フロリアノポリスってどんなところ?

フロリアノポリスの地図

フロリアノポリスの写真・旅行記

手塚治虫の長編アニメといえば、メトロポリス。ケツメイシのアルバムタイトルは、ケツメポリス。懐かしい深夜のお色気番組、ミニスカポリス。  そして、南米大陸とサンタ・カタリーナ島に跨る町、フロリアノポリス。  温暖な気候に恵まれ、湖と山々、無数のビーチなど変化に富んだ景色の美しさで有名な町。そして、リオやサルバドールと並んで、ブラジル有数のサーフポイントがある町でもある。ここは、訪れる人が魅了されて、住民となってしまうケースが非常に多く、別名「マジック・アイランド」とも呼ばれているらしい。  僕はこの地にサーフィンのためにやってきた。魔法の島の波とは一体どんなものなのか?自分の目で確かめ、ライドしてみたい。そして始めてのブラジルでのサーフィン。まずはメジャーであるモザンビーケ海岸のサーフポイントを目指すことにした。  長距離バス乗り場近く(セントロ)に宿を決め、とり合えず荷物を置いて外へ出た。早朝なのに外を歩く人の数は多い。人込みを掻き分け、市内バスのターミナルに辿りつく。しかし、だだっ広くて、どのバスに乗ればよいのか分からない。青い服を着たバス係員に聞きまくり、やっと見つけたバスに飛び乗るも、急坂の途中であえなくエンコしてしまう。代替のバスが来たのは、炎天下のなか30分以上も路上で待たされてからだった。  乗り継ぎのターミナルに到着してからも、海岸行きのバスの出発時間がうまく合わず、1時間以上も次のバスを待たされる羽目に。やっとお目当ての海岸へ着いた時には、太陽の光は真上から煌々と射していた。昨日は長距離バス泊でほとんど寝ていないが、不思議と疲れは感じていない。とにかく早く波を見てみたい。駆け足で砂浜を走る。  残念ながら、サイドからの強風の影響で、波の面は完全に潰れてしまっていた。  サイズはセット腰・腹レベル。近くにあったサーフショップでボードとウェットをレンタルし、早速、波に乗ってみる。なかなか割れない厚い波。そしてパワフルで重く感じる。ダンパー気味なので早めにテイクオフするようにする。  癖があるので最初は戸惑っていたが、波質に慣れてくると遊べるようになってきた。波数が多いので練習にもなる。サイズが少しずつ上ってきて、人も増えてきた。スクールの子供たちや地元の人、観光客たち。そんなに上手い人はいない。でも心の底からサーフィンを楽しんでいる気持ちはみな同じだ。  しばし時間を忘れ、サーフィンを純粋に楽しむ。魔法の時間とは正にこのことだろう。 どれだけ時が過ぎたのか。腕の疲れから判断すると、相当時間が経ったような気がする。今、何時ぐらいだろう?腕時計を見ると何も表示していない。防水機能付きだったのにいつの間にか壊れてしまったようだった。  日も暮れ始め、帰りのバスの時間が心配になってきた。そろそろ陸へ上ろうと思い、岸に向かって歩いているとウニを踏んづけてしまう。痛っ!右の親指と中指を負傷する。歩けないほどではない。大丈夫だ。  帰りのバスは、まさに出発直前だった。急いで方向を変えて、走り始めたため、後ろから自転車に乗った少年と激突してしまう。痛っ!ちょっとした擦り傷ができる。  バスのなかでは、ぐっすり寝入ってしまっていた。セントロに戻った頃には真っ暗闇。宿の受付でコンドームを渡されたそうになる。なんで?どうやらこの宿は、連れ込み宿だったようで、周りはそんなカップルたちばかりだった。  自分のベットに横たわるやいなや、隣室のカップルの喘ぎ声が大音量で洩れてくる。まるで大音量でアダルトビデオを見ているかのようだ。さすがに寝れないなぁ、なんて思っていたら、すとんと落ちるように夢の世界に入っていた。  ブラジルに在る魔法の島、フロリアノポリス。サーフィン以外もなかなか面白そうな町だ。移住しようとまでは思わないが、魅了される気持ちは何となくわかる。僕にも魔法が少しずつかかっているのかもしれない。  とにかく明日もサーフィンだ。

毎年、サーフィンの世界大会(WTC)が開かれることで有名なジョアキナビーチ。  その昔、この海の岩場で毎日レース編みをしていた“ジョアキナ”という女性が仕事に夢中になっているところ、高い波にのまれて亡くなってしまったというエピソードから“プライア・デ・ジョアキナ(ジョアキナのビーチ)”と呼ばれるようになったという。  僕もサーファーの端くれ。世界的に有名な場所を一目見ておきたく、セントロから17キロ離れたビーチへバスで向かうことにした。  昨日もバスの乗り換えを間違えたばかりだが、フロリアノポリスの市バスの仕組みはとてもややこしい。まずセントロから直通バスというものが存在しない。全て拠点となる最寄の各ターミナルを経由しての乗り換えが必要となる。ただでさえバスの種類が多いのに加え、経由ルートが複数あったりして、旅行者にとってはかなり面倒な代物だった(「地球の歩き方」のバス記載は間違っているので注意!)。しかもジョアキナ行きのバスは昼間2時間に1本しか出ていないという。  セントロを出たのが11時20分(昨日、腕時計を水没させたため、目覚まし時計を持ち歩いている)。次のターミナル発ジョアキナ行が11時55分。確か30分ぐらいで次のターミナルに行けたので、間に合うかどうかギリギリのタイミングだ。このとき僕は焦っていて、うっかりバスの番号を確認せずに乗ってしまった。それがそもそもの間違いの始まりだったとは。。。  バスは昨日とは違うルートを走り始めた。あれ?おかしいぞ。でも乗り場は昨日と同じだったので、途中に寄るルートが異なるだけなのだろう。時間に間に合って、ターミナルにさえ着けば問題はない。  そのままバスは見たこともない風景を走る。気が付くと既に12時過ぎ。ジョアキナ行に乗り遅れた!13時5分まで次のバスはない。まあ13時までには、さすがに間に合うだろう。ターミナルにさえ着けば、さして問題はないや。  12時30分。未だに初体験の風景ばかり走っている。さすがに焦り始めてきた。バスは湖の周辺をグルグル周ってばかりいるようで、ターミナルに着く気配は一向にない。バスの切符販売員(ブラジルは運転手とは別に必ず1名乗車している)に聞きに行きたいのだが、車内は混んでいてとても向こうまでたどり着けそうにない。  ちょうど学校が終わったのか、ゾロゾロと小学生の大群が乗ってきた。1区間毎に5人以上乗り、5人以上降りるのでバスはちっとも進まない。さらにピーチク、パーチク。ガキどもは小鳥のようにうるさく騒ぐ。切符販売員が注意するが、また5分後にピーチク、パーチク。まるで遠足バスだ。 ついに終点らしきところへ到着してしまった。辺り一面、民家と学校しかない。ここはドコやねん??時計を見ると13時!また乗り遅れてしまった。次のジョアキナ行は15時発しかないぞ。とにかく知っている場所へ行きたい。  乗客が全員降りたため、切符販売員にやっと確認することができた。すると、「このバスにまだ乗っていなさい」と教えられる。よかった、とりあえず目的地には辿り着けるのだ。  バスはしばらく休憩した後、また動き出した。同じように小学生を乗せて、車内はピーチク、パーチクの合唱が繰り返される。窓からの風景も先程と変わらない。つまり来た道をそのまま戻っていたわけで。  いつの間にか14時を超えていた。僕は何しているのだろう。また尻がジンジン痛み始めている。腹も減った。車内はまたも混雑し、汗臭い、騒がしい。もはや時間もジョアキナもどうでもいい。早くバスから僕を降ろしてくれー。  14時50分。僕は一番最初にバスに乗ったところへ戻ってきていた。切符販売員曰く、「そもそも乗ったバスがまったく間違っていた」とのこと。今は自分のアホさ振りを嘆くよりも、バスから降りられたことに感謝。感激。3時間半も市内バスに乗って、スタート地点に戻っただけなのだが。  その後、丁寧に行き方を教えてもらったにも関わらず、僕はターミナルのファストフードで昼飯を食っている間に、また乗り遅れてしまった。夕方近くになり、尻も痛いし、腹いっぱいだしで、もはやジョアキナに行く気力は生まれない。ジョアキナの霊が僕を行かさないのか!  ということで、ジョアキナに負けず劣らず、僕の方も悲しいエピソードとなった。僕の場合は市バスの波に飲み込まれただけなのだが。ジョアキナは幻のビーチの思い出として残しておくことにしよう。次に来る時は、バスにも波にもうまく飛び乗りますよ~。

20時間以上かけて、ようやくフロリアノポリス空港に到着しました。

フロリアノポリスの海岸線。 新しいビルが立ち並びとても美しい景観でした。海風が心地よく、地元ランナーの姿もちらほら。

昼ごはんを食べたカフェ。 宿泊したホテルから程近い場所にあるカフェレストラン。英語が通じるウェイターさんがおり、希望するメニューを注文できた。

11月15日広場向かいのカテラドル。 フロリアノポリスにはこのような色合いの教会が複数ある。

長距離バスターミナルから眺める市街地。 天気もよくとても暑い日でした。市長選挙期間中で、候補者の投票番号と顔写真の入った旗を振るスタッフがたくさん道路脇にいらっしゃいました。

サンタ・カタリーナ歴史博物館。 元州政庁。

クルスの丘。 アリルドが金曜日午後休を取って観光ドライブに連れて行ってくれた。

アレックスと記念撮影

左がアリルド。ユーモアのあるイケメン父さんである。

サンタ・カタリーナ島にはたくさんのビーチがある。

コンセイソン湖畔をトレッキング中に見つけたバナナの木。

トレッキングコースに小さな滝があった。 滝つぼで若い男女が水遊びをしていた。南米らしい光景だ。

湖畔には家もある。 水と電気が不足がちだとか。

終着点のレストラン。 朝方曇っていた空もいつしか晴れ渡り、風が気持ちよかった。帰りはここからボートで出発点まで戻る。

小エビのガーリック炒め。 これはほんとに美味しかった。この湖で採れるらしい。

豆カレーのような料理。 カレーのようにスパーシーではなく、あくまで豆の味である。 緑のビンは、グアラナ。コーラに似た飲み物でブラジルならどこでも飲める。美味しい。

コロンボ・マシャド・サレス橋を渡ってアレックス家へ。 湾になっているためマンションの向かいの海は非常に穏やかである。

アレックスの家。 ピザの宅配を頼んでくれた。

右がアレックスのお母さん、その隣がおばあちゃん。お二人とも若い。

シュラスコ料理店。 地元の人で賑わっていた。肉のほかにもパイナップルを焼いた串などもありお腹いっぱい食べた。

夜ごはんをご馳走になった。 パンにハム、チーズをはさむサンドイッチだった。何種類も新品のジャムが用意されており、恐縮しっぱなしでした。

リオ・ブランコ・アパート・ホテル(地球の歩き方未掲載)。

中央市場。 早朝だっため人通りは多くない。

1871年に植えられたとされるイチジクの木。 11月15日広場の中心にある。1891年にこの広場に来た。

1864年から1870年にかけてのパラグアイとの戦争で命を落とした兵士たにの追悼記念碑。11月15日広場にある。

サンターナ要塞。 エルシリオ・ルース橋の下にあり、今でも当時の大砲が残る。

エルシリオ・ルース橋を挟んで北側の湾内を巡るクルージングに参加した。

ポンタ・グロッサ要塞、サンタ・クルス・ド・アニャトミリン要塞などを巡る。

運がよいとイルカの群れに遭遇することもあるそう。

船内は地元高校生でごった返していた。

その昔、この湾に侵入してきた敵国の船を沈めるため、大砲が両岸に配備された。

コンゴーニャス空港出発前です。毎度ながら,ここは近くていいです。集合時刻の15分前に自宅を出ればいいのですから。遠くにBlue Tree Ibirapueraが見え,その右側に自宅が見えます。

Praia Joaquina(プライア ジョアキーナ=ジョアキーナ海岸)。

Praia Brava(プライア ブラーバ=ブラーバ海岸)。息子が初めて入った海は大西洋ということになります。

セントロ,ホテル近くの海です。

魚とイカとカイピリーニャの毎日。ここはPraia Ingleses(プライア イングレーゼス=イギリス海岸)

Lagoa(淡水湖)。海の近くにあり,淡水と海水が入り交じっているのかな?。

帰りの飛行機はTAM(タム)でした。

機内でもお利口さんに。