スポンサードリンク

イルクーツクってどんなところ?

世界最深の淡水湖バイカル湖の北西60KM、アンガラ川の岸辺に位置する古都。かつて中国、モンゴルとの交易で栄え、また金の採堀でも知られていた。今では東シベリアにおける経済・文化の中心地。

イルクーツクの地図

イルクーツクのブログ旅行記

世界一周旅物語(せかたび)- ロシア(Russia) アーカイブ

イルクーツクでは、ロシア人よりボクらのほうが歩くのが速かった。それが、モスクワ では抜かされっぱなしだ。 .... そして、グラハムが2週間前に東京へ行って、その後 ウラジオストック、イルクーツクと旅をし、モスクワを目指していることを聞いた。 ...

バイカル湖・氷彫祭り - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2010年2月4日 ... 週末から「氷彫フェスティバル」が始まります、とイルクーツクのイーストランドツアー さんからご連絡がきました。 美しいですが、う~ん・・・・・・・・・・・・・・・・ あちらも、こちらに劣らず寒そうです。 ...

世界一周旅物語(せかたび)- 祝!シベリア鉄道乗車① アーカイブ

2005年6月20日 ... ボクらはイルクーツクへ寄ったので、モスクワまでの3泊4日を「バイカル号」に乗車した 。 ... 中国北京からモンゴルウランバートルまで29時間、ウランバートルからロシア イルクーツクまで25時間、列車の旅には慣れてきたような気もする。 ...

ロシア・コーカサス・バルカン諸国 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの ...

ロシアのカーニバル(謝肉祭)『マスレニツァ』の様子がイルクーツクのエーストランド ツアーさんから届きました。 ... 週末から「氷彫フェスティバル」が始まります、と イルクーツクのイーストランドツアーさんからご連絡がきました。 ...

世界一周旅物語(せかたび)- ここが我らのバイカル湖 アーカイブ

2005年6月19日 ... バイカル湖の主要街リストヴァンカまでは、イルクーツクからバスで2時間。しかし、 ルーブルへの換金手続きに ... ロシア語しか話さないというイルクーツクのロシア人が 多い中、大変助かった!時速100キロも出してくれ、1時間ほどで到着 ...

透明!!バイカル湖 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2010年6月27日 ... ブリヤート共和国とロシア・イルクーツク州にまたがり、 威風堂々、決して素敵なだけ の存在ではありません。 シベリアのタイガの中にまるで海のようなバイカル湖。 2500年 前に海から孤立し、徐々に淡水化しましたが、 ...

世界一周旅物語(せかたび)- 北京の雰囲気はバスから アーカイブ

2005年5月31日 ... ウランバートル発イルクーツク行きの263列車には食堂車はありません。 キャビアは ウランバートルやイルクーツクがお得。モスクワ・サンクトでは高かったです。 さて、 中国語で「百得」「百事」って? 投稿者 江戸町 : 2005年05月31日 ...

2010年2月 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

ロシアのカーニバル(謝肉祭)『マスレニツァ』の様子がイルクーツクのエーストランド ツアーさんから届きました。 ..... 週末から「氷彫フェスティバル」が始まります、と イルクーツクのイーストランドツアーさんからご連絡がきました。 ...

イルクーツクの写真・旅行記

いよいよイルクーツク滞在もラスト!! フリータイムに「シベリアのパリ」と形容されるイルクーツクの街をブラブラ歩いて見て回りました。 木造建築の建物が美しい街並みでした!しかし!ここは旧ソ連、ロシア!運悪く、この日は、現地警察の中国人狩りの日!!ツアーの参加者でも中国人っぽい顔?やバックパッカーのような怪しげな格好の人が次々に警察に確保されました。慌てて、現地ガイドさんが詰め所を回って、参加者を救出に行きました。 なんとか無事、所定の集合時間までに全員釈放され飛行機に乗ることが出来ました! 私はそんな事があったとは知らず、仲間と地元デパートでショッピングを楽しんでいました。 西側にも開放されたロシアですが、まだまだ危険な面もありますので、渡航を計画される方は、西側の欧州とは全く違う!という感覚を持って旅行してください。 帰りのイルクーツク~ウラジオストク間の飛行機は、ありえないくらいのボロさ!!しかも自由席で席の争奪戦!壊れやすいものだからとでかい車の窓ガラスを持ち込むロシア人・・。座席やトレイが壊れていてオリジナルポジションに戻らない・・。普通の国では味わえないアンビリーバブルな事件の連続でした。 そんな山あり谷ありのシベリア鉄道の旅でしたが、こんなに長い鉄道に乗れるのはロシアだけなので、ぜひ興味をもたれた方は、乗ってみてください!! 私もこの鉄道の旅を経験してから、色々と人生観が変わりました。 それくらい、このシベリア鉄度乗車には価値があります!

朝は昨日と同じくインツーリストホテルのレストランで朝食です。ぱっとしない内容なので連泊はしたくないものです。

食後、午前中はフリータイム。 ぶらぶらイルクーツク市内を歩いてみました。

イルクーツクでは、ウラジオストク同様、路面電車が現役で活躍していました!

木造建築が立ち並んでいました。

さすがは、シベリアのパリといわれるだけはあります。これらの木造建築家屋は、保存する政策が取られています。

通りの様子です。 やはりシベリアのパリか・・人通りは少ないです。 車は日本で見かけないような車種が多かったです。ロシア製でしょうか?

地元のバスです。建物が美しい!!

イルクーツクの繁華街にやってきました。

市場は賑わっていました! しかし犯罪も多いので気を引き締めて行動しました。

イルクーツクの百貨店内ですが、品揃え、品質共に日本と比べると格段に落ちます。 そういう国だと思って旅行することが大事です!

趣きある建物です! 見ている分には良いのですが、ロシアのお店は大きな看板やショーウインドがない為、何の店かわからないのが痛いです! しかも看板があってもキリル文字解読できないし・・。 シベリアの都市ですと、英語だけでは、ちょっと心細いです。ぜひロシア語を覚えて旅に出ましょう!

いよいよイルクーツク市内を離れて空港へ向かいます。 実は、私が快適に、イルクーツク市内散策している間、運悪く!?地元警察の中国人狩りに引っかかり、誤認逮捕されるツアー参加者が続出!! ロシア人にとって、中国人と日本人を区別するのは難しいみたいです。しかも間違ってつかまった人は、やはり!?日本人離れ?中国人に似ていたり、みすぼらしい格好をしていたりと、それなりに危険な要素はあったみたいです。カラフルなバックにデジカメ片手の私は、バリバリ日本人に見られたようです。 現地ガイドさんがあちこちの詰所や警察を回って、ツアー参加者を救出に回っていたというから、お疲れさまでした!と言いたかったです。 なんとかタクシーをすっ飛ばしてピックアップし、集合時間には全員ホテルに戻ってくることができました。 無事、イルクーツク空港へ向かえました!

イルクーツク空港にやってきました。 イルクーツクからウラジオストクへは、ダリアビア航空(H8-346)に乗りました。 びっくりしたのは、席が指定席ではないので、空いている席を捜して座るというものでした。 しかも、搭乗口での順番は、旅行会社の力関係で決まるという不条理さ!! 安ツアーの我々一行は最後尾!!ニエット!! 本当に席はあるのか?と着席までドキドキでした。 なんとか全員乗れました! う~ん、日本では考えられないアバウトだ!! ビジネスクラスなんてありませんから、1人でもオーバーブッキングしていたらどうしていたんだろう!? 次の便なんて、いつ飛んでくるかわかりませんからね!

まず、離陸するとサイダーもどきの飲み物が出てきました。なんとも、いえない味でした。ロシア版サイダーか!??しかも、かなりチープな器に出てきたし・。恐るべし!ダリアビア航空!!

機内食は意外と充実していました。 国内線ですが広い国土のロシア!4時間もフライトするからでしょうね。 空港に軽食コーナーしかなく(しかも店員いないし!)、食事にありつけなかっただけに、ありがたかったです。 お魚もなかなかの味でした。お腹が空いていたから美味しく感じた!? 味付けご飯?は、かなり不思議な味でした。 やはりロシアのエアラインはエキゾチックです!!

ツアー一行は、無事、ウラジオストクに到着しました。 しかし!!問題発生!! ウラジオストク空港で、延々と回っている荷物が! あれ!?と思い私がネームタグを確認すると、シベリア鉄道のコンパーメントでご一緒した方のトランクではありませんか!! このツアーは格安で、予想を上回る申し込みのために、後から申し込んだ方は、関空経由か1日遅れのハバロフスク経由となりました。 その中の1人のトランクをイルクーツクのホテルの現地スタッフが間違えて、こちらのウラジオストク経由の我々一行の荷物の中に入れてしまいました。 なんと!そのトランクの中には、その方の持病を抑える薬なども入っていたから大変!! その頃、ハバロフスクでは荷物がない!!と添乗員さんとその荷物の持ち主がバタバタしていたとか。 当時は、まだロシアでは携帯電話がメジャーでなかったので、固定電話での連絡。添乗員さん同士で連絡が付いたのは夜遅くになってからでした。 やはりロシアはアンビリーバブルなことが起こる!   今夜の宿泊は、1日目と同じウラジオストク・ホテル(旧インツーリストホテル)でした。 廊下にはフロア担当のおばちゃんが居ります。

夜はホテルの上層階にあるバーで飲みました! この店は西洋風でした! しかし、おつまみにあったテンプラは、日本の天婦羅とは、似ても似つかない恐ろしい小麦粉の塊が出てきました。 やはりロシア恐るべしです!!

ウラジオストクの夜景です。 ホテルの窓からスポーツ湾を撮影しました。 灯台のライトが綺麗でした! 明日はいよいよ最終日!日本に帰る日だ!感慨深い!! 今夜は寝れるかな??Zzzz

早朝のウラジオストクの様子です。

いよいよウラジオストクともお別れです。

朝食会場は、ウラジオストクホテルの地階、日本料理さくらでした。漢字の看板が泣かせますね。 隣は、Fujiyamaというバーですが、日本語が喋れる店員がいるわけでもないのが凄い。 一応、Tenpuraというメニューはありましたが・・。 ツアー客でいっぱいであった為、時間差での食事となりました。私は遅組でしたが、途中で料理が切れる・・という日本ではありえない事態が起こり大変な事となっていました。 違う旅行会社の食事を、別のツアー一行がレストランを間違えて入ってきて食べてしまったのが原因らしい。 ロシア人店員しか居ないので、どこの日本の旅行会社の人間か!?区別が付かなかったらしい。 ここでもロシアの洗礼を受ける!!

運よく!?ちゃんと朝食にありつけましたが、これまた微妙な味でした。 メニューもお粥もどき以外、日本食じゃないじゃないか!!と突っ込みたくなる内容でした。 やはりロシアに多くを求めてはいけません!!

ウラジオストクの空港に着きました! ロシアとのお別れが近づいてきました。 本来は撮影禁止ですが、皆、レアもののロシアの飛行機にシャッター切りまくりでした! 今は、以前より緩くなり、注意されるだけで、フィルムやカメラ本体の没収はありませんでした。

シベリア鉄道ツアー、ほぼ終了!!を祝して、ツアー中、仲が良かった方々と記念撮影をしました。

いよいよウラジオストク航空機は空港を飛び立ちます! ありがとう!シベリアの大地!!

離陸後に出てきたロシアンビールとおつまみです! 最後にロシアの味を堪能!! 美味い!!

1時間半の短いフライトなので、機内食はこの程度。 酒のおつまみ!という感じでした。 味は期待しちゃいけません!このウラジオストク航空機が描かれたシュガーの袋やロシアのキャラクターが描かれたチョコの袋を見て楽しむのがロシア通です!笑

最後の締めは、やっぱりロシアンティーです! 美味い!!

時間的に、飛行機はもう日本領です。 間もなくこのツアーも解散!と思うと、ちょっと寂しくなりました。 なんせ、あの狭いコンパートメント、車両に3泊4日、苦楽を共にした仲間ですからね!

日本の大地が見えてきました。 あ~日本に帰ってきたんだ!

港の工業地帯付近を旋回して着陸しました! 無事、帰国です!!

でました!! ツポレフ名物の前に倒れる座席です。 この辺も、恐るべしロシア!!という感じです。 なかなかボーイングやエアバスでは体験できないことです!

ツアーは新潟空港で解散。 ここから全国各地に旅の猛者たちが、家路に着きました。 私は、空港バスに乗り新潟駅へ! 駅前で記念撮影してみました。

帰りの上越新幹線車内で食べた駅弁です。 ロシアでは、まともな日本食は食べられないので、ちょっと嬉しかったです!

ロシアのお土産たちです。

バイカル湖のキャビアです!!

街の裏手をふらふらと・・・

イグルーの留学生たち。 基本、英語とロシア語で会話しますが・・・・ とにかく大変-0- 飲む量ハンパねーーーー

ショッピングモール裏手にある 餃子屋さん。 餃子というより、モンゴル系ブリヤート族の 「ボーズ」 なんと!!!マヨネーズをつけて食べます。 でも、これが案外旨い!

列車に揺られて40分。 郊外の森にやってきた。

あの森の中で きょうはシャシュリク(ロシアンBBQ!)

メンバーはイグルーの日本語学科とその仲間たち♪

火をおこして、 串にさしたお肉をやいていきます。 ITs シャシュリク!

ふら~っときて、 ふら~っと肉焼いてくって、 サラダにウォッカとビールで乾杯。

もちろん ロシアン黒パンも! 森が近いって、いいなああああ でも、トイレがないのが・・ちょっとー0- 森のちょっと奥までいって・・・・・ってことに なりますー0-

そして、酔っ払って帰っていきます苦笑

日付変わって 今日は友人チョーマの誕生日。 車と運転手を一日貸しきって バイカル湖畔はリストビャンカで またまたシャシュリク大会!

誕生日会を ちょっとそこまで、 バイカル湖畔で できちゃうイルクーツクって なんだか素敵♪☆♪☆♪☆

途中博物館で バイカルアザラシを見学。 う~ん、まるっこい・・ ばいかるあざらし: 淡水に棲む世界で唯一のアザラシ。

さ、パーティーの始まりです! やっぱり最初は大量のサラダから! サラダを食べつくさないと、肉が回ってこないという 野菜しっかりとるシステムになってます。 でも、乾杯はやっぱり、ウォッカ・・・・-0-

全員集合、のときは、まだ誰もよっていない・;・ このあと、飲みすぎて、 写真は一枚もとれずー0-

そ、こんな感じで・・ それでもみんな、男子はサッカーやったり、 女子はおしゃべりで 酒に強いものだけが、生存していく苦笑

ちなみに、トイレはあちらの建物・・ ちなみに、トイレはあちらの建物・・ (゚д゚ノ)ノ ヒィィ!! ってなります・・・ いや、トイレという名の空家・・・・

イルク市内にある日本料理店 「WASABI」 板前さんと、従業員さんも 和風感だしてます!

久々の日本料理、 といってもまずは カリフォルニアロール的な?! 苦笑

メインの寿司桶! お値段のほうは、ちょっぴり高め。 日本並み・・

日本酒・・ 正直、水で薄めた?感がありますが、 ロシアにまで来て贅沢言ってらんねーーーー

スウィートポテトの すうぃーつですっ!

イルク滞在も終盤にさしかかり、 町中をウロウロしました。 まずは、長距離バスターミナル。 ①バイカルに浮く島  オリホン島(Ольхон:私はアルホンと言ってますが) に行くとき!⇒旅行記「バイカルに浮かぶ島」をどうぞ ②アルシャン(ブリヤートの言葉で魔法の泉) に行くとき!⇒旅行記「アルシャンに向かう」をどうぞ ご利用ください、このバス停^^*

よく利用してたレストラン ピザ屋のPICASSOとママシュキー。 ママシュキーのロシアンファストフードは 好きなものをセレクトして 一人大体600円くらいです! ちなみにテーブルにはいつも 「つきだし」のごとく ビスケットがおいてあります♪☆

イルクの中心部 カールマルクス通り。 奥に見えるのがいわゆるショッピングモール。 向かって左手に中央市場。 さらにその向こうが上海リーナック(チャイナ市場)

韓国の中古バスが走り抜ける 違和感・・・・

冬には凍るアンガラ河も 夏は水が透き通ってます。 これもバイカルのおかげ?!

アンガラのほとりの博物館。 お土産品もかえます。

市中心部にある 音楽ホール。 さすがに音楽の盛んな国です。 フィルハーモニーの演奏など 気軽に楽しめます! しかも2~300円!

横断するときは、走れ?!

アイスクリーム屋さん! ストリートのいたるところにある! 「マグナム(アイスの名前)、パジャーラスタ!」で かってください♪

いっぱい いい人に出会えたイルクーツク。 6月中旬、 帰国です。

真新しいシベリア航空で 中国瀋陽経由で帰ります。

チーズも、バターも、マヨネーズも やっと慣れかけた 3ヶ月目。

また、来るからね~ バイカルに呼ばれたら♪☆

観光ビザは何かとめんどくさそうだし、長期間ホテル暮らしは嫌だし・・・鉄道乗ってうろうろするにも、やっぱりめんどくさそう・・・ で、思い立ったのが留学ビザで3ヶ月。 ちなみに2つの学校にメールを送って、最初に返信が来た言語大に決定。 何度かメールのやりとりをして、正規クラスは受け入れてもらえない時期だったので プライベートレッスンとしてビザを出してもらう。 瀋陽にいたので必要書類はすべて瀋陽のほうに送ってもらった。 瀋陽にはロシア大使館があるのでそこでビザの申請をしにいった・・・・・ っがっっっっ!!!!

ここからが苦難の道のりだった・・・ あらかじめ東京のロシア領事館に瀋陽でもビザ申請可能と確認はとっていたのに、 いざ現地に行くと、NOの返答。 大使館内に入らせてもくれない・・・ (玄関前で警備員に書類チェックがあり、そこで退場をくらうTT) 東京大使館に電話を入れて何度も確認したが、他国でもOKとのこと。 大使館前であーだこーだやり、出てきた領事館員のロシア人に東京とのやりとりした内容を警備員に伝えてもらったがNOの一点張り。 北京の大使館ならできるよ、といわれ、 北京の大使館に電話をいれるといろいろ具備書類が必要・・(中国の銀行の残高証明だとか、諸々) でも、この一件で中国語がうまくなったので○ (←すでに大陸的なポジティブさになっていた・・) 北京に行くとなると、時間と金が無駄だ。 で、揚げいた挙句、日本で申請することにした。 瀋陽発イルクーツク行きが、瀋陽発中国横断東南アジア横断となってしまったわけ。 とにもかくにもこれがやっとこさ取得したビザ

さて、大阪発ソウル着、数泊、瀋陽(1泊)・・・ で、これ乗ってイルクーツクへ。 で、偶然瀋陽で友達になったアンナに会う! 2時間10分。中国との時差1時間。でも日本との時差も1時間。 飛行時間はたいしたことないのに・・ S7 506 瀋陽 15:40 (出発)  18:50 (到着) 入国審査に膨大な時間と労力が・・ 中国人:ロシア人 5:5で、 日本人1名。そう、私のみ! ロシア人への審査は早い。アンナもあっというまに行ってしまった。 残された50人余りの中国人と日本人1名は 一人の審査員に群がった。 でもこの人を通過しても、また審査・・・ で、預けたかばんをもって荷物チェック。 1,2時間は空港に閉じ込められてました。 人一人はいってる、ちっちゃ~いキオスクみたいな銀行で少しばかり両替して、 pick upの学校の職員さんに連れられ寮へ・・・

これが寮。 寮はドアをあけるとまず管理人室の前を通って、 4階まで階段であがる。 またドアがあって、そこをあけると留学生の部屋が4部屋と、台所にはいれる。 台所もコンロとシンクが4部屋分常備されているし、お互いフライパンとかも貸し借りしている。キッチンに4人がけのテーブルといすがあってよくここで朝ごはんをとった。 たまに中国人の隣人がチャーハンつくってくれたりして、およばれしまくっていた。

寮から見た着いた日のイルク。

4人部屋に3人で住んでました。 3ヶ月ず~っと世話になりっぱなしだったルームメイト。 写真のベルギー人カトリーヌ。大学でロシア語を専攻している20歳。 若いねえ・・・しかもロシア語はもう完璧やし とりあえず最初は英語が共通語だったけど、3ヵ月後には 私もある程度ロシア語で喋れるようになってました。

後ろがもう1人のルームメイト アン。 その前がアンの彼氏で、わざわざベルギーから 遊びにきた!!2週間程滞在。 メガネのユルーンも同じベルギーからの留学生で、 同じ学校に通うんやけど、寮生活はせず、 ロシア人のところにホームステイ。 ベルギーのこと① 公用語はオランダ語なんやけど、TVは英語の番組がほとんどで、子ども番組ぐらいがオランダ語。 歌手もオランダ語で歌わないで英語でCDを出すし。「なんで?」と聞くと、実際オランダ語ってオランダとベルギーでしか使わないから、歌をオランダ語で出しても売れない(売れる数が限られてくる)し、人気もないそう。 そういう話を聞くと、ブータンを思い出すなあ・・・ブータンも国語であるゾンカが衰退の危機っていえるくらい英語がはびこってるし・・・ しかもカトリンもアンもオランダ語、英語、ロシア語はもちろん、フランス語ドイツ語、今はポーランド語勉強中らしい。ポーランド語もロシア語に似てるから覚えやすいらしい。 なんでこんなにできるのか。やっぱりちょこっと遊びにいくのに、フランス行ったりするから自然と身に付くんだって。 日本人って日本からちょこっと遊びに行くのができんから・・・ねえ。

*イグル~*イルクーツク言語大をこう呼びます。  の寮の敷地内。 数棟の寮の中は庭?!みたいになってますが、 庭というより通り道・・・

上の庭を道路側にいくと、 ボルジュスカヤ停留所があり、 こっから中心街にでていきます。 停留所の裏手にちょっとした市場があるので、 結構便利。 こっちはトランバイの乗り場側。 上海リーナック(中心街のチャイニーズタウン) にいける!

夏になると、こんな感じ。 バス、トロリー、トランバイ・・・とりあえず 全部とまります! バスかトロリーで学校まで20分。 この裏手に小さい市場があります。 初日、学校から帰ると、管理人のふっといおばちゃんが、4階のかぎは自分でコピーしないとだめらしくて、近所の鍵屋で作ってこいといった。 ロシア語やったからチンプンカンプンやったけど、なんとか意思疎通はできるもので、この停留所の地下で55ルーブルでコピーした。 ただ、おばちゃんがいうには20ルーブルとかいってたのに・・・ でもベルギー人に聞いてみると、同じところでつくって80ルーブルやった!と激怒していたーー;; まあ、言い値なんだね。 停留所の裏の雑貨屋さんでスリッパを購入。80ルーブル。日本なら100均で買えるのになあ。

トランバイ乗って20分。終着。 5ルーブル。 市のど真ん中の公園を横切って学校通ってた。 トロリーは6ルーブルやったかなあ・・ 暖かくなるにつれて、学校まで歩いて通い始めたけどね。1時間ーー;;

キロヴァ広場。 この右側にアンガラホテル。 到着2日目、 アンガラホテルで国際電話しにいったが、かけ方わからず。 電話局のおばちゃんに、最初はロシア語でなんとか聞いてたけど、さすがにわからないので、「モージュナ パ アングリスキー?パ アングリスキー パジャーラスタ!」(英語できますか?)と、言うと、「ニエット!」と言われて窓口をピシャリっ! はあ、疲れるロシア・・ ちなみに、奥にある噴水は、夏になると・・・

こんな感じ。 やっぱ、夏がいい!!!! 明るい感じがいい!!

イルクの言語大学。(夏になってからの写真) ~~~~ アンガラホテル事件の後、学校にいってさらに授業の手続き。 ここでもひと悶着ありました。 ロシア人の「ジェニギ(金)」精神にはホトホト疲れる。 まあ、どこの国でもそういうことってあるけどさ。 「さっさと授業料もってこんかあああ」と金をせびりながらも 書類は間違いだらけで作成されてるし・・・ ああ、なんとかなるかな、あと3ヶ月。(半笑半泣)

担当する先生と少しはなして、授業は木曜日から。 学校の入り口にネットルームがあるので、そこで1分1ルーブルでネットをしてから、 バスに乗って帰る。 帰るとルームメイトのカトリーヌが帰っていたので一緒に話をしたり、はがき書いたりしてすごした。これから3ヶ月、カトリンとはすごくいろいろ話をしたりして、いっぱい助けてもらう。 20歳とは思えんくらいしっかりしてる ・・・助けてもらってばかりの25歳・・・

市場で食べ物を少し買った。 これがまた困難・・・手にとって買うのでなく、指をさしてあれだこれだと買い物しないといけないので一気に疲れる。雪もいっぱい降ってるし・・寒いし・・・ ちなみにピロシキは「リース・ヤイッツア」(ご飯と卵)の具が好き♪(炭水化物摂りすぎーー;) 6ルーブル。横のピザは22--;;たかっ。 これも、名前を読むのが一苦労・・ 勉強しなきゃと思わずとも、 生き残るために自然と読み書きは覚えてゆく・・

ベルギー人のルームメイトのおかげで少しベルギーのことが詳しくなった(?!) さらに、ポーランド人の友人もでき・・・ フライドポテトって、もともとベルギーの伝統料理なのに、世界では「フレンチフライ」と、フランスのものになっている!とベルギー人がイラッと思ってることとか。日本ではフレンチフライよりもフライドポテトって言うほうが多いかなあ、韓国ではフレンチフライだけどね。というと「日本びいき」になるおちゃめな民族だったり。

中国人の王チャンにもチャーハン作ってもらったり おせわになりました! 王チャンはとは中国語で話をしたり、他の国の子がいる時は英語になったり・・ 頭がフル回転していたピークの時期だった・・ (もう回転しにくい・・・) 上海リーナック(中央市場)を教えて連れて行ってくれたのも王チャンでした。

カトリンが初日に紹介してくれた韓国人男子が「チャンボム」が、いろんな人を紹介してくれたり、イベントにも連れて行ってくれた。 これはイグルーで「日本語スピーチ大会」の時の写真。極東の日本語専攻の大学生が集まった一大イベント! スピーチもすごかったけど、イベントもすごかった。 イグルーはマツケンサンバ(笑) カトリンがえらく珍しそうに見ていた(苦笑)

ロシアでは本当に友人に恵まれた。いや、どこに行ってもいつも周りの人が支えてくれたし、いい人ばっかりだった気がする。そういうとこ運が強いというか・・ ただ、いやな思いをさせる人も中にはいるけどね・・学校とかホテルとか(苦笑)

さて、初授業の日!はりきって学校に行きました!!!韓国のバスも学校を横切っております!! がっっっ 先生が急なミーティングが入って今日の授業は中止・・・ たった80分の授業のためだけに、学校きたんだよおおおおおお(涙) ああ、この文化にまったく慣れやしない。 このことをカトリンに話すと、もう悟ったように、 「通常の授業でだって、ドタキャンはよくあるよ。 30分待っても先生こない・・・音沙汰ないから 教務室に聞きに行くと今日は来れない。って言われたり。 だったら代わりの先生が伝達に来るとかすればいいのに、待ちぼうけだよ!!!でももうしょっちゅうそんなんだから、いらいらしながらもあきらめてる。」 かなりショッキングな悟りを聞いた気がした。 うん、そっか、私にだけ降りかかる災難じゃないんだね。 じゃ、まっ、こういう国だと思いましょう。 ある意味アバウトなことって大事だから(ヤケクソ)

アンガラ河のほとりで、 軍隊マーチ。 5月6日。何の日?!

アンガラ河横の郵便局に行って、 その近所のカフェに寄るとき、の話。

女子隊。

アンガラ河横のとあるカフェ。

メニューはこんなかんじ。

安くも高くもない・・・ でも、味は保証(苦笑)

アイスクレープ 50R タルト30R なぜだ、カプチーノ80R。 ドリンクがべらボーに高い・・

中央競技場。 すぽるたんじや・・・ 中はお店が入ってます。

イベント中です。 民族衣装で

踊る人・・・

プレゼント屋。 プレゼント物やら花をおいてます。 建物がかわいい☆

競技場の前の露天花屋。 冬の終わりを感じさせます、 ええ、5月でやっと・・苦笑

競技場の向かいの 看板も特にない、隠れ家的な食堂の サリャンカ。 地元の人がいっぱい。 トレーで好きなものを取って 最後にレジな、セルフ屋なので 気楽にいけます。 しかも、安い!

サラダ 160R

各種にくりょうりい。 250~280R

ビール2本・・・ いや、決して子どもの分ではないと思います!

アンガラの遊覧船は60分30R

駅に向かうときに、渡る橋が みえます。

おおお! 落ちかかってる! ってか、すでに時遅し的な?!爆笑

列車がながい。。

暖かくなってきたので 地元のこども達もこの笑顔♪

遊覧船乗船口。

この日5月14日の気温27度。 やっと冬が去った・・・ で、春もなく、すぐ夏・・・・・ みんながビール片手にアンガラへと 繰り出す。 でもイルクの夏は短い・・・・ そして、不安定。 というのも、この3,4日後 吹雪になるとは、このとき知る由もない・・・・-0-

ロシアの飛行機で、一番ポピュラーな機種、 ツポレフ158は、このような機体です。 ロシア国内線で、中距離用として、ロシア全土にわたり、使われています。 昔のボーイング727に、似ています。 ボーイング727を、そのインテリアを殆んど無くし、ジュラルミンむき出しの機内と、粗末な座席が、ロシア国内線のツポレフと、思ってください。 ロシア国内線に乗っていると、時々、アントノフ(下の写真)や、イリューシンに乗り合わせたりします。 また、たまに、ボーイングや、エアバスに出会ったりして、その快適さに、感激したりします。

イルクーツク空港。 この空港は、中々、手ごわい空港です。 案内人もなしで、旅行していますと、空港ターミナルが3つもあるのでお手上げです。 どのターミナルが国内線で、どれが国際線?? っとわからないのです。 しかも、国内線ターミナルが2つもあったりして、空港ターミナル内外を、ウロウロさせられたりします。 ロシア文字(キリル文字)表示で、しかも会話が、ロシア語しか通じない世界では、本当に困ります。 真冬に、ここでトランジットしたことがあります。 マイナス30度近い、極寒の中、吹雪の中。 該当のターミナルを求めて、ターミナル外をウロウロしていて、えらい目に会ったことがあります。 荷物を引っ張って、ウロウロしているうちに、手がかじかんできて、身の危険を感じたことがあります。 シベリアの冬は、5分と、外には居られません。 それに比べ、夏のイルクーツク空港は、のどかなものです。

さて、現地のお客さんの車で、イルクーツク市内からバイカル湖に、やってきました。 かなり車に乗っていました。 (1時間以上) バイカル湖が見えてきて、対岸が見える湖の入り口付近。 カモメが乗っている岩が、ありました。 (写真) 昔は、湖面水位が低い時、イヌイット(エスキモー)人の仲間?、ブリヤート人の祈祷師が、この岩のところまで舟をこいで行って、この岩の上で、精霊を祀る祈祷をやっていた、とのことです。 (ブリヤート人はモンゴル系で、日本人と同じような風貌をしています。 一説には、そのDNAは日本人と一致する場合が多い、ともいわれており、日本人のルーツ?という説もあります)

岸辺には、漁船や、観光船がたまっています。

驚いたことに、日本語、ロシア語、英語の3カ国語で書かれた看板の、土産物屋がありました。 日本人観光客も、結構、多いようです。 でも、この日は、観光客の姿は、閑散としていた。

湖沿いの道路には、レストランや、サウナ風呂や、土産物屋のバンガローが、ポツポツあったりします。 賑やかなところでは、このような屋台がでており、バイカルの土産物を売っています。 マトリョーシカやら、ブリヤート族人形やら、バイカルの石製品やら、いろいろ売っています。 どこかから、香ばしい匂いがしてきます。

バイカル湖で獲れる、魚のシシャクリ (串焼きバーベキュー)です。 バイカル湖は、綺麗すぎて、あまり栄養分がないので、魚の種類はそんなに有りません。 代表的なのが、シグと、オムールという中型魚です。 そうした魚の干物が、盛んに売られていました。

これは、イルクーツク空港の売店でみた、オムールの干物。

湖沿いのレストランで、オムールの串焼きを食べました。 想像はしていましたが、やっぱり、たいして美味しくありませんでした。 淡水魚で、しかも透明度が非常に高い水に住む魚は、エサも少ないので、味も淡白で、魚自体の味は無いも同然??のようでした。 瀬戸内海の海辺育ちなので、海ざかなの美味しさに慣れてしまっているせいか? 淡水魚のほうには、もう一つ食指が動きません。 やっぱり、サカナは海のモノですね。

レストランのメニュー。 ロシア語と英語表記もありました。

レストランの窓辺から見る、バイカル・ビュー。 雨がちな天候のせいで、湖の透明度は見た目では分かりません。 岸辺によって見ますと、確かに水は澄んでいました。 少しなめてみると、無機質な味。 雨のバイカルは、メランコリックでした。

アントノフ。

初っ端からバイカル! しかもバイカルに浮かぶアルホン島での バイカル。 どこに行くにもビールとウォッカは 必帯品。

ウランウデにも行ってきて・・・

ノヴォシビルスクにも行って、

イルクーツク近郊で バーベキュー

イルクーツク近郊 休養地!

バイカル湖

遊覧船からコインを投げると、深く沈んでいくのが暫く見えます。 それくらい透明度が高い!

レストランで見つけたセバじい! 生き別れの兄弟か?! でもサイズは60センチくらい。

ウランバートルに戻ります。 34時間の長旅・・・しかし急遽、食堂車がない列車に変更になる! 皆のカップラーメンを買いに走る添乗員さん。

世界の車窓から・・・・

1998年10月・俺は仕事で来ていたウクライナを離れ、 遥かヴァストークを目指していた。 遠い時代を共に過ごした仲間達が スタールイ・ハバロフスクに集まると聞いたからだ。 とりあえず有給の残りを休みと併せて使えば、1週間程度なら休みが取れる・・・ (早く帰ることが出来れば・・・いや・・・それはないな・・・)

明け方の便で東に飛び、懐かしい仲間達と飲み明かし、 その足でイルクーツクへと向かうつもりだ。 それにしても東は暖かい・・・ この時期にー20℃程度だからな・・・ アムール川は凍てついていたが、俺達にとっては 見慣れた風景だった。

今日一日ここで過ごし、イルクーツクへは列車で向かおう。 俺にとって、時間はとても尊いものだが、 費やす時間が大切な旅もある。

DRAGONを使えば2時間程度の距離、でも俺はここから、街を眺めながら進みたかった。 二日を移動に費やす事になるが、時間は何とかなる。 旅費も1000ルーブルあれば事足りるだろう。 今夜はこの町に泊まって、皆と過ごし・・・明日旅立とう、 と心に決めていた。

ミハエルとセルゲイ・・・ヴァディムとリュードミーラ・・・ アントンにアレクシー、そして俺とジナイーダ。 俺たちはまず戦士広場で、同志達の魂に祈りを捧げた。

この国は全てが凍てつく氷の国だ・・・ だが、俺達の魂の絆は炎よりも熱い。

友人の何人かは、軍に入隊した。 左隣のミハエルはスペッナズの現役軍人だ(写真当時) 仲間内からはサバーカ(政府の犬:意)と呼ばれている。

いつの頃からかこの国は激変したが、幸いに命を落とした奴はいない・・・              今から、この国は大きく変わっていく。 街が知らぬ間に、見知らぬ場所にに変わったとしても、 文句を言う筋合いでもない。 人は皆、変わり行く権利があるのだから。

行きつけの店に向かう俺達。セルゲイが車の窓からタバコを投げ捨てた。 【今時日本じゃ子供でもしないぜ・・・ 幼稚園で教えてくれるんだ】 クソまじめな日本人め・・・そう呟きながらセルゲイは 中指を立てて笑った。 そしてブレーキをかけ、車を止めた。

暫く辺りを血眼で探したが、捨てた吸殻は 見つからなかった。 いいぞ、セルゲイ。それでいい。吸殻は見つからなくても、お前はもっと大切なものを捨てずに済んだのだ。 日本の子供達にも教えてやってくれ。

スタールイ・ハバロフスクの扉を久々にくぐる俺。 懐かしい面々に囲まれ過ごすひと時は格別だ。 特別に味わい深いのは、ここで振舞われるウォッカとブリヌイ・・・ それはこの世で俺がもっとも嫌いなものだ・・・

明け方近くまで飲み明かし、 俺は辛うじて意識のあるリュードミーラに別れを告げだ。 少し涙ぐんだが、120キロある彼女を 抱きしめてやることは出来ない。 カーチャに合いに行ってくる・・・ 俺はリュ-ダに立ち去る理由を告げた。 一人だけ、ここにやって来られなかったあいつに 逢いに行くつもりだと。

俺は一睡もせずに、駅へ向かった。 眠る時間は山ほどある・・・俺は少しばかりの食料を買い込み、列車に乗り込んだ。

芳醇なるまどろみの中、列車は沢山の時間を積み込み 進んでゆく。 永遠に続く、終わりのないメロディーを奏でながら。

遥かな大地を巡る旅・・・それは、世界のあらゆる季節を 旅人の心に焼き付けてゆく。

もう一度会いたい懐かしいあいつは、 目的の場所にはいないかもしれない。 電話番号を調べれば、あいつの居所は分かっただろう。 ・・・でも俺はそれをしなかった。 俺の中で、今回一番の目的であるにもかかわらず・・・ そうしてしまうことが、懐かしい友達の顔を、 俺の記憶の中から消し去ってしまうことのように感じたからだ。

一枚の、タダ同然のキップがもたらす、やり残してきていた古い時間への旅・・・ 10年の時は、お互いの心・・姿形まで変えてしまったのだろうか・・・

氷の世界を過ぎ去り、列車は次の氷の街へ・・・ 俺は10年ぶりの大地を踏みしめる。あの時も、 こんな雪が降っていた。 西の風に乗って降る雪は、暫くすれば明るい 日差しに変わる。 そうだ。お前がそうやって俺に教えてくれた。

バイカルの事は、お前が全て教えてくれた。 そしてそれは、全て正しかった。 俺たちがこの町を出る頃にさえ、 あいつだけはここを捨てようとはしなかった。 お前はこの街に、誇りを持っていたんだね・・・

お前は今もこの街にいて、俺と同じこの氷の原野を 見ているのだろうか・・・

(神様がバイカルを創った時、あまりにも深く掘りすぎて 土が余ったの・・・ その土を使って出来たのが・・・あんたの国、日本なのよ)  カーチャは俺にそう言って笑った。 そう語ったあいつの笑顔を、俺は今でも覚えている。

お前にはきっと、何もかも分かっていたのかもな。 俺達が大切なものに気付く日が来る事を・・・ 自分達は虫けらで、世界の果てには楽園があるのだと 信じていた。 だが、本当にそこにあったものは・・・

そんな感傷に浸る俺に聞こえた、懐かしい氷の声・・・ それは心地よく、なのに悲しい空の音色・・

【ちょっと信じられる?疲れて仕事から帰ってきたら・・・ 運動靴とTシャツ姿のままバイカルに向かった バカがいるって、バーブシュカから聞かされたの】

(さっさと帰れと文句を言おうと思ってここまで来たのに・・・ 涙が止まらないのは、どうしてかしら)

失ってしまった長い時間を、埋め尽くして贈る言葉を、 俺は知らない。

開いた俺の両手から、世界中に零れ落ちてしまった 大切な時間。

でも、手を伸ばせば、届く気がする。 拾い集めれば、間に合う気がする・・・

俺たちに流れ続ける燃え滾る血が、 いつも俺を呼び続けていた・・・ それは・・氷の上の小さな約束。

それは、とても・・・とても大切な約束

今、遥かなる時を超えて、ここに果たそう・・・・ 君に誓った、氷の世界の熱い約束・・・ 幼かった俺達の・・小さな小さな、氷の約束。

Presented & written by ss.hotman 2008.10.31

今回も現地バイヤーに連れて行ってもらいました。ビジネスが軌道に乗りかけ出したのでご機嫌です。 車の中でウオッカを飲みながらバイカル湖に接近。

前回8月より寒々としています。初冬のバイカル湖。

この当時、ワタクシ、メタボリック・シンドロームでした。どんなに努力をしてもメタボはなおりません。 次の年、仕事を辞めたら、アラ不思議!最初の2~3ヶ月でメタボのお腹がへっこみ5キロやせました。 イヤーッ、ストレス=メタボなんですね。 このころだけでなく会社づとめ中はずっとストレスの連続と運動不足でメタボでした。

っで、とうとうあこがれのバイカル・アザラシに逢えました。湖沿いロードに水族館があって、入場料確か50ルーブル。小さな水族館でした。でもここにはバイカル湖にしか棲んでいないアザラシがいるのです。

この愛きょうのあるすがた。 このアザラシは見ただけでほほ笑みます。 この太い姿のわりに、やわらかく、穴を通るときはビックリするほど細くなります。

肉食性でカジカなどの魚類を食べ、バイカル湖の生態系の頂点にあるとされています。

こんなに太っているのに、アバラ骨など幅が狭いのかな? 隣りの水槽に移動するときに細~くなります。

これ、バイカル湖の代表的な魚、シグ。

これも代表的な魚、オムール。 シグ、オムールともその身は淡白であまり美味しい魚とは云えません(あくまでワタクシの主観ですのでアシカラズ)。

バイカルえび。 これは美味しいカモ?

水族館の近くに「クマ牧場」がありました。 シベリアのクマが鉄柵に囲われています。日本のクマとあまり変わらないようでした。

夕陽に映えるバイカル。 水族館やクマ牧場を見て回っているうちに陽が暮れました。

次の日の午前、シビールエア S7 777で⇒モスクワへ6時間のフライト。またまたツポレフ158. 写真はシベリアのど真ん中、ノボシビルスクあたり上空。ツンドラ地帯はもう凍てつきはじめています。 これからモスクワの国内線空港:ドモジェドヴォ空港に着陸。歩いて5分くらいにある(シャトルバスもある)国際線空港:シェレメチョヴォ空港に移動してそこで10時間ほど時間を潰してオーストリア航空でウィーンに飛びます。 ウィーンで一泊してそこからまたロシアの上を飛んで日本に帰国です。 (日本⇔ヨーロッパ往復便が割安な為、このように面倒な飛び方をしているわけです)