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ブエノスアイレス/ミニストロピスタリーニってどんなところ?

独立当時は小さな町だったが、サルミエント(Sarmiento)による欧州化・文明化政策の実施移行数多くの移民がイタリア・スペインなどから渡来し、中南米の中でも最も欧州的な街になった。かの有名なアルゼンチンタンゴはこの街のボカ地区で発祥。また、サッカーが盛んなことでも有名で、ディエゴ・マラドーナ マラドーナが在籍したボカ・ジュニアーズやリバープレートなど名門チームを数多く擁する。

ブエノスアイレス/ミニストロピスタリーニの地図

ブエノスアイレス/ミニストロピスタリーニの写真・旅行記

ブエノスアイレス散策後半も、準備不足や予期せぬ出来事に悩まされながら、カミニート地区を目指します。もう少し天気のいい時に行きたかったのですが、こればかりはどうにもなりません。

そろそろお腹も空いてきたし、いくらカビルドの周囲を巡っても、入り口らしきものが見当たらないので、諦めて、カビルド向かいのカフェで昼食。これがそのカフェの建物です。

スペシャルサンドイッチを頼んだら、案の定ものすごく大きかったので、2人で分けました。最初から1人前だけ注文しておいて正解。

カビルド前では何かの集会が行われていて、爆竹が鳴ったりしたし、マスコミや野次馬もいましたが、余り緊迫した雰囲気ではありませんでした。

ブエノスアイレスの地下鉄は、日本がお手本にしたらしいとテレビで知って、乗ってみたいと思っていたのですが、何だか人の気配がありません。

なんと、昼間だというのに地下鉄への通路が閉鎖されています。カビルド近くの集会といい、どうやら何かストライキのような事態になっているのかな? とりあえず地下鉄乗車は断念しました。

カビルド周辺で銀行を探し、両替をしてからタクシーに乗ってボガ地区へ。「カミニート地区」と呼ばれる一画が、タンゴ発祥の地だというので行ってみました。この辺りにはカラフルでアートな建物が並んでいます。

タンゴダンサーの服装をして路上でポーズを取っている男女や、タンゴショーを見せるレストランなどもあって、とても賑やか。でも少しでも立ち止まると、客引きやモデル達が猛烈にアプローチしてくるので、余りカメラを向けることもできませんでした。

この辺りには芸術家の卵もたくさんいるようで、絵画などアート作品を売っている店もありました。

カラフルで元気の出る街並み

カラフルなだけでなく、デコレーションも独特。

昔はラプラタ河の港として繁栄していたボガ地区。今でも周辺を、貨物を積んだ貨車やトラックが走ります。

広場にあった船のモニュメントが、港町として繁栄していた当時の面影を伝えてくれます。

初めて地球の裏側の国、アルゼンチンに行きました。アメリカ経由で行くとESTAが必要なので(有料だし)、カタール航空を利用しました。関空を深夜に出発してドーハ経由で乗り換え、更にサンパウロ経由でやっとブエノスアイレスへ到着。32時間半の旅でした。

昨日は夜8時過ぎにホテルに着き、そのまま食事も取らずに寝たので、今朝はとても空腹(早く目も覚めたし)。でもアルゼンチンの宿エンペラドールのレストランは、とても朝食が充実していて、しっかり食事が取れました。冬のためか朝でも外は暗くて、これが大体7時40分頃。

エンペラドールホテルのロビー。噴水も流れていて、いい感じでした。

あいにくの曇り空だけど、とりあえずホテルを出て、歩いて行けるというコロン劇場を目指すことに。写真はホテルの外観です。気温はそんなに寒くなくて、10度少しという感じ。ブエノスアイレスは車道が広くて、日本では余り見かけない10車線。典型的な車社会みたいです。

ホテルから、鉄道の線路(何だか寂れている感じもする)に沿ってどんどん歩いたのですが、余り通行人もいなくて、その割には広い敷地の公園のような場所が続きます。そこにあった巨大な銀の花がこれ。フェンス越しに撮影しました。どうやらソーラーシステムで動き、近くにあるのはブエノスアイレス大学らしい。全然目指す方向と違っているので驚きました。

地元の方に道を尋ね、どうやらコロン劇場よりレコレータ墓地が近いということが解り、急遽レコレータ墓地を訪ねました。ここに行くときも道が解りにくく、人に尋ねたりしましたが、要領が悪くて入り口を見つけられず、高い塀の廻りをぐるっと一周してしまいました。動きに無駄が多いです。何とか墓地にたどり着いてまたびっくり。墓地というか納骨堂らしいのですが、日本の墓地のイメージと全然違って、とても芸術的で美しい。

美しい墓が並び、縦横に道が走るこの墓地でエヴァ・ペロン(エビータ)のお墓を捜すことにしたけれど、余りにも道が入り組んでいるのでここでも道が解らなくなりました。墓地の係員?に訪ねると親切に教えてくれるのですが、スペイン語なので大体の方向しか解らない。でも上手い具合に、ツアーの団体が通りかかったのでそれについていきました。

やっと見つけたエヴァ・ペロン大統領夫人の墓。

エビータの墓

エビータの墓

この墓地には毛並みのいい野良猫が多く、餌をあげているおばさんもいて、すっかり猫の楽園と化していました。猫たちは人を恐れず、のんびり暮らしているようです。地域猫として愛されていたらいいな。

納骨堂の上にいた猫

静かで落ち着いたレコレータ墓地。美しいけれどやっぱり墓地なので、人がいないと寂しいです。曇っていたのでなおさらでした。

墓地に隣接する聖母ピラール教会。元々ここの教会の墓地だったとか。

ブエノスアイレスでは、朝、犬を10匹ほどつれて散歩している人をよく見かけました。犬も中~大型犬が多くて、集団で歩いているとかなりの迫力です。日本では余り見かけない光景ですが、散歩の代行業かな?

一旦ホテルへ戻り、その後タクシーでコロン劇場へ。私達が最初向かっていたのとは全然違う方向でした。

コロン劇場は、20世紀初頭の古き良き時代のアルゼンチンを今に伝える建物です。当時経済的に繁栄していたアルゼンチンが、芸術面でも一流になろうと、イタリアなどヨーロッパから資材を調達して、この劇場を建設しました。

ステンドグラスが素晴らしい。

とにかく豪華な内装のロビー。でも少々成金趣味のような感じもあります。華麗な上流階級の社交の舞台だったようです。

コロン劇場内部

両サイドにボックス席が並ぶ劇場内座席。世界三大劇場の1つと言われ収容人員も世界第2位らしいです。

華やかなシャンデリアと天井画。

舞台とオーケストラビット。コロン劇場内部はガイドツアーでないと観光できなくて、私達は英語のツアーに参加しましたが、全部で50分ほどの所要時間でした。ツアーが終わった後、劇場のカフェで一服。

このコロン劇場の近くに、オベリスク(現地では「オベリスコ」)がありました。古代エジプトから運んだわけではなく、ブエノスアイレス建都400周年を祝って設立されたものです。街のシンボル的な存在で、よく目立ちます。

大統領府(カサ・ロサーダ)に行くため、タクシーに乗りました。ブエノスアイレスのタクシーはメーターも着いているし、日本に比べたら値段も安いので利用しやすかったです。ただ、降りる際にガイドブックを落としてしまい、それに気づいたのが大統領府の前だったので少し青くなりました。これからまだ13日間もあるのに、ガイドブックなしで大丈夫かなと思ったけれど、タクシーを降りた場所まで戻ってみたら、幸いガイドブックが道に落ちていたのを見つけることができました。些細なことですが、私達にとって極めて重大事件の起きた思い出の場所。

5月広場に立つアルゼンチン国旗考案者のマヌエル・ベルグラーノ将軍騎馬像と大統領府。大統領府は5月広場の東端に位置しています。

5月広場の中央にある白い塔は、独立のきっかけとなった5月革命の 1周年を記念して建てられた「5月の塔」。

5月広場周辺には、歴史的な建物も多いです。ギリシア神殿風の建物は大聖堂。

5月広場周辺

ブエノスアイレス市議会として使われた歴史的な建物カビルド。中は博物館になっているとガイドブックに書いてあったけれど、どこから入ったらいいのか解りませんでした。もしかしたら休館?と思いつつ、諦め悪く何度も建物の前をうろうろしていました。

レティーロ駅から出発

のろのろ移動して

乗換

売店が続く通路を抜けて

トラムに乗ります

トラム車輌は綺麗でした

途中駅のいくつかはカフェを併設して地元民がだらだらしていたり、市場になっていたりとなかなか面白かったです。

もうすぐ終点

トラムを降りて

出口へ

工事中?

ティグレには観光市場や遊園地、遊覧船など時間をつぶすネタがいくつもあります。

当然ここにも犬

首なしさん、営業中

家族連れはみんなこちらの遊園地へ

遊覧船に乗ってみようと、川沿いへ進む

観光案内所もあります

川沿いに出ると、何軒ものクルーズ会社があります

各店の金額やコース、出発時間を比較してこの店でチケットを購入

この船に乗ります

船内

出発です

ガイドさんが名所を通るたびに解説してくれます

ティグレのデルタ地帯にはいろいろな施設があります

廃船らしい

高級住宅

ただの林

有名人の家らしいです

リゾートホテル

遊園地が見えてきました

ここで下船

売店で自分土産に革ベルトを購入

帰りのトラム 少しですが、ビーチ(といっても河ですけど)が見えます

帰りの電車 ハトらしき鳥が閉じ込められて出発。 右往左往してました。

2/14(火)。ブエノスアイレスの人々はカフェ好き。そしてCafe Tortoni(カフェ・トルトーニ)は1858年開業のブエノスアイレスで一番古いカフェです。中はけっこう広く、歴史あるパリのカフェのような雰囲気。アンティークな飾り付けでところせましです。

日中は混雑すると言われたので午前中からまずカフェでお茶。

カフェの片隅にある蝋人形。カフェの常連の芸術家や有名人たちなのでしょう。

タンゴのショーも楽しめるそうです。

暑いのですが街歩きをしました。Subteは地下鉄。そういえばブエノスアイレスの地下鉄には、古い丸ノ内線の車両が走っているそうです。Subteが、なんとなく「スブタ」に読める・・と思うと、見るたび笑えて。

カラフルなダブルデッカーが走っています。

中心部は石造りの建物が整然と並んでいて、ヨーロッパの街並みのようです。

レコータ地区にあるMuseo Nacional de Bellas Artes (国立美術館)に行ってみました。

たしか入場料は無料。館内案内ガイドとかもありません。とってもサッパリした美術館です。ヨーロッパの作品もいくつかあり、またカミニートで活躍したキンケラ・マルティン他のアルゼンチンの画家の作品もあり、アルゼンチンの歴史を垣間見ることができました。

レコレータ墓地の近くのモール Buenos Aires Designでちょっとショッピングしてから、ランチ。冷えたスパークリングには、イチゴのチョコレートがけがサービスでついてきました。暑いので休んでばっかり。

今夜はプエルト・マデーロ地区にあるレストランで夕食、そのあとタンゴ。プエルト・マデーロは、カミニートがあるボガ港にかわって新しく作られた港で、ドッグにそった赤レンガの倉庫が最近リニューアルされ今ブエノスアイレスで一番おしゃれなエリアに様変わり。

これらの建物は倉庫の反対岸にある建物でオフィスやホテル、高級マンションなど。ブエノスアイレスの高層ビルはこのエリアくらいしか見当たりませんでした。

ドッグに浮いてる船。あとで調べてみたらどうやら練習帆船をそのまま利用した博物館らしい。

本物の水兵さんだと思っていたのですが、博物館員??

こちら側が改造された赤レンガ倉庫。1Fは殆どレストラン。若者たちのデートスポットと見た!

この旅で楽しみにしていた一つがこのレストラン Cabana Las Lilas (カバーニャ・ラス・リラス)。私の知り合いのが声をそろえて「アルゼンチンの肉は世界一!」と言い、その中でもこのレストランがスゴイと言うのだ。

私たちはドッグに面したテラス席。夕方になると風も心地よく外での食事は気持ちがいい。この店は、家族だか仲間内だか、とにかく大人数のグループがいっぱい。

何もたのまなくてもついてくる前菜。イタリアンテイストのマッシュルームやパプリカのマリネ、カプレーゼ、サーモン。スープ。パンも美味しい。

そして「肉」。すごいでしょー。大きいのはわかっていたので、3人で2つオーダーしようということにしました。

こっちはフィレだったかな。柔らかくてとても美味しかった。

こっちはお店の名前のついたステーキだったような。骨つきで、少し固め。アルゼンチンの牛肉は、日本みたいに霜降りではないので、赤身肉そのものの美味しさが際立っています。

美味しいステーキで幸せになっている私たち。

Cabana Las Lilasトレードマークの牛くん。

さて、食後はお楽しみのタンゴショーに向かいます。その途中で大統領府の横を通りました。カサ・ロサーダ(ピンクの家)は、すごい色にライトアップされてました。

サン・テルモ地区にある El Virgo Almacen (エル・ビエホ・アルマセン)に行きました。ここは最も古いタンゲーリアだそうですが、一時期経営不振で閉じていたものを、新しい経営者が再開したそうです。

若い女性歌手の他、たぶん国民的有名なベテランの男性歌手、すごいおばちゃん女性歌手も出てきました。お客はアルゼンチンの人が多いようで、皆で大合唱の曲もありました。

フォルクローレの皆さん。

数組のタンゴダンサーたちが、衣装を変えて、何曲も見事なステップで魅せてくれました。競い合うように、複雑でものすごい足さばきのダンスを繰り広げます。タンゴの選手権の上位ダンサーもいるとのこと。今回は食事は別にして、とにかくうまい踊りを見たい・・というリクエストをしたところ、このタンゲリーアを薦められたのですが、確かに見ごたえありました。

タンゴという踊りは1880年頃生まれ当初は貧しい人々が酒場で踊る荒っぽいダンスだったのが1910年頃パリで流行してから洗練されたダンスのスタイルとして確立されていく。1920年頃から哀愁をおびた歌詞がついた歌謡も大流行した。そう思うと100年くらいの歴史なんですね。

日本では1960年頃にアルゼンチンタンゴがはやり、家にもレコードがありました。1987年に来日したブロードウェイの「タンゴ・アルゼンチーノ」を見て、こんなセクシーなダンスがあるものか、また全員揃ってというより、ペアが自分たち独自の技を高めあっていくというスタイルの自由さに圧倒された記憶があります。魅惑的なタンゴに浸りながらブエノスアイレスの夜はふけていきます。明日からはアルゼンチンとブラジルの国境にあるイグアスの滝へ!

7日目 早朝、頭痛で目が覚めました やはり少し高山病の症状が出ているようです (睡眠中は呼吸が浅いので、起床時に症状がでるようです) 時間がたつにつれて、徐々におさまってました 一日かけてアルゼンチン ブエノスアイレスへ移動します 8時前にはホテルを出発しました 写真はクスコのホテル(ホセ アントニオ)近くの噴水です

チェックインを待つ行列の途中で、係員がランダムにスーツケースを開けてチェックすると聞いていたのですが… なんと全員のスーツケースをチェックしていました ただ、形式的な感じで、中身もあまり改めず「アルコール?ホッカイロ?」と質問されます 中には「クッキー?」と聞かれた人も ホッカイロは見つかった場合、没収だそうです まずはリマまで飛びます

今回の旅は幾度となくラン航空に乗りましたが、短距離はこのBOXがでました

中身は少しずつ違っています

リマからブエノスアイレスは4時間ほどです 13:10発 時差のためブエノスアイレス時間は15:10 

空港から市街地まで時間がかかったため、夕食は21時を過ぎてしまいました レストランはウォーターフロントの最近開発が進んでいるおしゃれな地区です

前菜?としてミートパイとソーセージ 黒いのは血を固めたソーセージで、パスしてしまいました

メインはサーロインステーキ 小さく見えますが300gはあります

食後はレストランの近くを散歩しました

橋や建造物がライトアップされていて、地元の人もたくさん訪れていました

本日のホテルはシェラトンホテル・ブエノスアイレス 窓から時計台がよく見えました 広場の向こうは駅です 時計台広場は、朝など通勤のため人通りが多いですが、夜間はいろいろ事件が起きていて、立ち入らないよう注意されました

8日目 ブエノスアイレスの市内観光 久しぶりのゆっくり出発です

幼稚園児? すれ違いざまに私たちグループをじっと見つめる子供達 初めて日本人を見たのかなぁ?

大聖堂前から見渡した景色 正面はカビルド

ステンドグラスの窓も美しいです

サン・マルティン将軍の棺

花がデザインされた床のモザイク

5月広場にやってきました

土産物の屋台の旗がたなびいています

デモがよく行われるところのようで、今日も閉鎖されている通りがありました

ピンクの大統領府

もうすぐボカ地区です マラドーナ

ボカ・ジュニアーズのスタジアム

ちらっと芝生が見えました

ボカ地区 カミニート通り ここはお土産物屋さん、カフェなどが集まった観光地でした

こちらのマラドーナも、写真撮影はチップが必要です

絵描きさんがボカ地区を題材に描いた作品を売っています 購入してしまいました (3人で3枚購入、もちろん、おまけしてもらいました)

見上げるとマラドーナとエビータと?

カミニート通り入口付近のビル内に、現地ガイドさんに教えていただいたお土産のお菓子専門店がありました しっとりしたクッキーの間はキャラメルクリームが…6個入り10$ かなりボリュームがあります 他にチョコレートコーティング(ホワイトチョコもあり)したものもありました

昨夜に続きウォータフロントにやってきました 昼食は昨日、夕食をとったレストランの隣です

これはちょっと甘めのパスタ

午後はレコレータ墓地の見学です

芸術的な霊廟が立ち並びます 中には子孫が訪れることなく、手入れされていないものもあります 稀に売り出されることもあるそうです

フアン・ペロン大統領夫人のエビータもここに眠っています

両側にプレートが…

フロリダ通りでショッピングの時間もありました カピバラの手袋を購入 ホテルから徒歩圏内です

夕食はタンゴショーのお店です

ショーの開始前は写真撮影OKです ショーは22時ぐらいから始まります(ホテルに帰り着いたのは24時を過ぎていました)

お店オリジナルのワイン 食事はワイン付きです

7月9日通りを進みながら、車窓より街並みを眺めました コロン劇場 西側

大聖堂に来ました

ちらっとタンゴカップルが 一緒に写真撮影をしてくれるモデルさんです(5$?)

レティーロ駅からミトレ線に乗ります。

3 DE FEBREROで下車

駅ホームにはまともな駅名プレートがありませんでした。

駅を出て

ウマそうなバーベキュー屋台が! しかし昼メシ直後だったので試すのは断念...

歩道の脇にはもう馬が登場

ここは駅からすぐ着きます。

入場

プログラムを入口の売り子のおっちゃんから購入

穴場です。

コースは狭い芝とダートそれぞれあり。

えらく小奇麗な施設です。

ターフビジョンもあります。

建物の規模もなかなか大きくて

中にはいろいろな施設が。 ギフトショップ たいしたネタはありませんでした。

建物の大半を占めるカジノ。 スロットのみ。

スタンド内の各所に大型モニター

なかなかに広い

芝レースから始まりました。

芝コースは奥なので、見づらい。

馬券

中央に見えるのが、スタート直前に鳴る鐘

馬が直線コースへ

ゴール!

今回アメリカ、チリと競馬場をいくつもまわってきた中で、ここの客がいちばん騒いでました。

勝ち馬 当たりました。

パドックから

コースへ

すると客のいるエリアに厩務員も出てきます。 日本なら「情報ダダ漏れになるんじゃないの?」とクレームが来そうですがね。 南米のこのパターン、タイの地方競馬と一緒なんで、もう慣れました。

次の勝ち馬

この競馬場も国内線空港の近くにあるので、頻繁に飛行機が近くを飛びます。

勝った馬は

記念撮影

施設内をまた散歩

ステーキ屋です。 ちょっとお高めです。

人も増えてきました。

レースも進み

だんだんと日暮れに

日没

レースも大半終わったので

メシでも探しながら宿に戻ります。 バス停は混雑しているので、てくてく歩いていきます。

日曜日は骨董市が出る。骨董というか、お土産がおおいんだけど、かなり賑わっておりやす。

ボカ・ジュニアーズのスタジアム。せっかくサッカー見に行こうと思ったのに、前大統領が亡くなったということで、中止になりやした。ツイてねーなぁ。

旧港のボカ地区。建物がカラフルだけど、この地域だけだよ。意外と通りは短いけど、ストリートタンゴやっているし、レストランもあるし、ご機嫌じゃないか。

7月20~21日 AA60 NRT18:20-DFW16:15 AA997 DFW19:15(20:00)-EZE7:50+1(9:30) 日本からは定刻通り出発したがダラスで1時間ほど遅れ。 ブエノスアイレスに予定よりかなり遅れて着いた。Manuel Tienda Leonという空港バスに乗ってセントロへ。そこから待ちかまえていたミニバスで予約していた宿まで乗せてもらった。意外と便利。この仕組みはトルコみたい。しめて75ペソ。 宿、到着。 Telmo Tango http://www.hosteltango.com

部屋はめちゃくちゃちっちゃくて簡素。 少し横になってからシャワーを浴び、そしてこの日はそのまま寝てしまった。 部屋から一歩も出ずに。 食事もせずに。 なにせ、日本を出てから27時間以上、体を横たえていないのだ。さすがに疲れきっていた。体がもう動かなかった。 きつい・・・。

7月22日 近くの骨董市に出かけた。ちょうど今日は日曜日。ここだけでも半日つぶせそう。 タンゴの絵、写真がいっぱい売られてあって、アルゼンチンに来たんだなぁ…と思わせてくれた。

近くのドレーゴ広場。 もう人がいっぱいです。

サン・ペドロ・テルモ教会

向こうにも、サン・ペドロ・テルモ教会が見えます。

周辺の通りでは、大道芸人たちがパフォーマンスをしています。

近くのメルカド(市場)へ入ってみた。

ボカ地区のカミニートへ。タクシーで13ペソほど。 ここへ来ると、観光客がたくさんいました。 タンゴ発祥の地らしく、こうして男女のタンゴダンサーが、男性客には女性ダンサー、女性客には男性ダンサーがポーズをとって写真を撮ってくれます。でも、私には勇気が出ませんでした…。

カミニートはタンゴ発祥の地。ここは建物がすごくカラフルに塗られているんだけれども、ボカ生まれの画家キンケラ・マルティン氏がこの地域を芸術的にしたんだそうな。

カミニートというのは小径という意味で、ほんの小さな通りにカラフルな建物があるだけなんだけど、おしゃれなカフェ、レストラン、土産物屋がならんでいて、歩いていてとっても楽しい所でした。

ここに鉄道が通っていたんだね。

タンゴを見ながらリッチに食事をしたいものです…。(願い)

準備中!? あなたはどこで踊っているんでしょうか?

中央に写っているバルコニーが、エビ―タが演説をした場所。

中に入ると、セキュリティチェックがあって、ガイドツアーのチケットを求めて(無料)また長蛇の列。やっとチケットもらえたと思ったら、なんと英語ガイドは1時間半後。しかもその間、外に出てはいけなくて、中で待たなくてはいけない。どうりで地べたに座り続けている人が何十人もいるんだ。この人たちはずっとガイドツアーを待ち続けている人たちだったんだね。 でも、中にいても何も見るものないし、こんな無駄な時間は過ごせない。あきらめて外に出た。まだすごい行列。これはもう入れないな。完全あきらめた。 明日のコルドバまでのバスの切符を買いに行こう。

結構時間を食ってしまった。 急いでまたタクシーに乗ってカサ・ロサーダヘ。ここは大統領府、エビータが演説をしたところでも有名。ここは土日しか中を見学できないので運が良かったと思っていたら、すごい行列。中にはいるのにも何十分待ちだった。

国会議事堂。 1952年にエビ―タの葬儀が行われました。

アルゼンチン空軍広場。 中心の塔は、アルゼンチン独立100年を記念し、イギリス政府から寄贈されたもの。

アルゼンチンに来たらやっぱりワインでしょ! 普通のハウスワインですが、おいしかったです!! 今日一日、ブエノスアイレスを見て思ったこと。 結構発展している。 タクシーがメーター制なのがびっくり。南米なのに。 ヨーロッパぽいんだけど、まだヨーロッパになりきれない中途半端さがある。 地下鉄が面白い。

7月23日 宿の近くの地下鉄からレティーロ駅へ。宿の近くの駅はBelgranoという駅で、ガイドブックと違っていた。場所はあっていたのだが…。レティーロからは歩いてレコレータ地区へ。ここはすごく高級住宅街。高級マンション、高級ブティック、高級ホテルが建ち並ぶ。やっぱり歩いていてちょっと安心する。

こんな高級マンションにいつか住んでみたいものです…。

聖母ピラール聖堂。 ここの裏に、エビータの墓があります。

聖堂の中。

エビータの墓がどこにあるか確認している人たちでしょうか!?

エビータの墓の位置だけが、濃い字で記されています。 やっぱり、みんなエビータの墓目当てで来る人多いんでしょうね。

見つけました!

やはり、エビータの墓の前だけ人だかり。 みんな写真を撮っていました。

エビータ墓を後にし、エビータ像へ行く途中、通った広場。シーソーなどの普通の公園にある遊び道具かと思っていたら、それで筋トレしているひとが!そのための道具だったの!?

アルゼンチンには、こうして犬を何匹も連れて歩いている人を何回も見かけました。猫は一匹も見ていない。犬だらけ。

エビータ像。

レコレータ墓地。 ここにエビータの墓があります。

再び地下鉄にのり、エビータ博物館へ。 行くと、外だけ写真を撮っている人たちが。 どうして中に入らないの!? 「今日は休みだよ。もちろん知ってるよね」 ガーーーーーーーーン 今日は月曜日だった!! やっちまった…。これまでの旅の中でもよく定休日に行ってしまう失敗を…。 どうしよう…どうしよう…どうしよう… 今日の夜行バスでコルドバへ発つのに…。もう切符も買ってあるし…。 このまま見ずしてブエノスアイレスを離れる!? ブエノスアイレスではエビータ巡りをしようと決めていた。そして、エビータ博物館はぜったいに見ようと楽しみにしていたところなのだ。 このままあきらめる!? 日本からはるばる27時間かけてブエノスアイレスまで来て、見ないで離れる!? 自問自答が始まる。

悩んだ。悔しいので博物館併設のカフェでお茶し、考え込んだ。 よし、ブエノスアイレスにもう一泊しよう。バスのチケットは変更してもらおう。宿はチェックアウトしてしまったけど、他の宿探してもいいし。急いで、バスターミナルのカウンターへ。あっさりと変更してもらえた。宿はレティーロ(ブエノスアイレスの一番大きな駅)の近くのもうちょっと良さそうなホテルへアタック。空きがちょうどあった。よかった。元の宿に戻り預けていた荷物を引き取り、タクシーで向かった。通された部屋、暗くて陰湿。せまい。クローゼットの中にはたぶん前の客が残したゴミ。フロントの雰囲気とまったく違っていて、全くの期待はずれだった。そして極めつけ。ゴキブリを発見してしまった・・・。もう我慢できなくなった。部屋を変えるか、なければ他の宿をまた探そう。そう決めて、フロントに言いにいったら、シングルはもう空いていないそうで、ダブルならあると。ちょっと高くなるが、部屋を見せてもらった。さっきの部屋より全然明るい。清潔そう。変な陰湿なにおいもない。ここに決めた。

これがその部屋。

「地球~」にも載っている「セントラル・コルドバ」。

7月24日 チェックアウトし、今日こそエビータ博物館へ!

エビータは確か、5人兄弟の私生児の末っ子として生まれたから…一番右かしら…??

初めて友達とのハワイ旅行で見た映画、「エビータ」。 "Don't cry for me, Argentina"の音楽は聴かれなかったけれども…。 (私はこの曲が大好きなのです。あの頃を思い出します) エビ―タの人生が感じれてよかったです。

エビータ博物館を見た後は、パレルモ地区などをぶらぶらした。 ここはおしゃれなブティックなどが建ち並び、おしゃれなカフェなどもある。歩いていて楽しいところだ。 アメリカのシカゴ…だったかな??のとある場所の雰囲気に似ていたような気がした!

エビータとその夫との出会いの場所、LUNA PARK。 映画館です。

19時半頃、宿に戻り、荷物をとってバスターミナルへ移動。ターミナルには電光掲示板があり、時間、バス会社、行き先の順番で表示されるのでそれを見て、何番のプラットフォームか自分で確認する。

コルドバへ行くバス。

バスの中はこんな。 セミカマです。 アルゼンチンのバスは2階建てがほとんど。私の席は2階でした。 アルゼンチンのバスは快適と聞いていたけど…。 確かに快適。きれいだし、シートも立派でしっかりしているし、私が今まで旅で乗った夜行バスの中でもかなり上位に食い込む質の良さ。 けれど。。。ある点を除いては。。。

20:35、定刻通り、バスはコルドバへ出発。 さようなら。ブエノスアイレス。

ということで、ちょっと地下鉄の写真を集めてみました。さすがにここで一眼レフを取り出すわけにはいかないので、携帯のカメラで隠し撮り?? ブエノスアイレスの地下鉄は、日本の古い車両を使っていて、6線あるが、線によって車両が全く違うので乗っていて面白かった。 ところで、地下鉄に乗っていると、ハサミセットや本などのいろいろな試供品を配ってくる人がいて、いらなければ後で回収してきた時に返せばいいんだけど、一駅で降りるんだったらそのまま持ち逃げできちゃいそうな気がするんだけど…??まぁ、みんな迷惑そうな顔をしていて、返すか、降りる人は席に置いたりしていたんだけど。

デパート、「ギャラリア・パシフィコ」を携帯のカメラで撮ってみた。 意外とお気に入り。 この中の地下一階のフードコートはおすすめです! 一人者にとってはフードコートって落ち着くし、ありがたい存在です…。

2/12(日)、ドバイからリオ経由、19時間20分のフライトでアルゼンチンの首都ブエノスアイレスに到着。人生最長の長旅でした。隣の席が空いていたのでなんとか我慢できたという感じ。到着したのは19:30だったので、お迎えのガイドさんにホテルに送ってもらいました。2/13(月)にはシカゴに駐在中のY嬢と合流。ブエノスアイレスで待ち合わせって、、おしゃれすぎ?ホテルはブエノスアイレスの中心から1~2キロ離れた、パレルモ・ソーホー地区にあるMine Hotel。 (写真左がS嬢、右がY嬢、ホテルのロビーにて)

お風呂はジャグジーつきでした!

http://www.minehotel.com/homeeng.htm ブエノスアイレスの宿はリーズナブルで可愛いブティックホテルを選んでみました。ショップやカフェやレストランが集まっているパレルナ・ソーホー地区にあり、朝晩ちょっと散策するに安全なエリアです。

パレルナ・ソーホー地区の街歩き。カフェに寄ったり、ショップで小物買ったり。真夏のブエノスアイレスの日差しは強く、暑い!日陰を選んで歩かないと大変です。木々の緑と空の青、カラフルな建物、光と影のコントラストに目が慣れません。

なんかモシャモシャでみすぼらしい猫ちゃん。

S嬢は爪にひびが入ったので、地元のサロンにてお手入れ中。このあたりはネイル専門店はなくて、ヘアサロンを紹介してもらいました。

2/13(月)のお昼ごろY嬢と合流。ガイドさんに、簡単なブエノスアイレス観光に連れて行ってもらいました。まず訪れたのは、パレルモ地区に接するレコレータ地区にある「レコレータ墓地」。墓地の北側は美術館や図書館などが緑の中にあり、そばには高級ホテルも多い。

ブエノスアイレス最古の墓地は1882年に作られ、150平米のエリアに6400の納骨堂があり、うち70は国の文化財。墓地というより立派な石造りの建物で、多くは地下に棺が置かれている。ガラス張で見事な棺が見える納骨堂もある。

アルゼンチン国民ならともかく、私たちが知っている有名人と言ったら、この人くらい。「エビータ」。女優となりペロン大統領夫人となり、ミュージカルで一躍有名になったエビータ。映画ではマドンナがエビータを演じました。

婦人党を組織し、国民の絶大な人気をさらった美貌の大統領夫人は、33歳という若さで没した。

レコレータ墓地には観光客の他に、アルゼンチンの歴史の勉強か、子供たちも沢山来ていました。

ブエノスアイレスの中心部を南北に走る7月9日大通りを通り、有名なコロン劇場やオベリスクを見て、首都の中心、モンセラート地区の5月広場に面する「大聖堂(カテドラル・メトロポリターナ)」へ。1700年中旬に建設が始まり、1827年に完成。

素敵な軍服を着た衛兵2人に守られているところには、南米解放の英雄、マルティン将軍ほか、数名の柩が安置されている。

General Jose de San Martin

床のモザイク。

大天使ミカエル(かな)。

5月広場周辺。

5月広場の東側のピンク色の建物が「大統領府(カサ・ロサーダ)」。すなわちピンクの家。1873~94年に建設された。アルゼンチンの歴史を目撃した由緒正しい建物。夜は「え?」という色にライトアップされてました。

運河沿いを走って、ボカ地区へ。サッカー好きにはたまらないボカ・ジュニオルス・スタジアムの横を通り、カミニート(小路)へ。ここはその昔はアルゼンチン随一の港だった。イタリアの船乗りたちが家をペンキで塗るのに、余ったペンキでこの壁、あの壁と塗ったので、こんなカラフルになった・・といういわれがあるそうだ。

それはともかく、現在のカラフルな建物は1890年生まれ(捨て子だったため本当の誕生日は不明)で1977年になくなったキンケラ・マルティンという画家によるもの。カミニートは100メーターくらいの小路で両脇にカラフルな家が立ち並び、今ではほとんどがレストランかショップとして利用され、観光名所になっている。

壁にはカラフルなオブジェがいっぱい。

なんかウキウキします。

よく見かけたのがマラドーナとエビータと誰か(誰?)の人形。

画家やアーティストが自分の作品を並べています。気にいった絵を買おうかと思ったのですが、言い値が意外と高い。ネゴするのも面倒なのでやめてしまいました。

タンゴの故郷とも言われるカミニートには、タンゴダンサーがあちこちにいます。

幅7メーターほどの狭い小路に両側の店のテラスがしのぎ合ってます。

カミニートの角にたつこの店は名物のあま~いお菓子屋さん。

軽くステップ踏んでいる人たちもいますが、どうやらメインは観光客との記念撮影で日銭を稼いでいるようです。

立ち寄った両替店の店先にあった謎の言葉。 利用予約のヒントをか。 ん??

それぞれの店先に小さなステージがあってタンゴ踊っていたり、歌っていたりしています。

カミニートは夜間は危ないそうなので、昼間に行ってくださいね。

タンゴは明日の晩見に行きます~。

牛肉のカルパッチョ。

前菜盛り合わせ。

トマトパスタに肉のかたまり。洗練されてないけど、海外にきたな!という実感のわくディナーでした。 明日もブエノスアイレスです!!

今夜はホテルから歩いていける「La Baita」というイタリアンでディナー。3人揃って始まるこれからの旅に乾杯です。アルゼンチンの赤ワインはマルベックという葡萄品種が有名です。 さて、シカゴから合流したY嬢、アメリカ大陸縦断は思った以上に難儀だったそうです。真冬の北米から真夏のアルゼンチン。お疲れ様でした。

ミネラル・ウォーターを買ったバーの天井にはタバコ、タバコ、タバコ・・・

ヨハネスブルグを1時間ほど遅れて飛び立ち、海を渡って南米大陸はブエノスアイレスへ。 到着は夕方5時過ぎ。そこからイミグレーションと長蛇の列の荷物検査を終えたらもう6時前。 タクシーで市内のB&Bまではtaxiezeizaで198ペソと激高。宿代より高いではないか。 安全はお金で買う&時間の節約とわかってはいても痛い出費。 今夜のB&B Ada & Valentyn、1泊35ドル。 部屋は狭いけど、オーナー夫妻がとってもいい人たちで居心地がいい。何よりPlaza de Mayoまで歩いて5分かからない立地が最高。 時間のない旅行者にはお薦めの宿。 ブエノスアイレスに来たからには、タンゴ鑑賞。 観光客向けではなく、地元の人がタンゴを踊りに行くような場所へ行ってみたいと伝えると、宿のマダムがお供してくれることになった。 待ち合わせ時間は10時45分、夜の(笑) それまでに軽く外出しようと思ったけど、ベッドに横になったらそのまま寝てしまった。

一応身支度をしたのだけど、なんて地味。マダムはばっちり化粧して服もタンゴ仕様になっていた。 タクシーで向かったのは、マダムがよく踊りにいってるMilonga。 入場料20ペソを払って中へ。

女性はみんなきらきらしたハイヒールを履いて踊る。 普段着ぽい人もいたけど、肌の露出したセクシーな服を着てる人が多い。 そしてハイヒールで踊ってるのでふくらはぎの筋肉がすごい。 マダムもいつの間にか靴を履き替え、タンゴに備える。 お誘いを受けては踊りに行く。タンゴ暦は20年、さすが上手。 私はシャンパン(アルゼンチンのシャンパンは安い)飲みながら鑑賞。 挨拶してくれる人もいたのだけど、運動靴じゃ踊れないし。。 そのうちの一人と波長が合うなとおもったら、アラブ系でレバノン出身。しかもニックネームが中東なのでトルコだとか。ちょっと違うんだけど^^; 英語も堪能なのでいろいろおしゃべり。 こういうダンスホールでお互いどうやってペア組むのって聞いてみたら、初対面でもお互い目が合ったら男性が踊りに誘いにいくんだよと。 踊りが上手で先生もしているらしい。 姪が日本でタンゴを教えているらしい。名前忘れたけど有名な先生だそうだ。

そろそろ夜中2時過ぎ。 みんな元気だな、まだ踊ってるよ。 今日は日曜日、てことは明日から仕事なのでは? そんなことは関係ないようす。 プロダンサーたちの踊りが始まった。 女性が背中の大きく開いたゴールドの衣装着てたのはそのせいね。 男性はいい体格してるけど、ステップは軽やか。 午前3時ごろ、ようやくマダムと家路に着く。 タンゴいいわー、バンドネオンが奏でるタンゴの音楽が物悲しい。 町を歩けばそこらじゅうにイケメンもいて口元緩みっぱなし。 アルゼンチンに恋しそうだ。

翌朝8時半には起きて朝ごはん。 ご主人お手製のパンが美味しい~カプチーノも本格的で文句なし。 マダムは明け方まで私と一緒だったのでまだお休み中かな。 ちょうど一緒になった香港人カップルとおしゃべり。 3ヶ月かけて南米旅行してるという彼ら。香港からは日本経由、アメリカ経由でエクアドル入りしたらしい。当然日本からくるより時間かかったそうだ。 このあと私はキトに飛ぶというと、旧市街は素晴らしいよと太鼓判押される。 彼らは今日イグアスの滝へいってブラジルに入るという。絶対行ってね、とレンソイスをお薦めしておいた。

もっとお話したかったけど、午前中はBoca地区を観光後、午後12時半のフェリーでお隣ウルグアイのコロニアに行くのでお別れする。 152番のバスに乗ってBoca地区へ。終点まで乗って20分くらい。 タンゴ発祥の地、そしてその昔イタリアやスペインからの移民が集まっていたというBoca地区。 マルコ(母を訪ねて三千里のマルコです)もここでお母さんの行方を捜し求めてさまよい歩いたのでしょうか。

わんこたちが日向ぼっこしながら人々を眺めている。 何考えてるんだろう。

こう作られた感じが、ディズニーシー内のブロードウェー劇場辺りにある景色を思い出す。 シーの雰囲気も大好きだけどね。

今度はアルゼンチンの英雄、エビータが窓から手を振ってる。 今回は時間なくてお墓めぐりできなかった。 ちょうど今年5月に南アでちょっと残念なミュージカルEvitaを見ばかり。 レコレータ墓地行きたかったな。

色っぽいお姉さんのマネキンが客引き。 このBoca、マネキン多すぎ。

メイン通りから一本外れた通り。 買い物帰りの女性が足早に歩いてくる。

原色の建物に、赤いチェックのスカートが映える。 着てたのは見た目たぶん80歳くらいのおばあちゃんだった。

写真撮りながら歩いてると、 タンゴ見ていかないー? とあちこちで呼び込みをされる。 見たいんだけど、時間がないのよ。 あと30分でウルグアイ行きのフェリー乗り場に行かなきゃなのだ。

土産物屋の店の壁に並べられたステッカー。

観光客を飽きさせない演出。

すごくTouristicだよ、という言葉通り観光客だらけ。 建物がカラフルで面白い。

いいなー、これやってみたい! この男性モデルはちょっとぎらぎらしてて好みでなかったけれど。 よし、今度ブエノスアイレス来るときは、タンゴ撮影用の服を持参しよう。 Plaza de Mayoあたりまでバスで戻り、そのあとはタクシーでフェリー乗り場へ。 コロニアへ向かいます。 http://4travel.jp/traveler/sunnyy/album/10683089/

フェリーでコロニアから戻ってきたら日も暮れかけていた。 フェリー乗り場から歩いて宿へ帰る。 Floridaは歩行者天国みたいな通りになってて歩きやすい。 Plaza de Mayoに到着。 宿近くのカフェでお茶&ケーキ食べて、部屋に戻って少し休んで夜の街へ繰り出す。

といってもPlaza de Mayo付近だけ。 近くを歩いていたおじさんが突然あっと声を上げて、 自転車に乗った男の子を追いかけ始めた。 どうやら何かすられたらしい。 けっこう走ってたけど、最後はあきらめて両手を挙げてあーあ、と悔しそう。 私も気をつけなきゃ。 首に下げたカメラをコートの下に隠し足早に歩く。

並木道と高層ビルの感じが、昔勤めてた丸の内あたりに似ている。 徹夜して仕事して、朝方タクシー拾って仮眠しに帰宅してた頃を思い出した。 あの頃はシリアや南アで働くなんて考えても見なかったな。 でも今のほうが断然自分らしい生き方だと思う。

Casa rosada大統領府がピンクとブルーにライトアップ。 ブエノスアイレス丸1日滞在中、タンゴも見られたし、ウルグアイにもいけた。 何よりイケメン多くて外歩くの楽しかった! 1枚も写真が撮れずに、イケメンシリーズが更新できなかったのが残念。 また戻ってくるし、次回はきっちりカメラに収めてきます。