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ポーランドってどんな国?

ポーランド共和国(ポーランドきょうわこく)、通称ポーランドは、政治的には東欧に分類されてきたが、ヨーロッパ共産圏の消滅後は、中欧または中東欧に分類されるようになった。首都はワルシャワ。
ポーランドの北にはバルト海が広がり、北東にはロシア(飛地 飛び地のカリーニングラード地方)とリトアニア、東にはベラルーシとウクライナ、南にはチェコとスロバキア、そして西にはドイツがある。
敬虔なカトリック教会 カトリック教徒が大多数を占めるといわれていたが、近年は教会に通う人が激減しており、日常の生活における宗教の影響が薄まりつつある。一方で近代的な資本主義の価値観の浸透が急速に進んでおり、一般に定着している偏見に反して勤労意欲の高い国民性を持つ。日系企業の進出が年々増加傾向にあることは特筆すべきことであり、今後日本との経済的・文化的交流の発展が期待される。

ポーランドの地図

ポーランドのブログ旅行記

ポーランド@雪まつり - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

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2006年8月1日 ... 昨年はフィジー10日間アメリカ国立公園1ケ月ドライブバルト三国&ポーランド1ケ月 ドライブオーストラリア35日間滞在&ドライブ. 今年はキューバ、ヴェトナム、中国2 回ですがたぶん暮れ辺りにどこかへいくと思います。 ...

2006年8月 - 奥様は海外添乗員

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ポーランド・バルト三国 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

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世界の人種・民族別血液型割合

ユダヤ (ポーランド). 33. 41. 18. 8. Kalmuks. カルムイク (西モンゴル). 26. 23. 41 . 11. Page 2. Kikuyu (Kenya). キクユ (ケニア) ... ポーランド. 33. 39. 20. 9. Portuguese. ポルトガル. 35. 53. 8. 4. Rumanians. ルーマニア ...

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2006年9月15日 ... 犠牲者は、多くのポーランド人、捕虜になったソ連兵、宗教者、共産主義者、障害者、 ロム(ジプシー)、同性愛者たちですが、85パーセントを占めていたのはユダヤ人でした。 アウシュヴィッツは、ホロコースト(全部焼かれたという意味)とよ ...

モスクワ経由ワルシャワ行き、預け荷物はスルーされる? 旅のQ&A ...

6月の下旬にロシアのモスクワを経由してポーランドのワルシャワに行くのですが、トラ ... ... (余談) ポーランドにいくならアウシュビッツ(オシフィエンチム)はぜひ 訪れてください。 海外旅行blogランキング…いつもありがとうございます! ...

ポーランドの鉄道料金 旅のQ&A(ヨーロッパ)

はじめまして。僕は春休みにドイツとポーランドを旅行しようと計画しています。そこで ...

ブログ記事一覧 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

(2007-08-18 11:56:48 | ポーランド・バルト三国) 先週、バルト3国から帰国しました 。 どん... バルト3国へ行ってきます! (2007-07-28 18:26:59 | ポーランド・バルト 三国) バルト3国とはエストニア、ラトビア、リト. ...

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ユキノヒノシマウマ: レストラン関係 アーカイブ

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ユキノヒノシマウマ: グロッサリー関係 アーカイブ

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2007年6月25日 ... ポーランド・クラクフ(夜行列車で金髪の国へ),日帰り旅行から長期旅行、さらに テクテクと歩いて見つけた楽しそうなところも含め案内します。目指せ世界制覇!

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2007年7月21日 ... ポーランドで10年生活し定年退職後に. タイに移住してこれらた「ポーランドはん」. に ご招待いただき ... 次の日もお誘いいただき、「タイ暮らしさん」の彼女と. 「 ポーランドはん」の奥さんもまじえて、今度は5人で. シーフードづくし! ...

没関系スナフキンの足跡 > 海外旅行レポート一覧 > レポート

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2008年10月25日 ... nahokoの諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』の記事、ポーランド編、いよいよ オンエアです!です。

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ポーランドの写真・旅行記

ウッチからローカル線に乗ってやってきたのはKutno。 大体1時間半のローカル列車旅。 そもそも、Kutnoなんて知られていないわけですよ。 だから、自分で発見するしかない。 さーて、何が見つかるかな?

Lodz Kaliskaからローカル線に乗り、 次なる場所Kutnoへと向かいます。 誰も知らない場所に行くのが好きです。 こちらは、ローカル線の車内。椅子が硬くて硬くて。 ちなみに料金は14.6PLN。

窓の向こうは一面、白い世界。 寒そう。 のんびりとした風景が広がる。

Kutnoに到着。 こちらは乗ってきた列車。

Kutno駅はこんな感じで、こじんまりとしている。 いち地方都市の主要駅といった感じですね。

駅前から伸びる道をまっすぐと進んでみましょうか。

マンション発見。 随分とデザインがポップなんですよね。

東欧の冷たく寒いイメージが覆りますね。 随分とデザインに凝っている。すごい。

マンションの前にあった、不思議なモニュメント。

さらに道を進む。川を発見。

鴨がたかっていました。

ちょっと中心部っぽくなってきた?

マーケットを発見。 衣料品が多く売られていました。

こちらは市内中心部のメインストリートかな。

Kutnoのランドマーク、St. Lawrence Parish。

中は意外とあっさりとしていました。 入場無料。

街の中にあった絵。 これまた随分とポップに。

スーパーがあったので、ちょっと寄ってみた。 チョコレート1枚だけ買った。

10月1日 成田発ルフトハンザ航空ミュンヘン経由でワルシャワINしました。ミュンヘンでのトランジットは約1時間の予定でしたが、予定のトランジット便が何とキャンセル。理由はわかりませんが、幸いルフトハンザ航空のミュンヘン-ワルシャワ便が他にもあったので、遅れてワルシャワに到着。空港に到着した時は23時頃になったでしょうか。バスがないかあってもだいぶ待ちそうなので、空港からホテルまでタクシーで移動しました。 ワルシャワは治安があまりよくないと聞いたので、夜はホテルの傍をちょっと歩くぐらいにしました。写真はホテル傍から文化科学宮殿を撮影。この時次の日を廻っていました。

10月2日 朝8時45分頃、ホテルから旧市街へ向かいます。地下鉄やトラムがありますが、歩いて行けそうなので歩きました。写真は旧市街に向かう途中の街並み。低い綺麗な建物が立ち並んでいますね。

聖十字架教会。中には入りませんでした。

旧王宮博物館。日曜日で11時から開館なので入りませんでした。

旧市街広場。ここがメインというか、ここだけのためにワルシャワに行ったようなものです。

世界遺産に登録されているだけあって、美しい建物と広場です。

16世紀に造られたバルバカン城壁。

ワルシャワ蜂起記念碑。第2次世界大戦末期、ドイツ軍に占領されていたワルシャワ市民がドイツ軍に対して蜂起したが、ソ連軍の援助しなかったため死者20万人を出したそうです。ポーランドは長年ドイツやソ連に政治的に占領されていた国なのですね。

キューリー夫人博物館。ここに入ってみます。

キューリー夫人が実際に使った実験道具です。

聖ヤン大聖堂。

首都とは思えない美しい街でもっと楽しみたいですが、移動する時間が近づいてきましたので、ホテルに戻ります。

ワルシャワ中央駅。正午頃、列車でクラクフに向かいました。半日足らずのワルシャワ観光でした。

オッ、石楠花(しゃくなげ)だあ。ポーランドにも有るんだなあ(納得) 建物の足元?にありました(ホットいたします)

自分の命より「市のため、国のため、民族のため」頑張ったそうです。真似できません。 ちなみに、現地の日本語ガイドさんの案内で見学できたのです。

花束が絶えないらしい。

像とは言え(言葉になりません)

武器類や食料が枯渇して、大変(悲惨)だったんだそうです。 それでも・・・・・・(真似できません)

「冷たいだろうなあ」

一息つきます。

以上です。 壁の文字に「意味」があるようです。 「地下抵抗組織」について詳細を知りたい方は、他の方法でドウゾ。お粗末でした。

午前7時ごろのワルシャワです。まだまだ、日が出ていないので暗いですね。 でも、人通りが激しかったです。

こちらはワルシャワ中央駅からつながっている地下街。 こちらも人通りが激しかった。 いろんな店も構えております。

中央駅前にあった謎の像。 帽子はクリスマス仕様?

中央駅前の光景。 ビルもそびえ建っています。

こちらはワルシャワ中央駅の地価ホームです。 基本的に1・2番線は東方向へ、 2・3番線は西方向へ進みます。

というわけで、ワルシャワ中央駅を出発し、Łódź Fabryczna駅を目指します。 2等車の普通電車。

朝ごはん。 水はもちろん炭酸入りね。 そしてパンは、地下街で購入。クロワッサンと源氏パイ。

しかしながら、トラブルが発生したんだよ。 ワルシャワ中央駅で購入した切符が、使えなかった。 検札で引っかかり、どうにもこうにも手足が出ず。 しかし、コンパートメントで同席だった人が助けてくれました。 曰く、ポーランドの切符購入方法は難しいとの事。 現に、この数日後も同じような目にあった。 写真はLodz Fabryczna駅。

Lodz Fabryczna駅は、ウッチの中心部に近い駅。 ワルシャワから約1時間半。近いですね。

駅の外観はこんな感じで。 ちょっと歴史観が漂います。

駅から北の方向へ。 すると、「Alexander Nevsky Orthodox church」が見えてきました。 が、残念ながら中に入ることはできなかった。

教会前の通りを、今度は西の方向へ歩く。 これまた、なんだか風情が漂う建物ですね。 立派な建築に惚れ惚れ。

鳩が群がっていました。ポッポ。

こういう街角の絵もなかなか。

巨大なビルも、どこかしら時代の名残でしょうか。 気温が寒いけれども、このビルからも冷たさを感じますね。

メインストリートPiotrkowska Streetを南下しましょう。

早速、像を発見。 こちらは、ウッチ出身のピアニスト、アルトゥール・ルービンシュタインの像です。 なんか、随分と形がすごいですね。

ウッチでよく見た光景。 自転車の前に座る部分があって、観光客や市民を乗せて走る。 ちょっと乗ってみたかったな。

こちらはJulian Tuwimの像。 彼は、ウッチ出身の詩人だそうです。

確かウッチ県の県庁だそうです。 ちなみに、上記Julian像は、この前に建っています。

メインストリートも広々。よーく見ると、

タイル1枚1枚に名前?が書かれていました。 これがずらりと並べられて道ができていたんですね。

巨大な絵が掲げられていました。 ダイナミック!

さて、メインストリートから東方向に教会が見えたので、ちょっと行ってみました。 とんがりがまた、いいね。

どうやら、「Parafia rzymskokatolicka Najświętszego Imienia Jezus」という名前だそうです。

中のほうは、結構あっさり目の感じで。 スタイリッシュというか、そこまで華美ではないね。

さて、南に向かうと、 Aleja marszalka Jozefa Pilsudskiego通りに出ました。 大きなショッピングモールを発見。 でも入りませんでした。

メインストリートPiotrkowska Streetと大通りAleja marszalka Jozefa Pilsudskiegoの交わる広場には、 クリスマスツリーが飾られていました。 かなりでっかいね。

こちらの教会は「Archikatedra św. Stanisława Kostki przy ul. Piotrkowskiej 265 w Łodzi」。

なんと、前教皇であるヨハネ・パウロ2世の像が建っていました。 なんだか、この格好には威厳がありますね。

さて、教会の中に入りましょう。 って、なんだかいきなり入り口が豪華。 細かいというか、なんというか。 これは期待ができる?

なかはというと、これまたThis is 教会。 不思議な空気を醸しています。 やはりクリスマスモード。 輝きもいっそうに。

奥行きもあり、この柱と祭壇の組み合わせに惚れ惚れしますね。

教会の隣には、なにやら不思議な建物が。 三角形がちょっとかわいい。 入るのは無料ということで、早速中に入ってみました。

すると、なななんと、ロバがいるじゃないですか! これ、本物ですよ、生きてますよ。 いやはや、びっくりだこと。 なんかモフモフしているね。

そして羊も!

きちんと名前が付いているみたいです。 かわいがってとのことでしょうか。

中には、キリスト生誕モニュメントも。 やはりクリスマスシーズン真っ只中ですね。

さて、トラムに乗って移動しましょう。 今度は南下してきた道を北上します。 ウッチのトラムは最新式から旧式からいろいろ。こんなカラフルな車体も。 1回券は1.2PLN(約50円)でした。

そしてやってきたのは「manufaktura」。 ホテルあり博物館あり、ショッピングモールあり美術館ありと、 いろいろなものが揃っている複合施設です。

施設内地図です。 旧織物工場ということもあって、広いです。

で、早速やってきたのは繊維博物館。4PLN。 ウッチの歴史に欠かせない繊維の歴史を知ることができます。 が、意外と部屋が地小さかった。 

建物の上から眺める敷地。 広々としていますね。

施設内にはクリスマスツリーも。 もう、何本見たことだろうか。

ショッピングモールの入り口です。 人の出入りが激しかった。

もちろん、ショッピングモールの中はいかにもなつくり。 いろんなお店がありますね。 見ているだけでも十分楽しい。 しかも、今は新春セール期間ですからね。

さて、次の目的は、ウッチにあるもう1つの駅に向かうこと。 歩きがてら、ちょっと広場を発見。 ボルノシチ広場というそうです。

真中に建っているのはタデウシ・コシチューシコ将軍像だそうで。 勇ましい雰囲気です。

さて、もう1つの駅に向かう途中につけたマンション。 随分とポップな色使いに、東欧のイメージが変わる。

もう1つの駅、Lodz Kaliskaに到着。 市内西部にあります。 到着したLodz Fabryczna駅とは反対の場所ですね。 次の電車に時間ギリギリだったために、駆け込みです。 ローカル線で、今度はKutnoという街へ向かいました。 さて、何が見つかることやら。

アウシュビッツ

クラクフ

ステイ先です。 到着した日(6日)より、気温が上がってました。

奥さんは出勤した後のなので、彼と二人で朝食。

さあ、お出かけです。ガレージから「ヴォルヴォ」が出てきました。

彼んちは郊外なので、ちょっとしたドライブです。

ソノニ

その三

たしか、群馬側から尾瀬に行く時「片品」あたりに、コレに似た橋がありますね。

ヴオーッ(走行中)私はカメラ手にキョロキョロ。

自動車道の防風板に「鳥」の絵?が付いてました(面白い)

ドコカ、です。難だたっけかなあ?思い出したら修正します。

?????なんだっけかな? そうでした「ワジイエンキ公園」の絵図版です。 この公園の名前のポーランド文字を翻訳したら「ロイヤル浴場」ですって?????? 午前中は、ここの見学です。

ヤポネの爺さんです。後期高齢者(75才)なので、格好が悪いのは我慢してください。 マフラーは、デコまいチャン(中三)が、6年生の時のクリスマスプレゼントですら。出かける前「あんたのマフラー持ってゆくよ」土産?モチロンですとも。手提げは、旅行中のお守りですら。 自分の旅行記なので、勝手なことを書いてますので。

リスが近寄ってくるのです。カメラを向けようとすると、離れてゆくので困りました。

ソノニ

その三 公園内は、バリバリに凍結してます。

由緒あるあしい。

お堀は、凍り付いてます。

鳥さんたちもブルブルでしょうなあ。

この人たちは、もっと寒くって凍えるんじゃあないかなあ。

ギリシャ彫刻?

芸術っぽいのが,アチラこちらに。

次のエリアへ。

鳥のえさ箱にリスが入り込んでました。

ダイスキなんです。落ち葉をパチリするのが。

ソノニ

ツーショット

園内に「機織り」の所がありました。

ソノニ

何かが書かれてます。

広いですなあ

またまた、落ち葉。

またまた。

降参してるのではありません。

なにしろ寒かったです。

ここに関係あるところの「紋章」とか?

見学終了。

ヴォルヴォが待ってます。 ピッカピカでしょう(ジョーク)

以上で「ワジイエンキ浴場(公園?)の見学を終わります。 カタカナの部分に、不自然なところがありましたらお許しください。なにしろ「ポーランド語」なのですから。 結論「寒かったです」

12時10分の全日空でミュンヘンを経由して。 ワルシャワへ向かう長い旅の始まり。 ちなみに、今回は成田空港まで自宅から車で送ってもらいました。 約40分。 さすがはチバラキに住んでいるだけあって、成田の方が近いですな。

今回は窓側の席を選択。 トイレも1回しか行かず、12時間フライト終了。 お空が綺麗だこと。

機内食は和食と洋食から選択式。 今回は和食を選びました。丼。味噌汁つき。

だんだんと日が暮れてゆく空の上。 機内では映画を見ていましたが、 いかんせん、すぐに眠たくなってしまい、 同じ映画を3回くらい見たりもした。 内容もあまり入らず、なんてこった。

12時間弱でドイツのミュンヘンに到着。 トランジットは約2時間。 今度はポーランドのワルシャワへ向かう。

ワルシャワ便出発前、ゲートで待ちぼうけ。 ルフトハンザのコーヒーメーカー、なんと無料で利用ができます。 これは飲まないともったいない。

というわけで、カフェモカを選択。 冷えた体を優しく温めてくれます。

ミュンヘンからワルシャワ行きの飛行機、さすがに日本人はいないだろうと思っていたら、 2人もいました。しかも夫婦で、新婚かな? ただ、乗客は十数名と随分ガラガラの機内でした。 さて、飛行機の方はポーランド航空。 軽食が出ましたよ。 サンドイッチ、味はまずまず、想像通りです。

1時間弱でワルシャワに到着。 シェンゲン協定を結んでいるために、ミュンヘンでパスポートチェックしていたので、こちらは特になし。 スムーズに出ると、ガラガラの空港。さすがは夜だわ。

今回は市内までバスに乗って出ることにしました。 某ガイドブックの数々は、「スリが出るので注意」「スリが出るので注意」と記載してあったので、 注意深く乗ろうじゃないか。普通にしていたら大丈夫ですよ。 空港をすぐ出ると、前にバス停があります。

今回泊まった場所は、 「New World Street Hostel」。 その名の通り、新世界通りに面した場所にあるので、 交通に便利。 さらに、旧市街や中央駅にも程近く、便利。 料金もお安いでございます。

早速、夜の街に繰り出した。 こちらは文化科学宮殿。 ワルシャワのランドマークとなっていますが、人気は無いみたいで。 ライトアップは綺麗なんだけれどもね。

バスの切符はこちらの券売機で。 買い方がよくわからないけれども、 ノーマルチケット片道で2.80PLN。

空港からは175番バスで。 10分1本程度出ています。 空港→中央駅→新世界通り→王宮前広場のコースを走ります。 空港から市内までは30分かかるか、かからないかのほど。

こちらは交通の要、ワルシャワ中央駅。 そのほとんどの電車はこの駅を通ります。 注意としては、この駅が始発ではないということ。 隣のワルシャワ東駅、またはワルシャワ西駅が始発です。

駅構内。ただいま、絶賛工事中。 広い天井、そして明るい駅作りとなっています。

ワルシャワ中央駅に隣接するショッピングモール「Zlote Tarasy」。 もはや西欧諸国と同一。 「H&M」「ZARA」「C&A」「MARKS & SPENCER」もあり、買い物には便利ですね。

ハードロックカフェもありました。 入りませんでしたが。

ワルシャワ到着日の夕食はこちらのピザ。 あまりにぶらぶらしすぎて、いつの間にやら日付が変わっていた。 遅くまでやっていたのがこちらの店だったので。 テイクアウトもできるピザや。 これで6PLN(約200円)。 温め直してくれるので、親切です。 うまうま。

さて、ここから2日目の夜。この日はワルシャワから日帰りで別の場所へ行ってきました。別の旅行記で。 この日の文化科学宮殿は、紫にライトアップされていました。 妖しすぎる。

新世界通りをぶらぶらと歩く。 こちらは「ポーランド科学アカデミー」。 コペルニクスの像が建っています。

こちらはショパンの心臓が埋められているという、「聖十字架教会」。

さらに北に進んで、「ヴィジトキ教会」。

こちらは「聖アンナ教会」。

そして、旧王宮。 巨大なクリスマスツリーが建ってました。 新年明けてもクリスマスムード冷めやらぬワルシャワ。

さて、この日は別のレストランへ行こうと思ったんですが、 満杯で入れず、別の店に行こうと思ってガイドブックを広げたらつぶれてなくなっていた。 がっかり。 で、ピエロギ専門店「zapiecek」へ行きました。 サワークリームとともに、9つをペロリ。 クランベリーティーとセットで、21.48PLN(約700円)。

店内はこんな感じで。雰囲気はポーリッシュ。 結構、人の出入りが激しかったなぁ。 中に入ったら、日本人もいた。

こちらは外観。場所は、イェロソリムスキェ通りと新世界通りを結ぶ交差点近く。 昨日のピザ屋は、この店の隣でした。

ウエイトレスも、こういう格好でお出迎え。 生足むき出しです。 味を楽しみ、見て楽しみ。

ワルシャワに旅装を解いた翌朝も小雨に煙る窓の外。 ホテルのクラブラウンジの方にお聞きすると数日ずっと同じような天候が続くとの返答。

結局ポーランドの5日間、イギリスも含めますと連続7日間も同様の天候で、こんな経験は初めてです。 普段なら残念に思うところですが、これもポーランドらしいかもと覚悟を決めると気持ちが楽に。

ホテルの客室に何故かヨガマットが置いてありましたので、時々広げて屈伸をしました。 旅の疲れが取れて良いものですね。

行先の順番が前後しますが、先ずはショパンの生家のあるジェラゾヴァ・ヴォラへ。 ワルシャワから列車で一時間弱、ソハチェフの駅に着きますと、駅前にこのような案内が。 200m先に鉄道博物館がある模様。 珍しいので、ショパンの生家に行く前に少し立ち寄ってみましょ♪

鉄道博物館入口。 見学者は私たち以外誰もいませんでした。。。

線路の幅が狭いのでこれは狭軌鉄道というものなのでしょうか? 小さくて可愛くて、まるで遊園地の鉄道みたい。 こんな汽車に乗ってみたくなってしまいます☆彡 鉄道に関して全く無知なのですが、鉄道ファンの方だったらとても楽しめそう。

馬車鉄道も走っていたのですね。 馬車鉄道って、確か北海道の開拓の村にもあったような気が。

あ、こういうトロッコ、少年少女が主人公の洋画で見たことがある~♪

昔の駅員室でしょうか。 机の上の緑色のマットや電話機が懐かしい雰囲気。 日本の改札口も昔こんな感じでしたよね。 時間が足りなくなるといけないので、鉄道博物館は簡単に見て次にショパンの生家へ。

ショパンの父ミコワイ・ショパンが、スカルべク伯爵家の子供たちの家庭教師として、また母ユスティナが家政担当として働いていた時に住んでいたスカルベク家の別棟。 ショパンが生まれ生後7か月までを過ごしたこの家は、戦争で破壊され戦後1948年に復元されたものだそう。

夏季にはここでピアノコンサートが開かれるそう。 この季節は残念なことに何もなかったのですが、スピーカーから広大な庭園にピアノ協奏曲第1番が流れていました。

生後7か月でワルシャワに移った後も、夏や冬の休暇にはたびたび訪れたというこの棟の一室の壁にはショパンの家族の肖像画が。 左上から、父・ミコワイ、母・ユスティナ 左下から、姉・ルドヴィカ、妹・イザベラ、ショパン、末の妹・エミリア

このピアノはショパン一家が使っていたものではなく、寄贈者の家族の言い伝えに寄れば、ショパンがパリ時代にポーランドの歴史画家January Suchodolskiを訪ねた時に弾いたものとの説明書き。

庭園には小川も流れて

1万㎡にも及ぶというこのスカルベク家の敷地は現在は緑豊かな公園になっていて、多くの木々や愛らしい花々が。

奥に見える建物はショパン生誕200周年にあたって建てられたものなのでしょうか、まだ新しい感じでした。

入口レセプション横にあるカフェ「フレデリック」で休憩。

テラス席は寒いので

室内で、外の緑を眺めながら。 ショパンが好きで毎朝飲んだというココアに因んでチョコレートのケーキを。 メレンゲが間に挟まれてボリュームたっぷりのケーキでした。

こちらは前日のワルシャワです。 サスキ宮殿の跡地、サスキ公園。 ショパンの父ミコワイがフランス語教師として勤めるワルシャワ中・高等学校があり、貴族や地主の子弟を対象にした寄宿学校の生徒たちと共に寄宿生活を送ったサスキ宮殿。 サスキ宮殿は第二次世界大戦で破壊され、戦禍を免れた一部だけが残って無名戦士の墓となっており、この日ここでは何かの行事(おそらく11日の独立記念日に向けてでしょうか)の為の練習が行われていて、近づけないようになっていました。

サスキ公園を遠くから眺めて。

ポーランドがロシアの占領下に入った為にサスキ宮殿がロシア軍に接収され、1817年、父ミコワイの勤める中・高等学校や寄宿学校、そしてショパン一家もカジミェシュ宮殿に移転。 現在はワルシャワ大学となっているカジミェシュ宮殿入口。

現在はワルシャワ大学のメインオフィスとなっている、旧カジミェシュ宮殿。 古い建物なのに入口の木製ドアが自動ドアであることに驚き。

内部もバリアフリーに整備され、数段の段差にも車椅子用のエレベーターが備えてあり感心してしまいました。 この中の学生食堂で休憩してお茶を。

1817-1827年(ショパン7歳~17歳)にかけて一家が住んだのは、カジミェシュ宮殿右側の別館(現在はワルシャワ大学東洋学部の校舎)の三階。

建物の外壁にはそれを示すショパンのレリーフと記念プレート。

師のジヴニーにモーツァルトの再来と言われた少年ショパン。 これはその頃のショパンの様子でしょうか。

こちらはショパンも訪れたと言われているレストラン「ホノラトカ」

やはり第二次世界大戦で破壊された為、現在は建て直されたものだそうです。 ショパン一色のエントランス。

ポーランド郷土料理が中心の素朴な感じのレストランでした。

パンにはスマーレッツ(Smalec)という、ポークファットを塗って。 中にはお肉、玉ねぎ、林檎、プラム等が入っているとのこと。 ポークファットと聞くと重そうな感じがするのですが、意外にもそんなに重く感じませんでした。

発酵したライ麦の上澄みを使ったスープ、ジュレック(zurek)

ポーランド風ポテトパンケーキ、プラツェック(placek)。 添えてあるソースはスメタナ。 奥はピエロギです。

何かのお魚料理、ポーリッシュソース。

最後にポーランドのチェリー酒をサービスしてくださいました。 フルーツの香りで甘くて美味しい。

ショパン16歳の秋から学び始めたワルシャワ音楽院が置かれていたシトー会修道院(現・聖アンナ教会)。 少年ショパンが第二回目のコンサートを行ったこの教会で、ショパンとは関係が無いのですが、今回の旅行で大感動となった奇跡かと思うような忘れ得ぬ出来事がありました。 (長くなりますので、ひとまずその出来事は飛ばし、別の旅行記に書こうと思います) その為に予定外に長い時間をここで過ごすこととなり、

外に出るともう薄暮。 感動冷めやらず歩く途中、 聖アンナ教会隣の旧ラジヴィウ宮殿(現・大統領官邸)。 8歳のショパンが初のコンサートを開いた場所。

丁度この時、前から衛兵が3人。 大統領官邸の警備係? それとも無名戦士の墓の任務を交替して帰る衛兵でしょうか?

大統領官邸の方へ入って行きました。

ショパンの心臓が安置されている聖十字架教会。 この日、ここも訪れる計画を立てていましたが、予想外に時間が遅くなってしまい。 5時に予約していたショパン博物館の時間が迫っているので、日を改めてまた来ますね。

シルエットになってしまっていますが、ポーランド科学アカデミー前のコペルニクス像。 コペルニクスもポーランド人だったのですね。

ショパン生誕200周年に合わせて改装に取り掛かられ、この年の春改装を終えたばかりのショパン博物館。 余裕を持って見学出来るようにと、一時間100人までに制限され、この時事前予約が必要となっていました。

元々は貴族が16世紀に建てた宮殿を利用して作られたというショパン博物館。 ですので、入口や、

階段周りも古典的な様式だったのですが、

改装されたショパン博物館内部は最新技術を取り入れた驚く程の近代的空間。 これからの博物館はこういう形になって行くのでしょうか。

上手に説明出来ないのですが、最新の設備で作品が紹介されていました。

この本もタッチパネル式。

左横に見えるジラフピアノはショパンの生家にあったものでしょうか。 影絵が次々と変化して、ショパン家のサロンを思わせるような展示でした。

1848年~1849年(38~39歳)、ショパンが最後に使ったピアノ。

「完全無欠」とショパンに言わしめたプレイエル社のピアノ。

展示されている楽譜の殆どがコピーの中で、この日展示されていた自筆譜は、もしかしたらこれが唯一だったでしょうか。 損傷を防ぐ為、ここだけ照明の明るさが最小限に抑えられていました。 ですのでぶれていますが、ショパンの子守歌の自筆譜でした。

ショパンの手

左はショパンのイニシャル「FC」が刺繍されたショパンのハンカチーフ(1939-46) 右の紙包みには「ジョルジュ・サンドの髪」と記してあり、それが入れられていたケースにはGF(ジョルジュとフレデリックのイニシャル)と記してあるのだそう。 説明文に年号が書いてありませんでしたが、これをショパンがいつも持っていたのでしょうか。

ショパン博物館を後にし、この日最後に国立オペラ座へ。

この国立オペラ座も第二次世界大戦で正面外壁を除いて焼失し、戦後修復されたものだそう。

この日の上演は、ショパン生誕200周年に因み、ポーランド国立バレエ団の「CHOPIN, the Romantic Artist」と題する作品。

この日のバレエとは関係がないのですが、オペラの衣装が展示されている階も。

ショパンの生涯がバレエで表現された新作で、この日ショパンを演じたプリンシパルはセルゲイ・ポポフ。 この方のバレエを初めて観たのですが、ショパンを演ずるに相応しい、何と気品と優美さに満ちたプリンシパルなのでしょう。

他にジョルジュ・サンドを演じた方もジョルジュ・サンドの雰囲気が良く表現されていて、とても素敵な公演でした。

オペラ座ホールの天井が何だか月面のよう。

バレエ「CHOPIN, the Romantic Artist」のパンフレット表紙です。 セルゲイ・ポポフのポーズと表情が、ワジェンキ公園にあるショパン像とドラクロワの描いたショパンによく似ている感じが。

こちらがそのワジェンキ公園にある、ショパンが愛したしだれ柳の下のショパン像。 そう聞かないと柳の木に見えない……

ワジェンキ公園内にあるベルヴェデル宮殿(現・大統領府)。 1818年からロシア皇帝によって指名を受けたポーランド総督コンスタンティ公爵の官邸となり、8歳のショパンが天才少年としてコンスタンティ公に招かれ御前演奏を行った宮殿。

さて、予定外に廻れなかった場所を翌々日に訪れました。 聖ヴィジトキ教会。

ワルシャワ中・高等学校時代に、全校生徒が参加する日曜ミサでショパンがオルガニストを務めた聖ヴィジトキ教会。 ショパンはこの大役を喜びとても誇りに思っていたそう。

聖ヴィジトキ教会のパイプオルガン。 聖ヴィジトキ教会は、奇跡的に戦禍を免れたとのことですが、現在のこのオルガン自体はショパンが弾いたものではないとのこと。

少年ショパンがオルガンを弾き、ショパンが通っていたワルシャワ中・高等学校の合唱団が歌っていたという日曜ミサ。 こんなに素敵な御聖堂で、どんなに美しい讃美歌だったことでしょう。

1827年、ショパン17歳の時、一番下の妹エミリアが14歳で結核により夭折した悲しみから逃れるように、カジミェシュ宮殿を出、クラクフ郊外通りを挟んだ向かいの旧クラシンスキ(チャプスキ)宮殿(現・ワルシャワ美術アカデミー)三階に転居。

ショパン家のワルシャワでの3番目の、そしてショパンにとってはポーランド最後の家となった旧クランシスキ宮殿。 現在はワルシャワ美術アカデミーの建物となっている三階のこの居間だけはショパン家サロン博物館となって公開されていました。 ショパン家の居間には当時ワルシャワの文化人が集い、ショパンも度々私的なコンサートを開いたそう。 この旧クラシンスキ宮殿も第二次世界大戦で破壊され、現在の建物はショパンの友人の絵を元に再建されたもので、ピアノもショパンが弾いたものではないとのこと。

それでも、ショパン家の居間の窓辺に佇むと、ショパンが眺めたであろう街並みが見えて、感慨深くなります。 東側の窓からは、ワルシャワ大学(旧カジミェシュ宮殿)が。

南側の窓からは、後にショパンの心臓が安置されることになった聖十字架教会と、クラクフ郊外通りを行き交う人々。

聖十字架教会

聖十字架教会正面には「十字架を背負うキリスト像」 第二次世界大戦中、この像は避難させておかれたため、破損から免れたとのこと。

ポーランドで革命が始まろうとしている時期に出国することは祖国を裏切ることになるのではないか、ポーランドのために何かするべきではないかと悩みつつワルシャワを出発したショパン。

「心は祖国に」 パリで息を引き取ったショパンの願い通り、姉ルドヴィカによってショパンの心臓がパリからワルシャワに運ばれ納められた柱。 柱には 『あなたの宝の場所にあなたの心がある(マタイによる福音書第6章21節)』 の文字。

ショパンの心臓も、第二次世界大戦時、ショパンを愛する一人のドイツ軍兵士によってワルシャワ郊外の村に避難させられ、終戦後再び教会に戻されたのだそう。 目には見えない、けれども確かに胸に響く音楽を愛する心に国境は無いのだということを改めて思います。

聖十字架教会を出て、この日は明るいコペルニクスが迎えてくれました。

初めて使うヨーロッパイーストパス。ブダペストからクラクフへ向かいます。クーポンに書かれている指示に従って、まずはヴァリデーションを窓口で受けました。

ブダペスト東駅からクラクフへ。乗り換えは2回。

列車はコンパーメント。2等自由席ですが、すいていました。ここからおよそ(乗り換え時間を2時間含む)12時間の鉄道の旅が始まります。

途中乗り換え駅のブジェツラフ。大きな町を想像していましたが、取り立てて観光するところもないようで、駅で待つこと2時間。スロバキアを通り抜けここはチェコ。そしてポーランドへと向かいます。

チェコからポーランドの街カトヴィツェで乗り換えて、クラクフへ。到着したのは午後10時前。駅に隣接したショッピングセンターで、急いで両替。そして、夕食はスーパーマーケットのカルフールでビールとサンドイッチを買い込みました。すっかり暮れていました。両替所は午後10時まで開いてます。レートはあまりよくないように聞いていましたが、クラクフの街中と大差はないように思えます。

翌日はいよいよヴェリエチカの岩塩坑の観光。日本で予約しておいたピックアップのツアーに参加します。入場料金込みでひとり3,100円。お年寄りや足の不自由な方は参加できませんとの注釈があります。岩塩坑はすべてガイドツアーなので列車で行って待つことを考えるとこのツアー参加でよかったかなと思います。

入口は実に素朴。冬場なので観光客が少ないのでしょうか。バス停から入り口までの土産物屋さんも空いていないところもありました。

いよいよ観光が始まります。

とにかく奥深く階段を下りていきます。その段数はおよそ550段。ただし途中まで。気がつくと全行程で900段近い数。注意書きも納得させられます。

博物館のような場所。かつての作業が分かるよう展示されています。面白い。ところで、写真撮影は別料金。10ズウォティ(zl)300円を払います。払うのは入場してしばらく進んだ撮影スポット。そうか、途中まではフリーなんですね。

ところどころにあるシャンデリアも岩塩製。白いつららのようなものは岩塩の結晶。

クラクフへ戻り市内観光へ。ヴァヴェル城へ入場。

なだらかな坂を上がり、入口へ向かいます。

見えてきたのが大聖堂。城内は博物館になっていて、それぞれに入場券が必要です。またその売り場も別々なので、お目当てを決めておかないと戸惑います。

金色に輝くジグムント・チャペル。

聖堂内部の撮影は禁止。オフシーズンは改修作業が盛んなのか、工事のための覆いがあって全容を見ることができません。

聖堂を出て北側の塔へ。ここにポーランド最大の鐘が吊るされているいます。

その鐘楼からの景色。うーん、市内の全容が見られます。

ポーランドの文化・風俗・注意点

 ポーランドではキリスト教が国民生活や社会の根幹となっています。日曜、祭日は宗教的伝統から安息日とされているので、周囲の平穏を乱さないよう配慮が必要です。

 ポーランドの医療は、日本や西欧と比較すると、まだかなり遅れているところがあります。一般に国立病院や診療所の建物・設備は老朽化したものが多く、またポーランド語しか通じないことが多いので、外国人にとっては利用しづらいと思われます。
 外来専門の私立クリニックは施設・設備共に充実しており、英語も通じることが多く、外国人はこちらを利用するのが一般的です。治療費は概して高額で、現金またはカードで支払います。

 ポーランドは空気が乾燥している上に、車の排気ガスなどで喉を痛めやすいようです。水道水は硬水で、飲用には適しません。また、ワルシャワ、クラクフは汚染地帯ではありませんが、一部の地域にはダニ脳炎を媒介するダニが生息するので、森林に入る際には長袖長ズボンを着用するなどダニにかまれないよう注意が必要です。