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ノブゴロドってどんなところ?

ノヴゴロド(Но́вгород)は、ロシアの北西連邦管区、ノヴゴロド州の州都。人口およそ29万人。イリメニ湖とそこから流れ出るヴォルコフ川に沿って位置する。公式には大ノヴゴロド(Великий Новгород)と呼ばれている。ロシア最古の都市であり、中世までノヴゴロド公国として存在していた。

ノブゴロドのブログ旅行記

ロシアの黄金の環~スズダリ - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2008年7月7日 ... モスクワ、ノブゴロド、サンクトぺテルブルグへ。 「黄金の環」は、いかにもロシア的 な田舎町の風景が続き、とても癒されます。 どの町にも、ロシア正教のねぎ坊主の 金ぴかの教会屋根が点在しています。 黄金の環という呼び名はここに ...

ロシア・コーカサス・バルカン諸国 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの ...

モスクワ、ノブゴロド、サンクトぺテルブルグへ。 「黄金の環」は、いかにもロシア的 な田舎町の風景が続き、とても癒されます。 どの町にも、ロシア正教のねぎ坊主の 金ぴかの教会屋根が点在しています。 黄金の環という呼び名はここに由来しているそう ...

ノブゴロドの写真・旅行記

2009年9月19日から20日にかけて、ノブゴロドの町が開かれてから1150年を祝う祭りがあると聞いて出かけてきました。  ノブゴロドはロシアで最も古い町のひとつで、ロシアの古い話が書かれている書物「原初年代記」(日本の古事記のようなもの)にノブゴロドの記述が初登場するのが859年のことなのでここを基点として1150年ということでイベントが催されたとのこと。有名なリューリク王朝が成立するのが862年ですから、それより少し前にリューリク王朝の基となる人達がこのノブゴロドにいたということでしょうか。  さて、このお祭りは9月19日の11:00、市庁舎前の広場での開会式からスタートしました。当日は朝方は曇り気味だったものの、朝食をとった後から大雨のあいにくの天気。気温も10℃以下に下がり、冷え込む中の開会式となりましたが式典関係者以外に多数の市民見学が広場に集まり、会場が見れなくなるほどの賑わいとなりました。  開会式は市長の挨拶の後、各都市からの来賓の挨拶が続き、ブラスバンドの演奏、そして風船が曇り空の中に一斉に放たれるなどイベント気分が盛り上がってきます。そしてロシア中世風の鎧や兜に身を包んだモスクワやサンクトペテルブルク、プスコフなど古い都市の代表がパフォーマンスなどを行いました。  開会式の後、市民がクレムリン内に向かいましたが、この日はクレムリン内の博物館で行政関係者と来賓がレセプションを行うということで一般の人達は締め出され、お祭りの初日は一般の参加者には何とも物足りない印象を持ちました。  翌20日が一般の人達にとってのお祭りの本番です。朝早くクレムリンに行って見ました。クレムリンの周りには市民が沢山集まっていましたが、ちょっと人の流れが悪いようです。よく見てみるとクレムリンの入口が閉まっており、何やら招待状のようなものをチェックしています。どうやら関係者のみ入場できるようで外で様子を見ることにしました。  市庁舎前にあるスクリーンで流れる地元のニュースから判断すると、午前中はクレムリン内の教会でサンクトペテルブルクから司祭を呼んでミサが行われるため、入場制限をしているとのことです。午前中一杯は宗教儀式の色彩を帯び、派手なパフォーマンスは無いようです。案の定、始まってみたところ、町中のモニターにミサの様子が映し出され、それを厳かな気分で市民が眺めているという様子が町中のあちらこちらで見られ、市内は至って静かな雰囲気に包まれました。  市民にとってのイベント本番は午後。13:00にクレムリンの門が開門されると市民がなだれ込み、それと同時に聖堂の教会の鐘が鳴り響き、ブラスバンドの演奏が始まりお祭り気分がどんどんと盛り上がってきました。ヴォルホフ川を渡った先にあるいわゆる「ヤロスラフの宮廷跡」広場には民族衣装を着た若い男女が中世の踊りを披露したり、日本で言うと農協にあたるような団体が農業フェアをやったり、また中世の遊びを披露するコーナーもありました。  お土産の屋台も白樺で出来たヴェレスタと呼ばれる細工をはじめ、手作りの織物の屋台が沢山出ていました。また、あちらこちらにシャシリク(串焼きバーベキュー)の屋台が出ており、沢山の人達が食べ、飲み、歌い、お祭り気分が最高潮に達しました。ヴォルホフ川ではヴァリヤークがノブゴロドに到着したシーンを再現して船団ショーなども行われ、市民の目を引いていました。  このお祭りは夜まで続き、夜中にはヴォルホフ川岸を中心に花火が打ち上げられていました。ロシアの古都のお祭りはロシアらしいイベントに彩られ、何度もロシアに行っている私にとっても新鮮な体験でした。

遥かなる頂を純白に染め、 遠い日の少女に舞い散る白は、魔法使いが残した、 幻想の国からのメッセージ・・・ 名前も住所も書いてない、 魔法の国のクリスマスカード。 それはあなたの、心のページに書きたされ、 いつまでも色褪せることの無い 不思議な魔法のメッセージ。

それは遥か、遠い遠い昔・・・この世がまだ、 大いなる魔法に満ちていた時代・・・

1991年 Новгород 永きにわたる冷戦の時代は、いつしか終焉の時を迎え、 祖国ロシアは連邦と言う名の灯を消し去り、 混沌の時代へと突き進んでいた・・・ 資本主義の飢えた商人達は、新世界の利権に群がり 暗躍した。 崩壊の流れはとどまる所を知らず、 その勢力は平和に暮らす 片田舎の小さなこの村にまで及んでいた。

祖国を混沌に巻き込んだ資本主義の悪魔。 人々は彼らをそう呼んだ。 私の暮らす村でも、 彼らは毎日のように何かを探して動き回っていた。 母親と二人暮らしの幼い私にとって、 彼らのその姿はとても恐ろしいものに見えた。 特にいつも黒い帽子を深々と被った黒ずくめ男・・・ その男が 私にはスカースカに登場する 魔法使いティーガルに見えた。

その日も、何人かの男たちと一緒に、 その魔法使いがやって来た。 男達は私の家のダーチャ辺りをうろついている・・・ ある日一人で留守番していた私は、恐怖に硬直した。 男達がこちらに向かってやってくる。 『ティーガルだけは寄越さないで』 ・・・私は神様にお願いした。

私は外からは見えないように、 扉の隙間からティーガルを見た。 その瞬間だった・・・魔法使いティーガルは、 私のほうに向き直ったのだ・・・ 『わ・・悪い魔法使い・・・意地悪なティーガル』

その恐ろしい目は、とても私と同じ人間の目には 見えなかった。 ティーガルは仲間の群れから離れ、 真っ直ぐに私の家の玄関に向かってくる。 本当に獣のように鼻が利くのね。 私は震えながらも身構えた。

ティーガルが近づくと、閉じられていた扉が ひとりでに開いた・・・ ティーガルは無言で私の目を見つめた。 その氷のような・・・無慈悲な目で。 恐れていたらダメ!ティーガルは私に 魔法をかけるつもりなのよ。 私は恐怖を堪え、魔法使いの目を見返した・・・

私は恐怖で動けなかった・・・ママは朝からダーチャ(畑)へ出掛けている。 魔法使いは何かを探しているようだ・・・ 私は勇気を奮い起こし、引き出しにしまってあった、 果物ナイフを引き寄せた。 『私達をここから追い出すの?』 私はそう聞いたが、魔法使いは何も答えなかった。

暫くの間、私しかいない家を見渡したティーガルは、 そのまま立ち去ろうと、私に背中を向け戸口に立った。 ティーガルはスカースカの悪い魔法使い。 ママのいない家にやってくる悪い狼。 そして・・私はクラースナヤ・ジェーヴァチカ。 魔法使いになんか負けはしない・・・

私は勇気を奮い起こし、魔法使いの体にナイフを 突き立てた。 ナイフは魔法使いの足に突き刺さり、床に赤い血が滴る。 どうして?魔法使いの血は青いはずなのに・・・ 私は少し混乱した。

『魔法使いのティーガル・・あなたなんか・・大嫌い』 私は精一杯の台詞を言った。 【クソガキ・・・魔法でお前を石にしちまう事は出来るが、 今日だけは許してやる。今度やりやがったら・・・そうだな、飴にして食ってやるからな】 汚い言葉。悪い魔法使い・・・ティーガル・・・ 魔法使いはそう言って戸口に向かった。そして・・・ 振り返り、私の名を口にした。

それは、私しか知らない私自身の秘密の名前・・・ 『ダフストリェーチ クラ―スナヤ・ジェーヴァチカ』 ティーガルは、私の心を読んだのだ・・・ やはり黒のティーガルは魔法使い。 赤い血を流すけど、悪い悪い魔法使い。 気をつけなくちゃ・・・心を盗まれないように・・・

男が青い月夜に去って行き、暫くするとママが帰ってきた。 私が魔法使いの話をすると、 ママは驚いて私を抱きしめた。 『ママ・・・大丈夫。私魔法使いなんか怖くないから・・・ 私が守ってあげるから・・・』 ママは泣いているようだ・・・どうしてなのかしら? 私達はここから追い出されるの?私は聞いたが、 ママは何も答えず 私を強く抱きしめただけだった。

その日から、何日か過ぎた、大雪の降った次の朝・・・ ティーガルが一人でやってきた。

ティーガルとママは、何か話をしているようだ・・・ ママは少し泣いているように見えた。 魔法使いがここにやって来るようになってから、 ママは少し涙もろくなった・・・ 私はママを助けに行きたかったが、 何故かその時・・・何かが怖くて 二人に近づく事が出来なかった。

『決心はついたか・・・』 俺は母親に聞いた。悪気は無いが仕方が無い。 この土地を売り捌いたとしても、 ガキを養っていく事は出来ないだろう・・・ 俺はこの土地に仕事でやってきた。 偶然出逢ったこの母親からは、 子供を施設に入れる事が出来ないかと頼まれていた。 その手配をするだけでも大変だった・・・ これ以上の面倒は御免こうむりたい。 ガキは何故だか懐かねえし・・・

『ユーリアに・・・今日話します。 いつか・・・迎えに行くって・・・』 『その気持ちが嘘だとは言わないが、 無理な事は約束するな。 期待して待ち続ける子供の気持ちを考えてやれ・・・』 冷たいかもしれないが、それが現実と言うものだ。 母親は、ユーリアを連れ出し、 教会に向かって歩いていった。 そこに救いがあるわけでは無かろう ・・・神に委ねるなど、無意味な事・・・ お前達は、生きてゆかねばならぬのだ。

私は母の手を握り、冬の訪れを待つ 教会の門をくぐった・・・

今思えば・・・私があの時、そこで聞いた母の言葉は、 この世に生まれ、たった一度だけ聞いた 聖母の祈りだったのかもしれない・・・

あの夜・・・そう、私とママにとって運命の夜・・・ 魔法使いはまた一人でやってきた。 ママは悲しみに疲れ果て眠っていた。 そして私は、逆らえない力に導かれ、 ティーガルのもとへと進んでいった。

気がついた時、私はティーガルのひざの上にいた。 そこは身動きできないほどの重力を持つ、 巨大惑星の引力の上。力の満ち溢れる空間。 それは・・・命の炎の中心だった。

ティーガルは魔法使い。本当の魔法使い・・・ でも・・・私が知っている魔法使いなどではなかった。

イヴの夜に、ティーガルが私達にくれたもの・・・ それは、それは・・・・

気づいた時・・・私とママは、それまで見たこともない 世界に住んでいた。 それは光の国・・・

私が魔法使いのくれた宝石の話をすると、 ママは涙ぐんで私を抱きしめた。 そして、ママは窓辺に行って遠い目をした。 ・・・もちろん・・・私もママに寄り添った。

ママの見ている夢は、私と同じ、あの日の夢 ・・・御伽の国の魔法使いの夢。 今は遠くに行ってしまった魔法の国の物語・・・

夢の中のティーガルは、一度も見せてくれなかった 笑顔で私に微笑みかけてくれる。

『お前の命を懸けて誓え。 これは俺とお前だけの秘密だ・・・ お前には難しい話だが、明日来る男達はここで ウラン鉱を捜している。 その男達に、この石を渡せ。 俺に貰った事は決して言うんじゃない。 言えばママの命はなくなるぜ ・・・もちろんお前の命もだ。 ダーチャには時々この石が落ちていると言うのだ。 この事を・・・お前の命にかけて誓え』

それは魔法使いがくれた、不思議な呪文だった。 ママは知らないおじさんに沢山のルーブルを貰った。 一生使い切れないほどの・・・ でも、私にもママにも、それは少しも 大切なものじゃなかった・・・ 本当に大切なのは・・・魔法使いの真実を知った事。 私達に必要なのは、あの幻想の世界への帰り道・・

私は大人になった。もう一度あの魔法使いに会えたら・・・ あの忘れ得ない笑顔にもう一度出逢えたら・・・ 私は約束の、この命を捧げたい。 それは、あの夜交わした、永遠の誓い・・・ 遠い日の、一生の約束。 私達が、心から愛した魔法使い。

あのイヴの夜、ティーガルが私にくれた物・・・  ・・・それは命の欠片だった・・・

この命がある限り、私は歩き続けたい。 遠く過ぎ去った魔法の国 ・・・あの男の居る魔法の国目指して・・・

遠い日のクリスマスイヴに聴いた 魔法使いの幻想のメロディー・・・ それは今も、この胸に焼きつき 私の心の中で歌い続けているのだ・・・    2008.12.24 Xmas Eve  Presented by ss.hotman

全ては・・・命の自由を解き放つために・・・

★6日目★ 空路モスクワへ セルギエフパサドの玩具博物館、 マトリョーシカ工房オアフィス見学  セルギエフパサドは古くから木製玩具の製作が盛んな町で、ロシア正教会の中心地でもあります。世界遺産のセルギエフパサド至聖三者セルギー大修道院があり、玩具博物館の庭から、遠くに眺めることができました。玩具博物館には、ロシアで初めてつくられたというマトリョーシカをはじめ、木製玩具の数々が展示されています。  博物館の職員の方から、マトリョーシカのルーツは日本という説もある、というお話がありました。箱根細工の入れ子のだるま人形を、聖ロシア教会を訪れたロシア人修道士が土産に持ち帰ったのがきっかけと伝えられているそうです。  セルギエフパサドにあるオアフィス工房のマトリョーシカはアーティストと呼ばれる人々によって制作されていて、アーティストの方々の個性が発揮された、様々なデザインのものがありました。クリスマスが近いということもあり、サンタクロースやもみの木といったマトリョーシカも数多く制作されていました。

 マトリョーシカ工場をめぐる旅もあっという間に終わりを迎えました。たくさんのお土産(ほとんどマトリョーシカ)と思い出をかかえ、シェレメチェヴォ空港からアエロフロートにて無事帰国しました。荷物のX線検査員は、私をはじめ皆のスーツケースの半分はマトリョーシカで埋まっていたことに驚いたことでしょう。  はじめてのロシアへの旅行がこのツアーで本当によかったと思っています。このような貴重な経験は、他のツアー会社や個人旅行では到底無理ですし、企画・添乗された沼田さんをはじめ、JICの方々、現地の通訳のナターリヤさん、ニキチェンコさんには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。 - 完 -

 「はい。どこでもいいから座って。」  次の日、最初のノヴゴロド行きのバスのチケットを手に意気揚々とバスへ乗り込む。  途中20分の休憩を挟み、4時間ほどでノヴゴロドに到着。昨日の経験を生かし、到着直後に帰りのバスチケットを買っておく。  バスステーションから1.5キロ位歩くとクレムリンが眼前に迫る。大地から競りあがって来た様な土色の城壁は見るものを圧倒する。

 内部では聖ソフィア寺院が訪問者を迎える。ハンザ同盟との貿易を一手に担った栄華の都は以下の基準で世界遺産に登録されている。  ()ロシアの石造建築の誕生の場所として、またロシア最古の絵画の一派が生まれた場所として、ノヴゴロドは中世のロシア芸術の発展に大いに影響を与えた文化的中心地であった。  ()広大な領域に記念建造物群が残るノヴゴロドは中世以降(11~19世紀)のロシア建築の紛れもない“温室”である。    これらの建造物群はそれだけでロシア建築の発展を説明するに十分である。  ()ノヴゴロドはその記念碑や宝物が生きた証拠を有しているロシアの主要な文化的・精神的中心地の1つである。 ※ユネスコのHPに記載されているものの私訳です。

 クレムリンからヴォルホフ川を挟んだ対岸に見えるヤロスラフ邸跡。そこには数多くの教会が残る。

 イリヤー通りのスパス教会。遠足に来ていた小学生と共に観光。狭い階段を譲り合いながらの見学。

 道路を挟んで反対側にあるズナーメンスキー聖堂。ノヴゴロドの教会に残るフレスコ画は保存状態が良くなく、目を引くものが無かった。

 時刻は午後3時ごろ、バスの時間まであと2時間。大体の見所は堪能したし、ここにいても時間をもてあましてしまうと思い、7キロほど離れた場所にあるユーリエフ修道院へ足を延ばす。お、ちょうどバスが来た。  

 バスから降りた場所は周囲に何も無い寒村。ここにあるのかと思い、一緒に降りた人に尋ねてみるとバスが行ってしまった道の先を指す。  まさか、と思い足早に進むこと1キロ。ユーリエフ修道院とバス停を発見。1つ早く降りてしまっていたか。危なかった!!

 ユーリエフ修道院の見所は聖ゲオルギー聖堂。内部には復元されたフレスコ画が一面に描かれている。

 欲張ってこの後、時間も無いのに1キロ先の木造民族建築博物館まで見学。バスを待つが一向に来る気配が無い。これは・・・いやな予感が頭を巡ったその瞬間目に飛び込んできたライトの光。  急ぎ乗り込み古の都へ。バス停から未だかつて無いダッシュ力を発揮しバスステーションへと辿り着いたその時間はバスの発車10分前。  バスのチケットを握り締める手に力が入る。