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グルジアってどんな国?

グルジアは、西アジア北端、南カフカス地方に位置する共和国。旧ソビエト連邦の構成国のひとつで、1991年に独立した。首都はトビリシ。ヨーロッパに含められることもある。
カフカス山脈の南麓、黒海の東岸にあたる。北側にロシア、南側にトルコ・アルメニア・アゼルバイジャンと隣接する。

グルジアの地図

グルジアの写真・旅行記

11月にずれ込んだ2015年の長期休暇。 最終的な休みの日程を確定させるのが遅れたのでビザが必要な国は回避です。 では、どこに行こうか思案した結果、まずはまだ訪れていない水の都ベネツィアに決定。 ついでに、ミニ国家のサンマリノもまわろう、もう一つ面白そうな未訪の国も。 そんなこんなで決めた日程が以下の通りです。 11月16日 成田22時20分発 QR807便 + QR125便(ドーハ経由) 翌日13時30分ベネツィア着 11月17日 ベネツィア観光  11月18日 ベネツィア観光 11月19日 ベネツィア19時発 TK1870便 +TK386便(イスタンブール経由) 翌日4時35分トビリシ着 11月20日 トビリシ観光 11月21日 グルジア軍道観光 11月22日 ムツヘタ観光★ 11月23日 トビリシ 5時35分発 TK387便 +TK1321便 10時30分ボローニャ着、鉄道でサンマリノ日帰り観光 11月24日 ボローニャ 18時40分 AZ1320便 +QR110便 +QR812便(ローマ、ドーハ経由) 翌日22時45分羽田着 3日目は古都ムツヘタを歩きます

 ジョージア3日目は前日に通過だけした古都ムツヘタを歩き回ります。まずはムツヘタ行きのマルシュルートカが出発するディベド駅に地下鉄で向かいましょう。幸いなことにこの日も気持ちのいい秋晴れです

 4世紀にグルジア最古の木造聖堂として建立されたそうです。ジョージアの他の教会と同じく要塞の機能を持っています。というか、首都の主要な教会だけに敷地は広く、城壁も堅固。鉄砲を有効に使うための銃眼もしっかり備えられています

 石造りの教会になったのは11世紀のギオルギス2世統治下。代々のジョージアの国王の戴冠式も執り行われてきた由緒正しき教会です。数多くの観光客が訪れていて、教会の周りには土産物店も結構あります。とはいえ、うるさいほどって、ことはありません

 ジュヴァリの聖堂は街中からはどこからでも見ることができます。が、道は大きく迂回するものしかないとのこと。公共の交通機関はなくタクシーで行くか、もしくはトレッキングのような感じで丘を登っていくか。教会前でさかんに声をかけてきたタクシーの運転手の言い値は50ラリ(2500円)はちょっと……。ということで歩いていきます。案内所でだいたいのコースを聞き、いざ出発。川を渡り、道路を横断(高速かな、ちと危険。少し先にトンネルがあったので復路はそちらを通りました)すると、羊の放牧が

 丘の上に聖堂が見えます。ただコースを選ばないと途中で道なき道を行き、挫折することに。私は一度近道を探して失敗し、大きく時間をロスしました

 だいぶ近づいてきました。道を間違えたりしたこともあり1時間くらいかかったかな

 ようやくたどり着いたって感じです。ほかに歩いている人はいませんでした

 聖堂のある場所には昔は異教徒の神殿があり、その場所にジョージアにキリスト教を伝道したと伝えられる女性、聖ニノが小さな十字架をたてたという言い伝えがあるそうです。その場所に6世紀、今の教会がたてられたのだとか

 聖堂からムトクヴァリ川とアラクヴィ川に囲まれたムツヘタの街を眺めます。戦略的な要所だったことが良く分かります

 歴史を感じさせる聖堂です

 川沿いの道を進めばカズベキです

 聖堂内部には聖ニノの伝承に基づくのか、大きな木製の十字架があります

 またこの日は日曜日ということもあり、朝から地元の信者の方も数多く訪れています。ここにはまた戻ってくるとして、昨日も丘の上にそびえていたジュバリ聖堂を目指しましょう。ちょうど観光案内所が目の前にあったので行き方を聞いてみます

 聖母子のイコンが神々しい

 日曜日だったため結婚式を挙げるカップルが。業務用の撮影機材で記念のビデオを撮っているのでしょうか

 教会の敷地内に残る遺構は6世紀の教会跡だとか

 教会の入り口に天使が十字架を支える浮彫

 そろそろ街に戻りましょう

天気が良くてホント良かった

帰りは下りだし、道も分かっているので気持ち的にもだいぶ楽です。池などののどかな景色も目に入ってきます

 聖堂があんな遠くに。登りの時にはなかなか歩いても歩いても近づかないという感じでしたが(笑)

 再び羊の群れ。30分とはいいませんが、思いの外早く戻ってこれました

 ムトクヴァリ川を渡ってムツヘタの中心部に戻ります

 中心部に戻って観光案内所でもらった地図を見ると北の方に何か要塞のような印が。旅行人ノートには特に説明はないけど、ちょっと興味を引かれる。住宅地のような場所を抜けると遠くに砦が見えてくる

 ちなみに丘の麓の公園からこの砦には近づけません。砦の左側を走る大通りからアクセスできました

 でも、ここからアラクヴェリ川の流れがよく見えます

 どうやらここは14世紀につくられたベブリス要塞のようです。修復中なのか、中はまだ荒れた状態。

さて中心部に戻ろうとすると、タクシーが「ジュベリに行かないか」と声をかけてきます。「もう行ったよ」と答えると引き下がるのですが、1人がじゃあここ行かないか、ガイドに載ってる写真を示してと誘ってくる。写真を見ると、岩山に張り付くように教会がたっている。俄然興味がわいてきた。

 料金は往復で15ラリ(750円)。片道10?以上離れていることを考えれば、リーズナブルな値段。ということで、急きょShiomghvime Monasteryに向かうことにしました

 ここには複数の教会、修道院が集まっています。上にある教会が規模も大きく中心的な存在のようです

 創立は6世紀までさかのぼるそうです

 町中からは離れていますが、ここにも多くの信者が集まっています

 岩に張り付くように教会の建物が並んでいます

 情報もなく、タクシー代も安いから行ってみようかと軽い気持ちで訪ねた修道院でしたが期待以上でした

修道院から街中へ戻ってきました。スヴェティツホヴェリ大聖堂までいかず、手前のサムダヴロ教会へ。11世紀の建築で聖ニノが住んだとも伝えられています

 尖塔の鐘楼が印象的です

 デドゥベ駅では駅のどちら側に発着所があるのか分からず右往左往しましたが、地元の人が「ムツヘタ?」と声をかけてくれて、乗り場を教えてくれました。ちなみに地下鉄の進行方向左に降りた露天市場などで賑わっているところです。ムツヘタには30分程度で到着。マルシェは街はずれまで走るようですが、乗客やドライバーが下りる場所を教えてくれます。世界遺産の街、ムツヘタ。まずはスヴェティツホヴェリ大聖堂に向かいます

 教会の西側には、ジョージア最初のクリスチャン王ミリアンとその妻ナナの墓もあります

 日が傾いてきたので、もう一度大聖堂へ。人々の流れは途絶えません

 大聖堂の中に入りましょう

 城壁越しにジュヴァリの聖堂が。改めてみると結構遠いなあ

 装飾はなく素朴な教会ですがその存在感は圧倒的

 結婚式のための撮影なのか、城壁に登ったりして注されている人たちも

 土産物屋などは閉まり始めましたが、まだまだ人の流れは続きます

 こんなところで馬車に乗ると中世にタイムスリップしたような気分になるかも

 さあマルシュでトビリシに帰りますか。案内所でもらった地図に書かれているバスのマークの場所へ。するとタクシーのおっちゃんがトビリシまで行かないかと誘ってくる。マルシュを待っているというと、「じゃあ自家製のワインがあるから飲まないか」って明るいおっちゃんたち。ペットボトルに入ったワインを素焼きのカップでいただき、しばし待つ。15分ほど待っても来ないので結局20ラり(1000円)でトビリシまで頼むことに。

 ってことで、トビリシに戻ってきました。これはルスタヴェリ通りにあるカシュヴェディ教会

 その向かいにあるジョージアの国会議事堂です

 自由広場、2003年のバラ革命の舞台にもなったトビリシの中心。近くには観光案内所などもあって便利です

ジョージア最後の晩餐は初日と同じ郷土料理の店で。ジョージアワインを飲みながら美味しくいただきました。

この日はたまたま生演奏つき。ジョージアの伝統音楽というよりスタンダードなポップス中心の演奏でしたが、楽しめました。さて、明日は早朝便で再びイタリアです

 ジョージアの公共交通機関はむちゃくちゃ安いです。旧ソ連共通かもしれませんが、地下鉄は1回わずか0.5ラり(約25円)。ディドゥベからムツヘタのマルシュルートカもわずか1ラリと格安です

 カズベキまでは現地旅行社に頼んだ車で往復します。時間に余裕があれば公共交通機関を利用したり、格安のツアーに参加する手もあるのですが、時間が限られている社会人なので利便性を優先させました。まずは朝食をしっかり食べて、きょう1日に備えます

ここには城塞の中2つの教会があります。山側がイエスに捧げられ、湖側は聖母マリアに捧げられているそうです。こちらは湖畔側の教会で1689年創立とのこと

 しっかりした石組みの城壁で守られています

 これだけ堅固な城塞がつくられたということは、ジョージアがコーカサスにおける戦略的重要な地域だったということを示しているのでしょう

 葉は黄色くなり、もう冬がそこまで迫っています。

 湖畔側の教会の内部。わずかにフレスコ画も残っています

 遠くから教会を見れば要塞教会といわれるのがよく分かります。これなら籠城戦だって戦えそうな感じ

 自然と風景に溶け込む湖畔の教会って感じですが、実はこのジンヴァリ湖は人工のダム湖。1970年代につくられたそうで、湖底にはいくつもの集落が沈んでいるそうです

 こうしてみると城塞の中に2つの教会があることがわかります

 トビリシから高速を走りつつロシア国境方面へ。途中で古都のムツヘタを通る際には丘の上に有名なジュベリ修道院が見えてくると、ドライバーのサンドロは十字を切ります。ジョージアの人の信仰心が垣間見えた瞬間でしょうか。ムツヘタは翌日に歩き回るので先を急ぎます。トビリシから1時間ほどでアナヌリ教会に到着します

 夏や冬にはまた違った姿を見せてくれるのでしょうか

 さらに北に進むと景色が一変してきます。白い雪景色が広がってきます。

 トビリシから約120キロ、車で約2時間ほど。ここは標高2196mにあるスキーリゾートとして有名なグダウリ。街中にはスキー関連の看板が並んでいます。スキー場は12月からオープンしているようです。もう少しあとだったら滑ることができたのに

 コーカサス山脈の雄大な景色が広がります

 こうした険しい道のりを車もなしに昔は移動していたんですね

 壁画には聖母子や文化、民話をモチーフにした絵が描かれています。ただ落書きとかも多く、今のロシア・ジョージア両国の関係を考えると複雑な心境になります

 グダウリの近くにあるのが壁画展望台、ロシア・ジョージア友好記念塔。1983年にロシアがグルジアとの友好200周年を記念して建設したそうです

 数日前に大雪が降ったらしく、足止めされたトラックが長蛇の列で止まっています。いったいどこまで続くんだろうというほど

 さて、カズベキに着いたところでランチです。まずはグルジア風のスープハルチョーをいただきます。

ジョージア料理といえばこれ、ハチャプリ。ジョージアの言葉で「ハチョ」がチーズで、「プリ」がパンを意味するのだとか。チーズを練り込んだジョージア風のピザです。ちょっと食べるには美味しいですが、ドライバーのサンドロが注文した量が多すぎで……。食べきれませんでした

 そしてジョージア風餃子のヒンカリ。中央アジアでは結構ポピュラーみたいでトルクメニスタンやウズベキスタンにもあったなあ

 腹ごしらえもすましたところでツミンダサメバ(三位一体)教会に向かいます

 来る前には歩いて登りたいなあと思っていたんですが、雪が降って足元が悪く歩いていくのは厳しい状況(足元がぐちゃぐちゃになり、時間もかなりかかる)。ということで、4WDの車で悪路を一気に登ります

 山の向こうはロシアかな。国境までは8キロしかありません

 クヴェミムタ山の山頂に立つ14世紀建立の教会

 教会からカズベキの街を眺めます

 1827年にロシアの作家プーシキンはこの教会を訪れた際、その美しさを「まるで空中に浮かんでいるよう」とたたえているそうです

 遠くに見えるのはカズベキ峰(5033?)でしょうか

 こんな場所に教会をつくる人々の熱意に感心します

 さて、そろそろ引き揚げましょうか

 少し離れたところから最後の撮影

 雲の動きが急ですごく興味深いです

 街に降りてきました。街から見ると教会は豆粒のよう

 さあトビリシに戻りましょう

 帰りにもう一度だけ展望台によって記念写真を撮りました。宿に戻ったのは夜遅く。夕飯を食べに街に出ようとしたら、宿のおばさんがパスタを作ったから食べないとのお誘い。前夜に買ったクベリのワインと宿のハウスワインで美味しくいただきました。

 青い空と白い雪。コントラストが印象的です

 この景色も見納めです

 わずかな時間で雲が流れていきます

 ベネツィアからイスタンブール経由のトルコ航空でジョージアの首都トビリシへ。トルコ航空って就航都市が多く価格も安いので重宝します。スカイスキャナーを使って購入した今回のヴェネツィア→トビリシ→ボローニャは34779円でした。  ただ、トビリシ到着は早朝の午前4時35分。ということで、今回は現地旅行社を使ってホテル3泊、空港送迎と2日目のグルジア軍道観光をリクエストしました。ということで、空港からホテルまで車で楽々チェックイン。アーリー・チェックインしてホテルでしばし休養。朝食もいただいて、お昼前くらいから動き始めます。ホテルは高台の住宅地にあるVERA Hauseというプチホテル。1泊65$(アーリーチェックインは半額)でしたが、とても居心地良かったです。付近からのトビリシ市内の眺め。

 ベネツィアではどんよりとした残念な天気でしたが、ジョージアでは天気に恵まれて快晴。気持ちよく街歩きができます

 まずはトビリシ最古のアンチスハティ教会へ。手前にちょっと年代を感じさせるからくり時計があります。実際にはそれほど古くないらしいですけど

 内部は修復途上なのでしょうか、ところどころ壁画に欠落した箇所が見えます。ある意味、そこが時代を感じさせてもくれます

 正教らしく主祭壇にはイコンが並びます。前日までいたベネツィアの華やかな教会とはまた違う教会の雰囲気。厳かな気分になります

 5世紀といえば日本は古墳時代。そんな時代から祈りの場所としてあり続けた。歴史の重みを感じたりします

 橋の上からのムクトヴァリ川を眺めます

 晩秋のジョージア、ゆっくり時が流れていくような気がします

リケ公園から眺める平和の橋。ロシアとの関係に加え、アブハジア、オセチアといった問題を抱えるジョージア。心から平和といえる日が早く来てほしいものです

 リケ公園から眺めるシオニ大聖堂。グルジア正教会の総本山ですが、戦乱にまっこまれて何度の破壊と再建を繰り返したそうです

メテヒ橋に出てトビリシのシンボルともいえるメテヒ教会を見上げます。まずは撮影ポイントを探しましょうか

 古くから砦のあった場所に12世紀宮殿がつくられ、13世紀にその一部として創立されたそうです

 旧ソ連時代には劇場に転用されていたという教会ですが、今では敬虔なグルジア正教の信者の祈りの場所となっています

 旧ソ連全般で感じるのですが、教会やモスクには敬虔な信徒の方が多いなと。ここも平日(金曜日)の昼間にもかかわらず多くの人が祈りに来ていました

 教会から北を眺めます。18世紀建立の宮殿があったそうですが今は礼拝堂の部分が残るのみ。高台にはエチミアジン教会がみえます

 少し北に移動して高台からメテヒ教会を見下ろします。残っているのは城壁でしょうか

ちょっと年季の入った教会。地図によるとPheristsvaleba Churchというそうです

 内部は所狭しと聖人の絵が描かれています

 カトリックやプロテスタントの教会とはまた違ったキリスト教の祈りの場がここにはあります

 イタリアの有名画家が描く聖書の世界とは違いますが、素朴さに心惹かれます

 旧市街に戻りシオニ大聖堂を見学しましょう

 シナゴーグ。トビリシは交通の要綱の国際都市なので様々な人々がいます

 ジュヴァリス・ママ教会。ジョージアの言葉でジュヴァリスは十字架、ママは神父だそうです。教会がもともとはエルサレムにあるグルジア正教系の修道院からくる僧のためにたてられたからだそうです。同じ敷地内にはアルメニア教会系のノシュラン教会もあります

 この教会の内部は青を基調とした壁画で覆われていました。ちょうど訪れた時にミサが行われていたので写真は遠慮したのですが印象的でした

 まずはルスタベリ大通りに出てから旧市街へ。

 創建は5世紀のバシリカ型教会だそうです。今回は2006年のアルメニア旅行の際に活用したガイドブックは旅行人ノートのシルクロードとlonely planet。古い情報も多いですが、あとはネットと現地で聞くことで補いました

 アンチスハティ教会を出て旧市街を歩きます

ムトゥクヴァリ川にかかる平和の橋を渡ってリケ公園に向かいます。ガラス張りの近代的な橋は2010年につくられたとのこと。旧市街とはまた異なったインパクトを与えてくれます

 旧市街を見下ろす丘の上にそびえ立つ姿はまるで城塞のよう

 ムクトヴァリ川沿いの岸壁の上。まさに戦略的な立地で日本の戦国時代だったら○○城ができていたんでしょうか。

 教会側から市街を見下ろします。ムタツミンダ山とテレビ塔が見えます。後でムタツミンダ山にも登りましょう

 この騎馬像は5世紀にトビリシへの遷都を決めたゴルサガリ。

 実はこのあたりには戦災難民とおぼしき人たちが多くいます。その中で子供が小銭やお菓子などをねだって観光客にまとわりつきます。私にも1人の女の子がついてきました。お金を渡すのもなんだし、ちょっと飲み物でも買うついでにお菓子を渡そうかと思い雑貨店で買い物。キャンディを渡したのですが、どうするのがベストなのか悩みます。ちなみに、雑貨店が薄暗くお釣りをしっかり数えていなかったらごまかされていました(泣)

 トビリシで最大のアルメニア教会。ガイドブックにはスルプ・ゲヴォルグ教会とありますが、つづりをみるとセントジョージとよめます

 ナリカラ城塞に向かいます。途中に多くの浴場が残っています。行きませんでしたが、ジョージアでは浴槽に水着をつけずに入るそうです。何かの撮影でしょうか。ウエディング姿の2人がいます

 現在も現役の浴場として営業しているようです

 こう見ると役目を終えた遺跡のようにも見えますが

 ナリカラ城塞に行く道をちょっと外れるとハイキングコース。こんなところもありました

 19世紀のモスク。ガイドブックにはスニト・モスクとなっていました

ナリカラ城塞に向けて坂を登ります

 城塞内の聖ニコロズ教会。ジョージア独立後に再建された新しい教会です

 4、5世紀には最初の砦が築かれた徐々に規模を拡大していったものの、帝政ロシア時代の1827年に城内に貯めこんでいた火薬の爆発事故があって城壁を残して吹き飛んでしまったとのこと。

 さらに登って聖ニコロズ教会越しに市内を見下ろします

 メテヒ教会が見えます。さらに遠くにある大きな教会はツミンダ・サメバ大聖堂。

 トビリシ市内をムトゥクヴァリ川が流れる様子が良く分かります

 だんだん日も傾いてきました

 尾根伝いに移動しましょうか

 ムタツミンダ山とリケ公園がロープウエイで結ばれています

 火薬の爆発にも耐えた城壁

 日が落ちてきました

 夕陽にテレビ塔が映えます

 すっかり日が暮れましたが、もう少し街歩きを続けましょう。シオニ大聖堂もライトアップされています

 旧市街のゴルガサリ広場からライトアップされた城塞を見上げます

 幻想的な雰囲気が漂います

メテヒ教会がライトアップされています

お腹が空いたのでジョージア料理の店でディナー

ジョージアといえば、旧ソ連圏ではワインで有名なところ。しかも、クベリという昔ながらの製法のワインがあってオススメとの話。ということで、1本購入しました。さっそく宿に戻って、グラスを借りて一杯。ついでに宿のお母さんからハウスワインもいただきました。クベリは辛口でしたが、ハウスワインはやや甘口。多彩なジョージアワインを堪能しました

アルメニアからのタクシーでジョージアに入り, 15時ごろトビリシに着きました! 深夜の便でイスタンブールに向かうので, 休んでいる暇なく即観光です!! まずは, その辺でタクシーを掴まえて, アナヌリ教会とムツヘタへ! 交渉で60ユーロで, トビリシからアナヌリ教会, その後ムツヘタ観光し, トビリシに戻ってきてもらうことに!! このタクシードライバーがかなり当たりでした! 柔道経験者でとても日本が好きらしく, 愛車も日本からホンダ車をオークションで落札し,運んできたとか! 最後は自宅に招いてもらってお食事を頂きました(^^)

ただし、このタクシーめちゃくちゃ飛ばします. 普通に120kmぐらいで飛ばし,30分くらいですぐにアナヌリ近くのジンヴァリ湖(貯水湖)! 日本通のドライバーからはジョージアとホンダ車がいかに素晴らしいか, いっぱい聞かされました(^^) 他に, 嘉納治五郎についても(笑) ちなみに, グルジアと言われるのはどうも国民としては嫌らしく,ジョージアと呼ぶように言われました!

こんな感じでダムになっています!

さらに進むと見えてきたのが, アナヌリ教会! 湖のすぐそばに建っています!!

雰囲気の良い教会!

こんな感じ!

壁にはジョージアの文字!

ちなみに教会から少し下りると、遊泳できるようになっており, 泳いでいるのはほとんどロシア人とのことです! まあロシアから車で簡単に来れるので(^^;)

さらにムツヘタに戻ってきて、丘の上に見えるのがジュヴァリ聖堂! ここ車で行けますが, 大回りしなくてはいけなく意外と行くの時間が掛かります.

ジュヴァリ聖堂到着!

ここからのムツヘタの風景! 川と川が合流するところにムツヘタがあります!! (ちなみにムツヘタ一帯が世界遺産になっています)

真ん中に見えるのが, 後で行くスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂!!

それではスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂に行ってみました! これは大聖堂の門!!

ここから見えるさっきのジュヴァリ聖堂!!

スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂! ジョージアのハイライト!!

ムツヘタからトビリシに帰ったのが, 夜7時前! ここから夜出発の準備をしてから(準備特にないけど時間潰し), タクシーの運ちゃんの大家族とのお食事に招いてもらいました! 日本好きのジョージア人で良かった(^^) ただ、体力は限界で眠さMAXでしたが,..(>_<) まずは, ジョージアビール!

次にジョージア伝統料理, ヒンカリも頂きました! 餃子のような料理で、日本人に合うと思います(^^) ただ、運ちゃんからジョージアの男はたくさん食わないとダメだって言われて, (ジョージア人ではないけど)がむしゃらに食べました(^^;) 疲れで体力的にもけっこうきつかった...

ジョージアにファミリーが出来ました(笑) (画像の質は落としています) たらふくご馳走になって, しかも空港まで送ってもらいました(^^) なんて良い家族だ!!  また遊びに来たいですね(^^) 本当に有意義な時間でした! 日本人は団体旅行でジョージアに来るばかりで, あんまり若い人が来ないって嘆いていておられたので, 今後はジョージアの良さを周りにアピールします!! 自分的にはコーカサスは, ジョージア>>アルメニア>アゼルバイジャン って評価です(短い期間なので参考になりませんが(^^;)). 皆さんぜひジョージアに行って下さい(笑)

さらに、お土産に自家製ワインも頂きました!(入れ物はファンタだけど(^^;)) ただ、持ち運びに困るので早めに消費しなくては!

0時過ぎには空港に送ってもらって, 2時過ぎの便でイスタンブールに出発です! (トビリシ→(イスタンブール経由)→サラエボのチケットは2万ちょい) これで4連続の機中泊です(^^;) 体力の限界, イスタンブールまで爆睡してました! ちなみにジョージアの空港、プライオリティパスが使えるラウンジはあったけど、シャワーなしでした(>_<)

で, アタテュルク空港着! 数が月ぶりです! その間に この空港でのテロやクーデター未遂などトルコ色々ありました(>_<) これで序盤戦終了!! (体力的に限界に近いけど)いつものラウンジでシャワーと食事を頂き, 朝サラエボに出発です!! 次からが今年の夏旅の中盤戦, 東欧の旧ユーゴ(ボスニア、クロアチア、モンテネグロ、セルビア)編です. %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 序盤戦の(バクーからサラエボまで)の精算! 食費約3000円(ラウンジと機内食が多く,レストランでの食事は2回だけ) 宿泊費0円(笑う) 航空券約78000円(エア・アスタナが高かった(^^;)) タクシー代約35000円(アルメニア→ジョージアが高かった(>_<)) その他約3000円(雑貨や入場料, バクーでのシャワー代) 時間がないのでタクシー連発とアティラウへの航空券が大きかった!! まあ,時間もないし(>_<) 日本から数回に分けて旅行するより多少浪費しても1回で一気に周る方が安いでしょう(笑)

入ってみました!(タダです) ただ、ミサ中でしたので大人しくしてました! 写真は無しというか禁止?!

聖堂もいいのですが、ここからの見晴らしが抜群! 観光客の皆さんこれが目当てですかね!!

スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂!!

中はただで入れますが, お祈りの人が多いので写真禁止!!

朝ごはん。これにもう1、2品後から来たけど、食べ始めちゃったので、写真がこれしかない。でも、前日の方が豪華だった。10ラリ。あ、ちなみに昨夜のレストランでの夕飯は、全部で35ラリでした。ジョージアにしては、かなり高くつきました。

運転手は、宿のご主人バルタさん。初めて彼の長距離運転に乗る。運転、気持ちが良いくらい速い!どんどん山を降りていきます。でも、クタイシまで行くと戻るの大変じゃないかと思っていたら、2時間で、他のマルシュに乗り換え。ま、その方が効率いいもんな。で、クタイシまで。午後1時に到着。

朝8時発。同じ宿に泊まっていた年配のポーランド人団体も一緒。クタイシまで20ラリだったかな。この日も天気がよく、帰りの景色も素敵でした。

息子さんは、ニックネームがイカさん。今日は、チアトゥーラに行きたいんだと言うと、自慢の車でバス亭まで連れて行ってくれる。話をすると温和で優しい感じの息子さんだったので、ちょっと安心。バス亭では、ラッキーなことに2時発に間に合う。さすがに乗客は、皆ジョージア人ばかりで観光客皆無。10ラリだったかな?

1時間半ほどでチアトゥーラの街に到着。ガイドがないから、どこで降りていいのかよくわからない。ロープウェイがどこにあるのかも知らないし。一所懸命、窓の外を見ながらロープウェイを探す。

ちなみにこのロープウェイが一番小型のもののようで、椅子はないです。5人くらいが限界じゃないかな。

で、その炭鉱を行き来するために、1950年代にこうしたロープウェイが街のあちこちに張り巡らされているとのこと。ちゃんとした情報がないのでなんですが、ネットの情報を見ると17~21のロープウェイが現在も稼働しているそうです。1路線に2つ走っていたから、10路線くらいあるのかと思われます。私は、合計7路線しか見つけられませんでした。

ありました!街の入り口付近に一箇所見つけて、その後も中心街にいくつかある。てっきり中心街が終点かと思いきや、その先へ行こうとするので、急いで「チアトゥーラセントロ!?」とか言って下ろしてもらう。ちょいと行き過ぎた。

出ました!なんですか、このコンパクトな缶詰のようなロープウェイ。長年の使用しているため、なんとなく箱がボコボコしているのも良い。後、この登っていく角度!

同じ場所から2つの方向に発車しています。こっちの方がやや大きいけど、デザインや汚れ具合とかが、映画「不思議惑星キンザザ」の飛行艇のようです。というか、きっと監督か脚本家は、絶対にこのロープウェイから発想を得ているなあと。調べても出てこないんだけど、二人ともジョージア人なのでその可能性は高いと思います。このロープウェイについては、後ほど。

頂上に着きました。なんと無料!この駅に降りる時がまた怖いんです。

眺めと団地以外には、見るべきものがないので、下におります。

登った先には、住宅地と炭鉱会社の入り口っぽいところがありました。

これだけ断がい絶壁がある街ってそうそうない。ましてやこんだけ発展している街というのは、あまり見たことがない。ある意味、バランスがすごく悪い街とも言える。19世紀からずっと炭鉱の街として、発展し開発を続けてこうなったんでしょうねえ。

ジョージアは、十字架が大好きです。こういう丘の上とかの、あちこちにみられます。

眺めは最高です。これが街の中心部。川が流れていて、意外に緑も多く、綺麗な街という印象。ネットで見ると冬とか曇りとかが多かったので、大分印象が違います。

こんな感じの装置で動かしています。2008年には、ロープが切れたことがあったとか。

この乗り場がまた。。。でも、別の乗り場の方がもっとおっかなかったです。後ほど。

下は、何もなくぶら下がっているだけ。

メニューは、ないので(あったかもしれないがジョージア語のみ)ロンプラに乗っている料理一覧から食べたことない料理を注文。オストリというのは、まだ食べたことなかったので、それを注文。ビーフシチューですね。でも、やっぱりスパイスの使い方が違うので、独特の味です。でも、クセがないので、スパイス系苦手な日本人でも美味しく食べられると思います。

なかなか伝統的な雰囲気でいい感じのレストランです。地下にあって、こうした個室がいくつもあります。子供達がたくさんいる個室があるようで、声が聞こえます。ヒンカリを大量に注文していました。すっごく食べたくなったけど、それは、トビリシいとっておいて、ここは、他のジョージア料理を頼もうと。

まあ、とにかく乗りたくてしょうがないので、乗ります。真っ暗でこんな感じ。昔の宇宙船みたい。

窓の感じがキンザザです。

その2つのロープウェイの駅。よく見ると。。。

レーニンとスターリン!このチアトゥーラは、ジョージアにおけるボルシュビキの拠点(メンシェヴィキがほとんどだった)だったらしく、スターリンが革命時に活躍した街なんだそうです。そもそも、チアトゥーラは、革命前から炭鉱の街で、当時は、世界のマンガンの何十%とかを算出してたらしいです。日本だと足尾銅山とかそんな感じですかね。

下から改めて見るとこんな感じ。この急角度は、本当にすごい。。。

腹ごしらえもしたので、他のロープウェイを探しに行きます。街の中心の広場。一番特徴ある建物。

街の中心は、普通の中小都市といった感じです。

もう3時過ぎなので、実はお腹が空いてしょうがなかった。大通り沿いで、ちゃんとしたレストランっぽいところを探して、入ってみます。

隣に座っていたジョージアおじさん2人。まったく英語が通じないので、コミュニケーションすっごく取ってくるんだけど、意思疎通ができないのが残念でした。

昔、サラエボに行ったことがあるんですが、川の感じとか山の感じとかちょっと似てる気がする。緑は、こっちの方が多いんじゃないかな。なので、うまいことやれば良い観光地になるのではとか考えてました。

そんな感じの写真を撮ってたので、逆に若者たちと仲良くなった。多少、英語ができるので、なんとか意思疎通が図れる。はじめやんちゃな感じの子たちなのかと思ったら、意外に真面目で温和な感じだった。

比較的新しいロープウェイなのかも。とはいえ70年代とかなのかな。まあ、50年代に比べたら。。。さっそく乗ってみます。こちらは、料金を払います。0.2ラリだったかな。

かなりおっかない乗り場。

川を渡ったあたりにもう少し大きめのロープウェイの駅。3方向に向かって出ていましたが、一つは、動いていなかった感じでした。

駅の2階の待ち合わせ場所。先ほどのに比べると近代的。

この手前のおじちゃんが、ずっと駅にいる時から話しかけてきてた。まったく何言ってるかわからないし、何を求めているのかもわからなかった。多分、酔っ払いかちょっとボケてるかくらいの人。なので、その後ろで若者たちが、おじちゃんを茶化してます。

南側の丘へ向かっています。さっきの丘は、北側のはずれ。

この建物がすごく気になるけど、行ってる暇がなかった。きっとかっちょ良い廃墟にちがいない。

どのロープウェイも急です。

連れてきてくれたのは、廃墟。昔、博物館だったとか言ってました。もうこういう場所が入り放題なので、時間があったら、いろいろ写真撮りたかった。でも、ネット情報によるとマルシュの最終は6時という話なので(ただしトビリシ行き)、それに間に合わせたいと思ってたので、ゆっくりしてられません。

若者たちが、良いところ紹介してやるよと、丘の上を案内してくれます。

彼らは、いろいろ見せたいみたいだったけど、私は、他のロープウェイをみたいので、身振り手振りでそれを説明。じゃあ、一緒に行こうという話になりました。また駅で下に降りる便を待つことに。

ロープウェイの停まる場所は、こんな感じ。

街の東の方に気になるロープウェイの路線が。でも、機体を見なかったから、もう走ってない路線なのかも。あるいは、炭鉱向けのものなのか。

景色を眺めてるうちに便が戻ってきました。下へ戻ります。

下の停車駅。窓から見てるのは、多分ロープウェイの管理人。どこの駅舎の人も愛想がよかった。

急ぎ足で先ほどのロープウェイの駅に向かう。なんとなく立派な建物なので、撮ってみた。

さっきの青いロープウェイを指差しながら、他のロープウェイを見たいんだと身振り手振りで若者たちに説明。そうしたら、あの青いのに乗りたいと思ったらしい。

というわけで、いよいよこの「キンザザ」スタイルなロープウェイに乗ることになりました。

どーん!すげえ、かっこいい!寂れ具合が半端ないです。

彼らの英語がもっと出来る友人が現れたので、説明してやっと理解してくれた。この駅を管理している人の一人が若者たちの友人の女子(扉から顔出している子)だった。後でFB友達になったのだが、そのうちの一人の恋人らしかった。

記念にみんなでセルフィー!前の彼は、わざわざメガネ外してます。

チャトル人は、出てきませんが優しそうなおばちゃんが現れます。何分置きに出発とかあるみたいです。おばちゃんは、管理室で休憩。

ここは、鉄合金を作るためのマンガン採掘の街。ザ・鉄鋼製品!って感じ。

先ほどの駅に着いたら、青いのに乗ろうとするので、これは乗ったから違うのに乗りたいんだと説明。

何度も、危なくなったらこの線を引っ張るんだみたいなことを言われました。恐ろしすぎます。引っ張るとどうなるのだろう。キンザザでも、似たようなものが飛行艇にあって引っ張ったら備え付けのトイレごと下に落ちてました。あれは、このロープウェイのパロディなのだろうか?

危険があったりするとおばちゃんがこの電話で助けてくれるのでしょう。

ここの窓は、開閉式です。おばちゃんが、写真撮ったらとたびたび窓を開けてくれます。

50年代のSF映画の小道具みたいです。

この路線は、比較的遅く長い感じを受けました。やっぱ見た目通りやばいのかしら。

天井にも窓があるので、カメラだけだしてパチリ。

どこ連れて行くかみたいな感じのこと話してたのかな?ちなみに、彼らは大学生と大学院生です。のちにFB友達になるのですが、結婚式っぽい写真がたくさんあがってた。この街の地元の青春群像とか映画にしたら面白そう。

大分、丘の上に近づいてきました。

崖っぷちギリギリ。

いよいよ出発!

到着です。ロープウェイの行き先の中では、ここの標高が一番高そう。

よくわからない機材が転がっています。どの駅もなんかの部品のようなものが転がってました。

駅も一番立派な感じです。1953年って書いてあります。

どーん!でっかい十字架です。街のどこからでも見えます。本当は、この真下は入っちゃいけないみたいなんですが、この国ではあんまりそういうの関係ないです。でも、十字架の前では、皆さん十字を切っておりました。本当に信心深い。

十字架の前には、お供えする場所のようなものが。なんか寂しい。

なんか仔牛が繋がれてるのは、お供え物なのかな。みんなもよくわからないようなことを言ってました。

じゃあ、あっちへ行こう!とどこかへ連れていきます。

よくジョージアの観光写真に載っている90度の岩山の上に建つ教会。チアトゥーラの近くにあります。

話が続く中、いつの間にかクタイシ到着。よく考えたら、タクシーだから家の前まで載せてもらえるんだった。もう小1時間いればよかったと後悔。でも、短時間いたから良い思い出になったということもあるかも。運転手さんの話を聞いてたら、生活大変そうだから全部で50ラリあげておいた。

タクシーの運ちゃんがこれまたC調なおじちゃん。つっても俺より年下なんだろうが。カヘティ出身で、嫁がチアトゥーラ出身。出会いは、トビリシという経歴の持ち主。ものすっごく片言の英語で、1時間半しゃべり通し。なので、こんな個人情報まで知ってしまっているという。若者たちとも交渉して40ラリ。

宿に戻りました。帰ったらおばあちゃんも愛想よかった。英語が通じなかったから不機嫌だっただけかも。安心して眠りました。

そこからの眺め!上スヴァネティよりもこういう街の方が楽しいかなあ。これで、観光地じゃないというのは、もったいない。ソヴィエトテーマパークとか作って欲しいけど、ジョージア的には、すっげえNGっぽいな。

まったりおじちゃん軍団。撮って欲しいというので撮りました。ポーズがみんなバラバラで良い!

やはり、ここもそんなに見るべきものは、ないので駅に戻ります。ここは、その管理室。いままでで一番威厳を感じます。ドアには、関係者以外入っちゃダメとか書かれているそうです。

これは、何mのところにロープウェイがいるかをチェックする機械。機体が動いているのとリアルタイムでこの目盛りが動きます。ハイテクです!

でも、管理のおばちゃんが手招きで呼び入れてくれました。このライティングに味がある!

映画「メトロポリス」や「モダンタイムズ」の世界がここに。

いろいろな注意書き。読めんけど。

今のジョージアにしては、珍しく残っているロシア表記の看板。チェルノブイリのプリピャチ並に時間が止まっている。

やっと帰りの便が到着。

一応、時間通りに出発するようなので、中でまつ若者。もうこの機体のフレームだけで絵になるよ!

これで、ケーブルの確認とかするんでしょうか?一人乗りの機体。

駅の上はこんな感じで稼働中。

60年以上同じ機体を使っているんでしょうねえ。そうするとこういう味が出るってわけです。

なんだかんだと7時半くらいになってしまった。トビリシ行きでも6時までのマルシュなら、クタイシ行きなどあるわけなし。タクシーで帰ることに。暗くなって見知らぬ街はうろつきたくないので、この時間でみんなとお別れ。本当は、もっと居たかったよー!

前日にクタイシの宿をいくつか目星をつける。とにかくクタイシのバス停からなるべく近くの宿に泊まって、速攻でバス亭に戻ってチアトゥーラに行きたかったから。一軒目は、某ブッキングサイトで予約が一杯、二軒目を訪ねるも、場所が団地の私道っぽい所の中にあるので、地図だけだとわからない。道を訪ねると一緒に探してくれる。もうジョージア人本当に親切!!で、見つかったのがこの宿。完全に一軒家。おじいさんとおばあさんが出てきて、言葉通じなくて、ばあさんがなんか怒り気味で、やばい宿に来ちゃったかなと思ったら、息子さんが英語ペラペラで親切だった。でも、荷物置いてすぐ出かけるのに一抹の不安。でも、もう行くしかない。

さようならジョージア!朝8時前くらいにマルシュを探しにやってきました。アブハジア行き(イングリ行き)を訪ねると、マルシュなんかないよ~ワハハ。タクシーで行きなさいな。みたいな雰囲気。何度かマルシュって言うんだけど、本当になさそうなので、タクシーでいくことに。これ、みんな暇そうな運転手さんたち。

タクシー料金10ラリ。まだ、早いからか街は、閑散としてました。街を出るとすぐにスフミへの看板が。このスフミ行きの看板トビリシ近辺からある。道路は、繋がっていないにもかかわらずこうすることで、領土を主張しているんだろうなあ。ようは、国後島まで何kmとか高速道路に書いている感覚だよね。

車で、15分くらいで、国境らしきところにたどり着きます。「らしき」というのは、ジョージア側は、このアブハジアという場所を自国の自治共和国扱いにしているからです。だから、高速に看板が出ているわけだけど、実際は、アブハジア共和国として1992年に独立宣言を行い、2008年には、ロシアも独立を承認するに至り、現在世界の4カ国がアブハジア共和国を国家として承認しています。だから、厳密には、完全な未承認国家じゃないんです。台湾だって22カ国からしか承認されてないから未承認国家です。

道路が封鎖され、車がそれ以上いけなくなった場所に、小さな派出所のような場所があります。(この写真の場所の反対方向)そこに、ジョージアの警察が常駐していて、パスポートのチェックをします。英語がしゃべれないので、ツーリスト、レター、スフミ、アブハジアとか行ってれば、パスポートを派出所のパソコンに登録して通してくれます。簡単です。

現在、ジュージア政府は、アブハジアを自国の一部としているので、ジョージア側からアブハジアに行くことを咎めません。北方領土にビザ無し渡航するのと同じですが、それを外国人にも許しているということです。ただ、厳しいのは、ロシアから入った場合、ジョージアの入国スタンプが押されないので、ロシアからアブハジアを抜けてジョージアに入ると不法入国扱いになります。3年の実刑という厳しい刑罰を受けることになります。なので、くれぐれも、ジョージアからアブハジアに入ったら、絶対にロシアに行かずに戻って来てください。ちなみに、ジョージア側の派出所からアブハジア側の検問まで1km以上あるので、こうした馬車がその区間を行ったり来たりしています。

国境越え、ましてやこんな曖昧な国境越えは、今まで経験したことがない。一番不安だったんじゃなかろうか?90%問題無いと思っていても、本当に越えられるかなあというドキドキ感がどっかにある。沿ドニの時は、バスですぐ入れちゃうし、パレスチナのA地区に入るときは、アラブ人の仲間がいたし、クネイトラも簡単に許可降りたし。今までにない経験にちょっとウキウキ。これは、きっと1994年の休戦の後に建てたのかなあ。ジョージア側からすぐのところ。

ちょっと物々しい感じのブロック。でも、そんなに緊張感はないですね。東京のロシア大使館や大韓民国大使館の方がよっぽど物々しいです。

ブロックを過ぎると、道路が左に曲がります。曲がるとすぐにイングリ橋が見えてきます。

この日は、夜に雨が結構降ったみたいで、水たまりが結構酷かったです。この橋は、ようは空白地帯のようなものですから、誰もこの橋を修復するとかしないのでボロボロです。

この橋からの眺めが何気に素敵です。晴れていたら、カフカスの雪の被った山脈が見えてすごく綺麗だと思います。

私の参考にしたサイトには、アブハジア側まですぐ着くとあったので歩いたのですが、荷物が多い場合は、馬車に乗った方が懸命です。特に、雨のせいでこのように真ん中の道路が通れなくなっているので、1人しか歩け無い歩道を歩くことになります。この幅の歩道で、スーツケースをガラガラと20分くらい歩くのは、ちょっと辛かったです。ましては、足がまだ結構痛かっただけに。。。馬車乗ればよかった。。。帰りは、馬車乗ったので、馬車についてはそのときに。

見えてきました!アブハジアサイド!上がります!右手の看板に「アブハジア共和国」の看板が見えます。アブハジア語、ロシア語、英語で表記されています。

左奥に見える小屋がアブハジアの国境管理です。パスポートと例のレターを見せます。アブハジア外務省のウェブにも書いてありますが、この「国境」は朝8時オープンで、午後7時には閉まってしまいます。一つ知らなかったのは、グルジアと時差が1時間あるということです。アブハジアは、モスクワ時間を使っているので、グルジアが8時だとアブハジアは7時になります。私は、8時に出たので、国境では8時前につくことになり、まだ国境が開いていない状況でした。日本人が、パスポートとレターを見せれば、まず問題なくここを通してくれます。この場所の先に、もっとちゃんとした国境管理(ロシア政府の管轄)があり、パスポートを念入りにチェックし、カバンの中などもチェックします。それが過ぎれば入国です。レターは、ここで一枚なくなります。

ロシアの管轄の部分は、ちょっと物々しい感じを受けましたが、他はのんびりやってる感じでした。ここは、すでにアブハジアのマルシュ乗り場です。写真のマルシュの向こうには、ジョージアに入国するための列ができています。実は、この時アブハジアのコントロールで知り合ったドイツ人女性が、この人は、レターが白黒だったからか、それともEUの人に対する嫌がらせなのか、通過に難癖をつけられていました。そういうこともアブハジアサイドはそういうこともあるということを注意してください。ロシアの管轄は、しっかりしているのでレターとパスポートがあればまず問題ないはずです。

9時過ぎに国境を越えて、マルシュの出発(10時発と決まっているらしい)を待っていると、若いイケメンアブハジア人に出会いました。モスクワの大学でコンピューターを学んで、国境近くのガリに住んでいるそうです。ジョージアには、兄が住んでいて、その帰りだそうです。片言の英語で「アブハジアは、美しい国ですよ」とアピールしていました。すごく素朴に真面目に語る彼の言葉には、真実味がありました。手に持っているペプシは、彼におごってもらったものです。ちなみに、先ほど国境で捕まっていたドイツ人女性は、マルシュ出発のギリギリ前にアブハジアに入国できました。「アブハジアなんて国行きたくもないわよ!」と言ってアブハジアの悪口を言ったら怒って通してくれたとのことです。未承認国の入国には、いろいろなやり方があるものです。

牛が多いのは、実はジョージアも一緒。とにかく田舎は、あちこちを牛が闊歩しています。アブハジアの後、メスティアという田舎に行くのですが、その時の道路における牛の縦横無尽さは、半端ないです。ジョージアで運転する場合、車よりも牛が怖いです。

そして、首都スフミに向けて出発です。マルシュは、300ルーブル(650円)ほどです。ドライバーのアブハジア人も親切で、なんというかジョージア人より、控えめで物腰柔らかい感じを受けます。少し走ると、建物が見えてきますが、国境付近だけあって、思った以上に廃墟がたくさん残っています。

ドイツ人女性と一緒にドライバーの助手席に2人で座っていたのですが、ドイツ人がロシア語ペラペラなので、ずっとドライバーにいろいろ質問していました。廃墟とか撮影されるのは、アブハジア人的にどうなのだろうとか思って始め控えめに撮影していたのですが、ドイツ人とドライバーがずっとしゃべっているので、かまわずたくさん写真を撮りまくっていました。

さっきのイケメン君は、ガリの街で降りていきます。ちょっと寂しい感じの街ですが、彼は、この街で奥さんや子供もいて、つつましく生きているんだなあと感慨にふけりました。24歳って言ってたかな。

ガリを出るとスフミまでは、大きな街は、ほとんどありません。ところどころ廃墟があったり、牛がいたり、そしてこうしたアブハジアの看板をたくさん目にします。これは、初代大統領ウラジスラフ・アルジンバの70歳を記念した看板。彼は、2010年に亡くなっています。

多分、戦争で亡くなった英雄とかなんでしょうなあ。

スフミに入る前に2箇所ほどチェックポイントがあったかな。でも、ほとんどスルー。

また、アルジンバ初代大統領。この人の写真は、あちらこちらで目にします。後で、スフミで聞いた話ですが、国民は、みんなこの大統領が好きだそうです。その後の大統領は、微妙と話していました。まあ、この国を作るために戦った人ですしね。もともと学者さんだったみたいです。

さて、今回困ったのは、この入国方法の情報があまりに少なかったこと。日本語のサイトは、ほとんどありませんでした。なので、自分が申請したやり方を細かく書きます。写真は、右がレターの申請書。アブハジアのウェブサイトに行けば、すぐに手に入ります。英語の表記部分を埋めて、メールで送れば5日後に左のようなレターが届きます。これが、ビザの代わりとして、アブハジア共和国の入国を可能にしてくれます。私の場合月曜にだして金曜には届きました。これを入国後2日以内にスフミのビザを発行してくれる場所に行って、ちゃんとしたビザをもらうというものです。ようするに大使館が世界のほとんどの国にないので、代わりにネット上で申請してくれるみたいなものです。ちなみにネット上のやりとりはすべて無料です。

そして、スフミ着!やっぱり廃墟!でも、アブハジアの旗が立ってたりして、微妙に使っている?

初めて街を見た時、思った以上に廃墟の多い街という印象だったけど、慣れてくると廃墟がそんなに気にならなくなります。後で、その理由を。

料理は、アブハジアというよりロシア料理っぽい感じ。明らかにグルジア料理ではないです。これは、これで楽しい!

私の食事。大好きなカーシャ(蕎麦の実)があって、いかにもなロシアっぽいスープなど。基本スパイスが効いていない、素朴な味付け。ウクライナを思い出します。

アブハジアのお水発見!と思ったら、これはスプライト系の甘いソーダでした。絶対見た目は、水にしか見えん!

その宿のすぐ近くに、カフェテリア形式(スタロバヤ・ロシア語で食堂の意味)のレストランを運ちゃんに教わっていて、私とドイツ人女性は、一緒に食事。

その後も、ドイツ人女性(50歳、西ベルリン育ち、ロシアとソビエト建築好き)と一緒にスフミをまわる。まずは、ビザをとって安心して動き回れるようにしようと、領事サービス(Sakharova street 33・写真の建物)へ。国会前の公園からすぐのところ。見た目がいかにもなので、わかりやすいです。

ただし、建物には、ビザサービスとか、領事サービスとか書いていませんが、勝手に中に入れるので、ビザビザ言ってればオフィスのようなところでビザの申請してくれます。

さて、これで懸念事項は、終わり。私は、大きな荷物をガラガラ引いているので、まずはホテルに行って、この荷物から解放されたい。ドイツ人も一緒にホテルを目指します。私の宿は、黒海沿いなので、領事サービスからまっすぐ海へ。すると廃墟の船着場の前にのんびりしたカフェが。ちょうどお昼だったので、オフィスのOLさんたちが集っていました。

海沿いは、完全に観光地。ただちょっと廃墟が目立つけど。プロムナードの終わりに政府系の建物(写真の周辺)が宮殿のようにたってました。この写真は、The Abkhazian State Samson Chanba Drama Theatreになります。

この宮殿の前で、なんかライブの準備っぽい。学校の卒業式の式典で、今夜ライブが行われるとのこと。

さらに街の東に私の某ブッキングサイトで予約したゲストハウスが。これが入り口。。。おいおいすげえ荒れてるよ。。。

ジャーン!アブハジアビザゲット!(名前と番号は修正してます)500ルーブルでした。ネットで調べるとルーブルでしか払えないとありましたが、11米ドルでも申請できました。すごく手続き簡単です。くれぐれもこのビザを貼って、ジョージアに戻らないでください。トラブルの元です。帰る時、ジョージア側でビザのことを聞かれますが、アブハジア側で取られたといえば、怪しまれずにお土産として持ち帰れます。

我が宿。ちなみに建物の半分は廃墟です。廃墟に新築部分をくっつけて、ホテルを作ったみたいです。Guest house U Moryaという宿です。かなり部屋数もあって、部屋が新築っぽいので、快適でした。トイレとシャワーは、共同で、エアコン、TV付きで一泊1000ルーブル(2200円)。ホテルの人は、英語ほとんどしゃべれないけど、チャキチャキの下町っぽい姉さんが切り盛りしてくれます。同じ建物に、家族全員で住んでいてアットホームな雰囲気です。

門をくぐるとこんな感じの建物が。奥の高いビルは、またまた廃墟。

まわりはこんな感じ。ニューヨークだったら、すぐ身ぐるみ剥がされちゃいそうな場所です。「やっぱり日本の外務省が退避勧告だすだけあって危なそうな街なんだ!」とか思うかもしれませんが、夜中の12時に一人でこういう街中歩いていても安全でした。トビリシよりも夜の街は、明るいので安心感がありました。

こっちは、完全廃墟。

街の中心にある公園。やはりアルジンバ初代大統領。

国境から終点のスフミ市場周辺まで、およそ1時間半。多分、本来は、スフミの駅に着くんじゃないかと思うのですが、このマルシュの運ちゃんは、乗客が市場の方で降りたいからこっちに来たみたいです。また、ドイツ人の女性に宿を教えたいらしく、宿まで連れていってくれる。私は、すでに某ブッキングサイトで予約していたので、ここからだと随分遠い。。。ドイツ人女性と一緒に宿を案内したかったみたい。結局、ゲストハウス(かなり一般家庭っぽい)に女性は、1泊300ルーブル(650円)で泊まることに。すげえ安い!

そして、かの有名な旧アブハジア国会議事堂!YouTubeなどでこの建物が破壊される様をみつけることができます。翌日、じっくり中を見学しますので、詳しくはそちらを!

海に出ると、古き良きソビエトのリゾートに想いを馳せることができます。でも、廃墟感がすごい。

サナトリウムの敷地の中にレストランが一軒。せっかくなので、スフミのビールと水をいただきます。スフミビールは、全然泡立たず、ちょっとイマイチ。水は、ジョージア同様、いろいろな種類を売っていて、どれも美味です。

サナトリウムで、一番公共的な建物。劇場だったみたいんです。

アブハジアについての記述。いろいろと歴史に関する掲示板がありましたが、数カ所破壊されているものがありました。多分、ジョージアの歴史について書いてあったんじゃないかなと思います。

ロシアとアブハジアの国旗を真似た花。劇場前のモニュメントに飾られていました。

クマとおばちゃん。なんかサナトリム内に一匹飼われていました。ちょっとオリが狭くてかわいそうでした。でも、かなり近距離だったので、迫力です。このオリの隣を猫がうろうろと餌を求めていたのが面白かった。

レーニンと私。

この宿がユニークなのは、ホテルの裏手から海に抜けられること。鍵のかかった扉を開けると、海のある公園に出ることができます。公園と言っても、もともとサナトリウムだった場所を、一般に解放している状態の場所です。2010年くらいまで営業してたのですが、観光客も来なくなり廃れちゃったそうです。

こういうのは、萌えますよね!一緒にいるドイツ人も萌えてました。このドイツの方は、20代まで西ベルリンの壁の近くに住んでいたので、ソビエトが大嫌いだったそうです。でも、今では、その東ベルリンとかが懐かしく感じられるとかで、ロシア萌えな方になっているのだとか。ついでに廃墟好き!良い人と巡りあいました。コムレード!

例えばこんな感じの廃墟は。。。

こんな感じで荒れていますが、自由に見学できます。

どーん!2008年の戦争前までは、結構世界各国の国連の PKOとかの人たちが遊びに来たりしてたそうですが、この建物とかは、もっと前からダメになってそうですけどね。

バスとかも放置。

アクション映画でも撮りたいですなあ。。。

ソビエト好きのドイツ人(ロシア語ペラペラ)は、おじさんを見つけては、お話するのが大好きで、いろいろな質問をぶつけます。ここに書かれたこちらの人が~~~と言っていましたという情報は、基本的にこうしたドイツ人の情報が還元されて書かれております。サナトリウムだったり、2008年まで云々の情報は、こうして仕入れています。

サナトリウムの中心部は、建物の保存状態も良く、建物の中も綺麗に保存してありました。2010年くらいまで使われていたんだろうという痕跡がみられます。

こんな感じですが、廃墟です。

先ほどの建物が建っているサナトリウムの中央通り。ここが本当の入り口。観光客で賑やかです。

逆を向けば、黒海が目に入ります。

ちょっと良い感じのリゾートっぽいですが。。。

こんな感じに、廃墟の前で海を楽しんでいるのが、スフミ流。

こんな感じにカフェもあってリラックスするには、最高の場所です!アジアや欧米の観光客は、ここは皆無です。

カフェには、目的のアブハジアのワインが並び興奮します!今回の目的の一つは、こうしたアブハジアワインを持ち帰ること。翌日、何本も買いに行きます。

サナトリウムの全図。この建物のほとんどすべてが廃墟で、どこも建物の前まで行って写真とか撮り放題です!ここで映画とか撮りたい!すべてソビエト時代の建物なので、趣が違う!

植物園の前は、アブハジア博物館があり、その隣には立派な講堂があります。この写真は、その建物前の銅像。ここで、ちょっとベンチで一休み。私もドイツ人もお年ですので、あんだけ廃墟に興奮すると疲れちゃいます。

さて、サナトリウム(廃墟)ツアーも終わり、市の中心に戻ります。手持ちのルーブルがなかったので、街の中心にあるスフミ銀行へ。植物園の前にあります。ここのレートが一番良かったです。両替は基本銀行だけなので、街には、あまり両替する場所がありません。あと、ネット上でATMは使えないという情報がありますが、私が行った時は、ここのATMは少なくとも使えました。

一休みしていると、向こうのほうに何人もの民族衣装を着た子供達がたくさんいます。気になったのでパシャり。向こうも気になってポーズ。

向こうのほうがこっちの方を気になって、なんか近くによってきます。

で、少しの英語で会話して、写真とか撮るといろいろポーズ取りだして撮影会に。

男子は、こんな感じ。「これから後ろの講堂で踊るので、見に来なよ!」というので、イクイク!と。ようは、この国の学校全部(?)が卒業式だそうです。海辺でライブのセットがあったものがまさにそれのようです。

2人で講堂に入ると会は、まさに始まったばかり。満員で立ち見状態の中、司会がちょっとしゃべったら、映像が流れ出し30分近くナレーション無しの学校の紹介&国の誇りビデオが流れる。で、そのあとが子供達の踊りかなと思ってたら、今度は、お偉い方々の朝礼みたいなのがどんどん続く。言語は、すべてアブハジア語なので、ドイツ人も何言ってるのかさっぱり。歩き疲れていたこともあって、45分待ったが断念。。。

外に出ると、まだ子供達が無駄にぶらぶらしてる。「もう帰るねえ」と声をかけると、向こうも待っていて暇してるのだろう、ワーっと寄ってきて、撮って撮ってと。アブハジアの子供たちは、みんな素朴な感じでした。

なかなか見ごたえのある植物園。日本の品種が結構あったのに驚き。竹林が綺麗に整備されてた。写真にいるのは、ドイツ人。途中、アブハジアに住むグルジア人のおばさんに出会い、いろいろと解説してくれる(ドイツ人とロシア語で)。やっぱり、グルジアが恋しいらしく、ドイツ人とグルジアの話をいろいろしていました。この前帰ったのは、数年前って言ってました。グルジア人の方は、もっとしゃべりたいみたいだったけど、うちらは、ちょっと疲れたのでと途中で退散。

道端でいろいろな人からWi-fiの店を聞いてやっと発見。私は、なぜかお腹が空いてなかったので、ワインのみ。ドイツ人はサラダ食べてた。グラスは白しかなかったので、まずは白。素朴な感じの気持ち甘めのさっぱり系。

で、やっぱ赤好きとしては、どうしても行っておきたいと、ドライ系の赤ワインをボトルで。ライトだけど、それなりにしっかり感があって、重いの好きの私も楽しめるワインです。ドイツ人がかなり気に入ってました。ちなみに、このエチケットのワインは、みんなスフミのワインで、どのワインも地名を冠しています。(次の旅行記を書くにあたりWEBを調べていたら、全部が全部地名でないことが判明しました。しかもこのチェゲムという村は、有名な作家のフィクションの村の名前だそうです)

二人とも宿が、街の中心から反対方向に遠い。で、ドイツ人は、私の方向感覚でついてまわっていたので、宿の場所がわからない。街は、碁盤の目のようになっているので、宿のある通りまで送ってから(私は宿から遠くなるけど)帰る。まあ、ほろ酔い気分で、11時近いけど、家族連れや女性の一人歩きも結構いるから大丈夫だろうと、一人宿へと向かう。

中心地は、結構ライトアップされていて綺麗です。トビリシよりも明るいです。この国は、人口も少ないせいか、電気がすべて水力発電で賄われているので、電気を輸入する必要がないとのこと。ロシアからいろいろおこぼれもらっているかと思いきや、意外と自立しているのでびっくり。ミネラルウォーターも美味しいしね。だからワインも美味しいんだなあと納得です。

帰る途中、昼間に見たライブ会場。着飾った学生や家族たちがライブを楽しんでいました。音楽は、ロシアかアブハジアのポップミュージック(歌謡曲調)。お祭りのような雰囲気に癒されながら、夜のスフミを堪能しました。優しくて人懐っこいアブハジア人たち。平和で幸せそうな雰囲気でした。この時、私は、予定していたスフミ2泊を3泊に変えて、もっとこの国を楽しみたいと思うのでした。 しかし!!国民の税金で世界情勢のことを徹底して調べる日本政府によると、この国は、とおおおおおおっても危険だそうなので、退避勧告が出ています。くれぐれも自己責任で行ってください。

そのあと、1840年からあるという、カフカス最古の植物園へ。スフミで観光というと、基本ここらしい。もう閉園の18時近くだったけど、入れてくれた。なんでも、21時くらいまでいて良いそうです。チケット(120ルーブルだったかな)は、買わないといけないのだけど、切符を切ったりする必要はない。ただ、たまに警備の人が巡回しているらしく、チケットがないと罰金をとられるのだそうです。

街の賑やかなエリアに向かいWi-fi可能な場所で、食事できるところを探します。

所々レンガが剥がれ落ちています。なんか余り手入れされていないような感じですが、どうやらここらしい。

見よ、この扉。間違いありません。何だか気分が高揚してきました。

で、左手を見るとこのような表示が。管理人のおじさんは奥の小部屋らしき所に居ます。

24時間オープンとは本当でしょうか? 気合い、入ってます!

おじさんは現在もなおバリバリのコミュニストです。今日、正統なコミュニズムを継承しているものとしてこのトルコ共産党の旗を掲げていました。トルコとはちょっと意外。

なんか、写真がゴリで見たものと一部被っているような。

赤だの鎖だの握り拳だの、ベタなモチーフの絵、たまりません。

こりゃー毛主席ではないか! ところで、おじさんは(ありがちですが)日本と中国の違いを全く理解していませんでした。何でも世界三大尊敬出来る人は、レーニン、スターリン、毛沢東なんだそうです。従って、日本人の私に毛主席礼賛、中国礼賛とハイテンションのサービスを提供してくれました。

グルジア文字によるアート的スターリン同志。なんとも不器用で味があります。

おじさん管理人に英語かロシア語どちらの案内にするか聞かれます。英語と答えると、グルジア文字で書かれた英語のアンチョコを持ち出してきました。 さあ、早速中へ入りましょう! さっきのソビエト国旗の扉の中からまずは見学スタート。中は薄暗く、電気が点いていません。おじさんがスイッチを入れて明るくしてくれます。

おお、早速レーニン同志が穏やかな顔してお出迎えです。

この博物館では、レーニン同志もあちこちに見られます。

これが、これから見に行く地下印刷所の模型。井戸の途中に横に伸びる通路があり、奥の小部屋に印刷機械があるのですね。

それにしてもまあ、オンボロ著しい博物館だということがお分かりいただけるでしょうか。雨漏りのシミだの、壁紙の破れだの。

で、まず案内されたのがこの部屋。 スターリン関係資料の展示がされていて、おじさんがアンチョコ英語を読み上げてくれます。 中央にあるのはホコリっぽい休憩用のテーブルとベンチ。いや~いつかこの部屋でお弁当広げてお結びを食べてみたい。絶対無理に決まっているでしょうけど。

ここにもレーニン。

案内のおじさんが、中央奥のこの席で写真を撮ることを勧めてきました。この方、その後も何かと気前よくカメラマン役を買って出てくれました。 同志を背景に、ベタな記念写真が撮れる、貴重なスポットです。

角にご注目。展示品は大丈夫でしょうか?こんな箇所があちこちにあります。

なんだかもう統一感など関係ない展示。フリーダムです。

まず最初に、井戸のある部屋に案内されます。この井戸を降りて、スターリンたちは秘密の小部屋に行ったらしいです。深くて暗い。落ちたらどうなるんでしょうか。

で、早速その小部屋に向かいます。おじさんの後について、後に設置されたのであろうこの 螺旋階段を下りて行きます。これまた錆だらけでボロボロです。錆粉が落ちています。

一段ごとに気温が下がってくるのがじわじわ感じられます。

これが井戸から繋がる通路。1~2メートルぐらいの距離でした。 しかしまあ、井戸を15メートル下りて、ジメジメと寒く、日光の当たらないこんな部屋で印刷作業とは。情熱がなければ出来ないことだったでしょうね。

ドイツ製のこの印刷機械をばらして持ち込み、ここで組み立てたそうです。そして、ガンガン新聞や声明文などを印刷したのですね。実に興味深い。 なのに、これまた錆だらけ…。これ、かなり貴重な歴史的資料だと思うんですが。このままいったら、完全に朽ち果ててしまいそうです。

地下15メートル、印刷所であった隠し部屋に到着しました。 外は夏の陽気だってのに、寒い!とても冷えます。不安な方は羽織るもの等持っていくといいでしょう。 奥に見える小さな通路が井戸に繋がっています。つまり、スターリンたちは、井戸を降りて、途中横にあるこの通路から四つん這いになってこの部屋に辿りついていたわけ。

ロシア語は読めません。非常に残念です!

さらに別の部屋を案内してくれました。ここにも印刷機械が。これも確かドイツ製。

その機械のあるこの部屋。 ピンクの壁紙が乙女心を誘うの。天井の破れなどなんのその。だって額の中は思い出のスターリンとレーニン。

寝室の壁紙はエメラルドグリーン。花のストライプが安らぎの中へ。 夢に誘うベッドは灰色…。これ、誰が使っていたベッドだと思います?なんとスターリンが当時使用していたものだそうです!

ベッドの頭上には積み上げられた本。中身はもちろんメルヘンではなく、彼らの情熱を掻き立てた文章が詰まっていることでしょう。落ちてきたら痛そうです。

今やただ積み上げられているだけの書籍に、郷愁を覚える方も多いのでは。 ここの案内のおじさんも間違いなくその一人でしょう、彼の携帯の待ち受け画像はソビエト国旗でしたから。

そしておじさんが敬愛してやまないレーニンとスターリン。

フラッグは今も色褪せていません。

いや、実に興味深いものを見学させていただきました。 外はフレッシュな初夏の陽気。さっきの冷え冷えとした重々しい空気が嘘のようです。

たとえどんなに建物がボロっちくても、おじさんのスピリットは不滅だし、おじさんが守るうちは、この博物館も不滅です。多分。 いや、なくならないで欲しい。今や貴重な歴史的資料がトビリシに瀕死の状態でひっそりと存在しています。

まあいいや。解説資料が展示されたこの建物を出て、これまたボロっちい木造建造物に移動します。いよいよメインです。

この博物館は300アラグヴェリ駅から徒歩約7分ほどの所にあります。観光客などほぼ見かけない通りを歩いて行くと、このようなレンガの外観の建物が。

最後に見学代として5ラリ(約250円)を請求されました。「君は中国人だからサービスだよ。普段は8ラリ取るんだ」とおじさんは言っていましたが、どうなんでしょうか!? 支払った後、おじさんはさっさと私に無関心になりました。いや~このハッキリとした態度、感動しました!いや、嫌みじゃなくて。なぜなら、いまや貴重な本物の共産主義者のプライドが垣間見えるようだったからです。 世界に博物館は数あれど、これほど印象深い所もそうないと思いました。面白かったです!どうか皆さんも訪れてみてください。 あと、24時間オープンは信用しない方がよいかと思います。(笑)

あそこにもレーニン♪

6/16の朝9時頃ホテルにドライバーが迎えに来る。 名前はアリル。ジョージア人。 英語も話せてめちゃくちゃ優しくてイイ人! 前回も書きましたが、手配は昨日トビリシ旧市街のメイン通りのコテ・アフハズィ通りを歩いてると

こんな感じの旅行会社の車がたくさん道に止まってるので、そこで交渉しました。 基本、カズベキへの行き方はメトロのディドゥベ駅前からマルシュルートカが出てるので、そこから乗合マルシュは約10ラリ(約450円)、乗合タクシーは約15ラリ(約670円)ぐらいで行くのが一般的。 もちろんそこからタクシーチャーターも可能で、旅人のブログなどを見ると50ラリ(約2,200円)ぐらいでチャーターしてた人も。 でも、自分はまずメトロに乗ってディドゥベ駅へ行くのが面倒くさいというかホテルまで迎えに来てくれるというのと、この辺の旅行会社のドライバーは英語もけっこう話せるというのと、途中のトビリシ北にあるムツヘタの教会も寄りたいし色々気ままに写真が撮りたかったのでここにお願いしました。 値段は180ラリ(約8,000円) 往復だし歩き方には80USドルぐらいが相場との事だったので同じぐらいかなーと思いOKしました。 ちなみにこの通りには旅行会社がたくさんあり、日帰りのカズベキツアーはシェアだと40ラリ(約1,800円)ぐらいでありました。

北へ。 昨日までの晴天と打って変わって曇天模様。。 すっごく楽しみにしてたのでかなりテンションがた落ち。。

到着。 家畜かなんかの牛がたくさんいて、なんか絵画みたいな風景。

ナイスビュー! ムツヘタの町はあのトビリシにも流れてるムトゥクヴァリ川とアラグヴィ川が交わるとろこにあって、昔はイベリア王国の首都として栄えたらしい。

あれはムツヘタの旧市街とこの後行くスベティ・ツホヴェリ大聖堂。

20分ちょっとでムツヘタに入り、見えてきた!ジュヴァリ大聖堂。 これまたナイスなロケーションにあるな~

ちなみにこのジュヴァリとはジョージア語で『十字架』という意味で、この教会含める古都ムツヘタの町並みが世界遺産に登録されてる。

中へ。

ジョージア正教会はこんな絵が教会内にたっくさんあってみんなロウソクあげてる。 日本だと線香あげる感覚だと思う。

下ってきてスベティツホヴェリ大聖堂の駐車場へ。 超有名観光地らしくかなり広い。

イイ感じのお土産屋やレストランがたくさん。 まだ10時半ぐらいなのでほとんど営業前だったけど。 基本コーカサスは11時ぐらいから町が動き始める。

こんなヨーロッパの田舎の様な旧市街を歩く。

チャラチヘラも売っててここで試食させてもらう。 めちゃくちゃうまーーい♪ ゼリーとグミの中間みたいな感じで、ぶどうやアプリコット味とか色々。

おおぉぉ! けっこうカッコ良い! ジョージアで2番目、トビリシのツミンダサメバ大聖堂の次に大きな教会で、キリストの上衣の一部が埋められてるらしい。

細かーい。

なんかイスみたいなのもカッコ良い。

中へ。 これまたスゴい・・・

神聖な空気がビンビン伝わってくる。

壁や天井も細部まで凝ってて、味がある感じが好み。

奥でお祈りしてた。

大聖堂の中の小聖堂。

なんかこの聖堂内の空気が気に入って、かなり長い時間居てしまった。

グルジア軍道はムツヘタ寄らないでそのままカズベキに行っちゃう人が多いけど、ここは絶対寄るべきだと思う。

出てその旧市街からさっきのジュヴァリ大聖堂を今度は下から見上げた。

再び北へ。

途上国にありがちな田舎の道沿いの露店にときめく。

ムツヘタから30分ぐらいでジンヴァリ貯水湖へ。 この湖の湖畔に佇むのが

このグルジア軍道でも有名なアナヌリ教会。

晴れてればあの湖面がメチャクチャ青くてキレイなんだけどなー・・・ ていうかすっごい人。

それにしてもここもナイスロケーション♪ この後のアルメニアの修道院巡りもそうだったけど、コーカサスの教会や修道院はほんとロケーションが良くて、毎回今度はどんな風景の中にあるんだろーと楽しみになった。

学生の団体とかもいて、大混雑。

中。

ここもすっごいイイ感じ。

ジョージア人の敬虔さが見れた。

クロス(ジュヴァリ)もカッコ良い! なんか下の宇宙人みたい。

土産屋も充実。

時折出現する牛をよけながら再び北へ。

アリルが途中川の色が分かれてるところで止まってくれた。

この辺からが特に山好きにはたまらない景色が続く。

アリルがジョージアパン買ってくれた。 もっちもちで美味しかった。

あーいう感じ。 ぶ厚いナンみたいでかなりでっかい。

途中滝みたいなところでみんな水を飲むらしく、自分もゴクリ。 極上の天然水だった。

晴れてれば10割増しな絶景が続く。 あの山の向こうはジョージア国内にあるロシア領の南オセチア自治州。 2008年にドンパチしてたみたいだけど、今は平和らしい。 コーカサスは飛び地とか自治共和国とか色々あってすごい複雑。

冬はスキーリゾートで賑わうグダウリってとこに来たらなんと大雨に。。

ここもグルジア軍道の有名な観光スポットであるロシア・グルジア友好記念塔。 でも雨で視界ゼロなので、帰りはまあまあ見れたし帰りにまた寄る事に。

その先にあったここも有名な湧水ポイント。

アリルがペットボトルに入れて土産に持って帰るらしく、飲ませてもらったけど、鉄分超強めな炭酸水って感じで不味かった。 そもそもこの色から飲みたくないと思った。

この辺の景色も晴れてればヤバそうです。

どうせいつかウシュグリも行きたいしジョージアはまた来るので、その時は絶対ここリベンジする!

もうすぐロシアの国境なので、こんな感じにトレーラーがたくさん止まってた。 ウクライナとかアルメニアとか色々な国のトラックがあった。

そして13:30過ぎ、終点であり目的地のカズベキことステパンツミンダの広場に到着。 ここ数キロ先はロシアで、ツーリストは今現在ここまでしか行けない。

あの像はこの村出身の詩人アレキサンダー・カズベキさん。 向こうに見えるのがツミンダ・サメバ教会。 あの教会にはここからトレッキングで歩いて行くのが人気なんだけど、自分は雨も降ってるし車で行く事に。

この広場がカズベキの一番の中心なので、レストランとか両替屋とかある。

マルシュの発着場でもあり、これは帰りのマルシュの時刻表。

なんとここからは車を乗り換えないと行けなくて、こちらのデリカに。 往復80ラリ(約3,500円) 一人でチャーターしたのでこの料金だけど、シェアすれば全然安くなると思う。

しゅっぱ~つ。

今行くよ~ ちなみに車だと20~30分で、麓から歩いて行くと一時間ちょっと。

写真じゃ伝わらないのが残念だけど、とにかくものすっっごい悪路! え?ほんとここ行くの!?ってなぐらいの道を行く。 そりゃ四駆じゃないと絶対ムリ。 間違いなく今まで走った悪路の中でベスト(ワースト)1。

ほとんどデリカ! ドライバーは笑顔でミツビシ~!って言ってた。 日本車のポテンシャルをフル発揮し、ほんとメイドインジャパン凄いと思った。

雨の中トレッキングしている人がけっこういた。

バコンバコン揺られながら、30分弱でツミンダサメバ教会に到着。

これだ・・・ この景色が自分をコーカサスに引き寄せた。 限りなく天国に近い教会とも呼ばれてる。

教会へ到着。 やはりこの天気なのでカズベキ山(5,033m)は見えず。

でも雪をかぶったカッコイイ山が見えた。

こじんまりしてるんだけど、この趣と佇まいが素晴らしい。 中は撮影NGだったけど、今日見てきた教会とさほど変わらなかった。

カッコイイ水場が。 標高が2,000mぐらいあるのでかなり寒い。

裏手にまわるとこの絶景!! 行った事ないけど、ほんとスイスみたいかも。

なにげにあの上にあるのがカズベキ村で、手前はゲルゲティ村らしい。 どちらの村にもゲストハウスが何軒かあって、当初はここに泊まる予定だったんだけど、気分が変わり日帰りにしてしまった。 帰ってきてやっぱ泊まればよかったと後悔した。 カズベキ山は村の西にあるので、ここに泊まり晴れてれば極上のカズベキのモルゲンロートが見れる。

カズベキズーム。 右下にさっき着いた広場。

歩いてくる人たちがたくさん来る。

ジョージアでの目的はカズベキ山を見るのと、このツミンダサメバ教会に立つ事だったので、天気が残念で半分しか果たせなかったけど、この絶景を見たら満足できた。

みんな楽しそうに記念撮影してました。

西、カズベキ山方面。 晴れてれば泊まってこの辺をゆっくりハイキングしたかったなー。

羊や馬がいて牧歌的な風景。

絶対またいつか来る!

帰りもバッコンバッコン揺られながら

20分ぐらいでカズベキの広場に到着。

帰りも道中の景色に癒される。 ロシアっぽい車がなんかカワイイ。

帰りは雲が退いてきてくれたので、行きにも寄ったロシア・グルジア友好記念塔へ。

なんかロシアっぽい。

アニルがちょいちょい撮ってくれる。 色々面倒見てくれてなんかサービス精神がすごいドライバーだった。

この辺も晴れてれば絶対にヤバそうです。

ヒツジ~

スキーリゾートのグダウリでちょっと休憩。

この辺もスイスみたいだった。

のどかでタイプ☆

ここからは寄り道せずビッチリ走り

18:30頃大雨のトビリシに帰ってきた。

夜は宿近くのレストランで

ジョージア名物ヒンカリ(水餃子みたいなの)を食べ一杯やって就寝。 悪天候で悔しさが残る一日になりましたが、けっこう充実した一日でした。 カズベキは絶対に晴れの日に行くべきです!(笑) 明日はアルメニアに移動し首都エレバンを観光します。

ネットから拝借しましたが、秋頃だとあのカズベキ村上がったところからこんな景色が・・・ 真ん中左上に今いるツミンダサメバ教会で、あの奥のが見たかったカズベキ山。

絶対あそこ危ないでしょ。

6/15の11時頃、アゼルバイジャンのバクーよりトビリシに到着。 同室だったリュックはAirbnbで宿を取ってたらしく、その宿の人が迎えに来てくれるとの事なので、いつか日本でまた働くみたいだしそこでの再会を誓い別れる。 トビリシ駅前は色んな方面へのマルシュがたくさん止まってた。

こういう光景、なんか好きだ。

まずは予約してる宿がバクー旧市街にあるので、トビリシ駅右に隣接してるメトロのヴァグズリス・モエダニ駅に入り、旧市街手前ににあるタヴィスプレビス・モエダニ駅(行ってみてわかったけど、LIBERTY SQUARE駅って名前になってた)へ向かう事に。 あそこの窓口で支払う。

両替屋が構内にあったのでしとく。 200USドルして424ラリ。 この日の正規レートは200USドル=427ラリだったので全然良かった。 ラリはけっこうわかりやすく、1ラリは約50円ぐらいで計算してた。

ボケちゃったったけど、こんなスイカみたいなカードに最初2ラリ(約100円)デポしてチャージしていく感じ。 そのLIBERTY SQUARE駅へはデポ含めて2.5ラリだった。 ちなみにトビリシに走ってるメトロは2路線あって、この駅はその両方へ行ける感じ。

こんな感じに改札にかざす。

けっこう深かった。

たった3駅目だった。

出て右に行くとLIBERTY SQUAREこと自由広場が。

この前のルスタヴェリ通り沿いの露店がイイ感じ♪

最初入れ歯売ってるのかと思ったら餃子包み機みたいのだった。

両替屋がたくさん。

旅行会社も。

駅から10分ぐらいで予約しておいたpoint hotelに到着し、チェックインは14時以降との事だったので荷物を置かせてもらう。

ジョージアの国旗ってなんか好き。

実はジョージアはワイン発祥の国らしく、いたるところにワイン屋がある。 しかも安い。

オシャレなカフェとかレストランもたくさん。

アンチスハティ教会へ。

旧市街さんぽへ。 宿のすぐ近く、旧市街のメイン通り、コテ・アフハズィ通り。 なんかすごい雰囲気良い♪

中へ。

ヤバい・・・ こういう雰囲気、すっごいタイプ。

この後もかなり巡るけど、この教会や修道院の外観もそうだけど中の年季の入った味のある感じに荘厳な空気が日本の神社仏閣の美的センスに共通する何かがある感じで、すごい好きになった。

一気にイスラムモードからキリストモードにシフトチェンジした。

この朽ち果て感が最高♪

この上に垂れてるのはチュルチュヘラっていうものらしく、この後のアルメニアでも食べたけど、ぶどうとかアプリコットのゼリーみたいなのを固めて中にくるみとかチーズとか入っててすごく美味しかった。 ドライフルーツ的な感じ。

お次はグルジア正教の総本山であるシオニ大聖堂へ。

なんとここで凡ミス。。 ハーパンで来てしまい中には入れてもらえず。。 なので入口からパシャリ。 皆さまきちんと長ズボンで行きましょう。

その奥には夜大賑わいなオシャレなレストランがたくさん。

旧市街で一番賑わっているゴルガサリ広場。 この右上のはロープウェーで、上にあるナリカラ遺跡まで一気に行けてトビリシ一の人気なんだとか。

メテヒ橋から見えた教会。 ジョージア正教会、小高い丘の上率高しです。

ヨーロッパっぽいね。

その辺から見えるメテヒ教会とワフタング・ゴルガサリ像。 シルクロードを往還するキャラバン(隊商)が、安全を求めて逃げ込む要塞の役目も果たしてたんだって。 後で間近まで見に行きます。

横を流れるムトゥクヴァリ川にかかるイタリア人建築家がデザインした平和橋。 夜のライトアップがイイ感じです。 ちなみにこのムトゥクヴァリ川、トルコからカスピ海まで続いてて、この川に沿ってシルクロードが通っていたためこの川を中心に町が栄えたらしい。

ほんとたっくさん教会ある!

あっついのでジョージアンビール飲んで

ケバブと

この辺で有名なこのパン食べてたら

バク⇒トビリシの列車で一緒だったアゼル人に再会。 アゼル語かロシア語だったのでほぼ理解できなかったけど、日本の武士道精神が大好きみたいでハラキリ!って言ってた(笑) 俺の友達はサムライだぜ。っていったらめちゃくちゃテンション上がって記念撮影を。 日本に行きたくてたまらないんだけど、ビザが大変なんだって。 記念にビール一杯ご馳走になちゃった♪ ありがとう!

お腹を満たし、再びぶらぶら。

なにげに道にこうやってレンタカーが止まってて、今回行けなかったウシュグリとかメスティアとかもいつか行きたいので、次回は車を借りてぶらぶらジョージア国内を回るのもありかなーと思った。 後でわかったけど、都市部以外信号なんて無いしすっごく走りやすそうだったので。

それと、この後のアルメニアもそうだけど、こういうツアー会社の車も道にけっこう止まってて、ここでむこうから話しかけられ、明日のカズベキへのジョージア軍用道路(グルジア軍道)の日帰りツアーを頼む事に。 最初250ラリ(約11,700円)とか言ってきたけど、下げて180ラリ(約8,500円)でOKに。 往復約400kmあるし、タクシーをチャーターすると10,000円ぐらいかなーと思ってたので、ま、いっか的な感じでOKしました。 他に旅行会社とかもたくさんあってどこもカズベキのツアーとかもあり、みんなで一緒のツアーとかなら40ラリとかでもあったけど、自分は一人で気ままに巡りたかったのでチャーターしました。

シティバスツアーもありました。

せっかくなのでロープウェーで上に行ってみる事に。 片道1ラリ(約50円)で、さっきメトロで買ったカードにチャージする感じだった。

ナイスビュ~♪ 左手前が旧市街。

後で行くカズベキのシンボル的存在のツミンダ・サメバ大聖堂の存在感がスゴい。 ちなみにツミンダサメバとはグルジア語で『三位一体』の意味。

左にシオニ大聖堂と真ん中左に平和橋、右奥にツミンダサメバ大聖堂。

でっかいジョージア母の像を下から見上げる。 ここからだと見にくいけど、正面から見ると右手に剣、左手にワインを持ってて、敵が来れば剣で戦う誇りをもち、友が来ればワインで歓迎するというシンボル的存在なんだって。

ソロアスター教寺院。

すぐ横のナリカラ要塞。 5世紀に新しい町トビリシを守るために建てられたらしい。 名前はモンゴル支配時代にナリン(小さな)カラ(要塞)って呼ばれてたのが由来らしい。 そう言えばウズベキスタンのカラカルパクスタン共和国でもカラ巡りをしたけど、あのカラって要塞って意味だったんだ。 ちなみにそのカラカルパクスタンは http://4travel.jp/travelogue/10811520

その要塞の横にある聖ニコライ教会。 結婚式してました。

なんかカッコイイ!

その裏手から危ないけどあの要塞に登れます。

眺めが良かった。

帰りは徒歩で降り、メテヒ教会へ。 像、デカい。

一部修復中でした。

せっかくなので歩いてツミンダサメバ大聖堂へ向かう事に。 こういうローカルの町並みも好きだ。

中央アジアでよくこの光景見た。

ゴルガサリ広場から20分ぐらいで到着。 暑くて坂道だしバッテバテ。。 入口に模型。

この色合いイイネ!

おおぉぉ・・・

カッコイイ!!

とうとう行かず嫌いだったヨーロッパの教会なども色々見たくなってきた。

お花もイイ演出してくれる。

こういうのもいーね。

ド正面。 ほんと凄い存在感。 そりゃトビリシのシンボルなのもわかる。 ちなみに至聖三者大聖堂とも言うんだね。 1995年から建築され2004年に完成した南コーカサスで一番大きい教会らしい。

この時はめちゃくちゃバテてたしハーパンだったので入らなかったけど、今思えば絶対入っておけばよかったと後悔。

圧倒されました。

後で撮ったやつだけど、中はこんな感じでけっこうイイ感じ。

バルコニーもあってかなりくつろげた。 WiFiもまあまあサクサクで水回りも問題ナシ。 スタッフ超フレンドリー。カード払い可。 一泊約3,200円で、物価の低いジョージアではまあまあ高い方だけど、全然満足いく宿だった。 すぐ近くに24のマーケットもあるし旧市街の中なので超立地最高でした。

いったん宿に戻りちょっと休憩してから夕方(これでも20時頃)に夜景を見るために再び街に繰り出す。 シオニ大聖堂のライトアップがイイ感じ♪

レストランも大賑わい。

すごくツーリスティックです。

夜もいーなー

このキレイにライトアップされた平和橋を渡ってみる。

その隣にでっかいカジノ。 アルメニアにもたくさんあった。

なにげにジョージアの国旗になっててカッコ良かった!

からのゴルガサリ広場方面の夜景。

国会議事堂的なものかなー 右にツミンダサメバ大聖堂。

こういう撮影、3回ぐらい見た。

渡ったところにあるリケ公園。 すっごい賑わい。

そこからの平和橋とムタツミンダ公園のタワーがイイ感じだった。

なんかすごいロマンチック♪

ここからのゴルガサリ広場とナリカラ要塞の夜景がすっごいキレイだった。

ロープウェーが24時までやっててまた上に行こうかなーと思ったんだけど、すっごい並んでたので行くのやめました。

夜のメテヒ教会とワフタング・ゴルガサリ像。

うっとりしちゃいました♪

12ラリ(約600円)のジョージアンワインを購入し部屋で晩酌し就寝。 トビリシ、きちんとまわるならもう一日欲しかった。 お次はこの旅のハイライト! ジョージア軍用道路(グルジア軍道)の日帰りトリップでーす。

ビールがたくさん種類があったので一本購入し、

Motsameta 翌朝はあいにくの雨。同宿のアメリカ人からは「今日はここででゆっくりして、明日一緒にメスティアに行こうよ」っていってもらったけど、そこは時間に追われる日本人・・・

Gelati 近場の世界遺産をサクッとまわって、

Kutaisi バスターミナルへと急ぎます。

メスティア行きマルシュは、もうこの時間だと無いようなので、とりあえずズグディディ行きに。

ズグディディ駅前に到着。

ちゃんとメスティア行きマルシュルートカ乗り場まで送ってくれました。

そのメスティア行き、全然人が集まらず、一向に出発する気配がありません。 地元の人たちは、適当に酒を飲みながら、文句も言わず待っています。 途中2人組のポーランド人がやって来たので、これで行けるかと期待するも、結局3時間以上待たされました。 こんなことならクタイシで、レンタカー借りてくればよかったかも・・・

雨も止んできました。

途中、立ち往生したマルシュに遭遇。 助けるかと思いきや、運転手同士ちょっと言葉を交わしただけで、そのまま通過しちゃいました。 ツーリストらしき乗客も足止めされててかわいそう。

結構でかい冷蔵庫でした。

Mestia 3時間くらいでメスティアのホテルに到着しました。

貨物列車とすれ違ったりしながら、

急激に整備された街並みに、牛も驚いている様子?

有名な復讐の塔、存在感がいまいちかも・・・

Lakhiri & Cholashi メスティアを過ぎると、ムラヒ地区の村々が見えてきます。

Lakhiri 塔がニョキニョキ・・・

Bogreshi 峠を越えると、ボグレシという村が見えてきました。

Nakipari その向かいは、パリ好きにも程があるという、イパリ地区のナキパリ村。 ここからレンテヒ方面へ向かう道があるそうですが、馬でしか通れないとか・・・

川岸にある塔は、「復讐の塔」じゃなくて「愛の塔」だそうです。 昔々、若い夫婦の夫が、狩りの途中命を落とし、それを嘆き悲しんだ妻は、毎日泣いて暮らしたそうです。 それを見兼ねた奥さんの父親が、この塔を建ててくれたとか。 150年くらい前のことだと、運転手さんが話してくれました。

Khe 三重県の津みたいに一音の「ケ」という村で、トイレ休憩と教会の見学をしました。

内部には美しい壁画も残っています。

10世紀頃建てられた、素朴なつくりのバーバラ教会。

手前の白い小屋がトイレです。沢の水を利用した、常時水洗方式です。 川への垂れ流し方式ともいいますw

Davberi カーラ地区を離れると、

標識には、アブハジアの地名も。

Matskhvarishi 途中の村で、乗客の荷物を家族総出で降ろします。

Chubu Hotel 飛び込みで入ってみたのですが、「安い・きれい・英語可」のとてもいい宿でした。

Sunset ホテルで紹介してもらったレストラン。ここもまた「安い・旨い・英語MENU」と文句なし。 隣のテーブルの地元民から、こっち来て酒を飲めみたいにいわれたけど、酒は飲めないんだなぁ・・・これが・・・

仔牛のシチューを頼んでみたら、香草を使った絶妙な味でした。

ウシュグリまで46kmの道程です。

この先ウシュグリまで、険しい道が続きます。

Murkmeli ウシュグリが見えてきて、まず最初に運転手さんが話してくれたのが、1987年の雪崩のこと。 多数の死傷者がでて、村を離れる人が相次ぎ、世帯数が300から80に激減したそうです。 この地域の人にとって、311のようなとても大きな事件だったのでしょう。

まず最初に、古い塔を利用した博物館へ。 館内を見学中、ずっと警官が付いてきて監視しています。 以前、何かやらかした人がいたのでしょうか? 館内撮影も禁止だったし・・・

メスティア・ウシュグリ間でも道路の整備がすすんでいます。 でも舗装までしたら、秘境ぽくなくなるので、それはしないようにw

橋の近くに車を停めて、散策開始です。 手前がドライバーさんで、後ろにはウシュグリの警察官の姿もみえます。 ちなみにドライバーさんの息子さんは、メスティアの警察官です。

教会とタマル女王(タマラ王女)の冬の塔。 ちなみに夏の塔は山の上にあります。

半分くらいは廃屋のようにみえますが・・・

Chvibiani & Zhibiani ヨーロッパで最も高い所にある村といわれています。 奥に見えるラマリア教会を目指し歩いていきます。

Lamaria 要塞教会みたいに塀に囲まれています。

教会からの眺め。天気がよければシハラ山もみえるそう。

ソリがありました。犬が引くのかな?

村の所々に沢水が流れているので、歩くのも大変。

村の学校では18歳まで学べるそうです。 車のところまで戻ってきたので、そろそろ帰ります。

翌朝ウシュグリに行きたい人が集まるという案内所前に行ってみると、まさかの誰もいない状態! 四駆チャーター代全額負担も覚悟しましたが、しばらくしてアメリカ人カップルがやってきたので、無事シェアできました。

「カフェでお茶 or 民家で家庭料理、どっちがいい?」ってドライバーさんがきいてくれたので、同行の米国女子におまかせしたら、民家になりました。

写真撮り忘れましたが、紅茶のような色をしたワインを振舞ってくれました。 息子さんが警官だからか、ドライバーさんは一滴も口にしませんでしたが・・・

Barjashi 空港に電話してもらったら、トビリシ行きのヘリは来月までないといわれたので、帰路も過酷なマルシュの旅になりました。それにしても、早すぎる出発時間なんとかしてほしいです・・・

マルシュもあるようですが・・・

Rikoti マルシュの休憩タイム。この辺り、陶器を売る店が沿道に数多くあります。

そのレストランの下には、こんな窓からパンを売る店もありました。

グルジアで特にスゴいと思ったのが、現代建築と教会音楽。 シオニ教会のミサでは、混声で歌われていました。(奥で手をあげているおばさんが指揮者)

Tbilisi トビリシ到着。駅前でパンを買って食べてたら、アフリカ系の人が近寄ってきて、I have a big problem! とかいわれました。この辺りオセチアとかより余程危ない感じが・・・

ホテルの部屋からの眺め。ロケーションはいいのに、英語が全く通じないホテルでした。 後で調べてみると、トリップアドバイザーの5段階評価で、稀にみる星1コでした。 えらいところに泊まってしまったものですw

Purpur ウシュグリに一緒に行ったアメリカ人が、「絶対オススメ」というので来てみました。 なるほど欧米人の好きそうな店の雰囲気です。

Jvari

世界遺産ジュヴァリ聖堂では、女声三声で・・・ 知らなかったのですが、Georgian Polyphonic Singingがユネスコの無形文化遺産になってるとか。 歌も世界遺産だったというオチ。でも対位法じゃなくてもポリフォニーっていうんだ?!

Sioni

Bogreshi 帰り道、ボグレシの民家で呼び止められ、メスティアまで行きたいという人がいたので、乗せてあげることに。ヒッチが盛んな地域なのかも。 (フロントガラスに日本の車検ステッカーが残っているのはご愛嬌・・・)

Svetitskhoveli スヴェティツホヴェリ大聖堂からジュヴァリ聖堂を望む。

旅行人163号より http://www.amazon.co.jp/dp/B004CCSVBM/ 読むだけで旅行気分が味わえるので、とりあえず買いましょうw

グルジアの文化・風俗・注意点

 近年、日本人を含む外国人を狙った窃盗・強盗事件が発生しています。夜間の外出や人気のない場所を一人で歩く際には、十分な注意が必要です。日本人被害の事件として、以下の事件の発生が報告されています。

  • 2004年6月、グルジアを旅行中の女性がパスポートを盗まれた。


  • 同年8月、女性旅行者がひったくりに遭った。また、男性旅行者が路上で親しくなったグルジア人に睡眠薬を飲まされ現金とカメラを強奪された。


  • 同年12月、男性旅行者がトビリシ駅においてスリ被害に遭った。


  • 2005年7月、男性旅行者が路上で親しくなったグルジア人に観光案内をすると誘われ、観光案内を依頼したところ、夕暮れになったところで人気のない路地裏に連れて行かれ、頭部を石で殴打され、軽傷を負った。


  • 2006年1月、男性旅行者が公衆浴場で入浴中、衣類から財布等を盗まれた。


  • 同年5月、男性2人がトビリシ市内の路上で、昼間、親しげに何度も声を掛けて来た若い男2人に、夜間再び偶然を装って声を掛けられ、道を案内すると暗がりに連れ込まれ、いきなり顔面を殴打され、刃物で刺され、所持品を強奪された。


  • 2007年2月、男性旅行者が、トビリシ市内のカフェにおいて知り合った若い男2人に、道案内する等と誘われて路地に連れて行かれ、いきなりナイフを出された上、地面に押さえ込まれ、衣服をナイフで切られて財布を強奪された。


  • 同年3月、男性旅行者が、深夜トビリシ市内のカフェを出たところ、2人組の男に声を掛けられ、顔面を殴打され、所持していたパスポート、現金等を盗まれた。


  • 同年5月、男性旅行者が、昼間、トビリシ旧市街サネバ聖堂付近において、4人組の男に声を掛けられ、人気のない場所で顔面を殴打された上、所持していたパスポートや現金などを強奪された。

  •  トビリシ市内において外国人が狙われやすい地域は、サネバ聖堂付近のアブラバリ地区、ショータ・ルスタベリ通り、アクフヴ・エディアニ通り、トビリシ駅前のピロスマニ通り、メテヒ教会付近のゴルガサリ広場付近です。

     首都トビリシ市を離れ、地方に旅行される方は、一般治安情報に加えて民族紛争等についても警察等関係機関から最新の情報を入手するよう努めてください。

     交通手段の安全性

     グルジアでは、バス、タクシー、地下鉄などの交通手段があります。タクシーには、料金メーターがついていませんので、降車時のトラブルを避けるため乗車前に運転手と交渉しておくようお勧めします。

     道路事情は、道路に穴があいている等、良好とはいえません。信号機も見えにくかったり、故障していることが多いため、注意が必要です。

     また、日本のような交通検問は行われず、交通違反を犯さない限り警察官に停止を求められることはありません。夜間は多くの運転手が飲酒運転をしているので、注意してください。

     自動車の運転マナーも良好とはいえず、急な追い越し、割り込み、急ブレーキ等が頻繁に見られます。

     歩行者も道路の至るところから横断し、自動車の間を縫うように横断します。自動車の運転、道路の横断については、安全を十分に確認する必要があります。