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ラトビアってどんな国?

ラトビア共和国(ラトビアきょうわこく)、通称ラトビア、ラトヴィアは、バルト海に面する北東ヨーロッパの国。ソビエト連邦 旧ソ連邦、バルト三国を構成する共和国の一つ。1991年にソビエト連邦 ソ連から独立。エストニア、リトアニア、ロシア、ベラルーシと国境を接する。

ラトビアの地図

ラトビアのブログ旅行記

年賀状 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2008年1月6日 ... バルト3国のひとつ、ラトビア、アズール・ブリッジ社から。 西オーストラリア州政府 観光局さんから。 1991年に世界遺産に登録されたシャーク湾にあるシェル・ビーチ。 以下、中国勢です。 西安光大国際旅行社から北京五輪のマスコット。 ...

メリークリスマス6 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2010年12月25日 ... ラトビア、リガドミトリーインさんから ハンガリー、トロカデロトラベルさんから イタリア・ドロミテ・ガルデーナホテル・コンドルさんから カンボジア、ミタプヒアプ 旅行社さんから イタリア・トリエステアルテッゾンホテルさんから ...

バルト3国へ行ってきます! - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

2007年7月28日 ... バルト3国とはエストニア、ラトビア、リトアニアの3国のことです。 (私の友達で正確 に言えた人はいませんでした )。 ロシアの西、バルト海沿いに位置し、「歌いながらの 革命」を経て1991年にソビエト連邦から独立した3カ国です 。 ...

世界一周ブログ(略してセカブロ)が帰国後、社会復帰がんばるブログ

ってことで、. 2年前に世界一周を経験されMさんにも来ていただいた。 世界一周経験 者と会うのは初めてである。 やはりハードな旅行経験者は話が深い。 おすすめのルート はもちろん・美人が多い国(コロンビア・ラトビア・リトアニアらしい) ...

たびにっき > 海外旅行フォトアルバム一覧 > 表紙

2007年7月4日 ... アルバムNo.2 2005 ラトビア(仮). 撮影時期, : 2005年08月. 撮影場所, : ラトビア ... ラトビアの首都リガの写真。 これから更新します☆ last update 04/08/ 2007. このフォトアルバムに関するコメントの閲覧・書き込みはこちら ...

ポーランド・バルト三国 - 地球浪漫紀行世界紀行スタッフの旅のお話し

ラトビア、リガドミトリーインさんから ハンガリー、トロカデロトラベルさんから イタリア・ドロミテ・ガルデーナホテル・ ..... バルト3国とはエストニア、ラトビア 、リトアニアの3国のことです。 (私の友達で正確に言えた人はいませんでした )。 ...

世界一周旅物語(せかたび)- フランス(France) アーカイブ

フランスを出たあと、スイス、南ドイツ、チェコ、オーストリア、ポーランド、 リトアニア、ラトビア、エストニアと向う予定です。 世界一周旅行 せかたび号. 車の旅 はとても楽しいです。 「物価が高いヨーロッパは車で周ったほうがいいよ! ...

世界一周旅物語(せかたび)- ラトビアの観光めぐり アーカイブ

2006年9月20日 ... お城のそばに「歌の丘」って場所があると聞いたんですが、英語で言うと「Hill of Song 」でしょうか。このラトビア語が分からない、、、でも「Hill」のことを「kalns」 というのは分かったので、たどり着いた「Dainu kalns」。 ...

世界の人種・民族別血液型割合

ラトビア. 32. 37. 24. 7. Lithuanians. リトアニア. 40. 34. 20. 6. Malaysians. マレーシア. 62. 18. 20. 0. Maoris. マオリ (ニュージーランド). 46. 54. 1. 0. Mayas. マヤ. 98. 1. 1. 1. Moros. モロ (フィリピン) ...

世界一周旅物語(せかたび)- 2006年09月 アーカイブ

比較的物価の安いラトビア。首都リガでは、朝食がついてひとり1000円ほど(ドミトリー )で十分くつろげます! ... このラトビア語が分からない、、、でも「Hill」のことを 「kalns」というのは分かったので、たどり着いた「Dainu kalns」。 ...

世界一周旅物語(せかたび)- リトアニアを旅しました アーカイブ

2006年9月16日 ... バルト三国のうちもっとも南にある国です(北に、ラトビア、エストニアとつづきます) 。 ポーランドと違って、何となく運転がしやすようなきょうさん。フリーウェイが通っ ていて、道幅も広いからかなぁ~ ...

ラトビアの写真・旅行記

********************** 2010/07/10土 Air Blaticでリガ(ラトヴィアの首都)へ ********************** ・自由記念碑前のブリーヴィーバス大通りのパレード見学 ・聖ペテロ教会見学 ・聖ヨハネ教会(入れず) ・市庁舎広場の市庁舎とブラックヘッド会館(いずれも外観のみ) ・マーケットでバルティック・シルバー・ジュエリーのショッピング 午後:ルンダーレ宮殿ツアー参加(参加者たった一人!) ・ルンダーレ宮殿見学 ・庭園散策 ・バウスカ城跡(外観のみ) ・メゾットネ宮殿(外観のみ) 【リガ泊:ホテル・イリーナ(Iriena)】 ********************** 「ラトヴィアのヴェルサイユ」と呼ばれるルンダーレ宮殿は、このバルト3国旅行の中で見られる、最も華麗で贅沢な建物でしょう。 ぜひ見に行きたいけれど、公共交通機関を利用してのアクセスは不便なので、できれば現地ツアーを利用したいと思っていました。 ただ、行く前に現地旅行代理店のサイトなどをチェックしてみたところ、ハイシーズンの夏であってもルンダーレ宮殿の定期ツアーは見当たらず、参加者がいればその都度ツアーが催行される不定期のもので、しかも2人参加から、というツアーしか見つかりませんでした。 これはひょっとすると自力で行かないとダメかな、と思っていましたが、ホテルにあったツアー・パンフレット2社のうち1社は特に催行最低人数の規定がなかったのでレセプションを通じて申し込んでみました。 本日の午後という急な予定なので予約できるか確信はもてませんでした。電話口のラトヴィア語は聞き取れなかったけれど、はじめはなにやらもめているかんじでした。 でも、レセプションの人が食い下がってくれたおかげか、なんとか予約できました@ というわけで、ラトヴィアに到着してリガ初日の午後に、早速ラトヴィア国内のハイライトをツアーでラクして出かけます! といっても、ツアー利用の利点は、アクセスがラクなだけではなく、数奇な運命をたどった宮殿の歴史や、見学できる部屋がどういった用途のものだったかというような説明を、現場でしてもらえることにあります。 こういうのは行く一生懸命に資料を読んでも目が踊ってしまって、私の頭にはちっとも定着しないんです。 15時にロビーでツアーガイドと待ち合わせたら、なんと参加者は私一人だけ! ……でも、もう一つのツアーの最低催行人数が2人からだったことを思えば、そして土曜日の今日、急に申し込んだにしては、もよくぞ、案内するのにOKしてくれたと感謝、感謝@ ただ、ガイドは英語がとてもぺらぺらというには程遠く、発音もあまり明瞭ではなかったので、話の半分は聞き取れませんでした。 一人だったので、随時、聞き返すことはできて、それもなんとか補えたようなものです。 それに運転手も兼ねていたので、ドライバーが別にいてガイド専門の人の場合と違って、黙っていてもいろんなことをぺらぺらとしゃべってくれたわけではありませんでした。 例えば、ふつうのツアーなら、向かう途中はツアー客を飽きさせないように、こちらから聞かなくてもリガやラトヴィアについていろいろ案内してくれるものですが、そういうのは一切ありませんでした。 でもそこは、ガイドと1対1に少しは慣れた私です。 そして今日はラトヴィア初日で、少しテンションが上がっています。 初めてガイドと1対1だった1997年のイスラエル旅行のときに比べれば、自分からどんどん質問することもできた方だと思うし、沈黙の時間もさほど苦痛に感じなくなりました。 ただ、特にルンダーレ宮殿と関係ない疑問点をぶつけてみると、それほど経験豊富なベテランのガイドではないなぁと感じざるを得ませんでした。 午前中に見かけたブリーヴイーバス大通りでのパレードも、そのときには歌と踊りの祭典の若者バージョンについて知らなかったので、ちょうどよいと思ってガイドに質問したところ、答えは「フェスティバルだ」と。 いや、そりゃあなた、フェスティバルってことは見れば分かりました。フェスティバルという英単語が知りたかったわけじゃないんです(苦笑)。 ガイドにしては朴訥なガイドも、ルンダーレ宮殿の歴史についてはすらすらと説明してくれました。 部屋の中に宮殿の歴史にまつわる肖像画があり、一人で見学していたらこれらは誰が誰だか全く分からずにスルーしていたところですが(エカテリーナ女帝はさすがにすぐに分かりましたけど)、ガイドは宮殿の歴史をいっぺんに説明せずに、肖像画のある部屋に合わせて少しずつ話してくれました。 ただ、ガイドはそれぞれの部屋についてはあんまり詳しくなかったようで、そういった説明がほとんどなかったのは不満でした。 私が質問すると、部屋ごとにある説明書をチェックして答えていました。といっても、その説明書はリトアニア語のみでしたので、これも一人で見学していたら推測することしかできなかったはずです。 もっとも、部屋ごとにそうたくさんエピソードが残されていないので、ガイドもさほど話すことがなかったのかもしれません。 ガイドの関心は、宮殿の歴史の他は、修復状況のようでした。修復する前の様子と、いかに苦労して修復してきたか。 修復過程を記録したVTRは、ガイドも熱心に見ていました。 そのVTRにはこれからの修復計画も紹介されていて、CGで修復後の予想図もありました。それを見ていると、将来がとても楽しみになりました。 と同時に、あれほどの宮殿がああまでも荒廃してしまったことは本当に残念だと思いますし、破壊・荒廃の様子から、ソ連を含む当時の政府や軍隊の心なさや戦争・災害などのバルト三国が受けた苦難の一端がやっと少しだけ実感できた気がしました。 宮殿内の見学のあとの庭園散策はしばらく自由時間で、ガイドと別行動となりました。 フランス庭園そのものの散策はすぐに飽きてしまったのですが、宮殿のすぐそばには美しいバラ園があって、バラはややピーク過ぎだったものの、きれいな花を見せていました。 これが6月くらいだったら、日本国内でもバラ撮影を十分味わった直後なので、特にそそられなかったでしょう。 でもあれから1ヶ月以上のインターバルがあったせいか、ついバラ撮影にいそしんでしまいました。 こういう海外のバラ園は、日本のバラ名所のバラ園に比べると、どこか少し乱雑で奔放に見えます。 でもその様子は、私の目に不思議な魅力として映りました。 ルンダーレ宮殿のバラの写真はこちらのハイライト旅行記にまとめました。 「2010年バルト3国旅行ハイライトその11:植物編<ルンダーレ宮殿のバラ>」 http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10487696/ ルンダーレ宮殿に自力で行くとしても、バウスカという町を経由します。 現地ツアーでも、ルンダーレ宮殿はバウスカと一緒になっているところが多いようです。今回のツアーもそうでした。 バウスカでは城を見学しましたが、中庭までで、現在博物館となっている城の中までは見学しませんでした。 もっともガイドいわく、博物館は城とは直接関係ないそうです。 よくあるように、きっと復旧がすんだ部屋を、展示室代わりにしているのでしょう。ある程度は同時代の雰囲気が感じられるものを集めて。 バウスカでは城のそばの駐車場が非常に混んでいたので、街中のスーパーの駐車場に車を停めて少し歩きました。 混んでいたのは、バウスカ城のすぐそばで、カントリー・ミュージック・フェスティバルが行われていたからでした。 実は、リガ初日のこの日から、バルト三国も異常な猛暑となってしまい、湿度は低い分、日本の真夏よりも強烈な太陽の炎天下を歩くのは、はじめはちょっと億劫でした。 でも、そのおかげでちょこっとだけですが、バウスカの町を見ることができました。 また、ガイドは、プログラムにはないおまけだ、と言って、帰る途中でもう一つの城にも寄ってくれました。 現在はホテルとして使用されているところです。 Lonely Planetには、中のホテルやレストランを利用するのでない限り、外観を見るだけではしょーがない、といったことが書かれてありましたが、ロマノフ王朝のロシアに縁のある、小さいけれど美しい宮殿でした。 エカテリーナ2世が孫たちの教育係の女性に感謝のために与えた宮殿といわれれば、興味も沸きます。 一つでも多く見ること───それは旅行者にとっての命題のようなものです。 少なくとも、海外旅行中のたいがいの日本人にとってはそうだろうと思います@ 2010年バルト3国旅行の旅程一覧はこちら。 簡易版「2010年バルト3国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」 http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10481279/ 詳細版「2010年バルト3国旅行の詳細旅程(写真付き)」 http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2010/07/2010-ccbf.html 「ルンダーレ宮殿 “バルトのヴェルサイユ”ともいわれる、バロック様式の華麗な宮殿。ルンダーレ宮殿は、ロシアの女帝アンナ(1693-1740)に愛され、貧しい貴族からクールランド大公にまで昇格したビロン公(E. J. Biron)の夏の宮殿として建てられた。建築家はサンクト・ペテルブルクの冬宮などを手がけたイタリア人のラストゥレリ(F. B. Rastrelli)である。  宮殿建設は1736年に始められ、延べ1500人の職人が加わった。壁画はふたりのイタリア人画家が、装飾はドイツ人彫刻家がおもに担当し、途中女帝が死亡してビロン公がシベリア流刑になるなど曲折もあったが、1768年に完成した。  宮殿内部はロココ調の装飾で埋まった、まさに贅を尽くしたものとなっている。(中略)  西棟の中庭を向いた部屋には、宮殿修復の歴史、技術などの資料が展示されており、その苦労がうかがわれる。  宮殿の南側に広がるバロック様式のフランス庭園もオリジナルのデザインで再建され、美しい花々を咲かせている。」 (「‘09~’10年版 地球の歩き方 バルトの国々 エストニア・ラトヴィア・リトアニア」より)

朝食。 今日も食べすぎ。

ホテルにWifiが入っており、仕事のメールがバンバン入ってくる… リーマントラベラーの辛さ。

リガの市内はトロリーバスが縦横無尽に走る。 環境に配慮されている印象。

郵便局。 なんか工事をしている様子。

旧市街への入口、ブリーヴィーバス大通りに立つ自由記念碑。 1935年建立だが、ソ連時代には反体制の象徴として見なされ、この塔に近づくだけでシベリア送りになると噂されるような記念碑だったという。

ブリーヴィーバス通りから旧市街を望む。 平日のビジネスアワーということもあってか、人通りはそれほど多くはない。

トラムが行き交う。 ヨーロッパにはトラムが似合う。

旧市街のマクドナルド。

銀行の前でアコーディオンを奏でる二人組。 兄弟?

旧市街の中、リーヴ広場周辺に軒を並べるカフェ。 まだ営業はしていない様子。 ただ今午前10時。 芝生に描かれている波の模様は、このあたりにかつて川が流れていたことを示している。

聖ペテロ教会の前に立つ“ブレーメンの音楽隊”の像。 上から、ニワトリ、ネコ、豚、牛。

正面から。 えらいブサイクやなあ(褒め言葉)。 鼻の先が光っているのは観光客が触っているため?

聖ヨハネ協会の前には、地元の人々が店を出している。 市街の店舗で買うより安い。

下から見上げる。 13世紀に創立、16世紀に建て直しをされた。

聖ペテロ教会。 13世紀に最初の建物が建てられ、今の姿になったのは18世紀。 入場料は0.5Lt(約85円)

聖ペテロ教会に入る。 ゴシック朝の高い天井が見事。

エレベーターに乗って高さ72mの展望台まで。

ダウガヴァ川を渡る橋。

旧市街の南部を見る。 寒い。

リーヴ広場方面を望む。 中央の黄色い建物が「猫の家」 その向こうに火薬庫が見える。

貨物列車が鉄橋を渡る。

リガの市庁舎

市庁舎の向かいにある、ブラックヘッドの会館。 15世紀に建てられたが、1941年にドイツ軍の空襲で破壊され、2000年に再建されたという。 右の建物の上部の4つの紋章は、リガ、ハンブルク、リューベック、ブレーメンの4つのハンザ都市の紋章。その下に並ぶのはギリシャ神話の像らしい 。

旧市街の路地。

遠くにリガ大聖堂を望む。

市庁舎からリガ大聖堂に向かう路地。

リガ大聖堂前のドゥアマ広場。 ラトビアの国旗の暗い赤は、静脈の色を表しているらしい。

リガ大聖堂。 13世紀の着工以来、何度も増改築がされ、今の姿になったのは18世紀とのこと。そのため、ロマネスクやバロックなど、いろいろなスタイルがみられる。

中に入ると荘厳な雰囲気。 高い天井は聖ペテロ教会と同じバロック様式か。

美しいステンドグラス。 19世紀にミュンヘンで作られたものらしい。

左が「ステンドグラスの寄付者であるティゼンハウゼン一家と聖母マリア」、右が「アルベルト層状による大聖堂の創設」を表したもの、とのこと。

リガ大聖堂のもう一つの名物、パイプオルガン。 オルガン自体は19世紀のものだが、木彫りのフレームは16世紀のものが使われている。また、パイプが6000本以上使われているとのこと。

王の中庭。

完成以来、大聖堂の塔の上には雄鶏の像が飾られているが、1985年に付け替えられるまで塔につけられていた雄鶏。

確かに、塔のてっぺんに雄鶏が見える。

旧市街の路地には猫が似合う。

旧市街の北部にある「三人兄弟」。 右から15世紀に建てられた長兄、16世紀の次兄、17世紀の末っ子らしい。 中は建築博物館になっている。

城壁に残るスウェーデン門。 この城門が作られた17世紀当時、向かいに建つ兵舎をスウェーデン兵がよく利用していた為、この名が付けられたとのこと。

プロシュートと肉のラビオリ。ほかにピザとサラダも頼んで12,6Lt(約2,000円)  

雨が降ってきたので、旧市街のイタリアンに入る。

雨が止んだので再び外へ。 路地の正面に火薬塔が見える。17世紀に建て直され、文字通り火薬の保管庫となっていた。

再び雨が降り出し、しかも激しくなってきたので、「猫の家」の下にあるカフェに入って雨宿り。 今は大ギルドの会館(コンサートホールになっている)に頭を向けている猫だが、取り付けられた当初は会館に向けて尻を向けていたらしい。

小一時間で雨も止んだ為、腹ごなしも兼ねて旧市街を縦断し、リガ中央駅近くの中央市場へ。

20世紀初頭の建築らしい。 中に入ると、地元の人々でごった返している。

中央市場の5つのドームの外にも野外市場が。

パン屋兼ケーキ屋? 美味そう!

このドームの建材には、飛行船を作る工場の建材が流用されているとのこと。

魚の干物を売る店。

アジアの市場で感じるほどの匂いは感じない。

魚の頭。 日本ならアラ汁にでも使うところか。 1㎏あたり0.05Lt(約8円)…って、ほんとにここまで安いのか?

市場を出て、運河沿いの道を通りリガ中央駅へ。

駅の構内。

構内の写真を撮っていると、警備員が近づいてきて「No Photo!」と。 国際列車はモスクワとサンクトペテルブルグへの便があるらしい。

ホームに上がると、出発間際の列車が。

駅を出て、ピルセータス運河沿いにホテルへ戻る。

ラジオ体操?

ホテルに帰ると、外は再び雨。 外出する気も失せて、ホテルのディナーバイキングへ(一人12.5Lt、約2,000円)。 レストランには観光客よりも地元のおっちゃんおばちゃんの姿が多い。ちょっとした集まりにも使われているような感じ。 続きは↓ http://4travel.jp/traveler/isms/album/10534784/

大雨の中を近くの駅からリムジンバスで成田へ。 GW初日だが、それほど混んでいる印象はない。 不況のせいか、ヨーロッパ中の航路に影響を及ぼしているアイスランドの火山灰のせいか。

ANAのフランクフルト便に乗るのは初めて。 滑走路の混雑の影響?で、離陸が約45分ほど遅れる。 これがあとで微妙に影響する羽目に。

離陸してすぐに昼食。美味しくいただく。

機内で、 「おとうと」「ハプニング」「ゴールデンスランバー」の3本の映画を観る。 着陸前のライトミール。 久々に食べるプリンがうまい。

バルト海上空を飛ぶ。 フランクフルト着が約40分遅れるとのアナウンスがあった。 ハンブルクへの乗継は定刻で約1時間10分の為、このままでは間に合わない為、CAに相談。

すると、着陸30分前に 「少しでも早く乗り継げるよう、前方の席に移動ください」 とのこと。 CAに案内されると、そこはビジネスクラス。 30分だけビジネスクラスを満喫する。

着陸してすぐにドイツ人の地上係員に誘導されて入国手続きと、ハンブルク行きのゲートへ。 ハンブルクに住む娘さんに会いに行くというおばちゃんと一緒に走る、走る。

ハンブルク行きは10分ほど遅れており、思ったより余裕で搭乗。 遠くに見えた、「Safi Airways」と書かれた鮮やかな青い飛行機が気になり、帰ってから検索してみると、アフガニスタンの民間機とのこと。 アフガニスタンとフランクフルトの間に定期航空路があることに驚く。

ハンブルグの街並みを見下ろす。

定刻にハンブルクに到着。 リガに着くまでにあと2本の飛行機に乗らなくては…。 (フランクフルト→リガの直行便もあるが、フランクフルトで22時間ほど乗り継ぎ時間がある為、選択しなかった)

次はハンブルクからワルシャワへ。 LOTポーランド航空の「LOT」はポーランド語で「航空(Flight)」の意味らしい。

すでに19時半を過ぎているが、外はまだまだ明るい。

LOTポーランド航空に初搭乗。

東欧らしいおばちゃんのCAがサーブしてくれる。

フランスパンのような固めのサンドイッチには、塩味のきいた干し肉らしきものが入っていた。 それより絶品だったのが、チョコバーの「PRINCE POLO」。 これまで食べたチョコバーの中で個人的トップ3に入る味!

ワルシャワ到着。 22時前になるとさすがに真っ暗。

空港のターミナル。

リガ行きは22時30分発。

さすがにこの時間になると人影もまばら。 3年前にポーランドを訪れた時のポーランドズウォティの小銭があったので、さっそく売店で「PRINCE POLO」を購入。

小腹もすいたので、ラウンジに入ってカップラーメンをすする。

ワルシャワ空港のラウンジは狭いながらも、ビールやパンなど一通りのものが揃っていた。 テレビでは、サッカー欧州チャンピオンズリーグのバルセロナvsインテルが流れており、ビジネスマンが食い入るように見つめる。

搭乗。 ほぼ定刻の出発。 ワルシャワには来たことがなく、再訪を誓う。

日付が変わった0時40分にリガに到着。 4本飛行機を乗り継いだせいもあってさすがに疲れた。 同じ理由でロスバゲも止むなしかな…と思っていたが、予想通りのロスバゲ。 カウンターで申告すると、荷物はハンブルグにあり、明日の昼前にリガに着くとのこと。ホテルまで届けるとのことなので、ホテルの名前を伝え、スターアライアンスのマークの入った一泊分のセットをもらう。

ゲートを出て、予約してあったAvisのレンタカー窓口へ。 「出てこないから来てないかと思って閉めるところだった」 と笑う係員に手続きをしてもらい、レンタカーを借りる。 時間はすでに午前2時。 駐車場で車(アウディ)を見つけ、真夜中の道を街に向かう。 案内板も整備されており、また街灯も明るいので運転は非常に快適。 15分ほどで市街地へ。 車をホテルの地下駐車場に停めてチェックイン。 さすがに疲れた。 4時頃就寝。 続きは↓ http://4travel.jp/traveler/isms/album/10531736/

早朝、タシケントからairBalticでリーガ着 覚書 http://baltic.iio.org.uk/riga.html

リーガ空港

リーガ空港前のタクシー、これには乗らないで駐車場の先の路線バス亭からバスに乗って市内へ

リーガのバス

リーガのトラム

リーガのトロリーバス

正面奥がリーガ鉄道駅

リーガ旧市街へ行く途中

旧市街の教会

石畳の路

覚書 http://baltic.iio.org.uk/riga.html

琥珀ショップの窓

琥珀ショップサイン

琥珀ショップの中

朝食を食べたカフェ

カフェ外観

旧市街のショッピングセンター、ガレリア

ガレリア

ガレリア内で行われていたファッションショー

偶然遭遇したガレリア内で行われていたファッションショー

ガレリア内で行われていたファッションショー

ガレリア内で行われていたファッションショー

旧市街、黄昏時

http://www.flickr.com/photos/yha229/sets/72157622313647277/show/ 覚書 http://baltic.iio.org.uk/riga.html

ブリーヴィーバス大通りから旧市街方面

自由記念碑

ホテル デ・ロメ

デ・ロメの前より

火薬塔と軍事博物館

城壁

スウェーデン門

聖ヤコブ教会

三人兄弟 中世の住宅で、リガで最も古い一般住宅

こちらは、 エストニア タリン旧市街にある 三人姉妹 15世紀に建てられた住宅の集合体で、美しいファサードが女性的なことからこう呼ばれた。 http://4travel.jp/traveler/geronimo/pict/12180427/

こちらは二人姉妹・・・なわけないな。

大聖堂

ドゥァマ広場

この壁、面白い!

テレビ塔(368m) 展望台もあるそうです。

市庁舎

市庁舎広場 ブラックヘッドのギルド

聖ローランドの像と市庁舎

広場に美しい音色が流れて・・・

ラトヴィアライフル部隊の像

聖ペテロ教会

聖ペテロ教会

聖ヨハネ教会

ブレーメンの音楽隊 ロバの両足を持って祈るんですよね? でも鼻のあたりが光ってるけど。 1201年にリガにブレーメンの司教アルベルトが布教のためこの地に。

琥珀などが売られていた

ヤーニスの中庭に続く門

ヴァリニュ通り

この街、綺麗な音色がそこここから聞こえてきます。 とっても耳に心地いい♪

むふふ。 おむすびまん?

リーヴ広場

Cat's House

猫をアップで

自由記念碑 戻ってきました♪

街でこんな観光パンフを配ってました。

TV塔に別れを惜しみながら空港へ・・・

日付の予約ミスをしたけど、空港で変更できたので助かりました。旅行記作るほど画像も無いですが、今回は搭乗ルートの備忘録として作成。 このエア・バルティックはラトビアの国営航空会社でLCCの位置づけのようです。

エア・バルティック airBaltic 機材はB757-200

リガの街並み

リガ空港

リガ空港

エア・バルティック(airBaltic)  DUB→RIX

リガ・バスステーション リガ・バスステーションでトラブル・・・ 9:35発でトゥライダへ行くバスに乗るためには、 リガ発を8:05に乗り、スィグルダに9:15着を予定していた。 8:05分になってもバスは来ない。 始発だから定刻にはバスは来るはずだが・・・ 始発だから聞かなくても大丈夫と思っていたけれど・・・ 定刻(8:05発)になってもバスが来なかった・・・ 始発なので聞くこともなく来るのを待っていた。 しかたが無いので次のバスの切符を買いに走る。 地元の人が教えてくれた。 同じく乗るようで定刻を過ぎても待っていた。 遅れるのは当たり前のようだ・・・ 無事9:10発に乗る(ただし、出発は5分以上遅れた)。

乗ったバス

スィグルダ・バスステーション

スィグルダ・インフォメーション バスステーション横のインフォメーションに行った。 観光客とわかるので直ぐに案内を始める。 地図を渡され、道案内と帰りのバス時刻を教えてくれた。 (後で苦労することになるが・・・)

次にロープウェイの乗り場を目指す。 本数が少ない。1時間に1本? たまたま人数はいたので待つこと30分で済んだ。 あえて乗るほどのものではなかった。 パスにすればよかった・・・(後の祭りとなる)

スィグルダ教会 塔は蚊が多くて途中で登頂を断念した。

ガウヤ川

クリムルダ城址周辺

ゴートゥマニャ洞窟

ゴートゥマニャ洞窟周辺の遊歩道

ゴートゥマニャ洞窟からトゥライダへの坂道

トゥライダ

トゥライダ博物館保護区 入場料:3LS

トゥライダ城

トゥライダ城

トゥライダ城

歌の丘

トゥライダ・バス停時刻表 週末にはリガまで行く便がある。

今回の旅は、スカンジナビア航空を利用します。

スターアライアンスにも加盟しており、 マイレージプラスでマイルをためることができます。 きょうは、コペンハーゲン経由タリンへむかいます。

まずコペンハーゲンに入国します。 デンマークもバルト3国もシェンゲン協定 (ヨーロッパ25ヶ国で共通の出入国管理をおこなう) に加盟しているため、 デンマークに入国することにより、 その後の出入国手続きはありません。

成田より10時間40分でコペンハーゲンに着きました。 タリン行きまで4時間30分あります。 コペンハーゲンには帰路も立ち寄るため、 空港で過ごします。 空港前で寝ころぶ私。

エストニアの首都・タリンに到着しました。 もう23:00を過ぎていますが、最終の路線バスで バスターミナルに移動します。

タリンから夜行バス(ユーロライン)で ラトビアの首都・リーガに移動します。 ユーロラインは、WEBサイトから予約ができ、 チケットをプリントアウトすることができます。

タリンを0:30に出発したバスは、 リーガに5:10に到着しました。 トイレ付きハイデッカーバスです。 運賃は、17.6ユーロ(約2,200円)と、物価は安めです。

しばらくバスターミナルで休憩してから、 荷物を預け、街を歩くことにします。

バスターミナルを出ると、目の前が旧市街です。

13世紀につくられた建物が立ち並んでいます。

まずは、聖ペテロ教会です。 塔の高さは123.25m。 眺めが大変いい場所なので、後で登ることにします。

こちらは、ゴシック様式の聖ヨハネ教会です。

正面から見た聖ペテロ教会です。

ブラックヘッドの会館です。 2000年に再建された建物です。 彫刻や彫金細工に特徴があります。

市庁舎広場から見た街並み風景です。 左に聖ペテロ教会、右にブラックヘッドの会館が 立ち並んでいます。

こちらは、ドゥァマ広場から見たリーガ大聖堂です。 リーガのヘソです。

新市街にやってきました。 1935年、ラトビア独立を記念して建てられた、 自由記念碑です。

街中に、こんな公園があります。 なごみますね~

ラトビアの通貨は、ラッツ。 1ラッツ=180円でした。

市内には、トラムも走っています。

バスは1乗車0.7ラッツ=126円。 キエフへ向かう航空券を購入するため、 空港へむかいます。

アエロスヴィート航空の営業所が空港にあり、 5/2ビリニュス→キエフ 5/3キエフ→リーガの航空券を購入します。 日本円で約26,000円でした。

ダウガヴァ川から望む旧市街の風景です。

旧市街は、0.5平方km程の狭い地域にあります。

ストリートミュージシャンが多いのも、 ヨーロッパの特徴ですね。 きっちりとチップを請求されました^^

聖ペテロ教会の塔から見た、リーガ旧市街です。

塔まで登ると、3ラッツ=540円。

バスターミナル近くにある中央市場です。

これで、リーガ観光は終了です。 この後、バスでリトアニアのシャウレイへ。 十字架の丘にむかいます。 http://4travel.jp/traveler/satorumo/album/10456051/

市バスの乗車券と聖パウロ教会の入場券です。

ラトビアの文化・風俗・注意点

 ラトビアの歴史には帝政ロシア領土への併合(1795年)やソビエト連邦による併合(1940年)があり、また、国内には多くのロシア系住民が住んでいます(総人口の約3割を占める)。ラトビア人はロシアに対して特別な感情を有していますので留意が必要です。

 ラトビアは高緯度に位置しており、冬季の気候は厳しく、外出の際には暖かい服装が必要ですが、建物内では暖房が効いているため室内と室外の温度差が激しいので、風邪の予防のため、着脱しやすい服装を心掛けてください。なお、暖房が十分ではないところもありますので注意が必要です。

 水道は市街地では完備していますが、石灰成分が多い水のため、飲料水としてはミネラルウォーターを利用する方が良いでしょう。

 日本にない風土病としてダニ脳炎があります。これはマダニが媒介して発症する病気です。リガ市を含めラトビア全地域で感染の可能性があります。ダニの繁殖期である春から秋にかけて、森林や薮などに入る際には注意してください。やむを得ず森林に入る場合には、長袖、長ズボン、帽子などを着用し、肌を露出せずマダニに咬まれないように注意してください。長期間ラトビアに滞在する場合はダニ脳炎ワクチンの接種をおすすめします。このワクチンは日本では接種ができませんが、ラトビアにおいては接種することが可能です。初期免疫のために3回の接種が必要です(なお、詳細についてはラトビアの医療機関にお尋ねください)。

 ラトビアの医療機関の施設、環境及び医療技術の水準は、未だ先進国に比べ十分ではありません。また、一般的にラトビア語又はロシア語での受診となりますので(英語の通じる医療機関は少ない)、意思疎通の問題が大きく、スムーズに受診することは容易でなく、受診の際には通訳を同伴されることをおすすめします。

 なお、ラトビアの衛生・医療事情等については、 http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/medi/europe/latvia.html を参照ください。

 地方においては、大型犬を放し飼いにしている家が多く、咬まれる恐れがあり注意が必要です。また、狂犬病の恐れもありますので、咬まれた時には速やかに病院で検査を受けることをおすすめします。