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スロベニアってどんな国?

スロベニア共和国(スロベニアきょうわこく)、通称スロベニアは、中欧の国家 国。首都はリュブリャナ。旧ユーゴスラビアから独立した。西にイタリア、南と東にクロアチア、北東にハンガリー、北にオーストリアと接する。南西でアドリア海に面している。
スロベニアはイタリア(特に北イタリア)、オーストリアといった西ヨーロッパ地域に隣接しており、極めて西ヨーロッパに近いという性格を有している。このことは勤勉なスロベニア人気質に極めて大きな影響を与え、文化的にはドイツ語圏の影響を極めて強く受けている。また、経済的にはユーゴスラビア内の経済先進地域となるバックボーンとなり、現在欧州連合(EU)内でもギリシャ、ポルトガルに匹敵する国民1人当たりのGDPを誇る要因となっている。政治的な面でも民主的な政体が安定して存在していることには、この地政学的特徴が少なからず良好な影響を及ぼしている。

スロベニアの地図

スロベニアの写真・旅行記

1週間で、4か国・10か所のクリスマスマーケットを訪れるという無謀なツアーに参加しました。 訪問国は、クロアチア・スロヴェニア・オーストリア・イタリアです。  第5回目は、スロヴェニアの首都リュブリャナの大聖堂と、クリスマスマーケットの続きです。というか、イルミネーションの続きです。 リュブリャナのクリスマスマーケットは、あまりクリスマス色がなくて魅力に乏しいのですが、それを補って余りあるのが空間を埋め尽くすイルミネーションです。遊園地にいるような楽しい夜散歩の様子を掲載します。 今回がスロヴェニア編の最後です。

リュブリャニツァ川側から見た聖ニコラオス大聖堂(katedrala Ljubljana)です。 1701年から1706年にかけてイエズス会の建築家アンドレア・ポッツォ(Andrea Pozzo)により、バロック様式の教会と2つの礼拝堂とで、十字架の形に設計されました。ドームは1841年に増築されています。

こちら側からだと、2本の塔だけが見えます。 このアーチをくぐった側面に、大聖堂の入り口があります。

表面の彫刻は見事ですが、あまりに素っ気なく扉があるだけなので、これが入り口とは知らないと通り過ぎてしまいます。 私は、たまたま中から人が出て来たので、覗いて見てわかりました。

扉には、おそらくリュブリャナの歴史が描かれているのでしょう。金色に光っている所が、取っ手です。

中を覗いて、これはさすがにスロヴェニアのカトリックの総本山なだけはあるなと、じっくり見ることにしました。 外が真っ暗なので、聖堂内もかなり暗いです。写真だと明るく写るのですが、実際は目を凝らさないと、壁画などは見えません。

主祭壇ですが、相当暗いので、雰囲気しかわかりません。大聖堂を訪れるなら、やはり明るい昼間の方がいいでしょう。

内装は18世紀初めに、イタリアのフレスコ画家ジュリオ・クアーリョ(Giulio Quaglio)によりバロック様式で描かれました。

側廊の壁画はすべてフレスコ画になっています。どの作品も、イタリアらしい華麗な画風で、とても素晴らしいです。 こんな見事な作品がスロヴェニアにあるなんて、失礼ながら思ってもみませんでした。 歴史的には、オーストリア・ハンガリー帝国に長く支配され、ドイツ圏の影響を受けていたようです。 イタリア領だったのは、第2次世界大戦中の1941年から終戦の45年までで、その後は旧ユーゴスラビアとなりました。

バロックにしては、意外と簡素な感のある台座ですが、周囲の雰囲気がいいです。

天井画は、照明が当たっているので明るく、絵も良く見えます。色彩が鮮やかで、とても新しい感じです。 絵自体も、細部まで書き込まれておらず、近年の修復なのかな?資料がないので詳細は不明です。

やはり、見た目は鮮やかで綺麗ですが、芸術的価値はなさそうです。これは、あくまでも個人的意見ですので、念のため。

側廊部分にある小さな聖堂は、どれもとても素敵です。昼間に見たかったなあ。

信者はここに膝まづいて祈るのでしょう。

ここだけが、照明が煌々と照らしていました。 それにしても、なぜ、側廊部分にキリストの磔刑像があるのでしょう?主祭壇には絵しかないのに。

入り口の上部にはパイプオルガンがあります。

主祭壇に近付いて見てみます。 やはり、特別な像はなく、主となる絵画は暗くて見えません。上部のステンドグラスは、奇妙なモザイクです。 1か所だけ、ライトアップされている部分があります。

キリストが手に書物を持っています。そこにはクロアチアの大聖堂で見た「Α(アルファ)」と「Ω(オメガ)」の文字が見えます。

こちらでは、聖母子の絵にライトが当てられていました。

大聖堂の内部にはふんだんに金が使われていて、豪華な感じがします。 かといって、それは決してイタリアのような重厚感はないのです。

こうして見上げると、どれもこれもが新しい博物館の様です。

反対側です。窓の外はCiril-Metodov通りに面しているので、外のイルミネーションで青く見えます。

ちょっと珍しい像です。赤ん坊ではなく、ちょっと育ったイエスを前にしたマリア像。 そして、その前の絵は「聖母子」ではなく、だれか男の人がイエスを抱いています。父親のヨセフなのか、他の聖人の誰かなのか、知識がないのでわかりません。

なかなか好みの美人です。人物が浮き上がって見えるかなり新しい技法で描かれています。

正面玄関上部の金に縁どられた部分にも、小さな絵が嵌め込まれています。 さて、大聖堂の見学を終えて、再びイルミネーションの中を歩いて見ましょう。

Ciril-Metodov通りです。東方向を向くと、頭の上を魚が泳いでいます。

Ciril-Metodov通りの西方向です。「リュブリャナ市広場」に向かって歩きます。

こちら側からだと、大聖堂のドームが見えます。

「リュブリャナ市広場」です。ロッバ泉のレプリカが白く浮き上がって見えます。こちらもバロック様式の建築物です。 カルニオラ地方の3つの川を表す3体の彫像で構成されていて、オリジナルはスロヴェニア国立美術館に収蔵されています。 カルニオラ地方とは、上カルニオラであるゴレンスカ地方・内カルニオラであるノトランスカ地方・下カルニオラであるドレンスカ地方の3地方で構成されるかつて(1364?1806年)カルニオラ公国だった場所です。中心都市がリュブリャナです。

赤屋根と時計塔が特徴の市庁舎です。この前が「リュブリャナ市広場」です。

日本でもよく見掛ける「LUSH」。石鹸の店です。日本のように独特の匂いが漂っていないのは何故?

「リュブリャナ市広場」からは、三本橋がすぐそばです。正面に見えるクリスマスツリーは、プレシェーレン広場の物です。 でも、もう少しCiril-Metodov通りを進みましょう。この広場から先はMestni 通りと名を変えます。

Mestni 通りです。左のツリーは「リュブリャナ市広場」のものです。

サッカー少年なのかな?ポーズ決まってるよ!

魅惑的な路地発見。こういう所が絶対おもしろい。Ribji通りです。

Ribji通りの先が見えて来ました。方角から言えば、すぐにリュブリャニツァ川に出るはずです。

いきなり賑わうテラス席に出ました。クリスマスマーケットは、それ程人がいないのに、こんなところにいっぱいいました。

ここの噴水はケースに入っています。下調べの時に、ここは確認しているので、迷う心配は無くなりました。 後は適当にほっつき歩きます。

この路地から出て来ました。今も子供連れが歩いて行きます。 路地歩きは街歩きの楽しみの一つですが、危険もあります。入り込む前に、危なくは無いかよく考えてみましょう。 私の場合は、方向が自分の行きたい方向と合っているか、地元の普通の人が使っているかなどを勘案して、歩いています。

寒い夜に備えて、椅子には毛皮が敷かれています。そんなにしてまで、戸外がいいんでしょうか。いいんでしょうねえ。 これまで、強い青色LEDの照明ばかりだったので、この赤は和みます。普通なら赤すぎるんですけどね。

目の前にリュブリャニツァ川に架かる細い橋がありました。後でまた来ます。

リュブリャニツァ川の西方向です。まだまだイルミネーションは続きます。

でもやはり、こちらに行かなくちゃ。三本橋と聖フランシスコ教会が待っています。

三本橋付近の河岸は、大混雑です。

ようやく三本橋が見えました。3本あるのがわかりますか?同じ高さからだと無理ですよね。

三本橋の前の建物には、ツーリストインフォメーションセンターがあります。(1階のiマーク)

三本橋は、中世の面影を残す旧市街とオスマントルコ時代以降の新市街をつないでいます。 1930年代に建築家モジェ・プレチニックが設計したものです。 橋の袂には19世紀の詩人フランツェ・プレシェーレンの銅像があります(青くライトアップされているのがそれです)。

これなら、少なくとも2本の橋はわかりますね。 3本の橋は平行ではなく、少し放射状に架けられています。 元々、デザインとして3本セットなのだそうです。確かに名所になりました。

Stritarjeva通り。三本橋からリュブリャナ市広場に向かう道です。 なぜかここは、通らずに終わりました。一番、頭上のイルミネーションが激しい通りだったのですが。

まるで、生物の細胞をモチーフにしたようなイルミネーションが印象的です。 クリスマスというよりは、遊園地にいるようで、ツリーはあるけれど、そう言えばサンタクロースや、ヒイラギ、天使などのクリスマスを象徴するものは何も見ませんでした。 私があまり熱心にクリスマスマーケットの露店を見て歩かなかったからかもしれませんが、リュブリャナのクリスマスマーケットは、宗教色があまり感じられない催しのようです。

さて、三本橋を渡って、プレシェーレン広場に行きます。

三本橋の下には、公衆トイレがあります。

広場の中心にはスロヴェニアが誇る詩人、フランツェ・プレシェーレンの像が建っています。

集合時間まで時間があるので、Wolfova通りを歩いて見ます。 こちらの通りは、直線が交差したイルミネーションで、ガラッと雰囲気が変わります。

人々が入って行く店が目に付きました。

珍しくサンタの顔が見えます。しかし、これ以外は、普通の菓子舗です。

Wolfova通りの外れまで来ました。

広場に出ました。クリスマスマーケットもないし、何もないつまらない広場に見えます。

コングレスニ広場は、1821年にライバッハ会議を目的に造られました。 それ以来政治的な式典やデモ抗議の場所として重要な中心となっており、1988年のユーゴスラビア当局に対する抗議などが開かれています。 正面に紫色にライトアップされているのがウルシュリンスカ教会(Zupnijska cerkev sv. Trojice)です。ファサードが6本ある特徴ある建物です。

突き当りの紫色にライトアップされている建物は「Museum of Illusions」です。イリュージョン博物館。つまりはトリックアートですね。

そろそろ引き返します。真っ直ぐ帰ってもつまらないので、ちょっと寄り道をします。 左手がプレシェーレン広場ですが、真っ直ぐ行ってみます。

先程、路地から出た時に見た橋がありました。これまでに4本の橋を見て来ましたが、これが一番簡素なデザインです。 縁がガラス張りなので、下をくぐる船を見下ろしやすいです。

わずかな滞在時間ですが、リュブリャナのこのイルミネーションを見られて良かったです。 本当におもちゃの国みたいな、楽しいイルミネーションでした。

丘の上のリュブリャナ城までケーブルカーもあるそうなので、行ってみたとしても半日もあれば、この町の観光はできると思います。 この城には、長い間、ちゃんと住人がいて、見張り番をしているんだそうです。城主じゃあないんですね。

プレシェーレン広場の象徴であるピンク色の教会、「フランシスコ会の受胎告知教会(Franciskanska cerkev Marijinega oznanjenja)」です。 1646年から1660年の間に建設されました。日曜の午前中はミサが行われますが、観光客も参加することができるそうです。

ここに来て、まだこの教会の中を見ていなかったことに気が付きました。 もう集合時間まで5分ですが、集合場所がこの教会の前なので、ちょこっとだけ覗きます。 もしかして、ミサの最中なのかな?

「受胎告知教会」なので、主祭壇にはメインに聖母マリアの絵が飾られて、キリストの磔刑像はその横なんですね。さあ、行かなくちゃ。

最後になってようやく、広場の主役プレシェーレンの銅像をちゃんと見ました。 背後のローレライみたいな女性像は、詩の中の登場人物なんでしょうか。

スロヴェニアの首都リュブリャナのクリスマスマーケットを締めくくるのは、やはりこの写真でしょう。 どうぞ、このイルミネーションをご堪能下さい。 これで、ようやく長い一日が終わります。朝8時半にクロアチアのザグレブに着いて、スロヴェニアのリュブリャナまで来ました。 やっとこの旅の第1泊目です。やれやれ、長い一日でした。この日の夕食はホテルで、20:55からでした。すごい旅行だなあ。 次回は、いよいよオーストリアに入ります。

バスは、中心街から少し離れたKrekov通りにあるリュブリャナ城の真下をくぐるトンネル(Predor pod Gradom)の手前で止まりました。 ここから、リュブリャニツァ川に沿って歩きます。 ツーリストインフォメーションセンターの建物もライトアップされています。

リュブリャナパペットシアター(Lutkovno gledalisce Ljubljana)。大小5つの舞台を持つ、人形劇場だそうで、真ん中の時計塔には毎正時に人形が出て来ます。 肩越しに山の上のリュブリャナ城が青くライトアップされて見えています。

Plecnikove arkadeです。この向こうにリュブリャニツァ川があります。手前の露店は、中央青果市場なので、すでに閉店しています。  中心部に着く前に少しだけ、スロヴェニアについて書いておきます。 まず、国名があまり知られていない上に、かつてチェコスロヴァキアだった「スロヴァキア」とよく似た名前なので、エアメールが迷子になるのだそうです。 「スロヴァキア」はオーストリアの東、「スロヴェニア」は南にあります。両者がハンガリーを挟んですぐそばにあるので、ややこしいです。 面積は四国とほぼ同じで、人口は206万5千人(2015年)スロヴェニア語が公用語で、57.8%がカトリックです。(外務省HPより) 13世紀頃から都市が形成され、支配者が転々としながら、ハプスブルク家の支配を受け、旧ユーゴスラビアを構成します。 1991年に、クロアチアと共に独立。スヴェニア共和国となります。2004年にEU加盟、2007年からユーロに参加しています。

これは、リュブリャナ名物、牛乳の自動販売機です。 こうして容器に入っているものの他に、ボトルを持参して、しぼりたての牛乳を1リットル1ユーロ程度(約130円)で、購入することも出来ます。

妙な銅像が2体立っていますが、ここが「肉屋の橋」です。 ここには、また後でやって来ますが、この橋のたもとにWCがあることは要チェックです。

聖ニコラオス大聖堂(katedrala Ljubljana)。1706年にアンドレア・ポッツォの設計でバロック様式の教会と2つの礼拝堂が建てられました。 緑の屋根のドームは1841年に完成しました。内装はイタリア人の画家ジュリオ・クアーリョによるフレスコ画です。後半でたっぷりご覧に入れます。

さあ、プレシェーレン広場にやって来ました。 これまでいろいろな国のクリスマスマーケットを見ていますが、こんなに夜空が華々しい会場は初めてです。 宇宙空間を模したイルミネーションなんて、どの国も考え付かないでしょう。 国民の6割近くがカトリックですが、伝統に縛られない自由さが溢れています。

プレシェーレン広場から「3本橋」の先のStritarjeva通りを見ています。 丘の上にリュブリャナ城(Ljubljana grad)も見えます。

「星に願いを」のようなモチーフになりました。Hauptmannova Hisaです。 1511年と1895年に2回の大震災に見舞われたリュブリャナは、ルネッサンス、バロック、アールヌーヴォーと、さまざまな時代の建築物が混在しています。 特に、1895年の震災後は、ウィーン分離派様式の建物が多く建てられ、その代表格がプレシェーレン広場です。

広場の上空は、様々な宇宙が広がっています。

これほど華やかで鮮やかな「絢爛豪華」の権化のような教会があるでしょうか。 フランシスコ会の受胎告知教会(Franciskanska cerkev Marijinega oznanjenja)です。

この広場はイルミネーションショーで楽しめます。

ギャラリア・エンポリウムの入っているウルバンツ邸。 玄関の屋根のウィーン分離派らしい繊細な造り。建物全体の華やかさ。 ライトアップで、その魅力が何倍にも増幅されています。

広場の真ん中には、おそらくはクリスマスツリーなのだろうという1本の木。 飾りひとつないドイツのツリーと、どちらがいいのか甲乙つけがたいと言うべきでしょうか。 周りの建物が素晴らしいだけに、このツリーだけはいただけません。

建築家プレチニクが設計したユニークな造りの「三本橋」。プレシェーレン広場(Presernova muza, Julija)の前に架かる3本で一つの橋です。 隣がイタリアのせいでしょうか、雰囲気がヴェネツィアのような、綺麗な街並みです。

リュブリャニツァ川を挟んで、お向かいはリュブリャナの役所(Republika Slovenija Upravna Enota Ljubljana)です。

そして、その先に続くアーケード(Plecnikove arkade)のアーチが美しく並んでいます。

アーケードの向こうには大聖堂と、リュブリャナ城が見えます。

リュブリャナ城のライトアップは、色が変化して行きます。

リュブリャニツァ川では、ボートでディナーを楽しみながら遊覧する人々も見受けられます。

アーケードの向かい側でも、レストランが建ち並び、人々がロマンチックなイルミネーションを見ながら、川辺で食事をしたり、酒を酌み交わしたりしています。

夜の暗さを感じる街角。

親しい人と、ゆっくり歩きたい雰囲気です。

こんな風にね。

ペトコヴシェケ(Petkovskovo nabrezje)というリュブリャニツァ川に面した通りは、木々に青いLEDのイルミネーションを施して雰囲気を盛り上げます。

この通りには、奇妙な彫刻がたくさん展示されています。 昼間なら、鑑賞できるのでしょうが、夜には気味が悪いだけです。

金曜の夜なのですが、人は少ないようです。やはり、クリスマスマーケットに行ってしまうのでしょう。

肉屋の橋(Mesarski most)が見えて来ました。 この橋の周辺には、スロヴェニア人の彫刻家ヤコヴ・ブルタル(Jakov Brdar) の作品が設置されています。先程の像もそうです。 2010年に歩行者専用の橋として開通し、以来、恋人たちによって、「愛の南京錠」が掛けられ続けています。

橋のたもとは、遊覧船乗り場になっています。先程、トイレがあったのもここです。

この象も、ヤコヴ・ブルタルの作品です。あまりにグロテスクで、明るく撮る気にはなれませんでした。

橋の入り口は階段。

肉屋の橋を過ぎると、人影も無くなり、レストランも寂しくなります。

青いイルミネーションが鮮烈

三本橋に向かって、次々と色とりどりの電飾の船が進んで行きます。彼らもリュブリャナのイルミネーションの一構成員です。

次の橋が見えて来ました。「竜の橋 (Zmajski most)」です。 こちらは、肉屋の橋と違って、歴史ある形をしています。そのくせ、橋の下からの青い照明が粋です。

これが、橋の名前の由来です。月をバックに、恐ろし気に口を開けています。

怖そうなドラゴンですが、意外にきちんと鎮座しています。 この「竜の橋」は、1901年に造られました。 ウィーンで学んだダルマチア人建築家が設計しオーストリア人の技術者が建て、ウィーン分離派の建築物の中では傑出したものとされています。 ダルマチアは、現在のクロアチア領のアドリア海南部沿岸地域です。

尻尾の絡み具合がいいね。

さすが「傑作」どこから見ても、格好いいです。この像は、橋の4か所の欄干に取り付けられています。 リュブリャナドラゴンと呼ばれ、力や勇気、大きさの象徴として表され、リュブリャナ城の塔の天辺にもいるそうです。 リュブリャナ市の紋章にもなっています。

「竜の橋」からみたリュブリャニツァ川。本当に、水面に映るイルミネーションが美しい川です。 昼間に見ても、それなりに美しいのでしょうが、この町は特にクリスマスシーズンは夜に訪れるべきだと思います。

さて、橋を渡って、Uターンします。アーケードに沿って歩いて行きます。 リュブリャナの見どころはそんなにないので、今回のような1時間半という短い訪問でも、ほとんど見て回ることが出来ます。

昼間なら、この広場の中央青果市場を見るのも楽しいでしょう。

アーケードの途中に川に面したテラスがあり、そこから眺めた「竜の橋」です。 どうしてもドラゴン像に目が行きがちですが、橋の装飾もユーゲントシュティールの流れを汲むウィーン分離派らしい美しい装飾が施されています。

さあ、クリスマスマーケットが始まりました。 ところが、これまで青いLEDライトの強烈なイルミネーションに目が慣れてしまったせいか、なんだか白っぽくて、華やかさに欠けるように見えるのです。

ムートンを売る店。

ハチミツと蜜蝋を売る店

どの露店を見ても、まったく触手が動かないのは困ったものです。

またまた妙な像がありました。ユーモラスというべきなんでしょうか。どうやら「肉屋の橋」に戻って来たようです。

「肉屋の橋」は歩行者専用ですが、かなり広い橋です。 橋の表面に反射している青いライトを見てもわかるように、リュブリャナのイルミネーションは「青」がやたらと強いのです。だから、クリスマスマーケットが色気なく見えるのです。

これが「愛の南京錠」です。結構カラフルなので、どこかで売っているのでしょう。

再びアーケードを歩いて行きます。

アーケードには、色々な店が入っています。

でもちょっと見るだけだと入りにくい。

Pogacarjev trgに展開しているクリスマスマーケットです。相変わらず青が好きですね。 スロヴェニアのクリスマスマーケットは、ドイツ系のものとはだいぶ違うようです。 店の造りにこだわりがないし、クリスマスをあまり意識していない品揃えで、単なる露店と大差がないような気がします。 今回はここまで。次回は大聖堂の内部を中心に、街歩きの後半を掲載します。

0930中庭に出る.この塔の2階で2006年に家人の写真を撮影したことを覚えている.懐かしい,

城の模型  軍事的目的で領主が住んだことはなく,19-20世紀には刑務所だった. 13世紀に城ができ,ハウスブルグ家に継承.1489年にゴシック式の礼拝堂,16世紀大地震で一部壊れ,その後に改築.

階段を上がる

中庭を見る

ここからの街の風景

遠くに山が見える リュブリアナGrintvecという山だろう ユリアンアルプスの反対側にあるシュタイナーアルプスだ.

展望した場所,さっきの二階から出ることができる

時計塔

五角形の塔の内部

脱出の井戸 以前牢獄だった

独房が多い,19-20世紀においても刑務所に使われていた.写真を撮らなかったがたくさん監獄跡がある

聖ゲオルギウスのチャペルへ

外観よりはずっと豪華

部屋の装飾

貴族の紋だろうか

今度は時計塔の上に登る 非常に展望がよい

中庭 むこうにリュブリアナの街の東部

南東部の森

南側

西南の方向

共和国広場

三本橋からチボリ公園

駅の方向 Grintovecの方向

シュタイナーアルプスの端の方

フランシスコ会教会

共和国広場を拡大

ここあたりがGrintovecかな

短い時間だったがおもしろかった.2006年の時に比べて,ずいぶん設備ができ観光地化された.やはり10年というときは大きい.1020 再度ケーブルカー乗り場へ

あの時は歩いて登ったなあ.小山に登るくらい結構あったと思う

子供たちがカンガルーの像で遊んでいた

市場

あの時,Kakiという名前で柿を売っていたことにびっくりした.青空市場にてKAKIをみてびっくり.なんかの本で日本から来た柿をそのまま定着し「KAKI」になったと読んだことがある.しょうちゃんというトラベラーから教わりました.「柿の件ですが、第一次世界大戦中同盟国である英国政府からの要請で、小型駆潜艇(600トンクラス)6?8隻と1巡洋艦(3000トンクラス)を地中海(マルタ島基地)に派遣した際、日本の柿を持ち込んだようです。」とのことです.

大聖堂

川沿いには土産屋が並ぶ Adamic-Lundrovo nabrezje

お土産屋がある.こどものおもちゃ 1-1.5ユーロ安いね

三本橋

すごい分別収集

美術館まで戻る

Pravoslavna教会

この前のスペースに車を停めていた.1047帰着 

Bleiweisova通りを左折

Celovška通りに

1206 E61 Ljubljana Smartno IC

空港まで17?

前に山がきれい StorzicとGrintovecの山塊だ

こっちはStorzic

1212 料金所 Vinjeta(ヴィニエット Vignetteと同等)があればそのまま通り過ぎる

もうすぐだ

1214 BrnikのICで高速降りる

渋滞している

この先のT字路信号がないための渋滞だ.めずらしい

おりたが最後のガソリンを入れに.2006年にはガソリン屋がなくてMengesの町まで走ったことを覚えている.今回はSencurへ

右にPentolのガソリンスタンドがあった

1125 給油

36.03 Euro ディーゼルは安いが日本に比べると高い

Uターン 乾草をほすのだろうか

ロータリー

Mencurの像か何かあるぞ

この山々も見納めだね

クラーニスキー場

さっきのT字路の渋滞

1133 Brnik空港についた JP112便 1340発だ.2時間と少しある

五角形の塔とフリーバルホール

ディーゼル給油のレシート 1リットル1.066ユーロと日本よりは高いがやはり欧州の中では安い方だ

Ljubljana城の地図が日本語のパンフになっていた.

昨日はあとの二人のせいで,市内見学できなかった.今日は時間が少ないので効率的に回るしかないね.0840国立美術館のわきに車を停車させる

国立美術館

1896年建設の堂々たる建物

Cankarjeva cesta通り

反対側 Tivoli公園の方向

オペラ座

地下が入口になっている面白い設計

アールヌーボー風

中を見ると本当に素晴らしいオペラ劇場だ 一度見てみたいね

わきのBeethovnova ulica 通り Beethovenに由来する名前かな

さらに歩く 自転車置き場

バス乗り場だ Slovenska cesta 通り 大通りだ

その前にある郵便局

これもアールヌーボー調

いよいよPresenov広場に出た

フランシスコ会教会

そう第一日目にKranjで見たあの国民詩人 France Preserenの銅像だ.彼の詩は国歌になっているそうだ.

1646-1660年建設 

天井の絵は19世紀半ばにMatej Langusが描く

1736年にFrancesco Robbaによって祭壇が作られた

こぶりだがなかなかいい教会だ

教会の階段から広場

Miklosiceva cesta 通り

そして三本橋 上から見ないとわからないよね 三本橋とわかる写真撮らなかった.前のブログhttp://4travel.jp/travelogue/10265759にはある.

結構広い橋 1930年にPlecnikが歩行者用の橋を付けたと

リュブリャニツァ川がとてもきれい 西側

肉屋の橋側

なんと橋の下にトイレがある 無料

ここからの教会

Stritarjeva ulica 城のたもとに向かっている.そういえば2006年に来たときは歩いて登ったな.あのころもケーブルカーあったのかなあ.2006年にできたということだが...

インフォ 寄ってみた

城の時計塔が見える

となりの肉屋の橋 2010年の落成 前に来たときはなかった

三本橋方向

竜の橋方向

竜の橋がみえる

愛の誓いの南京錠 ウクライナを思い出す

リュブリアナ大聖堂が見える

地元の芸術家の作品

これこそシンボル!2006年が懐かしい!

古い家もある

竜の橋に向かう

http://4travel.jp/travelogue/10265759

肉屋の橋側

橋の上はけっこうの車道 城側から撮影

Vodnikov広場 2006年もマーケットやっていてお土産買ったなあ

0916 さてケーブルカーでLjubljana城に登ろう

恋愛スポットだね

ケーブルカーと入場券 あわせて1人12ユーロ.

0926 ケーブルカー Funicularで登る

だんだん街が見えてくる

2分で山上へ 0928

下っていくケーブルカー

駐車券 最初に時間を決めて買う 3時間 2.1ユーロ 販売機写真を撮るのを忘れた

入場券 ケーブルカーに乗るときに購入 ケーブル代金込みで12ユーロ

夕方、リュブリャナ市街に到着して車を降りました。 スロヴェニアの首都ですが、とても小さな綺麗な町です。

夕陽に照らされた街を歩いて、ホテルパークへと歩いて行きます。

ホテルパークは龍の橋まで徒歩10分ほどの場所にあります。 市街中心部を散策するには便利なホテルです。

バスタブは無く、シャワールームが狭くて窮屈でした。 このツアーで唯一バスタブの無いホテルでした。

ホテルの部屋からの眺め。 ホテル名の通り、公園の中にあります。

街に一人で出かけました。 おばちゃんたちは添乗員と一緒に出かけ、夕食は屋台で簡単に済ませたと言っていました。最後まで倹約精神を貫いたようです。 写真は途中で見た落書きだらけの建物。

歩いて10分もかからず橋に着いて龍に再会です。 昼間見るのとは違った迫力があります。 ユーリ・ザニノヴィッチによってデザインされ、市の紋章にもなっています。

三本橋のたもとに着きました。

市場の横を通り、大聖堂の方へ向かいました。

リュブリャナ城の方向を振り返って1枚。 リュブリャナは長い間ハプスブルク家の支配の下にあった為、オーストリアの町のような雰囲気があります。 城を見ているとザルツブルクを思い出します。

ニコラス大聖堂前の通りです。

フォーカスポイントのように見えるイルミネーションがありました。大聖堂を撮るように誘導しているかようです。

市庁舎前の通りを歩いて行きます。

ホットワインを売る屋台です。 写真は店員さんと客として来ていた友人です。 純朴さが残っていて、かわいいです。 やっぱり、若いって素晴らしい(笑)。 ワインをホットで飲むのは、初めての経験でしたが美味しかったです。 若い女性が一人で切り盛りしている屋台が多く、このあともう一軒行きました。

バロック様式の大理石の噴水の前で、女の子が楽しそうにポーズをとっていました。

青くライトアップされた市庁舎。

三本橋に向かいます。

市役所前を通りかかるとア・カペラでゴスペルの合唱をしていました。

三本橋の上から見るフランシスコ会教会。

ツアーに食事が付いていないので、ネットで検索して評価の高かったLUDAという店に行きました。 ネットで調べていなければ、ここがレストランとは気がつかないし、入る勇気も無かったと思います。 壁にメニューが貼ってあったのでここだと分かりました。

外観からは想像できないほど店内は白を基調とした清潔で明るい空間でした。 メニューは20ユーロの3品コースと30ユーロの5品コースの2種類で、前菜、メイン料理はいくつかの料理から選べるようになっていました。 左のカウンターで隣の男性と会話しながら食事しました。 奥はテーブル席になっていて、満席でした。

ワインばかり飲んでいたので、ここはビール。 水はボトルで出してくれます。もちろん無料です。

前菜です。料理を出すときに、一つ一つ料理の説明をしてくれます。

メイン料理はタコです。ほとんど海の無い、しかも内陸部のリュブリャナの海産物をあえて注文しました。 肉料理に飽きたのと、気苦労が多くて疲れていたのでタウリン補給です。 柔らかくて、美味しかったです。でも隣の男性のステーキも美味しそうでした。30ユーロのコースにして、肉も食べれば良かったと後悔しました。

デザートにチョコレートタルトとシャーベット、カラメル添え。

龍の橋から肉屋の橋方向を見ます。

楽しそうに肩を組んで歌っていました。 私も中に入れてもらいました。 スロヴェニアは日本人の98パーセントが行かない国とTVで紹介されたり、ツアーではクロアチア観光のオマケのような扱いだったりしますが素敵な国でした。

Kavarna Unionというカフェがあるホテル。 入口にある人の形をした看板がユニークでした。

チョコレートの店があったので、スロヴェニアのチョコレートを購入しました。

フランシスコ会教会と反対側の観光案内所がある建物。

夕食のレストランに向かいます。

12/1(木)帰国日です。 早朝、リュブリャナからイタリアのトリエステに向かいます。早朝の為、朝食はボックスの予定でしたが、品数は少ないながら用意してくれました。

高速道路をトリエステに向かっています。 ツアー中、ずっとこのバンでの移動だったのが辛かったです。 少しは忍耐強くなったかも(笑)。

朝のトリエステ空港。 ほとんど人影がありません。

飛行機まで歩いて搭乗しました。 小さな空港ならではの経験です。

定刻通り離陸。 アルプスが、遠くに見えました。

ローマ上空です。

定刻通りローマの空港に到着。

若干遅れてローマの空港を離陸。 隣はアニメ好きの若いフランス人男性で秋葉原に行くといっていました。 親切で、面白い男性でした。

アルプスが見えます。

もうすぐ日が沈みます。

帰りの便のモニターは壊れていなかったので映画など見ながら過ごしました。

不味いと口コミのあったイタリアンを食べました。 ラザニアでしたが、確かにあまり美味しくはなかったです。 でも完食しました。

ロシア上空かな?川が凍っていて真っ白です。

朝食です。やはり、パンの味がいまひとつ。 ハムとチーズは隣のフランス人からいただきました。

富士山を見ると日本に帰ってきたことを実感します。

ゴルフ場が見えます。成田空港まであと少しです。

15分ほど早く成田空港に到着しました。 振り返ると、あっという間でした。 プリトヴィッツェなどはやはりベストシーズンに行くべきだと思いました。 しかし、少し早いながらもクリスマスシーズンのヨーロッパの町の雰囲気を感じることができて良かったです。

大聖堂近くのクレコフ広場。

龍の橋から肉屋の橋方向を見ます。 リュブリャニツァ川遊覧ボートが見えます。

橋の上から見るプレシェーレン広場方向。

橋の上では記念撮影する人が絶えませんでした。 リュブリャナ城が少しだけ見えています。

平日の夜でもレストランなどは賑わっていました。

三本橋方向に戻ります。

癒し系の歌でしばらく立ったまま聴いていました。

クリスマスらしい飾り付けのショーウインド。 ハンガーを使ったクリスマスツリー。

2時間以上の待ち時間をカフェで過ごしました。

7:00ホテル出発。 綺麗な団地です。

三本橋を横から見ることの出来る歩行者専用の橋。

プレシェーレン広場です。 右手の建物は、町で一番古いデパート「ツェントロメルクール」で建物の上にメルクールの像が立っています。

ライトの台座にも龍が鎮座していました。

肉屋の橋の上。

ホテルへと歩いて戻ります。 ツアー最後の夜をクリスマスの雰囲気を感じながら、楽しく過ごせました。

歩行者天国になっていると思っていたら、バスが通り過ぎました。

11/30(水) オパティアからスロヴェニアのポストイナ鍾乳洞へと向かいます。 長閑な風景が続きます。

ポストイナ鍾乳洞に到着。 この地方は石灰岩層が厚く積もっています。 その石灰岩の主成分である炭酸カルシウムが、炭酸ガスを含んだ雨水や地下水に溶けて鍾乳洞となったそうです。

鍾乳洞周辺の地図と写真を掲げた看板がありました。 写真は上からトロッコ、ホライモリ、洞窟城、洞窟城の洞窟です。

鍾乳洞はユリスケアルプスの懐にある美しい丘陵地帯にあります。 周りはエンジ色の屋根が美しい家が建ち、教会の尖塔も見えます。

洞窟内の見学は、必ずガイドツアーに参加して、見学することになります。 ガイドツアーは英語、ドイツ語、スロヴェニア語があり、その表示の前に並びます。 ポストイナ鍾乳洞は、長さが27キロあり、公開されているのはその5分の1ほどです。

中に入り、長いトロッコ列車に乗ります。 手押し車が繋がっているような簡単な作りです。 安全ベルトなどはありません。

トロッコは狭い洞窟の隙間をかなりのスピードで走り抜けます。 最初に通り抜ける洞窟はオールドケーブと呼ばれ、地元の人が穴に落ちたときに発見した場所です。 走り出してしばらくは天井が低いので、座高が高い人は気を付けないと危ないです。

トロッコに乗っている間にも様々な鍾乳洞を見ることが出来ます。 暗い中でフラッシュ撮影禁止でしたので、写真はぶれてしまっています。 フラッシュの強い光は鍾乳石を劣化させるそうです。

ここは少し青みがかった色でライトアップされていました。 ほとんどは無色のライトで照らされいて、変に色をつけていないのは良かったです。

位牌のような石筍です。 天井から落ちたしずくが結晶化し、床からタケノコのように成長したものが石筍です。

宮殿の入口のような石柱。

10分ほどで終点の広場に到着します。 ここでトロッコを降り、歩いて観光します。

内部は薄暗く、床が濡れているところもあります。

ミサイルのような石筍。

巨大な石筍が林立しています。

洞窟内の一番高いところは、「ヴェリカ・ゴラ」(高い山)と言われ、天井までの高さは50メートルもあるそうです。

ウェディングケーキのような巨大な石筍です。

途中に橋がありました。 第一次世界大戦で捕虜となったロシア兵によって造られたので「ロシア橋」と呼ばれています。

ロシア橋を渡ると「レペ・ヤメ」(美しい洞窟)と呼ばれる石筍で出来たホールのような所を通ります。

石柱の色はしずくに含まれる物質の違いに由るもので、黒はマンガン酸化物の影響を受けています。

真っ白な石柱。

出来たばかりの小さな石筍、と言っても数千年かけて出来たものでしょうが。

チューブの束のような石柱が壁のようになっています。

天井から、つららのように垂れ下がる鍾乳石。

「ブリリアント」(輝き)と呼ばれる美しい鍾乳石。

すだれのような鍾乳石。

所々にスピーカーがありました。 人数が多い時はこれを使って説明するのでしょうか?

石筍が集まって、小高い山のように見えます。

観光コースで一番低いところに小さな建物があります。 建物内には水槽が置かれていました。

水槽には珍しい生物が生息していました。 プロテウス・アンギヌスという学名の両生類で、日本語では「ホライモリ」とか「類人魚」などと訳されています。 眼は退化して見えず、エラ呼吸と肺呼吸を使い分け、1年近く何も食べなくても生きていけるそうです。 見た目は短い足が付いた肌色のドジョウかヘビといった感じです。

トロッコを降りて外へ向かう途中、ピウカ川が見えました。

再びトロッコに乗り、出口へ向かいます。

ホライモリのぬいぐるみは土産品として売られていました。

鍾乳洞を出ると太陽の光が眩しく感じられます。 出口では、トロッコに乗っている写真を販売していました。 洞窟の手前には土産物店やカフェが並びます。

シャンデリアがある広場が途中にありました。

カルスト台地に降った雨が空洞の多い石灰岩質の地下に染み込みます。その水滴が天井からしたたり落ち、つららのように成長したものが鍾乳石です。

自撮り棒で撮影しているのがいましたが、岩などにぶつけたらスマホがこちらに飛んでくるじゃないかと不安でした。 自撮り棒は禁止にしてほしい。

地底探検に行くようでワクワクします。

チューブの束のような鍾乳石のすぐ横を通り抜けます。

ブレッド湖へ向かいます。

車窓から見たスロヴェニアの田舎の風景。

車窓からユリスケアルプスが見えました。

車窓から見えたトリグラフ山。 標高2864mでスロヴェニア最高峰の山です。 国章になっていて、国旗にもあります。

こちらブレッドのGostilnaMurkaというレストランでランチ。

私はビール(大)、もう一人がビール(小)でその他のおばちゃんはこの時もドリンク注文しませんでした。 「スープないん?」とおばちゃんの1人が聞いていましたが、今回は無かったです。 メニューはスロヴェニア風ソーセージとパンのみ。 どこがスロヴェニア風なのかは分かりませんでしたが、普通に美味しかったです。

車窓から聖マルティン教会の尖塔が見えました。

ブレッド城も見えました。 断崖の上に建っています。

車を降りて、ブレッドの街を歩きます。 とてもきれいな街です。 かつては自然療法の町として脚光を浴びたことがあるそうです。

ブレッド城は湖を見下ろす高さ100メートルの所に建っています。 残念ながら、ツアーでは上りませんでした。

断崖の上に建つブレッド城と聖マルティン教会。

ブレッド湖と湖に浮かぶように佇む聖マリア教会。 ブレッド湖は氷河によって出来た周囲6キロほどの小さな湖です。

プレタナと呼ばれる手漕ぎボートに乗って聖マリア教会へ行きます。

2本のオールを使って船頭さんがボートを漕ぎます。 環境保護の為に手漕ぎボートにしているそうですが、風情があっていいですね。

静かに島に近づきます。 ボートには女性の名前が付けられていて、私達が乗ったのはシュペラ号でした。

ボートで島に渡るのは私達だけかと思っていたら、もう一艘ボートがやって来ました。

島に着いてやっと1人になり、ボートの航跡を振り返ります。

聖マリア教会。

教会の壁にあったキリストの磔刑像。

十字架の向こうに湖が見えます。

島の説明図と料金表。 塔に上る料金も含んで6ユーロですが、ツアー代に含まれています。

反対側にはパイプオルガンと宗教画が並んでいます。

ブレッド島に着くと98段の階段があります。 聖マリア教会で結婚式を挙げるには、花婿は花嫁抱きかかえてこの階段を上がらなければならないそうです。 ホントかなと思って調べたら、階段の途中で抱きかかえた写真だけ撮って普通に歩いて上るインチキも多いのだとか。

主祭壇には聖母マリアが座っていて、オーストリアのマリア・テレジアに似ていると言われています。

主祭壇の前の天井からロープが垂れ下がっていて、引っ張って鐘が鳴ると願いが叶うと言われています。 鐘の振幅に合わせて引っ張れば、割りと簡単に鐘は鳴りました。ただ、教会内部では音が小さくしか聞こえませんでした。

塔に上ってみました。 簡単に上れます。

塔の上からの眺めです。

曇っていましたが、ブレッド城とカラバンケ山脈が見えました。

帰りも同じプレタナで戻ります。

湖畔に建つチトー大統領のかつての別荘。 今は改装してホテル、ヴィラブレッドとなっています。

おばちゃんの顔の間からブレッド城を撮ろうとして、腰を浮かせて中腰になりました。 その瞬間、ボートの重量バランスが崩れて少しボートが揺れました。 添乗員の「危ないですよ」の一言から、「転覆するやないか」「落ちたら心臓マヒで死んでしまうで」「一人で泳いでいきや」などとおばちゃんたちから非難の嵐。 (ちょっとボート揺らしただけでそこまで言うか、だいたい水に浸かったくらいでマヒするようなやわな心臓じゃないだろう)と思いましたが多勢に無勢で言い返すことができず、振りかえって白鳥を見ます(涙)。

オフシーズンでもアジアからの観光客は結構来ています。 次々とボートが出ていきました。

高速道路をリュブリャナへと向かいます。

鍾乳洞入口です。 日本語ツアーはないので英語の列に並びます。

一応、添乗員やガイドの後を付いて行きますが、説明を聞かなくても良いなら、自分のペースで歩いても良さそうでした。

カーブで先頭車輌が見えました。 ディーゼル機関車のように見えます。

白く輝く大きな石筍。

岩の上からカーテンを垂らしたような鍾乳石。

鍾乳石と石筍がつながったものが石柱となります。 100年で1センチくらいしか成長しないので、大きな石柱は10万年以上の長い時間をかけて作られたものです。

高所から下を見下ろします。

石筍を切ったような跡が見られます。

下を見下ろします。 おばちゃんたちとは随分と離れてしまいました。

人が見えている所が最も高い場所のようです。

あとは、ずっと下っていきます。

ここから「白いホール」「赤いホール」「小さなチューブのホール」と呼ばれる場所を通っていきます。

シャンデリアのように天井に広がったスパゲティと言われる鍾乳石。

凍った滝のようです。

これは、何かしらの理由で石筍か石柱が粉々になってしまったものでしょう。

年季の入っている聖マリア像。

赤い石柱が立ち並んでいます。

1438 Brezovica IC

スロベニアにもバウハウスあるんだ.

いよいよ環状線の分岐点

1439 北側に行く 右に行くとザグレブやノボメスト

もうすぐだ

Kranjの空港まで31? 戻ってきた

Brdo ICで降りる 左には本日宿泊するフォーポインツが見えている.

右に曲がり,

もう一回左に曲がる 森の中を通り

1444 到着 2006年に宿泊したことを思い出す

実はフロントにもっと近い駐車場があった 

荷物は運んでしまったので,あとは車だけ,反対側,二階部分の駐車場へ

部屋 ダブルベッドのシングルユースなので楽々 84ユーロは安い

机もある ここはコングレスセンターがあるようだ

洗面所

シャワーのみ

これは隣の部屋

廊下

上の駐車場へ

少し休んで1700から飲むことになる.まったくもう!貴重な時間を!

ハウスワインを飲む わりとおいしかった

レセプション

ロビー

さあリュブリアナ市内に行こうと言ったら,二人とも行きたくないと.そのためにここまでまっすぐ来たんじゃないか!しゃべりたいと!しゃべるだけなら日本に帰ってもできる.しかしストライキに会い,ここで長時間飲むことに.なんという時間の無駄!

ビールもね

昨日までのアパート暮らしの残り物が結構あったので,頼んだものは少量

しかしカクテルまで飲んで

1852 最後にコーヒー まあ良く飲んだ!全部で58.6ユーロ,やはりスロベニアは物価が安い.食事は少なかったが,それでもしこたま飲んだ気がする.

酔いを醒ましに駐車場に出たら電気自動車スタンド Teslaのだ

プラグは結構複雑だ 

この日は最後の日だが爆睡

0635 朝食

四つ星の水準

このジャガイモの粉で固めた団子のような食べ物 東欧はジャガイモの粉で作った食べ物が多いね

卵のようにしてある 面白い食べ物

今日は早く出る 0810出発 昨日はホテルに早く入ったので,まだリュブリアナ市内に入っていない

なんと森の中で朝の通勤ラッシュ そう今日は月曜日だ

Trzaska cesta通り

アドバルーンが上がっている

Bleiweisova cesta 通りに

共和国広場の駐車場に入れたが,まだオープンしていなかったので出る羽目になる

駐車場を探してぐるぐる.リュブリアナ正教会の前 ここは基本的にはカソリック

Gosposvetska cesta

0840 やっとPresernova cesta 国立美術館のわきに車を停める

1329 Nova Gorica駅前を出発 Ljubliana郊外のホテルへと向かう 国境沿いのKolodvorska pot 通りを南に 写真が悪いが並木道の静かな道 とても国境とは思えない 柵のむこう側にイタリア側の道が走る

まずイタリア側へ 左折

San Gabriele通りとなる

ロータリーを左折し

Corsica通りからRaft通り

B.Albiano通りでもう一度スロベニア側に

旧検問所を通ると国境になっている鉄道の下をくぐる

ロータリーを右折 Vipavska cesta 通り

103号線も行く 面白い構造で左上にも道路があるが,交差しない

イタリア側に行く道のガード下を通る

線路に沿う イタリア側ともリュブリアナとも結ぶいわば幹線だが,

超ローカル線だ

高速手前のロータリー

ここで高速に入る

1337 Nova Gorica IC からLjubljanaまで105? H4号線

すぐにBazara料金所 スロベニア国内は現在Vignette(Vinjeta)が必要.スロベニアのレンタカーなのですでについていた.なので料金所は関係ない

昔の料金所を通過

トリグラフ国立公園と書いてある看板

Vogrsko IC

Juzni obronki Trnovskega gozdaという国立公園の山々 Trigravの前衛になる.

Ljubljanaまで89?

1344 Selo IC

Zupnijska c. Sv. Kriza Vipavski Krizという集落

Ajdovscina IC

山がとてもきれい

Ljubljana 74km

Cerkev Matere Bozje 教会

Gradisce pri Vipavi集落の教会 名前はわからなかった

このあたり岩山が迫る

更に下る

TriesteにいくE61 A1との分岐点

1401

A1ni入る料金所 当然Vinjetaを通過

通過後分岐

Ljubljana 54?

Razarto IC

Pocivalisce PAに入ろう

1406

小さなPA トイレ休憩のみ

Sloveniaは煙草に甘いね

少し散歩できるところもある もう少しなので6分後の1412に出発

いよいよPostoina なつかしい!!!

2006年にクロアチアのOpatijaから6号線でここまで来た 渓谷がなかなか美しいし,田舎の村がきれいだった.今回寄っていきたかったが,同僚二人にゆっくりとLjubljanaの街を見せようと先を急いだ.実は二人ともホテルにいたいと言い出して,頓挫.今考えると本当にここで降りて行って来たらよかったと思う.実に残念なことをした.車の運転は私なのでもう少し考えてほしいと思う!!まったくもう!

あと45?

Ljublijanaに近づくと山が低くなってくる

1418 Unec手前の鉄道のガード ちょうど貨物列車が通った

Unec IC

なだらかだ

あと32? 少し雲行きがあやしいとおもったら

1423 きゅうにはげしい雨!

Logatec IC

やんだ.また鉄道の下をくぐる

こんな牽引道具で大丈夫なのか.牽引車についてはヨーロッパの基準は甘い

まだ少し雨が降ったりやんだり

Vrhnika IC,交通量がだいぶ増えてきた

Ljublijanica川の橋を渡る サバ川に合流 ベオグラードでドナウ川に合流

料金所があるようだ

1437 やはりVinjetaレーンを Log料金所 貨物などはここで料金を支払うようだ

Ljubljanaの地名が出てきた もうすこしだ.宿泊のFour Points by Sheraton Ljubljana Monsまであと11?

1249 A34号線 スロベニア国境に到達

国境を通過

シャンゲン条約加盟国同士なので何のチェックもない

スロベニア側 必ず道路案内がある H4号線

いよいよLjubljanaの名前が出てきた

次のIC Nova Goricaで降りる

左折

Rozna Dolina

ここで左折

一度イタリア側へ

また右折

Pompeo Giustiniani通り

もう一度右折し,国境を超え,スロベニア側にはいる.

検問所の横 さすがシェンゲン条約の国 国境じゃあないみたい

する左折 そこからの検問所

1948年に開かれた街 Nova Gorica 国境に沿って走る鉄道の踏切

国境沿いに 1300 Nova Gorica駅に着く

立派な駅舎 Nova Gorica駅 戦前はここからウィーンまで直通列車が走っていた.今はJaseniseまでのBohij鉄道というローカル線 いつか乗ってみたい

駅前広場 実は真ん中に国境線

花壇が置いてあるところが国境線

記念碑

イタリア側 第二次世界大戦後、ゴリツィアは、ユーゴスラビア・パルチザンによる占領(1945年5月?6月)を経て、連合国軍(英米軍)の軍政下に入った。1947年9月15日正式にイタリアの施政下に戻ることになった。このとき、ゴリツィア県の大部分(シェンペテル=ヴロトイバなど)がスロベニア(ユーゴスラビア社会主義連邦共和国)に割譲され、ゴリツィアの市域も分割された。ゴリツィア市街付近において、国境線はオーストリア=ハンガリー帝国の首都ウィーンとを結んでいたトランザルピン鉄道(現・ボヒニ鉄道) (Bohinj Railway) に沿って走っており、同路線のゴリツィアの駅(現在はノヴァ・ゴリツァ駅 (Nova Gorica railway station) )の駅舎はスロベニア側に属している。ゴリツィアは「国境の町」であるが、スロベニア(ユーゴスラビア)側は分割後に発展した地域である。スロベニア側の新都市ノヴァ・ゴリツァ(新ゴリツィア)の建設は1948年に始められた。 冷戦下、異なる体制によって都市が分断された状況から、ゴリツィアがベルリンになぞらえられることもあったが、ゴリツィアをめぐってイタリアとユーゴスラビアは良好な関係を保った。両国の調和と協調の象徴であった文化・スポーツ交流行事は、ユーゴスラビア連邦解体まで続けられた。 1991年のユーゴスラビア解体後、国境の向こう側はスロベニアとなった。2007年12月21日、スロベニアがシェンゲン協定に加わったことで、国境は往来を妨げるものではなくなった。Wikipedia

スロベニア側 第二次世界大戦後、パリ平和条約によって旧イタリア領の一部がユーゴスラビアに割譲された。その際、ゴリツィアの東側がスロベニア(ユーゴスラビア)の帰属となった。1948年、国境線近くのスロベニア側に新都市の建設がはじめられた。これが計画都市ノヴァ・ゴリツァのはじまりである。Wikipedia

戦後すぐは鉄のカーテン,その後チトー路線が固まってくるにしたがって,東西ベルリンなどよりは,緊張は少なかったがそれでも東西を分断する国境線であった.かつてはこの石標は真ん中にあったようだ

駅前広場にあるかつての国境時代の写真

それでもきびしさがつたわってくる

そしてシェンゲン条約で実質的な国境がなくなった写真

EUの統合の偉大さを感じるのは私だけだろうか.

この喜びの顔を見ると,今のEUをはじめとした排外主義の台頭が悲しい

Gorizia(イタリア側)の案内板

イタリア側からスロベニア側の駅舎を見る

地図で今の地点を指す

1303 分断博物館

入場料1ユーロ 一部屋だけの小さな博物館 受付の机が一つあって若い男性が一人いるのみ

各地の様子

上には国境地帯と書いてある

そしてユーゴスラビア連邦共和国の看板に黒ペンキがかけられた

そしてこの柵が隔てていた

かつての写真 鉄条網でイタリア側から行けなくなっている駅

かつての国境地図 本当に線路沿いに国境が

ユーゴスラビア連邦共和国の星

3か国 イタリア,ユーゴスラビア,スロベニアのパスポートなど

1316 駅の中に オーストリアハンガリー帝国時代はトランスアルピナ鉄道として開通 アルプスとトリエステ湾を結ぶ重要路線だったが,分断によって,ユーゴスラビアのローカル線に 現在もローカル線だが博物館列車という観光客向けの蒸気機関車列車があるようだ.今度必ず来るぞ!

1448発の列車 Jasenice行き

この先にBled湖などがある

もう一つの列車 落書きだらけ

時刻表 片道2時間でJaseniceまで 本当に一度は乗ってみたい

1325 さてリュブリアナに向けて出発しよう 途中に寄りたいところもあるが同僚二人にリュブリアナをゆっくりみせてやろう!(ところが二人の裏切りに合う.ホテルにいたいと!だったらもっとこの辺の修道院などの名所を見ればよかった!時間を返せ!)

無料でおかれていた解説のパンフ 全ての写真や展示物について解説してある

すばらしい解説本だ

国境が変わったため,Optants(自由に国籍を選択できる人)が移動しているところ

軍用犬とともに国境警備にあたる

1102 Jezero Jasna ヤスナ湖 トリグラフの峰がきれいだ

雪が残っている

半円形の池が二つ連なった小さな湖

険しいねえ

Kozolog ibexかな.

水車 日本のと微妙に異なる

しかしきれいなところ

水もきれいで

子供たちは大はしゃぎ

1116 街へと戻る

スーパーを通りすぎて

スキー場前の大駐車場に停める

そこから町へと歩く

町の中心部の入り口

新しい家が多い街だ

教会前

ささやかなマーケット

1138 教会の隣のGostilna Cvitalという店に入った まだ12時前なのですいている

私は炭酸水 2.5ユーロ 同僚は一人が0.5リットルビール2.8ユーロ 一人が0.3リットルビール2.2ユーロ

シーフードリゾット8.9ユーロ

シーフードサラダ8.9ユーロ

スパゲティボロネーズ 6.9ユーロ

エスプレッソ1.2ユーロ 計35.8ユーロ 美味しい店だった.他にマス料理など郷土料理も多彩にある.

1223 隣りの教会

Župnijska cerkev Marijinega vnebovzetja

Gora教区の中心教会のようだ

十字架の道行 第八留 イエス、エルサレムの婦人を慰める 第九留 イエス、三度倒れる

1758と書いてあるのが14世紀にはすでに教会があったようだ

これは正教のイコンではないのか

第十一留 イエス、十字架につけられる

さて車に帰ろう 町中花で飾ってあってきれいで気持ちがいい スーパーで明日のヨーグルトなどを買い物

1248 出発 Sava川の源流へ向かう  Sava川はセルビアのベオグラードでドナウ川と合流する ベオグラードでそういえば見たね

いままでの201号線はオーストリアへ,まっすぐは202号線でイタリアへ 本当に国境にいるんだね

Podkoren

あの山はMangart山系だろう

もうすこしだ

Podkorenの集落が終わる

村のAndre教会

森の中の道

あるいて6分ほどで泉に

あれはMangart山系だろう

しかしきれいな水だねえ 5-6度と冷たい

同じ道を戻る 1308出発

1254 Aelenciにつく 泉への駐車場

カフェがある

Rateceというスロベニア側最後の集落

最後のガソリンスタンド

国境だ いまはシェンゲン条約加盟国なので素通り ユーゴスラビア時代はきびしかったろうなあ

1316 イタリア Tarvisioに入る

スーパーでの買い物のレシート

Cvitarのレシート

スロベニアの文化・風俗・注意点

 水道水は都市部では良質で、飲料水としても利用できますが、一部農村地域では化学薬品による汚染も指摘されていますので、農村地域ではミネラルウォーターを利用することが必要です。

 スロベニア及び近隣国(オーストリア、ドイツ、ハンガリー、チェコ、スロバキア等中・東欧地域)では、ダニを介したウイルス性脳炎(症状は日本脳炎に似ている)に感染する恐れがあります。2001年6月にオーストリアのザルツブルグ近郊の農村地帯で、日本人旅行者がダニに刺され脳炎を発症しています。この脳炎は、治療法がないため一旦罹患すると麻痺等の後遺症が残ったり、場合によっては死亡するケースも見られます。汚染地区に長期間滞在する予定がある場合や、汚染地区の特に1,000メートル以下の山道や湿地帯、また、森や公園を歩く可能性のある旅行者は予防接種を受けることをおすすめします。

 なお、予防接種はスロベニア地方ヘルスケア・センターで受けることができます。ワクチンは通常3回の接種が必要です。1回目の接種後2〜4週間後に2回目、1年後に3回目を接種します。3回の接種を受ければ3年間有効です。旅行者の場合には緊急ワクチンとして1〜2週間をあけて2回受ければ、90%の効果があります。

 ただし、この予防接種では防ぐことができない他の感染症もあるので、まず、ダニに刺されないように、次のような対策を取ることが大切です。

 ダニは木の低いところや草むらにいるので、特に春から秋にかけて森や公園を散策する時は、決められた散歩道や遊歩道を歩く。

 長袖、長ズボンが好ましい。また、帽子、スカーフを着用する。

 ダニ除けスプレーを利用する。

 子供を同伴する場合は、外出から戻った時はダニに刺されていないか、子供の全身を確認する。

 戸外活動をする場合は、ダニが媒介するダニ脳炎の発症例がありますので、ダニに刺されないような対策をとることが必要です。

 医療は概ね日本の水準に達しています。スロベニアの保険未加入者は治療に先立ちデポジットを要求されます。

 道路・交通状況は良好です。

 自動車で入国する場合は、グリーンカード(国際自動車保険)に加入しているか、または、スロベニアで短期保険加入の手続をすることが必要です。