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ルーマニアってどんな国?

ルーマニアは、東ヨーロッパの国家 国。セルビア、ハンガリー、ウクライナ、モルドバ、ブルガリアと国境を接し、黒海に面している。首都はブカレスト。国旗は公式の縦横比も含めてチャドの国旗と酷似しているが、ル-マニアの国旗のほうが、青色が若干薄い。1989年の民主化までは国旗の中央に共産党政権時代の国章があしらわれており、両国の国旗は容易に区別できた。

ルーマニアの地図

ルーマニアのブログ旅行記

ドナウの源流: 海外の情景 今日の一枚

2007年1月4日 ... この番組は以前に放送されたものの再放送のようでしたが、今年EUに新たに加盟する、 ルーマニア、ブルガリアがこの川 ... またいつも拝見している、ルーマニアにお住まい の<go2roumania>さんの新年のブログにもドナウ川のすばらしい景色 ...

07正月恒例 箱根駅伝応援風景: 海外の情景 今日の一枚

2007年1月3日 ... 是非今年はルーマニアへ! ;) いまさらですが、今度BlogPeopleを調整するときリンク させてください。 ... 今年はルーマニア注目されそうですね。 投稿: ◇go2rumania さん | 2007年1月 4日 (木) 10時35分. ごぶさたしておりました。 ...

東欧周遊のおすすめルート 旅のQ&A(ヨーロッパ)

チェコ、ポーランド、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリアなどを2ヶ月で。 ... 東欧は チェコ、ポーランド(アウシュビッツ)、ウクライナ、ルーマニア、ハンガリー、 クロアチア、ブルガリア、ギリシャ、トルコを2ヶ月で回る予定なのですがオススメの ルート ...

アメリカンな卒業式の巻 (ユキノヒノシマウマ)

2005年6月22日 ... ルーマニアよりはじめまして。先ほど、一度間違えてコメント送信されてしまったかも しれません。 ... 少し前の記事なのですが、ルーマニアの卒業式の様子+良く勉強する ことについても記事を書いたのでTBさせて下さい。 ...

ルーマニア独特の雰囲気を満喫! - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅 ...

2009年11月2日 ... 先月、ルーマニア・ブルガリア15日間の旅へ行ってきました。 この時期の東欧にしては 比較的天候にも恵まれ、 ... たっぷりと久しぶりのルーマニア・ブルガリア2カ国を堪能 してきました! 数多くの見どころ、観光地を誇る両国ですが、 ...

一カ国一家のホームステイを目標に女一人旅 旅のQ&A(全般)

純粋にご好意で泊めていただいたのは、メキシコとルーマニアとベトナム、宿泊先を斡旋 された結果としてホームステイになったのはブルガリアとロシア、それだけです。 > かおるさんは旅行をすることによって英語は上達しましたか? ...

今夜は居酒屋「留守番隊」 - 奥様は海外添乗員

2008年4月23日 ... 今度、ルーマニアとブルガリアへ12日間の旅に行きましたが、添乗員の仕事はほんとうに 大変で、いつ寝ているのだろうと思って見ていました。 一度、隊長ドックは放ってお いて、人間ドックに入っては如何でしょう. コメントありがとう。 ...

世界一周旅物語(せかたび)- ルーマニア(Romania) アーカイブ

ルーマニアは日本から遠い国でもあり、来るまではあまりイメージがなかったんです。 それでも、人口の増加や土地の価格が上がるにつれて、外国からの投資が増えています。 日産をはじめ、ベンツ、BMWといった車メーカーの支店も多く、首都ブカレスト以外 ...

病気・事故時の航空券手配と支払方法 旅のQ&A(ヨーロッパ)

1)ルーマニアからブルガリア・ルセに陸路を越えますが,使用交通機関など,何か注意 する点がありそうでしょうか。案内書では袖の下要求など,あまりいいことが書いてない のですが。 2)一般的なことですが,旅先でのアクシデント(病気,事故etc)で ...

世界の人種・民族別血液型割合

ルーマニア. 34. 41. 19. 6. Russians. ロシア. 33. 36. 23. 8. Sardinians. サルディーニャ. 50. 26. 19. 5. Scotts. スコットランド. 51. 34. 12. 3. Serbians. セルビア. 38. 42. 16. 5. Shompen (Nicobars). ションペン (ニコバル諸島) ...

世界一周旅物語(せかたび)- ルーマニア銀行口座開設 アーカイブ

2006年7月12日 ... そして契約の際には、銀行口座を通じて金額を支払うため、ルーマニアの銀行口座を作っ ておく必要があります。 ... 日本の銀行と比べてルーマニアの銀行のイヤな点・口座 維持手数料毎月0.5ユーロ・引き出し手数料(ATM共通)1回0.5% ...

【3】 リスボン → シントラ → ロカ岬 → シントラ → リスボン ...

2004年12月3日 ... シントラは、私たちが今までに訪れたどの町ともちがう印象でしたが、ルーマニアの シナイアという町に似ているのですね。 ... トラディショナルなヨーロッパ・・私の Blogではルーマニアの綺麗な部分のみ見せているかもしれません。 ...

旅のQ&A(ヨーロッパ) バックパッカー入門!海外一人旅のススメ

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シリア・ダマスカス(クネイトラ行き同意書をゲット!): shoの旅行記 ...

2007年5月7日 ... 僕は再び教えられた地点に向かい、ルーマニア大使館の人や近くに警備員に聞きながら たどり着いた ... 東側角にはルーマニア大使館があるので、これを目印にするのが良い と思う。 建物前には、小さな小屋があり警備の人が銃をもっている。 ...

本年もよろしくお願いします BS&Mac: 海外の情景 今日の一枚

2007年1月2日 ... 去年はルーマニアもたくさん登場しました。 今年はEU加盟に乗って、、もっと がんばって欲しい! ... ルーマニアは未だ行ったことのない国の一つです。ぜひ今年は 行けるチャンスがあれば。 今年もよろしくお願いします。 ...

海外の情景 今日の一枚: 2007年1月

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ルーマニアの写真・旅行記

ルーマニアはジプシーが多い事でも有名だ。 一般のルーマニア人達と仲良く共存する平和主義のジプシー達もいれば 犯罪に手を染めてヒンシュクをかっている荒くれなジプシーもいる。 そして自治区を作って自分達の世界で生活しているジプシーもいる。 今回はジプシーの世界をこの目で見る為にジプシー自治区ことウルクーへと向かった。 ( ※この画像は私のポンコツなコンデジで何故か美しく撮影することに成功したジプシーの部落の自信作の画像。ブルガリアのバラ祭りの撮影は失敗続きで美しい画像がほとんど出来なかったのに何故かジプシーの部落の美しい画像を撮影することには成功したみたい。)

昨日に続いてこの日もカササムライホテルのオーナーの方に 特別にツアーを組んで頂いた。 写真の豪邸は何とチャウシェスク前大統領の別荘の写真。 ジプシー自治区入りする前にチャウシェスクの別荘にも連れて頂いて内部を観光したわけだが、入った後の感想はと言うとルーマニアの歴史的有名人物の豪邸というより何か大物マフィアの豪邸に入った感じがした。 この別荘は130ユーロ程払えば私達日本人でも基本的に一泊宿泊出来ると言う事らしいが・・・・幽霊とか出てきそうでなんか怖い。 実際宿泊した勇気ある人は過去に果たしていたのだろうか!? 130ユーロ払ってこのチャウシェスクの別荘に宿泊するメリットは 「私は何とルーマニアのあのチャウシェスクの別荘に泊まったのよ。私って凄いでしょう!?」 といった類の自慢話が帰国後周囲の日本人に出来るくらいだろうか・・・(もし私がその当事者だったらの話だけど)。

そしていよいよジプシーの自治区へと向かった。 自治区と言ってもあるエリアまでは一般人の住宅街で数軒先位からが段々みすぼらしい家家が目立ち始めていわゆるジプシー自治区という感じだった。 一般人も数軒先がジプシー自治区だとえらく住みにくいのでは・・・と聞いた所「もし自治区のジプシーが一般人に何か盗みとかやらかしたら自治区から出ていかなければならなくなるから決してやらない」という暗黙のルールが存在しているそう。 一見超シビアな感じもするけどよくよく考えてみると日本人の私自身ももし近所の家に盗みに入ってそれが知れ渡ったらその日から私は近所を普通に歩けなくなるわけで・・・どこの世界でもあるごく当然のことだったりする。

そしてとうとうジプシー自治区に入った。 好奇心旺盛なジプシーの子供達は一斉に日本人の私達の所へと集まり「何か頂戴!!」といわんばかりな表情をする。 事前に「ジプシーの子供達に貴重品を盗られないように気をつけなさい」と警告を受けていたが、結局何も盗られなかった。 そしてジプシーダンスを披露してくれる青い家へと向かった。

青い家に入る前に撮影したある親子の画像。 いわゆる私達がイメージするインド人の顔したジプシーではなく、ほとんど白人女性とその子供という感じ。 今時のルーマニアジプシーはインド系だけでなく白人系も少なからずいるとのこと。金髪の青い目をしたジプシーももちろんいるとのことで、ちょっと意外だった(※あのベンジャミン・フルフォード氏が自著で「白人だからとか○人だからとか人種の優劣は本来関係なく、白人でも南米の貧しいスラムで育ったらそれなりの民度になるし○人でも欧米の上流階級の家庭で良い教育を受けて育ったらそれなりの紳士や貴婦人になる」と語っていましたが、それを本当に実感させられる光景でした。要するに人種云々ではなく育った環境が民度を大きく左右するということらしいです)。 そして出産率は4.0とジプシー女性1人当たり子供4人で日本とは大違い。 貧乏子だくさんとは正にこの事なのかもしれない。

ダンスを観賞する前に青い家から撮影した子供達の画像。 自治区の生き生きしたジプシーの子供達の様子が上手く撮影出来たと思っている。 彼らと比べて今時の日本の子供達はこんな目や表情をするかどうかは・・・わからない。 おそらく幸か不幸かここの子供達は一般ルーマニアの子供達みたいに学校には通っていないと思われる。

まずはジプシーの姉妹!?のダンスは今回のダンス披露の前菜という感じだった。

今度は母娘なのか師匠とお弟子さんの関係かはわからないがこの2人が今回のダンス披露の中心だった。 特に右側の年配の女性は踊りの師匠と言う感じでとてもパワーが感じられた。 彼女の十八番は「カルメンのダンス」

今度は孫弟子!?の可愛い女の子たちのダンス。 特に右側の女の子は将来が楽しみな位に踊りが上手。 一体将来どんな踊り子になるのでしょうか!?

そしてパワーに溢れたジプシーダンスもとうとうフィナーレ。

そしてジプシーダンスもとうとう終わり、私達も自治区を去ることになった。 出ていく時に撮影したジプシーノ子供達。 「この子たちは将来どんなジプシーになるんだろうか? もし将来一般ルーマニア人にヒンシュクを買う様な事をしたとしてそれはこの子だけが悪いのだろうか? もっとこの子たちが学ぶ環境をルーマニア政府は真剣に検討しないと可哀想だ」 といった余計なお世話的な思考をしてしまった。 逆に学ぶ環境に恵まれ過ぎている日本の子供達は幸せなのだろうか!?何か恵まれ過ぎて消化不良を起こしててある意味問題だったりすると思うのは私だけだろうか!?

世界遺産のヴィスクリ要塞教会です。 この要塞の復興コストを寄付したのは何とあのイギリス王室のチャールズ皇太子。 そうです。チャールズと言えばあの世界を魅了したダイアナ妃を不幸にした冷たい夫・・・という悪いイメージしかないのですが、実はヨーロッパ中の修復コストの必要な歴史的建造物の復興の修復費用の寄付などに力を入れているいわゆる慈善活動家の一面があります。 そしてヴィスクリ村はルーマニア有数のバードウォッチングが楽しめる村なのです。 以下の文章は私が想像を膨らませて書いたフィクションの物語です。

ルーマニア世界遺産ヴィスクリ要塞教会の村にある可愛いガチョウたちが住んでいました~。 6月の30℃をとっくに超えた暑い日の午前のこと・・。  ガチョウたちは何か非常に慌てている様子でした。  おやっ・・・、何かとても大切なものを探しているみたいです。

ガチョウママ 「これ!! かくれんぼなんかしたらダメでしょ!! 皆であなた達を探すのに大変だったのよ!!」 ガチョウチルドレン 「マミィ、みなさんごめんなさい!!もうしません。」

「もういいじゃないか。それより今暑いから喉が渇いたね。みんなで水を飲みに行こうか。」 「賛成!! それにしても本当に今日は異常に暑いよね。」

外見が鴨によく似たガチョウおじさんは 「いいか、坊やたち。これから人間達や車が頻繁に横断する危ない道路を渡るからママの後ろにくっついて歩きなさい。」 とガチョウチルドレンに強く言いました。

ガチョウママ 「ここの道路は本当に危ないからゆっくりとママの後にくっついて歩くのよ。」 ガチョウチルドレン 「ほらっ見てよ!? 僕たち良い子だからちゃんとこの道路だって渡れるもん。」 ガチョウチルドレン 「っていうかマミィ、この道路ってちっとも怖くないから次からは僕たちだけで十分渡れるよ。」 ガチョウママ 「ほらほら、すぐあそこにだっていつも動いている荷車があるでしょ!? 今日はたまたま怖くないだけよ。いつもはとっても怖い道路だからあなた達が黄色いうちは絶対に単独行動はいけません!!」 ガチョウチルドレン 「体が黄色いというだけでいつも子供扱いするから嫌になっちゃう~!!  僕たちも早く白く(大きく)なってこの怖い道も好きな時に自由に渡れるようになりたいなァ。」

「やっぱ暑い日のここの水は最高~!!」 「本当に冷たくて美味しい!!~」

そして今日もヴィスクリの可愛いガチョウたちは また別の目的地へと仲良く歩くのでした。  ☆ お・し・ま・い ☆

しっかりカメラ目線の鴨もとても可愛かったです☆ そんなわけで世界遺産のヴィスクリ要塞教会だけでなく バードウォッチングも楽しめちゃうそんなヴィスクリ村に そこのあなたも是非おいでやす☆

ちなみにこのバードウォッチングが楽しいヴィスクリ村へのアクセス方法は残念なことに鉄道やバスといった手段は全くなく、自動車でいくしかなかったと思います。 (私自身は自動車が運転できないので「地球に歩き方」にも紹介されているブラショフの「カササムライ」というホテルのオーナーの方に個人ツアーを申し込んでビエルタン要塞の村やシギショアラの街とセットで一日がかりで連れてって頂きました。後々考えてみると時間的にとても効率のいい個人ツアーだったと思います)

5月13日(火) ブダペストのネプリゲットのバスターミナルで、ルーマニアのオラデア行10:30のバスに乗る(2800FT)1$=223FT バスはワンボックスタイプで後ろに荷物用カートを引いていた。乗客は7人。 昼飯はドライブインでチキン&ポテト(920FT)を食べた。 17:00、いつの間にか国境を越えたバスは、オラデアに到着した。 駅で両替をし(1$=32,000Lei)、20:00発のバイア・マーレ行きの列車(166,000Lei)を喫茶店でコーヒー(5,000Lei)を飲んで待つ。 コーヒーが18円とは、ハンガリーとは格段に物価が安くなった印象だ。 車内では、スカーフを被った田舎のおばちゃんたちと会話をして過ごした(言葉は通じないが)。 23:00バイア・マーレ着。 夜道を歩き、街の中心にある「ホテルブクレシュティ」に宿泊(トイレ・バス共同ツイン 470,000Lei) ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/38529301.html

5月14日(水) バイア・マーレは不思議な街だ。 マラムレシュ県の県庁所在地でもあるこの町は、18世紀の街並みの残る旧市街と共産主義時代の「近代建築」が建ち並ぶ新市街とに分かれている。 近くのカフェでサラダ・パン・コーヒーの朝食(105,000Lei)を摂った後、街をうろつき始める。 新市街から東へ1キロほど歩くと旧市街の中心、「自由広場」に着く。 広場の周りには古びた趣のある建物が建ち並んでいた。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/38657628.html

広場から南へしばらく進んでいくと市が出ていた。 野菜や果物、肉や香辛料が露店で売られている。 店の売り子は皆老人だった。 昼飯はマック(90,000Lei)、夕飯はルーマニアのスープ料理「チョルバ」とビールを飲んだ(93,800Lei)。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/46484276.html

5月15日(木) 8:30過ぎ、バイア・マーレのアウトガラからシゲット・マルマツィエイ行きのバスは出発した(62,000Lei)。 乗客はスカーフを被ったおばさんや荷物を抱えたおやじたち。 つづら折りの山道を抜け、シゲットの街に到着。 バスの車中に居た空手の黒帯を持つという男性がお目当ての宿、Mini Hotel Magura(シングル400,000Lei)に案内してくれた。 民家風の宿でルーマニア語しか話さないおやじが一人で切り盛りしている。 シャワーは薪を焚いて暖めるタイプでトイレは共同だ。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/38722771.html

宿に荷を下ろした後、街の中心にあるツーリストインフォメーションへと行った。 係員の勧めで訪れたのが、レジスタンスミュージアム(30,000Lei)。当時収容所だった場所がミュージアムとなっている。 館のスタッフがチャウシェスク時代の弾圧や圧政について、丁寧に説明してくれた。 次にマラムレシュミュージアム(10,000Lei)に行く。 ここでは、地域の民族衣装や農具、工芸品を見ることができた。 その後雨が降ってきたため、カフェで読書をした。 昼飯はピザとコーヒー(39,000Lei)、夕食はチキンカツ、ポテト・サラダ付き、ビール(109,000Lei)。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/38800644.html

5月16日(金) 早朝、アウトガラからバルサナ行きのバス(20,000Lei)に乗る。 この日はバルサナとサプンツァを日帰りで回る予定だ。 20分ほどでバルサナに到着。村をぶらぶらと歩き始める。 村はちょうど小学校の登校時間のようだった。 私が通りかかると、みんな一斉にこちらを見る。 東洋人がかなり珍しいようで、子供も大人もみんな興味津々の面持ちだ。 ここは正真正銘の田舎。グリム童話に出てきそうな所だった。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/39080384.html http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/39215493.html

マラムレシュ地方には、「世界遺産」に指定されている木造教会がいくつか存在する。 このBarsana「バルサナ」村にある教会(1720年の建造)もそのうちのひとつ。 この教会は、構成する素材の全てが「木」で造られ、礎石すらないという。 村の外れには、女子修道院があった(トップの写真)。 この修道院には、様々な形をした木造建築物が建てられてた。 全て最近建てられたものだそうだが、伝統的なマラムレシュの建築様式を踏襲している。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/39234599.html

マラムレシュ地方の家は「門」が特徴的。 それぞれの家が、それぞれの形と模様を持つ門をこしらえている。 門は、真ん中の大きな入り口が馬車や荷車用。脇の小さな入り口が人間用。 マラムレシュには、木彫りの職人が多く住んでいて、その技術は世界的にも高く評価されているとのこと。 シゲットへの帰りはヒッチ。 親切な男が車で送ってくれた。 シゲットに着いて昼飯を食べた。 街の中心にあるレストラン(いつもここで食べた)で、チョルバとパン、ポテトのランチ(60,000Lei)。

昼食後、バスでシゲットから西に約18キロのところにあるサプンツァ村へと向かった(20,000Lei)。 この村には、有名な観光名所である「陽気な墓」(入場料20,000Lei)がある。 木でできた墓標には、絵と文字が、青をベースとしたカラフルな色で描かれている。 その絵と文により、故人の生前の職業や人生が「陽気に」表わされているのだ。 この墓には、欧州からの観光客がたくさん来ていた。 村は静かなのに墓の周りだけは賑やかだった。 帰りは、途中まで歩き、それから馬車に乗せてもらい、その後タクシーを拾って帰った(20,000Lei)。 夕方は久々に日本人旅行者に出会い、いつものレストランで食事をした。 ポークステーキ、ポテト、サラダ、ビール(94,000Lei)。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/39288081.html

5月17日(土) 朝、宿をチェックアウトし、鉄道駅に行く。 ここでスチャヴァまでの切符を購入した(220,000Lei)。 出発は15:05分。まず、サルバまで行き、そこでスチャヴァ行きに乗り換えることになる。 出発時間まで街をうろつく。 町外れまで歩いたり、市場を覗いたりする。

中央広場の前を歩いていると、民族衣装を着た子供たちが大勢、建物の前で屯しているのが見えた。 中からは音楽が聴こえてくる。 建物の傍にいた男が「入れ入れ」と言って手招きするので、中に入ってみた。 中では子供たちによるダンス・フェスティバルが行われていた。 世話好きそうなオヤジが最前列に座らせてくれ、彼と一緒に歌や踊りを観賞した。 彼の娘のグループの演技が始まると、盛んに写真を撮れ撮れと言う。 思いがけず、楽しいひと時を過ごすことができた。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/39371668.html

15:05分、列車はシゲットを出発した。 のろのろ走る列車内はガラガラだった。 列車は山がちな風景の中に入り込んでいく。 山あいにそそり立つ古びた木造教会がある。緑の木々に囲まれた三角屋根の家が並ぶ美しい村がある。 午後8時、列車はサルバに到着した。 何もないサルバ駅で、老人や子供たちと一緒に23時までスチャヴァ行きを待った。 スチャヴァ行きは混んでいた。 コンパートメントに入れさせてもらい、体を縮こまらせながら浅い眠りに落ちる。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/45371236.html

5月18日(日) 朝4時過ぎ、スチャヴァに到着。 バスで市内へと向かう(7,000Lei)。 宿はSUCEAVA HOTEL(シングル565,000Lei)。 2つ星のホテルだ。久々のいい部屋にうきうきしてくる。 朝食は近くのレストランでカツレツとジュース(80,000Lei)。 食後、仮眠した後、ホテルで修道院の情報収集。 グラ・フモールにあるヴォロネツ修道院に行くことを決める。 グラ・フモールへの列車時刻を調べるため、バスで駅へ(7,000Lei)。 駅に居た女性の係員がダイヤを丁寧に教えてくれた。 ついでにブカレスト行きの夜行列車の時刻も聞いておく。 帰りは街まで歩いて帰った(1時間かかった)。 夕方、教会でミサに出くわした。 老いも若きも真剣に十字を切っていた。 夕食は、カツレツとビール(83,000Lei) ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/39423184.html

5月19日(月) 早朝、ホテルでバイキングの朝食を摂った後、バスで駅へ(7,000Lei)。 グラ・フモール行きの列車に乗り込む(58,000Lei)。 乗車した時はまだ闇だったが、徐々に日が昇ってきた。 グラ・フモール駅に到着したが、修道院までのバスがない。 別のバスの運ちゃんに聞くと、途中まで乗せて行ってくれることになった。 途中からは徒歩でのどかな田舎道を歩く。 世界遺産のヴォロネツ修道院は内陣が修復中だった。 入場料は30,000Lei。カメラ持ち込み料は60,000Leiもする。 青いフレスコ画はさすが世界遺産だと思わせる見事なものだった。 帰りは再び駅まで歩き、列車に乗ってスチャヴァへ。 夕食はいつものレストランでミティティとサラダ、ワインも奮発した(129,000Lei)。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/39422988.html

5月20日(火) 朝、ホテルバイキングで朝食を摂る。 2つ星だから当然なのだが、ホテルバイキングとはかなりリッチだ。 部屋は、綺麗なシーツのベッドとホットシャワー&トイレ、テレビとエアコン付きだが、日本の普通のホテルよりもくたびれた印象。 ブカレスト行きの夜行列車の出発は夜中だ。 それまで、街をぶらぶらしたり、マックで本を読んだりして時間をつぶす必要があった。 マックでは日本人の夫妻(元丸紅の翻訳家)に出会い話をした。 ブカレスト行きの夜行列車については、あまり記憶がないが、何事もなく無事に過ごせたのだろう。 運賃は332,000Lei、翌早朝の到着。 夕飯はスチャヴァの街のいつものレストランでミティティとワイン(79,000Lei)で済ませていた。

5月21日(水) ブカレストに着いて駅近くのMarna Hotel(シングル425,000Lei)にチェックイン(ここも質素だが一つ星だった)。 2,3時間仮眠した後、街の中心部の食堂で、チョルバ、サルマーレ、ママリガ、コーヒーの昼食を摂る(77,000Lei)。 食後、統一広場から統一大通りへ。 世界第二位の規模を持つ建物、チャウシェスクの建設した巨大行政センター「カーサ・ポポールルイ」。 「国民の館」と呼ばれている建物へと向かった。

国民の館の内部はツアーに参加して見学することになる。 料金は30,000Lei(カメラ持ち込みはプラス90,000Lei)。 外観も壮大だが、内装も驚くべき豪華さだった。 床、天井、柱、階段などが全て大理石で埋め尽くされている。 装飾は全て純金だそうだ。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/46698385.html

正面のテラスからは、一直線に続く統一大通りとその両脇に並ぶ高さの揃った白いビル群がどこまでも続いているのが見えた。 チャウシェスクはここから、自分が作り上げた「世界」を眺めていたのだろうか。 ↓ブログの記事です。 http://blogs.yahoo.co.jp/samberasam51/46698395.html

5月22日(木) 午前中、農村博物館へと行く(15,000Lei)。 ここには、ルーマニア中の地方ごとに特徴のある民家や建築物が敷地内に建ち並んでいる。 もちろん、マラムレシュの木造教会もあった。 午後は、街をぶらぶら歩いたり、カフェで本を読んだりして過ごす。 5月23日(金) 午前中、昨日見つけたネットカフェでメール(66,000Lei)。 14:00にイスタンブール行きの国際列車(880,000Lei)に乗り込み、ブカレストを発った。 途中、ブルガリアに入国、真夜中にトルコに入国。 それぞれパスポートチェック(出入国スタンプ押し)があった。

角だけ残った感じ。でも偉い!

マーケットには夏の果物がいっぱい!

奇抜な色に塗られたトラム、これがルーマニア人のセンスではないと思うのだけど・・・

日本食レストランの前にあった小さな正教会

私の通勤経路、市役所付近

マクドナルドの前のバス停

初夏、6月の爽やかなブカレストの街。レジーナ・エリザベタ通り界隈

Regina Elizabeta、歴史的な建造物が多く残る。

庶民の足、トラム

大主教教会

ホテルブレバード、泊まってみたが外観ほどではなかった。それからここの電話にモデムをつないだら壊れてしまった。余談。

国民宮殿

街角で

貯蓄銀行?

1989年12月、一般市民の虐殺と大統領の処刑という流血革命から約20年が経った。町の風景は移り変わり、あの惨劇を思い起こさせる物はめっきり少なくなったルーマニアの首都ブカレスト。 朝焼けのブカレストノルド駅は綺麗だったが、治安の悪さはヨーロッパでも指折りという。 あの雰囲気は言葉では言い表すことができない。機会があればぜひ訪れてみてもらいたい。生まれて以来、私はあれほどの危険な空気感を味わったことがありません。もう二度と行きたくないね。笑

駅近ホテルからスタート。13時発の列車に乗る予定なのでそれまでは荷物有りだけど観光。 地球の歩き方に則って比較的治安が良さそうなエリアを選んでネw 市街のメインストリートのマゲル通り~革命広場周辺が比較的安全ぽかったので、地下鉄で2駅行って、ヴィクトリアという場所で下りた。 ビジネス街っぽい感じ。地下から上がったら方向が分からなくなったので、しばらく地図とにらめっこ。その間も物乞いに集られそうになったり、ヒヤヒヤ。

やっと現在地を確認して、ヴィクトリア通りを南下。まもなくして石造りの立派な建物に囲まれた広場に出た。

1989年12月の民主革命の舞台となった革命広場Piata Revolutiei。 共和国宮殿、アテネ音楽堂、旧共産党本部、ブカレスト一の高級ホテルアテネー・パレス・ヒルトンが 広場をぐるりと取り囲むように立っている。

ここでこの旅最大のハプニングに見舞われたりね。 今となってはいい思い出ですよ。笑

ここでタイムアップ。 最寄りのメトロ駅から、ノルド駅に戻る。なんとか13時前に戻れた。 駅前で水とパンを買って、列車に乗り込む。綺麗な列車だ。 IC531はコンパートメントタイプじゃなくて日本の特急みたいな感じだった。 ボックスシートでテーブルがある向かい合わせの席。 綺麗なんだけど、狭かった。向かいのオバサンが足伸ばしてきて邪魔だし。 これで4時間半でシギショアラ。夕方着。雨ふり。 くたくたでこの日は駅前のペンションに飛び込んだ。

翌朝。快晴。教会の鐘の音が聞こえる。 ルーマニア人が観光客に必ず勧める町、世界遺産の町 シギショアラはブカレストから北西約300kmに位置するトランシルヴァニアを中心に位置する町である。 現在も中世の面影を色濃く残した町並みには、観光地化されていない素朴な魅力が残る。 1191年にハンガリーのクラウス王の命でザクセン人が入植したことに始まるこの町は、 15~16世紀の反映の絶頂期には15のギルド(職人組合)を持つ城塞都市であった。

今回滞在した町の中で最も小さな町。 実質街歩きは昼までの半日しかなかったけど、朝ということもあってなんともいえない幻想的な雰囲気があった。 分かりやすく言えば、ゲームのドラクエとかFFで出てくるような小さな小さな町。そんな言葉がよく当てはまる町だった。

とりあえず先に駅行って昼過ぎの列車の切符買ってから、12時のチェックアウトまで荷物置いて観光へ~。 この旅始まって初めての荷物なし観光。最高でした。

列車は12:36発。それまで自由。 駅前から市街というか旧市街までは歩いて10分位。駅の正面にわれわれが泊まっていた赤い三角屋根のホテル・シクがあり、 左側には近郊への小さなアウトガラ(バスターミナル)がある。町の中心までは駅前広場からニコラエ・ティトゥレスク通りを直進(写真3つ前) すると白壁にドーム状の天井のオルトドクス教会が見えてくる(写真2つ前) 更に進むとティルナヴァ・マーレ川を渡る橋とともにシギショアラのシンボル、時計塔や山上教会が見える(写真1つ前)

ティルナヴァ・マーレ川

14世紀に、シギショアラが商工ギルドによる自治都市となったのを記念して建てられた、町のシンボルである時計塔。

また、シギショアラにはドラキュラ伝説のモデルとなった「串刺し公」の異名を持っていたヴラド・ツェペシュの生家もそのままの形で残っている。 現在はレストランになっているとのこと。

城砦の中を登っていくと、屋根のある木造の階段が現れる。

14世紀に建てられた山上教会に続く階段。 これだけ大層な階段だけど、登ってくとあるのは小さな建物でなんてことなかったですけど・・w

ほんとに可愛らしい街でした。

でもって飛び込みブランチで入ったピッツェリアが大当たりでした。 オムレットハム、釜焼きピザ、そしてなんといってもカプチーノ。ハズレなし。 このカプチーノはとんでもなかった。 人生で一番美味しかったです。一生忘れないと思うくらい美味かったんですよ。ホントに。

マジで美味しかった。スゴイ安かったし。

お腹いっぱい食べて、ホテル戻って準備して、12:00チェックアウト。 朝買っておいた切符で12:36発--15:54着クルージナポカ行き1745便に乗る。 定刻どおり発車。車内は混んでる。コンパート満員で席がなくてちょっと焦ったけど、なんとか席空けて貰ってすごい窮屈状態で3時間ちょい。 アウター来たまんまで脱ぐこともできず、 暑くて死にそうだった・・

定刻でCluj Napoca着。 明日の朝は6時前の列車でハンガリーに入らないといけない予定だったので、できるだけ駅近くのホテルを探す。

このクルージナポカは特に観光の予定もなく、ハンガリーに入るための中継地点としか考えていなかったので、とにかく駅に近い所が良かった。

特に目立った見所もない街のような・・失礼

結局、駅の北西にあるアウトガラ(バスターミナル)横の2つ星HOTEL BETAに入る。 そして明日のハンガリー入り予定の朝5:48発ブダペスト行きの列車切符を買っとこうと思って駅に行ったら、窓口のオバサンは「Before 1 hour.」て。 明日の発車の1時間前に来いってか。5時前に来いってか。 明日は早起き決定。4時起きかな。 今日は早く寝ましょ。

シギショアラの時計塔。

ヴァラド公の名前があったレストラン。これもシギショアラ。

トゥルチャで1泊し、 翌朝船着場にスリナ行きのボートの確認に行きました。 港から歩いて3分ほどのところに市場があったので 朝食にコブリッグを新鮮なプルーンを買って かじりながらブラブラ。

細かいところが凝っています。 この時期、スリナへのスピードボートは 『歩き方』に乗っていた以上に本数がありました。 行きも帰りも1日3~5本。

ボートの中でおじさんが英語で声をかけてきました。 「スリナでガイド兼ペンシオネをやっているから着いて来い」。 怪しいなーと思ったのですが彼と一緒にいたフランス人家族が 「この人は僕の友人の紹介だから安心だよ!」と言います。 結局このガイド、ルチアン氏と ブルターニュからのレガリオ一家にお世話になって スリナでの第一日が始まりました。 この町は比較的新しい家が多く 背の高いビルなないので空が広い。 これまで見てきたルーマニアの町とはまったく違う風景で 別の国のようでした。 

町の片隅にある正教会は 人影もなくややさびれた感じ。

町と言ってもとても小規模で、 しばらく歩くとすぐにだだっ広い原っぱに出ます。 くっつき虫でおめかしした馬たち。 「なんか変なヤツが来たぞ」 「こっちみてるわよん。何かしら」

翌日、いよいよボートに乗って ドナウデルタに出発です。 お天気は花曇り。

まず10分ほど川を下った所で降りジャングルクルーズ。

この日だけ一緒した ルーマニア人家族の長男コンスタンティン君。

林を抜けると白い砂丘がありました。 ここは遥か昔ローマ人たちの船が着いた場所で ルーマニアの歴史はここから始まったとの話。

足元はさらさらの砂で、ここへ来る林も土ではなく砂だったので 不思議でした。 よく見ると貝のかけらもあったりして。 いったいどのくらい前の貝なのだろう? なんだかロマンティック。

晴れてきたら景色が輝きはじめました。 静かな水面。 あちこちから鳥たちの声が聞こえますが 姿は見せてくれません。

夕方になってルチアンの家に招かれ 早めのディナーになりました。 奥さんはもちろん魚料理が上手! コイやナマズのスープは臭みもなくとっても美味しくて 2回もおかわりしてしまいました。

ルーマニア人家族のパパはドイツの方で 日本にも仕事で何度か来た事があるそうでした。 コンスタンティンの妹マーラはご機嫌。 右はフランス人家族のママ、フランソワーズ。 とっても可愛らしい女性です。

さてさて翌日、ドナウデルタクルーズ第二段です。 まずは給油。

水上ガススタンドです。 船による船のためのスタンド。

デルタ地帯に出ると 鳥の声と、木々の枝が風にこすれる音が聞こえるだけ。

ドナウデルタと呼ばれる湿地帯には大小さまざまな湖が存在します。 これはロシュ湖。 海のような広さ。 吹き付ける風がとても冷たくて顔がこわばってしまいます。

カエル君を発見! 動かないなーと思っていたら この後突然跳ねて潜っていきました。 死んだフリ?

こんな感じの水路がうねうねと入り組んで続きます。 よく道順覚えられるなぁ… 風がやむとあたたかくて ネパールでの早朝ボートトリップを思い出しました。 ここにはワニもサイもはいないけど ペリカンやコウノトリが私達を待っている! はず…。 はやく会いたいな…。

向こうから来た漁師さんたちは仕事帰りです。 大きな魚が捕れましたね! でも今日の調子はイマイチだったそうでした。

ここはフィッシャーマンズハウス。 ゴッホの絵に描かれていそうな味のある造り。

人見知りのねこちゃん。

夏の名残の可憐な花たちがまだ咲いていてくれました。

ルチアンがボートを停めてなにやら。

すると、ブーケにしてフランソワーズと私にプレゼントして くれました! なんてステキ!! うっとりするフランソワーズ。 キャプテン、ムルツメスク!

ぐるーり方向転換して、黒海に向かいます。 今はもう使われていない灯台。 このあたりにはかつて魚の缶詰工場だった廃墟がたくさん 残されていました。 チャウシェスク時代には大勢の人々が輸出用缶詰製造に従事 させられていたそうです。

送電線が見えますか? これもチャウシェスク時代の名残です。 政権があと1ヶ月長く続いていれば 電線は左のビルに届いていただろう、とルチアン。 ちなみにビルは共産党の物だったそうですが 今はやはり廃墟です。

黒海が姿を現しはじめました。 瀬を境に向こう側が黒海です。

河口付近は波が大きくて へりにつかまっていないと放り出されてしまいそうなほど。 遠くに目をやると…鳥たちがいる!! 黒い線に見えるのは鵜たち。 あのあたりは浅瀬で、鳥の休憩所になっているのです。

ペリカンにも会えました。 あと1週間もしたら 次なる土地へ旅立ってしまうだろうとの事。 間に合ってよかった!

このペリカンはケガをしているみたいでした。 取り残された鳥はどうなるんだろう? 自然のおきてに従うまでなのでしょうか。

夜はルチアンの友達や家族も集まって酒盛りです。 話好き&飲んべえのルーマニア人のこと、日付が変わる頃まで 宴会は続きます。 日本から持参した柿の種は大好評で 日本から2キロ送ってくれとリクエストされました。 まだ送ってないけど。 みなさん、ムルツメスツク!! 必ずまた会いに行きます。

グルジナポカから乗ったInterCity

こんな車両もあるようです。

シギショアラの旧市街

シギショアラの駅

教会につながる階段

ここがドラキュラのモデルになった人の生まれた家 現在はレストランだそうで

サルマーレ

ピザ

シゲットまで乗ったバスです。

ヤシとサツマーレを結んでるバスみたい

グラフモールのアウトガラ時刻表

シゲットのアウトガラ

シゲットの街の中心にあった教会

シゲット名物と地球の歩き方に書いてあったチョルバ

えーと、なんだっけ? 付け合せはママリガです。それだけは覚えてる

陽気な墓

陽気な墓

陽気な墓

陽気な墓

陽気な墓

陽気な墓

サプンツァにある教会

サプンツァにある教会

サプンツァにある教会

見る人が見れば凄いんであろう造り

見る人が見れば凄いんであろう造り ネジとか使われてません

バイアマーレの街並み

バイアマーレの街並み

バイアマーレの市場の様子

バイアマーレの市場の様子

生け花?

チーズ

ルーマニアの文化・風俗・注意点

 ルーマニアは、都市部、農村部ともに上下水道等のインフラの整備、管理が不十分で、古い配管から流れる上水道水は褐色のことが多く、大雨の後に混濁する地域もあります。水道水は、飲料に適しません。

 首都ブカレストをはじめ、都市部では車の増加に伴い、有鉛ガソリンに起因する大気汚染が深刻化しています。

 医療施設面では、西欧的な民間の外来専門病院も徐々に増えてきていますが、手術等は西側先進国での実施が望まれます。緊急の場合は、旧来の病院での治療を受けざるを得ない場合があり、術後感染や院内感染のリスクは否定出来ません。渡航前には、緊急輸送特約付き海外旅行傷害保険の加入が必須です。

 けが、病気の注意

     交通事故

     インフラ整備状況、運転技術、マナー等に問題があり、交通事故は非常に多く、交差点での横断歩行中に車が突っ込んでくることもありますので、十分注意が必要です。

     肝炎

     食べ物を介して起こるA、E型肝炎、血液、体液経由のB、C型肝炎の発生が確認されています。A、E型肝炎の予防には生もの、生水を避けることが大切です。A、B型肝炎には予防ワクチンがありますので、入国前に接種することをお勧めします。

     感染症による胃腸炎

     食品衛生面の問題から、サルモネラ菌、大腸菌等に起因する食中毒、胃腸炎、腸チフスが発生しています。特に衛生状態の良くない地方では、十分な注意が必要であり、手洗いの励行となるべく火を通した食物、ミネラルウォーターを食することをお勧めします。

     狂犬病

     ここ数年でブカレスト市内の野犬の数が減ったとされていますが、現実には未だ多くの野犬がおり、歩行中に噛まれるなどの被害が多く発生しています。

     ルーマニアでの狂犬病の発生報告は過去10年間ありませんが、犬に噛まれた場合、あらかじめ予防接種を受けていても発症後狂犬病ワクチンを接種することが必要です。特に地方では野犬の数も多く、狂犬病ワクチンを備蓄している医療施設も限られておりますので、十分な注意が必要です。

     破傷風

     特にルーマニアに多いという疾患ではありませんが、事前に破傷風ワクチンの接種をお勧めします。40代以上の日本人は基礎免疫を獲得していない人が多いので要注意です。外傷を受けた場合は早めに医療機関での受診、指示を受けてください。

     性感染症

     AIDSの感染様式は異性間接触によるものが半数以上を占めています。梅毒、クラミジアなども増加傾向にあります。これらの感染症は、性行動により感染する確率が高く、不用意な関係を持たないようお勧めします。