モスクワってどんなところ?

ロシア連邦の首都で、モスクワ川の岸辺の森の中に拡がっている。街は1147年に築かれ政治、文化、科学、工業の中心となっている。見所はクレムリンなど。

モスクワの地図

モスクワのブログ旅行記

世界一周旅物語(せかたび)- モスクワの地下鉄は迷路 アーカイブ

モスクワの地下鉄は、地上からずっと深くを走っている。日本より、エスカレーターの スピードも速いので、どきどきする。スキー場に到着して、はじめてリフトに乗るとき みたいだった。エスカレーターはとても長い。一番下は見えない。5分くらい乗っていた ...

2005年9月 - 奥様は海外添乗員

それにしてもモスクワのこの渋滞は何?東京やバンコクも真っ青だよ。おまけに譲り合い のゆの字もないからあちこちで事故! ... モスクワ最後の夜を飾るのは地元でも人気の ボリショイサーカス!ソ連時代に国有化されたサーカスは世界の頂点に君臨するまで ...

二人の友だち|諸岡なほ子の『旅の途中のスウィートホーム』

オリンピックにしても1980年のモスクワのようにアメリカ主導でボイコットすること は考えられましたが、現在の中国の国力やアメリカとの関係から考えると、余程のことが ない限りないことでしょう。 テレビで中国人(特に学生)の過剰ともいえる愛国心 ...

世界一周旅物語(せかたび)- ロシア(Russia) アーカイブ

モスクワの「クレムリン武器庫」にしてもそうだが、博物館や美術館といった芸術品 に関してはとくに疎い。(すごい!)と思うのだが、博物館や美術館で .... それが、 モスクワでは抜かされっぱなしだ。(ロシア人って、こんなに歩くの速いの?)と思った。 ...

旅の実務編~ロスバゲ・その2 - 奥様は海外添乗員

モスクワの空港で。私のスーツケースが紛失。ここはロシア、愛想がなくロシア語しか 喋りたがらない人ばかり。4時間位あっちへ行かされこっちにも行かされ、たらい回しに。 どこへ行っても皆書類は全て手書き、ゆっくりゆっくりA4にびっしりと表と裏と。 ...

モスクワで思うこと - 奥様は海外添乗員

つまり、モスクワは古い時代からの、つまり旧ソ連時代の名残がまだまだ街並や歩い てる人の顔や雰囲気にも多分に残ってる。歴史を多分に感じさせてくれる古きよき街。 それに対してサンクトペテルブルグはいつの時にもヨーロッパを向き、その文化や習慣を ...

旅のQ&A(ヨーロッパ) バックパッカー入門!海外一人旅のススメ

それはロシアの航空会社アエロフロートのモスクワ乗り換えの航空券です。訪問可能都市 数2で、その中にアテネ・イスタンブール・カイロが含まれています。 ... モスクワでの 乗り換えもきちんとこなせるか、またエジプトのビザ発行など…きりがありません。 ...

ダ・スヴィダニヤ ツボレフ - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

ロシア領カリーニングラード(昔のドイツ領ケーニヒスベルク)からモスクワへの SU753 便が、アエロフロート路線における同型機の最後の運航になりました .... 時間がかかっ てもアンカレッジかモスクワで休めればヨーロッパにもまだいけるかもしれません。 ...

さらばアメリカ GO TO THE WORLD/ウェブリブログ

スペインに行った当時、イベリアがまだ日本から利用できてその頃のイベリアは、いったん モスクワで給油していたのです。 だから、その時に降りて2,3時間空港を散歩すること ができました。 といっても、降り口で銃を構えた兵士がいて、空港内の電気は ...

世界一周旅物語(せかたび)- 祝!シベリア鉄道乗車② アーカイブ

モスクワやサンクトペテルブルグよりも面白いと思うよ。今度、来ることがあったら、 ぜひ連絡してね」。そう言って、メールアドレスと携帯番号を ... 「モスクワでも気を つけてね。よい旅を!」。さわやかな笑顔とともに、さっそうと立ち去るアングレイ。 ...

初めての海外一人旅でアテネ・イスタンブール・カイロへ 旅のQ&A ...

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世界旅行 - モスクワ市内

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おいしいバーガーをの巻 (ユキノヒノシマウマ)

なのですが)、当時、かのモスクワにハンバーガーの店が進出?した。その後暫くして ブダペストにも伝染(感染か?)し、Macの店等、ファーストフード店舗が街中の一等地 を占拠し、あちこちに「マクドナルドの店」ができました。マジャール語の各種看板の ...

あるく・はしる・とぶ > 海外旅行レポート一覧 > レポート

モスクワ・黄金の環・サンクトペテルブルグと大都市圏を周遊♪ まずは Москва マスクヴァ 編です。 ... モスクワは暖房システムは完備されているけど、冷房エアコンはなくたまに 暑い時は扇風機というのが一般的だそうです。 ...

モスクワの写真・旅行記

飛行機に3回乗り、ようやくモスクワに着いたのは、日付が2回変わった、5月31日のAM0:30。 記念すべき40カ国目、ロシアです。 こんな深夜に着くので、今回初めて空港にユースホステルから迎えに来てもらいました。これで8000円。1泊3000円ですからすごい高いけれでも、時間が時間だし。心配だったのは、Eメールだけのやり取りで、本当に来てくれるか。 モスクワは以前から憧れていた町でした。赤の広場やクレムリン。でも、ロシアはビザを取るためには、ホテルや交通機関の予約証明を出さないといけないということがあり、後回しにしていました。 でも今回、自由旅行のできるロシアビザを取得でき、無事、行きたいところに行くことが出来ました。

モスクワ ドモデドボ空港に着きました。 不安いっぱいで到着しました。 ?(ニセモノではないけど)このピザで入国できるのか。 ?(羽田で預け2回乗り継ぎ)無事カバンが着いているか。 ?(Eメールのみのやり取りで)空港に迎えに来てくれているか。 まず?はクリア。そしてカバンが出てきた時はちょっと感動。思わず写真を撮ってしまいました。

そして、到着口を出たらオジサンが待っていてくれました。英語は全く話せませんが、僕が予約して来てくれた人に間違いありませんでした。 良かった〜

そしてホステルまで車で連れて行ってくれました。 三つの不安を乗り越え安心したのも束の間、ホステルの前に着いたら、車を運転してきたオジサンがホステルの人と連絡が取れない! 鍵がかかっているの中に入れない! 気温は恐らく10度を下回り、さっきまで40度のカタールにいた身にはこたえます。 オジサン帰ろうとする。深夜2時に極寒のなか知らない土地で放置されては困るから、言葉が通じないけどとりあえずオジサンを引き止める。30分後、ようやくオジサンの携帯がホステルの人とつながり、中に入ることができました。 ようやく本当に安心

翌朝、クレムリンへ。 ホステルから徒歩10分ほど。 入り口が見える所まで来ましたが、道が太く横断歩道がないので、えらく遠回りしました。

まずはクレムリンの武器庫へ。 帝政ロシアの宝物がいっぱい。 写真撮影不可。

クレムリンを警備する人の帽子はめちゃ立派

クレムリン内を歩きます。

一回も発射された事のない大砲。

一度も鳴らされた事のない割れた鐘

大統領官邸の方向。 このように観光コースから外れると警備の人が笛を吹いて警告します。でもその程度で警備がめちゃくちゃ厳しいかと言うとそうでもない気がしました。

偉い人が乗っている車も普通に目の前を通りました。

クレムリンの門 むちゃくちゃ良い天気になりました。

クレムリンを出て、赤の広場に移動

赤の広場に入るには、持ち物は預け、並ばないといけませんでした。

午前中はここからしか写真を撮れません。 逆光でイマイチ。

(この写真は午後撮影) レーニン廟。 中は写真撮影不可。 午前中のみ入れます。 衝撃です。

一旦、赤の広場を離れ、お昼ごはんへ。

レストランで食事。 ロシア語は全然わかりません。 値段のわりにお味は...

地下鉄に乗ります。 今回の旅で一番困ったのはやはりロシア語。 地下鉄に乗るときに駅名が読めず、いつ降りたら良いかわかりません。

ボリジョイサーカス 見れたら良いなと思ったけど、チケットの買い方わからず。

モスクワ大学構内

モスクワ大学本館 スターリン形式というめっちゃ立派な建物。 気に入りました。

大きすぎてなかなか全貌を撮れません。

これはなんと大学です。

高さ236m 横幅450m 威厳があるとはこの建物を指すと思います。

子供用モーターカー

雀が丘にて。

長い

雀が丘からの眺め。 煙突は別にして、目立つのはモスクワ大学と同じスターリン形式の建物。これらは1950年代に建てられています。つまりモスクワには1950年以降、高層建築が建てられていないということでしょうか。

雀が丘を歩いて降ります。

また赤の広場へ来ました。 今度は自由に見学できそうです。

角度によって本当に色々な表情を魅せてくれる不思議な建物です。

聖ワシリー教会の模型

教会内部

”たまねぎ”内部

聖ワシリー教会。 不思議な魅力でした。

雨の成田空港。 これからモスクワまで。 ちょっぴりドキドキしながら出発を待つ。

飛行機はボーイング767型。 座席は革張りで少し豪華。 パーソナル・モニターはないけど。 それから、機内映画でハリウッド最新作なんて流れないので、あしからず。

昼食 アルコール類は有料。 飲む人にはツライね。

モスクワ到着前の軽食

モスクワ・シェレメーチエヴォ国際空港に到着。 ここにある伝説があった。 それは着陸時、乗客が一斉に拍手をするということ。 無事着陸してよかった、ということだろうか。 だが現実には、拍手は起こらなかった。 ちょっと残念。

トランジット・カウンター。 ここで乗り継ぎの手続き。 で、今回はその乗り継ぎ便が翌日。 空港近くのホテルまで送迎してもらう。 ※ホテルは事前予約が必要。空港では予約できません。

渋滞があり、ホテルまで1時間半もかかってしまった。 部屋は簡素だけど、お値段は立派。 実は2万円近くする(食事なし)。 ここが最大の誤算。 航空券予約→のんびりホテル手配→値段に気付く→とっくに航空券のキャンセル料が・・・Σ(´Д`lll) もっと早くから計画していれば・・・。 モスクワのホテル予約で検索してみてください。 超高級ホテルでもないのに、お値段が超高級なホテルばかり。 原油高でバブルなモスクワの現実を知る。

翌朝。 部屋の窓から見たモスクワ郊外。

空港まで送迎してもらう。

飛行機の出発まで、空港内をお散歩。 免税店のところは、とってもキレイ。

世界の北野 足立区のたけし 広告だけど、こんな場所で日本人を見るとうれしい。 コマネチッ! ナハッ、ナハッ、ナハハハハッッ!! 世界の人は知っているのだろうか(・∀・)

ロシア名物マトリョーシカ。

もしホテルを予約していなかったら? 空港ロビーの床で寝てください。 お仲間がいますから。 だけど、これは準備よすぎでないかい? マットレスに枕、毛布・・・、ん? ちょっと待て。 その枕と毛布、機内から盗んできただろ! ※ホームレスの写真ではありません。

ようやくモスクワを出発。

飛行機はエアバス320型。 ツポレフなどロシア製の飛行機には当たらず。 本日のお席は、前が広い窓側席。 でもなんか変。 実はここ、前の列のABC席のうち、A席がない。 私の席の前だけ、ぽっかり開いた状態。

昼食

着陸時、ついにアノ伝説が蘇る!! パチパチパチパチパチッ!!! ハラショーッ!!! モスクワでは拍手が起きなかったのに、なぜ? この地の空気がそうさせたのか? 隣にはコンチネンタル航空とアメリカン航空。 アメリカ合衆国の飛行機でも着陸時の拍手が起きたのだろうか。 で、ここはどこ? ここは、バルセロナ。

モスクワで一番の娯楽といったらバレエやオペラ。 ボリショイに来ずしてロシア文化は語れない(笑) って、当初は観光も含め何の予定も入れてなかったけど、せっかくなので観劇することにしました。 ボリショイ劇場はいわゆる「シューボックス型」で、 どの席でも音はよく聞こえる反面、場所によっては見ずらい席もあり、席によって見え方にかなりの差があります。 最も良さそうな席なのがпартер(パルテール:1階席)いわゆるストール席 購入はボリショイのサイトから。現地じゃ高くつきそうなので。 パルテールの中央5列目が・・・ 800ルーブル。安いなぁ。安すぎるくらい! このボックスオフィスでチケットを交換。 ダフ屋がいっぱいたむろしてました。 http://www.bolshoi.ru/en/

一旦ホテルへ着替えに戻ります・・・ しまったー! 皺が・・・ プレスに出し忘れてた( ̄▽ ̄;)!!ガァーン

劇場に入ると、まず広いメインエントランスがあり、左手にはクロークのスペースが広く取られています。 次に簡単な荷物検査。 左右には螺旋階段があり、その階段を二階へ上がったところがパルテール、そこがこの写真のところとなります。

天井にはギリシャ風の絵が描かれています。

19:00開演 途中休憩が3度入ります。 終了は22:00でした。

第1幕 「エルサレム」ソロモン神殿の内部 第2幕 「不信心者」   第1場 バビロンの宮殿の一室   第2場 宮殿の大広間 第3幕 「予言」   第1場 バビロンの空中庭園   第2場 ユーフラテス河畔 第4幕 「壊れた偶像」   第1場 宮殿の一室   第2場 空中庭園 以下、Wikipediaより

第1幕 バビロニア国王ナブッコと、勇猛なその王女アビガイッレに率いられたバビロニアの軍勢がエルサレムを総攻撃しようとしている。ヘブライ人たちは周章狼狽の態だが、大祭司ザッカーリアは「当方はナブッコの娘フェネーナを人質としているので安心」と人々を静める。 そのフェネーナとエルサレム王の甥、イズマエーレは相思相愛の仲であるが、アビガイッレもまたイズマエーレに想いを寄せている。アビガイッレは神殿を制圧し、イズマエーレに「自分の愛を受け入れれば民衆を助けよう」と取引を提案するが、イズマエーレはそれを拒絶する。 やがてナブッコも神殿に現れる。ザッカーリアは人質フェネーナに剣を突きつけて軍勢の退去を促すが、イズマエーレがフェネーナを救おうとしたためその試みは失敗する。ヘブライの民衆はイズマエーレの裏切りを非難、勝利を収めたナブッコは町と神殿の完全な破壊を命ずる。

第2幕 第1場 アビガイッレは自分の出自の秘密を記した文書を発見、ナブッコ王は王女フェネーナに王位を譲るつもりであることを知り激しく嫉妬する。バビロニアの神官たちは「フェネーナはヘブライ人の囚人たちを解放しようとしている。自分たちはナブッコ王が死亡したとの虚報を流布するので、この隙に王位を奪ってほしい」とアビガイッレを焚きつける。 第2場 ザッカーリアは破壊された神殿と祖国、そして人々の心の中の信仰心の復活を祈る。ヘブライ人たちはイズマエーレの裏切りを問責するが、ザッカーリアは人々に「今やフェネーナもユダヤ教に改宗した」と告げ、若い二人をかばう。 アビガイッレとバビロニアの神官たちが現れ、フェネーナから王冠を奪おうとする。そこに死んだはずのナブッコ王が登場、「自分はただの王ではない。今や神だ」と誇る。その驕慢は神の怒りに触れ、ナブッコの頭上に落雷、彼は精神錯乱状態となり、力を失う。こうして王冠はアビガイッレが手に入れる。

第3幕 第1場 アビガイッレは今や玉座に座っている。彼女は異教徒たちを死刑とする命令を作成、力を失ったナブッコに玉璽を押すように強いる。押印したナブッコは、改宗した実の娘フェネーナも死刑となることを知りアビガイッレに取り消しを懇願するが、彼女は聞かない。 第2場 ユーフラテス河畔で、ヘブライ人たちが祖国への想いを歌う。ザッカーリアは祖国の最終的な勝利とバビロニアの滅亡を予言、人々を勇気付けようとする。

第4幕 第1場 監禁されているナブッコはエホバの神に許しを請う。遂に忠臣たちが彼を解放する。ナブッコはフェネーナを救い、王位を回復することを誓う。 第2場 ヘブライ人たちがまさに処刑されようとする刹那、ナブッコが登場、彼はバビロニアの神々を祀った祭壇の偶像の破壊を命ずる。偶像はひとりでに崩壊する。ナブッコはこれを奇蹟であるとし、エホバの神を讃え、ヘブライ人たちの釈放と祖国への帰還を宣言する。群衆はエホバ神賛美を唱和する。形勢不利であると悟ったアビガイッレは服毒し、ナブッコとフェネーナに許しを乞いつつ絶命、ザッカーリアはナブッコを「王の中の王」と讃えて、幕。

ヘブライ人役の人々 第3幕のユーフラテス川の岸辺の場面で、鎖につながれたヘブライの民によって祖国への想いを歌う。 〜感動的なシーン〜 ここで歌われるのが有名な合唱曲 「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」Va, pensiero, sull'ali dorateである。 この歌(嬰ヘ長調と複雑)、ワルツにも似た3拍子のメロディはとても印象的です。

秘密戦隊十レンジャー!! バビロニア軍、本当にゴレンジャー×2のようだった。(笑)

イズマエーレ(テノール):エルサレム王ゼデキヤの甥。

フェネーナ(ソプラノ):ナブッコと正妻との間に生まれた子。アビガイッレの妹

ザッカーリア(バス):ヘブライ人の大祭司。

アビガイッレ(ソプラノ):ナブッコと女奴隷の間に生まれた子。

ナブッコ(バリトン):バビロニアの王、史実上のネブカドネザル2世。

最後は、オペラ指揮者

後ろのセットは、 バビロンの空中庭園を模したもの

オペラ観劇の後は、感激の余韻に浸りたくて、ぶらぶら街を彷徨う・・・

聖ワシリー聖堂とスパスカヤ塔

いいなぁ。。 広場をバックに愛を語る二人・・・

モスクワ川

ベクレミシェフスカヤ党とクレムリンの城壁

クレムリンの夜景

スパスカヤ塔

聖ワシリー聖堂

赤の広場 グム百貨店がひときわまぶしい

国立歴史博物館

マネージ広場

ホテルに帰ります・・・ マールイ劇場

ツム百貨店

マールイ劇場の裏、というか、パークハイアット側。 肖像画がずら〜り。 夜のモスクワ・・・とっても素敵です♪

モスクワ・レニングラード駅 サンクト・ペテルブルグからの「赤い矢号」は定刻の朝7時55分に到着しました。 バックパックを駅の手荷物預かり所に預けて出〜発♪

ノヴォデヴィチ修道院 地下鉄を乗り継いで到着。参観料は150ルーブル。

ノヴォデヴィチ修道院 中は広い中庭があって、まだ朝なのでお客さんも少なく静か。空気もおいしく感じられた。 丁度修道院の前に椅子があったので、座ってのんびりと中庭の景色を眺めていました。

ノヴォデヴィチ修道院 修道院の中を拝見。壁には沢山の絵がありました。

ノヴォデヴィチ修道院 修道院の中はこんな感じ。小じんまりしています。

ノヴォデヴィチ修道院 広い中庭を囲むようにして周囲は塀壁になっていて、幾つかの建物があります。

ノヴォデヴィチ修道院 これもその一つ。

ノヴォデヴィチ修道院 博物館のように古い着物や工芸品、道具などが展示されている建物もあり。

ノヴォデヴィチ修道院 この建物は、ここの人たちが宿舎に使ってるみたいで入れなかった。

地下鉄:ヴァラビョーヴィ・ゴールィ駅 ノヴォデヴィチ修道院から地下鉄一駅、モスクワ川を渡る鉄橋の上に駅があります。「雀が丘」の展望台に寄ってから、船でのんびりとモスクワの街を眺めてみることにします。

モスクワ川クルーズ 地下鉄駅から歩いて10分足らずで、モスクワ川クルーズの船着場に到着。 この岸辺の上から、雀が丘の展望台へ行くつもりだったが、あいにく丘へ昇るリフトが修理?定期点検?で止まっていた。歩いて登る元気もないし止〜めた。 船着場に戻り、のんびりクルージングを楽しむことに。さっき船が出て行ったが、15分程度で次の船がやってきた。なかなか便利。船賃は250ルーブル。

モスクワ川クルーズ 船はモスクワ川を東に進み、しばらくするとクレムリンが見えてくる予定です。

モスクワ川クルーズ 少し進むと、すぐにモスクワの中心部が見えてきました。 お客さんも沢山居て、8割程度席は埋まっていました。

モスクワ川クルーズ モスクワ川に架かる橋。川幅は大体40〜50mってところです。

モスクワ川クルーズ

ロシア版スペースシャトル!! 右手に遊園地があって、その一角に展示?されてます。

ピョートル大帝記念碑 なんか川の中にえらい背の高いもんが突っ立っています。

ピョートル大帝記念碑 ま横を通過すると、えらいデカイ船。(の模型) ガイドブックによると「ピョートル大帝記念碑」だって。 全くもって知らないけど、サンクト・ペテルブルグにも「ピョートル大帝の何とか・・・」があった。ロシアでは無茶んこえらい人物だったんだろう。

ピョートル大帝記念碑

救世主キリスト聖堂 きれいな外観です。

おお、クレムリンが見えてきました。

船はクレムリンのすぐ横を通ります。 大きな建物は大クレムリン宮殿。

モスクワ川クルーズ船からのクレムリン

モスクワ川クルーズ クレムリンの対岸

モスクワ川クルーズ ポクロフスキー聖堂(聖ワシリー聖堂)も見えます。

モスクワ川クルーズ ちょっと独特の形の「芸術家アパート」

モスクワ川クルーズ

モスクワ川クルーズ そろそろ見所の景色も過ぎつつあります。 船客ウォッチング・・・怒ってるの??

モスクワ川クルーズ 眼玉にサングラス入ってるみたいな。

モスクワ川クルーズ 1時間10分ほどで終点?? だいぶ満喫したし、みんな降りるんで左手に公園が見える船着場で下船。 ここから地下鉄7号線:プロレタールスカヤ駅へは歩いて10分位だった。

地下鉄:プロレタールスカヤ駅の手前にパン屋さんがあった。 お腹も空いていたしハム入りパン買って、お店の前で座り込んで、しばらくの間、路行く車や人々を眺めていました。 何の変哲も無い風景だったけど、これでロシアの旅が終わりなんだぁ〜。 ここのハム入りパンえらいうまかったのでもう一つ買って食べました。

地下鉄「コムソモーリスカヤ駅」 この駅のエスカレータはめちゃ長い。50mはあるんとちゃう。

レニングラード駅 手荷物預かり所でバックパックをもらって帰りの空港へ。 ・・・そう言えば到着時も今日も、モスクワでは、かの有名な?悪徳警官には会えなんだなぁ〜。シベリア鉄道で会った中国人はみんなあれほどビビッていたんだが。ちょっとだけ心残り(?)。

レニングラード駅 《ロシア出国》 16時に地下鉄に乗り16時50分レチノイ・ヴァグザール駅着。駅を出てミニバス乗り場へ。丁度ミニバスが止まっていて乗車するとすぐに発車。 しかし大環状道路を過ぎるまでは大渋滞。朝夕のラッシュ時は毎日のことらしい。ミニバスだけで50分もかかり、17時45分にやっとシェレメチェヴォ?国際空港に到着。←タクシーでも同様に時間かかりそう。 パスポート・コントロールでは、パスポートと出国カードのみを提示したら即ハンコ押されて手続き完了。敢えて列車の切符を提示しなかったんで、滞在登録は全8日の内のホテルに泊まった1日分しか無いのに何も問題なかった。時代と共にもうボチボチ、滞在証明のレギストラーツィアは不要になりつつある感じがした。

ヴァスクレセンスキー門から《赤の広場》へ。 朝、ホテルをチェックアウト後、バッグをレニングラード駅の手荷物預かり所へ預けからやってきました、赤の広場入り口!

《赤の広場》へ。右手には立派な建物がありました。・・・国立歴史博物館とガイドブック見て判りました。

赤の広場!! 朝11時。周囲には柵があって、広場を眺めるって感じ。

《赤の広場》カザンの聖母聖堂

《赤の広場》ヴァスクレセンスキー門 赤の広場の雰囲気は判ったので、先にクレムリンへ急ぐことにした。クレムリンのあともう一回戻ってくるつもり。

マネージ広場へ出た、歴史博物館の前に立派な銅像がありました。誰の銅像?わからん?

←これレーニン廟見学の列。 レーニン廟は赤の広場にあり、ここはマネージ広場。 列が延々と続いている。聞くとこの辺りで既に1時間半も並んでるんだって。・・・って言うことはまだ1〜2時間位は並ぶの?へえぇ、僕にはでけんわ。

マネージ広場 よく見ると花壇の中にロシア?の女の子2人いますよ。

【クレムリン】トロツイカヤ塔 クレムリンへは、この塔の手前に切符売り場(350ルーブル)があって、観光客はここから入ります。 切符売り場には既に20m位の列があって30分もかかりました。

【クレムリン】聖堂広場 中に入ると右手の聖堂広場で衛兵のデモンストレーションが行われていました。

【クレムリン】聖堂広場

【クレムリン】ブラゴヴェシチェンスキー聖堂

【クレムリン】ってテーマパーク!? この衛兵の儀式や周囲の建物、来場の観光客などを眺めてると、クレムリンってなんてこっちゃない、観光客集めるテーマパークなんやと理解した次第です。

【クレムリン】ウスペンスキー大聖堂

【クレムリン】大クレムリン宮殿 この向こう隣に「武器庫」って言う博物館があって、一見に値するそう。なので行ったけど切符は売り切れだって。 博物館で「売り切れ」ってあるん!?入場者数が決まってるんかな?

【クレムリン】大クレムリン宮殿

【クレムリン】ボロヴィツカヤ塔

【クレムリン】大砲の皇帝

【クレムリン】テレムノイ宮殿

【クレムリン】鐘の皇帝

【クレムリン】 クレムリン・テーマパークには緑もありま〜す。

【クレムリン】

【クレムリン】イワン大帝の鐘楼

【クレムリン】リザパラジェーニヤ協会

【クレムリン】大統領官邸 モチロン、官邸には近付けません。

【クレムリン】兵器庫

クレムリンを見終え、またマネージ広場に戻ってきました。って言うか、赤の広場へもう一回行こうと思うとここを通るんで。

警官も馬に乗ってます。

再び《赤の広場》へ

《赤の広場》の付近で 今日は土曜日だから結婚式が多かったのか、あちこちで新婚さんの写真撮影をやってました。 寒いロシアなんで、8月が一番結婚シーズンってとこでしょうか。

《赤の広場》グム百貨店 ロシア最大の最高級の百貨店だそうです。

《赤の広場》

《赤の広場》国立歴史博物館

《赤の広場》レーニン廟

《赤の広場》ポクロフスキー聖堂 多分、歴史的建造物なんだろうけど・・・ディズニーランド的センスやなぁ。イスラム寺院かとも間違えそう。 ヨーロッパ的じゃないなぁ、ロシアの建物ってこんなんもありなんや。

《赤の広場》ミーニンとパジジャルスキー像 ・・・と言っても、二人とも聞いたことない名前です。

《赤の広場》

《赤の広場》グム百貨店の中 ちょっと暑かったのでクーラーを当りに中へ。なかなか綺麗な百貨店です。 商品は・・・そういうのはあんまり興味ないんで見てません。

《赤の広場》レーニン廟とロシア連邦大統領府

旧ボリショイ劇場の近くで。 オペラ・バレエなんて日本でも見たことないし、興味は無いんやけど・・・。サンクト・ペテルブルグへの夜行が23:59発なんで、時間潰しと知らん物見たさでボリショイ劇場を見てみようと思ってたんだけど・・・。 午後からの曇り空が、一気に雨が降り出してきた。カッサはまだ開いてないし、近くにレストランがあったので雨宿り方々腹ごしらえ。だが雨は一向に止まず、傘は持ってないし、やや風邪気味なんでズブ濡れはマズイ。2時間も待ったが止まず。 ボリショイはや〜めた!そうだ地下鉄めぐりをしよう!と思い立って、駅に駆け込んだ。 そやけどさっきのレストラン高かったぁ!600ルーブル以上も取られた。

《モスクワの地下鉄めぐり》 1号線クロポトキンスカヤ駅 昨日着いた時や今日朝も乗ったけど、なんかエライスピードで走ってる。それに音も無茶んこやかましい。 駅は戦争になったら防空壕に使うので地中深くに有るって、よく耳にしていたが・・・、確かに昨日初めて乗った駅はそうやった。エスカレーターが見たことも無い長さやった。 知らんかったけど、モククワ地下鉄の駅はキレイ、美術館みたい、って歩き方にも載っていたし。

5号線パークル・クリトゥールィ駅 地下鉄は何と言ってもいい!何しろ「15ルーブルの切符は降りるまで有効!」・・・そう、駅巡りは、何回も乗り降りするけど外には出えへんので、コストパーフォーマンスってヤツが最高やね。 今、外は雨、椅子付きの雨宿り場所です。

5号線キエフスカヤ駅 歩き方に美術館的な綺麗な駅が10個ほど紹介されてるんで、ヒマやし、この際その全部を見て廻ることにしよう。 ・・・キレイ!! ついつい写真も撮ってしまった。写真なんて歩き方に載ってるんやけど・・・。 この地下鉄巡りは人気みたい。同様の観光客もチラホラいて、みんな写真撮ってました。

5号線ベラルースカヤ駅 何回も地下鉄を乗っていると、社内放送は「スタンテ○○〜」と言っていて、どうやら「次は○○駅ですよ〜」と言っているのに気づいた。 これが解ってから“次は何個目の駅?”をあまり気にしなくてよくなった。もうモスクワっ子?

5号線ノヴォスロボーツカヤ駅

5号線ノヴォスロボーツカヤ駅

5号線プロスペクト・ミーラ駅

5号線プロスペクト・ミーラ駅

2号線ベラルースカヤ駅 戦争英雄記念碑みたいなものが、駅の乗り換え口にありました。 中国でも各町にこんなんある。共産国系の習慣みたいなもんかな。

2号線マヤコフスカヤ駅

3号線プローシャチ・レヴォリューツィ駅

5号線コムソモーリスカヤ駅 これで歩き方に載ってる駅全部です。なかなか良かった! ・・・んやけど、ただ・・・ガイドブックの通りに動くのは何か変!?

レニングラード駅 地下鉄巡りを終え、レニングラード駅へ。手荷物預かり所でバックパックをもらい、23:59発サンクト・ペテルブルグ行きエクスプレス号2等寝台に乗り込みました。

初代KGB議長F.E.ジェルジンスキー レーニンに次ぐ革命の英雄とされ、KGB第一管理局があった旧全ロシア保険会社ビル前は、ジェルジンスキー広場と名づけられ、8月動乱で引き倒されるまで、この巨大なジェルジンスキーの銅像があった。 こんなところに、持ち込まれていたんだ!

??? 何を意味するのか・・・

ん??? みんな、かがんでるの? 彼を前に、 押しつぶされたような姿は・・・

そう! スターリンを前に、無理に体を折り曲げられた人物ばかり・・・

そして、独裁者スターリンの背後には・・・ 無数の、顔、顔、顔・・・ しかも・・・ スターリンの顔が痛々しい・・・ 引き倒された時と思われる。 は、鼻が無い!

鉄条網の中の顔は、、、 きっと、粛清された人々を現しているのだろう・・・

ぎょ!すげー。

悲鳴が聞こえてきそー!

このモニュメントは単純にすげーや。 笑っていいのか? やるな、ロシア人もこんなユーモアあるんだ(笑)

ヤーコフ・スヴェルドロフ ソビエト政権初期に全露中央執行委員会議長として活躍した。

マル・レン

レオニード・ブレジネフ フルシチョフ失脚後、共産党書記長としてソ連の指導者となった。

ブレジネフ書記長

アレクセイ・コスィギン フルシチョフ解任後の1964年から1980年に亡くなるまで首相の職にあり、ブレジネフ政権を支えたひとり。

レーニン

レーニンがいっぱい

若いレーニン

「労働に栄光あれ」のモニュメント

レーニン 何故か?屋根つき・・・

ミハイル・カリーニン 古参ボリシェヴィキとしてソ連の国家元首である全露中央執行委員長、ソ連最高会議幹部会議長を歴任した。

ピョートル大帝も眺めてます(笑)

何を意味してるのか・・・?

死すとも退かず

磔刑像

兵士

笑っちゃいけない! 羊の皮をかぶった狼?

ショパン(笑)

いろんな人の胸像がずら〜り

「平和の砦ソヴィエト連邦」のモニュメント

ノヴォデヴィチ修道院 敷地内にも墓碑がいくつもあります。 デニス・ダーヴィドフ(1784-1839) ナポレオン戦での英雄で、軍人にして詩人、 戦争に関わる詩の方がよく知られているようです。

ウスペンスカヤ教会 修道院の中は博物館

鐘楼 高さ72m

スモレンスキー聖堂 スモレンスク市が、ロシア領として奪還されたことを記念して、時の皇帝ワシーリー3世の命で創設された。 イタリアの建築家を起用した聖堂は3つのドームと鐘楼を持ち、天井は壁画で覆われています。 モスクワバロック様式のこの聖堂は、後に大きな影響を与えたとされています。

とりあえずイコンを見に入ってみる。

イコンとはロシア正教において聖人や復活祭、そして女神が描かれている聖像画。 ロシア語ではイコーナ。平板にテンペラ絵具で主キリストや聖母マリア、聖者たちの像を描いた「聖像画」で、 イコノスターノス(聖障)は聖堂内の壁や天井にイコンの集まりが描かれたものを指す。

ロプヒンスカヤ塔と、湖

ノヴォデヴィチ修道院付属墓地 案内図もあるらしいのですが、閉まっているようで仕方なく適当に歩いた。 フルシチョフを探さねば! 時間が無いのが悔やまれる、ここはじっくり見たかった。

ロシアの世界的なチェロ奏者で指揮者 「ムスチスラフ・ロストロポービッチ」 4月27日に死去されたばかり。80歳だった。 29日にモスクワ市内の救世主キリスト大寺院で葬儀が営まれ、葬儀には、スペイン王妃やフランスのシラク大統領の夫人など約1,000人が参列し、最後の別れを告げた。 そして遺体は、ノボデビッチ墓地のうち、23日に亡くなられたエリツィン前大統領の近くに埋葬されていました。

ユーリー・ニクーリン ニクーリン・サーカス劇場の団長をつとめ道化師兼喜劇俳優としても絶大な人気があった。

ボリス・エリツィン前大統領 4月23日、心不全のため死去した。76歳だった。 エリツィンは1991年から99年末まで大統領を務めた。

ライサ・ゴルバチョフ ソビエト連邦初代大統領ゴルバチョフ夫人 1999年9月20日、白血病で死去。 最愛の夫人を失い悲嘆に暮れるゴルバチョフの姿は印象的でした。

アレクサンドル・レベジ 軍人であり政治家。中将。 クラスノヤルスク地方知事、ロシア安全保障会議書記。 1996年6月のロシア大統領選挙に立候補し第一回投票では、第三位となり決選投票にすすめず。

クルチャトフ 原子力の父

ニキータ・フルシチョフ である。 一番奥にあった。 スターリンの死後、ソ連の最高指導者として、ソ連共産党中央委員会第一書記と閣僚会議議長を兼ね、スターリン批判によってその独裁と恐怖政治を世界に暴露した。 この白黒の墓碑の設計は、フルシチョフが以前罵倒した彫刻家エルンスト・ネイズヴェスヌイである。

救世主キリスト聖堂 設計者は有名な建築家コンスタンチン・トン、 ナポレオンのモスクワ遠征に勝利した記念に建てられ、1838年に着工、1833年に完成した。 聖堂内部のフレスコ画はスーリコフやクラムスコイ、ヴェレシシャーギンなどの画家たちが動員された。 スターリンが、それを1933年に破壊。 再建はモスクワの850周年を祝って、ロシアが生まれ変わったことを示すと同時にモスクワが豊かで偉大であることを示そうとした。 大理石と御影石の白い建物。建設費用は当時総額1億5000万ドル強とか。

モスクワ中央部モスクワ河畔に位置し東方正教会の大聖堂中、最も高い103メートルの偉容を誇る。救世主キリスト大聖堂は、ロシア正教会モスクワ総主教直轄の首座聖堂である。モスクワにおける建築中、最も苦難と紆余曲折の歴史をたどった建築である。 ウィキペディアより

ドンスコイが、セルギー・ラドネシスキーから祝福を受けている場面。

聖堂内は撮影禁止! それとは知らずに撮ってしまいました。 すみません。。。

教会の丸い屋根は火(情熱)、 天井は天、 床は世界を表しています。

ほほぉ〜

大聖堂の祭壇 祭壇にはキリスト、聖母や聖人などの彫像、レリーフがなく、代りにイコンが多数置かれています。 赤と金色がまぶしい。

地下に下りて見ます。

ポクロフスキー聖堂(聖ワシリー聖堂) 16世紀、モンゴルへの戦勝を記念して、イワン雷帝の命により建てられた。 この建物を見たイワン雷帝は、あまりの美しさに驚き、 二度とこのように美しい建物が作れないように、ポストニクとパルマの2人の設計者の目玉をくり貫いてしまったという、有名な逸話がある。 そして、 ミーニンとポジャルスキーの像 二人は1612年人民義勇軍を指揮して、モスクワをポーランド軍から開放した国民的英雄である。 ミーニンは、これから行く、ニジニー・ノヴゴロドの市民。多額の軍資金を集めて軍隊を組織しました。 ポジャルスキー公はその軍隊の指揮者でした。

内部は博物館になっている。 イコノスタスは見事!

見事なフレスコ画

出口にはお土産屋さん

1980年、巨大なガガーリンのステンレス鋼の像が建設されました。

宇宙に向かって! 観光するなら、 これが見たかった♪ いろいろな意味で、思い入れがある。ガガーリン少佐!

ユーリイ・ガガーリン 「地球は青かった」 1961年4月12日に人類として初めて宇宙飛行を成し遂げた、ソビエト連邦のパイロット、宇宙飛行士である。

何のカプセルだろう??

背後からも(笑) しかし、このモニュメントは凄い!! さすが、当時のソ連。 明日の成功を祈願?

左手レーニン大通りの反対側には、 「ロシア科学アカデミー本部ビル」 別名「黄金の脳みそ」がるのだが、残念ながら、その斬新な屋上のお姿を写してこなかった。。。

広場からレーニン大通りを街の中心部方面に目を移すと、 この通りを挟み込むような門のような建物がある。

次の目的地に行く途中に寄った、 モスクワ大学

ポクロンナヤ丘にある「戦勝記念公園」 日本人のくせして、こんなところに、いかがなものか・・と思うのですが、 ロシアにとっては、対ドイツ戦勝記念ということで(笑) 駆け足観光は忙しい! ほんとはここも、もっとゆっくり見てみたいのですが・・・

オベリスクと戦争博物館 ここは巨大なメモリアルパーク! 戦争博物館横には、タンクがズラ〜リ。

聖ゲオルギー教会

龍退治で有名な聖ゲオルギウスですね。 軍人さんの守護聖人って、、、わかりやすいなぁ(笑) ロシアには現在 「聖ゲオルギー勲章」と「聖ゲオルギー十字勲章」があります。 ロシア革命で廃止されましたが、ソ連崩壊後の2000年に復活しています。

この公園、ホント広〜い!

モスクワの凱旋門(クトゥーゾフ通り) ナポレオン軍は同盟諸国の軍を合わせた60万余の大軍を率いてロシア遠征を開始し、ついにモスクワに入城する。しかし、市内は空っぽで、その夜、ロシア軍の放った火によってモスクワは炎上。 ナポレオンは1ヶ月間、モスクワに滞在してロシアの降伏を待ち続けましたが、モスクワでの越冬の危険性を察したナポレオンは、ついにあきらめ、10月19日にモスクワからの撤退を開始する。 退却するフランス軍に、ロシア軍が追撃し、ナポレオン軍は甚だしい被害を被り、ロシア領を脱した際には僅か2万の軍勢のみであったらしい。ナポレオンが12月18日にパリに帰着したとき、従う者はたった3人だったとか。 この大勝利を記念してモスクワに凱旋門が建設された。

バグラチオン将軍の騎馬像 (クトゥーゾフ通り) ナポレオン戦争(ロシア遠征、祖国戦争)時にロシア帝国の将軍としてロシア第2軍を率いた。

この橋も来てみたかった(笑) 「バグラチョーノフスキー橋」 キューブ状の歩行者専用の橋。 近くにはトレードセンター等が建設中

中はショッピングや食事が楽しめます。

なんとなく近未来的!?

オペラのチケット受取り時間がきになるが・・・ ここで休憩。

右がウクライナホテル

正面は外務省の建物

ウクライナホテル

実際には、この後?の観光です。

旧KGB

マルクス チアトラーリナヤ広場 ここからは徒歩で散策します。

赤の広場

ポクロフスキー聖堂

カザンの聖母聖堂

バガヤーフレンスキー修道院

マールイ劇場前の「オストロスキー」

街は戦勝記念(5/9)に向けてのハデな飾りつけ

戦勝記念に向けて、練習中 ジューコフ元帥の銅像前

ロシア国立図書館の 「ドストエフスキー」

アルバート通り なんもなかった。。。

トルストイ ヴァズネセニー教会の裏に・・・

ボリショイ ヴァズネセニー教会

ここか! 旧タス通信

チャイコフスキー

チャイコフスキー記念モスクワ音楽院 ここに入る予定だった(笑) いや〜けっこう歩いた〜〜 さあ、これからボックスオフィスにチケットを取りに♪

ネコじゃらしで遊んでみたい。

トロイツカヤ塔とクタフィヤ塔

グム ちらっと通り抜けたら、ブランドが充実してた! VICINIなんかもあるのね!

★1日目★ 成田空港→モスクワ 宿泊:「コスモス」ホテル  アエロフロート・ロシア航空にておよそ10時間でモスクワ、シェレメチェヴォ空港へ。機内食は2回、寿司・ビーフストロガノフ・野菜のペンネなど、どれも美味しかったです。しかし、シェレメチェヴォ空港は電気がついているとは思えないほど暗かったです。節電なんでしょうか?入国審査は通常1、2時間かかるところが、この日は奇跡的に20分くらいで終了しました。いつもよりたくさんの窓口があいていたそうです。  スムーズに今晩の宿「コスモス」ホテルへ移動。宇宙をイメージしたホテルだそうで、ロビーにはそれらしい惑星のようなオブジェが天井からぶら下がっています。ロビーにはカジノやカフェ、お土産物屋、両替所があり、観光客には便利だと思います。アジア系、欧米系、アフリカ系等、色々な国の人々がいて国際色豊か。ホテルのお土産屋で出会ったお兄さんはチュニジアからはるばる観光に来ているとのことでした。

★2日目★ モスクワの蚤の市ベルニサージュ、猫のサーカス、 夜行寝台列車でキーロフへ  モスクワの有名な蚤の市、ベルニサージュへ。広い敷地にたくさんの小さなお店が所狭しと並び、新品からアンティークな物まで色んな物が売られています。「ロシアと言えば!」の、毛皮のロシア帽屋やマトリョーシカ屋が目に付きます。店舗は持たず床に布を敷いて、家からもってきたと思われるような古い雑貨や古着を売っているおじいちゃん・おばあちゃんたちもたくさんいます。  古いマトリョーシカ、絵本、絵はがき、コイン、ピンバッチ、陶器、布、帽子、白樺細工、カメラ、ポスター、絵、etc。ソ連時代の物も多かったです。本は挿絵がかわいくて文字が読めなくても欲しくなります。買うときは必ず価格交渉。1970年に作られたというマトリョーシカを購入し、お店のおばさん手作りのマトリョーシカのアップリケがついたエプロンも購入しました。これはおみやげとして好評だったので、もっと買っておけばよかったと後悔。。。  昼食はモスクワ市内のレストラン「セレブリャーニ・ヴェク(銀の時代)」、昔はサウナだった建物を改装したそうです。サウナといっても宮殿のような豪華絢爛な内装。お料理は伝統的なロシア料理で、サラダ、ボルシチ、メインは白身魚の蒸したもの。ボルシチは非常に美味しかったです。体が温まったところで、デザートはバニラアイス。アイスはとても濃厚でこれまた美味。この先、行く先々のレストランで、デザートにほとんどアイスがついてきました。ロシアの方はアイスクリーム好きなんですね。

 猫のサーカスは家族連れが多く、子供にとても人気があるようでした。人間のピエロが猫と一緒に踊ったり芸をしたりします。犬や鶏も登場します。ユーモアたっぷりの内容で場内は笑いが絶えません。前半・後半に分かれていて途中休憩が入ります。  後半はベルニサージュでのお買い物の疲れが出て、気づいたら、、、閉幕。観客の子供たちが壇上にあがって楽しそうにはしゃぎながら踊っていました。公演は、猫が病気などという理由でお休みも多く、気紛れでなかなか見られないとのことなので、私達はラッキーだったのでしょう。

 4人用コンパートメントの寝台列車でキーロフへ。窓にはカーテン、廊下と部屋には絨毯がしいてあり、日本の新幹線に比べると清潔感に欠けるところもありますが、趣があります。各車両に車掌さんがおり、いろいろとお世話をしてくれるようです。シーツを配りにきたり、紅茶を運んでくれたりしました。紅茶は有料ですがカップを借りたりお湯をもらうのは無料です。  部屋はとても狭く、2段ベッドが2つあり、ドアには鍵がかかるようになっています。列車が走り出してしばらくすると、暖房がききすぎてとても暑くなり、温度調整をするために服をぬいだり、車両の連結部分にいって体を冷やしたりして過ごしました。  気がつくと窓の外は一面雪景色。これぞロシアと思わせる雄大な景色、白樺林や荒涼とした平原がひたすら続きます。停車時間が長い駅では手編みのケープや靴下を売る人達が列車にやってきます。お母さんやおばあさんが作ったものを、子供が売りに来たりするそうです。 (つづく)