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ベラルーシってどんな国?

ベラルーシ共和国(ベラルーシきょうわこく)、通称ベラルーシは、東ヨーロッパの国。ロシア、ウクライナ、ポーランド、リトアニア、ラトヴィアと国境を接する。首都はミンスク。旧ソビエト連邦から独立した。なお、国際連合 国際連合(国連)にはソ連時代からソ連とは別枠で加盟していた。

ベラルーシの地図

ベラルーシのブログ旅行記

2007年1月 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2007年1月31日 ... この“寒い国から帰ってきたスキーヤー”氏とは夏のシベリア鉄道やベラルーシ(いわゆる 白ロシア)について打合せをしました。共に何かを見るというよりも旅の雰囲気を楽しみ たい方にお薦めの訪問地です。 照沼 一人(写真は中村、川崎と ...

ベラルーシの写真・旅行記

個人ではビザ取得が面倒なことで知られるベラルーシ。 トランジットビザなら簡単というので、トランジットビザで訪問することにしました。 在シリア、ベラルーシ大使館で取得。 申請料は無料。 必要な書類は、パスポート、e-ticket、申請書、在職証明書、ベラルーシ入出国前後の国でのホテル予約証明書。同日取得ができました。 申請書はここから↓ http://www.belarusconsul.org/eng/visas.htm ガイドブックはロンリープラネットのwebサイトから、Eastern EuropeのPDF版を購入。 http://shop.lonelyplanet.com/?lpaffil=lpdest-shoppod ウクライナやロシアもカバーされ、20ドルとお得。 何かと嫌な話を聞くベラルーシですが、私も例にもれず、入国時&出国時ともめました。 鉄道駅の銀行での両替レート 1ユーロ=4,080BR(2010年11月現在)

なかなか乗り心地のいい列車に腰を据え、早朝ヴィリニュスを出発したのはいいものの、国境トラブルを回避した後、やっとのことでベラルーシ入国。 トラブル↓ http://4travel.jp/overseas/area/europe/belarus/the_other_cities_of_belarus/tips/10166996/ 役人の高圧的な態度とはうってかわって、 列車の窓から見える景色はなんてのどか~

駅に止まっていた年代もののソ連製の列車。 ミンスク駅には、ヴィリニュス出発4時間後の11時前に到着。 停車手前でもたもたして若干遅れた。 さあミンスク観光!と降りようとした時、さっき国境で助けてくれた女性が通訳手伝いしましょうか?英語ほとんど通じないわよと、声をかけてくれた。 天の助けとはこのことかしら? ミンスク出身、現在NY在住で英語堪能な彼女に、今夜のワルシャワ行きの列車の予約、コインロッカーの荷物預入、両替、すべて面倒を見てくれた。 これからミンスク郊外の村、Dudutkiへ郷土料理を食べに行こうと思うのだけどどう?と訪ねると、田舎だわよ。時間がないならそんなに面白くもないわよ?と言われる。 駆け足も忙しいし、ミンスク市内観光に絞ることにした。 ミール城も諦める。 駅前の案内も少ししてもらい、何度もお礼を言って別れる。

途中一瞬停車した駅。

Peter & Paul Church.

教会横にあった十字架の写真撮っていたら、イタリア人旅行者が話しかけてきた。ミンスクで会った唯一の旅行者。 彼もウクライナからベラルーシ入り、国境でベラルーシ役人に同じようないやな目に合わされたらしい。なんでも、ビザの写真と実物が違うとかで役人たちに何度もじろじろ見られた挙句、質問攻めに。 旧ソ連、ウズベキスタンやカザフスタンでいわゆる旧ソ連の腐った役人に遭遇したことがなかったので、今回あ、まだこういうのいたのね!と新鮮な気分に。 彼はミンスクに一泊し、明日ミール城へでかけるらしい。 今後の旅の無事を祈りあい、さよならする。

旧市庁舎近くにあった教会。

パステルカラーの建物が並ぶ通りもある。 トラムやバスのほか、新型の乗用車も多く走るミンスク市内。

オペラハウスのある公園。 市内には高い木が植えられた公園が多い。

バレーの踊り子おたちをモチーフにしたオブジェ。

かなり後ろから撮影しないと全貌が入らないくらい巨大なオペラハウス。 この日の夜、オペラ鑑賞をしたけれど、内部もまた豪華絢爛。

これがそのDraniki、ポテトパンケーキ。 サワークリームがかかっていたけど、全体的に味は薄め。 残念ながら感激する味ではなかった。

Svislach川に出た。

川沿いをランニングしている姿が多く、市民の憩いの場。 晩秋の紅葉を少し楽しむことができた。

早速、ベラルーシの民族料理を食べに、レストランTalakaへ。 http://4travel.jp/overseas/area/europe/belarus/minsk/tips/10167557/

Janki Kupaly公園。 ランニングで時折走り去る人たち、楽器を奏でるおじいさんの姿。 夏場はたくさんの人でにぎわうんだろうなあ。

公園もよく整備され景観が保たれている。 枝だけの背の高い木々に囲まれながら散歩。 夏は青葉が生い茂り、森の中に居るようで気分がいいだろうなあ。

大人気のマクドナルド。 大きな通りに面していてひときわ目に付く。 メインどおりには灰色のこれぞソ連というような巨大な建物が立ち並ぶが、

夜のオペラ開演の時間まで街をぶらつき、1時間ほど前に会場に行ったらまだ開いてなかった。 仕方ないので近くのバーで待ち時間の間、腹ごしらえ。 わけの分からないメニューが出てきてしばし固まっていたら、 親切な店員さんが助け舟をだしてくれた。 薦められるがまま、ビールとおつまみを注文。

おつまみに頼んだカリカリに揚げたガーリックブレッド。 パセリとチーズがかかっていて、口の中で混ざり合って美味だったが、 さすがに一人で食べる量ではなく完食できず。

豪華絢爛のオペラ劇場。 内部を撮影できなかったので、座席図を記念に。 座席の数を見るとその大きさが分かる。 この日の題目は、ロッシーニのセビリアの理髪師。 ベラルーシ語で途中意識が飛んだりしたけど、 滑稽な演技で楽しめた。 http://4travel.jp/overseas/area/europe/belarus/minsk/tips/10167069/

オペラ劇場からミンスク駅まで夜道をてくてく歩く。 オペラ帰りの人々や地元の人が出歩いていて、一人歩きも大丈夫。

昼間は整然としすぎて大きすぎる建物に圧倒されっぱなしだったが、 橙色にライトアップされると街全体が柔らかな雰囲気に。

ミンスク駅に戻ったのは夜も10時前。コインロッカーから無事に荷物を取り出し一安心。 今夜の移動は夜中12時すぎのワルシャワ行き夜行列車なので、それまで駅ですごす。 夜間でも列車が頻発し、駅の構内はひっきりなしに人が行き来して活気づく。 予約時に座席指定ができなかったので、周りの人に聞くも知らない様子。 そんななか、列車が出発しそうになる。あわてて目の前にあったワゴンに飛び乗る。 近くに居た車掌さんに10ユーロ(ベッド代)を払い、無事3段ベッドの部屋を与えてもらい、ワルシャワ到着まで熟睡♪ できるわけもなく、国境で何度もたたき起こされるのでした。 そのときの悲惨なストーリーはこちら↓ http://4travel.jp/overseas/area/europe/belarus/the_other_cities_of_belarus/tips/10166996/ http://4travel.jp/overseas/area/europe/belarus/tips/10167346/

滞在12時間しかなくってもカフェタイム。 カップチーノとチョコレートケーキを注し、1時間ちょっと粘る。

キエフ発の夜行列車降りた時から~ ミンスク駅は・・・ という形で始まりました。 今回、幻のソ連を追う編で三大見どころの一つであるベラルーシ観光です。 時間は夜の十時過ぎ。 到着は朝の八時半・・・ 食事も買い込み、意気揚々と列車に乗りました^^

車内 この部屋で悪名高い旧ソ連の国境越えを体験。 まあ、国境通過した時が夜中の3時とかなのであまり覚えてなかったのですが。 簡単に流れを書いておきます。 ウクライナ出国 なくすと問題になる?という出国カードを提出し、パスポートにスタンプが押される。 「これから列車が到着するまではお金は1グリブナも使いません。この先では絶対にお金を出してはいけません。」 と念を押される。 ベラルーシにだんだん不安を覚える。 ベラルーシ入国 うとうとしていたら列車が止まる。 ベラルーシの国章を胸に付けた、軍人風のねーちゃん(ものすごくきれいな人だった)が部屋に入ってくる。 しかし、ここでトラブル発生。 パスポート入れに使っていたケースを落としてしまい、中に入っていた100ドル札二枚が宙に浮く・・・ や ば い。 さっきの国境警備隊の人が絶対に金だすなって言ってたじゃねえかよ。 人の話聞いとけよ。 と後悔の念が沸々と・・・ そして、この200ドルがこのねーちゃんの懐に入っていくのを敬礼して見送ってやろうと思った。 のですが このねーちゃん、 いい娘だった。 というか、規律を本当によく守る人だった。 2枚のドル札を拾い上げ、 「そういうのはいいのよ。お金はちゃんとしまってないといけないでしょ^^」と優しく説教される(笑) そして思わず「あ、ありがとうございます」と日本語で言ってしまう私。 とんだ拍子抜けでした。 ねーちゃんが行ってしまうと、今度は屈強な男性兵士。 今度こそやばいのか・・・ って思ったら、日本のパスポートを物珍しさに見て、 「いいね!」 と言って去っていきました って終わりかよ。 こんな感じであっさり終了。 そして翌朝8時半のミンスク到着を待ったわけです。 この経験から思ったこと。 何事も思い込みはよくないってことです。 モルドバにせよ、あの国はろくな国じゃないって批判されていた国ほど居心地のいいところはありませんでした。 確かに旧ソ連の官僚の腐敗はひどいと聞きます。 ただ、旧ソ連に足を踏み入れたことのない人からです。 Seeing is believing! 百聞は一見にしかず。 今回はラッキーだけだったのかもしれませんが、これからはこの経験を常に念頭に置いておきたいと思いました。

ちなみに今日の夜のお供は、キエフで購入した豚の脂身(笑) いや~ これ胃が凭れますよ(笑) ちょっと食べただけでパンをおなか一杯食った感じに^^ 食糧難の時には最高です! ですが、過剰摂取はお気をつけください^^

そして到着したミンスク! вокзалというのは駅のこと。 ただ、普通よりも大きくて、東京駅や上野駅などの地方への列車が発着する駅だと考えてください。 意外に近代的な駅だったのでびっくり。

駅前(笑) これぞ社会主義。

どーん!

どーん!!

こんな感じで楽しくいっていたのですが、宿泊予定のホテルが満室というハプニング。 駅前のエキスプレスというホテルなのですが、駅中の絶好のロケーションにもかかわらず一泊千円! しかし、そんな僕の前に立ちはだかったのは・・・ 大量の中国人観光客(笑) ちょうど部屋が満室になったという。 ホテルのおばちゃんも典型的なソ連人だったし、門前払いをくらい放心状態でホテルを探す。 それでもやっと紹介を受け、意気揚々と出かけて行ったホテルが、なんと市の中心からパスで30分(笑) これも旅の醍醐味だと納得していったものの・・・・ 満室…だと… 一番いい部屋しか空いてないって、どういうことだ(笑) これも、典型的なソビエトスタイルだって納得し、お金も払えないので一度撤収。 幻のソ連を追ってきましたが、なんとなくその輪郭が見えてきました^^; 時間もあまりないし(僕が持っていたのは2日間有効のトランジットビザ)・・・ 結局日帰り旅行に決定。 勿論キエフに戻るのではなく、最終目的地のリトアニア(ビリニュス)に向かうことに。 せっかくだったので一泊したかったのですが・・・ 旅なんてこんなもんかもしれませんね。

というわけで、駅のロッカーに荷物を預けて観光に徹することに。 時間はあまりない。 頑張れ、徳永!

ソビエト時代の政治的建造物はいまだに健在です。 政治的な建物の前にレーニン像を置いているところは、沿ドニエストル共和国くらいでしょう。 詳しくは僕の別の旅行記を見てください(現在作成中)。 これはおそらく議会。

この堂々とした建築。

近くにいたベラルーシ人に写真を撮ってもらうことに。

教会もちゃんとあります。 しかしレーニン像から徒歩100メートル(笑)

ベラルーシ語。 ロシア語とは少し違います。 ちなみに僕はロシア語もベラルーシ語もわかりますが、単語などが結構違うなって印象を持っています。 ただ、似ている単語はたくさんあるので、例外を覚えていくという形でベラルーシ語は勉強しています。 ちなみにこの単語の意味は「独立」 これはウクライナ語ともよく似た単語です。

市内を散歩中。 ここで気づいたのですが、通りが異常にまっすぐ(笑) これは旧ソビエトの街ではよくある光景なのですが、ミンスクはとりわけしっかりしています^^ 第二次大戦が始まった直後はドイツもソ連も友好関係を保っていました。 しかし、1941年に入り、ドイツ側がソ連国境で活発に軍事演習などをし始めます。 ソ連側のトップであったスターリンは度重なる部下の進言を受け入れず、相変わらずヒトラーと不可侵条約を信じ切っていました。 1941年6月22日、ナポレオンのロシア侵攻と奇しくも同じ日にドイツ軍が国境を越え、ソ連領内に進軍しました。 いわゆる独ソ戦の開戦です。 電撃的な勢いで進むドイツ軍に、ソ連側は大きな反撃をすることができませんでした。 そして、比較的早い段階で陥落してしまったのがこのミンスクです。 占領時にドイツ軍によって徹底的に破壊されたミンスクは、戦後復興の過程で現在の形を取り戻しました。 話がそれてしまいましたが、これが他のソビエト都市に比べて、より?社会主義的な建築が立ち並んでいる理由です。 人口の4人に1人が犠牲になったというミンスクですが、現在はご覧のとおり。 人が作った感が満載の都市になったわけです^^

何か見えてきました(笑)

広場だ!

プロパガンダも健在です。 「ベラルーシ労働組合連盟は自陣営にて、4062366人ものメンバーを統一している。社会統合における国家の力よ!」 ってところですかね? 自信ないですが、そんなことを言ってます。 上の広場の中心に飾ってありました。

大祖国戦争博物館。 今回のベラルーシ訪問で、最も楽しみにしていた場所の一つでしたが・・・・ 月曜日だったので閉まっていました。 また来い!っていうしるしなのか・・・ 今回はあきらめました。 ちなみにこの博物館、若干チェーン店化しているので、旧ソビエト構成共和国で激戦地になった場所には結構あります。 モスクワに始まり、スターリングラード(現ボルゴグラード)、キエフ、ミンスク、ブレスト・・・ これらはソビエト時代に作られ、半ばプロパガンダ的要素も含んでいます。 そのため規模が大きい! 半端じゃないくらいなので、一見する価値はありますよ。

歩いていきます。

こういう看板も街中に見つかります。 ベラルーシの社会主義建築ばかり紹介してきましたが、すべてがそういうわけではないようです。

散歩につかれたので、少し公園に入って休憩。

そして、再び現実に目を向ける(笑)

謎の塔。 でも、おそらく戦勝記念の塔。 この日は偶然中国の使節団が来ていたようで、周りをよく見てみると中国の旗でいっぱい。 歓迎ムードを示したいのかもしれないが、逆に真っ赤な旗がはためく都市に早変わり(笑)

少し行くと、再び公園に入る。 ふと見ると小さな家があるではないか。 ここでロシア社会主義労働者党(レーニンやスターリンの党の前身)が結成されたという。 後にこの党は二つに分裂してしまい、片方がレーニンの党、もう片方はメンシェビキという穏健な党となります。 そういえばミンスクで結成されたと本で読んだことがあったのですが、まさかここだとは思っていませんでした。 ちなみに、ソ連崩壊後のユーラシアの共同体として知られているCISの本部も、ここミンスクにあります。 結局場所がわからず訪れることはできませんでした・・・ 次回こそ!

こういうのもまだまだ健在。

どうやら芸術系の建物らしい。 オペラだと思ったのですが・・・

国立ベラルーシ展覧会センター 実は、ベラルーシに来てタイミングが非常に悪い。 曜日の都合上入れなかった博物館二つ(上記のロシア社会主義労働者党の博物館も入れませんでした)に加えて、この展覧会も明日からと宣告される・・・ ちなみに、この隣にあった本屋も開いていませんでした。 しょうがないので準備風景を見て帰る。

街を歩いていると、急に風景がガラッと変わりました。 どうやらここらへんいったいは中世のままらしい(笑) 実はこの地区は特別に再建されたものらしく、本当に中世にきたかのような錯覚を与えてくれました。 次以降の写真にご注目ください。

ハトさん^^ 量が・・・

歴史地区で会ったおじさん^^ グルジア人だそうで、僕がグルジアから周ってきたことを伝えると、すごく喜んでいました。 やはり東洋人は珍しいのか、写真を撮ろうといわれ、これがその時の貴重な映像(笑) しかも、この後にベラルーシ人労働者が合流し、何ともよくわからない組み合わせに^^; ただ、公用語はロシア語なので交流に関しては全く問題がありません。 これまでの旅でも思っていましたが、やはり言語というのは国家にとって大切だと思います。 あれだけ巨大な国家(地表の6分の1を支配)がどうやって何百もの民族を束ねることができたのか? 今も存続するロシア連邦はいかに170もの民族を束ねているのか? ロシア語です。 言葉をみな一緒にすれば、民族が違う連中を従えるのも少しは楽になります。 僕としては、ソビエト連邦があってロシア語の強制があったことは必ずしも悪いことだったとは思いません。 多くの迫害があったのも事実ですが、現在もこのように違う民族の人々が通訳なしで話すことができているのも事実。 また、ロシア語が話せるといい仕事につけるというメリットもあるようです。 ソ連から独立したものの、ロシア経済に依存せざるを得ない旧構成共和国の運命は、ソ連がなくなった今でも変わっていないようです。 ちなみに、これは僕の意見であって、当事者の彼らたちの意見ではありません。 しかし、彼らのうちの多くは日常的にロシア語を使用し、それに抵抗感を感じていないように見えることから、ソ連というのがいかに大きなものだったかがわかります。

聖なる都市、ミンスク。 ベラルーシ語で書かれたポスター。

英雄都市ミンスク 英雄都市という言葉をご存知でしょうか? これは、第二次大戦中に活躍した都市を示すものですが・・・ wikipediaとかに詳しく書いてありますよ。 僕の夢の一つに、大学在学中に英雄都市を全て周ることがあります。 あと2年(もしかしたら3年?笑)で達成したいですね。

マクドナルドをめぐる行列(笑) この皮肉に気づいたあなたはもうソ連通です^^ ちなみに、ソ連崩壊直前のモスクワでマクドナルド一号店ができたときは、なんと3時間待ちだったという・・・

おなじみの放水車

遠くからみた社会主義建造物。

結局疲れてしまい、早々とミンスク駅に到着。 まだ出発まで2時間もあったので、あきらめて市内に戻ることにしてのですが・・・ なぜ、ゲーセンが駅にある???(笑)

ベラルーシのお札。 10万ベラルーシ・ルーブリ(笑) 以前よりはマシになったといいますが、こんなインフレなのに10ベラルーシルーブリ札とか使っています(笑) もはや紙屑レベル・・・ ちなみに、当時のレートは1ドル3400ベラルーシルーブリでした(笑)

この日の晩御飯。 近くのスーパーマーケットで買ったもの。 この直後、謎の?ホームレスがやってきて、少し分けてくれと主張。 無難に4分の1あげたらもっとくれと言われ、結局半分くらいあげることに。 ケチみたいに言われたのが癪でしたが、これもいい思い出ですね^^

ベラルーシの国章。 ソビエト時代のものを少しアレンジしたやつです。 ちなみに、国歌も歌詞はソ連時代のと変わっていないので、一度聞いてみてください。 意外にいい曲ですよ^^

電車。 いよいよ、久しぶりのEU圏。

ベラルーシのクヴァス。 クヴァスというのは、黒パンを発酵させた飲み物なのですが・・・ 通称:ソ連のコーラ ヘルシーですし、結構おいしいんですよ。 旧ソ連の国ではどこでも飲めるので、もし行く機会があれば試してみることをおすすめします。

というわけで、短いようでやっぱり短かったベラルーシの旅はおしまいです。 列車に乗って、リトアニアのビリニュスに向かいます。 怖かったパスポートコントロールもまったく問題なく、晴れ晴れとした気持ちで出国できました(笑) ただ、このルートで抜ける日本人がそれほど珍しいのか、パスポートコントロールの兄ちゃんが日本のパスポートを見て興奮。 挙句の果てに、「日本のパスポートやべ~」とかいいながら他の検査員に自慢する(笑) そこに彼の上司登場! 上司はパスポートをふんだくると、急に変なレンズを取り出してパスポートを調べ始める。 なんだ・・・問題でもあるのか・・・ 検査員と僕の中に緊張が走る。 1分後、上司は僕の方を見る・・・ そして・・・ 「いいパスポートだ!」 仕事しろよ!!!! いかに日本のパスポートの技術が高いかを彼らに証明し、僕のベラルーシ旅行は終わりました。 ご清聴ありがとうございました。

ベラルーシはトランジットビザを取得していた。 トランジットビザは2日間・・・実質48時間しかない。 ビリニュス駅にあるベラルーシ・ビザ取扱の窓口で、 チケットを購入! 列車にチケットは2枚。 5月22日 ビリニュス6:37~ミンスク10:40着 5月23日 ミンスク 20:50~キエフ9:00着。 列車に乗ると、ベラルーシの入国カードを配ってくれた。 リトアニアの出国手続きはいとも簡単。 ベラルーシの入国手続きはなんと大袈裟か!!! 6~7人の係員が一緒に来て、 パスポートを宝石鑑定の時に使うルーペのようなもので、 パスポートに穴が開くほど、念入りにチェック。 ロシアの名残か・・・カーキ色でツバの大きな帽子を被り、 もちろん制服もカーキ色で、見るからに高圧的。 ベラルーシに入ると、美しい田園風景が続きホッとした。 ミンスク駅はでっかいぃぃぃ(*^_^*) たった2日間・・・楽しもうっと。

旧ソ連連邦らしく、建物はでっかく、 道路や歩道は無駄に感じるくらい広かった。 小雨が降り、肌寒かった・・・

狭い道路に車が渋滞・・・なんても嫌だけど、 こんなに広いと、寒々しく感じる。 冬は大変だろうなぁ~

まずはホテルだ!!! 「地球の歩き方」でホテル探しをする。 地下鉄を乗り継ぎ、『ニャーミガ』で下車。 地下道を歩き、地上に出ると・・・ 白亜の教会が目に入った。 『聖霊大聖堂』・・・ 二つの塔の間には黄金の聖母のモザイクが描かれていた。 黄金色が白を強調して、とても美しかった。 見とれてちゃアカン! 雨も強くなり、ホテルを探さなきゃ((+_+)) 地図では近いのに、道路や歩道があまりにも広いので、 歩く距離が半端じゃない!!! 幾ら心の広い私でも、ムカムカ腹が立ち、 『旧ソ連の悪いところやぁ!』と文句が~~~~

探したホテルのフロント嬢・・・ "Cheap or expensive?"と聞くじゃないの!!! "Very cheap"と答えたら、7000円をすすめた。 1泊なので・・・安易にOKを出してしまった(苦笑) 早速町へ・・・ 広場ではお祭りがあり、民族衣装を着た人々で賑わっていた。 ご自慢の歌を披露・・・おばさんコーラスガンバレ!!!

民族衣装も様々・・・ なんのお祭りか全く解らず・・・ 多分聞いてもロシア語なので、解らないと思うけど(^_-)

どこの国でも、子供は可愛い!   どこの国でも 女の子は大人顔負けにおませさん!     どこの国でも、自分の子供が一番!

中年のおばさんは、どこの国でも貫禄たっぷり(笑) 堂々たる腰にお尻・・・ 手作りの籠を売っていた。

テントが多く設営され、お料理やお酒が並べてあった。 きっと、自分の村?町?の特産品だったのかな? 誰にでも無料で振舞われていた。 もちろん、遠慮なくいただきました。 ワイン、チーズ、パン、酢漬け、 クッキー、カナッペ、サーモン・・・ 美味しかったで~す。

車道が広いので、地下道が整備され、 広場の下には、広い地下街があり寒くても大丈夫。 地上の風景から想像できないくらいだった。 ボルシチが美味しかった。

『聖シモン・聖エレーナ教会』 別名「赤い教会」と呼ばれている。 ゴシック様式とロマネスク様式が混在! 外観はかなり複雑というか・・・ ややこしい造り(^_-)

『聖シモン・聖エレーナ教会』には、 長崎から贈られた鐘が記念碑として飾られていた。 ♪あぁ~長崎~の鐘が鳴ぁる♪(古ッ(@_@;) きっと素敵な鐘の音だと思う

『ミール城』までは、100km、1時間半ほど・・・ バス代は380円。 郊外は長閑な田園風景。 菜の花は咲き、黄色い絨毯が続く。

静かな、静かな、光景・・・ 時折、雲が空を覆い、黄色い絨毯を暗くする

夜行列車の出発まで、丸1日になった。 朝食はホテル代に込み! バイキングで豪華(*^^)v ランチ分もこっそりリュックの中へ・・・ 世界遺産に登録された『ミール城』へ行くことにした。 メトロ、バスを利用して東ターミナルへ行く。 ミール城行きを聞くが、ロシア語なのでチンプンカンプン。 解って欲しいと思うのか、更にペラペラと捲し立てる。 有り難いけれど・・・単語だけでいいんだけど・・・ やっとバスが解りホッと・・・

広大は土地にポツンと建つ『ミール城』 2000年に世界遺産に登録。 16世紀前半に、地元の有力者によって築かれたお城。 5つに塔と城壁をもつゴシック様式だったが、 所有者が変わり、ルネッサンス様を交えた改築が行われた。 お城の周りは、目下工事中。

人工湖に囲まれた『ミール城』 自然の長閑な景色が広がっていた。 こっそりいただいたランチを食べていると、 鳥さんが寄ってくる。 「お裾分けだよ」

お城の内部は簡素。 窓を額に・・・パチリ

高さ13m、厚さ3mあった城壁は、 改築の時に、3階建ての宮殿の外壁に吸収されたとか・・・ 赤い煉瓦の『ミール城』は、とても美しいたたずまいでした

ミールの町自体も観光地としての整備が進められていた。 ここは子供達の遠足の場所。 お城の横の広場には、子供目当てのお店が3軒ほどあった。 子供達は、興味津々でお店の中へ・・・

振りかえると・・・空が綺麗・・・ 真っ白い雲が、まさに飛び立とうと羽根を広げたようだった。

大きな木に隠れる『ミール城』 なんかシャイやぁ~(=^-^=)ふふ そろそろミンスクに帰らないと・・・ バス停に行くと、おじさんが倒れていた。 びっくりして傍によると・・・酒臭い!!! なんと酔っ払いのおじさんだった。 介抱するおじさんも酔っ払い(苦笑)

雨が止むと・・・あちこちから地元の人がやって来た。 みんな、明るく、楽しそう♪ 舞台の歌に合わせ踊る人もいた。 イキイキ、ウキウキ、ワクワクが一番で~す

ブレストでの台車交換シーン 暗くて良くわからない

ミンスク駅にとうちゃーく

ミンスク駅 結構列車の本数もあるみたい

意外と近代的な駅

旧ソ連で時々見る新幹線のイラスト…

ミンスク駅

ここにもあったズム百貨店

マクドナルド

黒パンから作られた飲み物 KBAC 多分ノンアルコール

ミンスク駅にて

どっかの駅

旅日記 『モスクワへ』 柔らかい陽射しが注ぎ込む車窓の外には、落ち着いたと言えば聞こえがいいが、東欧特有の暗い雰囲気の田園風景が広がっている。 東欧の列車にはいい思い出が無いので、対面座席が詰まったコンパートメントの中にいても何か落ち着かない。 ・・・本当にこの列車はモスクワ行きだったのだろうか? 先程の光景を思い返してみる。 英語が通じない駅員にチケットだけ見せて、「この列車か?これでいいのか?」と念を押している俺がいた。 いきなり「ダァ」と叫ばれて、背中を押されるままに乗り込んでしまったが・・ 今思えば、駅員が叫んでいた「ダァ」は、別に仮面ライダーに変身するための掛け声ではなく、ロシア語でYESと言っていたのかもしれない。 東欧で列車に乗る時は、必ず市場に売られる子馬を思い出しドナドナを口ずさんでしまう。 とにかく正しい列車に乗っているとして、もう一つ心配事があった。 挙動不審できょろきょろしている俺に、対面の白熊のようなロシア人のおやじが、ダースで買い込んだビールらしき物をぶっきらぼうに差し出した。 言葉が通じなくても言いたい事はわかる。 「飲め!」という事だ。 ありがたく口をつけた そのビールもどきは甘かった。 まるで、黒砂糖をしこたまぶち込んだ黒ビールの味がする。 しかも胃の中を燃えるように降りていくこの液体は・・ 強烈な眠気に誘われた俺が最後に覚えているのは、アルコール度数25%と標示されていたビールのラベルだった。

誰かが俺の肩を揺さぶっていた。 張りついたまぶたをどうにかこじ開けると、金髪の美人が警官のような格好で立っているのが見える。 「モスクワ?」と尋ねると、「NO!BELARUS(ベラルーシ)」と英語で返答された。 この時、俺の頭にもう一つの心配事が浮上してきた。 そう、リトアニア発モスクワ行きのこの列車は、ベラルーシという隣国を通過するルートだった。 しかし、列車の中で気づいたのだが俺はベラルーシのVISAを持っていなかった。 今まで旅した経験上、通過するだけでもトランジットVISAがいるはずなのだが、俺のパスポートにそのVISAは無い! ドキドキしながら、要求されるままにベラルーシの美人警官にパスポートを渡す。 とりあえず、ロシアVISAのページを開いた状態で。 信じられない事に、美人は「OK!」と言った気がする。 つまり、ロシアVISAはベラルーシのトランジットVISAも兼ねているらしい。 「ハラショー(最高)!ロシアVISA!」

ミンスク市内

ミンスクのバスターミナルからバスに乗ってミール城を訪れた。

ファーストフードっぽいレストランに入った。 右の皿の一番手前がベラルーシ料理のドラニキ。

城の内部は結構じょぼい。。。 世界遺産の城だが、個人的には少しガッカリ。

ワルシャワから夜行列車に乗ってベラルーシへ。 トランジットビザは日本で取得。ビザは入国日が指定かつ2日間しか有効期間が無いので、少しでもズレると面倒。 1部屋には2段ベッドが2つあり、1車両に1人の女性車掌(見張り?)が付く。

少し郊外にある3っ星ホテル。 予約無しでもOK。英語話せる人も居た。

道路は広く街並みも整然としている。

公園は大きく湖もある。

ミンスク劇場。 オペラなどを楽しむのか。

街の中心にはオベリスクが立っている。

オベリスクの地下には、第二次世界大戦の戦死者供養碑、と戦死者を刻んだプレート、が展示されていた。 ロシアにもこうしたモニュメントは残っていたが、国民の求心力をこれで保とうという、為政者の意思が強く感じられた。

ミンスクのメインストリート。 初夏というのに人出は少ない。 寒いせいか?

官庁街のあるストリート。 普通の通りでも結構きれいなのに、ここはもっときれい。 路上駐車の車一台ない。 チリ一つない。 冷たく神経が張っているようだ。 こうした雰囲気は、私はあまり好きでない。 でもあの絶滅種のコウノトリが、山ほど住んでいるお国でもある。

ベラルーシ?(白ロシア共和国) どこにあるかピンとこない。 地図中、赤く塗った部分がベラルーシです。

何の思い入れもないオーストリア航空。

が、ミネラルウォーター1本くれるし機内食はなかなか美味しいし、結構いいかも、オーストリア航空♪

がらーんがらーん。 窓側3列独占・夢のエコノミーファーストです。

綿あめ!

約10時間のフライト後3時間待ちの末、いよいよベラルーシの首都ミンスクへ。 夜10時過ぎに到着したミンスク国際空港は、国際空港とも思えぬこじんまりとした空港です。入国審査もスムーズ、無事ガイドさんと落ち合い送迎車でホテルへ。 ガイドブックには「空港(駅)で健康保険に加入の必要あり」と書かれていますが、保険のカウンターも見当たらず、出国の際も未加入であることが問題にはなりませんでした。

我がホテル、プラニェータ。 その宇宙的な名はいかにも旧ソ連、といった趣。 私の部屋は眺めのいい11F、向かいにはメイドのおネエさん方の詰め所がありセキュリティ面で安心でした。 大晦日に日本から持参した「どん兵衛」を作る時に、お湯を貰うことにしよう。

気温はおそらくマイナス7℃前後、さほど寒くありません。 反対にホテルの部屋は意外に暖房の設定温度が低いらしく、微妙に寒かった。ロシアからの天然ガス供給が不足しているのかも。

ミンスクにはあまり観光スポットがありません。 聖霊大聖堂。 清楚で可愛らしい教会です。 聖堂内は見事なイコンで埋め尽くされています。

ミンスク市内は徒歩で十分回れるので、結局地下鉄に乗る機会がありませんでした。 奥に見えるマク○ナルドは大人気でいつも混雑しているもよう。

ご当地メニュー「チェリーパイ」。 お値段は日本と特に安くもない7,800ベラルーシ・ルーブル(約320円)。

ベラルーシで信者の多い正教会のクリスマスは1月7日。あと一週間後です。 街中の飾り付けが華やか。

ミンスク駅です。 意外にも(?)明るく活気にあふれています。 私も列車に飛び乗ってみたくなりました。

中心部にある聖シモン・エレーナ教会。 カトリック教会だそうです。 長崎の浦上天主堂から贈られた鐘があります。 一気に親近感が湧きました。

ファーストフード店"Poctok" ブリンチキ(具を巻いたおかずクレープ)、ポテト、カプチーノで10,110ベラ・ルーブル(約400円)。 おまけでひとくちチョコもついてきました。 ポテトは塩加減も絶妙、コクがあって非常に美味しいです。 ロシア人に「じゃがいも人」と揶揄されるほど、ベラルーシ人はじゃがいも好きだといいます。

本屋兼雑貨屋に入ったら、ロシアのあの方のバッヂが売られていました。あれ、自分の国のは? ご安心を。 我らが大統領ルカシェンコ氏のポスターや生写真もありました。写真を撮ろうとしたら店員に睨まれた?ので諦めました。ヘタレです。

明日の年越しパーティのためなのか、街行く人々の手には大きなケーキの箱が。 それは、いかにも温かい家庭の団欒の象徴のようで、ひとりプラプラしている私はほんの少し感傷的に・・・ 悔し紛れに、スーパーで巨大な量り売りのケーキを買った。甘さ控えめで美味しかったです。

「大祖国戦争史博物館」 7,000ベラ・ルーブルで写真可。 なかなか工夫を凝らしたよい展示です。英語の説明がないので、こういう時ロシア語が出来たらな・・・と本当に思います。勉強しようっと。

夜の十月広場。ミンスクの夜景は、建物がキレイにライトアップされ素敵です。

今日は大晦日。 昨日は寝坊して食べ損なった、バイキングの朝食にありつきました。 チーズがやたらパサついてるのと珈琲に目を瞑れば問題なし。肉団子が妙に美味しかった。 珍しいのはラズベリーのジャム。これも美味しい(ペクチン多すぎでプルプルしてるけれど)。

ホテルのすぐ近くにある「英雄都市記念碑」。

川はガチガチに凍ってます。 オレンヂの木箱に入ってやってきた、南国生まれのチェブにはちと寒いですな。

戦没者慰霊碑、のようです。 この寒空の中、バスで乗りつけ続々と人がやって来ました。 ☆調べたところこれは「アフガン戦没者慰霊碑」とのこと…兵士たちのご冥福を祈ります。

入り口の小さな門に無数の錠前が付いています。 よく見れば何やら縁結びのおまじないのようで、乙女心は万国共通なのだなあ、と・・・微笑ましい光景でした。

第二次世界大戦で悉く破壊されたミンスクの街を再現したトラエツカヤ旧市街区。 エストニアのタリンで見られるような、可愛い色の木造家屋が仲良く並んでいます。

ここにもありました、「スシ」屋。 この小さな街に、2店舗も構えています。

国立美術館は大晦日も営業。 カッサの係員が不在だったので切符が買えない!と別のおばさんに訴えると、タダで入ってよいと言われました。 出るときには係員が戻っており、客は普通に切符を買っていました。???

「地球の歩き方」にも載っているお店"マクシ・ビス"にて昼兼夕食を。 カウンターに並んだ料理を指差し注文する形式なので楽です。 野菜の甘みとダシがきいたボルシチ、今までで一番美味しいかも?! じゃがいものパンケーキ「ドラニキ」はひき肉入りでボリューミー。2枚も食べたら胸焼けしました(^^; リンゴジュースも入れて11,860ベラ・ルーブル。

地下街。 床がやたらとツルツルで何度も滑りそうに。 街を徘徊していると、突然前を歩いていたオッサンが手を差し出してきたので反射的に後ずさりした。 微笑みながら何やら言う彼の手には飴が。私が子供に見えたのかしら?有難く頂戴した。

スーパーでロシア製板チョコなどを買い込みホテルへ戻る。やっぱりロシアチョコは美味しい。 深夜0時、年越しのその瞬間。 テレビでは国家が流れ、ちょうど窓から見える英雄都市記念碑広場では花火が打ち上げられていました。 さあ年越しどん兵衛をと思いきや、当てにしていた詰め所のおネエさま方が不在でお湯がもらえず。。。

とりあえずミンスクで年をまたぎ、安心して寝る。 2009年1月1日、元日。 あけましておめでとうございます。 8時に朝食のためレストランへ行くと、真っ暗で誰もいない。聞けば、6時まで年越しパーティーをしていたので今日の朝食は11時から、とのこと。初耳だ。 11時に再度足を運べば、こんなに豪華なブランチにありつけました。

昨日ホテルに依頼した空港までのタクシー、お迎えは3時。およそ50US$とのこと。 徘徊は飽きたし、元旦くらいゆっくりしようと20EURで3時まで部屋を延長した。 3時におよそタクシー運転手とも思えぬジャージ姿のオッサンが迎えに来た。 車窓から見たミンスクを代表する無意味なオブジェ。(画面左端) 到着した日に見たが、夜は派手なイルミネーションに彩られる。

空港まで約40分の道すがら、ほとんど真っ白な平原(あるいは湖)に、家々が点在する。 こんな辺鄙な土地でも普通に生活している人がいる。当たり前かもしれないけど妙に感動。 思えばミンスクには「何もない」けど、私にとってはあたかも住んでいるかのように不思議と過ごしやすい街だった。 この次は田舎の方にも行ってみたい。

空港に到着。 残しておいた110,000ベラ・ルーブル(約4,500円)で支払う。一応領収書もくれた。 ミンスク国際空港は薄暗過ぎる。 いよいよ向かいに座ってる人の顔が見えないくらいになると、ようやく電気を点けはじめた。 チェックインカウンターの人が、普通考えられないくらいのおじいさんで意外だった。

海外発着の便では、日本でお目にかかれない飛行機に出会えるのも楽しみのひとつ。 ベラルーシの航空会社、ベラヴィア航空機。 UAEアブダビ行きのエティハド航空というのも初めて見た。近々日本への就航も予定されているとか。 さようなら、ベラルーシ。きっとまた来るでしょう。 これからオーストリア、ウィーンに向かいます。

フランクフルトのルフトハンザのミンスク行きのゲート。 満員でほとんどがベラルーシ人。 後中国人が20人くらいいた。

いつも綺麗なルフトハンザの飛行機。 さすがドイツ。 

ベラルーシの国旗。 1995年8月25日にロシアから独立。 CISの本部がおかれている。 首都はミンスク。

スヴィスラチ川沿いは市民の憩いの場。 

公園では子供がスケートボードをしています。

川の中の小島に何かのモニュメントがあります。

ホテルからダウンタウンまでのベラモジツァウ通リ。 

トラエツカヤ旧市街区。 

スヴィスラチ川岸の一角にある。 

戦前の街並みを復元したエリア。 

聖霊大聖堂。 川沿いの丘の上にある。 白亜のバロック様式の美しい教会。

聖母のモザイク画。

1642年にカトリック教会として建てられた。 

スヴィスラチ川。 のどかで素敵な散歩道になっている。

川にはアヒルが沢山いる。 

ホテルからさらに川沿いを歩いていくと丘の上に英雄都市記念碑がある。 ここからの景色は素晴らしい。

聖霊大聖堂の隣にあるタウンホール。

タウンホールはレーニン通りにある。

聖母マリア教会。

レーニン通リ。

レーニン通リのホテルヨーロッパの前の歩道はまるでパリのように美しい。

ニャーミガ通りにある商店の壁のロシア的な彫刻。

べラルーシの入国カード。

ベラルーシの通貨のルーブル。

ベラルーシの文化・風俗・注意点

 近代的な医療設備の整った病院が少なく、ベラルーシで十分な治療を受けることは期待できません。持病のある人はもちろんのこと、健康な人であっても下痢止めや胃腸薬などを用意しておいたほうがよいでしょう。また、出国前に緊急救援アシスタントサービスが付加されている海外旅行傷害保険に加入しておくようお勧めします。

 水道水を飲料水として利用する場合は、十分に沸騰させることが必要です。念のため、飲用には市販のミネラルウォーターをお勧めします。

 ミンスク郊外にある井戸水は不衛生なので、飲用は避けてください。