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ロシアってどんな国?

ロシア連邦(ロシアれんぽう、Росси́йская Федера́ция、Rossiyskaya Federatsiya)、別称ロシア(ロシア語:Росси́я /rossija/)は、ヨーロッパとアジアにまたがる世界最大の領土を持つ連邦制の共和国。ロシア連邦およびロシアは双方とも正式名称である[1]。首都はモスクワ。

ロシアの地図

ロシアのブログ旅行記

北の大井村から > 海外旅行フォトアルバム一覧 > 表紙

2005年9月2日 ... アルバムNo.1. Smile写真集 ロシアへの旅 Ⅰ ... 憧れのエルミタージュ 8月26日 から31日までロシア旅行されたSmileさんから写真が送られてきました。お披露目 いたします。 ...

世界一周旅物語(せかたび)- ロシア(Russia) アーカイブ

英語が通じないチケットショップでは、根気よく図や絵で会話をし、本日のロシアバレエ のパンフレットを指差し、金額を聞くと750ルーブル2850円くらい。ん・・・正直悩む 微妙な金額。やっぱり今回はあきらめよう・・・と決断。 ...

ロシアの黄金の環~スズダリ - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2008年7月7日 ... こんにちは。西川です 先日、ロシアの添乗から帰国いたしました。 古い民家や教会の 残る町々が環状に連なる「黄金の環」を巡り、 モスクワ、ノブゴロド、サンクトぺ テルブルグへ。 「黄金の環」は、いかにもロシア的な田舎町の風景が ...

2010・04 アメリカ家族旅行~小旅行・フラッグスタッフから ...

2010年9月11日 ... トレ姉(46ちゃい)の小学校からの親友Kちゃんの子供がバレリーナちゃんでロシア在住 でして、その子が日本に帰郷してる間に嵐のライブに連れてってあげたいと国立のライブ に申し込んだら見事当選! 最前列で嵐のメンバーからファン ...

興奮のつづき@矢代仁|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

2010年5月31日 ... 見方によってはロケットの様にも見えたので、なんとなく私はシャガールみたいなロシア っぽいイメージを持っていたのです。 ... それにしてもロシアとエジプトという地理的 な離れ様(汗。私ももっともっと世界を旅して勉強せねば! ...

情報満載!元ツアコンの海外旅行れぽーと カナダの一般情報

阪急、6月の取扱額10%増-中国でコース多様化し上半期60%増と牽引トラベルビジョンこのうち 海外旅行はアメリカ、カナダ、ハワイ、ロシア、オセアニア方面で集客が伸び悩んだものの、中国、韓国、西ヨーロッパ 方面が好調であったことから、7.5%増の267億6435万6000円とな 08/04 04:00 ...

バイカル湖からキジ島へ ロシア大周遊の旅 - 地球浪漫紀行世界紀行 ...

2009年12月1日 ... そして、ロシア最北の世界遺産・キジ島へも足を伸ばし、 釘を一本も使わずに建てられ た木造教会群も紹介いたします。 ... 5月17日発『初夏のロシア大周遊 バイカル湖から キジ島へ』千歳発着14日間お問い合わせお待ちいたしております。 ...

【7-a】 コインブラ → ポルト - - 旅行記・いつもこころにヨーロッパ

2004年12月7日 ... (ガイドブックの地図でみると、鋭角の角地の頂点にあるように見えますが、実際は アリアドス通りに面して入口があるので、実際に行かれる人はご注意を。) ここは エレベーターがあり、フロントの女性(フィギュアスケート・ロシア代表の ...

世界の人種・民族別血液型割合

チュバシ (ロシア中東部). 30. 29. 33. 7. Czechs. チェコ. 30. 44. 18. 9. Danes. デンマーク. 41. 44. 11. 4. Dutch. オランダ ... ロシア. 33. 36. 23. 8. Sardinians . サルディーニャ. 50. 26. 19. 5. Scotts. スコットランド ...

#光るうねうね GO TO THE WORLD/ウェブリブログ

2008年7月6日 ... (多分ロシア上空あたり???)、 たぶん川だよね??? 空にいる~って感じがして くる。 mie 2008/07/07 14:03. >mie-chan ... ロシアのうねうねは最高だね~! きらっ と光るうねうねが氷で覆われた川だったり。 ...

踊れないスチュワーデス物語@HAWAII

2005年7月11日 ... 彼はロシア人のハンサムなバレエダンサー。 これ以上何を望む? 幸せそうな2人を見て いると、こっちまで幸せになってくる。 問題は結婚式の日にち…。 金曜日の7時だって 言うんだもの。 その時間は私、バレエのクラスがあるのよ… ...

【 7 】不吉な数字にも文化の違いあり! 滞在18日目|世界一周ブログ ...

2005年12月19日 ... ロシアの7という数字を嫌がる理由もかなり気になります>< がーっと一気に11月分 位まで読んだんですが、とても魅力的なブログですね ... 日本人が7をラッキーって 言ってるのをみたロシア人は「えっ!?」って驚いているでしょうね。 ...

2007.06 ブルガリア: shoの旅行記~気の向くままに歩いて行こう~

何故かはわからない・・・ ひょっとして僕の前世はロシア人兵士かも? 何故なら、この 寺院建立の目的は、ブルガリア独立時の露土戦争(1877-78)で死亡した多くのロシア人 兵士を慰霊する為だからだ。 宿に帰り今後の計画を再検討してみた。 ...

2007.05 トルコ: shoの旅行記~気の向くままに歩いて行こう~

色々トルコの事を教えてもらったが、中でも興味深かったのは、かなりのロシア人が バカンスでここに来てるということだ。 彼はロシア、ドイツ、トルコ語が話せるので 重宝されているらしい。 朝から晩まで働き詰めで大変だと言っていたが、人と 触れ合える ...

ダ・ヴィンチ・コードを旅しよう!(10) salut!~パリを楽しもう ...

2006年2月3日 ... Baby universe です、 あ、もとい、Baby Jesusです。 しかし壮観ですね、”Paris"。 ぼくは先ほど、Netでロシアにいってきました。いいですね、 ロシア正教も。まさに正教 という感じです。それではおうヴぁ! ...続きを見る ...

Hotch Potch Travel > 海外旅行フォトアルバム一覧 > 表紙

トップページ > アルバム一覧 > 表紙. 海外旅行フォトアルバム 表紙. アルバムNo.1 ロシア. 撮影時期, : 2002年02月. 撮影場所, : ロシア. 作成日, : 2005/10/30 11:46. フォトアルバム一覧へ戻る · この写真でフォトカードを送る ...

ロシア風サラダ・キューバ風ごはん|食べて歩いて遊んでスペイン!

2006年10月19日 ... ウルコの食べて歩いて遊んでスペイン!の記事、ロシア風サラダ・キューバ風ごはんです 。

およよな生活 - 北欧旅行記 -

その昔、日露戦争に日本が勝利し、それがきっかけとなりフィンランドはロシアから独立 できたため、フィンランド人は親日的であると言われます。実際、フィンランドの人々は とても親切で親しみが持てました。しかし日本人だから特別親切である、って事は ...

世界旅行 - スターリン建築 1

タイトル, スターリン建築 1. 目的地, ヨーロッパ > ロシア > モスクワ. ホテル ツアー 航空券. 場所, モスクワ. 時期, 2005 年 5 月. 種類, 建物. コメント, スターリン建築 1. 1 2 3 4 5 6 7 次 >> · ロシア. コメント. フラット表示, スレッド表示 ...

2007年8月 - 奥様は海外添乗員

2007年8月26日 ... 夕食は添乗員さんがロシアで食べてきたポーク&トマトのチーズ焼きを作ってみました。 ... そして寒いロシアでは体があったまるつぼ焼きメニューも多い。パンをかぶせて焼い た中にはこれまたあつあつのスープ。パンを浸していただくのが ...

旅行記、旅行日記、旅行体験記 - トラベローグ、トラベログ、TRAVELOG ...

ロシア・イルクーツク. ロシア・ウラジオストック. ロシア・ハバロフスク. 旅行お 役立ち情報. 海外ツアー 世界各地のツアー情報を検索できます。 海外ツアー · 国内 ツアー 豊富なラインナップから簡単検索。 <提供:イーツアー> ...

マスレニツァ(ロシアのカーニバル) - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフ ...

2010年02月22日 09時25分54秒 | ロシア・コーカサス・バルカン諸国. ロシアの カーニバル(謝肉祭)『マスレニツァ』の様子がイルクーツクのエーストランドツアー さんから届きました。 その起源はキリスト教以前の春を待つお祭りです。 ...

MY TREASURE DAYS セゴビアを後に

2006年12月3日 ... やっささんはロシアトルコ東欧系行かれているのですね。 とても興味深い是非行って みたい地域です。 ゆっくりブログ拝見させていただきます。 2人のおばあさんって? 2008/03/19(水) 08:37:34 |; URL |; Noris #-; [ 編集] ...

北の大井村から > 海外旅行フォトアルバム一覧

アルバムNo.2. ロシア. Smile写真集 ロシアへの旅Ⅱ. 作成日 2005/09/07 07:38. アルバムNo.1. ロシア. Smile写真集 ロシアへの旅 Ⅰ. 作成日 2005/09/02 11:42. << 前へ 1 次へ >>. トップページ > アルバム一覧, 画面の上へ. Copyright(C) TRAVELOG. ...

モスクワ経由ワルシャワ行き、預け荷物はスルーされる? 旅のQ&A ...

成田空港で預けた荷物はロシアの空港で一度ピックアップしてから、再びワルシャワ行き の便に預けなければならないのでしょうか? それとも、ロシアの空港に到着したら、 乗り継ぎの手続きだけして、荷物は特に何もする必要ないのでしょうか? ...

シリア・アレッポ(男だらけの公園): shoの旅行記~気の向くままに ...

2007年5月15日 ... 日本と韓国、ロシアも色々と係争中だが、こんな事は世界中では珍しくも無さそうだ。 今日は軽く街歩きをしたのみなので、疲れはまったく無かった。 宿でのんびりと旅に 連れて来た本を完読した。 Miss Potter(英語版) 昨年、映画化され ...

2007年02月のブログ|ヨーロッパ一人旅|ローマ フィレンツェ ミラノ ...

ロシアに入るとき海岸線は山脈だった。山だらけ。なんか、ロシアはとっても神秘的に 感じた。そして当たり前だけど、でかい。成田からアムステルダムまでは12時間くらい だったかな?そのほとんどがロシアだもんな。空の上は寒くて、窓の端っこに霜みたい ...

古き良きロシア・スズダリ - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2010年6月28日 ... このたびも大好きなスズダリを訪れました 12世紀から18世紀にかけて、ロシア各地に築 かれた教会や修道院、 城塞などが今も残る町々が、首都モスクワ北北東に点在してい ます。 ロシア正教会の建物の特徴の玉ねぎ屋根が金色に輝いている ...

ユキノヒノシマウマ: グロッサリー関係 アーカイブ

2006年5月28日 ... なにしろポーランドは、ロシアと並んで世界の2大ウォッカ生産国なのだから当然とい えば当然だが、他にもオコチム、エベ、ジビェツなどの有名どころを中心にして ポーランド系をはじめとした東欧ビールも充実している。 ...

ロシアの写真・旅行記

上海浦東空港で出発便のモニターを見ると、ロンドン行きが欠航、という表示が目に入った。この冬(2010-2011)のヨーロッパは雪が多く、航空機の運行も影響を受けている、というニュースは耳にしていた。「まだロンドンあたりは影響が残っているのか」と思ったが、我がアエロフロート・モスクワ行きは定刻出発の予定。 飛行機に乗る前から「鉄のカーテンの向こう側の、その本丸へいよいよ乗り込めるのか」と思うと、テンションは上がりっぱなしだった。1泊2日の「トランジット」で、夜に着いて朝出発の「予定」だけど、しっかりとモスクワを見てくるぞ!

モスクワ・シェレメチェボ空港には1時間ぐらい遅れてターミナルFに到着。ターミナルEを通ってアエロエクスプレスの乗り場へ。この間、両替所がいくつかあった。 アエロエクスプレスは300ルーブル(850円ぐらい)で結構高いのだが、トランジットでロシアのことが何にもわからない者にとっては便利だ。 切符はスーパーのレシートのような感熱紙で、バーコード部分を改札の読み取り機にかざす仕組み。

ベラルーシ駅からは地下鉄で。 この、地の底まで運ばれるかのようなエスカレーターを見て、「おぉ、ソ連だ!」と思ってしまう。

モスクワの地下鉄は写真撮影禁止!という情報があったため(最近解禁された、という情報も)、なんとなく隠し撮りのような形で地下鉄を撮影。

駅構内のレーニンも健在。

泊まったのは地下鉄キタイゴラード駅そばのナポレオン、というホステル。ユースホステル協会のホームページ(ホステリングインターナショナル)でオンライン予約できる。 【その0】でも書いたが、ロシアビザはトランジットなので、バウチャーだとかインビテーションだとか、そういう手続きはしていない(そもそもビザ申請時点では宿泊場所は決まっていなかった)が、オンライン予約で簡単に泊まれる。 ロビーには旧ソ連時代のスローガンをモチーフにした装飾が。

寒さはそれほどではなく、雨まで降ってきたが、モスクワ観光の時間は今晩しかないので、赤の広場を目指す。 気温が高いため降った雪が融け、それがまた凍ったためだろうか、路面はツルツルで歩きにくい。

ワシリー寺院。 パルナスのCMを思い出す。まさに「おとぎの国のロシア」である。 「夢のおそり」アエロフロートが運んでくれたモスクワで、お口の中にしみとおるような「モスクワの味」を食べたくなった。出来ればピロシキかクレーモフが良いのだが。 ※この部分の記述の意味がよくわからない方は、ご近所の関西人にお尋ね下さい。

レーニン廟。夜なので営業していない。 警備員はいるが、近寄りがたい雰囲気ではない。

グム百貨店。高級ブランド品店がテナントとして入っている。

で、モスクワの味を捜し求めると、ロシア料理のファーストフード店があちこちにある。一人でも食事には困らない感じ。 ボルシチと、イクラパイ?。 ビールは安いが、食べ物の値段は高いようだ。

これでモスクワをあとにし、次の都市・アムステルダムを目指す。 出発の3時間前に空港に着くと、どうやら雪のため離着陸が全面的にストップしており、朝10時半出発の予定が夜8時半に変更になっている!今年も空港で足止め決定である。年末年始に空港で足止めになるのは3年連続だ(一昨年は千歳とパリ、去年はドバイ)。 夜になってもチェックインの案内がなく、いつしかモニターから私の乗る予定の229便の表示が消えた。そして、同じアムステルダム行きの227便は欠航が発表された。229便はどうなるのか、明日の便は出るのかチェックインカウンターで質問するも、「案内があるまで待て」としか言われない。アエロフロートのチケットカウンターに行くと、「ここに来られてもわからない」と言われ、空港のインフォメーションに行くと「航空会社に聞け」と。 情報が一切得られないまま夜が明けた。夜が明けた、と言うことはビザが切れた、と言うことだ。 今度は改めてビザの延長をする必要があるのかないのか情報を集め始めたが、これもたらいまわし&人によって言うことが違う。さらに、ビザ延長を巡って右往左往しているうちに、アムステルダム行き(1日遅れの229便)のチェックインが始まった。列(正確に言うと「列」ではなく、カウンターを中心にした「扇」)に並ぶのが遅れた私は、なんと満席のため乗れなくなってしまった! 結局夜8時55分の便にチェックインし、この飛行機も遅れてさらに翌日(当初の予定から言うと翌々日)の午前3時ぐらいに出発し、40時間のシェレメチェボ空港滞在は終わった。 ビザについては、チェックインの時にアエロフロートの職員がどこかへ電話をして確認した後、搭乗券にサインのようなものを書いてくれ、「これを出国審査に見せろ」とのことであった。出国審査の女性係員は不安そうに搭乗券とパスポートを示す私に、「Don't worry!」と言ってくれた。シェレメチェボ空港ではじめて聞いた、優しい言葉だった。 空港で待っている間の私は不安と怒りでもう大変な精神状態であったのだが、詳細について書くと長くなりすぎて一冊の本になってしまう。さくら剛氏が同じ体験をしたならば「ロシアなんて二度と行くかボケ」という本に書いてくれそうな気がする。もし、さくら剛氏とかかわりのある出版業界の方がこれをお読みであれば、氏に冬のモスクワに行ってもらってください。 ~【その3】アムステルダム編に続く~ http://4travel.jp/traveler/dream_note/album/10537364/

各車両、特に一等車乗降口での 厳めしい雰囲気のレディ(右)による検札の様子。

振り返ると、万国共通の駅の様子に 妙な安堵感がを覚えたものである。

車窓の風景を楽しんでいると・・・

食事が・・・ 野菜、魚など、スイーツなど意外と?美味! 一等車か二等車にするか迷った理由は食事付きか否かだった。

暫くすると、あ~!ビックリ!主菜が・・・ 先程のは前菜だった・・・とは露知らず デザートまで完食してしまった! 少し、恥ずかしかったが、嬉しくもあった。 肉か魚のチョイスあり、私は魚を。 柔らかいサーモンだった。

二等車両は布張り 見た目、殆ど変らず大差なさそう

デザート・タイムにはスイーツなく、コーヒーのみで。 そういえば、通路反対側の紳士はスイーツを残していた。 経験者だった。 この食事には二人共、満足。

モスクワに着いた。 やはり乗車時間は十分楽しめた。 移動は飛行機もありだが、やはりサプサン号で良かった。 機会あれば迷う事無く、サプサン号を利用したい。

いよいよモスクワへ移動する時がきた。 サンクト・ペテルブルグのモスクワ駅(混乱しそう) 構内で見られるピョートル大帝の像。 待合室は結構な人出だった。

一等車両の椅子は革張りであり

綺麗な感じ良き女性が気持ちよくサービスしてくれた。 笑顔も西欧型の雰囲気。

現在時間   12:45 ペテルブルグ発13:30 分かり易い乗り場だった。

場所は違うが 地下鉄の乗降口での警備員のレディ。 警棒を腰に付けて、やはり厳めしい。 でも何だか頼もしい存在ではある。

三泊したホテル「ペトロパレス」はイサク聖堂から 至近距離にあり金色のドームがホテルに戻るのに格好の 目安となった。

知名度抜群のカフェ「文学カフェ」。 客を迎えるかのようにプーシキンが 窓辺に座していた。

ディナー・タイム少し前。 ピアノ奏者がスタンバイしている。

ここでのホット・チョコレートがとても美味で 二度、通い、他のカフェに行ってもオーダーするのは ホット・チョコレートばかり。 程良い甘味と苦みが何故か胃に優しく、心安らぐ。

ソ連系朝鮮人(コリョサラム)と、ロシア女性の新婚カップルです。 コリョサラムの方たちは、ディアスポラの民として、ひっそり生きているわけではありません。 親たちは、農業で成功して、子どもの教育に投資しました。 ハバロフスクでも、サハリンでも、コリョサラムの方は、ビジネスで成功している人が、少なくありません。 ロシア人よりお酒を飲まなくて、勤勉なので、ロシア女性の結婚相手として、望まれるようです。 後輩が、「先輩(私のこと)は、朝鮮人よりも勤勉で(こちらは、?)、お酒を全く飲まないから、ロシア女性に、モテモテではないでしょうか」と。

ハバロフスクの国内線の空港です。 スターリン様式の建築です。 新潟から2時間で、もう町並みは、ヨーロッパです。

サハリン上空です。

コリョサラムの方でしょうか。 キルギス人、カザフ人、ブリヤート人、カルムイク人、ニブヒの方、かも知れませんが。そっくりですから。

1995年5月28日 サハリンのネフチゴルスク(石油の町という意味)が、地震で、町が消滅しました。

宿泊するホテルです。 地震が来たら、いちころです。 旧ソ連圏の建築物は、こんな建物で、大丈夫かなと思います。 あのアルメニア地震では、このような建物は、壊滅しました。この頃、ナゴルノ・カラバフを巡って、アゼルバイジャンとアルメニアは、対立を深めていきます。 このアルメニア地震の際に、アゼルバイジャン側は、対立を和らげようと、血液や医薬品を、貨車でアルメニアに送りました。 戦争をやりたくて仕方ない、キリスト教徒のアルメニアの民族主義者たちは、この貨車を焼き討ちにしました。「イスラム教徒の血が混じるくらいなら、死んだほうがましだ」と言って。 相手を憎まなければ、戦争など出来ません。こうして、アルメニアとアゼルバイジャンの対立は激化して、戦争になっていきます。 先の大戦でも、アメリカ国内では、悪逆非道のドイツ人というイメージを植え付けました。これを真に受けたアメリカ兵たちによる、ドイツ兵の捕虜の殺害が、多発しました。

カフカス系の人もいます。

肝っ玉母さんです。

朝鮮人の子どもでしょうか。 南樺太を、日露戦争で勝利した日本は、手にいれます。 203高地の戦いですが、精神主義に傾き過ぎた、乃木大将は、いたずらに犠牲者を出すのみでした。農民出身の兵士に、白襷をさせて、突撃させたり。 遺族の人は、東京の乃木邸に投石をしました。 旅順は開城し、ステッセル将軍と、会いまみれることになりました。このことは、水師営の会見として、文部省唱歌になりました。

明るい表情に救われる気もしますが。

第9代朝鮮総督の小磯 國昭は、朝鮮独立について、「今更、朝鮮の独立を夢みるのは、九州や北海道が独立を企図すると同じで、馬鹿げた意味のないこと」と言っています。 中国は、4000年の歴史があると、いわれています。もともと中国は、黄河の流域だけでした。それが、中国が支配した地域も、中国になり、中国を支配した側も中国になっていき、中国は大きくなっていきました。 4000年たっても中国にならなかった朝鮮半島が、わずか36年で、日本になるはずがないように思いますが。

決して、私は左翼ではありません。左翼の人は、インテリが多く、私はインテリの人は、苦手です。私が大学生の頃は、ほとんど左翼はいませんでした。もう少し下は、あのなんとか真理教とかが、出てきましたが。

鮒(カラスィー)は、干して食べます。 私は、鮒味噌が好きです

ぐみの実です。 お水で薄めて、お砂糖を混ぜて飲むと、美味しいです。

猫のドライフードです

東部ドイツでは、ソ連兵による、「フラウ コム(女来い)」 サハリンでは、「ムスメ ダヴァイ(娘 来い)」がありました。 人間は、死ということを精神が受け入れると、肉体は、それに逆らって、自分の子孫を残そうとするようです。それゆえ、占領地では、婦女子への暴行も起きます。 シベリア出兵時に、一部の日本兵が、私娼や現地女性との接触から病気に罹患し、それがかなりの日本兵に感染し、兵力として使い物にならなくなりました。 この時の反省から、軍は現地女性との接触を、厳しく禁じ、慰安所を設置して、軍医が病気の検査をします。この慰安婦問題は、私もわかりません。 ただゲゲゲの鬼太郎をお書きになった水木しげるさんは、実際その現場を見て、「慰安婦の方たちは、毎日が地獄の日々だった。だから補償すべきだと思う」と述べています。 軍隊という共同生活の中では、仲間にも感染させるので、戦争をするには、慰安所は、必要悪とも考えられます。1936年に始まった、スペイン市民戦争でもすでに、義勇軍のドイツ・コンドル軍団専用の、スペイン人慰安婦を集めた慰安所があり、軍医が検査をして管理していました。私娼と接触して、病気になったドイツの義勇兵は、すぐに本国送還でした。

かつての日本人家屋です。

上陸したソ連兵です。頭を刈り上げた囚人兵が、酷い事をしたようです。 東部ドイツでは、ソ連兵が、ドイツの婦女子に対する暴行が頻発しました。大勢のドイツ女性は、病気に罹患しました。 怒れるポーランド人やチェコ人たちは、逃げていこうとするドイツ人に復讐を開始しました。しかしドイツ女性は、かなりの者が、ソ連兵から病気をうつされていると信じていたため、この種の暴行はありませんでした。 意外かもしれませんが、先の大戦では、ドイツ軍は、占領下の地では、末端の兵士まで規律が行き届いており、婦女子への暴行は、皆無に近かったのです。 慰安所は、病気の感染力を考えると、戦争には必要悪です。でも戦争そのものが無くなれば、こんなものは、必要ないです。 今になって慰安婦の方を、ただの商売女という評論家の人もいます。酷すぎるように思えますが。慰安婦には、日本人も沢山いました。大半が、貧しい小作農家の娘です。台湾、朝鮮、樺太と今より国が広いのに。それだけ戦前は、格差社会でした。 戦後、GHQにより、植民地は取上げられますが、農地改革がなされ、日本は発展していきます。ですから、私は格差社会を肯定する考えには、賛同できません。 2・26事件で、青年将校が訴えた、農地改革、貴族制度の廃止を行えたのは、アメリカの占領軍でした。

日本時代の鉄道が今でも。 線路は狭軌です。

ここにも、コリョサラムの方が。 中央アジアのコリョサラムの方は、自らの意思で、豆満江を渡り、ロシアにやってきました。 サハリンのコリョサラムの方は、日本の朝鮮統治により、農地を失ったり、困窮のために、あるいは、徴用としてやって来た方たちです。彼らの故郷は、朝鮮半島(大半は、南部朝鮮です)なのです。 同じコリョサラムでも、中央アジアの方と、サハリンの方では、違うのです。

トゥナイチャ湖です。 かつては、富内湖でした。

ハマナスです。 ここは、サロマ湖のような潟湖です。

オホーツク海です。

オホーツクに面した一寒村です.。 もし戦争をしなかったら、この地は日本領のままで、道の駅やペンションが出来たでしょうか。 答えはニェットです。 日本はまだ、小作と地主に分かれていたでしょう。 日本も戦争に負け、他国の力、つまりアメリカによって、農地改革がなされ、変わりました。自国の力では、無理でしょう。他の発展途上国をみればわかるように。 2・26事件の際に、磯部浅一の行動に共感を持った、当時、満州にいた日本人将校たちも、この農地改革は、GHQの数少ない善行の一つと感じたようです。 この日本の繁栄は、先の大戦での、お亡くなりになった犠牲の上に成り立っているのを、忘れてはいけませんが、同時に戦争の恐ろしさも、忘れてはいけませんが。 ところで、後に大統領となる朴正熙は、上官の日本人将校から、可愛がられていました。この日本人将校は、2・26事件が発生したときに、「磯部は、帝国軍人の鑑だ」と言いました。朴正熙は、この事件に強い影響を受けたといわれています。 朴少将ともに、1961年5・16クーデターに参加した者たちは、無名の将校たちでした。クーデター成功後、米の政府の買い上げ価格の引き上げを、真っ先に行い、農村の生活の改善を企図しました。日本と違い、韓国は、朴政権によって、みずからを変えていったのです。(朴政権に対しては、賛否両論ありますが) 。

フルシチョフ時代に建てられた、高層アパート。 別名フルシチョフカ。 ここに住んでいる、ご年配の方は、ソ連時代が懐かしいのでは。

新生ロシアで、成功した、ニューリッチな人のためのマンション建設が。

ここに住んでいる人は、ソ連が崩壊してよかったと思っているのでは。 勿論、プーチンさんを支持しているのでは。 ロシアは、超格差社会です。

モスクワ前面まで来た、ドイツ軍を撃退させたT34戦車です。 ドイツの名将ハインツ・グデーリアン将軍曰く「それは最高の戦車であった」 戦争は技術革新を、早めはします。 ポーランド戦では、ドイツ軍は、小さい2号戦車でワルシャワへ向かいました。 このT34の出現で、良く似た形のパンター(豹)戦車がつくられました。 さらに、ティーガー(虎)、ケーニヒス・ティーガー(虎の王者)戦車へと、発展していきます。

かつての日本の神社です

かつての共産党幹部の保養所です。 この地域は、一般住民の立ち入りは、ニェットです。 ソ連は、崩壊するべきして、崩壊したかもしれません。 ゴルバチョフさんのヤルタのダーチャ(別荘)に比べると、おしとやかですが。 ゴルバチョフさんは、国民が飢えているのに、ヤルタに従業員300人を抱えるダーチャを、建設しました。ゴルバチョフさんは、あまり人気ないです。

裏にまわると

対日戦の犠牲者です。 ソ連は、日本から、サハリン、千島列島を奪いました。 ソ連は、対日、対独の戦勝国です。 でも遺族の方にとっては、戦争に勝ちも負けもないですね。 その戦死した人は、この世にただ一人だけで、もう戻って来ないんですから。

飛行機が離陸します。

パイロットの方です。ハバロフスク空港に、見事な着陸をします。 人懐っつこい方です。 この笑顔を見ていると、1945年に、「ムスメ ダヴァイ」があったなんて信じられないです。

サハリンの大地を、あとに。 ここでは、さまざまな、ドラマがあったのです。 戦争によって、自分の運命が変えられ、それを受け入れざるを得なかった人たちがいます。 いつの時代でも戦争は、ごく一握りの人間によって始められます。 犠牲になる人たちは、歴史の片隅に、消えてなくなってしまうのです。 世界を見れば、今でも戦争が続いています。 しかも、最近の戦争は、ごく一部の国の、ごく一部の指導者が、戦争を起こしているように思えます。 先の大戦では、少なくとも、ドイツも日本もソ連も、祖国を守るための戦いでした。しかしアフガニスタンやイラクでの戦争は、そのようには見えないのです。 戦史研究家のリデル・ハート卿曰く「平和を欲するなら、戦争を理解せよ」と。 まさに、そのとおりです。戦争を、そして戦争で犠牲になった人たちを、忘れてはいけませんね。

よく分からないが、保存状態や良しと見受けられる。

当然のことながら各種多くの兵器、銃器あり。

さて、館内に入り、大友宗麟の大砲を見たい旨を伝えると 写真の彼女が他の兵器も含め、色々と案内してくれた。 目当ての大砲に行き着くまでに時間かかり 聊か もどかしい感ありだったが、丁寧に 案内して下さるので如何ともし難い。

いざ?砲兵博物館へ 江戸時代の大友宗麟所有の大砲がある旨の朝日新聞の 記事がアンテナに引っかかった。 これは行かねば、否、行きたいと思った。

要塞といっても実際は政治犯などを収監する監獄として使われていた。 ドストエフスキーも収監されていたとか。 保存されている収監室の一つ。

囚人の身体検査中の様子ががフィギュアで再現されている。

要塞の中にあるから異常に怖い印象だけど、何か パフォーマンス団体の宣伝用だそうな。

砲兵博物館という名前に相応しく?前庭には大砲が所狭しと並んでいた。

あった!あった!大友宗麟の大砲! それは廊下の暗い片隅に置かれていた。

この印章が大友宗麟 所有の大砲である決めてとなった。 その文字はFとRの合わせ文でクリスチャンである宗麟の 洗礼名フランシスコ「FRCO」を図案化したもの。 もともと この大砲は豊臣秀吉軍が朝鮮から奪い、 大阪城に持ち帰ったと伝えられている。 その後、日露間の紛争により略奪されたという。 これも二国間のかみ合わない姿勢や文化の相違に端を 発した感情のもつれによる衝突と新聞に書かれている。 略奪品は大砲のみならず兜、鎧、はたまた鏡、きせるなども・・・。 それにしてもマイナーな博物館か日本人とは 出くわさなかった。

門内で警備兵と思しき人達を見かけた。 交代式でもしてるのかも・・・?

カメラ目線でしっかり見てくれたので一枚!

何処からでも目に入る。ランド・マークような塔である。

囚人用・・・ガウン?

これで連射されたら・・・! 想像するだに恐ろしい。

イクラシリーズ! イクラのスナック Lay's(白のパッケージ)のイクラポテトチップスが美味しい! 他はイマイチかな。

イクラのラスク

やはりLay'sはうまい。 これはポロネギ? スペイン行った時に購入したLay'sのハモンセラーノポテトチップス(生ハム味)も美味しかった。

アリョンカチョコレートシリーズ!

箱買い

本物のイクラ

ロシアンティー 紅茶好きな友人にロシアっぽい紅茶を買ってみた。

エッグ

ロシアのミネラルウォーター この一番左のBONAQUA(スパークリングウォーター)がとにかく美味しい! 本当にすっきりしていて美味しい! コカコーラ社から発売されているが、日本では未発売。

(笑)

マトリョーシカシリーズ! 楊枝入れ ボールペン キーホルダー マトリョーシカ!(JALからのプレゼント)

スーパーで買ったインスタントスープ こういったインスタントものではイタリアのクノールリゾットが一番だな~ スペインのパスタ入りスープも美味しかった。

シェレメチェボ空港からモスクワ市内には便利なアエロエクスプレスが、30分おきに出ていているので簡単に移動できました。列車もホームも新しくて快適でした♪

アエロエクスプレスでモスクワ市内についたらメトロに乗り換えて、観光開始です。メトロはうわさ通りの美しさでした。(いい写真が無くてすみません)ホームがとても美しいのですが、電車はとても古くて、それがまた素敵な雰囲気をかもしだしていました。

メトロのホーム

まずは赤の広場。意外と小さかったです。寒かった~~~。 時間とお金を節約するため、クレムリンの中へは入らずに、無料のレーニン廟のみ見学しました。レーニン廟では、カメラや荷物は厳重にチェックされて持ち込み禁止なので、写真はありませんが、写真に撮るほどのものでもないです。でもあの厳重な雰囲気は何とも言えないですね。

その後、待ち合わせていたモスクワの友人と会い散策。写真は小さな青空マーケット。

ニューアルバートストリート。

昼食はヨルキー・パルキーにて。リーズナブルなロシア料理バイキングです。たくさん色んな種類の地元のロシア料理ならお勧めです。美味しかった~☆

宿泊した「ペキンホテル」。メトロのすぐそばのスターリンクラシック様式のホテル。便利な場所にあります。値段は、場所とランクを考えると、まあリーズナブルな方に入ると思います。がんばれば歩いて赤の広場までも行けます(2日目はそうしました)

ペキンホテル内部

2日目の観光開始。手持ちのルーブルが少なくなってきたので、ホテルから歩いて、赤の広場周辺まで行くことにしました。でもそれが逆に楽しかったです。寒かったですが、路面電車を見たり、道を尋ねたりと、色々興奮している間にあっという間に目的地周辺に着いてしまいました。

散策中。モスクワの人に何度も道をたずねたりしましたが、面白かったのは、英語で尋ねると、拒否して首を横に振る人が多いのですが、しどろもどろのロシア語で話しかけると、みんなやさしく答えてくれました、なぜか英語で。(あ、何人かはとってもやさしいロシア語で)

道路下の道にはこういうお店が並んでいて魅力的でした。

これも道路下のお店の一つ。パン屋さん

グム百貨店

グム百貨店

グム百貨店。素敵でした。

あちこち歩き回っていたら、あっというまに帰る時間になってしまいました。帰りも便利なアエロエクスプレスで。写真はモスクワのベラルーシ駅。 また行きたいです。楽しかったよ、モスクワ~!

クルーズその①ペテルブルグ エルミタージュ美術館を出て、同行者との待ち合わせが 上手くいかずネフスキー大通りを東方に向かいブラブラ。 モイカ運河(と思う)に架かるナロードニィ橋に行き当たった。 そこに係留されている船を見下ろしていると少し太めの 女性がさかんに私を手招きしている!んっ?と思う間が あらばこそ・・・次の瞬間?船上の椅子に座っている 自分がいた!?

ピョートル大帝記念人類学・民族博物館。 カメラを出すのが億劫になる位、寒く毛布に 包まり震えるばかり。 寒さにギブアップして一人、二人と甲板から船室に 降りていく。 しかし、ロシアならではの寒さを体験することは 快感にもなり得ると一人ごち、やせ我慢した?

ネヴァ川に出る前に左がエルミタージュ美術館、右が エルミタージュ劇場・・・その渡り廊下の下がアーチ状に なっていて、今から その下を通る。 ワクワク・・・。

ネヴァ川のクルーズだ! 時は寒風吹きすさぶ夕刻。寒さ対策に小型毛布があり 私の座した椅子には3枚あった。ラッキーと思い使って いたら、件の女性が使いすぎ云々と言っている。 寝たふりしようかと思ったが、彼女の体格に負け 返した?

出発地点に着く頃は、夕闇濃く、橋などのイルミネーションが 美しかった。

ペテロパブロフスク聖堂の鐘楼が遠く見える。 要塞の内部見学はしたが、聖堂は外面のみで終わったことが 悔やまれる。

船尾から望む。広い!

クルーズその②モスクワ モスクワ市内、ホテル・スプートニクの1Fにある 和食レストラン「青空」の料理長、一郎さんに ラジソン・クルーズは絶対TRYした方いいと勧められ 早速、翌日の午後、乗船することに。 帰国前日のことで、かなり忙しかったが、結果、 大満足した。 乗船して席に着いたら、クルーズのコース入りMAPが 各テーブル上に置かれていた。

かなりスタイリッシュな船内の雰囲気に二人とも満足。 乗船時刻が午後3時過ぎで、客達は早めのディナーを 注文していた。乗船時間は約2時間半。 乗船のみでもいいそうだが、私はハーブ・ティーを 頼んだ。出てきたのはグリーン・ティで 何のことは無い、日本茶である! 思わず、苦笑。でもいい。雰囲気も手伝って美味しかった。

ペテルブルグのネヴァ川に比べると、大きく 広い運河にびっくり!

はるか向こうに救世主ハリストス聖堂の 金色の玉葱?屋根が見える。

救世主ハリストス大聖堂。 トルストイの「戦争と平和」の名作の背景となった ナポレオン戦争に勝利した記念に建てられた。 しかし、スターリンが教会の象徴ということで爆破され、 99年によみがえったそうだ。(朝日新聞より) 堂内の見学は、二人で二万円とかで、企画会社が断ってくれた?

長さ凡そ2.25Kのクレムリン・・・クレムリンの 意味が城塞とは、初めて知った。成る程。 川から眺めると納得。

向こうに見えるのは芸術家アパート・・・と思う。 音楽家や画家などの住まいとして建てられたそうな。

ロシア皇帝ピョートル一世の巨大な像。 彼はサンクトペテルブルグを建都したことでも有名。 朝日新聞に、18年君臨した末、ロシア大統領に、 解任されたばかりのルシコフ前市長の権力の シンボルとして物議を醸してきた彫刻で、移転話が 持ち上がっているが、膨大な移転費(約8億4千万円!)が 勿体無いとかの記事を読んでいた。 何せ重量が約600トン! これは是非、件の像を見てみたいと願っていた矢先、 目に飛び込んできた!ラッキー!

大観覧車やジェットコースターがあるゴーリキー公園。

帰り着く頃は、夕闇濃く電飾が華やぎを見せている。

樹々にも電飾が施され・・・見惚れる。

2時間半、この船で川から眺めるモスクワ観光をした。 冬季は凍結したモスクワ川を「砕氷船クルーズ」として 航行している由。 ラディソン・クルーズ。良かった! さっ、これからロシア最後の夜の締めくくりに ボリショイ劇場へ行かねば。 バタバタ・・・。

夕闇の中に堂々と華やかな姿を見せる ラディソン・ロイヤル・ホテル。 スターリン様式の建物とか。尖塔も特徴の一つ。 ラディソン・クルーズの謂れである。 このホテル前に桟橋がある。 旧名はホテル・ウクライナ。

翠の屋根が美しいクレムリン大宮殿。

プーシキン像(Александр Сергеевич Пушкин(Aleksandr Sergeyevich Pushkin)) この近くに住み、エカテリーナ宮殿のリツェイ(学習院)での公開試験で朗読した詩が認められて世に出たことを記念して公園に像が作られています。 アレクサンドル・プーシキン:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%AD%E3%83%B3

エカテリーナ宮殿(Екатерининский дворец(Catherine Palace))主階段(Парадная лестница(The Main Staircase)) 『大広間』や『琥珀の間』のある二階につながる階段です。東側に『目覚める天使』、西側に『眠れる天使』の像があります。 エカテリーナ宮殿:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%AB%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8A%E5%AE%AE%E6%AE%BF 主階段:http://eng.tzar.ru/museums/palaces/c_atherine/main_staircase

大広間(Большой зал(The Great Hall)) 大黒屋光太夫がエカテリーナ2世に謁見し、帰国を願い出た広間です。最も有名な『琥珀の間』は撮影禁止。 大広間:http://eng.tzar.ru/museums/palaces/c_atherine/great_hall 大黒屋光太夫:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%BB%92%E5%B1%8B%E5%85%89%E5%A4%AA%E5%A4%AB エカテリーナ2世:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%AB%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8A2%E4%B8%96 琥珀の間:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%90%A5%E7%8F%80%E3%81%AE%E9%96%93

キャメロン・ギャラリー(Термы Камерона(The Cameron Gallery Ensemble (the Cameron Thermae))) スコットランド出身の建築家チャールズ・キャメロン(Камерон, Чарлз(Charles Cameron))が建てた建物です。 キャメロン・ギャラリー:http://eng.tzar.ru/museums/palaces/catherine_park/cameron チャールズ・キャメロン:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%B3

ペテルゴフ宮殿(Петергоф (дворцово-парковый ансамбль)(Peterhof Palace)) サムソンの噴水です。中央で背中を見せているのがサムソンです。 ペテルゴフ宮殿:http://en.wikipedia.org/wiki/Peterhof_Palace サムソン:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%82%BD%E3%83%B3

大滝(Большой каскад(Grand Cascade))と大宮殿(Большой Петергофский дворец(Grand Peterhof Palace)) 下側から見た、サムソン像(左中央)、大滝、大宮殿(奥)です。

大宮殿(Большой Петергофский дворец(Grand Peterhof Palace)) 庭園側から見た大宮殿です。ロマノフ王朝のシンボル、頂には双頭の鷲の像が載っています。

ロシア専門の旅行社に依頼すれば、確実に劇場のチケットを手配することが可能です。しかし、インターネット予約の魅力は、何といっても、自分が見たい席を指定できること。 この魅力に抗えず、無謀にも初ロシア訪問で、マリインスキー劇場のチケットをインターネットで予約してみました。

まずは、マリインスキー劇場のホームページ(http://www.mariinsky.ru/)にアクセスします。また、ウィキペディアの「マリインスキー劇場」の項目に、リンクがありますので、こちらを利用してもいいでしょう。 ロシア語表記のホームページが表示されますので、右上の"English version"(画像参照)をクリックして、英語表記にします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

早速予約したいところですが、まずは自分の情報を登録します。右上の"Registration"(画像参照)をクリックします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

必要な項目を入力して、一番下の"Регистрация(=登録)"(画像参照)をクリックします。そうすると、メールでログイン名(メールアドレスと同じ)、パスワード、カスタマーコードが通知されます。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

3番目の画像にある"Login"をクリックして、ログインします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

ログインすれば、座席を予約できる状態になります。しかし、もう一つ作業があります。右上の"Profile"(画像参照)をクリックします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

初期の状態では、国名がロシアになっているので、これを日本に変更し、一番下の"Сохранить(=保存)"(画像参照)をクリックします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

これから先の手順は、インターネットで買い物をしたことがある人なら分かると思います。 "Playbill and tickets"(画像参照)をクリックすると、日付の近い順に演目が並びます。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

ここで注意しなければならないのは、演目がホームページにアップされるのが結構遅いということです。スケジュールを見ていると演目が随時追加されています。 自分の見たい演目がないとしても、後日追加される可能性があります。 旅行社でツアーを予約して、マリインスキー劇場を訪れる場合、ツアーの予約時点で演目が不明なのはこのためだと思います。 白鳥の湖やジゼルなど、見たい演目が決まっているのであれば、自分自身で旅程を決める方がよいでしょう。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

"Buy tickets"をクリックすると、座席の指定画面に移ります。黄色い丸が現在予約ができるところです。 自分の見たい席をクリックすると、赤く表示が変わります(画像参照)。 なお、ロシアではマリインスキー劇場のような場所では、外国人料金があります。"Full rate"が外国人料金(正規料金というべきかも)です。 また、あるホームページでは、"Stalls"(舞台前の一等席)は勧めないと書いてありました。これは日本人が他の外国人よりも体格的に劣るからだそうです。 予約したい席を全てクリックしたら、"Add to basket"をクリックします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

"Basket"の画面で、支払い金額を確認します。最初は、"Special rate"の方にチェックが入っているのですが、"Full rate"に変更します(画像参照)。 これ以上座席を指定しない場合は、"Complete purchase"をクリックします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

「50分以内に支払わないとキャンセルされます」と警告メッセージ(画像参照)がでます。この画面が表示されたあとは、マニュアルでキャンセルはできないようです。 また、実際に自動キャンセルになるのは、60分後くらいのようです。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

支払い方法を決定し、"Send request"(画像参照)をクリックします。 (画像は、http://www.mariinsky.ru/からの引用です)

カード支払いを選択すると"ASSIST"という決済システムに移ります。ここで、クレジットカード情報を入力します。ここで入力したカードは、現地で提示が必要です。 入力が終了したら、"Submit"をクリックします。 (画像は、http://www.assist.ru/からの引用です)

"Continue"をクリックすると、クレジットカード会社の画面に進みます。 (画像は、http://www.assist.ru/からの引用です)

クレジットカード会社の画面から戻り、"Submit"をクリックします。 (画像は、http://www.assist.ru/からの引用です)

支払いが完了した画面が表示されますので、"Print out"をクリックします。 (画像は、http://www.assist.ru/からの引用です)

印刷用の画面が表示されますので、ブラウザーの機能を使って印刷します。 ここで印刷したものは現地で提示が必要です。なお、ここで印刷し忘れた場合は、ASSISTから送られてくる、支払い内容確認のメールを印刷して現地で提示する必要があると思います。 印刷が終了したら、ポップアップされた画面を閉じ、"Back to Internet system"をクリックすると、マリインスキー劇場のウェブサイトに戻ります。 (画像は、http://www.assist.ru/からの引用です)

準備万端で、マリインスキー劇場に到着です。

正面入り口の様子です。3つ扉がありますが、どれかは開いています。 チケットオフィスは扉をあけて、更に扉があるので中に入ったところの右手にあります。

チケットオフィスです。"КАССА"という窓口が2つあります。

この窓口で、チケット代金支払い済みの書類と、パスポートか決済に使ったクレジットカードのいずれかを提出します。 私は、外国人だと窓口の人に分かってもらった方が都合がいいので、パスポートとクレジットカードを両方出しましたが、クレジットカードだけしか見てませんでした。 基本的に、チケット代金支払い済みの書類とクレジットカードだけで良いようです。

書類にサインを求められますので、一番下の"Билеты получил"のラインに、サインをします。漢字でかまいません。 これで、無事チケットが入手できました。あとは開演を待つばかりです。

マリインスキー劇場開演前の様子です。今回なぜか最前列の席がとれましたので勇気を出して座ってみました。目の前はオーケストラピットです。 参考までに、服装はタキシード、ロングドレスというような正装である必要は全くありません。上品なカジュアル調のもので大丈夫です。但し、色目は抑え気味に。また、靴はちゃんとしたものを履きます。冬のロシアでは雪用ブーツが必須ですが、雪用ブーツを履いてきた場合は、劇場のクローク前で履き替えてコート類と共に預けます。ブーツが入る少し大きめの鞄があると良いと思います。

これは終演後の写真ですが、開演前に劇場に入るときに、このセキュリティゲートをくぐります。カメラチェックなどはありません。ロシアでは劇場を狙ったテロ事件などがあったので、このようなチェックをしているのでしょう。

今回私は、ホテルと劇場の間を徒歩で往復しました。公共交通機関やタクシーを使う自信がなかったためです。 そのため、日本でガイドさんを手配し、事前に下見をしました。やはりロシアでも暗いところ、細いところは通らない方がよいということで、大回りでしたが大通りのみを使用して劇場を往復しました。 写真は、終演後通ったニコリスキー通り沿いにあるニコライ聖堂(Никольский морской собор)の前あたりの様子です。

宿泊先のホテル、アンバサダー(http://www.ambassador-hotel.ru/en/)です。マリインスキー劇場に近いというだけで決めましたが、新しいホテルで快適でした。ホテルのロビーにはATMもあり、わざわざ両替を頼まなくてもよいのも、良かったです。

ロシアの文化・風俗・注意点

 風土病的な特殊な病気は都市部にはほとんどありませんが、冬期は、気温の変動が大きいので鼻咽喉部の異常をきたしやすく、また、外出の際に帽子を着用しないと冷気で頭痛をおこしやすくなります。4〜5月頃には花粉が舞い、アレルギー性鼻炎、結膜炎が多発します。
 極東・シベリアでは、春先から夏期の繁殖期にかけて森林・草原に入ってダニに刺された場合に、非常に危険なダニ脳炎にかかるおそれがあるので、そのようなことが予想される場合にはダニ脳炎の予防接種を受けておくことが賢明です。ダニ100匹中5〜10匹の割合で同ウィルスを持っていると言われ、同時期の森林浴等は避けた方が良いでしょう。春から夏にかけて郊外に出掛ける際には、長袖や長ズボン、長靴を着用して肌を露出しないようにし、草むらなどダニが生息しているところには近づかないように心がけてください。
 ロシアでは、エイズの感染拡大が危惧されています。従来は、薬物使用に伴う注射針の使い回しから感染する例が多かったのに対し、最近は性行為による感染者数の増加が指摘されています。
 また、ウラジオストクではマムシに似た毒蛇も生息し、毒蛇による被害が年間約60件ほど報告されており、河原や森林を歩く際には注意が必要です。

 病気に罹患した場合には、欧米系のクリニックが利用できますが、入院や手術の場合は、日本で受ける医療と同等のものを期待することはできないでしょう。

 海外旅行傷害保険
 欧米系のクリニックでの治療費や移送費は極めて高額なので、補償範囲の広い海外旅行傷害保険に加入しておくことをおすすめします。また、本邦への転院や緊急移送の際には、煩雑な手続きや高額な費用を請求されることが予想されますので、手続きの代行や病気、傷害等に対する金銭面での対応が可能な保険に加入していれば、緊急の事態にも対処出来ます。なお、最近、既往症の再発により入院した旅行者が、保険に加入していながら適用を受けられず、入院費を自己負担した例がありました。保険をかけておられても、既往症やケンカなどの危険行為に起因する場合は、保険約款の「免責条項」に該当して、保険金が支払われないこともありますので、十分注意してください。

 医薬品
 薬の入手は医師の処方箋がないと難しく、また品不足のため処方どおり入手できるとは限らないので、風邪薬、胃腸薬、下痢止め等の常備薬は持参するべきでしょう。

 予防接種
 成人の場合、ジフテリア、破傷風、A型及びB型肝炎の予防接種が必要と思われます。これらのワクチンは現地でも接種は可能ですが、衛生上の問題や万が一副作用が生じた場合の補償も不明確なことから、予防接種は日本国内で済ましておくことをおすすめします。

 飲料水
 水道水は大陸性河川の水を利用しているため、色度、総硬度等が若干高値ですが、大腸菌群等は検出されていません。しかし混濁している場合が多く、生水のまま飲用するのは不適当ですので、ミネラル・ウォーターを利用することをおすすめします。なお、生水を飲料とする場合は5分以上煮沸すると良いでしょう。モスクワ以外の地域における水道水は硬度、混濁等が強く、飲料には適しません。最も安全な飲料水は市販されているミネラル・ウォーターです。

 食料品
 肉類や魚類、卵類、乳製品、野菜類等は品質管理が決して良いとは言えませんので、十分加熱してから食べてください。果物は、傷の無いものを購入し、きれいな水でよく洗浄して皮をむいて食べてください。生野菜も衛生的な水で充分洗浄してから食べてください。