンティークレースのお店。

パレルモソーホーは どの時間帯も絵になる美しさです。

ホテルに帰る道で、市の準備をしているのに遭遇しました。ラッキー。 土曜日の夕方から朝にかけて、お祭りもどきのようなものが繰り広げられるようです。

道端でファッショングッズなどを売っているデザイナーもどきの人がちらほら。

適度に人通りが多いのがお分かりになるでしょうか・・・

地区全体がショッピングセンターのように素敵なショップがひしめき合っています。

最後の朝食。EL FRANCESにて。パレルモソーホーは素敵な地区です。

クロワッサン、クリームチーズ、ジャム。 他のカフェではジャムタイプのキャラメルもありました。 食が進みます。

レストラン前

町中至るところで、このお菓子を見かけました。 食べる気ぜんぜんしない・・・

お部屋の様子。このJACARANDAホテルは 貸し部屋みたいになっていて、冷蔵庫や湯沸しポット、電子レンジ、お皿、ワイングラスなども完備、しかも、サービスで コカコーラや水、ビールなども置いてありました。ネットも自由に使えます。

ブエノスアイレスに到着です。 「Manuel Tienda Leon」のリムジンバスでセントロへ向います。 こちらのオフィスでチケットを購入。

セントロまでは45ペソ(約900円)です。

市内のバス発着所からホテルへは徒歩で15分くらいでした。 お昼前に到着しましたが、部屋へはすぐ通してもらえました。 コルドバ通り沿いの便利な立地と予算でこのホテルを選びました。 にぎやかなフロリダ通りまでも歩いてすぐ。 WELLBOX経由でAPPLE WORLDより予約して1930円、安い。 ■Embassy All Suites 住所:Av.Cordoba 860. Buenosaires TEL:54-11-43221228

簡単なキッチンがついていました。 安いし、長期滞在する人にはいいかもしれません。 衛生状態はまぁまぁ。 しいていえば、床のカーペットが少しベタベタしていたのが気になりました。 ドライヤーは部屋になかったので、フロントで借りました。

これは部屋のバルコニーからコルドバ通りを撮影したものです。 朝7時前なので車が少ないですが、昼間~夜はけっこうな騒音です。 でも、お値段や立地を考えると、次もここに宿泊してもいいかな。 ここでふたつほど情報を。 到着後、翌日のイグアスまでの飛行機のリコンファームをしたところなんと フライトキャンセルに。(11:25発) 9時か15時の便に振り替えると言われて、9時の便にしました。 もし、リコンファームしていなかったら、空港で15時まで待つはめになったかもしれません。 この先もフライトキャンセルが2度もありましたので、リコンファームは必須と思います。 ちなみに、LAN航空はリコンファームしなくてもよいことになっていますが・・・ 次は、お金について。 両替はけっこう並びますし、パスポートのコピーをとられたり、書類にサインしたりと手間です。 少額をチョコチョコかえるのは面倒なので、まとめてかえたほうがいいと思います。 空港は荷物のターンテーブルルの手前にある両替屋はレートが悪く、その先の出口近くのほうがレートがいいです。 キャッシングは、だいたい言語を選択できて英語表示可能ですが、途中からスペイン語になって慣れるまで戸惑いました。 同じビザでもクレジットカードによって使えたり、使えなかったり。 ドルもある程度もっていくことをお勧めします。 そして、キャッシングの際は1回に16ペソ(約320円)の手数料をとられます。 少額引き出すのは損ですので、これも必要な分を計算してまとめて引きだしましょう。

タクシーでタンゴの発生の地ボカ地区にあるカミニートへ。 本当はコレクティーボ(路線バス)で行きたかったのですが、ホテルの人に、バス停は遠いしバスは危ないって言われて・・・ フロリダ通りとコルドバ通りの交差点近くから、カミニートまで29ペソ(約580円)でした。 運転手さん、いろいろ話しかけてきてフレンドリーなんですが、スペイン語オンリーで・・・ 指さし会話帳を駆使してお話しました。

カミニートの入り口です。

こういう平たい車が絵になります。

ブエノスアイレスは壁のアートをたくさん見かけましたが、レベルが高いものがおおかった。

Magallanes通りは多くの土産物屋やレストランでにぎわっています。 これは、路地にはいったお土産屋さんの一角。

こんなポシェットを購入しました。 95ペソ(約1900円)です。 価格交渉したところ、キャッシュなら90ペソにするってことでした。

タンゴショーをやっているレストランがたくさんあり、客引き多し。 遅い昼食をとるいことにしました。 ステーキ、サラダ、グラスワイン、ミネラルウォーター、パンで40ペソくらいだったような・・・ メモを紛失してしまい、あいまいな記憶です。

2組のダンサーがタンゴを踊っています。 あいまにチップ回収にきました。 私は5ペソ(100円)あげましたが、相場はどのくらいなのかな。 ダンスのレベルはイマイチだし、食事も美味しくなく高いので、 タンゴショーは本格的なお店に夜行ったほうがいいと思いました。 私は疲れていたため、夜は行けず・・・残念でした。

売店の人にセントロまでいくコレクティーボの番号を聞いて、乗ることにしました。 私が乗ったのは64番のバス。 行きは間違えて川向こうの危険地帯へ入り込んでしまう人もいると聞きましたが、帰りはセントロ行きならどこで降りても大丈夫かと思って。。。

バスに乗って、この機械にお金をいれると、お釣りとレシートがでてきます。 2ペソ払っておつりがきました。

親切なコレクティーボイの運転手さん。 勉強中ということで、少し英語ができました。 フロリダ通りなら5月広場でいいと降ろしてくれて、道も詳しく説明してくれました。

5月広場で甘く炒ったピーナッツを売ってました。 なかなか美味しかったです。 でも、袋が弱くてピリピリ破れるので小分けして食べることができず、食べきるのが大変でした。 2ペソ(約40円)

ブエノスアイレスのシンボル、オベリスコまで歩きました。 世界一広い7月9日大通りはほんにと広かったです。

街中でみかけた男性下着のマネキン。 股間デカッ(笑)

うーん、アートですなぁ。

夜のフロリダ通りは、すごい数の露店でにぎわっていました。

洋服、アクセサリー、バック、おもちゃ、革製品など色々。 パフォーマーもたくさんいましたよ。 バルセロナのランブラス通りに少し雰囲気が似ていると思いました。 本当はタンゴショーを見に行きたかったけど、疲れが出てしまい断念。 フードコート(パティオ・デ・コミーダ)でエンパナーダを買って済ませました。(1個100円くらいだったかな・・・)

次の日の朝、朝食は飛行場で頂きました。 早朝便のためリムジンバスは運行していなかったため、飛行場までは流しのタクシーを拾う予定でしたが、ホテルのフロントに「トラブルが多いからレミース(ハイヤー)にするように」と言われて、泣く泣くレミースで。 でも、空港にはたくさんタクシーで来ている人がいたし、タクシーでよかったと思います。

イグアスへ行く機内で出たスナック。 これから、イグアスの滝! どんだけ凄いのかワクワクです~ そうそう、空港に着いたら、なんのアナウンスもなく、飛行機は1時間半遅れました。 結局、乗るはずだった飛行機と到着時間はあまりかわりませんでした。 南米の飛行機、信用ならないぜ・・・と身が引き締まりました。

5月広場です。背後には大統領宮殿とラプラタ川があります。

大聖堂です。

ボカ地区にあるボカ・ジュニアーズのスタジアムです。ちなみにドライバーはインデペンディエンテのファンなので、心情的にはあまりボカには近寄りたくないとのことです。

スタジアムの外の歩道には、ボカの選手の足型(キーパーは手型)のプレートがありますが、マラドーナのところには、足型が入っていません。どうやら、作成時に薬物疑惑で海外にいたため、足型を取れなかったとのことです。

カミニートにあったタイル画。ちょっと見えにくいですが、銃痕がいくつもあります。強盗事件の際の銃撃戦でついたとのことで、この地区が必ずしも安全な地区ではないことを示しています。

ボカ地区から望む河港です。水質が急速に悪化しているとのことでした。

ボカ地区の土産物屋の店先にて。この犬はきちんと首輪をしていますが、アルゼンチン全土には野良犬がたいへん多くて、注意が必要とのことでした。

レコレータ墓地の門。扉の上にはラテン語で「永遠に眠れ」と刻まれています。

レコレータ墓地の内部。正面の聖堂のような建物も含めて全て墓地です。

エビータさんのお墓です。扉の両側にたくさんついているプレートは、命日などに労働組合などが寄贈したものだそうです。人気のほどがうかがえます。

12月25日 【13:00】アルゼンチンの空港。今回の旅はTAM航空で、マナウスからリオ経由のブエノス・アイレス入りです。空港内、クリスマスの雰囲気が箇所箇所に見られます。南半球ホットクリスマスです。 【14:00】空港から11USドルでバスに乗り、45分程度で市内に出てきました。日差しが暑いです。

【14:30】バスを降りると英国塔が見えたので、英国塔に向かって歩いてきたつもりだったのですが、遠のいている、遠のいている…、地図の読み違え。英国塔正面に来るまで、30分もかかってしまいました。

【14:45】サン・マルティン広場をふらり通り抜け、フロリダ通りに来ました。さっき覗いたインフォメーションセンターもそうでしたが、クリスマスで(?)閉まっている施設・お店が多いです。

【15:15】お店が空いてたら、もっと楽しいのでしょうが、建物を見て歩くだけでも、ヨーロッパの香りが感じられるフロリダ通りです。

【15:45】今日・明日はホテル・リパブリカに泊まります。オべリスコの目の前、ホテルを一歩出るとこの景色です。普段は行き当たりばったりのケースが多いですが、久々に旅の前に予約を入れました。サウナやハマム、マッサージなどSPA機能が魅力です。しかし…。

【16:30】ホテルに荷物を置いて、街歩きに本腰入れます。世界三大劇場の1つ、コロン劇場。これまた開いていない!劇場の中を見学するの好きなんだけどなぁ。

【17:15】五月通りを歩き、五月広場まで来ました。この広場を囲んできれいな建物が並んでいます。そして、正面は「ピンクの家」です。

【17:30】ピンクの家を回りこんで、歩いていくと、赤レンガ倉庫が見えてきました。港に並ぶこの倉庫は、旧保税倉庫だそうです。ブラジル・べレンの川沿いを思い出しました。 【18:00】ちょっと歩き過ぎたので、港に面したレストランで一休みしよう。ビール、ビール。あれ、値段少し高いですが…もしや、アルゼンチン物価高いの??

【19:00】来た道を戻って、ピンクの家の前に来ると、日が落ちかけていました。そして、狙って来た訳じゃないのに兵隊さんの交替式が見られて、ラッキーでした。

【20:00】オべリスコに向かって帰ればいいので、分かりやすいです。そういう点では、今回のホテル選びは良かったのです。でも、今日はクリスマスで、明日は日曜日。サウナもハマムもマッサージも、SPAは全部やっていないんだと!!はぁ。ホテル選び失敗。

【20:45】気を取り直して、お化粧直しをして、今回の目的の一つ、タンゴを見に来ました。じゃじゃーん、コロナ劇場の隣、タンゴ・ポルテーニョ。食事付きだけど99ドル!いい値します!

【21:30】いい値はしましたが、食事はコース料理に飲み放題。広大なパンパで育てられた牛さんのお肉、最高でした。ビールもワインも飲んで、いい気分になった頃、おや、タンゴショーが始まる様子です。

【22:15】タンゴショーの始まりです。 【23:45】一時間半程やっていたんですね。とても官能的!という程でもないけど、素敵なダンスということは分かりました。少し疲れていたのでしょう、途中寝ていました…。

12月26日 【10:30】明日のコロニア行きのために、フェリーのチケットを購入しておきます。

【11:30】マスタード事件発生。かなり古い地図もった観光客(2人組)がいるなぁ、と横目に見ながら、その観光客を追い抜かした瞬間、後ろから変な気配。振り向くと同時に、かけられてしまいました。1人だし、さらに何かされると嫌なので、すぐ走って逃げてきました。腹立つなぁ、めっちゃ臭い。

【12:30】マスタード事件に屈することなく、5月広場からレサーマ公園までずっと歩いていきます。サンテルモ地区の日曜のにぎわい、すごい人ごみです。マスタードの付いた服、気付く人は気付いているよなぁ。恥ずかしさもあるけど、観光客に対しては誇らしい気持ちもちょこっとあります。これが、あの有名なマスタードですってな。

【12:45】マテ茶カップが並べられて、かわいらしい。ひとつ欲しいので、さっきからデザインと値段を比較しながら歩いています。 【14:00】ゴールはレサーマ公園向かいのロシア教会。水色のロシアンカーブが美しかったです。いやいや、結構歩きました。

【14:30】タクシーでボカ地区まで。サッカーには興味はありませんが、スタジアムの前で下ろしてくれました。青と黄色、派手です。 【14:45】だんだんボカの香りがしてきました、そして、カミニート到着。記念撮影のために、タンゴの衣装をまとった男女があちらこちらに見られます。一緒に撮るなら有料なんでしょうね、きっと。

【15:30】いくつか雰囲気のいいレストランが並んでいますが、私のお勧めは「NONNO BACHICHA」。料理も美味しかったし、何といってもタンゴショーのサービスがいいです。踊り終わると、小休憩に記念撮影をしてくれたり、一緒に踊ってくれたりもします。強要される訳ではなく、「いかがですか」的な感じで声をかけてくれます。

【16:45】こちらの国のレストラン、ビールは975mlの大瓶で出してくれます。全部飲んで気持ち良くなったら、少しベンチでお昼寝タイムです。 【18:45】店の呼び込みで働いているお兄ちゃん達と少しおしゃべりしました。カミニートには日本語(単語の羅列ですが)を話せるお兄ちゃんが何人かいます。

【19:30】バスで五月広場まで戻ってきました。 【20:00】「CAFE TORTONI」は入る前に少し並びましたが、美味しいコーヒーが飲めました。頼んだピザはいまいち。タンゴを見るなら80ペソだそうです。昨日ショーも見たし、今日の昼も見たので、タンゴはもういいことにしよう。

12月27日 【09:30】ウルグアイのコロニアに向けて、フェリー出発。ブエノス・アイレスのビル群がだんだん小さく遠ざかっていきます。 12月28日 【10:30】ブエノス・アイレスに戻ってきました。ウルグアイのコロニアの街もよかったです。よろしかったら、旅行記のぞいてみてください。 http://4travel.jp/overseas/area/latin_america/uruguay/colonia/travelogue/10532490/

12月29日 【08:45】ホテルをチェックアウトして、最終日の街歩きです。限られた時間の中で、どこを歩きましょう?とりあえずペソがないので、両替屋を探しつつ、国会議事堂へ。 【09:30】国会議事堂に近づいてきました。国会議事堂前の広場でロダンの考える人(レプリカ)発見。上野のよりは小さいです。それにしても立派な建物、色使い等デザインも素敵で、飛ばさないで良かったと思いました。さて、カフェでブレックファーストしたいのだけど…。いい両替屋がまだ見つかりません。

【10:45】両替はできましたが、結局レコレータ地区まで歩いて来てしまったので、朝食とらずにレコレータ墓地の見学です。墓を観光するなんて悪趣味…、という気持ちが強かったのだけど、10分程度散歩してました。 【11:30】やっと朝食。というか、もう昼食。 【12:00】「Patio Bullrich」で、大忙しのショッピング。もう空港に行かないといけない時間。でも、好きなお店でアルゼンチンらしさ有りの商品ゲットできました。 【14:00】渋滞もあり、遅めに空港到着。最後バタバタでしたが、楽しいアルゼンチン旅行でした。

旅2日目、 11月6日(土) 6:50。 ここからは、アルゼンチン時間(日本時間 -12時間) ちなみに、日本時間は、18:50。 ヒューストン時間は、 3:50。 寒い~!

8:10、軽食が出ます。 このクロワッサンは、美味しかった!

8:32、だいぶブエノスアイレスに近づいてる!

凄い川! アマゾン川かな? (9:02)

9:35、ブエノスアイレスに到着!

スーツケースがなかなか出てこなかった~ (9:41)

この両替所で小額チェンジ。 (10:05)

10:21

10:24

10:26

10:29

10:34

10:49

10:52

10:55

10:56

11:32

11:51

11:59

12:08

12:18

12:22

12:38

12:51

13:31

あまりにも、寒かったのでホットコーヒーを頂きます。

7月24日(木) ボリビアのウユニから、午前2時35分発の列車「ワラ・ワラ・デル・スル」でアルゼンチンとの国境の町、ビジャソンに14時頃辿りついた。 列車を降りた私は国境へ向けて歩いた。 私はアルゼンチンのガイドブックを持っておらず、情報は皆無だったのだが、とにかく人の流れに乗っていけば国境には辿り着く。 話によると、アルゼンチン側からは、周辺の都市や首都ブエノスアイレスへと向かうバスが出ているのだという。 アルゼンチンの国境の町は「ラ・キアカ」といった。 出入国手続きを済ませ、しばらく歩いているとバスターミナルが見つかった。 私は、ここから約9時間のところにある北西部中心の町「サルタ」へ行くことに決めた。 サルタ行きのバスは午後8時発。 23アルゼンチンペソ、987円だ。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44302008.html

8時、バルチ社のボロバスは満員に近い地元の人々を乗せ、ラ・キアカを出発した。 国境からサルタへの夜行バスは9時間の行程。 しかし、このバスが難儀だったのは、その長い行程でも、車体のボロさでもない。 このバス、眠らせてくれないのだ! 発車してすぐに、バスはよくわからない空き地に停車した。 検問のようだ。 バスの中に軍人が入ってきた! 「降りろ!」 と軍人が指図するので、我々は全員バスを降りた。 どうやら荷物検査をするようだ。 バスのトランクが開けられ、乗客の荷物が次々と外に出されていく。 軍人は順番に1人1人自分の荷物を持ってくるように言い、荷物を持っていくと、中をチェック。 私も荷物の中身をザックからぶちまけ、おかしな物がないか調べられた。 全員のチェックには1時間もかかった。 こういうチェックが2~3回ほども、夜中にあった。 後で訊いたところ、この厳重な検問はボリビアの「コカ」を国内へ入れないための措置なのだという。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44305756.html

7月25日(金) サルタには翌早朝に到着した。 アルゼンチンに入るまでサルタという名前さえ知らなかった私は、この町がどういう町でどこに宿があるのかさっぱりわからない。 とりあえず、近くに居たタクシーに乗り込み、安い宿に連れて行ってもらった。 しかし、早朝のためどこも受け付けてもらえない。 私は一番繁華そうな界隈でタクシーを降ろしてもらうと、勘に任せてサルタの町をうろつき始めた。 しばらく歩くと綺麗なコロニアル調の広場に出た。 後でここが町の中心である「7月9日広場」だということがわかる。 広場の角には手頃そうな中級ホテルが建っていた。 10時、私はこの中級ホテル、ホテルコロニアルに晴れて泊まれることになった。 45アルゼンチンペソ(1,931円)。少し高いが、4日ぶりのホットシャワーは格別だった。 ウユニから32時間。 私はアルゼンチンに辿り着いたのである。

サルタは、アルゼンチン北部の中心都市。 ここに来てまず感じたことは町の空気が柔らかく、そして、暖かいということだ。 それもそのはず。 サルタの標高は1,190メートル。国境のラ・キアカが3,442メートルだったことを考えると2,000メートルも下ってきたことになるのだ。 標高が低いということだけではない。 サルタはボリビアのラ・パス以来の久々の都会だった。

サルタは穏やかだった。 街を歩いている人々の表情も明るく優しげで、しかも、それなりに裕福そうな格好をしている人が多く見受けられた。 私はそんなサルタの街を当てもなくぶらぶらと歩いた。 カフェでお茶を飲んだり、ウィンドウショッピングを楽しんだり……。 久々の都会の空気を味わったのである。

町の南西にはサン・ベルナルドの丘がある。 ゴンドラに乗って250メートル上の丘に登ると、そこからはサルタの街並みが一望できる。 碁盤目状にきっちりと造られた街、サルタ。 ここも他の多くの南米の街と同じくスペイン人によって造られた植民都市のひとつで、町の歴史は16世紀にまで遡るという。

そういえば街を歩いていた時、いたるところでコロニアル風建築に出くわした。 白い修道院、赤い教会、リズミカルなアーチを持った邸宅。 ホテルのある7月9日広場の前にも美しいカテドラルがあった。 こういった建築物の全てがかつて世界を制覇したスペインの栄光を追憶させてくれるのである。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44306173.html

7月26日(土) 1泊して翌日の午後1時、高速バスに乗って1600キロ南にある首都ブエノスアイレスに向かった。 20時間の旅だ。 96.1アルゼンチンペソ(1$=2.75アルゼンチンペソ) サルタを出発したバスは見渡す限りの大平原を突っ走っていた。 パンパ。 アルゼンチンの国土の20%を占めるという草原地帯だ。 草原の中に農場、そして、牧場が所々に点在している。 馬に乗った人がいる。 アルゼンチンのカウボーイ、ガウチョだ。 時々平原の中に鄙びた町がある。 日本の7.5倍という広大な国土。町と人の密度はかなり疎らである。 バスの車窓から風景を見て気づいたのは、どこの町でもどこの農場でも牧場でも立派なものから簡素なものまで様々だがサッカー場があることだ。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44324053.html

7月27日(日) 朝起きると雨が降っている。 しばらくして、バスは広い車線の道路に入り、車窓に巨大なターミナルが見えてくる。 首都ブエノスアイレスへの到着だ。 サルタと同様、情報を何も持っていない私は、タクシーの運ちゃんに、Hotel Aries(シングル15ペソ)を教えてもらい投宿した。

街の中心、セントロへと向かう。 街角のキオスクで地図を購入。街の概要と宿の位置を把握し、売られているポストカードで観光名所の当たりをつける。 その後、ネットカフェで情報を収集した。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44332671.html

7月28日(月) 朝、カフェでコーヒーとパイの朝食をとる。 ブエノスアイレスは大都会だ。 東京と変わらない都会の日常がそこにはあった。 朝食後、アメリカ行きのエアチケットを探し、旅行代理店をはしごした。 どこも高かったが、ある代理店でマイアミ経由LAX行きのアメリカン航空のチケット(749.8$)を購入することに決めた。

首都、ブエノスアイレスは南米のパリとも言われる美しい町である。 16世紀、スペイン人によって建設された町で、人口は約300万人。 ボカ・ジュニアーズを始めとするサッカーの盛んな町で、かの有名なアルゼンチンタンゴの発祥の地でもある。

セントロの中心には世界一幅が広いといわれる7月9日大通りがある。 この大通りは本当に広く、横断歩道も信号が青から赤に変わるまで普通に歩いていたら渡りきれないくらいの広さだった。 3つの分離帯を挟み8つの車線があるのだが、たいていその分離帯で再び立ち止まることになるのだ。 その大通りの真ん中には真っ白で巨大な塔が建っている。 オベリスコである。

映画館や劇場、カフェやレストランが並ぶ繁華な通り、ラバージェ通りにはアサード(ステーキ)屋が何軒か並んでいる。 アルゼンチンは肉牛の国である。 豊かな大平原パンパで育った肉牛を網焼きにしたアサードはアルゼンチンを代表する料理だ。 草履のようにでかいジュージューと油を滴らせた肉の塊はうまいの一言。 ランチには付け合せのポテトに赤ワインの小瓶が付いてくる。 それでたったの8アルゼンチンペソ(343円)。 信じられないくらいの安さだ。 この物価の安さは、2001年の経済危機が影響していたのだということだ。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44390093.html

7月29日(火) 昨晩、部屋がじめじめしてよく眠れなかったため、宿を替えることにした。 ネットで調べたプラサデオンス前の宿「once」(15ペソ)。 シャワーとトイレは共同だが、清潔感のある良い宿だった。 宿を移った後、カミニートへと向かった。 ブエノスアイレス市の南東、海沿いにあるボカ地区。 ボカ地区とは、あの「アルゼンチンタンゴ」が生まれたとされる場所。 ここにカミニートはある。 セントロからコレクティーボに乗って15分ほどで辿りついた。

着いてまず目に飛び込んできたのが、赤青黄緑……、カラフルに彩られた家並みの姿である。 そして、路上には様々なアーティストが個性を持ったそれぞれの絵を並べており、その界隈を更に華やかに見せていた。

カミニートには画廊と土産物屋が多かったが、もちろんタンゴを見せてくれるバーも点在している。 かつて、ボカはブエノスアイレス唯一の外港であったという。 ヨーロッパからの多くの移民が最初の一歩を踏み出した土地、船乗りや港湾労働者たちが集う安酒場のあった町、それがボカなのだ。 そして、その酒場の薄明かりの中でタンゴは生まれた。

私はその辺にあった適当なタンゴバーにぶらぶらと入っていった。 ここカミニートは観光客のための、或いは彼らに絵を売る芸術家たちの街だ。 そのためここでのタンゴも観光客向けという感があった。 だが、それで十分だった。 ピアノとアコーディオン、哀愁を帯びたリズミカルな旋律が聴こえる。 タキシードを着た男性とドレスを着た女性が軽快に踊る様を、ワイン(安物)のグラスを傾けながら眺めた。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44426669.html

ブエノスアイレスには、地下鉄(スブテ)が走っている。 そのひとつ、Bラインには赤地に白の波型ラインの入ったかつて東京の丸の内線で走っていた車両が活躍しているという。 私は、丸の内線を見るために、わざわざBラインに乗りに行った。 Bラインは、中心部のLeandro N. Alemから西部のパルケ・チャス地区のLos Incasを結んでいる。 車体は、ほぼ昔のままだった。 異国の地で、昔懐かしい車両が活躍しているのを見て、なんだか嬉しくなった。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/44349790.html

7月30日(水) フロリダ通り。 セントロの中心にある、歩行者天国のこの通りはブエノスアイレス一の繁華街といわれている。 通りの両側にはお洒落なブティックやレストラン、カフェ、本屋やCD屋、土産物屋などがひしめきあっており、いつでも人々でごった返していた。 通りの真ん中では、しばしば大道芸人やストリートミュージシャンのパフォーマンスが行われていた。 手品師やアンデスのフォルクローレ楽団、人形遣いやアコーディオン奏者。 そんなのが並んでいる中でやはり、一番の人だかりを集めているのが「路上タンゴ」のショーだ。 ダンサーがカセットデッキのボタンを押すと軽快なタンゴのリズムが流れ始める。 おもむろに腰をひねり踊り始める男と女。 人並みの中にぽっかりと空いた丸い空間を縦横無尽に動き回っていく。 男、女、子供から老人まで、彼らのステップを皆、丹念に舐めるように眺めていた。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/7714028.html

7月31日(木) いつものように、朝カフェで朝食をとって、サン・マルティン広場をうろつき、フロリダ通りをぶらぶら。 昼間はステーキとワインでほろ酔い気分となり、路上タンゴに拍手喝采を送る。 そして、夕方、荷を担いで空港へと向けて出発した。 マイアミ経由でLAXへ。 翌朝10:00到着の予定だ。

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港搭乗のラン航空LA-4023便機内。

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

プエルト・イグアス空港→ブエノスアイレス空港

ブエノスアイレス空港

ブエノスアイレス空港

ブエノスアイレス空港、窓の外では機内荷物の積み出し作業中。ひょいと見たら私のボロッちいスーツケース(青い色)でした。こんな光景は初体験でした。

ブエノスアイレス空港

ブエノスアイレス空港、空港ビルへバスで移動。

ブエノスアイレス空港、搭乗してきたラン航空機。

ブエノスアイレス空港

ブエノスアイレス空港

ブエノスアイレス空港

ブエノスアイレス空港、国際線ターミナルに移動中。

ブエノスアイレス空港、国際線ターミナルに移動中。

ブエノスアイレス空港、国際線ターミナルビル。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。壁の配色が大胆です。

ボカ地区・カミニート。絵を売っていたおばさん。

ボカ地区・カミニート。建物のカラフルな外壁が彫像で飾られていた。

ボカ地区・カミニート。観光客がいっぱい。

ボカ地区・カミニート。タンゴの記念写真額。顔を入れて、はいポーズ!

ボカ地区・カミニート。タンゴの記念写真額。

ボカ地区の案内表示板

ボカ地区・カミニート。絵を売っている店が多かった。

ボカ地区・カミニート。観光案内所。

ボカ地区・カミニート。壁に絵が描かれたバスケットコート。

ボカ地区・カミニート。壁に絵が描かれたバスケットコート。

ボカ地区・カミニート。壁に絵が描かれたバスケットコート。

ボカ地区・カミニート。壁に絵が描かれたバスケットコート。

ボカ地区・カミニート。マテ茶売り。

ボカ地区・カミニート。チェ・ゲバラのTシャツを売っていた。ゲバラはアルゼンチン生まれ。

ボカ地区・カミニート。土産物を売るお嬢さん2人。

ボカ地区・カミニート。陶製の馬2頭。

ボカ地区・カミニート。ワンちゃん。野犬が多かった。

ボカ地区・カミニート。銅像。

ボカ地区・カミニート。2階のバルコニーにマラドーナが立っている。

ボカ地区・カミニート。2階のバルコニーにマラドーナが立っている。

ボカ地区・カミニート。観光地名物・銅像パフォーマー。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。芸術作品が道端を飾っていた。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。アートな建物。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。この色使い。よく分かりませんでした。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。メタル人形の土産品。

ボカ地区・カミニート。

観光客を見つけては「一緒に写真どう」と猛烈にアタック!

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。2階のバルコニーにマラドーナが立っている。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

ボカ地区・カミニート。

カミニートの名板。

観光客目当てにアルゼンチンタンゴの踊りのデモンストレーションをするカップル。一緒に写真に納まってチップ1ドルをゲット。