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ベラルーシってどんな国?

ベラルーシ共和国(ベラルーシきょうわこく)、通称ベラルーシは、東ヨーロッパの国。ロシア、ウクライナ、ポーランド、リトアニア、ラトヴィアと国境を接する。首都はミンスク。旧ソビエト連邦から独立した。なお、国際連合 国際連合(国連)にはソ連時代からソ連とは別枠で加盟していた。

ベラルーシの地図

ベラルーシの写真・旅行記

ロンドンからビザなしベラルーシを目指します。ヴィリニュスでの経由が6時間ほどあったので、ついでに寄りました。2ヶ月前に行ったばかりですが…。

ロンドン・ガトウィック空港からWizzairにてリトアニア・ヴィリニュス国際空港に到着。 到着ロビーは旧ソ連時代の雰囲気が残り、近代的な出発ロビーとは異なった趣。

こちらが出発ロビーです。 ヴィリニュスは約2か月前に訪れたばかりですが、今回は図らずもここでの乗継の待ち時間が6時間以上あったので、また街に出てみることに。街中まで電車でもバスでも10分程度で行ける近さがいいですね。 バスは到着ロビーを出て右側すぐのバス停から出る88番で約10分で「夜明けの門」の目の前に着きます。料金はEUR 1。概ね20分間隔で出ています。 ちなみに戻りは電車を使いましたが、EUR 0.72。但し1時間に1本程度、ヴィリニュス空港駅は空港のすぐ近くですが、ヴィリニュス中央駅はいわゆる観光地周辺からは徒歩20分程度かかります。 電車の時間はこちらのサイトでAirportとVilniusを選んで検索するとわかります。 https://www.traukiniobilietas.lt/portal/en

何分先月来たばかりなので、さーっと季節の変化を見てきました。 市役所前の広場にもツリー、ちょっとしたクリスマスマーケット?

ゲディミナス塔の丘も雪化粧。

大聖堂とクリスマスマーケット。

もっともよく見かけるカフェの1つ、VERO CAFEでお茶をしている間に日も暮れ、大聖堂から伸びるGediminas Aveのライトもきれいに。 ここから30分ほど歩いて空港へ。 バスの方が便利だと思いますが、前回の思い出を辿ってどうしても電車にも乗っておきたかったもので。

ビリニュス駅。中にはRailway Museumもありますが、今回も前回ももう閉まっていたので残念ながら見ていません。 駅に入って右側に通路を進むとチケット販売窓口があります。 前述のとおり、空港への電車は1時間に1本程度、電車の時間はこちらのサイトでAirportとVilniusを選んで検索するとわかります。 https://www.traukiniobilietas.lt/portal/en

電車は1両だったか2両だったか。今回は前回より人が多く乗っていました。10人以上(そんなレベル)。

10分弱で空港駅に到着。 Departureの案内を追っていくとこの到着ロビーの向かって右の坂道(屋根のある屋外)を登って出発ロビーに到着します。到着ロビーの裏に出発ロビーがあるイメージ。 但し、この到着ロビーに入って右側にも出発ロビーへ上がる階段があり、それを昇って裏側の出発ロビーのビルへ行くことも可能。

いよいよベラルーシ・ミンスクへ。 ベラヴィアBelavia(ベラルーシの国立航空会社)機です。

ミンスク第2空港到着!(第1空港はもっと中心地にありますが、現在使用されていません) 滑走路は1本ですが、24時間離発着。近代的でキレイ。 さて、ベラルーシへの入国に際しては、日本人は原則ビザが必要です。 但し、一定条件を満たすとビザなしでの渡航が可能。 詳細はこちら(ビザなしの5日間?駐日ベラルーシ共和国大使館) http://japan.mfa.gov.by/ja/visa/jp/e7ed346465cb4d7a.html 概ね特徴は以下の通り。 1. 出入国のときミンスク国立空港内の税関で国境を越える 2. ロシアから入国、またはロシアへ出国ではない  (ロシア?ベラルーシ航空便は国内線扱で、出入国管理がない為らしい) 3. 海外旅行保険書(死亡保証金:EUR1万以上)→ミンスク空港で加入可能 4. 滞在1日あたりBYN 46 = EUR 23 の現金や残高証明書 私は加入している保険の英語での証明書が間に合わなかったので、現地で加入。5日間で6ユーロ、安い。 所有している現金の額などは確認されませんでした。 この他に機内で出入国カードが配布されます。 イギリスや昔の日本のようなクオリティではなく、普通のコピー用紙に印刷されただけの書式。内容は難しいものではありません。 保証人だったか滞在先だったかを書くような欄がありますが、私は宿泊先の名前だけ書いておきました。

町へのバスも現地通貨ベラルーシ・ルーブルBYNでの支払いになるので、空港で両替。 案内板を辿って行き、私は2階の両替窓口に着きましたが、以下空港HPによると町へのバス乗り場(5-6番出口)にもあったようです。 http://airport.by/en/infrastructure/banks 営業時間も記載してありますが、私の到着21時過ぎ、出国時も6時前から両替窓口は開いていたので、時間は心配ないかとは思います。 但し日本円は取り扱っていないのでご注意ください!

ところで当地では西欧とは異なり、「1階」は日本同様「地階」のことのようです。「0階」という表現を見かけますが、これは街中の地下道の深さ=地下1階。 私の活動範囲では地下2階以下は見かけなかったのでどう表現するのか不明ですが。 町へのバス300Э系は1階の5-6番出口の外から出ます。 到着後、ロビーに出たら左へ進んだ一番奥辺り。 所要約1時間、4ベラルーシ・ルーブル(約240円)。 チケットは空港から乗るときは、乗車時に運転手さんから購入します。 深夜も運行しています。時刻表等詳細はこちらから。 http://airport.by/en/transport/regular-route-bus 予定より15分ほど遅れて中央駅の目の前に到着。 但し、空港に向かう場合の乗車はここではなく駅に向かって左へ200mほど進んだバスターミナルです! 明日はミール城を訪れます。

今日はまず7:20発の列車でミンスクへ向かいます。5時に起きたら洗濯物が乾いていなかったので、ドライヤーで乾かしながら支度。日がめちゃくちゃ長いのに、朝5時はまだ暗いことにびっくり。ヨーロッパの時間設定って朝が遅いんだな、日本の感覚と全然違う。さらに2時間早めたら4時前に明るくなり始めて20時には真っ暗って感じで丁度良さそうなのに…と思ったけど、人間の活動時間という点では日没が遅い方が理に適ってるのかも。 6時ぴったりにレセプションに行き「朝食を食べられますか」と尋ねたら、一昨日テレビを直してくれた男性スタッフが、心得ておりますという感じで地下に案内してくれました。朝食会場を開けてくれたのかなと思ったら、あれっ鍵が閉まってる。男性スタッフはさらに奥の厨房へ向かい、大きな袋に入ったランチボックスを持ってきてくれました。わー!ありがとうございます!ホテルのランチボックスって初めて!密かに憧れていました。 中身はサンドイッチ2つ(白パン×チーズ、黒パン×ハム)、チョコパンとクリームパン、トマト、リンゴ2個、ヨーグルト、そして水。嬉しい!作って冷蔵庫に入れておいてくれたんですね。盛り沢山の内容で、結局2.5食分くらいになりました。 今はまだ食欲がないので駅で食べよう。そっくりバックパックに入れて、6:15にチェックアウト。

朝靄に霞むヴィリニュス駅。

チケットを買った時に教えて貰った通り、エスカレーターで地下へ。 この扉の向こうに、小さな空港と同じような感じのイミグレーションがあります。出国は出発時間の40分前からと聞いていたけど、だいぶ早く行っても問題なく出国できました。質問は何も無し。 手荷物検査所もあったけど無人でした。

ミンスク行きの列車はたったの2両編成!しかしホームに24時間営業の免税店があります。すごーい、面白い! トンネル状に屋根が付いたベンチに座って朝食。白パンのサンドイッチうま!内側にバターが塗ってあって、チーズだけが何枚も重ねて挟まっているシンプルなもの。リンゴを食べ、トマトを食べたら寒くなりました。息が白い。

席は指定席。車内は結構空いているのに、私の隣には乗客がいました。 定刻に出発してすぐにあった検札の時に、車掌さんが隣の人を前の席に移動させてくれました。黒のロングコートを着たリトアニア人かベラルーシ人のいかつい男性は、後ろから見たらミニオンズのイヤホンをしてました。可愛い。

検札の時にベラルーシの入国カードも貰えました。おおっこういうものがあったか、なんだか懐かしい。今旅で入国カードがあるのはベラルーシだけ。用紙はロシアで使われているものと全く同一です。 座席の前に付いた折り畳み式の木のテーブルになんとなく違和感を感じていましたが、この為か。カップホルダーが付いているようなプラスチック製じゃなくて、書類仕事用の木のテーブル。

8時頃に国境を越えた辺りにある駅に停車して、軍人のような係官がどっと乗り込んできました。私の席はトイレのすぐ隣でしたが、係官達は乗り込むなり真っ先にトイレに突撃して、中に人がいないかを確認していました。刑事ドラマの犯人のアジトに乗り込むシーンのように、ドアの左右を囲んでテキパキと統率のとれた動きでした。 車内を廻ってきた入国審査官はパスポートの全てのページを確認し、写真をルーペでじっくり見ていました。顔じゃなくてもっと細かい部分を。 トランジットビザで入国するので、入国カードの「ロシア側の招待者」の欄は空欄にしていましたが、ルートを尋ねられてキエフ行きのチケットを見せたら、『MINSK-KIEV』と記入するようにと指示されました。ミンスクとキエフの綴りを覚えていて良かった(日本で情報収集しているうちに自然に覚えます)と思いましたが、後から気付いたけど私が書いたのはあくまで英語の綴りであって、現地の綴りはラテン文字でもこれとは違うのだった。MIHCK、KYIV。 左右全く同じ内容を記入する入国カードは、半分に切られて片方を渡され、出国時に回収されます。 入国審査中はこの駅を動かないのかと思いきや、暫くすると列車は普通に走り出しました。係官はこうして国境~ミンスク間を日に何度か往復しているのかな。この列車のヴィリニュスとミンスクの間の停車駅は、この国境駅だけです。 バックパックを開けるように言われましたが、ガバッと開けた所をちらっと見ただけで終了。私の荷物で剥き出しなのってペットボトルの水だけだったんだけど、荷物を小分けにしている袋の中はノーチェック。 ベラルーシ滞在日数分入らされるという強制保険はありませんでした。

さあベラルーシだ!車窓に目を凝らしてバルト三国との違いを探します。うーん家の形は似ているけど、屋根が若干薄いような気も。未舗装の道が多いのもあって、より素朴な感じがしました。 線路沿いの林に駆け込んでいく鹿2頭の後ろ姿が見えて嬉しくなりました。野生の鹿!

定刻の9:50にミンスク中央駅に到着しました。 駅前を歩いていると、何度か「タクシー?」と声を掛けられました。ベラルーシにはタクシーの客引きがいるんだね、今旅ここまでの国にはいなかった。

本当に来てしまったかベラルーシに。日本のベラルーシ大使館で発行されたビザを持っているのに、そのビザに不備があると言われて国境でとんぼ返りさせられた方の旅行記を読んでいたので、入国できないケースも一応は想定していました。その場合はヴィリニュス~キエフを空路かな…航空券高いのでそうならなくて良かった。 列車を降りて駅舎へ。ミンスクには泊まらず、今夜22:40発の夜行列車でキエフへ向かいます。 駅舎の地下に荷物預り所があるとのことでしたが、線路から見たカウナス駅と同じくらいの大きさの駅舎(上の写真、列車の先の白い四角い建物)にはチケットカウンターがあるだけで、階段がどこにもない。あれーおかしいな…ちなみにその駅舎のすぐ前には、地下鉄駅なのか劇場なのかよく分からない建物がありました。 写真で見たことがある駅前の建物、立派だけど思ったほど巨大ではない。いや十分立派なんですけど、なぜか私はリガの科学アカデミー(21階建て)サイズの建物が2つ建っているくらいの規模を想像していました。っていうか高さより、長いな!!だから塔が低く見えるんだ。

途方に暮れて地図アプリを見て気が付きました。メインの駅舎はもっと東だ! ほら、ヴァグザール(駅)! って書いてあるんでしょう、たぶん! 2010年にウズベキスタンに行った時にいくつか覚えたロシア語が役に立ちました。挨拶以外はヴァグザール、ポーチタ(郵便局)、スコーリカ・ストーイト(いくらですか)だけだけど。

大きくて近代的な駅!案内板には英語表記もあって一安心。

荷物を預ける前に3Fの待合所に行き、チョコパンを食べて一休み。今日は何もしないうちから疲れている。夜まで時間潰すのしんどいな。

何はともあれ両替。何故か皆さん、両替所ブースの閉まった扉の前で行列を作っています。ソビエト名物の行列?両替所開いてないの? 真相はこのブースの中にガラスで仕切られた窓口が1つだけあり、一度に1人ずつ入って銀行員とマンツーマンで、密室で両替するという謎の閉鎖的システムでした。防犯目的? つい40EUR(約5,120円=872,000ベラルーシルーブル、以下BYR)も両替してしまいましたが、ミンスクで1日過ごすだけなら10EURもあれば十分です。どこでもカードが使えますし、物価安いですし。 BYRは桁が多いですが、「『ゼロ2個取ってから半分』よりちょっと多め」で日本円と同じくらいになります。

この駅どこにもトイレが無いなあと思ったら、地下に広大なのが一か所あるだけでした。使用料は5,000BYR(約30円)。 旅行記でよく写真を見る新幹線の絵は、B1Fのトイレや荷物預り所の手前にありました。本当に、なんで新幹線?

薄暗い通路の、荷物預り所と思われる鉄の扉(いくつもある上に、扉周辺に表示が一切ないので関係者以外が開けていい扉に見えない。案内は上の写真の青い看板が最後)を恐る恐る開けたら、扉の先は明るくてホッとしました。入口と平行して幅広で長い廊下が伸びており、向かいには荷物棚が並ぶ広い部屋がガラス越しに見えます。結局、通路のどの扉から入っても同じ部屋に出る構造でした。 荷物棚がある広い部屋にはいくつか扉があり、内側にスタッフが立っています。そこに料金も書いてあるので「この荷物を預けたいんですが」と身振り手振りで伝えたら、ここじゃないよと端にある窓口を指差してくれました。 まず最初に窓口でお金を払ってレシートを受け取り、そのレシートと荷物を扉の内側のスタッフに渡すと、荷物を棚に置いて預かり証の番号札を渡してくれます。 上の写真の枠が赤い扉から出て、すぐ左手にある扉から入れば窓口が目の前だったはず。

預け代は10,000BYR(約60円)。 ここの営業時間が何時までかを確認したいんだけど、窓口周辺のどこにも書いてない。時計も無いし。窓口の女性に尋ねようにも、彼女は英語が話せませんでした。困っていたら、女性が英語で書かれた案内文を出してくれました。おおっそんなものがあるんですね!しかしその紙に書かれているのはここで預かれない物について等の諸注意で、営業時間については書いてないのだった。 こうなったら最後に頼れるのはボディランゲージだ!女性に時計を見せて紙とペンを渡したら、私が何を知りたがっているのかをすぐに理解してくれ、「24"00」と書いてくれました。まさかの24時間営業!!事前に調べた情報では8:00~20:00だったのですっごく改善してる。素晴らしい!おかげで列車が出る3時間も前に荷物を回収する必要が無くなりました。

さて観光に行こう。駅前は信号がなく、地下道を通って向かいの通りへ。 駅正面の大きな建物の間の通りに入ったら市内観光バスが停車していました。ミンスクにもこういうのがあるんだ! 訪問ビザ発給の厳しさからして旅行者を拒む気満々のベラルーシ、外国人には相当アウェイな雰囲気なんじゃないかと心配していましたが、このバスを見て安心しました。少なくとも、観光客が来ることを想定している。

突き当たりの公園にあった少女像。一緒に傘に入って記念撮影している観光客を何度か見ました。ほらやっぱり観光客いるんだよ!ベラルーシ国内かロシアからの観光客が多いのかもしれないけど。

ミンスク市内を走るトロリーバス。てっぺんに赤と緑(ベラルーシの国旗の色)の旗が、チューリップを連想させる配置で付けられています。真ん中ちょっと高い位置に赤、左右に緑。 そして写真左上の標識に注目。リトアニアのと全く同じ、頭の形がリアルなやつ! しかしミンスク市内の横断歩道標識はもう1種類ありました。そっちは頭が円でなんだか猫背だった。

駅前の大通り突き当たりのスヴェルドロフ通りを左手に進むと、ミンスクの中心ネザレージナスツィ(独立)広場に出ました。 ソビエト的らしい無機質な建物が囲むだだっ広い広場の中で目立っているのは聖シモン・聖エレーナ教会。ネオ・ロマネスク様式の赤レンガのローマ・カトリック教会で、通称「赤い教会」と呼ばれているそう。著名なベラルーシ人市民活動家であるエドヴァルド・ヴォイニロヴィッチが、亡くなった自身の子供のシモンとエレーナを悼んで融資し、1905~1910年にかけて建設した教会だそうです。ソ連支配時代には映画館にされていたらしい。 広場の花壇にチューリップが移植されているところでした。ミンスクはどこに行ってもチューリップが満開、すっかり春ですね~。まだ固い蕾だったリガの花壇を思い出しました。

ネザレージナスツィ広場内にも道路が通っており、やはり信号が無いので道の向こうへ行くには地下道を通る必要があります。 階段を下りてびっくり、なんと地下は巨大なショッピングモールになっていました。地上より地下が充実しているのは寒い地域(というかロシア圏?)の特色のようです。 吹き抜けは天井がガラス張りのドームになっていて明るい。

広場にいくつもあるガラスのドームは、全部地下街の明り取り用の窓なんだ。 広場の南にあるこの建物は何かと思って調べてみたら、ベラルーシ州立教育大学らしい。地図を見てみるとネザレージナスツィ広場周辺にはいくつも大学があります。

ファサードを覆っているのは横断幕かと思いきや、小さな布のモザイクですよ!綺麗! 駅前とか街中とか色々な所で見るこの「9」は何だろう。9周年?

上の天使(?)、どういう表情だよ…。

ネザレージナスツィ広場の西に面して国民議会議事堂があり、その前にはレーニン像が鎮座しています。手すりに寄り掛かり、身を乗り出すようにして遠くを見ているレーニンの目線の先にあるのは…ミンスク中央駅?ベラルーシ州立教育大学? ベラルーシの現在の最高指導者は、『ヨーロッパ最後の独裁者』として有名なアレクサンドル・ルカシェンコ。1994年から現在までずっと大統領です。 ちなみにベラルーシは、ヨーロッパで唯一死刑制度がある国。ベラルーシに死刑制度がある事にではなく、その他の全ての国で既に実質廃止されている事にびっくりしました。東欧とかロシアにすら無いとは。

レーニン像の下には綺麗な花が供えられていました。ベラルーシ人の多くは、今でもソビエト時代を良かったと思っているらしい。 ソ連崩壊後もベラルーシとロシアは再統合に前向きで、1999年にベラルーシ・ロシア連合国家創設条約が調印されました。当時のロシアは国力が低下して混乱しており、独裁政権で強くなったベラルーシ優位で話が進められました。そもそもルカシェンコがロシアの最高指導者になりたいがために連合国家構想を発案したそうですが、その後プーチンが大統領になったロシアが強くなり、対等な合併ではなく乗っ取り的な吸収合併を匂わされてルカシェンコが激怒。両国の関係が悪化して2002年を最後に首脳会談も行われなくなり、以来連合国家は存続しているものの機能不全に陥っています。 2011年のベラルーシ経済危機をきっかけに両国の関係は多少改善したそうですが、プーチンとルカシェンコの仲が悪いのもあってなかなか一筋縄にはいかないらしい。

聖シモン・聖エレーナ教会の庭には竜の口に槍を突き立てる天使像がありました。トゥラカイ城に山ほど展示されていた聖ゲオルギオスがモチーフでしょうか。 聖ゲオルギオスはロシアの国章、モスクワの市章にもデザインされており、モスクワの守護聖人でもあります。

長崎の浦上天主堂から贈られた鐘の記念碑もあります。プレートの一枚には日本語とベラルーシ語で「ここに広島、長崎、福島の土を入れたカプセルが埋められている。」と書かれています。 何枚もあるプレートには日本やチェルノブイリに限らず、核の被害を受けた場所についてがその土地の言葉で書かれており、私に読めたのは最初の核実験が行われたニューメキシコ州アラモゴードに関する記述だけでした。 これが何かを知っているのかいないのか、沢山の観光客が鐘を鳴らして記念撮影をしていました。

聖シモン・聖エレーナ教会の内部は、張り巡らされた長い布が印象的でした。

空が晴れてきました! ミンスク市内には、この3色か赤緑2色モチーフの飾りがあちこちにありました。形は色々で、これも9周年(?)が関係しているようです。

信号の上の案内板、「STOP」。止まれの標識は意外とどこの国に行っても英語表記ですが、ベラルーシですらそうなのにはびっくりです。私は世界中で日常的に使われている英語No.1は「バイバイ」だと思っていますが、書き文字ならSTOPが一位なのかもしれない。

通り沿いのデパートのショーウィンドウが、ベラルーシ国旗を彷彿とさせるデザインで可愛い。

十月広場の手前で地下鉄駅を発見。カストリーチニツカヤ駅/クパーラウスカヤ駅。 ミンスク地下鉄はマスコウスカヤ線(1号線)とアウタザヴォーツカヤ線(2号線)の2線が通っており、唯一ここだけで交わっています。1つの駅なのに『マスコウスカヤ線カストリーチニツカヤ駅』『アウタザヴォーツカヤ線クパーラウスカヤ駅』と名前が違って紛らわしい。

乗車の度に窓口でジェトン(プラスチックのコイン)を購入するシステム。タシケント地下鉄と同じ。この混雑ぶりや改札機の構造を見るに、定期券とか存在しないんだろうか? 一回の乗車賃は5,500BYR(約33円)。改札機にジェトンを入れて通ります。

自分の目的地がどっちの路線か分からず右往左往して、激混みの地下鉄に乗り2駅北のプロッシャ・ヤクバ・コラサ駅で降りました。もう既に大冒険。 ミンスク地下鉄の車体は青くて綺麗でした。中はぎゅうぎゅうだけど。

目的地はリドというレストラン。国際的なチェーン店なのか以前にも見かけたな…リガかどこかで、全く同じデザインだけど店名がキリル文字じゃないお店を。 このお店は色々な方のミンスク旅行記に登場するので、行ってみたいと思っていました。

とても広い店内はカントリーレストラン調の凝った内装で、屋内なのに池なんかもあります。結構混雑してるけど女性1人客も多くて一安心。地元の人が気軽に食事に来ている印象。大きなホールではなく軽く仕切られた小部屋が並んでいる感じで入り組んでいて、料理がある場所を探す時も帰る時も道に迷いました。 セルフサービスのお店で、ドリンクやサイドメニューは既に器に入っているものを好きに選んで取り、メイン料理はカウンターの向こうの厨房にいるスタッフに欲しいものを伝えて盛り付けて貰う形式でした。学食とか社員食堂みたい。 お盆を持ってレジに行き会計。これで112,000BYR(約658円)でした。 見た目で選んだメインは薄く伸ばした豚肉、玉ねぎ、きのこ、チーズ、卵の重ね焼きのようなもの。グラタンのような感じで激ウマ!最高。 サラダは小さめに刻んだ野菜とささみのような鶏肉をフレンチドレッシング?で和えてクルトンを乗せたもの。大ぶりなチキンがいくつも入っていてこれだけでもメインになりそう、美味しい。 ピンクのスープは冷製。味は…癖が強くてぶったまげました。この茶葉のようなハーブのせいだと思います。具は千切りのビーツがどっさり。これは口に合わなかった。シャルティバルシェというリトアニアのスープらしい。ハーブ無しだったらいけたかもしれません。 ドリンクはイチゴヨーグルト。パンまでは食べられずそのまま持ち帰りました。また非常食が増えてしまった。

再び地下鉄駅へ。周辺に見所が多いカストリーチニツカヤ駅に戻ろうかと思いましたが、またあの激混みの駅に行くのが嫌だったので、さらに北にある国立図書館に行くことにしました。 最寄りの駅はMAPS.MEによるBOCTOK駅か。えーと………路線図に無いんだけど。よくよく調べたら、青い路線123番のUschod(ウスホッド)駅=BOCTOK駅でした。一体いくつ言語があるんだ?BOCTOKはたまたまラテン文字でも書ける綴りですが、他の駅名を見るにこれもキリル文字です。よく見たらこの写真の路線図の小さい文字の方はラテン文字なので、ポーランド語なのかもしれません。リトアニア大公国時代は貴族はポーランド語、平民はベラルーシ語を話していたそうですし、ベラルーシ語とポーランド語はかなり似ていて問題なく意思疎通できるらしい。 大きい字の方はベラルーシ語なのかロシア語なのか…ベラルーシはここ100年くらい事あるごとに公用語がベラルーシ語にされたりロシア語にされたりを繰り返していて、ルカシェンコ政権になって以降はロシア語化が推し進められており、将来的にはベラルーシ語の消滅が危惧されているそうです。

ところで街歩きを始めてから違和感を感じていたんですが、このカフェでバッグの中身を全て出して確認してみて一気に真っ青になりました。ヴィリニュスのホテルにモバイルバッテリーを忘れてきたかも…!!充電したまま忘れたと思うのでA→C変換プラグ、プラグとUSBを繋ぐアダプタ、USBとスマホを繋ぐケーブルも。変換プラグとアダプタはもう1つずつ持ってるからいいとしても、ケーブルないとスマホ充電できない。充電なしで帰国までもつか…いや無理だ、あと4日以上あるのに。スマホが使えなかったら地図アプリは勿論、バルト三国以外の地球の歩き方は全部画像で持ってきているのでそれも見られない。今回の旅はかなり前から念入りに調べているので大体の情報(特に色々な移動手段)は頭に入ってるけど、いざという時にど忘れしたら?メモもあるけど全部じゃないはず。それに何より、アラーム使えないから朝起きられない!旅行中は結構アラームの直前に目が覚めることが多いけど、完全に頼れるほどの精度はあるまい。 確かに忘れてきたのかを確認する為にヴィリニュスのホテルにメールで問い合わせようかとチラッと思いましたが、そんなことをしてもヴィリニュスに戻れる訳じゃないんだから無駄だ。ベラルーシビザはシングルで取ってるし、そもそも通過ビザなんだから第三国へしか抜けられない。 もしかしたら駅に預けているキャリーの方に入っているかもしれないけど、今旅ずっと習慣的に手持ちのショルダーバッグの方に入れていた物なので可能性は薄い。今朝コンセントから抜いた記憶が無いし…ギリギリまで充電してた覚えはあるけど。 せめてスマホとUSBを繋ぐケーブルだけでも買えればなんとかなるんだけど、Xperia対応のケーブルって海外に売ってるのか?やっぱりi Phoneにするべきだったか?と悩むのは今旅2回目なんですけど。カウナスでケース壊した時と。

もう絶望感が凄い。観光している気分じゃないけどまあ…国立図書館に行こう。とりあえずスマホの電源は切りました。 よく思い出してみたら、去年行ったザグレブの空港(だったかな?)の充電コーナーにXperiaでも使えるケーブルがあったし、対応するケーブルが売られている可能性はゼロではないのかも。クロアチアにあってもベラルーシにあるのか分からないしXperiaが海外展開しているのかも知らないし海外の他機種との親和性もさっぱり分からないので不安は拭いきれないけど、少しだけ気を取り直しました。

最寄駅からも結構距離がある…というか敷地が広い国立図書館。この多面体に空が映っているのが見たかったんですよ!晴れて良かった。国立図書館はこの形から、アルマーズ(ダイヤモンド)と呼ばれているそうです。 本当は夜のライトアップが凄く見たかったんですが、この時期の日の長さでは諦めざるをえませんでした。間に合わなくもないかもしれないけど、夜行列車に乗る前に時間に追われるのは怖いし。

入口の両脇には、色んな言語の標語のようなものがびっしり。漢字もあるけど日本語ではないね。

今日は定休日の月曜ですが、開いてました。ベラルーシ・ウクライナ辺りの歩き方の情報は相当古いですね。地下鉄の乗車賃は3,700BYRって書いてあるし。地図も範囲が狭い上に大まか過ぎて役に立たない。

建物裏手にある展望台も営業していました。 市内の見所から離れているここからの眺望にはあんまり興味が湧かなかったけど、BYRが余りそうなので上ってみます。時間もたっぷりあるし。

行列に15分くらい並んでチケットを購入。観光客(海外からじゃなさそう)は多いけど一人客は私くらいだ…展望台の入場料は30,000BYR(約180円)。 展望台から降りてくる人が皆アイスを食べていました。展望台の1フロア下にカフェがあるようです。

1Fにはロッカーがあって、大きな荷物を預けられるようになっていました。 エレベーターで地上73mの展望台へ。

ウスホッド駅がある方向。一番左の大通り沿いに地下鉄駅出口の1つが見えます。 四方見回すとあちこちで大規模な工事をしていて、ミンスクは発展中なんだなと思いました。左の大きな建物も建設中のショッピングモール。ガラス張りでとても綺麗。国立図書館並みにフォトジェニックな建物でした。

ベラルーシらしい模様。

独特なデザインの集合住宅。その奥の住宅街に並ぶ家々も、びっくりするくらい煙突が沢山付いている所が特徴的でした。 展望台には2か所くらい双眼鏡が設置されています。プレートをよく見たら日本語で「絶対に太陽は見ないで下さい。」と書かれていてびっくり。日本製?!と思ったらMADE IN TAIWAN。英語と中国語の注意書きもあるし、よくよく見たら「絶対」が日本で使っているのとは違う字でした。 ちなみに覗いてみたら真っ暗で何も見えなかった。お金を入れないと見られないという訳ではないと思う…だってベラルーシには紙幣しかないのにコインしか入らない造りだったから。ついでに金額も書いてないし。

また建物の周囲をぐるっと廻って地下鉄駅へ。 駅や街中で何度も見かけた、ニャースヴィシュ城のポスター。凄く綺麗で気に入りました。水面と本体が間違い探し的なところも目を惹く理由なのかもしれない。

駅の売店。こういう陳列の仕方がソビエト的なんだとか。 言葉が通じないと買い物するのが難しそうだな。目当ての物の写真を撮ってお店の人に見せたら手っ取り早いでしょう。

地下鉄を乗り継いでニャミーガ駅で降りました。聖霊大聖堂が目の前だ。 地下にいる間に雨が降ったらしく水たまりが出来ていました。私が地上に出た時にはたまたま止んでいただけのようで、またすぐに本降りの雨が降りだしました。

聖霊大聖堂は白亜のバロック様式の教会。1633年から1642年にローマ・カトリックのベルナルディン修道院の教会として建てられましたが、ミンスクが帝政ロシア領になった後の1852年にロシア正教の教会となりました。ベラルーシ正教会の中心的教会だそうです。 ずっと鐘が鳴っていると思ったら、塔の上で人が奏でていてびっくり。ただ鳴らしているのではなくメロディーがあります。

何やらミサが行われていました。

ミンスクとキエフではあちこちで軍人の姿を見ました。

雨脚が強いので教会内に入っていましたが、儀式中で入口と両サイドの辺りまでしか行けません。 教会内は頭に布を被る必要があります。今日は上着を脱ぐくらいの暖かさだけどストールを持ってて良かった。一応入口で貸し出しもあるようですが、数が足りていない様子。箱に入っているのを自由に持っていけるので、返さない人がいるのかもしれません。 この教会には豪華なイコンが沢山飾られていますが、中でも一番有名なのは『ミンスクの聖母』という聖母マリアと幼いキリストのイコン。祭壇向かって左側にあるらしい。1482年にキエフがモンゴル軍に襲われた際にドニエプル川に投げ込まれましたが、上流のミンスクに流れ着いて1500年に地元住民に発見されました。以来奇跡を起こすと信じられているそうです。

雨は依然止まないもののミサが長い。教会の入口でずっと待機しているのも疲れるので、カフェでも探そう。

見つけたのは揚子飯店という中華料理店。外にロシア語だけどアメリカーノとかカプチーノとか書いてあるらしき黒板が出ています。 気軽にドアを開けてみてびっくり、入口で上着を預ける高級店でした。うわあ、こんなお店日本でも海外でも入ったことないと思う。 17時過ぎという微妙な時間帯ですが、店内は結構客が入っていました。しかし一人でコーヒーを飲んでいる客などおらず、大人数で中華料理を楽しんでいる客ばかり…地元客が殆どのようですが、中国人らしき若者グループもいました。ミンスクでアジア人を見たのはここだけだったと思います。 入る前に撮った外観写真をズームして黒板を店員さんに見せ、カプチーノを注文しようとしたら、きょとんとして「これここの店ですか?」というリアクションでした、えっ何で把握してないの…ほら(ズームアウト)。それは納得したようですが、本当は黒板に書かれている25,000BYRじゃなくて40,000BYR(約240円)だとメニューを見せて説明されました。はあ~?外の黒板はティータイム価格か何かなの?時間終わったんなら仕舞っておきなさいよ。釈然としないけどもういいやそれで。 運ばれてきたカプチーノには、お店オリジナルのチョコレートが添えられていました。わー高級!高くても納得だわ。 ここも国立図書館近くのカフェもそうですが、ミンスクのお店は店員が何かとスローでした。注文も会計も本当に伝わってるのか不安になる遅さ。動きが遅い訳じゃないんだけど奥に引っ込んだっきり出てこない。フロアに誰も店員がいない時間が長いので、入口にクロークがあるからいいけど無かったら食い逃げされ放題じゃないのか。セルフサービスのレストランが重宝されるのが分かるなあ。 帰り際に見たら例の黒板がまだ出ていました。店員のリアクションからするとあんまりそうは思えないけど、もしかしてわざとなのかなこれ。客引き的な。

外に出たら、幸いにも雨が上がっていました。 正面は聖マリア教会。…ん?近くに行って見てみると…

ああっこれは!!!(爆笑)ヴィリニュスの大聖堂にあったのと同じ絵!!これそんな国境越えて使われるような絵なの?!

その前の広場には可愛い土産物屋さんが並んでいました!

聖霊大聖堂は小高い丘の上に建っており、前の広場からは新市街とスヴィスラチ川が見渡せます。

スヴィスラチ川を渡ってトラエツカヤ旧市街区へ。

橋の上から、川沿いにユニークなベンチが並んでいるのが見えました。

ミンスクはモスクワとワルシャワを結ぶ線上にあるために、戦乱の度に軍隊が往来して焼け野原となりました。第二次世界大戦ではここミンスクでドイツ軍とソ連軍が激突し、「短期間で空前の規模の戦死者(両軍合わせて46万人以上)を出した」としてギネスブックに載る程の激しい戦闘が行われ、人口の半分以上が失われて市街はほぼ完全に破壊されてしまいました。 戦後は以前の建築を再建するのではなくスターリン様式の都市計画が行われ、無機質な建物が建てられました。 ここトラエツカヤ旧市街区だけは、ヨーロッパ的なかつての街並みを再現しています。

記念撮影をしている観光客は結構いますが、なんだかひっそりしていて普通の住宅街のようでした。

柵可愛い。

警戒心の強い猫発見。

雨が降ったお陰でこんな劇的な空が見られました。

橋を渡って涙島へ。

凄い独特な形の巨大な建物。マンション? 私ソビエト建築好きだな。

涙島はスヴィスラチ川に浮かぶ小島で、トラエツカヤ旧市街区の北端の辺りから橋が延びています。

涙島からの眺めはとても綺麗でした。

涙島の真ん中にはアフガン出兵慰霊碑が建っています。 息子が出兵した母親の悲しみが伝わってくる慰霊碑です。

泣く天使像。涙島の由来は分からないけど、涙を流す理由はいくらでもあったミンスク。

天気が良くなって暖かいので、手漕ぎボートが大人気でした。

涙島の周りを、ボートがゆったり廻っていきます。

旧市庁舎。

再びスヴィスラチ川を渡って、ニャミーガ通りに出ました。 ケンタッキーの建物すげえ!!!

ニャミーガ通りを歩いて駅方向に向かっているつもりが、暫くして現在地が分からなくなりました。節電モードのスマホ画面は暗すぎて屋外では何も見えない…Wi-Fi切ってるから現在地が分からないし。途方に暮れかけてふと我に返りました。スマホを持ってない頃はこんなの当たり前だったじゃないか!全く貧弱になったな私。 信号待ちをしていた若い女性2人組にExcuse Meと声を掛け、「ヴァグザール?」と言いながらあちこちを指差す仕草をしたら、すぐに分かってくれて流暢な英語で応じてくれました。って英語話せるんですね!!ミンスクで英語話す人にこのタイミングで初めて会いましたよ。駅はあっちの方角だけど遠いからバスに乗った方がいいよ、50何番のバスで…と丁寧に説明してくれました。神様…!ジャクィ(ありがとう)! お陰様で急に元気が湧いてきたのでバスに乗らずにモリモリ歩き、駅を示す案内板を発見しました。今が今日で一番疲れてない! ちなみにこの横断歩道標識が、上の方で書いたもう一つの猫背の方です。

駅に行く前にネザレージナスツィ広場に立ち寄り、地下のショッピングモールへ。 ショッピングモールのトイレの入口は、地下鉄駅の改札のようなシステムでした。入口で5,000BYR(約30円)払ってジェトンのようなコインを受け取り、それを料金箱のような機械に入れるとバーが回って中に入れます。出る時に地元の奥様風の女性がジェトンを持って困っていたので、私が入り方を教えました。ミンスク市民からしても珍しいシステムらしい。 その後、スマホ用品を販売しているブースでUSBケーブルを発見!うおおおおお!!!やったー!私のスマホに合いそうなのがあったので、お店の人にスマホの穴を見せて使えるか確認。YESと言われても念には念を入れて、開封して試しに差し込まさせて貰いました。カッターを使って苦労して開けてくれてありがとう。99.000BYR(約582円)でした。

これで安心!もし駅に預けているキャリーの方に入っていたとしても、元々使っていたやつは20cmくらいしかない短いケーブルだから長いのも欲しかったんだ。両替しすぎたBYRも使えたし一石二鳥。まあまだまだ余ってるんだけど…。 心底ホッとして他の買い物客と同じように花壇の淵に座ったら、足が凄く疲れていることに気が付きました。そりゃそうだ。今旅では殆ど毎日3万歩近く歩いていました。人間の体は1日に3万歩も歩けばぶっ倒れるくらい疲れるものなんだな、知らなかった。人間というか私個人か。 それにしても、これまでの旅ではここまで疲れなかったと思うけど今旅はヤバい。加齢のせいじゃないとしたら、今旅は交通機関乗り放題券みたいなのを利用する機会が少なかったからかな。 ショッピングモールのピアニスト(正面左寄り)が弾く「You Raise Me Up」が素晴らしくて感動しました。

上の写真のドームは地上から見るとこうなっています。

駅前まで戻ってから、郵便局に行き忘れたことに気が付きました。現在時刻は20:30、もう閉まっているかもしれないけど気分がいいので行ってみました。ネザレージナスツィ大通りの入口にある郵便局に。 窓口によっては早く閉まるようですが、切手の窓口は23時まで開いているようです。気兼ねなく使えるようになったスマホで歩き方のロシア語のページを開き、「マールカ(切手)、イポーニユ(日本)、アトクルィートカ(ポストカード)」を駆使して意思が伝わりました。窓口のおばちゃんとその単語+身振り手振りで購入を成し遂げ、ジャクィとお礼を言ったら嬉しそうに笑ってくれました。ロシア語よりベラルーシ語を覚えて良かった! 切手とポストカードで16,900BYR(約100円)。切手に額面が書いてないので個別の値段が分からない。

駅前の大通りにあるスーパーへ。

ミンスク中央駅へ。

スーパーがあるのは正面の通りに入って右手の辺りです。 ミンスク楽しかった!今朝の不安や億劫さが嘘のような今。 郊外のミール城にでも行かないと時間を持て余すんじゃないかと思いましたが、そんな事はありませんでした。

今朝と同じく3Fの待合所に行ってポストカードを書きました。駅構内に郵便局があるようだけど、案内板に従って歩いても見つからない。チケットオフィスの女性にポーチタはどこですかと尋ねたら、2Fと言ってどこかを指差してくれました。2Fか!とエスカレーターで上るも、どこ探してもない。っていうかここ3F?おかしいな…。 だいぶ迷ってから気が付きましたが、駅の真ん中にあるエスカレーターは驚いたことに1Fから3Fに直通でした。郵便局へは全く別の所にある階段を使わないと行けないのです。 迷っているうちに日が暮れて、正面の建物がライトアップされました。

郵便局内にはなぜかどこにもポストがありませんでした。ポストカードを投函したいだけなのに、仕方なく窓口の行列へ。しかし海外の郵便局でありがちですが、「一体何の手続きをしてるの?」というくらいどの人もどの人も時間がかかる。 投函したいだけなのに20~30分も待って私の番が来て、お姉さんにポストカードを渡し「消印を押してくれ」と身振りで頼んだら、「後で押すわ」と後ろの棚にポイッと置かれてしまいました。おいおい大丈夫でしょうね…おばちゃんと私の努力の結晶なんだから届かなかったら承知せんぞ。どうも出来ないけど。 唯でさえ郵便事情が良くないと言われているベラルーシ。同じく良くないと言われているウクライナから送ったポストカードも、最後に投函したポーランドからのも届いたのに、ベラルーシからの物だけは一向に届きませんでした。毎日郵便受けを覗き、もう駄目かと諦めかけた5月下旬に漸く届いた時は嬉しかったです。

地下に行って預けていた荷物を受け取り、再び3Fへ。今朝行った両替所のレートを確認したらBYR→ウクライナグリブナへのレートが物凄く悪かったので、BYRはきっと国外では紙屑になる通貨なんだと思い、やはりここで使い切ってしまうことにしました。レート悪いなんてもんじゃない、売りと買いで3倍も差があるなんて。 両替所の隣の売店には、空港に売っているような立派なお土産用のチョコレートが売られています。一番大きくて高いチョコ(右端)を買おうと思いましたが、ちょっと借りてキャリーに当ててみたらこれキャリーより大きい!入らないから却下!(爆笑) お店のおばちゃんにお金を見せて「これだけ全部使いたい」と告げ、それとそれ、あとそっちも!とチョコを取って貰っては計算して貰い、片っ端から買いまくりました。嵩張るからチョコしか買わない。

3Fの待合室にあるインフォメーションで尋ねてみると、私が乗る列車が出るホームは地下だそう。

なので1Fに立ち寄る機会ができ、最後にすっかり暗くなった夜景が見られました。

22:40、ミンスク発キエフ行きの列車。

コンパートメントもカーテンも無くてサイドにもベッドがある、インドのスリーパークラスに似た配置の寝台車両でした。ベッドは3段じゃなくて全部2段だけど。 私の寝台は下段の座面が上がってる部分。ベッドの下に荷物を収納できるんですが、これどうやって下ろすんだろう。向かいにやって来た女性が難なく下ろしていたので、日本語で「これどうやって下ろしたらいいんでしょう?」と言いながら身振り手振りをしたら手伝ってくれました。もう英語が通じないのは分かってるので全部日本語です。 女性はとても親切で、私がリンゴを食べて芯を持参した袋に入れていたら、車内のゴミ箱の場所にわざわざ案内して教えてくれました。ありがとう!歩き方のロシア語ページを見ながら私は日本人です、あなたは?と聞いてみたところ、ベラルーシ人でした。 それからはお互いに母国語しか話しませんでしたが、結構意思の疎通が図れるものです。しかしこれは相手の答えが予想できる内容であることが条件のようで、私がバックパック(キャリー)を寝台の端に置いてその上に端っこが乗り上げるように敷布団を敷いていたら、どうして邪魔になるのに下の物入れに入れないのか理解できなかったらしく、「大丈夫大丈夫」という私に対して「分からない~!」と嘆いていました。あはは!国境越えで荷物検査がある時に取り出すのが面倒だからなんだけど、説明できる気がしない(笑) 女性は国内のみの移動だったらしく、国境に着いた車内が明るくなって起きたら隣の寝台にはベラルーシ人のおじさんが寝ていました。どうりで女性は荷物が少ないし、ベッドメイクを勧めても固辞された訳です。 明け方4時くらいに国境に着き、係官が乗り込んできてパスポートを確認。その後別の女性係官が来て、キーボード部分が弁当箱のように分厚いネットブックのような機械を使ってパスポートチェック。機械のサイドにパスポートを当てるとICチップの中身、これまでの出入国履歴が画面にずらっと表示されるらしい。凄い、記録されてるんだ!スタンプを押してくれ、別の男性係官が荷物と座席下の荷物入れをチェック。英語で優しく、穏やかな出国でした。 あ、ちなみにモバイルバッテリーはバックパックの中にありました。良かった!

がっつり買い込みましたが全部でぴったり90,000BYR(約540円)、やばい全然お金減らない。この期に及んでも安いものを選んで買う習性が憎い。 大きめのスーパーですが、会計時はバーコードを読み込むのではなく一品一品値札を見てレジに打ち込んでいました。 購入した飴はどれも、パッケージの絵と中身の味が全然違いました。右下の桜のような絵の飴はメロンジュースのような味、その上は包みにレモンが書いてあるけど酸味ゼロ、カルメ焼のような飴。真ん中はまだ食べてないけど左上に至っては包みにロブスターが書いてあります。どんな味だ?!と職場を恐怖に陥れましたが、サクサクした食感のピーナッツ味で激ウマでした。なんでロブスター柄?!

最終的にこれだけ買って、袋代込みで349,800BYR(約2054円)になりました。それでもまだ57,800BYR…300円ちょっと残ってるけどもう限界だ、キャリーに入らない。上の大きい箱でノートくらいのサイズです。袋に詰めて渡して貰ったら、重っっ!!!!チョコレートって重いんだな…。あと3か国もあるのにキャリーがパンパンだ。 しかしベラルーシのチョコレート、私が食べた限りはどれもこれも激ウマでした!買う時には味が分からないから仕方ないんだけど、もっと買えばよかった…!!ミルクもビターもクランチ入りもどれもこれも美味しい。全体的にどちらかというと甘さ控えめで、硬くて溶けにくいチョコレート。 チョコレートを仕入れる為だけにまた行きたいくらいです。経験上チョコレートが美味しい国ばかりではないと分かっているので(ハンガリー、ポーランドは色々食べたけど美味しくなかった。食感も味も)、ベラルーシ製の美味しさは感動的でした。

ミンスクのメインストリート、ネザレージナスツィ大通りへ。 通りの入口に物凄い立派な郵便局を発見しました。後で行こう。

ウスホッド駅で降り、国立図書館の方へ歩き出したところで力尽きてカフェに入りました。店名も読めないしメニューも読めないけど、なんとかラテマキアート(35,000BYR=約210円)を注文。カフェですが食事メニューが充実しており、なんと寿司までありました。色々びっくりなんだけど、寿司にコーヒーって合うのか? 国策でロシア語化が推し進められているというなら、ここの店名もメニューもきっとロシア語なんだろう。だらけるついでに歩き方でロシア語のアルファベット対応表を確認してみたら、ここの店名はラテン文字だとCOFE(COFFEEの意味のロシア語) CITYになるらしい。ロシア語は、おそらく外来語は綴りをそのままキリル文字に置き換えているだけのようで、ラテを飲みながらメニューを眺めているうちに幾つかはなんとなく読めるようになってきました。置き換えているだけに文字数が同じだし、元が英語かそれ以外でも綴りを知っているものなら…ラテマキアートはイタリア語だと思うけど読めたし、発音もそのままで通じました。 それを踏まえて上の地下鉄路線図を見直すと、キリル文字はロシア語ですね。BOCTOKはベラルーシ語駅名なんだきっと。…とここまで考えて、ベラルーシ語の外来語の扱いもロシア語と一緒の可能性があると思い当たりました。そうだとするとメニューや店名がベラルーシ語の可能性もある。…さらに調べたらロシア語には無くてベラルーシ語だけに存在するキリル文字のアルファベットが幾つか存在することが分かったので、それが使われていたらベラルーシ語だと判断できることが分かりました。分かり易いのは『I、i』、但し『bl』のように見えるキリル文字の組み合わせはあるので『I』の前に『b』みたいなのが付いていたら除外。逆に『N』を左右反転させたようなキリル文字はロシア語にしかない。 …ってことは上の路線図はベラルーシ語じゃん!そうだ、そもそもポーランド語と同じように読める時点でベラルーシ語だ。BOCTOKはロシア語駅名に違いない。このカフェの店名とメニューには『N』の反転が含まれているからロシア語だ。 以上の考察は帰国してから…というか今しましたが、私はベラルーシ滞在中はベラルーシ語で挨拶をしていました。しかしお店で買い物すると店員さんにロシア語で「スパシーバ」と言われることが多くて、私がベラルーシ語で「ジャクィ(ありがとう)」と言うとびっくりして笑顔でジャクィと言い直してくれることが何度かありました。この時は「私が外国人だから彼女達にとっての外国語=ロシア語で話すんだろう」と納得していたんですが、帰国してから「ベラルーシで現在推し進められているのはロシア語、そもそも元からベラルーシ語は地方でしか使われてなかった」とかいう記述を読んで、「外国人がマイナーな方言で挨拶してきたからびっくりしていたんだろうか?」と悩んでしまいました。今回詳しく調べてそうでもないことが、ミンスク市内でもベラルーシ語が普通に使われているらしい事が分かって良かったです。

北京13:05?ミンスク17:20 機内 中国人は立ち話が好き 席を離れ輪になり延々喋りまくり 私の隣の席のベラルーシ人が空いてるバロック席に移るからねと言ってきたが まんまと中国人に奪われた。(先手を打たないと負けるよ)

アパートメント付近は、積もってたが街中はふわりと降ってる状態

朝の雪が嘘のように晴れてきました

ヨーロッパへ来た証 木の枝に鳥の巣があります。

トラエツカ旧市街 若者が中心になって町造りをしたとあったので行ってみたが人も少なく期待外れ

ミンスクに戻り町散策 ケーブルカーが超レトロ

お?洗濯機があると喜んだが コードが届く範囲にコンセントがなく、力ずくでドラム式の洗濯機を移動させ 洗面台のコンセントにどうにか届いた。

正面に出ました

5/10 久しぶりのANAラウンジ スターウォーズのフィギャーがお迎え

ケーキにANAの焼き印

朝早いので空いてます

羽田?北京間の機内はガラガラです。 エコノミーファーストで寝転がります。

PM2.5の影響が少なめの北京上空

空港の外も、この通り青空が見えます

小心地滑にもクロックスの絵

中国国際航空ラウンジ 点心の蒸籠

お粥やスープ

牛肉麺 おいしいです

ミンスク空港?市内 300番バス 35000ルーブル(210円) 乗車中バッグの中チェック、キャッシングしたカードがないっ! 隣に座った若い女性に話すと次のバス停で降りてタクシーを拾いなさいと言われ バスの中からも反対側を指さし教えてまらった。 タクシーがなかなか捕まらず、相乗りにしてもらい事情を話して行き帰り55万で乗せてもらう

空港の銀行や遺失物係でもカード発見に至らず、その間タクシーの運転手が通訳代りで手伝ってくれた。 タクシーの中でカード会社に連絡し、カードを止め、その他のやり取りは日本から掛け直してもらい。電話代は向こう持ちでローミングはこちら払いということになった。しかし通信事情が悪いのか何度も切れて焦った。 駅近くのオフィスにアパートメントの鍵を受け取りたいと運転手に頼み、その後 とても分かりにくいアパートメントの部屋まで連れて行って貰い、とても助かった。部屋に入るにも三か所の鍵を開けなければならず、それを運転手がすべてやってくれた感謝。

Kvartira Na Neminga 2泊 8671円 キッチンとダイニング 塩コショウあり カーテンとサッシを開けると

リビング 大きなソファー1脚と小さいソファー2脚

ベッドルーム

5/11 外へ出たら雪が降ってる 昨日、タクシーに送られたので、どこがどこやらわからない

駅の向こう側に行くためには遠回りのため、ジェトンを買い横切ることに

これってレーニンかな

ホームを渡って反対側へ

この小さなドアが入口 皆さんとても親切で領事館に電話してくれたりしましたが、探す手伝いは出来ても、紛失証明書を発行はしていないようでした。

地下道の商店

地下鉄

5/09 朝早い便なので、ファーストキャビン羽田に前泊

昨日カード会社から、できれば警察で紛失証明を貰って来てと言われ 駅近くを歩いて警察官らしき人に場所を聞くとガラス張りの奥を案内された

11:50発のナヴァグルーダク行きに乗り、ミールザマークまで約二時間

中央バスターミナル 警察を出ると雪も止み、ミール城へ行くことにした。

途中のバスターミナル 乗り換えの老人が多いです

ミール城

城内井戸

お決まりの拷問部屋

レンガの積み方が交互に積まれて美しい

緑に囲まれた人造湖があります

五つの塔と城壁があるゴシック様式の城

近くの広場で手作り品やお土産を売ってるテントがあったが買うものはなかった

時間があるので、ミールの町を散策

こじんまりした教会

静かな風景

これは町のスーパー ビール1.47ルーブル

バス停にもどり、帰りのバスは15:40

やっとバスが来ました

「地球の歩き方」によるとミンスクはモスクワとワルシャワを結ぶ線上にあり、戦乱の度に焼け野が原となり、第二次世界大戦では人口の半分以上が失われたとある これぞ ソ連式建物 ワルシャワにもソ連が造った墓というビルがある

聖シモン・聖エレーナ教会 貴族ヴァイニロヴィッチが亡くした二人の子供シモンとエレーナを悼んで造った 赤い教会と呼ばれてる

聖霊大聖堂 この周りは、物乞いだらけだった

近くの大きなケンタッキーで晩御飯とミールで買ったビール

もみじ饅頭と日本茶でホッと一息

室内物干しができる

写ってる右のドアが私の部屋 真向いの家の子供の三輪車や物が置いてある

このドアを鍵で開ける

8階 エレベーター

1階エレベーター前 このエレベーター内部は、恐ろしく古くて音がして今にも止まりそうだった 左下には、植物が申し訳程度に植えてある

エントランスは資材置き場と思えるほど

入れた これは集合郵便受け チェックアウトする際、鍵を置いていく事になっている

このプラスティックの鍵を、次々とインターホンに当てて回った

ここも違う

ソ連式の団地の一室がアパートメントホテル 昨日はタクシードライバーに連れて来られたのでよく覚えてなく、今朝は出かける際 何も目印を考えず出た為、自分のビルがどこかわからなくなった

5/12 ミンスク発13:10の飛行機なので朝、散歩する

人がいない

聖母マリア教会

ソ連式銅像

花壇が面白い形 あちこちで見かけた

空港行バスの進行方向左側に座る 昨日行った赤い教会前 ネザレージナスツィ大通りを通る

共和国宮殿

勝利広場

国立図書館 面白い形 この建物はバスの右側席なので、揺れるバスで移動 日本だったら怒られます

ベラヴィア航空 ミンスク発13:10?リヴィウ14:30 ウクライナのリヴィウに向かいます。

10月15日 8時ホテルを出発。 ブレストの町は人口約30万人、かってはリトアニア領となったり、ロシア帝国領となったりしたした歴史があります。この街の見どころである、ブレスト要塞に行きます。 写真は、要塞入口にあった解説版。 要塞はブーク川が蛇行して流れる島の中に、ロシア帝国時代の1842年に戦略的な拠点として整備されました。 第2次世界大戦中はソ連兵が常駐しており、1941年6月22日、ナチス・ドイツ軍が矢印のように侵入して死闘が繰り広げられました。ナチス・ドイツの大軍に対し、ソ連兵は人数的に劣勢ながら、要塞を拠点にして1か月近く戦い抜きましたが、最終的に陥落します。

要塞への入口は大きな星型。。。ソ連らしいデザインです。。。

要塞入口の手前を流れる川です。橋の上流側。

星形の要塞入口を潜って中に入ります。

ソ連製の戦車等が展示されています。

要塞入口の手前を流れる川です。橋の下流側。

第1次大戦末期の1918年、ここで、ブレスト-リトフスク条約が締結されたモニュメント。 この条約は、レーニン率いるソビエト・ロシアとドイツの間で結ばれた講和条約で、ロシアが第1次世界大戦から手を引くこととなり、ロシアにとっては屈辱的な条約でした。

ヘルメットに溜まっている水を飲もうとしているソ連兵・・・・生々しい像もあります。

ブレスト-リトフスク条約が締結されたとする建物跡です。

巨大彫刻岩のそばに来ました。平伏す兵士の顔像は、4階建てのビルくらいの高さで、良く見ると岩ではなくてコンクリート造りのようです。 手前は、要塞で戦死した兵士らの名前が刻まれたメモリアルプレートが並んでいます。

入口を抜けると要塞の広い中庭に出ます。 周囲にドイツ軍の攻撃で破壊された兵舎や城壁が見えています。

巨大兵士像の前は、ロシアから供給されているであろう安い天然ガスによる永遠の炎が揺らいでいます。 ベラルーシは、いろいろな面でロシアから援助を得ているようで、親ロシア政策が進められている気がします。

敷地内にある破壊されたままの兵舎を巡ります。

要塞を囲む城壁に設けられた城門。野良ワンちゃんの監視付きで、彼はず?と、ツアー客の後をつけてきました。

城門を抜けて城壁沿いを歩きます。 ところどころに、ここで戦死した兵士のために花輪が捧げられています。

城壁の外側を流れるブーク川。左側に監視塔らしきものが残っています。監視人は常駐していないようですが。。。。

ブーク川沿いに魚釣りをしている村人発見。 今は独裁政権下にあるベラルーシですが、村人らは平和に暮らしているみたいです。

ナチス・ドイツ軍の攻撃で破壊された兵舎です。

これも。

広い中庭の奥には、高さ100mの記念塔や人の顔の巨大彫刻岩、更に金色ドーム屋根の教会も見えています。

戦争のむなしさを伝える像が置かれています。

ナチス・ドイツ軍の攻撃で破壊された兵舎跡。

教会の中に入ります。村人たちがミサに訪れていました。礼拝室には椅子がないので、信者の皆さんは立って祈りをしています。

教会の正面。

巨大兵士像を裏側から見ています。 壁面には戦闘の様子が描かれています。

要塞の広場に建てられている教会。

鉄道線路を見ながら・・・

森の中の舗装された幹線道路を進みます。

線路を横切ります。この付近は電化されているようです。

トイレ休憩のために大型スーパに立ち寄ります。

ベラルーシの旅行記つづきです。 10月14日 17時 世界遺産のミール城とネスヴィジ城(宮殿)の観光を終え、ポーランドとの国境に位置するブレストに向かいます。ベラルーシーは高速道路など、予想外に充実しており快適なドライブです。 草原の中にヨーロッパ・バイソン・・・・像が見えています。

部屋はこんな感じ。一人では十分な広さです。

20時 ブレストのHERMITAGE HOTELに到着。 静かな住宅地に建つソ連スタイルの5階建て3つ星ホテルです。すぐにホテルのレストランで夕食となります。

兵舎の外壁には、まだ弾痕が見られます。

10時過ぎ ブレスト要塞の観光を終えて、ウクライナとの国境を超え、ウクライナのリヴネに向かいます。リヴネまでは約290Km、途中、愛のトンネルに寄ります。 ブレスト近郊の住宅団地を通過します。

湖を横に見ながら・・・

ほとんどが高層アパートで一戸建ての建物は見かけません。 道路に面して大型の電光掲示板だけが点灯していますが、誰も見る人が居なくて、映し出されている女性の顔がなぜか寂しそうww。。。

高層アパート。ソ連時代に建てられたものでしょうか。

再び草原の中の一本道を走ります。

農村地帯を通過。

集落に入ってきました。この日は日曜日、路上で露店が出ています。

集落に入ってきました。

集落のカラフルな教会。

この日のランチは、魚料理。。。。お味は普通・・・・・でした。

がらんとして殺風景なレストランにてランチをとります。 昼間は閑散としていますが、夜はバーになって賑わうのでしょう。店員さんは笑顔で接してくれました。ベラルーシの女性は笑わない・・・・印象でしたが可愛い笑顔に安心しました。

レストラン前で出会った小学生。 ドーブルイ・・・・スパスィーバ・・・・会話が成立していませんが、真剣なまなざしで対応してくれ、しベラルーシの明るい未来が約束されたみたいで嬉しくなりました。

商品は豊富に陳列されており、結構賑わっていました。

ガスレンジ台、洗濯機、冷蔵庫などが一緒に陳列されています。 何なんでしょうかこの円筒形のものは???・・・

MeはベラルーシでYouになったのよ  東部戦線を扱った中でも「独ソ開戦」は文字数が一番多いが未訪問。旧スターリングラードは「姉妹都市の日」でお茶を濁し、旧レニングラードが唯一の訪問地となっていた。 *英雄都市記念碑と大祖国戦争史国立博物館  いわゆる独ソ戦(1941年6月22日開始)をソ連側は大祖国戦争と呼びました

 このような状況の中、急浮上したのが旧ソ連ベラルーシ(大戦中4人に1人が犠牲になった)訪問だった。広島発上海・モスクワ経由やドバイ経由のワルシャワ往復案もあったが、チケット代2万円の中国国際航空(サービスが不満)を利用し、関空発2泊4日の弾丸遠征となった。直接言えないけど、特に上司の「東京放送じゃないのよTBS〇彦氏」には感謝あるのみです。今年2月から空路、5日以内の滞在ならビザ取得が不要になったのが助かった。結果的に4ドルながら、旅行保険の強制加入が珍しい。    *係員に保険契約書を見せた しばらく眺めていたほかの係員と相談し、字が読めないのでダメ! 名前などはローマ字だったんだけど… 強く主張したら通ったかも

 最近移転した大祖国戦争史国立博物館はコンパクトにまとめられている。博物館前の英雄都市記念碑。市内の勝利広場、空港近くには栄光の丘と似たような記念碑的建造物(後二者はタクシーで途中下車 それぞれ意味はあるのだろう)があるのが旧ソ連らしい。

 メインはブレスト訪問(往路バスで5時間10分、復路列車で3時間45分)だったが、一時小雪が舞う荒天の中、15時過ぎまでのミンスク観光も充実したものだった。

*どこかで見たような気がするプロパガンダポスター 一番左は開戦当日の新聞かもしれない 日付が確認できなかった

*奥は野戦病院の様子

*ナチスに焼き払われる村の映像

*処刑されるパルティザン

*勝利の間

*入口 入場料は8R=480円

博物館前の英雄都市記念碑。市内の勝利広場、空港近くには栄光の丘と似たような記念碑的建造物(それぞれ意味はあるのだろう)があるのが旧ソ連らしい。 *すぐ隣の公園 噴水は出ていなかった

*スヴィスラチ川沿いを歩く

*聖霊大聖堂を見上げる

もくじへ http://4travel.jp/travelogue/10681693 *トラエツカヤ旧市街区 1980年代に学生ボランティアによって建設が始まったとか どうせならもっと本当の昔の街並だったらよかったのに

 中心部の涙島にはアフガン出兵兵士の慰霊碑もある。1980年のアフガニスタン侵攻は冷戦激化を招き、同年のモスクワ・オリンピックは西側諸国がボイコット、4年後のロサンゼルス大会はソ連などがボイコットした。ベルリンと並んでスポーツが政治的に利用されたケースだ。1989年にソ連軍がアフガンから撤退したが、混迷は長く続いた。  なおルーマニアのチャウシェスクはロサンゼルス大会に参加したり、ワルシャワ条約機構とも一線を画するなどソ連の意向に従わず、西側からは称賛された。しかし飢餓輸出を行う一方で国民を弾圧し、前述のように1989年暮れに流血の末、処刑された。 *チャウシェスクゆかりの地訪問記は http://4travel.jp/travelogue/10921380

*街歩きしていたら雨と少々雪までパラつく始末 Galeria Mihckの見学も早めに切り上げ、14時にはホテルに帰る ホテルからはタクシーで空港へ向かう *ここから4枚は勝利広場  少し町中からは遠くタクシーで寄ってもらう

*ここから6枚は栄光の丘 市内からは少々遠く、空港からは17キロの場所  行くんだったらタクシーで途中立ち寄ってもらうしかない

*お世話になったMさん He speaks good English. We talk together many problems about peacedestroyer Pucin Tramp Kim jongung.  ほかにも昨年夏にNew Roubleが導入されたこと(旧1万が新1に)、ベラルーシの政治体制から前述の美女の話、勿論戦争の話、多くの中国人がやって来ることなどに及びました 空港近くには中国人が造った公園も ミンスク便があるから多いのか、多いからミンスク便があるのか? チップ4を含めて60R(3,600円)払いました

*アルマーズ(ダイヤモンド)と呼ばれる国立図書館  50の言語による800万の資料が納められているとか

*ガーン 18:50出発予定が21:00に変更になってる?  ブダペストまで行く乗客は便名がCA721便  北京までは722便 面白い  ブダペストに到着した時、遠慮がちに安堵したような拍手が アエロフロートで起こるという伝説は聞いたことがあったが、初めて経験して驚いた そんなに危ないと思われている会社なの?  ブダペストでは一旦機外に出ないといけず、セキュリティチェックもある

*ブダペストからは再びミンスク上空(26キロ地点)を通過 どうせなら思いっきり遠くを飛んでくれたらよかったのに モスクワ、エカテリンブルク、中国に入ると、Sajnsand(砂塵砂?)、Boading上空を通過 機内では「和食之心 築地市場」を鑑賞 北京空港 中国への入国審査を待つ人々  実は一旦入国して広島駅前プロジェクトで知り合った中国人友達と合う手はずになっていたが、それでなくても3時間20分しかなかった乗継時間が1時間遅延(頑張って1時間分は取り戻した)になったので断念  入国していたら確実に乗り損なっただろう セキュリティチェックでは歯磨き粉に反応 古くて若干変質していたのかも それにしてもここまでならテロなど起こしようがないのかも

*途中オムツ交換をしている家族連れが… *搭乗ゲートは端っこ ここだけ閑散としていて間違えたかと思った  空港の職員は国際航空のクルーと一緒で尋ねても無言で指さすなど本当に不親切  日本に来た中国人が日本のサービスに感動するのがよく分かる *離陸は結局出発時間から1時間以上遅れた 途中飲み物を配り始めたが、なぜかスルーされた *格好いい機体が駐機していたので    レコードチャイナ     中国人は日本に到着後即感動 日本は悪魔の国そのもの        http://www.recordchina.co.jp/b144757-s10-c30.html     日本の空港を見よ! 荷物の扱いがまるで違う        http://www.recordchina.co.jp/b171898-s0-c60.html     20か国以上行った私も見たことがなかった        http://www.recordchina.co.jp/b92021-s0-c60.html 心を込めた「おもてなし」で東方航空初の外国人リーダーとなった日本人女性        http://www.recordchina.co.jp/b177097-s10-c60.html

*読んだらつい涙が出ちゃうレコチャイ最大の衝撃 日本って本当にすごい     http://www.recordchina.co.jp/b109987-s0-c30.html *エアチャイナの口コミ https://www.tripadvisor.jp/Airline_Review-d8729000-Reviews-Cheap-Flights-Air-China *離陸したのは定刻より1時間以上遅れ、関空到着は約40分遅れる  広島に帰られる最終の「はるか」に5分乗り遅れたので、今日は新今宮のホテル サンプラザ 値段は¥1,750 往路よりゴージャス!?な宿に泊まった

*テレビがあったのが嬉しい YouからMeに戻ってしまったのよ

 テレビの影響で美人が多い国とされるベラルーシ(ヨーロッパ最後の独裁国家とも)だが、多くのレーニン像、レーニン通り、一様なビル群に巨大な広場はまるでソビエトテーマパーク。年配の人にはソ連時代を懐かしむ人も多いという。確かにゴルバチョフの登場は国際的には冷戦終結というドラマを生み出したが、旧システムの急激な破壊で国内的には混乱を巻き起こした。ただ上からの改革が行われなかったら、下からの急進的な改革要求運動が起こったのは間違いなく、流血の事態に発展していただろう。

*写真3枚は2017年4月4日に放送された「メイドインジャパン」 ベラルーシ人モデルのナタリさんが登場した番組 ゴルバチョフ時代になって配給が滞り、母親が自分の食べ物まで子どもたちに与え、その反動で過食症になり、130キロ超になった母のため、和食をお持ち帰りする話 普通に食べるだけで、1カ月半に15キロの減量に成功した 和食ってすごい!

*ほか番組で取り上げていたのが、ブラジル人モモイが出前機をお持ち帰り  ハンガリー人が日本行きを認めていなかった頑固な父に日本の入浴機をお持ち帰り 日本人の99%が行かない国、と紹介してたけど、旅行者の99%の間違いでしょ https://www.youtube.com/watch?v=rb4RjupYQZs

*素敵!

*日曜で多くの人がミサに参加していた

*聖母マリア教会でもミサが  写真左地下に昨夜夕食を食べたカンブリヌスが

*手前標識のMIHCKにご注目

*入口はさもそれなりそうなホテルでしょ!  3人ものスタッフが「おかえりなさい」と迎えてくれる

*お土産は日本で品薄のポテトチップ擬きを合計4個  チョコが2個、ヌードルが3個で¥600少々  ラーメンちょっと残しといてね  って言っていたのに、社長と副社長が全部食べちゃった?  だからパクチーの味がする、しか分からない

 「Youは何しに日本へ?」、「世界の村で発見!こんなところに日本人」は意外な日本を発見したり、様々な人生が垣間見えて面白い。いつも楽しみにしている。    (2017年4月23日 最新訪問地) *「Youは何しに日本へ?」ドイツから探偵ナイトスクープを観覧に来たカップル  彼らが大好きで聖地巡礼までした「23年間会話していない夫婦」  https://www.youtube.com/watch?v=z1qVT49DDKQ&t=6s  広島では2017年6月18日に放送された 番組に関するブログ https://matome.naver.jp/odai/2149545463868874101

*念願叶いました! 良かった?

*やっぱり泣いた局長

そして再び「Youは何しに日本へ」に登場 広島放映は、2017.7.23

2017年11月20日放送 「世界ニッポン行きたい人応援団」 将棋大好きベラルーシのマキシムくんエカテリーナちゃん

https://www.youtube.com/watch?v=0ZVQJDLmK3A&feature=em-subs_digest-vrecs 残念ながら日本への招待場面は入っておらず 後半の日系人草野さんの初めての里帰りも感動もの

各建物とも6層で統一され、旧ソ連の面影が色濃く残る町並みです。 ミンスクの街は、第2次世界大戦で、その面影をとどめないほどに破壊されました。そのため、戦後の復興計画に基づきソ連式の町づくりが行われたとのことです。

10月13日 成田空港第1ターミナル2階のギャラリーを覗きますと、偶然にもこれから訪れるベラルーシの子供達が描いた絵が展示されていました。カラフルな建物が並ぶ広場で、人々が楽しく生活している様がうかがえる絵に、ワクワクします。 ベラルーシは、1991年にソビエト連邦より独立した日本の約半分の国土を持つ国で、ロシア、ウクライナ、ポーランド、リトアニア、ラトビアの5カ国と国境を接しています。人口約950万人、農業や酪農が盛んだとか。

教会のような建物は旧市庁舎。 この教会前から徒歩で観光します。

旧ソ連時代の建物の間に挟まれて建つ聖母マリア教会。 手前の白い大型バスでツアーは移動しています。

広場にある天秤ばかりと商人のモニュメント。 ミンスクは、ロシアとヨーロッパの交通の要所に位置しており、物の取引も行われていたのでしょうか。時代が変わっても公正な取引が行われるように。。。とのメッセージかなぁ?。

小高い丘の上に建つ聖霊大聖堂。

正面から見る聖霊大聖堂。 外観は真新しくてシンプルですが、1633年から1642年にカトリック教会の修道院として建てられ、1852年にロシア正教の教会となりました。

内部には、奇跡を起こすと信じられているミンスクの聖母をはじめ多くのイコンが飾られています。

今回はH旅行社の主催する9日間のツアーにて、3カ国を巡ります。ツアー参加者は、ご夫婦が2組、1人参加が10名(男性8、女性2)、旅慣れたシニアばかりの合計14名です。 12時 成田発のモスクワ行きアエロフロート(SU-0261)にてモスクワに向かいます。モスクワまでの所要時間10時間10分。

教会のある高台から、ミンスクの街中を蛇行して流れているシヴィスワチ川を見下ろしています。高層ビルも見えていて、近代化が進んでいるように見えます。

菊の花が咲く秋のミンスクです。10月の中旬ですが、朝晩は日本に比べたら結構な寒さです。

シヴィスワチ川の中の人工島「涙の島」に行きます。

橋を渡って川の中の涙の島に来ました。 ここには、アフガニスタン出兵慰霊碑があります。 1979年、ソ連はアフガニスタンに侵攻し、約10年間の戦争中に、ベラルーシから3万3000人がソ連兵として出兵しました。その中で約700人以上が亡くなり多くの人が負傷しました。

島には、涙を流している天使の像もあります。 戦争・・・苦しくて悲しい涙を流すのは、いつも家族や子供たちなのです。世界平和を祈ります・・・・。こうして旅ができるのも、平和だからなのです。

スヴィスラチ川沿いには、アフガニスタンから持ち込んだ岩も置かれていました。

トラエツカヤ旧市街区に来ました。 ここには、第2次世界大戦前の古いベラルーシの街並みが再現されています。 ミンスクの街は、第2次世界大戦のときに、ほぼ完全に破壊されてしまいました。また、人口は30万人から5万人まで減少しました。大戦後、町は、スターリン様式の都市計画に基づいて復興されたために、現在見られる町並みは、統一化された味気ないものとなっているのです。

10月14日 8時 ミンスクの市内観光に出ます。 ミンスクの幅が広いメインストリートの街並みです。高さが統一されたソ連時代に造られた建物がきれいに並んでいます。まだ朝早いためか、車も人も少ない感じです。

この地下道を潜ってオベリスクが建つ勝利広場に行きます。

ミンスク中央駅の駅前通りから見るオベリスク。

記念塔の台座には、勝利を祝う人々のレリーフが取り付けられています。

広場からオベリスクを見上げています。 第二次世界大戦のドイツに対する勝利を称える高さ38mの記念塔です。 記念塔の前には、戦死された兵士や市民を悼む永遠の炎が燃えています。炎は多分、ロシアから安く供給されている天然ガスで燃え続けているのでしょう。

赤い教会から独立広場を歩きます。 ここはミンスクの赤の広場とも呼ばれているそうです。モスクワの赤の広場に似せているのでしょう。

教会の中に入ります。とてもシンプルな造りです。この教会は、1932年にソビエト当局に閉鎖され、その後1990年まで映画館として使われという歴史を持ちます。

独立広場にある聖シモン・聖エレーナ教会、別名「赤い教会」に来ました。 1910年に完成した、ローマ・カトリック教会です。

教会横には核の被害を受けた国を紹介するモニュメントがあります。 長崎の浦上天主堂から贈られた鐘が取付けられ、地中には広島、長崎、福島の土を入れたカプセルが埋められています。 被爆国と原発事故の日本・・・・ベラルーシの人達に分かってもらえるかなぁ?。そういえば、ベラルーシは、チェルノブイリ原発事故の影響を一番受けた国だとか。

広場の周りに白いコンクリートの政府庁舎が建っています。

こちらの政府庁舎前には、堂々としたレーニン像が建っています。ソ連から独立したのに、この国では、まだレーニンさんは健在のようです。

こちらは十月広場。 正面の建物は共和国宮殿、手前の広場中央に、ベラルーシの基準点0km標が据え付けられています。

13時 ミール城に来ました。 ここは、ミール地方にあるゴシック様式の漆喰装飾が美しい小さな城ですが、「ミール地方の城と関連建物群」という名称で世界遺産に登録されています。

15世紀末に建てられ、1568年にリトアニア大公国のラジヴィウ家という貴族の手に渡り、ルネサンス様式の城として改築されたといいます。

城の中庭。

この城の変化を示す模型。 リトアニア大公国による所有の後、ナポレオン戦争による損壊や、ナチス軍によるユダヤ人強制収容所に利用されるなど、この国が時代の波に翻弄され続けてきた歴史を見ることができます。

城の大広間。 冬に備えて家紋が施されたタイル張りのストーブがあります。

天井は手の込んだ寄木細工で造られています。

ホールで、ちょうどピアノによるミニコンサートが行われていました。

中庭でのパフォーマンス。 真剣を振り回しての一騎打ち・・・・迫力のある演技でした。

15時 ネスヴィジ城(宮殿)に来ました。 ミール城から約30km(首都ミンスクからバスで約3時間)のネスヴィジにある世界遺産の城です。木々が紅葉したこの参道を通って宮殿に向かいます。

この宮殿は、リトアニア、ポーランドで勢力を持っていたラジヴィル家の本拠地で、ソ連が侵攻するまで約300年間改築が繰り返されてきました。そのため、宮殿内部の博物館では東欧・中欧の建築様式の発展を学ぶことができます。

1533年からの歴史があり、16世紀から19世紀にかけてはラジヴィウ家の居城、ソ連時代は、サナトリウムとして使われていたこともありました。

ラジヴィウ家一族は15・16世紀にかけて巨万の富を獲得し、1936年に第2次世界大戦が開始されるまでその富を保持し続けたといい、各部屋には彼らが愛用していた豪華な調度品が置かれています。

一族の肖像画が飾られた部屋。

城は、第2次世界大戦中にソ連に奪われるのですが、その際にサナトリウムとして使われていた結果、幸いにもナチス・ドイツ軍からの攻撃を受けることなく、現存することになったといいます。何が幸いするか分からないですネ。

ミーティングルーム。

寝室。

城のまわりは壕、更にその周囲は広大な公園になっていて、ちょうど紅葉が真っ盛りでした。

お堀端で、結婚式を挙げたカップルが幸せそうに記念写真を撮っていました。

見知らぬyouらに、笑顔のポーズをとってくれました。新婚カップルに幸多かれと祈ります。

モスクワでの乗り継ぎ時間は約2時間。しかし、入出国審査に時間がかかり、航空会社のスタッフの案内で、広い空港内を駆け抜けてミンクス行きに搭乗します。ミンスクまでの所要時間は1時間25分。 隣の席は英語話せるミンスク在勤のお姉さん、ミンスク郊外の工業団地のマネージャで、モスクワや中国に企業誘致のために頻繁に出張していて、お国の工業化に貢献しているとか・・・・ベラルーシのイメージが最初から変わりました。 ミンスク着19時40分。モスクワ経由ベラルーシへの入国には、ロシアとベラルーシのビザ取得が必要で、あらかじめ旅行会社に海外旅行保険証などの書類を添えてお願いしました。

ミンスクはベラルーシの首都。ライトアップされたユニークな建物横のストリートを通過してホテルに向かいます。 この建物は、国立図書館だそうで、ベラルーシが教育に力を入れいることの証で、またまたイメージが変わります。

広場の中央にソ連ぽい星マークがのっているオベリスクが見えます。お?お。。。何やら旧ソ連の都市みたいです。ああ、これが当初持っていたベラルーシのイメージだったのです。

ミンスクの宿は、モダンな外観ガラス張りのHOTEL RENAISSANCE。1階フロアにカジノが併設されていて、ここはラスベガスかぁ?といった感じです。写真は翌朝に撮影。

10時 ミンスク市内観光を終えて、次の観光地世界遺産のミール城に向かいます。 バスはミンスクの町を出ると、どこまでも続く草原地帯を走ります。ベラルーシは、国土の半分近くが森林や草原とのことです。

牧草地帯の中にところどころ民家が見えています。

17時前 どこまでも果てしない草原を抜けて、バスはポーランドとの国境近くにある町、ブレストに向かいます。 ベラルーシ・ウクライナ・モルドバ周遊・・・ベラルーシのブレスト編につづく。

11時50分 ミール城の城下町にてランチタイム。 この日は土曜日、広場では市場が開かれていました。

広場に面して村の教会が建っています。ネギ坊主屋根が並んでいてヨーロッパの教会とは違う外形です。

教会の中です。 祭壇は手前の仕切り奥、椅子席は無いので、信者は立ってミサをするようになります。

近場で収穫された野菜は、袋ごと取引されているようです。

5/6(土)夜 キエフ駅の発着案内、数字こそわかりますが、ウクライナ語で表示されている発着駅は全くわかりません。 上から3段目が、私の乗る列車。 文字の雰囲気で、なんとなくキエフとミンスクって感じはします。

天井の高い駅舎内、エスカレータで上っていきます。

エスカレータの先には跨線橋、改札口はなく、直接ホームへ行けます。1時間前に着いてしまいました。

出発前に出国審査があると聞いていてので、早めに着いて、そしてホームへ行ってみると、もうすでに列車は据え付けられていました。

部屋に入ってみると2段寝台4人部屋。 中国の軟臥と同じ、日本の開放型B寝台に扉を付けたような造りです。 テーブルの上にはペットボトル飲料が4本。 クラクフからの寝台車にはミネラルが部屋においてあったので、てっきり無料かと思ったところどうやらこれは有料のようでした。

号車番号がイマイチわからず、何回か確認しながら自分の車両へ。 乗車前に、キリリとした顔立ちの女性車掌(各車両1人づつ配置されています)のチケット確認を受けてから乗り込みます。

テーブルには、列車の案内冊子も置かれていて、もらって帰りたかったのですけど、あとでどんなお咎めがあるかわからないので写真に撮影しておきました。 出発前に、ウクライナの審査官が部屋に来て出国審査。パスポートにスタンプを押しておしまい。旧社会主義国は最終頁に逆から押印するのがならわしなのか、ウクライナも最後のページにスタンプを押していました。

料金表がテーブルに置いてありました。 全くわからなかったので、部屋に来た女性車掌に聞いてみたら、上から2番目に記載しているのが、ミネラルウオーターだそう。 ミネラル 1.98BYR=ベラルーシルーブル このほか、USD、EUR、RUB、UAHでも支払えます。 換算値も記載されていて、 1USD=1.88BYR 1UAH=0.071112 UAH(ウクライナルーブル)で支払う時は、1.98÷0.07112=27.84UAH=120JPY USDならば、1.98÷1.88=1.08USD

上段ベッドへは、入口横に簡易的な足かけがあります。 コンセントは、上段寝台脇の荷物入れに1か所。 深夜にベラルーシの入国審査。 最初に車掌が入国書類を配布。 ↓ 記入して待っていたところ、男性の審査官(?)が来て書類のチェック、書き方の指導 ↓ しばらくして、女性(とてもステキな)入国審査官登場、入室、ベッドに座って審査 パスポートを入念にチェック、虫眼鏡のような機器でパスポートのページやビザをまるで疑うかのように確認していました。その姿たるや、真摯に仕事をしている姿ともともとの美しさにすっかり見入ってしまい、「一緒に写真撮ってください???」ともうホントのど元まで言いかけていたんですが・・お願いしたらどうなるのかしら、断られるだけでなく、連行でもされたら怖ろしいので、やはり言わないで良かったかも。

途中、ベラルーシ国内へ入ってから、数駅に停車。 そして、ほぼ定刻にミンスク駅到着。

出発時も到着時も、各車両の出入り口には担当の女性車掌が立って旅客の案内をします。 私の車両の担当車掌と一緒に写真を・・とお願いしたところ、規則でダメなのか、恥ずかしいのか(その辺はわかりません)、強く嫌がられてしまい、断念。 そんなわけで、ミッション真面目度2の鉄道乗務員の美女と一緒に写真撮影は、泣く泣く未達成。そのかわり、書けない言えない真面目度3を含めて他はほぼ達成。

この列車、ベラルーシの車両です。 車両に、ミンスク?キエフとペイントされていますので、ほぼ専用列車なんでしょう。

UADやEURにまじって、CNY(中国元)のレートも表示されています。直行便も就航しているし、中国との結びつきは、意外や大きいのかしら。 USDは買いと売り(1.855-1.89)の差がごくわずかなので、レートとしては好レート良心的かと思います。手数料も取られずに、このままのレートでした。 10USD→18.55BYR 1BYR=62JPY(1USD=115JPYで計算)

最初に荷物を預けます。 駅構内に荷物預かり所がありました。 部屋に入って、左側の窓口でチケット購入、そして荷物とチケットを持って男性係員に手渡す、って二度手間のようなやり方。 荷物預かり 1BYR=62JPY

ミンスクでの滞在は、半日だけ。 とは言っても、多少のキャッシュは必要になりそうなので、駅構内の両替所で米ドルから両替しました。 ミンスク駅構内には、この両替所が2か所。 時間帯によっては、片方が休みになる時間帯もありますが、必ずどちらかは開いているようです。

駅前に出てみました。 天気はイマイチはっきりしません。 今にも雨が降りそうな気配。 午後の便で出発するので、空港へ行くバスの時刻を確認しておこうと思い、駅を出て右手にあるバスターミナルへ。

屋根があるだけバスターミナルのような感じがします。

時刻表もあって、空港へのバスはそれなりに本数がありそうです。

チケット売り場があったので、こんな近距離路線にチケット必要なのかどうかも不明なので窓口へ行ってみました。

バスセンターにも両替所があって、駅よりもほんのわずかだけレート良かったです。米ドルに関しては気にするほどの差でもありません。

ミンスクのガイドは、図書館で借りてきた地球の歩き方の数ページをコピーしてきただけ。午前中の3時間ほど、どこかへ行くというより、トラムでも乗って市内をざ???っと見物しようかと思っていました。

しかし駅前に線路はあるものの、駅を出て左側にあるはずの折り返し点の線路には車止めが設置されていてトラムは入れないようになっていました。 しばらくたたずんでいたところ、走っている気配は全くありません。 ひょっとして駅前には乗り入れしなくなってしまったのかもしれません。 Maps.meには路線図出ているんですけどね・・。

トラムがないのであれば、市内中心部でも行ってみようかと地下鉄へ。

ミンスク市内は2路線走っています。

この造りはキエフと全く同じですね。 写真等で見た、旧ソ連(社会主義国)の地下鉄そのもの。 運賃は均一制 キエフよりはお高くなって(それでも安いですが・・) 0.6BYR=37JPY

プロッシャ・レーニナ→カストリーチニツカヤ クパーラウスカヤ→ニャミーハ 乗換駅でも駅名が異なる(赤坂見附と永田町のような関係)のはキエフと同じ。 1駅づつ乗車して、ニャミーハ駅へ。 戦前にタイムスリップしたような旧市街区があるようなので来てみたところ、おもいがけなく雨降り。傘はないし、あきらめ(こういう時のあきらめは早い)て、プロッシャ・レーニナ(ミンスク駅)へ逆戻り。

買おうか買うまいか・・悩むほどではないんだけど。 やっぱりや?めた。 で、見るだけ写真撮るだけ、にしました。

最初に駅構内を一回り。 美味しそうなパン屋さんのショウウインドウを撮影。 朝食を列車内で食べたばかりなのに、甘いモノを体が欲している・・。

戻ったら雨はあがっていました、少し待っていればよかったか・・今さら悔いてもしょうがないので、駅周囲をブラブラ歩いてみます。

歩いていたら公園のようなところにやってきました。

マトリョーシカをウインドショッピング。 中にたくさん入っているもの(12?15個)はそれなりにお高いようです。 これは日本円では1万円超します。

地下街にショッピングセンターのようなところがあったので、特に目的もなく物色してみました。

そのほか、いろいろと見ているだけで楽しくなります。

公園内をブラブラ。 まぁ、特に何か見なくても、こうやって街中の雰囲気を味わえるだけでも、ワタクシ的にはほぼ満足。

簡単に購入、でも出発時刻を聞かれたので、あらかじめ12:10発をお願いしました。 ミンスク駅→ミンスク空港 バス 4.05BYR=251JPY

駅前にはタクシーの客引きがたくさん声をかけてきました。バスターミナルへ戻り、 これから空港へと向かいます。

バスは路線バス風。 どうやらチケットには座席が指定してあり、私は3時間も前に購入したので、座席番号1。しかし、その座席は運転手のすぐ後ろで、後ろ向きの席。 電車ならば後ろ向きの席でもなんてことはないけれども、バスで後ろ向きの席は何とも違和感あって、空いている席に移動しました。チケットを購入せずに、乗ってくる人もいましたので、座席指定は特に厳密には運用されていないようです。

途中、1か所(地下鉄駅がありました)に停車しました。 この停留所からも数人が乗り込んで、他はノンストップで空港まで。

約1時間弱、空港出発ターミナル前で終着。 チケットのチェックは全くなし、ということは買わなくても乗れてしまうのか、それとも突発的に係員が乗り込んでチケットチェックをするのか。 ミンスク駅→空港 4.05BYR=251JPY

ちょっと閑散とした空港、時間帯にもよるのか、この時間出発ターミナル前は車がわずかしか来ていません。

欧州内の近距離路線がほとんどの中で、CA=中国国際航空で北京は、信じがたいような。

私の搭乗する、LOTポーランド航空。 LOTはスタアラメンバーだから、カウンター2つのうち、一つはスタアラゴールド用を標ぼうしていますが、運用は全くしていませんでした。並ぶ通路すらありません。まぁ、ここでスタアラゴールドがどのくらいいるのかわかりませんけれどねぇ。 私にとっての、チェックインカウンターに並ばなくてもいい、という最大のメリット生かせず(怒・・)

チェックインで30分ほどかかりましたが、それでも余裕でした。

発着便も少ないのか、中は広々、空いていました。

共用ラウンジへ。

ワルシャワからの機材到着が遅れたのでちょっとひやっとしました(乗り継ぎがあるので)。しかし、20分程度だったので大丈夫。搭乗します。 機内サービスはありません。

こんな並んだ搭乗口だからボーディングブリッジかと思いきや、28はボーディングブリッジから搭乗、27は階段をおりてバスです。

バスから搭乗機へ。

こんなアングルから撮影できるのも、沖止めならでは。 とは言え、雨だとイヤですよね。

ポーランド航空の欧州内路線は、機内食や飲料は有料です。 まぁ、一つの考え方で、その分、航空券のお値段を安くして、必要な人だけ購入ってスタイルもいいような気もします。ただ、フルサービスで、航空機内の基本サービスは運賃に込み、って感覚が身についているので、ちょっとこのあたりはLCCに近いですかね。

ソフトドリンク類も、アルコール飲料も有料です。 ちなみに、水は無料。 他に、コーヒーと小さなチョコレートも無料でした。

そして、シャルルドゴールへ。 往路は、いつの間にかバスでターミナルを移動していたので、今度はシャトルCDGVAL(シャルルドゴールヴァル)に乗ってみます。 ターミナル1からターミナル2まで全線乗車。

空港の乗り物は、短時間の移動でもあるし、それほど面白みがあるわけではありませんが、その空港独自の乗り物でもあるので楽しみでもあります。 成田2タミは廃止しちゃいましたけど????。

2タミヘ到着して、JALカウンターでチェックイン。 エールフランスの職員が担当していました。 拍子抜けするくらいガラガラ。 ところで、シャルルドゴール出発便はなぜかWebチェックインができません。私のチケットはY→Cへのアップグレードで事前座席指定も、Webチェックインでの指定もできなかったので、カウンターで座席をもらう、という昔ながらの座席指定でした。窓側は空席なくて、通路側C席にしました。

エールフランスのラウンジへ行ってシャワールームへ。6?7室程度あり、すぐに利用することができました。 スペースも広いし、使いやすいシャワールーム。

一気に日本語が聞こえてきて、日本へ近づいた感じ。搭乗時のCAの挨拶も、ホッとするヒトコト。

お土産は、楊枝入れ。 柄が5種類、10個購入。 値切ってみたけど、スケールメリットもなし、で言われるまま。 @2BYR×10=20BYR 20×60.95=1,219JPY(@122JPY) クレジットカードで支払い

5/7(日) 到着1時間くらい前に朝食。 12枚入りのサラミ、6枚入りのパンにはさむチーズが、冷蔵庫からそのまま出てきたようです。食べきれず、持ち帰れず、で半分近く残しました。 コーヒーは別料金。 コーヒー 2BYR 前夜のミネラル(1.98BYR)と合わせて、56UAH=241JPY支払いました。

ホットミールを少しずつ。 まぁまぁごくフツウのお味。

ついでにケーキも全種類。これは一口サイズです。

ワルシャワでは、シェンゲンへの入国審査。 そのすぐ先にラウンジがあったので入りました。しかし、大混雑、ようやく見つけた座席で、ちょこっとつまんでパリ行きへ。

結局、昼食も夕食もラウンジ。 ワインなどのお酒類は飲めないので、ソフトドリンクと食事。

最後に果物をいただいて、寝る体制に着替えてから搭乗します。

JL416 CDG2155 NRT1630+1 現地時間では夜、日本時間では早朝のこの時間。 なるべく時差ボケをしないように、食事もとらずに速攻で寝ます。 そして、4時間ほど睡眠してから、食事。 メインの食事は和食は当然ながら売り切れ、そんなに重いモノは食べたくなかったのでハムカツサンドとフルーツ。

その後は、ビデオと読書。 到着前にはミソラーメン。 中身を確認したところ、ネギではなくもやしでした。 機内で食べる麺類、実は初めて(カップ麺は、ネギが入っているので私はほとんど食べません)。地上で食べるラーメンと比較するのはどうかと思うけど、そんなに美味しくて感動、ってほどではないか。 総じて食事は、たぶん私が贅沢になったのだと思う、感動しなくなってしまいました。

成田からはアクセス成田で東京駅へ。 東京駅で仕事を終えたひとり娘のお迎え。 元気な姿を見て、お父さんは一気にテンションが上がってしまいます。 パスタを一緒に食べた後、デザートを食べて、近況を聞いたり、旅行の話をしたり。なんだかんだ言っても、こうやって一緒に向かい合っている時間が、父親にとっては幸せな時間に感じます(娘はどう思っているのかわかりませんが・・笑)。 あぁ、これで今年のGWはおしまいです。

最後に、昨年購入した世界で使えるモバイルWifiルータ。あらかじめデータパックを購入しておけば、スイッチを入れるだけですぐに使えるので便利。今回のように国をまたがって移動するときは、その都度Simを購入する必要もないので楽です。ただ、今回訪問した国では、ベラルーシだけは未対応なのが残念???。 今回は久々のヨーロッパ、おまけに3か国も周遊。その割には、当初頭に描いていたスケジュール通りに進んで、自分でもびっくり。トラブルが全くないのも、なんだか物足りないような・・・。 個人で旅行しているので、ツアーのように効率的に観光地を回れるわけではありません。ただ、その中でも、私なりのミッションは、鉄道乗務員とのツーショット以外は達成したのでもう満足。 そして、初めての東欧。思いのほか気に入りました。今まで何で行かなかったのだろうかと・・機会あればまた訪問したいと思います。

機内販売で購入。 愚妻がどこかへ持って行ってしまいました(飲んだらしい・・) 森伊蔵 2,880JPY

ハブラシ1本購入。 1.24BYR=77JPY

カウンターは空いていましたが、イミグレ劇込み。優先レーンは、エールフランス本拠地だけに、スカイチームのメンバーだけ。そこへ、Cのボーディングパスを持って行ったら通してくれました。 しかし、審査官のこのスタンプ。 後ろに空いているスペースあるのに、日本の出国スタンプをまるで消すかのように、押されました。この時間、日本人も多くてキライなのかな、この審査官は日本人のことを。

どうやら今夜はこの部屋、私一人のようです。 そして、外国の寝台車は落下防止の柵等が全くありません。 そんな中で、下段に寝ていた私は、よもやの落下を・・・。 寝相悪い方ではないのに・・頭はとっさに自分で保護したようですが、その代わり左足アキレス腱を伸ばし切ってしまい(どんな落下したのか??)、しばらく不自由でした。

チケットは、ウクライナ国鉄のホームページで予約、その予約番号をキーに駅窓口でこのチケットと引き換え。予約時は、列車の配席図を見ながら好きな寝台を選べるので、車両中央の寝台を指定しました。 国内の乗り物の安さに比べると、ベラルーシへ向かう列車は意外や高価(と言っても1泊で、移動込みの寝台車と考えれば快適だし納得できるお値段)、でも現地の人にとっては高いんじゃないだろうか・・。 Kyiv-Minsk 1,702.73UAH=7,148JPY(4.2JPY=クレジットカード決済)

上野経由で来たので、ほんと久々にモノレールに乗った。 羽田に着くと、こんな機械が。 交通カードと共にかざすと、JALマイルが貯まるらしい☆彡 一応やっておこう。

羽田の朝便なんてほんと久々? いつもはカタールの夜便利用が多いからね。

ANAラウンジで、とんこつラーメン。

ANAラウンジの梅酒は果肉たっぷりで美味しい。 北京で合流するayaさんと連絡。 セントレアのANAラウンジには梅酒は置いていないらしい。

この航空券はエアチャナの初売りで、ミンスクin キエフoutで50650円の超格安だったため、座席しては当日とのこと。(-_-;) セントレアからのミンスクin outのayaさんのチケットは5万を切っていたしね。 恐るべしエアチャナの初売りバーゲン。 1/1に発売してその日に買ってます。来年もあると良いね。 北京からミンスクまでの座席はayaさんと連絡を取りながら合わせる(^^♪ さぁ、乗り込む☆彡 かわいいね、パンダが安全装置の説明。

機内食。 ラウンジでお腹いっぱいなので、写真のみ。

北京着。 さぁ、ここからが正念場。 乗り継ぎが1時間45分しかないのよ。 ここで乗り遅れた人多数。 何とか乗り継ぎカウンター、荷物検査を抜けた。

スタバを横目に、搭乗口に急げ?? 間に合った! セントレアからのayaさんは、私より乗り継ぎ時間が少ない。 どうよ!間に合うか。。 なかなか来ない、ファイナルコールが始まる・・・ あ、遠くからayaさんが、マラソンランナーのごとく走って来る♪ やった!!お互い間に合ったね。今回の旅で一番の難関は北京での乗り継ぎだったんだ。

一回目の機内食。 ayaさんとは、無事に合流出来た喜びでおしゃべりが尽きなかった。 でも、決して大声は出していないつもり・・・・なのに・・ まさかの中国人CAさんから、うるさいと注意されるし。 昼間の便だよ。 ち???ん!

二回目の機内食。 となりのayaさんの鞄からは北京のガイドブックが覗いていた。 本当に乗り遅れを覚悟してのもの。 間に合って良かったわ? ayaさんはロングスカートを履いていた。 いつもは一人旅なので、たまに旅友がいると、意外な発見があるね。 ロングスカート、全然履こうなんて思いもしなかったけれど、確かに旅行の時は楽だよね。

ミンスク着。 初ベラルーシです。 どんな国なんだろう。ワクワクするね。

天気も良さそうだ。

歓迎されてる(^^♪

ベラルーシは今年の2月から空路でin outの場合は、日本人はビザ免除されたばかり。 AIRを取った時は知らなかったけれど、旅仲間のぶんさんに教えてもらった。 ラッキー! 良くリトアニアのビリニュスから電車で入る人がいるけれど(その反対も)、片道でも陸路だったら今まで通りビザは必要。 入国審査の列に日本人の青年が。 お互い「こんなところに日本人」状態。 彼はロシア語の留学のために学生寮に行くんだって。 「迎えの人が来ているはずだけど・・」って心細そうだった。 「もしいなかったら、一緒にタクシーに乗って市内に行く?」 と話したけれど、その後無事合流は出来たのでだろうか・・。 保険の契約証明書が必要だったので、クレジットカード会社に頼んで送ってもらっていたけれど(無料)、空港でも簡単に入れるらしい、しかも数百円と安いんだって。 入国審査の人は保険の契約証明書の円建ての保険料をドルに換算していくらかを聞いてきたので、ざっくり計算して教えた。

まずは両替両替・・

ここで$50を93.25BYNに替える。 (滞在中、レストランで使った時のレートは1BYN=60円)

あら、あれはベラルーシ国立図書館。 ライトアップがきれいなんだってね。今回見られるかな?

さぁ!行くわよ??! タクシーはぼられるらしいからね、女だからってなめられないようにしようねっ! 闘争心丸出しで二人でタクシー乗り場にズカズカ進み、「市内まで!いくら?!」なんて事を言ったら、 何やら困っている・・「え?なんで??」 ここはロシア語かベラルーシ語、言葉が通じないので身振り手振りで「こっちに来て」と。 Uターンして、また建物の中へ。 ??? あぁ、タクシーカウンターがあるからここで支払えって事か。 市内まで一律30BYN(1860円)、何だ、ナンダ・・良心的じゃないか。(笑) 途中の「栄光の丘」に寄って欲しいと、ガイドブックを見せながら意思表示。 「寄り道はだめよ?、写真だけ?仕方ないわね。5分だけね。」 何てことを言ったと思う。(笑) やった! 短い滞在なので、市内へ行きがてら観光出来たらラッキー☆彡 受付のお姉さんに支払い、バウチャーを待っていた運転手に渡す。 栄光の丘の立ち寄りの件は、運転手もその場にいたので分かっているはず。 空港を出ると、すぐに飛行機駐機場、何台も停まっていた。

振り返りながら、カラフルな機体を撮影。 ayaさんはwifiルーターを借りていたので、私もWi-Fiにアクセスさせてもらって家族に無事を伝えるLINEが出来た。感謝(^^♪

空港を出たのはPM6:15 ほぼ定刻でミンスクに着いたので、1時間弱入国に掛かったようだ。 二人とも北京での乗り継ぎ時間が少なかったので、預け荷物はなし。 すぐに見えて来た、栄光の丘。 対独戦争におけるミンスク開放記念。 本当に天気が良くて良かった。 写真で見た時からモンゴルのウランバートルにある「ザイサン・トルゴイ」に形が似ていると思ってた。本当は登りたかった。 青空に映える栄光の丘。

戦車も。 家族連れが写真撮影。

みんな登っているね。 良いなぁ。 チップをはずめば、もう少し待ってくれたりしたのかな? しかし、ここを早々に出たのは正解。その後思いもかけない事で時間がかかり、観光がピンチに。

うぉ?! あれはベラルーシ国立図書館。 左手に見えるとは思わなかった。

今回、ライトアップ見られるかしら。 

市内も近くなってきた。

旧ソ連ってかんじだよね。

無機質な感じも受ける。

一つ一つがデッカイんだ。

もうすぐ。 あの先は駅かな。

駅前のツインタワーの一つが私たちの宿。 空港から50分で到着。PM7:05

早く観光に出たいから、早くチェックインして荷物を置いて。 と、心の中で段取り良く行くはずだった。 しか???し、とんだ落とし穴。 宿は分かったけれど、どこでチェックインしたら良いか分からない。 ayaさんとは同じビルだけど、違う宿。 どうやら入り口も違うようだ。 ayaさんの宿の呼び鈴には応答なし(-_-;)

人に聞くと、この公園の先の建物に管理会社があるよう。 ベラルーシってアパートしかなくて、鍵の受け渡しが嫌だからドミトリーにしたのに? あっちだ、こっちだと、行ったり来たり。 ようやく探し当てて管理会社に行くと、そこは私の借りたドミだった。 公園の右向こうの建物だけど、入り口はその先の大通りから入る。 管理会社で入り口と部屋の暗証番号を渡されたので、とりあえず二人で行く。 ayaさんの管理人は他にいるようだ。どこにいるの???! ドミのある建物に入って3階だったかな?までが暗くて、しかも部屋の暗証番号が違うらしく、再度管理会社に行く。 その時にayaさんの宿の電話番号に掛けてもらうが出ないんだよね? 何だかんだと、私の部屋は分かった。女子ドミだったけれど、一人いたので写真は控えた。

この親切な女性は、管理会社の側のビルの中にいた人で、関係ない人だけど助けてくれた。 ayaさんの宿のオーナーともその後会えて、無事にチェックイン。 ayaさんはここに2泊するので、個室を取っていた。 「あなた!PM8時にチェックインすると言ったでしょう!!」と、こっぴどく叱られたらしい。(-_-;) ちょっと早く行ったからって・・ これがベラルーシって事か?(-_-;) ヤレヤレ、先が思いやられる。 何はともあれ、早く市内観光に行かないと。

いや???、本当にミンスクの宿には参った! 二人だったから良かったけれど、一人だったら心細さマックスだよね。

もう8時過ぎているけれど、この明るさ。 6月の欧州は日が長くて良いよね♪

宿を恨めしく見上げてみる。(笑) 日本で言う3階だったかな?

向こう側の駅には、地下道を通って行くようだ。

花屋さんがあって、ホッとさせられる。

戦争や、原発など色々あったけれど、この国は今幸せなんだね。

駅から撮った写真。 この左の建物の中に私の宿「インタワーホステル」はある。立地は最高だよ。駅前、バスターミナルからも目と鼻の先。女子ドミあり。 この中に8つくらいのホステルがあってayaさんの泊まった「マイホステル」の方が口コミが良いけれど、そちらはドミは混合しかなかった。 インタワーホステルも、泊まるだけと割り切れば安くて、立地良し。1138円/泊。 様子が分かったから、次回もこの女子ドミで行こう♪ 女子専用シャワールームもあった。専用ロッカーの鍵も渡されたけれど、返しに行かないといけないらしい。観光終えたら返しに行こう。明日はAM3:30にayaさんと下で待ち合わせだからね。 中のつくりは、混合ドミを突っ切った先の部屋が女子ドミ。ただし、1階入り口からドミに入るまでの階段は真っ暗で、お化け屋敷状態。(笑) 懐中電灯は必携!ドミ入り口の暗証番号が暗くて打てない(-_-;) 慣れてしまえば大丈夫。

ミンスク中央駅のとなりにはバスターミナルが。

ここで明日の空港までのチケットを購入しておかないと。

バスセンターには多数のバスを待つ人々。 AM7:00ミンスク空港発キエフ行きのウクライナ航空に乗るべく、3時50分(4時15分だったかな?)のバスを予約。

駅に戻って・・。

駅の2階で旅仲間のtanupamさんが、マトリョーシカの楊枝入れを買って、それがすご?く可愛かったので買いたかったけれど、お店が全然開いてないじゃない!? そう、明るいけれど、もうPM8時過ぎ。 お店は閉店していたんですね?

結構立派な駅舎。

観光に行こう☆彡

上を通ったけれど、ここまで地下通路がつながっていたのかな? 聖シモン・聖エレーナ教会。 ネザレージナスツィ広場の政府庁舎向かいにある。通称「赤い教会」。

1910年に地元の有力貴族ヴァイノロヴィチが、早世したふたりの子供シモンとエレーナを悼んで建設した教会。 個人的に建てたって事かしら?

ベラルーシはキリスト教がほとんどなんだってね。 キリスト教徒ひとくくりして良いか・・、キリスト教のベラルーシ自治独立正教、ロシア正教、ローマ・カトリックなどですって。

白を基調としたシンプルな内装。

庭の片隅には、日本の長崎・浦上天主堂から贈られた鐘が記念碑として飾られている。 こんなところで日本とベラルーシとの関りを見られるとは思わなかった。

ゴシックとロマネスク様式が混在した外観。

聖シモン・聖エレーナ教会のとなりは、ネザレージナスツィ広場。

ネザレージナスツィ広場の政府庁舎前には見上げるほど大きなレーニン像が建っている。 ベラルーシって、ソビエト時代を否定的に捉えていないんだね?? むしろ肯定的??

ネザレージナスツィ広場。 レーニン像の下は地下道になっていて、ayaさんは再びベラルーシに戻ってこの地下で買い物をしたらしい(^^♪ マトリョーシカの楊枝入れもあったんだって。 冬場の長く厳しい寒さのために、地下道が発展しているのだろうか?

この時点でPM9:00 まだまだ明るい。6月のベラルーシ、最高だね♪

ネザレージナスツィ大通りを北上。

ここがミンスクの繁華街。

グム百貨店、中央書店があって、人通りも多い。 でも、なぜか寒々したイメージなのは、道路が広くて、両側の建物が一つ一つ大きくて無機質だったからだと思う。旧ソ連の名残の建物だね。

半袖の人は少ないね。 薄手の長袖の人が多かった。 観光には暑くもなく寒くもなく、最適♪

首都だからそれなりに車も多い。 治安も悪くなさそう。

整然としたきれいな街。

ミンスク市内は徒歩で充分回れる。 結局地下鉄には一回も乗る機会がなかった。

レーニン通りに入ると、右手に市庁舎。

市庁舎。 前の花壇がきれい。 市庁舎となりの地下レストランは有名なガンブリヌス。ベラルーシ料理が食べられる。ビールも置いているらしい。 お腹は空いたと言えば空いたけれど、先を急ごう☆彡

通りの左手、市庁舎の道路挟んだ斜め向かいに聖母マリア教会。

聖母マリア教会。 狭い空間に建っている教会。両隣の建物にうずまっているし・・? 大きな十字架が建っているからかろうじて教会と分かる。 街灯がおしゃれだわ?

何が書いてある??

聖母大聖堂へ行く途中。 レストランも多い。

観光用の馬車まで。

市庁舎の周辺はレストランが多く、一番の賑わいを見せていた。

まだまだ明るい。

どこにもいる、こんな身動きしない銅像化した人間。

市庁舎前。

聖霊大聖堂。 ようやく来た、ここまで。 ミンスクでメインの観光地となる白亜の教会。

中は豪華なイコノスタスと数々のイコンが飾られている。

聖霊大聖堂。

聖霊大聖堂。

聖霊大聖堂。

夜の9時を回っているのに、まだ明るいね。

聖霊大聖堂。

スヴィースラチ川が優雅に流れる美しい街だ。緑も多い。

川沿いに歩いていく。

ひときわ賑やかな通りに出た。

路上演奏家たちがいる。

ここがトラエツカヤ旧市街区か??(違ってた)

パブ通りのよう。

いいね?、私たちも一杯やりたいよ。

若者の原宿か渋谷か。

マンホールの蓋。

ここで気が付く。 トラエツカヤ旧市街じゃなかったことを。(笑)

方向違ってたね。 涙島はあっちの方だわ。

これが、涙島のアフガン出兵慰霊碑。

今度こそトラエツカヤ旧市街はこの左側の一帯。 見た、見た!!(横目で)

聖霊大聖堂もライトアップされてキレイだ。

足が棒のよう・・・・

最後に十月広場。 もうさすがに真っ暗になった。夜の10時過ぎてるからね。

広いなぁ? 何かの式典も行われるのかな。

十月広場。

あぁ、目標の観光地はすべて回りきった?!!やった?! 夜の8時から観光を開始したミンスク観光。 最後はマラソンで鍛えた健脚ayaさんに5メートル離されながらも(笑)、何とか付いて行き、3時間を歩ききった♪ 達成感でいっぱいだよ。

宿の近くのレストランで、まずはビールでかんぱ???い! 時差が6時間あるから、夜の11時は日本では朝5時。 なが??い1日だったね。 お疲れ様?♪

二人でしめて55BYN(3309円)。 この国で唯一の贅沢。あのドミに3泊出来るよ。(笑) 帰る頃は、もう夜中の12時。

あやすみなさ??い! と言ったかと思ったら、数時間仮眠のみで「おはよ?♪」。建物の1階でayaさんと待ち合わせ。 今日もはよから飛びまっせ! ただ今AM3:30

今更だけど、このドミに入る前に左のインターフォンのようなところで渡された数字を打つとドアが開き、さらに真っ暗ななか三階まで登ってドミの入り口の番号を打ち込み中に入る。 中には管理人は一人もいないから、宿泊客同士のトラブルがあったら怖いよね。 途中の階段は「度胸試しかよ!」の世界。夜中にチェックインなさる方、ご注意を。 夜中でなくても、中は真っ暗なんだけどね(-_-;)

まず、荷物をロッカーから出して、ロッカーのカギを返しにひとり管理会社へ。 夜中の12時に公園を通って行く。危険は感じない。 早朝に返しに行くより、今の方が良いからね。 もう寝るだけだから、荷物は枕元に。

し?んと静まり返った駅前も、何だか素敵だ。 たった数時間しか観光しなかった割に、予定の観光地は回れたので充実していたし、何より楽しかった♪ 旅行記を書くにあたり色々調べていたら、まだ行きたいところが出て来たので、きっとまたこの国は再訪しそう☆彡

バスターミナルまでは、宿からは大通りを渡ってすぐ。 こんな時間なのに、徒歩で来れるのは良い。

昨日買ったチケットを出して乗り込む。

ほぼ時間正確に出発。

右手にベラルーシ国立図書館。 朝焼けがきれい。 ライトアップは見るチャンスはなかったけれど、こんな風景も素敵。

左手に栄光の丘。 幻想的。

スイスイと30~40分で着いちゃったかも。

制限エリアに入る前に外のショップでマトリョーシカの楊枝入れやマグネットなどを買う。 早々にチェックインして制限エリアへ入ろう。

早く入ったところで、ラウンジも使えないけれどね。

出口の事をこう書く。結構必要な単語。 覚えるために取った1枚。

制限エリアに入ると、いくつかのショップやファーストフード店がある。

この奥はレストラン。 我々はバーガーキングで朝食。

写真を見て、こんなギャラリーぽいところがあったんだ・・

大したことはないが、制限エリア内も多少お土産屋さんがある。 出来れば市内で買ったほうがいいね。

今回は機内持ち込みだけだからお酒が買えないは辛い。 世界のビールはいつも持って帰るのにね。

定刻で take off!

本当に6月のベラルーシは暑くもなく、寒くもなく、日は超絶長くて最高だった(^^♪

旅太郎のお母さんが待つ、ウクライナのキエフが見えて来た(^^♪ 今日も天気が良さそう!

制限エリアに入る前に空港ロビーでお土産を購入。 ようやく買えた、マトリョーシカの楊枝入れ。 楊枝を入れる穴が小さすぎて日本の楊枝じゃ数本しか入らない。(笑) まぁ、良い記念。 ウクライナでも見かけたけれど、微妙にデザインが違っている。 上のミンスクと書かれたマグネットもマトリョーシカマグネットも同じ値段。 各3.36BYN(210円)。 市内で買うより少々高いかも。ミンスクの物価は総じて安め。

道路は広く街並みも整然としている。

公園は大きく湖もある。

公園はチリ一つなくきれいに整備されている。

ミンスク劇場。 オペラなどを楽しむのか。

街の中心にはオベリスクが立っている。

オベリスクの地下には、第二次世界大戦の戦死者供養碑、と戦死者を刻んだプレート、が展示されていた。 ロシアにもこうしたモニュメントは残っていたが、国民の求心力をこれで保とうという、為政者の意思が強く感じられた。

ミンスクのメインストリート。 初夏というのに人出は少ない。 寒いせいか?

官庁街のあるストリート。 普通の通りでも結構きれいなのに、ここはもっときれい。 路上駐車の車一台ない。 チリ一つない。 冷たく神経が張っているようだ。 こうした雰囲気は、私はあまり好きでない。 でもあの絶滅種のコウノトリが、山ほど住んでいるお国でもある。

ベラルーシ?(白ロシア共和国) どこにあるかピンとこない。 地図中、赤く塗った部分がベラルーシです。

ソビエチックなトップの装飾。

ベラルーシの文化・風俗・注意点

 近代的な医療設備の整った病院が少なく、ベラルーシで十分な治療を受けることは期待できません。持病のある人はもちろんのこと、健康な人であっても下痢止めや胃腸薬などを用意しておいたほうがよいでしょう。また、出国前に緊急救援アシスタントサービスが付加されている海外旅行傷害保険に加入しておくようお勧めします。

 水道水を飲料水として利用する場合は、十分に沸騰させることが必要です。念のため、飲用には市販のミネラルウォーターをお勧めします。

 ミンスク郊外にある井戸水は不衛生なので、飲用は避けてください。