スポンサードリンク

セルビアってどんな国?

セルビア共和国(セルビアきょうわこく、Србија)、通称セルビアは南東ヨーロッパ、バルカン半島西部の国。 首都ベオグラードは、これまでも旧ユーゴスラビア連邦および旧セルビア・モンテネグロの首都であり、セルビアはユーゴスラビア連邦の中心となる共和国であった。2006年6月3日のモンテネグロの分離独立に伴い、独立宣言をした。

セルビアの地図

セルビアの写真・旅行記

ご訪問ありがとうございます。 4トラなどでクロアチアの写真や旅行記を見せていただくと、海と街並みが本当にきれいで、いつか行きたい憧れの旅先のひとつになっていました。 そして前年にさらに大きな憧れであったヘルシンキ訪問を果たしたこともあり、この夏休みはぜひクロアチアということで3月ころからスケジュールを考え始めました。 ルートをどうするか、かなり迷いましたが、ボスニア・ヘルツェゴビナにも行きたかったので、サラエヴォからスタートしてモスタルを通ってドブロヴニク、そこからアドリア海に沿って少しずつ移動し、最後にスロベニアを経由してザグレブに入るルートとしました。 全体のスケジュールは次のとおりです。 ★7月26日 伊丹→成田→ 機中泊 ★7月27日 →ドーハ→ベオグラード ベオグラード泊  7月28日 →サラエヴォ サラエヴォ2泊  7月30日 →モスタル モスタル2泊  8月1日 →ドブロヴニク ドブロヴニク2泊  8月3日 →フヴァル フヴァル2泊  8月5日 →スプリト スプリト2泊  8月7日 →プリトヴィッツェ プリトヴィッツェ泊  8月8日 →ザダール ザダール2泊  8月10日 →プーラ プーラ2泊  8月12日 →リュブリャーナ リュブリャーナ2泊  8月14日 →ブレッド湖 ブレッド湖泊  8月15日 →ザグレブ ザグレブ2泊  8月17日 →ドーハ 空港泊  8月18日 →羽田 東京泊  8月19日 →伊丹 飛行機はいつものカタール航空です。カタール航空は当時サラエヴォ便がなかったのですが、一番近そうなセルビアのベオグラードから入り、すぐにサラエヴォへ移動することで解決。ゴールド(サファイア)会員の特典として日本ーヨーロッパ間片道分相当のアップグレードクーポンをいただいており、本当は帰りに使いたかったのですが満席ということで、行きの成田→ベオグラード間をビジネスクラスにアップグレードしていただきました(^ ^)v ではまずベオグラードまでのフライト、そして最初の予定にはなかったのですが、フライトの関係で訪問することになったセルビア、ベオグラードでの街歩きの様子から記していきたいと思います(^ ^)

大好きなパタパタが健在の伊丹空港です。 ドーハ行きのフライトを成田発にしましたので、午後の成田行きに乗ります。 朝の便と違って午後便の機材は小型機の737です。

羽田ー成田の移動を避けて成田便に乗ったため、成田空港で約6時間の待ち時間が。 伊丹でベオグラードまでチェックインできましたので、とっとと出国してラウンジへ。 ☆早くラウンジに行けるのは嬉しかったけど、えんじ色のプレミアムクラス用のチケットホルダーもらいたかったな…笑 でその後チケットホルダーは廃止されてしまったので、もう2度と手に入らなくなってしまった…

ということでまずサクララウンジへ。

スパークリングいただきながらシャワーの順番を待っています。 今はなきナビスコのプレミアムクラッカーが…

順番来ました(^ ^)(^ ^) スッキリしたら次は?

カレー(^ ^) このカレーのためにJGCの修行する気持わかる?(^ ^)

まだまだ時間があったので、カンタスのラウンジにも行きました。 写真はラウンジじゃなく本館とサテライトの間の部分にある休憩コーナーですが、ここって飲食サービスこそないものの、椅子とスペースだけ見たらラウンジ並みなんじゃないかと思います…そして意外と空いてるし、トイレも近くにTOTOのショールームがあるしね。

ようやく搭乗時間になりました。 成田便の機材はB777-200LRです。

いよいよ機内へ。 CAさんが入り口から席まで案内してくれました。ビジネスすごい(^ ^) そしてこの広さ見て! 写真では見ていたけど、それでもビックリした。窓が4つもある。

ロゼのシャンパン、いただきます(^ ^)

最初のドリンクは日本酒にしてみた。 カタール航空の日本酒はどんなんだろうという興味本位です(^ ^) 大分の「西の関」というお酒でした。 そしてミックスナッツのピーナッツの比率がすごく少なくて贅沢(^ ^)

カタール航空のビジネスクラスは食事は注文制になっています。 水平飛行中、メニューにあるものいつでも注文できるらしい。 ラウンジでカレーとか食べたから、軽食のお寿司を頼んでみました。味はイマイチだけど飛行機でお寿司が食べられるとはステキ。

そのあとチキンのサラダみたいなのもいただいて、デザートはアイス。 カップのままじゃない!

そしてベッドメイクもしてもらいました。 敷布団も掛け布団もあるし、枕も小さいのじゃなく普通サイズです。 なんとパジャマもあって、それは消耗品らしく持ち帰りOK。 この機材のビジネスのシートは今どきのヘリンボーンとかじゃなくて正面向き2-2-2の配置。それでいてフルフラットなので前後のスペースがものすごく広いです。ただこの日は隣が空席だったからよかったけど、もし隣に人がいてその人がベッドの状態にしてたら、窓側席の人はその上をまたがないと通路に出られない。それがこの配置の弱点みたい。 とにかく、人生初めてのフルフラットでおやすみなさい?(^ ^)

約5時間半後。目が覚めて起き上がると、CAさんがおしぼり持ってきてくれて、「何か召し上がりますか」 朝らしくスムージーをお願いしました。 食べ物頼むとその都度テーブルクロスがセットされるのもすごい。

和食の朝食セットです。お味噌汁付き。お寿司よりこっちの方がおいしかったな。

ドーハ到着までモニタで遊びます。

ドーハに到着? いつもなら混み混みのビジネスクラスラウンジへ行くところですが、きょうはアル・ムルジャンラウンジですよ?(^ ^)v

ビジネスクラスラウンジよりずっと広いのに人はずっと少ない… でも早朝だったせいか、食事はビジネスクラスラウンジにおいてあるものとそれほど差はなかったような。このあとまた機内食あるからコーヒーとヨーグルトだけいただきました。

ドーハからベオグラードまでの機材はA320です。 ビジネスクラスのシートもグッと庶民的になります(^ ^)

でも飲み物は成田便と同じ(^ ^)

ドーハの都心が見えました。

この区間も食事のシステムは同じだったけど、フライト時間が短いせいか、朝ごはんは何を、到着前には何を、って言う感じで聞かれました。 朝ごはんはもちろんアラブ式朝食にチャレンジ。チャレンジって言ったけど、普通においしかったし(^ ^) パクチーみたいな香草が大丈夫ならおいしくいただけると思います。

ドーハからアラビア湾の上空を北上して来て、約1時間後、イランに入ったあたり。

さらに1時間後。イランとトルコの国境あたり。

その10分後くらい。トルコのヴァン湖と思われます。かなり大きい。

おやつのチョコレートはヴァローナ。 カタールはエコノミーのプレートに付いているチョコレートもヴァローナなんだよね。1個だけだけど。

朝ごはんだけでお腹いっぱいだったので、そのあとはワインをちびちびといただいていました。

セルビアに入り、ベオグラードが近づいてきたようです。 わざとやってるのかと思うくらい細かく色分けされてる(^ ^)

おうちもきれいに並んでいますね?

ベオグラード空港に到着しました? エコノミーだとあとまだ2時間あるのか?って何回も時計見たりするけど、ビジネスだと、あ?もうあと2時間で着いちゃうっていう感じ、それくらいの差がありました(^ ^)

さあ、ここからは普段の節約旅行に戻ります。 路線バスでベオグラード駅へ? この写真撮ってたら「もう出るよ、早く早く」って急かされてすぐに乗り込む。 バス代は300ディナール(約2.4ユーロ 当時のレート、以下同じです)

なんか古そうな飛行機が置いてあったり。

斬新なデザインのビルがあったり。

当たり前かもしれないけど、セルビアにもコカ・コーラあるんだ、って思ったり。

真っ赤な路面電車はなんとなくイメージ通り。

駅前に着きました。 そしてキリル文字。そして英語表記なし、大丈夫かな…(^ ^) この三文字は「バス」?

今晩の宿、ダウンタウンセントラルホステル。 市街地の便利な場所にありました。駅からもそんなに離れてはいないけど、上り坂です。予約はユーロ建てでドミ1泊8ユーロ+税1.3。実際の支払いは1158ディナール。

まだ2時くらいだったので、市内観光に出かけます。 ベオグラードについて知っているのは「NATOに爆撃された建物が残っている」くらいなので、通りに沿って適当に歩いてみる。

街を歩いた感じは「普通のヨーロッパの町」 写真の左のビルのようにちょっと傷んだ建物もありますが。

青と白のグルグルはアイスクリーム屋さん。 ちょうど黄色いバスと赤いトロリーバスも写ってて、色とりどり(^ ^)

ポストですが、古いデザインながら道端に置いてあるのでまだ使っているのかなと思いますが、でも年号が1863-1989となっているのが不思議。年号じゃなくてただの番号かも?

ベオグラードのあちこちで見かけるこの銀行のマークが漢字の「大」に見えて仕方がない(笑)

文字は全部セルビア語のようですが、コックさんの人形が持ってる黒板にはかわいい絵が(^ ^) かわいいは言葉の壁を超える。

ドアの鉄細工、模様入りのガラス、ドアの上の紋章、床のタイル模様、そして渋い25。ahirut的にはかなり完璧な入り口。

ベオグラード第一のネコさん。 ビルが、ステキなんだけど傷みがひどい。

駅前でも市電見かけたけど、これはグッと渋いやつ。

そしてベオグラードと言えばこれですよね。NATOに爆撃されたビル。 近寄れないようにフェンスが設けられていました。

横から見ると。えっ、広告?! 少し前の写真にはこれはなくてビルのこの面も見えていたので、最近取り付けられたものと思います。

その向かい側のビルは解体工事が始まっていました。 保存したいんだろうけど、爆撃から17年たって、そろそろ崩れる危険も出てきたんでしょうか。

最初に見たビルの隣のビル。 こちらも保存(または放置)されているように見えます。

こちらは向かい側の方です。右の方に銃弾の跡も見えます。

このあとどういう風になるのかわかりませんが。 写真では見ていたけど、その場で見るとやっぱりショックがありますね。 こんなすごい状態のものがあるのに、通りかかっている人のほとんどがいちいち見上げたりしてないっていうのもまた何というか、フクザツ。

場面は変わってホステルのドミトリー。 けっこうオシャレな感じ。これで1泊8ユーロは安いですね。

つぎの日の朝? 午前中のバスでサラエヴォへ移動する予定ですが、早起きしてお店が並ぶ商店街ぽい方へ行ってみます。まだ6時半なのに歩いている人が多くて驚く。

新旧のビルが混ざって並ぶこの通り。道はよく整備されています。

ポップコーンの屋台。 昔の東側の国ってかわいいものが多い。中国はそうでもないけどね。

ビルの壁にシンプルな壁画がありました。

そのままずっと進んで城壁のまわりの公園に。 なんか恐竜みたいなのいる(^ ^)

なんとなく素朴な感じのお城。

昔はお堀があったのでしょうか。

高台の上にあるので、眺めはバッチリ。 サバ川の川面にいろいろな建造物が浮かんでいるのが見えます。

街の方。橋が何本も見えます。 手前の家がまた味がある?

飾りもすごいんだけど、ドアの上のガラスがなぜか変形ガラスみたいな効果を発揮…

ぷくっと膨らんだ建物がなんかかわいい(^ ^)

唐突にうさぎ(^ ^)

駅の近くまで戻ってきました。 こちらのビルの壁画はちょっとメッセージがありそう。

バスのきっぷと一緒に渡されるコイン。 これがないとバスのりばの入口にあるゲートを通れません(^ ^)

このバスでサラエボへ向かいます。 サラエボと言っても実は2つの共和国に別れていて、この便はスルプスカ共和国(=セルビア系)側にある「東サラエボ」行き。ベオグラードからは東サラエボ行きのほうが便数が多く、やはりボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側のサラエボより東サラエボとの結びつきのほうが強いのでしょうね。 バス代は2520ディナール(約20ユーロ)トランクの荷物代は200ディナールって言われたけど、手元に130しかなくて、でもそれでOKだった。

バスの中から、そう言えば見ていなかったベオグラード駅が見えました。

電車を乗せてくるくる回るやつがありましたよ?ステファニーさん(^ ^)

出発後すぐにサバ川を渡ります。水量が多い。

バスターミナルのお店で買ったパン。これも素朴な感じ。 これと小さな甘いパンとで210ディナール(約1.7ユーロ)

沿道の路上には八百屋さんが。 ドライバーさんがバスを横に止めて買い物してくれたので、止まった状態で写真が撮れました…(笑)

ドライブインで休憩中。 このドライブインはラムの丸焼きが名物のようで、写真はあえて載せませんが、駐車場の脇のロースターで串刺しにされた子羊がくるくると焼かれているのが丸見えでひえ?(゚д゚)…

出発して3時間後くらいに国境へ。 ここはシェンゲン・エリアではないので、パスポートチェックがあります。 バスから降りる必要はなく、警官が乗り込んできて、パスポートを集めて一旦立ち去り、スタンプを押した後でまた戻ってきて返してくれます。返す時一人づつ名前を呼んでいましたが、(おそらくバスの中で唯一のアジア人だった)ahirutの名前は発音できなかったようで、写真を見て探してました(^ ^) ここでセルビアとはお別れです。グッバイ? このあとはボスニア・ヘルツェゴビナ編に続きますよ?

高速ではなく、普通の道路を走っていくので、いろいろなお店が見えて楽しいです。

こちらのスーパーは壁一面食材の写真です。

セルビアのビールだと思って買ったんですが、実はスロベニアのビールで、後でスロベニアに行ったらどこにでもあった… セルビアにはメジャーなビールメーカーはないみたいです。 大瓶で120ディナール(約1ユーロ)

晩ごはんはチキンのケバブにしました。 パンも厚みがあって食べごたえあり。 これで290ディナール(約2.3ユーロ)安いです。

エア・セルビアのプロペラ機でモンテネグロの首都ポドゴリツァからセルビアの首都ベオグラードへ!

移動距離も近いのでこんな小さな機体でした!

空港近くのゲストハウスを予約していたので, お迎えにきてもらい 空港近くのセルビアの民家に宿泊! ここが今回の旅最後の宿となりました!! 今回の旅は, 10日間の日程で3泊しか出来ませんでした(笑) 夜も飛行機の離発着の音が響くような距離の民家でしたが,スタッフのおばさんがすごく親切なのでおススメです(Mondo apartments guest house)!!

昼13:20の飛行機でアテネに飛ぶので,朝すぐに観光へ! 近くのバス停まで送ってもらい,バスでベオグラード市内へ!! 写真は車窓からのセルビア宮殿です.

バスでベオグラード到着! キャリーバックをがらがら引きずりながら観光スタート! (空港で手荷物預けてくればよかった(>_<)) まずはセルビア正教大聖堂!!

タダで入れます!

中も雰囲気は非常に良いです!

次にカレメグダン公園! 雰囲気の良い大きな公園!!

公園内にテニスコート! テニススクール?子供達がガチ練してました!! ジョコビッチ効果かな!? ジョコビッチは子供の頃ベオグラードでNATOの空爆の中でもテニスの練習をしていたとか(^^;) そりゃメンタルが他とは違いますね!!

スタンボル門! 地球の歩き方情報では, スタンボル=イスタンブール!

これは時計塔です!

この門の辺りに戦車がたくさん(^^;)

公園から見えるドナウ川とサヴァ川が交わる場所です! ここからの景色が公園で一番良かった!! こんな感じで公園を観光後, タクシーを拾って次はクネズ・ミロシュ通りへ!

クネズ・ミロシュ通りと言えば別名「空爆通り」,NATOに空爆された建物がそのまま残っています! タクシーを少し待たせて写真を撮ることに!!

17年前の空爆ですが,まだこんな感じです(^^;)

同じく空爆されたビル!  今後もずっとこのままなんでしょうね(^^;) てな感じで次はベオグラードのハイライト, 聖サヴァ教会へ!

サヴァ教会の裏にタクシーで降ろしてもらいました! ちなみに,公園からクネズ・ミロシュ通り経由サヴァ教会まで900ディナールでした!

さっそく、キャリーバックをがらがらさせながらサヴァ教会へ(^^;)

ちょうど内部は修復中でした(^^;)

セルビア教会の総本山?なのか 観光客なんかよりお祈りの人が多かったです!

巨大な教会, 修復中なのが少し残念(>_<)

ここまでで10時過ぎ! 12時前に空港に戻れば問題ないので,

ここらでお茶をしながら時間潰してました!

またキャリーバックをがらがらさせながら,スラヴァヤ広場へ!

この広場から空港(AERO DROM)行のバスが20分間隔であります! ここから空港まで30分で着けます!!

なんだかんだで12時前には空港に到着し,

プライオリティパスが使えるラウンジでランチを頂きました(^^)

定刻通り, エア・セルビアでアテネへ出発できました! (アテネまでのチケットは76ユーロでした) 次からが今年の夏旅の終盤戦, ギリシア&中東(ヨルダン,クウェート)編です.

これで, 旧ユーゴスラビア諸国(スロベニア,クロアチア,セルビア,ボスニア・ヘルツゴビナ,モンテネグロ,マケドニア,コソボ?)コンプリートです(^^) さらにヨーロッパ制覇まで残すは,アイスランド, アイルランド, イギリスだけとなりました(^^) (ちなみに, 4-travelでは(まだ未踏の)キルギス, ウズベキスタン, タジキスタン, トルクメニスタンもヨーロッパに含まれています! 地理的にカザフスタンはありだけど、さすがにそれらの国はヨーロッパではない方向で考えています(^^;) 地理的には明らかにアジアですね) 2年前にヨーロッパ制覇の計画を立ててから,ここまでかなり順調にこれました(^^)/

カタール・ドーハから、ブルガリア・ソフィアで一旦着陸して、そのあとセルビア・ベオグラードに飛び立ちました。 ドーハを経った時は、小さめの飛行機ながら結構満席だったのですが、ソフィアでほとんどの人が降りてしまい、機内はガラガラに。自分がマイナーなところに行こうとしていることを実感しつつ、運航してくれているカタール航空さんに感謝。 いよいよベオグラードが見えてきました。奥のほうに、ドナウ川とサヴァ川の合流地点らしき景色が見えます!

ニコラ・テスラ・ベオグラード空港。セルビア共和国の首都、ベオグラードの空の玄関口ですが、とってもコンパクト。入国審査や荷物受取などをしたらあっという間に外に出れて不思議な気持ちになります。

エア・セルビアのジェット機。国旗風のデザインになっていてかっこいい。

空港からは空港バスでベオグラード中央駅へ。 20分に一本出てるので便利。料金もお手頃な300ディナールです。乗り込んだのは、クーラーのないバスでご機嫌な運転手さんが入口のドア開けて風通してました(笑)

ベオグラード本駅。この日は日曜日だったのでinformationはお休みでした。となりにはバスターミナルがあります。陸路での都市間・国家間移動の出発ポイントがこのあたりに集中しています。

入国スタンプ。キリル文字のは初めてなのでちょっとうれしい。

宿泊先への道すがら、クネズ・ミロシュ通りでNATOの空爆の跡が残る建物がありました。生々しいです。

短期間の滞在で乗らずじまいでしたが、ベオグラードはバスやトラムが多く走っていて、うまく駆使できれば便利だろうなと感じました。 というのも、ベオグラードは起伏が激しいので、地図上の単純な距離計算で歩いてると結構しんどいと思います。 なお、Google mapはさすがの正確さで、方向音痴な私を何度も助けてくれました。

ちょっと楽しげな標識。

セルビア正教の中心的な教会、聖サヴァ教会。とても巨大です。

正面からみると、さらに荘厳な感じがします。

中はまだ建設途中。でも、この打ちっぱなしの感じから、より神聖な雰囲気を感じました。

ベオグラードは緑の多い街。公園で多くの人々が憩っていました。

セルビアはキリル文字世界とガイドブックや語学書で記載がありますが、ベオグラードの街ではラテン文字表記や英語併記もよく見かけました。

ベオグラードは旧ユーゴスラヴィアの首都だっただけあって大きな街です。 写真を撮り忘れたんですが、街中にはいくつもiDEAとかShop&Goといった、チェーン店のスーパーがあるのでちょっとした買い物に便利です。

繁華街の歩行者天国エリア。おしゃれな店が立ち並び、にぎわっていました。 私はくたびれて夜はすぐ寝てしまったのですが、ベオグラードは夜の街としても人気が高いようなので、何日も滞在される方はぜひ出かけてみてはいかがでしょうか。

ドナウ川とサヴァ川の合流地点。中欧~東欧へと流れ込む2つの川がここで一緒になります。

城壁から合流地点を臨みます。

合流地点沿いのカレメグダン公園。きれいに整備されていて、お散歩に来ている人も多かったです。

翌朝、出発前に宿泊先近くのドナウ川沿いへ。先ほどの合流地点から少し下流のあたりです。とても雄大な眺め。

セルビアの電車。ベオグラードの街中でも、結構アートな感じの落書き(?)多いなぁと思ってたけど、電車もすっかりアートな感じになってました。

■ベオグラード→サラエヴォへの移動方法 今回の旅を計画する中で一番困ったのが、セルビアからボスニア・ヘルツェゴビナへの移動手段。2015年現在、両国の首都を結ぶ鉄道は運航していないので、基本的にはバスか飛行機で行くことになるみたいでした。 せっかくだから陸路で行こうと思って、バスのダイヤなどをWebで検索しましたが、夜22:45着のものしか見当たりませんでした。(『地球の歩き方 中欧'15-'16』によると一日4本あるようですので調査不足だと思います) ■GEA tours社のminibus transfer 見知らぬ異国の街に深夜に到着するというリスクを避けたかったので、ネット上の口コミなどを見ていたところ、GEA tours社の乗り合い型のminibusでの移動をおすすめする英語の口コミがいくつかありました。(http://www.geatours.rs/eng/sarajevo.htm) 料金も片道20EURとお手頃だったことから、予約をしたところ、「前日にホテルにピックアップに行く時間をお知らせします」という返事が。英語力もそんなにないためちょっと不安だったんですが、ホテルの受付の方から「11時に迎えに行きます、と連絡がありましたよ」と伺いほっと胸をなでおろしました。 しかし、翌日指定の時間には残念ながら現れず。自分の英語聞き取り能力も含めて、どこかでコミュニケーションミスがあったようでした。。。 がっかりしつつ、でもその日のうちに移動はしたいので、最初に調べていた16時発の定時バスに乗るべく、ベオグラード本駅横のバスターミナルへ向かいます。 ■定時運行のバスに乗車 バスターミナルのチケットオフィスでチケットを購入。チケットオフィスの場所はすぐに分かると思います。そこで、この写真のようなチケットとともにコインを渡されまして、暑さでぼーっとしていたこともあり、おつりかしらなんて思いながら何となく受け取りました。が、このコインは、バスターミナルへの入場ゲートで必要なものだったのです。誤って捨てたり無くしたりしないようにみなさんお気を付け下さい! このチケットにも記載があるんですが、「перон」(ラテン文字表記ではPERON)というのは、プラットフォーム番号のことです。クロアチアやボスニアヘルツェゴビナでもバス移動の際によく見かけました。覚えておくと便利です。 また、この3か国の旅を通じて、チケットには座席番号が必ず記載されてるのですが、それを守らないといけない感じはとくにありませんでした。好きなところに座るので、だいたい大丈夫そうです。

■バスで国境を越える ということで、予期せぬこともありましたが、無事16時にバスでベオグラードを出発しました。乗客は結構いましたが、観光客はあまり多くなく、セルビアかボスニアヘルツェゴビナの人が大半であるような感じでした。 初めて、陸路で国境審査のあるところを通過するのでどんな感じかなと期待半分・どきどき半分でした、どんな感じだったかというと。 ・まずセルビアの出国審査のために検査官の人がバスの中に入ってきてパスポートチェック ・それが完了すると、ボスニアヘルツェゴビナ側にバスが進み、今度はボスニアヘルツェゴビナの検査官の人が本人確認しながら、パスポートを回収。VISAスタンプを押したものを、バスの乗務員のおじさんが返却してくれる というような形でした。20,30分くらいかかりましたが、陸続きの国境がない日本ではなかなか味わえない面白い体験でした。なお、パスポートを持ってき忘れた地元らしきおじさんが外に連れ出されて戻ってこない事件もありました。ということで、パスポートを忘れることはないと思うのですが、トランクに預ける荷物にはいれず、必ず車内に持ち込んでおくのがよいです。 バス移動の多い、この旅の道中いつもそうでしたが、必ず運転手さんともう一人の乗務員さんの二人体制だったので安心できます。長距離バスだったこともあるでしょうし、発車してから乗務員さんが席を回って改札を改めてする形なので、二人必要というのもあると思います。また、道路はきちんと整備されてるのでそんなに揺れることもなく、読書なども問題なくできました。ただ、冷房の効きが弱く暑かったです。 途中で2回くらい休憩時間もきちんとありました。レストランやパーキングエリアのようなところに止まってくれます。ただ、休憩後に人数をきちんと数えてるふうもなかったので、 ・いつ出発するかをきちんと乗務員さんに確認 ・バスからあまり離れないようにする というのが安心だと思います。(変なところで置いて行かれたら大変です!) ■サラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)に到着 どこでそんなに予定より遅れたのか分かりませんが、結局24時前にサラエヴォの連邦側バスターミナル(鉄道・サラエヴォ中央駅のすぐ隣)に到着しました。 宿には到着が遅れる旨連絡していたので大丈夫でしたが、やはり人気(ひとけ)のない、暗い見知らぬ異国の街を、荷物を持ってしばし歩くのはかなり不安感がありました… もしこの時間のバスで移動を計画される場合は、バスターミナルに近いホテルをとるか、タクシーにおとなしく乗るのがいいと思います。 ということで、ベオグラード→サラエヴォの移動はいろいろ想定外のことだらけでしたが、今思えばとても楽しい体験でした。ただ、万が一に備えるという意味でも航空機移動が今は一番ベストなのかなと思います。他の時間のバスが存在しているようならば、それもいい手段だと思います。 鉄道がまた復活してくれたらそれも有効な移動手段となるかもしれませんね。

カーテンを閉めずに寝たら、夜明けと共に目が覚めました。しかし今日は早起きの必要がないので二度寝三度寝。 依然としてお腹の調子は悪いですが、それ以外の体調は良いので8時半にシャワーを浴びて朝食を食べに行きました。

9時過ぎにレストランへ。昨日エレベーターで話したモンテネグロ人男性が挨拶してくれました。 フォークが補充されていなかったりとやはりサービスがいまいちですが、朝食バイキングの内容は普通。ファミレスのドリンクバーにあるようなサーバーから注いだアップルネクターが何故か水のような薄さだったけど。オレンジジュースは普通でした。 品数は写真に写っているこれら+コーンフレーク類くらい。マッシュルーム炒めと歯応えのあるソーセージが美味しかったです。朝食としてはこってりしてるけど、ソーセージにマスタードの組み合わせは本当最高だな。

昨日の女性スタッフがフロントにいないことにホッとしつつ、11時前にチェックアウト。 チェックイン時に宿代をカード払いし(たつもりで)レシートまで貰っていましたが、昨日のはプレ?だったそうで改めて支払わされました。よく分からないシステムだけど、昨日貰ったレシートよりも今日の方がレートが良かったからまあいいか。セルビア出国時に必要になることがあるらしい宿泊証明書もくれました。フロントに荷物を預けて観光に出掛けます。 今日の天気は快晴で、最高気温は32℃の予報。午前中は24℃らしいけど既に暑い。こんな中で街歩きとか絶対死ぬ…カレメグダン公園遠いし。トロリーバスやトラムが沢山走っていますが、料金がゾーン制で難しいのと路線が分からないのとで、一切利用しないことにしました。 浮くのを承知で日傘を差して出掛けます。東アジア人の時点で既に十分浮いてるからいいよ。ベオグラードでは東アジア人だけでなく、団体ツアー客というものをほぼ見かけませんでした。 わー体感温度が全然違う。持ち運べる日陰最高!

スラヴィヤ広場とテラジエ(町の中心の通り)を結ぶKralja Milanaという通り沿いには、色々なお店が並んでいます。大きなスーパーやショッピングモールらしき建物も。

お洒落な洋菓子店も。

真っ直ぐカレメグダン公園に行くつもりでしたが、途中に気になる案内板があったので脇道へ。

花でいっぱいの公園の向こうに建物が見えてきました。

セルビア議会議事堂(国会議事堂)! 1906年に建設が始まりましたが第一次世界大戦で工事が中断、1936年に完成したそうです。

周囲には警官が大勢いましたが、物々しい雰囲気はありません。

奥の建物は旧宮殿。現在は市庁舎だそうです。

国会議事堂の向こうの建物はセルビア郵便本社。その奥には聖マルコ聖堂の頭が見えています。

ベオグラードにも野良犬がいる。

国会議事堂に向かって左に進むと、さっきの大通りの延長にあるテラジエに出られます。 テラジエの手前にあるニコラ・パシッチ広場。

靴磨きのおじさんの最高の笑顔!

素敵な建物を発見!ホテル・モスクワ。セラミックのタイルで出来たファサードが有名な、ベオグラードを代表する美しい建築のひとつだそうです。1906年に建てられました。 緑色のタイルがキラキラしていてとても綺麗。一目で気に入りましたが、何故か南側の壁には装飾や窓が一切無く、剥がれかけのコンクリートがむき出しの状態でした。 手前の白い塔は水飲み場(テラジイスカ・チェスマ)。

テラジエはKralja Milana以上に幅が広く、通り沿いには大きな建物がずらりと並んでいます。ベオグラード市民の多くは共和国広場やカレメグダンをベオグラードの中心と考えているそうですが、テラジエは公式にベオグラードの中心として設計された場所なんだそう。 ショッピングモールの壁のモザイク。

テラジエからすぐの共和国広場に出ました。中央に建っているのはミハイロ・オブレノヴィッチ公の像。近代セルビア随一の明君として評価されている人物だそうです。 その後ろの建物は国立博物館ですが、残念ながら補修工事中で外観が見えませんでした。

あっ漢字!この北京飯館は歩き方の地図にも載っていますが、そっちの表記は「北京飯店」になっているな。

寄り道もしましたが、スラヴィヤ広場から50分程でカレメグダン公園の敷地に到達しました。地図上ではかなり遠く(3~4km)見えたけど、日傘のお陰で全然余裕。スペシャルサンクス日傘!

カレメグダン城址公園(ベオグラード要塞)。公園があるサヴァ川とドナウ河の合流点を見下ろす小高い丘の上は、昔から戦略的にとても重要な地点だったために、2世紀から18世紀の間に何度も建設と破壊が繰り返されました。 「カレメグダンは」トルコ語で、「カレ」は砦、「メグダン」は広場・野原を意味しているそうです。

何だこりゃ?

公園内を観光列車が走っていました。

観光列車が進んで行った方へ向かうと、時計塔が見えてきました。

途中にはテニスコートがいくつも。そういえばセルビアはジョコビッチの国ですね。 テニスコートだけでなくバスケットコートもあります。カレメグダン公園はスポーツ施設が充実していました。

時計塔とスタンボル門。スタンボルとはイスタンブールのことだそうです。 見て下さいこの微動だにしない旗を。雲一つない空を。暑い! ベオグラードで気温が30℃を超えるのは、平均で年間30日程度だそうなので、5月の頭で32℃は珍しいのかもしれません。まあ明日の予報は34℃なんだけど。

門の中はひんやりしていました。カラッとしているので日陰は快適です。

門を抜けた先にはまた城壁。城壁が二重になっているんですね。間のお堀のようなスペースには、近代的な兵器がずらりと並んでいました。

もう一つ門をくぐります。

門を出てすぐの所に旧式の大砲がありました。要塞を守る大砲で、こういう造りの大砲の中では最大級のものだそう。

内側の門の先は木陰の多い公園でした。ここが丘の頂上で、ゴルニ・グラード(上町)というらしい。土産物屋がいくつも出ています。 !!! 日本刀の木刀を売ってる!!古今東西の武器に混じって!(爆笑)

ゴルニ・グラードを抜けると、一気に視界が開けました。

サヴァ川が見えました。右端の方でドナウ川と合流しています。サヴァ川の対岸の森はヴェリコ・ラトノ島。 川の手前に見える一帯がドーニ・グラード(下町)。

WALKING IN THIS AREA YOU RISK YOUR LIFE この看板が色々な所にありました。

15~17世紀の城跡。ここにあった城は17世紀の墺土戦争で破壊されました。この遺跡は1970年代に発掘されたそうです。 落ちたら怪我するでしょうが、道幅がそこそこあるので怖くはありません。元々高所は平気ですが、今回の旅では落ちたら即アウトな高所にばかり行っているのでますます恐怖心が麻痺しているような気がする。 しかし渡りきった所に鬼畜トラップが仕掛けられていました。

道を塞いでいる鬼畜トラップフェンス。自己責任で渡っていい(意訳)って書いてあるのにこの仕打ち。フェンスの角以上に突き出ている鉄パイプが実に鬼畜ですね。流石にここは慎重に渡りました。

木陰のベンチに座って日記を書いていたら、目の前のアスファルトが急にパカパカ鳴りだしたのでびっくり。顔を上げると、馬に乗った警官が横を通り過ぎていくところでした。

あれ、さっき(6枚上の写真)見た時には無かった花輪が供えられてる。やっぱりお墓だったのか。 これは歩き方の地図に載っているダマト・アリ・パシャの墓ではないと思う。シラーダーリ・ダマト・アリ・パシャは墺土戦争 (1716年-1718年)で活躍した人物ですが、この墓標には1456年と書いてあるので。 ちなみにその戦争で勝利したハプスブルク君主国のリーダーの名前に見覚えがあると思ったら、ウィーンの新王宮の英雄広場に建っていた2体の像の片方、オイゲン公(オイゲン・フランツ・フォン・ザヴォイエン=カリグナン)でした。 ハプスブルク君主国とオスマン帝国は、まさにここベオグラードで激突したのか…。

物見塔とジンダン門。

石垣のあちこちに草花が生えています。

良さげな日陰を見つけては、のんびり座って休みました。やっぱりお腹の調子が良くない。

お堀のようだと思ったスペースは、昔は実際にお堀だったそう。現在は埋め立てられています。

牢獄跡らしい。

教会らしき塔を目指して坂を下ります。途中にレストランがありました。

奥まで行ったら行き止まりだったので一瞬途方にくれましたが、手前左側に階段を発見。

びっしり蔦に囲まれた聖ルジツァ教会。

入口は正面のここではなく、

もっと右側のこちら。教会内には弾丸で作ったシャンデリアがあるそうですが、内部は写真撮影不可。 今気が付きましたが、ドアの向こうにシャンデリアがチラッと写っているな。弾丸のシャンデリアではないと思うけど…。

すぐ下には聖ペトカ教会がありました。聖水で有名なんだそう。

遠~~くに見えた特徴的な建物。…ゼムンのシビニャニン・ヤンコの塔じゃないか!

ベンチに座って景色を眺めました。 見渡す限りの平地です。これは確かに要塞にもってこいの丘だわ。

聖ペトカ教会に出入りする人は多かったです。

色鮮やかなモザイク!

描かれている内容はどこかコミカル。何か御触れのようなものを見せられてるけどどういう場面なんだろう?

ポンプ式の井戸。これも聖水?少し漕いだらすぐに水が出てきました。

ドーニ・グラード(下町)へ。

水飲み場を発見。他で見た水飲み場と違って、絶えず水が出ている訳ではありません。ちょっと迷って蛇口の上のボタンを押したら、冷たい水が出てきました。気持ちいい!

廃墟かと思ったら、門でした。カルラ6世門。

芝を刈っていました。刈ったばかりの芝、いい匂い!ハーマイオニーが好きな匂いの一つに挙げたのがこれか。

刈られたばかりの芝生を見ながら、またベンチで休憩。移動しては休みの繰り返しです。 大はしゃぎで公園を駆けるゴールデンレトリーバーのような犬と、ゆっくり後ろを歩いて行く飼い主のお婆さんを見かけました。ベオグラード市民もやはり犬の散歩にリードを使わないんですね。名前を呼んだらちゃんと戻ってくる犬、可愛くて賢い。

城壁の上に見えるのは勝者の記念碑。ベオグラードのシンボルで、第一次世界大戦のセルビア王国の勝利を記念するモニュメントです。 1917年にアメリカ合衆国が参戦したことでセルビアが属する連合国側が勝利したとはいえ、セルビア王国は滅亡の危機に追い込まれるほどの徹底的敗北を喫しました。当時のセルビア王国の人口は約450万人で、第一次世界大戦によって全人口の28%、男子人口の58%をも失ったそうです。

カレメグダン公園の外側をぐるっと回ってベオグラード本駅を目指します。

教会の塔が見えてきました。

オーストリア大使館らしい。

その隣には大きなセルビア正教会がありました。

その向かいにもセルビア正教大聖堂。こちらは歩き方で紹介されています。

その斜向かい、さっきのセルビア正教会の隣にあるのはリュビツァ妃の屋敷。 1815年の第二次セルビア蜂起の指導者として、オスマン朝からセルビアの自治を獲得したミロシュ・オブレノヴィッチの屋敷です。共和国広場に像があったミハイロ・オブノレヴィッチは彼の次男。 ミロシュの都市計画によって、トルコ色の強かったベオグラードの街並みがヨーロッパ風に変えられたそう。へえ~…もし変えられなかったらベオグラードはサラエボのバシチャルシァとかモスタルみたいな街並みだったのかな? ミロシュの統治は冷酷で専制的だったために、何度も反乱が起こるくらいセルビア人からは不評だったそうですが、自分の屋敷に奥さん(子沢山だけど偉人でも何でもない)の名前を付けるなんて憎めないところがあるなあ…と思ったら、英語版Wikipediaを読むに円満な夫婦でもなかったようだ。リュビツァ妃はミロシュの愛人の一人を殺しそうになったことがあるらしい。愛人の「一人」って一体何人いたんだよ。屋敷の名前は奥さんのご機嫌取りだったのかな。

駅を目指して北へ。

なんか物凄い壁画!左上の絵の画風・作風が漫☆画太郎そのものだったので爆笑でした。

ベオグラードではどういう訳か、判子屋さんをやたらあちこちで見かけました。ここなんて3軒隣り合っています。

何だこの建物、壁がない!

昨日空港バスで通った道かと思ったけど、違うみたい。

下にバスターミナルが見えました。 うーん…長距離バスターミナルじゃなくてラスタ社専用バスターミナルかな?

地図アプリを見ながら正しい道を探します。

一旦北に戻り、違う通りをまた南へ。

その先に長距離バスターミナルを発見しました。ここは乗り場で、入口はもっと本駅寄りのようです。

遂に本駅の案内板を発見!

長距離バスターミナル前の公園の芝生には、色の浅黒い南アジア系の男達がゴロゴロ寝ていて異様な雰囲気でした。かなりの人数で、全員男性。 もしかして彼らがロマなんだろうか?だとしたら初めて見た。

ベオグラードで初めて、近代的なトラムを目撃。珍しいので興奮しましたが、個人的にはレトロな見た目の乗り物の方が好きです。

LET'S DO ITという日曜大工のお店、ストレートな店名で面白いですね。

遂に本駅の前に到着しました。

駅前の様子。

水はとっくに尽きて喉がカラカラです。 駅入口の階段に座って景色を眺めていたら、屋台でアイスを購入している女性が目に入りました。購入したアイスをその場で食べる場合は、お店の人が包みを剥いて客に持ち手の方を差し出してくれるようです。その様子を見て何か良いなあと思い、私もフラフラと吸い寄せられました。 スイカバーそっくりのアイスを購入。40DIN(約48円)、驚きな事に今日お金を使うのはこれが初めて。お店のおばちゃんが包みを剥いて差し出してくれました。何だかとても暖かく、嬉しい。 こういう市販アイスクリームの屋台は色々な国で見かけますが、利用するのは初めて。『世界中にあるけど日本でだけは見かけないもの』って結構あるように思いますが、これもその一つだと思います。他にはLay'sのポテトチップスとか、COSTA COFFEEとか。 スイカバーは日本のものと違って滑らかな食感でシャリシャリ感は無く、種チョコは表面の一部に纏まってくっ付いていました。これはこれでとても美味しい。

駅前の階段に戻ってアイスを食べながら、景色を眺めました。 駅前から空爆ビルが見えています。奥の突き当たりがスラヴィヤ広場。

ベオグラードであと何をしよう…とぼんやり考えて、ハッと気付きました。そうだ、郵便局に行こう。本駅のすぐ隣にある。 郵便局の入口の前にも中にも、さっき公園にいたのと同じような風体の男達が屯していました。郵便局の窓口で何かの申請をしているようですが、うーむ…彼らを見ているとロマがヨーロッパ中で嫌われる理由がなんとなく分かる気がする。徒党を組んでいて何か良からぬ事をしそうな雰囲気があるというか、人の警戒心を煽る何かがある。 混んでいる訳ではないけど前の男性の手続きが長く、30分近く待たされてやっと切手を購入。歩き方には40DINと書いてありましたが、窓口では74DIN(約89円)だと言われました。まあ今時40DINは安すぎると思ったよ。

駅前のキオスクで水(55DIN≒66円)を買おうと並んでいたら、東アジア系の女性に英語で空港バスの乗り場の場所を尋ねられました。もしやと思ったらやっぱり日本の方!バスで今朝ベオグラードに着いて、今夜の私と同じターキッシュエアラインズの便で帰国するそうです。びっくり! 空港バスですが、私はスラヴィヤ広場から乗車するので駅前の停留所の場所はよく分かりません。昨日の空港からのバスは長距離バスターミナルの辺りで停まっていましたが…とそのまま説明しました。 夕方に空港バスに乗ってから知りましたが、駅前の空港バス乗り場はまさにこのキオスクの目の前(4枚上の写真右端の辺り)でした。駅前の中央分離帯の。なんてこった、役に立たなくてすみません。

駅前からスラヴィヤ広場方向へ、空爆されたビルを見に行きました。旧ユーゴスラビア国防省。 手前の道路がクネズ・ミロシュ通り、通称『空爆通り』。官公庁が多い通りで、左に真っ直ぐ進むと国会議事堂前に出ます。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に続き、コソボ紛争で再びセルビア側の非人道的行為が世界中から非難され、国際世論に押されたNATO軍が1999年3月にベオグラードを空爆しました(アライド・フォース作戦)。 アメリカ率いるNATO軍と旧ユーゴスラビア軍の間には圧倒的な戦力差があったので、NATO軍は武力行使によってセルビア側を即座に屈服させ、速やかに和平交渉に持ち込めると考えていたようですが、予想に反してミロシェヴィッチ政権は和平案を拒否し続け、コソボのアルバニア系住民に対する民族浄化を続けた為に、78日間もの長期に渡って空爆が続けられました。 ミロシェヴィッチ政権が和平案を拒否し続けた理由として、和平交渉の期限切れ直前にアメリカが提示した「コソボのみならずユーゴスラビア全域でNATO軍が展開・訓練でき、なおかつ治外法権を認めよ」という、ユーゴスラビアの占領化を意味するような条件があったことが空爆終了後に発覚して問題になったそうです。 この内容を調べて、サラエボ事件から第一次世界大戦勃発への流れを思い出しました。どちらも発端を作ったのはセルビアですが、武力行使を回避する条件として到底呑めない要求を提示されて、拒否したら大義名分が出来たとばかりに叩かれる。セルビアは旧ユーゴスラビア構成国の中では強者であり、暴虐の限りを尽くし(尽くされ)ましたが、歴史の中ではより大きな国に苦汁を嘗めさせられ続けてきた国だと感じました。第二次世界大戦時はナチスに『ドイツ人の死者1人に対してセルビア人市民100人、ドイツ人の負傷者1人に対してセルビア人市民50人を殺害する』という無茶をやられていますし。 6世紀にスラブ人が住み始めて以降、ベオグラードは40もの異なる民族に占領され、38回も破壊されたそうです。

78日間もの空爆。破壊されたのは当然この2つの建物だけではないでしょう。しかしそんな事はまるで無かったかのように、この2つの建物だけ残して周囲は綺麗に建て直されています。

近くの交差点では軍人が周囲に目を光らせていました。このビルを見上げていたりすると注意されるらしいです。見せるために残しているんじゃないんなら、何のためにこの建物を残しているんだろう? 空爆されたビルから落ちる瓦礫が通行人に当たらないように、歩道に屋根が付けられています。そうまでしてこの建物を残す理由は何だろう。平和への願い?セルビアがしたことに対する反省?アメリカへの恨み?…2番目は絶対無いな。

両替したディナールが結構残っていますし、お腹の調子が良くなったので昼食を摂ろうとお店を探していたんですが、本駅周辺ではレストランを見つけることが出来ませんでした。 時刻はもう4時近く。諦め気味でスラヴィヤ広場に向かって歩いていたら、脇道にオープンテラスのカフェを発見しました。こういうお店、ベオグラードでは意外に見なかった。クネズ・ミハイロ通りとかスカダルリヤのような繁華街に行ってないせいだと思いますが。 すかさず入店、というか着席。AKADEMIJA 28というお店でした。 食事系のメニューはピッツァのみですが種類が豊富。セルビア料理を食べられなかったことが残念ですが、セルビアンピッツァ(一番小さいミニで360DIN≒432円)というメニューを発見、これだ!それとビッグエスプレッソwith Milk(140DIN≒168円)を注文しました。

エスプレッソには水のグラスが付いてきました。これは嬉しい。 メニューによるとセルビアンピッツァの具はトマト、モッツァレラ、ハム、マッシュルーム、生ハム、パンチェッタ、ホットチリペッパー、オレガノ、オリーブ。なぜかジャーポット一杯のトマトケチャップが付いてきました。タバスコ入り。

ナイフで切って持ち上げようとしたら、チーズが伸びる伸びる伸びる!どこまでも伸びる!(笑)パンチェッタと生ハムがしょっぱいけどとても美味しかったです。ゴロっと上に乗っている大きくて黄色いホットチリペッパーは、ナイフで切ろうとしたらとても硬かったので、食べずに放っておきました。 ミニでも意外に量があります。美味しいので限界まで食べましたが、3/4くらい食べてギブアップ。く、苦しい…。

スラヴィヤ広場に戻ります。 途中にあった煌びやかなパン屋さん。有名店らしい。

ホテル近くのスーパーSHOP&GOへ。昨日行ったのとはまた別の店舗が近くにありました。 空港バス代300DIN以外の残金全てを使い切るべく、3回買い物を繰り返しました。何回目かのレジで初めて気が付きましたが、セルビアのスーパーの価格表示は内税のようです。商品棚に書かれている値段のまま。ちなみにクロアチアは外税で、+25%がっつり取られるのでよくレジで混乱しました。財布から出して用意していた紙幣じゃ足りなかったりして。 全部で652DIN(約783円)。バックパックがお菓子でパンパンです。前回のインド・パキスタン旅行では市販のお菓子を全く買えなかったので、今回は買いまくるつもりだったけどそれにしても買い過ぎですね。あー楽しい。 ホテルのロビーでWi-Fiを利用して時間を潰し、17:40発の空港バスでニコラ・テスラ・ベオグラード空港へ向かいました。

食べ過ぎ水の飲み過ぎで、チェックインカウンターの列に並んでいる時に猛烈に気持ち悪くなりました。荷物を預け、席は通路側をリクエストして、搭乗券をゲットするなりトイレへ。帰りの空港で吐くのがここ最近のトレンドなんだろうか。私の。 出国審査では搭乗券のみにスタンプが押されてパスポートには押されませんでしたが、すかさず「パスポートにもスタンプを頂けますか」と丁寧に頼んだら、すんなり押して貰えました。嬉しい。宿泊証明書の出番は無しでした。 イミグレの前後にセキュリティチェックが無いのを不思議に思っていましたが、なんとニコラ・テスラ空港のセキュリティチェックは各ゲートの入口にあるのでした。えーっ!初めて見た!なので搭乗時間が近くなるまでは誰もゲートに入れず、通路のベンチに座って待つことに。 セキュリティチェックが始まったら始まったでゲート内の席数に対して乗客がとても多く、座れない人が溢れてカオスでした。

20:20発のターキッシュエアラインズでイスタンブールへ。 往路と同じく生搾りオレンジジュースが美味しかったです。チキンサラダを少し食べたら胃がギィーッと痛んだので食事終了。牛乳が原因で胃が痛くなるってどういうこと?胃の粘膜を保護してくれるんじゃないのか。…いや、これは今日の食べ過ぎが原因か。

翌01:15発の便で成田へ。 座席が24Aだったので、通路側をリクエストしたのに窓側だなあと思っていたら、なんとエコノミー最前列でした。やった!足元広々、トイレは目の前! しかし非常口から隙間風のような冷気が漂ってきてとても寒い。それに最前列になるといつもそうですが、モニターの出し方が毎回分からないんだよな。肘掛けの下にあるのを力一杯引っ張っても出てこない。CAさんに頼んで出して貰い(やっぱり力ずくで出してると思う)、ついでに普通の席なら目の前にあるUSBの差し込み口の場所を教えて貰いました。なんと足元。 往路と違ってアメニティは素敵なケースに入っていました。中身は往路と同じ。

この頃にはもう体調が回復していたので、機内食は普通に食べられました。 メインはパスタを選択、トマトソースのリガトーニ。ちなみにビーフはトルコ風ハンバーグ。往路で食べたやつかな。ドリンクは自家製レモネードを。 ターキッシュエアラインズのパンは温められており、表面パリパリ中はしっとりふんわりでとても美味しい。機内食のパンはどこの航空会社のも好きです。 右上のデザートは生クリーム チェリーとラズベリーのソース添え。 食後はアイマスクをして、オーディオを聴きながら眠りました。

2回目の機内食の匂いで目が覚めるまでぐっすり、現在地は北京上空です。2回目はチキンとリガトーニの選択肢だったので、チキンを選択しました。鶏胸肉のグリル。 残りの時間は往路でも観たスポンジボブの2004年の映画(カニカーニ2号店が出来る話)を観て過ごしました。映画版は初めて見ましたが、日本語吹き替えのパトリックとプランクトンの声が低いのが残念。英語版の声と似ているのはこっちなんですが、私はNHK版の吹き替えが好きだな。聴き慣れてるから。 ちなみにスポンジボブの新しい映画が近日公開されるようで、今回旅したエリアの色々な所でポスターや看板を見かけました。 日が暮れる頃に成田に到着。機内でぐっすり眠れたのでいつになくすっきりしていて、京成線の中でも全く眠くならず、家に着いても深夜まで寝付けませんでした。いつもは機内で眠った分はノーカンの勢いで眠れるのに。この夜に眠れなかったせいで、帰国してから暫くは時差ぼけのような状態が続きました。こんなの初めてかも。 13日間の今回の旅行はかなり天気に恵まれて、絶景を沢山見ることが出来ました。GWに海外旅行をするのは初めてで、春~初夏のヨーロッパに行くのも初めてでしたが、花の咲き乱れるヨーロッパは素晴らしかった。またこの時期を狙って行こう。 ここまで読んで下さってありがとうございました。

ベオグラード駅には券売機等というものは無さそうだったので、大人しくチケット売り場に並んで簡単な英会話でノヴィサドまでの切符をお買い上げ。388ディナール。

こちらがノヴィサド行きの電車。 ドイツの近郊鉄道と見間違うほどの綺麗さ。8:35にノヴィサドに向けて出発。

殆ど遅れも無く10:10前頃にノヴィサド駅に到着。 駅から旧市街方面に向かって散策開始。

駅からのんびりと20分ほど歩いて、まずはSaint George's Cathedral(Saborni hram svetog velikomučenika Georgija)へ。 こちらは20世紀初頭に作られたセルビア正教の教会。中に入って少し見学...。

正教の教会から南にちょっと歩くと見つかるのは、Name of Mary Church(Crkva imena Marijinog)。 こちらはカトリックの教会。ノヴィサドは現在もセルビア人以外の民族も多く暮らしており、カトリックの信者も多いらしい。 こちらも中に入って少し見学...。

こちらはカトリック教会の向かいにある市庁舎。こちらは中には入れないので外観のみ。 やはり元はオーストリア・ハンガリー帝国だった地域だからか、ここら辺の街並みは中欧のそれと大差無い感じ。

旧市街の散策の後は、ペトロヴァラディン要塞へ行くべくドナウ川を渡る橋へ。 橋のたもとには記念碑が。コソボ紛争の際にNATO軍によって橋が破壊され、市民の死者が出た事が記されている。

そして、橋を渡っていると歩道にはなかなか過激な落書きが...。

こちらが橋から眺めたペトロヴァラディン要塞。 トルコに代わって支配を開始させたオーストリアによって17世紀頃に建設された要塞。

橋を渡った後、右前方の要塞方面に歩を進めると、こちらの階段が。 ここを登って行くと、要塞の上部に出る事が出来る。

で、要塞の上に上り、時計塔近くからのノヴィサド市街の眺め。 良い天気の中、写真撮影したり土産物屋冷やかしたり、ベンチで休憩したり...

ちょっと早いけどここでランチを取る事に。 という事で要塞を下りてドナウ川沿いにあるレストランAqua Doriaへ。

まだ12時になる前だったからか、飛び込みだったがドナウ川に突き出したテラス席をアサインして貰えた。 このテラス席の区画は人気があるのか、ほぼ座席が埋まっていた。

注文したのは、この店の名物料理らしいフィッシュスープ。 パプリカをふんだんに使っており、少しピリ辛。この辺はハンガリー料理の影響が強いのだろう。 魚は淡水魚を使っているが、パプリカのおかげか臭みも無く美味しく頂いた。ただ、魚のアラの部分はちょっと苦手なのでパスさせて頂いたが...。

ランチを頂いているうちに若干雲行きが怪しくなって来たのと、腹一杯で駅まで歩いて戻るのも面倒になってきたので、お会計のついでに店員さんにタクシーを呼んで貰い、さくっとノヴィサド駅に帰還。

ベオグラードへの帰還も電車で。ただ、帰りの電車はぼろい車両に空調も無し。 それが理由か不明だが、帰りの電車の方が運賃が100ディナール安かった。 そして、同じ電車の別車両にはノヴィサド駅から雄叫びを上げていたフーリガン(?)の集団が、警官隊に取り囲まれて押し込められていた。 ちなみにこの日はベオグラードでパルチザン対レッドスターのダービーマッチだった模様。

ベオグラードに戻って来て、買物などした後は晩御飯。 ベオグラードの超有名店の「?」で、大聖堂を眺めながら。

大聖堂の鐘の音を聞きながらの晩御飯は良かったが、注文したピエスカビツァというバルカン半島ではメジャーなハンバーグはまぁまぁ、と言う程度。 もうちょっとおすすめ料理をリサーチしてから行くべきだったか。

翌朝は滞在最終日。 少しゆっくり目に起きて、最後の散策に出るべくホテルを出たら警官がテラジエ広場に繋がる道路を封鎖している。 外務省の「たびレジ」に登録していたので、数日前に大使館からメールが届いていたが、この日はベオグラード中心部でゲイパレードが行われ、それに反対する過激派との衝突に注意、という内容だった。 まさか封鎖までして衝突に備えているとは思わなかったが、こういう市民運動も平和裏に終わらせる事が出来てこそ、国際社会の信用を得る事なのかなと思ったり。

と、いう訳で封鎖区域内のホテルモスクワからクネズ ミハイロバ通りを散歩。 日曜のお昼前の目抜き通りなのに殆ど人がいない。たまに見かけるのは自分の様に封鎖区域内のホテルに泊まっているであろう旅行者らしき人。

封鎖区域から出る時はどうなのかな、とおそるおそる警官に尋ねたらあっさり通過OK。 こちらは同じクネズ ミハイロバ通りの封鎖区域外。こちらは人通りも増えてきた。

その近くにあるManufakturaでランチ。 赤いパラソルで作った日よけがお洒落なカフェレストラン。

頂いたのは、英語メニューで「Gourmet Burger」と書かれたもの。 注文した後で良く考えたら、昨晩のピエスカビツァと被っている事を思い出したが、こちらの方が付け合せも含めて美味。 お洒落なジャーボトルに入ったアイスティーも美味しく、最後の食事をゆったりと楽しめた。

その後、3年前も訪れたカレメグダン公園を散策し、土産物屋などを冷やかした後は、封鎖区域内に戻ってホテルモスクワから荷物をピックアップして、本駅のエアポートバス乗り場へ。 ちなみに封鎖区域内に戻る際には「14時まで立ち入り禁止だ」的な事を言われたが、ホテルモスクワの予約文書とパスポートを見せて、荷物をピックアップする必要がある事を伝えたら、問題無く入場OKに。 ここまで一般市民排除したパレードに意味があるのかは疑問だが...。

エアポートバスに乗ってベオグラード・ニコラ・テスラ空港へ行く途中、こんな看板が。 右はセルビアの国旗、左はロシアの国旗。上に書かれた文字は「未来へのパートナーシップ」みたいな感じ。 この広告を出しているのはロシア半国営天然ガス企業のガスプロムとセルビアの石油メーカーのNIS。EUとロシアの狭間で生きるセルビアの安定を願いながら帰国の途へ。

ベオグラードからパリ・シャルルドゴール空港へのチケットは、エールフランスから購入したが、こちらも運航はエア・セルビア。 夕飯時の2時間半ほどのフライトだったので、軽めの機内食が。セルビアンチーズをメインにしたプレートだったが、チーズのリゾットが結構旨かった。

その後、パリ・シャルルドゴール空港で羽田行の便に乗継。 免税店でトリュフ塩だのお菓子だの買ったりしてから搭乗。 帰国便はビジネスへの安価なオファーは無し。写真は1回目の機内食。フォアグラの前菜にカレーライスと味噌汁というなかなか無茶な取り合わせだが、和食に飢えているとこんなのでも美味しく頂いて就寝。

2回目の機内食はオムレツ一択という普通な感じだったが、フランスらしくフロマージュ・フレがなかなか良かった。 機内食は日系の航空会社に勝てるキャリアは無いかなと思ってたが、エールフランスは美食の国のキャリアだけあって結構良い感じかも。 次回があったら、有料のアラカルトミールも試してみたいもの。

羽田には19時前には無事到着。 預け入れ荷物を2つに分散してスーツケースに空きを作って運搬した、コソボ・マケドニア・セルビアのワインも無事。 という訳で、バルカン半島の旅行もこれにて終了。 今回旅行したバルカン諸国は全てEU圏外で、程度の差はあれEUに加盟したいという意思を表明しているが、様々な問題が山積している国々。 そもそもEUに入る事がどれだけの効果があるのか今となっては怪しいご時世だが、これらの国々に未だ残っている争いの火種が無くなって行く事を祈るばかり...。

スコピエからの早朝便でベオグラードに到着した後、ベオグラード空港6:00発のエアポートバスに乗車。 バスは明るくなってきたベオグラードを爆走して、ベオグラード本駅を経由してスラヴィヤ広場には6:40頃に到着。 写真は途中の本駅近くの風景。3年前のベオグラード滞在時に泊まったベオグラード・シティホテルと、手前には日本からのODAにて送られたバスが。

スラヴィヤ広場で下車後、近くにある有名ベーカリーのTrpković(トゥルプコビッチ)にて朝食。 朝7時前でも結構な混雑ぶり。

テイクアウトして公園ででも頂こうかなと思ってたが、店内には小さな立席のカウンターがあり、そこで頂いている人も居たので、予定変更してカウンターで朝食。 頂いたのは、ブレクというトルコ発祥のパイ。店員のお姉さんは簡単な英語は理解して貰え、フォーク1本で食べやすいように一口大に切り刻んでくれた。 ハムとチーズがたっぷりで美味。右にある無糖のドリンクヨーグルトとの相性は抜群で、ペロリと頂けた。

朝食が終わっても、まだ7時過ぎ頃。 まだ開いている施設も無いかなという事で、ベオグラード本駅から3番トラムに乗り、「Industrija motora」駅で降りて、徒歩10分ちょっとの所にある、こちらの公園を訪問。

鳥居や鹿威し風のオブジェがあるこちらの公園は日本公園(Japanski park)と呼ばれている。 この公園は、ユーゴスラヴィアの日本大使館職員から、最終的にはクロアチアの初代大使に至るまで、長年旧ユーゴ諸国の日本人外交官として勤め、旧ユーゴ諸国の和平と復興に貢献した、故大羽奎介氏を讃えたものらしい。 2002年に亡くなった彼は、遺言通り愛着のある、ここベオグラードのお墓に眠っているとの事...。

日本公園からはバスを乗り継いで、聖サヴァ教会へ。 内部は改装中だったのか、教会にありがちな椅子等は無く、がらんとしていた状態だったので、お参り後は教会外にあるベンチで休憩...。 ちなみにベオグラードのバスの系統は多岐に渡っているが、Easyway(http://www.eway.rs/)というアプリをスマホに入れて検索する事で、乗るべきバスの番号が分かるので大変便利。

その後、またバスに乗ってユーゴスラヴィア歴史博物館(Museum of Yugoslav History)へ。 まだ朝10時頃だったからか、観光客はまばら。

400ディナールで入場券を購入。 ここのメインはやはりチトーのお墓が安置されているFlower Room。 彼が亡くなった後の旧ユーゴ諸国の有り様を彼はどう思っているのかな、等と思いを馳せる。

こちらは、ユーゴ時代の様々な品を展示している建物にて。日本から贈られた歌舞伎の人形らしい。 様々な展示品を鑑賞後は、そろそろスラヴィヤ広場に戻ってA1路線のエアポートバスに乗ってベオグラード空港へ。

一方、ここからは翌日のサラエボ滞在後のベオグラードへの帰還後の写真。 16時過ぎ頃にベオグラード空港に到着後は、昨日も使ったA1路線のエアポートバスに乗車。 宿泊するホテルモスクワの位置を考えると、ベオグラード本駅で降りて坂道登ればすぐかなと考えていたが、荷物を引きずって坂道を登るのは予想以上にきつく、スラヴィヤ広場からなだらかな道を進んだ方が良かったかも。などと後悔しつつ、ホテルモスクワにようやく到着。ベオグラードのランドマーク的ホテル。

こちらが2泊する部屋。中庭に面した部屋だったので見晴らしは期待できなかったが、機能的には文句なし。 一番良かったのは、エアコンが日本製の家庭用エアコンを装備していた為、細かい設定が出来た事。

バスルームもピカピカだし、バスタブも比較的深かったのでゆったりと風呂につかる事が出来たのも良かった。

部屋で休憩した後は、土産物や明日以降の飲み物など買出し。 まずは、セルビアでチョコレートならArt Ivalが良いらしいという情報を元に、ホテルモスクワからすぐ近くにあるオフィシャル店舗でチョコレートなど買出し。 このメーカーのチョコは、ベオグラード空港の免税店でも一部売られていたが、市内の店舗の方が遥かに安く売られていた。

続いて、ホテルモスクワからテラジエ通りを南に数分程歩くと行ける、大手スーパーのIDEAの別形態らしい「IDEA London」へ。 店内の雰囲気をロンドンぽく?しており、店員も衛兵みたいな恰好だった。

「IDEA London」のワインコーナーではセルビアンワインのベルメットを発見したので赤白1本ずつお買い上げ。 このKišというブランドはベルメットでは有名なものらしく、白はちょっとセール中だった。

その他、「IDEA London」では色々飲み物やジャムなど購入。 店名の通り、輸入食品も結構扱っていたので、バーコードでセルビアの国番号(860)をチェックしながらお買い物。 右から2つ目の缶は、訪問当時には終了していたリオオリンピック記念のコカコーラのスリム缶。33ディナールと激安だった。 左から2つ目は今時アナ雪デザインのミネラルウォーター。まだ人気あるのかな...。

ホテルモスクワの廊下には有名人ゲストの写真が飾ってある。 こちらは初代パレスチナ自治政府大統領のヤーセル・アラファート氏。 他に、レイ・チャールズやデューク・エリントンなどの写真もあった。

晩御飯はホテルモスクワに併設されている、目抜き通り沿いのレストランで。 カフェコーナーはほとんど満席だったが、ディナー用のテラス席は比較的空き席もあったので、目抜き通りを行きかう人たちを眺めながらのディナー。

メインには「トルコ風リゾット」という謎のメニューを発注。 野菜も多目でなかなか美味。セルビアンビールとの相性も良好。

デザートにはこのホテル名物のモスクワケーキを。 チェリーやピーチなどの様々な果物を挟んだケーキだが、甘さもそれほど強くなく果物の味を生かしており、大変美味しく頂いた。 また、〆はセルビアンコーヒーを。 こちらもトルココーヒーと同様にコーヒーの粉末を煮立てたタイプ。 マケドニアの時と同様、例の小鍋での提供ではなく、コーヒーカップに注がれた形での提供だった。

翌朝はホテルモスクワで朝食。 流石老舗ホテルだけあって、朝食の種類も豊富なので、朝からたらふく頂く。

朝食後はベオグラード本駅に行って、ノヴィサドへの日帰り旅行に出発...

さあ、ドナウ川を渡ります。

この日の宿泊は、ゲストハウス<ナサ トゥヴルダーバ ゲスト アコモデーション(Naša Tvrđava Guest Accommodation)>。レストラン付きの素朴なゲストハウス。20ユーロほどですが、部屋も広くて快適でした。 旧市街でなくここに泊まった理由は、ドナウ川とペトロバラディン要塞まですぐだから。 この地区には紀元前4500前の遺跡もあるそうです。

要塞に上がってみます。

ゲストハウスはこの屋根のうちの1つ。駅からはバスも通っています。

いろんな国を巡ると、車窓や高い場所から、その土地ごとの建物の屋根や窓の形をみるのも楽しい。 市街地から川を渡ったこの辺りの建物は、傾斜のある屋根(雨や雪が多いのかな)と屋根裏部屋もあるよう。

さっき渡ってきた橋。ノービサードには1泊だけなので旧市街に行ってみます。

近くにあった駐輪台。可愛い。

要塞につながる公園方面に降りました。

トゲトゲの葉っぱに黄色の可愛い花。

橋を渡って旧市街に出てきました。

おみやげ物屋さんなど並んでいます。 遠足の学生もいました。

パサード?

カテドラル。 前の広場には古本市出ていました。 この街は1694年に開かれたそう。

ドナウ川の夕焼けを楽しみにしていました。 曇天が持ち直していて、こんな素敵な夕日が旧市街方面に落ちていきます。

素敵な夕焼けを見ることができました。 観光客は少なくて、地元の家族連れやカップル、学生さんがたくさん夕焼けを見にきていました。

翌朝。ゲストハウスの部屋の窓からの眺め。良い天気!

バスで国境の町、スポティツァまで向かいます。1泊してハンガリーに行く予定。 バスターミナルは鉄道駅のすぐそば。 ヨーロッパ各国行きの長距離バスも出ています。

こちらは国内都市行きバス。

100kmほど、2時間弱の旅です。9:40発。

バスの車窓は延々と続く平野。

あっという間に、スポティツァへ。ハンガリー国境からは10kmほどです。

スロボダ広場。シティ・ホールなどがある街の中心です。

同じ広場にある市庁舎。なんだか可愛らしい。

こじんまりした小さな街をぶーらりぶらり。

コーヒーブレイクのつもりが、ここはケーキ屋さんだったので、ついつい。 実は甘いものはあまり好まないので(ジェラードは別です、、、)、食事のセットについてるデザート以外でケーキを食べたのはこの旅初めて。 美味しかったけど、途中から頭がキーン。

路地をどんどん進んで行くと、中心地のはずれにお客さんがたくさん出入りするカフェを見つけました。

お口直し、ではなくここからは晩御飯。 素敵なレストランを見つけました。 おしゃれなカフェやレストランが集まる通りにあった1軒。系列にはピザ屋さんやカフェがあり、そちらも賑わっていました。

ちょっと寒かったのと、甘いのを食べたので塩分欲しくて、スープを。

そして、南米以来のシンプルなステーキ。 炭水化物ががっつりついてきます。セビリアは物価がお安めなのでちょっと奮発しました。 このレストラン、とても美味しかったです。サーブのタイミングもバッチリ。

メニューで地元ワイナリーの紹介をしているのも素敵でした。 出る頃には満席でした。

静かな街ですが、レストランのあるこの通りだけほんわかしたあかり。 この日の宿泊は、ここから最寄りの<Hotel Galleri>。バスターミナルからは徒歩20分弱、鉄道駅からは10分弱の場所にありました。

翌朝。市庁舎の塔がスコーンと。

ハンガリーのブタペストまでは列車の旅です。 ところで、前日ここでチケット購入するのは大変でした。駅員の方は年配の方ばかりで、英語が全く通じない。数字も。紙に行き先を書くのですが、ローマ字も解さない?と思うほどで、この旅の中で思い出に残るほど時間を要しました。やりとりするのに使った愛用の2色ボールペンを忘れてしまったほど(笑)。 でも、朝そのおばちゃんに再会し、これから乗るからってバイバイしたら笑ってました。

セビリアの国境の駅KELEBIA。 いよいよハンガリーへ。ブタペストには2002年から10年以上ぶりです。 未知の国だったセビリア。遡ること石器時代から存在し、つい最近まで波乱の歴史をたどった国。この国の歴史の尺で、未来から見ると今はどんな位置付けになるのかと考えたりして。

3時間かけてヴェリコ・タルノヴォからソフィアに戻り、ソフィアからバスに乗り継いでベオグラードに向かいます。

バスは、中央駅から少し離れた場所に到着。すでに9時を回っていて、中欧の他の国々と同様、街灯が暗くてちょっぴりドキドキします。 目に入ったスーパーに入り、水を買いながらgoogle mapでホテルの場所確認。 中央駅まで数分なので、まずはそこまで歩きます。 中央駅前は路面電車乗り場になっており、人もまだまだいたのでちょっとホッ。 ホテルまでは歩いても15分ほどだったので、路面電車の通る大通りを歩きました。 無事到着したからの眺め。斜向かいにスーパー、その後ろにはベオグラジャンカというベオグラードで初めて建てられた高層ビルがありました。

ライトアップされた素敵な建物(スチューデンド・カルチャー・センター)が漆黒の空に映え、月が綺麗です。

翌朝。良い天気です。朝食をとって、町歩きスタートです。

まずは翌日の移動手段を探すため、中央駅へ。その途中の広場で植木市をやっていました。

中央駅にもほど近い、駅からまっすぐ伸びた大通り沿いにNATOから爆撃を受けたビルが残されています。元は官庁だったそうです。

到着時もこの道を通ってホテルに向かったのですが、真っ暗で街灯だけの中このビルを見た時には、正直ドキドキしました。 ホテルの部屋のデスクにベオグラード案内が置かれていました。うろ覚えですが、その中に、”ベオグラードは歴史があるが若い街です。激動の時代、戦争を経て平均年齢は●歳(失念しましたが、20代か30代でした)です。歴史と変化する新しい街ベオグラードを楽しんで”のようなことが書かれていました。

Cilira公園。

Karadordev広場までやってきました。少し高台にあり、市内が見える気持ちの良い場所。 国立図書館と写真のセルビア正教会の聖サワ大聖堂があり、たくさんの人が春の日差しを浴びています。 少し先には市場もあり、こちらも賑わいをみせていました。

Pionirski 公園。国会議事堂が見えます。 少し歩き疲れたので、路面電車乗って繁華街方面へ。

ミハイロ公通りにやってきました。ベオグラードのショッピングストリート。

ピンクの花が満開。桜っぽいです。

噴水もあったり、ゆったりした遊歩道です。

通りを抜けると、いよいよカレメグダン要塞へ。広大な敷地は公園になっています。

公園でチェスをやるおじいちゃんたち。見物するおじいちゃんもいて真剣そのもの。

川まで出てきました。目の前にはサバ川。

奥には大戦争島があります。その先にはドナウ川が流れています。 この島の左右でサバ川とドナウ川が合流します。 サバ川は茶色、ドナウからの水は少しグリーンで川の水が合流しているのがはっきり見えます。

見渡しのいい場所にたくさんの人が座ってる。ポカポカです。

私も、仲間入り。 左奥が大戦争島、その間がサバ川、右奥に流れているのがドナウ川です。 あー、いつまででも座っていられる。

とはいえ、戻りましょうか。トラムの路線図です。

面白いのでちょっと大回りして、トラムで帰ります。ここはロータリー。

ホテルに戻ってきました。スーツを着た人たちが横断歩道を渡ってて、ちょうど帰宅時間のようです。

晩御飯に出かけます。 ミハイロ公通りにも街灯が灯りました。オープンカフェは少し寒そうかな。

脇道に逸れたところに、いい匂いを放つ賑わうお店を見つけ入店。 まずはビール。

英語メニューがなかったので、入り口で焼いているお肉と周りの人が食べているのを見てオーダー。 美味しい!これ、本当に美味しい!!! 挽肉に香辛料が入ったものをこね(いわゆるハンバーグ)、それをソーセージ状にして焼いています。ピタパンに生玉ねぎみじん切りとともに挟んでいます。 サワークリームと粉唐辛子を好みで。

cevap(チェバップ)。ケバプに似てるけど違います。 ここ、本当に美味しくて、お客さんひっきりなしでした。

ホテル方面に戻り、ホテルのすぐ南側のおしゃれなカフェが並ぶ通りへ一杯飲みに行ってみました。 折角なので(何が?)、セルビアワインを。

ぶどう品種は読み取れませんでした。

翌朝、中央駅から電車で移動です。

ホームはとってもシンプル。屋根もないコンコースです。

列車が入ってきました。

ノヴィサードに向けて列車が走り出しました。サバ川を渡ります。

昨日、要塞から見えたこの橋を渡っています。

【10:00?】 ホテルの無料朝食を食べた後、市内観光へ。 まずは、ホテルの近くのクネズ・ミロシュ通りにある、「NATO空爆ビル」へ。 ここは旧ユーゴスラビア戦争時にNATOが空爆した後がそのまま残るポイント。

【11:00?】 続いては、メイン通りの方に向かうものの、思うようにトラムもバスも行ってくれない。 何故だろうと思っていると、この日は年に1回のゲイパレードが街の中心部であるらしく、 中心部はどこも通行止め。 一旦、トラムで聖サヴァ教会に向かう。

【11:30?】 聖サヴァ教会。この日は日曜日ということもあって、沿道には露店なんかも出てピースフルな雰囲気。

中はさすがにセルビア正教最大級の教会ということあって、その広さに圧倒される。 多くの人が参拝に来てました。

ヨーロッパの街並みに同化したマック。

決して解体工事とかではない、ビルのど真ん中からダメージを受けている様子が なんというか生々しい。

【12:30?】 カレメグダン公園。

ここは市民の憩いの場でありながら、昔の要塞の跡などを残している場所で、 軍事博物館、動物園なども併設している大きな公園。

西側の展望台からは、緩やかに流れるドナウ川とサヴァ川の合流地点や、川の反対側が見渡せる。日差しが強いけど、平和です。この景色見ながら川沿いを走ったら気持ちいいだろうなぁ。

木々豊かな公園なことが分かります。

せっかくなので時計台にも登ってみる。

【14:30?】 トラムを乗り継ぎ、ホテル近くのスーパーへ。 軽食で腹をごまかしてから、 駅前より83番のバスで30分でゼムンへ向かう。

16時に地元スタッフと待ち合わせしているのに、ゼムン着いた時点で15時30分。終わってる。。。 とはいえ、もう来れないかもしれないので、ゼムンのシンボルであるガルドシュ塔へ強行。裏手から墓場を突っ切って塔へ向かいます。

塔から見る景色は、これぞヨーロッパという赤い屋根が広がる景色。 駆け足だったけど、ベオグラードにこういう場所があることは認知できました。 帰り道も再びランニングでバス停へ。83番のバスで駅前に戻る。

【16:20?】 20分遅れで謝罪しつつ地元スタッフと合流。歩いて街の中心部に向かう。 あれだけいた警察もどこかにいってしまい、普通に入れるようになってた。

いろいろと国会議事堂、宮殿、国立劇場、博物館などなど建物の説明をしてもらったものの、 これを書いている1か月後にはどの建物がどれかもはや整合できないのが 悲しいところ。ツアーで連れていかれると印象に残らないと同じ話か。

歩行者天国でもあるクネズ・ミハイロ通り。

【17:30?】 小一時間歩いた後は、狭い路地にレストランが立ち並ぶ人気スポット・スカダルリヤ通りへ。

海外旅行中に地元スタッフと飲んで英語で話す、とか初めての経験で楽しかった。 相変わらず英語力はしょぼしょぼですが。

【18:30?】 もう一人の地元スタッフが来たので、2軒目に。彼らがお勧めの店に。ここでもまたビール。 ここではロマ(だったか?)と呼ばれる生演奏隊が来て、客のリクエストに応えて演奏。

自分のテーブルはスタッフの地元・イスラエルの有名曲とか、日本から来た自分に向けて「さくら」の生演奏。 陽気な彼らとのひととき、う?んいい感じ。

ネコの懐っこさがすごい。

【20:00?】 ほどよく酔ったところで、地元スタッフのアパートに上がり込む。 前々から来るなら何かセルビア料理作るよ!って言ってくれててそれに甘えた格好。 旦那(自分が行った1週間後に結婚したので当時は婚約者だが)もウチの会社で働いてくれて、歓迎してくれた。 あと人懐っこいネコも。

セルビアでは有名なアルコール度数が30度ぐらいの食前酒・ラキアやらビールやらを飲みながら、 わざわざ父親が持ってきてくれたセルビアのパン(この柔らかさになるのは両親でないと無理だから頼んだとのこと)、 きゅうりとトマトのサラダ、パプリカの肉詰めなどなどをいただく。 どれも美味い! 今とはなっては何を話したか覚えてないけど、まぁ楽しくて気付いたらあっという間に0時過ぎてた。。。

ベランダから見た夜景。本当はもう少しキレイだったんだが、iPhoneの写真の限界を感じる。

スコピエのバスターミナルから『NIS-EKSPRES』のバスでニシュへと向かう。 シートピッチが短くて快適とは言い難いうえに、ほぼ満席。 到着すると雨が降っていた。 ターミナルを出たところに両替所が並んでいたので、とりあえず10ユーロだけ両替。 バスターミナルからなるべく近い宿を選んだものの、すんなりたどり着けるワケもなく迷いまくる。 車道も歩道も大きな水溜りだらけで、車が通る度にものすごい水しぶきが上がる。 荷物を背負い、傘を差し、足元にも水しぶきにも注意しながら初めての街を彷徨うのは大変で、ちょっと泣きそうだった。

宿は前日にネットで予約した『OnlyOne Apartment』 1泊15ユーロ。 マケドニアでもここでも、支払いは現地通貨・ユーロどちらでもOKだった。 清潔な部屋に大きなベッド、シャワー・トイレ・キッチンも完備。 ニシュは天候のせいもあってか寒かったので、暖房がよく効くこともありがたかった。 宿が快適だったので、少し凹んでいた気持ちが立ち直る。 単細胞で良かった。

キッチンにはフルーツティーとコーヒーが2セットずつ。 飲んだ分は翌日きちんと補充されるのが嬉しい。 セルビアは水道水が飲めるとのことで、沸かして普通に飲んだ。

翌日の朝食はサンドイッチを作ってみた。 トマトが品切れで彩りが悪いのと、テーブルナイフしかないので食材がガタガタになってしまったが、大好物のカイマックを挟むとなんでも美味しい!

雨でもあり疲れてもおり、観光は明日からで。 街なかのインフォメーションで地図をもらい、そこで教えてもらったスーパーマーケットで買い物して、宿に戻る。 価格を紹介(ディナール) カイマック:110(ほぼ110円) オイルサーディン缶:75 特大キュウリ1本:26 豆とソーセージの煮込レトルト:115 チーズinソーセージ4本入:87 パン4個入:48 100%果汁ジュース1L:90 トマト1個(翌日買った):15 セルビアも物価が安くてありがたい。

ライブハウス? 楽器店?

朝食後、観光に出かける。 いつ降り出してもおかしくない空模様だが、雨は上がっていた。 宿の近くには古くて美しい建物が多い。

ニシャヴァ川を渡り、

スタンボル門をくぐって城塞へ。 昨日見つけられなかったインフォメーションは、この門の中にあった。

かつて軍事用資材の倉庫として使われていた『アルセナル』は、現在、スーベニアショップとギャラリーに。

最も高いところは8mあるという城壁。

建物を出て、城塞内を散策。 天気の良い日ならさぞかし気持ちいいだろうなぁ。

モスクの隣に残る遺構 『BYZANTIN STREET』 これらの遺跡から、ビザンチン時代にはこの辺りがニシュの中心であったと考えられている。

古い墓石や石棺が並ぶ一角。

16世紀に建てられたという『BALI-BAY MOSQUE』

スタンボル門の上から橋と広場を見下ろす。

ディスプレイがとてもかわいい。

中では花の展示会が開かれていた。

係の方がニコニコと「写真を撮っていってね」とジェスチャー。 ここニシュでも人が親切で、例えば道を尋ねると、他の人を巻き込んでまで考え、助けてくれる。

右側にはローマ時代の浴場(テルマエ)跡。 …って、なんかすごいものが何気にあるんだな。

とても美しいたたずまい。 中には椅子が並べられており、今も何かしらに使われているようだった。

城塞内には他にも古い遺構がところどころに残っているらしく、私にとってはとても興味深い場所だった。 もっとじっくり見学したいのはやまやまだが、先程の犬たちが未練たっぷりに私を見ているので、泣く泣く諦める。 次回は鎧で身を固めてリベンジを…

城塞を後にし、バスターミナル前を通って『強制収容所』までてくてく歩く。 途中でセルビア人に「アフトガーラ?」と、道を尋ねられた。 私もついに中国人ではなくセルビア人に間違えられるまでになったようだ。

この収容所は、1941年にナチスによって建てられたもの。 てっきり案内してもらえるものだと思っていたら、 「中を見学できるのはあの建物だけです。自由にどうぞ。写真もOKよ」 とか言って奥に引っ込んでしまった。 ま、まぁ一人のほうが気楽だし…

門を入ってすぐ左の建物。 壁に描かれた『卍』を撮っていると、奥から女性が出てきて「チケット?」と訊かれ、共通チケット(200ディナール)を購入。

ということで、薄暗い古びた建物内をたった一人で見学する。 ちょっとだけ寂しい。

見学者は他に誰もいない。 最後まで誰にも会わず。

ここは通過収容所のため、残虐なことは行われてないと聞いたが… とにかく誰もいないことが心細い。

3階の屋根裏部分には牢屋が並ぶ。

どの牢も出入り自由で、一部屋だけ灯りが点いていた。 中に入ってうずくまってみる。 天井も斜めで狭いが、明り取りの小窓もあるし扉も全面鉄格子なので思ったほどの圧迫感はない。

奥には、明り取りの窓もなく、扉の一部分だけに鉄格子がはまっている部屋もあった。 ここでうずくまってみると結構な絶望感。 ここは懲罰的な意味のある牢なのだろうか?

こっちの建物も気になるが、中は事務所みたいになっていた。 古さにちょっと躊躇するけど、意外と清潔なトイレあり。

裏には見張り台。 新しそうなものと、木製の朽ちかけたもの。

この倉庫のような建物も当時のものだろうか。 他に、鉄条網の張られた木製の柵なども残されていた。

収容所を出て、近くのピザ屋で昼食を買う。 ハムとチーズのピザ1/8で60ディナール。 シンプルだけど結構な大きさで味も良かった。 ピザ屋のお姉さんが、近くのバス停から3番のバスに乗れば『メディヤナ』に行けると教えてくれた。 20分くらい待ってやって来た3番バスに乗り込み、車掌さんに料金(60ディナール)を払いつつ、「メディヤナで降ろして下さい」とお願いしておく。

周囲は公園のようになっており、像の載った碑が建っていた。 1809年というのは、オスマン朝軍とセルビア人との『チェガルの戦い』が起こった年。 その下の石板には、戦いの様子が刻まれている。 人物はどなたなのか不明。 おそらく蜂起した人物か?

少し離れた場所にある受付で共通チケットを見せると、ここでも「ご自由にどうぞ」。 …。 ガイドブックには、収容所もスカルタワーも「見学は英語ガイドと一緒に」と書かれているのに。 一人客はガイドしてもらえないのだろうか? それとも、皆さんちょうどランチタイムだったのだろうか? やっぱりここにも誰もいなくて、独りぼっちで塔の周りをぐるぐる回る。 かつては952人分の頭蓋骨が埋め込まれていたそうだが、現在は59個が残っている。 今は空洞である窪みにびっしり頭蓋骨が並ぶ様子を想像し、その残虐さに慄然とした。 中は撮影禁止。

『2kmほど先のメディヤナまで歩き、バスでセンターまで戻る』というプランも考えたが、元々メディヤナには興味が薄かったこともあり、「ま、いいか」と。 代わりに1キロほど離れた場所にある 『THE CHURCH OF ST.EMPEROR CONSTANTINE AND EMPRESS HELLEN』 という、やたら長い名前の教会を訪れた。

建てられてまだ日が浅いらしい立派な教会で、周辺の公園はまだ整備途中だった。

近くに数件のカフェがあったので休憩することに。 カプチーノ120ディナール。 マケドニアでもそうだったが、たっぷりの水が一緒に出てくる。 禁煙の店は少ない。

果物屋さんの色とりどりな店先を眺めたり、

宿まで2キロほどなのでブラブラ歩いて戻ることにする。 こういう何気ない道を歩くのもなかなか好きだから。

かわいいフラワーショップを見つけたり、 スーパーマーケットに立ち寄ったり、 もちろん迷いまくったりしながら宿へ戻る。

林立する高層アパートを見上げたり、

車掌さんが声をかけてくれ、降りる時に「あれがそうだよ」と指さして教えてくれた方へ向かう。 …って、 こ、これは… スカルタワー。 あいやー。

ローカルな雰囲気の市場に潜入したり、

宿で休んでいるとまた雨が降ってきた。 が、小雨だったので『考古学博物館』へと出かける。 が、近くまで来てまた道に迷う。 まったく、どれだけ迷えば気が済むのか。

真っ赤なハートがかわいいカフェを発見。 道を尋ねた男性がスマホで「ちゃっちゃー」と調べてくれ、博物館の場所を教えてくれた。 すごいなー。文明だなー。

途中で「素敵な通りだなぁ」と吸い込まれたら ここが明日来ようと思っていた『TINKERS ALLEY』だった。 …ただでさえ無類の方向音痴なのに、気になる路地にすぐに吸い込まれることが 迷子になりまくる最大の原因だろう。 なら、死ぬまで直らないと確信する。 ※『TINKERS ALLEY』とは、18世紀前半頃の「Craftmen Street」。 現在はその一部が保存され、通り沿いにはカフェやレストランが並ぶ。

考古学博物館は展示室はひとつしかないが、内容は濃かった。 展示物は、コイン、武器、石像、墓石、ジュエリーなど。 それぞれに英語の説明文もある。 また、『ネクロポリス』に関する展示が非常に興味深かった(墓マニア)。 写真は、博物館を出た後のTINKERS ALLEY付近。

雰囲気の良さげな店がいっぱい。 「明日お茶を飲みに来よう」と決め、閉館間近の博物館へと急ぐ。

雨が強くなり、水溜まりと水しぶきを必死で避けつつ宿へと戻る。 完全に暗くなると避けきれないので急がないと!

翌日の朝食。今日はトマトも挟んでみた。 見た目は悪いが、カイマックたっぷりで美味しいんだって! ホント。

最終日の今日もやっぱり雨。 そして、もちろん寒い。

広場に面した屋台の蓋(?)には美しい絵が描かれている。 こういうのって素敵だなぁ。

大聖堂を後にし、『TINKERS ALLEY』近くまで戻ってきた。 昨日からずっと気になっているビル壁面の顔。

通り入口には、セルビアの作家 Stevan Sremac のモニュメント。 彼の右手に思わず「いぇ?ぃ!」とタッチしそうになるのをぐっと堪える。 ここでは誰もがそう思うに違いない。

モニュメントのある広場には水飲み場、その向こうには近代的なショッピングセンターが見える。

足元に注意しながら通りへ。 前を歩いていた男性が思いっきり水溜りにはまって「ぉおぅ!」と言う。

1872年に建てられた歴史ある聖堂。

内部は一面にフレスコ画が描かれ、荘厳な雰囲気。 しかし広すぎて寒いので瞑想は控えておく。

『セルビア正教大聖堂』へ。

お店を物色して、最も雰囲気の良さげなカフェに入る(やや緊張気味)。 カプチーノ 100ディナール。

こんな素敵なカフェ(というかBar)で飲む美味しいカプチーノが100円だなんて。 素晴らしいなぁ。

雨が上がった中心広場と『解放者のモニュメント』

ソフィアへのバスは16時発。 ニシュを発つ直前になって、初めて少しだけ青空が見えた。 …いっそ最後まで曇っとけyo! 天気には恵まれなかったが、(明日から晴れる気満々の)ニシュも素敵な街だった。 マケドニア同様、セルビアの他の街もいつかきっと訪れてみたい。

城壁からの眺め。

門を抜けてすぐ左にあるのはオスマン帝国時代のハマム跡。 現在はカフェになっているようだが、今は営業時間外かな。

1?4世紀のものだというから驚き。 ここで大きな野良犬4匹に囲まれて固まっていたら、通りかかった女性が追い払ってくれた。 寒いのに背中は冷や汗でびっしょり。 ベトナムで犬に噛まれてからというもの、ビビりっぷりに拍車がかかった。

浴場跡の奥から城壁の上に上ることができる。 「壁」の上だけど広々、しかし落書きだらけ。

セルビアの文化・風俗・注意点

 民族、宗教関係については、政治的、歴史的に微妙なものがあるので、特定の民族や宗教をことさら賞賛又は中傷したりすることは慎むことが重要です。

 コソボ地方では、紛争によって医療施設の破壊や医療関係者の育成が止まっていたことから、医療レベルが著しく低下しています。救急医療体制は脆弱で救急車による救命搬送業務も、プリシュティナ市等の主要都市の一部でしか行われていません。地方都市では、医療機関に赴く際、タクシーを利用するしか方法はありません。万が一に備えて、航空機による緊急移送を担保する海外旅行傷害保険の加入をおすすめします。

 また、日頃、常用している薬や一般常備薬については、事前に十分準備した方が良いでしょう。