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ベオグラードってどんなところ?

ドナウ川とサバ川の合流地点の右側にある。首都で文化、産業、交通の中心地で大工業地帯でもある。町の歴史はBC3世紀にさかのぼる古い町。セルビア語で「白い町」と言う意味通りの美しい町。

ベオグラードの地図

ベオグラードのブログ旅行記

世界一周旅物語(せかたび)- 戦下のサラエボ、その後 アーカイブ

2006年7月27日 ... セルビアのベオグラードからバスでサラエボに到着したボクら。次の目的地クロアチアへ 向かうバスが出るまで2時間でき .... ベオグラード、サラエボ・・・. いま、日本でも サッカー日本代表の監督がオシム氏になり、時折、テレビで戦争の ...

世界一周旅物語(せかたび)- 2006年07月 アーカイブ

セルビアのベオグラードからバスでサラエボに到着したボクら。次の目的地クロアチアへ 向かうバスが出るまで2時間できたので、 .... セルビアのベオグラードですが、ほんの 数年前はユーゴスラビアの首都であった街です。現にボクらが持っている5年前の ...

世界一周旅物語(せかたび)- ベオグラードの雰囲気 アーカイブ

2006年7月26日 ... セルビアのベオグラードですが、ほんの数年前はユーゴスラビアの首都であった街です。 現にボクらが持っている5年前のガイドブックでは、セルビアやモンテネグロは共和国 として記載されていなく、「ユーゴスラビア」と書かれています。 ...

ベオグラードの写真・旅行記

7泊9日で3カ国を回る、かなり駆け足な旅行でしたが、 旅も5日目、ついに3カ国目のセルビアに入国。 セルビアの一番の目的「モクラゴーラ」のは次の日にして、 この日は首都のベオグラード観光をしました。

1時間もしないうちに、セルビアの首都・ベオグラードに到着。 ザグレブやサラエボと同様、バスで到着ゲートに向かう。 入国後、ディナールへ両替。日本円はこの国では両替できない。フランス出国の時に両替せずに持ってきていたユーロが余っていて、本当に助かった。 空港のインフォメーションでホテルの場所を確認。念のため日本大使館の場所も聞いたが、わからないと言われた。 タクシーで市内のホテルへ向かう。 もちろん、ぼったくられた・・・

5日目。 ボスニアを出発し、ユーゴスラビア航空に乗ってセルビアに向かいます。 早朝6時30分の飛行機のため、5時半には空港に到着。 昨日ホリデイ・インのフロントマンが、「空港は5時からしか開かない。そんなに早く行かなくても、1時間も前に行けば大丈夫!」と教えてくれた。 確かに、サラエボ空港自体はとても小さな空港なため、チェックインも出国審査もとてもスムーズに済んだ。 当時、サラエボからベオグラード行きの飛行機は、この早朝の1便のみ。出国審査のゲートの前で、飛行機に乗る人と見送りに来た人が涙を流しながら抱き合い別れていく姿を、何組も観た。距離で言うと東京~大阪よりも近い距離しかないが、きって深い溝があるのだろう。

タクシーに乗り、20分くらいで市街地に到着。 市内の様子は、他のヨーロッパの都市と、大して違いはない。

やはり、旧ユーゴスラビアの首都だけあり、サラエボよりかは発展している。

無事、ホテルにチェックイン。「hotel Royal」という、ベオグラードでも有数の老舗ホテル。 早朝にもかかわらず、チェックインさせてもらえた。

部屋はいたってシンプル。 建物が坂の斜面に建っているため、外の景色がよかった。

とりあえず、腹ごしらえ。 そろそろ米が恋しくなってきたので(?)、日本食料理屋に行くことにした。 「イッキ」という、いかにも海外の日本料理屋にありがちな名前のお店。本によると、セルビア日本大使館職員にも人気だとか。 建物の1階がバーで、2階がレストランになっている。

キッコーマンの醤油がありました。

写真奥は、天ぷら。美味しいが、ツユがからい・・・ 手前は「トリオザサーモン」というメニューで、サーモンの握りと刺身と巻きのセット。味は、正直・・・。シャリがベチャベチャで、酢の味がほとんどしない。刺身が一番おいしかった。 ワサビは本物のワサビではないようで、なにか毒々しい緑色をしていた。 昼前のため、客は少なかった。私たち以外には、ビジネスマンと思われるスーツ姿の男性が、何か食べて帰っていった。 最後にYAKITORIとTERIYAKIを注文するが、あえて味の感想は伏せておく・・・ でも、昔パリで食べたラーメンよりかは遥かに美味しかったですよ。

店の壁には、どこかの武将と思われる彫刻が・・・ SAMURAIをイメージしているのか?どう見ても中国の武将か落ち武者にしか見えないが。

カレメグダン公園。ホテルからは歩いて5分くらい。 昔の要塞の跡地です。 市民の憩いの場で、毎日地元の人や観光客でにぎわうそうだ。確かに、平日の昼間にもかかわらず、かなりの人でにぎわっていた。

そういえば、最近間寛平も、アースマラソンの途中に立ち寄っていましたね。

ドナウ川とサバ川の合流地点。 壁の上でたくさんの人が日向ぼっこしています。

公園内には、博物館やプラネタリウムなどの施設もあるそうです。

公園を出て、クネズ・ミハイロ通りの入口。 この通りは、法律で保護されているほどの古い通りで、ランドマーク的な存在。歩行者天国のショッピング街になっている。

建物は1870年くらいに建てられたらしい。 観光客が多い。 有名なブランドショップも数多く存在する。

明日のセルビア国鉄の切符を買うため、ベオグラード駅へ向かう。

駅前。路面電車がひっきりなしに行きかっている。

ベオグラード駅。立派な駅です。

ホームに出てみた。人はまばら。

時刻表。明日の「ウジツェ」行きの切符を無事購入。 10時10分発のBAR行きに乗車します。 BAR(バール)とは、モンテネグロの港町で、かつては同じ国だったモンテネグロが独立してしまったため、今は国際電車になっている。詳しくはまた明日。切符を買っている間、ライフルを持った軍人がずっとこちらを睨みつけていたのが印象的・・・

駅を出て、少し歩くと、NATOの空爆跡があります。 空爆を受けてから10年以上たつが、そのままの姿で残されている。 もちろん、フェンスで中には入れないようになっている。 その横を、車や路面電車が何事もなく通って行く、少し奇妙な光景。

聖サヴァ教会 セルビア正教の中心的な教会です。

中は残念ながら工事中でした。

街を歩いていると、黄色いきれいなバスをよく見かける。

2000年ころ、日本のODAで寄贈されたバスです。 DONATION FROM THE PEOPLE OF JAPAN(直訳すると、日本の人々からの寄贈)とでかでかと書かれ、おまけに日の丸まで描かれている。 下手に金だけ送る援助より、こういうわかりやすい援助のほうが、現地の人々には喜ばれると思われる。実際、セルビア人の対日感情は良好だ。 寄贈に際し、日本からの条件が「バスを清潔に保つこと」だそうで、他のボロボロのバスや路面電車と比べるとピカピカで、一際輝いて見える。他のバスを乗り過ごし、わざわざ黄色いバスに乗る人も多いほどだそうだ。 残念ながら乗車する機会はなかったが、社内も清潔清潔に保たれているとのこと。少しうれしい気持ちになりますね。

地図を頼りにぶらぶら歩いていたが、結局道に迷ってしまった。 立ち止まって地図を見ていると、英語で話しかけてくれた人がいたので、現在地がどこかと、クネズ・ミハイロ通りまでの行き方を訪ねると、なんと、「一緒に行こう」と連れて行ってくれることに。 話を聞いてみると、なんとその人は、在セルビア・アメリカ大使館の職員だった。娘が現在日本にいるそうで、日本には親近感をもっているらしい。 名刺を渡してくれ「困ったことがあったら連絡してくれ」と、携帯番号まで書いてくれた。なんて親切な人なんだろう・・・ しばらく一緒に歩いて、見覚えのあるところまで出ることができた。握手して別れ、どこかへ歩いて行った。 すっかり夕方になってしまった。

晩ご飯は、海外に行ったら必ず立ち寄りたい、現地のマクド。 英語での注文が通じず、結局奥から連れてきたベテランの店員が接客してくれた。 味や値段は日本とほとんど変わらない。

HVARA(ありがとう)と書かれている。 コソボ独立の際には、このマクドも暴動の攻撃対象になったと聞く。

ホテルに帰ってTVをつけると、なんと「風雲!たけし城」を放送していた。懐かしいですね・・・ そういえば、10年ほど前、パリでも放送されていた記憶がある。 ちなみに写真の映像は、谷隼人が「乗り込め~!」と言ったところです。 明日は、国鉄とバスでモクラゴーラへ出発する。

マケドニアの首都・スコピエを散策した後、 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10499407/ 路線バスで、セルビアの首都・ベオグラード へむかいます。 約8時間の道のりです。 途中、ニシェで休憩します。

SAでガソリンの補給です。

セルビアの通貨は、ディナール。 1,000ディナール札です。

ベオグラードで宿泊した、HOTEL BRISTOLです。 1泊シングル 25ユーロ=約2,750円。

ホテルが代行して取得した宿泊証明書です。 どこに滞在していたのかを証明するためのものですが、 旧ユーゴでもあまり見られなくなりました。

ホテルの部屋です。 ベオグラードでは安い部類です。

テレビをつけると、松坂大輔が登板していました。

ホテルの部屋から見た、早朝のベオグラード の街並みです。

戦闘の舞台になったことが多いベオグラードには、 それほど古い建物は残っていません。

ベオグラード駅です。

駅前は、トラムが行き交っています。

トラムのチケットです。 42ディナール=約60円です。

カレメグダン公園にやってきました。

丘の上にあり、ドナウ川とサヴァ川の眺めが すばらしい場所です。

しばし、たたずむ事にします。

石畳のクネズ・ミハイロ通りです。 早朝のため、人通りはあまりありません。

街の中心、テラジエ地区です。 カフェが建ち並んでいます。

英会話スクールのビラをもらいました。

時間がたつにつれ、車の往来が多くなってきました。

1999年にNATOの空爆を受けたビルが、 そのまま残っていました。

コソボ戦争中、NATO軍が、 コソボの独立を認めていないセルビアを 空爆したものです。

政府系の建物が多いこの地区が、 特に空爆の対象となりました。

なぜ、このあたりだけ残してあるのか、 それはよくわかりません。

空爆の凄まじさが実感できる場所です。

聖ナヴァ教会にやってきました。 東方正教の教会としては、 世界最大の規模だそうです。

正面には噴水もあって、のどかな雰囲気です。

さあ、旧ユーゴスラビア弾丸の旅も いよいよ帰国となりました。 ベオグラード空港です。

モスクワまでは、 ヤット航空(アエロフロートとの共同運航便)を 利用します。

モスクワでアエロフロート航空に乗り継ぎ、 明日の10:00には成田到着です。

旅ももう終わり。 到着後は、そのまま職場に直行です。

モスクワ・シェレメチェボ空港で、 マトリョ-ショカをお土産に購入しました。

 ベオグラードでは駅前のホステルに行ったら満室だった。別のホステルを紹介されたが、そこへ行く途中で「ホステル40」の看板を見つけた。 寄って見ると新しいホステルで受付嬢が美人だったので、ここに即決!  彼女はダニエラ、「ロシアより愛をこめて」のヒロインと同じ名前だ。

 まだ普請中だが客室は出来ているので営業開始。客は殆んど居ないので「何処でも好きな部屋使っていいわよ」ということで、4人部屋へ、もちろん独り占め。何せ部屋数よりゲストのほうが少ないので、大ラッキー!!

 夜になるとダニエラは帰宅し、お兄ちゃんニコラと交替。美人受付嬢に引かれて2泊することにしたのにがっかり。  でもお互い暇なのでダニエラともニコラともよく喋った。  セルビアの有名人はニコラ・テスラだという話も聞いた。  私にはセレシュ、イバノビッチ、ヤンコビッチ、ジョコビッチかな。

 セルビアには海が無いのでサヴァ川が市民の憩いの場、水浴びの場になっている。

 カレメグダン公園。

 ベオグラードの要塞跡。

 大砲や戦車が展示してある。

 ドナウ川とサヴァ川がベオグラードで合流。

 ユーゴ内戦の際NATO軍の爆撃で破壊された建物が痛々しい。

 ベオグラードからイスタンブールへ行く列車。

 昔はオリエント急行も走った路線だが、今はオンボロ電車しか走っていない。

 2等車両のみ。11時間乗って2500円。 青春18切符か?

 この羽目板を外してタバコかドラッグか大量に隠してあった。  「見たなー」とか言われてやばい事になるかと思ったが何事も無く、乗り合わせたフランス人女性と顔を見合わせほっとする。

 次回予告、ブルガリアのエフゲニア。  ソフィアの旅行社の娘。可愛いよ。

「ロシアより愛をこめて」

 因みに「ロシアより愛をこめて」でペドロ・アルメンダリスがボンドを案内して舟に乗るイスタンブールの地下貯水場。

 「地下宮殿」と呼ばれている。

 映画には出てこないが柱の礎石に「メデュ-サ」の首が。

バスは10時ジャストにオシエクバスターミナルを出発。乗客は少ない。ちなみに前日ザグレブ→オシエク、前々日のザグレブ→バニャ・ルカは激混みだった クロアチア紛争の主戦場であったヴコヴァルの街に入ると涙を流す人も

ここでも当然サッカーは盛ん

これは酷い・・・

ヴコヴァルのバスターミナル

むごすぎる・・・

ヴコヴァルを出ると「これぞスラヴォニア」の風景

セルビアに入国後、トイレ休憩 念のため行っておくか・・・と“お金を払って”トイレに入ったのだが・・・今までに見たこともない最悪のトイレ(トルコ式)だった。こんなトイレ、金をいくら積まれても入るもんか(-_-;) Slavonski Brodのトイレのほうがよっぽどマシ 結局見ただけで逃げ帰る。用も済ませてないのに手洗いせずにはいられない。だが手洗いの場所がない!仕方なく手持ちのミネラルウォーターをジャバジャバかける。その後でウェットティッシュでゴシゴシ。トイレから出てきた人にウェットティッシュを2~3枚ずつ渡すと大変喜ばれた Lさんはここのトイレを改善するよう何度も意見を出しているのだそう。だが、改善の気配すら見られない。これぞ旧ユーゴ?

そのバスターミナルの向かいは鉄道駅

バスターミナルの裏は住宅地が広がる

悪夢のトイレ休憩後、バスはベオグラードに向けてひた走る

ベオグラードで一番印象的な建物が見えてきた

どんなお店に行くのかなぁと思っていたところ、なんとZさんのお宅にあがることに!まるっきりの初対面の人間がお邪魔してもよいのだろうか? しかも典型的な旧共産圏高層集合住宅!集合住宅オタクとしては、こうも突然に念願が叶うとは夢にも思わなかった。嬉しくて、心の中で飛び跳ねた(笑)

Zさんちの向かいもザ・共産圏な集合住宅。こりゃたまらんな~

キッチンの窓から市内を見渡す

キッチンから見た玄関

ユーティリティ

リビング兼ベッドルーム

ランチの始まり~ ヌードル入りのコンソメスープ。おおおお美味しい!!

料理上手のZさん、お次はドドーンと肉料理。うぉー美味しいぞー。バルサミコドレッシングがきいたサラダも美味!

グリンピースも美味すぎ!セルビアは食料自給率が高いので、クロアチアやスロベニアのような観光立国にならなくても何とかやっていけるのだろうな

Lさんお手製のお菓子は何種類もあって、そのどれもが伝統的なお菓子。めっちゃ美味しい~♪

なんと前回と同じ部屋だった。がっくし(T_T)

夜はカレメグダン公園へ。この公園、行かずにはいられない

でも、あまり遅くならないうちにホテルに戻ろう

翌朝は快晴。さぁ~団地ウォッチングだ

ただのチラシがアートに見える

鮮やかな車両広告。それとは対照的なくすんだアパート

アパートの壁面が巨大広告に

ベランダに囲いがあったりなかったり

この街は集合住宅ウォッチングだけでも訪れる価値あり

牢獄のような外観こそ共産圏アパートの真髄

周りよりもちょっぴり高級

新しいアパート

集合住宅内のEVホールと階段室

し・あ・わ・せ

住宅街の中にあるマーケット

ほぼ定刻通りにベオグラードバスターミナルに到着。Lさんは姪御さんが迎えに来ていないと不安な表情に。姪御さんが現れるまでお供することにした しばらく経って姪御さん登場。名前をZさんといい、語学力を活かした職に就いている。親御さんは既に亡くなられており、お兄様は留学先でそのまま就職・結婚。現在ベオグラードにて一人暮らし(彼女の年代は紛争の影響で未婚率が非常に高い) 記念撮影をしてここでお別れと思いきや、「予定がなければランチを一緒にどうですか?」とのお誘いを受ける もちろん喜んでご一緒させていただくことにした。この日のホテルはバスターミナルの近く。チェックインして荷物を部屋に置いてからZさん運転の車に乗り込んだ

中心部に戻って街歩き。この朽ち果て加減がいいのだ

ヨーロッパでありながらアジア的なテイストもあり

中心部のマーケット

鉄道駅。バスターミナルの喧騒とは大違い

キリル文字でBEOGRAD

停車していた寝台車

バリアフリーとは程遠い

行き止まり式の駅は旅情を誘う。日本では宇和島とか・・・

駅の南側を散策してみた

色いろいろ

ぐるぐる歩き回っているうちにここにたどり着いた。半年前からなんら変わっていない(手入れされていない)。そういえば、ほったらかしにも程があるとZさんが怒っていたな

ヨーロッパに来たならスイーツ!今回も食べまくり

ふたごちゃん

街中にあるスーパー。惣菜類が豊富

ぶらぶら歩き

大道芸人

これって・・・

レストランの背後のアパート、味出しまくり

ペカラ(パン屋)、そしてチャイニーズの店

地下道。落書きだらけだが治安の悪さはさほど感じない

ホテルに戻ってきた。前年秋にも泊まったDesign Hotel Mr. President(http://4travel.jp/traveler/ginmochamtama/album/10465237/参照)。今回は誰の肖像画が飾られている部屋かな~

空港バスと時間が折り合わずホテルからタクシーを使った。空港への道すがら、集合住宅を見るのが楽しい

離陸直後の飛行機から見えた巨大な団地群!大興奮!!

JAT(旧ユーゴスラビア国営航空)の機体は想像以上にボロで「大丈夫かいな」と不安に。飛んでみたら揺れもなく快適だった。機内食はサンドイッチ

シャルル・ドゴールで乗り継ぎ。エールフランス成田行き最初の機内食。やっぱりこのキャリアは食事に関してはいい。ストライキとか最悪な面もあるので、評価はとんとんかな

朝食を食べると「あ~あ、ついに日本だ」と旅の終わりを実感する。今回は最後の最後で素晴らしい体験が出来たので、余韻にどっぷり浸ってしまった

今日初めてお会いしたとは思えないLさんとZさん、話が弾んで19時すぎまで長居してしまった。Zさんからは今のセルビアが抱える問題(ex.教育問題、それに絡んで少子化問題←彼女は劣子化のほうが大問題だと言っていた)等をあれこれ聞かせてもらって、大変興味深かった。どこの国でも政治(家)に対する不満・不信・絶望感たるや相当なもの 最後に何かほんの気持ちだけでもと思い、持ち合わせのウェットティッシュ(未開封)をLさんに、キシリトールガム(未開封)をZさんにプレゼント。ガムが個装になっている点に二人は仰天していた。個装のほうが味が落ちないからいいわね、と感心しきり とにもかくにも、こうやって初対面の相手でも信じて招き入れる、その懐の深さに感動した。おそらく西側なら難しいだろう。素朴な東側だからこその体験だった気がする

かなり大きな歩道橋。この上は見晴らしがよい

和みのひととき

日が暮れてきた。明日はもう帰国か~

有名ホテル「モスクワ」

バスで一緒になったLさん。81歳にはとても見えない若々しさ。英語とフランス語が堪能で、かなりのインテリとお見受けした オシエクにて一人暮らし、これからベオグラードに住む姪御さんを訪ねるのだとか。旧ユーゴ分裂のため親戚の間で国籍がバラバラになってしまったとのこと

部屋に通された後はさっそくLさんお手製のお菓子を。甘さ控えめ、美味しくいただく

過去4回の旧ユーゴスラビア訪問、今回はオレンジのルート 残すはコソボとブルチコ行政区のみ。両方ともちょいと厄介なので先延ばしになりそう

ユーゴ入国の際、何日いるのか?いくら持ってるのか?と訊かれたじろぐ。 ハンガリー側の人はパスポートをじろじろみた。

NATO空爆跡。 爆撃といわれなかったら、なんかの解体中かな、と思うな。

ベオグラードの街並。 車やトロリーバスが東側な感じ。

ベオグラード、革ジャン・革コート率高し。

カレメグダン公園。 ポップコーンを買ってベンチで食べる。 鳩にもおすそわけ。 目の前にはドナウ、そしてそのむこうにはやっぱり爆撃されたビルが。 おばあちゃんの露店で5,000億ディナールの旧札を他の札とセットで50ディナールで買う。おばあちゃんはスーパースーベニールだあよ、と言う。 ティトーのピン札は1枚で50ディナールである。 あと、女の人の肖像のお札のセットが美しいので30ディナールで買う。 次はブルガリアのソフィアに向かいます。

繁華街はとても活気があり、栗売りやポップコーン売りがいる。 おばあちゃんが手作りのお人形を売っている。 マクドナルドは超混んでいて従業員もたくさんいる。 ちびっこには風船サービスあり。

路面電車が止まってたので、 地図と片手に歩き回り、 たどり着いたセルビア正教会。 大きく遠くからでも目を引く。

天井が高く、フレスコ画がきれいに描かれている。 信者の方たちと一緒に静かにたたずんで見ました。

教会の前の公園には、ハチミツや関連商品を売る店が並んでいた。

おすすめされて、ハチミツのクリームを購入。 使ってみると、少しべたつき感あるけれど天然素材で体によさそう。

アドリア海の青が恋しい。。。 一泊して翌日の昼間の列車でブルガリアへ抜けようと思っていたけれど、予定変更。 駅でこの日の夜行列車に、あらかじめ購入していた切符を変更してもらう。 夜9時15分、ベオグラード発、ソフィア行き。 夜行列車、トイレも清潔で水も出る。 って当たり前の設備に感動しながら 短いベオグラード滞在が終わった。 終点なので最後までゆっくり寝られそうです。

ドナウ川へ

同室になった日本人旅行者と情報交換。 アルバニア情報をもらい、お礼にクロアチア&モンテネグロ情報をあげる。 YHで身支度を整え、ベオ観光。 市内を歩いていてまず目に留まったのがこの黄色いバスは日本のODAにより寄贈されたもの。 セルビアと日本の国旗が仲良く並んでいる。

NATO軍により破壊された旧ユーゴ連邦共和国軍司令部。 この年、2009年はNATOがユーゴ空爆を開始して10年が経過。 建物付近でデモが行われ、一部路面電車がストップし、交通機関が麻痺していた。

おなかがすいてふらりと入った駅前の食堂で、チキンを注文。 なんでわざわざここでチキン頼んでるの私、とアホな自分にツッコミ。 味もぱさぱさしてイマイチ。 結局セルビアの名物料理、食べられず。

ベオグラードでのアコモデーションはちょっぴり奮発しようと考えていたところ、週末料金でお得に泊まれるデザインホテルをBooking comにて発見

各部屋ごとに異なる肖像画が壁に掛けられている

今度来た時は誰に当たるかな?

バスルーム

屑籠もおしゃれ

ここに限らず、日本人の感覚だとヨーロッパはどこも照明が暗い。手元さえ明るければOKといったところか

宿泊客へのプレゼント、アトラス帳と木組み小物

EVホール

10時すぎにチェックイン出来たのはラッキー。さあ動き回るぞ

駅はバスターミナルと違って閑散としている。セルビア(旧ユーゴ全般)はバス移動が一般的

ねずみ色、東欧チックな雰囲気

ボロいのと

重厚なのとぶっ壊れているのとゴチャ混ぜ

99年の空爆の跡がそのまま残る ストイコヴィッチがJリーグの試合中“NATO STOP STRIKES!”と書いたアンダーシャツを見せるパフォーマンスをやっていたな・・・

おおっ、ミリュコヴィッチだ!

旧ユーゴスラビアの首都だっただけあって、ひとつの街の中でいろいろな表情を持っている

街歩きを楽しんでいたところ、空から爆音が・・・おいおい、まさかNATOに攻撃されるんかいな

爆音に気を取られるも、周りに気にしている風の人が全くいない。慣れっこ?

地下街入口。こういう共産圏の匂いプンプンなのが好き。で、中の地下街は天井が低くて薄暗くて落書きだらけで湿っているに違いない・・・とだいたい想像がつく

一番の繁華街、歩行者天国のクネズ・ミハイロバ通りへ

肉とチーズのクレープ

ベリーパイ

ランチ休憩は歩行者天国に面したこの店で

歩行者天国の終点は大賑わいのカレメグダン公園 空からの爆音が全然止まない。ちょっとちょっと、空爆なんて体験したくないんだけど(ToT)

と思ったら、なんと航空ショーの日だった!すんばらしいアクロバティックな飛行の数々

日曜日ということもあってカレメグダン公園の人出はご覧のとおり

サバ川を臨む。向こう岸は新市街

公園内には軍事博物館があり、本物の戦車や大砲が並んでいる

市民だったら毎日来てしまいそうだ。それだけ居心地のよい公園

おじいさんはチェスを楽しんでいる おばあさんは民族音楽の調べに乗って踊っている

カレメグダン公園ですっかり寛いだ後はアパート見学

外はほとんど修繕されていないが、中はどうなんだろう?

三角形のベランダと丸い窓

ゲジゲジアンテナ?

朽ち果てた住宅にキリル文字

壁の模様とベランダに注目

宿泊はバスターミナルそばのDesign Hotel Mr. President

夜のバスターミナル。別れを惜しむ人々

バスターミナルの売店

夜になっても治安に問題はなかった

夜が明けた。またしてもいい天気 ウィーンへの移動日で13時の空港行きバスに乗らないと。それまでにどれだけ歩けるか。朝食後、対岸の新市街へ

SUZUKIとSAMSUNG 気になるのは平屋の家の洗濯物だったりして

“新市街”という感じですな

ド派手な高層住宅

パッと見そそられる建物が出現

こりゃ凄い!一体何百メートル繋がっているのか

どこまでもどこまでも

こういう無機質で非人間的なアパートの住民が、人懐っこくて表情豊かでおしゃれだったりする

新しいアパートが立ち並ぶエリア

こちらは小ぶりなアパート

ヴィヴィッドなアパート

このような色使いは日本では北海道でしか見かけないかも

こっちは日本人好みの配色

スタジアム

近未来的。無機質な点は旧共産圏テイスト?

ちょい古アパート

派手派手

こちらは共産圏アパートのエリア。東欧ならやっぱりこっちだな

日本から寄付されたバス

12時前にホテルに戻り、荷物をかたして12時ジャストにチェックアウト。荷物をホテルに預けてスーパーにて駄菓子類の買い物を済ませ、荷物をピックアップして13時の空港行きバスに乗車 ベオグラード空港は大きい。ザグレブ、サラエボ、スコピエとは比較にならない。そしてオーストリア航空は近距離国際線でもちゃんとした機内食がサーブされるのが嬉しい。前回の旅、ザグレブからミュンヘンへのフライト(Operated by LH)では昼食時間帯だったにもかかわらず、チョコバー1本だった(LHは信頼出来るキャリアなので自分の中での評価はこんなことでは揺るがないが)

聖サヴァ教会。 遠くからでも目立ちますが、歩くと結構遠かった。 内部は工事中。

カレメグダン公園内のこじんまりした聖ルジツァ教会。

カレメグダン公園内の聖ぺトカ教会。

カレメグダン公園内のレオポルド門。

空爆通りの破壊された建物。 パシャパシャ写真とってたら、警察官に職務質問された。

クネズ・ミハイロヴァ通りで売っていた、空爆の絵葉書。

曇空の下の公園で店を広げていた、お婆さんからユーゴ内戦中のハイパーインフレの紙幣を購入。 EUの経済制裁、NATOの海上封鎖で経済は急降下、ゼロの多さにびっくり!

カレメグダン公園と要塞。 サヴァ川とドナウ川の合流する丘の上にあるのがカレメグダン公園。 紀元前4世紀にはすでに要塞が造られていたというが、現在残るのはほとんどが18世紀以降に造られたもの。 公園内の小さな家(見張り小屋?)。

踊るお年寄りたち。

勝者の記念碑。

サヴァ川(手前)とドナウ川(奥)の合流地点。

この日は強風で飛ばされそうだったが、雨まで向こうからやってきた。

桜かしら。

要塞を北へ抜け出て。

付属チャーチ。 

城塞の壁を利用した動物園があるのだが、狭い囲いで悲惨な環境。 動物たちは壁と空しか見えない。走るスペースもなし。 ホワイトタイガー。

Zemun(ゼムーン)エリア。 サヴァ川を渡った対岸のエリアはゼムーンと呼ばれる地域。 18世紀にはオーストリアの管轄にあった。 ゼムーンにかかる橋、ブランコ橋のたもとまでトラムで。 橋に登るエレベーターが。 中に入ってボタンを押すが、動かない。 あれ、あれ、あれ?と何度かやっていると管理人がやってきて、鍵をさしこんで動かしてくれた。 なーんだ、そういうシステムだったのか。  橋の上に着いてから撮ったエレベーター。

ブランコ橋を渡る。

ベオグラードの街並みと要塞。

延々続く遊歩道。左手は広い公園、右はサヴァ川。

のんびり。

川べりにはレストランやカフェがいっぱい。 これもレストラン。

別のレストラン。

ベンチもいっぱいあるのでいつでも休憩できる。

Zemun(ゼムーン)エリア。 オーストリアの影響がある街並みを想像していたが、ほとんどが手入れされていなくてボロボロ。 カソリックチャーチを見つけたので入ってみたが、内部はセルビア正教(当たり前か)。 しかし一部カソリック様式そのままを使用している。

古い共同井戸(現在は使われていない)。

ゼムーンタワー。 丘の上にあり、昔はオスマントルコの攻撃を監視。 現在塔内部には入れない。

塔のある丘からゼムーンの街と、対岸を。 間に見えるのは小さなアイランド。

ニューシティーにある、コミュニスト時代の醜いアパート群。

教会。

教会。

教会。

ベオグラードで出会った猫たち。

ベオグラードにはパイを売る店が多い。 中身はいろいろで、甘いものもあり塩味系のもある。 これは、オリーブ&チーズ。 

スピナッチ、チョコ、クリーム、のパイ。

タルト。

ケーキ。 

ケーキ。 

セルビアのビール。

カリンのシュナップス。

レストランでは必ずパンが出てくる。 セルビアのパン。 

セルビアのパン。 

セルビアのパン。

セルビアのパン。

セルビアのパン。

ハンバーグに似たプレスカヴィッツア。これはチーズも入っている。

辛いチリのマリネ。

パプリカのマリネに山盛りのガーリック。 

キュウリとトマトの上にチーズを乗せたサラダ(名前忘れた)。 

パラチンケ(クレープ)。 ハニー&ナッツ。

パラチンケ(クレープ)。 アプリコットジャム。

パラチンケ(クレープ)。 フルーツ&ナッツ&アイスクリーム。

キャベツのサラダ。たいてい地元の人はこれを食べている。

魚のスープ。

魚。

ポピーシードのケーキ。

有名な“Three Hats”レストラン。

有名なホテル・モスクワ。

ホテル・モスクワのカフェ。

ホテル・モスクワでターキッシュ・コーヒーを。 

レストラン “?” 。

レストラン “?” 。

クネズ・ミハイロ通りの豪華な雰囲気のカフェ。

上と同じカフェ。 

セルビアでは各家庭の味があるというパプリカのソース・Ajvar(アイバル)。

エスプレッソは、高級なレストランでもプラスチックのスプーンが多かった。なんで?

やっぱりプラスチックスプーン。

アイスクリーム。